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特開2022-18308特発性過眠症を検出するためのマーカー
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022018308
(43)【公開日】2022-01-27
(54)【発明の名称】特発性過眠症を検出するためのマーカー
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/12 20060101AFI20220120BHJP
   C12Q 1/6869 20180101ALI20220120BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20220120BHJP
   C12Q 1/6813 20180101ALI20220120BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20220120BHJP
   A61P 25/20 20060101ALI20220120BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20220120BHJP
【FI】
C12N15/12
C12Q1/6869 Z ZNA
C12Q1/686 Z
C12Q1/6813 Z
A61P25/00
A61P25/20
A61K45/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020121336
(22)【出願日】2020-07-15
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、事業名:難治性疾患実用化研究事業、研究開発課題名:統合的な遺伝解析を用いた中枢性過眠症の感受性遺伝子の同定及び病態の解明 委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】591063394
【氏名又は名称】公益財団法人東京都医学総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】500409219
【氏名又は名称】学校法人関西医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100196966
【弁理士】
【氏名又は名称】植田 渉
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】宮川 卓
(72)【発明者】
【氏名】本多 真
(72)【発明者】
【氏名】田中 進
【テーマコード(参考)】
4B063
4C084
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA13
4B063QA19
4B063QQ02
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QR08
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS34
4B063QS36
4B063QX02
4C084AA17
4C084MA17
4C084MA22
4C084MA23
4C084MA31
4C084MA35
4C084MA37
4C084MA41
4C084MA59
4C084MA63
4C084MA66
4C084NA05
4C084NA10
4C084ZA012
4C084ZA052
4C084ZC412
4C084ZC512
(57)【要約】
【課題】
一実施形態において、本発明は、特発性過眠症を検出するためのマーカーを提供することを課題とする。
【解決手段】
一実施形態において、本発明は、配列番号1に示されるアミノ酸配列の68位のアミノ酸残基に変異を含むアミノ酸配列を含むオレキシン前駆体変異体若しくはその断片、又は前記変異体若しくはその断片をコードするポリヌクレオチドを含む、特発性過眠症、又は前記変異に起因する過眠症を検出するためのマーカーに関する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に示されるアミノ酸配列の68位のアミノ酸残基に変異を含むアミノ酸配列を含むオレキシン前駆体変異体若しくはその断片、又は前記変異体若しくはその断片をコードするポリヌクレオチドを含む、特発性過眠症を検出するためのマーカー。
【請求項2】
配列番号1に示されるアミノ酸配列の68位のアミノ酸残基に変異を含むアミノ酸配列を含むオレキシン前駆体変異体若しくはその断片、又は前記変異体若しくはその断片をコードするポリヌクレオチドを含む、前記変異に起因する過眠症を検出するためのマーカー。
【請求項3】
前記変異が、リシンからアルギニンへの変異である、請求項1又は2に記載のマーカー。
【請求項4】
オレキシン前駆体変異体が、
(i)配列番号3に示されるアミノ酸配列、
(ii)配列番号3に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列であって、68位のアミノ酸残基がリシン以外であるアミノ酸配列、又は
(iii)配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列であって、68位のアミノ酸残基がリシン以外であるアミノ酸配列
を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載のマーカー。
