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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022182145
(43)【公開日】2022-12-08
(54)【発明の名称】積層体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/12 20060101AFI20221201BHJP
   B32B 9/00 20060101ALI20221201BHJP
   C01G 31/02 20060101ALI20221201BHJP
【FI】
C23C8/12
B32B9/00 A
C01G31/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021089514
(22)【出願日】2021-05-27
(71)【出願人】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100189337
【弁理士】
【氏名又は名称】宮本 龍
(72)【発明者】
【氏名】松田 光弘
(72)【発明者】
【氏名】永田 美豊
(72)【発明者】
【氏名】姫野 雄太
(72)【発明者】
【氏名】志田 賢二
(72)【発明者】
【氏名】松田 元秀
【テーマコード(参考)】
4F100
4G048
【Fターム(参考)】
4F100AA17B
4F100AA17C
4F100AB01A
4F100BA44B
4F100DD22B
4F100DD22C
4F100EJ41
4F100JA11B
4F100JL08B
4F100JN06C
4F100JN08C
4G048AA02
4G048AB01
4G048AC08
4G048AD02
4G048AD06
(57)【要約】
【課題】マグネリ相バナジウム酸化物を含む金属酸化物層を有する積層体を簡便な処理で得ることができる積層体の製造方法、及び該製造方法で得られる積層体を提供する。
【解決手段】積層体100は、金属層10と、金属層10上に設けられ、マグネリ相バナジウム酸化物を含む金属酸化物層20と、を有し、マグネリ相バナジウム酸化物は、組成式V2n-1(3≦n≦9)で表される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属層と、前記金属層上に設けられ、マグネリ相バナジウム酸化物を含む金属酸化物層と、を有し、
前記マグネリ相バナジウム酸化物は、組成式V2n-1(3≦n≦9)で表される、積層体。
【請求項2】
前記金属酸化物層は、前記金属層上に設けられた低反射率層と、前記低反射率層上に設けられたマグネリ相酸化物層と、を有し、
前記低反射率層は、組成式VOで表される金属酸化物で構成されている、請求項1に記載の積層体。
【請求項3】
前記金属酸化物層の平均厚みが1μm以上である、請求項1または2に記載の積層体。
【請求項4】
前記金属酸化物層は、積層方向に関して、互いに異なる組成を有する複数の領域を有し、
前記複数の領域のうち、前記金属層から離間している領域ほど、マグネリ相バナジウム酸化物中のバナジウム元素の組成比が低い、請求項1~3のいずれか一項に記載の積層体。
【請求項5】
前記金属酸化物層と、前記金属層との間にボイドを有する、請求項1~4のいずれか一項に記載の積層体。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の積層体の製造方法であって、
バナジウム基材を大気中で予備加熱する第1工程と、
予備加熱した前記バナジウム基材を低酸素分圧下で熱処理する第2工程と、を有する、積層体の製造方法。
【請求項7】
前記第1工程において、前記バナジウム基材を450~500℃で予備加熱し、
前記第2工程において、予備加熱した前記バナジウム基材を温度500~550℃、酸素分圧1.0×10-15atm以上1.0×10-7atm以下で熱処理する、請求項6に記載の積層体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二酸化バナジウムは、光触媒として知られている材料である。二酸化バナジウムは、エネルギーの高い紫外線を吸収することができる一方、可視光領域における光吸収効率が低い。そのため、可視光領域の光を吸収する光触媒が求められている。
【0003】
可視光領域の光を吸収する光触媒としては、マグネリ相酸化物が知られている。このようなマグネリ相酸化物としては、例えば、V2n-1で表されるマグネリ相バナジウム酸化物、及びTi2n-1で表されるマグネリ相チタン酸化物等が知られている。
【0004】
特許文献1及び2には、Ti2n-1を製造する方法が開示されている。具体的には、特許文献1には、10~30nmほどのTiOナノ粒子とCaH、LiH,NaH,MgH,LiAlH,NaBH等の水素還元剤を混合及び不活性ガス雰囲気下で加圧することによってペレット状の試料を作製し、当該試料を途中で粉砕しながら350℃程度の低温で数日間加熱して還元することで粒子状のTi等の組成物が製造されることが記載されている。特許文献2には、多数の原料を所定の比率、所定の順序で混合及び撹拌し、所定の温度条件、所定の圧力条件で熱処理することで、LiαTiβγで表されるチタン酸化物の結晶表面の一部にTi2n-1を有するチタン酸化物結晶体が形成されることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012-214348号公報
【特許文献2】国際公開第2016/159323号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1及び2の製造方法では、マグネリ相酸化物を形成するために複雑な処理が必要であり、また、金属層上にマグネリ相酸化物を含む層状体を有する積層体は知られていない。さらに、マグネリ相酸化物のうち、マグネリ相バナジウム酸化物を製造する方法は知られていない。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされた発明であり、マグネリ相バナジウム酸化物を含む金属酸化物層を有する積層体を簡便な処理で得ることができる積層体の製造方法、及び該製造方法で得られる積層体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意研究の結果、バナジウム基材の表面を大気中で酸化し、その後、酸素分圧が低くなるように制御した環境下で熱処理すると、金属イオンが外方拡散し、表面に形成された金属酸化物層の組成が変化すると共に当該金属酸化物層の厚みが変化することから、マグネリ相酸化物を含む金属酸化物の薄層化、及び薄層状のマグネリ相酸化物の組成制御を簡便な処理で実現でき、その結果、金属層上にマグネリ相金属酸化物層を有する積層体を形成できること、および複雑形状の被処理体上にもマグネリ相金属酸化物層を容易に形成できることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明の要旨構成は以下の通りである。
