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特開2022-183064モータ駆動用インバータ装置及びその制御方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022183064
(43)【公開日】2022-12-08
(54)【発明の名称】モータ駆動用インバータ装置及びその制御方法
(51)【国際特許分類】
   H02M 7/48 20070101AFI20221201BHJP
   H02P 27/06 20060101ALI20221201BHJP
   H02P 29/68 20160101ALI20221201BHJP
【FI】
H02M7/48 M
H02P27/06
H02P29/68
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022084126
(22)【出願日】2022-05-23
(31)【優先権主張番号】202110576589.X
(32)【優先日】2021-05-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(71)【出願人】
【識別番号】300052246
【氏名又は名称】日本電産エレシス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100138689
【弁理士】
【氏名又は名称】梶原 慶
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 弘隆
(72)【発明者】
【氏名】勝俣 純
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 敏之
【テーマコード(参考)】
5H501
5H505
5H770
【Fターム(参考)】
5H501AA01
5H501AA20
5H501BB08
5H501CC04
5H501HA08
5H501HA09
5H501HB07
5H501HB16
5H501JJ03
5H501JJ17
5H501KK06
5H501LL01
5H501LL38
5H501MM05
5H501MM09
5H505AA16
5H505AA19
5H505BB06
5H505CC04
5H505DD03
5H505EE49
5H505HA09
5H505HA10
5H505HB02
5H505JJ03
5H505JJ04
5H505JJ17
5H505KK06
5H505LL44
5H505MM06
5H505MM12
5H770BA01
5H770DA03
5H770DA41
5H770EA02
5H770HA06X
5H770HA07Z
5H770HA09Z
5H770LA04X
5H770LB07
(57)【要約】      (修正有)
【課題】サーミスタ等を用いることなく、スイッチング素子を適切に過熱保護するモータ駆動用インバータ装置及びその制御方法を提供する。
【解決手段】複数のスイッチング素子を有するインバータ回路10と、インバータ回路10を制御する制御回路11とを備えたモータ駆動用インバータ装置1であって、制御回路11は、モータ13の回転速度が予め設定された回転速度閾値以下であり、且つ、モータのトルクが予め設定されたトルク閾値以上である場合に、インバータ回路10のスイッチング素子の温度推定論理を変更して、スイッチング素子を適切に過熱保護する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータ駆動用インバータ装置であって、
複数のスイッチング素子を有するインバータ回路と、
前記インバータ回路を制御する制御回路と、を有し
前記制御回路は、前記モータの回転速度が予め設定された回転速度閾値以下であり、かつ、前記モータのトルクが予め設定されたトルク閾値以上である場合に、前記インバータ回路のスイッチング素子の温度推定ロジックを変更することを特徴とするモータ駆動用インバータ装置。
【請求項2】
前記回転速度閾値は、100から150rpmの範囲内であり、
前記トルク閾値は120Nmであることを特徴とする請求項1記載のモータ駆動用インバータ装置。
【請求項3】
