(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022183711
(43)【公開日】2022-12-13
(54)【発明の名称】外乱推定装置、外乱推定方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
G05B 13/02 20060101AFI20221206BHJP
F23G 5/50 20060101ALI20221206BHJP
【FI】
G05B13/02 C
F23G5/50 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021091155
(22)【出願日】2021-05-31
(71)【出願人】
【識別番号】000006208
【氏名又は名称】三菱重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100162868
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 英輔
(74)【代理人】
【識別番号】100161702
【弁理士】
【氏名又は名称】橋本 宏之
(74)【代理人】
【識別番号】100189348
【弁理士】
【氏名又は名称】古都 智
(74)【代理人】
【識別番号】100196689
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 康一郎
(72)【発明者】
【氏名】広江 隆治
(72)【発明者】
【氏名】井手 和成
(72)【発明者】
【氏名】佐瀬 遼
【テーマコード(参考)】
3K062
5H004
【Fターム(参考)】
3K062AA24
3K062AC01
5H004GA07
5H004GB01
5H004GB02
5H004GB04
5H004GB14
5H004HA01
5H004HA02
5H004HA04
5H004HB01
5H004HB02
5H004HB04
5H004JB07
5H004JB18
(57)【要約】
【課題】制御対象に生じる外乱を推定する装置を提供する。
【解決手段】外乱推定装置は、制御対象が備えるセンサが計測した計測値を取得する取得部と、計測値を要素とする計測ベクトルの分散共分散行列を算出し、分散共分散行列を特異値分解して最大特異値の特異ベクトルを算出し、その特異ベクトルに基づいて制御対象に生じる外乱を推定する推定部と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御対象が備えるセンサが計測した計測値を取得する取得部と、
前記計測値を要素とする計測ベクトルの分散共分散行列を算出し、前記分散共分散行列を特異値分解して最大特異値の特異ベクトルを算出し、前記特異ベクトルと前記計測ベクトルとに基づいて、前記制御対象に生じる外乱を推定する推定部と、
を備える外乱推定装置。
【請求項2】
前記取得部は、前記制御対象の制御の目的となる変数である制御量の計測値を取得し、 前記推定部は、前記計測ベクトルにおける前記最大特異値の特異ベクトルに基づいて、前記外乱を前記制御量の変動として推定する、
請求項1に記載の外乱推定装置。
【請求項3】
前記推定部は、推定した前記外乱の分散の大きさに基づいて、推定した前記外乱の確からしさを判定し、推定した前記外乱とともに前記判定の結果を出力する、
請求項1または請求項2に記載の外乱推定装置。
【請求項4】
前記推定部は、前記外乱が前記計測値の変動として現れるまでの遅れ時間を補正する補正手段、を備え、
前記推定部は、前記取得部が取得した前記計測値の遅れ時間を前記補正手段によって補正し、補正後の前記計測値を要素とする前記計測ベクトルを用いて、前記外乱を推定する、請求項1から請求項3の何れか1項に記載の外乱推定装置。
【請求項5】
前記推定部は、推定した前記外乱に基づいて、前記計測値のうちの前記遅れ時間が最も長い前記計測値の推定値を推定し、前記計測値の推定値と前記計測値の実測値の差の分散に基づいて、推定した前記外乱の確からしさを判定し、推定した前記計測値の推定値とともに前記判定の結果を出力する、
請求項4に記載の外乱推定装置。
【請求項6】
前記推定部を複数備え、前記外乱の確からしさが最も高い前記推定部が推定した外乱を選択する、
