(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022182445
(43)【公開日】2022-12-08
(54)【発明の名称】塗膜品質予測方法
(51)【国際特許分類】
B05D 3/00 20060101AFI20221201BHJP
B05D 3/02 20060101ALI20221201BHJP
【FI】
B05D3/00 D
B05D3/02 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021090007
(22)【出願日】2021-05-28
(71)【出願人】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】湊 允哉
(72)【発明者】
【氏名】赤峰 真明
(72)【発明者】
【氏名】久保田 寛
【テーマコード(参考)】
4D075
【Fターム(参考)】
4D075AA01
4D075AC57
4D075AE03
4D075BB26Z
4D075BB89X
4D075BB91Z
4D075BB93Z
4D075BB95Z
4D075CA47
4D075CA48
4D075DA06
4D075DB02
4D075DB07
4D075DB36
4D075DC12
4D075EA05
4D075EA19
4D075EA43
4D075EB33
4D075EB38
(57)【要約】
【課題】より少ない評価工数で高い信頼性を有する塗膜品質予測方法を提供する。
【解決手段】塗膜品質予測方法は、基材と、該基材の表面に設けられた塗膜と、を備えた塗装材における該塗膜の硬化後の品質を予測する方法であって、試験用基材11と、試験用基材11の表面に設けられた硬化前の試験用塗膜12と、を備えた試験片1を準備する工程と、試験片1について剛体振り子型粘弾性測定を行い、試験片1を加熱して試験用塗膜12を硬化させたときの試験用塗膜12の橋架け形成度を求める工程と、試験片1の加熱温度及び加熱時間と、橋架け形成度と、に基づいて、橋架け形成度が所定範囲となる試験用塗膜12の焼付温度及び焼付時間の条件を求める工程と、条件に基づいて、塗膜の硬化後の品質を予測する工程と、を備える。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材の表面に設けられた塗膜と、を備えた塗装材における該塗膜の硬化後の品質を予測する方法であって、
試験用基材と、該試験用基材の表面に設けられた硬化前の試験用塗膜と、を備えた試験片を準備する工程と、
前記試験片について剛体振り子型粘弾性測定を行い、該試験片を加熱して前記試験用塗膜を硬化させたときの該試験用塗膜の橋架け形成度を求める工程と、
前記試験片の加熱温度及び加熱時間と、前記橋架け形成度と、に基づいて、前記橋架け形成度が所定範囲となる前記試験用塗膜の焼付温度及び焼付時間の条件を求める工程と、
前記条件に基づいて、前記塗膜の硬化後の品質を予測する工程と、を備えた
ことを特徴とする塗膜品質予測方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記予測する工程で、さらに前記塗膜における焼付温度及び焼付時間の設定値に基づいて、前記塗膜の硬化後の品質を予測する
ことを特徴とする塗膜品質予測方法。
【請求項3】
請求項1において、
前記試験片の加熱温度及び加熱時間と、前記試験用基材の材料物性値と、に基づいて、前記前記剛体振り子型粘弾性測定において前記試験片に加えられた熱エネルギー量を算出する工程をさらに備え、
前記予測する工程で、さらに前記熱エネルギー量に基づいて、前記塗膜の硬化後の品質を予測する
ことを特徴とする塗膜品質予測方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一において、
前記塗装材全体を加熱したときの前記塗装材の部位毎の温度情報を算出する工程をさらに備え、
前記予測する工程で、さらに前記温度情報に基づいて、前記塗装材の部位毎の前記塗膜の硬化後の品質を予測する
ことを特徴とする塗膜品質予測方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一において、
前記剛体振り子型粘弾性測定は、前記試験用基材の前記表面に、剛体振り子の測定用エッジを当接させた状態で、該剛体振り子を揺動させつつ前記試験片を加熱して、該剛体振り子の揺動運動の周期の経時変化を測定するものであり、
前記試験用塗膜の橋架け形成度は、前記揺動運動の周期の経時変化に基づいて算出される
ことを特徴とする塗膜品質予測方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一において、
前記橋架け形成度の所定範囲は、硬化後の前記試験用塗膜の耐久品質の許容領域をもたらす範囲である
ことを特徴とする塗膜品質予測方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一において、
前記塗装材は、車両の車体であることを特徴とする塗膜品質予測方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一において、
前記基材は、鋼、アルミニウム及びポリプロピレン樹脂の群から選ばれる少なくとも一種からなる