【請求項5】
特発性過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を検出するための、請求項1~4のいずれか一項に記載のマーカーの使用。
【請求項6】
被験体における特発性過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を検出する方法であって、
(a)被験体から得られた試料において、請求項1~4のいずれか一項に記載のマーカーを検出するステップ、及び
(b)ステップ(a)の結果を、特発性過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症と関連付けるステップ
を含む、方法。
【請求項7】
ステップ(b)において、前記マーカーが検出された場合に被験体が、特発性過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を有する、又は前記特発性過眠症若しくは過眠症を有するリスクが高いと判断する、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
請求項1~4のいずれか一項に記載のマーカーを検出することが可能なプライマーセット及び/又はプローブを含む、特発性過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症の検出用キット。
【請求項9】
請求項1~4のいずれか一項に記載のマーカーが検出された被験体において、特発性過眠症又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を治療及び/又は予防するための、過眠症の治療薬を含む組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
一実施形態において、本発明は、特発性過眠症又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を検出するためのマーカー、方法、キット、又は特発性過眠症を治療及び/又は予防するための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
特発性過眠症は、日中の過剰な眠気等に特徴付けられ、頻度が低く、異質性の高い過眠症である(非特許文献1)。よく知られた過眠症であるナルコレプシータイプ1の患者は日中の過剰な眠気、情動脱力発作(カタプレキシー)及びレム睡眠異常等を示すが、特発性過眠症は情動脱力発作及びレム睡眠異常を示さない。特発性過眠症の正確な有病率はわかっていないが、遺伝要因がその発症に関わることが報告されている。ナルコレプシータイプ1は、ヒト白血球型抗原(HLA)のDQB1*06:02との強い関連が知られているが、特発性過眠症はHLAとの有意な関連性は認められない(非特許文献2)。また特発性過眠症の感受性遺伝子はほとんどわかっておらず、その病態は不明である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】ICSD-3(International Classification of Sleep Disorders. 3rd ed., Darien, IL: American Academy of Sleep Medicine, 2014)
【非特許文献2】Miyagawa T. et al., An association analysis of HLA-DQB1 with narcolepsy without cataplexy and idiopathic hypersomnia with/without long sleep time in a Japanese population, Hum. Genome Var., 2015, 2, 15031.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一実施形態において、本発明は、特発性過眠症を検出するためのマーカーを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、配列番号1に示されるアミノ酸配列の68位のアミノ酸残基に変異を含むアミノ酸配列を含むオレキシン前駆体変異体若しくはその断片、又は前記変異体若しくはその断片をコードするポリヌクレオチドが、特発性過眠症又は前記変異に起因する過眠症を検出するためのマーカーとして用い得ることを見出した。
【0006】
本発明は、以下の実施形態を包含する。
(1)配列番号1に示されるアミノ酸配列の68位のアミノ酸残基に変異を含むアミノ酸配列を含むオレキシン前駆体変異体若しくはその断片、又は前記変異体若しくはその断片をコードするポリヌクレオチドを含む、特発性過眠症を検出するためのマーカー。
(2)配列番号1に示されるアミノ酸配列の68位のアミノ酸残基に変異を含むアミノ酸配列を含むオレキシン前駆体変異体若しくはその断片、又は前記変異体若しくはその断片をコードするポリヌクレオチドを含む、前記変異に起因する過眠症を検出するためのマーカー。
(3)前記変異が、リシンからアルギニンへの変異である、(1)又は(2)に記載のマーカー。
(4)オレキシン前駆体変異体が、
(i)配列番号3に示されるアミノ酸配列、
(ii)配列番号3に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列であって、68位のアミノ酸残基がリシン以外であるアミノ酸配列、又は