請求項5に記載の外乱推定装置。
【請求項7】
複数の前記推定部のそれぞれは、他の前記推定部と異なる前記計測値に基づいて前記外乱を推定するか、または、他の前記推定部と異なる前記遅れ時間の補正を行って前記外乱を推定するか、または、他の前記推定部と異なる周期で前記分散共分散行列および前記特異ベクトルを更新して前記外乱を推定する
請求項6に記載の外乱推定装置。
【請求項8】
制御対象が備えるセンサが計測した計測値を取得するステップと、
前記計測値を要素とする計測ベクトルの分散共分散行列を算出し、前記分散共分散行列を特異値分解して最大特異値の特異ベクトルを算出し、前記特異ベクトルと前記計測ベクトルとに基づいて、前記制御対象に生じる外乱を推定するステップと、
を有する外乱推定方法。
【請求項9】
コンピュータに、
制御対象が備えるセンサが計測した計測値を取得するステップと、
前記計測値を要素とする計測ベクトルの分散共分散行列を算出し、前記分散共分散行列を特異値分解して最大特異値の特異ベクトルを算出し、前記特異ベクトルと前記計測ベクトルとに基づいて、前記制御対象に生じる外乱を推定するステップと、
を実行させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、外乱推定装置、外乱推定方法およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
ゴミ焼却炉にボイラを設置し、ゴミ焼却の際に発生する熱を回収し、発生した蒸気により発電を行なうゴミ発電は、ゴミを単に廃棄物としてではなく、ゴミに燃料としての付加価値を生じせしめる点で経済的に重要である。ゴミの燃料としての付加価値を向上するには発生する蒸気量を安定化させ、計画したとおりの発電ができるようにすることが効果的である。特許文献1には、ゴミ発電に関し、ゴミ焼却炉の発熱量の変動原因として廃棄物が有する水分に注目し、廃棄物の水分率の変動に応じて、単位時間あたりの焼却炉への廃棄物の供給量を調節する制御方法が開示されている。つまり、特許文献1には、蒸気流量に対する外乱を廃棄物の水分含有率から推定し、外乱が制御量(蒸気流量)に影響する前にゴミ供給量などを調整することによって、安定した発電を実現する技術が開示されている。
【0003】
特許文献2には、廃棄物の単位供給量当たりの発熱量を推定し、ゴミ焼却炉の燃焼制御を行う方法が開示されている。しかし、廃棄物の単位供給量当たりの発熱量の推算には、数時間のデータが必要であり、推算した値は数時間を平均化した値であるため、特に廃棄物の性質が時間的に変動する場合には、現時点での「廃棄物の単位時間当たりの発熱量」をタイムリーに推算することができない。このため、焼却炉に供給する廃棄物や燃焼空気の調節に使う推定ボイラ蒸発量(蒸気流量)が不正確となり、発電が変動となる可能性がある。特許文献2の技術では、(1)排ガス中の酸素および水分の成分濃度をセンサによって計測して、廃棄物の発熱量を算出し、(2)算出された廃棄物の発熱量に基づいてボイラ蒸発量を算出し、(3)算出したボイラ蒸発量を基に焼却炉に投入する廃棄物、燃焼空気などの供給量を制御する。つまり、特許文献2では、廃棄物の発熱量の変動によって外乱を推定し、外乱の表れである発熱量から算出したボイラ蒸発量に基づいてゴミ焼却炉の燃焼制御を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2019-178850号公報
【特許文献2】特許第5996762号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1、2に開示の制御方法は、ゴミ焼却炉の特性を基として、蒸気流量などの制御量の変動に対して、制御量が安定するよう制御する技術であり、ゴミ焼却炉に固有の技術である。最近の機械学習が、同じ技術を他の対象物に適用することを可能とするような汎用性が無い。制御対象に生じる外乱を推定する汎用的な方法が求められている。
【0006】
本開示は、上記課題を解決することができる外乱推定装置、外乱推定方法およびプログラムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の外乱推定装置は、制御対象が備えるセンサが計測した計測値を取得する取得部と、前記計測値を要素とする計測ベクトルの分散共分散行列を算出し、前記分散共分散行列を特異値分解して最大特異値の特異ベクトルを算出し、前記特異ベクトルと前記計測ベクトルとに基づいて、前記制御対象に生じる外乱を推定する推定部と、を備える。
