(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022182299
(43)【公開日】2022-12-08
(54)【発明の名称】ガス拡散電極の製造方法、ガス拡散電極、およびガス拡散電極ロール状物
(51)【国際特許分類】
H01M 4/88 20060101AFI20221201BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20221201BHJP
【FI】
H01M4/88 C
H01M8/10 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021089786
(22)【出願日】2021-05-28
(71)【出願人】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】三宅 徹
(72)【発明者】
【氏名】民宮 尚美
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 悠介
【テーマコード(参考)】
5H018
5H126
【Fターム(参考)】
5H018AA06
5H018AS01
5H018BB06
5H018BB08
5H018BB12
5H018EE08
5H018EE17
5H018HH00
5H018HH03
5H018HH04
5H126BB06
(57)【要約】
【課題】微多孔層に関する物性が均一なガス拡散電極を、低コストで生産できる製造方法、および微多孔層に関する物性が均一なガス拡散電極ロール状物を提供すること。
【解決手段】導電性粒子および撥水性樹脂を含む塗液を導電性多孔質基材に塗布する工程を含むガス拡散電極の製造方法であって、攪拌容器内の塗液に上下対流が発生する条件で塗液を攪拌しながら、攪拌容器から塗布装置への送液および塗布を行い、かつこの時の攪拌装置の攪拌翼の最外周の周速が0.8m/s以下であることを特徴とするガス拡散電極の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性多孔質基材に導電性粒子、撥水性樹脂および分散媒を含む微多孔層塗液を塗布して微多孔層を形成する塗布工程、微多孔層から分散媒を除去する乾燥工程、微多孔層および導電性多孔質基材の撥水性樹脂を焼結する焼結工程を含むガス拡散電極の製造方法であって、
前記塗布工程において、
攪拌するための容器、ならびに少なくとも攪拌軸と攪拌翼からなる攪拌機を有する微多孔層塗液攪拌装置、
微多孔層塗液を導電性多孔質基材に塗布するための塗布機、
微多孔層塗液攪拌装置から塗布機に微多孔層塗液を送るための配管および送液装置を有するガス拡散電極の攪拌装置を用い、前記攪拌機を容器内の微多孔層塗液に上下対流が発生する条件で微多孔層塗液を攪拌しながら、前記送液装置による送液および前記塗布を行い、かつこの時の前記攪拌翼の最外周の周速が0.8m/s以下であることを特徴とするガス拡散電極の製造方法。
【請求項2】
前記微多孔層塗液が水系塗液であることを特徴とする請求項1に記載のガス拡散電極の製造方法。
【請求項3】
前記微多孔層塗液の粘度が1.0Pa・s以上であることを特徴とする請求項1または2に記載のガス拡散電極の製造方法。
【請求項4】
前記微多孔層塗液の、明細書中に定義するシェアシニング性の指標(シェアシニング指数)が1.5以上であることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載のガス拡散電極の製造方法。
【請求項5】
前記攪拌翼の形状がヘリカルリボン翼ないしパドル翼である請求項1~4のいずれかに記載のガス拡散電極の製造方法。
【請求項6】
前記攪拌翼の回転数が20rpm以下であることを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載のガス拡散電極の製造方法。
【請求項7】
導電性多孔質基材と、導電性粒子と撥水性樹脂を含むガス拡散層用微多孔層を含むガス拡散電極であって、前記微多孔層に含まれる導電性粒子がカーボンブラックであり、微多孔層表面からガス拡散電極を貫通する貫通孔が10cm四方(100cm2)あたり5個未満、最大バブルポイント径が2.0μm以下であることを特徴とするガス拡散電極。
【請求項8】
前記微多孔層表面からガス拡散電極を貫通する貫通孔が10cm四方(100cm2)あたり2個未満、最大バブルポイント径が1.0μm以下であることを特徴とする請求項7に記載のガス拡散電極。
【請求項9】
前記カーボンブラックがアセチレンブラックであることを特徴とする請求項7または8に記載のガス拡散電極。
【請求項10】
導電性多孔質基材と、導電性粒子と撥水性樹脂を含むガス拡散層用微多孔層を含む長尺のガス拡散電極ロール状物であって、前記ガス拡散電極ロール状物の長さが1000m以上であり、かつその全長に渡り、面内ガス拡散性の相対標準偏差が5%以下であることを特徴とするガス拡散電極ロール状物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
燃料電池は、水素と酸素を反応させて水が生成する際に生起するエネルギーを電気的に取り出す機構であり、エネルギー効率が高く、排出物が水しかないことから、クリーンエネルギーとしてその普及が期待されている。本発明は、燃料電池に用いられるガス拡散電極に関し、特に、燃料電池の中でも燃料電池車などの電源として使用される高分子電解質型燃料電池に用いられるガス拡散電極およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子電解質型燃料電池に使用される電極は、高分子電解質型燃料電池において2つのセパレータで挟まれてその間に配置されるもので、高分子電解質膜の両面において、高分子電解質膜の表面に形成される触媒層と、この触媒層の外側に形成されるガス拡散層とからなる構造を有する。電極でのガス拡散層を形成するための個別の部材として、ガス拡散電極が流通している。このガス拡散電極に求められる性能としては、例えばガス拡散性、触媒層で発生した電気を集電するための導電性、および触媒層表面に発生した水分を効率よく除去する排水性などがあげられる。このようなガス拡散電極を得るため、ガス拡散性および導電性を兼ね備えた導電性多孔質基材が用いられる。
【0003】
導電性多孔質基材(以下、単に「基材」と呼称することもある)としては、具体的には、炭素繊維からなるカーボンフェルト、カーボンペーパーおよびカーボンクロスなどが好ましく用いられ、中でも機械的強度などの点からカーボンペーパーが最も好ましいとされる。
【0004】