前記温度推定ロジックは、正常推定ロジックとロック状態推定ロジックとを含み、
前記ロック状態推定ロジックは、前記モータの回転速度が予め設定された回転速度閾値以下であり、かつ、前記モータのトルクが予め設定されたトルク閾値以上である場合に、温度を推定することを特徴とする請求項1記載のモータ駆動用インバータ装置。
【請求項4】
前記ロック状態推定ロジックにより推定された温度と前記スイッチング素子の実際の温度との差は、同じ条件下で前記正常推定ロジックにより推定された温度と前記スイッチング素子の実際の温度との差よりも小さいことを特徴とする請求項3記載のモータ駆動用インバータ装置。
【請求項5】
前記制御回路は、前記温度推定ロジックに基づいて推定された前記スイッチング素子の温度が予め設定された温度閾値を超えた場合に、前記インバータ回路から前記モータへの出力を制限することを特徴とする請求項1記載のモータ駆動用インバータ装置。
【請求項6】
前記制御回路は、前記インバータ回路に出力する制御信号のキャリア周波数を低下させることにより、前記モータへの前記インバータ回路の出力を制限することを特徴とする請求項5記載のモータ駆動用インバータ装置。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載のモータ駆動用インバータ装置であって,その特徴は以下のとおりである:
前記インバータ回路は、上下アームの三相回路を構成する6つのスイッチング素子を含む三相インバータ回路であり、
前記制御回路は、前記上アームのいずれか1相のみがオンし、前記下アームの他の2相のいずれか1相のみがオンする場合に、前記インバータ回路の前記スイッチング素子の温度推定論理を変更することを特徴とする請求項1から請求項6のいずれか一項に記載のモータ駆動用インバータ装置。
【請求項8】
モータ駆動用インバータ装置であって,
複数のスイッチング素子を有するインバータ回路と、
前記インバータ回路を制御する制御回路と、を有し、
前記制御回路は、前記モータの始動直後の段階において、前記モータの回転速度が第1の回転速度値まで上昇した後に一時的に第2の回転速度値以下に低下する過程で、前記インバータ回路のスイッチング素子の温度推定ロジックを変更することを特徴とするモータ駆動用インバータ装置。
【請求項9】
前記第1の回転速度値は150rpmであり、
前記第2の回転速度値は10rpmである、ことを特徴とする請求項8記載のモータ駆動用インバータ装置。
【請求項10】
モータ駆動用のインバータ装置における制御方法であって、
モータの回転速度が予め設定された回転速度閾値以下でありかつ前記モータのトルクが予め設定されたトルク閾値以上であるか否かを判断し、
前記モータの回転速度が前記回転速度閾値以下であり、かつ、前記モータのトルクが前記トルク閾値以上である場合に、モータ駆動用インバータ装置のインバータ回路のスイッチング素子の温度推定ロジックを変更することを特徴とするモータ駆動用のインバータ装置における制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータを駆動するためのインバータ装置及びその制御方法に関し、特に、インバータ装置におけるスイッチング素子の過熱保護技術に関する。
【背景技術】
【0002】
インバータ回路を用いてモータに電力を供給して回転させる場合、インバータ回路はIGBTやFET等のスイッチング素子を用いて高周波かつ大電力の電力変換を行うため、これらのスイッチング素子はスイッチング損失により発熱する。
スイッチング素子の過熱による故障を防止するためには、スイッチング素子の過熱保護を考慮する必要がある。
【0003】
従来、スイッチング素子やインバータ装置の過熱を防止するために、サーミスタ等を設けてスイッチング素子等の温度を直接検出し、検出した温度が閾値を超えた場合に、インバータ回路がモータに出力する電力を制限したり、モータの回転を停止させたりして、スイッチング素子の過熱のリスクを低減している。
【0004】
しかしながら、温度検出素子を設けることは、絶縁の問題だけでなく、高周波で動作するスイッチング素子を測定する際の遅延を考慮する必要があるため、温度検出値がスイッチング素子の現在の実際の温度を正確に反映していない場合がある。
【0005】
温度測定の精度を向上させるために、各スイッチング素子に流れる電流からスイッチング素子温度を推定する方式が一般的である。