【0008】
また、本開示の外乱推定方法は、制御対象が備えるセンサが計測した計測値を取得するステップと、前記計測値を要素とする計測ベクトルの分散共分散行列を算出し、前記分散共分散行列を特異値分解して最大特異値の特異ベクトルを算出し、前記特異ベクトルと前記計測ベクトルとに基づいて、前記制御対象に生じる外乱を推定するステップと、を有する。
【0009】
また、本開示のプログラムは、コンピュータに、制御対象が備えるセンサが計測した計測値を取得するステップと、前記計測値を要素とする計測ベクトルの分散共分散行列を算出し、前記分散共分散行列を特異値分解して最大特異値の特異ベクトルを算出し、前記特異ベクトルと前記計測ベクトルとに基づいて、前記制御対象に生じる外乱を推定するステップと、を実行させる。
【発明の効果】
【0010】
上述の外乱推定装置、外乱推定方法およびプログラムによれば、外乱を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】各実施形態に係る制御システムの概略図である。
【
図2】第一実施形態に係る外乱推定装置の要部の機能構成の一例を示す図である。
【
図3】第一実施形態に係る外乱推定処理の一例を示す図である。
【
図4】第一実施形態に係る処理の更新タイミングの一例を示す図である。
【
図5】第二実施形態に係る外乱推定装置の要部の機能構成の一例を示す図である。
【
図6】第二実施形態に係る外乱推定処理の一例を示す図である。
【
図7】第三実施形態に係る外乱推定装置の要部の機能構成の一例を示す図である。
【
図8】第三実施形態に係る外乱推定処理の一例を示す図である。
【
図9】第四実施形態に係る外乱推定装置の要部の機能構成の一例を示す図である。
【
図10】第四実施形態に係る外乱の発生時刻とその影響が計測値に現れるまでの時間差の一例を示す図である。
【
図11】第四実施形態に係る外乱推定処理の一例を示す図である。
【
図12】第五実施形態に係る外乱推定装置の要部の機能構成の一例を示す図である。
【
図13】第五実施形態に係る外乱推定処理の一例を示す図である。
【
図14】第六実施形態に係る外乱推定装置の要部の機能構成の一例を示す図である。
【
図15】各実施形態に係る外乱推定装置のハードウェア構成の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、実施形態の外乱推定装置を、図面を参照して説明する。以下の説明では、同一または類似の機能を有する構成に同一の符号を付す。そして、それら構成の重複する説明は省略する場合がある。「XXまたはYY」とは、XXとYYのうちいずれか一方の場合に限定されず、XXとYYの両方の場合も含み得る。これは選択的要素が3つ以上の場合も同様である。「XX」および「YY」は、任意の要素(例えば任意の情報)である。
【0013】
<第一実施形態>
(構成)
図1は、各実施形態に係る制御システムの概略図である。
制御システム100は、外乱推定装置10と、制御装置20と、制御対象30と、を含む。外乱推定装置10は、制御対象30の制御にあたり、その制御量に影響を与える外乱を推定する。外乱推定装置10は、取得部11と、推定部12と、出力部13と、を備える。取得部11は、制御対象30に設けられたセンサが計測する計測値を取得する。制御対象30に外乱が生じると、その外乱は、取得部11が取得する計測値の変動として表れる。推定部12は、取得部11が取得した計測値を用いて、制御量に生じた外乱qの大きさを推定する。出力部13は、外乱qの推定値(以下、外乱q又は推定値qと記載する。)を制御装置20へ出力する。
【0014】
制御装置20は、外乱推定装置10から外乱qを取得し、制御対象30のセンサが計測した計測値を取得する。制御装置20は、外乱qと計測値に基づいて、制御対象30を制御する。制御対象30とは、例えば、ゴミ焼却炉、発電プラント、化学プラントなどの各種プラント、船舶、ガスタービン、蒸気タービン、コンプレッサーなどの各種機械などである。以下、ゴミ焼却炉を制御対象30の一例として取り上げて本開示に係る外乱推定処理の説明を行うが、各実施形態の適用対象はゴミ焼却炉に限定されない。