上記のような基材をそのままガス拡散電極として用いると、その繊維の目が粗いため、水蒸気が凝縮すると大きな水滴が発生し、フラッディングを起こしやすい。このため、撥水処理を施した基材の上に、カーボンブラックなどの導電性粒子を分散した微多孔層塗液(以下、単に「塗液」と呼称することもある)を塗布し乾燥焼結することにより、微多孔層と呼ばれる層(マイクロポーラスレイヤーともいう)を設ける場合がある。微多孔層を設けることで、基材の粗さを電解質膜に転写させないための化粧直し効果や、基材の空隙を適度に埋めて、触媒層とガス拡散層の接触抵抗(電気抵抗)を低下する効果などが得られる。化粧直し効果を得る場合には、基材の粗さ(算術平均粗さ)は通常10~30μmであるため、基材上の微多孔層厚み(乾燥・焼結後)を10~80μm、とウェットコーティングとしては大きな厚みとする必要がある。このような厚みを確保するため、また、上記塗液が多孔質基材にしみこまないようにするため、上記塗液は、高粘度であることが求められる。また、発電性能の高効率化のため、燃料電池を90℃あるいはそれ以上の温度で運転する需要もある。このような場合、特に電解質膜の乾燥(ドライアップ)による発電性能低下を防ぐことが求められ、孔径2~10μmの微細な貫通孔(ピンホール)の数を極力低減する必要がある。
【0005】
一方、燃料電池車が普及するためには、コストをガソリン車並みに低くすることが重要であり、これを達成するために材料費、加工費等すべてのコストを低減しなければならず、ガス拡散層も例外ではない。
【0006】
今後、燃料電池および燃料電池車が普及していくにつれ、ガス拡散電極も量産適性を高め、品質の向上、コストの低減を進めていく必要がある。ガス拡散電極の製造方法として、枚葉で製造する場合と連続的に加工して製造する場合があるが、量産性という点では、連続的に1000mあるいはそれ以上の長尺のロール状のガス拡散電極として製造することが好ましく、その場合には全長に渡り、面内ガス拡散性などの物性が均一であることが求められる。
【0007】
微多孔層形成のための塗液の調製方法として、特許文献1では、導電性粒子と撥水性樹脂(PTFE)に対して、剪断力を制御して、分散および凝集抑制を図る技術が開示されている。特許文献2では、分散機の型式を特定することにより導電性粒子の分散性を高めている。また、特許文献3では、調製した微多孔層塗液を容器内で放置することにより、容器の底に凝集させ、微多孔層にクラックを発生させて排水性を向上する技術が開示されている。特許文献4には、上記貫通孔の大きさ、数を制御する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第5148036号公報
【特許文献2】特許第4425364号公報
【特許文献3】特許第5922552号公報
【特許文献4】特開2018-156818号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、ガス拡散電極の量産化にむけて、品質およびその均一性、生産性を高いレベルにするためには、上記特許文献1、2に記載の微多孔層調製方法では不十分、特許文献3の技術でも、品質の均一化を担保するには不十分であり、むしろ塗液を凝集させる工程を追加する分、生産性低下の要因となる可能性がある。また、特許文献4は燃料電池の高温運転に対応するには、貫通孔の制御のレベルが不十分である。
【0010】
本発明の目的は、品質の均一なガス拡散電極を提供するとともに、生産性高く低コストにガス拡散電極を生産するための技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のガス拡散電極の製造方法、ガス拡散電極、およびガス拡散電極ロール状物は上記の課題を解決するため、次の構成を有する。
[1]導電性多孔質基材に導電性粒子、撥水性樹脂および分散媒を含む微多孔層塗液を塗布して微多孔層を形成する塗布工程、微多孔層塗液から分散媒を除去する乾燥工程、微多孔層および導電性多孔質基材の撥水性樹脂を焼結する焼結工程を含むガス拡散電極の製造方法であって、
当該塗布工程において、
攪拌するための容器、ならびに少なくとも攪拌軸と攪拌翼からなる攪拌機を有する微多孔層塗液攪拌装置、
微多孔層塗液を導電性多孔質基材に塗布するための塗布機、
微多孔層塗液攪拌装置から塗布機に微多孔層塗液を送るための配管および送液装置を有するガス拡散電極の攪拌装置を用い、当該攪拌機を容器内の微多孔層塗液に上下対流が発生する条件で微多孔層塗液を攪拌しながら、当該送液装置による送液および当該塗布を行い、かつこの時の当該攪拌翼の最外周の周速が0.8m/s以下であることを特徴とするガス拡散電極の製造方法。
[2]当該微多孔層塗液が水系塗液であることを特徴とする[1]に記載のガス拡散電極の製造方法。
[3]当該微多孔層塗液の粘度が1.0Pa・s以上であることを特徴とする[1]または[2]に記載のガス拡散電極の製造方法。
[4]当該微多孔層塗液の、明細書中に定義するシェアシニング性の指標(シェアシニング指数)が1.5以上であることを特徴とする[1]~[3]のいずれかに記載のガス拡散電極の製造方法。
[5]当該攪拌翼の形状がヘリカルリボン翼ないしパドル翼である[1]~[4]のいずれかに記載のガス拡散電極の製造方法。
[6]当該攪拌翼の回転数が20rpm以下であることを特徴とする[1]~[5]のいずれかに記載のガス拡散電極の製造方法。
[7]導電性多孔質基材と、導電性粒子と撥水性樹脂を含むガス拡散層用微多孔層を含むガス拡散電極であって、当該微多孔層に含まれる導電性粒子がカーボンブラックであり、微多孔層表面からガス拡散電極を貫通する貫通孔が10cm四方(100cm2)あたり5個未満、最大バブルポイント径が2.0μm以下であることを特徴とするガス拡散電極。
[8]当該微多孔層表面からガス拡散電極を貫通する貫通孔が10cm四方(100cm2)あたり2個未満、最大バブルポイント径が1.0μm以下であることを特徴とする[7]に記載のガス拡散電極。
[9]当該カーボンブラックがアセチレンブラックであることを特徴とする[7]または[8]に記載のガス拡散電極。
[10]導電性多孔質基材と、導電性粒子と撥水性樹脂を含むガス拡散層用微多孔層を含む長尺のガス拡散電極ロール状物であって、当該ガス拡散電極ロール状物の長さが1000m以上であり、かつその全長に渡り、面内ガス拡散性の相対標準偏差が5%以下であることを特徴とするガス拡散電極ロール状物。
【発明の効果】
【0012】
本発明の製造方法を用いることにより、貫通孔が皆無または非常に少ないガス拡散電極が得られるため、高温運転におけるドライアップ抑制に対して有利であり、微多孔層が均一に塗布されたガス拡散電極を高い収率で生産効率よく得られ、ガス拡散電極、ひいては燃料電池の製造コストを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の微多孔層塗液の塗布時に塗液の攪拌に用いる装置の一例の略図
