(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022183608
(43)【公開日】2022-12-13
(54)【発明の名称】ナノポア形成方法及びナノポア計測方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/00 20060101AFI20221206BHJP
G01N 33/483 20060101ALI20221206BHJP
C12Q 1/02 20060101ALN20221206BHJP
【FI】
G01N27/00 Z
G01N33/483 E
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021091022
(22)【出願日】2021-05-31
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.VISUAL BASIC
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】手塚 沙也可
(72)【発明者】
【氏名】柳 至
【テーマコード(参考)】
2G045
2G060
4B063
【Fターム(参考)】
2G045CB01
2G045CB21
2G045CB30
2G045DA12
2G045DA13
2G045DA14
2G045DA36
2G045DA80
2G045DB30
2G045FA34
2G060AA06
2G060AA15
2G060AA19
2G060AD06
2G060AF20
2G060AG03
2G060AG11
2G060FA10
2G060FA17
2G060JA07
2G060KA09
4B063QA01
4B063QQ02
4B063QQ04
4B063QQ05
4B063QQ10
4B063QS39
4B063QX04
(57)【要約】
【課題】簡便な手法でナノポアをコーティングする技術を提供する。
【解決手段】本開示のナノポア形成方法は、第1の電解液と第2の電解液との間に膜を配置することと、第1の電極を前記第1の電解液に接触させ、第2の電極を前記第2の電解液に接触させることと、前記第1の電極と前記第2の電極との間に第1の電圧を印加して前記膜にナノポアを形成することと、を含み、前記第1の電解液及び前記第2の電解液の少なくとも一方に、前記膜に対して物理吸着又は化学吸着して分子層を形成する有機物である第1の物質が含まれていることを特徴とする。
【選択図】
図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の電解液と第2の電解液との間に膜を配置することと、
第1の電極を前記第1の電解液に接触させ、第2の電極を前記第2の電解液に接触させることと、
前記第1の電極と前記第2の電極との間に第1の電圧を印加して前記膜にナノポアを形成することと、を含み、
前記第1の電解液及び前記第2の電解液の少なくとも一方に、前記膜に対して物理吸着又は化学吸着して分子層を形成する有機物である第1の物質が含まれている、ナノポア形成方法。
【請求項2】
前記第1の物質が前記ナノポアの表面と相互作用して吸着可能な構造を有する物質である、請求項1に記載のナノポア形成方法。
【請求項3】
前記第1の物質が親水性構造を有する、請求項1に記載のナノポア形成方法。
【請求項4】
前記第1の物質が、分子構造内の一端部に疎水部を有し他端部に親水部を有するか、又は、立体構造を取ったときに一部分に疎水部が配置され、他の部分に親水部が配置される両親媒性分子である、請求項1に記載のナノポア形成方法。
【請求項5】
前記第1の物質が界面活性剤である、請求項1に記載のナノポア形成方法。
【請求項6】
前記界面活性剤が、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、硫酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、臭化アルキルトリメチルアンモニウム、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、コール酸塩、サルコシル、アルキルポリグリコシドDDM、ジギトニン、3-[(3-コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]-1-プロパンスルホナート、及び、3-[(3-コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]-2-ヒドロキシ-1-プロパンスルホナートからなる群から選択される少なくとも1つである、請求項5に記載のナノポア形成方法。
【請求項7】
前記第1の物質の濃度が1pM以上又は0.0001wt%以上である、請求項1に記載のナノポア形成方法。
【請求項8】
前記膜の材質がHfO2、SiO2、TiO2、SiN、SiON、SiC、SiCN、Al2O3、HfAlOx、ZrAlOx、TaO3、グラフェン、カーボン膜又はこれらを含む複合材料である、請求項1に記載のナノポア形成方法。
【請求項9】
前記ナノポアの形成後、前記第1の電解液及び前記第2の電解液を前記第1の物質を含む第3の電解液に置換することと、
前記ナノポアを前記第3の電解液に所定の時間浸漬することと、をさらに含む、請求項1に記載のナノポア形成方法。
【請求項10】
前記第3の電解液のpHが前記第1の電解液のpH及び前記第2の電解液のpHと異なる、請求項9に記載のナノポア形成方法。
【請求項11】
前記ナノポアの形成後、前記第1の電解液及び前記第2の電解液を前記第1の物質を含まない溶液に置換することをさらに含む、請求項1に記載のナノポア形成方法。
【請求項12】
請求項1に記載のナノポア形成方法を実施することと、
前記ナノポアの形成後、前記第1の電解液及び前記第2の電解液の少なくとも一方を測定対象物を含む計測溶液で置換することと、を含むナノポア計測方法。
【請求項13】
前記置換後、前記第1の電極と前記第2の電極との間に第2の電圧を印加して、前記ナノポアを流れる電流信号の変化を測定することをさらに含む、請求項12に記載のナノポア計測方法。
【請求項14】
前記測定対象物が、前記計測溶液中に分散又は溶解可能であり、直径が0.1nm~500nm程度のひも状の物質である、又は、球形に近似したときの直径が0.1nm~500nmである、請求項12に記載のナノポア計測方法。
【請求項15】
前記測定対象物が、生体ポリマ、生体モノマ又はこれらの誘導体を構造中に有する分子を含む、請求項12に記載のナノポア計測方法。
【請求項16】
前記測定対象物が、無機物、金属若しくは有機物のナノパーティクル、ナノ構造体若しくは生体分子との複合体からなる群から選択される少なくとも1つを含む、請求項12に記載のナノポア計測方法。
【請求項17】