ことを特徴とする塗膜品質予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、塗膜品質予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、塗膜品質の評価方法としては、想定される基材/塗色/塗装工程毎に実際に試験片を作製し、市場を模擬した耐久試験等を行うことが一般的である。そして、より簡便且つ信頼性の高い塗膜品質の評価方法として、例えば剛体振り子型粘弾性測定装置(FDOM)を用いた評価方法が提案されている(例えば、特許文献1,2参照)。
【0003】
特許文献1には、塗料の下地隠蔽性を評価する方法が記載されている。本方法では、硬化収縮処理前の塗膜を有する試料を作製し、前記試料に硬化収縮処理を加えながら、塗膜の硬化進行度を経時的に計測する処理と、塗膜の収縮進行度を経時的に計測する処理を同時に実行する。そして、硬化進行度の経時的変化と収縮進行度の経時的変化とから、下地の凹凸が硬化収縮処理後の塗膜表面に現れる凹凸に与える影響指標を算出する。塗膜の硬化進行度を計測する方法として、例えば振り子式粘弾性計測装置を用いることが記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、剛体振り子型粘弾性測定装置を用いた塗料の粘弾性測定方法において、ベース塗装膜上に重ねて塗布したクリア塗装膜のみの粘性挙動を測定する方法が記載されている。具体的に、本方法では、ベース塗装膜及びその上にクリア塗装膜を重ねて塗布した試料塗布板の表面に剛体振り子の測定用エッジを当接させ、試料塗布板に対して測定用エッジを上下微動させながら、該測定用エッジ及び試料塗布板との間に電流を流し、電流値を測定する。そして、電流値が急激に変化した位置において剛体振り子の上下微動を停止し、クリア塗装膜のみの粘性を測定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006-038533号公報
【特許文献2】特開平05-296912号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1,2の方法は、試験の度に評価対象の塗膜を有する試験片を作製する必要があり、素材のマルチマテリアル化等に伴う評価工数の増大に対応することが困難であるという問題があった。また、試験の信頼性のさらなる向上も求められている。
【0007】
そこで本開示では、より少ない評価工数で高い信頼性を有する塗膜品質予測方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、ここに開示する塗膜品質予測方法は、基材と、該基材の表面に設けられた塗膜と、を備えた塗装材における該塗膜の硬化後の品質を予測する方法であって、試験用基材と、該試験用基材の表面に設けられた硬化前の試験用塗膜と、を備えた試験片を準備する工程と、前記試験片について剛体振り子型粘弾性測定を行い、該試験片を加熱して前記試験用塗膜を硬化させたときの該試験用塗膜の橋架け形成度を求める工程と、前記試験片の加熱温度及び加熱時間と、前記橋架け形成度と、に基づいて、前記橋架け形成度が所定範囲となる前記試験用塗膜の焼付温度及び焼付時間の条件を求める工程と、前記条件に基づいて、前記塗膜の硬化後の品質を予測する工程と、を備えたことを特徴とする。
【0009】
塗膜の主成分である熱硬化性樹脂の硬化は、樹脂の温度上昇に伴い、樹脂分子同士の化学反応による化学的架橋と、樹脂分子同士の物理的な絡み合いによる物理的架橋と、が同時に進行して、樹脂の三次元ネットワーク構造が形成されることにより起こる。
【0010】
一般的に、熱硬化性樹脂の化学的架橋の形成度は、例えば赤外分光法等の分光学的手法により解析可能である。一方、熱硬化性樹脂の物理的架橋の形成度は、分光学的手法等による直接観察は困難であり、例えばレオロジーシミュレーション、第一原理分子動力学計算等の計算化学的手法により解析可能である。しかしながら、分光学的手法による化学的架橋の形成度の解析結果と、計算化学的手法による物理的架橋の形成度の解析結果と、を組み合わせて、熱硬化性樹脂の化学的架橋及び物理的架橋による総合的な三次元ネットワーク構造の形成度(本明細書において、「橋架け形成度」ともいう。)を解析することは困難である。
【0011】
剛体振り子型粘弾性測定では、硬化前の試験用塗膜が設けられた試験用基材の表面に、剛体振り子の測定用エッジを当接させた状態で、該剛体振り子を揺動させつつ試験片を加熱して、揺動運動の周期、対数減数率等の経時変化を測定する。主に、揺動運動の周期は、樹脂の弾性を反映し、対数減数率は、樹脂の粘性を反映する。
【0012】
例えば、樹脂の弾性を反映する揺動運動の周期は、樹脂の架橋形成の開始に伴って低下し始める。そして、周期は、架橋の進行に伴って低下し続け、架橋が十分に形成されると、その低下速度は緩やかになり、やがてほぼ一定となる。すなわち、揺動運動の周期の経時変化は、試験用塗膜の総合的な橋架け形成度の経時変化を反映している。言い換えると、揺動運動の周期の経時変化を測定することにより、樹脂の架橋形成の開始点、樹脂の架橋形成の速度、樹脂における架橋形成の進行度合い、架橋形成の活性化エネルギー、架橋形成の開始温度等を精度良く解析することができる。