【
図2】本発明のガス拡散電極の製造装置の一例の略図
【
図3】本発明の対象となるガス拡散電極の構成を示す概略図
【
図6】本発明の実施例で用いた面内ガス拡散評価装置の概略図
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の第1の態様としては、ガス拡散電極の量産に用いるシェアシニング性を有する微多孔層塗液を塗布した後のガス拡散電極の物性の均一性を高め、また塗液の使用効率を高めるための、塗布時における塗液の取り扱い方法を規定した製造方法に関するものである。
【0015】
本発明の第2の態様としては、導電性多孔質基材と、導電性粒子と撥水性樹脂を含むガス拡散用微多孔層を含むガス拡散電極であって、当該導電性粒子がカーボンブラックであり、微多孔層表面からガス拡散電極を貫通する貫通孔の数が少なく、最大バブルポイント径が小さいガス拡散電極に関するものである。
【0016】
本発明の第1の態様の製造方法で製造するガス拡散電極、および第2の態様のガス拡散電極は、導電性多孔質基材の少なくとも片面に微多孔層を有する。初めに導電性多孔質基材について説明する。
【0017】
固体高分子型燃料電池において、ガス拡散電極は、セパレータから供給されるガスを触媒へと拡散するための高いガス拡散性、電気化学反応に伴って生成する水をセパレータへ排出するための高い排水性、発生した電流を取り出すための高い導電性が要求される。このためガス拡散電極には、導電性を有し、通常10μm以上100μm以下の領域に細孔径のピークを有する多孔体からなる導電性多孔質基材が用いられる。
【0018】
導電性多孔質基材としては、具体的には、例えば、炭素繊維織物、炭素繊維抄紙体、炭素繊維不織布、カーボンフェルト、カーボンペーパー、カーボンクロスなどの炭素繊維を含む多孔質基材、発泡焼結金属、金属メッシュ、エキスパンドメタルなどの金属多孔質基材を用いることが好ましい。中でも、耐腐食性が優れることから、炭素繊維を含む多孔質基材を用いることが好ましく、中でも、電解質膜の厚み方向の寸法変化を吸収する特性、すなわち「ばね性」に優れることから、炭素繊維抄紙体を炭化物で結着してなる基材、すなわちカーボンペーパーを用いることが好適である。
【0019】
ガス拡散電極のガス拡散性を高めて燃料電池の発電性能を極力高めるため、基材には高い空隙率が求められる。空隙率は好ましくは80%以上、さらに好ましくは85%以上である。空隙率の上限は基材がその構造を保ちうる限界として95%である。
【0020】
また、カーボンペーパーなどの基材の厚みを薄くすることによっても、ガス拡散電極のガス拡散性を高めることができるので、カーボンペーパーなどの基材の厚みは220μm以下が好ましく、150μm以下がより好ましく、さらに好ましくは120μm以下である。基材の厚み下限を50μmとすると、機械的強度を保ち、製造工程でのハンドリングを容易にできるので好ましい。導電性基材の厚みを薄くすることは、燃料電池としたときの厚み方向の電気抵抗を低減する意味でも有効である。
【0021】
上記基材を用いてガス拡散電極を効率よく製造するためには、基材を長尺に巻いた状態のものを巻き出して、巻き取るまでの間に連続的に微多孔層を形成することが好ましい。
【0022】
基材は、排水性を高めるため撥水処理が施されていても良い。撥水処理は、フッ素樹脂などの撥水性樹脂を用いて行うことが好ましい。フッ素樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)(たとえば“テフロン(登録商標)”)、四フッ化エチレン六フッ化プロピレン共重合体(FEP)、ペルフルオロアルコキシフッ化樹脂(PFA)、エチレン四フッ化エチレン共重合体(ETFA)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリフッ化ビニル(PVF)等が挙げられるが、強い撥水性を発現するPTFE、あるいはFEPが好ましい。
【0023】
撥水性樹脂の量は特に限定されないが、基材100質量%に対して0.1質量%以上20質量%以下が好ましい。この範囲であると、撥水性が十分に発揮され、一方、撥水性樹脂がガスの拡散経路あるいは排水経路となる細孔を塞いでしまったり、電気抵抗が上がったりする可能性が低い。
【0024】
基材を撥水処理する方法は、一般的に知られている撥水性樹脂を含むディスパージョンに基材を浸漬する処理技術のほか、ダイコート、スプレーコートなどによって基材に撥水性樹脂を塗布する塗布技術も適用可能である。また、フッ素樹脂のスパッタリングなどのドライプロセスによる加工も適用できる。なお、撥水処理の後、必要に応じて乾燥工程、さらには焼結工程を加えても良い。
【0025】
次いで、微多孔層について説明する。微多孔層は、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、炭素繊維のチョップドファイバー、グラフェン、黒鉛などの導電性粒子を含んだ層である。導電性粒子としては、コストが低く、安全性や製品の品質の安定性の点から、カーボンブラックが好適に用いられる。微多孔層中に含まれるカーボンブラックとしては、不純物が少なく触媒の活性を低下させにくいという点でアセチレンブラックが好適に用いられる。
【0026】
また、微多孔層には、導電性、ガス拡散性、水の排水性、あるいは保湿性、熱伝導性といった特性、さらには燃料電池内部のアノード側での耐強酸性、カソード側での耐酸化性が求められるため、微多孔層は、導電性粒子に加えて、フッ素樹脂をはじめとする撥水性樹脂を含む。微多孔層に含まれるフッ素樹脂としては、基材を撥水する際に好適に用いられるフッ素樹脂と同様、PTFE、FEP、PFA、ETFA等が挙げられる。撥水性が特に高いという点でPTFE、あるいはFEPが好ましい。
【0027】
ガス拡散電極が微多孔層を有するためには、基材に、微多孔層を形成するための塗液、すなわち微多孔層塗液を塗布することが一般的である。塗液は通常、上記導電性粒子と水やアルコールなどの分散媒を含むが、環境負荷低減、塗布乾燥工程の簡略化の観点から水を分散媒として用いる水系塗液であることが好ましい。ここで水系塗液とは分散媒の50重量%以上,好ましくは70重量%以上さらに好ましくは90%以上が水である塗液とする。また、導電性粒子を分散するための分散剤として、界面活性剤などが配合されることが多い。また、本発明において取り扱う塗液は、微多孔層に撥水性樹脂を含ませるために、塗液に予め撥水性樹脂を含ませておく。
【0028】
