IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社パイロットコーポレーションの特許一覧

特開2022-182600筆記具用水性インキ組成物およびそれを用いた筆記具
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022182600
(43)【公開日】2022-12-08
(54)【発明の名称】筆記具用水性インキ組成物およびそれを用いた筆記具
(51)【国際特許分類】
   C09D 11/16 20140101AFI20221201BHJP
   B43K 7/00 20060101ALI20221201BHJP
   B43K 8/02 20060101ALI20221201BHJP
   B43K 5/00 20060101ALN20221201BHJP
【FI】
C09D11/16
B43K7/00
B43K8/02
B43K5/00 110
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021090255
(22)【出願日】2021-05-28
(71)【出願人】
【識別番号】303022891
【氏名又は名称】株式会社パイロットコーポレーション
(72)【発明者】
【氏名】飛世 博愛
【テーマコード(参考)】
2C350
4J039
【Fターム(参考)】
2C350GA01
2C350GA03
2C350GA04
4J039BC20
4J039BE02
4J039BE22
4J039CA03
4J039EA44
4J039GA27
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、残香性および耐ドライアップ性能に優れる筆記具用水性インキ組成物および、それを用いた筆記具を提供すること。
【解決手段】ステロール脂肪酸エステルと、界面活性剤と、着色剤と、香料と、水と、を含んでなることを特徴とする、筆記具用水性インキ組成物および、それを用いた筆記具。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステロール脂肪酸エステルと、界面活性剤と、着色剤と、香料と、水と、を含んでなることを特徴とする、筆記具用水性インキ組成物。
【請求項2】
前記ステロール脂肪酸エステルの融点が、10℃~100℃である、請求項1に記載の筆記具用水性インキ組成物。
【請求項3】
前記ステロール脂肪酸エステルの含有率が、前記筆記具用水性インキ組成物の総質量を基準として、0.01質量%~10質量%である、請求項1または請求項2に記載の筆記具用水性インキ組成物。
【請求項4】
前記界面活性剤が、非イオン性界面活性剤である、請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物。
【請求項5】
前記非イオン性界面活性剤が、異なるHLB値を有する非イオン性界面活性剤を2種以上含んでなる、請求項4に記載の筆記具用水性インキ組成物。
【請求項6】
前記界面活性剤の含有量に対する、前記ステロール脂肪酸エステルおよび前記香料の総含有量の比が、質量基準で、0.1~5である、請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物。
【請求項7】
請求項1~請求項6のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物を収容してなることを特徴とする、筆記具。






【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筆記具用水性インキ組成物およびそれを用いた筆記具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、筆記時に香りを発するとともに、得られた筆跡からの香りを楽しむ香気性インキ組成物が知られている。
そして、前記インキ組成物には、種々の香料を添加することで実用化されている。しかしながら、従来のインキ組成物では、ペン先やカートリッジ側面などから香料が過度に揮散してしまい、時間の経過とともに、筆記時における香りや、筆跡からの香りが、本来よりも弱くってしまうことがあり、香りを持続的に楽しむことのできる製品が求められている。また、一定時間経過した筆跡から、香りを楽しむことのできる製品も求められている。よって、長期的に香りを楽しむことが可能な、優れた残香性を有するインキ組成物を提供することは、香気性インキ組成物の大きな課題となっている。
このような課題を解決するため、各種添加剤を用いて、香りの持続性の向上を図った、インキ組成物が提案されている。(特許文献1、2など)
しかしながら、添加剤によっては、香りの持続性は改善する傾向にあるものの、十分に満足できるものではなく、更なる改善が求められている。
また、上述の通り、香料は、ペン先などから揮散が進みやすい傾向がある。そのため、常時ペン先が大気に晒されるような状態にある出没式の筆記具では、ペン先からの香料の揮散を抑え、筆記時における香りを楽しむため、より一層の改善が求められる。
さらに、従来のインキ組成物では、ペン先から、香料の揮散が進みやすい傾向にあるだけでなく、ペン先からの水分蒸発によって、インキがペン先に固着してインキ吐出性が悪化し、筆跡がかすれてしまい、良好な筆跡が得られなくなったり、書き出しから良好な筆跡が得られなかったり、さらには、筆記ができなくなったりするなど、筆記具としての本来の役割を果たすことが困難になることがあった。
以上から、優れた残香性を有し、趣向に富んだものでありながら、耐ドライアップ性能に優れ、良好な筆跡を残すことが可能な、筆記具としての役割を十分果たすことのできる、筆記具用水性インキ組成物および筆記具が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001-342405号公報
【特許文献2】特開2001-342406号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、上記のような課題を解決するもので、残香性および耐ドライアップ性に優れた筆記具用水性インキ組成物を提供することであり、さらに、それを用いた筆記具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、上記課題を解決するために、
「1.ステロール脂肪酸エステルと、界面活性剤と、着色剤と、香料と、水と、を含んでなる筆記具用水性インキ組成物。
2.前記ステロール脂肪酸エステルの融点が、10℃~100℃である、第1項に記載の筆記具用水性インキ組成物。
3.前記ステロール脂肪酸エステルの含有率が、前記筆記具用水性インキ組成物の総質量を基準として、0.01質量%~10質量%である、第1項または第2項に記載の筆記具用水性インキ組成物。
4.前記界面活性剤が、非イオン性界面活性剤である、第1項ないし第3項のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物。