【0010】
(1)本発明の第一の態様に係る積層体は、金属層と、前記金属層上に設けられ、マグネリ相バナジウム酸化物を含むマグネリ相酸化物層と、を有し、前記マグネリ相酸化物は、組成式V2n-1(3≦n≦9)で表される。
【0011】
(2)上記態様に係る積層体において、前記金属酸化物層は、前記金属層上に設けられた低反射率層と、前記低反射率層上に設けられたマグネリ相酸化物層と、を有し、前記低反射率層は、組成式VOで表される金属酸化物で構成されていてもよい。
【0012】
(3)上記態様に係る積層体において、前記金属酸化物層の平均厚みは、1μm以上であってもよい。
【0013】
(4)上記態様に係る積層体において、前記金属酸化物層は、積層方向に関して、互いに異なる組成を有する複数の領域を有し、前記複数の領域のうち、前記金属層から離間している領域ほど、マグネリ相酸化物中の金属元素の組成比が低くてもよい。
【0014】
(5)上記態様に係る積層体において、前記金属酸化物で構成された金属酸化物層と、前記金属層との間にボイドを有していてもよい。
【0015】
(6)本発明の第二の態様に係る積層体の製造方法は、第一の態様に係る積層体を製造する方法であって、前記バナジウム基材を大気中で予備加熱する第1工程と、予備加熱した前記バナジウム基材を低酸素分圧下で熱処理する第2工程と、を有する。
【0016】
(7)上記態様に係る積層体の製造方法は、前記第1工程において、前記バナジウム基材を450~500℃で予備加熱し、前記第2工程において、予備加熱した前記バナジウム基材を温度500~550℃、酸素分圧1.0×10-15atm以上1.0×10-7atm以下で熱処理してもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、マグネリ相バナジウム酸化物を含む金属酸化物層を有する積層体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の第1実施形態に係る積層体の断面を模式的に示す断面模式図である。
図2】第1実施形態に係る積層体の変形例を模式的に示す断面模式図である。
図3】第1実施形態に係る積層体の他の変形例を模式的に示す断面模式図である。
図4】第1実施形態に係る積層体の他の変形例を模式的に示す断面模式図である。
図5】第1実施形態に係る積層体の製造過程のイメージ図である。
図6】実施例1の積層体のXRD測定結果及びGI-XRD測定結果である。
図7】実施例1の試料のTEM像である。
図8】実施例1の試料の電子回折像である。
図9】比較例1の試料のXRD測定結果である。
図10】比較例1の試料のTEM像である。
図11】比較例2~4の試料の外観写真である。
図12】比較例2~4の試料体のXRD測定結果である。
図13】比較例5~7の試料の外観写真である。
図14】比較例5~7の試料のXRD測定結果及びGI-XRD測定結果である。
図15】比較例6の試料のTEM像である。
図16】比較例7の試料のTEM像である。
図17】比較例8~10の試料のXRD測定結果である。
図18】比較例9の試料の外観写真およびTEM像である。
図19】比較例11の試料のXRD測定結果である。
図20】実施例1,比較例8,及び比較例11の試料の表面の光学特性を示す図である。
図21】大気雰囲気でバナジウム基材を加熱する温度に対する酸化バナジウムの重さの依存性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態の一例について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、本発明の特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合がある。このため、各構成要素の寸法比率などは実際とは異なっている場合がある。
【0020】
[積層体]
図1は、本実施形態に係る積層体100の断面を模式的に示す断面模式図である。積層体100は、金属層10と、金属層10上に設けられ、マグネリ相バナジウム酸化物を含む金属酸化物層20と、を有する。マグネリ相バナジウム酸化物はV2n-1(3≦n≦9)で表される。
【0021】
<金属層>
金属層10は、例えばバナジウム元素を主成分として含む層である。
【0022】
<金属酸化物層>
金属酸化物層20は、金属層10の上方に設けられており、例えば金属層10の表面に設けられている。本実施形態における金属酸化物層20は、金属層10に直接接する構成に限定されず、金属層10と離間している構成、例えば金属層10上に1又は複数の他の層を介して設けられている構成を含む。尚、上方とは、必ずしも重力方向に沿う方向とは一致しない。金属酸化物層20は、例えば積層体100の表層部に設けられている。
【0023】
金属酸化物層20は、例えば金属層10上に設けられた低反射率層25と、低反射率層25上に設けられたマグネリ相酸化物層24と、を有する。
【0024】
(低反射率層)
低反射率層25は、組成式VOで表される金属酸化物で構成されている。低反射率層の金属元素は、金属層10に主成分として含まれる金属元素と同じである。組成式VOで表される金属酸化物は、導電性が高く、反射率の低い組成物である。低反射率層25が組成式VOで表される金属酸化物を含むことは、X線回折法(XRD:X-ray Diffraction)により確認することができる。金属酸化物層20では、XRDプロファイルにおいてVOによるピークが検出される。また、電子回折を行うことによっても、低反射率層25がVOで構成されていることが確認することができる。
【0025】
低反射率層25は、例えば金属層10に直接接している。低反射率層25は、光学特性に優れており、例えば約360nm~約830nmでの反射率が10%を下回っており、さらに約830nm~2000nmでの反射率も10%を下回っている。また、低反射率層25は、電気的特性にも優れている。
【0026】
(マグネリ相酸化物層)
マグネリ相酸化物層24は、マグネリ相バナジウム酸化物を含む層であり、例えばマグネリ相バナジウム酸化物の結晶粒を少なくとも一部に含み、マグネリ相バナジウム酸化物で構成されていてもよい。マグネリバナジウム相酸化物は、組成式Vn2n-1(3≦n≦9)で表される組成物である。このような組成物としては、例えばV、V、V、V11、及びV13等が含まれる。マグネリ相酸化物層24は、例えば、上記の組成物のうち、少なくとも1つの組成物を含んでいてもよく、複数の組成物を含んでいてもよい。
【0027】
マグネリ相バナジウム酸化物は、ルチル型の金属二酸化物に酸素欠損が周期的に導入されたものである。3≦n≦9のマグネリ相バナジウム酸化物は、(121)面において、周期的に面欠陥が存在する。