前記測定対象物が、細胞、細胞小器官及びウイルスからなる群から選択される少なくとも1つを含む、請求項12に記載のナノポア計測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ナノポア形成方法及びナノポア計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水溶液中に存在する分子又は粒子を検出する手段として、ナノポアを用いた技術が検討されている。ナノポアデバイスは、メンブレンに、検出対象となる分子や粒子と同程度の大きさの孔(ナノポア)を設け、メンブレンの上下チャンバを水溶液で満たし、両チャンバに水溶液に接触するよう電極を設けたものである。測定時には、チャンバの片側に測定対象である検出対象物を導入し、電極間に電位差を与えて検出対象物を電気泳動させることによりナノポアを通過させる。このときに両電極間に流れるイオン電流(封鎖電流)の時間変化を計測することで、検出対象物の通過を検出したり、検出対象物の構造的な特徴を解析したりすることができる。
【0003】
非特許文献1~3には、メンブレンの絶縁破壊現象を利用したナノポア形成方法が開示されている。これらの方法においては、まず、孔の空いていないSiNxメンブレンを挟む上下のチャンバに水溶液を満たし、各チャンバの水溶液中に電極を浸し、両電極間に高電圧を印加し続ける。電極間の電流が急激に上昇して(メンブレンが絶縁破壊して)、所定のカットオフ電流に到達したところで所望の大きさのナノポアが形成されたと判断し、高電圧の印加を停止することで、ナノポアを形成する。
【0004】
ナノポアを用いた計測の用途として、水溶液中に存在する検出対象物の存在の有無の確認、大きさ又は形状の計測、及び活性状態の判定が挙げられる。ナノポアの潜在的な応用としては、例えば医薬、バイオテクノロジー、ライフサイエンス、防衛、公衆衛生、及び農業が挙げられる。ナノポアを用いた計測の精度を高めて商業利用化を推進するには、ナノポア計測が長時間に亘って再現よく実施できることが必要である。
【0005】
ナノポア計測において、しばしば測定対象物がナノポアに吸着して、ナノポアから得られる信号の安定性が失われることがある。ゆえに、ナノポアに水溶液中の測定対象物が吸着するのを抑制する技術の開発に注目が集まっている。例えば、非特許文献4には、ナノポアを絶縁破壊方式で形成する際に、開孔溶液にNaClOを添加することでナノポア表面を酸化し、水溶液中で負に帯電するナノポアを形成することが記載されている。非特許文献4の手法によれば、負の電荷をもつDNAが計測中にナノポアに吸着することを抑制できることが記載されている。また、非特許文献5~7には、開孔済みのナノポアに対して、界面活性剤又は脂質二重膜のコーティングを実施することで、測定対象物(DNA又はタンパク質)のナノポアに対する非特異吸着を抑制できること記載されている。特に、非特許文献5には、電荷をもたない界面活性剤によるコーティングに、正に帯電した測定対象物と負に帯電した測定対象物の両方の吸着の抑制効果があったと記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Harold Kwok, et al., PloS ONE, Vol.9, No.3, e92880. (2013)
【非特許文献2】Kyle Briggs, et al., Nanotechnology, Vol.26, 084004 (2015)
【非特許文献3】Kyle Briggs, et al., Small, 10(10):2077-86 (2014)
【非特許文献4】Y M Nuwan D. Y. Bandara1, et al.Nanotechnology 31 335707(2020)
【非特許文献5】Xiaoqing Li, et al.,Appl. Phys. Lett. 109, 143105 (2016)
【非特許文献6】Jared Houghtaling, et al.,ACS Nano 13, 5, 5231-5242 (2019)
【非特許文献7】Rui Hu, et al.,Sci Rep 6, 20776 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
計測中にナノポアに測定対象物が吸着すると、後からナノポアを通過する検出対象物のシグナルが、吸着物に由来するノイズに埋もれて検出困難になる場合がある。また、ナノポアが詰まって検出対象物がナノポアを通過しなくなり、計測が中断される場合もある。
【0008】
ナノポアに測定対象物が吸着する原因の一つに、ナノポア表面と測定対象物の相互作用が挙げられる。例えば、半導体ナノポアで高頻度に使用される窒化シリコン(SiN)の表面には、酸性表面基の一種であるシラノール基、及び、塩基性表面基の一種であるシラルアミン基が混在しており、ナノポア表面は正又は負に帯電している。そのため、ナノポア表面と逆の電荷を帯びた分子又は粒子がナノポアに近づくと、クーロン力によってナノポアの壁面に引き寄せられ得る。ナノポア壁面に引き寄せられた測定対象物は、クーロン相互作用、疎水相互作用、水素結合、又はファンデルワールス力等によって、ナノポア壁面に吸着することがある。
【0009】
上述のように非特許文献4には、開孔溶液にNaClOを添加することで、DNAのナノポアへの吸着を抑制したことが記載されている。しかしながら、非特許文献4の手法で開孔したナノポアには、正に帯電した分子は吸着すると考えられる。
【0010】
また、非特許文献5~7のようにナノポアにコーティングを形成して測定対象物の吸着を抑制する手法として、開孔後のナノポアデバイスを一度乾燥状態に置いてからコーティングを実施する手法、及び、開孔後に溶液を置換することでコーティングを実施する手法が挙げられる。これらの手法においては、コーティングに10分から1時間程度の時間を要し、ナノポアデバイスの表面状態によっては、特殊な設備を要する表面清浄化処理を実施するため手間がかかる。
【0011】
そこで、本開示は、簡便な手法でナノポアをコーティングする技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本開示のナノポア形成方法は、第1の電解液と第2の電解液との間に膜を配置することと、第1の電極を前記第1の電解液に接触させ、第2の電極を前記第2の電解液に接触させることと、前記第1の電極と前記第2の電極との間に第1の電圧を印加して前記膜にナノポアを形成することと、を含み、前記第1の電解液及び前記第2の電解液の少なくとも一方に、前記膜に対して物理吸着又は化学吸着して分子層を形成する有機物である第1の物質が含まれていることを特徴とする。
【0013】
本開示に関連する更なる特徴は、本明細書の記述、添付図面から明らかになるものである。また、本開示の態様は、要素及び多様な要素の組み合わせ及び以降の詳細な記述と添付される特許請求の範囲の様態により達成され実現される。本明細書の記述は典型的な例示に過ぎず、本開示の特許請求の範囲又は適用例を如何なる意味に於いても限定するものではない。
【発明の効果】
【0014】
本開示の技術によれば、簡便な手法でナノポアをコーティングすることができる。上記以外の課題、構成及び効果は、以下の実施の形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】ナノポア形成装置の構成を示す模式図である。
【
図2】ナノポア形成装置の他の構成を示す模式図である。
【
図3】DNAサンプルを印加電圧100mVで測定したときの電流波形を示す図である。
