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特開2022-182696プレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線材、オーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線及びプレストレストコンクリート用緊張材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022182696
(43)【公開日】2022-12-08
(54)【発明の名称】プレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線材、オーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線及びプレストレストコンクリート用緊張材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221201BHJP
   C21D 8/08 20060101ALI20221201BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20221201BHJP
   C21D 7/10 20060101ALI20221201BHJP
【FI】
C22C38/00 302H
C21D8/08 B
C22C38/58
C21D7/10 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021090396
(22)【出願日】2021-05-28
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】507349237
【氏名又は名称】鈴木住電ステンレス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000252056
【氏名又は名称】日鉄SGワイヤ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】田所 裕
(72)【発明者】
【氏名】天藤 雅之
(72)【発明者】
【氏名】関 勇太
(72)【発明者】
【氏名】森石 慶久
(72)【発明者】
【氏名】川名 章文
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA03
4K032AA04
4K032AA08
4K032AA09
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA15
4K032AA16
4K032AA17
4K032AA19
4K032AA20
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA24
4K032AA27
4K032AA28
4K032AA29
4K032AA30
4K032AA31
4K032AA32
4K032AA33
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA38
4K032AA39
4K032AA40
4K032BA02
4K032CA02
4K032CA03
4K032CB02
4K032CC04
4K032CD06
4K032CF03
4K032CG02
4K032CH04
4K032CJ06
(57)【要約】
【課題】高強度で伸び率が高く、耐応力腐食割れ性に優れ、プレストレストコンクリートの緊張材として使用可能な、オーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線を提供する。
【課題手段】オーステナイト相およびフェライト相を有する二相ステンレス鋼からなるオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線であって、C、Si、Mn、P、S、Ni、Cr、Mo、N、Cu、を含有し、残部:Feおよび不純物、であり、下記(3)式で表されるMd30値が-300℃以上0℃以下の範囲であり、引張強さが1500MPa以上であり、伸び率が1.6%以上である、プレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線を採用する。
Md30(℃)=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)-18.5Mo-68Nb … (3)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト相およびフェライト相を有するオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線材であって、
質量%で、
C:0.06%以下、
Si:2.5%以下、
Mn:5.5%以下、
P:0.040%以下、
S:0.030%以下、
Ni:1.5%超8.5%以下、
Cr:19.0%以上29.0%以下、
Mo:0.60%超7.0%以下、
N:0.06%以上0.40%以下、
Cu:0.05%以上2.0%以下、
Al:0~0.3%、
Nb:0~1.0%
Ti:0~1.0%、
Co:0~1.0%、
Ca:0~0.0050%、
Mg:0~0.0050%、
B:0~0.0040%、
V:0~1.0%、
Zr:0~0.02%、
Ta:0~0.07%、
W:0~1.0%、
Sn:0~1.0%、
REM:0~0.050%、
残部:Feおよび不純物、であり、
下記(1)式で表されるMd30値が-300℃以上0℃以下の範囲であり、
金属組織における前記フェライト相の割合が体積分率で35.0%~65.0%である、プレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線材。
Md30(℃)=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)-18.5Mo-68Nb … (1)
ただし、(1)式における元素記号は各元素の含有量(質量%)であり、含有しない元素は0質量%を代入する。
【請求項2】
オーステナイト相およびフェライト相を有するオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線材であって、
質量%で、
C:0.06%以下、
Si:1.0%以下、
Mn:5.5%以下、
P:0.040%以下、
S:0.030%以下、
Ni:1.5%超8.5%以下、
Cr:20.0%以上28.0%以下、
Mo:0.60%超6.5%以下、
N:0.06%以上0.40%以下、
Cu:0.05%以上2.0%以下、を含有し、
更に、
Al:0.01~0.1%、
Nb:0.01~1.0%、
Ti:0.01~1.0%、
Co:0.02~1.0%、
Ca:0.0005~0.0050%、
Mg:0.0005~0.0050%、
B:0.0001~0.0030%、
V:0.03~1.0%、
Zr:0.003~0.02%、
Ta:0.01~0.07%、
W:0.05~1.0%、
