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特開2022-182077シーリング材、構造物、構造物の建造方法、及び補修方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022182077
(43)【公開日】2022-12-08
(54)【発明の名称】シーリング材、構造物、構造物の建造方法、及び補修方法
(51)【国際特許分類】
   E21D 11/00 20060101AFI20221201BHJP
   E21D 11/38 20060101ALI20221201BHJP
   E04B 1/66 20060101ALI20221201BHJP
   E04B 1/682 20060101ALI20221201BHJP
   E04G 23/02 20060101ALI20221201BHJP
【FI】
E21D11/00 Z
E21D11/38 B
E04B1/66 Z
E04B1/682 A
E04G23/02 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021089393
(22)【出願日】2021-05-27
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】吉田 英一
(72)【発明者】
【氏名】山本 鋼志
【テーマコード(参考)】
2D155
2E001
2E176
【Fターム(参考)】
2D155KB07
2D155LA02
2D155LA06
2D155LA16
2E001DA01
2E001EA01
2E001GA11
2E001HA00
2E001HB00
2E001MA02
2E001MA06
2E176AA01
2E176BB11
(57)【要約】
【課題】構造物の強度及び耐久性のうち少なくとも一方を向上させるための技術を提供する。
【解決手段】シーリング材は、難溶性塩を構成する陽イオンを生成可能な第1の化合物、及び、難溶性塩を構成する陰イオンを生成可能な第2の化合物のうち少なくとも一方と、陽イオン及び陰イオンのうち少なくとも一方から難溶性塩を析出させるための核となる難溶物と、を備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
難溶性塩を構成する陽イオンを生成可能な第1の化合物、及び、前記難溶性塩を構成する陰イオンを生成可能な第2の化合物のうち少なくとも一方と、
前記陽イオン及び前記陰イオンのうち少なくとも一方から前記難溶性塩を析出させるための核となる難溶物と、
を備えるシーリング材。
【請求項2】
前記第1の化合物及び前記第2の化合物の双方が該シーリング材中に一緒に存在する
請求項1に記載のシーリング材。
【請求項3】
前記第1の化合物及び前記第2の化合物の双方が該シーリング材中に分離して存在する
請求項1に記載のシーリング材。
【請求項4】
前記第1の化合物及び前記第2の化合物のうち少なくとも一方と前記難溶性塩とを内包する母材を更に備える
請求項1から3のいずれかに記載のシーリング材。
【請求項5】
前記難溶物は、前記難溶性塩である
請求項1から4のいずれかに記載のシーリング材。
【請求項6】
前記難溶性塩は、炭酸カルシウムであり、
前記第1の化合物は、塩化カルシウム、硝酸カルシウム、及び炭酸水素カルシウムのうち少なくとも1つであり、
前記第2の化合物は、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、及び炭酸水素アンモニウムのうち少なくとも1つである
請求項1から5のいずれかに記載のシーリング材。
【請求項7】
前記難溶物は、粉末である
請求項1から6のいずれかに記載のシーリング材。
【請求項8】
前記陽イオンと前記陰イオンの少なくとも一方が吸着されたイオン交換樹脂を備える
請求項1から7のいずれかに記載のシーリング材。
【請求項9】
構造体と、
前記構造体の空隙及び表面のうち少なくとも一方に存在するシーリング材と、
を備え、
前記シーリング材は、