【0013】
そして、本構成では、剛体振り子型粘弾性測定における試験片の加熱温度及び加熱時間の情報と、橋架け形成度の情報と、に基づいて、橋架け形成度が所定範囲となる試験用塗膜の焼付温度及び焼付時間の条件を求める。これにより、試験用塗膜の品質と、試験用塗膜の焼付温度及び焼付時間と、の関係性を簡便且つ詳細に精度良く表すことができる。
【0014】
そして、上記条件に基づき、予測対象の塗膜の硬化後の品質を予測する。具体的に、試験片が予測対象の塗装材と同様の仕様である場合には、上記条件は、予測対象の塗膜において所定範囲の橋架け形成度をもたらす焼付温度及び焼付時間の条件に相当する。従って、上記条件に基づき、予測対象の塗膜の硬化後の品質を机上で予測できるから、評価項数を低減しつつ信頼性の高い塗膜の品質予測を実現できる。また、塗膜の焼付温度及び焼付時間を変更した場合の塗膜品質に対する影響度合いも、簡便且つ精度良く予測できる。
【0015】
さらに、塗料の組成の変更を検討するような場合には、予測対象の塗装材と同様の仕様の試験片について上記条件を求めていない場合も想定される。このような場合においても、予め種々の試験片について求めておいた上記条件に基づいて、予測対象の塗膜についての上記条件を概ね算出できる。そうして、算出された上記条件に基づいて、予測対象の塗膜の品質を予測できるから、塗料の組成の変更等が塗膜品質に与える影響度合いを机上で簡便且つ精度良く予測できる。また、種々の既存塗料に関する試験用塗膜の上記条件に基づいて、新規塗料の塗膜品質について予測することも可能であり、効率的な新規塗料の開発が可能となる。
【0016】
好ましくは、前記予測する工程で、さらに前記塗膜における焼付温度及び焼付時間の設定値に基づいて、前記塗膜の硬化後の品質を予測する。
【0017】
上述のごとく、上記条件は、試験用塗膜の品質と、試験用塗膜の焼付温度及び焼付時間と、の関係性を簡便且つ詳細に精度良く表している。従って、特に試験片が予測対象の塗装材と同様の仕様である場合には、上記条件と、予測対象の塗膜における焼付温度及び焼付時間の設定値とを照らし合わせることにより、予測対象の塗膜の硬化後の品質を机上で簡便且つ精度良く予測できる。また、塗膜の焼付温度及び焼付時間を変更した場合の塗膜品質に対する影響度合いを机上で簡便且つ精度良く予測できる。
【0018】
好ましくは、前記試験片の加熱温度及び加熱時間と、前記試験用基材の材料物性値と、に基づいて、前記前記剛体振り子型粘弾性測定において前記試験片に加えられた熱エネルギー量を算出する工程をさらに備え、前記予測する工程で、さらに前記熱エネルギー量に基づいて、前記塗膜の硬化後の品質を予測する。
【0019】
本構成では、剛体振り子型粘弾性測定の測定原理を活用し、試験用塗膜の硬化、すなわち架橋の形成に必要な熱エネルギー量を、試験用基材の種類及び大きさ等の情報を考慮して算出する。そうして、前記条件と、前記熱エネルギー量とを照らし合わせることにより、塗料の組成等に加えて、基材の種類及び大きさ等の材料物性値が塗膜の橋架け形成度に与える影響を可視化できる。そして、前記条件と、前記熱エネルギー量と、に基づいて予測対象の塗膜の硬化後の品質を予測することにより、塗料及び基材の組み合わせを考慮した高精度な予測が可能となるから、試験の信頼性が向上する。また、新規基材の採用を検討する場合等に、塗膜の硬化後の品質への新規基材の影響を簡便且つ精度良く確認できる。
【0020】
好ましくは、前記塗装材全体を加熱したときの前記塗装材の部位毎の温度情報を算出する工程をさらに備え、前記予測する工程で、さらに前記温度情報に基づいて、前記塗装材の部位毎の前記塗膜の硬化後の品質を予測する。
【0021】
本構成によれば、塗装材の設計因子(基材の材料物性値及び構造面の設計値等)と塗膜品質との関係性を明確化できる。そして、塗装材の設計因子、焼付温度及び焼付時間によりもたらされる塗装材の部位毎の塗膜品質を机上で予測できるから、開発効率が大幅に向上する。
【0022】
好ましくは、前記剛体振り子型粘弾性測定は、前記試験用基材の前記表面に、剛体振り子の測定用エッジを当接させた状態で、該剛体振り子を揺動させつつ前記試験片を加熱して、該剛体振り子の揺動運動の周期の経時変化を測定するものであり、前記試験用塗膜の橋架け形成度は、前記揺動運動の周期の経時変化に基づいて算出される。
【0023】
上述のごとく、揺動運動の周期の経時変化は、塗膜における化学的架橋及び物理的架橋の両者による総合的な橋架け形成度の経時変化を精度良く反映している。従って、揺動運動の周期の経時変化に基づいて塗膜の橋架け形成度を算出することにより、信頼性の高い塗膜の品質予測を実現できる。
【0024】
前記橋架け形成度の所定範囲は、硬化後の前記試験用塗膜の耐久品質の許容領域をもたらす範囲である。
【0025】
これにより、塗膜の優れた耐久品質を確保できる信頼性の高い品質予測が可能となる。
【0026】
好ましくは、前記塗装材は、車両の車体である。
【0027】
本構成によれば、車両の車体に設けられる塗膜の品質予測を簡便且つ精度良く行うことができる。
【0028】
好ましくは、前記基材は、鋼、アルミニウム及びポリプロピレン樹脂の群から選ばれる少なくとも一種からなる。
【0029】
本開示は、種々の基材に対しても適用でき、素材のマルチマテリアル化にも対応できる。
【発明の効果】