【0015】
制御装置20が取得する計測値には制御量が含まれる。制御装置20は、例えば、制御量が一定となるように制御対象30を制御する。例えば、ゴミ焼却炉では発生する蒸気の流量を一定にして運転することが理想である。発生する蒸気流量が一定であれば、焼却炉として最大能力で蒸気を持続的に発生させることができるので、ゴミの焼却量、すなわち処理量と、発電による売電収入を最大化することができる。しかし、市中から回収したゴミは多様であり、例えば、時間的に同じ割合で炉にゴミを供給しても蒸気流量を一定にできない。特許文献1の技術では、ゴミの水分を計測し、特許文献2の技術では、ゴミの単位質量当たりの発熱量を推定し、炉の発熱量の変動原因を推定して、廃棄物や燃焼空気の調節に利用している。蒸気流量などの制御の目的となる変数は一般に制御量と呼ばれている。そして、制御量を含む制御対象の計測値を意図に反し変動させるものは一般に外乱と呼ばれる。ゴミ焼却炉では、ゴミ中の水分の変動や、ゴミの単位質量あたりの発熱量の変動は代表的な外乱である。さらに、これらをマクロに捉えるならば、炉全体での発熱量の変動も外乱である。特許文献1、2に記載の技術は、どちらもゴミ焼却炉に関わる熱学的な知識に基づき燃焼速度の変動に関する特定の外乱を推定する技術である。これに対し、本実施形態の技術は制御対象についての例えば熱学のような事前知識が無くても、外乱qを推定することを可能とする。具体的には、制御対象に設けられたセンサから得られる計測値から支配的な外乱を推定する。以下では、ゴミ焼却炉を例に、推定部12による外乱qの推定手順を説明する。
【0016】
図2は、第一実施形態に係る外乱推定装置の要部の機能構成の一例を示す図である。
図2に外乱推定装置10のうち、推定部12の要部の構成を示す。推定部12は、制御対象30のセンサが計測した計測値を要素とするm行1列の計測ベクトルyを構成する手段121と、計測ベクトルyの分散共分散行列を算出する手段122と、分散共分散行列を特異値分解して最大特異値の特異ベクトルを算出する手段123と、最大特異値の特異ベクトルに基づき制御対象30の外乱qを推定する手段124と、を備える。
【0017】
(外乱の推定手順)
外乱をq∈R1で表す。ゴミ焼却炉では外乱qとして支配的なものは燃焼速度である。外乱qが変動すると計測値y∈Rmも変動する。両者の変動を、式(1)のように、1次式で近似する。
y=c1×q ・・・(1)
式(1)のc1はm行1列の係数ベクトルである。c1は、外乱qが増加するときの計測値ベクトルyの応答を表している。ゴミ焼却炉では、燃焼速度が増加すると、蒸気流量は増加し、燃焼室温度は増加し、排ガスの酸素濃度は減少する。c1は増加や減少を定量化する係数ベクトルであり、以下のようにして値を決定する。まず、計測値を列要素とする計測値ベクトルyの分散共分散行列Q0∈Rm×mを、式(2)のように計算する。式(2)のVarは分散の記号である。
□Q0=Var(y)・・・(2)
次に、分散共分散行列Q0を特異値分解(Singlar Value Decomposition,SVD)し、式(3)の特異ベクトルui(i=1,2,・・・,m)∈Rmと特異値σ2
i(i=1,2,…,m)∈R+を求める。ここに特異値分解の慣例に従って特異値は大きさの順にソートする。すなわちσ2
1が最大特異値、σ2
mが最小特異値である。右肩の記号Tは、行列の転置を表す。
【0018】
【0019】
次に、外乱ρi(i=1,2,…,m)∈R1があるものとして、式(4)のように、計測値ベクトルyの変動を特異ベクトルuと未知の外乱ρとで表す。未知の外乱ρの要素は線形独立、すなわちi≠jならばCov(ρi,ρj)=0である。Covは共分散の記号である。uは計測値ベクトルyの分散共分散行列Q0を特異値分解すると値が分るので、未知の外乱ρは計測値ベクトルyから値を計算することができる。
【0020】
【0021】
分散共分散行列Q0の対称性から、特異ベクトルuには、式(5)の性質がある。
【0022】
【0023】
従って、式(4)の両辺に左からuTを掛けて外乱ρを陽に定義することができる。
【0024】
【0025】
外乱ρの分散共分散行列を計算すると式(7)を得る。
【0026】
【0027】
未知の外乱の第1要素であるρ1の分散は、式(7)が示すように、最大特異値σ1