難溶物の核と、
前記核に接触する位置及び前記核の近傍の位置のうち少なくとも一方に存在する難溶性塩と、
を備える構造物。
【請求項10】
前記難溶物は、前記難溶性塩である
請求項9に記載の構造物。
【請求項11】
前記難溶性塩は、炭酸カルシウムである
請求項9又は10に記載の構造物。
【請求項12】
難溶性塩を構成する陽イオンを含む第1の化合物、及び、前記難溶性塩を構成する陰イオンを含む第2の化合物のうち少なくとも一方と、前記陽イオン及び前記陰イオンのうち少なくとも一方から前記難溶性塩を析出させるための核となる難溶物とを備えるシーリング材を構造体の空隙及び表面のうち少なくとも一方に設けるステップ
を備える構造物の建造方法。
【請求項13】
前記難溶物は、前記難溶性塩である
請求項12に記載の構造物の建造方法。
【請求項14】
前記難溶性塩は、炭酸カルシウムである
請求項12又は13に記載の構造物の建造方法。
【請求項15】
請求項1から8のいずれかに記載のシーリング材を、構造体の補修個所に設ける補修方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、構造物を建造するためのシーリング材、そのシーリング材を備える構造物、その構造物の建造方法、及び補修方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地上だけでなく、海中や地下などにも、多数の構造物が建造されている。トンネルや放射性廃棄物の地下処分場など、かなり深い地下に建造する必要がある構造物もある。地下の岩盤中には必ず空隙や亀裂が存在しており、地下水を湧出するが、掘削する地下空洞の深度が深くなればなるほど、地下水の間隙水圧の上昇による突発的な湧水などの発生を避けることが困難となる。したがって、地下環境や空洞などを長期にわたって安全に活用するためには、高間隙水圧下においても地下水を長期にわたって止水させる技術が不可欠となる。また、構造物を構成する構造材の耐久性を向上させることも必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平4-1365号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来は、例えば特許文献1に記載されるように、クラック中に形成した注入孔に注入管を挿入し、かつその吐出口をクラックに臨ませて、クラック中に浸透性の良いセメント系などのクラック注入用注入剤を注入し、クラック中で硬化させて止水していた。
【0005】
しかし、このような従来の技術による止水や、既設の構造物の耐久性が、数十年以上もの長期にわたって維持されるかどうかは十分に検証されていない。止水箇所や構造材の強度や耐久性を長期にわたって維持するための技術の開発が必要とされている。
【0006】
本開示は、このような課題に鑑みてなされ、その目的は、構造物の強度及び耐久性のうち少なくとも一方を向上させるための技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本開示のある態様のシーリング材は、難溶性塩を構成する陽イオンを生成可能な第1の化合物、及び、難溶性塩を構成する陰イオンを生成可能な第2の化合物のうち少なくとも一方と、陽イオン及び陰イオンのうち少なくとも一方から難溶性塩を析出させるための核となる難溶物と、を備える。
【0008】
本開示の別の態様は、構造物である。この構造物は、構造体と、構造体の空隙及び表面のうち少なくとも一方に存在するシーリング材と、を備える。シーリング材は、難溶物の核と、核の近傍に存在する難溶性塩と、を備える。
【0009】
本開示のさらに別の態様は、構造物の建造方法である。この方法は、難溶性塩を構成する陽イオンを含む第1の化合物、及び、難溶性塩を構成する陰イオンを含む第2の化合物のうち少なくとも一方と、陽イオン及び陰イオンのうち少なくとも一方から難溶性塩を析出させるための核となる難溶物とを備えるシーリング材を構造体の空隙及び表面のうち少なくとも一方に設けるステップを備える。
【0010】