【0006】
このように高精度に推定された温度値により、スイッチング素子等の過熱状態を正確に把握して過熱保護を行うことができる。
【0007】
一方、モータに大きなトルクが加わっても回転速度が急変(急減)した場合、例えば、車両が障害物に衝突したり、車両が登坂したりするなどしてモータに加わるトルクは依然として大きいが、モータの回転速度が急に低下したり停止したりする可能性がある(いわゆる「モータロック状態」)場合には、上記温度推定の方法による温度推定値は、スイッチング素子の実際の温度値よりも小さくなり、また、回転速度が低いほど両者の差が大きくなる。
【0008】
この場合、温度推定値を用いてスイッチング素子を適切に過熱保護することができず、スイッチング素子が過熱により故障したり焼損したりする可能性が高い。
【0009】
また、上記モータロック状態では、モータの多相巻線のいずれかの相に電流が集中する結果、その相に対応するスイッチング素子が急速に発熱してしまい、スイッチング素子の過熱状態が検出される前にスイッチング素子が過熱により破壊されてしまうおそれがある。
【0010】
そこで、従来では、モータの回転速度とトルクとスイッチング素子の温度値とに基づいてモータロック状態であると判定した場合には、制御信号のキャリア周波数を低下させてスイッチング素子のスイッチング動作の周波数を低下させることにより、スイッチング素子を過熱保護している(例えば、特許文献1)。
【0011】
また、サーミスタ等を用いてスイッチング素子の温度を検出し、検出した温度とモータロック状態検出時のトルク指令値とに基づいて制御信号のキャリア周波数を決定して過熱保護を行っている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特許第3684871号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、サーミスタ等を用いることなく、スイッチング素子を適切に過熱保護することができるモータ駆動用インバータ装置及びその制御方法を提供することを目的とする。
【0014】
この発明に係るモータ駆動用インバータ装置は、複数のスイッチング素子を有するインバータ回路と、インバータ回路を制御する制御回路とを備え、制御回路は、モータの回転速度が予め設定された回転速度閾値以下であり、かつモータのトルクが予め設定されたトルク閾値以上である場合に、インバータ回路のスイッチング素子の温度推定ロジックを変更する。
なお、通常、モータのトルクは高いが回転速度が低い状態をモータロック状態と記す。
【0015】
つまり、回転しているモータの回転速度が急激に低下した場合には、上述したロック状態に入ることがある。
【0016】
ロック状態では、スイッチング素子の温度が急激に上昇するため、ロック状態を早期に認識して過熱保護を行う必要がある。
【0017】
そこで、回転速度しきい値を高来に設定して回転速度低下を早期に認識することが考えられる。
【0018】
このため、本発明のモータ駆動用インバータ装置では、回転速度閾値が100から150 rpmの範囲内であり、トルク閾値が120Nmである。
【0019】
これにより、例えば200rpmで回転するモータの場合、回転速度が120rpmに低下し、トルクが閾値120Nm以上になると、モータが現在ロック状態であると認識することができる。
【0020】
一方、回転速度閾値を50rpmとすると、200rpmで回転するモータは、回転速度が50rpmまで低下してトルクが閾値120Nm以上になった場合にのみロック状態と認識される。
【0021】
このため、本発明のモータ駆動用インバータ装置は、回転速度閾値を例えば50rpmに設定した場合に比べて、より早期にロック状態を認識することができ、その結果、早期に過熱保護を実施することができる。
【0022】
本発明に係るモータ駆動用インバータ装置において、温度推定ロジックは、正常推定ロジックとロック状態推定ロジックとを含み、モータの回転速度が予め設定された回転速度閾値以下であり、かつモータのトルクが予め設定されたトルク閾値以上である場合に、ロック状態推定ロジックを用いて温度を推定する。
【0023】
これにより、モータロック状態においてもスイッチング素子の温度を精度よく推定することができる。