微多孔層塗液を調製するためには、プラネタリーミキサー、ボールミル、ビーズミル、ジェットミル、ニーダー、加圧ニーダー、連続式ニーダー、ホモジナイザー、ホモミキサーなどの各種分散機、混練機を用いることができる。また、分散剤として界面活性剤を添加した水系塗液を調製する場合には、泡立ち易いので、空気を巻き込まないあるいは真空脱泡しながら調製できる装置が好ましい。この観点からは、プラネタリーミキサーなどの多軸混練機などが好適である。
【0029】
基材上に微多孔層を形成する方法としては、基材に塗液を塗布する方法が好ましい。
【0030】
塗液中の導電性粒子の濃度は、塗液の生産性の点から、好ましくは5質量%以上、より好ましくは10質量%以上である。粘度、導電性粒子の分散安定性、塗液の塗布性などが好適であれば濃度に上限はない。導電性粒子としてアセチレンブラックを用いる場合には、水系塗液の場合、塗液中のアセチレンブラックの濃度は25質量%を上限とするのが好ましく、この好ましい範囲であると、アセチレンブラック同士が再凝集して、いわゆるパーコレーションが発生することはなく、急激な粘度増加で塗液の塗布性が損なわれる可能性が低い。
【0031】
微多孔層の役割としては、(1)触媒の保護、(2)目の粗い基材の表面が電解質膜に転写しないようにする化粧直し効果、(3)カソードで発生する水蒸気の凝縮防止などである。上記のうち、化粧直し効果を発現するためには、微多孔層がある程度の厚みを有することが好ましい。
【0032】
微多孔層の厚みは、10μm以上60μm以下であることが好ましい。微多孔層の厚みが10μm未満であると、上記の化粧直し効果が不足することがあり、化粧直し効果を十分に発揮するためにはさらに20μm以上であることが好ましい。また、微多孔層厚みが60μmを超えるとガス拡散電極自体のガス拡散性が低下したり、電気抵抗が高くなったりすることがある。ガス拡散性を高める、あるいは電気抵抗を下げるという観点からは、微多孔層の厚みは、より好ましくは50μm以下、さらに好ましくは40μm以下である。なお、塗液を基材の表面に塗布して微多孔層を形成することから、基材の空孔に塗液が浸み込んでしまい、
図3に示すように基材中に微多孔層の染み込み部分203が形成される場合があるが、各微多孔層の厚みは、この浸み込み部分は除いた、基材の外側に存在する部分の厚みを意味する。
【0033】
本発明においては、上記の通り、空隙率の高い基材に微多孔層を厚塗りすることが好ましい。空隙率の高い基材に極力塗液を染み込ませずに厚塗りするためには、剪断力のかかる塗布の瞬間には粘度が低く、分散媒を乾燥する際には高粘度であることが好ましい。すなわち、塗液はシェアシニング性を有することが好ましい。シェアシニング性とは、剪断力を加えた際に粘度が一時的に低下する(剪断力を取り除くと粘度は回復する)性質である。
【0034】
本発明で扱う微多孔層塗液においては、シェアシニング性の定量的指標(以下、シェアシニング指数と呼称)として、剪断速度(シェアレート)が17(/秒)での粘度の値(a)と、剪断速度が127(/秒)での粘度の値(b)の比(a/b)を定義する。シェアシニング指数が高ければ、剪断力のかからない状態では粘度が高く、高い剪断力がかかっている状態では粘度が低い。本発明で扱う微多孔層塗液では、このシェアシニング指数が1.5以上であることが好ましく、より好ましくは2.0以上である。シェアシニング指数の上限としては10.0以下であることが好ましく、より好ましくは8.0以下である。
【0035】
塗液は、分散媒中に導電性粒子を分散して調製する。導電性粒子を分散させるためには、分散剤として界面活性剤を用いて分散させることが好ましい。この分散を長時間安定させて塗液が分離しないようにするために、分散剤の添加量は、塗液中の導電性粒子の10質量%以上であることが好ましい。10質量%未満では、塗液の分散安定が確保できず、塗液の物性の低下などの変化を起こしやすい。また、撥水性樹脂を用いる場合は、撥水性樹脂の分散を妨げない分散剤を用いるのが好ましい。
【0036】
また、微多孔層の厚みを焼結後の塗膜として10μmより大きくする場合、塗液の粘度は1.0Pa・s以上であることが好ましく、3.0Pa・s以上であることはより好ましく、5.0Pa・s以上であることはさらに好ましい。塗液の粘度が1.0Pa・s未満だと、塗液が基材の表面上で流れて所望の厚みを確保できないことがあったり、基材の細孔に塗液が流入して裏抜けを起こしてしまったりすることがある。逆に、塗液の粘度が高すぎると、塗布性が低下することがあるため、塗液の粘度は25Pa・s以下が好ましく、20Pa・s以下はより好ましく、15Pa・s以下はさらに好ましい。
【0037】
塗液の粘度を高粘度に保つためには、増粘剤を添加することが有効である。ここで用いる増粘剤は、一般的に良く知られたもので良い。例えば、メチルセルロース系、ポリエチレングリコール系、ポリビニルアルコール系などが好適に用いられる。
【0038】
これらの分散剤や増粘剤としては、分散剤と増粘剤の両方の機能を持つ一つの物質を選んでも良く、分散剤や増粘剤以外としての、例えば防黴等の機能を有していても良い。分散剤と増粘剤の両方の機能を持つ物質としては、界面活性剤が好ましく用いられる。また、分散剤と増粘剤として、それぞれの機能に適した別の物質を選んでも良く、その場合には、導電性粒子や撥水性樹脂の分散を妨げないような増粘剤を選定するのが好ましい。塗液の粘度、分散安定を保つために、分散剤と増粘剤の総量が、導電性粒子の添加質量の10質量%以上であることが好ましく、50質量%以上がより好ましく、100質量%以上がさらに好ましい。分散剤と増粘剤の総量の好ましい上限としては、通常導電性粒子の添加質量の500質量%以下であり、500質量%以下であると後の焼結工程において蒸気や分解ガスが発生しにくく、安全性、生産性を確保できる。
【0039】
上記の塗液は、各種の分散装置で分散することができるが、分散させすぎると粘度が低下する場合が多く、増粘剤で粘度を調整しても多孔質基材に塗液がしみこむ傾向にある。このため、分散を低いレベルで留めておき、これを保つことが必要となる場合がある。すなわち、塗液調製後、基材へ塗布するまで、導電性粒子の分散状態を変化させるようなせん断力を極力かけないことが好ましい。
【0040】
上記の塗液は、特に分散媒が水系でかつ分散剤や増粘剤として界面活性剤が添加されている場合、攪拌などの操作により気泡が発生しやすい。気泡を含む塗液が基材に塗布されると、気泡の存在する部分に塗膜が形成されずに、いわゆる塗布抜けという現象が起き、微多孔層の機能が低下してしまう恐れがあるため、塗液は塗布前に十分脱泡しておく必要がある。
【0041】