【0030】
以上述べたように、本開示によると、試験用塗膜の品質と、試験用塗膜の焼付温度及び焼付時間と、の関係性を簡便且つ詳細に精度良く表すことができる。そして、予測対象の塗膜の硬化後の品質を机上で予測できるから、評価項数を低減しつつ信頼性の高い塗膜の品質予測を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】塗膜の硬化と塗膜品質との関係を説明するための図。
【
図2】本開示に係る塗膜品質予測方法の手順を示すフローチャート。
【
図3】剛体振り子型粘弾性測定の測定方法を説明するための図。
【
図4】試験片の温度プロファイルの一例を示すグラフ。
【
図5】種々の焼付温度における剛体振り子の揺動運動の周期の経時変化を示すグラフ。
【
図6】加熱時間と橋架け形成度との関係を示すグラフ。
【
図8】低温硬化型クリヤ塗膜の焼付ウインドウマップ。
【
図9】基材として鋼板を用いたときの熱エネルギー量マップ。
【
図10】基材としてアルミニウムを用いたときの熱エネルギー量マップ。
【
図11】基材としてポリプロピレンを用いたときの熱エネルギー量マップ。
【
図12】車体の焼付シミュレーションの結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本開示の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本開示、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものでは全くない。
【0033】
(実施形態1)
<塗装材>
本開示の塗膜品質予測方法は、基材と、該基材の表面に設けられた、主原料として熱硬化性樹脂を含む塗料からなる塗膜とを備えた塗装材において、該塗膜の硬化後の品質を予測するための方法である。
【0034】
塗装材の用途は、特に限定されないが、具体例としては、車両の車体及びその他の部品、家電製品、建材等の用途が挙げられる。
【0035】
以下、塗装材の基材、塗膜、及び塗膜形成方法について説明する。なお、以下の塗装材の基材、塗膜及び塗膜形成方法の説明は、後述する試験片1の試験用基材11、試験用塗膜12及び試験用塗膜12の形成方法にも適用される。
【0036】
[基材]
基材は、金属材、樹脂材、及びこれらの複合材である。
【0037】
金属材としては、具体的には例えば、鉄、鋼、銅、アルミニウム、スズ、亜鉛等およびこれらの合金からなる金属材が挙げられる。金属材は、特に、例えば、冷間圧延鋼板(SPC)、合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)、高張力鋼板又はホットスタンプ材等の鋼板、又はアルミニウム等の軽合金材であることが望ましい。基材は、表面に化成皮膜(リン酸塩皮膜(例えば、リン酸亜鉛皮膜)、クロメート皮膜等)が形成されたものであってもよい。
【0038】
樹脂材としては、具体的には例えば、ポリプロピレン樹脂(PP)、ポリカーボネート樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、塩化ビニル樹脂、ポリアミド樹脂等からなる樹脂材が挙げられる。
【0039】
基材は、特に、鋼、アルミニウム及びポリプロピレン樹脂の群から選ばれる少なくとも一種からなることが好ましい。予測対象の塗膜が車両の車体を構成する部材の表面に設けられる塗膜である場合には、基材である車体の材料として、これらの材料が選択されてもよい。
【0040】
[塗膜]
塗膜は、熱硬化性樹脂を主成分とする塗膜であれば、特に限定されない。
【0041】
塗膜の主成分である熱硬化性樹脂としては、具体的には例えば、ポリウレタン樹脂及びウレタンアクリレート樹脂等のウレタン樹脂、エポキシ樹脂、アクリル樹脂、ビニルエステル樹脂、フェノール樹脂、ポリイミド樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、ビスマレイミド樹脂及び不飽和ポリエステル樹脂等が挙げられる。なお、熱硬化性樹脂は、一種の樹脂材料単体の他、一種の樹脂材料と他の樹脂材料との共重合体、変性体および2種類以上ブレンドした樹脂材料等であってもよい。熱硬化性樹脂は、好ましくはウレタン樹脂、エポキシ樹脂及びアクリル樹脂の群から選ばれる少なくとも一種である。また、塗膜の原料である塗料は1液硬化型であってもよいし、2液硬化型であってもよい。
【0042】
塗膜の具体例としては、例えば上塗り塗膜等として使用されるウレタン樹脂系のクリヤ塗膜、低温硬化型クリヤ塗膜等、ベース塗膜等として使用されるエポキシ樹脂系及びアクリル樹脂系のカチオン電着塗膜等が挙げられる。また、塗膜は、下塗り塗膜に上塗り塗膜が重ねられた積層塗膜、電着塗膜に中塗り塗膜及び上塗り塗膜が重ねられた積層塗膜等であってもよい。
【0043】
[塗膜形成方法]
基材の表面に、塗料を、スプレー、電着、刷毛塗り等により塗装し、硬化前の塗膜を形成する。そして、焼付を行い、塗膜を硬化させる。
【0044】
なお、