【0024】
本発明に係るモータ駆動用インバータ装置では、ロック状態推定ロジックにより推定された温度とスイッチング素子の実際の温度との差は、同じ条件下で正常推定ロジックにより推定された温度とスイッチング素子の実際の温度との差よりも小さい。
【0025】
すなわち、モータロック状態において、温度推定ロジックをより適切な推定ロジックに変更することができる。
【0026】
これにより、モータロック状態においてもスイッチング素子の温度を精度よく推定することができる。
【0027】
本発明に係るモータ駆動用インバータ装置では、制御回路は、温度推定ロジックにより推定されたスイッチング素子の温度が予め設定された温度閾値を超えると、インバータ回路のモータへの出力を制限する。
【0028】
これにより、実温度にできるだけ近い推定温度でインバータの出力を制限することができる。
【0029】
その結果、高精度な過熱保護を実現することができる。
【0030】
本発明に係るモータ駆動用インバータ装置では、制御回路は、インバータ回路に出力する制御信号のキャリア周波数を下げることにより、インバータ回路のモータへの出力を制限する。
【0031】
本発明のモータ駆動用インバータ装置は、インバータ回路が3相インバータ回路であって、上下アームの3相回路をそれぞれ構成する6個のスイッチング素子を備え、制御回路は、上アームがいずれか1相のみオンし、かつ下アームが他の2相のいずれか1相のみオンしている場合に、インバータ回路のスイッチング素子の温度推定論理を変更する。
【0032】
モータロック状態では、3相のうちのいずれかの相に電流が集中し、この場合、その相に対応してオンするスイッチング素子が過熱して故障するおそれがある。
【0033】
これに対して、上記構成を採用することにより、いずれかの相に電流が集中している場合に、温度を精度よく推定することができ、その結果、インバータへの出力制限を適切に制御することができる。
【0034】
また、モータの起動直後は、モータロック状態となる可能性がある。
【0035】
具体的には、モータが静止状態から回転を開始した後、回転速度が上昇してから下降する場合がある。
【0036】
この場合、インバータにおけるスイッチング素子の温度が急激に上昇し、正常動作時の温度推定ロジックである正常推定ロジックを利用すると、スイッチング素子の温度を正確に推定することができなくなる。
【0037】
この発明に係るモータ駆動用インバータ装置は、複数のスイッチング素子を有するインバータ回路と、インバータ回路を制御する制御回路とを備え、制御回路は、モータの起動直後の段階で、モータの回転速度が第1の回転速度値まで増加した後に一時的に第2の回転速度値以下に低下する過程で、インバータ回路のスイッチング素子の温度推定ロジックを変更する。
【0038】
この発明に係るモータ駆動用インバータ装置では、第1の回転速度値は150rpmであり、第2の回転速度値は10rpmである。
【0039】
これにより、モータ起動直後の段階で一時的に回転速度が低下しても、高精度に温度を推定することができる。
【0040】
この発明に係るモータ駆動用インバータ装置における制御方法は、モータの回転速度が予め設定された回転速度閾値以下であり、かつモータのトルクが予め設定されたトルク閾値以上であるか否かを判定し、モータの回転速度が回転速度閾値以下であり、かつモータのトルクがトルク閾値以上である場合に、モータ駆動用インバータ装置のインバータ回路のスイッチング素子の温度推定ロジックを変更する。
【発明の効果】
【0041】
したがって、本発明によれば、スイッチング素子の過熱保護を確実に行うことができるとともに、モータロック状態においてもスイッチング素子の温度を正確に推定し、その温度推定値を用いてスイッチング素子の過熱保護を効果的に実現することができるモータ駆動用インバータ装置およびその制御方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
図1図1は、本発明の実施の形態1に係るモータ駆動用インバータ装置1の構成を示すブロック図である。
図2図2は、本発明の実施の形態1に係るモータ駆動用インバータ装置1で用いられる温度推定ロジックを示すロジック図である。