5.前記非イオン性界面活性剤が、異なるHLB値を有する非イオン性界面活性剤を2種以上含んでなる、第4項に記載の筆記具用水性インキ組成物。
6.前記界面活性剤の含有量に対する、前記ステロール脂肪酸エステルおよび前記香料の総含有量の比が、質量基準で、0.1~5である、第1項ないし第5項のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物。
7.第1項ないし第6項のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物を収容してなることを特徴とする、筆記具。」とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、筆記時および筆跡からの香りを長期的に楽しむことができ、ペン先が大気中に暫く晒された状態にあっても、良好な筆跡を得ることができる、残香性および耐ドライアップ性に優れた筆記具用水性インキ組成物およびそれを用いた筆記具を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。なお、本明細書において、配合を示す「部」、「%」、「比」などは特に断らない限り質量基準であり、含有率とは、インキ組成物の質量を基準としたときの構成成分の質量%である。
【0008】
<筆記具用水性インキ組成物>
本発明による筆記具用水性インキ組成物(以下、場合により、インキ組成物と表す)は、ステロール脂肪酸エステルと、界面活性剤と、着色剤と、香料と、水と、を含んでなることを特徴とするものである。
本発明のインキ組成物は、特に、香料と、ステロール脂肪酸エステルと、界面活性剤を用いることが重要である。これらを用いることで、筆記時および筆跡からの香りを長期的に楽しむことができ、また、ペン先が大気中に暫く晒された状態にあっても、良好な筆跡を得ることができる。
これは、以下のように推測する。
ステロール脂肪酸エステルは、香料とともに、界面活性剤により、インキ中に良好に分散され、安定に存在し得る。このとき、基本的には、ステロール脂肪酸エステルは、香料を囲いこんだような状態でインキ中に分散していると考える。そして、ステロール脂肪酸エステルは、ペン先においては、インキ中の水分蒸発に伴い、徐々に合一し、均一な被膜を形成する。このため、香料は、インキ中では、ステロール脂肪酸エステルの外壁により揮散が抑制され、さらに、ペン先では、形成されたステロール脂肪酸エステルの被膜によって、揮散が抑制される。よって、本願においては、ペン先やカートリッジ側面などからの香料の過剰な揮散を十分に抑制できるのである。
さらに、ステロール脂肪酸エステルが形成する被膜により、ペン先からの水分蒸発を抑えられる。このため、ペン先が大気中に暫く晒された状態にあっても、ペン先においてインキが乾燥固着して、インキ吐出性が悪化し、筆跡がかすれてしまい、良好な筆跡が得られなくなったり、書き出し時、良好な筆跡が得られなかったり、さらには筆記ができなくなったりすることも十分に抑制できる。
一方、筆跡においては、香料は、ステロール脂肪酸エステルの外壁により揮散が抑制された状態で存在する。このため、筆跡からの香料の揮散を緩やかなものとなるため、筆跡からの香りも長期的に楽しむことができるようになると考える。
以上より、ステロール脂肪酸エステルと、界面活性剤と、香料と、水と、を含んでなる本発明のインキ組成物は、香料の過剰な揮散を抑制することが可能となり、筆記時および筆跡からの香りを長期的に楽しむことができ、また、ペン先が大気中に暫く晒された状態にあっても、良好な筆跡を得ることができることから、残香性および耐ドライアップ性に優れたものになるのである。
【0009】
<ステロール脂肪酸エステル>
本発明における、ステロール脂肪酸エステルとは、ステロールと脂肪酸とのエステル化合物である。
ステロール脂肪酸エステルは、界面活性剤と香料とを併用することで、優れた残香性と耐ドライアップ性をもたらすことができる。
これは、前述の通り、ステロール脂肪酸エステルは、インキ中では、香料を囲いこみながら、界面活性剤により、良好に分散され、安定に存在し、さらに、ペン先においては、水分蒸発に伴って合一し、ペン先に均一な被膜を形成し、香料の過剰な揮散とともに、ペン先からのそれ以上の水分蒸発を抑制できるためと考える。
【0010】
ステロール脂肪酸エステルは、ステロールと脂肪酸とのエステル化合物であれば、特に限定されない。
ステロール脂肪酸エステルを構成するステロールとしては、具体的には、カンペステロール、カンペスタノール、ブラシカステロール、22-デヒドロカンペステロール、スチグマステロール、スチグマスタノール、22-ジヒドロスピナステロール、22-デヒドロスチグマスタノール、7-デヒドロスチグマステロール、シトステロール、チルカロール、オイホール、フコステロール、イソフコステロール、コジステロール、クリオナステロール、ポリフェラステロール、クレロステロール、22-デヒドロクレロステロール、フンギステロール、コンドリラステロール、アベナステロール、ベルノステロール、ポリナスタノール等のフィトステロール; コレステロール、ジヒドロコレステロール、コレスタノール、コプロスタノール、エピコプロステロール、エピコプロスタノール、22-デヒドロコレステロール、デスモステロール、24-メチレンコレステロール、ラノステロール、24,25-ジヒドロラノステロール、ノルラノステロール、スピナステロール、ジヒドロアグノステロール、アグノステロール、ロフェノール、ラトステロール等の動物性ステロール; デヒドロエルゴステロール、22,23-ジヒドロエルゴステロール、エピステロール、アスコステロール、フェコステロール等の菌類性ステロール等、ならびにこれらの水添物およびこれらの配合物等が挙げられる。また、植物から抽出等によって得られるステロールの混合物を用いても良い。
中でも、ステロール脂肪酸エステルを構成するステロールとしては、後述する界面活性剤による分散性の良化を考慮すると、コレステロールまたはフィトステロールが好ましい。
【0011】
ステロール脂肪酸エステルを構成する脂肪酸としては、直鎖または分岐の飽和または不飽和脂肪酸、及びヒドロキシ脂肪酸またはその重合物が挙げられる。
具体的には、カプロン酸、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、パルミトレイン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキジン酸、エイコセン酸、ベヘン酸、エルシン酸、リグノセリン酸、イソパルミチン酸、イソステアリン酸、リシノール酸、ポリリシノール酸、ヒドロキシカプリン酸、ヒドロキシパルミチン酸、ヒドロキシステアリン酸、ポリヒドロキシステアリン酸等が挙げられる。
中でも、ステロール脂肪酸エステルを構成する脂肪酸としては、炭素数8~20の直鎖または分岐の飽和または不飽和脂肪酸、又は炭素数8~20のヒドロキシ脂肪酸であることが好ましく、炭素数12~20の直鎖または分岐の飽和または不飽和脂肪酸、又は炭素数12~20のヒドロキシ脂肪酸であることがより好ましい。
