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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022183570
(43)【公開日】2022-12-13
(54)【発明の名称】医療用器具
(51)【国際特許分類】
   A61L 31/02 20060101AFI20221206BHJP
   C22F 1/14 20060101ALI20221206BHJP
   C22C 5/02 20060101ALI20221206BHJP
   C22C 5/06 20060101ALI20221206BHJP
   A61L 31/14 20060101ALI20221206BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20221206BHJP
【FI】
A61L31/02
C22F1/14
C22C5/02
C22C5/06 Z
A61L31/14
C22F1/00 625
C22F1/00 675
C22F1/00 640A
C22F1/00 630A
C22F1/00 611
C22F1/00 694A
C22F1/00 694Z
C22F1/00 685Z
C22F1/00 623
C22F1/00 694B
C22F1/00 612
C22F1/00 630K
C22F1/00 630M
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021090959
(22)【出願日】2021-05-31
(71)【出願人】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】八田国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】馬場 猛士
(72)【発明者】
【氏名】堀田 善治
【テーマコード(参考)】
4C081
【Fターム(参考)】
4C081AC09
4C081BB07
4C081CG07
4C081DA03
4C081EA02
(57)【要約】
【課題】留置後一定期間は十分なラジアルフォースを発揮し初期リモデリングを抑えるが、一定期間経過後、経時的に柔軟化する、医療用器具に用いられうる合金を提供し、ひいてはそれを用いた医療用器具を提供することを提供する。
【解決手段】 一定以上の相当ひずみを有する合金から形成される医療用器具であって、前記合金は、主成分として金、副成分として銀および/またはパラジウムを含み、または、主成分として銀、副成分として金および/またはパラジウムを含み、前記合金は、37℃大気圧雰囲気に放置させると、3日~122日で前記放置後の硬度から70%以下の硬度に低下する医療用器具により達成できる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一定以上の相当ひずみを有する合金から形成される医療用器具であって、
前記合金は、主成分として金、副成分として銀および/またはパラジウムを含み、または、主成分として銀、副成分として金および/またはパラジウムを含み、
前記合金は、37℃大気圧雰囲気に放置させると、3日~122日で前記放置後の硬度から70%以下の硬度に低下する医療用器具。
【請求項2】
巨大ひずみ加工によって前記一定以上の相当ひずみを有する合金となる、請求項1に記載の医療用器具。
【請求項3】
前記合金は、主成分が銀で、副成分が金である、請求項1または2に記載の医療用器具。
【請求項4】
前記合金の金の含有率が、1モル%超~5モル%未満である、請求項3に記載の医療用器具。
【請求項5】
前記合金の金の含有率が、5モル%超~20モル%未満である、請求項3に記載の医療用器具。
【請求項6】
前記医療用器具がステントである、請求項1~5のいずれか1項に記載の医療用器具。
【請求項7】
主成分として金、副成分として銀および/またはパラジウムを含む、または、主成分として銀、副成分として金および/またはパラジウムを含む合金に巨大ひずみ加工を施して巨大ひずみ加工済合金を得る工程と、
前記巨大ひずみ加工済合金を、医療用器具として形成する工程とを有し、
前記巨大ひずみ加工が、前記合金を、一定以上の相当ひずみになるようにし、かつ当該一定以上の相当ひずみを有する合金において、
37℃大気圧雰囲気に放置させると、3日~122日で前記放置後の硬度から70%以下の硬度に低下するようにするものである、医療用器具の製造方法。
【請求項8】
前記巨大ひずみ加工が、HPT(High-Pressure Torsion)、HPS(High-Pressure Sliding)、ARB(Accumulative Roll-Bonding)、ECAP(Equal-Channel Angular Pressing)、MDF(Multi-Directional Forging)、CEC(Cyclic Extrusion and Compression)、RCS(Repetitive Corrugation and Straightening)およびTE(Twist Extrusion)からなる群から選択される、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記巨大ひずみ加工済合金を得る工程は、前記合金を冷媒と接触させながら行う、請求項7または8に記載の製造方法。
【請求項10】
前記冷媒が、液体窒素、液体ヘリウム、液体水素、エチルアルコールとドライアイスの混合冷媒、エーテルとドライアイスの混合溶媒、エチルエーテルとドライアイスの混合溶媒、アセトンとドライアイスの混合溶媒、アセトニトリルとドライアイスの混合溶媒および酸化亜鉛と氷の混合溶媒からなる群から選択される、請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
前記医療用器具がステントである、請求項7~10のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項12】
請求項7~11のいずれか1項に記載の製造方法によって医療用器具を得た後、当該医療用器具を生体に導入するまでの間に、-18℃以下で冷凍保管することを有する、医療用器具の使用方法。
【請求項13】
前記医療用器具がステントである、請求項12に記載の使用方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療用器具に関する。
【背景技術】
【0002】