Sn:0.005~1.0%、
REM:0.005~0.050%、から選択される1種または2種以上を含有し、残部:Feおよび不純物、であり、
下記(2)式で表されるMd30値が-300℃以上0℃以下の範囲であり、
金属組織における前記フェライト相の割合が体積分率で35.0%~65.0%である、プレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線材。
Md30(℃)=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)-18.5Mo-68Nb … (2)
ただし、(2)式における元素記号は各元素の含有量(質量%)であり、含有しない元素は0質量%を代入する。
【請求項3】
オーステナイト相およびフェライト相を有する二相ステンレス鋼からなるオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線であって、
C:0.06%以下、
Si:2.5%以下、
Mn:5.5%以下、
P:0.040%以下、
S:0.030%以下、
Ni:1.5%超8.5%以下、
Cr:19.0%以上29.0%以下、
Mo:0.60%超7.0%以下、
N:0.06%以上0.40%以下、
Cu:0.05%以上2.0%以下、
Al:0~0.3%、
Nb:0~1.0%
Ti:0~1.0%、
Co:0~1.0%、
Ca:0~0.0050%、
Mg:0~0.0050%、
B:0~0.0040%、
V:0~1.0%、
Zr:0~0.02%、
Ta:0~0.07%、
W:0~1.0%、
Sn:0~1.0%、
REM:0~0.050%、
残部:Feおよび不純物、であり、
下記(3)式で表されるMd30値が-300℃以上0℃以下の範囲であり、
引張強さが1500MPa以上であり、伸び率が1.6%以上である、プレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線。
Md30(℃)=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)-18.5Mo-68Nb … (3)
ただし、(3)式における元素記号は各元素の含有量(質量%)であり、含有しない元素は0質量%を代入する。
【請求項4】
オーステナイト相およびフェライト相を有する二相ステンレス鋼からなるオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線であって、
C:0.06%以下、
Si:1.0%以下、
Mn:5.5%以下、
P:0.040%以下、
S:0.030%以下、
Ni:1.5%超8.5%以下、
Cr:20.0%以上28.0%以下、
Mo:0.60%超6.5%以下、
N:0.06%以上0.40%以下、
Cu:0.05%以上2.0%以下、を含有し、
更に、
Al:0.01~0.1%、
Nb:0.01~1.0%、
Ti:0.01~1.0%、
Co:0.02~1.0%、
Ca:0.0005~0.0050%、
Mg:0.0005~0.0050%、
B:0.0001~0.0030%、
V:0.03~1.0%、
Zr:0.003~0.02%、
Ta:0.01~0.07%、
W:0.05~1.0%、
Sn:0.005~1.0%、
REM:0.005~0.050%、から選択される1種または2種以上を含有し、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(4)式で表されるMd30値が-300℃以上0℃以下の範囲であり、
引張強さが1500MPa以上であり、伸び率が1.6%以上である、プレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線。
Md30(℃)=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)-18.5Mo-68Nb … (4)
ただし、(4)式における元素記号は各元素の含有量(質量%)であり、含有しない元素は0質量%を代入する。
【請求項5】
伸線方向に平行断面のγ相またはα相の横/縦比が45以下であり、鋼線表面粗さRaが0.5μm~2.0μmであり、鋼線径2.5mm~19mmである、請求項3または請求項4に記載のプレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線。
【請求項6】
請求項3乃至請求項5の何れか一項に記載のプレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線からなる、プレストレストコンクリート用緊張材。
【請求項7】
請求項3乃至請求項5の何れか一項に記載のプレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線の撚り線からなる、プレストレストコンクリート用緊張材。
【請求項8】
撚りピッチが撚り線径dの14倍以上20倍以下である、請求項7に記載のプレストレストコンクリート用緊張材。
【請求項9】
請求項3乃至請求項5の何れか一項に記載のプレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線からなる撚り線を200℃~650℃で5~120分の熱処理を行う、プレストレストコンクリート用緊張材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線材、オーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線及びプレストレストコンクリート用緊張材に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリートには、引張力に弱く圧縮力に強いという特性がある。このため、荷重が作用する前にコンクリートに圧縮力がかかった状態(プレストレス)とし、荷重を受けた時にコンクリートに引張応力が発生しないようにするプレストレストコンクリートが用いられている。プレストレストコンクリートの緊張材にはPC鋼線またはPC鋼撚り線が用いられている。
【0003】
PC鋼線またはPC鋼撚り線は、経済的に安価で、高強度かつ高伸び値の得られるピアノ線等の高炭素硬鋼線が多く用いられる。しかし、コンクリートの中性化や、道路凍結防止剤等に含まれる塩化物イオンがコンクリート構造物内部へ侵入する等により、鋼線が腐食し、コンクリート構造物の寿命を大きく損なうことがある。
【0004】
そのため、高炭素硬鋼線に樹脂被覆を施した被覆鋼線や、被覆を行わないステンレス鋼線が提唱され、実際に使用されているが、前者の被覆鋼線では、工事施工時の被覆損傷等により、所定の耐食性能を得られないことがある。また、後者のステンレス鋼線については、緊張材という性格上、常時相当な引張応力が付加されることから、SUS304等のオーステナイト系ステンレス鋼では応力腐食割れによる破断懸念がある。
【0005】
そこで、近年では、耐応力腐食割れ特性に優れた二相ステンレス鋼が提唱されている。下記特許文献1、2には、二相ステンレス鋼の一例が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2015/190422号