図3図3は、この発明の実施の形態1によるモータ駆動用インバータ装置1における制御回路11の構成を示すブロック図である。
図4図4は、本発明の実施の形態1に係るモータ駆動用インバータ装置1で用いられる他の温度推定ロジックを示すロジック図である。
図5図5は、図4の温度推定ロジックと図2の温度推定ロジックとを比較したである。
図6図6は、この発明の実施の形態1に係るモータ駆動用インバータ装置1における制御回路11の処理手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0043】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して具体的に説明する。
【0044】
なお、ここに記載した内容および図面は、いずれも本発明を例示するものであって、本発明を限定するものではない。
【0045】
<実施形態1>
<インバータ装置の基本構成>
【0046】
実施の形態1.を参照して、本発明の実施の形態1に係るモータ駆動用インバータ装置1について説明する。
【0047】
図1は、このモータ駆動用インバータ装置(以下、単にインバータ装置という)1の構成を示すブロック図である。
【0048】
図1に示すように、モータ駆動用インバータ装置1は、インバータ回路10と制御回路11とから構成されている。
【0049】
モータ駆動用インバータ装置1は、電源12から電力が供給され、モータ13を駆動する。
【0050】
ここでの電源12は直流電源であり、モータ13は例えば3相(U,V,W)モータが使用されるが、4相、5相、さらにはそれ以上の相のモータを使用してもよい。
【0051】
インバータ回路10は、電源12から供給された直流電力を交流電力(本実施形態では三相交流電力)に変換してモータ13に供給する。
【0052】
図1において、インバータ回路10は、モータ13に設けられた3相コイル(U相コイル、V相コイル、W相コイル)に対応して、3相(U相、V相、W相)ブリッジ回路で構成されている。
【0053】
各相の回路は、2つのスイッチング素子(合計6つのスイッチング素子)を含む。
【0054】
図中上側に位置する三相スイッチング素子が上アームを構成し、図中下側に位置する三相スイッチング素子が下アームを構成する。
【0055】
各相の上下アームスイッチング素子の接続点は、モータ13の対応する相のコイルにそれぞれ接続されている。
【0056】
なお、図1では、各スイッチング素子としてMOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)を用いているが、スイッチング素子としてIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)等のパワー半導体素子を用いてもよい。
【0057】
制御回路11は、制御部としてCPU(Central Processing Unit)を有するECU(Electronic Control Unit)によって実現することができる。
【0058】
制御回路11は、インバータ回路10から受けたスイッチング素子の温度を示す温度信号、モータ13から受けたモータの回転速度を示す回転速度信号、車両制御装置等の外部制御装置からのアクセルの踏み込み度合いを示すアクセル信号、ブレーキの踏み込み度合いを示すブレーキ信号等に基づいて、インバータ回路10に制御信号(例えばPWM信号)を出力し、インバータ回路10における電圧や電流を制御し、ひいてはインバータ回路10がモータ13に出力する電力を制御することで、モータ13の正常な運転を実現する。
【0059】
上記「温度信号」は、インバータ回路10における各スイッチング素子の温度を示しており、モータ駆動用インバータ装置1の各相回路に流れる相電流及びスイッチング素子に設けられたサーミスタが検出した温度に基づいて推定される。
【0060】
<温度推定の基本原理>
【0061】
図2に、上記温度推定方法の基本原理を示す。
【0062】
ここでは、インバータ回路10におけるU相回路を例に挙げて、当該U相回路におけるU相スイッチング素子の温度を推定する。
【0063】
図示するように、まずこのU相電流の大きさを検出するが、ここでの電流値は瞬時電流値を用いてもよいし、電流平均値を用いてもよい。
【0064】
