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特開2022-183419感染機会評価システム、感染機会評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022183419
(43)【公開日】2022-12-13
(54)【発明の名称】感染機会評価システム、感染機会評価方法
(51)【国際特許分類】
   G16H 50/50 20180101AFI20221206BHJP
   G16H 50/80 20180101ALI20221206BHJP
【FI】
G16H50/50
G16H50/80
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021090728
(22)【出願日】2021-05-31
(71)【出願人】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】林 祐光
【テーマコード(参考)】
5L099
【Fターム(参考)】
5L099AA00
(57)【要約】
【課題】人と人との接触に起因する感染症の感染機会を、より高い精度で評価する。
【解決手段】感染機会評価システム1は、定められたエリア内において、複数の対象者の各々の行動と、当該行動に際して当該対象者が移動する経路である行動経路に関するシミュレーションを行うシミュレーション部3と、複数の対象者の各々が、シミュレーション部3によってシミュレーションがなされた行動及び行動経路に従って行動した場合に、異なる対象者間で、対象者の各々の前方を含むように設定された接触範囲同士が重なる度合いを算出する算出部4と、算出部4で算出された、接触範囲同士が重なる度合いに基づいて、複数の対象者の接触に起因する感染症の感染機会に関する評価を行う評価部5と、を備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
定められたエリア内において、複数の対象者の各々の行動と、前記行動に際して当該対象者が移動する経路である行動経路に関して、シミュレーションを行うシミュレーション部と、
複数の前記対象者の各々が、前記シミュレーション部によってシミュレーションがなされた前記行動及び前記行動経路に従って行動した場合に、異なる前記対象者間で、前記対象者の各々の前方を含むように設定された接触範囲同士が重なる度合いを算出する算出部と、
前記算出部で算出された、前記接触範囲同士が重なる度合いに基づいて、複数の前記対象者の接触に起因する感染症の感染機会に関する評価を行う評価部と、
を備える、感染機会評価システム。
【請求項2】
前記算出部は、異なる前記対象者間で前記接触範囲同士が重なった面積に基づいて、前記接触範囲同士が重なる度合いを算出する、
請求項1に記載の感染機会評価システム。
【請求項3】
前記接触範囲は、水平面内で前記対象者の前方を中心とした角度範囲内に、扇形形状に設定されている、
請求項1または2に記載の感染機会評価システム。
【請求項4】
前記エリアのマップ情報を記憶したマップ情報記憶部と、
前記評価部における複数の前記対象者の感染機会に関する評価結果を、前記マップ情報に重ねて出力する結果出力部と、をさらに備える、
請求項1から3のいずれか一項に記載の感染機会評価システム。
【請求項5】
前記シミュレーション部は、マルチエージェントシミュレーション手法により、前記行動及び前記行動経路に関するシミュレーションを行う、
請求項1から4のいずれか一項に記載の感染機会評価システム。
【請求項6】
定められたエリア内において、複数の対象者の各々の行動と、前記行動に際して当該対象者が移動する経路である行動経路に関して、シミュレーションを行い、
複数の前記対象者の各々が、シミュレーションがなされた前記行動及び前記行動経路に従って行動した場合に、異なる前記対象者間で、前記対象者の各々の前方を含むように設定された接触範囲同士が重なる度合いを算出し、
前記接触範囲同士が重なる度合いに基づいて、複数の前記対象者の接触に起因する感染症の感染機会に関する評価を行う、感染機会評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、感染機会評価システム、感染機会評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、シミュレーション技術の進歩により、様々な目的でのシミュレーションが行われている。例えば、人の行動のシミュレーションにより、感染症の伝播を解析することが行われている。
例えば特許文献1には、複数の感染症の発症者の行動情報を地図情報に関連付け、感染症の感染場所を特定することによって、感染症の伝播を解析するシステムの構成が開示されている。この構成では、発症者の住所、就業又は就学場所の所在地、定期的な訪問場所、通勤又は通学の経路、定期的な訪問場所への経路等のデータを、地図情報上に展開し重ね合わせることにより、発症者が感染症に感染した可能性が大きい施設又は経路を感染伝播地として特定する。
【0003】
このようなシミュレーションでは、より高い精度の解析結果を得ることが常に望まれている。例えば、特許文献1に開示された構成では、複数人の発症者同士が接触した可能性の高い場所を特定しているが、このような構成では、複数の人が存在するエリアで、人と人との接触に起因して感染症に関する機会について、定量的な評価を行うのは難しい。例えば、感染者からの飛沫に接触することによって感染する感染症の場合、感染者から飛散する飛沫が到達する範囲内にいるかどうかによって、感染症に感染する可能性は変わってくる。例えば、複数人が同じ場所を訪れていたとしても、訪れていた時刻が異なっていれば、感染症が感染する可能性は低くなる。また、同じ場所に同じ時刻に訪れていたとしても、人と人との距離によって、感染症が感染する可能性は異なってくる。つまり、人と人との接触の度合いによって、感染症が感染する可能性は変わる。そこで、人と人との接触に起因する感染症の感染機会を、より高い精度で評価することができる技術の提案が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002-279076号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、人と人との接触に起因する感染症の感染機会を、より高い精度で評価することが可能な、感染機会評価システム、感染機会評価方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を採用する。