図1は、塗膜の硬化と塗膜品質との関係を示している。焼付温度及び焼付時間が適切である場合、焼付終了直後の初期塗膜では、樹脂分子間における化学結合形成による架橋(化学的架橋)及び樹脂分子同士の物理的な絡み合いによる架橋(物理的架橋)による三次元ネットワーク構造が十分に形成されている(橋架け形成度が十分)。そうすると、塗装材の表面に石等の接触による外力が加えられた場合であっても、塗膜は、弾性変形により十分に衝突エネルギーを吸収するとともに、せん断強度等により塗膜の破壊が抑制され、基材に対する優れた耐チッピング性を示す。
【0045】
一方、焼付温度が低い、及び/又は、焼付時間が短い場合には、初期塗膜における化学的架橋及び物理的架橋による三次元ネットワーク構造の形成が不十分となる(橋架け形成度が低い)。そうすると、塗装材の表面に石等の接触による外力が加えられた場合に、塗膜による衝突エネルギーの吸収が不十分となり、例えば結合の形成が不十分な脆弱な箇所から、塗膜の破壊が進行する。
【0046】
<塗膜品質予測方法>
図2に示すように、本実施形態に係る塗膜品質予測方法は、準備工程S1と、粘弾性測定工程S2と、焼付ウインドウマップ作成工程S3と、任意の熱エネルギー量算出工程S4と、任意の温度情報算出工程S5と、予測工程S6と、を備える。
【0047】
なお、熱エネルギー量算出工程S4及び/又は温度情報算出工程S5を備える場合については、後述する実施形態2~4において説明する。
【0048】
[準備工程]
図3に示すように、準備工程S1において、試験用基材11と、該試験用基材11の表面に設けられた硬化前の試験用塗膜12と、を備えた試験片1を準備する。具体的には例えば、試験用基材11の表面に、試験用塗膜の原料である塗料をスプレー等で塗布し、試験用塗膜12を形成する。
【0049】
試験用基材11は、予測対象の塗装材の基材と同一の仕様であってもよいし、異なる仕様であってもよいが、予測精度向上の観点から、予測対象の塗装材の基材と同一の仕様又は近い仕様であることが好ましい。
【0050】
[粘弾性測定工程]
次に、粘弾性測定工程S3において、剛体振り子型粘弾性測定装置2を用いて、試験片1について剛体振り子型粘弾性測定を行う。そして、試験片1を加熱して試験用塗膜12を硬化させたときの試験用塗膜12の橋架け形成度を求める。
【0051】
具体的には例えば、
図3に示すように、剛体振り子21の測定用エッジ21aを、硬化前の試験用塗膜12が設けられた試験用基材11の表面に当接させる。
【0052】
そして、測定用エッジ21aを試験用基材11の表面に当接させた状態で、
図3の破線及び矢印A2で示すように、剛体振り子21を揺動させる。
【0053】
さらに、剛体振り子21を揺動させながら、試験用基材11の裏面側に配置した冷熱ブロック23により試験片1を試験用基材11側から加熱し、矢印A1で示すように、試験片1に熱エネルギーを加える。そうして、試験用塗膜12の硬化を進行させながら、剛体振り子21の揺動運動の周期の経時変化を測定する。そして、揺動運動の周期の経時変化に基づいて、試験用塗膜12の橋架け形成度を算出する。
【0054】
図4は、試験片1の温度プロファイルの一例を示している。
図4に示すように、試験片1の温度は、例えば、時刻t
0において雰囲気温度T
0から一定の昇温速度で上昇し始め、時刻t
1に目標温度T
1に到達する(昇温工程)。そして、時刻t
1から時刻t
2までの間、試験片1の温度は目標温度T
1に維持される(保温工程)。そして、時刻t
2において試験片1の加熱を終了し、放冷及び/又は冷却により、時刻t
3には試験片1の温度は雰囲気温度に戻る(降温工程)。なお、本明細書において、昇温工程開始から保温工程終了までの試験片1の温度Tを「加熱温度」、昇温工程開始から経過した時間tを試験片1の「加熱時間」と称することがある。また、塗膜の焼付時間の定義は、保温工程のみの時間を考慮してもよいし、昇温工程及び保温工程の時間を考慮してもよい。本明細書では、便宜的に、昇温工程及び保温工程の時間、すなわち昇温を開始した時刻t
0から温度維持を終了する時刻t
2までの時間を「焼付時間」とする。また、本明細書では、目標温度T
1を「焼付温度」とする。
【0055】
上述のごとく、剛体振り子21の揺動運動の周期の経時変化は、試験用塗膜12の総合的な橋架け形成度の経時変化を反映している。
【0056】
具体的に、
図5は、試験用塗膜12としてクリヤ塗膜を用いた場合の、種々の焼付温度における剛体振り子21の揺動運動の周期の経時変化を示すグラフである。なお、
図5の試験に使用した試験片1は、試験用基材11としての鋼板(20mm×50mm×0.3mm)の表面に、試験用塗膜12としてウレタン樹脂系2液硬化型のクリヤ塗料を硬化前の厚さが約100μmとなるようにスプレー塗布してなる試験片である。
【0057】
図5に示すように、時刻0分(=t
0)から試験片1の昇温を開始した。そして、時刻5分(=t
1)で試験片1の温度は目標温度T
1(80℃、90℃、100℃、130℃、140℃、170℃)に到達し、以降は当該目標温度T
1を維持した。
【0058】
周期の数値が大きいほど樹脂の架橋形成は進行しておらず試験用塗膜12の弾性は低くなる。また、周期の数値が小さいほど樹脂の架橋形成は進行して試験用塗膜12の弾性は高くなる。
【0059】
昇温開始時に約0.72~約0.76であった揺動運動の周期は、昇温開始から約8分後~約13分後には、いずれの目標温度T1においても、低下し始めた。周期が低下し始めた当該時点が、樹脂の架橋形成の開始点と考えられる。
【0060】