【0028】
金属酸化物層20は、例えば、異なる組成比を有する2つ以上の化合物を含む。
【0029】
図1は、マグネリ相酸化物層24が互いに異なる組成を有する2つ以上の化合物を含む場合の例を示す。マグネリ相酸化物層24は、例えば、金属層10側から、第1領域21、第2領域22及び第3領域23をこの順に有する。第1領域21は、金属層10に最も近い領域であり、例えば低反射率層25に接している。第2領域22は、第1領域21よりも金属層10から離間した位置にあり、第1領域21の上記低反射率層25とは反対側に配置されている。第3領域23は、第2領域22よりも金属層10から離間した位置にあり、第2領域22の上記第1領域21とは反対側に配置されている。本実施形態では、第3領域23は、表面に露出している最外層を構成している。
【0030】
第1領域21,第2領域22及び第3領域23の各々は、例えば同じ組成の化合物の領域であり、各化合物の結晶粒で構成された領域である。第1領域21,第2領域22及び第3領域23に含まれるマグネリ相バナジウム酸化物のそれぞれは、例えば互いに組成が異なる。また、第1領域21、第2領域22及び第3領域23のそれぞれの間には、例えば結晶粒界が存在する。
【0031】
金属酸化物層20の上記3つの領域うち金属層10から離間している領域ほど、例えばマグネリ相バナジウム酸化物中の金属元素の組成比が高い。すなわち、図1に示す例では、第1領域21に含まれるマグネリ相バナジウム酸化物中の金属元素の組成比が最も高く、第3領域23に含まれるマグネリ相バナジウム酸化物中の金属元素の組成比が最も低い。このような例としては、第1領域21が組成式Vで構成され、第2領域22が組成式Vで構成され、第3領域23が組成式Vで構成される例が挙げられる。
【0032】
尚、第1領域21,第2領域、および第3領域23のそれぞれは、必ずしも単一の組成比を有する化合物の単体で構成されず、異なる組成比を有する2つの化合物の混晶であってもよい。このような例としては、第3領域23が組成式V及び組成式Vの混晶で構成される例や、第2領域22が組成式Vの(1-20)双晶である例などが挙げられる。
【0033】
金属酸化物層20がマグネリ相バナジウム酸化物を含むことは、X線回折法(XRD:X-ray Diffraction)により確認することができる。金属酸化物層20では、XRDプロファイルにおいてマグネリ相バナジウム酸化物によるピークが検出される。尚、XRDにおけるX線侵入深さは、金属酸化物層20の厚みに応じて調整されることが好ましい。
【0034】
金属酸化物層の表層部の組成は、微小角入射角X線回折法(GI-XRD:Glazing IncidenceX-ray Diffraction)測定により確認することができる。金属酸化物層20がマグネリ相バナジウム酸化物を含むことは、GI-XRDにより確認されてもよい。金属酸化物層20の表層部は、マグネリ相バナジウム酸化物を含むことが好ましい。
【0035】
金属酸化物層20に含まれるマグネリ相バナジウム酸化物の組成は、透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)を用いて測定することができる。マグネリ相バナジウム酸化物の組成を識別するためには、先ず、積層体100のTEM像を観察し、結晶粒を識別する。次いで、結晶粒の電子回折像を得る。この電子回折像に基づいて、それぞれの結晶粒を構成するマグネリ相バナジウム酸化物の組成を識別することができる。
【0036】
組成式V2n-1(3≦n≦9)で表されるマグネリ相バナジウム酸化物の組成は、電子回折像において、透過波が透過する(000)及びルチル型VO面に対応する(121)R-VO2との間に含まれる原子(スポット)の数により、識別することができる。組成式V2n-1(3≦n≦9)で表されるマグネリ相バナジウム酸化物の金属原子カラムは、n周期で配列する。そのため、透過波が透過する(000)のスポット及びルチル型VO面に対応する(121)R-VO2のスポットを結ぶ線分上に位置するスポットの数が(N-1)個であれば、当該領域を構成するマグネリ相バナジウム酸化物の組成がV2N-1であると識別できる。例えば、スポットの数が3個であれば、当該領域を構成するマグネリ相バナジウム酸化物は、Vであると識別でき、スポットの数が4個であれば、Vであると識別できる。これらのスポットは、例えば(000)のスポット及び(121)R-VO2のスポットを結ぶ線分を等分する。
【0037】
また、上記手法により一度電子回折像を指数付けすれば、(000)のスポット及び(121)R-VO2のスポットの間に(N-1)個のスポットが確認されていなくても、各々のスポットの間隔や角度の関係に基づき、結晶粒の組成の同定が可能である。尚、該結晶粒の組成が組成式V2n-1で表される場合、方位合わせを行えば、結晶粒の組成に応じて(000)のスポット及び(121)R-VO2のスポットの間に(N-1)個のスポットが位置することが確認される。
【0038】
金属酸化物層20に含まれるマグネリ相バナジウム酸化物は、例えば、結晶子サイズが100nm~1.0μmである結晶粒を有するのが好ましく、結晶子サイズが100nm~1.0μmである結晶粒で構成されるのがより好ましい。
【0039】
金属層10と金属酸化物層20との間には、例えばボイドVoが形成されている(図1)。ボイドVoの積層方向におけるサイズは、例えば数十nm~数百nm程度であり、例えば金属層10と金属酸化物層20との界面に沿って、面内方向に分布している。ボイドVoは、例えば、金属層10と金属酸化物層20との界面から積層方向において表層部に近づく方向に数100nmの範囲に、数10nm~数100nmサイズの略円筒状のボイドが、該界面の面内方向に沿って互いに連結している。ボイドVoは、例えば少なくとも一部が金属層10に位置し、少なくとも一部が金属酸化物層20に位置する。
【0040】
本実施形態にかかる金属酸化物層20は、導電性向上の観点から、例えば平均厚みが200nm以上であるのが好ましく、500nm以上あるのがより好ましく、1μm以上あるのが更に好ましい。また、金属酸化物層20は、例えば平均厚みが2μm以下であってもよい。金属酸化物層20の平均厚みは、TEM像における積層体の最外層の表面からボイドまでの積層方向における距離を、積層体の面内方向における10箇所で測定し、その平均を求めることで算出することができる。
【0041】
また、第3領域23は、導電性向上の観点から、例えば平均厚みが200nm以上であるのが好ましく、500nm以上あるのがより好ましく、1μm以上であるのが更に好ましい。また、第3領域23は、例えば平均厚みが2μm以下であってもよい。第3領域23の平均厚みは、TEM像における積層体の最外層の表面から第2領域22と第3領域23との境界までの積層方向における距離を、積層体の面内方向における10箇所で測定し、その平均を求めることで算出することができる。