すなわち、本発明の感染機会評価システムは、定められたエリア内において、複数の対象者の各々の行動と、前記行動に際して当該対象者が移動する経路である行動経路に関して、シミュレーションを行うシミュレーション部と、複数の前記対象者の各々が、前記シミュレーション部によってシミュレーションがなされた前記行動及び前記行動経路に従って行動した場合に、異なる前記対象者間で、前記対象者の各々の前方を含むように設定された接触範囲同士が重なる度合いを算出する算出部と、前記算出部で算出された、前記接触範囲同士が重なる度合いに基づいて、複数の前記対象者の接触に起因する感染症の感染機会に関する評価を行う評価部と、を備える。
このような構成によれば、定められたエリア内において複数の対象者の各々の行動と、当該行動に際して当該対象者が移動する経路である行動経路に関するシミュレーションを行う。これにより、エリア内において、複数の対象者同士が近寄って接触する位置を推定することができる。このようにシミュレーションされた行動及び行動経路に従って複数の対象者が行動した場合に、複数の対象者同士が接近すると、対象者の接触範囲同士が重なることがある。対象者の接触範囲は、対象者の顔が向いている方向、すなわち対象者が行動に際して向いている、前方を含む範囲である。複数の対象者の接触範囲同士が重なるということは、複数の対象者同士が対面している可能性が高い。複数の対象者同士が対面していれば、一方の対象者の呼吸、咳、くしゃみ等によって対象者から飛散される飛沫等が、他方の対象者に及ぶ範囲に、対象者同士が位置することになる。したがって、複数の対象者の接触範囲同士が重なる度合いが高ければ、複数の対象者の接触に起因する感染症の感染機会が多い(高い)と言える。このように、複数の対象者の接触範囲同士が重なる度合いを算出することによって、複数の対象者の感染機会に関する評価を行うことができる。このようにして、人と人との接触に起因する感染症の感染機会を、より高い精度で評価することが可能となる。
【0007】
本発明の一態様においては、前記算出部は、異なる前記対象者間で前記接触範囲同士が重なった面積に基づいて、前記接触範囲同士が重なる度合いを算出する。
このような構成によれば、異なる対象者間で接触範囲同士が重なった面積に基づいて、接触範囲同士が重なる度合いを算出することによって、複数の対象者同士の感染機会を定量的に評価することが可能となる。
【0008】
本発明の一態様においては、前記接触範囲は、水平面内で前記対象者の前方を中心とした角度範囲内に、扇形形状に設定されている。
このような構成によれば、シミュレーションされた行動及び行動経路に従って対象者が行動している場合、対象者の顔は、前方を向いている可能性が高い。このため、接触範囲を、水平面内で対象者の前方を中心とした角度範囲内に、扇形形状に設定することで、接触範囲を適切に設定することができる。
【0009】
本発明の一態様においては、本発明の感染機会評価システムは、前記エリアのマップ情報を記憶したマップ情報記憶部と、前記評価部における複数の前記対象者の感染機会に関する評価結果を、前記マップ情報に重ねて出力する結果出力部と、をさらに備える。
このような構成によれば、評価部における複数の対象者の感染機会に関する評価結果を、エリアのマップ情報に重ねて出力することで、例えば、複数の対象者同士の感染機会が高い位置等を把握することができる。これにより、例えば、エリア内のレイアウトの検討、評価を行いやすくなる。
【0010】
本発明の一態様においては、前記シミュレーション部は、マルチエージェントシミュレーション手法により、前記行動及び前記行動経路に関するシミュレーションを行う。
このような構成によれば、マルチエージェントシミュレーション手法を用いることで、複数の対象者が相互に関わることで生じる複数の対象者同士の感染機会を、効率良く評価することができる。
【0011】
本発明の一態様においては、本発明の感染機会評価方法は、定められたエリア内において、複数の対象者の各々の行動と、前記行動に際して当該対象者が移動する経路である行動経路に関して、シミュレーションを行い、複数の前記対象者の各々が、シミュレーションがなされた前記行動及び前記行動経路に従って行動した場合に、異なる前記対象者間で、前記対象者の各々の前方を含むように設定された接触範囲同士が重なる度合いを算出し、前記接触範囲同士が重なる度合いに基づいて、複数の前記対象者の接触に起因する感染症の感染機会に関する評価を行う。
このような構成によれば、複数の対象者の接触範囲同士が重なる度合いを算出することによって、複数の対象者の感染機会に関する評価を行うことができる。このようにして、人と人との接触に起因する感染症の感染機会を、より高い精度で評価することが可能となる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、人と人との接触に起因する感染症の感染機会を、より高い精度で評価することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の実施形態に係る感染機会評価システムの機能構成を示すブロック図である。
図2】感染機会評価システムにおける評価対象となるエリアの一例を示す図である。
図3】対象者に設定される接触範囲の一例を示す図である。
図4】対象者のタスクの遷移確率の一覧を示す。
図5】複数の対象者の接触範囲同士が重なった状態を示す図である。
図6】複数の対象者の感染機会に関する評価結果を、マップ情報に重ねて出力する情報の一例を示す図である。
図7】感染機会評価システムにおける感染機会評価方法の流れを示すフローチャートである。
図8】遷移確率に基づいて対象者の行動をシミュレーションする流れを示すフローチャートである。
図9】本実施形態の感染機会評価システムによる具体的なシミュレーション例を示す図である。
図10】本実施形態の感染機会評価システムの変形例を示す図である。
図11】本実施形態の感染機会評価システムの他の変形例を示す図である。
図12】本実施形態の感染機会評価システムのさらに他の変形例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付図面を参照して、本発明による感染機会評価システム、感染機会評価方法を実施するための形態について、図面に基づいて説明する。