また、本発明においては、ステロール脂肪酸エステルを構成する脂肪酸としては、ヒドロキシ基を有する脂肪酸(ヒドロキシ脂肪酸)であることが好ましい。これは、インキ中で香料を囲い込みながらも、界面活性剤により良好に分散されやすく、優れた残香性が得られるためであり、またインキ経時安定性も得られやすい傾向にあるためである。
【0012】
以上から、本発明においては、ステロール脂肪酸エステルとしては、ヒドロキシ脂肪酸コレステリルまたはヒドロキシ脂肪酸フィトステリルを用いることが好ましい。
さらには、ヒドロキシ脂肪酸(炭素数8~20)コレステリルまたはヒドロキシ脂肪酸(炭素数8~20)フィトステリルがより好ましく、ヒドロキシ脂肪酸(炭素数12~20)コレステリルまたはヒドロキシ脂肪酸(炭素数12~20)フィトステリルが特に好ましい。そして、ヒドロキシステアリン酸コレステリルまたはヒドロキシステアリン酸フィトステリルが最も好ましい。これは、上記ステロール脂肪酸エステルであれば、香料を囲いこみながらも、分散安定性が良化しやすく、さらに、ペン先においては、水分蒸発に伴って合一し、ペン先に均一な被膜を形成して、香料の過剰な揮散とともに、ペン先からのそれ以上の水分蒸発を抑制しやすいことから、筆記時および筆跡からの香りを長期的に楽しむことができ、ペン先が大気中に暫く晒された状態にあっても、良好な筆跡が得られやすいためである。
【0013】
また、残香性および耐ドライアップ性の向上、さらには優れたインキの経時安定性を得ることを考慮すると、ステロール脂肪酸エステルの融点は、10℃~100℃であることが好ましい。ステロール脂肪酸エステルの融点が上記数値の範囲内でれば、ペン先で、ステロール脂肪酸エステルが合一して、被膜を形成しやすく、香料の過剰な揮散と水分蒸発を抑制しやすい。また、ステロール脂肪酸エステルが界面活性剤により、インキ中で良好に分散されやすいことから、インキの経時安定性を維持しやすい。
上記効果の向上を考慮すると、ステロール脂肪酸エステルの融点は20℃~90℃であることがより好ましく、30℃~80℃であることがさらに好ましい。また、30℃~60℃であることが特に好ましく、製造時、過度の熱が加わり、他の構成成分が変成、劣化してしまうことを抑制しやすい。
【0014】
また、ステロール脂肪酸エステルは、抱水力が、0%より大きな値を有するものであることが好ましい。
抱水力が0%より大きな値を有するものとは、それ自体が水を抱え込む性質を有するものである。よって、抱水力が0%より大きな値を有するステロール脂肪酸エステルを用いることで、ペン先に形成される皮膜は、インキ中の水分を適度に抱えこむような状態となるため、該被膜により、水分蒸発を十分に抑制しながらも、ペン先を湿潤状態に維持しやすいものとなり、ペン先におけるインキの乾燥固化を十分に抑えることができる。さらに、該被膜は、水分を適度に抱えこんでいることから、適度な柔軟性を有しており、書き出し時には、筆記の衝撃で容易に破壊される。このため、書き始めから良好な筆跡が得られやすい。よって、抱水力が0%より大きな値を有するステロール脂肪酸エステルを用いることは、ペン先が大気中に暫く晒された状態にあっても、ペン先において、インキが乾燥固着して、インキ吐出性が悪化し、筆跡がかすれてしまい、良好な筆跡が得られなくなったり、書き出し時、良好な筆跡が得られなかったり、さらには筆記ができなくなったりすることを抑制し、耐ドライアップ性能をより向上することが可能となる。
【0015】
さらに耐ドライアップ性能の向上を考慮すると、ステロール脂肪酸エステルの抱水力は、10%以上であることが好ましく、50%以上であることがより好ましく、100%以上であることがさらに好ましい。上記数値以上の抱水力を有するステロール脂肪酸エステルを用いると、形成される被膜において、インキ中の水分を抱えこむ力が十分に得られ、ペン先の湿潤状態が維持されやすく、ペン先のインキの乾燥固化抑制が向上でき、さらに、筆記時の衝撃により容易に破壊されやすくなって、書き始めからの良好なインキ吐出性が得やすい。
また、本発明においては、ステロール脂肪酸エステルの抱水力は、2000%以下であることが好ましく、1000%以下であることがより好ましく、500%以下であることがさらに好ましい。これは、上記数値以下の抱水力を有するステロール脂肪酸エステルを用いると、該被膜は適度な強度を有するものとなり、ペン先や筆跡からの香料の過剰な揮散を抑制でき、筆記時および筆跡からの香りを長期的に楽しむことができる。また、ペン先の水分蒸発も効果的に抑制できることから、耐ドライアップ性も向上できる傾向にある。また、インキ中、さらには大気中からの水分の過度な抱え込みを抑えることができるため、インキの経時安定性も維持しやすい。
なお、本発明における抱水力とは、下記抱水力試験により、得られる値である。
【0016】
抱水力試験: 試料(ステロール脂肪酸エステル)10gを、試料の融点以上で水浴させて溶融させた後、試料を撹拌しながら、水浴と同じ温度の水を徐々に添加し、試料から水が分離し始めるまで水を加える。水が分離し始めるまでに添加した水の質量(水が分離しない最大量)を測定し、「添加した水の質量」とする。下記式(1)に従い、得られた「添加した水の質量」を「試料の初期質量」で除し、100倍にして、この値を「抱水力(単位:%)」とする。
[式(1)] 抱水力(%)=(添加した水の質量/試料の初期質量)×100
上記、撹拌は、特に限定されないが、例えば、ディスパーミキサーを用いて1000rpmの条件で行うことができる。また、水浴温度は、試料の融点より10℃高い温度に設定することで、測定することもできる。
【0017】
ステロール脂肪酸エステルの含有率は、インキ組成物の総質量を基準として、0.01質量%~10質量%であることが好ましい。ステロール脂肪酸エステルの含有率が上記数値の範囲内であれば、ステロール脂肪酸エステルがインキ中で安定に存在し、ステロール脂肪酸エステルが形成する被膜による、香料の過剰な揮散抑制効果と、ペン先からの水分蒸発抑制効果を十分に得ることができる。よって、優れた残香性と耐ドライアップ性が得られやすい。さらに、上記効果の向上を考慮すると、0.1質量%~5質量%であることがより好ましく、0.2質量%~3質量%であることがさらに好ましい。
尚、ステロール脂肪酸エステルは、1種または、2種以上の混合物として使用することも可能である。
【0018】
<界面活性剤>
本発明のインキ組成物は、界面活性剤を含んでなる。
界面活性剤は、ステロール脂肪酸エステルと併用することで、優れた残香性と耐ドライアップ性をもたらすことができる。
前述の通り、界面活性剤は、香料およびステロール脂肪酸エステルを良好にインキ中に分散させ、インキ中で安定に存在できるようにし、また、ペン先ではステロール脂肪酸エステルを合一しやすい状態にし、均一な被膜を形成させ、香料の過剰な揮散を抑制するとともに、ペン先からの水分蒸発も抑制する。
【0019】
本発明においては、界面活性剤としては、非イオン性界面活性剤を用いることが好ましい。これは、香料やステロール脂肪酸エステルがもたらす効果に悪影響を及ぼさず、香料およびステロール脂肪酸エステルを良好に分散させ、それぞれの効果を十分、得やすい傾向にあるためである。