【特許文献2】特許第6141828号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載された高強度複相ステンレス鋼線は、ばね用部品として好適な剛性率と捻り加工性に優れた鋼線とされており、剛性率を確保するためにMd30値が-15~45の範囲にされている。このようなMd30値を有するステンレス鋼に対して、冷間伸線を施すと、加工誘起マルテンサイト相が多量に生成して鋼が硬化し、延性が低下して伸びが大幅に不足することになる。伸びが不足した鋼線をプレストレストコンクリートの緊張材に適用すると、プレストレストコンクリートに荷重が加わった際に緊張材が破断するおそれがある。このように、特許文献1に記載の高強度複相ステンレス鋼線は、プレストレストコンクリート用緊張材として使用することは適切ではない。
【0008】
また、特許文献2に記載されたフェライト・オーステナイト系ステンレス鋼においては、オーステナイト相の安定化のためNiを0.8%以上含有し、一方でコスト削減のためにNi量を1.5%以下にしているが、Niが1.5%以下の二相ステンレス鋼をPC鋼線に適用すると、コンクリートの中性化または塩化物イオンのコンクリートへの侵入により、応力腐食割れが発生するおそれがある。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、高強度で伸び率が高く、かつ、耐応力腐食割れ性に優れ、プレストレストコンクリートの緊張材の素材となる、オーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線材を提供することを課題とする。また、本発明は、高強度で伸び率が高く、かつ、耐応力腐食割れ性に優れ、プレストレストコンクリートの緊張材として使用可能な、オーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線を提供することを課題とする。更に、本発明は、高強度で伸び率が高く、耐応力腐食割れ性に優れたプレストレストコンクリート用緊張材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の要旨は以下の通りである。
[1] オーステナイト相およびフェライト相を有するオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線材であって、
質量%で、
C:0.06%以下、
Si:2.5%以下、
Mn:5.5%以下、
P:0.040%以下、
S:0.030%以下、
Ni:1.5%超8.5%以下、
Cr:19.0%以上29.0%以下、
Mo:0.60%超7.0%以下、
N:0.06%以上0.40%以下、
Cu:0.05%以上2.0%以下、
Al:0~0.3%、
Nb:0~1.0%
Ti:0~1.0%、
Co:0~1.0%、
Ca:0~0.0050%、
Mg:0~0.0050%、
B:0~0.0040%、
V:0~1.0%、
Zr:0~0.02%、
Ta:0~0.07%、
W:0~1.0%、
Sn:0~1.0%、
REM:0~0.050%、
残部:Feおよび不純物、であり、
下記(1)式で表されるMd30値が-300℃以上0℃以下の範囲であり、
金属組織における前記フェライト相の割合が体積分率で35.0%~65.0%である、プレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線材。
Md30(℃)=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)-18.5Mo-68Nb … (1)
ただし、(1)式における元素記号は各元素の含有量(質量%)であり、含有しない元素は0質量%を代入する。
[2] オーステナイト相およびフェライト相を有するオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線材であって、
質量%で、
C:0.06%以下、
Si:1.0%以下、
Mn:5.5%以下、
P:0.040%以下、
S:0.030%以下、
Ni:1.5%超8.5%以下、
Cr:20.0%以上28.0%以下、
Mo:0.60%超6.5%以下、
N:0.06%以上0.40%以下、
Cu:0.05%以上2.0%以下、を含有し、
更に、
Al:0.01~0.1%、
Nb:0.01~1.0%、
Ti:0.01~1.0%、
Co:0.02~1.0%、
Ca:0.0005~0.0050%、
Mg:0.0005~0.0050%、
B:0.0001~0.0030%、
V:0.03~1.0%、
Zr:0.003~0.02%、
Ta:0.01~0.07%、
W:0.05~1.0%、
Sn:0.005~1.0%、
REM:0.005~0.050%、から選択される1種または2種以上を含有し、残部:Feおよび不純物、であり、
下記(2)式で表されるMd30値が-300℃以上0℃以下の範囲であり、
金属組織における前記フェライト相の割合が体積分率で35.0%~65.0%である、プレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線材。
Md30(℃)=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)-18.5Mo-68Nb … (2)
ただし、(2)式における元素記号は各元素の含有量(質量%)であり、含有しない元素は0質量%を代入する。
[3] オーステナイト相およびフェライト相を有する二相ステンレス鋼からなるオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線であって、
C:0.06%以下、
Si:2.5%以下、
Mn:5.5%以下、
P:0.040%以下、
S:0.030%以下、
Ni:1.5%超8.5%以下、
Cr:19.0%以上29.0%以下、
Mo:0.60%超7.0%以下、
N:0.06%以上0.40%以下、
Cu:0.05%以上2.0%以下、
Al:0~0.3%、
Nb:0~1.0%
Ti:0~1.0%、
Co:0~1.0%、
Ca:0~0.0050%、
Mg:0~0.0050%、
B:0~0.0040%、
V:0~1.0%、
Zr:0~0.02%、
Ta:0~0.07%、
W:0~1.0%、
Sn:0~1.0%、
REM:0~0.050%、
残部:Feおよび不純物、であり、
下記(3)式で表されるMd30値が-300℃以上0℃以下の範囲であり、
引張強さが1500MPa以上であり、伸び率が1.6%以上である、プレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線。
Md30(℃)=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)-18.5Mo-68Nb … (3)
ただし、(3)式における元素記号は各元素の含有量(質量%)であり、含有しない元素は0質量%を代入する。
[4] オーステナイト相およびフェライト相を有する二相ステンレス鋼からなるオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線であって、