そして、目標温度T1が130℃以上の場合には、昇温開始から約13分~約16分後には、周期が0.10以下となり、やがて周期は概ね一定となった。上述のごとく、この周期の経時変化は、樹脂の架橋形成の速度、架橋形成の進行度合いを反映している。従って、目標温度T1が130℃以上の場合には、樹脂の架橋形成が開始してから、速やかに架橋形成が進行し、やがて樹脂の架橋形成が飽和したところで、周期がほぼ一定となったものと考えられる。
【0061】
なお、目標温度T1が100℃以下の場合には、目標温度T1が130℃以上の場合に比べて、周期の低下速度は緩やかであり、周期の低下幅も小さくなった。これは、目標温度T1が、熱硬化性樹脂の架橋形成を十分進行させるには不十分であり、架橋形成の進行が遅いことを意味している。
【0062】
図5に示す周期の経時変化のデータに基づき、下記式(1)を用いて、
図5中の白抜き両矢印で示す試験用塗膜12の橋架け形成度(%)を算出した。
【0063】
橋架け形成度(%)=[(P0-Pt)/P0]×100 ・・・(1)
但し、上記式(1)中、P0は焼付開始時(5分=t0)の周期、Ptは時間tにおける周期である。
【0064】
図6は、上記式(1)により算出した橋架け形成度を時間に対してプロットしたグラフであり、橋架け形成度80%以上100%以下、時間10分以上25分以下の部分を拡大して示している。
図6に示すように、使用したクリヤ塗料の焼付温度及び焼付温度の下限値である目標温度T
1=130℃及び時間20分の場合、橋架け形成度は89.3%であることが判った。また、130℃よりも高い焼付温度である目標温度T
1=170℃,140℃では、橋架け形成度が89.3%となる時間は、それぞれ約15.5分、約17分であった。
【0065】
[焼付ウインドウマップ作成工程]
次に、焼付ウインドウマップ作成工程S3では、試験片1の加熱温度及び加熱時間、特に試験用塗膜12の焼付温度(=目標温度T1)及び焼付時間と、上記式(1)により算出した橋架け形成度と、に基づいて、橋架け形成度が所定範囲となる試験用塗膜12の焼付温度及び焼付時間の条件を求める。
【0066】
具体的には例えば、
図5、
図6の実験で得られた橋架け形成度の情報に基づき、
図7に示すように、焼付温度及び焼付時間をそれぞれ横軸及び縦軸として、同一の橋架け形成度をもたらす焼付温度及び焼付時間の組み合わせをプロットする。そして、同一の橋架け形成度毎に回帰曲線を得る。
【0067】
実験に使用したクリヤ塗膜(硬化後)の耐久品質の下限値、標準値及び上限値をもたらす焼付条件は、従来、例えばそれぞれ焼付温度130℃×焼付時間20分、焼付温度140℃×焼付時間25分及び焼付温度170℃×焼付時間30分と考えられていた。
【0068】
図7中○で示すように、上記下限値、標準値及び上限値をもたらす焼付条件は、それぞれ橋架け形成度89.3%、90.3%及び91.2%をもたらす焼付条件であることが判る。従って、橋架け形成度89.3%、90.3%及び91.2%の回帰曲線は、それぞれ上記クリヤ塗料の硬化膜の耐久品質の下限値、標準値及び上限値をもたらすラインであることが判る。そして、
図7中ハッチングを施した領域、すなわち橋架け形成度89.3%及び91.2%の回帰曲線に挟まれた領域が、実験に使用したクリヤ塗膜(硬化後)の耐久品質の許容領域(本明細書において、硬化後の塗膜又は試験用塗膜12の耐久品質の許容領域を「焼付ウインドウ」という。)であるといえる。
【0069】
このように、焼付ウインドウマップ作成工程S3では、例えば
図7に示すような試験用塗膜12の焼付温度及び焼付時間と橋架け形成度との関係性を示すマップ(本明細書において、硬化後の塗膜又は試験用塗膜12の焼付温度及び焼付時間と橋架け形成度との関係性を示すマップを「焼付ウインドウマップ」という。)を作成する。焼付ウインドウマップは、試験用塗膜12の焼付温度及び焼付時間と、試験用塗膜12の品質と、の関係性を簡便且つ詳細に精度良く表すことができる。そして、焼付ウインドウマップを作成することにより、従来、点でしか把握することができなかった塗膜の焼付条件を、領域で把握することができる。また、例えば、新規塗料について焼付ウインドウマップを作成すれば、当該新規塗料の焼付ウインドウが明確となり、焼付条件の設定が容易となる。
【0070】
次に、試験片1のクリヤ塗料を、ウレタン樹脂系2液硬化型の低温硬化型クリヤ塗料に代えて
図5,
図6の結果を得た実験と同様の実験を行ったところ、
図8に示す焼付ウインドウマップが得られた。なお、
図8では、
図7のクリヤ塗膜の焼付ウインドウを破線で示している。
【0071】
図8では、橋架け形成度82.2%、86.5%及び91.1%の回帰曲線が、それぞれ低温硬化型クリヤ塗膜の硬化後の耐久品質の下限値、標準値及び上限値をもたらすラインである。そして、橋架け形成度82.2%及び91.1%の回帰曲線に挟まれる領域が、低温硬化型クリヤ塗料の焼付ウインドウであることが判る。
【0072】
図8に示すように、クリヤ塗膜の焼付ウインドウに比べて、低温硬化型クリヤ塗膜の焼付ウインドウは、低温短時間側にシフトしている。このように、焼付ウインドウマップは、塗膜の種類に応じて異なる焼付ウインドウを精度良く示していることが判る。
【0073】
なお、橋架け形成度の所定範囲は、試験用塗膜12の焼付ウインドウをもたらす範囲とすることが好ましい。