また、非イオン性界面活性剤としては、 HLB値が異なる非イオン性界面活性剤を2種以上含んでなることが好ましい。これは、HLB値が異なる非イオン性界面活性剤を2種以上用いることで、香料を囲いこんだ状態のステロール脂肪酸エステルを、主溶媒である水の中に良好に分散しやすく、さらに、ペン先においては、ステロール脂肪酸エステルの合一による被膜の形成を良化しやすいためと考える。よって、筆記時および筆跡からの香りを長期的に楽しむことができ、ペン先が大気中に暫く晒された状態にあっても、良好な筆跡を得ることができる。
さらには、HLB値が11以下の非イオン性界面活性剤と、HLB値が12以上の非イオン性界面活性剤と、の異なるHLB値を有する非イオン性界面活性剤を含んでなることが好ましい。これは、香料を囲いこんだ状態のステロール脂肪酸エステルの水中における分散安定性をさらに良化しながらも、ペン先における被膜形成を促進することが可能となるため、優れた残香性と耐ドライアップ性が向上でき、さらには、良好なインキ経時安定性を得ることができるためである。
上記効果の更なる向上を考慮すると、HLB値が4~8の非イオン性界面活性剤と、HLB値が12~16の非イオン性界面活性剤と、を含んでなることが最も好ましい。
【0020】
本発明におけるHLB値は、「ハンドブック-化粧品・製剤原料-」、日光ケミカルズ株式会社(昭和52年2月1日改訂版発行)に記載されている、乳化法による実測値を指す。詳細には、以下の手順で、乳化法によるHLBの実測値は求められる。先ず、界面活性剤の標準物質としてモノステアリン酸ソルビタン(NIKKOL SS-10)及びモノステアリン酸ポリオキシエチレンソルビタン(NIKKOL TS-10)を組み合わせて使用し、被乳化物には流動パラフィンを用いる。流動パラフィンを前述の2種類の界面活性剤で乳化して最適な界面活性剤の割合を算出し、下記式(2)に従い流動パラフィンの所要HLB値を求める。
[式(2)] 流動パラフィンのHLB値= {(TS-10のHLB値(14.9)×使用%)+(SS-10のHLB値(4.7)×使用%)}/100
通常、流動パラフィンの所要HLB値は約10.1~10.3程度である。次いで、未知の界面活性剤の測定は、HLB値を求めた流動パラフィンを使って測定する。未知の界面活性剤が親水性であればSS-10と組み合わせ、親油性であればTS-10と組み合わせて、流動パラフィンを乳化し、安定性のあるところの最適割合を求めて、未知の界面活性剤のHLB値をxとして前記式(2)に当てはめて算出する。ここで乳化処方は、全体に対して、流動パラフィンが40%、使用する界面活性剤(使用する二つの界面活性剤の全量)が4% 、及び水が56%で行う。界面活性剤の全量は一定にしておき、割合のみ変えて乳化できるところまで乳化する。界面活性剤の割合は0.1% ずつ変えて行う。できたエマルションは水が蒸発しないように蓋をして、全ての乳化作業が終了後に、得られたエマルションを各々1 % に希釈し、共栓付試験管にほぼ同量を採取して一昼夜放置し、クリーミング量、白濁度、下層の水分離等から判定して、最も安定性の良いものを最適割合とする。
【0021】
また、本発明において、界面活性剤としては、残香性および耐ドライアップ性の更なる向上を考慮すると、ポリオキシアルキレン基を有する界面活性剤であることが好ましい。さらには、ポリオキシエチレン基を有する界面活性剤を用いることがより好ましい。 これは、主溶媒である水の中で安定に存在し得て、ステロール脂肪酸エステルおよび香料を水中に良好に分散させ、また、ペン先では、ステロール脂肪酸エステルの合一による被膜の形成を良化し、香料の過剰な揮散と水分蒸発を抑えることができるためである。
上記ポリオキシエチレン基を有する界面活性剤としては、例えば、下記のものが挙げられる。
POEソルビタンモノオレエート、POEソルビタンモノステアレート、POEソルビタンモノオレート等のPOEソルビタン脂肪酸エステル類;POEソルビットモノオレエート、POEソルビットモノストアレート等のPOEソルビット脂肪酸エステル類;POEグリセリンモノステアレート、POEグリセリンモノイソステアレート等のPOEグリセリン脂肪酸エステル類;POEモノオレエート、POEジステアレート、POEモノジオレエート、ジステアリン酸エチレングリコール等のPOE脂肪酸エステル類;POEオレイルエーテル、POEステアリルエーテル、POEベヘニルエーテル、POE2-オクチルドデシルエーテル、POEコレスタノールエーテル等のPOEアルキルエーテル類;POEオクチルフェニルエーテル、POEノニルフェニルエーテル、POEジノニルフェニルエーテル等のPOEアルキルフェニルエーテル類;POE・POPセチルエーテル、POE・POP2-デシルテトラデシルエーテル、POE・POP水添ラノリン、POE・POPグリセリンエーテル等のPOE・POPアルキルエーテル類;POEヒマシ油;POE硬化ヒマシ油、POE硬化ヒマシ油モノイソステアレート、POE硬化ヒマシ油トリイソステアレート、POE硬化ヒマシ油モノピログルタミン酸モノステアリン酸ジエステル、POE硬化ヒマシ油マレイン酸等のPOEヒマシ油誘導体;POEラノリン;POEラノリンアルコール;POEソルビットミツロウ等のPOEミツロウ誘導体;POEプロピレングリコール脂肪酸エステル、POEアルキルアミン、POE脂肪酸アミド、POEノニルフェニルホルムアルデヒド縮合物等が挙げられる。
尚、POEとはポリオキシエチレンを、POPとはポリオキシプロピレンを表すものである。
【0022】
香料およびステロール脂肪酸エステルの良好な分散安定性と、ステロール脂肪酸エステルの良好な皮膜形成による、残香性および耐ドライアップ性能の向上、さらには、優れたインキ経時安定性が得られることを考慮すると、POE・POPアルキルエーテル類、POEヒマシ油、POEヒマシ油誘導体の中から1種以上選択して用いることが好ましい。
また、各種香料およびステロール脂肪酸エステルに対する分散能力が高く、さらに残香性および耐ドライアップ性能の更なる向上を考慮すると、POEヒマシ油またはPOEヒマシ油誘導体を用いることがより好ましく、さらには、POEヒマシ油またはPOE硬化ヒマシ油を用いることが特に好ましい。
【0023】
界面活性剤の含有率は、インキ組成物の総質量を基準として、0.05質量%~10質量%であることが好ましい。
界面活性剤の含有率が上記数値の範囲内であれば、香料およびステロール脂肪酸エステルの分散性が向上し、これらがもたらす効果を十分に得ることができ、優れた残香性および耐ドライアップ性を付与できる。
さらに、上記効果の向上とともにインキ経時安定性も考慮すると、0.1質量%~8質量%であることがより好ましく、0.5質量%~5質量%であることがさらに好ましい。
【0024】
また、HLB値が11以下の非イオン性界面活性剤と、HLB値が12以上の非イオン性界面活性剤と、を用いる場合、HLB値が12以上の非イオン性界面活性剤に対する、HLB値が11以下の非イオン性界面活性剤との含有比(HLB値11以下の非イオン性界面活性剤/HLB値が12以上の非イオン性界面活性剤)が、質量基準で、0.1~5であることが好ましく、0.5~3であることがより好ましく、1~3であることがさらに好ましい。