【0042】
本実施形態にかかる金属酸化物層は、VO2、及びバナジウムのWadsley相酸化物(V2n+1)と比較し、面内方向および積層方向の導電性が高い。また、本実施形態にかかる金属酸化物層20に含まれるマグネリ相酸化物層24および低反射率層25は、それぞれ、可視光領域および近赤外光領域における光吸収効率が高いため、可視光、近赤外光領域の光触媒としての応用が期待される。
【0043】
尚、図1には、低反射率層25上に、第1領域21、第2領域22および第3領域23が層状に重なる構成を図示したが、本実施形態にかかる積層体はこの例に限定されない。例えば、図1では各層の表面が平坦面であるが、曲面或いは凹凸面であってもよい。また、各層の厚みが均一でなく、薄層部及び厚層部を有していてもよい。また、第1領域21、第2領域22および第3領域23が層状の構成でなくてもよい。例えば、第1領域21、第2領域22および第3領域23のいずれか2つあるいは3つが面内方向に並んでいてもよい。
【0044】
尚、図1では3つの領域を有するマグネリ相酸化物層24を示したが、領域の数は1つ以上の任意の数であり、金属酸化物層は特定の組成比の単一の領域からなっていてもよく、4つ以上の領域を含んでいてもよい。また、金属酸化物層は、マグネリ相酸化物層の内部又は外側にマグネリ相バナジウム酸化物以外の組成物で構成された領域を含んでいてもよい。例えば、金属酸化物層は、一部にVOを含んでいてもよく、マグネリ相バナジウム酸化物、VO,及びVOで構成されていてもよい。
【0045】
図2~4は、第1実施形態に係る積層体100の変形例を模式的に示す断面図である。図2~4の積層体101,102,103において、積層体100と同様の構成は、同様の符号を付し、説明を省略する。
【0046】
図2に示すように、積層体101は、金属酸化物層20aとして、金属層10上に設けられた低反射率層25と、低反射率層25上に設けられたマグネリ相酸化物層24aと、を有する。マグネリ相酸化物層24aは、例えば第1領域21及び第2領域22で構成されている。第1領域21は、例えば組成式Vの組成物を含み、Vの組成物で構成されていることが好ましい。第2領域22は、例えば組成式Vの組成物を含み、組成式Vの組成物で構成されていることが好ましい。積層体101における第2領域22は、最外層を構成している。
【0047】
図3に示すように、積層体102は、金属酸化物層20bとして、金属層10上に設けられた低反射率層25と、低反射率層25上に設けられたマグネリ相酸化物層24bと、を有する。マグネリ相酸化物層24bは、例えば第2領域22及び第3領域23で構成されている。第2領域22は、例えば組成式Vの組成物を含み、組成式Vの組成物で構成されていることが好ましい。第3領域23は、例えば組成式Vの組成物を含み、組成式Vの組成物で構成されていることが好ましい。積層体102における第3領域23は、最外層を構成している。
【0048】
図4に示すように、積層体103は、金属酸化物層20cとして、金属層10上に設けられた低反射率層25と、低反射率層25上に設けられたマグネリ相酸化物層24cと、を有する。マグネリ相酸化物層24cは、例えば第2領域22で構成されている。マグネリ相酸化物層24cは、例えば組成式Vの組成物を含んでおり、組成式Vの組成物で構成されていることが好ましい。すなわち、積層体103では、マグネリ相酸化物層24cの全体が特定の組成比を有する化合物の単体からなる1つのマグネリ相バナジウム酸化物で構成されていることが好ましい。積層体103における第2領域22は、最外層を構成している。
【0049】
このように、本実施形態に係る積層体のマグネリ相酸化物層は、積層方向に関して、互いに異なる組成を有する2つの領域で構成されていてもよく、1つの領域で構成されていてもよい。この場合、上記2つの領域のうち、金属層10から離間している領域ほど、マグネリ相バナジウム酸化物中の金属元素の組成比が高いことが好ましい。また、上記2つの領域のうちのいずれかが、マグネリ相バナジウム酸化物の中で電気的特性、特に電気伝導性が相対的に優れた組成式V又はVの組成物で構成されているのが好ましい(図3図4参照)。また、各領域に含まれるマグネリ相バナジウム酸化物は、図1の対応する各領域に含まれるマグネリ相バナジウム酸化物と同様のものを含んでいてもよい。
【0050】
第1領域21、第2領域22及び第3領域23のそれぞれの厚みは、任意に選択することができる。例えば、図3では第2領域22の厚みが第3領域23の厚みよりも大きいが、第2領域22の厚みが第3領域23の厚みよりも小さくてもよい。また、図3では第2領域22の厚みが第1領域21の厚みよりも大きいが、第2領域22の厚みが第1領域21の厚みよりも小さくてもよい。
【0051】
マグネリ相バナジウム酸化物のうち、組成式Vで表されるマグネリ相バナジウム酸化物の導電性が最も高い。そのため、金属酸化物層20の導電性を高める観点から、第1領域21,第2領域22及び第3領域23のうち、最も厚みが大きい領域が組成式Vで表される組成物からなる群から選択される組成物で構成されていることが好ましい。
【0052】
尚、図1~4には、低反射率層上に、マグネリ相酸化物層が重なり、金属酸化物層20、20a~20cが構成される例を図示したが、本実施形態にかかる積層体はこの例に限定されず、適宜変更を加えてもよい。例えば、金属酸化物層が、VO及びマグネリ相バナジウム酸化物以外の組成物を含んでいてもよい。
【0053】
[積層体の製造方法]
本実施形態にかかる積層体の製造方法は、上記実施形態にかかる金属酸化物層を製造する方法であって、バナジウム基材を大気中で予備加熱する第1工程と、予備加熱したバナジウム基材を低酸素分圧下で熱処理する第2工程と、を有する。
【0054】
(第1工程)
第1工程では、例えば公知の電気炉等の加熱炉を用いて上記バナジウム基材の予備加熱を行うことができる。第1工程により、バナジウム基材の表面を二酸化バナジウムにすることができる。
【0055】
基材としては、市販のものを用いてもよい。基材の厚みは、例えば3μm以上であり、5μm以上であることが好ましい。基材が所定値以上の厚みを持つことで、外方拡散する金属イオン及び金属元素を十分確保することができるため、マグネリ相バナジウム酸化物の形成を制御しやすい。また、基材としては、バナジウム元素を主成分として含む基材を用いてもよいが、バナジウム元素のみからなる基材を用いることが好ましい。基材は、バナジウム元素以外の第三元素を含む基材であってもよい。基材としては、平坦な形状のものを用いてもよく、湾曲部や屈曲部を含む、複雑形状のものを用いてもよい。また、基材としては、板材や、箔材を用いることができ、箔材を用いることが好ましい。箔材としては、面内方向に広がる結晶粒を有し、かつ複数の結晶粒が積層方向に重なる箔材を用いることが好ましい。
【0056】
第1工程を行う際の熱処理温度は、例えば450~500℃、好ましくは470~480℃である。