【
図4】DNAサンプルの測定時に吸着が発生した際の電流波形を示す図である。
【
図5】SA-DNAサンプルの測定時に吸着が発生した際の電流波形を示す図である。
【
図6】印加電圧の変化によりSA-DNAの吸着を解消した場合の電流波形を示す図である。
【
図7】従来例及び第1の実施形態に係るナノポアのコーティング方法を示すフローチャートである。
【
図8】比較例2に係るナノポアのコーティング方法を示す模式図である。
【
図9】実施例1に係るナノポアのコーティング方法を示す模式図である。
【
図10】実施例2に係るナノポアのコーティング方法を示す模式図である。
【
図11】比較例3に係るナノポアのコーティング方法を示す模式図である。
【
図12】比較例1~3及び実施例1~4のナノポアデバイスを用いた計測における平均計測可能時間を示すグラフである。
【
図13】実施例5においてMBD2を測定したときの電流波形を示す図である。
【
図14】
図13の区間(i)~(vi)をそれぞれ拡大した電流波形を示す図である。
【
図15】比較例4においてMBD2を測定したときの電流波形を示す図である。
【
図16】
図15の区間(i)~(viii)をそれぞれ拡大した電流波形を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本開示の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。実施形態を説明するための全図において同一機能を有するものは同一の符号を付すようにし、その繰り返しの説明は可能な限り省略するようにしている。実施形態に記載する測定方法、デバイスの構造及び材料は、本開示の思想を具現化するための一例であり、測定原理やデバイスの材料及び寸法などを厳密に特定するものではない。
【0017】
実施形態に記載する具体的な電圧値や電流値、電圧印加時間は、本開示の思想を具現化するための一例であり、それらを厳密に特定するものではない。また、実施形態に記載する具体的なコーティング剤の種類、コーティング剤への浸漬時間、及びコーティング溶液の組成は、本開示の思想を具現化するための一例であり、化学組成及びコーティング時間を厳密に定義するための一例ではない。また、実施形態に記載する具体的な測定対象物の種類、溶液の種類、及びそれらの濃度は、本開示の思想を具現化するための一例であり、化学組成を厳密に定義するための一例ではない。
【0018】
本明細書においては、ナノポアで検出したい物質を検出対象物(例えば核酸、修飾核酸、タンパク質など)と呼び、ナノポア計測時にナノポアが接する溶液に含まれる物質を測定対象物と呼ぶ。測定対象物には、検出対象物も、そうでない物質(例えば、検出対象物の修飾分子若しくは不純物など)も含まれる。
【0019】
本明細書においては、ナノポア表面に物理吸着又は化学吸着し、測定対象物のナノポアへの吸着を抑制する物質をコーティング剤と呼び、コーティング剤をナノポア表面に吸着させて分子層を形成する手順をコーティングと呼ぶ。
【0020】
[第1の実施形態]
<ナノポア形成装置の構成例>
図1は、ナノポア形成方法のためのナノポア形成装置の構成を示す簡易的な模式図である。
図1に示すように、ナノポア形成装置は、メンブレン101、電極104及び105、チャンバ120及び121、電流計201、電圧源300を備える。
【0021】
チャンバ120及び121は、メンブレン101により隔てられる。メンブレン101の材質は、絶縁破壊によってナノポアを形成できる材料であればよく、例えばSiN、SiON、HfO2、SiO2、TiO2、SiC、SiCN、Al2O3、HfAlOx、ZrAlOx、TaO3、グラフェン、カーボン膜又はこれらを含む複合材料を用いることができる。メンブレン101の厚みは、例えば1μm以下とすることができる。具体的には、メンブレン101としては、例えば厚み3~30nmのシリコン窒化膜(SiN膜)を用いることができる。
【0022】
チャンバ120には水溶液102が収容され、チャンバ121には水溶液103が収容される。水溶液102及び103は、ナノポア形成溶液(開孔溶液)又はナノポア計測溶液として用いられる。水溶液102及び103中の電解質としては例えば、塩化カリウム(KCl)などのカリウム塩、塩化ナトリウム(NaCl)などのナトリウム塩、リチウム塩、ルビジウム塩、セシウム塩、塩化アンモニウム(NH4Cl)及び硫酸アンモニウム((NH4)2SO4)などのアンモニウム塩、塩化マグネシウム(MgCl2)及び硫酸マグネシウム(MgSO4)などのマグネシウム塩等、イオン伝導して電極と反応する塩を使用することができる。これらの電解質のうち、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。水溶液102及び103として、具体的には、例えばKCl水溶液を用いることができる。電解質の濃度は、例えば0.01M以上飽和濃度以下とすることができる。水溶液102及び103のpHは、ナノポア開孔に適した値を適宜選択することができる。特に、水溶液102及び103のpHを13.9以下とすることにより、ナノポア形成装置の損傷を防止することができる。
【0023】
水溶液102及び103の溶媒としては、生体ポリマを安定に分散可能であり、かつ電極が溶媒に溶解せず、電極との電子授受を阻害しない溶媒を用いることができる。具体的には、溶媒として、例えば、水、アルコール類(メタノール、エタノール、イソプロパノールなど)、酢酸、アセトン、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドなどが挙げられる。生体ポリマとして核酸を測定対象とする場合、典型的には水が用いられる。
【0024】
チャンバ120中の水溶液102には電極104が接触し、チャンバ121中の水溶液103には電極105が接触している。電極104及び105は、電流計201及び電圧源300に接続される。電極104及び105としては、例えばAg/AgCl電極を用いることができる。電極104及び105は、分極電極となる材質で作製されてもよく、例えば金や白金などで作製されてもよい。その場合、安定的なイオン電流を確保するために計測溶液に電子授受反応を補助することができる物質、例えばフェリシアン化カリウム又はフェロシアン化カリウムなどを添加することができる。あるいは、電子授受反応を行うことが可能な物質、例えばフェロセン類をその分極電極表面に固定化することもできる。
【0025】
電圧源300は、電極104及び105間に任意の電圧を印加する。電流計201は、電極104及び105間の電流を計測する。図示は省略しているが、コンピュータ装置又は専用のコントロールユニットなどの制御装置を用いて電流計201及び電圧源300を制御することができる。制御装置は、電流計201により計測された電流値を不図示の記憶装置に記録したり、計測された電流値の情報に基づいて電圧源300による印加電圧を変化させたりすることができる。
【0026】
制御装置は、電圧源300により一定の電圧を電極104及び105間に印加し続けながら、電流計201により電極104及び105間に流れる電流を計測する。メンブレン101の絶縁破壊により電極間の電流値が急激に上昇して、予め設定した所定の閾値電流に到達した時点で、制御装置は、所望の大きさのナノポアが形成されたと判断し、電圧の印加を停止する。これにより、ナノポアが得られる。