(iii)配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列であって、68位のアミノ酸残基がリシン以外であるアミノ酸配列
を含む、(1)~(3)のいずれかに記載のマーカー。
(5)特発性過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を検出するための、(1)~(4)のいずれかに記載のマーカーの使用。
(6)被験体における特発性過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を検出する方法であって、
(a)被験体から得られた試料において、(1)~(4)のいずれかに記載のマーカーを検出するステップ、及び
(b)ステップ(a)の結果を、特発性過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症と関連付けるステップ
を含む、方法。
(7)ステップ(b)において、前記マーカーが検出された場合に被験体が、特発性過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を有する、又は前記特発性過眠症若しくは過眠症を有するリスクが高いと判断する、(6)に記載の方法。
(8)(1)~(4)のいずれか一項に記載のマーカーを検出することが可能なプライマーセット及び/又はプローブを含む、特発性過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症の検出用キット。
(9)(1)~(4)のいずれかに記載のマーカーが検出された被験体において、特発性過眠症又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を治療及び/又は予防するための、過眠症の治療薬を含む組成物。
【発明の効果】
【0007】
一実施形態において、本発明により、特発性過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を検出するためのマーカーが提供され得る。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、Pyr-LTLGKR(Lys-Thr-Lys-Gly-Lys-Arg)-AMC(ワイルドタイプ)及びPyr-LTLGRR(Lys-Thr-Lys-Gly-Arg-Arg)-AMC(変異体)のペプチドに対するPCSK1(proprotein convertase subtilisin/kexin 1)及びPCSK2による切断活性を示す。
図2図2は、オレキシン前駆体(プレプロオレキシン、ワイルドタイプ及び変異体)、オレキシンA及びオレキシンBペプチドのOX1R(orexin receptor type 1)(A)及びOX2R(orexin receptor type 2)(B)への薬理学的活性を、内在化GPCRアッセイキットを用いて調べた結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
一態様において、本発明は、配列番号1に示されるアミノ酸配列の68位のアミノ酸残基に変異を含むアミノ酸配列を含むオレキシン前駆体変異体若しくはその断片、又は前記変異若しくはその断片をコードするポリヌクレオチドを含む、又はからなる、特発性過眠症を検出するためのマーカーに関する。
【0010】
一態様において、本発明は、前記オレキシン前駆体変異体若しくはその断片、又は前記変異体若しくはその断片をコードするポリヌクレオチドを含む、又はからなる、前記変異に起因する過眠症を検出するためのマーカーに関する。
【0011】
本明細書において、「特発性過眠症」とは、日中の過剰な眠気等に特徴付けられ、頻度が低く、異質性の高い過眠症を意味する。一実施形態では、特発性過眠症は、非特許文献1に記載される定義に従う。一実施形態では、特発性過眠症は、以下の基準A~Fを満たす。
【0012】
A:耐えがたい睡眠要求及び/又は日中に眠り込んでしまうことが毎日、少なくとも3か月間続く。
[睡眠酩酊及び/又は長く(>1hr)爽快感のない昼寝は追加特徴]
B:情動脱力発作が存在しない。
C:MSLT(睡眠潜時反復検査)施行時のSOREMP(睡眠開始時レム睡眠期)(15分以内) ≦ 1回。
D:下記の(1)及び(2)のいずれかを満たす。
(1) MSLTの平均睡眠潜時間 ≦ 8分
(2) 24時間継続して睡眠ポリグラフ検査(PSG)を行うと、総睡眠時間が 660分以上
代替:7日以上、時間制限なく眠った場合の睡眠日誌とアクチグラフを組み合わせ、一日平均の総睡眠時間を算出すると、660分以上
(小児期の発達による変化や文化の差異に合わせて総睡眠時間の基準値を変更する必要がある場合がある)
E:睡眠不足症候群の除外。
F:他の原因で過眠症状やMSLT所見をよりよく説明できない。
【0013】
本明細書において、「オレキシン前駆体の変異に起因する過眠症」とは、本明細書に記載のオレキシン前駆体の変異に少なくとも部分的に起因する過眠症を意味する。「オレキシン前駆体の変異に起因する過眠症」には、特発性過眠症と診断されないものの、睡眠表現型等に軽度の異常を有する状態、及び/又は特発性過眠症に罹患するリスクが高い状態を包含する。
【0014】
