(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022182764
(43)【公開日】2022-12-08
(54)【発明の名称】誘電体膜およびそれを用いたキャパシタならびに誘電体膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/08 20060101AFI20221201BHJP
C23C 16/40 20060101ALI20221201BHJP
H01L 21/316 20060101ALI20221201BHJP
C04B 35/48 20060101ALN20221201BHJP
C04B 35/462 20060101ALN20221201BHJP
C04B 35/495 20060101ALN20221201BHJP
【FI】
C23C14/08 K
C23C16/40
H01L21/316 Y
C04B35/48
C04B35/462
C04B35/495
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021090488
(22)【出願日】2021-05-28
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 第38回強誘電体会議プログラム&講演予稿集、第35-36頁、強誘電体会議 事務局(頒布日:令和3年5月24日、発行日:令和3年6月1日)
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】000006231
【氏名又は名称】株式会社村田製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100132252
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 環
(72)【発明者】
【氏名】長田 貴弘
(72)【発明者】
【氏名】知京 豊裕
(72)【発明者】
【氏名】安藤 陽
(72)【発明者】
【氏名】池田 潤
【テーマコード(参考)】
4K029
4K030
5F058
【Fターム(参考)】
4K029BA50
4K029BB07
4K029CA05
4K029DC34
4K029DC35
4K029GA01
4K030AA11
4K030BA06
4K030BA10
4K030BA12
4K030BA13
4K030BA17
4K030BA18
4K030BA19
4K030BA20
4K030BA22
4K030BA42
4K030BB03
5F058BA11
5F058BC03
5F058BF12
(57)【要約】
【課題】広い温度範囲(例えば20~150℃)に亘って絶縁性が高い誘電体膜を提供する。
【解決手段】パイロクロア型または層状ペロブスカイト型の結晶構造を有する誘電体膜であって、一般式A2B2-2xZ2xO7(式中、Aは、Mg、Ca、Sr、Ba、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLuからなる群より選択される2つ以上の元素であって、このうち各1つの元素として互いに異なるA1およびA2を含み、Bは、Ti、Zr、Hf、V、NbおよびTaからなる群より選択される2つ以上の元素であって、このうち各1つの元素として互いに異なるB1およびB2を含み、Zは、Cr、MoおよびWからなる群より選択される少なくとも1つの元素であり、xは0<x≦0.25を満たす)で表される組成を有する、誘電体膜。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
パイロクロア型または層状ペロブスカイト型の結晶構造を有する誘電体膜であって、
一般式A2B2-2xZ2xO7(式中、Aは、Mg、Ca、Sr、Ba、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLuからなる群より選択される2つ以上の元素であって、このうち各1つの元素として互いに異なるA1およびA2を含み、Bは、Ti、Zr、Hf、V、NbおよびTaからなる群より選択される2つ以上の元素であって、このうち各1つの元素として互いに異なるB1およびB2を含み、Zは、Cr、MoおよびWからなる群より選択される少なくとも1つの元素であり、xは0<x≦0.25を満たす)で表される組成を有する、誘電体膜。
【請求項2】
前記誘電体膜中に存在するAおよびBの元素から各1つを選択して化学量論的に得られるA2B2O7の全ての組合せのうち、該誘電体膜の結晶構造の主体を成すA1
2B1
2O7に関して、(h00)、(0k0)、(00l)、(h0l)および(0kl)の面(h、kおよびlは0を除く整数である)以外に、少なくとも1つの配向面を有する、請求項1に記載の誘電体膜。
【請求項3】
前記少なくとも1つの配向面が、前記A1
2B1
2O7に関して、(hk0)の面以外の面である、請求項2に記載の誘電体膜。
【請求項4】
前記誘電体膜における前記Aの総量に対して、前記A1の含有割合が、50原子%未満であり、前記A2の含有割合が、50原子%以上である、請求項1~3のいずれかに記載の誘電体膜。
【請求項5】
前記A1およびA2が、互いに異なる価数を有する、請求項1~4のいずれかに記載の誘電体膜。
【請求項6】
前記A1がSrであり、前記A2がLaである、請求項1~5のいずれかに記載の誘電体膜。
【請求項7】
前記B1およびB2が、互いに異なる価数を有する、請求項1~6のいずれかに記載の誘電体膜。
【請求項8】
前記B1がTaであり、前記B2がTiである、請求項1~7のいずれかに記載の誘電体膜。
【請求項9】
3nm以上1μm以下の厚さを有する、請求項1~8のいずれかに記載の誘電体膜。
【請求項10】
電極と、該電極の上に配置された請求項1~9のいずれかに記載の誘電体膜とを含むキャパシタ。
【請求項11】
前記誘電体膜と接する前記電極の表面が、(111)または(001)の面である、請求項10に記載のキャパシタ。
【請求項12】
パイロクロア型または層状ペロブスカイト型の結晶構造を有する誘電体膜の製造方法であって、
(a)350~600℃の温度に加熱された基板の表面に、一般式A2B2-2xZ2xO7(式中、Aは、Mg、Ca、Sr、Ba、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLuからなる群より選択される2つ以上の元素であって、このうち各1つの元素として互いに異なるA1およびA2を含み、Bは、Ti、Zr、Hf、V、NbおよびTaからなる群より選択される2つ以上の元素であって、このうち各1つの元素として互いに異なるB1およびB2を含み、Zは、Cr、MoおよびWからなる群より選択される少なくとも1つの元素であり、xは0<x≦0.25を満たす)で表される組成を有する前駆体膜を気相堆積により形成すること、および
(b)前記前駆体膜が形成された前記基板を、酸素を含む雰囲気にて850~1050℃の温度で熱処理して、該前駆体膜から、パイロクロア型または層状ペロブスカイト型の結晶構造を有し、かつ前記組成を有する誘電体膜を得ること
を含む、製造方法。
【請求項13】
前記前駆体膜中に存在するAおよびBの元素から各1つを選択して化学量論的に得られるA2B2O7の全ての組合せが、A1
2B1
2O7およびA2
2B2
2O7(式中、A1、A2、B1およびB2は上記の通りである)を含み、該A1
2B1
2O7が、該A2
2B2
2O7より低い結晶化温度を有する、請求項12に記載の誘電体膜の製造方法。
【請求項14】
前記(a)にて、前記気相堆積が、前記A1
2B1
2O7の組成を有する第1原料と、前記A2
2B2
2O7の組成を有する第2原料と、前記Zである第3原料とを使用して実施される、請求項12または13に記載の誘電体膜の製造方法。
【請求項15】
前記気相堆積が、第1原料からのA1
2B1
2O7の成長レートより、第2原料からのA2
2B2
2O7の成長レートが大きい条件にて実施される、請求項14に記載の誘電体膜の製造方法。
【請求項16】
前記気相堆積が、高周波スパッタリングによって、第1原料に印加される出力より、第2原料に印加される出力が大きい条件にて実施される、請求項15に記載の誘電体膜の製造方法。
【請求項17】
前記(b)にて、前記熱処理が、酸素を含むガス雰囲気にて実施される、請求項12~16のいずれかに記載の誘電体膜の製造方法。
【請求項18】
前記(a)にて、前記基板がその表面に予め導電性部材を有し、該基板の該導電性部材の上に前記前駆体膜が気相堆積により形成される、請求項12~17のいずれかに記載の誘電体膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘電体膜およびそれを用いたキャパシタ、ならびにかかる誘電体膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電気自動車などの、大電力を必要とする電気機器の需要が増大している。これら電気機器の根幹を支えるパワー半導体素子、および関連する電子部品等を用いたデバイスは、大電流による発熱や、連続運転に対して、高い信頼性を示すことが求められる。電子部品の1つであるキャパシタは、ノイズ対策や高集積化の観点から、デバイスにおいてパワー半導体素子の近くに設置され得、このため、高温を含む広い温度範囲に亘って、安定した電気特性および高い絶縁性を示すことが要望される。このような要望を一例として、キャパシタに利用可能な新規な誘電体膜に関する研究が行われている。
【0003】
従前、フローティングゾーン法で成長させた一般式A2B2O7で表される組成(例えばSr2Ta2O7、Sr2Nb2O7等)を有する単結晶(これは薄膜と区別して「バルク単結晶」とも呼ばれる)が、誘電性を示すことが報告されている(非特許文献1参照)。この報告に関連して、フローティングゾーン法で得たSr2Ta2O7の結晶構造は、Sr2Nb2O7の結晶構造と同じく、ペロブスカイト型スラブ構造であるという報告も存在する(非特許文献2参照)。
【0004】