本開示のさらに別の態様は、補修方法である。この方法は、上記のシーリング材を、構造体の補修個所に設ける。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、構造物の強度及び耐久性のうち少なくとも一方を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施の形態に係る構造物の建造方法の手順を示すフローチャートである。
図2】実施の形態に係る構造物の断面を模式的に示す図である。
図3図3(a)(b)は、実施の形態に係るシーリング材の断面を模式的に示す図である。
図4】実施の形態に係る構造物の補修方法の手順を示すフローチャートである。
図5】石灰岩標準試料の粒径分布を示す図である。
図6図6(a)(b)(c)は、それぞれ、実施例1~3の薄片の200倍の偏光顕微鏡写真である。
図7図7(a)(b)(c)(d)(e)(f)は、実施例1~3の試料断面の電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本開示において、構造物のクラックや亀裂などの空隙を閉塞して構造物の強度、耐蝕性、耐久性を向上させる技術について説明する。
【0014】
本開示の実施の形態に係るシーリング材は、難溶性塩を構成する陽イオンを生成可能な第1の化合物、及び、難溶性塩を構成する陰イオンを生成可能な第2の化合物のうち少なくとも一方と、陽イオン及び陰イオンのうち少なくとも一方から難溶性塩を析出させるための核となる難溶物と、を備える。
【0015】
シーリング材に、必要に応じて水や液剤などを加えて混練し、構造物の構造を形成する構造体の空隙や表面に設けると、シーリング材に第1の化合物が含まれる場合は第1の化合物から難溶性塩を構成する陽イオンが、シーリング材に第2の化合物が含まれる場合は第2の化合物から難溶性塩を構成する陰イオンが、それぞれ溶出する。シーリング材に第1の化合物及び第2の化合物の双方が含まれる場合は、溶出した陽イオンと陰イオンから難溶性塩が生成される。シーリング材に第1の化合物が含まれる場合は、溶出した陽イオンと周囲の地下水などに含まれる陰イオンから難溶性塩が生成される。シーリング材に第2の化合物が含まれる場合は、溶出した陰イオンと周囲の地下水などに含まれる陽イオンから難溶性塩が生成される。このとき、シーリング材に含まれる難溶物が結晶核として機能し、難溶物の周囲に難溶性塩が析出する。これにより、難溶性塩の析出を促進させることができるので、溶出した陽イオンや陰イオンが構造体の空隙や表面から周囲に拡散する前に、その場で難溶性塩を析出させて空隙や表面を効率良く閉塞することができる。したがって、構造物の強度、耐蝕性、耐久性を向上させることができる。
【0016】
第1の化合物及び第2の化合物の双方がシーリング材中に一緒に存在してもよい。例えば、第1の化合物と第2の化合物がシーリング材中に混在していてもよい。第1の化合物及び第2の化合物の双方がシーリング材中に分離して存在してもよい。例えば、第1の化合物及び第2の化合物のうち少なくとも一方がカプセルなどに封入されてシーリング材中に含有されてもよい。カプセルは、水などに溶解する材質で形成されてもよい。
【0017】
シーリング材は、第1の化合物及び第2の化合物のうち少なくとも一方と難溶性塩とを内包する母材を更に備えてもよい。母材は、構造体の空隙などに圧入可能な流動性を有し、圧入後に水和や重合などの化学反応、加熱、冷却、乾燥、光などによって硬化する材料であってもよい。母材は、例えば、セメント、モルタル、コンクリートなどであってもよいし、エポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂であってもよいし、アクリル樹脂などの熱可塑性樹脂であってもよいし、それらの混合物であってもよい。なお、母材が固化した状態のシーリング材を構造体の空隙などに挿入してもよい。
【0018】