ステント、ボーンプレート、コイル等の医療用器具の構成材料として従来から金属材料が使用されることが知られている。医療用器具を構成する金属材料には、その用途および使用態様等を考慮して様々な特性が要求される。すなわち、医療用器具は、人体に直接的に接触し、または、人体内に埋め込まれる器具であることから、生体適合性・化学的安定性(耐食性)が要求される。また、永久的に脈動・拍動する血管内等に適用される、ステント等のような医療用器具に対しては、高い機械的性質(強度、弾性)も要求される。
【0003】
例えば、特許文献1に示されるステントは、隣り合う円筒要素同士をつなぐ相互連結要素(連結部)と呼ばれる部位が存在し、この連結部はステントの長手方向の形状を確保し、拡張後の血管のリモデリングを防ぐラジアルフォースを発生させ、機械的性質を担保している。
【0004】
一方、血管拡張後、留置されたステントは、一定期間、血管のリモデリングを防ぐラジアルフォースが必要であるが、その後、ラジアルフォースは必要なくなる。むしろ、この時期にはそのリジッドな特性が血管への余計なストレスを生じさせる恐れすらあり、つまり、その後、柔軟化が求められることが分かった。また動脈瘤治療のコイルや、ボーンプレートにも強度と柔軟化期間のバランスを検討する必要があることが分かった。
【0005】
ここで、金属の基礎研究分野において、純銀に圧力6GPaで巨大ひずみ加工を施した後、室温(27℃:300K)に置いておくと、それぞれ約5日で焼鈍後と同じ硬さに柔軟化するという特異な現象が報告されている(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6-181993号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】H.Matsunaga and Z.Horita,Material Transaction.,50,(2009),No.7
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者は、この非特許文献1の純金または純銀を医療用器具の構成材料に適用できる可能性があると考えた。
【0009】
しかし、非特許文献1に記載の巨大ひずみ加工を施した純金または純銀を医療用器具の材料として適用しようとしたとき以下の課題があることが分かった。
【0010】
第1に、巨大ひずみ加工した純金または純銀の強度(以下、引張強度とも言う)が低い。そのため、これらをそのまま医療用器具に応用しても高ラジアルフォースによる初期リモデリングの抑制が困難である。特に、現在実用化されているステントは、ステンレス鋼製やCoCr合金製であり、ステンレス鋼の強度は500~600MPaであり、CoCr合金の強度は1000MPaと高強度であるのに対し、上記純金の強度は300MPaであり、上記純銀の強度は170MPaと低強度である。
【0011】
第2に、例えば非特許文献1における純銀を加工後37℃に放置した場合、70%まで柔軟化するまでの期間(以下、柔軟化期間とも言う)を計算すると1日余りである。そのため、ラジアルフォースがまだ必要な期間内に柔軟化してしまう。
【0012】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、留置後一定期間は十分なラジアルフォースを発揮し初期リモデリングを抑えるが、一定期間経過後、経時的に柔軟化する、医療用器具に用いられうる合金を提供し、ひいてはそれを用いた医療用器具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記の問題を解決すべく、鋭意研究を行った。その結果、上記課題の少なくとも一つを解決するための実施形態として、一定以上の相当ひずみを有する合金から形成される医療用器具であって、前記合金は、主成分として金、副成分として銀および/またはパラジウムを含み、または、主成分として銀、副成分として金および/またはパラジウムを含み、前記合金は、37℃大気圧雰囲気に放置させると、3日~122日で前記放置後の硬度から70%以下の硬度に低下する医療用器具を提供する。
【発明の効果】
【0014】
上記実施形態によれば、留置後一定期間は十分なラジアルフォースを発揮し初期リモデリングを抑えるが、一定期間経過後、経時的に柔軟化する、医療用器具に用いられうる合金を提供し、ひいてはそれを用いた医療用器具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の実施形態に係るステントを示す図である。
図2】本発明の巨大ひずみ加工の1つであるHPT加工装置の主要な構成のみを模式的に表した図面である。このうち、図2(a)は、ディスク状の試料を加工する装置の主要な構成を表した図面であり、図2(b)は、リング状の試料を加工する装置の主要な構成を表した図面である。
図3】本発明の実施例で、巨大ひずみ加工した純銀および合金の試料につき、巨大ひずみ加工後2時間以内に、引張強さ(TS)、降伏応力(YS)、破断伸び(EL)を測定して得られた結果を示す図面である。
図4(a)】本発明の実施例で、巨大ひずみ(HPT)加工した銀を主成分とし、副成分の金を5モル%とする合金の試料につき加速試験(55℃)により、柔軟化期間を調べた結果を示す図面であって、HPT加工後の日数(横軸)と硬度(Hv)(縦軸)との関係を表す図面である。
図4(b)】本発明の実施例で、巨大ひずみ(HPT)加工した銀を主成分とし、副成分の金を5モル%とする合金の試料につき加速試験(75℃)により、柔軟化期間を調べた結果を示す図面であって、HPT加工後の日数(横軸)と硬度(Hv)(縦軸)との関係を表す図面である。
図4(c)】本発明の実施例で、巨大ひずみ(HPT)加工した銀を主成分とし、副成分の金を5モル%とする合金の試料につき加速試験(100℃)により、柔軟化期間を調べた結果を示す図面であって、HPT加工後の日数(横軸)と硬度(Hv)(縦軸)との関係を表す図面である。
図5(a)】本発明の実施例で、常温下で巨大ひずみ(HPT)加工した銀を主成分とし、副成分の金を5モル%とする合金の試料につき、55℃、75℃、100℃で加速試験を行って得られた、各温度における加工直後の硬度から当該値の70%にまで柔軟化するまでの期間の値(以下、「柔軟化期間70」または「De70」と定義)を用いて、37℃における柔軟化期間70の値を求めるために、相当ひずみごと(18.14)に、横軸を1/T(T:加速試験の温度)、縦軸をlnDe70とするグラフ上にプロットした3点から近似直線(回帰直線)を引いた図面である。