U相電流値は乗算器に入力され、熱抵抗パラメータA(サーミスタとU相回路との間の熱抵抗パラメータは、予め記憶されたデータテーブルの値で決定できる)を参照し、乗算器の出力は第1のフィルタ(モータ冷却機構における水温が温度推定の結果に直接影響するため、例えば低域通過フィルタとして水温フィルタを用いることができる)を経て、スイッチング素子の放熱量に関する温度差ΔTtを得て減算器に入力され、減算器において基準温度(すなわちサーミスタが検出した温度)Ttと減算されて放熱量が減算された温度を得る。
【0065】
同時に、U相電流値は、熱抵抗パラメータB(チップ基板とU相回路との間の抵抗パラメータであり、予め記憶されたデータテーブルの値で決定できる)を参照して乗算器で乗算され、第2のフィルタ(例えば比例積分フィルタ)を通過した後、スイッチング素子の発熱量に関する温度差ΔTjが得られる。
【0066】
最後に、発熱量および放熱量に関する温度データが加算器で加算され、U相スイッチング素子の温度推定値が得られる。
【0067】
この温度推定方法により得られた温度推定値は、スイッチング素子の現在の過熱状況を適切に反映することができ、スイッチング素子の過熱保護を精度良く行うことができる。
【0068】
<制御回路の基本構成>
図3は、本発明のモータ駆動用インバータ装置1における制御回路11の構成を示すブロック図である。
【0069】
制御回路11は、制御部110と、温度推定部111と、トルク制御部112と、回転速度検出部113とを主に備えている。
【0070】
制御部110は、例えばCPUで構成され、インバータ回路10に制御信号(例えばPWM制御信号)を出力する。
【0071】
ここで,ロック状態判定部1101は車両が現在モータロック状態にあるか否かを判断することに用いられ,即ちモータが外力により回転速度が低下してもモータに印加されるトルクが依然として大きい状態である。
【0072】
インバータ回路10におけるスイッチング素子を過熱保護するために,制御部110にさらにPWM周波数決定部1102が設けられ,スイッチング素子の温度が閾値を超えて過熱保護を行う必要がある場合,PWM周波数決定部1102は制御部110が出力する制御信号のキャリア周波数を低下させ,それによりスイッチング素子のスイッチング動作周波数を低下させ,過熱保護を実現する。
【0073】
温度推定部111は、図2に示す温度推定方法に基づいて、各相のスイッチング素子の温度を推定する。
【0074】
温度推定部111は、記憶部1112と、切替部1114と、推定部1116とを備える。
【0075】
記憶部1112には、各種のプリセット値やパラメータ(例えば、図2における熱抵抗パラメータA、熱抵抗パラメータB)、及び温度推定部111が温度推定を行う際に用いる複数の推定ロジックが記憶されており、例えば図2に示す推定方法がその一つである。
【0076】
切替部1114は、制御部110からの指示に応じて、複数の推定ロジックを切り替え、温度推定に用いるロジックを選択する(詳細は後述する)。
【0077】
推定部1116は、切替部1114によって切り替えられた推定ロジックに基づいて、スイッチング素子の温度Tj(スイッチング素子であるIGBTのジャンクション温度)を推定する。
【0078】
トルク制御部112は、アクセルセンサやブレーキセンサ(いずれも図示せず)等から送られてくるアクセルの踏み込み量を示すアクセル信号やブレーキの踏み込み量を示すブレーキ信号(制動信号)に基づいて、モータに印加すべきトルク指令値を算出し、算出したトルク指令値に基づいてモータトルクTmを制御する。
【0079】
回転速度検出部113は、回転速度センサ(図示せず)等を用いてモータの現在の回転速度Vmを検出する。
【0080】
ロック状態判定部1101が、トルク制御部112からのモータトルクTmと回転速度検出部113からのモータ回転速度Vmとに基づいて、モータ13が現在ロック状態にあると判定した場合には、温度推定部111が現在用いている推定ロジックによる温度Tjがスイッチング素子の実際の温度からずれている可能性が高いことを示すので、制御部110は切替部1114に対して温度推定ロジックをロック状態に適した推定ロジックに切り替えるように指令する(詳細は後述する)。
【0081】