更に、パイロクロア型の結晶構造を有し、かつ一般式A2B2O7で表される組成(例えばSr2Ta2O7等)を有する誘電体膜が、2つの電極間に配置されたキャパシタ(薄膜コンデンサ)が知られている(特許文献1参照)。特許文献1には、パイロクロア型化合物であるSr2Ta2O7からなる誘電体膜をCVD法により基板温度400℃で形成したところ、600の比誘電率を示したことが記載されている。
【0005】
また、(Sr
2Ta
2O
7)
100-x’(La
2Ti
2O
7)
x’(式中、0≦x’≦5)で表される組成を有する層状ペロブスカイト材料であって、対応する金属酸化物粉末原料を用いた2段階固相反応によりペレット状(直径12または18mm、厚さ0.5mm)に作製した材料も知られている(非特許文献3参照)。この材料は、20~300℃の温度範囲において比誘電率が大きく変化することが報告されている(非特許文献3の
図7参照)。
【0006】
ある局面において、キャパシタは、広い温度範囲、例えば20℃程度の室温または常温から150℃程度の比較的高温までの範囲に亘って、安定した電気特性(例えば比誘電率)を示すことが求められ得る。しかしながら、上述した従来のキャパシタや材料では、上記温度範囲に亘って比誘電率を安定的に維持できない。かかる状況下、本発明者らの先の研究により、一般式A2B2O7で表される組成を有する誘電体膜においてその配向面を制御することによって、上記温度範囲に亘って高い比誘電率を安定的に維持できる誘電体膜が実現された(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10-178153号公報
【特許文献2】国際公開第2020/246363号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】S. Nanamatsu, et al., "Crystallographic and Dielectric Properties of Ferroelectric A2B2O7 (A=Sr, B=Ta, Nb) Crystals and Their Solid Solutions", Journal of the Physical Society of Japan, 1975, Vol. 38, pp. 817-824
【非特許文献2】N. Ishizawa, et al., "Compounds with Perovskite-Type Slabs. II. The Crystal Structure of Sr2Ta207", Acta Crystallographica, 1976, Section B Vol. 32, pp.2564-2566
【非特許文献3】F. Marlec, et al., "Ferroelectricity and high tunability in novel strontium and tantalum based layered perovskite materials", Journal of the European Ceramic Society, 2018, Vol. 38, pp. 2526-2533
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
別のまたは更なる局面において、キャパシタは、広い温度範囲、例えば20℃程度の室温または常温から150℃程度の比較的高温までの範囲に亘って、安定した電気特性(例えば比誘電率)を示すことに代えて、または好ましくはこれに加えて、高い絶縁性を示すことが求められ得る。キャパシタの絶縁性は、漏れ電流によって評価され得、漏れ電流の電流密度が小さいほど、キャパシタの絶縁性(より詳細には、誘電体膜の絶縁性)が高い。
【0010】
しかしながら、特許文献2に記載の誘電体膜では、漏れ電流の電流密度は、必ずしも十分に満足できる程度に小さくない。例えば、特許文献2の実施例1(
図6)は、20~150℃程度の温度範囲で、比較的高い電流密度(約10
-5A/cm
2)を示している。
【0011】
本発明は、広い温度範囲(例えば20~150℃)に亘って絶縁性が高い誘電体膜およびそれを用いたキャパシタ、ならびにかかる誘電体膜の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、一般式A2B2O7で表される組成を有する誘電体膜に別の元素を添加することによって、電気特性を改善することを試みた。そして、本発明者らは、AサイトおよびBサイトの元素のうちとりわけBサイトの元素の一部を他の元素で置換するという着想の下、更なる鋭意研究の結果、本発明を完成するに至った。
【0013】
本発明の1つの要旨によれば、パイロクロア型または層状ペロブスカイト型の結晶構造を有する誘電体膜であって、
一般式A2B2-2xZ2xO7(式中、Aは、Mg、Ca、Sr、Ba、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLuからなる群より選択される2つ以上の元素であって、このうち各1つの元素として互いに異なるA1およびA2を含み、Bは、Ti、Zr、Hf、V、NbおよびTaからなる群より選択される2つ以上の元素であって、このうち各1つの元素として互いに異なるB1およびB2を含み、Zは、Cr、MoおよびWからなる群より選択される少なくとも1つの元素であり、xは0<x≦0.25を満たす)で表される組成を有する、誘電体膜が提供される。
【0014】
本発明のもう1つの要旨によれば、電極と、該電極の上に配置された上記本発明の誘電体膜とを含むキャパシタが提供される。
【0015】
本発明の更にもう1つの要旨によれば、パイロクロア型または層状ペロブスカイト型の結晶構造を有する誘電体膜の製造方法であって、
(a)350~600℃の温度に加熱された基板の表面に、一般式A2B2-2xZ2xO7(式中、Aは、Mg、Ca、Sr、Ba、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLuからなる群より選択される2つ以上の元素であって、このうち各1つの元素として互いに異なるA1およびA2を含み、Bは、Ti、Zr、Hf、V、NbおよびTaからなる群より選択される2つ以上の元素であって、このうち各1つの元素として互いに異なるB1およびB2を含み、Zは、Cr、MoおよびWからなる群より選択される少なくとも1つの元素であり、xは0<x≦0.25を満たす)で表される組成を有する前駆体膜を気相堆積により形成すること、および
(b)前記前駆体膜が形成された前記基板を、酸素を含む雰囲気にて850~1050℃の温度で熱処理して、該前駆体膜から、パイロクロア型または層状ペロブスカイト型の結晶構造を有し、かつ前記組成を有する誘電体膜を得ること
を含む、製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、パイロクロア型または層状ペロブスカイト型の結晶構造を有する誘電体膜において、一般式A2B2-2xZ2xO7で表される組成を成すAサイトの元素およびBサイトの元素がそれぞれ少なくとも2つ存在し、更に、ZがCr、MoおよびWからなる群より選択される少なくとも1つの元素であり、xは0<x≦0.25を満たすことによって、広い温度範囲(例えば20~150℃)に亘って絶縁性が高い誘電体膜が提供される。更に、本発明によれば、かかる誘電体膜を用いたキャパシタ、ならびにかかる誘電体膜の製造方法も提供される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の1つの実施形態におけるキャパシタの例示的な一態様を示す概略断面図である。
【
図2】実施例1の工程(a)のスパッタリングを模式的に示す概略図である。
【
図3】実施例1の誘電体膜の2次元X線回折像を示す。
【
図4】実施例1の誘電体膜の電気特性を評価したグラフである。
【
図5】比較例1の誘電体膜の2次元X線回折像を示す。
【
図6】比較例1の誘電体膜の電気特性を評価したグラフである。
【
図7】実施例2の工程(a)のスパッタリングを模式的に示す概略図である。
【
図8】実施例2の誘電体膜の2次元X線回折像を示し、(a)は第1部分(W0.0%)、(b)は第6部分(W13.5%)、(c)は第7部分(W16.1%)、(d)は第11部分(W26.9%)の2次元X線回折像である。
【
図9】実施例2の誘電体膜の第1部分(W0.0%)~第11部分(W26.9%)の各2次元X線回折像から得られたX線回折パターン(1次元プロファイル)を示す。
【
図10】実施例2の誘電体膜の電気特性を評価したグラフである。
【
図11】実施例3の誘電体膜の2次元X線回折像を示し、(a)は第1部分(W0.0%)、(b)は第6部分(W13.5%)、(c)は第7部分(W16.1%)、(d)は第11部分(W26.9%)の2次元X線回折像である。
【
図12】実施例3の誘電体膜の第1部分(W0.0%)~第11部分(W26.9%)の各2次元X線回折像から得られたX線回折パターン(1次元プロファイル)を示す。
【
図13】実施例4の誘電体膜の2次元X線回折像を示し、(a)は第1部分(W0.0%)、(b)は第6部分(W13.5%)、(c)は第7部分(W16.1%)、(d)は第11部分(W26.9%)の2次元X線回折像である。
【
図14】実施例4の誘電体膜の第1部分(W0.0%)~第11部分(W26.9%)の各2次元X線回折像から得られたX線回折パターン(1次元プロファイル)を示す。
【
図15】実施例3の誘電体膜(100nm)および実施例4(260nm)の誘電体膜の電気特性を評価したグラフである。
【
図16】Z添加の効果確認試験において作製したサンプルのXPSスペクトル(O 1sに対応するピークを含む)を示すグラフである。
【
図17】Z添加の効果確認試験において作製したサンプルのXPSスペクトル(Ti 2pに対応するピークを含む)を示すグラフである。
【
図18】Z添加の効果確認試験において作製したサンプルから導出されるXPSスペクトル(W 4fに対応するピークを含む)を示すグラフである。
【
図19】Z添加の効果確認試験において作製したサンプルのXPSスペクトル((Sr
yLa
1-y)
2(Ta
yTi
1-y)
2-2xZ
2xO
7(y=0.35、ZはWである)の価電子帯に対応するピークを含む)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(実施形態1:誘電体膜およびその製造方法)
