(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022182901
(43)【公開日】2022-12-08
(54)【発明の名称】建築物の設計方法
(51)【国際特許分類】
G16H 40/20 20180101AFI20221201BHJP
G06F 30/13 20200101ALI20221201BHJP
G06F 30/10 20200101ALI20221201BHJP
G06F 30/28 20200101ALI20221201BHJP
【FI】
G16H40/20
G06F30/13
G06F30/10 200
G06F30/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021090696
(22)【出願日】2021-05-28
(71)【出願人】
【識別番号】000000549
【氏名又は名称】株式会社大林組
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100154003
【弁理士】
【氏名又は名称】片岡 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】住吉 栄作
(72)【発明者】
【氏名】原嶋 寛
【テーマコード(参考)】
5B146
5L099
【Fターム(参考)】
5B146AA04
5B146DC01
5B146DJ03
5B146DJ14
5L099AA03
(57)【要約】
【課題】感染拡大を効果的に抑制することができる建築物を容易に設計することが可能な建築物の設計方法を提供することである。
【解決手段】建築空間と建築設備とを備えた建築物の設計方法であって、建築空間及び建築設備の設計情報を設定する設定工程と、設計情報に基づいて、感染リスクの解析モデルを作成するモデル作成工程と、解析モデルを用いた感染リスクの解析結果に基づいて、建築空間における感染リスクを評価する評価工程と、を有し、評価工程で得られた感染リスクの評価が所定の閾値を超えた場合に、建築空間及び建築設備の少なくとも一方を設計変更した後、設計変更後の建築空間と建築設備の設計情報に基づいて、設定工程、モデル作成工程及び評価工程を繰り返し行うことを特徴とする建築物の設計方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
建築空間と建築設備とを備えた建築物の設計方法であって、
前記建築空間及び前記建築設備の設計情報を設定する設定工程と、
前記設計情報に基づいて、感染リスクの解析モデルを作成するモデル作成工程と、
前記解析モデルを用いた感染リスクの解析結果に基づいて、前記建築空間における感染リスクを評価する評価工程と、を有し、
前記評価工程で得られた感染リスクの評価が所定の閾値を超えた場合に、前記建築空間及び前記建築設備の少なくとも一方を設計変更した後、設計変更後の前記建築空間と前記建築設備の設計情報に基づいて、前記設定工程、前記モデル作成工程及び前記評価工程を繰り返し行うことを特徴とする建築物の設計方法。
【請求項2】
前記評価工程において、複数のパラメータを入力した流体シミュレーションにより、感染者が発する感染性物質の、前記建築空間の複数の位置における濃度分布を算出し、当該濃度分布に基づいて感染リスクが大きいと判断された位置が所定の割合を超えた場合に、前記評価が所定の閾値を超えたと判断する、請求項1に記載の建築物の設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築空間と建築設備とを備えた建築物の設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば病院、建築現場の詰め所などの、多数の人が集まる建築空間を備えた建築物では、ウイルスなどの感染性物質による感染拡大を抑制することが求められる。
【0003】
従来、建築空間における感染拡大を抑制する手段として、感染者の位置及び感染レベルに基づいて、建築空間の位置ごとの感染リスクを特定することができるシステムが開発されている(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
建築空間における感染拡大を抑制するためには、建築空間の位置ごとの感染リスクを特定するだけでなく、建築物それ自体を、感染拡大の抑制が可能な建築空間及び建築設備を備えたものとすることが求められる。
【0006】