オレキシン前駆体(「プロプレオレキシン」とも呼ばれる)のアミノ酸及び遺伝子配列は公知であり、例えばワイルドタイプのヒトオレキシン前駆体のアミノ酸配列を配列番号1に、遺伝子配列を配列番号2に示す。オレキシン前駆体は、生体内ではPCSK(proprotein convertase subtilisin/kexin)1及び/又はPCSK2により切断されると考えられており、これにより活性型のオレキシンAとオレキシンBが生成される。活性型のオレキシン(「ヒポクレチン」とも呼ばれる)は、オレキシン1受容体(OX1R)及びオレキシン2受容体(OX2R)に認識され、これによりオレキシンシグナリングが活性化される。活性型のオレキシンは、睡眠覚醒やレム睡眠等の制御に関わる神経ペプチドである(Chemelli, R.M., et al., Narcolepsy in orexin knockout mice: molecular genetics of sleep regulation. Cell. 1999, 98(4): pp. 437-51)。
【0015】
配列番号1に示されるアミノ酸配列の68位のアミノ酸残基は、ワイルドタイプではリシンである。したがって、68位のアミノ酸残基の変異は、リシンからリシン以外のアミノ酸の任意のアミノ酸残基(すなわち、アルギニン、ヒスチジン、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、アスパラギン、グルタミン、アスパラギン酸、グルタミン酸、プロリン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン)への置換、68位のリシン残基の欠失、又は68位の前後(すなわち、67位と68位の間又は68位と69位の間)へのアミノ酸付加であってもよい。例えば、68位のアミノ酸残基の変異は、リシンからアルギニン又はヒスチジン、例えばアルギニンへの置換であってよい。配列番号1のアミノ酸配列の68位において、リシンがアルギニンに置換されたオレキシン前駆体変異体のアミノ酸配列を配列番号3に、前記変異体の遺伝子配列を配列番号4に示す。
【0016】
配列番号1のアミノ酸配列の68位における変異は、オレキシン前駆体変異体の、ワイルドタイプと比べてPCSK1及び/又はPCSK2による切断活性を低下させる変異であってよい。理論により拘束されるものではないが、PCSK1及び/又はPCSK2による切断活性が低下することにより、オレキシン前駆体変異体に由来する活性型のオレキシンAとオレキシンBの産生が低減され、結果としてオレキシンシグナリングの活性が低減し、特発性過眠症等の過眠症が生じている可能性がある。
【0017】
本明細書において、配列番号1又は配列番号3のアミノ酸配列の「68位」には、配列番号1又は3のアミノ酸配列の「68位に対応する位置」及びも含まれる。本明細書において、配列番号1又は3のアミノ酸配列の「68位に対応する位置」とは、配列番号1又は3に記載のアミノ酸配列とは異なるアミノ酸配列(例えば配列番号1又は3に記載のアミノ酸配列に対して1又は数個のアミノ酸の付加又は欠失を含むアミノ酸配列)における、配列番号1又は3のアミノ酸配列の68位に対応する位置を意図する。アミノ酸位置の対応関係は、配列番号1又は3のアミノ酸配列と、別のアミノ酸配列を整列(アラインメント)し、必要に応じてギャップを導入することにより、当業者であれば容易に特定することができる。
【0018】
一実施形態において、オレキシン前駆体変異体は、
(i)配列番号3に示されるアミノ酸配列、
(ii)配列番号3に示されるアミノ酸配列と80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、98%以上、又は99%以上の同一性を有するアミノ酸配列であって、68位のアミノ酸残基がリシン以外であるアミノ酸配列、又は
(iii)配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列であって、68位のアミノ酸残基がリシン以外であるアミノ酸配列
を含む、又はからなる。
【0019】
本明細書において、塩基又はアミノ酸配列の「配列同一性」とは、2つの配列を整列(アラインメント)し、必要に応じてギャップを導入して、両者の一致度が最も高くなるようにしたときの、2つの配列間での同一塩基又はアミノ酸の割合(%)をいう。
【0020】
本明細書において「数個」とは、例えば2~10個、2~7個、2~5個、2~3個又は2個を意味する。
【0021】
オレキシン前駆体変異体をコードするポリヌクレオチドの配列は、
(i)配列番号4に示される塩基配列、
(ii)配列番号4に示される塩基配列と80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、98%以上、又は99%以上の同一性を有する塩基配列、又は
(iii)配列番号4に示される塩基配列において、1又は数個の塩基が付加、欠失、又は置換された塩基配列
を含む、又はからなる。
【0022】
本明細書において、オレキシン前駆体変異体の「断片」の長さは、配列番号3のアミノ酸配列の68位に変異の有無を特定できる限り限定しないが、例えば3アミノ酸以上、4アミノ酸以上、5アミノ酸以上、7アミノ酸以上、10アミノ酸以上、15アミノ酸以上、20アミノ酸以上、30アミノ酸以上、40アミノ酸以上、又は50アミノ酸以上であってよく、120アミノ酸以下、100アミノ酸以下、又は80アミノ酸以下であってよい。また、オレキシン前駆体変異体の断片をコードするヌクレオチドの塩基長は、例えば5塩基以上、7塩基以上、10塩基以上、15塩基以上、20塩基以上、30塩基以上、40塩基以上、又は50塩基以上であってよく、300塩基以下、200塩基以下、又は100塩基以下であってよい。
【0023】
本明細書において、「検出」は、診断、測定、検査、又はこれらの補助のいずれであってもよい。
【0024】