本発明の1つの実施形態によれば、誘電体膜およびその製造方法が提供される。
【0019】
本実施形態の誘電体膜は、
パイロクロア型または層状ペロブスカイト型の結晶構造を有し、
一般式A2B2-2xZ2xO7
(式中、Aは、Mg、Ca、Sr、Ba、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLuからなる群より選択される2つ以上の元素であって、このうち各1つの元素として互いに異なるA1およびA2を含み、Bは、Ti、Zr、Hf、V、NbおよびTaからなる群より選択される2つ以上の元素であって、このうち各1つの元素として互いに異なるB1およびB2を含み、Zは、Cr、MoおよびWからなる群より選択される少なくとも1つの元素であり、xは0<x≦0.25を満たす)で表される組成を有する。
【0020】
一般式A2B2O7で表される組成を有する酸化物の結晶構造は、通常、パイロクロア型または層状ペロブスカイト型(ペロブスカイト型スラブとも称される)であり得る(これらの多形を採り得る場合も含む)。よって、一般式A2B2-2xZ2xO7で表される組成を有する酸化物の結晶構造も、通常、パイロクロア型または層状ペロブスカイト型(ペロブスカイト型スラブとも称される)であり得る(これらの多形を採り得る場合も含む)。しかしながら、上記酸化物がどのような結晶構造となるかは、その具体的な組成および製造方法等によって異なり得、更に、上記酸化物が曝される温度および圧力等の条件によっても変化(例えば相変化および/または多形間で転移)し得る。よって、本発明において「パイロクロア型または層状ペロブスカイト型の結晶構造」とは、これらのいずれか一方または双方であってよい結晶構造を意味するものであり、いずれか一方のみに限定して解釈されない。
【0021】
本実施形態の誘電体膜は、一般式A2B2-2xZ2xO7で表される組成を有する。AおよびBは、パイロクロア型または層状ペロブスカイト型の結晶構造においてそれぞれAサイトおよびBサイトを占める元素を意味する(または総称する)記号である。Zは、Bサイトの元素の一部を置換する(よって、Bサイトを占め得る)元素を意味する記号であり、xは置換割合を意味する。
【0022】
Aは、Mg、Ca、Sr、Ba、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLuからなる群より選択される2つ以上の元素である。好ましくは、Aは、Sr、Ba、LaおよびNdからなる群より選択される2つ以上の元素である。Aに該当する具体的な元素は2つ以上存在し、これらをA1およびA2(これらは互いに異なる)として表記する。
【0023】
Bは、Ti、Zr、Hf、V、NbおよびTaからなる群より選択される1つ以上の元素である。好ましくは、Bは、Ti、NbおよびTaからなる群より選択される2つ以上の元素である。Bに該当する具体的な元素は2つ以上存在し、これらをB1およびB2(これらは互いに異なる)として表記する。
【0024】
Zは、Cr、MoおよびWからなる群より選択される少なくとも1つの元素である。xは0<x≦0.25を満たす。
【0025】
本実施形態の誘電体膜は、Aが互いに異なるA1およびA2を含み、Bが互いに異なるB1およびB2を含み、かつ、Cr、MoおよびWからなる群より選択される少なくとも1つの元素であるZを0<x≦0.25の置換割合xで含むことによって、広い温度範囲(例えば20~150℃)に亘って高い絶縁性を得ることができる。
【0026】
本発明はいかなる理論によっても拘束されないが、その理由は次のように考えられ得る。一般式A2B2O7で表される組成を有する酸化物において、AおよびBがそれぞれ1種の元素のみである場合より、Aが互いに異なるA1およびA2を含み、かつ、Bが互いに異なるB1およびB2を含む場合のほうが、誘電体膜中に酸素欠損(空孔)が存在すること、および/または、隣接する元素間で電荷が中和されていないことが比較的起こり易く、よって、高い絶縁性が得られないものと考えられる。これに対して、Cr、MoおよびWからなる群より選択される少なくとも1つの元素であるZを、0<x≦0.25の置換割合xで添加(より詳細にはBを置換)すると、酸素欠損(空孔)による正の電荷、および/または、隣接する元素(A、B、O)間での局所的な電荷の過不足(アンバランス)に対して、効果的に電荷を補償(バランシング)して中性化することができ、よって、高い絶縁性が得られるものと考えられる。
【0027】
より詳細には、次のように考えられ得る。一般式A2B2O7で表される組成を有する酸化物において、Bは、イオン状態で6配位を形成する(この酸化物においてBに着目すると、Bを中心に配置した正八面体の6個の頂点にO元素が位置する)。ZであるCr、MoおよびWは、いずれも、イオン状態で6配位を形成可能である。また、一般式A2B2O7で表される組成を有する酸化物において、Bは、イオン状態で4価および/または5価で存在していると考えられる。ZであるCr、MoおよびWは、いずれも、イオン状態で4価および5価の双方を採ることが可能である。BおよびZが、4価または5価で、かつ6配位の場合の、イオン半径を表1に示す。表1から理解されるように、Bのイオン半径に対して、ZであるCr、MoおよびWのイオン半径は概ね近く、特に、MoおよびWは非常に近い。従って、Cr、MoおよびWは、6配位を形成可能で、かつBに近いイオン半径を有することからBを置換し易く、そして、イオン状態で4価および5価の双方を採ることが可能であることから、酸素欠損(空孔)による正の電荷、および/または、隣接する元素(A、B、O)間での局所的な電荷の過不足に対して、電荷を補償して中性化することができる。更に、置換割合xを0<x≦0.25とすることによって、パイロクロア型または層状ペロブスカイト型の結晶構造を維持しつつ、かかる中性化を効果的に実現することができる。
【0028】
【0029】
置換割合xは、本実施形態の誘電体膜におけるZの含有量を、誘電体膜の組成を一般式A2B2-2xZ2xO7として表した場合のパラメータである(なお、x=1の場合、100%置換となり、本発明の範囲外である)。xは、0より大きく0.25以下であれば特に限定されないが、例えば0.23以下、更に0.14以下であってよく、また例えば0.04以上であってよい。
【0030】
別の観点から、本実施形態の誘電体膜におけるZの含有量は、誘電体膜全体基準で、例えば30体積%以下、特に27体積%以下であり得る(なお、本明細書および図面において、Zの含有量(添加量)を単に「%」で表記する場合があるが、これは「体積%」を意味する)。
【0031】
本実施形態の誘電体膜は、置換割合xをゼロとした(よって、Zを含まない)こと以外は同様とした組成の誘電体膜の場合に比べて、絶縁性が高く、代表的には、膜厚方向に電圧を印加した場合に流れる電流(「漏れ電流」とも言う)がより少なく、電流密度がより小さい。本実施形態の誘電体膜の電流密度は、20~150℃に亘って、置換割合xをゼロとしたこと以外は同様とした組成の誘電体膜の電流密度の1/10以下、好ましくは1/100以下であり、電圧印加条件にもよるが、例えば1×10-7A/cm2未満であり得る。
【0032】
本実施形態の誘電体膜は、該誘電体膜中に存在するAおよびBの元素から各1つを選択して化学量論的に得られるA2B2O7の全ての組合せのうち、該誘電体膜の結晶構造の主体を成すA1
2B1
2O7に関して、(h00)、(0k0)、(00l)、(h0l)および(0kl)の面(h、kおよびlは0を除く整数である)以外に、少なくとも1つの配向面を有することが好ましい。
【0033】
誘電体膜中に存在するAおよびBの元素から各1つを選択して化学量論的に得られるA2B2O7の全ての組合せは、本実施形態の誘電体膜の結晶構造の主体を成すA1
2B1
2O7を同定するために仮想的に列挙するものであるので、Zを無視して検討すればよい。
【0034】
A2B2O7は、化学量論的には、例えば、Aが3価の価数を採る元素であり、Bが4価の価数を採る元素である場合(すなわちA(III)2B(IV)2O7型)、Aが2価の価数を採る元素であり、Bが5価の価数を採る元素である場合(すなわちA(II)2B(V)2O7型)等であり得る。
【0035】
誘電体膜中に存在するAおよびBの元素から各1つを選択して化学量論的に得られる(または想定され得る)A2B2O7の全ての組合せのうち、誘電体膜の結晶構造の主体を成すA1
2B1
2O7を同定し、これによりA1およびB1の各元素が具体的に決定される。すなわち、本実施形態の誘電体膜において、A1
2B1
2O7が結晶構造の主体を成し、これにA2、B2およびZ(存在する場合には、その他のAおよび/またはBの元素)が固溶しているものと理解され得る。
【0036】
本発明において、A1
2B1
2O7が誘電体膜の「結晶構造の主体を成す」とは、A1
2B1
2O7が誘電体膜の結晶構造を主として担っていることを意味する。A2B2O7の全ての組合せのうち、どれが「結晶構造の主体を成す」A1
2B1
2O7であるかは、誘電体膜から得られるX線回折パターンに基づいて、誘電体膜の結晶構造に最も近い結晶構造を示すものとして決定される。
【0037】
例えば、A2B2-2xZ2xO7が(SryLa1-y)2(TayTi1-y)2-2xZ2xO7(式中、0<x≦0.25、0<y<1)である誘電体膜の場合、Aに該当するSrおよびLaと、Bに該当するTaおよびTiとから各1つを選択して化学量論的に得られる全ての組合せは、Sr2Ta2O7およびLa2Ti2O7である(これら元素(価数)は、Sr(II)、La(III)、Ta(V)、Ti(IV)であることに留意されたい)。これらSr2Ta2O7およびLa2Ti2O7のうちいずれが「結晶構造の主体を成す」かは、誘電体膜から得られるX線回折パターンと、Sr2Ta2O7およびLa2Ti2O7の各々について既知の粉末X線回折データとを比較して、誘電体膜のX線回折パターンに最も近い粉末X線回折データに対応するもの(例えばSr2Ta2O7)を、結晶構造の主体を成すA1
2B1
2O7(例えばA1がSrであり、B1がTaである)として同定する。
【0038】