図5(b)】本発明の実施例で、常温下で巨大ひずみ(HPT)加工した銀を主成分とし、副成分の金を5モル%とする合金の試料につき、55℃、75℃、100℃で加速試験を行って得られた、各温度における加工直後の硬度から当該値の70%にまで柔軟化するまでの期間の値(以下、「柔軟化期間70」または「De70」と定義)を用いて、37℃における柔軟化期間70の値を求めるために、相当ひずみごと(36.28)に、横軸を1/T(T:加速試験の温度)、縦軸をlnDe70とするグラフ上にプロットした3点から近似直線(回帰直線)を引いた図面である。
図5(c)】本発明の実施例で、常温下で巨大ひずみ(HPT)加工した銀を主成分とし、副成分の金を5モル%とする合金の試料につき、55℃、75℃、100℃で加速試験を行って得られた、各温度における加工直後の硬度から当該値の70%にまで柔軟化するまでの期間の値(以下、「柔軟化期間70」または「De70」と定義)を用いて、37℃における柔軟化期間70の値を求めるために、相当ひずみごと(54.41)に、横軸を1/T(T:加速試験の温度)、縦軸をlnDe70とするグラフ上にプロットした3点から近似直線(回帰直線)を引いた図面である。
図5(d)】本発明の実施例で、常温下で巨大ひずみ(HPT)加工した銀を主成分とし、副成分の金を5モル%とする合金の試料につき、55℃、75℃、100℃で加速試験を行って得られた、各温度における加工直後の硬度から当該値の70%にまで柔軟化するまでの期間の値(以下、「柔軟化期間70」または「De70」と定義)を用いて、37℃における柔軟化期間70の値を求めるために、相当ひずみごと(72.55)に、横軸を1/T(T:加速試験の温度)、縦軸をlnDe70とするグラフ上にプロットした3点から近似直線(回帰直線)を引いた図面である。
図6】本発明の実施例で、液体窒素を吹きかけながら巨大ひずみ(HPT)加工した80Ag-20Au合金の試料につき加速試験により、柔軟化期間を調べた結果を示す図面であって、HPT加工後の日数(横軸)と硬度(Hv)(縦軸)との関係を表す図面である。なお、図6は、加速試験温度100℃での上記関係を表す図面である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態のみには限定されない。また、図面の寸法比率は、説明の都合上誇張されており、実際の比率とは異なる場合がある。また、本明細書において、範囲を示す「X~Y」は「X以上Y以下」を意味し、「重量」と「質量」、「重量%」と「質量%」および「重量部」と「質量部」は同義語として扱う。また、特記しない限り、操作および物性等の測定は、室温(25℃±5℃の範囲(20~30℃)/相対湿度40~50%の条件で測定する。
【0017】
<医療用器具>
本発明の一実施形態によれば、一定以上の相当ひずみを有する合金から形成される医療用器具であって、前記合金は、主成分として金、副成分として銀および/またはパラジウムを含み、または、主成分として銀、副成分として金および/またはパラジウムを含み、前記合金は、37℃大気圧雰囲気に放置させると、3日~122日で前記放置後の硬度から70%以下の硬度に低下する医療用器具が提供される。
【0018】
本発明の一実施形態によれば、医療用器具は、ステント、ボーンプレート、あるいは、コイル(動脈瘤治療に用いられるコイル)である。本発明の一実施形態によれば、医療用器具は、ステント(以下、柔軟化ステントともいう)である。
【0019】
本実施形態に係る柔軟化ステント(環状体、連結部)の厚みは、狭窄部に留置するために必要なラジアルフォースを有し、血流を阻善しない程度である。例えば1~1000μmの範囲が好ましく、50~300μmの範囲がより好ましい。
【0020】
本実施形態に係る柔軟化ステントは、従来使用されるステントと同様に、バルーンエクスパンダブルステント(balloon-expandable stent)(バルーン拡張型ステント)に用いられる。
【0021】
本実施形態に係る柔軟化ステントの形状は、血管等の生体管腔内に安定して留置するに足る強度を有するものがよい。柔軟化ステントの具体的な形状としては、例えば、管状体に開口部を設けたものや繊維を編み上げて円筒状に形成したもの等が挙げられる。
【0022】
以下では、本実施形態に係る柔軟化ステントの一態様として、バルーン拡張型ステントの例を挙げて、図1に示されるステントを説明する。図1に示されるように、ステント1は、線状構成要素2により環状に形成された波状環状体が、軸方向に複数配列するとともに、隣り合う波状環状体が連結部C(第1連結部および第2連結部:共に符号は付せず)により連結され、両末端部が開口し、該両末端部の間を長手方向に延在して構成される、円筒体である。本実施形態において波状環状体であると大きな拡径率が得られ、実使用上において良く求められる過拡張に対応できるとの効果を有する。
【0023】
隣り合う波状環状体同士は、相対的に短い第1連結部あるいは相対的に長い第2連結部により連結されている。円筒体の側面は、その外側面と内側面とを連通する多数の切欠部を有し、この切欠部が変形することによって、円筒体の径方向に拡縮可能な構造になっている。そして、血管等の生体管腔内に留置されると、その形状を維持する。図1に示す形態において、ステント1は、内部に切欠部を有する略菱形の要素Aを基本単位とする。略菱形の要素Aは、線状構成要素2と、第1連結部とにより構成される。また、略菱形の要素Aがその短軸方向に連続して配置され結合することによって、環状に形成された環状体Bをなしている。環状体Bは、軸方向に複数配列されており、隣り合う各環状体Bは、第2連結部によりさらに連結されている。これにより隣り合う各環状体Bは、互いに一部が結合した状態でその軸方向に連続して配置される。ステント1は、このような構成により、両末端部が開口し、該両末端部の間を長手方向に延在する円筒体をなしている。そして円筒体の側面は、略菱形の切欠部を有しており、この切欠部が変形することによって、円筒体の径方向に拡縮可能な構造になっている。
【0024】
本実施形態におけるステントは、線状構成要素2により環状に形成された環状体(波状環状体)が、軸方向に複数配列するとともに、隣り合う環状体が連結部C(第1連結部および第2連結部)により連結されたものであり、環状体および連結部Cが、本発明の一実施形態の合金により形成されうる。このように、ステントを構成する各部位が、本発明の一実施形態の合金により形成されていると、留置直後は十分なラジアルフォースを発揮し初期リモデリングを抑えるが、経時的にステント全体が同じように柔軟化し、正常な血管性状に回復するのを妨げないステントを提供できる。
【0025】