温度推定部111は、この切り替え後の推定ロジックに基づいてスイッチング素子の温度Tjを推定する。
【0082】
PWM周波数決定部1102は、得られた温度Tjに基づいて制御信号のキャリア周波数を決定し、インバータ回路10に出力する。
【0083】
以上説明したように、モータロック状態で温度推定ロジックを切り替えることにより、スイッチング素子の温度をより高精度に推定し、スイッチング素子の温度保護をより確実に行うことができる。
【0084】
<温度推定ロジック>
図2には、通常時(車両力行時および回生時を含む)の温度推定ロジックが示されている。
【0085】
図4に、上記モータロック状態における温度推定ロジックを示す。
【0086】
図4の構成は、図2に示した構成と基本的に同じであり、主に演算を行うためのパラメータ、および第2のフィルタの設置が異なる。
【0087】
したがって、ここでは両者の主な相違点について説明し、同様の点については説明を繰り返さない。
【0088】
図2では、正常時、例えば車両が力行又は回生走行している場合に、各相回路の相電流を用いてスイッチング素子の温度を推定している。
【0089】
一方、モータロック状態では、図4において、温度推定部111は、入力されたモータ回転速度、電源12の直流電圧、各相電流又は3相電流のうちの最大値、制御信号のキャリア周波数、変調率(制御信号のデューティ比に相当)等のパラメータの中から、スイッチング素子、例えばIGBTに対する熱損失が最大となる1つのパラメータを選択し、スイッチング素子の温度の推定に用いる。
【0090】
また、モータロック状態では、第2フィルタの配置が図2の場合と異なる。
【0091】
図5は、2つの場合における第2のフィルタの異なる配置を示す図である。
【0092】
図5に示すように、モータロック状態で得られる温度差ΔTjは、通常時よりも明らかに高く、図中の2つの曲線の傾きも異なっている。
【0093】
これは、ロック状態におけるいずれかの相のスイッチング素子の急激な温度上昇に対応するために設けられている。
【0094】
シミュレーション実験により、モータロック状態で図5の第2のフィルタ配置を採用することで、図4の推定ロジックで得られるスイッチング素子温度をより実温度に近づけることができ、温度推定の精度が向上し、スイッチング素子の過熱保護を確実に行うことができることが分かった。
【0095】
<モータ駆動用インバータ装置の制御フロー>
次に、図6を参照して、本発明に係るモータ駆動用インバータ装置1のスイッチング素子の過熱保護を実現するための具体的な制御フローについて説明する。
【0096】
図6は、モータ駆動用インバータ装置1の制御回路11における処理手順を示すフローチャートである。
【0097】
まず、ステップS1において、制御回路11は、回転速度検出部113、トルク制御部112からそれぞれモータ回転速度VmのモータトルクTmを取得する。
【0098】
ステップS2において、ロック状態判定部1101は、モータ回転速度Vmが150rpm以下であり、かつモータトルクTmが120Nm以上であるか否か、すなわちモータが現在ロック状態であるか否かを判定する。
【0099】
この場合、例えば、車両が障害物に衝突したり、登坂時に失火したりすると、モータに加わるトルクは依然として大きくなる(定格トルクは例えば140Nm)が、モータの回転速度は急激に低下し始める。
【0100】
ここで、「150rpm」は一例であり、100から150rpmの範囲内の任意の値であってよい。
【0101】
「120Nm」も一例であり、定格トルク付近の大きなトルク値であってもよい。
【0102】
モータ回転速度Vm≦150rpmかつモータトルクTm≧120Nmである場合(ステップS2:YES)、温度推定部111に指令を出し、切替部1114に温度推定ロジックをロック状態推定ロジックに切り替えさせ、温度推定部111はロック状態推定ロジックでスイッチング素子の温度を推定する(ステップS4)。
【0103】
モータ回転速度Vm>150rpm又はモータトルクが120Nm未満のいずれかの条件が成立した場合(ステップS2:NO)、温度推定部111は、正常推定ロジックに従ってスイッチング素子の温度を推定する(ステップS3)。
【0104】
次に、ステップS5において、ステップS3,S4で得られた温度(温度推定値)Tjが所定の温度閾値Tth以上であるか否かを判定する。