しかし、建築空間及び建築設備を備えた建築物において、ウイルスなどの感染性物質が感染者から建築空間に排出された場合に、感染拡大をどの程度抑制することができるかは、建築空間(室)の形状だけでなく、窓開け換気の有無、換気設備の運用状態、在室人数、感染性物質を発生する感染者の人数、什器のレイアウトなどの複合的な要因が関係する。そのため、建築物の設計者は、これら複合的な要因を考慮しつつ経験と勘に頼った設計をする必要があり、当該設計に多大な時間と労力が必要となる、という問題点があった。
【0007】
本発明は、上記の問題点を鑑みてなされたものであり、その目的は、感染拡大を効果的に抑制することができる建築物を容易に設計することが可能な建築物の設計方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の建築物の設計方法は、建築空間と建築設備とを備えた建築物の設計方法であって、前記建築空間及び前記建築設備の設計情報を設定する設定工程と、前記設計情報に基づいて、感染リスクの解析モデルを作成するモデル作成工程と、前記解析モデルを用いた感染リスクの解析結果に基づいて、前記建築空間における感染リスクを評価する評価工程と、を有し、前記評価工程で得られた感染リスクの評価が所定の閾値を超えた場合に、前記建築空間及び前記建築設備の少なくとも一方を設計変更した後、設計変更後の前記建築空間と前記建築設備の設計情報に基づいて、前記設定工程、前記モデル作成工程及び前記評価工程を繰り返し行うことを特徴とする。
【0009】
本発明の建築物の設計方法は、上記構成において、前記評価工程において、複数のパラメータを入力した流体シミュレーションにより、感染者が発する感染性物質の、前記建築空間の複数の位置における濃度分布を算出し、当該濃度分布に基づいて感染リスクが大きいと判断された位置が所定の割合を超えた場合に、前記評価が所定の閾値を超えたと判断するのが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、感染拡大を効果的に抑制することができる建築物を容易に設計することが可能な建築物の設計方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の一実施形態に係る建築物の設計方法の手順を示すフローチャート図である。
【
図2】モデル作成工程で作成された解析モデルの一例を示す図である。
【
図3】
図1に示す解析モデルを解析して得た感染リスクの評価の結果を示す図である。
【
図4】設計変更した解析モデルを解析して得た感染リスクの評価の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態に係る建築物の設計方法について、図面を参照しつつ詳細に例示説明する。
【0013】
本実施形態に係る建築物の設計方法は、建築空間と建築設備とを備えた建築物の設計方法であって、建築空間及び建築設備の設計情報に基づいて、感染リスクの解析モデルを作成するモデル作成工程と、解析モデルを用いた感染リスクの解析結果に基づいて、建築空間における感染リスクを評価する評価工程と、を有し、評価工程で得られた評価が所定の閾値を超えた場合に、建築空間及び建築設備の少なくとも一方を設計変更した後、設計変更後の建築空間と建築設備の設計情報に基づいて、モデル作成工程、評価工程を繰り返し行うことを特徴とするものである。
【0014】
ここで、建築空間は、建築物を構成する壁体で区画された空間であり、内部に多数の人を収容可能な大きさを有するものである。また、建築設備は、例えば、窓、換気扇などの換気設備、エアーコンディショナー等の空調機、照明、外気の給排気口、建築空間に配置される什器などの、建築物に設けられる種々の設備である。
【0015】
上記の設定工程、モデル作成工程及び評価工程は、例えば、数理モデルによる数値シミュレーションの手法を用いた3次元シミュレーションソフトウェアがインストールされたマイクロコンピュータを用いて行うことができる。解析モデル、解析結果及び評価結果は、マイクロコンピュータに接続したモニタに表示するようにしてもよい。
【0016】
図1に示すように、本実施形態に係る建築物の設計方法では、まず、ステップS1において、設定工程として、建築空間と建築設備の設計情報を設定する。具体的には、建築空間の設計情報として、室の形状、建築空間を構成する壁体の構成及び配置などの建築空間に関する3次元の設計データを設計情報として設定し、3次元シミュレーションソフトウェアがインストールされたマイクロコンピュータに入力する。また、建築設備の設計情報として、窓の有無や大きさ、換気設備の性能、数及び配置、空調機の性能、数及び配置、照明の性能、数及び配置、外気の給排気口の数及び配置、什器のレイアウトなどの建築設備に関する設計情報を設定し、同様にマイクロコンピュータに入力する。