一態様において、本発明は、特発性過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を検出するための、本明細書に記載のマーカーの使用に関する。
【0025】
一実施形態において、本明細書に記載のマーカーは、他の過眠症の検査法と組み合わせて使用される。他の過眠症の検査法としては、PSG、MSLTが挙げられる。過眠症の検査法の補助的な方法として、HLA検査、24時間PSG、アクチグラフ、睡眠日誌、及びJESS(日本版 Epworth Sleepiness Scale:主観的眠気の評価)及びMWT(覚醒維持検査)が挙げられる。本明細書に記載のマーカーは、上記過眠症の検査法又はその補助的な方法の少なくとも一つ、例えば少なくとも二つ(例えばPSG及びMSLT)、又は少なくとも三つ(例えばPSG、MSLT及びJESS)と組み合わせて使用されてもよい。
【0026】
一態様において、本発明は、被験体における特発性過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を検出する方法であって、
(a)被験体から得られた試料において、本明細書に記載のマーカーを検出するステップ、及び
(b)ステップ(a)の結果を、過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症と関連付けるステップ
を含む、方法に関する。
【0027】
本明細書において、「被験体」としては、例えば哺乳動物、例えばヒト等の霊長類、ラット及びマウスなどの実験動物、ブタ、ウシ、及びヤギ等の家畜動物が挙げられ、例えばヒトである。
【0028】
本明細書において、「試料」としては、体液、細胞、及び生検サンプル等の組織が挙げられる。体液の例として、血液、血清、血漿、尿、唾液、脳脊髄液、鼻汁、リンパ液が挙げられ、組織としては、口腔粘膜等の粘膜組織、脳、例えば後部視床下部等が挙げられる。
【0029】
本明細書に記載のマーカーを検出するステップは、公知の方法(例えば、オレキシン前駆体変異体タンパク質をコードするポリヌクレオチドを検出する方法及び/又はオレキシン前駆体変異体タンパク質を検出する方法)を用いて容易に行うことができる。
【0030】
例えば、オレキシン前駆体変異体タンパク質をコードするポリヌクレオチドを検出する方法としては、PCR、塩基配列決定法、ハイブリダイゼーション法等が挙げられる。
【0031】
「PCR法」では、試料中の変異部分が増幅されるように、プライマーの任意の位置に遺伝子変異が含まれるように設計し合成する。増幅反応終了後は、増幅産物の検出を行い、変異の有無を判定する。例えばTaqMan PCR法は、蛍光標識したアレル特異的オリゴとTaq DNAポリメラーゼによるPCR反応とを利用した方法である。あるいは、アレル特異的プライマーを用いて核酸を増幅する際に、SYBR Green PCR法を用いて増幅産物に蛍光標識した塩基を取り込むことで、変異をタイピングすることもできる。
【0032】
「塩基配列決定法」では、塩基配列に基づき、ダイレクトシークエンシングにより変異を検出する。塩基配列決定はSanger sequencing及び次世代シークエンスのいずれであってもよい。
【0033】
「ハイブリダイゼーション法」は、標的核酸の塩基配列の全部または一部に相補的な塩基配列を有する核酸断片(プローブ)と標的核酸との塩基対合を利用して標的核酸又はその断片を検出又は定量する方法である。ハイブリダイゼーション法としては、マイクロアレイ法及びin situハイブリダイゼーションが挙げられる。
【0034】
例えば、オレキシン前駆体変異体タンパク質を検出する方法としては、免疫染色法、ELISA法、ウエスタンブロット法、免疫沈降法等の免疫学的検出法、並びに精製したタンパク質のアミノ酸配列のダイレクトシークエンス法及びプルダウンアッセイ法等が挙げられる。免疫学的検出法で使用する抗体は、モノクローナル抗体又はポリクローナル抗体のいずれであってもよく、哺乳動物及び鳥を含めた任意の動物由来であってよい。抗体は、本分野において公知の方法で調製することができ、例えばモノクローナル抗体はハイブリドーマをはじめとした抗体産生細胞や、そこからクローニングした抗体の遺伝子配列が組み込まれた細胞発現系、例えば大腸菌、酵母、哺乳類の株化細胞から得ることができ、ポリクローナル抗体は、オレキシン前駆体変異体、例えば変異を含むペプチド断片を抗原として動物に免疫後、その動物から得ることができる。
【0035】
一実施形態において、ステップ(b)において、前記マーカーが検出された場合、被験体が、特発性過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を有する、又は前記過眠症を有するリスクが高いと判断する。ステップ(b)において、前記マーカーが検出されなかった場合、被験体が、特発性過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を有さない、又は前記過眠症を有するリスクが低いと判断する。
【0036】
一実施形態において、本明細書に記載の被験体における過眠症を検出する方法は、他の過眠症の検査法と組み合わせて行われる。他の過眠症の検査法としては、PSG、MSLTが挙げられる。過眠症の検査法の補助的な方法として、HLA検査、24時間PSG、アクチグラフ、睡眠日誌、JESS及びMWTが挙げられる。本明細書に記載の過眠症を検出する方法は、上記過眠症の検査法又はその補助的な方法の少なくとも一つ、例えば少なくとも二つ(例えばPSG及びMSLT)、又は少なくとも三つ(例えばPSG、MSLT及びJESS)と組み合わせて使用されてもよい。