難溶性塩は、シーリング材が配設される環境の温度における水に対する溶解度が十分に低く、化学的に安定で、周囲の自然環境を汚染しないものであればよく、例えば、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸鉄(II)(菱鉄鉱、シデライト)などの炭酸塩や、炭酸カルシウムマグネシウム(CaMg(CO、苦灰石、ドロマイト)などの複塩や、硫酸カルシウムなどの硫酸塩などであってもよい。炭酸カルシウムの溶解度は、結晶構造などにも依存するが、20℃で約0.0015[g/100g水]であり、炭酸マグネシウムの溶解度は20℃で0.039[g/100g水]であり、炭酸鉄(II)の溶解度は20℃で0.00006554[g/100g水]であり、硫酸カルシウムの溶解度は20℃で0.24[g/100g水]である。難溶性塩は、20℃の水100gに対する溶解度が、例えば0.3以下であってもよく、より好ましくは0.04以下であってもよく、更に好ましくは0.002以下であってもよい。難溶性塩の溶解度は、母材の主成分である化合物の溶解度よりも低ければよい。難溶性塩は、シーリング材が配設される環境に応じて適宜選択されてもよい。例えば、炭酸カルシウムは、二酸化炭素との化学反応により、水に対する溶解度が比較的高い炭酸水素カルシウムに変化しうるので、二酸化炭素の濃度が比較的高い環境にシーリング材を配設する場合には、炭酸カルシウム以外の難溶性塩を形成するイオンを供給するための第1の化合物及び第2の化合物がシーリング材に含有されてもよい。
【0019】
難溶性塩として炭酸カルシウムを析出させる場合、第1の化合物は、カルシウムイオンを生成可能であり、シーリング材が配設される環境の温度における水に対する溶解度が十分に高く、周囲の自然環境を汚染しないものであればよい。第1の化合物は、例えば、塩化カルシウム(CaCl)、硝酸カルシウム(Ca(NO)、炭酸水素カルシウム(Ca(HCO)などであってもよい。
【0020】
難溶性塩として炭酸カルシウムを析出させる場合、第2の化合物は、炭酸イオン及び炭酸水素イオンのうち少なくとも一方を生成可能であり、シーリング材が配設される環境の温度における水に対する溶解度が十分に高く、周囲の自然環境を汚染しないものであればよい。第2の化合物は、例えば、炭酸水素ナトリウム(NaHCO)、炭酸水素カリウム(KHCO)、炭酸水素アンモニウム(NHHCO)などであってもよい。
【0021】
シーリング材の母材は、難溶性塩を構成する陽イオン又は陰イオンと同種の陽イオン又は陰イオンにより構成される難溶性化合物を含んでもよい。例えば、難溶性塩及び難溶性化合物は、カルシウムの難溶性塩であってもよく、より具体的には、難溶性塩は、炭酸カルシウムであり、難溶性化合物は、セメントやコンクリートなどの主成分である水酸化カルシウムや硫酸カルシウムなどであってもよい。これにより、地下水や雨水などがコンクリートなどのシーリング材の内部に浸入したとしても、第1の化合物から供給されるカルシウムイオンにより、シーリング材の内部における難溶性化合物の溶解平衡を固体側に移動させることができるので、母材からのカルシウムイオンの溶出を抑えることができる。したがって、母材を構成するカルシウムイオンが徐々に外部に浸出して失われ、母材の内部に微細な空隙や亀裂が生じてシーリング材の強度が劣化するのを抑えることができるので、シーリング材の強度を長期にわたって維持することができ、ひいては、構造物の耐久性を飛躍的に向上させることができる。
【0022】
難溶物は、シーリング材が配設される環境の温度における水に対する溶解度が十分に低く、化学的に安定で、周囲の自然環境を汚染しないものであればよく、例えば、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸鉄(II)(菱鉄鉱、シデライト)などの炭酸塩や、炭酸カルシウムマグネシウム(CaMg(CO、苦灰石、ドロマイト)などの複塩や、硫酸カルシウムなどの硫酸塩や、水酸化鉄などの金属水酸化物や、鉄などの金属や、砂、岩石などの鉱物などであってもよい。難溶物は、析出させる難溶性塩と同じものであってもよいし、異なるものであってもよい。
【0023】