感染機会評価システムの機能構成を示すブロック図を図1に示す。図2は、感染機会評価システムにおける評価対象となるエリアの一例を示す図である。
図1に示される感染機会評価システム1は、定められたエリア100内において、複数の対象者同士の接触に起因して、感染症が感染する機会である、感染機会を評価する。図2に示すように、定められたエリア100とは、複数の対象者がそれぞれに行動を行う、感染機会の評価対象となる範囲である。感染機会評価システム1は、エリア100内における複数の対象者同士の感染機会についての評価を行う。複数の対象者とは、エリア100内の勤務者、出入業者、顧客、利用者等である。本実施形態では、例えば、エリア100はオフィスである。
【0015】
図1に示すように、感染機会評価システム1は、パーソナルコンピュータ等のコンピュータ装置からなる。感染機会評価システム1は、設定部2と、シミュレーション部3と、算出部4と、評価部5と、マップ情報記憶部6と、結果出力部7と、を備えている。設定部2は、感染機会評価システム1で複数の対象者の感染機会の評価を行うために必要な各種条件等の設定を行う。シミュレーション部3は、定められたエリア100内における、複数の対象者の各々の行動と、当該行動に際して当該対象者が移動する経路である行動経路に関するシミュレーションを行う。算出部4は、複数の対象者の各々が、シミュレーション部3によってシミュレーションがなされた行動及び行動経路に従って行動した場合において、エリア100内で複数の対象者同士が接触する機会の度合いを算出する。評価部5は、算出部4の算出結果に基づいて、エリア100内における複数の対象者の接触に起因する感染症の感染機会に関する評価を行う。マップ情報記憶部6は、エリア100のレイアウトなどを示すマップ情報を記憶している。結果出力部7は、評価部5における複数の対象者の感染機会に関する評価結果を出力する。
【0016】
設定部2は、感染機会評価システム1で、シミュレーション部3におけるシミュレーション、算出部4における算出等、各種の処理を実行するのに必要な各種の条件等の設定を行う。設定部2における設定は、例えば、感染機会評価システム1のオペレータによる外部からの入力操作や、外部からの各種設定の内容が記載されたファイルの受信等によって、行われる。
設定部2では、図2に示すようなエリア100内における複数の対象者が行動可能な領域、経路である行動対象領域Rを構成するための設定を行う。設定部2では、マップ情報記憶部6から呼び出したエリア100のレイアウトを示すマップ情報(図形情報)M上で、エリア100内での行動対象領域Rを形成するためのノードRnとリンクRlとを設定する。ここで、本実施形態では、エリア100であるオフィスには、各対象者が利用するデスク101、男子トイレ102、女子トイレ103、コピー、印刷などを行う複合機104、自動販売機105、会議室106等が設けられている。
【0017】
ノードRnは、対象者が移動するときの目的地点、経由地点、通路の分岐地点、移動方向を変換する地点等に設定される。目的地としてのノードRnは、例えば、デスク101、男子トイレ102、女子トイレ103、コピー、複合機104、自動販売機105、会議室106等に設定される。
また、各目的地のノードRnに対し、目的地で実施するタスク(行動、目的)を関連付けて設定する。例えば、デスク101には、デスクワークというタスクが関連付けられる。男子トイレ102、女子トイレ103には、トイレというタスクが関連付けられる。複合機104には、例えばコピーというタスクが関連付けられる。自動販売機105には、例えば休憩というタスクが関連付けられる。また、会議室106には、ミーティングといったタスクが関連付けられる。
リンクRlは、近接するノードRn同士を直線で繋ぐ経路である。リンクRlは、対象者が歩いて移動可能なルートに従って設定される。
エリア100内における行動対象領域Rは、このように、ノードRnをリンクRlによって結ぶことで形成される。
【0018】
後述するように、対象者の各々は、各ノードRnでタスクを実行しつつ、タスクが終了したら次のタスクを実行するために、次のタスクに関連付けられたノードRnへとリンクRlを辿って移動するように、シミュレーションがなされる。
本実施形態において、対象者の各々が実行する行動は、上記のような、各ノードRnで実行されるタスクと、及びノードRn間のリンクRlに沿った移動と、の双方を意味する。すなわち、シミュレーション部3によって計算された行動経路は、対象者の、リンクRlに沿った移動経路を含むとともに、タスクを実行中である場合に、当該タスクに対応するノードRnにおける滞在をも含む。
【0019】
設定部2では、対象者についての設定を行う。設定は、対象者の各々に対して行われる。対象者についての設定としては、例えば、対象者の属性情報がある。対象者の属性情報には、例えば、後に図4を用いて説明する対象者の行動パターンに関する情報や、シミュレーション結果を属性別に集計したり、行動パターンに属性ごとの特徴を持たせたりするための、属性情報等がある。より具体的には、対象者の属性情報としては、部署名、職位(一般社員、マネージャー等)、業務内容、使用するデスク101の位置、性別等がある。
【0020】
図3は、対象者に設定される接触範囲の一例を示す図である。
設定部2では、図3に示すように、対象者Pの接触範囲Psを設定する。接触範囲Psは、後に説明するシミュレーション部3において対象者Pの行動がシミュレーションされる際に、対象者Pの前方Dfを含むように設定される。
対象者Pの前方Dfは、対象者Pの顔が向く方向である。対象者Pの前方Dfは、対象者Pが移動中であれば、移動方向である。また、対象者Pの前方Dfは、対象者PがあるノードRnにおいてタスクを実行中であれば、そのノードRnを向く方向である。例えば、対象者Pがデスクワーク中であれば、対象者Pに対してデスク101が位置する方向が前方Dfであるし、コピー中であれば、対象者Pに対して複合機104が位置する方向が前方Dfである。
接触範囲Psは、シミュレーション部3におけるシミュレーション結果に基づいて、複数の対象者Pが接触する機会を定量化するために設定される。設定部2では、接触範囲Psを、水平面内で対象者Pの前方Dfを含んで定められた角度範囲内に設定する。具体的には、接触範囲Psは、対象者Pから見て前方Dfを中心として、その左右双方に同一の角度を設けるように設定された中心角θと、半径rを有する扇形形状の範囲に設定される。中心角θは、例えば90度であり、対象者Pから見て前方Dfを中心として、その左右双方に45°となるように設定されている。半径rは、対象者Pが咳やくしゃみをした場合に対象者Pから唾液等の飛沫が飛散する想定距離に基づき、例えば3mに設定される。