本発明におけるガス拡散電極の製造装置は、微多孔層塗液を調製するための容器と攪拌機を有する微多孔層塗液攪拌装置、微多孔層を基材に塗布するための塗布機、微多孔層攪拌装置から塗布機に微多孔層塗液を送るための配管および送液装置を少なくとも備え、塗液を、塗布装置によって基材に塗布することで、ガス拡散電極が製造される。
【0042】
上記の通り、容器から塗布機への送液や塗布の際に、塗液に泡を発生させるのは塗布抜けの原因となるため避けるのが好ましい。泡の発生を避けるために容器内の攪拌を止める場合があるが、特に長時間止めておくと、容器内で塗液の密度あるいは粘度に分布を生じる。すなわち、容器の底に近くなるほど塗液の密度が高くなり、粘度も高くなる傾向がある。分布が生じた状態で、ガス拡散電極の長尺塗布を行うと、塗布の開始時に容器の底近くの密度と粘度が高い塗液を基準として狙いとする塗液の目付、厚みとなるように時間あたりの塗布量を設定しても塗布が進むにつれ、容器の上部にあった底部にくらべ低密度、低粘度の塗液が塗布されることになり、同じ体積速度で塗布を続ける場合には、目付が小さくなり、また粘度が下がって染み込みやすくなるため、ガス拡散電極の厚みが小さくなる傾向にある。この傾向は量産において大容量の塗液を連続で塗布する際に顕著である。すなわち、長尺塗布によるガス拡散電極の連続製造を行う場合には、塗液を調整する容器の中で塗液の組成を均一にし、かつ塗液中に泡が発生しないようにすることが重要なポイントとなる。
【0043】
また、本発明で扱う微多孔層塗液としては粘度が高いものを用いるのが好ましいが、粘度の高い塗液を大容量容器下部の抜き出し口からポンプなどを用いて抜き出す場合、ある程度液面が下がってくると、抜き出し口の直上の領域のみに液の流れが生じ、
図5に例示されるように壁面付近の塗液が送液されない現象が起こりやすく、微多孔層塗液の使用率が低下する。
【0044】
このような問題を解決するため検討を行った結果、本発明者らは、塗布機へ送液する際に、攪拌機を容器内の塗液に上下方向の対流が発生するように運転することで、容器内の塗液組成が最後まで均一に保たれ、長尺のガス拡散電極の微多孔層物性を最初から最後まで均一にできるとともに、容器内の塗液の使用効率を高くできることを見いだした。
【0045】
これより本発明の第1の態様であるガス拡散電極の製造方法の一例を具体的に記載するが、本発明は以下の記載に制限されるものではない。
【0046】
本発明の微多孔層塗液攪拌装置では、
図1に例示するように、攪拌翼21と攪拌軸22を有する攪拌機2が装備された容器1に塗液4は入れられ、攪拌翼21により攪拌される。容器1は減圧手段(不図示)と減圧手段接続口3で接続されており、容器1の内圧は真空ポンプ等の当該減圧手段により制御される。容器1内には、塗液の攪拌状態を調整する邪魔板が設けられていても良い。
【0047】
容器は密閉可能に構成されており、脱泡時にはその内圧は減圧手段により制御される。容器の容量は特に制限されるものではないが、量産に適用する場合には、好ましくは200リットル以上、より好ましくは300リットル以上、さらに好ましくは1000リットル以上である。設置スペース、温度制御を外側から行う場合の効率を考慮すれば、容量の上限は3000リットル程度と考えられる。
【0048】
容器の形状としては、例えば、円筒形の直胴部と鏡型の底面とを有する槽などを用いることができるが、塗液をできる限り余すことなく使用するためには底部は椀型であることが好ましい。容器の天面の形状にも制限はなく、平板状や鏡板状の天面を採用することができる。天面は蓋状の構造として、開閉が可能、あるいは取り外しが可能とする事もなんら制限はない。容器の材質も特に制限はなく、塗液の性状に応じて自由に選定できる。
【0049】
容器は、減圧手段と接続するための減圧手段接続口を有することが好ましい。減圧手段接続口と減圧手段(例えば真空ポンプ)とを接続することにより、容器内を大気圧以下の圧力に減圧することができる。減圧手段接続口の大きさや形状に制限はない。また、減圧手段としては、真空ポンプに限らず、容器内の圧力を制御できる公知の機器を使用することができる。
【0050】
容器には、塗液を塗布装置へ送り出すための排出口を設ける。また塗液の供給部を設けても良い。また、減圧状態から大気圧状態に戻す際にガスを供給するためのガス供給接続口を別途設けてもよい。塗液の温度管理が必要な場合は、塗液中にコイル状の熱媒配管を浸して温調する、または容器をジャケット構造にし、このジャケット部に熱媒を流す、または容器の側面などにヒーターを取り付ける等、温度制御可能に構成することも可能である。
【0051】
本発明にて扱う塗液は、粘度等の物性の温度依存性が大きい場合がある。このような場合には、脱泡工程から塗液の塗布装置への送液、塗布機から塗液を吐出して基材へ塗布する瞬間に至るまで、塗液の温度を一定に制御することが好ましく、塗液の分散機、分散機から攪拌容器までの送液部、さらにはこれらの装置の設置されている建屋の区画の温度も同じ温度に保つことが望ましい。温度の変動幅としては、中心値±5℃、好ましくは±3℃、更に好ましくは±1℃である。温度制御は一定であればあるほど液物性の均一化という面では好ましいが、制御のための機構が高価になるため、現実的には±1℃程度が限度である。
【0052】
容器中の塗液は、攪拌機により攪拌される。容器中には、攪拌機構の構成部である攪拌翼が装備されることが好ましい。攪拌機は、内部の高粘度かつシェアシニング性を有する塗液に対して上下方向の対流を発生させ、内部を均一に攪拌できものであれば、特に制限はなく、公知の攪拌装置を使用することができる。例えば、パドル翼やタービン翼といった攪拌翼を攪拌軸に固定したタイプの攪拌機構を使用することができる。攪拌翼は攪拌軸に1段で設けられていても良いし、2段以上で設けられていてもよいが、本発明で扱う塗液の場合は、ヘリカルリボン翼と呼ばれる攪拌翼を使用することが好ましい。また、構造が単純であるため品種切り替え時の洗浄作業が容易に行えるという観点から、“マックスブレンド(登録商標)”翼(住友重機械プロセス機器株式会社)や“フルゾーン(登録商標)”翼(株式会社神鋼環境ソリューション)など、一般的にパドル翼と呼ばれる攪拌翼を使用しても良い。
【0053】
また、容器内に攪拌機構を設置する位置は、塗液を攪拌できれば、特に制限はない。攪拌機構の材質も特に制限はなく、塗液の性状に応じて適宜選択できる。
【0054】
また上下方向の対流の発生の確認は、例えば、塗液と同等の見掛密度を有するビーズを液体中に入れておき、攪拌させたときにビーズの動きを目視することで確認可能である。上下対流が発生していれば液面に落下したビーズが攪拌により容器底に向かう流れに乗って沈み込み、再び上昇する流れに乗って液表面に現れ、これを繰り返す。上下対流が形成されていなければ、ビーズは液表面付近を漂い続けるか、沈み込んでそのまま液表面に上昇してこない。ここで用いるビーズとしては、塗液とほぼ同等の密度(好ましくは液の密度±0.1g/cm3)のもので塗液に不溶のものを使用すれば良い。