【0027】
ナノポアの直径は、検出対象物によって変化させることができる。例えば直径10nm程度の生体ポリマ又はビーズなどを分析する場合には、ナノポアの直径は100nm以下とすることができる。例えば直径が約1.4nmであるssDNA(1本鎖DNA)の分析に用いるナノポアの直径は、1.4nm~10nm程度とすることができる。
【0028】
検出対象物としては、例えば、核酸、タンパク質及び多糖などの生体ポリマ;アミノ酸、脂質、糖及びヌクレオチドなどの生体モノマ;生体ポリマ及び生体モノマの誘導体;無機物、金属若しくは有機物のナノパーティクル、ナノロッド及びナノ構造体;細胞;細胞小器官;ウイルスなどが挙げられる。なお、検出対象物の大きさ及び長さに特に限定はないが、例えば、検出対象物は、直径が0.1nm~500nm程度のひも状の物質、又は、球形に近似したときの直径が0.1nm~500nmの物質とすることができる。
【0029】
図2は、ナノポア形成装置の他の構成を示す模式図である。
図2のナノポア形成装置においては、メンブレン101が支持基板112により支持されている。支持基板112の材質としては、例えばシリコン(Si)を用いることができる。メンブレン101の上面には膜113が積層され、膜113上には膜114が積層されている。膜113の材質としては、例えば酸化シリコン(SiO
2)又はシリコン(Si)を用いることができる。膜114の材質としては、例えば窒化シリコン(SiNx)を用いることができる。
【0030】
チャンバ120には溶液導入口106及び溶液出口107が設けられ、チャンバ121には、溶液導入口108及び溶液出口109が設けられている。さらに、シール材130がメンブレン101とチャンバ120との間に配置され、シール材131が支持基板112とチャンバ121との間に配置されている。シール材130及び134は、例えばOリングであり、それぞれチャンバ120及び121内の水溶液の漏出を防止する。
【0031】
以下、本明細書においては、図示の簡略化のため、溶液導入口106及び108、溶液出口107及び109、支持基板112、並びにシール材130及び131を省略した
図1のような簡易図を用いる。また、本明細書において「ナノポアデバイス」とは、ナノポア形成装置の電流計201及び電圧源300以外の構成要素、すなわち、メンブレン101、支持基板112、膜113及び114、電極104及び105、並びにチャンバ120及び121を含む部分のことを指す。ナノポアデバイスは、配線により電流計201及び電圧源300と接続され、ナノポア形成装置を構成する。
【0032】
<ナノポアデバイスの作製方法>
ナノポアデバイスの作製方法及びナノポアの形成方法は既知であり、例えばItaru Yanagi et al., Sci. Rep. 9:13143 (2019) に記載されている。一般的なナノポアデバイスの作製は、例えば以下の手順で行うことができる。
【0033】
まず、725μm厚の8インチSiウエハの表面に、Si3N4/SiO2/Si3N4を14nm/260nm/90nmで成膜し、裏面にSi3N4を90nm成膜する。次に、表面最上部のSi3N4を600nm四方で反応性イオンエッチングし、裏面のSi3N4を1038μm四方で反応性イオンエッチングする。さらに、裏面においてエッチングにより露出したSi基板をTMAH(Tetramethylammonium hydroxide)にてエッチングする。次に、600nm四方で露出しているSiO2層をKOH水溶液(33wt%、約70℃、約30分間)にて取り除く。これにより、膜厚14nmのSi3N4薄膜(メンブレン)が露出した薄膜デバイスが得られる。この段階では、薄膜にナノポアは設けられていない。上記のようにして作製した薄膜デバイスで上下2つのチャンバ(チャンバ120及び121)を分離するように、薄膜デバイスをナノポア形成装置にセットし、ナノポアデバイスを得る。
【0034】
<ナノポア形成方法>
直流電圧の印加による薄膜へのナノポア形成は、例えば以下の手順で行うことができる。まず、1M KCl、1mM Tris-10mM EDTA、pH12.7の開孔溶液を各チャンバに満たし、各チャンバにAg/AgCl電極(電極104及び105)を導入する。ナノポアを形成するための電圧印加及び形成されたナノポアを介して流れるイオン電流の計測は、このAg/AgCl電極間で行われる。
【0035】
ここで、下側に位置するチャンバ(チャンバ121)をcisチャンバと呼び、上側に位置するチャンバ(チャンバ120)をtransチャンバと呼ぶ。cisチャンバ側の電極へ印加する電圧Vcisを0Vに設定し、transチャンバ側の電極へ印加する電圧Vtransを-11V(以下、電圧Vcisは0Vに固定し、電圧Vtransを変化させる場合を説明する。)に設定する。直流電圧の印加時に流れる電流値は、電流アンプ(アジレント・テクノロジー社製、4156B PRECISION SEMICONDUCTOR ANALYZER)を使用して読み取ることができる。ナノポア形成のための電圧印加及びイオン電流の読取のプロセスは、自作プログラム(Excel VBA, Visual Basic for Applications)で制御する。
【0036】
ナノポアの直径は、イオン電流値から見積もることができる。直流電圧の印加時に、薄膜に形成されているナノポアの直径に応じて取得される電流値の条件(閾値電流)を選択することで、目的とする直径のナノポアを得ることができる。上記の例では、印加した直流電圧は-11Vであり、閾値電流の条件を450~650nAに設定することで、直径が9~11nmのナノポアを形成することができる。
【0037】
<ナノポア計測方法>
上記手順で形成したナノポアを使用した測定の一例を説明する。まず、0.1M KCl、1mM Tris-10mM EDTA-1mM(トリス-エチレンジアミン四酢酸溶液)、pH8.0の水溶液に、415bpのDNA(検出対象物)を3nM混合した計測溶液(以下、DNAサンプルと呼ぶ)をcisチャンバに導入する。次に、cisチャンバ(チャンバ121)に接する電極(電極105)を電源の負極に接続し、transチャンバ(チャンバ120)に接する電極(電極104)を電源の正極に接続し、直流電圧を100mV~400mVの範囲で印加する。DNAがナノポアを通過するときの電流の時間変化を超低ノイズパッチクランプ用増幅器(Axopatch 200B)で取得する。DNAサンプルの測定は、最大24分間とした。
【0038】
続いて、末端にビオチン修飾を施した415bpのDNA 500nMとストレプトアビジン5μMを混合して、ストレプトアビジンとDNAの複合体(以下、SA-DNAと呼ぶ)を形成する。SA-DNA(検出対象物)を0.1M KCl、1mM Tris-10mM EDTA、pH8.0の水溶液で500倍に希釈した計測溶液(以下、SA-DNAサンプルと呼ぶ)をcisチャンバに導入する。SA-DNAサンプルの測定はDNAサンプルと同様に最大で24分間実施した。なお、本明細書で使用したストレプトアビジンは等電点がpH6.5~7.5であるため、pH8.0の計測溶液中では負に帯電していると考えられる。