【0057】
第1工程を行う際の上記熱処理温度は、第1工程における最高温度であり、上記熱処理温度で温度を維持しなくてもよい。例えば、第1工程において上記最高温度に達するまで所定の昇温速度で加熱し、上記最高温度に達した後、好ましくは上記最高温度に達した直後に、所定の降温速度にて除熱する。第1工程を行う際の昇温速度は、例えば10℃/分であり、降温速度は、例えば3~5℃/分である。
【0058】
第1工程の熱処理温度をこれらの範囲に制御し、後述する第2工程を行うことで、上記実施形態にかかるマグネリ相バナジウム酸化物を含む積層体を製造することができる。バナジウム元素は、500℃以上で急激に酸化反応が進行する。そのため、第1工程の熱処理温度を、500℃以下にすることで、後述する第2工程を行ってもマグネリ相バナジウム酸化物で構成された金属酸化物層を得られるように表面でのバナジウム元素の酸化反応が過剰に進行することを抑制でき、またバナジウム基材の表面が脱落することを抑制できる。
【0059】
また、バナジウム元素は、450℃以下では、ほとんど酸化反応が得られないため、第1工程においてバナジウム基材を、それぞれ450℃以上で熱処理することで、後述する第2工程を行った際に、マグネリ相バナジウム酸化物が形成されるために十分な量の酸素を含めることができる。
【0060】
第1工程における熱処理時間は、例えば100時間以下であり、1時間以上20時間以下であることが好ましい。尚、ここで熱処理時間とは、上述の熱処理温度に達してから維持される時間のことをいう。すなわち、第1工程では、例えば炉体を所定の熱処理温度まで昇温し、熱処理温度を維持せず、降温してもよい。尚、本実施形態に係る積層体の製造方法において、熱処理時間は、熱処理温度が高い場合には短くしてもよく、熱処理温度が低い場合には長くしてもよい。熱処理時間を上記範囲に制御することで、き裂や割れが生じることを抑制できる。
【0061】
(第2工程)
第2工程は、予備加熱したバナジウム基材を低酸素分圧下で熱処理する。第2工程では、例えば公知の電気炉等の加熱炉を用いて熱処理を行うことができる。第2工程は、第1工程と同じ加熱炉を用いてもよいし、第1工程とは異なる加熱炉を用いてもよい。
【0062】
低酸素分圧下とは、空気の酸素分圧よりも十分に小さい酸素分圧を有するガス中で熱処理することを意味するである。上記ガスとしては、例えば、空気或いは酸素ガスを用いることができる。上記ガスは、酸素のみで構成されていてもよいし、酸素とN、Arなどの不活性ガスとを含んでいてもよいが、酸素のみからなるか、又は酸素と不活性ガスとからなることが好ましい。
【0063】
第2工程を行う際の酸素分圧は、例えば1.0×10-7atm~1.0×10-15atm、好ましくは1.0×10-7~1.0×10-10atmである。
【0064】
酸素分圧の制御は、公知の方法により行うことができる。例えば、空気と不活性ガスを加熱炉内に供給し、酸素分圧コントローラーを用いて、加熱炉内の酸素分圧の測定値に基づいて空気及び/又は不活性ガスの供給量を調整することにより、行うことができる。
【0065】
第2工程を行う際の熱処理温度は、例えば500~550℃、好ましくは520~530℃である。
【0066】
第2工程を行う際の上記熱処理温度は、第2工程における最高温度であり、上記熱処理温度で温度を維持しないのが好ましい。例えば、第2工程において上記最高温度に達するまで所定の昇温速度で加熱し、上記最高温度に達した後、好ましくは上記最高温度に達した直後に、所定の降温速度にて除熱する。第2工程を行う際の昇温速度は、例えば10℃/分であり、降温速度は、例えば3~5℃/分である。
【0067】
第2工程の熱処理において、上記最高温度に達した後、上記最高温度をある程度の時間維持してもよい。最高温度の維持時間は、例えば1時間以上20時間以内であり、好ましくは、5時間以上15時間以内である。
【0068】
図5は、第2工程中の試料内部の組成の変化の一例を模式的に示す図である。第1工程後、バナジウム基材の表面は、ルチル型の二酸化物となる。第2工程を行うことで、バナジウム基材のバナジウム元素が外方拡散し、金属層上に低反射率層であるVOが形成される。その後、金属元素の二酸化物の層のうち、低反射率層側からマグネリ相バナジウム酸化物が形成される。
【0069】
第2工程の酸素分圧の範囲と熱処理温度を上記範囲に制御することで、外部から酸素が侵入する速度、並びに外方拡散するバナジウム元素及びそのイオンと内部に取り込まれた酸素とが反応する速度を制御し、マグネリ相バナジウム酸化物で構成された金属酸化物層を形成することができる。
【0070】
第2工程を行うことで、バナジウム基材のバナジウム元素及びそのイオンが外方拡散する速度、外部から金属酸化物層内に酸素が侵入する速度、および外部から侵入した酸素が内部に進行する速度を制御し、金属層上にマグネリ相バナジウム酸化物を含む金属酸化物層を形成することができる。尚、第2工程中も外部から酸素が内部に取り込まれており、かつ、金属層のバナジウム元素の外方拡散が進行するため、第2工程後の金属酸化物層の厚みは、第1工程直後の金属酸化物層の厚みより厚くなる。
【0071】
尚、第1工程の熱処理温度及び時間、並びに第2工程の酸素分圧、熱処理温度及び時間を調整することで、マグネリ相バナジウム酸化物で構成された金属酸化物層の厚みや、形成される金属酸化物層におけるマグネリ相バナジウム酸化物の組成を調整することができる。
【0072】
本実施形態にかかる積層体の製造方法では、安全かつ簡便にマグネリ相バナジウム酸化物を含む積層体を製造することができる。本実施形態に係る金属酸化物の製造方法では、温度、酸素分圧といった熱処理条件を制御することで、所望のマグネリ相バナジウム酸化物を含む積層体を製造できる。例えば、金属酸化物層の厚みや化学組成比を厳密に制御することができる。
【0073】
本実施形態にかかる積層体の製造方法では、複雑形状の基材を用いても実施することができ、任意の形状のフレキシブル酸化物半導体も作製可能である。尚、本実施形態にかかる積層体の製造方法で製造した積層体から金属酸化物層を剥離し、金属酸化物層を独立で用いてもよい。金属酸化物層を独立で用いる場合、例えばピンセットで剥離させる方法,もしくは王水等の濃酸溶液を用いて,金属層のみを溶解させる方法により積層体の金属層から剥離することができる。また、3μm以下の薄いバナジウム基材を出発材料として用いることでマグネリ相のみで構成された積層体、或いはマグネリ相を含む層状物質(マグネリ相シート)を形成することも可能である。
【0074】
図2図4に示す積層体は、上記実施形態にかかる積層体の製造方法と同様の方法で製造される。このとき、適切な酸素分圧下で第2工程を行うことにより、2つの領域で構成されるマグネリ相酸化物層、或いは1つの領域で構成されるマグネリ相酸化物層を形成することができる。
【実施例0075】