含有比が上記数値の範囲内であると、香料およびステロール脂肪酸エステルの分散安定性、さらには、非イオン性界面活性剤自体の安定性も良化し、優れた残香性および耐ドライアップ性とともに、優れたインキの経時安定性を得ることができる。
また、上述のように、非イオン性界面活性剤を2種以上用いる場合には、異なる種類の非イオン性界面活性剤を用いても構わないが、同種の非イオン性界面活性剤である方が効果的である。これは、界面活性剤がもたらす効果を十分に得て、残香性、耐ドライアップ性能を向上でき、さらには、優れたインキ経時安定性能も得ることができるためである。
【0025】
また、本発明において、界面活性剤の含有量に対する、ステロール脂肪酸エステルおよび香料の総含有量の比((ステロール脂肪酸エステル+香料)/界面活性剤)は、質量基準で、0.1~5であることが好ましく、0.2~3であることがより好ましく、0.3~1.2であることがさらに好ましく、0.3~0.8であることが特に好ましい。
含有比が上記数値の範囲内であれば、ステロール脂肪酸エステルおよび香料がインキ中で良好に分散され、さらにペン先においてはステロール脂肪酸エステルの被膜を形成しやすく、優れた残香性、耐ドライアップ性が得られやすく、さらにはインキ経時安定性も良好とできるためである。
【0026】
<香料>
香料は、筆記時や、紙面等に形成された筆跡から香りを放つためのものであり、香料の形態としては、水溶性香料、油溶性香料、乳化香料等が挙げられる。
具体的には、グレープフルーツ油、オレンジ油、レモン油、ライム油、ジャスミン油、ペパーミント油、ローズマリー油、ナツメッグ油、カツシア油、ラベンダー油、ヒノキ油、ヒバ油、フェンネル油、ティーツリー油等の精油類、ヘキシルアルコール、フェニルエチルアルコール(ローズP)、フルフリルアルコール、シクロテン、ゲラニオール等のアルコール類、ヘプタナール、オクタナール、ドデカナール、テトラデカナール、ヘキサデカナール、オクタデカナール、ベンズアルデヒド、フルフラール等のアルデヒド類、エチルアセトアセテート、プロピルアセテート、アミルアセテート、リナリルアセテート、ベンジルアセテート、ジメチルベンジルカルビニルアセテート、ベンジルプロピオネート等のエステル類、ヌートカトン、エチルピラジン、レモンターペンレス、オレンジターペンレス、ワニリン、エチルワニリン、フルフリルメルカプタン、ボーネオール及びヘリオトロープ等の芳香族化合物、α-ピネン、β-ピネン、リモネン等のテルペン油類を例示できる。更に、前記香料を組み合わせた調合香料、例えば、バナナ香料、ブルーベリー香料、バニラ香料、ミント香料、アップル香料、ピーチ香料、メロン香料、パイナップル香料、グレープ香料、ライラック香料、ジャスミン香料、イチゴ香料、ミルク香料、抹茶香料、マンゴー香料、サイダー香料等を使用することもできる。これらの香料は、一種又は二種以上を組み合わせて使用される。
前記香料の中でも、油溶性香料は香りの持続性が高く、その一方で、水性インキ中での分散安定性に乏しい傾向にあることから、本発明の構成において用いることは、特に効果的である。
【0027】
香料の含有率は、インキ組成物の総質量を基準として、0.1質量%~10質量%であることが好ましい。香料の含有率が0.1質量%以上であると、筆記時や形成された筆跡において、香りを十分に確認でき、10質量%以下であると、インキ中の他成分に影響が出にくい。更に、香りの芳香性および持続性、インキ経時安定性を考慮すると、0.5質量%~8質量%が好ましく、より好ましくは、0.5質量%~5質量%である。
【0028】
<着色剤>
本発明で用いる着色剤は、特に限定されないが、筆記具用水性インキ組成物に用いられる顔料、染料などを使用することができる。
【0029】
顔料としては、溶媒に分散可能であれば特に制限されるものではない。例えば、無機顔料、有機顔料、加工顔料などが挙げられるが、具体的にはカーボンブラック、アニリンブラック、群青、黄鉛、酸化チタン、酸化鉄、フタロシアニン系、アゾ系、キナクリドン系、キノフタロン系、スレン系、トリフェニルメタン系、ペリノン系、ペリレン系、ジオキサジン系、アルミ顔料、パール顔料、蛍光顔料、蓄光顔料等が挙げられる。その他、染料などで樹脂粒子を着色したような着色樹脂粒子や、色材を媒体中に分散させてなる着色体を公知のマイクロカプセル化法などにより樹脂壁膜形成物質からなる殻体に内包または固溶化させたマイクロカプセル顔料を用いても良い。
尚、顔料は、予め顔料分散剤を用いて微細に安定的に水媒体中に分散された水分散顔料製品等を用いてもよい。
染料としては、溶媒に溶解可能であれば特に制限されるものではない。例えば、直接染料、酸性染料、塩基性染料、含金染料、および各種造塩タイプ染料等が採用可能である。
これらの顔料および染料は、1種または、2種以上の混合物として使用してもかまわない。
【0030】
中でも、染料は顔料とは異なり、インキ中において、溶解状態で存在するため、ステロール脂肪酸エステルおよび香料の界面活性剤による分散性に悪影響を及ぼさず、また、ステロール脂肪酸エステルの被膜形成にも悪影響を及ぼしにくい。よって、優れた残香性および耐ドライアップ性能が得られやすく、筆記時および筆跡からの香りを長期的に楽しめ、また、ペン先が大気中に暫く晒された状態にあっても、良好な筆跡が得られやすい。
【0031】
本発明のインキ組成物における着色剤の含有率は、インキ組成物の総質量を基準として、0.1質量%~30質量%であることが好ましい。
【0032】
<水>
水としては、特に制限はなく、例えば、水道水、イオン交換水、限外ろ過水または蒸留水などを用いることができる。
【0033】
<その他の添加剤>
本発明のインキ組成物は、必要に応じて任意の添加剤を含むことができる。好適に用いることができる添加剤について説明すると以下の通りである。
【0034】
本発明のインキ組成物は、デキストリンを更に含んでなることが好ましい。
デキストリンは、ペン先に被膜を形成し、その被膜によりインキ中の水分の蒸発を防ぐ効果を有する。このため、ステロール脂肪酸エステルと、デキストリンと、を併用することで、水分蒸発抑制効果に一層優れた被膜を、ペン先に形成することが可能となり、耐ドライアップ性能を更に向上できる。
【0035】
デキストリンを用いる場合、デキストリンの重量平均分子量は、5000~120000であることが好ましい。120000を超えると、ペン先に形成される被膜は硬く、ドライアップ時の書き出しにおいて、筆跡がかすれやすくなる傾向があり、一方、5000未満だとデキストリンの吸湿性が高くなり、ペン先に生ずる被膜が柔らかくなりやすく、ペン先で安定した被膜が維持しにくく、インキ中の水分蒸発を抑制しにくい傾向となるためである。さらに、重量平均分子量が20000より小さいと、被膜は薄くなりやすい傾向にあるため、重量平均分子量が、20000~100000であることが最も好ましい。
【0036】