【0021】
中心角θ、半径rは、適宜他の設定値とすることも可能である。あるいは、各対象者Pの位置や状態に基づいて、接触範囲Psの中心角θ、半径rを変動させるようにしてもよい。
例えば、対象者Pが歩いて移動している場合には、対象者Pは主に移動方向である前方Dfに顔を向けているのに対し、対象者Pが、デスク101に着席したり、移動中に立ち止まったりして、移動を停止している場合等には、対象者Pが周囲の他の対象者Pと会話をするため等に様々な方向を、ランダムに向く可能性がある。このため、接触範囲Psの中心角θは、対象者PがリンクRlを移動中の場合は、上記のように90度とし、対象者Pが移動を停止して、例えば何らかのノードRnでタスクを実行している場合には、90度より広い角度に設定するようにしてもよい。あるいは、対象者Pが移動を停止している状態においては、接触範囲Psの中心角θを90度から変えずに、対象者Pの前方Dfを時折ランダムな向きに変えるようにしてもよい。この場合において、対象者Pの前方Dfを、予め設定された方向の分布に従って、ランダムに変えるようにしてもよい。
また、接触範囲Psの半径rは、例えば、エリア100内の湿度、温度、換気状態等に応じて変動させるようにしてもよい。また、接触範囲Psの半径rは、例えば、対象者Pがマスクを装着しているか否かで異ならせるようにしてもよい。例えば、対象者Pがマスクを装着している場合には、接触範囲Psの半径rを、装着していない場合の半分の値としてもよい。また、対象者Pに子供が含まれる場合、対象者Pが大人である場合よりも、子供の対象者Pに設定される接触範囲Psの半径rを小さくしてもよい。
【0022】
図4に、対象者のタスクの遷移確率の一覧を示す。
設定部2では、対象者Pの行動をシミュレーションするため、対象者Pが行い得るタスクの遷移確率を設定する。図4に示すように、対象者Pが行い得るタスクとしては、出勤、デスクワーク、トイレ、会議、休憩、コピー、電話対応、共用文具(を取りに行くこと)、自動販売機での飲料等の購入、等がある。もちろん、ここに例示した以外のタスクを設定してもよい。図4では、オフィスであるエリア100に滞在している間に、対象者Pが個々のタスクを実行する確率を示している。図4に示される遷移確率表は、各行に対し、当該行中に設定されている確率の総和が1となるように作成されている。図4に示す一覧では、例えば、対象者Pが出勤した後に、対象者Pのタスクがデスクワークに遷移する確率は、0.52、対象者Pがトイレに行く確率は0.05、といったものになる。対象者Pが行いうるタスクの遷移確率は、例えば、対象者Pの職位、業務内容等に応じて、個別に設定するようにしてもよい。
【0023】
また、設定部2では、対象者Pの行動をシミュレーションするため、対象者Pが行い得るタスクの各々の実行(継続)時間を設定する。例えば、対象者Pがデスクワークを継続する時間は45分、トイレは4分、会議は15分、といったものになる。
実際にシミュレーションを行う際には、例えば上記実行時間の設定値を中心とした正規分布を仮定し、分散を設定したうえで、上記実行時間の設定値が平均値となるようにばらつきを持たせて調整した値を、タスクの実行時間として使用するのが望ましい。
【0024】
また、設定部2では、シミュレーション部3で実施するシミュレーションの条件を設定する。例えば、シミュレーション対象とする時間帯(例:8時~20時)、シミュレーションを繰り返す時間間隔であるシミュレーションステップ(例えば1秒ごと)、出勤時間分布と退勤時間分布(例えば正規分布など)である。また、設定部2は、同一のエリア100内に位置する対象者Pの数を異ならせてシミュレーションを行うため、シミュレーション対象とする対象者Pの数や属性情報を設定することもできる。
【0025】
シミュレーション部3は、マルチエージェントシミュレーション手法により、対象者Pの行動と、この行動に際して対象者が移動する経路である行動経路に関するシミュレーションを行う。シミュレーション部3は、上記設定部2で成された各設定に基づいて、シミュレーションを行う。
【0026】
シミュレーション部3では、図4に示したような、対象者Pのタスクの遷移確率に基づき、出勤から退勤までの間に、複数の対象者Pのそれぞれの行動を、シミュレーションステップごとに、シミュレーションする。
例えば、シミュレーション部3は、対象者Pは出勤時間分布に従って出勤を行った後、図4に示すように、あらかじめ定められた遷移確率に基づいて、複数のタスクの中から、実行するタスクを順次選択するように、対象者Pの行動を、シミュレーションして決定する。
シミュレーション部3は、対象者Pを、選択したタスクを実行するための場所、すなわちノードRnまで、リンクRlを辿って移動させる。シミュレーション部3は、シミュレーションステップごとに、リンクRlを辿って移動中の対象者Pの位置を算出する。
シミュレーション部3は、リンクRlを辿って移動中に、あるシミュレーションステップにおいて、対象者Pが目的となるノードRnに到着した、すなわち対象者Pが目的となるノードRnの外縁に接触したと判断すると、その場所で、選択したタスクを、当該タスクに対応する実行時間だけ継続する。シミュレーション部3は、シミュレーションステップごとに、タスクを実行中の対象者Pの位置を、当該タスクに対応する、現在滞在中のノードRnであると算出する。
シミュレーション部3は、シミュレーションステップごとに時間を経過させ、当該タスクに対応する実行時間を経過したか否かを逐次判定する。シミュレーション部3は、実行時間が経過しタスクの実行が完了したと判定すると、次に行うタスクを、上記と同様、図4に示す遷移確率に基づいて選択し、次のタスクに対応するノードRnまで、リンクRlを辿って移動させる。以後、シミュレーション部3は、同様の処理を繰り返し、退勤予定時間を超過するまで、複数のタスクを順次実行するように、対象者Pの行動をシミュレーションする。
【0027】
シミュレーション部3では、各対象者Pについて上記のように行動をシミュレーションするに際し、この行動に際して対象者が移動する経路である行動経路を同時に算出する。行動経路は、換言すれば、上記のようにシミュレーションステップごとに算出された対象者Pの位置の、時間経過による連続した系列である。