【0039】
図3は、DNAサンプルを印加電圧100mVで測定したときの電流波形を示す図である。
図3において、横軸は時間(秒)を示し、縦軸は電流値(nA)を示す。
図3に示されるように、電流波形からは、ベース電流401と通過電流波形402とを、明確に区別することができる。ベース電流401は、測定対象物がナノポアを通過していないときにナノポアを流れる電流である。通過電流波形402は、測定対象物がナノポアを通過する際にナノポアの一部が封鎖されることで導電率が下がる波形と、DNAがナノポア内にイオンを引き込むことで導電率が上がる波形と、から成る。通常、測定対象物がナノポアを通過するのにかかる時間は1秒以下であり、測定対象物の長さ又は印加電圧等の条件によって変化する。
【0040】
検出対象物の検出方法として、上記のように封鎖電流を計測する方式以外に、ナノポア近傍に照射された光の吸収、反射、蛍光特性などの光学的信号を計測することも可能である。
【0041】
<ナノポアへの測定対象物の吸着について>
ナノポアがコーティングされていない場合、ナノポア計測時に測定対象物がナノポアに吸着し、明瞭な通過波形が見られなくなる現象がしばしば起こる。
【0042】
図4は、DNAサンプルの測定時に吸着が発生した際の電流波形を示す図である。
図5は、SA-DNAサンプルの測定時に吸着が発生した際の電流波形を示す図である。なお、
図4及び5は単に吸着の典型的な例を示しており、測定対象物に特有の吸着時の波形を示すものではない。
【0043】
図4に示すように、t=40秒まではDNAの通過波形が見られるが、t=40秒でベース電流が約2.3nAから約0.5nAまで減少した。これは、ナノポアにDNA(測定対象物)が吸着し、ナノポアの一部が封鎖されているためであると考えられる。
【0044】
図5に示すように、t=38秒まではSA-DNAが継続的にナノポアを通過する様子が読み取れるが、t=38秒以降はベース電流のノイズが大きくなり、SA-DNAの通過とノイズが区別できない。このノイズは、ナノポアにSA-DNA(測定対象物)が吸着して、激しく振動している様子を反映していると考えられる。このように、ナノポアに測定対象物が吸着すると、(1)ベース電流値が1秒以上に亘って大幅に下がる現象、及び/又は、(2)ベース電流のノイズが大きくなる現象がみられる。
【0045】
ナノポア計測中に発生した測定対象物の吸着を解消する手法として、印加電圧を変化させる方法、より具体的にはZAPを実施する方法がある。ZAPは、印加電圧を例えば±1.3V以内の範囲で変える(パルス電圧を印加する)手法である。測定対象物の吸着には、印加電圧を変化させることで解消する吸着と、印加電圧を変化させても解消しない吸着がある。ここで、印加電圧の変化によって解消される吸着を可逆的な吸着と呼ぶ。一方、ZAPを20回以上実施しても解消しない吸着を不可逆的な吸着と呼ぶ。ZAPは、例えば1回につき0.5ミリ秒~1秒間実施することができる。
【0046】
図6は、ナノポアへSA-DNAが吸着し、印加電圧の変化によりSA-DNAの吸着を解消した場合の電流波形を示す図である。
図6において、0秒から10秒にかけては、電流波形が明瞭に変化していることから、検出対象物であるSA-DNAがナノポアを通過する様子が確認できる。しかしながら、時刻t=5秒で測定対象物(SA-DNA又はその他サンプルに含まれていた物質)の吸着が発生し、ベースライン電流が0.5nAから0.3nAまで減少している。そこで、t=13秒とt=17秒でZAPを実施し、吸着を解消している。
【0047】
測定対象物のナノポアへの吸着が可逆的ものになるか不可逆的ものになるかは、吸着の強さによって決まる。可逆的な吸着の場合は、吸着が解消され次第計測を再開することができるため問題無い。一方、不可逆的な吸着が発生した場合は、測定は中断せざるを得ない。ここで、不可逆的な吸着が発生するまでの各サンプル(DNAサンプル及びSA-DNAサンプル)の合計の計測時間を計測可能時間と呼ぶ。計測中に不可逆的な吸着が発生しなかった場合は、計測可能時間は各サンプルの最大計測時間の和となる。
【0048】
上述のDNAサンプル及びSA-DNAサンプルの例においては、計測可能時間はDNAサンプルの最大計測時間(24分)とSA-DNAサンプルの最大計測時間(24分)の和である48分である。なお、
図6における区間(i)及び(iii)は、SA-DNAサンプルの計測時間に含まれる。ナノポアに詰まりが生じてから復帰するまでの区間(
図6における区間(ii))は、計測時間に含まれないようにしてもよいし、当該区間が短ければ(例えば10秒以下)、計測時間に含まれるようにしてもよい。
【0049】
<ナノポアのコーティング方法>
ナノポア計測時のナノポアへの測定対象物の吸着を抑制する手法として、ナノポアのコーティングがある。以下、従来例及び本実施形態に係るナノポアのコーティング方法を説明する。
【0050】
図7は、従来例及び本実施形態に係るナノポアのコーティング方法を示すフローチャートである。
【0051】
(第1の従来例に係るナノポアのコーティング方法)
第1の従来例として、絶縁破壊方式で形成したナノポアに対して、非特許文献5~7のように界面活性剤をコーティングする方法を説明する。非特許文献5~7には、透過型電子顕微鏡(TEM)等で形成したナノポアを、界面活性剤の一種であるポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート(Tween(登録商標)20)が0.01~0.1wt%含まれた水溶液に10分~1時間浸漬することでコーティングを実施したことが記載されている。非特許文献5~7のコーティング方法は、絶縁破壊方式で形成したナノポアに対しても同様に実施することができる。
【0052】
ステップS10において、ユーザは、ナノポア開孔前のナノポアデバイス(
図1又は
図2)を準備し、ナノポア形成装置にセットする。
【0053】
ステップS21において、ユーザは、各チャンバに公知の開孔溶液を導入する。次に、ナノポア形成装置の制御装置は、各チャンバの電極に電圧を印加し、メンブレンの絶縁破壊によりナノポアを形成する。開孔溶液のpHは、ナノポア開孔に適した値を適宜選択することができる。例えば、開孔溶液のpHは12.7とすることができる。
【0054】
ステップS31において、ユーザは、各チャンバ内の液体を開孔溶液からコーティング剤入り溶液に置換し、例えば30分間放置(ナノポアを浸漬)する。コーティング剤としては、非特許文献5~7には、界面活性剤であるポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート(Tween20)を使用することが記載されている。
【0055】
ステップS40において、ユーザは、各チャンバ内の液体をコーティング剤入り溶液からコーティング剤を含まない溶液(例えば洗浄液又は計測溶液など)に置換する。
【0056】
ステップS52において、ユーザは、第1の従来例に係るコーティング有りのナノポアデバイスを取得することができる。
【0057】
なお、コーティング無しのナノポアの形成方法は、ステップS31を実施しないこと以外は上述の第1の従来例と同様である。