図7,
図8の例では、橋架け形成度の所定範囲は、例えば80%以上100%以下、より具体的には82.2%以上91.2%以下と考えることができる。そして、橋架け形成度が所定範囲となる試験用塗膜12の焼付温度及び焼付時間の条件は、焼付ウインドウに含まれる焼付温度及び焼付時間の組み合わせとすることができる。
【0074】
なお、
図7,
図8の焼付ウインドウマップから、
図5~
図8の実験に使用したクリヤ塗膜、低温硬化型クリヤ塗膜については、例えば焼付温度は70℃以上180℃以下、焼付時間は10分以上55分以下とすることができる。
[予測工程]
予測工程S6は上記条件、すなわち上記焼付ウインドウマップの焼付ウインドウに含まれる焼付温度及び焼付時間の組み合わせに基づいて、予測対象の塗膜の硬化後の品質を予測する工程である。
【0075】
具体的に、試験片1が予測対象の塗装材と同様の仕様である場合には、上記条件は、予測対象の塗膜において所定範囲の橋架け形成度をもたらす焼付温度及び焼付時間に相当する。従って、例えば、焼付ウインドウマップと、予測対象の塗膜における焼付温度及び焼付時間の設定値と、を照らし合わせることにより、予測対象の塗膜の硬化後の品質を机上で簡便且つ精度良く予測できる。そうして、評価項数を低減しつつ信頼性の高い塗膜の品質予測を実現できる。また、塗膜の焼付温度及び焼付時間を変更した場合の塗膜品質に対する影響度合いも、簡便且つ精度良く予測できる。
【0076】
さらに、予め例えば塗料の種類、主剤/硬化剤比率、色材等の添加材の種類/量等がある程度異なる種々の試験用塗膜12を備えた試験片1について焼付ウインドウマップを作成しておき、データベース化しておいてもよい。例えば、塗料の組成の変更を検討するような場合には、予測対象の塗装材と同様の仕様の試験片について焼付ウインドウマップを作成していない場合も想定される。このような場合においても、焼付ウインドウマップのデータベースがあれば、複数の焼付ウインドウマップを組み合わせる等の手法により、予測対象の塗膜についての上記条件を概ね算出できる。そうして、算出された上記条件に基づいて、予測対象の塗膜の品質を予測できるから、塗料の組成の変更等が塗膜品質に与える影響度合いを机上で簡便且つ精度良く予測できる。また、種々の既存塗料に関する試験用塗膜の上記条件に基づいて、新規塗料の塗膜品質について予測することも可能であり、効率的な新規塗料の開発が可能となる。
【0077】
(実施形態2)
以下、本開示に係る他の実施形態について詳述する。なお、これらの実施形態の説明において、他の実施形態と同じ部分については同じ符号を付して詳細な説明を省略する。
【0078】
<塗膜品質予測方法>
図2に示すように、本開示の塗膜品質予測方法は、予測工程S6の前に、熱エネルギー量算出工程S4を備えてもよい。
【0079】
[熱エネルギー量算出工程]
熱エネルギー量算出工程S4は、試験片1の加熱温度及び加熱時間と、試験用基材11の材料物性値と、に基づいて、剛体振り子型粘弾性測定において試験片1に加えられた熱エネルギー量を算出する工程である。すなわち、本工程では、剛体振り子型粘弾性測定の測定原理を活用し、試験用塗膜12の硬化、すなわち架橋形成に必要な熱エネルギー量を、試験用基材11の種類及び大きさ等の情報を考慮して算出する。
【0080】
具体的に、
図3、
図4に示すように、粘弾性測定工程S2の昇温工程及び保温工程において、冷熱ブロック23から試験片1に熱エネルギーが与えられる。
【0081】
例えば、昇温開始からの時間(加熱時間)をtとすると、昇温工程(t≦t1)及び保温工程(t>t1)において試験片1に与えられる熱エネルギー量は、それぞれ下記式(2)及び(3)により算出できる。
【0082】
【0083】
但し、式(2)、(3)中、各パラメータの説明を表1に示す。
【0084】
【0085】
なお、昇温工程の式(2)は、単純に冷熱ブロック23の加熱のみを考慮している。一方、保温工程の式(3)は、試験片1からの放熱量が冷熱ブロック23の加熱により補充されると仮定している。
【0086】
式(2)、(3)の各パラメータのうち、c、ρ及びεは、基材の物性値である。また、V及びSは試験片1の大きさに関する値である。
【0087】
図5~
図7の試験に使用した試験片1について、昇温工程前の雰囲気温度T
0を301.15K(=28℃)として、式(2)、(3)を用いて、昇温工程及び保温工程において試験片1に与えられた熱エネルギー量を算出した。結果を
図9に示す。
【0088】
図9は、焼付温度及び焼付時間を横軸及び縦軸として、試験片1に加えられた熱エネルギー量の分布を示したものであり、いわば「熱エネルギー量マップ」といえる。なお、
図9には、
図7の焼付ウインドウマップを重ねて表示している。
【0089】
図9に示すように、昇温工程及び保温工程において、試験片1に与えられた熱エネルギー量は、焼付温度が高くなるほど、及び/又は、焼付時間が長くなるほど、概ね高くなる。
【0090】
試験片1の試験用基材11を鋼板からアルミニウム板又はPP板に変更すると、式(2)、(3)により算出される熱エネルギー量マップは、
図10、
図11となる。なお、計算に使用した試験用基材11の材料物性値は、表2に示す通りである。また、
図10、
図11においても、
図7の焼付ウインドウマップを重ねて表示している。