デキストリンの含有率は、インキ組成物の総質量を基準として、0.1質量%~5質量%が好ましい。これは、0.1質量%より少ないと、耐ドライアップ性能の向上効果および残香性の向上効果が得難い傾向にあり、5質量%を越えると、溶解安定性が劣る傾向があるためである。さらに、インキ中の溶解安定性を考慮すれば、0.1質量%~3質量%が好ましく、耐ドライアップ性能の向上を考慮すれば、1質量%~3質量%が最も好ましい。
【0037】
また、本発明においては、剪断減粘性付与剤を添加し、インキに適当な粘性を与えて実用に供することができる。用いられる剪断減粘性付与剤は従来公知のものから適宜選択することができる。その具体例としては、キサンタンガム、サクシノグリカン、カラギーナン等の多糖類、ポリアクリル酸、架橋型ポリアクリル酸、会合性ウレタンなどの合成高分子等が挙げられ、1種または、2種以上の混合物として使用することが可能である。
中でも、上述のような多糖類や合成高分子は、剪断減粘性付与剤として優れた効果を有し、香料およびステロール脂肪酸エステルの分散安定化に寄与できる一方、ペン先で水分が蒸発した際、強固な乾燥膜を形成し易く、耐ドライアップ性を低下させる傾向にある。しかしながら、本発明のインキ組成物は、ステロール脂肪酸エステルと、界面活性剤により、ペン先に被膜を先に形成して、水分蒸発を抑制することができるため、剪断減粘性付与剤が強固な被膜を形成することを十分に抑制できる。このため、剪断減粘性付与剤を用いた場合においても、本発明においては、優れた耐ドライアップ性能を得ることができる。
中でも、香料およびステロール脂肪酸エステルとの相性を考慮すると、剪断減粘性付与剤は、多糖類を用いることが好ましい。
また、ステロール脂肪酸エステルは、比較的、少量の添加で優れた残香性および耐ドライアップ性能をもたらすことができる。このため、剪断減粘性付与剤により付与された適正なインキの剪断減粘性に影響を与え難く、よって、インキは安定して吐出され、ボテや線ワレが抑制された良好な筆跡が得られる。さらには、筆記時および筆跡からの安定的な芳香性が得られる。以上より、剪断減粘性付与剤を用いたインキ(ゲルインキ)においても、ステロール脂肪酸エステルと、界面活性剤を用いることは好適で効果的である。
【0038】
なお、ステロール脂肪酸エステルと、界面活性剤と、香料と、を含んでなる本発明のインキ組成物は、使用される筆記具に適当な粘度に設定することが可能であるが、上述のように剪断減粘性付与剤を用いるような場合、インキ組成物の粘度は、100mPa・s~5000mPa・sであることが好ましく、300mPa・s~3500mPa・sであることがより好ましく、500mPa・s~3000mPa・sであることがさらに好ましい。
インキ組成物の粘度が上記数値範囲内であると、優れたインキ追従性が得られ、得られる筆跡にウスやカスレの発生が抑制されやすく、また、筆記時および筆跡からの安定的な芳香性が得られる。ここで、インキ粘度は、ブルックフィールド社製DV-II粘度計(CPE-42ローター)を用いて、20℃環境下、剪断速度1.92(sec-1)で測定することができる。
また、本発明のインキ組成物は、100mPa・sより低いインキ粘度であるインキ組成物にも調整することが可能である。さらに、50mPa・s以下、さらには10mPa・s以下のインキ粘度である、低粘度インキにも調整できる。なお、この場合のインキ粘度は、B型回転粘度計(東京計器(株)製、BLアダプター使用)を用いて、20℃環境下、回転数6rpm、12rpm、30rpm、60rpmと、インキ粘度に適した回転数で測定することができる。
【0039】
また、本発明のインキ組成物は、インキ物性や機能を向上させる目的で、水溶性有機溶剤、さらには、pH調整剤、防錆剤、防腐剤、キレート剤などの各種添加剤を含んでいてもよい。
【0040】
水溶性有機溶剤としては、従来の筆記具用水性インキ組成物に用いられるものを使用することができる。
例えば、(i)エチレングリコール、ブチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、またはグリセリンなどのグリコール類、(ii)メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、イソプロパノール、イソブタノール、t-ブタノール、プロパギルアルコール、アリルアルコール、3-メチル-1-ブチン-3-オール、エチレングリコールモノメチルエーテルアセテートやその他の高級アルコールなどのアルコール類、および(iii)エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、3-メトキシブタノール、または3-メトキシ-3-メチルブタノールなどのグリコールエーテル類などが挙げられる。これらを1種または、2種以上の混合物として使用することが可能である。
【0041】
pH調整剤としては、アンモニア、炭酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、水酸化ナトリウムなどの塩基性無機化合物、酢酸ナトリウム、トリエタノールアミン、ジエタノールアミンなどの塩基性有機化合物、乳酸およびクエン酸などが挙げられ、インキ組成物の経時安定性を考慮すれば、塩基性有機化合物を用いることが好ましく、より考慮すれば、弱塩基性であるトリエタノールアミンを用いることが好ましい。これらのpH調整剤は1種または、2種以上の混合物として使用してもかまわない。
【0042】
防錆剤としては、ベンゾトリアゾールおよびその誘導体、トリルトリアゾール、ジシクロヘキシルアンモニウムナイトライト、ジイソプロピルアンモニウムナイトライト、チオ硫酸ナトリウム、サポニン、またはジアルキルチオ尿素などが挙げられる。
【0043】
防腐剤としては、フェノール、安息香酸ナトリウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、ソルビン酸カリウム、パラオキシ安息香酸プロピル、2,3,5,6-テトラクロロ-4-(メチルスルフォニル)ピリジン、2-ピリジンチオール-1-オキシドナトリウム、1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン、2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン、2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オンなどが挙げられる。
【0044】
キレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ヒドロキシエチレンジアミン三酢酸(HEDTA)、グリコールエーテルジアミン四酢酸(GEDTA)、ニトリロ三酢酸(NTA)、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸(HIDA)、ジヒドロキシエチルグリシン(DHEG)、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)、トリエチレンテトラミン六酢酸(TTHA)およびそれらのアルカリ金属塩、アンモニウム塩またはアミン塩などが挙げられる。