2である。したがって、計測値ベクトルyの分散はρ1に起因する成分が最も大きいといえる。なぜなら、特異値の性質から、
Var(y1)+Var(y2)+・・・+Var(ym)=
σ1
2+σ2
2+・・・+σm
2 ・・・(8)
が成り立ち、特にσ1
2>>σ2
2+σ3
2+・・・+σm
2であるならば、次式(8A)のように近似され、計測値ベクトルyの変動はρ1に支配される。
【0028】
【0029】
式(6)からρ1に関係する部分を取り出して外乱qの推定式として式(9)を得る。
【0030】
【0031】
ゴミ焼却炉の例では、外乱qとして燃焼速度の変動が支配的であることが分かっている。取得部11が計測値yを取得し、上述の手順によって、推定部12が式(9)により支配的な外乱qを推定すると、それは燃焼速度の変動である。出力部13は、外乱qを制御装置20へ出力する。制御装置20は、外乱qを燃焼速度の変動と見なして、それを相殺するように燃焼空気やごみ供給を調整する。これにより、蒸気流量を一定にしてゴミ焼却炉を運転することができる。ゴミ焼却炉に限らず、どのような制御対象であっても、支配的な外乱について見当をつけることはできる。例えば、船舶の自動操舵では潮流が支配的な外乱であり、自動車の速度制御では路面の勾配などが支配的な外乱である。これらは、運動方程式などの解析的な手段ではなく、経験から得られる知見である。
【0032】
(動作)
上記の手順を
図3に示す。
図3は、第一実施形態に係る外乱推定処理の一例を示す図である。まず、取得部11が、ゴミ焼却炉に設けられたセンサが計測した蒸気流量、燃焼室温度、排ガスの酸素濃度などの計測値を取得する(ステップS1)。推定部12の手段121は、取得部11が取得した計測値を用いて計測ベクトルyを構成する(ステップS2)。例えば、手段121は、蒸気流量、燃焼室温度、排ガスの酸素濃度の各計測値を要素とする計測ベクトルyを構成する。次に推定部12の手段122は、式(2)により分散共分散行列Q
0を算出する(ステップS3)。次に推定部12の手段123は、式(3)により、分散共分散行列を特異値分解して最大特異値の特異ベクトルを算出する(ステップS4)。次に推定部12の手段124は、式(9)により、外乱qを推定する(ステップS5)。推定部12は、外乱qを制御装置20へ出力する。
【0033】
上記の外乱推定処理において計測ベクトルy、外乱q、Q
0、u
1の更新タイミングの関係を
図4に示す。例えば、計測値ベクトルyは外乱推定装置10に新たな計測値が到来する周期T
Aで更新し、それに合わせて、外乱qも周期T
Aで更新する。また、式(2)による分散共分散行列Q
0や式(3)の特異値分解によるu
1の更新は、周期T
Bで更新する。特異値ベクトルu
1は、分散共分散行列から値が決まるので、分散共分散行列Q
0を更新する周期T
Bで計算する。更新周期は対象の特性に基づいて決定するが、一般に、T
A<<T
Bである。特殊なケースとして、対象の特性が一定であるならば、特異値ベクトルu
1は事前に決めた値に固定しても良い。
【0034】
本実施形態によれば、制御対象30にて計測された計測値に基づいて、制御量に影響する外乱qを推定することができる。多くの場合、制御対象30のセンサは、制御量や制御量に影響する物理量を計測するために設けられているので、新たなセンサの追加を必要とせずに既設のセンサの計測値を用いて、外乱qを推定することができる。また、
図4に例示したように、計測ベクトルyが得られる周期T
Aで、最新の計測値に基づくタイムリーな外乱qを推定することができる。また、制御対象30に設けられたセンサによる計測値と上記の手順を実行すればよいので、制御対象30の特性に依存せず、さまざまな制御対象30の外乱推定に汎用的に適用することができる。
【0035】
<第二実施形態>
図5、
図6を用いて第二実施形態の外乱推定装置について説明する。