以下、本発明の実施例を説明する。本発明は、以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0076】
[実施例1]
先ず、厚み25μmのバナジウム箔材(バナジウム基材)を用意した。実施例1で用いたバナジウム基材は、99.9質量%がバナジウムであり、残りの0.1質量%がバナジウム以外の元素であった。該バナジウム基材は、面内方向に広がる結晶粒を有し、かつ複数の結晶粒が積層方向に重なる箔材であった。
【0077】
次いで、第1工程として、電気炉内にバナジウム基材を配置し、大気雰囲気で予備加熱することで中間試料を作製した。バナジウム基材を予備加熱する際の熱処理温度は450℃とし、熱処理時間は10時間とした。すなわち、炉体を昇温速度10℃/分で450℃まで昇温し、450℃で10時間熱処理した後炉冷した。炉冷は、降温速度約3℃/分で行った。
【0078】
次いで、第2工程として、中間試料を電気炉内に配置し、空気の酸素分圧よりも十分に小さい酸素分圧を有するガス中で熱処理した。上記ガスとしては、酸素ガスの他にプロセスガスとしてアルゴンガスを用いた。熱処理は、熱処理温度500℃、熱処理時間10時間、酸素分圧1.0×10-10atmで行った。酸素分圧は、酸素分圧コントローラーにより制御した。熱処理する際の昇温速度は、約10℃/分で行った。第2工程では、最高温度である500℃まで昇温後、最高温度を維持せず、すぐに炉冷(約5℃/分の速度で冷却)を行い、試料を作製した。
【0079】
[比較例1]
第2工程を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして試料を作製した。
【0080】
[比較例2]
第1工程の熱処理温度を500℃に変更し、第1工程の熱処理時間を0分に変更し、第2工程を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして試料を作製した。すなわち、比較例2では、実施例1と同様の昇温速度で500℃まで昇温した後、500℃で保持せず、炉冷し、試料を作製した。
【0081】
[比較例3]
第1工程の熱処理温度を550℃に変更し、第1工程の熱処理時間を0分に変更し、第2工程を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして試料を作製した。
【0082】
[比較例4]
第1工程の熱処理温度を550℃に変更し、第2工程を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして試料を作製した。
【0083】
[比較例5]
第1工程を行わず、第2工程の熱処理温度を450℃に変更し、第2工程の酸素分圧を1.0×10-5atmに変更したこと以外は、実施例1と同様にして試料を作製した。
【0084】
[比較例6]
第1工程を行わず、第2工程の酸素分圧を1.0×10-5atmに変更したこと以外は、実施例1と同様にして試料を作製した。
【0085】
[比較例7]
第1工程を行わず、第2工程の酸素分圧を1.0×10-5atmに変更し、第2工程の熱処理時間を20時間に変更したこと以外は、実施例1と同様にして試料を作製した。
【0086】
[比較例8]
第1工程の熱処理時間を0分に変更し、第2工程の熱処理温度を450℃に変更し、第2工程の酸素分圧を1.0×10-5atmに変更したこと以外は、実施例1と同様にして試料を作製した。
【0087】
[比較例9]
第1工程の熱処理時間を0分に変更し、第2工程の酸素分圧を1.0×10-5atmに変更したこと以外は、実施例1と同様にして試料を作製した。
【0088】
[比較例10]
第1工程の熱処理温度を500℃に変更し、第1工程の熱処理時間を0分に変更し、第2工程の酸素分圧を1.0×10-5atmに変更したこと以外は、実施例1と同様にして試料を作製した。
【0089】
[比較例11]
第1工程の熱処理温度を600℃に変更し、第2工程を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして試料を作製した。
【0090】
(試料の評価)
先ず、実施例1の試料の分析を行った。
【0091】
(XRD測定、GI-XRD測定)
先ず、試料の任意断面を切り出し、XRD測定を行った。XRD測定は、全自動多目的X線回折装置(株式会社リガク製、装置名:Utima IV)を用い、測定の条件は、(線源:CuKα,管電圧:40kV, 管電流:200mA,入射角:15°~80°)とした。次いで、この試料に対し、GI-XRD測定(薄膜XRD測定)を行った。GI-XRD測定は、全自動多目的X線回折装置(株式会社リガク製、装置名:Smart Lab)を用い、測定の条件は、(線源:CuKα,管電圧:45kV, 管電流:200mA, 入射角:15°~80°)とした。図6は、実施例1の試料に対してXRD測定およびGI-XRD測定を行った結果である。
【0092】
図6(a)のXRD測定結果より、実施例1の積層体は、マグネリ相バナジウム酸化物を含むことが確認された。また、積層体の積層方向における表面近傍観察することが可能なGI-XRD測定結果(図6(b))より、積層体の積層方向における表面はマグネリ相バナジウム酸化物で構成されていることが確認された。
【0093】
(断面観察)
次に、TEMを用いて実施例1の試料の断面を観察した。尚、TEMによる試料の断面観察を行う前に、収束イオンビーム(FIB)加工装置(製造社名:株式会社日立ハイテク製、型番:NB5000)を用い、W(CO)ガスを導入しながら、Ga+イオンビームを走査することにより、積層体の表面S上にCデポジション膜を形成した。その後、実施例1の試料のTEM像を図7に示す。図7に示すTEM像において、積層体の表面S上には、デポジション膜Dが形成されている。図7におけるデポジション膜Dは、Cデポジション膜である。図7のTEM像を観察した結果、実施例1の試料は積層方向と交差する方向にボイドVoを有すること、ボイドVoを挟む二つの層を有すること、二つの層のうち表面側の層には複数の結晶粒を有すること、及びバナジウム基材は面内方向に広がる結晶粒が積層方向に重なって構成されていることが確認された。尚、試料の表面側の層は、マグネリ相バナジウム酸化物を含む金属酸化物層であることがXRD測定で確認されている。次いで、TEM像における積層体の面内方向の10箇所で、金属酸化物層の最外層の表面からボイドまでの距離を測定し、その平均値を求めることで、金属酸化物層の平均厚みを求めた。金属酸化物層の平均厚みは、1.5μmであった。
【0094】
(電子回折)
実施例1の試料に対し、電子回折を行った。電子回折は、図7中の領域R、R、R、R、及びRに対して行った。領域Ra、R、R、R、及びRの結晶粒の電子回折像を図8に示す。
【0095】