C:0.06%以下、
Si:1.0%以下、
Mn:5.5%以下、
P:0.040%以下、
S:0.030%以下、
Ni:1.5%超8.5%以下、
Cr:20.0%以上28.0%以下、
Mo:0.60%超6.5%以下、
N:0.06%以上0.40%以下、
Cu:0.05%以上2.0%以下、を含有し、
更に、
Al:0.01~0.1%、
Nb:0.01~1.0%、
Ti:0.01~1.0%、
Co:0.02~1.0%、
Ca:0.0005~0.0050%、
Mg:0.0005~0.0050%、
B:0.0001~0.0030%、
V:0.03~1.0%、
Zr:0.003~0.02%、
Ta:0.01~0.07%、
W:0.05~1.0%、
Sn:0.005~1.0%、
REM:0.005~0.050%、から選択される1種または2種以上を含有し、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(4)式で表されるMd30値が-300℃以上0℃以下の範囲であり、
引張強さが1500MPa以上であり、伸び率が1.6%以上である、プレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線。
Md30(℃)=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)-18.5Mo-68Nb … (4)
ただし、(4)式における元素記号は各元素の含有量(質量%)であり、含有しない元素は0質量%を代入する。
[5] 伸線方向に平行断面のγ相またはα相の横/縦比が45以下であり、鋼線表面粗さRaが0.5μm~2.0μmであり、鋼線径2.5mm~19mmである、[3]または[4]に記載のプレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線。
[6] [3]乃至[5]の何れか一項に記載のプレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線からなる、プレストレストコンクリート用緊張材。
[7] [3]乃至[5]の何れか一項に記載のプレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線の撚り線からなる、プレストレストコンクリート用緊張材。
[8] 撚りピッチが撚り線径dの14倍以上20倍以下である、[7]に記載のプレストレストコンクリート用緊張材。
[9] [3]乃至[5]の何れか一項に記載のプレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線からなる撚り線を200℃~650℃で5~120分の熱処理を行う、プレストレストコンクリート用緊張材の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、高強度で伸び率が高く、かつ、耐応力腐食割れ性に優れ、プレストレストコンクリートの緊張材の素材となる、オーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線材を提供できる。また、本発明によれば、高強度で伸び率が高く、かつ、耐応力腐食割れ性に優れ、プレストレストコンクリートの緊張材として使用可能な、オーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線を提供できる。更に、本発明によれば、高強度で伸び率が高く、耐応力腐食割れ性に優れたプレストレストコンクリート用緊張材を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の実施形態であるプレストレストコンクリート用緊張材用のオーステナイト-フェライト二相ステンレス鋼線材(以下、二相ステンレス鋼線材という)は、オーステナイト相およびフェライト相を有し、質量%で、C:0.06%以下、Si:2.5%以下、Mn:5.5%以下、P:0.040%以下、S:0.030%以下、Ni:1.5%超8.5%以下、Cr:19.0%以上29.0%以下、Mo:0.60%超7.0%以下、N:0.06%以上0.40%以下、Cu:0.05%以上2.0%以下、Al:0~0.3%、Nb:0~1.0%、Ti:0~1.0%、Co:0~1.0%、Ca:0~0.0050%、Mg:0~0.0050%、B:0~0.0040%、V:0~1.0%、Zr:0~0.02%、Ta:0~0.07%、W:0~1.0%、Sn:0~1.0%、REM:0~0.050%、残部:Feおよび不純物、であり、下記(1)式で表されるMd30値が-300℃以上0℃以下の範囲であり、金属組織におけるフェライト相の割合が体積分率で35.0%~65.0%である、二相ステンレス鋼線材である。
次に、本発明の実施形態であるプレストレストコンクリート用緊張材用の二相ステンレス鋼線(以下、二相ステンレス鋼線という)は、オーステナイト相およびフェライト相を有し、C:0.06%以下、Si:2.5%以下、Mn:5.5%以下、P:0.040%以下、S:0.030%以下、Ni:1.5%超8.5%以下、Cr:19.0%以上29.0%以下、Mo:0.60%超7.0%以下、N:0.06%以上0.40%以下、Cu:0.05%以上2.0%以下、Al:0~0.3%、Nb:0~1.0%、Ti:0~1.0%、Co:0~1.0%、Ca:0~0.0050%、Mg:0~0.0050%、B:0~0.0040%、V:0~1.0%、Zr:0~0.02%、Ta:0~0.07%、W:0~1.0%、Sn:0~1.0%、REM:0~0.050%、残部:Feおよび不純物、であり、下記(1)式で表されるMd30値が-300℃以上0℃以下の範囲であり、引張強さが1500MPa以上であり、伸び率が1.6%以上である、二相ステンレス鋼線である。
【0013】
Md30(℃)=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)-18.5Mo-68Nb … (1)
ただし、(1)式における元素記号は各元素の含有量(質量%)であり、含有しない元素は0質量%を代入する。
【0014】
以下に、先ず、二相ステンレス鋼線材及び二相ステンレス鋼線の成分組成の限定理由について説明する。なお、以下の説明における(%)は、特に説明がない限り、質量%である。
【0015】
C:0.06%以下
Cは、伸線加工後に高強度を得るために、0.01%以上含有することが好ましい。しかしながら、Cが0.06%を超えると、伸びが低下するため、C量は0.06%以下とし、好ましくは0.02%以下とする。また、C量が0.01%未満になると、強度が不足するおそれがある。以上から、C量は0.06%以下が好ましく、0.01%以上0.06%以下がより好ましく、0.01%以上0.02%以下が更に好ましい。
【0016】
Si:2.5%以下
Siは、脱酸を行い、脱酸生成物を少なくして強度特性を確保するために0.05%以上含有することが好ましい。より好ましくは、Si量を0.2%以上とする。しかしながら、Siが、2.5%を超えると、その効果は飽和するばかりか、伸線加工性と捻り加工性が悪くなる。従って、Si量は2.5%以下が好ましく、0.10%以下でもよく、0.05%以上1.0%以下がより好ましい。