既知の粉末X線回折データは、例えばICDD(International Centre for Diffraction Data)等が提供しているデータベースから取得して利用することができる。誘電体膜のX線回折パターンには、2次元検出器を用いて得られる2次元X線回折像を1次元プロファイルに変換したもの(中央値χ=0°として検出角度幅38°の領域についてχ方向に円弧積分して変換することが好ましい)を利用してよく、同定に際しては、誘電体膜以外の物質(例えば誘電体膜の下地を成す物質、具体的には基板や存在する場合には電極用導電性部材)に起因するピークを無視する必要があり、更に、後述する配向面を考慮することが好ましい。これらの説明は、以下の説明においても特に断りのない限り同様に当て嵌まる。
【0039】
本発明において、誘電体膜の「配向面」とは、誘電体膜の表面に平行な面であって、配向性すなわち結晶性の高い面を意味し、より詳細には、2次元X線回折像においてスポット状に観察される面であり、その面指数(ミラー指数)は、結晶構造の主体を成すA1
2B1
2O7に関して決定される。本実施形態の誘電体膜は、かかる配向面を1つまたは2つ以上有していてよいが、誘電体膜の結晶構造の主体を成すA1
2B1
2O7に関して、(h00)、(0k0)、(00l)、(h0l)および(0kl)の面(h、kおよびlは0を除く整数である)以外に、少なくとも1つの配向面を有することが好ましい。
【0040】
例えば、結晶構造の主体を成すA1
2B1
2O7がSr2Ta2O7である場合、誘電体膜の2次元X線回折像において観察される1つまたは2つ以上であってよいスポットの回折角度(2θ)を測定し、上記スポットの回折角度(2θ)が、A1
2B1
2O7であるSr2Ta2O7について既知の粉末X線回折データにおいてどの面に一致するかを調べることにより、上記スポットとして観察される1つまたは2つ以上の配向面の面指数が決定される。このようにして決定される少なくとも1つの配向面の面指数が、A1
2B1
2O7であるSr2Ta2O7の(h00)、(0k0)、(00l)、(h0l)および(0kl)の面(h、kおよびlは0を除く整数である)以外であればよい。上記スポットの回折角度(2θ)は、2次元X線回折像を変換して得られる1次元プロファイル(中央値χ=0°として検出角度幅38°の領域についてχ方向に円弧積分して変換することが好ましい)を用いて、上記スポットに対応するピークに基づいて測定してよい。
【0041】
本実施形態の誘電体膜は、その結晶構造の主体を成すA1
2B1
2O7に関して、(h00)、(0k0)、(00l)、(h0l)および(0kl)の面(h、kおよびlは0を除く整数である)以外に、少なくとも1つの配向面を有することが好ましい。これは、誘電体膜の表面に対して、誘電体膜を成す結晶のb軸方向が直交せずに傾いていることを意味する。
【0042】
本実施形態の誘電体膜は、好ましくは上記のような配向面を有することによって、広い温度範囲(例えば20~150℃、好ましくは20~300℃)に亘って、高い比誘電率を安定的に、すなわち小さい変化率で維持することが可能となる。本発明はいかなる理論によっても拘束されないが、その理由は次のように考えられ得る。パイロクロア型または層状ペロブスカイト型の結晶構造を有する誘電体膜は、20~150℃の温度範囲、より広範には20~300℃の温度範囲において、a軸方向、b軸方向およびc軸方向の各比誘電率の大きさおよび温度依存性が異なる。より詳細には、誘電体膜の組成にもよるが、かかる温度範囲においては、a軸方向およびc軸方向の比誘電率は、b軸方向の誘電率に対して高く、安定した微増傾向を示すものの、a軸方向およびc軸方向のキュリー温度(非誘電率が急激に上昇してピークを示す温度)は、かかる温度範囲に対して相当離れた高い温度領域にあり、他方、b軸方向のキュリー温度は、かかる温度範囲に対してほど近い低い温度領域にある。このことから、誘電体膜の表面に対して結晶のb軸方向を傾けることによって、b軸方向の寄与による比誘電率の上昇を利用しつつ、a軸方向およびc軸方向の有する比誘電率の安定性を組み合わせることができると考えられる。かかる組合せの効果は、Aサイトの元素を2つ以上とした場合に顕著に生じ得ると考えられる。そこで、Aサイトの元素を2つ以上とし、結晶構造の主体を成すA1
2B1
2O7にA2、B2およびZ(存在する場合には、その他のAおよび/またはBの元素)を固溶させ、かつ、誘電体膜の表面に対して結晶のb軸方向を傾けることによって、20~150℃、好ましくは20~300℃の温度範囲においてより高くかつ安定した比誘電率を得ることが可能となると考えられる。
【0043】
本実施形態の誘電体膜の比誘電率は、20~150℃、好ましくは20~300℃に亘って、置換割合xをゼロとした(よって、Zを含まない)こと以外は同様とした組成を有するバルク単結晶の比誘電率(より詳細には、バルク単結晶の結晶軸であるa、b、c軸方向の比誘電率)と同等かそれより高く、例えば50以上であり、より好ましくは60以上、特に好ましくは70以上であり得、上限は特に限定されないが、例えば400以下であり得る。本実施形態の誘電体膜の比誘電率の変化率は、20~150℃、好ましくは20~300℃に亘って、20℃における比誘電率を基準として、例えば10%以下であり得、好ましくは5%以下であり得る。
【0044】
本実施形態の誘電体膜の上記少なくとも1つの配向面は、結晶構造の主体を成すA1
2B1
2O7に関して、上述したように(h00)、(0k0)、(00l)、(h0l)および(0kl)の面以外であればよい。かかる少なくとも1つの配向面は、例えば(111)、(131)、(151)、(1 15 1)、(192)、(153)、(157)、(110)、(150)、(212)、(172)および(1 13 0)などのいずれか1つまたは2つ以上であってよいが、これに限定されない。なお、本明細書において、h、kおよびlが、いずれも1桁の整数である場合は(hkl)の表記に従って示すが、これらの少なくとも1つが2桁以上の整数である場合は、整数間にスペースを設けて示す。
【0045】
更に、本実施形態の誘電体膜の上記少なくとも1つの配向面は、結晶構造の主体を成すA1
2B1
2O7に関して、上述した面以外で、かつ、(hk0)の面(h、kおよびlは0を除く整数である)以外の面であることがより好ましい。これにより、誘電体膜の表面に対して結晶のb軸方向をより適切に傾けることができる。かかる少なくとも1つの配向面は、例えば(111)、(131)、(151)、(1 15 1)、(192)、(153)、(157)、(212)および(172)などのいずれか1つまたは2つ以上であってよいが、これに限定されない。
【0046】
本実施形態の誘電体膜において、Aの総量に対するA1の含有割合は、50原子%未満であり得る。A1は、結晶構造の主体を成す元素であるにもかかわらず、その含有割合の上限は50原子%未満であり得、好ましくは40原子%以下、より好ましくは30原子%以下、更に好ましくは20原子%以下であることが、本発明者らの研究により判明した。A1の含有割合の下限は、結晶構造の主体を成すために、5原子%以上であり得、好ましくは10原子%以上である。本実施形態の誘電体膜において、Bの総量に対するB1の含有割合は、Aの総量に対するA1の含有割合と同様の説明が当て嵌まり得る。
【0047】
本実施形態の誘電体膜において、Aの総量に対するA2の含有割合は、50原子%以上であり得る。A2は、結晶構造の主体を成さず、A1
2B1
2O7に固溶している元素であるにもかかわらず、その含有割合の下限は50原子%以上であり得、好ましくは60原子%以上、より好ましくは70原子%以上、更に好ましくは80原子%以上であることが、本発明者らの研究により判明した。A2の含有割合の上限は、A1
2B1
2O7に固溶し得るように、95原子%以下であり得、好ましくは90原子%以下である。本実施形態の誘電体膜において、Bの総量に対するB2の含有割合は、Aの総量に対するA2の含有割合と同様の説明が当て嵌まり得る。
【0048】
誘電体膜中の各元素の含有割合は、蛍光X線分析および/または光電子分光測定にて測定可能である。
【0049】
A1およびA2は、互いに異なる価数を有することが好ましい。価数の異なるA1およびA2を存在させることにより、誘電体膜の配向面の制御を顕著に行い得ると考えられる。
【0050】
例えば、A1は2価の元素、代表的にはSrであり得、A2は3価の元素、代表的にはLaであってよいが、かかる組合せに限定されない。
【0051】
B1およびB2は、互いに異なる価数を有することが好ましい。価数の異なるB1およびB2が存在する場合、Bの一部をZにより置換割合xで置換することによる絶縁性向上の効果が著しいと考えられる。
【0052】
例えば、B1は5価の元素、代表的にはTaであり得、B2は4価の元素、代表的にはTiであってよいが、かかる組合せに限定されない。
【0053】
本実施形態の誘電体膜は、任意の適切な厚さであってよいが、薄膜とすることができる。本実施形態の誘電体膜の厚さは、例えば3nm以上1μm以下であり得る。下限は、絶縁性を確保する(例えばピンホールの発生を効果的に防止する)観点から好ましくは10nm以上であり、より好ましくは50nm以上であり得る。上限は、10μm以下であってもよいが、実際的には1μm以下であり得、好ましくは500nm以下である。
【0054】
本実施形態の誘電体膜は、任意の適切な方法によって製造してよいが、例えば以下の方法により製造可能である。
【0055】
本実施形態の誘電体膜の製造方法は、パイロクロア型または層状ペロブスカイト型の結晶構造を有する誘電体膜の製造方法であって、
(a)350~600℃の温度に加熱された基板の表面に、一般式A2B2-2xZ2xO7(式中、Aは、Mg、Ca、Sr、Ba、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLuからなる群より選択される2つ以上の元素であって、このうち各1つの元素として互いに異なるA1およびA2を含み、Bは、Ti、Zr、Hf、V、NbおよびTaからなる群より選択される2つ以上の元素であって、このうち各1つの元素として互いに異なるB1およびB2を含み、Zは、Cr、MoおよびWからなる群より選択される少なくとも1つの元素であり、xは0<x≦0.25を満たす)で表される組成を有する前駆体膜を気相堆積により形成すること、および