あるシミュレーションステップにおいて、対象者Pが、ノードRnでタスクを継続する場合には、当該シミュレーションステップにおける行動経路は、ノードRnに滞留し、移動しないことを示すものとなる。
また、あるシミュレーションステップにおいて、対象者Pが、ノードRn間をリンクRlに沿って移動する場合には、当該シミュレーションステップにおける行動経路は、リンクRlの移動を示すものとなる。このとき、シミュレーション部3では、最短経路を選択するように、行動経路を生成する。
【0028】
シミュレーション部3は、行動経路の生成に際し、移動中やタスクの実行中に複数の対象者P同士の衝突を回避するため、SFM(ソーシャルフォースモデル)を利用してもよい。SFMは、歩行者に働く外力を、目的地へ進もうとする力と、他者や障害物から受ける反発力とに基づいて、対象者Pが他者や障害物との衝突を回避するように対象者Pの動きを制御するものである。
SFMを利用した場合、多数の対象者Pが集まる可能性の高い場所、例えば会議室106では、図2に示されるように、ノードRnの直径を大きくするのが望ましい。上記のように、シミュレーション部3においては、対象者PのノードRnへの到着を、対象者Pが目的となるノードRnの外縁に接触したか否かで判定している。このため、ノードRnの直径を、例えばデスクなどの他のノードRnと同程度の大きさとなるように、小さく設定すると、対象者P同士の衝突を回避しつつ同時にノードRnに接触できる対象者Pの数が小さくなり、この数を越えて新たな対象者PがノードRnに接触しようとしても、既にノードRnに接触した対象者Pに阻まれてノードRnに接触できなくなるためである。
なお、このような衝突回避行動を含めて行動経路を生成する場合、SFM以外の他のアルゴリズムを用いてもよい。また、SFM等のアルゴリズムによる衝突回避行動は設定しなくてもよい。SFMによる衝突回避行動を設定しない場合には、対象者Pの重なりを許容する。
【0029】
シミュレーション部3では、上記のように、シミュレーション開始時刻(例えば8時)から所定のシミュレーションステップ(例えば1秒)ごとに、全対象者Pの位置を算出することを繰り返し、シミュレーションを進める。具体的には、例えば10時00分00秒の時点での全ての対象者Pの位置、移動方向、移動速度から、次のシミュレーションステップが経過した10時00分01秒の時点における全ての対象者Pの位置を算出して更新する。このような演算処理を順次繰り返すことで、シミュレーション開始時刻以降、所定のシミュレーションステップごとにおける全ての対象者Pの位置が算出される。このようなシミュレーションは、シミュレーション終了時刻(例:20時まで)が経過するまで継続する。
【0030】
算出部4では、シミュレーション部3によってシミュレーションがなされた行動及び行動経路に従って複数の対象者Pが行動した場合に、異なる対象者P間で、接触範囲Ps同士が重なる度合いを算出する。算出部4は、シミュレーションがなされた行動及び行動経路に従って複数の対象者Pが行動した場合に、シミュレーションステップより大きい、予め設定された時間間隔である接触範囲計算時間間隔ごと(例えば15秒)に、各時刻における各対象者Pの位置に基づき、複数の対象者Pの接触範囲Ps同士が重なる度合いを算出する。接触範囲計算時間間隔をシミュレーションステップよりも大きくしているのは、算出部4における計算負荷を低減するためである。
【0031】
図5は、複数の対象者の接触範囲同士が重なった状態を示す図である。図5に示すように、シミュレーションによって得られた複数の対象者Pの行動経路を重ね合わせると、ある時刻で、複数の対象者P同士の位置が接近して、図5に示すように、異なる対象者Pのそれぞれに設定された接触範囲Ps同士の少なくとも一部の部分PAが重なることがある。算出部4では、異なる対象者P間で接触範囲Ps同士が重なった部分PAの面積(以下、これを重複面積と称する)に基づいて、異なる対象者P間で接触範囲Ps同士が重なる度合いを算出する。
具体的には、接触範囲計算時間間隔ごとの各時点で、全ての対象者Pの組み合わせについて、接触範囲Ps同士が重なり合う全ての対象者P同士の接触範囲Psの重複面積を個別に算出する。
具体例を挙げると、例えば、対象者Pと対象者Pの間の接触範囲Psの重複面積Si、jは、ある時点(例えば8時40分時点)において、次のような値となる。
対象者P2と対象者P4との接触範囲Psの重複面積S2、4:0.433224m
対象者P23と対象者P26との接触範囲Psの重複面積S23、26:0.044176m
対象者P10と対象者P14との接触範囲Psの重複面積S10、14:2.290654m
対象者P10と対象者P13との接触範囲Psの重複面積S10、13:0.360142m
他の対象者間の重複面積は0m
このように、接触範囲Ps同士が重なり合う対象者P、P同士の接触範囲Psの重複面積Si、jが算出される。
なお、本実施形態においては、ある対象者Pと他の対象者Pとの間の重複面積Si、jは、対象者Pと対象者Pとの間の重複面積Sj、iと同じ値となっている。すなわち、上記の例において、S2、4が0.433224mであるから、S4、2も0.433224mとなる。
【0032】
そして、算出部4は、シミュレーションを継続している間の接触範囲計算時間間隔ごとの各時点tにおいて、全ての対象者Pの組み合わせにおける接触範囲Ps同士が重なった部分PAの重複面積Si、jの合計SUM(=1/2×ΣΣi、j)を計算する。重複面積Si、jの合計SUMの計算に際し、重複面積Si、jの総和に係数1/2を乗算しているのは、既に説明したように、重複面積Si、jと重複面積Sj、iは同じ値となり、これらが重複して計算されるのを排することを目的としたものであるが、重複を許し、1/2を乗算しなくともよい。重複面積Si、jの合計SUMは、例えば特定の部署の対象者Pが関係する重複面積Si、jの合計など、対象者Pの属性別に算出することができる。
例えば、上記の具体例の場合、tが8時40分時点における、全ての対象者P間の接触範囲Psの重複面積の合計SUMは、例えば、3.128196mとなる。
【0033】
さらに、算出部4は、異なる対象者P間で接触範囲Ps同士が重なり続けていた時間に基づいて、異なる対象者P間で接触範囲Ps同士が重なる度合いを算出する。これには、算出部4は、接触範囲計算時間間隔ごとの各時間における、接触範囲Ps同士の重複面積Si、jの合計SUMの、シミュレーション開始から終了までの間での総計(累積)SUM(=ΣSUM)を計算する。本実施形態では、シミュレーション開始から終了までの間に異なる対象者P間で接触範囲Ps同士が重なった部分PAの重複面積の総計SUMを、エリア100のレイアウトにおける飛沫感染機会とする。