【0017】
Mn:5.5%以下
Mnは、高価なNiの代替元素として有効である。また、Mnは、捻り加工性を高める効果を有する。これらの効果を享受するため、Mn量は0.1%以上含有することが好ましい。Mn量は好ましくは1.0%以上である。しかしながら、Mnが5.5%を超えると、捻り加工性を劣化させる。従って、Mnは0.1%以上が好ましく、1.0%以上がより好ましい。また、Mnは5.5%以下が好ましい。
【0018】
P:0.040%以下
Pは、鋼板中に不可避的に含有される元素であるが、熱間加工性を劣化させるため、P含有量は0.040%以下とする。P含有量は、好ましくは、0.030%以下である。さらに好ましくは0.020%以下である。Pは少ないほど好ましいため下限は特に限定しないが、コストの観点から、P含有量は0.0001%以上としてもよい。
【0019】
S:0.030%以下
SはPと同様に鋼中に不可避的に含有される元素であるが、熱間加工性、靭性、耐食性を劣化させる。そのため、S含有量は0.030%以下とする。好ましくは0.010%以下である。さらに好ましくは0.005%以下である。Sは少ないほど好ましいためS含有量の下限は特に限定しないが、コストの観点から、S含有量は0.0001%以上としてもよい。
【0020】
Ni:1.5%超8.5%以下
Niは、耐応力腐食割れ性と捻り加工性を確保するため、1.5%超含有する。好ましくは、Ni量を2.0%以上とする。しかしながら、8.5%超のNiを含有すると、Md30値が低くなり、強度が低下する。そのため、Ni量の上限を8.5%以下にする。Ni量は、好ましくは、8.0%以下である。
【0021】
Cr:19.0%以上29.0%以下
Crは、耐食性を確保するため、19.0%以上を含有する。しかしながら、Crが29.0%を超えると、Md30値が低くなり、強度が低下する。そのため、Cr量を29.0%以下にする。Cr量は好ましくは28.0%以下または24.0%以下である。Cr量は20.0%以上でもよい。
【0022】
Mo:0.60%超7.0%以下
Moは、耐食性を向上させる効果を有するため、0.6%超含有させることが好ましい。しかしながら、Moが7.0%を超えると、その効果は飽和するばかりか、Md30値が低くなり、強度が低下するおそれがある。そのため、Mo量は7.0%以下が好ましい。Mo量はより好ましくは6.5%以下または5.0%以下である。
【0023】
N:0.06%以上0.40%以下
Nは、強度を確保するために、0.06%以上含有する。より好ましくはN量を0.10%以上とする。しかしながら、Nが0.40%を超えると、Md30値が低くなり、強度が低下するおそれがあるばかりか、製鋼プロセスで窒素のブローホールが生成して製造性を大幅に劣化させる。そのため、N量を0.40%以下とする。N量は、より好ましくは0.35%以下である。
【0024】
Cu:0.05%以上2.0%以下
Cuは、微細Cu析出物として強度や伸びの向上に寄与させることができるため、0.05%以上含有させることが好ましい。しかしながら、Cuが2.0%を超えて含有すると、Md30値が低くなり、強度が低下するおそれがある。そのため、Cu量を2.0%以下とする。Cu量は、より好ましくは1.5%以下である。
【0025】
また、本実施形態では、Al:0.3%以下、Nb:1.0%以下、Ti:1.0%以下、Co:1.0%以下、Ca:0.0050%以下、Mg:0.0050%以下、B:0.0040%以下、V:1.0%以下、Zr:0.02%以下、Ta:0.07%以下、W:1.0%以下、Sn:1.0%以下、REM:0.050%以下、から選択される1種または2種以上を含有してもよい。これらの元素の下限は0%以上である。
【0026】
Al:0~0.3%
Alは、鋼の脱酸のために用いられる元素である。このため、必要に応じてAlを含有させてもよい。しかしながら、Alを、0.3%を超えて含有させると、鋼の靭性を阻害する。このため、Al含有量は0.3%以下とし、0.1%以下または0.05%以下であるのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Al含有量は0.01%以上であるのが好ましい。
【0027】
Nb:0~1.0%
Nbは、Tiと同様に含有させることで、Cおよび/またはSの耐食性への悪影響を抑制することができる。このため、必要に応じてNbを含有させてもよい。しかしながら、Nbを過剰に含有させると、粗大な析出物により靱性低下を生じるため、Nb含有量は1.0%以下とし、0.80%以下であるのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Nb含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.05%以上であるのがより好ましい。
【0028】
Ti:0~1.0%
Tiを含有させることで、Cおよび/またはSの耐食性への悪影響を抑制することができる。このため、必要に応じてTiを含有させてもよい。しかしながら、Tiを過剰に含有させると、粗大な析出物により靱性低下を生じるため、Ti含有量は1.0%以下とし、0.80%以下であるのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Ti含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.05%以上であるのがより好ましい。
【0029】
Co:0~1.0%
Coは、鋼の靭性と耐食性とを高めるために有効な元素である。このため、必要に応じてCoを含有させてもよい。しかしながら、Coを、1.0%を超えて含有させても効果が飽和し、製造コストが増加する。このため、Co含有量は1.0%以下とし、0.5%以下であるのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Co含有量は0.02%以上であるのが好ましく、0.1%以上であるのがより好ましい。
【0030】
Ca:0~0.0050%
Caは、鋼の熱間加工性を改善する元素である。このため、必要に応じてCaを含有させてもよい。しかしながら、Caを過度に含有させると、却って熱間加工性を低下させる。このため、Ca含有量は0.0050%以下とし、0.0040%以下であるのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Ca含有量は、0.0005%以上であるのが好ましく、0.001%以上であるのがより好ましい。
【0031】
Mg:0~0.0050%
Mgは、Ca同様、鋼の熱間加工性を改善する元素である。このため、必要に応じてMgを含有させてもよい。しかしながら、Mgを過度に含有させると、却って熱間加工性を低下させる。このため、Mg含有量は0.0050%以下とし、0.0040%以下であるのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Mg含有量は、0.0005%以上であるのが好ましく、0.001%以上であるのがより好ましい。