領域Rの電子回折像において、透過波が透過する(000)及びルチル型VO面に対応する(121)R-VOの間に含まれるスポットの数は、7個であり、上記2つのスポットを結ぶ線分を8等分していた。そのため、領域Rに位置するマグネリ相バナジウム酸化物は、V15であることが確認された。また、領域Rの電子回折像において、透過波(000)から(-113)等の各面指数に対応するスポットまでの距離を計測し、各々の格子面間隔dを求めると、既知のV15の格子面間隔の値と同じであり、この方法でも領域Rに位置するV15で示されるマグネリ相バナジウム酸化物であることが図8から確認された。
領域Rの電子回折像において、方位合わせを行えば(000)及び(121)R-VOの間に含まれるスポットの数は、4個であり、上記2つのスポットを結ぶ線分を5等分していることが確認できた。そのため、Rに位置するマグネリ相バナジウム酸化物は、Vであることが確認された。また、領域Rの電子回折像において、透過波(000)から各面指数に対応するスポットまでの距離を計測し、各々の格子面間隔dを求めると、既知のVの格子面間隔の値と同じであり、この方法でも領域Rに位置するVで示されるマグネリ相バナジウム酸化物であることが図8から確認された。
領域Rの電子回折像において、方位合わせを行えば(000)及び(121)R-VOの間に含まれるスポットの数は、2個であり、上記2つのスポットを結ぶ線分を3等分していることが確認できた。そのため、領域Rに位置するマグネリ相バナジウム酸化物は、Vであることが確認された。また、領域Rの電子回折像において、透過波(000)から各面指数に対応するスポットまでの距離を計測し、各々の格子面間隔dを求めると、既知のVの格子面間隔の値と同じであり、この方法でも領域Rに位置するVで示されるマグネリ相バナジウム酸化物であることが図8から確認された。
【0096】
電子回折像から領域RはVで構成されていることが確認された。
領域R、及びRの電子回折像を比較すると、領域Rの電子回折像の(000)から(-10-1)までの距離と領域Rの電子回折像の(000)から(400)までの距離とは、同じであり、領域Rの電子回折像には、(000)から(400)までの距離を4等分する位置に、金属V中の{110}回折スポットを4等分する位置に(100)規則格子反射が存在することが確認された。従って、領域RがVOで構成されていることが確認された。
【0097】
(導電率測定)
実施例1の試料の同一面内の2か所に端子を接触させ、直流電源を用い、直流2端子法による抵抗測定を室温で行った。端子間の距離は、1.1cmにした。その結果、電圧計で測定した電圧値は1.1V、電流計で測定した電流値は3.18Aであり、実施例1の試料の表層部の面内方向における抵抗値は0.346Ωであり、導電率が2.89Sであることが分かった。VO膜は、室温において電流値を計測できないほど抵抗値が高いことから、実施例1の表層部に形成されたマグネリ相バナジウム酸化物層は、優れた導電性を有するといえる。
【0098】
次に、比較例1の試料の分析を行った。
比較例1の試料に対し、実施例1と同様の方法で、XRD測定を行った。図9は、比較例1の試料に対してXRD測定を行った結果である。図9のXRD測定結果より、比較例1の積層体は、マグネリ相バナジウム酸化物を含まないことが確認された。また、積層体の金属層上に形成された層は、組成物VO、V及びVで構成されていることが確認された。すなわち、積層体の金属層上に形成された層は、1つのバナジウム原子に対し、2つ以上の酸素原子が結合した組成物で構成された酸化物層であることが確認された。
【0099】
次に、実施例1と同様の方法で比較例1の試料の断面を観察した。比較例1の試料のTEM像を図10に示す。図10に示すTEM像において、積層体の表面S上には、デポジション膜Dが形成されている。図10におけるデポジション膜Dは、Wデポジション膜である。図10のTEM像を観察した結果、比較例1の試料は積層方向と交差する方向にボイドVoを有すること、ボイドVoを挟む二つの層を有すること、及び二つの層のうち表層部側の層は複数の結晶粒を有することが確認された。尚、表層部側の層は、金属元素の二酸化物およびWadsley相酸化物で構成されていることが、XRD測定で確認されている。
次いで、実施例1と同様の方法で、表層部側の層の平均厚みを求めた。金属酸化物層の平均厚みは、約1.0μmであった。
【0100】
また、実施例1と同様の方法で、表層部側の層の3つの結晶粒に対し、電子回折を行った。その結果、3つの結晶粒は、それぞれVO、V及びVであることが確認された。
このように、比較例1のような、大気中で熱処理したバナジウム基材を低酸素分圧下で熱処理しない方法では、金属元素及びそのイオンの外方拡散が十分に進行せず、マグネリ相バナジウム酸化物を形成することができなかった。
【0101】
次に、比較例2~4の試料の分析を行った。
図11に、左から順に比較例2~4の試料の外観写真を示す。先ず、比較例2~4の試料に対し、実施例1と同様の方法でXRD測定を行った。図12に、上から順に比較例2~4のXRD測定結果を示す。比較例2の試料は、金属層上に、単斜晶のVOが形成されていることが、確認された。比較例3の試料は、単斜晶のVO及びVで構成された層が形成されていることが確認された。比較例4の試料は、V及び正方晶のVOで構成された層が形成されていることが確認された。
【0102】
比較例2~4のいずれにおいても、マグネリ相バナジウム酸化物は観測されなかった。比較例2~4から、試料を大気中で加熱しただけでは、マグネリ相バナジウム酸化物が形成されないことが確認された。また、試料を大気中で加熱する際の熱処理温度が高い場合、熱処理時間が短時間であっても、試料内部に取り込まれる酸素の量が過剰になり、バナジウム元素の二酸化物の他に、Wadsley相酸化物が形成されることが確認された。
【0103】
次に比較例5~7の試料の分析を行った。
図13に、左から順に比較例5~7の試料の外観写真を示す。
先ず、比較例5~7の試料に対し、実施例1と同様の方法で、XRD測定及びGI-XRD測定を行った。図14に、上から順に比較例5~7のXRD測定結果、及びGI-XRD測定結果を示す。
【0104】
比較例5の試料は、XRD測定結果より金属層上にVOが形成されていることが確認され、GI-XRD測定結果より表層部側に単斜晶VOが形成されていることが確認された。
比較例6の試料は、XRD測定結果より金属層上にVOが形成されていることが確認され、GI-XRD測定結果より表層部側に単斜晶V及び単斜晶VOが形成されていることが確認された。
比較例7の試料は、XRD測定結果より、金属層上にVO及び正方晶VOが形成されていることが確認され、表層部側に正方晶V及び正方晶VOが形成されていることが確認された。
【0105】