【0091】
【0092】
図10及び
図11においても、昇温工程及び保温工程において、試験片1に与えられた熱エネルギー量は、焼付温度が高くなるほど、及び/又は、焼付時間が長くなるほど、概ね高くなっている。
【0093】
また、例えば、
図9~
図11中実線の○で囲った焼付温度110℃、焼付時間45分の位置の熱エネルギー量を互いに比較すると、試験用基材11が鋼板の場合に比べて、試験用基材11がアルミニウム板の場合には、試験片1に与えられる熱エネルギー量は低下することが判る。また、試験用基材11が鋼板の場合に比べて、試験用基材11がPP板の場合には、試験片1に与えられる熱エネルギー量は上昇することが判る。
【0094】
なお、試験用基材11がPP板の場合には、焼付温度が110℃を超えると、軟化するため、焼付ウインドウをもたらす焼付温度は、少なくとも110℃以下となることが判る。このように、例えば
図11から、基材の材料物性に基づく焼付ウインドウの境界も把握することができる。
【0095】
[予測工程]
本実施形態では、予測工程S6で、上述の条件と、熱エネルギー量算出工程S4で算出した熱エネルギー量と、に基づいて、予測対象の塗膜の硬化後の品質を予測する。
【0096】
具体的には例えば、
図9~
図11に示すように、焼付ウインドウマップと、熱エネルギー量マップとを重ね合わせる。これにより、塗料の組成等に加えて、基材の種類及び大きさ等の材料物性値が塗膜の橋架け形成度に与える影響を可視化できる。そして、上記条件と、上記熱エネルギー量と、に基づいて予測対象の塗膜の硬化後の品質を予測することにより、塗料及び基材の組み合わせを考慮した高精度な予測が可能となる。そうして、試験の信頼性が向上する。また、例えばCO
2排出量削減を目的とした焼付温度の低温化等の観点から、新規基材の採用を検討する場合等においても、塗膜の硬化後の品質への新規基材の影響を簡便且つ精度良く確認できる。
【0097】
(実施形態3)
図2に示すように、本開示の塗膜品質予測方法は、予測工程S6の前に、温度情報算出工程S5を備えてもよい。
【0098】
[温度情報算出工程]
温度情報算出工程S5は、予測対象の塗装材全体を加熱したときの塗装材の部位毎の温度情報を算出する工程である。温度情報の算出方法としては、具体的には例えば、焼付シミュレーション等の計算化学的手法を用いることができる。
【0099】
具体例として、塗装材が車両の車体である場合を考える。
図12は、焼付シミュレーションにより算出した、自動車(車両)の車体に対する塗装後の焼付工程で、車体全体を加熱したときの車体の部位毎の温度情報を示している。
【0100】
車体等の焼付は、例えば、車体全体を炉に導入することにより行われる。そのような場合、炉側の温度設定により車体全体を一定の温度で加熱した場合であっても、
図12に示すように、実際の車体の表面温度としては、車体の部位毎にばらつきが生じることが判る。このような車体の部位毎における表面温度のばらつきは、車体の部位毎における塗膜品質のばらつきの原因となる。
【0101】
[予測工程]
本実施形態では、予測工程S6において、上記条件と、上記温度情報とに基づいて、塗装材の部位毎の塗膜の硬化後の品質を予測する。
【0102】
上述のごとく、塗装材の表面温度には部位毎にばらつきが生じ得る。そして、部位毎の塗膜品質のばらつきの原因となる。
【0103】
本構成によれば、
図7、
図8に示すような焼付ウインドウマップと、
図12に示すような塗装材の部位毎の温度情報とを照らし合わせることにより、塗装材の部位毎の塗膜品質を簡便且つ精度良く予測できる。そうして、塗装材全体の焼付温度及び焼付時間の設定値の調整、塗装材の設計因子(基材の材料物性値及び構造面の設計値等)の調整等を効果的に行うことができる。
【0104】
(実施形態4)
図2に示すように、本開示の塗膜物性予測方法は、予測工程S6の前に、熱エネルギー量算出工程S4及び温度情報算出工程S5の両方を備えてもよい。なお、
図2では、熱エネルギー量算出工程S4及び温度情報算出工程S5をこの順に記載しているが、順序は問わない。温度情報算出工程S5を熱エネルギー量算出工程S4の前に行ってもよい。
【0105】
図12に示す温度情報と、
図9~
図11に示すような熱エネルギー量マップを互いに照らし合わせることにより、塗装材を加熱したときに塗装材の各部位に加えられる熱エネルギー量が判る。そうして、さらに
図7、
図8に示すような焼付ウインドウマップを照らし合わせることにより、塗装材の設計因子と塗膜品質との関係性を明確化できる。そうして、塗装材の部位毎の塗膜の硬化後の品質をより精度良く予測することができる。また、塗装材の設計因子、焼付温度及び焼付時間によりもたらされる塗装材の部位毎の塗膜品質を机上で予測できるから、塗装材の開発効率が大幅に向上する。
【産業上の利用可能性】
【0106】
本開示は、より少ない評価工数で高い信頼性を有する塗膜品質予測方法を提供することができるので、極めて有用である。
【符号の説明】
【0107】
1 試験片
11 試験用基材
12 試験用塗膜
2 剛体振り子型粘弾性測定装置
21 剛体振り子
21a 測定用エッジ
23 冷熱ブロック
S1 準備工程
S2 粘弾性測定工程
S3 焼付ウインドウマップ作成工程
S4 熱エネルギー量算出工程
S5 温度情報算出工程
S6 予測工程