また、本発明の一実施形態の合金は、比重が重く、X線不透過性が高いため、このように金属材料が設けられることによってX線透視下でステントの位置を良好に確認できるという効果がある。つまり、通常のステントには、X線透視下でステントの位置を良好に確認できるように、ステント端部にX線不透過性金属材料がマーカーとして特別に設置されていることがある。しかし、端部にのみにX不透過性マーカーが設けられているステントでは、ステント全体の形状までは把握できず、留置部位付近に存在する分岐血管の全部または一部をステント本体で塞いでしまう場合があるという問題がある。これに対し本実施形態において、比重が重く、X線不透過性が高い本発明の一実施形態の合金を使用することにより、別途のマーカーを設けることなくステントの位置の視認性に優れるという効果を付与し、生体管腔内により安全に留置させることができる。すなわち埋め込みの際に優れたX線不透過性によりステントの位置が明確に分かり手術が容易になる。
【0026】
本実施形態におけるステントの構造は、図1で示された形態に限定されず、線状構成要素により環状に形成された環状体が、軸方向に複数配列するとともに、隣り合う環状体が連結部により連結されたものであれば良い。また、ステントを構成する線材(すなわち、線状構成要素)の断面形状についても、矩形、円形、楕円形、其の他の多角形等が挙げられるが、他の形状であってもよい。
【0027】
また、上記で説明した、ステントの大きさは、特に制限されず、適用箇所に応じて適宜選択すればよい。拡張前(バルーンに装着された状態)におけるステントの外径は、0.3~5mm程度が好ましく、0.4~4.5mm程度がより好ましく、0.5~1.6mm程度が特に好ましい。また、ステントの長さもまた、特に制限されず、処置すべき疾患によって適宜選択できる。例えば、ステントの長さは、5~100mm程度が好ましく、6~50mm程度がより好ましい。または、ステントの長さは、1.5~4mm程度が好ましく、2~3mm程度がより好ましい場合もある。
【0028】
<医療用器具を形成する合金>
本発明の一実施形態によれば、医療用器具を形成する合金であって、当該合金は一定以上の相当ひずみを有し、合金は、主成分として金、副成分として銀および/またはパラジウムを含み、または、主成分として銀、副成分として金および/またはパラジウムを含み、前記合金は、37℃大気圧雰囲気に放置させると、3日~122日で前記放置後の硬度から70%以下の硬度に低下する、が提供される。
【0029】
本実施形態に係る合金は、一定以上の相当ひずみを有する合金である。かかる実施形態であることによって、合金は経時的に柔軟化する。一定以上の相当ひずみを有する合金は、巨大ひずみ加工によって作製することができる。すなわち、本実施形態に係る医療用器具を形成する合金は、巨大ひずみ加工によって前記一定以上の相当ひずみを有する合金となるともいえる。本実施形態に係る医療用器具を形成する合金は、相当ひずみが1.5以上、3以上、4以上、12以上、30以上、48以上、あるいは、65以上の合金である。本実施形態に係る医療用器具を形成する合金は、相当ひずみが1000以下、500以下、300以下、100以下、80以下、60以下、40以下、20以下、あるいは、15以下の合金である。
【0030】
本実施形態に係る医療用器具を形成する合金の相当ひずみは、次の式により求めることができる。
【0031】
【数1】
【0032】
なお、本実施形態に係る医療用器具を形成する合金はHPTで加工した合金に限定されず、別の巨大ひずみ加工を用いた合金であってもよく、その際のひずみは、HPTで加工した場合のひずみと同様であると好ましい。
【0033】
前記一定以上の相当ひずみを有する合金は、主成分として金、副成分として銀および/またはパラジウムを含む、または、主成分として銀、副成分として金および/またはパラジウムを含む。かかる合金組成とすることで、経時的に柔軟化する時期(タイミング)を調整、制御することができる。特に、主成分の銀に副成分の金やパラジウムを添加する場合、当該副成分の添加量を増加することにより、強度が向上(固溶強化)し(非特許文献1の第1の課題である低強度を解消することができ)、柔軟化期間を延長することができる(非特許文献1の第2の課題である柔軟化期間が短い点を解消することができる)。
【0034】
かかる効果の作用メカニズムとしては以下のことが考えられる。まず、非特許文献1に記載の巨大ひずみ加工により純金、純銀が室温柔軟化現象を起こすのは、以下の作用メカニズムによると考えられる。すなわち、金や銀は、他の金属である銅やアルミニウムや鉄に比べて積層欠陥エネルギーが小さく(積層欠陥エネルギー:Ag16、Au32、Cu45、Al150,Fe950(単位:mJ/m))、積層欠陥面積は大きい。そのため、巨大ひずみ加工による蓄積転位量は大きくなり、高歪エネルギーにより転位の消滅反応や結晶粒成長の駆動力が大きい。そのため、室温でも転位密度の減少と結晶粒粗大化が起きる。その結果、室温柔軟化現象が起きると考えられる。これに対し、本実施形態では、副成分の添加量を増加することで、純銀や純金では積層欠陥エネルギーが小さかったものが大きくなり、積層欠陥面積が大きかったものが、小さくなる。そのため、純銀や純金では巨大ひずみ加工による蓄積転位量が大きかったものが、小さくなり、ひずみエネルギーによる結晶粒成長の駆動力が大きかったものが、小さくなる。そのため、結晶粒粗大化と転位密度の減少が起きにくくなる。その結果、柔軟化現象が長期化すると考えられる。同様に、主成分の金に副成分の銀やパラジウムを添加する場合、副成分の添加量を増加することにより、強度が向上(固溶強化)し、柔軟化期間を延長することができる。かかる効果の作用メカニズムとしては、上記した作用メカニズムと同様である。また、強度向上(固溶強化)のためには副成分の添加量を調整することが望ましい。ここで、主成分とは、合金の主成分の含有率が50モル%以上の場合を言う。なお、銀50モル%、金50モル%の場合は、主成分が銀、副成分が金からなる合金とする。本発明の一実施形態では、主成分は、合金中、60モル%以上、70モル%以上、80モル%以上、85モル%以上である。本発明の一実施形態では、主成分は、合金中、99モル%以下、あるいは、98モル%以下である。本発明の一実施形態では、前記合金の主成分は、銀である。この場合、前記合金の副成分は、金である。
【0035】