次に、実施例1と同様の方法で、比較例6及び7の試料の断面を観察した。図15に比較例6の試料のTEM像を示し、図16に比較例7の試料のTEM像を示す。図15及び図16に示すTEM像において、積層体の表面S上には、デポジション膜Dが形成されている。図15及び図16におけるデポジション膜Dは、Cデポジション膜である。図15及び図16のTEM像を観察した結果、比較例6及び7の試料の表層部側には、複数の結晶粒を有する、金属層と組成の異なる層が形成されていることが確認された。比較例6の表層部側の層は、VO、正方晶VO及び正方晶Vで構成されていること、および比較例7の表層部側の層は、VO、単斜晶VO及び単斜晶Vで構成されていることが、XRD測定で確認されている。次いで、図15及び図16のTEM像における、表層部側に形成された明度の高い層の面内方向における10箇所で、積層方向の厚みを測定し、平均厚みを求めた。図15における表層部側の層の平均厚みは約100nmであり、図16における表層部側の層の平均厚みは約500nmであった。
【0106】
比較例5~7のいずれにおいても、マグネリ相バナジウム酸化物は形成されなかった。比較例6のTEM像から、表層部のみに金属酸化物が形成されていることが分かった。また比較例5~7から、低酸素分圧下でバナジウム基材を熱処理しただけでは、外部から酸素が試料内に取り込まれる速度、試料内に取り込まれた酸素が内部に進行する速度と金属元素及びそのイオンが外方拡散する速度の相関を制御することができず、マグネリ相バナジウム酸化物が形成されないことが確認された。
【0107】
次に比較例8~10の試料の分析を行った。
先ず、比較例8~10の試料に対し、実施例1と同様の方法で、XRD測定を行った。図17に、上から順に比較例8~10のXRD測定結果を示す。
比較例8の試料は、金属層上にVOが形成されていることが確認された。
比較例9の試料は、金属層上にVO及び単斜晶VOが形成されていることが確認された。
比較例10の試料は、金属層上にVO及び単斜晶VOが形成されていることが確認された。
比較例8~10のいずれの試料においてもマグネリ相バナジウム酸化物が形成されていないことが確認された。
【0108】
次に、実施例1と同様の方法で比較例9の試料の断面を観察した。比較例9の試料の外観写真およびTEM像を図18に示す。図18に示すTEM像において、積層体の表面S上にはデポジション膜Dが形成されている。図18におけるデポジション膜Dは、Cデポジション膜である。図18のTEM像を観察した結果、比較例9の試料は、金属層上に、金属元素の酸化物で構成された2つの層B及び層Cを有すること、層B及び層Cは、それぞれ複数の結晶粒を有すること、および層Cと金属層との間にボイドVoを有することが確認された。次いで、実施例1と同様の方法で、表層部側の層(層B及び層Cの合計)の平均厚みを求めた。表層部側の層の平均厚みは、約200nmであった。
【0109】
次に、実施例1と同様の方法で、比較例9の層Bに含まれる結晶粒及び層Cに含まれる結晶粒に対し、電子回折を行った。その結果、金属層上に形成された層Cは、VOで構成されていることが確認された。また層C上に形成された層Bは、単斜晶VOで構成されていることが確認された。
【0110】
比較例8から、大気中での熱処理を短時間行った場合、第2工程における酸素分圧を実施例1よりも高くした場合であっても、酸素が不足し、マグネリ相バナジウム酸化物が得られないことが確認された。比較例9では、同じ条件で第1工程を行った比較例8には形成されていない単斜晶VOが形成されている。そのため、比較例9では、第2工程を実施例1と比べ高い酸素分圧下で、また比較例8と比べ高温で行ったことにより、第2工程中に単斜晶VOが形成されているものの、V元素及びそのイオンが外方拡散する速度よりも試料内に酸素が取り込まれる速度が高く、マグネリ相バナジウム酸化物が形成されなかった。すなわち、第2工程において、試料内に酸素が取り込まれる速度とバナジウム元素及びそのイオンが外方拡散する速度との相関を適切にし、マグネリ相バナジウム酸化物を形成するためには、第1工程において、バナジウム基材の表面に二酸化物を形成している必要があると推察される。比較例10は、第1工程の条件が比較例2と同じであり、第1工程の際に単斜晶VOが表層部に形成されているが、第2工程において、酸素分圧が高すぎることにより、金属元素の二酸化物に酸素欠損を生じさせることはできないと推察される。
【0111】
次に、比較例11の試料に対し、実施例1と同様の方法でXRD測定を行った。図19に、比較例11のXRD測定結果を示す。比較例11の試料は、金属層上にVが形成されていることが確認された。
【0112】
次に、実施例1、比較例8、及び比較例11の試料の光吸収効率を求めるために、反射率を測定した。反射率の測定は、紫外可視近赤外分光光度計装置(装置名:UV-3600、株式会社島津製作所製)を用いて、200~2000nmの範囲で行った。
【0113】
実施例1,比較例8,及び比較例11の試料の波長に対する反射率(%)を図20に示す。実施例1の試料は、紫外光領域だけでなく、可視光領域及び近赤外光領域において、低い反射率を示した。具体的には、実施例1の試料は約250nm~約1900nmの範囲で25%以下の反射率を示した。また、実施例1の試料は、約350nm~約2000nmの範囲で比較例11よりも低い反射率を示した。特に、実施例1の試料は、約360nm~約830nmの範囲である可視光領域において、20%以下の反射率を示した。したがって、実施例1の試料は、可視光領域および近赤外光領域において優れた光吸収効率を示すことが分かった。
【0114】
[比較例12]
1cm×1cm×25μmのバナジウム基材を大気中で、一定の加熱速度で加熱し、熱重量測定(TG:Thermogravimetry)を行った。熱重量測定は、熱重量示差熱測定装置(NETCH製、装置名:STA2500)を用い、測定の条件は、(加熱速度:10℃/分)とした。図21に比較例12の試料の熱重量曲線(TG曲線)を示す。比較例12の試料のTG曲線から、バナジウム基材は450℃以上の温度範囲で、温度が高くなるほどバナジウム基材の酸化が進行すること、温度変化に対する重量変化の勾配は、500℃、550℃、及び680℃の温度で大きく増大することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0115】
上記実施形態にかかるマグネリ相バナジウム酸化物を含む金属酸化物層を有する積層体は、可視光域を有効利用でき、複雑な形状や任意の寸法に対応できる。そのため、上記実施形態にかかる積層体は、光触媒電極、光センサーとしての活用が期待される。上記実施形態にかかる積層体が有する金属酸化物層は、高い導電性を有し、高い耐酸化性を有し得ることから、燃料電池としての活用が期待される。
【符号の説明】
【0116】
10:金属層、20:金属酸化物層、21:第1領域、22:第2領域、23:第3領域、24:マグネリ相酸化物層、25低反射率層、100,101,102,103:積層体、V:ボイド
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