【0017】
次に、ステップS2において、モデル作成工程として、設定工程において設定した建築空間と建築設備の設計情報に基づいて、感染リスクの解析モデルを作成する。具体的には、3次元シミュレーションソフトウェアがインストールされたマイクロコンピュータが、入力された建築空間と建築設備の設計情報に基づいて、感染リスクの解析モデルを作成する。
【0018】
図2に、モデル作成工程で作成した建築物の3次元の解析モデルの一例を示す。
図2に示す解析モデルは、建設現場の詰め所として利用される建築物1の3次元の解析モデルであり、建築物1を構成する複数の壁体2、壁体2に区画された建築空間(室)3、壁体2に設けられた開閉不能な複数の窓4、複数の換気扇(換気設備)5、複数の空調機6、建築空間3にレイアウトされた224人分の席を有する机やロッカーなどの什器7、複数のドア8を有している。なお、
図2においては、便宜上、上記各部材に対応する1つの部材にのみ符号を付してある。
【0019】
次に、ステップS3において、評価工程として、モデル作成工程で作成した解析モデルを用いて、当該建築物1の建築空間3における感染リスクを解析し、その解析結果に基づいて建築空間3における感染リスクを評価する。
【0020】
評価工程は、例えば、3次元シミュレーションソフトウェアがインストールされたマイクロコンピュータが、モデル作成工程で作成した解析モデルに対し、複数のパラメータを入力した流体シミュレーションを行うことで、感染者が発する感染性物質の、建築空間3の複数の位置における濃度分布を算出し、当該濃度分布に基づいて感染リスクが大きいと判断された位置が所定の割合を超えた場合に、評価が所定の閾値を超えたと判断する、との手法で行うことができる。
【0021】
この場合、パラメータとしては、例えば、建築空間3の形状や大きさ、壁体2の構成、什器7のレイアウト、換気扇5の作動条件、空調機6の作動条件、照明の発熱量、建築空間3の在室人数、在室する人の呼吸量、在室する人の発熱量、在室する人の滞在時間、気圧、気温、日射などの気象条件、給排気口の位置、ウイルスなどの感染性物質の発生源となる感染者の位置及び人数、感染者が発する感染性物質の量などの、種々のパラメータの少なくとも1つを用いることができる。
【0022】
本実施の形態では、パラメータとして、ウイルス等の感染性物質を発生する感染者10の人数を一人として入力し、窓4として、閉じた状態に維持される嵌め込み式のものとして入力している。
【0023】
評価の基準は、例えば、予め実験等により所定の濃度の感染性物質を吸い込んだときの人の感染リスクを「小」、「中」、「大」に設定しておき、流体シミュレーションにより得た感染性物質の濃度分布に基づいて、建築空間3の各位置における感染リスクを、「小」、「中」、「大」の何れであるかを判断し、建築空間3の感染リスクの判断対象となった全ての位置に対し、感染リスクが「大」となった位置及び感染者10がいる位置の合計が所定の割合を超えた場合に、建築空間3の感染リスクが所定の閾値を超えたと判断するものとすることができる。
【0024】
本実施の形態では、評価のための所定の閾値は、50%に設定されている。なお、評価のための所定の閾値は、50%に限らず、感染性物質の種類や感染力等に応じて適宜設定することができる。
【0025】
図3に、
図2に示す解析モデルを解析して得た感染リスクの評価の結果を示す。当該評価結果においては、建築空間3の感染リスクの判断対象となった全ての位置(224か所)に対して、感染リスクが「大」となった位置と感染者10がいる位置との合計(115)が約51%となり、50%を超えている。
【0026】
次に、ステップS4において、評価工程で得た感染リスクの評価が、所定の閾値を超えているか否かを判断する。本実施形態では、上記の通り、建築空間3の感染リスクの判断対象となった全ての位置(224か所)に対して、感染リスクが「大」となった位置と感染者10がいる位置との合計(115)が50%を超えているので、ステップS4において、感染リスクの評価が所定の閾値を超えたと判断される。なお、感染リスクの評価が閾値を超えるとは、建築物1の建築空間3において感染リスクが許容範囲よりも高いことを意味する。
【0027】
ステップS4において、感染リスクの評価が所定の閾値を超えたと判断されると、建築物1は、感染リスクを低減させるための設計変更が必要と判断され、ステップS5において、建築空間3及び建築設備の少なくとも一方に対して感染リスクを低減し得ると考えられる構成に設計変更を行う。本実施形態では、