本発明の一実施形態では、金の含有率は、1モル%超~5モル%未満である。かかる範囲であることによって効率的に柔軟化期間を所定の範囲とさせることができる。また、金の含有率が上記範囲であれば、巨大ひずみ加工を冷媒と接触させながら行うことなく、高強度と柔軟化期間の延長を両立し得る一定以上の相当ひずみを有する合金を安価に生産することができる。本発明の一実施形態では、金の含有率は、2モル%超~5モル%未満である。本発明の一実施形態では、金の含有率は、3モル%超~5モル%未満である。
【0036】
本発明の一実施形態では、金の含有率は、5モル%超~20モル%未満、6モル%超~20モル%未満、7モル%超~18モル%未満、8モル%超~15モル%未満、あるいは、8モル%超~11モル%未満である。巨大ひずみ加工を、合金と冷媒とを接触させながら行うことによって、当該範囲であっても効率的に柔軟化期間を所定の範囲とさせることができる。さらに、かかる実施形態であれば金の含有率を高めることができ、それにより強度をより一層高め、それによりリモデリング現象(留置初期における拡張した血管狭窄部位が再狭窄しようとする現象)を確実に防ぐとの技術的効果を有する。
【0037】
本発明の一実施形態では、前記合金の主成分が銀であり、前記副成分が金およびパラジウムである。より高い強度が得られるように副成分添加量を高めていくことで、柔軟化期間が長くなり過ぎるという、相反する現象が生じ得る。そこで、主成分の銀に対して、大きな結晶半径をもつ金と、小さな結晶半径をもつパラジウムの組み合わせることで(結晶半径:Ag1.29、Au1.51、Pd0.78(単位:Å))、強度向上(固溶強化)が図られると共に、局所的にはひずみが存在するが、全体的にはひずみが打ち消される状態を創出することができる。これにより、長期の柔軟化期間を短縮でき、相反する高強度と柔軟化期間短縮とを両立することができる。
【0038】
本発明の一実施形態において、合金を37℃大気圧雰囲気に放置させ前記放置後の硬度から70%以下の硬度に低下するまでの期間(柔軟化期間)は、3日~122日である。好ましい実施形態では、30日超、40日以上、あるいは、60日以上である。かような範囲(下限)であることによって用途に応じて適切に強度と柔軟化期間のバランスを図ることができる。日数は、小数点第1桁を四捨五入して算出してもよい。なお、放置後の硬度から70%以下の硬度に低下する期間は、実測値または予測値であり、好ましくは実測値である。
【0039】
なお、柔軟化期間は、いずれも、37℃で放置して求めてもよいが、評価期間の短縮が図れることから、例えば、100℃、75℃、55℃で加速試験を行って得られた硬度低下日数を、横軸を1/T(T:温度K)、縦軸をlnDe70(De70:加工直後の硬度から当該値の70%にまで柔軟化するまでの期間)とするグラフ上にプロットした3点から近似直線を引き、この近似直線(回帰直線)に基づいて求めてもよい。なお、上記加速試験の各温度は、上記3点に制限されるものではなく、任意の3点以上の温度(37℃よりも高温であればよいが、より短時間で評価が得られる50℃以上の高温が好ましい)の計測点から近似直線(回帰直線)が得られるものであればよい。
【0040】
ここで、放置後の硬度とは、合金に巨大ひずみ加工を施した直後(巨大ひずみ加工後室温下で2時間以内、特には2時間)における合金の硬度を言う。合金の硬度は、JIS- Z 2244:2009 「ビッカース硬さ試験-試験方法」に沿って測定するビッカース硬さ(Hv)で求めることができる。
【0041】
本発明の一実施形態において、合金に対して巨大ひずみ加工を施した後2時間以内の合金の強度(引張強さTS)は、350MPa以上、380MPa以上、あるいは、400MPa以上である。本発明の一実施形態において、合金に対して巨大ひずみ加工を施した後2時間以内の合金の強度(引張強さTS)は、620MPa以下、あるいは、450MPa以下である。本発明の一実施形態において、冷媒を用いて合金に対して巨大ひずみ加工を施した後2時間以内の合金の強度(引張強さTS)は、400MPa以上、450MPa以上、あるいは、500MPa以上である。本発明の一実施形態において、冷媒を用いて合金に対して巨大ひずみ加工を施した後2時間以内の合金の強度(引張強さTS)は、600MPa以下、あるいは、500MPa以下である。
【0042】
<医療用器具の製造方法>
本発明の一実施形態において、主成分として金、副成分として銀および/またはパラジウムを含む、または、主成分として銀、副成分として金および/またはパラジウムを含む合金に巨大ひずみ加工を施して巨大ひずみ加工済合金を得る工程と、前記巨大ひずみ加工済合金を、医療用器具として形成する工程とを有し、前記巨大ひずみ加工が、前記合金を、一定以上の相当ひずみになるようにし、かつ当該一定以上の相当ひずみを有する合金において、37℃大気圧雰囲気に放置させると、3日~122日で前記放置後の硬度から70%以下の硬度に低下するようにするものである、医療用器具の製造方法が提供される。
【0043】
主成分として金、副成分として銀および/またはパラジウムを含む、または、主成分として銀、副成分として金および/またはパラジウムを含む合金についての説明は上述のとおりである。
【0044】
なお、所望の組成成分や形状(サイズや厚さなど)を有する合金については、例えば、専門の業者(メーカー)から入手することができる。また、従来公知の方法により製造することもできる。例えば、主成分の純銀と副成分の純金とを所定の配合比(組成比率)で溶かし鋳型に流し込んで鋳造したり、または溶融物を冷却固化した合金をたたいて(プレスして)成型したり、金型で圧延(成型)して鍛造するなどして製造することもできる。
【0045】
巨大ひずみ加工は、高圧力を試料に印加しながら、ひずみを与える加工であり、従来の加工(引張加工、圧縮加工、圧延加工等)では不可能な極めて大きなひずみ(巨大ひずみ)を与えることができる。そのため、従来の加工(引張加工、圧縮加工、圧延加工等)法では不可能であった材料創出の可能性がある加工技術である。金属材料は、塑性変形(ひずみ)を加えることで、転位が増加し、また、結晶粒が微細化することにより強化できる。しかしながら、従来の加工(例えば引張加工、圧縮加工、圧延加工、伸線加工等)では、試料形状が加工に伴って減少するため、導入できるひずみ量に限界があった。近年、形状不変加工と呼ばれる、加工しても試料形状が変化しない加工方法が開発された。その一つに(巨大ひずみ加工の1種である)HPT(High-Pressure Torsion:高圧ねじり)加工法があり、この方法ではひずみ量を無限に導入可能である。
【0046】