【0037】
一実施形態において、前記過眠症又はそのリスクを有するか否かの判断は、統計学的手法を用いて行うことができる。例えば、被験体個人の過眠症又はそのリスクを判断する場合、一度に被験体集団由来の複数の試料に対して本明細書に記載の方法を行い、本明細書に記載のマーカーの定量解析に対するスピアマンの順位相関係数などの統計解析の結果、当該個人が全体のどの位置に存在又は属するかを調べることによって、各被験体個人の前記過眠症又はそのリスクを判断することができる。
【0038】
或いは、事前に被験体集団(1次母集団)において本明細書に記載のマーカーと前記過眠症との間の分析を行い、得られた測定値を基本データとして、この基本データと、検出の対象となる一又は複数の被験体における本明細書に記載のマーカーの解析結果とを比較し、前記過眠症又はそのリスクと関連付けすることもできる。この場合、測定された被験体由来のデータを前記母集団の値に組み込んで変異情報と過眠症のリスクレベルを再度データ処理することによって、対象となる被験体(母集団)の例数を増やすことにより、解析の精度をさらに高めてもよい。
【0039】
一態様において、本発明は、本明細書に記載のマーカーを検出することが可能なプライマーセット及び/又はプローブを含む、特発性過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症の検出用キットに関する。
【0040】
本明細書に記載のプライマーセット及びプローブは、本明細書に記載のマーカーを検出することができる限り限定しない。例えば、本明細書に記載のプライマーセット及びプローブは、
(i)配列番号2又は4に記載の配列又はその相補的な配列の少なくとも10、15、18、又は20塩基の配列を含むヌクレオチド、
(ii)上記(i)に記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が付加、欠失、又は置換された配列を含むヌクレオチド、
(iii)上記(i)に記載の塩基配列と80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、98%以上、又は99%以上の同一性を有する塩基配列を含むヌクレオチド、
(iv)上記(i)に記載の塩基配列と相補的な塩基配列を含むヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズするヌクレオチドの少なくとも一つを含んでよい。上記(i)~(iv)のヌクレオチドは、本明細書に記載の変異を検出するために、配列番号1又は3の68位のアミノ酸配列に対応する位置のアミノ酸をコードする塩基(すなわち、配列番号2又は4の塩基配列であれば202~204位の塩基配列)を含むことが好ましい。プライマーセット及びプローブの長さは限定しないが、例えば10~393塩基、10~100塩基、又は10~50塩基であってよい。
【0041】
本明細書において、「ストリンジェントな条件」としては、例えば、1×SSC~2×SSC、0.1%~0.5%SDS及び42℃~68℃の条件が挙げられ、より詳細には、1×SSC~2×SSC、0.1%~0.5%SDS、60~68℃で30分以上プレハイブリダイゼーションを行った後、2×SSC、0.1%SDS中、室温で5~15分の洗浄を4~6回行う条件が挙げられる。ハイブリダイゼーション法の詳細な手順は公知であり、例えば、「Molecular Cloning, A Laboratory Manual 4th ed.」(Cold Spring Harbor Laboratory (2012))等を参照することができる。
【0042】
本明細書に記載のプライマー及びプローブは、公知の手段及び方法により調整することができ、例えば、市販の化学合成装置を使用して合成することができる。また、プローブには、予め適当な蛍光標識(例えばFAM、VIC)を付加することもできる。
【0043】
本明細書に記載のキットは、プライマーセット及びプローブに加えて、酵素緩衝液、dNTP、コントロール用試薬(例えば、組織サンプル、ポジティブ及びネガティブコントロール用標的オリゴヌクレオチドなど)、標識用及び/又は検出用試薬、及び説明書の少なくとも一つを含んでもよい。
【0044】
一態様において、本発明は、本明細書に記載のマーカーが検出された被験体において、特発性過眠症又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を治療及び/又は予防するための、過眠症の治療薬を含む組成物、例えば医薬組成物に関する。過眠症の治療薬としては、限定するものではないが、オレキシン受容体アゴニスト、オレキシン前駆体切断酵素、及びオレキシン前駆体遺伝子治療剤が挙げられる。
【0045】
本明細書において、疾患の「治療」は、疾患又はその症状の治癒、緩和、軽減、寛解のいずれであってもよい。
【0046】
オレキシン受容体アゴニストとしては、限定するものではないが、オレキシンAもしくはBの類似体、オレキシン受容体(OXR1及び/又はOXR2)アゴニスト抗体、低分子化合物、例えばWO2018/164192に記載のアゴニスト又はIrukayama-Tomobe Y., et al. Nonpeptide orexin type-2 receptor agonist ameliorates narcolepsy-cataplexy symptoms in mouse models. Proc Natl Acad Sci U S A. 2017;114(22):5731-6に記載のYNT-185などが挙げられる。