例えば、上記の具体例の場合、シミュレーション開始から終了までの間に異なる対象者P間で接触範囲Ps同士が重なった部分PAの重複面積の総計SUMは、例えば、29346.19937mといった値となる。
【0034】
評価部5では、算出部4で算出された異なる対象者P間で接触範囲Ps同士が重なる度合いに基づいて、複数の対象者Pの接触に起因する感染症の感染機会に関する評価を行う。
評価部5では、例えば、シミュレーション開始から終了までの間に異なる対象者P間で接触範囲Ps同士が重なった部分PAの重複面積Si、jの総計SUM(エリア100のレイアウトにおける飛沫感染機会)を、予め設定された閾値に基づいて、複数段階のレベルに分け、当該レベルをもって、感染機会の程度を表現するようにしてもよい。また、評価部5では、シミュレーション開始から終了までの間に異なる対象者P間で接触範囲Ps同士が重なった部分PAの重複面積Si、jの総計SUMを、シミュレーション開始から終了までの経過時間で除算することによって、単位時間あたりの感染機会を表す数値として、評価を行うようにしてもよい。
また、評価部5では、シミュレーション部3においてエリア100内のレイアウトや、対象者Pの数や配置を異ならせた複数の条件で感染機会を評価し、レイアウトの優劣や、同時に勤務可能な対象者Pの最大数などのオフィス運用上の施策の優劣が、判断できるようにしてもよい。
【0035】
図6は、複数の対象者の感染機会に関する評価結果を、マップ情報に重ねて出力する情報の一例を示す図である。
結果出力部7は、評価部5における複数の対象者Pの感染機会に関する評価結果を、マップ情報に重ねて出力する。例えば、結果出力部7は、図6に示すように、エリア100のマップ情報M上に、感染機会の総量のレベルが高い部分を、例えばヒートマップ等のように、他の部分と色分けしたパターンZ等によって表示してもよい。これにより、感染機会の総量のレベルが高い位置を、容易に認識できる。
このようなヒートマップ状の表示は、重複面積Si、jを計算するに際し、接触範囲Ps同士が重複した際に、それがエリア100のレイアウトを示すマップ情報M上のどの位置で生じたのかを記録し、マップ情報M上の位置ごとに累計することで実行され得る。この場合において、例えば、マップ情報M上での、接触範囲Ps同士が重複する一方の対象者Pの位置する点と、他方の対象者Pの位置する点とを直線で結び、対象者Pと対象者Pの接触が、この直線の中心点で生じるものとするのが望ましい。
また、結果出力部7は、エリア100内における感染機会の総量を、数値表示するようにしてもよい。
また、結果出力部7は、エリア100内における感染機会の度合いを、単位時間あたり(例えば1時間ごと)の感染機会の平均値により表してもよい。
【0036】
次に、上記したような感染機会評価システム1における感染機会評価方法について説明する。
図7は、感染機会評価システムにおける感染機会評価方法の流れを示すフローチャートである。
図7に示すように、感染機会評価システム1における感染機会評価方法を実施するには、まず、シミュレーション条件の設定を行う(ステップS1)。これには、設定部2でエリア100内における複数の対象者Pが行動可能な行動対象領域Rを構成するため、マップ情報Mの取得、ノードRn、リンクRlの設定を行う。また、設定部2で、対象者Pについての属性情報、対象者Pの接触範囲Psの中心角θ、半径r、対象者Pが行い得るタスクの遷移確率、各タスクの実行(継続)時間等を設定する。さらに、設定部2では、シミュレーション部3で実施するシミュレーションの条件として、シミュレーション対象とする時間帯、シミュレーションステップ、出勤時間分布と退勤時間分布、エリア100内の対象者Pの数、属性情報、接触範囲計算時間間隔等を必要に応じて設定する。
【0037】
ステップS1に続いて、全対象者Pの行動についてシミュレーションを実行する。すなわち、シミュレーション部3が、エリア100内において、複数の対象者Pの行動と、行動に伴う行動経路に関するシミュレーションを、シミュレーションステップごとに実行する(ステップS2)。
図8は、遷移確率に基づいて対象者の行動をシミュレーションする流れを示すフローチャートである。
図8に示すように、対象者Pが出勤する(ステップS21)と、シミュレーション部3では、図4に示したような遷移確率に基づいて、実行するタスクを選択する(ステップS22)。続いて、対象者Pが、選択されたタスクが実行可能であるか否かを確認する(ステップS23)。例えば、ステップS22で、タスクとして、会議が選択された場合、対象者Pが会議室を利用可能であるか否かを確認する。例えば、他の対象者Pが会議室を利用しており、会議室を利用できない場合等には、選択したタスクが実行可能ではない、と判断し、ステップS22に戻る。タスクが実行可能であれば、シミュレーション部3では、対象者Pを、選択したタスクを実行する位置に移動させる(ステップS24)。
タスクを実行する位置に移動した後、シミュレーション部3では、そのタスクに設定されたタスク実行時間が経過したか否かを確認する(ステップS25)。タスク実行時間が経過していなければ、ステップS25を繰り返す。タスク実行時間が経過した場合、タスクが終了したものとして、ステップS26に進む。
ステップS26では、対象者Pの退勤予定時刻が経過しているか否かを確認する。その結果、退勤予定時刻が経過していなければ、ステップS22に戻り、次に実行するタスクを選択し、上記と同様の処理を順次繰り返す。ステップS26で、対象者Pの退勤予定時刻が経過していた場合、対象者Pが退勤した(ステップS27)ものとして、対象者Pのシミュレーションを終了する。
【0038】
このようにして、シミュレーション部3は、対象者Pの行動と行動経路を、シミュレーションステップごとにシミュレーションする。これにより、シミュレーションステップが経過するたびに、各対象者Pの、マップM上における位置と、及び当該位置において当該対象者Pが向く方向が、算出、特定される(ステップS3)。
【0039】
上記のように、シミュレーション部3による行動と行動経路のシミュレーションと、及び各対象者Pの位置及び方向の算出がシミュレーションステップごとに繰り返されて、接触範囲計算時間間隔が経過すると、算出部4が、その時点における、各対象者Pの、マップM上における位置と、及び当該位置において当該対象者Pが向く方向を基に、各対象者Pの接触範囲Psを特定する(ステップS4)。次いで、算出部4は、異なる対象者P間で前方Dfを含むように設定された接触範囲Ps同士が重なる度合いとして、異なる対象者P間で接触範囲Psが重なり合う部分PAの重複面積Si、jを算出する(ステップS5)。