【0032】
B:0~0.0040%
Bは、鋼の熱間加工性を改善する元素である。このため、必要に応じてBを含有させてもよい。しかしながら、Bを過度に含有させると、却って熱間加工性を低下させる。このため、B含有量は0.0040%以下とし、0.0030%以下または0.0025%以下であるのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、B含有量は、0.0001%以上であるのが好ましく、0.0005%以上であるのがより好ましい。
【0033】
V:0~1.0%
Vは、Cr炭窒化物の生成を抑制して耐食性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じてVを含有させてもよい。しかしながら、Vを過度に含有させても、その効果は飽和し冷間鍛造割れが発生する場合がある。このため、V含有量は1.0%以下とし、0.8%以下であるのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、V含有量は0.03%以上であるのが好ましく、0.10%以上であるのがより好ましい。
【0034】
Zr:0~0.02%
ZrはCまたはSによる耐食性低下を抑制する効果を有する。このため、必要に応じてZrを含有させてもよい。しかしながら、Zrを過度に含有させても、靭性が低下する。このため、Zr含有量は0.02%以下とし、0.015%以下であるのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Zr含有量は0.003%以上であるのが好ましく、0.005%以上であるのがより好ましい。
【0035】
Ta:0~0.07%
Taは、Zrと同様、Cおよび/またはSによる耐食性低下を抑制する効果を有する。このため、必要に応じてTaを含有させてもよい。しかしながら、Taを過度に含有させても、靭性が低下する。このため、Ta含有量は0.07%以下とし、0.05%以下であるのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Ta含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.02%以上であるのがより好ましい。
【0036】
W:0~1.0%
Wは耐食性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じてWを含有させてもよい。しかしながら、Wを過度に含有させると、製造コストを増加させるため、W含有量は1.0%以下とし、0.8%以下であるのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、W含有量は0.05%以上であるのが好ましく、0.1%以上であるのがより好ましい。
【0037】
Sn:0~1.0%
Snは耐酸性を向上させるのに有効である。このため、必要に応じてSnを含有させてもよい。しかしながら、Snを過度に含有させると、熱間加工性を低下させる。このため、Sn含有量は1.0%以下とし、0.8%以下であるのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Sn含有量は0.005%以上であるのが好ましく、0.01%以上であるのがより好ましい。
【0038】
REM:0~0.050%
REMは、Ca同様、鋼の熱間加工性を改善する元素である。このため、必要に応じてREMを含有させてもよい。しかしながら、REMを過度に含有させると、却って熱間加工性を低下させる。このため、REM含有量は0.050%以下とし、0.040%以下であるのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、REM含有量は、0.005%以上であるのが好ましく、0.01%以上であるのがより好ましい。
【0039】
ここで、REMとは、ランタノイドの15元素にYおよびScを合わせた17元素の総称である。これらの17元素のうちの1種以上を鋼に含有することができ、REM含有量は、これらの元素の合計含有量を意味する。
【0040】
本発明の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0041】
以上説明した各元素の他にも、本実施形態の効果を損なわない範囲で含有させることが出来る。その他の成分について本実施形態では特に規定するものではないが、一般的な不純物元素であるZn、Bi、Pb、Se、Sb、H、Ga等は可能な限り低減することが好ましい。これらの元素は、本実施形態の課題を解決する限度において、その含有量(割合)が制御され、必要に応じて、Zn≦100ppm、Bi≦100ppm、Pb≦100ppm、Se≦100ppm、Sb≦500ppm、H≦100ppm、Ga≦500ppmの1種以上を含有することを許容する。
【0042】
次に、Md30値について説明する。本実施形態に係る二相ステンレス鋼線材及び二相ステンレス鋼線では、Md30値を-300℃以上0℃以下の範囲とする。
Md30値は、伸線後の加工誘起マルテンサイト量と成分の関係をそれぞれ調査して得られた指標であり、伸線加工後の二相ステンレス鋼線の強度と伸びのバランスを安定的に確保するために適正な範囲に制御する必要がある。Md30値は、下記(1)式より求められる値であり、この値が-300℃未満の場合、オーステナイト相が安定して加工誘起マルテンサイト相が生成し難くなり、強度が劣位になる。一方、Md30値が0℃を超えると、オーステナイト相が不安定となり、伸線加工で加工誘起マルテンサイト相の生成量が増大し、伸びが劣化するとともにデラミネーションが発生しやすくなる。そのため、Md30値を-300℃以上0℃以下に限定する。好ましくは、Md30値を-200℃以上とし、0℃以下とする。
【0043】
Md30(℃)=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)-18.5Mo-68Nb … (1)
ただし、(1)式における元素記号は各元素の含有量(質量%)であり、含有しない元素は0質量%を代入する。
【0044】
次に、本実施形態に係る二相ステンレス鋼線材及び二相ステンレス鋼線の金属組織について説明する。本実施形態に係る二相ステンレス鋼線材は、フェライト相及びオーステナイト相を有している。金属組織の残部は、不可避的析出相(不可避的に含まれる析出相)である。また、二相ステンレス鋼線材は、フェライト相、オーステナイト相を有しており、更に、加工誘起マルテンサイト相を含む。金属組織の残部は、不可避的析出相(不可避的に含まれる析出相)である。ステンレス鋼中には、含有元素の組み合わせによっては炭化物、硫化物及び窒化物などの析出物が析出したり、脱酸時に生成した酸化物が不可避的に残存したりする場合がある。これらが不可避的析出相となる。
【0045】
二相ステンレス鋼線材においては、金属組織におけるフェライト相の割合が体積分率で35.0%~65.0%である。フェライト相が35.0%未満では、伸びが劣化するため、下限を35.0%以上とする。フェライト相は、好ましくは、40.0%以上である。一方、フェライト相が65.0%を超えると、強度特性に劣るばかりか、熱間製造性を得られない。そのため、フェライト相の上限を65.0%以下に限定する。フェライト相は、好ましくは60.0%以下である。