【0055】
また、容器内に邪魔板を設けることもできる。邪魔板の形状には特に制限はなく、平板状や円柱状などの公知形状を使用することができる。
【0056】
攪拌装置中の塗液は、容器の底部付近にある排出口から抜き出され、ポンプなど上流から下流へ圧力差を発生させる手段を用いて塗布機へ向けて送液される。このとき、必要に応じて容器内を加圧して塗液の送液を行っても良い。送液の際には、攪拌翼を、気泡を発生させない、あるいは塗液へ気泡を巻き込まない範囲の回転数あるいは周速で運転しながら送液することにより、容器内で上下対流を発生させ、容器内組成あるいは物性を均一に保つことができ、好ましい。気泡の発生については例えば以下の方法で調べることができる。一辺15cm、厚み0.5cmのガラス板を2枚用意し、1枚の四隅にフッ素テープ(中興化成工業社製 ASF-110FR)を貼付し、液体サンプル0.2gを上下から挟んで30分間静置する。その後、オーツカ光学社製 ILLMINATED MAGNIFIERS OSL-1を用いて観察したサンプルについて、デジタルカメラ等で撮影し、画像中の泡数を目視でカウントするなどして、判定することができる。
【0057】
攪拌翼の回転数としては、塗液の粘度等の物性にもよるが、攪拌翼の最外周の周速(翼先端速度)が0.8m/s以下となる回転数であれば、気泡が発生せず、塗液物性をほぼ均一に保つことができる。本発明で扱う塗液はシェアシニング性を有するため、高速で回転させると、容器壁面あるいは底面との剪断により粘度が下がる恐れがあり、そのままの粘度で塗布されると基材が高空隙の場合には、染み込みが大きくなる可能性がある。したがって、翼先端速度は低い方が好ましく、0.5m/s以下、さらには0.1m/s以下が好ましい。また、翼先端速度の下限については、攪拌翼に動きが生じ、上下方向の対流が生じる大きさであれば特に限定されないが、攪拌機構を安定に稼働させるという観点から、0.01m/s以上に設定することが好ましい。ここで、翼先端速度は、攪拌翼の直径(m)と、攪拌機の回転数(rpm)を用いて、次の式から算出できる。
翼先端速度(m/s)=攪拌機の回転数(rpm)/60×攪拌翼の直径(m)×円周率
ここで、攪拌翼の直径は、翼の液面に平行な面が円形の場合はその直径であり、円形でない場合は、回転時に翼が描く軌跡の外接円の直径である。
【0058】
また、攪拌翼の最外周の周速が0.8m/s以下であることを満たしていても翼径が小さい場合等で気泡巻き込みの可能性がある場合には、回転数を抑えると良く、この場合には20rpm以下が好ましく、15rpm以下であれば更に好ましい。
【0059】
送液された塗液の基材への塗布は、市販されている各種の塗布装置を用いて行うことができる。塗布方式としては、スクリーン印刷、ロータリースクリーン印刷、スプレー噴霧、凹版印刷、グラビア印刷、ダイコーター塗布、バー塗布、ブレード塗布、ロールナイフコーター塗布などが使用できるが、基材の表面粗さによらず塗布量の定量化を図ることができるため、ダイコーターによる塗布が好ましい。また、燃料電池にガス拡散電極を組み込んだ際の触媒層との密着を高めるため、塗布面の平滑性を求める場合には、ブレードコーターやロールナイフコーターによる塗布が好適に用いられる。以上に示した塗布方法はあくまでも例示であり、必ずしもこれらに限定されるものではない。上記の各種塗布方法については、「コンバーティングのすべて」((株)加工技術研究会編、2014年3月)など、既存の多数の文献に記載されている。
【0060】
塗液を塗布した後、必要に応じ、塗液の分散媒を乾燥除去する。塗布後の乾燥の温度は、分散媒が水の場合、20℃以上150℃以下が望ましく、さらに好ましくは60℃以上140℃以下が好ましい。上記の上限のいずれかと下限のいずれかの組み合わせによる範囲であってもよい。この分散媒の乾燥は後の焼結工程において一括して行なっても良い。
【0061】
塗液を塗布した後、塗液に用いた分散剤および増粘剤を除去する目的および撥水性樹脂を一度溶解して導電性粒子を結着させる目的で、焼結を行なうことが一般的である。
【0062】
焼結の温度は、添加されている分散剤および増粘剤の沸点あるいは分解温度にもよるが、250℃以上、400℃以下で行なうことが好ましい。さらに好ましくは、300℃以上、380℃以下である。焼結の温度がこの好ましい範囲であると、分散剤および増粘剤の除去が十分に達成でき、一方、撥水性樹脂の分解が起こる可能性も低い。
【0063】
焼結を完了したガス拡散電極は、巻き取り機によって巻き取りコアに巻き取られる。巻き取りに用いるコアの材質は、紙管、プラスチック、金属などが用いられる。またコアの外径は、小さすぎると基材の割れを生じる可能性が有り、大きすぎるとハンドリング性が低下するので、80mmから180mmの範囲が妥当である。巻き取りにおいては、ガス拡散電極の表面を保護するため、合い紙を共巻きにしても良い。
【0064】
次に第2の態様としてのガス拡散電極の特徴についてさらに述べる。本発明のガス拡散電極は、導電性多孔質基材の少なくとも片面に、導電性粒子と撥水性樹脂を含むガス拡散用微多孔層を有する。また、本発明の第2の態様のガス拡散電極を製造するための好ましい方法として、本発明の第1の態様の製造方法が挙げられる。
【0065】
本発明の第2の態様のガス拡散電極は貫通孔が少ないという特性を持つ。通常、微多孔層には径が1.0μm未満の微細な空孔が無数に存在し、それらが面直方向のガス拡散性に寄与するが、径が特異的に2.0μmより大きくなり、かつ貫通孔となると、ガス拡散電極の微多孔層側に触媒インクを塗布するいわゆるGDE法で電極(触媒層)を形成する場合、貫通孔から触媒インクが流出し、触媒の発電に対する寄与を低下させる可能性がある。また、高温での発電において、貫通孔より水蒸気が漏れ出てしまい、いわゆるドライアップを発生させる可能性もある。本発明の第2の態様のガス拡散電極においては、貫通孔が、10cm四方(100cm2)あたり5個未満である。5個以上であると高温での発電性能が低下する可能性がある。貫通孔の数について好ましくは、2個未満、更に好ましくは1個未満である。
【0066】
ガス拡散電極の貫通孔の数を調べるためには、光学顕微鏡(実体顕微鏡)を用い、ガス拡散電極の微多孔層面を上にした状態で、下側から光を照らし、光が透過してくる部分を貫通孔として計数する。
【0067】