このように、算出部4は、接触範囲計算時間間隔ごとに、重複面積Si、jを算出する。
【0040】
次いで、シミュレーション部3は、予め設定されたシミュレーション対象時間が経過したか否かを確認する(ステップS6)。その結果、シミュレーション対象時間が経過していなければ、ステップS2に戻り、シミュレーションステップごとの対象者Pの行動と行動経路のシミュレーション(ステップS2)及び対象者Pの位置方向の算出(ステップS3)、及び接触範囲Psの特定(ステップS4)と重複面積Si、jの算出(ステップS5)を繰り返す。
ステップS6で、シミュレーション対象時間が経過した場合、算出部4では、シミュレーション開始から終了までの間で、異なる対象者P間での接触範囲Ps同士の重複面積Si、jの総計SUMを算出する(ステップS7)。これにより、エリア100のレイアウトにおける、シミュレーション開始から終了までの間の複数の対象者Pの感染機会が得られる。
このようにして、ステップS7において、算出部4で算出された、異なる対象者P間で接触範囲Ps同士が重なる度合いに基づいた、複数の対象者Pの接触に起因する感染症の感染機会に関する評価が行われる。
【0041】
(シミュレーション例)
図9は、上記したような感染機会評価システム1の感染機会評価方法によって、実際にシミュレーションを行った結果を示す図である。
ここでは、エリア100内の対象者Pの数を異ならせてそれぞれシミュレーションを行った。これにより、エリア100であるオフィスに勤務する全員が出社していた場合(状況A)と、半分のみが出社していた場合(状況B)とで、感染機会を比較評価した。
その結果、対象者Pの数が多く、全員が出社していた場合におけるシミュレーションと、対象者Pの数を半分とした場合におけるシミュレーションとでは、図9に示すように、異なる対象者P間での重複面積の総計値C1、C2によって表される感染機会が異なっていた。図9の例では、エリア100のオフィスへの出社人数を半分にすることで、感染機会が約1/6になるという推定結果が得られた。また、エリア100のマップ情報M上に、異なる対象者P間での重複面積の総計値を、カーネル密度推定によって描画を行うことで得たヒートマップHm1、Hm2においても、視覚的な相違を容易に確認することができた。
【0042】
上述したような感染機会評価システム1は、定められたエリア100内において、複数の対象者Pの各々の行動と、当該行動に際して当該対象者Pが移動する経路である行動経路に関して、シミュレーションを行うシミュレーション部3と、複数の対象者Pの各々が、シミュレーション部3によってシミュレーションがなされた行動及び行動経路に従って行動した場合に、異なる対象者間で、対象者Pの各々の前方Dfを含むように設定された接触範囲Ps同士が重なる度合いを算出する算出部4と、算出部4で算出された、接触範囲Ps同士が重なる度合いに基づいて、複数の対象者Pの接触に起因する感染症の感染機会に関する評価を行う評価部5と、を備える。
このような構成によれば、定められたエリア100内において複数の対象者Pの各々の行動と、当該行動に際して当該対象者Pが移動する経路である行動経路に関するシミュレーションを行う。これにより、エリア100内において、複数の対象者P同士が近寄って接触する位置を推定することができる。このようにシミュレーションされた行動及び行動経路に従って複数の対象者Pが行動した場合に、複数の対象者P同士が接近すると、接触範囲同士が重なることがある。対象者Pの接触範囲Psは、対象者Pの顔が向いている方向、すなわち対象者Pが行動に際して向いている、前方Dfを含む範囲である。複数の対象者Pの接触範囲Ps同士が重なるということは、複数の対象者P同士が対面している可能性が高い。複数の対象者P同士が対面していれば、一方の対象者Pの呼吸、咳、くしゃみ等によって対象者Pから飛散される飛沫等が、他方の対象者Pに及ぶ範囲に、対象者P同士が位置することになる。したがって、複数の対象者Pの接触範囲Ps同士が重なる度合いが高ければ、複数の対象者Pの接触に起因する感染症の感染機会が多い(高い)と言える。このように、複数の対象者Pの接触範囲Ps同士が重なる度合いを算出することによって、複数の対象者Pの感染機会に関する評価を行うことができる。したがって、人と人との接触に起因する感染症の感染機会を、より高い精度で評価することが可能となる。
【0043】
また、算出部4は、異なる対象者P間で接触範囲Ps同士が重なった面積(重複面積Si、j)に基づいて、接触範囲Ps同士が重なる度合いを算出する。
このような構成によれば、異なる対象者P間で接触範囲Ps同士が重なった面積に基づいて、接触範囲Ps同士が重なる度合いを算出することによって、複数の対象者P同士の感染機会を定量的に評価することが可能となる。
【0044】
また、接触範囲Psは、水平面内で対象者Pの前方Dfを中心とした角度範囲内に、扇形形状に設定されている。
このような構成によれば、シミュレーションされた行動及び行動経路に従って対象者Pが行動している場合、対象者Pの顔は、前方Dfを向いている可能性が高い。このため、接触範囲Psを、水平面内で対象者Pの前方Dfを中心とした角度範囲内に、扇形形状に設定することで、接触範囲Psを適切に設定することができる。
【0045】
また、感染機会評価システム1は、エリア100のマップ情報を記憶したマップ情報記憶部6と、評価部5における複数の対象者Pの感染機会に関する評価結果を、マップ情報Mに重ねて出力する結果出力部7と、をさらに備える。
このような構成によれば、評価部5における複数の対象者Pの感染機会に関する評価結果を、エリア100のマップ情報Mに重ねて出力することで、例えば、複数の対象者P同士の感染機会が高い位置等を把握することができる。これにより、例えば、エリア100内のレイアウトの検討、評価を行いやすくなる。
【0046】
特に本実施形態においては、上記のように、評価部5は、接触範囲Ps同士が重なる度合いに基づいて、複数の対象者Pの接触に起因する感染症の感染機会を評価する。
このような構成によれば、複数の対象者P同士の接触する機会が高く、感染症の感染機会が高い位置を高精度に推定することができる。これにより、エリア100内において感染症が感染しやすい位置の推定、その推定に基づいた感染症の感染を抑えるための施策の実施、等を行うことが可能となる。