【0047】
オレキシン前駆体切断酵素としては、PCSK1及び/又はPCSK2又はその類似体が挙げられる。
【0048】
オレキシン前駆体遺伝子治療剤としては、例えば、ベクター(例えば、ワイルドタイプのオレキシン前駆体をコードする遺伝子を含むベクター、又は変異型遺伝子をワイルドタイプに置き換えるゲノム編集システムを含むベクター)が挙げられる。ゲノム編集システムとしては、限定するものではないがCRISPR/Cas9、TALEN、及びZFNが挙げられる。また、ベクターとして、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクターなどが挙げられる。
【0049】
本明細書に記載の組成物は、本明細書に記載の過眠症の治療薬に加えて、賦形剤、増量剤、結合剤、滑沢剤等公知の薬学的に許容される担体、公知の添加剤(緩衝剤、等張化剤、キレート剤、着色剤、保存剤、香料、風味剤、甘味剤等)から選択される一つ以上の成分を含んでもよい。
【0050】
本明細書に記載の組成物は経口投与又は非経口投与(例えば、静脈注射、筋肉注射、皮下投与、腹腔内投与、直腸投与、経鼻投与又は経粘膜投与等)で、投与することができる。
【0051】
また、本明細書に記載の組成物は、投与経路に応じて適当な剤形とすることができる。具体的には顆粒剤、錠剤、丸剤、カプセル剤、シロップ剤、乳剤、懸濁剤、注射剤(例えば、静脈注射、動脈注射、若しくは筋肉注射用)、点滴剤、点鼻剤、外用剤(例えばテープ剤)、又は坐剤等の各種製剤形態に調製することができる。投与方法及び剤型は、患者の性別、年齢、体重、症状等により、適宜選択することができる。
【0052】
本明細書に記載の組成物は、常法に従って製剤化することができる(例えば、Remington's Pharmaceutical Science, latest edition, Mark Publishing Company, Easton,米国を参照されたい)。
【0053】
本明細書に記載の組成物の用量は、被験体の年齢、性別、及び体重、症状、投与経路、投与頻度、並びに剤型等に応じて選択することができる。効果的な用量は、過眠症を治療及び/又はその症状を軽減するために必要な量である。本明細書に記載の組成物又は過眠症の治療薬の1回の用量は、限定するものではないが、例えば体重1kg当たり0.001μg~10g、0.01μg~1mg、0.1μg~0.1mg、又は1~10μgの範囲であってよい。
【0054】
一態様において、本発明は、前記オレキシン前駆体変異体若しくはその断片、又は前記変異体若しくはその断片をコードするポリヌクレオチドを含む、又はからなる、被験体に対する過眠症の治療薬の有効性を判定するためのマーカー、又はマーカーの使用に関する。例えば、前記マーカーが検出された場合、被験体に対する過眠症の治療薬の有効性が高いと判断することができる。また、前記マーカーが検出されなかった場合、被験体に対する過眠症の治療薬の有効性が低いと判断することができる。一実施形態において、被験体はナルコレプシータイプ1を患っていない。過眠症の治療薬の有効性の判定は、本発明の方法により過眠症を有することが検出された被験体に加え、別の診断方法により過眠症を有することが診断された被験体に対して行うこともできる。
【0055】
一態様において、本発明は、本明細書に記載のマーカーが検出された被験体に対して、本明細書に記載の過眠症の治療薬又は組成物を投与することを含む、特発性過眠症又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を治療及び/又は予防するための方法に関する。
【0056】
一態様において、本発明は、本明細書に記載の「被験体における特発性過眠症、又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を検出する方法」によって本明細書に記載のマーカーを検出すること、及び前記マーカーが検出された被験体に対して、本明細書に記載の過眠症の治療薬又は組成物を投与することを含む、特発性過眠症又はオレキシン前駆体の変異に起因する過眠症を治療及び/又は予防するための方法に関する。
【実施例0057】
<実施例1:特発性過眠症に関わる遺伝子変異の同定>
(材料と方法)
関連解析におけるファーストセットと再現性研究セットの合計サンプル数は、日本人集団の特発性過眠症376例及びコントロール6,219例である。各セットのサンプル数は、「結果と考察」の項にて記載した。さらに514例のナルコレプシータイプ1及び235例のナルコレプシータイプ2も対象とした関連解析を実施した。これら過眠症は非特許文献1の基準に応じて診断した。
【0058】
オレキシン前駆体(プレプロオレキシン)、OX1R及びOX2R遺伝子の変異スクリーニングは、特発性過眠症106例の血液又は口腔粘膜由来のDNAサンプルを用いて、PCR及びサンガーシークエンスにより実施した。ミスセンス変異やナンセンス変異について、106例中2例以上で検出された変異を対象に、関連解析を実施した。関連解析ではTaqman法等を用いて、対象変異のタイピングを行った。特発性過眠症群の中で、変異陽性及び陰性の患者間で、睡眠表現型に差が認められるか、PSG、MSLT及びJESSのデータを用いて、解析を行った。
【0059】
(結果と考察)