難溶物は、粉末であってもよい。難溶物の粒径は、例えば、40μm以下、39μm以下、38μm以下、37μm以下、36μm以下、35μm以下、30μm以下、25μm以下、20μm以下、19μm以下、18μm以下、17μm以下、16μm以下、15μm以下、14μm以下、13μm以下、12μm以下、11μm以下、10μm以下であってもよい。難溶物の粒径は、例えば、1μm以上、2μm以上、3μm以上、4μm以上、5μm以上、6μm以上、7μm以上、8μm以上、9μm以上、10μm以上、11μm以上、12μm以上、13μm以上、14μm以上、15μm以上であってもよい。難溶物の粒径は、動的光散乱法、レーザー回折・散乱法、画像イメージング法、重力沈降法などの方法で測定されてもよい。
【0024】
難溶物の量は、例えば、シーリング材の総重量を基準として、0.001%以上、0.002%以上、0.003%以上、0.004%以上、0.005%以上、0.01%以上、0.02%以上、0.03%以上、0.04%以上、0.05%以上、0.1%以上、0.2%以上、0.3%以上、0.4%以上、0.5%以上、1.0%以上であってもよい。難溶物の量は、例えば、シーリング材の総重量を基準として、5%以下、4%以下、3%以下、2%以下、1%以下、0.9%以下、0.8%以下、0.7%以下、0.6%以下、0.5%以下、0.1%以下、0.09%以下、0.08%以下、0.07%以下、0.06%以下、0.05%以下であってもよい。
【0025】
シーリング材が構造体に設けられた際に、第1の化合物及び第2の化合物からイオンが溶出しやすくするために、第1の化合物及び第2の化合物は粉末としてシーリング材に含有されてもよい。
【0026】
シーリング材は、難溶性塩を構成する陽イオンと陰イオンの少なくとも一方が吸着されたイオン交換樹脂を備えてもよい。この場合、供給すべきイオンの種類や、シーリング材の周囲の地下水に溶解している化学物質の成分、量、pHなどに応じて、適切な量及び供給速度でイオンを放出するようなイオン交換樹脂を選択又は設計することができる。
【0027】
難溶性塩を構成する陽イオンと陰イオンの少なくとも一方は、カプセルに内包されてシーリング材に含まれてもよい。カプセルに内包されるイオンは、第1の化合物及び第2の化合物のうち少なくとも一方として含有されてもよいし、イオンが吸着されたイオン交換樹脂として含有されてもよい。この場合も、供給すべきイオンの種類や、シーリング材の周囲の地下水に溶解している化学物質の成分、量、pHなどに応じて、適切な量及び供給速度でイオンを放出するようなカプセルの材質、厚さ、形状などを選択又は設計することができる。
【0028】
図1は、実施の形態に係る構造物の建造方法の手順を示すフローチャートである。まず、シーリング材の母材と、難溶性塩を構成する陽イオンを含む第1の化合物と、難溶性塩を構成する陰イオンを含む第2の化合物と、第1の化合物から溶出した陽イオンと第2の化合物から溶出した陰イオンから難溶性塩を析出させるための核となる難溶物とを混合する(S12)。つづいて、建造中の構造体の空隙及び表面のうち少なくとも一方に混合物を注入し、挿入し、塗布し、及び/又は吹き付けることにより、構造体の空隙や表面にシーリング材を配設する(S14)。構造体の空隙にシーリング材を設ける場合は、流動性を有するシーリング材を空隙に注入してもよいし、固化したシーリング材を空隙に挿入してもよい。構造体の表面にシーリング材を設ける場合は、流動性を有するシーリング材を表面に塗布してもよいし、吹き付けてもよいし、固化したシーリング材を表面に貼付してもよい。流動性を有するシーリング材を構造体の表面に塗布したり吹き付けたりするときに、同時に空隙にシーリング材を注入してもよい。
【0029】