【0046】
フェライト相の分率の測定方法は、磁気誘導法によって測定することが好ましい。より具体的には、ヘルムートフィッシャー社製のフェライトスコープFMP30を用いて測定できる。
【0047】
二相ステンレス鋼線材を冷間で伸線加工することにより二相ステンレス鋼線を得るが、その際に、オーステナイト相の一部が、冷間加工によって、加工誘起マルテンサイト相へ変態する。加工誘起マルテンサイト相に変態させることで、加工後の二相ステンレス鋼線の強度を向上できる。ただし、加工誘起マルテンサイト量が増大すると伸びが低下し、プレストレストコンクリート用緊張材として使用できなくなることや、デラミネーション(長さ方向に沿った割れ)が発生して破断しやすくなるため、加工誘起マルテンサイトの生成量を制限する必要がある。本実施形態では、加工誘起マルテンサイトの生成量をプレストレストコンクリート用緊張材として適切な範囲にする必要があり、そのため、Md30値を-300~0℃の範囲に制御する。好ましくは-300~-20℃の範囲である。
【0048】
本実施形態に係る二相ステンレス鋼線は、引張強さが1500MPa以上であり、伸び率が1.6%以上であることが好ましい。引張強さが1500MPa以上、かつ伸び率が1.6%以上であることにより、二相ステンレス鋼線をプレストレストコンクリートの緊張材として用いた場合に、コンクリート構造材に応力が加わったとしてもコンクリート構造材が破損するおそれがない。
【0049】
次に、二相ステンレス鋼線の長手方向断面の金属組織についてγ相(オーステナイト相)またはα相(フェライト相)の横/縦比が45以下であることについて説明する。デラミネーションは、同一相内に割れが伝播する傾向が強いため、長手方向に伸びた相を小さくする必要がある。横/縦比が45以下であれば割れが発生しても相の境界で割れが停止し破断に至らないが横/縦比が45を超えると割れが止まらず破断に至る。したがってγ相(オーステナイト相)またはα相(フェライト相)の横/縦比を45以下とする。望ましくは35以下である。
【0050】
γ相またはα相の縦/横比は、二相ステンレス鋼線の長手方向に平行な断面を露出させ、顕微鏡観察により、γ相またはα相を特定する。本実施形態に係る二相ステンレス鋼線の場合、γ相またはα相の断面形状は、楕円に近い形状になっている。また、楕円の長径方向が鋼線の長手方向に概ね揃い、更に、楕円の短径方向が鋼線の径方向に概ね揃っている。そこで、楕円の長径をaとし、短径をbとした場合に、横/縦比を、a/bとする。二相ステンレス鋼線の長手方向に平行な断面における観察視野を縦200μm、横250μmの範囲とし、観察視野に含まれるγ相またはα相についてそれぞれ縦/横比を測定し、その平均値とする。
【0051】
次に、二相ステンレス鋼線の表面粗さRaを0.5μm~2.0μmとする理由について説明する。表面粗さRaを0.5μm~2.0μm表面粗さを規定することでコンクリートとの付着強度を確保し耐塩性(耐局部腐食性)も確保する。表面粗さRaが0.5μm未満では、平滑すぎてコンクリートとの付着強度を確保できない。また、表面粗さRaが2.0μmを越えると、粗すぎて鋼線表面とコンクリートのあいだに空隙ができやすく、鋼線または撚り線との間にセメントが行きわたらず空隙となり、その空隙に塩分を含んだ水が溜り、鋼線表面に腐食が発生しやすくなる。以上より鋼線の表面粗さRaを0.5μm~2.0μmとする。望ましくは0.5μm~1.5μmである。
【0052】
次に、二相ステンレス鋼線の鋼線径2.5mm~19mmとする理由について説明する。撚り線として使用する鋼線は各鋼線の強度と撚り線への加工しやすさが求められる。鋼線径が細過ぎると伸線の結果強度は大きくなるが、束ねる本数が多くなり撚り線への加工が難しくなる。また、鋼線径が太すぎると撚り線への加工の負荷が大きくなり、加工が難しくなる。したがって鋼線径を2.5mm~19mmとする。望ましくは、5mm~16mmである。
【0053】
次に、本実施形態に係る二相ステンレス鋼線材及び二相ステンレス鋼線の製造方法について説明するが、本実施形態の二相ステンレス鋼線材及び二相ステンレス鋼線の製造方法は、これに限るものではない。
【0054】
本実施形態では、所定の成分を有する鋼から二相ステンレス鋼線材を製造した後、最終伸線の直前に固溶化熱処理を行い、その後、最終伸線を行って二相ステンレス鋼線とする。最終伸線の直前に固溶化熱処理を行うことで、耐食性が向上する。より具体的には、以下に説明する工程を経るとよい。
【0055】
上記の化学成分の鋼を鋳造してビレットとする。次いで、加熱温度を1000~1300℃の範囲内として、ビレットを加熱する。なお、加熱する際のビレットの在炉時間(炉内でビレットを保持する時間)は、例えば200分以下とすることができる。
【0056】
次に、加熱後のビレットに対して熱間線材圧延を施し、92.0%以上の減面率で熱間加工する。熱間線材圧延後に水冷して熱間圧延線材とする。また、熱間線材圧延後に所定の熱処理温度に保持した後、水冷等により急冷する固溶化熱処理を行ってから、固溶化熱処理済みの熱間圧延線材としてもよい。このようにして、本実施形態の二相ステンレス鋼線材を製造する。固溶化熱処理時の熱処理温度が950℃未満では、伸びが低下するおそれがある。一方、過度に高温とした固溶化熱処理を行うと、強度が低下するおそれがある。そのため、固溶化熱処理を行う場合、熱処理温度を950~1150℃とすることが好ましい。
【0057】
次に、固溶化熱処理済みの熱間圧延線材を冷間で50~90%の減面率で伸線加工して本実施形態の二相ステンレス鋼線とする。
または、固溶化熱処理を行っていない熱間圧延線材を所定の線径まで伸線加工し、次いで、950~1150℃に保持した後、間接冷却等により急冷する固溶化熱処理(ストランド焼鈍、以下、BA熱処理ともいう)を施したのち50~90%の減面率で伸線を施すことで、本実施形態の二相ステンレス鋼線としてもよい。
更には、固溶化熱処理済みの熱間圧延線材を所定の線径まで伸線加工し、次いで、950~1150℃に保持した後、間接冷却等により急冷する固溶化熱処理(BA熱処理)を施したのち50~90%の減面率で伸線を施すことで、本実施形態の二相ステンレス鋼線としてもよい。
なお、伸線加工の減面率は、引張強度が1500MPa以上、伸びが1.6%以上になるように、50~90%の範囲内で調整することが好ましい。
【0058】
固溶化熱処理済みの熱間圧延線材の伸線の減面率、または、所定の線径まで伸線加工し固溶化熱処理(BA熱処理)を実施後の伸線の減面率が50%未満では、1500MPa以上の引張強度を得ることができない。また、伸線の減面率が50%未満では、伸線方向に平行断面のγ相またはα相の横/縦比が45以下にすることはできない。以上の理由により、減面率を50%以上とする。また、伸びを1.6%以上にするため、減面率90%以下とする。減面率の好ましい範囲は85%以下である。
【0059】