【0045】
また、本発明において、ペン先からの水分蒸発抑制効果をより一層向上するため、尿素、ソルビット、トリメチルグリシンなどのN,N,N-トリアルキルアミノ酸、ヒアルロン酸類などの保湿剤を用いても構わない。
【0046】
さらに、樹脂エマルジョンとして、アクリル系樹脂、ウレタン系樹脂、スチレン-ブタジエン系樹脂、ポリエステル系樹脂、酢酸ビニル系樹脂など含むエマルジョンを添加することができる。
【0047】
さらには、アセチレン結合を構造中に有した界面活性剤、シリコーン系界面活性剤、フッ素系界面活性剤なども添加することができ、ジメチルポリシロキサンなどの消泡剤を添加することもできる。
【0048】
また、本発明のインキ組成物をボールペンに用いる場合には、潤滑剤を用いることが好ましい。
潤滑剤は、ボールペンが有するボールとボールペンチップのボール座との間の潤滑性を向上して、ボールの回転をスムーズにすることで、ボール座の摩耗を抑制し、書き味を向上するものであり、本発明においては、リン酸エステル系化合物や脂肪酸を用いることが好ましい。
【0049】
中でも、本発明においては、リン酸基を有するリン酸エステル系化合物を用いることが好ましい。これは、リン酸基が金属に吸着しやすい性質があることから、ボールとボール座の間の潤滑性を向上させやすく、ボールの回転性と、ボール座の摩耗抑制を向上し、滑らかな書き味をもたらしやすいためである。また、リン酸エステル系化合物は、ステロール脂肪酸エステルと、界面活性剤による、香料の過剰な揮散抑制効果および水分蒸発抑制効果を阻害することがないことからも、好適に用いられる。
【0050】
また、本発明のインキ組成物は、界面活性剤によって、良好に分散されたステロール脂肪酸エステルは、ボールとボール座の間の潤滑剤となって、滑らかな書き味をも、もたらす傾向にある。このため、リン酸エステル系化合物を更に用いることで、これらの潤滑効果が相乗的に得られ、滑らかな書き味を得やすい。さらに、ボールの回転がスムーズになることから、優れたインキ吐出性を維持することが可能となり、良好な筆跡を残すことができ、さらには、筆記時および筆跡からの良好で安定的な芳香性が得られる。よって、本発明において、リン酸エステル系化合物を更に用いることは、優れた残香性および耐ドライアップ性を維持しながら、芳香性、書き味、にも優れたものとなるため、効果的である。
【0051】
前記リン酸エステル系化合物の種類としては、直鎖アルコール系、スチレン化フェノール系、ノニルフェノール系、オクチルフェノール系等が挙げられる。
具体例としては、プライサーフシリーズ(第一工業製薬(株))の中から、プライサーフA212C、同A208B、同A213B、同A208F、同A215C、同A219B、同A208N等が挙げられる。
また、前記脂肪酸の具体例としては、OSソープ、NSソープ、FR-14、FR-25(花王(株))等が挙げられる。
これらのリン酸エステル系化合物、脂肪酸は、単独又は2種以上混合して使用してもよい。
【0052】
<インキ組成物の製造方法>
本発明によるインキ組成物は、従来知られている任意の方法により製造することができる。具体的には、前記各成分を必要量配合し、マグネットホットスターラー、プロペラ攪拌機、ホモジナイザー攪拌機、ホモディスパー、またはホモミキサーなどの各種攪拌機やビーズミルなどの各種分散機などにて混合し、製造することができる。
【0053】
<筆記具>
本発明の筆記具用水性インキ組成物を充填する筆記具自体の構造、形状は特に限定されるものではなく、従来から汎用のものが適用でき、繊維チップ、フェルトチップ、プラスチックチップをペン先としたマーキングペン(サインペン)や、ボールペンチップなどをペン先としたボールペン、さらに、金属製のペン先を用いた万年筆など、各種筆記具に用いることができる。
中でも、本発明のインキ組成物は、ボールペンチップをペン先としたボールペンに好適に用いられる。これは、本発明のインキ組成物は、優れた耐ドライアップ性能が得られる上、前述の通り、ステロール脂肪酸エステルがボールとボール座の間の潤滑剤となって、滑らかな書き味を得ることができるためである。
【0054】
また、本発明のインキ組成物を用いることができる筆記具としては、インキ組成物を直に充填する構成のものであってもよく、インキ組成物を充填することのできる、インキ収容体またはインキ吸蔵体を備えるものであってもよい。また、前記インキ収容体またはインキ吸蔵体が、筆記具本体に着脱自在に交換可能な構造をもつインキカートリッジ式筆記具およびコンバーター式筆記具であってもよい。
【0055】
また、本発明のインキ組成物を用いることができる筆記具は、ペン先を覆うキャップを備えたキャップ式筆記具や、ノック式、回転式およびスライド式などの軸筒内にペン先を収容可能な出没式筆記具が挙げられる。
本発明のインキ組成物は、ステロール脂肪酸エステルと界面活性剤により形成される被膜により、常にペン先が大気に晒されているような状況においても、香料の過剰な揮散と、水分蒸発を抑制できる。このため、出没式筆記具に、特に好適に用いることができる。
また、該被膜は、ペン先からのインキ漏れをも抑制できる傾向にある。出没式筆記具は、残香性および耐ドライアップ性はもちろんのこと、ペン先からのインキ漏れ抑制についても考慮する必要があるため、この点からも、本発明のインキ組成物は、出没式筆記具に効果的に用いることができるといえる。
よって、本発明のインキ組成物は、出没式ボールペンに特に好適に用いることができる。
【0056】
また、本発明のインキ組成物を用いることができる筆記具の供給機構についても特に限定されるものではなく、例えば、(機構1)繊維収束体などからなるインキ誘導部をインキ流量調節部材として備え、インキ組成物をペン先に供給する機構、(機構2)くし溝状のインキ流量調節部材を備え、これを介在させ、インキ組成物をペン先に供給する機構、(機構3)弁機構によるインキ流量調節部材を備え、インキ組成物をペン先に供給する機構、および(機構4)インキ流量調節部材なしに直接、インキ組成物をペン先に供給する機構などを挙げることができる。
【実施例0057】
以下、実施例により、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0058】
<実施例1>
下記の配合組成および方法により筆記具用水性インキ組成物を得た。
・ステロール脂肪酸エステル 1.0質量%
(ヒドロキシステアリン酸コレステリル)
・界面活性剤 2.0質量%
(POEヒマシ油;POE(10)ヒマシ油、HLB値:6.4)
・界面活性剤 1.0質量%
(POE硬化ヒマシ油;POE(80)硬化ヒマシ油、HLB値:15.0)
・着色剤(黄色染料) 2.5質量%
・着色剤(青色染料) 2.5質量%
・香料 1.0質量%
(グレープフルーツ香料)
・剪断減粘度付与剤 0.5質量%
(キサンタンガム)
・潤滑剤 1.0質量%
(リン酸エステル系化合物)
・防腐剤 0.5質量%