(b)上記前駆体膜が形成された上記基板を、酸素を含む雰囲気にて850~1050℃の温度で熱処理して、該前駆体膜から、パイロクロア型または層状ペロブスカイト型の結晶構造を有し、かつ上記組成を有する誘電体膜を得ること
を含む。
【0056】
本発明者らの研究によれば、誘電体膜に結晶構造をもたらし、好ましくはその配向面を制御するためには、上記工程(a)において基板加熱する温度(以下、単に「基板温度」とも言う)、および上記工程(b)において前駆体が形成された基板を熱処理する温度(以下、単に「PDA温度」(PDA: Post Deposition Annealing)とも言う)が重要であることが判明した(誘電体膜の結晶化は工程(a)だけでなく工程(b)においても進行していると考えられる)。本実施形態の誘電体膜の製造方法よれば、上記工程(a)にて350~600℃の温度、好ましくは400~500℃で基板を加熱し、上記工程(b)にて前駆体が形成された基板を850~1050℃、好ましくは850~950℃で熱処理することにより、本実施形態の誘電体膜を得ることができる。
【0057】
本実施形態の誘電体膜の製造方法の工程(a)において、基板の材料および構造は特に限定されず、誘電体膜の用途等に応じて適宜選択され得る。例えば、基板は単一の材料からなっていてよい。また例えば、基板は、その表面に予め導電性部材(電極として使用され得るが、これに限定されない)を有し、基板の導電性部材の上に前駆体膜が気相堆積により形成されてもよい。誘電体膜と接する基板および/または導電性部材等が、結晶性材料から成る場合、その表面は、(111)または(001)の面であることが好ましい。これにより、誘電体膜の比誘電率を高くかつ安定的に維持することができる。
【0058】
上記工程(a)において、気相堆積は、より詳細にはスパッタリング(例えば高周波(RF)スパッタリング、パルスDCスパッタリング)、電子線蒸着、イオンプレーティングなどを含む物理蒸着、および/または有機金属気相成長法(いわゆるMOCVDであり、例えば原子層体積法(ALD)も含む)などを適用して実施され得るが、これに限定されない。なお、本発明を限定するものではないが、DCスパッタリングに比べて、RFスパッタリングは低いパワーでも安定してプラズマを発生させることができる。
【0059】
上記工程(a)において、前駆体膜中に存在するAおよびBの元素から各1つを選択して化学量論的に得られるA2B2O7の全ての組合せが、A1
2B1
2O7およびA2
2B2
2O7(式中、A1、A2、B1およびB2は上記の通りである)を含み、A1
2B1
2O7が、A2
2B2
2O7より低い結晶化温度を有することが好ましい。A2
2B2
2O7の結晶化温度よりA1
2B1
2O7の結晶化温度が低いことによって、得られる誘電体膜において、A1
2B1
2O7が結晶構造の主体を成すことができる。
【0060】
本発明において、一般式A2B2O7で表され、かつ所定の組成を有する酸化物の「結晶化温度」とは、ある温度Tに加熱された結晶性材料から成る導電性基板の(111)表面に、当該所定の組成を有する前駆体膜を気相堆積により形成し、そして、これにより前駆体膜が形成された基板を、大気圧下、酸素ガスを0.5L/分の流量で流しながら、900℃の温度で5分間熱処理して、上記前駆体膜から誘電体膜を得、この誘電体膜を2次元X線回折分析に付した場合に、これにより得られる2次元X線回折像に少なくとも1つのスポットまたはリングが観察される、最も低い温度Tを言うものとする。2次元X線回折像にスポットが観察されるのは、単結晶または配向性の高い結晶構造の存在を示しており、2次元X線回折像にリングが観察されるのは、多結晶状態となっていることを示している。
【0061】
本発明者らの研究において、一般式A2B2O7で表され、かつAサイトおよびBサイトの元素が各1つである代表的な酸化物の各結晶化温度を上記に従って調べた結果を表2に示す。
【0062】
【0063】
なお、表2に示すLa2Zr2O7およびSr2Nb2O7の各誘電体膜は、気相堆積により前駆体膜を形成した時点で結晶化していたため、900℃での熱処理に付すことを省略して、結晶化温度を調べた。
【0064】
上記工程(a)において、1つまたは2つ以上の原料(または蒸着源、ターゲット等と称され得る、以下も同様)を用いて上記前駆体膜を形成してよい。2つ以上の原料を用いる場合、各原料の材料組成は同じであっても、互いに異なっていてもよい。
【0065】
例えば、上記工程(a)における気相堆積を、A1
2B1
2O7の組成を有する第1原料と、A2
2B2
2O7の組成を有する第2原料と、前記Zである第3原料とを使用して実施してよい。この場合、第1原料、第2原料および第3原料に対して異なる気相堆積条件を適用することができる。これにより、例えば、誘電体膜におけるA1およびA2の存在比、Aの総量に対するA1の含有割合、およびAの総量に対するA2の含有割合を制御することができる。なお、この場合において、A2B2O7の組成を有する追加の原料が存在していても、いなくてもよい。
【0066】
好ましくは、上記気相堆積を、第1原料からのA1
2B1
2O7の成長レートより、第2原料からのA2
2B2
2O7の成長レートが大きい条件にて実施することができる。これにより、例えば、誘電体膜におけるA1/A2の存在比を小さく、Aの総量に対するA1の含有割合を小さく、およびAの総量に対するA2の含有割合を大きく制御することができる。
【0067】
より詳細には、上記気相堆積を高周波スパッタリングによって実施する場合、第1原料に印加される出力より、第2原料に印加される出力が大きい条件を適用することによって、第1原料からのA1
2B1
2O7の成長レートより、第2原料からのA2
2B2
2O7の成長レートを大きくすることができる。
【0068】
A1
2B1
2O7の第1原料、A2
2B2
2O7の第2原料、およびZの第3原料に印加される出力(パワー)比は、原料組成および置換割合xによって適宜選択され得る。
【0069】
上記工程(a)において第1~第3原料を使用する場合、これら原料から基板の表面への原料の気相堆積は任意の適切な態様で実施され得る。例えば、これら原料から基板の表面に原料を同時に気相堆積させて、同時混合膜の形態で上記前駆体膜を形成してよい。また例えば、これら原料から基板の表面に原料を非同時(各原料からの気相堆積期間は、部分的にオーバーラップしていても、していなくてもよく、規則的または不規則的に繰り返してもよい)に気相堆積させて(例えば積層させて)、これら原料を相互に融合させた、融合膜の形態で上記前駆体を形成してもよい。融合は、基板から伝達される熱エネルギーや気相堆積時に原料に加えられる運動エネルギー等により結晶成長や元素拡散がもたらされるため、更なる外部エネルギーを加えなくても自発的に起こり得る。
【0070】
また、上記工程(a)において、気相堆積を行うガス雰囲気は、酸素を含むことが好ましい。ガス雰囲気における酸素濃度(または酸素分圧)は、最終的に得られる誘電体膜に対して所望される電気特性に基づいて適宜選択できる。酸素濃度は、使用する原料および気相堆積の実施方法および実施条件等により異なり得るが、例えば1体積%以上50体積%以下、特に5体積%以上、より特に15体積%以上、例えば20体積%であり得る(なお、本明細書において、酸素濃度(または酸素分圧)を単に「%」で表記する場合があるが、これは「体積%」を意味する)。ガス雰囲気における酸素以外の成分は、適用する気相堆積の方法に応じて適宜選択され得る。例えばスパッタリングを適用して気相堆積を実施する場合には、ガス雰囲気(スパッタリングガス)は、代表的には、所定濃度の酸素を含み、残余は実質的に不活性ガス、代表的にはアルゴンからなり得る。
【0071】
本実施形態の誘電体膜の製造方法の工程(b)において、前駆体膜が熱処理されることにより、膜中で結晶化が更に進行するものと考えられる(工程(b)での結晶化は「追結晶化」と解される)。
【0072】
上記工程(b)において、熱処理は、酸素を含むガス雰囲気にて実施されることが好ましい。酸素を含むガスは、特に限定されず、簡便には大気圧下にて、空気を使用してよく、あるいは、実質的に酸素から成る酸素ガス(例えば酸素濃度99%以上)を使用してよい。酸素を含むガスは、熱処理中にフローさせなくてもよいが、フローさせることがより好ましく、後者の場合、0.1~1L/分の流量とされ得る。熱処理時間は、適宜選択され得るが、例えば2分以上60分以下であり得る。
【0073】
以上、本実施形態の誘電体膜の製造方法について詳述したが、本実施形態の誘電体膜はかかる製造方法によって得られるもののみに限定されず、他の任意の適切な製造方法によって得られたものであってよい。例えば、前駆体膜の成膜方法は、気相堆積法に代えて、例えばゾル-ゲル法などを利用してもよい。
【0074】
(実施形態2:キャパシタおよびその製造方法)
本発明のもう1つの実施形態によれば、キャパシタおよびその製造方法が提供される。
【0075】
本実施形態のキャパシタは、電極と、該電極の上に配置された実施形態1にて詳述した誘電体膜とを含んで構成される。かかるキャパシタは、いわゆる薄膜キャパシタであり得る。
【0076】
本実施形態のキャパシタは、電極と、電極の上に配置された誘電体膜とを含んで構成される限り、任意の適切な構成であり得、特に限定されない。例えば、
図1に示すように、2つの電極3、7の間に誘電体膜5を挟んでキャパシタ10を構成してよい(
図1に示す態様(平行平板型)では、電極3、7は、図示しない奥行き方向の適切な箇所にて引き出し線と個々に接続され得る)。また例えば、互いに離間して存在する2つの電極上に跨がって誘電体膜を設けてキャパシタを構成してよい。
【0077】
本実施形態のキャパシタの製造方法は、任意の適切な方法によって製造してよいが、代表的には、実施形態1にて詳述した誘電体膜の製造方法を含んで実施され得る。例えば、
図1に示す態様では、基板1の表面に下部電極3、誘電体膜5、および上部電極7を順次積層形成してキャパシタ10を製造してよい。また例えば、基板の表面に2つの電極を互いに離間して形成し、これらの上に跨がるように誘電体膜を形成してキャパシタを製造してよい。誘電体膜の形成方法は実施形態1にて詳述した製造方法に対応し、電極の形成方法は、既知の任意の適切な方法を適用し得る。