【0058】
(本実施形態に係るナノポアのコーティング方法)
本実施形態に係るナノポアのコーティング方法は、第1の従来例と異なり、ナノポアの形成時にコーティング剤入りの開孔溶液を用いることが特徴である。本実施形態のコーティング方法は以下の通りである。
【0059】
ステップS10は、第1の従来例と同様である。ステップS10の後、処理はステップS22に移行する。
【0060】
ステップS22において、ユーザは、各チャンバにコーティング剤入りの開孔溶液(第1の電解液及び第2の電解液)を導入する。コーティング剤の詳細については後述する。ナノポア形成装置の制御装置は、電極に電圧を印加し、メンブレンの絶縁破壊によりナノポアを形成する。コーティング剤入りの開孔溶液のpHは、ナノポア開孔に適した値を適宜選択することができる。例えば、コーティング剤入りの開孔溶液のpHは12.7とすることができる。なお、本ステップにおいて、一方のチャンバにコーティング剤入りの開孔溶液を導入し、他方のチャンバにはコーティング剤を含まない開孔溶液を導入してもよい。
【0061】
ステップS22の後、上記と同様にステップS40が実施される。その後、ステップS53において、ユーザは、本実施形態に係るコーティング有りのナノポアデバイスを取得することができる。その後、チャンバ内の溶液を開孔溶液から計測溶液に置換することで、測定対象物のナノポア計測を行うことができる。
【0062】
(本実施形態の変形例に係るコーティング有りナノポアの形成方法)
コーティング剤入りの開孔溶液を用いてナノポアを形成後、チャンバ中の溶液を、開孔溶液とは性質が異なるコーティング溶液(第3の電解液)に置換してナノポアを浸漬することで、さらなるコーティングを実施してもよい。本変形例のコーティング方法は以下の通りである。
【0063】
ステップS10及びS22は、上述の通りである。ステップS22の後、処理はステップS32に移行する。
【0064】
ステップS32において、ユーザは、各チャンバ内の液体を開孔溶液からコーティング溶液に置換し、例えば30分間放置(ナノポアを浸漬)する。
【0065】
コーティング溶液のpHは、適宜コーティング剤とナノポア表面との親和性が高くなるような値を選択することができる。例えば、正に帯電したコーティング剤を用いる場合は、ナノポアが負に帯電するようなpHの水溶液を用いることができ、負に帯電した分子をコーティング剤に用いる場合には、ナノポアが正に帯電するように低いpHの水溶液を用いることができる。
【0066】
コーティング溶液へのナノポアの浸漬時間は30分間に限定されず、コーティング剤の種類又はナノポアの材質等の条件に応じて設定することができる。例えば、浸漬時間は5分以上240時間以内とすることができる。ステップS22(ナノポアの開孔時)において使用される開孔溶液中のコーティング剤と、ステップS32(開孔後)において使用されるコーティング溶液中のコーティング剤とは、同じであってもよいし異なっていてもよい。
【0067】
ステップS32の後、上記と同様にステップS40が実施される。その後、ステップS54において、ユーザは、変形例に係るコーティング有りのナノポアデバイスを取得することができる。
【0068】
(コーティング剤について)
コーティング剤は、ナノポアが形成されるメンブレンに物理吸着又は化学吸着し分子層を形成可能な有機物である。コーティング剤は、ナノポア表面と相互作用する物質、より具体的には、ナノポア表面に吸着可能な構造を有する物質とすることができる。あるいは、コーティング剤は、親水性構造を有する物質とすることができる。
【0069】
コーティング剤の具体例としては、例えば界面活性剤(非イオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤又は両性界面活性剤)、生体分子(ペプチド又は脂質など)、並びに、生体分子以外の高分子が挙げられる。
【0070】
非イオン界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル(商品名:Tween(登録商標))、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル(商品名:Triton(登録商標))、ポリオキシエチレンアルキルエーテル(商品名:Brij)、n-ドデシル-β-D-マルトシド(DDM)などのアルキルポリグリコシド、ジギトニンが挙げられる。
【0071】
アニオン性界面活性剤としては、例えばドデシル硫酸ナトリウム(SDS)などの硫酸エステル、コール酸塩、サルコシルが挙げられる。
【0072】
カチオン性界面活性剤としては、例えば臭化セチルトリメチルアンモニウム(CTAB)などの臭化アルキルトリメチルアンモニウムが挙げられる。
【0073】
両性界面活性剤としては、例えば3-[(3-コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]-1-プロパンスルホナート(CHAPS)、及び、3-[(3-コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]-2-ヒドロキシ-1-プロパンスルホナート(CHAPSO)が挙げられる。
【0074】
ペプチドとしては例えば、固体ナノポアに吸着することが知られているL-3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)及び親水性アミノ酸を配列に有する物質、又は、Yoichi Kumada, et al., J Biotechnol.Aug 20;184:103-10 (2014)に記載されているような固体界面に特異的に吸着するペプチド及びその改変ペプチドを用いることができる。
【0075】
生体分子以外の高分子としては、分子構造内の一端部に疎水部を有し他端部に親水部を有する分子、又は、立体構造を取ったときに一部分に疎水部が位置し、他の部分に親水部が位置するような特徴を持つ両親媒性分子が挙げられる。具体的には、例えば2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)、及び、2-アミノエチルビニルエーテルとイソブチルビニルエーテルとから成る共重合体が挙げられる。
【0076】
測定対象物が正又は負に帯電したものである場合は、測定対象物の電荷と同じに帯電した部位をもつコーティング剤(CTAB、SDS、酸アミノ酸/塩基性アミノ酸を配列にもつペプチド等)を使用することにより、コーティング剤と測定対象物との反発力が働くため、高い吸着抑制効果を得ることができる。
【0077】
コーティング剤は上述した物質の1種を単独で用いてもよいし、2種類以上を併用してもよい。コーティング剤の濃度は、例えば1pM以上飽和濃度以下、又は、0.0001wt%以上飽和濃度以下とすることができる。
【0078】
上述したナノポア未開孔のナノポア形成装置は、コーティング剤を含む開孔溶液が各チャンバに充填された状態でユーザに提供されてもよい。代替的に、各チャンバが空でありかつナノポア未開孔のナノポア形成装置と、コーティング剤を含む開孔溶液とを、ナノポア形成キットとしてユーザに提供してもよい。コーティング剤は、使用時に適当な溶媒で希釈するための濃縮液として提供されてもよいし、あるいは使用時に適当な溶媒で再構成するための固形状態(例えば粉末など)であってもよい。