第一実施形態では、支配的な外乱(例えば、燃焼速度)が事前に明らかであることを前提とした。ゴミ焼却炉では、燃焼速度が支配的な外乱であることが分かっているので、式(9)で算出した外乱qが燃焼速度の変動であり、燃焼速度の変動に基づき、燃焼空気やゴミの供給量を調節した。第二実施形態では、外乱を制御量の変動に換算して推定する。これにより、支配的な外乱が事前に分からない場合にも第一実施形態と同様の手法を適用できるようにする。例えば、ゴミ焼却炉の場合、制御量とは、蒸気流量であり、外乱を制御量の変動に換算して推定するとは、燃焼速度の変動をそれが及ぼす蒸気流量の変動に換算して推定するという事である。制御量に換算して推定することにより、燃焼速度の変動が支配的な外乱であるという知識が無くても外乱qを推定することができるばかりではなく、ゴミ焼却炉を制御するうえで、外乱qの大きさ(燃焼速度)を制御量である蒸気流量に換算する必要が無く、蒸気流量のまま扱って制御に流用することができるという利点が得られる。
【0036】
(構成)
図5は、第二実施形態に係る外乱推定装置の要部の機能構成の一例を示す図である。
第二実施形態に係る外乱推定装置10Aは、推定部12に代えて推定部12Aを備える。第二実施形態の取得部11が取得する計測値には、制御量が含まれる。以下では、制御量を計測値ベクトルyの第一要素に配置するとして説明する。
第二実施形態に係る推定部12Aは、手段124に代えて、最大特異値の特異ベクトルに基づき対象物に加わる外乱を制御量の変動として推定する手段125を備える。推定部12Aは、第一実施形態と同様に、計測値ベクトルyの分散共分散行列Q
0を式(2)で算出し、分散共分散行列Q
0を式(3)のように特異値分解する。そして、推定部12Aは、特異値ベクトルu
i(i=1,2,…,m)と特異値σ
2
i(i=1,2,…,m)を算出する。式(6)の第一行目を取り出したものが式(6A)である。
【0037】
【0038】
ここに、u1,j(j=1,2,…,m)は最大特異値についての特異値ベクトルu1の第j要素である。第一要素(制御量)に対応する最大特異値が支配的であるならば、即ちσ2
1>>σ2
2+σ2
3+・・・+σ2
mであるならば、計測値ベクトルyは、式(10A)のように近似される。
【0039】
【0040】
式(6A)のξは、支配的なρ1により式(11)のように表される。
【0041】
【0042】
ここにξ|ρ1は、ρ1を入力条件としたときのξであることを示す。
同様に、制御量は、ρ1により次のように表される。
y1|ρ1=u11ρ1 ・・・(12)
ここにy1|ρ1は、ρ1を入力条件としたときのy1であることを示す。
式(12)により、ξの値が分かると、制御量の変動に換算した外乱をqy1|ξと記すと、それは次式(13)で表される。
【0043】
【0044】
(動作)
上記の手順を
図6に示す。
図6は、第二実施形態に係る外乱推定処理の一例を示す図である。まず、取得部11が、ゴミ焼却炉に設けられたセンサが計測した計測値を取得する(ステップS1)。計測値には制御量が含まれる。次に推定部12Aの手段121は、計測ベクトルyを構成する(ステップS2)。手段121は、制御量を第一要素として、計測ベクトルyを構成する。次に推定部12Aの手段122は、式(2)により分散共分散行列Q
0を算出する(ステップS3)。次に推定部12Aの手段123は、式(3)により、分散共分散行列を特異値分解して最大特異値の特異ベクトルを算出する(ステップS4)。次に推定部12Aの手段125は、式(13)により、制御量の変動に換算した外乱q
y1|ξを推定する(ステップS6)。推定部12Aは、外乱q
y1|ξを制御装置20へ出力する。
【0045】
本実施形態によれば、第一実施形態の効果に加え、外乱についての知識が無くても、制御対象30にて計測された計測値に基づいて、外乱qを制御量の変動に換算した推定値qy1|ξを算出することができる。例えば、第一実施形態と同様、計測値ベクトルyと外乱qy1|ξは周期TAで更新する。一方、特異値ベクトルu1は、分散共分散行列Q0から値が決まるので、分散共分散行列Q0を更新する周期TBで計算する。また、対象の特性が一定であるならば、特異値ベクトルu1は事前に決めた値に固定しても良い。
【0046】
<第三実施形態>
図7、
図8を用いて第三実施形態の外乱推定装置について説明する。
第三実施形態では、外乱を制御量の変動として推定した推定値q
y1|ξを制御量の実測値y
1と比較して外乱推定の精度を判定する。制御装置20は、精度が悪ければ外乱を相殺する調節を取りやめる。ゴミ焼却炉の例では、推定した蒸気流量の変動と実際の蒸気流量との差が小さければ、推定した蒸気流量の変動に基づき燃焼空気やごみ供給を調節して変動を相殺する。一方、推定した蒸気流量の変動と実際の蒸気流量との差が大きければ、調節を取りやめる。