巨大ひずみ加工の条件としては、合金の組成成分や巨大ひずみ加工法などによって異なるが、高圧力1GPa以上(2GPa以上、あるいは、4GPa以上。上限は、通常、50GPa以下、あるいは、20GPa以下)を試料に印加しながら、引張ひずみ換算で639%以上のひずみを与える加工を施すことで、相当ひずみ2以上の合金が得られる。また、引張ひずみ換算で5360%のひずみを与えると相当ひずみ4の合金ができる。引張ひずみ換算で298000%のひずみを与えると相当ひずみ8の合金ができる。引張ひずみ換算で2200000%のひずみを与えると相当ひずみ10の合金ができる。
【0047】
また、巨大ひずみ加工は、室温下で実施してもよいが、前記合金を冷媒と接触させながら実施してもよい。これは、前記合金を冷媒と接触させながら(例えば、液体窒素下で)巨大ひずみ加工を実施することで、巨大ひずみ加工中の転位密度の低下を抑制することができる。これにより、蓄積転位量を増加することができることから、同じ合金の組成成分で比較した場合、柔軟化期間の大幅な短縮化を実現できる。
【0048】
ここで、合金を冷媒と接触させながら巨大ひずみ加工を行うには、(a)合金または合金を含む金型等を液体冷媒中に浸漬させながら(直接冷媒と接触させながら)でもよいし、(b)合金を挟んで(高圧で捻じったり、高圧ですべらせたり、繰返し重ね接合圧延)している金型に間接的に冷媒(液体冷媒或いはガス化した冷媒)を吹きかけながら(接触させながら)でもよいし、(c)合金に直接冷媒(液体冷媒、或いはガス化した冷媒)を吹きかけながら(接触させながら)でもよいなど、特に制限されるものではない。
【0049】
また、前記冷媒としては、従来公知のものを適宜利用することができるものであり、例えば、液体窒素(-196℃)、液体ヘリウム(-269℃)、液体水素(-253℃)、エチルアルコールとドライアイスの混合冷媒(-72℃)、エーテルとドライアイスの混合溶媒(-98℃)、エチルエーテルとドライアイスの混合溶媒(-77℃)、アセトンとドライアイスの混合溶媒(-66℃)、アセトニトリルとドライアイスの混合溶媒(-42℃)、酸化亜鉛と氷の混合溶媒(-62℃)などが挙げられる(カッコ内の温度は冷媒による低下温度の到達可能温度である)が、これらに制限されるものではない。上記した冷媒と接触させながら巨大ひずみ加工を行うことによる作用メカニズムの観点からは、より低い温度の冷媒が好ましいが、液体冷媒の製造や維持に必要な装置コスト等の観点からは、あまり低くない温度の冷媒が好ましいことから、双方を勘案して、最適な冷媒を適宜選択すればよい。本発明の一実施形態において、冷媒による低下温度の到達可能温度(加工対象の合金の表面温度)は、-100℃以下、-150℃以下、あるいは、-170℃以下である。本発明の一実施形態において、冷媒による低下温度の到達可能温度(加工対象の合金の表面温度)は、-200℃以上、-160℃以上、あるいは、-120℃以上である。
【0050】
巨大ひずみ加工として、上記HPT加工を用いる場合、図2(a)(b)に示すHPT加工装置21aまたは21bを用いて、ディスク状の試料23aまたはリング状の試料23bとして、例えば、直径(φ)5~100mm(特には10mm)、厚さ0.5~10mm(特には1mm)のディスク状の試料23a、または、外径5~150mm(特には10mm)、内径3~145mm(特には5mm)、厚さ0.5~10mm(特には1mm)のリング状の試料23bを上下方向から、上部加圧部材25aまたは25bと、下部回転加圧部材27aまたは27bとで挟んで、試料23aまたは試料23bに例えば、2GPa以上、4GPa以上、特には6GPa(通常、10GPa以下、あるいは、20GPa以下)の高圧力を印加しながら下部回転加圧部材27aまたは27bだけを0.25~20回転(特には1回~5回転)だけ回転させてねじってひずみを与える加工を施すことで、試料23aまたは試料23bの中心から外縁部に向けて、相当ひずみが漸次増加してなる合金が得られる。
【0051】
後述する実施例では、相当ひずみの異なる試料を別々に用意することなく、1つの試料で相当ひずみが概ね1.81~90.69程度のものが得られることから、上記条件でHPT加工を行ったものである。こうした相当ひずみが試料の部位ごとに異なる合金を用いて医療用器具を形成してもよいが、相当ひずみが試料の部位ごとに略同じになる合金を形成できる巨大ひずみ加工、例えば、HPS(High-Pressure Sliding:高圧すべり)加工法などを用いてもよい。
【0052】
上記したように、巨大ひずみ加工(過酷なひずみを与える塑性変形(Severe plastic deformation:SPD)加工とも称されている)としては、特に制限されるものではなく、現在までに開発されている各種の加工法を用いることができる。具体的には、巨大ひずみ加工が、HPT、HPS、ARB(Accumulative Roll-Bonding:繰返し重ね接合圧延(蓄積ロール・ボンデイングともいう))、ECAP(Equal-Channel Angular Pressing)、MDF(Multi-Directional Forging:多軸鍛造)、MF(Multiple Forging:多重鍛造)、CEC(Cyclic Extrusion and Compression)、RCS(Repetitive Corrugation and Straightening:繰返し波形-整直圧延)およびTE(Twist Extrusion:捩り押出し)からなる群から選択される加工法が挙げられる。これらの加工法を用いることで、相当ひずみが2以上になるように加工することができる。また、これらの加工法は、金属の基礎研究分野で近年開発されている金属加工技術(公知技術)であり、種々の文献や専門書やネット上等で既に公開されたものや特許公報などに詳しく開示されているため、それぞれの加工法の詳しい説明は省略する。
【0053】
本発明の一実施形態において、合金を、3日~122日で放置後の硬度から70%以下の硬度に低下するようにするには、上記した巨大ひずみ加工の条件、主に圧力とひずみ量(引張ひずみ量)を適宜選択してもよい。また、回転数や回転速度を調整してもよく、一例を挙げると、HPT加工装置を用いる場合の回転数は、例えば、0.25~20回転、あるいは、0.5~10回転である。また、回転速度は、例えば、0.25~10rpm、あるいは、0.5~5rpmである。
【0054】
<医療用器具の作製方法>