(1,2-ベンゾイソチアゾリン-3-オン)
・pH調整剤 1.5質量%
(トリエタノールアミン)
・水 86.5質量%
【0059】
着色剤、潤滑剤、pH調整剤、防腐剤、水をマグネットホットスターラーで加温撹拌などして、ベースインキを作製した。
また、ステロール脂肪酸エステルと、香料と、界面活性剤を加温溶融し、均一になるまで撹拌した。
その後、上記作製したベースインキを加温撹拌しながら、上記ステロール脂肪酸エステルと、香料と、界面活性剤の混合物を徐々に滴下した。その後、剪断減粘性付与剤を投入してホモジナイザー攪拌機を用いて均一な状態となるまで充分に混合撹拌した後、濾紙を用いて濾過を行い、実施例1の筆記具用水性インキ組成物を得た。
さらに、IM-40S型pHメーター(東亜ディーケーケー株式会社製)を用いて、20℃におけるインキ組成物のpH値を測定した結果、pH値は8.4であった。また、得られたインキ組成物の粘度をE型回転粘度計(機種:DV-II+Pro、ローター:CPE-42、ブルックフィールド社製)により、20℃環境下にて剪断速度1.92sec-1(回転数0.5rpm)の条件にてインキ粘度を測定したところ、1300mPa・sであった。
【0060】
<実施例2~実施例8、比較例1~比較例3>
実施例1に対して、配合する成分の種類や添加量を表に示した通りに変更し、インキ組成物を得た。
【0061】
【表1】
【0062】
【表2】
【0063】
上記実施例、比較例で使用した材料の詳細は以下の通りである。
表中の材料の注番号に沿って説明する。
【0064】
(1)日清オイリオグループ株式会社製、商品名:サラコスHS、抱水力120.1%、融点52℃
(2)日光ケミカルズ株式会社製、商品名:NIKKOL フィトステリルヒドロキシステアレート、抱水力51.7%、融点70℃-80℃
(3)タマ生化学株式会社製、商品名:フィトステリルイソステアレート、抱水力41.5%、融点20℃-30℃、
(4)日光ケミカルズ株式会社製、商品名:NIKKOL CO-10、HLB6.4
(5)日光ケミカルズ株式会社製、商品名:NIKKOL HCO-80、HLB15.0
(6)日光ケミカルズ株式会社製、商品名:NIKKOL PBC-33、HLB10.5
(7)日光ケミカルズ株式会社製、商品名:NIKKOL SG-C420、HLB16.5
(8)オリヱント化学工業株式会社製、商品名:Water Yellow6C、黄色染料
(9)オリヱント化学工業株式会社製、商品名:Water Blue9、青色染料
(10)豊玉香料株式会社製
(11)豊玉香料株式会社製
(12)第一工業製薬株式会社製、商品名:プライサーフA215C、直鎖アルコール系
(13)ロンザジャパン株式会社製、商品名:プロキセルXL-2
(14)三和澱粉工業株式会社製、商品名:サンデック#70、重量平均分子量:30000
【0065】
<試験および評価>
得られたインキ組成物を以下の方法で試験および評価を行った。得られた結果は、表の通りである。
【0066】
実施例1~実施例8、比較例1~比較例3で得られた筆記具用水性インキ組成物(1.4g)を、ボール(ボール径:0.7mm、ボール表面の算術平均粗さ(Ra):1nm)が回転自在に抱持されたボールペンチップを先端に有するインキ収容体(ポリプロピレン製)の内部に充填し、このレフィルを、(株)パイロットコーポレーション製のゲルインキボールペン(商品名:G-2)に装着し、ボールペンを作製した。
作製したボールペンを試験用筆記具とし、下記の残香性試験、および耐ドライアップ性能試験を行った。
尚、いずれも、試験用紙としてJIS P3201 筆記用紙Aを用いた。
【0067】
<残香性試験(筆記時)>
作製直後の試験用筆記具を用いて筆記した時の香りの強さに対し、試験用筆記具を、ペン先を大気に晒した状態で、50℃、全乾の条件下で4週間放置した後に、再び筆記した時の香りの強さを、下記基準に従って評価した。
◎:同等であった。
○:やや弱くなったが、香りを十分に確認できた。
△:弱くなった。
×:かなり弱くなった、もしくは、香りを確認できなくなった。
【0068】
<残香性試験(筆跡)>
作製直後の試験用筆記具を用いて筆記した筆跡からの香りの強さに対し、その筆跡(試験用紙)を、20℃8時間放置した後の筆跡からの香りの強さを、下記基準に従って、評価した。
◎:同等であった。
○:やや弱くなったが、香りを十分に確認できた。
△:弱くなった。
×:かなり弱くなった、もしくは、香りを確認できなくなった。
【0069】
<耐ドライアップ性能試験>
試験用筆記具を、ペン先を大気に晒した状態で、50℃、全乾の条件下で7日間放置した後、試験用紙に手書きで「永」という文字(文字の大きさは縦横約8mm)を筆記し、ウスやカスレのない正常な筆跡が得られるまでにかかった文字数を測定した。5回測定した文字数の平均値を用いて、下記評価基準に従って、評価した。
○:2以下
×:2より多い
××:正常な筆跡が得られなかった、もしくは、筆記できなかった。
【0070】
なお、比較例3の残香性試験(筆記時)については、試験用筆記具を、ペン先を大気に晒した状態で、50℃、全乾の条件下で4週間放置した後に、再び筆記することができなかったため、評価できなかった。
【0071】
表に示した通り、実施例のインキ組成物は、残香性および耐ドライアップ性能ともに良好レベルのものであった。
一方、比較例のインキ組成物は、ステロール脂肪酸エステルと、界面活性剤と、を用いていないため、残香性および耐ドライアップ性能ともに満足できるインキ組成物ではなかった。
【0072】
また、実施例のインキ組成物を、直径15mmの密開閉ガラス試験管に入れて、常温にて30日間放置し、インキ組成物の状態を顕微鏡を用いて目視観察したところ、夾雑物が確認されたものもあったが、いずれも問題ないレベルであり、インキ経時安定性能は良好レベルのものであった。
なお、実施例のインキ組成物は、実施例1、2、4、6、7、8のインキ組成物が特に優れていた。
【0073】
また、実施例のインキ組成物を充填させた試験用筆記具を用いて、室温にて、試験用紙(JIS P3201 筆記用紙A)に手書きで1行に12個の螺旋状の丸を3行連続したところ、滑らかな書き味であった。
【0074】
以上より、ステロール脂肪酸エステルと、界面活性剤と、着色剤と、香料と、水と、を含んでなる筆記具用水性インキ組成物は、残香性および耐ドライアップ性能に優れ、筆記時および筆跡からの香りを長期的に楽しむことができ、また、ペン先が大気中に暫く晒された状態にあっても、良好な筆跡を得ることができ、前記筆記具用水性インキ組成物を用いた筆記具は、筆記具として優れたものであることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明のインキ組成物は、ボールペン、マーキングペン、万年筆、筆ペン、カリグラフィー用のペンなどの各種筆記具に用いることができ、該インキ組成物が収容されてなる筆記具は、優れた残香性を有し、趣向に富んだものでありながら、耐ドライアップアップ性能に優れ、良好な筆跡を残すことが可能な、筆記具としての役割も十分果たすことができるものである。