【0078】
電極を構成する導電性材料は、例えばPt、Ti、W、Al、Ni、Ag、Au、Pd、Ir、Rh、TiC、TaC、TiN、Ag2O、Ru、Ru2O、SrRuO3、Nb添加SrTiO3などであってよく、例えば1層または2層以上の積層体であってよい。基板を構成する材料は、特に限定されないが、例えばSi、SrTiO3などの酸化物単結晶などであってよい。基板と電極との間に、任意の適切な材料層、例えばSiO2層が存在していてもよい。
【0079】
本実施形態のキャパシタは、実施形態1にて詳述した誘電体膜と同様の効果を奏する。
【0080】
本実施形態のキャパシタにおいて、誘電体膜と接する電極の表面は、例えば(111)または(001)の面であることが好ましい。より詳細には、電極が結晶性材料から成る場合、当該結晶性材料の結晶構造に応じて、その表面が示す好ましい配向が異なり得る。例えば、かかる結晶性材料が、立方晶系材料(例えばPt、W、Al、Ni、Ag、Au、Pd、Ir、Rh、TiC、TaC、TiNおよびAg2O等からなる群より選択される少なくとも1種)である場合、正方晶系材料(例えばRu2O等)である場合、またはペロブスカイト型酸化物(立方晶系)(例えばSrRuO3、Nb添加SrTiO3等)である場合、表面が(111)配向であることが好ましく、六方晶系材料(例えばTi、Ru)である場合、表面が(001)配向であることが好ましい。これにより、誘電体膜の比誘電率を高くかつ安定的に維持することができる。
【実施例0081】
(実施例1)
実施例1は、(SryLa1-y)2(TayTi1-y)2-2xZ2xO7(0<x≦0.25、0<y<1、ZはWである)で表される組成を有する誘電体膜およびかかる誘電体膜を備えるキャパシタに関する。
【0082】
・製造手順
下部電極の形成
厚さ約300nmのSiO2膜を表面に備えるSi(100)基板を準備し、その表面上に、DCスパッタリングにより、厚さ約10nmのTi層と厚さ約100nmのPt層を順次積層して、これら層から成る下部電極を形成した。DCスパッタリングに際し、基板の温度は室温(20℃程度)とした。Ti層は、SiO2膜とPt層との間の密着性を向上させるために比較的薄い層として設けた。Pt層が、下部電極の本体部分であり、これにより(111)面の電極表面が形成された。
【0083】
工程(a):前駆体膜の形成
上記のようにして下部電極を形成した基板を400℃に加熱し(即ち、基板温度400℃)、その上に、スパッタリングにより、(Sr
yLa
1-y)
2(Ta
yTi
1-y)
2-2xW
2xO
7(0<x≦0.25、0<y<1)で表される組成を有する前駆体膜を形成した(なお、下部電極の一部(端部)は、その上に前駆体を形成せずに、露出したまま残した)。スパッタリングは、
図2に模式的に示すように、下部電極を形成した基板11に向けて、Sr
2Ta
2O
7原料の第1ターゲット12を20WのパワーでRFスパッタリングし、La
2Ti
2O
7原料の第2ターゲット13を60WのパワーでRFスパッタリングし、W原料の第3ターゲット14を30WのパワーでDCスパッタリングすることで、これら原料を同時に蒸着させた。なお、第3ターゲット(W)14に対してはシャッター15の開度を1/3とした(第1ターゲット(Sr
2Ta
2O
7)12および第2ターゲット(La
2Ti
2O
7)13のシャッター(図示せず)は全開とした)。基板の周囲雰囲気の酸素濃度は5%であり、残余はアルゴンとした。
【0084】
工程(b):熱処理による誘電体膜の形成
上記のようにして前駆体膜を形成した基板を、酸素ガスを0.5L/分でフローさせた中で、900℃にて5分間の熱処理に付して(即ち、PDA温度900℃)、上記前駆体膜から、(SryLa1-y)2(TayTi1-y)2-2xW2xO7(0<x≦0.25、0<y<1)で表される組成を有する誘電体膜を形成した。得られた誘電体膜の厚さは220nmであった。
【0085】
上部電極の形成
上記のようにして形成した誘電体膜の上に、DCスパッタリングにより、厚さ約150nmのPt層を上部電極として直径約110nmの略円形で形成した。DCスパッタリングに際し、基板の温度は室温(20℃程度)とした。これにより、誘電体膜が下部電極および上部電極の間に配置されたキャパシタを得た。
【0086】
・分析および評価
組成
誘電体膜中の各元素の含有割合をX線光電子分光法(XPS)および蛍光X線分析(XRF)により調べた。その結果、誘電体膜は、少なくとも上部電極を形成した領域にて、(SryLa1-y)2(TayTi1-y)2-2xW2xO7の組成を有し、式中、y=0.35、x=0.11、W添加量(誘電体膜全体基準のW含有割合、以下同様)13.5体積%であることが判明した。
【0087】
結晶構造の主体および配向面
2次元検出器を用いて、この誘電体膜の2次元X線回折像を得た(特性X線:CuKα=1.5418Å、以下も同様)。結果を
図3に示す(なお、
図3は2θが50°程度以下の低角度である場合を例示的に示すが、図示しない2θが50°~80程度の高角度である場合も得た。以下も同様)。更に、この2次元X線回折像を、中央値χ=0°として検出角度幅38°の領域についてχ方向に円弧積分し、1次元プロファイルに変換して、誘電体膜のX線回折パターンを得た。これら結果から、実施例1の誘電体膜は、既知のSr
2Ta
2O
7およびLa
2Ti
2O
7の各粉末X線回折データ(ICDD)と比較して(既知のデータは、蒸着源に使用する原料に応じて適宜選択される)、Sr
2Ta
2O
7が結晶構造の主体を成すことが特定された。更に、
図3に示す2次元X線回折像において2θ=28°付近にスポットが観察されたことから、実施例1の誘電体膜は、(111)の配向面を有するものであることが判明した(
図3中、2θ=40°付近のスポットはPtによるものであり、以下も同様)。
【0088】
電気特性評価
実施例1の誘電体膜の電気特性を評価した。より詳細には、上述のようにして製造したキャパシタを真空中(0.1Pa未満)に配置し、その上部電極と下部電極との間に直流電圧3Vを印加して、測定周波数1MHzにて、比誘電率(-)、誘電損失(-)および電流密度(A/cm
2)を測定した。結果を
図4に示す。
図4から理解されるように、実施例1の誘電体膜は、20~150℃程度の温度範囲で約10
-7A/cm
2未満の電流密度を示した。後述する比較例1に比べて、実施例1の誘電体膜は高い絶縁性を有し、キャパシタの漏れ電流が抑制された。また、実施例1の誘電体膜は、20~300℃に亘って、70を超える高い比誘電率を示し、その変化率は、20℃における比誘電率を基準として、5%以下であった。また、実施例1の誘電体膜は、20~300℃に亘って、0.1より小さい誘電損失を示した。
【0089】
(比較例1)
比較例1は、(SryLa1-y)2(TayTi1-y)2O7で表される組成(即ち、x=0で、Zを含まない)を有する誘電体膜およびかかる誘電体膜を備えるキャパシタに関する。比較例1は、特許文献2の実施例1と同様である。
【0090】
・製造手順
下部電極の形成
実施例1と同様にして、厚さ約300nmのSiO2膜を表面に備えるSi(100)基板の表面上に、厚さ約10nmのTi層と厚さ約100nmのPt層を順次積層して、これら層から成る下部電極を形成した。
【0091】
工程(a):前駆体膜の形成
上記のようにして下部電極を形成した基板を400℃に加熱し(即ち、基板温度400℃)、その上に、RFスパッタリングにより、(SryLa1-y)2(TayTi1-y)2O7で表される組成を有する前駆体膜を形成した(なお、下部電極の一部(端部)は、その上に前駆体を形成せずに、露出したまま残した)。RFスパッタリングは、蒸着源としてSr2Ta2O7原料のターゲットとLa2Ti2O7原料のターゲットとを用い、Sr2Ta2O7原料:La2Ti2O7原料のRFパワー比を20W:60Wとして、同時に蒸着させた。基板の周囲雰囲気の酸素濃度は5%であり、残余はアルゴンとした。
【0092】
工程(b):熱処理による誘電体膜の形成
上記のようにして前駆体膜を形成した基板を、酸素ガスを0.5L/分でフローさせた中で、900℃にて5分間の熱処理に付して(即ち、PDA温度900℃)、上記前駆体膜から、(SryLa1-y)2(TayTi1-y)2O7で表される組成を有する誘電体膜を形成した。得られた誘電体膜の厚さは220nmであった。
【0093】
上部電極の形成
上記のようにして形成した誘電体膜の上に、DCスパッタリングにより、厚さ約150nmのPt層を上部電極として直径約110nmの略円形で形成した。DCスパッタリングに際し、基板の温度は室温(20℃程度)とした。これにより、誘電体膜が下部電極および上部電極の間に配置されたキャパシタを得た。
【0094】
・分析および評価
組成
誘電体膜中の各元素の含有割合をXPSにより調べた。その結果、誘電体膜は、少なくとも上部電極を形成した領域にて、(SryLa1-y)2(TayTi1-y)2O7の組成を有し、式中、y=0.35であることが判明した。
【0095】
結晶構造の主体および配向面
この誘電体膜の2次元X線回折像を
図5に示す。比較例1の誘電体膜は、Sr
2Ta
2O
7が結晶構造の主体を成し、(111)の配向面を有するものであった。
【0096】
電気特性評価
比較例1の誘電体膜の電気特性を、実施例1と同様にして評価した結果を
図6に示す。
図6から理解されるように、比較例1の誘電体膜は、20~300℃に亘って、100を超える高い比誘電率を示し、その変化率は、20℃における比誘電率を基準として、5%以下であった。また、比較例1の誘電体膜は、20~300℃に亘って、0.1より小さい誘電損失を示した。しかしながら、比較例1の誘電体膜は、20~150℃程度の温度範囲で約10
-5A/cm
2の電流密度を示した。実施例1に比べて、比較例1の誘電体膜は絶縁性が十分でなく、キャパシタにおいて比較的大きな漏れ電流が発生した。
【0097】
(実施例2)
実施例2は、(SryLa1-y)2(TayTi1-y)2-2xZ2xO7(0<x≦0.25、0<y<1、ZはWである)で表され、かつ、xの値が所定方向に傾斜した組成を有する誘電体膜およびかかる誘電体膜を備えるキャパシタに関する。