図4に示すように、窓4を、閉じた状態に維持される嵌め込み式のものから、開閉可能な窓とする設計変更を行っている。なお、設計変更をした際には、流体シミュレーションにおいては、設計変更に対応してパラメータの入力が変更される。本実施形態では、窓4が開閉可能なものとされたのに対応して、流体シミュレーションにおいては、パラメータとして窓4が開いた状態とされていることが入力される。
【0028】
当該設計変更を行った後、再度ステップS1に戻り、設計変更後の建築空間30と建築設備の設計情報の設定工程を行い、次いでステップS2において、当該設計変更後の設計情報に基づいてモデル作成工程を行い、さらにステップS3において、設計変更後の解析モデルの感染リスクを評価する評価工程を行う。そして、ステップS4において、設計変更後の建築空間3における感染リスクの評価が所定の閾値を超えているか否かを判断する。
【0029】
その際、例えば、建築空間3の在室人数、在室する人の呼吸量、在室する人の発熱量、在室する人の滞在時間、気圧、気温、日射などの気象条件、ウイルスなどの感染性物質を発生する感染者10の位置及び人数、感染者10が発する感染性物質の量などの、建築物1の構成以外のパラメータを適宜変更して、これらのパラメータの変更に応じた種々の状況における感染リスクの評価を行うこともできる。
【0030】
ステップS4において、建築空間3における感染リスクの評価が所定の閾値以下であると判断されるまで、上記設計変更を繰り返し行う。その際、感染リスクを低減するための各種の設計変更を、一つずつ順に行うことで、感染リスクを低減するための複数の設計変更により感染リスクの低減の効果を容易に認識することができる。
【0031】
そして、ステップS4において、建築空間3における感染リスクの評価が所定の閾値以下であると判断されると、建築空間3の感染リスクが許容範囲内であると判断され、設計を完了する。
【0032】
図4に、設計変更した解析モデルを解析して得た感染リスクの評価の結果を示す。
図4に示す場合では、設計変更によって窓4が開かれたことにより、建築空間3の感染リスクの判断対象となった全ての位置(224か所)に対して、感染リスクが「大」となった位置と感染者10がいる位置との合計(80)が約36%となり、50%以下となっている。そのため、ステップS4において、感染リスクの評価が所定の閾値以下であると判断される。
【0033】
このように、本実施形態の建築物の設計方法によれば、感染リスクの評価結果が悪い場合に、設計変更をしつつ当該設計変更による感染リスクの増減を確認することができるので、感染リスクを低減するための複数の設計変更の選択肢から、感染リスクの低減の効果が大きいものを容易に選択して建築物1の設計に生かすことができる。したがって、本実施形態の建築物の設計方法によれば、設計者の経験や勘に頼ることなく、感染拡大を効果的に抑制することができる建築物1を容易に設計することが可能となる。
【0034】
また、本実施形態の建築物の設計方法によれば、評価工程において、複数のパラメータを入力した流体シミュレーションにより、感染源である感染者10から排出された感染性物質の、建築空間3の複数の位置における濃度分布を算出し、当該濃度分布に基づいて感染リスクが大きいと判断された位置が所定の割合を超えた場合に、評価が所定の閾値を超えたと判断するようにしたので、感染リスクの評価をより容易に行い得るようにして、感染拡大を効果的に抑制することができる建築物1をより容易に設計することが可能となる。
【0035】
本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることはいうまでもない。
【0036】
例えば、前記実施形態では、設定工程及びモデル作成工程の対象となる建築物1を、
図2に示すような建設現場の詰め所として用いられるものとしたが、これに限らず、建築物1は、例えば病院(待合室)、学校、集会所など、多数の人が集まる建築空間3を有するものであれば、種々のものとすることができる。また、建築空間3の形状や大きさ、建築設備の種類、数、配置なども種々変更可能である。
【0037】
さらに、評価工程において用いる流体シミュレーションのパラメータについても、上記に限らず、建築物1の用途等に応じて適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0038】
1 建築物
2 壁体
3 建築空間
4 窓
5 換気扇
6 空調機
7 什器
8 ドア
10 感染者