母材と、第1の化合物と、第2の化合物と、難溶物は、混合物を構造体の空隙や表面に設ける直前に現場で混合されてもよい。第1の化合物と第2の化合物のうちいずれか一方が母材と予め混合されており、その混合物に、残りの成分が現場で混合されてもよい。この場合、難溶物がさらに混合物に予め混合されていてもよい。第1の化合物と母材の混合物と、第2の化合物と母材の混合物とが現場で混合されてもよい。この場合、難溶物は、いずれかの混合物に予め混合されていてもよいし、現場で混合されてもよい。シーリング材が第1の化合物を含まない場合、母材、第2の化合物、及び難溶物のうちいずれか2以上が予め混合されていてもよいし、現場で混合されてもよい。この場合、第2の化合物から溶出した陰イオンと、周囲の地下水などに含まれる陽イオンから難溶性塩が生成される。シーリング材が第2の化合物を含まない場合、母材、第1の化合物、及び難溶物のうちいずれか2以上が予め混合されていてもよいし、現場で混合されてもよい。この場合、第1の化合物から溶出した陽イオンと、周囲の地下水などに含まれる陰イオンから難溶性塩が生成される。
【0030】
図2は、実施の形態に係る構造物の例の断面を模式的に示す。図2に示した構造物5は、地下に形成された空洞、地下処分場などの施設、トンネルなどの空間と、周囲の岩盤とを隔てる壁面を構成する構造物である。構造物5は、構造物5の構造を形成する構造体6と、構造体6の空隙及び表面のうち少なくとも一方に存在するシーリング材1とを備える。構造体6は、例えば、セメント、モルタル、コンクリートなどで構成されてもよい。シーリング材1は、構造体6の空隙や表面に配設される。なお、実施の形態に係る構造物は、家屋、ビル、施設などの建築物であってもよいし、トンネル、ダム、堤防などの建造物であってもよいし、地上、地中、水中、海底などに設置される任意の建築物、建造物、工作物などであってもよい。
【0031】
図3は、実施の形態に係るシーリング材の断面を模式的に示す。図3(a)は、母材2と、第1の化合物7と、第2の化合物8と、難溶物3とが混合された直後のシーリング材1の断面を模式的に示す。図3(b)は、第1の化合物7から陽イオンが、第2の化合物8から陰イオンが溶出した後のシーリング材1の断面を模式的に示す。第1の化合物7から生成した陽イオン、第2の化合物8から生成した陰イオン、周囲の地下水などに含まれる対イオンなどから、難溶性塩4が析出する。難溶性塩4は、難溶物3が存在しなくても析出するが、難溶物3を結晶核として結晶成長することにより、難溶性塩4の析出が促進される。難溶物3に接するように難溶性塩4が形成される場合もあるし、難溶物3の周囲に母材2が付着し、付着した母材2に接するように難溶性塩4が形成される場合もある。したがって、シーリング材1において、難溶性塩4は、難溶物3に接触する位置及び難溶物3の近傍の位置のうち少なくとも一方に存在する。難溶物3と難溶性塩4とが同じ化合物であったとしても、難溶物3と難溶性塩4とは、結晶性の違いや結晶の配向の違いなどによって区別されうる。
【0032】
上記の説明では、建造中の構造体の空隙や表面にシーリング材を設けて構造体の空隙や表面を閉塞する技術について説明したが、本実施の形態の技術は、既存の構造体の空隙などの補修箇所を補修するためにも利用可能である。
【0033】
図4は、実施の形態に係る補修方法の手順を示すフローチャートである。まず、シーリング材の母材と、第1の化合物と、第2の化合物と、難溶物とを混合する(S22)。つづいて、既存の構造体の補修箇所に混合物を注入し、挿入し、塗布し、及び/又は吹き付けることにより、構造体の補修箇所にシーリング材を配設する(S24)。シーリング材が第1の化合物を含まない場合、母材、第2の化合物、及び難溶物のうちいずれか2以上が予め混合されていてもよいし、現場で混合されてもよい。この場合、第2の化合物から溶出した陰イオンと、周囲の地下水などに含まれる陽イオンから難溶性塩が生成される。シーリング材が第2の化合物を含まない場合、母材、第1の化合物、及び難溶物のうちいずれか2以上が予め混合されていてもよいし、現場で混合されてもよい。この場合、第1の化合物から溶出した陽イオンと、周囲の地下水などに含まれる陰イオンから難溶性塩が生成される。
【0034】
[実施例]
実施の形態に係るシーリング材を模した試料において、難溶性塩を形成する実験を行った。
【0035】
[試料の調製]
100mlのビーカー3個に、それぞれ、第1の化合物として無水CaCl試薬(キシダ化学、特級)と、母材として寒天粉末(和光純薬)を下記の重量で加えた。
実施例1:CaCl(2.498g) 寒天(2.517g)