【0098】
・製造手順
下部電極の形成
実施例1と同様にして、厚さ約300nmのSiO2膜を表面に備えるSi(100)基板の表面上に、厚さ約10nmのTi層と厚さ約100nmのPt層を順次積層して、これら層から成る下部電極を形成した。
【0099】
工程(a):前駆体膜の形成
図7を参照して、上記のようにして下部電極を形成した基板11(Pt/Ti/SiO
2/Si)を400℃に加熱し(即ち、基板温度400℃)、下記の(a1)~(a3)を繰り返した。なお、
図7は、
図2と上下を逆転して示しており、
図7においてもターゲット12~14、ターゲット14のシャッター15、およびターゲット12、13の各シャッターを使用し、更に、基板11とターゲット12~14の間に、A-B方向に平行にスライド移動可能で、かつA-B間距離に対して両外側に各1mmのマージンを有する開口長さを有する開口部を備えるマスク(図示せず)を使用した。
(a1)第1ターゲット(Sr
2Ta
2O
7)および第2ターゲット(La
2Ti
2O
7)のシャッターを全開とし、第3ターゲット(W)のシャッターを全閉とし、マスクのスライド移動なし(基板11のA-B間の中央に対して、開口部の開口長さの中央が鉛直方向に投射して見た場合に一致するように、マスクが配置された状態)で、第1ターゲット(Sr
2Ta
2O
7)を20Wのパワーで、および第2ターゲット(La
2Ti
2O
7)を60Wのパワーで、それぞれRFスパッタリングして、中間層21を形成した。
(a2)第1ターゲット(Sr
2Ta
2O
7)および第2ターゲット(La
2Ti
2O
7)のシャッターを全開とし、第3ターゲット(W)のシャッターを全閉とし、マスクをA側にスライド移動させて(基板11のB側の部分がマスクで覆われるように、マスクが配置された状態)で、第1ターゲット(Sr
2Ta
2O
7)を20Wのパワーで、および第2ターゲット(La
2Ti
2O
7)を60Wのパワーで、それぞれRFスパッタリングして、A側層22を形成した。
(a3)第1ターゲット(Sr
2Ta
2O
7)、第2ターゲット(La
2Ti
2O
7)および第3ターゲット(W)のシャッターを全開とし、マスクをB側にスライド移動させて(基板11のA側の部分がマスクで覆われるように、マスクが配置された状態)で、第1ターゲット(Sr
2Ta
2O
7)を20Wのパワーで、第2ターゲット(La
2Ti
2O
7)を60Wのパワーで、および第3ターゲット(W)を20Wのパワーで、それぞれRFスパッタリングして、B側層22を形成した。
なお、
図7中、基板11、中間層21、A側層22およびB側層23をA-B間のみにおいて示しているが、実際には、基板11はA-B間より大きい長さを有し、中間層21、A側層22およびB側層23は、マスクのマージン(+1mm)に起因して、A-B間より若干大きい長さを有し得るが、後述する誘電体膜の分析および評価においては無視して差支えない。位置Aおよび位置Bは、後述するxの値の傾斜の理論上の両端として理解可能である。
【0100】
実施例2では、中間層21の厚さを0.8nmとし、A側層22およびB側層23を合わせた厚さを0.4nmとし、よって、(a1)~(a3)の1サイクルで形成される層の厚さを1.2nmとした。(a1)~(a3)のサイクルを83回繰り返して、厚さ約100nmの前駆体膜を形成した。この間、基板の周囲雰囲気の酸素濃度は5%とし、残余はアルゴンとした。
【0101】
工程(b):熱処理による誘電体膜の形成
上記のようにして前駆体膜を形成した基板を、酸素ガスを0.5L/分でフローさせた中で、900℃にて5分間の熱処理に付して(即ち、PDA温度900℃)、上記前駆体膜から、(SryLa1-y)2(TayTi1-y)2-2xW2xO7(0<x≦0.25、0<y<1)で表される組成を有し、かつ、xの値が位置Aから位置Bに向かう方向に傾斜した誘電体膜を形成した。実施例2で得られた誘電体膜の厚さは約100nmであった。
【0102】
上部電極の形成
上記のようにして形成した誘電体膜の上に、DCスパッタリングにより、厚さ約150nmのPt層を上部電極として直径約110nmの略円形で形成した。DCスパッタリングに際し、基板の温度は室温(20℃程度)とした。これにより、誘電体膜が下部電極および上部電極の間に配置されたキャパシタを得た。
【0103】
・分析および評価
組成
誘電体膜中の各元素の含有割合をXPSおよびXRFにより調べた。その結果、誘電体膜は、(SryLa1-y)2(TayTi1-y)2-2xW2xO7の組成を有し、式中、y=0.35で、xおよびW添加量は下記の表3に示す通りであることが判明した。より詳細には、まず、誘電体膜をA-B方向に11等分した第1~第11部分におけるW添加量をXRFにより調べた。手順としては、まず、上記(a3)でのB側層23の成長レートから、誘電体膜におけるW添加量を、位置Aにて0体積%と理論上推定し(実際にはW元素の廻り込みが起こって、Wがごくわずかに混入し得る点に留意されたい)、位置Bにて26.9体積%であると推定した。そして、誘電体膜の面内でのXRFマッピング測定により、Laに対するWの強度を規格化した。その後、第1~第11部分の中央付近におけるLaに対するWの強度から、各部分におけるW添加量を求めた(実際のW添加量は、表3に示す値に±1%した範囲にあると考えられる)。更に、得られたW添加量およびy=0.35から、上記組成式中のxの値を算出した。
【0104】
【0105】
結晶構造の主体および配向面
2次元検出器を用いて、この誘電体膜の第1部分~第11部分の2次元X線回折像を得た。例示的に、第1部分(W0.0%)、第6部分(W13.5%)、第7部分(W16.1%)、第11部分(W26.9%)の2次元X線回折像を
図8(a)~(d)に示す。更に、この第1部分(W0.0%)~第11部分(W26.9%)の2次元X線回折像を、中央値χ=0°として検出角度幅38°の領域についてχ方向に円弧積分し、1次元プロファイルに変換して、誘電体膜のX線回折パターンを得た。結果を
図9に示す。
図9中、記号「*」は、誘電体膜以外の物質(Pt、Ti、SiO2およびSi)に起因するピークを示し、誘電体膜を構成するものでないため無視した(後述する
図11、13においても同様であり、2θ=40°付近のピークはPtによるものである)。これら結果から、実施例2の誘電体膜の第1部分~第11部分(W26.9%)は、Sr
2Ta
2O
7が結晶構造の主体を成すことが特定された。更に、
図8(a)、(b)、(c)に示す2次元X線回折像において2θ=28°付近にスポットが観察されたことから、実施例2の誘電体膜の第1部分~第7部分(W16.1%)は、(111)の配向面を有するものであることが確認された。実施例2の誘電体膜の第9部分(W21.5%)~第11部分(W26.9%)では、(111)配向と結晶性の劣化が確認され、第11部分(W26.9%)では相分離(W相の出現)を示した。
【0106】
電気特性評価
実施例2の誘電体膜の電気特性を評価した。より詳細には、上述のようにして製造したキャパシタを大気圧下に配置し、誘電体膜のA-B方向に沿った直線上の異なる位置において、測定温度を約20℃(室温)のみとして電気特性の各値を測定したこと以外は、実施例1と同様にした。結果を
図10に示す(
図10中、x軸は、各位置に対応するW添加量とした)。
図10から理解されるように、W添加量0体積%(理論値)と比較して、W添加による電流密度の低減の効果が確認された。併せて、W添加量0体積%(理論値)と比較して、W添加により比誘電率の低減(およびバラつき)も認められた。
【0107】
(実施例3、4)
実施例3、4は、実施例2の改変例である。
【0108】
W添加による比誘電率の低減を望ましくは解消ないし改善すること企図して、工程(a)における酸素濃度を20%としたこと以外は、実施例2と同様にして、実施例3の誘電体膜(キャパシタ)を得た。よって、実施例3の誘電体膜の厚さは約100nmであった。
【0109】
上記と同様に工程(a)における酸素濃度を20%とし、更に、(a1)~(a3)のサイクルの繰り返し数を217回としたこと以外は、実施例2と同様にして、実施例4の誘電体膜(キャパシタ)を得た。よって、実施例4の誘電体膜の厚さは約260nmであった。
【0110】
・分析および評価
組成
実施例3、4の誘電体膜は、実施例2の誘電体膜と同じ組成を有すると考えて差し支えない。
【0111】
結晶構造の主体および配向面
実施例2と同様にして、実施例3、4の誘電体膜の第1部分~第11部分の2次元X線回折像を得た。例示的に、第1部分(W0.0%)、第6部分(W13.5%)、第7部分(W16.1%)、第11部分(W26.9%)の2次元X線回折像を、
図11(a)~(d)(実施例3)および
図13(a)~(d)(実施例4)に示す。更に、実施例2と同様にして、実施例3、4の誘電体膜のX線回折パターンを得た。結果を
図12(実施例3)、
図14(
図14)に示す。これら結果から、実施例3、4の誘電体膜の第1部分~第11部分(W26.9%)は、Sr
2Ta
2O
7が結晶構造の主体を成すことが特定された。更に、
図11(a)~(d)および
図13(a)~(d)に示す2次元X線回折像において2θ=28°付近にスポットが観察されたことから、実施例3、4の誘電体膜の第1部分~第11部分(W26.9%)は、(111)の配向面を有するものであることが確認された。実施例2の結果と比較して、工程(a)における酸素濃度を高くすることにより、より大きいW添加量であっても、Sr
2Ta
2O
7が結晶構造の主体を成すことおよびその配向面(111)を維持でき、相分離(W相の出現)を抑制できるものと考えられる。
【0112】
電気特性評価
実施例3、4の誘電体膜の電気特性を評価した。より詳細には、上述のようにして製造したキャパシタを大気圧下に配置し、誘電体膜のA-B方向に沿った直線上の異なる位置において、測定温度を約20℃(室温)のみとして電気特性の各値を測定したこと以外は、実施例1と同様にした。結果を
図15に示す(
図15中、x軸は、各位置に対応するW添加量とし、「100nm」は実施例3の誘電体膜を示し、「260nm」は実施例4の誘電体膜を示す)。