【0079】
<第1の実施形態のまとめ>
以上のように、本実施形態に係るナノポア形成方法は、ナノポアを絶縁破壊で形成する際にコーティング剤(有機分子)を溶液中に添加しておくことで、コーティング剤をナノポア表面に吸着させることが可能であることが新たに見出されたことによりなされたものである。本実施形態の手法によれば、ナノポア形成後にナノポアをコーティング溶液に浸漬しなくても、ナノポアの開孔と同時に、すなわち短時間で簡便にコーティングすることができる。これに対し、非特許文献5のナノポアのコーティング方法では、形成後のナノポアを界面活性剤溶液に所定の時間浸漬する必要がある。
【0080】
また、本実施形態の手法は、ナノポア表面に物理吸着又は化学吸着で有機分子をコーティングする手法であるため、負に帯電した分子だけでなく、正に帯電した分子についても吸着を抑制する効果がある。これに対し、非特許文献4では、絶縁破壊でナノポアを形成する際にNaClOを水溶液中に添加しておくことで、ナノポアの表面を酸化し、負に帯電させるため、負に帯電した測定対象物(DNA)のみのナノポアへの吸着を抑制することができる。
【0081】
さらに、本実施形態の手法によれば、ナノポアが開孔してすぐに、すなわちナノポア表面に物質が吸着していない状態においてコーティング剤(有機分子)が吸着するため、コーティング剤以外の物質の吸着が抑制される。結果として、本実施形態の手法によれば、高い吸着抑制効果を奏することができる。このように、開孔時に有機分子を水溶液に添加しておくと有機分子のナノポアへのコーティングが促進されるため、ナノポア形成後に有機分子溶液にナノポアデバイスを浸漬してコーティングを実施するよりも、高い詰まりの抑制効果が得られる。この現象は、本開示において新たに見出された現象であり、上述の公知例からは容易に類推することはできない。
【実施例0082】
以下、本開示の技術の実施例を説明する。
【0083】
1.ナノポアデバイスの作製
[比較例1:コーティング無し]
比較例1として、コーティング無しのナノポアデバイスを作製した。具体的には、まず、上述の<ナノポアデバイスの作製方法>の欄に記載の方法と同様にして、ナノポア未開孔のナノポアデバイスを準備した。
【0084】
次に、上述の<ナノポア形成方法>の欄に記載の方法と同様に、当該ナノポアデバイスをナノポア形成装置にセットし、1M KCl、1mM Tris-10mM EDTAの開孔溶液(pH12.7)を用いて、メンブレンの絶縁破壊によりナノポアを形成した。これにより、比較例1に係るナノポアデバイスを得た。
【0085】
[比較例2:開孔後コーティング]
図8は、比較例2に係るナノポアのコーティング方法を示す模式図である。
図8に示すように、まず、比較例1と同様にしてナノポア110の形成済みのナノポアデバイスを作製した(i)。その後、1M KCl、1mM Tris-10mM EDTA、0.01wt% Tween20水溶液(pH4.0)を各チャンバ内に充填し、30分間浸漬して、コーティングを実施した(ii)。その後、各チャンバ内の溶液を、Tween20を含まない溶液に置換した(iii)。
【0086】
[実施例1:開孔時コーティング]
図9は、実施例1に係るナノポアのコーティング方法を示す模式図である。
図9に示すように、まず、上述の<ナノポアデバイスの作製方法>の欄に記載の方法と同様にして、ナノポア未開孔のナノポアデバイスを準備した。そして、開孔溶液として、1M KCl、1mM Tris-10mM EDTA、0.01wt% Tween20水溶液(pH12.7)を各チャンバに導入した(i)。
【0087】
次に、電極104に-11Vを印加し、電極105に0Vを印加して、絶縁破壊によりナノポア110を形成した(ii)。ナノポアの開孔後すぐに、各チャンバ内の溶液を、Tween20を含まない溶液に置換した(iii)。
【0088】
[実施例2:開孔時及び開孔後コーティング]
図10は、実施例2に係るナノポアのコーティング方法を示す模式図である。
図9に示すように、まず、実施例1と同様にして、ナノポア未開孔のナノポアデバイスを準備し、開孔溶液として、1M KCl、1mM Tris-10mM EDTA、0.01wt% Tween20水溶液(pH12.7)を各チャンバに導入した(i)。
【0089】
次に、電極104に-11Vを印加し、電極105に0Vを印加して、絶縁破壊によりナノポア110を形成した後、チャンバ内の溶液を、コーティング溶液(1M KCl、1mM Tris-10mM EDTA、0.01wt% Tween20水溶液(pH4.0))に置換し、30分間浸漬した(ii)。
【0090】
30分浸漬後、各チャンバ内の溶液を、Tween20を含まない溶液に置換した(iii)。
【0091】
[比較例3:計測時コーティング]
図11は、比較例3に係るナノポアのコーティング方法を示す模式図である。
図11に示すように、まず、比較例1と同様にしてナノポア110の形成済みのナノポアデバイスを作製した(i)。その後、コーティング剤140としてTween20 0.01wt%を含み、検出対象物141として415bpのDNAを含む計測溶液を各チャンバ120及び121に導入した。電極104及び105間に電圧を印加して、DNAの封鎖電流の測定と同時に、ナノポア110のコーティングを実施した(ii)。
【0092】
[実施例3:コーティング剤の濃度の変更]
開孔溶液のTween20の濃度を、0.01%から0.1%に変更したこと以外は実施例1と同様にして、実施例3に係るナノポアデバイスを得た。
【0093】
[実施例4:コーティング剤の種類の変更]
開孔溶液中のコーティング剤及びコーティング溶液中のコーティング剤をTween20からドデシル硫酸ナトリウム(SDS)に変更したこと以外は実施例2と同様にして、実施例4に係るナノポアデバイスを得た。
【0094】
2.計測可能時間の評価
比較例1~3、実施例1及び2に係るナノポアデバイスをそれぞれ6つ作製した。実施例3及び4に係るナノポアデバイスはそれぞれ3つ作製した。各ナノポアデバイスに対し、DNAサンプル及びSA-DNAサンプルを導入して、イオン電流の測定を実施した。それぞれのナノポアデバイスについて計測可能時間を記録し、平均の計測可能時間を算出した。この計測可能時間により、各比較例及び実施例におけるコーティングの吸着抑制効果を評価する。
【0095】
図12は、比較例1~3及び実施例1~4のナノポアデバイスを用いた計測における平均計測可能時間を示すグラフである。
【0096】
図12に示すように、コーティングを実施した場合(実施例1~4及び比較例2)、コーティング無しの場合(比較例1)と比較して平均計測可能時間が長く、測定対象物の吸着に対して抑制効果があることが確認できた。また、実施例1における平均計測可能時間は比較例2における平均計測可能時間よりも長いことから、ナノポアの開孔時に同時にコーティングを実施することにより、ナノポアの開孔後にコーティングを実施する場合よりも高い吸着抑制効果があることを確認した。以上のことから明らかなように、本開示の技術によるコーティング手法は、浸漬時間が不要であるため短時間での実施が可能であり、かつ従来手法よりも高い吸着抑制効果がある。