また、バブルポイント法によって貫通孔の径を求めることができる。バブルポイント法によって測定した孔径のことをバブルポイント径と呼称する(以下BP径と呼称することもある)。測定方法等については後述する。本発明の第2の態様においては、最大バブルポイント径が2.0μm以下、好ましくは1.0μm以下であり、さらに好ましくは0.5μm以下である。
【0068】
微多孔層空隙率は、高温でのドライアップ防止のためには、80%未満であることが好ましい。しかし、空隙率が低すぎるとガス拡散性が損なわれるため、60%が下限である。このようなガス拡散電極を燃料電池に組み込むと、ドライアップが抑制でき高温での発電性能が良好となる。
【0069】
次に、本発明の第3の態様であるガス拡散電極ロール状物について説明する。
【0070】
本発明の第3の態様はガス拡散電極の量産に適したロール状物であり、面内ガス拡散性の全長に渡るバラツキ(相対標準偏差)が5%以内であることを特徴とする。第3の態様のガス拡散電極のロール状物を製造するために好ましい方法として、第1の態様の製造方法が挙げられる。
【0071】
ガス拡散電極の量産に際してはロールの長尺化が好ましく、本発明のガス拡散電極ロール状物の有効部分の長さは1000m以上が必要であり、好ましくは3000m以上、更に好ましくは5000m以上である。ガス拡散電極の厚みは薄くとも60μm程度であることから、ハンドリング性の観点から10万m程度が長さの上限である。
【0072】
ガス拡散電極の最も基本的な特性として厚みおよび微多孔層の目付があり、これらは、燃料電池の設計事項として任意の値を設定できるが、厚みおよび微多孔層の目付が均一でないと燃料電池に組み込んだ際に必要な締め付け圧力が均一で無いなどの問題を生じる可能性がある。従い、厚み、微多孔層の目付のバラツキ(相対標準偏差)は5%以内であることが好ましい。
【0073】
微多孔層塗液の物性(粘度)が均一でないと、微多孔層の目付を一定に合わせようとしたときに、空隙の多い導電性多孔質基材への微多孔層塗液の染み込みの度合いが変わり、同一目付で一定の厚みを維持することが難しくなる。この染み込みの大きさの指標としてガス拡散電極の面内ガス拡散性があり、面内ガス拡散性のバラツキは5%以内に収めることが必要であり、好ましくは3%以内である。このようなロール全長に渡る物性の均一性を得る上で、第1の態様の製造方法を微多孔層塗液の塗布時に適用、すなわち塗液中に上下対流を発生させながら攪拌し、塗布機へ送液することが好ましい。
【実施例0074】
以下に実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0075】
(a)導電性多孔質基材
厚み100μm、幅550mm、長さ5000m、空隙率85%、密度0.25g/cm3のカーボンペーパーを用意し、予めダイコーターを用いて、PTFEディスパージョン(ダイキン工業(株)製 “ポリフロン(登録商標)”D-210C)の希釈溶液により撥水処理および分散媒の乾燥を行った。
【0076】
(b)塗液の調製
電気化学工業(株)製“デンカブラック(登録商標)”10質量部、PTFEディスパージョン(ダイキン工業(株)製 “ポリフロン(登録商標)”D-210C)6質量部、界面活性剤(ナカライテスク(株)製、“TRITON(登録商標)”X-100)10質量部、イオン交換水 74質量部を実容量200リットルとなるようにプラネタリーミキサーで混練した。
【0077】
(c)粘度測定
スペクトリス社製ボーリン回転型レオメーターの粘度測定モードにおいて、直径40mm、傾き2°の円形コーンプレートを用いプレートの回転数を増加させながら(せん断速度を上昇させながら)応力を測定した。このとき、せん断速度17(1/s)における粘度の値aを読み取り、塗液の粘度とした。また、せん断速度127(1/s)での粘度の値bも測定し、両者の比率a/bをシェアシニング指数とした。
【0078】
実施例、比較例に用いた塗液の粘度は8.8~9.8Pa・s、シェアシニング指数(a/b)は4.3~4.5の範囲に収まっており、ほぼ同一の液物性と判断した。
【0079】
(d)ガス拡散電極の製造
図2に示すガス拡散電極の製造装置を用いて長尺のガス拡散電極ロール状物を製造した。すなわち、上記(a)で用意した基材(101)を巻き出し機(102)から巻き出し、塗布機(ダイコーター、104)にて上記(b)で調製した塗液を基材の全長に渡り塗布した。この時、塗液は容器1内で攪拌されながら、タンク下の排出口からポンプを用いて、塗布機に送られた。ポンプの流量は微多孔層の焼結後目付が15g/m
2となるように設定し、塗液の液温は23±1℃に保たれていた。ついで、塗液を塗布された基材は乾燥機(107)、焼結機(108)を経て、巻き取り機(109)にてガス拡散電極として巻き取られた。なお、塗液の塗布は容器1内の塗液が十分に脱泡されてから開始し、塗液の送液の際に容器底からエアーを巻き込んで塗膜に塗布抜けや泡が大量に発生した時点まで続けた。
【0080】
製造されたガス拡散電極の各物性値については、巻き取られたガス拡散電極を巻きほぐしていき、200m毎にサンプルを切り出し、塗布厚み、微多孔層目付、面内ガス拡散性の測定を行った。表面品位(貫通孔数、バブルポイント径)と発電性能の測定については、塗布の開始部分、つまり巻き取られたガス拡散電極の巻き芯に近いところからサンプリングを行い、測定した。
【0081】
(e)塗布厚みの測定
上記(a)で用意した基材の厚みと上記(d)で製造したガス拡散電極の厚みの差を塗布厚みとした。測定にあたっては、接触式の厚み計(ミツトヨ製デジマイクロ)を用い、接圧は0.15MPaとした。
【0082】
(f)塗液使用効率の算出
上記(d)内の記載の通りにガス拡散電極の製造を行った後、終了後の塗液残量と塗液の最初の仕込み量の差を差し引き仕込み量とし、これを最初の仕込み量で除した値(%)を塗液使用効率とした。
【0083】
(g)微多孔層の目付の測定
上記(d)で製造したガス拡散電極と塗液が塗布される前の基材の5cm×5cmの試験片から目付の差を測定し微多孔層目付(g/m2)とした。
【0084】
(h)面内ガス拡散性
面内ガス拡散評価装置として西華産業製水蒸気ガス水蒸気透過拡散評価装置(MVDP-200C)を用い、
図6に示すような配管系において、最初にバルブA(303)のみ開いて、バルブB(305)を閉じた状態にしておいて、窒素ガス313を一次側配管A(302)に流し、マスフローコントローラー(301)に所定量(190cc/分)のガスが流れ、圧力コントローラー(304)にガス圧力が大気圧に対して5kPaかかるように調整する。ガス室A(307)とガス室B(309)の間にあるシール材(312)の上に上記(d)で製造したガス拡散電極試料(308)をセットする。次いで、バルブA(303)を閉じ、バルブB(305)を開いて、配管B(306)に窒素ガスが流れるようにする。ガス室A(307)に流入する窒素ガスは、ガス拡散電極試料(308)の空隙を通ってガス室B(309)に移動し、配管C(310)を通過、さらにガス流量計(311)を通過して大気中に放出される。このときのガス流量計(311)を流れる窒素ガス流量(cc/分)を測定し、この値を面内のガス透過性とした。