BA熱処理の温度(BA温度)が950℃未満では、伸線時の割れや伸びの低下が生じるおそれがある。このため、BA温度を950℃以上とし、好ましくは1000℃以上とする。一方、BA温度が1150℃を超えると、結晶粒が発達し、粗大な結晶粒が残存し、鋼線の強度を劣化させる。このため、BA温度を1150℃以下とし、好ましくは1100℃以下とする。また、BA熱処理の時間(BA時間)が5分より長くなると、クリープ変形するため、BA時間を5分以内とする。なおBA時間の下限は特に限定しないが、0.6分以上とすることが好ましい。好ましいBA時間の範囲を1分以上、3.5分以下とする。更に好ましくは3分以下とする。
【0060】
「間接冷却」の手段としては、例えば、水中に設置され内部が空洞(空気)とされたパイプ内で冷却する方法等が挙げられる。なお、間接冷却とは、冷却対象物(本実施形態では鋼線)に対して冷却材(冷却水等)を直接接触させて冷却するのではなく、間接的に冷却する方法のことである。
【0061】
以上説明した製法により、本実施形態に係る二相ステンレス鋼線を得ることができる。
【0062】
本実施形態の二相ステンレス鋼線材は、二相ステンレス鋼線またはプレストレストコンクリート用緊張材の素材として有用である。
【0063】
また、本実施形態の二相ステンレス鋼線は、そのまま、若しくは酸洗、若しくは表面に凸部若しくは凹部を設ける加工を施すことで、プレストレストコンクリート用緊張材とすることができる。
【0064】
また、2本以上の二相ステンレス鋼線が撚り合わされてなる撚り鋼線を、プレストレストコンクリート用緊張材とすることができる。この場合、撚りピッチを撚り線径dの14倍以上20倍以下とすることが好ましい。撚りピッチを規定することで、撚り線の強度(デラミネーションによる破断)とコンクリートとの付着性を確保することができる。撚りピッチが小さいほど付着性は大きくなるが、撚り線径dの14倍未満であると飽和する。また撚りピッチを撚り線径dの20倍を超えると撚り線とコンクリートの付着強度が小さくなり、構造物としての信頼性が損なわれる場合がある。以上より、2本以上の二相ステンレス鋼線が撚り合わされてなる撚り鋼線においては、撚りピッチを撚り線径dの14倍以上20倍以下としてもよく、14倍以上18倍以下としてもよい。
【0065】
また、撚り線の強度向上および撚り線の形状安定のために、撚り線加工後に200℃~650℃で5分~120分間の加熱を行った後に空冷する熱処理を施してもよい。
【0066】
本実施形態のプレストレストコンクリート用緊張材は、プレストレストコンクリートの緊張材として用いることができる。プレストレストコンクリートは、緊張材に引張応力を印加して緊張させた状態でコンクリートを打設し、コンクリートの硬化後に緊張材の緊張を解除することで製造される。このため、緊張材には、引っ張り強度と伸びを両立することが望ましいところ、本実施形態の二相ステンレス鋼線は、引張強さが1500MPa以上であり、伸び率が1.6%以上であるので、プレストレストコンクリートの緊張材として好適に用いることができる。
【実施例0067】
以下に本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。本発明は、本発明の要件を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0068】
表1A~表1Dに鋼1~64の化学組成、Md30値、金属組織中のフェライト相の体積分率を示す。なお、表中の下線が付された数値は、本実施形態の範囲から外れているものを示す。
【0069】
【表1A】
【0070】
【表1B】
【0071】
【表1C】
【0072】
【表1D】
【0073】
これらの化学組成の鋼は、ステンレス鋼の安価な溶製プロセスであるAOD溶製を想定し、100kgの真空溶解炉にて溶解し、φ180mmの鋳片に鋳造した。そしてその鋳片を1100℃で200分間加熱し、次いでφ50mmまで熱間の線材圧延(減面率:92.2%)を行い、1050℃で熱間圧延を終了した。その直後に水冷し、固溶体化熱処理として1050℃で90分間の熱処理を実施して水冷した。次いで酸洗を行い線材とした。
【0074】
その後、鋼種1~64の線材に対して、伸線加工を施した。伸線後の鋼線に対してBA熱処理(BA温度=1050℃、BA時間=2min)を施した。その後、更に伸線を施して、ステンレス鋼線とした。このステンレス鋼線の単線からなるプレストレストコンクリート用緊張材を得た。また、一部のステンレス鋼線について、3本のステンレス鋼線を束ねて捻り加工を行うことにより、プレストレストコンクリート用緊張材を得た。このようにして、試験No.1~89のプレストレストコンクリート用緊張材を得た。なお、表2A~表2Cに示す加工度は、BA熱処理後の伸線加工における減面率である。
【0075】
試験No.1~89のプレストレストコンクリート用緊張材に対して、孔食電位、応力腐食割れ感受性及びデラミネーションの評価を行った。結果を表2A~表2Cに示す。また、引張強さ(N/mm)、0.2%耐力(N/mm)及び伸び(%)(機械的性質)についても評価した。応力腐食割れ感受性及び機械的性質については、応力腐食割れ感受性が不良の場合、または、機械的性質が本発明の範囲外の場合は、いずれか一方の評価のみを評価した。
【0076】
ただし、撚り線の応力腐食割れ感受性試験は、試験装置の制約上、評価が困難であるため、実施しなかった。なお、撚り線の応力腐食割れ感受性試験の結果は、単線の試験結果で代替が可能である。したがって、単線での試験結果が良好であったものは、撚り線でも応力腐食割れ感受性が良好と評価した。表2A~表2Cには、結果を流用した旨を記載した。
【0077】
応力腐食割れ感受性の試験は、低ひずみ速度法(金属の腐食損傷と防食技術、小若正倫著、(株)アグネ、1983.8.25発行p.35~36)に記載された方法に準拠して行った。具体的な試験条件は、以下に示すとおりである。
【0078】
試験片は、鋼線サンプルの溶液浸漬部分100mm中、中央部に径の80%になるまでR2mmの切り欠きを入れた。その各試験片について、80℃、3.5%NaCl溶液中で、クロスヘッド速度1μm/minで破断するまで引張試験を実施した。下記式[1]で示す伸び低下率が15%以下を応力腐食割れ感受性が低く良好と判定し、15%超を応力腐食割れ感受性が高く不良と判定した。さらに、破断後の破断面を観察し、デラミネーションの発生あるいは発生無しを判定した。なお、表2A~表2Cにおいて、「-」は評価しなかったことを示す。
【0079】
伸び低下率(%)=(1-試験溶液中での伸び/大気中での伸び)×100 …式[1]
【0080】
【表2A】
【0081】
【表2B】
【0082】
【表2C】
【0083】
表2A~表2Cに示すように、化学成分が本発明の範囲内である鋼1~42からなるNo.1~58の二相ステンレス鋼線は、何れも、耐応力腐食割れ性に優れており、デラミネーションの発生も無いことがわかる。また、引張強さは1500MPa以上となり、伸びは1.6%以上であり、良好であった。
【0084】
一方、化学成分が本発明の範囲外である鋼43~64からなるNo.59~89の二相ステンレス鋼線は、耐応力腐食割れ性、引張強さまたは伸びのいずれかが劣っており、一部においてデラミネーションも発生した。