オレキシン前駆体、OX1R及びOX2R遺伝子を対象に特発性過眠症患者106例のDNAサンプルを用いて変異スクリーニングを実施した結果、オレキシン前駆体遺伝子上に一つのミスセンス変異(g. 42184347T>C、p.Lys68Arg、rs537376938)を同定した。そこで、ファーストセットとして特発性過眠症304例及びコントロール4,773例のDNAサンプルを用いて、本変異を対象とした関連解析を実施した。その結果、本変異の特発性過眠症群でのマイナーアリル頻度は1.97%、コントロール群では0.32%であり、特発性過眠症は本変異と有意に関連することを明らかにした(P =5.3 × 10-6、オッズ比= 6.18)(表1)。次に、上記DNAサンプルとは異なる独立のDNAサンプル(特発性過眠症72例及びコントロール1,446例)を用いて、再現性研究を実施したところ、本変異と特発性過眠症との有意な関連が再現された(P =0.031、オッズ比= 5.11)(表1)。二つのセットを統合した解析を実施した結果、特発性過眠症群でのマイナーアリル頻度は1.99%、コントロール群では0.35%であり、P = 5.7 × 10-7及びオッズ比= 5.87であることを確認した(表1)。また本変異を保有する特発性過眠症患者は全てヘテロ接合体であった。加えてHan100Kデータ及びgnomAD(The Genome Aggregation Database)により本変異はアジア人においてのみ認められることも確認した。
【0060】
【表1】
【0061】
本変異陽性と陰性の特発性過眠症患者で、臨床的な特徴に差が認められるか否かについて、PSG、MSLT及びJESSのデータを用いて検討した。その結果、統計的な有意差は認められなかったが、全体として、変異陽性患者群では睡眠傾向が高いことが疑われた(表2)。したがって、本変異は、特発性過眠症の中でより症状が重い(睡眠傾向が高い)患者を特定するために用いることができる可能性がある。
【0062】
【表2】
【0063】
<実施例2.同定された遺伝子変異の機能解析>
(材料と方法)
オレキシン前駆体はPCSK(proprotein convertase subtilisin/kexin)type 1又は PCSK2により切断されると考えられており、これにより活性型のオレキシンAとオレキシンBが生成される。同定した変異は切断箇所である3アミノ酸GKR(Gly-Lys-Arg)の中央に位置していた。このLys残基はオレキシン前駆体を有する全ての生物種で保存されており、機能的に重要なアミノ酸残基であることが示唆された。また、このアミノ酸置換はインシリコ解析においても有害と判定された。
PCSK 1及びPCSK2による切断活性を評価するために、Pyr-LTLGKR(Lys-Thr-Lys-Gly-Lys-Arg)-AMC(ワイルドタイプ)及びPyr-LTLGRR(Lys-Thr-Lys-Gly-Arg-Arg)-AMC(変異体)のペプチドを作製し、解析を実施した。具体的には、マウス骨髄腫細胞から発現精製されたヒト組み換え蛋白質PCSK1及びPCSK2(R&D Systems社)を用いて、添付のプロトコルに従ってPyr-LTLGKR-AMCとPyr-LTLGRR-AMCの切断活性を評価した。
【0064】
また、オレキシン前駆体(ワイルドタイプ及び変異体)、オレキシンA及びオレキシンBペプチドのOX1R及びOX2Rへの薬理学的活性を評価するために、内在化GPCRアッセイキット(PathHunter(登録商標) eXpress β-Arrestin)(コスモバイオ株式会社)を用いて、添付のプロトコルに従って解析を行った。
【0065】
(結果と考察)
PCSK1では1/1,100、PCSK2においては1/50、ワイルドタイプに比べて変異体ペプチドの切断効率が低いことが確認された(図1)。
【0066】
続いて、オレキシン前駆体(ワイルドタイプ及び変異体)、オレキシンA及びオレキシンBのOX1R及びOX2Rへの薬理学的活性を評価した。OX1Rに対しては、オレキシンAの活性に比べて、オレキシン前駆体(ワイルドタイプ及び変異体の両方)及びオレキシンBの活性は低いものであった(図2A)。なお、オレキシンBのOX1Rへの親和性が低いことは既に報告されている(Sakurai T. et al., Orexins and orexin receptors: a family of hypothalamic neuropeptides and G protein-coupled receptors that regulate feeding behavior. Cell. 1998;92(5):1 page following 696)。OX2Rに対しては、オレキシンA及びオレキシンBの活性に比べ、オレキシン前駆体(ワイルドタイプ及び変異体)の活性が低い傾向にあることを明らかにした(図2B)。
これらの結果より、同定した特発性過眠症関連変異はオレキシン系の機能に影響を与えることが示唆された。本実施例により、オレキシン系の異常が特発性過眠症の一部の群に関わることが初めて見いだされた。
【0067】
現在、いくつかのオレキシン受容体アゴニストがナルコレプシータイプ1治療薬として開発中である(Irukayama-Tomobe Y., et al. 上掲)。本オレキシン前駆体変異を保有する特発性過眠症はオレキシン系の異常が想定されるため、オレキシン受容体アゴニストがその治療として有効である可能性があり、本変異はその重要なバイオマーカーとなり得る。また、本変異を保有する特発性過眠症では、オレキシン前駆体を切断する薬剤や、変異を正常型アリルであるワイルドタイプに置き換える遺伝子治療が、有効な治療法となる可能性もある。
図1
図2
【配列表】
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