本発明の一実施形態において、医療用器具は、ステント、ボーンプレート、コイル等が好適である。これら医療用器具は、上述の一定以上の相当ひずみを有する合金から形成する以外は、従来公知の方法を適宜参照することで作製することができる。ステントを作製する方法を一例として挙げると、ステントの作製方法は、既存のステンレス鋼やCoCr合金からステントを作製する方法をそのまま適用することができる。ただし、加工により温度が上昇すると柔軟化現象を促進してしまうため、温度が上昇しないような対策をとることがよい。例えば、パイプに巨大ひずみ加工を施した後、当該パイプにレーザー加工(この場合サンプルの温度上昇を抑えることができる、たとえばフェムト秒レーザーなどを用いるのが好適である)によりステントのパターンにカットし、さらに化学研磨、電解研磨を施し、図1に示すようなステントを作製することができる。なお、巨大ひずみを施す原料は、パイプ形状に限るものではなく、ロッド形状に巨大ひずみ加工を施した後ドリルで中央に穴をあけパイプにしても良いし、板に巨大ひずみ加工を施した後、丸めて溶接しパイプ形状にしても良い。また、以下の作製方法により、ステントの部位により柔軟化時期や強度を変えることができる。つまり巨大ひずみ加工済合金材料から切断加工等により部材を作製し、当該部材同士を公知の固相接合の方法、例えば、圧接、拡散接合、摩擦溶接(摩擦圧接)または超音波溶接等により固相接合し、接合体(ロッド)を作製する。この接合の際には柔軟化現象に影響を与えないような冷却方法を工夫する必要がある。このようにして作製したロッドを切削加工により中心部を繰り抜き、パイプ形状にする。その後、位置あわせを行ってレーザー加工によりステントのパターンにカットし、さらに化学研磨、電解研磨を施し、図1に示すようなステントを作製する。
【0055】
<医療用器具の保管(使用方法)>
本発明の一実施形態において、医療用器具(例えばステント)は、生体に導入するまでの間に、-18℃以下、-30℃以下、あるいは、-50℃以下で保管する(下限は、例えば、-196℃以上、あるいは、-100以上である)。これは、柔軟化ステントを得た後、生体に導入して使用するまで室温に置いておくと柔軟化する虞があるためである。特に、-18℃以下で保管することで、この保管期間は、ステントが柔軟化しないため、使用できない製品(使用期限切れ)として廃棄されるロスをなくすことができる。
【実施例0056】
本発明の効果を、以下の実験例を用いて説明する。
【0057】
(実験例1)
純銀と、銀を主成分とし金を副成分とする合金とのそれぞれを巨大ひずみ加工を施した巨大ひずみ加工済合金を作製し、その強度等と柔軟化期間を調べた。
【0058】
(巨大ひずみ加工済の純銀および合金の作製)
詳しくは、純銀と、銀を主成分とし副成分の金を0.5モル%、1モル%、2モル%、3モル%、4モル%、5モル%、10モル%、20モル%、50モル%とする各種合金とをそれぞれ直径(φ)10mm、厚さ1mmの円盤(ディスク)状に加工したもの(試料)を準備した。
【0059】
次に、巨大ひずみ加工済の純銀および合金を得る工程を実施した。詳しくは、巨大ひずみ加工の1種であるHPT加工を図2(a)に示すHPT加工装置21aを用い、直径(φ)10mm、厚さ1mmのディスク状の試料23aを、上下方向から、上部加圧部材25aと下部回転加圧部材27aとで挟んで、試料23aに6GPaの高圧力を印加しながら下部回転加圧部材27aだけを、1回転または5回転だけ回転速度1rpmで回転させてねじってひずみを与える加工を施すことで、巨大ひずみ加工済の純銀および合金の試料を得た。こうして得られた巨大ひずみ加工済の純銀および合金の試料23a’(図示せず)は、HPT加工しても試料形状は殆ど変化しないことが確認できた。また、得られた巨大ひずみ加工済の純銀および合金の試料23a’の中心から外縁部に向けて1mm、2mm、3mm、4mm離れた位置の相当ひずみは以下の式により求めた。
【0060】
【数2】
【0061】
その結果、得られた巨大ひずみ加工済の純銀および合金の試料23a’の中心から1mm、2mm、3mm、4mm離れた位置の相当ひずみは、1回転の場合は、順に3.63、7.26、10.88、14.51であり、5回転の場合は順に18.14、36.28、54.41、72.55であった。
【0062】
(巨大ひずみ加工済合金の強度等)
上記で得られた巨大ひずみ加工済の純銀および合金の試料23a’につき、巨大ひずみ加工後2時間以内に、引張強度(TS)、降伏応力(YS)、破断伸び(EL)をJIS Z 2241:2011 「金属材料引張試験方法」に沿って測定した。なお、引張試験片は、試料23a’の回転中心から外縁部に向けて2mm離れた位置の相当ひずみ36.28の箇所が、試験片平行部の中心となるよう、放電加工機を用いて切り出すことにより作製した。クロスヘッド移動速度は0.00633mm・sec-1である。得られた結果を図3に示す。なお、図3の引張強度(TS)、降伏応力(YS)、破断伸びの値は、いずれも試料1と試料2の2個の値を示した。図3中、例えば、「Ag-1」は純銀の試料1を表し、「Ag0.5Au-1」は、銀を主成分とし、副成分の金を0.5モル%含有する合金の試料1を表し、「Ag50Au-2」は、銀を主成分とし、副成分の金を50モル%含有する合金の試料2を表す。他の試料についても同様である。
【0063】
図3から、上記で説明した主成分の銀に、副成分の金を加える量(含有量)を増やすことによる高強度の作用メカニズムの通り、副成分量が増えるほど、引張強度が増すことが確認できた。
【0064】
(巨大ひずみ加工済合金の柔軟化期間:Ag-Au合金+HPT(RT) 硬度経時変化)
上記で得られた巨大ひずみ加工済の純銀と、銀を主成分とし副成分の金とする各合金との試料23a’につき、合金組成によっては必要に応じ加速試験を用いて、柔軟化期間を調べた。詳しくは、試料23a’につき、合金の硬度はJIS Z 2244:2009 「ビッカース硬さ試験-試験方法」に沿って測定した。また、硬度測定間隔は、その合金組成および加工条件、ならびに試験保持温度により、柔軟化速度が様々であるため、それらを勘案し最適なものとなるように設定した。なお、基本的には、1つの試料の硬度(Hv)測定箇所は、上記した相当ひずみが異なる4箇所とした。すなわち、試料23a’の中心から外縁部に向けて1mm、2mm、3mm、4mm離れた位置の相当ひずみ、1回転の場合は順に3.63、7.26、10.88、14.51、5回転の場合は順に18.14、36.28、54.41、72.55の4箇所について行った。また、純銀および各合金の試料数は1個とし、それぞれの試料につき、中心からの距離が等しく相当ひずみが同じである異なる2箇所において硬度を測定し、相当ひずみごとの硬度の平均値を採用した。(冷媒と接触させながらHPT加工した合金の柔軟化期間での硬度測定も同様の測定箇所での平均値を用いた)。
【0065】
(95Ag-5Au合金)