実施例2:CaCl(2.508g) 寒天(2.520g)
実施例3:CaCl(2.503g) 寒天(2.516g)
それぞれのビーカーに約80℃に加熱した超純水50mlを加え、CaClと寒天を溶解した。炭酸カルシウム結晶成長における、炭酸カルシウム核の存在の影響を評価するために、実施例2及び3に、結晶核となる難溶物として、地質調査所発行の石灰岩標準試料JLs-1を、それぞれ0.0133g、0.103g加えた。この寒天溶液を成形用のカップに移し、冷却固化させた。
【0036】
図5は、石灰岩標準試料JLs-1の粒径分布を示す。図5において、棒グラフは粒径のヒストグラムを、折れ線グラフは粒径の累積度数曲線を、それぞれファイスケールで示す。石灰岩標準試料JLs-1の粒径は、概ね、1.2μm~37.2μmの範囲にあり、平均粒径は3.31μmである。
【0037】
[反応実験]
実施例1~3の寒天を、第2の化合物である飽和炭酸水素ナトリウム水溶液(103g/L、25℃)に浮かべ、1週間反応させた。試料は、反応当初は炭酸水素ナトリウム水溶液に浮かんでいたが、炭酸カルシウム結晶の成長とともに溶液中に沈んだ。
【0038】
[反応物の観察]
一週間反応させた寒天を取り出し、60℃に設定した恒温槽で1日間乾燥した。乾燥した反応物を瞬間接着剤で固化し、薄片を作成して電子顕微鏡で観察した。
【0039】
図6(a)(b)(c)は、それぞれ、実施例1~3の薄片の200倍の偏光顕微鏡写真である。図7(a)(b)(c)(d)(e)(f)は、実施例1~3の試料断面の電子顕微鏡写真である。図7(a)(b)は、それぞれ、実施例1の試料断面の150倍及び1000倍の電子顕微鏡写真である。図7(c)(d)は、それぞれ、実施例2の試料断面の150倍及び1000倍の電子顕微鏡写真である。図7(e)(f)は、それぞれ、実施例3の試料断面の150倍及び1000倍の電子顕微鏡写真である。
【0040】
核となる炭酸カルシウムを含まない実施例1において析出した炭酸カルシウムの粒径は、約10~30μmであった。石灰岩標準試料を約0.01g含む実施例2において析出した炭酸カルシウムの粒径は、約5~15μmであった。石灰岩標準試料を約0.1g含む実施例3において析出した炭酸カルシウムの粒径は、約2~4μmであった。結晶核となる難溶物の量が多いほど、生成する炭酸カルシウムの結晶サイズは小さくなり、粒子の成長量は多くなる。結晶核となる難溶物の量が多いほど、粒子が緻密に密集して成長しているので、試料をナイフでカットしたときの硬さが硬かった。
【0041】
このように、シーリング材に難溶物のナノ粉末を添加することにより、そのナノ粉末を核として、より微細な炭酸カルシウムの結晶がほぼ均一に成長することが示された。
【0042】
以上、本開示を、実施例をもとに説明した。この実施例は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本開示の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0043】
実施の形態では、難溶性塩を難溶物の周囲に析出させたが、塩以外の難溶性の化合物を析出させてもよい。この場合、自身は水に易溶であるが、シーリング材が配設される環境に存在する他の化合物と化学反応して難溶性の沈殿を生じるような化合物が、シーリング材に含有されてもよい。例えば、火山の付近の地下に建造する構造物を構成するシーリング材に、亜鉛イオンを生成する化合物を含有させ、周囲に存在する硫化水素との反応により硫化亜鉛を析出させるようにしてもよい。
【0044】
本開示の一態様の概要は、次の通りである。
【0045】
本開示の一態様に係るシーリング材は、難溶性塩を構成する陽イオンを生成可能な第1の化合物、及び、難溶性塩を構成する陰イオンを生成可能な第2の化合物のうち少なくとも一方と、陽イオン及び陰イオンのうち少なくとも一方から難溶性塩を析出させるための核となる難溶物と、を備える。これにより、難溶性塩の析出を促進させることができるので、構造物の亀裂などを効率良く閉塞し、構造物の強度、耐蝕性、耐久性を向上させることができる。