【0047】
また、シミュレーション部3は、マルチエージェントシミュレーション手法により、行動及び行動経路に関するシミュレーションを行う。
このような構成によれば、マルチエージェントシミュレーション手法を用いることで、複数の対象者Pが相互に関わることで生じる複数の対象者P同士の感染機会を、効率良く評価することができる。
【0048】
また、上述したような感染機会評価方法は、定められたエリア100内において、複数の対象者Pの各々の行動と、当該行動に際して当該対象者Pが移動する経路である行動経路に関して、シミュレーションを行い、複数の対象者Pの各々が、シミュレーションがなされた行動及び行動経路に従って行動した場合に、異なる対象者P間で、対象者Pの各々の前方Dfを含むように設定された接触範囲Ps同士が重なる度合いを算出し、接触範囲Ps同士が重なる度合いに基づいて、複数の対象者Pの接触に起因する感染症の感染機会に関する評価を行う。
このような構成によれば、複数の対象者Pの接触範囲Ps同士が重なる度合いを算出することによって、複数の対象者Pの感染機会に関する評価を行うことができる。このようにして、人と人との接触に起因する感染症の感染機会を、より高い精度で評価することが可能となる。
【0049】
(実施形態の変形例)
なお、本発明の感染機会評価システム1、および感染機会評価方法は、図面を参照して説明した上述の実施形態に限定されるものではなく、その技術的範囲において様々な変形例が考えられる。
例えば、上記実施形態では、異なる対象者P間で接触範囲Ps同士が重なった場合に、それぞれの対象者Pについて、接触範囲Psが重なった部分PAの重複面積を累積していくようにした。すなわち、一の対象者Pと他の対象者Pとの間の重複面積Si、jは、他の対象者Pと一の対象者Pとの間の重複面積Sj、iと同じ値とし、一の対象者Pと他の対象者Pの各々に対して、同じ値となる重複面積Si、jと重複面積Sj、iをそれぞれ計算したが、これに限らない。例えば、図10に示すように、異なる対象者P同士が対面しておらず、一方の対象者P1の後方に他方の対象者P2が位置している場合、前方に位置している対象者P1については、接触範囲Psが重なった部分PAの重複面積を、算出部4での算出に反映させ、後方に位置している対象者P2については、接触範囲Psが重なった部分PAの重複面積を算出部4での算出に反映させないようにしてもよい。これは、後方に位置している対象者P2には、前方に位置している対象者P1から飛散する飛沫の影響を受けにくいためである。
【0050】
また、上記実施形態では、対象者Pの接触範囲Psを、中心角θと半径rとで設定するようにしたが、図11に示すように、接触範囲Ps’内を、対象者Pからの距離に応じて、複数段階に区分してもよい。これにより、算出部4では、異なる対象者P間で接触範囲Ps’同士が重なっていたときの対象者P同士の距離に基づいて、異なる対象者P間で接触範囲Ps’同士が重なる度合いを算出する。これは、対象者Pに対する距離が近いほど、対象者Pとの接触による影響(感染の影響)が高くなることを考慮する為である。
具体的には、例えば、接触範囲Ps内を、対象者Pに最も近い位置から、対象者Pから最も遠い位置に向けて、第一範囲Ps1、第二範囲Ps2、第三範囲Ps3を設定する。さらに、これら第一範囲Ps1~第三範囲Ps3に対し、対象者に近いほど大きくなるように、係数を設定する。例えば、第一範囲Ps1の係数を1.3、第二範囲Ps2の係数を1.0、第三範囲Ps3の係数を0.7等と設定することができる。このようにしたうえで、各範囲Ps1~Ps3の各々のなかでの接触範囲Ps’同士が重なる面積と、これに対応する係数の重み付け和を計算し、これを重複面積として算出するようにしてもよい。
さらに、接触範囲Ps内を、上記のように段階的に区分せず、対象者Pからの距離が大きくなるほど、対象者Pとの接触による影響が連続的に低くなるように、係数を連続的に設定してもよい。
【0051】
また、上記実施形態、及び変形例では、接触範囲Psを、扇形形状に設定するようにしたが、これに限らない。対象者Pの前方Dfを含んで設定するのであれば、接触範囲Psは、例えば矩形状、楕円状、円状等、他の様々な形状に設定してもよい。
【0052】
また、評価部5における評価内容については、上記実施形態で示したような、エリア100全体での感染機会の評価に限らず、例えば、対象者Pごとに、感染機会の評価を行うようにしてもよい。
例えば、対象者Pごとの感染機会の最大値を評価して表示することで、この最大値Pを小さくして、対象者P個人レベルでの感染機会を小さくするように、レイアウトやオフィスの運営を検討することができる。
【0053】
また、上記実施形態では、定められたエリア100をオフィスとしたが、これに限らない。例えば、図12に示すように、エリア100を、複数の店舗120が配置された商店街、ショッピングモール等とすることも可能である。このような場合、エリア100は、必ずしも閉鎖空間ではなく、対象者Pが自由に出入りできる空間であることもある。このような場合、対象者Pが、予め設定したエリア100の外部から内部に進入した場合、エリア100内の対象者Pとしての取り扱いを開始し、エリア100の内部から外部に退出した場合に、エリア100内の対象者Pとしての取り扱いを停止するようにしてもよい。
これ以外にも、エリア100は、例えば、教室、会議室等の、オフィスより狭い室内空間であってもよい。また、エリア100は、例えば、建物の各フロア、建物全体、駅、空港、港湾施設、倉庫や、スタジアム等の屋外施設等、より広い空間であってもよい。さらに、定められたエリア100は、列車、航空機、船舶等の乗物内に設定してもよい。
【0054】
また、上記実施形態では、複数の対象者Pの行動及び行動経路をシミュレーションする手法として、マルチエージェントシミュレーション手法を用いるようにしたが、これ以外のシミュレーション手法を適宜用いてもよい。
これ以外にも、本発明の主旨を逸脱しない限り、上記実施の形態で挙げた構成を取捨選択したり、他の構成に適宜変更したりすることが可能である。
【符号の説明】
【0055】
1 感染機会評価システム 7 結果出力部
2 設定部 100 エリア
3 シミュレーション部 M マップ情報
4 算出部 Df 前方
5 評価部 P 対象者
6 マップ情報記憶部 Ps、Ps' 接触範囲
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12