【0085】
(i)貫通孔数の測定
ガス拡散電極サンプルの微多孔層面について、実体顕微鏡(ライカ製 MC206)を用い、対物レンズ1倍、中間レンズ2倍でサンプルの下から光を当てながら落射モードにて表面を観察し、画像処理装置上で6.8mm×4.5mmの矩形視野において貫通孔(透過してくる光)の数を計数する。これを330視野について行い、100cm2あたりの貫通孔数を求めた。
【0086】
(j)バブルポイント径
ポーラスマテリアルズ社製パームポロメータを用い、25mm径に打ち抜いたガス拡散電極サンプルを低表面張力の液体(“Galwick(米国登録商標)”)に浸し、直径1/2インチの穴のあいた専用のホルダーで挟み装置のシリンダー内にセットする。サンプルの上方の空気の圧力を増していくと、サンプルの貫通孔内に充填されている低表面張力液体は径の大きな空孔から順次下方で排出される。この時最初に排出される圧力(バブルポイント圧力)に対応する空孔の径をバブルポイント径とする。ここで、バブルポイント圧力(kPa)とバブルポイント径(μm)の関係は下記式の通りとなる。
バブルポイント径(μm)=45.6÷バブルポイント圧力(kPa)
この方法は、JISK3832、ASTM F316-86に準拠するものである。
10cm×10cmのガス拡散電極から25mm直径の円形サンプルを16カ所打ち抜き、パブルポイント圧力(径)を測定し、バブルポイント圧力については最小値、バブルポイント径については最大値をそのガス拡散電極の値とした。ちなみに上記低表面張力液体(“Galwick(米国登録商標)”)の代わりに純水を用いるといわゆる「透水圧」の測定となるが、本発明のガス拡散電極では、圧力が高くなりすぎて(150kPa超)測定不能であった。
【0087】
(k)空隙率
導電性多孔質基材の空隙率は、走査型電子顕微鏡などの顕微鏡で、ガス拡散電極の、面直断面から微多孔層の部分において無作為に異なる20箇所を選び、20000倍程度で拡大して写真撮影を行い、それぞれの画像で空隙部と非空隙部を2値化して空隙率を計測した平均値で表すことができる。導電性多孔質基材の断面の作製方法としては(株)日立ハイテクノロジーズ製イオンミリング装置IM4000、あるいはその同等品を用いることができる。
【0088】
(l)発電性能
得られたガス拡散電極を用いて、電解質膜・触媒層一体化品(日本ゴア製の電解質膜“ゴアセレクト(登録商標)”に、日本ゴア製触媒層“PRIMEA(登録商標)”を両面に形成したもの)の両側に、触媒層と微多孔層が接するように挟み、130℃にてホットプレスすることにより、膜電極接合体(MEA)を作製した。この膜電極接合体を燃料電池用単セルに組み込み、冷媒に高沸点溶媒を用い、セル温度120℃、ガス圧力を3気圧、相対湿度90%、となるように加湿して発電させ、電流密度を1.5A/cm2の時の電圧値を耐ドライアップの指標とした。
【0089】
(実施例1)
上記(d)に記載の方法でガス拡散電極を製造した。この時、
図1に示すダブルヘリカルリボン翼を攪拌翼として設置した容器を、容器1として用いた。この攪拌翼の直径は0.90mで、攪拌の回転数は16rpm、攪拌翼の外周部の周速は、0.75m/sとした。この時、ポリプロピレン(PP)製のビーズを攪拌時に塗液中に投入し、ビーズの動きを目視したところ、一度容器の下方に沈み込んだビーズが再び液表面に現れ、上下対流の存在が確認できた。攪拌機の運転は、タンク内の塗液を塗布機に送液できなくなり、塗布面に気泡が発生するまで連続して継続した。基材に塗液が塗布され始めてから塗布終了までに、塗液が塗布されているカーボンペーパーの長さ(塗布収量)は3400mで、上記(f)に記載の方法で算出した塗液使用効率は96%であった。
【0090】
塗布開始から終了まで200m毎に上記(e)(g)(h)に記載の方法で測定した微多孔層目付、塗布厚み、ガス拡散電極の面内ガス透過性の平均値、標準偏差、相対標準偏差の値は、それぞれ表1に示すようになった。
【0091】
また、巻き取り後のガス拡散電極ロール状物の塗布開始に近い部分からサンプリングしたガス拡散電極サンプルについて、上記(i)(j)(l)に記載の方法で、貫通孔数、バブルポイント径、および高温(120℃)での発電性能を測定した。これらの値についても、表1に示す。
【0092】
(実施例2)
攪拌翼の回転数を5rpmとし、攪拌翼の外周部の周速を0.24m/sとした以外は全て実施例1と同様にして、ガス拡散電極の製造を行った。攪拌中は実施例1と同様に上下対流の存在を確認できた。実施例1とほぼ同等の塗液使用効率および各物性の長尺均一性が得られた。また貫通孔数、バブルポイント径、発電性能についても実施例1と同等であった。
【0093】
(実施例3)
攪拌翼の回転数を2rpmとし、攪拌翼の外周部の周速を0.09m/sとした以外は全て実施例1と同様にして、ガス拡散電極の製造を行った。攪拌中は実施例1と同様に上下対流の存在を確認でき、実施例1とほぼ同等の塗液使用効率および各物性の長尺均一性が得られた。また貫通孔数、バブルポイント径、発電性能についても実施例1と同等であった。
【0094】
(比較例1)
攪拌翼の回転数を19rpmとし、攪拌翼の外周部の周速を0.89m/sとした以外は全て実施例1と同様にして、ガス拡散電極の製造を行った。攪拌中は実施例1と同様に上下対流の存在を確認できた。
【0095】
(比較例2)
塗液の脱泡後、攪拌機の運転を止めて、塗液の送液から塗布を行った以外は全て実施例1と同様にして、ガス拡散電極の製造を行った。
【0096】
(比較例3)
攪拌翼の形状を
図4のアンカー翼に変えた以外は全て実施例2と同じようにしてガス拡散電極を製造した。この例ではポリプロピレン(PP)製のビーズを攪拌時に塗液中に投入し、ビーズの動きを目視したところ、ビーズが一度沈み込むと液表面で再確認できず、上下対流が存在していないものと判断した。また、容器内の塗液に発泡が若干見られた。
【0097】
比較例1~3では、実施例1~3に比べ、塗液使用効率が低下し、各物性値のバラツキ(相対標準偏差)も大きい結果となった。また、微多孔層表面の貫通孔の数も比較例は実施例に比べ多く、高温での発電性能も悪化した。
【0098】
本発明の製造方法は長尺のガス拡散電極を製造する上で有効であり、微多孔層塗液の使用効率を向上でき、微多孔層に関するガス拡散電極の物性を均一に生産することができるため、製造コストの低減、品質の均一化を図ることができる。