【0097】
実施例2における平均計測可能時間は、比較例1の平均計測可能時間及び実施例1の平均計測可能時間よりも長いことが分かる。このことから、実施例2のようにナノポアの開孔時及び開孔後にコーティングを実施することにより、吸着抑制効果を向上できることが確認された。
【0098】
比較例3のように、測定前にコーティングを実施しないで、DNAサンプルに直接コーティング剤を混合して測定を実施した場合(計測時コーティング)、コーティングを実施しなかった場合(比較例1)よりも平均計測可能時間が短くなった。なお、比較例3のいずれのデバイスも24分以内に不可逆的な吸着が起こったため、SA-DNAサンプルの計測は実施できなかった。この実験結果から、計測溶液中に遊離したコーティング剤は、測定対象物の吸着に関して抑制効果が無いことが示唆された。
【0099】
以上の結果から、ナノポアに対する測定対象物の吸着の抑制効果は、開孔時及び開孔後コーティング>開孔時コーティング>開孔後コーティング>計測時コーティング、の順に高いことが分かった。吸着抑制効果は、コーティング剤の被覆率とコーティングの持続性に依存すると考えられる。コーティング剤の被覆率は、被覆開始時の表面の活性度の高さと、被覆を行った時間によって変化し、コーティング剤の持続性はコーティング剤のナノポアに対する吸着性や結合力の強さによって変化すると考えられる。ここで、開孔時のコーティングの効果が、開孔後のコーティングよりも高い効果を奏するのは、絶縁破壊で形成したナノポアの表面が、開孔した直後が最も活性度が高く反応性に富むためであると考えられる。すなわち、開孔溶液に、ナノポア表面に吸着しやすい分子が存在すると、開孔後に分子を導入する場合と比較して高い密度でナノポアをコーティングできると考えられる。また、開孔後に時間が経過したナノポア表面は、大気中の汚染物質等の影響によって活性度が落ちる。コーティング分子が汚染物質の上に間接的に接着している状況も想定され、この場合は、コーティング剤の定着が弱くなり、コーティングの効果の持続時間が開孔時のコーティングよりも短いことに影響を及ぼしていると考えられる。
【0100】
また、実施例3のようにコーティング剤の濃度を0.1wt%とした場合、実施例1の0.01wt%の場合と比較して平均計測可能時間が長くなったことが分かる。なお、コーティング剤の濃度が0.01~0.1wt%の範囲についてのみ述べたが、この範囲外の濃度に変更した場合(例えば1pM以上飽和濃度以下、又は0.0001wt%以上飽和濃度以下)でも、吸着抑制効果を得ることができると考えられる。
【0101】
実施例4のように、コーティング剤としてドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を用いた場合においても、比較例1と比較して平均計測可能時間が長く、測定対象物がナノポアに吸着するのを抑制する効果があることが確認できた。
【0102】
3.測定対象物の変更
[実施例5:タンパク質の測定]
実施例2と同様にしてナノポアデバイスのコーティングを実施した。測定対象物として、正に帯電したタンパク質であるMethyl-CpG-binding domain 2(MBD2)を準備した。MBD2は、メチル化DNAを特異的に認識して結合するタンパク質であり、MBD2の等電点の理論値はpH10.06である。その後、計測溶液として、0.1M KCl、1mM Tris-10mM EDTA、100nM MBD2を含む溶液(pH8.7)を調製し、当該計測溶液をcisチャンバに導入した。この計測溶液中では、MBD2は正に帯電していると考えられる。次に、Ag/AgCl電極間に100~300mVの範囲の電圧を印加して、イオン電流の測定を行った。
【0103】
図13は、実施例5においてMBD2を測定したときの電流波形を示す図である。
図13に示すように、区間(i)において100mVを印加し、区間(i)及び(ii)の間に200mVを印加し、区間(ii)において300mVを印加し、区間(iii)において100mVを印加し、区間(iv)において300mVを印加し、区間(v)において100mVを印加し、区間(vi)において300mVを印加した。
【0104】
図14は、
図13の区間(i)~(vi)をそれぞれ拡大した電流波形を示す図である。
図14に示すように、300mVの電圧が印加されている区間(ii)及び区間(iv)において、電流値が徐々に低下している様子が見られる。これは、ナノポアに多量のMBD2が引き寄せられ、ナノポアが詰まっているためだと考えられる。ここで、区間(iii)及び区間(v)において、印加電圧を100mVに変更すると電流値が回復し、詰まる前と同様にタンパク質の通過電流波形を得ることができたことが確認された。
【0105】
[比較例4:コーティング無しナノポアを用いたタンパク質の測定]
比較例1と同様にしてコーティング無しのナノポアデバイスを作製した。その後、実施例5と同じ計測溶液を用いて、電極間に100~200mVの範囲の電圧を印加して、イオン電流の測定を行った。
【0106】
図15は、比較例4においてMBD2を測定したときの電流波形を示す図である。
図15に示すように、区間(i)において100mVを印加し、区間(ii)において200mVを印加し、区間(iii)において100mVを印加し、区間(iv)において200mVを印加し、区間(v)において100mVを印加し、区間(vi)において200mVを印加し、区間(vii)において100mVを印加し、区間(viii)において200mVを印加した。
【0107】
図16は、
図15の区間(i)~(viii)をそれぞれ拡大した電流波形を示す図である。
図16に示すように、区間(iv)、区間(vi)及び区間(viii)において電圧200mVを印加した際に、ナノポアの詰まりに由来すると考えられる電流値の減少がみられた。そこで、電圧を100mVに戻した後に(区間(iii)及び区間(iv))パルス電圧を印加することで、詰まりの解消を試みた。その結果、電流値は詰まる前の水準に回復したものの、タンパク質の通過電流波形はノイズに埋もれて取得することができなかった。これは、200mVの電圧を印加してナノポアにMBD2が引き寄せられた際に、不可逆的な吸着が発生したためであると考えられる。
【0108】
実施例5及び比較例4の結果から、本開示のナノポアのコーティング手法が、正に帯電した測定対象物(タンパク質)に対しても吸着の抑制効果を発揮できることが確認できた。
【0109】
[変形例]
本開示は、上述した実施形態に限定されるものでなく、様々な変形例を含んでいる。例えば、上述した実施形態は、本開示を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備える必要はない。また、ある実施形態の一部を他の実施形態の構成に置き換えることができる。また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることもできる。また、各実施形態の構成の一部について、他の実施形態の構成の一部を追加、削除又は置換することもできる。