【0046】
第1の化合物及び第2の化合物の双方がシーリング材中に一緒に存在してもよい。これにより、難溶性塩の析出を促進させることができるので、構造物の亀裂などを効率良く閉塞し、構造物の強度、耐蝕性、耐久性を向上させることができる。
【0047】
第1の化合物及び第2の化合物の双方がシーリング材中に分離して存在してもよい。これにより、難溶性塩の析出を促進させることができるので、構造物の亀裂などを効率良く閉塞し、構造物の強度、耐蝕性、耐久性を向上させることができる。
【0048】
シーリング材は、第1の化合物及び第2の化合物のうち少なくとも一方と難溶性塩とを内包する母材を更に備えてもよい。これにより、構造物の亀裂などを効率良く閉塞し、構造物の強度、耐蝕性、耐久性を向上させることができる。
【0049】
難溶物は、難溶性塩であってもよい。これにより、難溶性塩の析出を促進させることができるので、構造物の亀裂などを効率良く閉塞し、構造物の強度、耐蝕性、耐久性を向上させることができる。
【0050】
難溶性塩は、炭酸カルシウムであり、第1の化合物は、塩化カルシウム、硝酸カルシウム、及び炭酸水素カルシウムのうち少なくとも1つであり、第2の化合物は、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、及び炭酸水素アンモニウムのうち少なくとも1つであってもよい。これにより、構造物の強度、耐蝕性、耐久性を向上させることができる。
【0051】
難溶物は、粉末であってもよい。これにより、難溶性塩の析出を促進させることができるので、構造物の亀裂などを効率良く閉塞し、構造物の強度、耐蝕性、耐久性を向上させることができる。
【0052】
シーリング材は、陽イオンと陰イオンの少なくとも一方が吸着されたイオン交換樹脂を備えてもよい。これにより、難溶性塩の析出を促進させることができるので、構造物の亀裂などを効率良く閉塞し、構造物の強度、耐蝕性、耐久性を向上させることができる。
【0053】
本開示の一態様に係る構造物は、構造体と、構造体の空隙及び表面のうち少なくとも一方に存在するシーリング材と、を備え、シーリング材は、難溶物の核と、核に接触する位置及び核の近傍の位置のうち少なくとも一方に存在する難溶性塩と、を備える。これにより、構造物の強度、耐蝕性、耐久性を向上させることができる。
【0054】
難溶物は、難溶性塩であってもよい。これにより、構造物の強度、耐蝕性、耐久性を向上させることができる。
【0055】
難溶性塩は、炭酸カルシウムであってもよい。これにより、構造物の強度、耐蝕性、耐久性を向上させることができる。
【0056】
本開示の一態様に係る構造物の建造方法は、難溶性塩を構成する陽イオンを含む第1の化合物、及び、難溶性塩を構成する陰イオンを含む第2の化合物のうち少なくとも一方と、陽イオン及び陰イオンのうち少なくとも一方から難溶性塩を析出させるための核となる難溶物とを備えるシーリング材を構造体の空隙及び表面のうち少なくとも一方に設けるステップを備える。これにより、難溶性塩の析出を促進させることができるので、構造物の亀裂などを効率良く閉塞し、構造物の強度、耐蝕性、耐久性を向上させることができる。
【0057】
難溶物は、難溶性塩であってもよい。これにより、難溶性塩の析出を促進させることができるので、構造物の亀裂などを効率良く閉塞し、構造物の強度、耐蝕性、耐久性を向上させることができる。
【0058】
難溶性塩は、炭酸カルシウムであってもよい。これにより、構造物の強度、耐蝕性、耐久性を向上させることができる。
【0059】
本開示の一態様に係る補修方法は、上記のいずれかのシーリング材を、構造体の補修個所に設ける。これにより、構造物の亀裂などを効率良く閉塞して補修し、構造物の強度、耐蝕性、耐久性を向上させることができる。
【符号の説明】
【0060】
1 シーリング材、2 母材、3 難溶物、4 難溶性塩、5 構造物、6 構造体、7 第1の化合物、8 第2の化合物。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7