【0105】
この温度閾値Tthは、スイッチング素子の過熱限界値であり、例えば145℃である。
【0106】
ステップS5でYES、すなわち温度推定値Tjが温度閾値Tthを超えていると、スイッチング素子が過熱状態であることを示しており、PWM周波数決定部1102は、制御回路11がインバータ回路10に出力する制御信号のキャリア周波数を下げて(例えば8 kHzから3 kHzに下げて)、スイッチング素子のスイッチング動作周波数を制御する(ステップS6)。
【0107】
ステップS5でNOであれば、スイッチング素子の温度が閾値を超えていないことを意味し、スイッチング素子はそのままの周波数でスイッチング動作を継続する。
【0108】
その後、制御回路11のスイッチング素子過熱保護フローが終了するまで、ステップS5,S6の動作が繰り返される。
【0109】
この発明の実施の形態1に係るモータ駆動用インバータ装置1およびその制御方法によれば、モータがロック状態となり、スイッチング素子が急速発熱により損傷する可能性がある場合に、温度推定ロジックを切り替えて、推定した温度をより正確に実温度に近づけ、この推定温度に基づいてインバータ回路中の各スイッチング素子を制御することにより、スイッチング素子を適切に過熱保護することができる。
【0110】
<変形例>
上記実施の形態1では、制御回路11がインバータ回路10に出力する制御信号のキャリア周波数を下げて出力を制限することにより、スイッチング素子を過熱保護することができる。
【0111】
なお、ここでのキャリア周波数の低減は、出力制限の一例であり、トルク指令の低減、スイッチング素子に流れる電流の低減、制御信号のデューティ比(変調率)の低減等、種々の態様でスイッチング素子の消費電力を低減し、その熱損失を低減してもよい。
【0112】
また、図1に示すように、インバータ回路10が3相インバータ回路であって、上アームの一方の相(例えばU相)のスイッチング素子のみがオンし、下アームの他方の相(例えばV相)のスイッチング素子のみがオンしている場合には、これら2つのスイッチング素子がモータ13に接続されて形成される回路に大電流が流れてもこれらが急峻になり、スイッチング素子が過熱状態になったことが検出される前にスイッチング素子が過熱により破壊されてしまう可能性がある。
【0113】
これに対して、上記実施の形態1のように、インバータ回路のスイッチング素子の温度推定ロジックを変更することによっても、スイッチング素子をより適切に過熱保護することができる。
【0114】
上述した実施の形態1では、制御部110に設けられたロック状態判定部1101により、モータの回転速度とトルクとに基づいてモータがロック状態であるか否かを判断し、判断結果に基づいて温度推定ロジックを変更するか否かを決定していた。
【0115】
しかし、ロック状態判定部1101を設けずに、モータ回転速度の変化をリアルタイムに監視することで温度推定ロジックを変更するか否かを決定してもよい。
【0116】
例えば、モータの起動直後の段階では、その回転速度が一旦上昇した後に下降してから上昇する過程がある。
【0117】
すなわち、大きなトルクが加わった場合には、モータの回転速度が例えば150から170 rpmまで急速に上昇した後、接続負荷により力を受けてその回転速度が10rpm以下まで急に低下し、その後再び力行運転や回生運転時の回転速度まで正常に上昇する。
【0118】
モータ回転速度が上昇して一時的に低下する区間についても、本発明のモータ駆動用インバータ装置を用いて温度推定ロジックを変更することにより、温度値精度不足によるスイッチング素子の過熱損傷を回避することができる。
【0119】
本願発明は、その発明の範囲内において、各実施形態を自由に組み合わせたり、各実施形態の任意の構成要素を変形したり、各実施形態の任意の構成要素を省略したりすることが可能である。
【符号の説明】
【0120】
1 モータ駆動用インバータ装置
10 インバータ回路
11 制御回路
12 電源
13 モータ
110 制御部
1101 ロック状態判定部
1102 PWM周波数決定部
111 温度推定部
1112 記憶部
1114 切替部
1116 推定部
112 トルク制御部
113 回転速度検出部
図1
図2
図3
図4
図5
図6