図15から理解されるように、実施例3、4の誘電体膜は、W添加量26.9体積%以下(W添加量0体積%(理論値)は、実際にはW元素の廻り込みが起こって、Wがごくわずかに混入し得る点に留意されたい)の場合に、概ね、低い電流密度を示し、W添加量8~16体積%で十分に低い電流密度を示した。実施例3、4の誘電体膜は、W添加量8~14体積%のときに、比較的高い比誘電率を示し、W添加量約13体積%のときに比誘電率のピークを示した。また、実施例3、4の誘電体膜は、W添加量26.9体積%以下の場合に、0.1より小さい誘電損失を示した。
【0113】
(Z添加の効果確認試験)
本試験は、Z添加の効果を確認する目的で実施した。
【0114】
表4に示すNo.1のサンプルおよびNo.2のサンプルを作製した。
【0115】
【0116】
No.1のサンプルは、下部電極を形成した基板上に、(Sry’La1-y’)2(Tay’Ti1-y’)2O7(0≦y’≦1)で表され、かつ、y’の値が所定方向に傾斜した組成を有する誘電体膜を形成したものであった。
【0117】
No.1のサンプルは、次のようにして作製した。まず、実施例2と同様にして下部電極を形成した。そして、下部電極を形成した基板(Pt/Ti/SiO2/Si)を500℃に加熱し(即ち、基板温度500℃)、下記の(a4)~(a5)を繰り返した。
(a4)第1ターゲット(Sr2Ta2O7)のシャッターを全閉とし、第2ターゲット(La2Ti2O7)のシャッターを全開とし、第3ターゲット(W)を使用せず、マスクをA側にスライド移動させて(基板のB側の部分がマスクで覆われるように、マスクが配置された状態)で、第2ターゲット(La2Ti2O7)を60WのパワーでRFスパッタリングして、A側層を形成した。
(a5)第1ターゲット(Sr2Ta2O7)のシャッターを全開とし、第2ターゲット(La2Ti2O7)シャッターを全閉とし、第3ターゲット(W)を使用せず、マスクをB側にスライド移動させて(基板のA側の部分がマスクで覆われるように、マスクが配置された状態)で、第1ターゲット(Sr2Ta2O7)を20WのパワーでRFスパッタリングして、B側層を形成した。
A側層およびB側層を合わせた厚さ、換言すれば、(a4)~(a5)の1サイクルで形成される層の厚さを0.4nmとした。(a4)~(a5)のサイクルを250回繰り返して、厚さ約100nmの前駆体膜を形成した。この間、基板の周囲雰囲気の酸素濃度は5%とし、残余はアルゴンとした。その後、実施例2の工程(b)と同様にして熱処理することで、上記前駆体膜から、(Sry’La1-y’)2(Tay’Ti1-y’)2O7(0≦y’≦1)で表される組成を有し、かつ、y’の値が位置Aから位置Bに向かう方向に傾斜した誘電体膜を形成した。サンプルNo.1で得られた誘電体膜の厚さは約100nmであった。
【0118】
記号「STO-LTO(La rich)」は、サンプルNo.1の位置A側端部とし、記号「STO-LTO(Sr rich)」は、サンプルNo.1の位置B側端部とした。「STO-LTO(La rich)」において、y’=0.0と理論上推定したが、実際には、Sr元素、Ta元素の廻り込みが起こり得る。「STO-LTO(Sr rich)」において、y’=1.0と理論上推定したが、実際には、La元素、Ti元素の廻り込みが起こり得る。
【0119】
No.2のサンプルは、下部電極を形成した基板上に、(SryLa1-y)2(TayTi1-y)2-2xZ2xO7(0<x≦0.25、0<y<1、ZはWである)で表され、かつ、xの値が所定方向に傾斜した組成を有する誘電体膜を形成したものであった。
【0120】
No.2のサンプルは、工程(a)における酸素濃度を20%とし、(a1)の中間層の厚さを1.2nmとし、(a1)~(a3)のサイクルの繰り返し数を150回とし、上部電極を形成しなかったこと以外は、実施例2と同様にして作製した。よって、サンプルNo.2の誘電体膜の厚さは約240nmであった。
【0121】
記号「W 添加 19±1%」は、サンプルNo.2の誘電体膜をA-B方向に11等分した第1~第11部分(表3参照)のうちの第8部分(W18.8%)とし、記号「W 添加 3±1%」は、その第2部分(W2.7%)とした(実際のW添加量は、表4に示す値に±1%した範囲にあると考えられる)。
【0122】
表4に示すNo.1およびNo.2のサンプルの所定の部分につき、XPSスペクトルを測定した。O 1sに対応するピークを含むXPSスペクトルのグラフを
図16に示し、Ti 2pに対応するピークを含むXPSスペクトルのグラフを
図17に示し、W 4fに対応するピークを含むグラフを
図18に示す。(Sr
yLa
1-y)
2(Ta
yTi
1-y)
2-2xZ
2xO
7(y=0.35、ZはWである)の価電子帯に対応するピークを含むXPSスペクトルのグラフを
図19に示す。
【0123】
図16を参照して、530~531eVのピークがO 1sに対応し、532~533eVのピークは酸素欠損に由来する。「STO-LTO(Sr rich)」は、酸素欠損由来のピークが認められないのに対して、「STO-LTO(La rich)」は、酸素欠損由来のピークが認められ、「STO-LTO(Sr rich)」より「STO-LTO(La rich)」において酸素欠損が多く存在していることを示している。このことから、Sr
2Ta
2O
7構造に対して、LaおよびTiがSrおよびTaを置換することにより、酸素欠損が生じると考えられる。「W 添加 3±1%」は、酸素欠損由来の大きいピークが認められるのに対して、「W 添加 19±1%」は、酸素欠損由来のピークが小さくなっており、「W 添加 3±1%」より「W 添加 19±1%」において酸素欠損が低減しており、これは、Wをより多く添加したことによる効果であると考えられる。
【0124】
図17を参照して、459eV付近のピークがTi 2pに対応する。Ti 2pのピークの半値幅が小さいほど酸素欠損が少なく、酸素欠損が多いほどTi元素のゆらぎが大きくなって、Ti 2pのピークの半値幅が大きくなると考えられる。「W 添加 3±1%」よりも「W 添加 19±1%」のほうがTi 2pのピークの半値幅が小さくなっており、これは、Wをより多く添加したことによる効果であると考えられる。
【0125】
図18を参照して、「bg」はバックグラウンドであり、「exp」は「W 添加 19±1%」のスペクトルから「W 添加 3±1%」スペクトルを差し引いて、バックグラウンドの処理を行って得たデータ(実験値スペクトル)であり、「W5+」は、「exp」をW
5+にフィッティングしたデータであり、「W4+」は「exp」をW
4+にフィッティングしたデータであり、「sum」は「W5+」と「W4+」を合計したデータである。「sum」は「exp」によく一致していると認められ、これは、Wがイオン状態で4価および5価の双方を採っているとの仮定が適切であったことを示している。「exp」の結合エネルギーの低い側のテールと他の結合状態変化から、WはBサイトのTaおよびTiの両方を置換していると考えられる。そして、W添加によって、Sr
2Ta
2O
7構造においてLaおよびTiがSrおよびTaを置換することにより生じた酸素欠損を補償していると考えられる。
【0126】
図19を参照して、2~9eVのピークが、(Sr
yLa
1-y)
2(Ta
yTi
1-y)
2-2xZ
2xO
7(y=0.35、ZはWである)の価電子帯に対応し、0eVがフェルミ準位に対応する。これらの間のバンドギャップ(0eVを超え2eV未満)内の電子密度(強度)がより低い方が、絶縁性がより高いことを示している。「W 添加 3±1%」よりも「W 添加 19±1%」のほうが、バンドギャップ内の電子密度(強度)が小さくバックグラウンドシグナルと同程度であることから、バンドギャップ内の電子密度が低下し、よって、絶縁性が向上するものと考えられる。
【0127】
以上、ZとしてWのみを使用した場合について説明したが、ZとしてCr、MoおよびWからなる群より選択される少なくとも1つの元素を使用した場合にも同様の効果が得られる。その理由は、CrおよびMoはいずれも、Wと同様に、6配位を形成可能で、かつB(例えばTa、Ti)に近いイオン半径を有し、そして、イオン状態で4価および5価の双方を採ることが可能だからである。更に、本発明はいかなる理論にも拘束されないが、各元素のエリンガム図から理解されるように、例えばTa、Tiに対して、Wの酸化エネルギーは、Ta→TaO(g)の酸化エネルギー直線とTa→Ta2O5の酸化エネルギー直線との間にあり、Tiの種々の酸化エネルギー直線より上にある。Crの酸化エネルギーおよびMoの酸化エネルギーも、Ta→TaO(g)の酸化エネルギー直線とTa→Ta2O5の酸化エネルギー直線との間にあり、Tiの種々の酸化エネルギー直線より上にある。よって、CrおよびMoは、Wと同様の効果を奏すると考えられる。
【0128】
これに対して、Z(Cr、Mo、W)に代えて、Mnを添加した場合には、絶縁性の向上(漏れ電流の抑制)の効果が得られなかった。その理由は、Mnは、6配位を形成可能であるが、イオン状態で4価のみで(4価かつ6配位のときのイオン半径は0.53Åであり、やや小さい)、イオン状態で5価を採ることができないからであると考えられる。
【0129】
あるいは、Z(Cr、Mo、W)に代えて、既存のA(SrおよびLa)のほかにCeを添加した場合にも、絶縁性の向上(漏れ電流の抑制)の効果が得られなかった。その理由は、Ceは、6配位を形成可能であるが、イオン状態で4価のみで(4価かつ6配位のときのイオン半径は0.87Åであり、やや大きい)、イオン状態で5価を採ることができないからであると考えられる。また、Ceの酸化エネルギー直線は、Ta→TaO(g)の酸化エネルギー直線およびTa→Ta2O5の酸化エネルギー直線の下にあり、Tiの種々の酸化エネルギー直線より下にある。
本発明の誘電体膜は、キャパシタ(特に薄膜キャパシタ)における誘電体膜として好適に利用され、かかるキャパシタは種々の電子部品に利用され得るが、本発明の誘電体膜はかかる用途のみに限定されない。本発明の誘電体膜を用いたキャパシタは、誘電体膜の絶縁性の向上によりキャパシタの信頼性が向上し、例えば、急成長するパワー半導体素子の高密度化に寄与し得る。