95Ag-5Au合金の試料23a’における37℃大気圧雰囲気放置後の70%以下の硬度に低下する日数(柔軟化期間)は加速試験により求めた。詳しくは、試料23a’につき、一定の高温(具体的には、次の3点:100℃、75℃および55℃)かつ大気圧雰囲気下で、硬度をJIS Z 2244:2009 「ビッカース硬さ試験-試験方法」に沿って測定した。得られた結果を、加速試験温度ごとに、図4(a)、図4(b)および図4(c)に示す。
【0066】
【表1】
【0067】
次の数式3に従って、55℃、75℃、100℃で加速試験を行って得られた70%相当値への変化に要する日数De70を、相当ひずみごとに、横軸を1/T(T:加速試験の温度(絶対温度))、縦軸をlnDe70とするグラフ上にプロットした3点から近似直線を引き、この近似直線(回帰直線)から37℃における70%相当値への変化に要する日数De70求めた。その結果を図5(a)~図5(d)に示す。
【0068】
【数3】
【0069】
ここで、この式の導出の方法につき説明する。まず一般に原子の拡散距離は以下の式で表現できることが知られている。
【0070】
【数4】
【0071】
また、拡散係数Dは以下の式で表される。
【0072】
【数5】
【0073】
柔軟化現象は、巨大ひずみ加工により導入された転位などの欠陥が回復・再結晶により減少することにより生じるが、この回復・再結晶は原子の拡散により生じているため、この2式を組み合わせることにより上記式を導出した。
【0074】
よって本発明においては、上記数式3を用いた柔軟化期間の予測値の算出方法が提供される。
【0075】
図5(a)~図5(d)の近似直線から37℃大気圧雰囲気に放置させ、70%相当値への変化に要する日数(柔軟化期間)を求めた。その結果を下記表2に示す。
【0076】
【表2】
【0077】
上記表2の結果から、95Ag-5Au合金の柔軟化の日数(年数)は、相当ひずみにより異なるが、4.1~6.7年であることがわかった。
【0078】
なお、他の合金(98Ag-2Au合金、97Ag-3Au合金、96Ag-4Au合金)については、柔軟化期間を、実測、および/または、加速試験で得た。加速試験は、上記と同様、近似直線を作成し、当該近似直線から柔軟化期間を得た。
【0079】
その結果を以下に示す。
【0080】
【表3】
【0081】
【表4】
【0082】
【表5】
【0083】
なお、上述のとおり、柔軟化が長期に渡ることが予測される場合は、加速試験による予測値を用いてもよい。そして、上記実証の結果、予測値と実測値とが大きく乖離することはなく、すなわち、予測値の信頼性も高いことが分かった。
【0084】
(実験例2)
銀を主成分とし、金を副成分とする合金を、冷媒と接触させながら巨大ひずみ加工を施した巨大ひずみ加工済合金を作製し、その強度等と柔軟化期間を調べた。
【0085】
(巨大ひずみ加工済の合金の作製)
詳しくは、銀を主成分とし、副成分の金を10モル%とする合金(90Ag-10Au合金ともいう)と、20モル%とする合金(80Ag-20Au合金ともいう)とをそれぞれ直径(φ)10mm、厚さ1mmの円盤(ディスク)状に加工したもの(試料)を準備した。
【0086】
次に、巨大ひずみ加工済の合金を得る工程を実施した。詳しくは、巨大ひずみ加工の1種であるHPT(高圧ねじり)加工を図2(a)に示すHPT加工装置21aを用い、直径(φ)10mm、厚さ1mmのディスク状の試料23aを、上下方向から、上部加圧部材25aと下部回転加圧部材27aとで挟んで、試料23aに6GPaの高圧力を印加しながら下部回転加圧部材27aだけを5回転、回転速度1rpmで回転させてねじってひずみを与える加工を施すことで、巨大ひずみ加工済の合金の試料23a’を得た。本実施例2では、試料23aを挟んで高圧でねじっている金型(上部加圧部材25aと下部回転加圧部材27a)に間接的に冷媒である液体窒素を吹きかけながら(接触させながら)HPT加工を行った。これにより、HPT加工中の試料23aの表面温度は、概ね-170℃程度まで下げることができた。こうして得られた巨大ひずみ加工済の合金の試料23a’は、低温下、HPT加工しても試料形状は殆ど変化しないことが確認できた。
【0087】
(巨大ひずみ加工済合金の柔軟化期間:Ag-Au合金+HPT(LN) 加速試験での硬度経時変化)
上記で得られた巨大ひずみ加工済の90Ag-10Au合金についても、上記と同様に近似直線を作成し、当該近似直線から、37℃大気圧雰囲気に放置させ、70%相当値への変化に要する日数(柔軟化期間)を求めた。90Ag-10Au合金の結果を以下に示す。
【0088】
【表6】
【0089】
上記表6の結果から、90Ag-10Au(LN)合金の柔軟化期間は、相当ひずみにより異なるが、概ね37℃大気圧雰囲気下では、11~81日であることがわかった。
【0090】
また、80Ag-20Au合金の試料につき、加速試験温度(100℃)で得られた結果を図6に示す。図6は、金型に液体窒素を吹きかけながらHPT加工した80Ag-20Au(LN)合金の試料を100℃の高温かつ大気圧雰囲気下に置いておいて硬度測定したグラフである。
【0091】
図6からは、80Ag-20Au(LN)合金の柔軟化期間は、算出できない。しかしながら、95Ag-5Au合金の試料につき、加速試験温度(100℃)で得られた結果の図4(c)では、柔軟化期間の日数が1日も要さないが、95Ag-5Au合金の37℃大気圧雰囲気下での柔軟化期間は、4.1~6.7年である。一方、図6では、柔軟化期間が10日よりも長くなることがわかる。そのため、80Ag-20Au合金の37℃大気圧雰囲気下での柔軟化期間は、95Ag-5Au合金の37℃大気圧雰囲気下での柔軟化期間の4.1~6.7年よりも長くなることがわかる。
【0092】
以上のことから、冷媒と接触させながら巨大ひずみ加工を施したAg-Au合金においては、副成分の金の含有量が5モル%超から20モル%未満の間に、37℃大気圧雰囲気に放置させると、3日~122日で前記放置後の硬度から70%以下の硬度に低下する組成があることが考察される。そしてその考察は、90Ag-10Au合金の柔軟化期間は、37℃大気圧雰囲気下では、11~81日であることからも支持される。
【符号の説明】
【0093】
1 ステント、
2 線状構成要素、
A 略菱形の要素、
B 環状体
C 連結部
21a、21b HPT加工装置、
23a ディスク状の試料、
23b リング状の試料、
25a、25b 上部加圧部材、
27a、27b 下部回転加圧部材。
図1
図2
図3
図4(a)】
図4(b)】
図4(c)】
図5(a)】
図5(b)】
図5(c)】
図5(d)】
図6