【0047】
(構成)
図7は、第三実施形態に係る外乱推定装置の要部の機能構成の一例を示す図である。
第三実施形態に係る外乱推定装置10Bは、推定部12に代えて推定部12Bを備える。推定部12Bは、第二実施形態で説明した処理により推定値q
y1|ξを算出し、推定値q
y1|ξの精度を判定する。推定部12Bは、第二実施形態に係る推定部12Aの構成に加え、推定した制御量の変動と実際の制御量との誤差を算出する手段126と、計算された誤差の分散を算出する手段127と、誤差の分散から外乱推定の確からしさを判定する手段128と、を備える。第二実施形態の取得部11が取得する計測値には、制御量が含まれる。以下では、制御量を計測値ベクトルyの第一要素に配置するとして説明する。第三実施形態の出力部13は、推定値q
y1|ξに加え、外乱推定精度の判定結果(調整制限指令)を出力する。
【0048】
推定部12Bは、推定した制御量(例えば、蒸気流量)の変動の推定値qy1|ξと実際の制御量y1とを取得し、変動qy1|ξと制御量y1の差の分散を次式(14)で計算する。
J=Var(y1-qy1|ξ) ・・・(14)
推定部12Bは、分散Jが予め定めた閾値よりも小さければ調整制限指令にOFFを設定し、分散Jが予め定めた閾値よりも大きければ調整制限指令にONを設定する。出力部13は、推定部12Bが算出した推定値qy1|ξと調整制限指令を制御装置20へ出力する。制御装置20は、調整制限指令がOFF(分散Jが閾値よりも小さい)であれば外乱を相殺する調節を実施する。例えば、ゴミ焼却炉の場合、蒸気流量の変動(推定値qy1|ξ)を抑えるようにゴミ供給や燃焼空気の供給量を調整する。調整制限指令がON(分散Jが閾値よりも大きい)であれば外乱を相殺する調整を実施しない。
【0049】
(動作)
上記の手順を
図8に示す。
図8は、第三実施形態に係る外乱推定処理の一例を示す図である。まず、第二実施形態で説明した処理により、推定部12Bは、制御量の変動に換算した外乱q
y1|ξを推定する(ステップS10)。次に手段126が、推定した制御量の変動、つまり外乱q
y1|ξと制御量y1の誤差を算出する(ステップS11)。次に手段127が、ステップS11で算出された誤差の分散Jを算出する(ステップS12)。次に手段128が、ステップS12で算出された誤差の分散Jに基づいて、外乱q
y1|ξの推定の確からしさを判定する(ステップS13)。手段128は、分散Jが所定の閾値よりも大きい場合、推定は不確であると判定し、分散Jが所定の閾値よりも小さい場合、推定は確かであると判定する。
図7に示すように、この判定にはヒステリシス幅が設けられていてもよい。ヒステリシス幅を設けることで、制御量y1の計測誤差や変動を吸収し、安定した制御を行うことができる。手段128は、推定が不確であると判定すると、調整制御指令にONを設定し、推定は確かであると判定すると、調整制御指令にOFFを設定する。推定部12Bは、外乱の推定値q
y1|ξと調整制限指令(ON又はOFF)を制御装置20へ出力する(ステップS14)。
【0050】
ステップS13で、調整制限指令がONとなる状況が続くような場合、推定部12Bは、
図4を用いて説明したQ
0やU
1の更新頻度を上げる等して、精度の向上を試みてもよい。それでも精度が向上しない場合には、推定値q
y1|ξの算出に用いた計測値ベクトルyの第二要素以下として用いる計測値を選定し直してもよい。
【0051】
本実施形態によれば、第二実施形態の効果に加え、外乱推定値qy1|ξの精度を確認しながら、制御対象30の制御を行うことができる。また、調整制限指令の値に基づいて、外乱の推定値qy1|ξに基づく調整の実行と停止を自動的に切り替える機能を制御装置20に組み込むことにより、制御装置20の制御精度を確保することができる。
【0052】
<第四実施形態>
図9~
図11を用いて第四実施形態の外乱推定装置10Cについて説明する。
外乱が起きてから制御量や計測値の変動となって表れるまでには、一般的に、時間遅れがある。例えば、ゴミ焼却炉では、外乱として燃焼速度が変わったあと、その影響が炉内の温度に表れるには、例えば10秒の時間がかかり、蒸気流量の変動として表れるには、例えば300秒の時間がかかるとする。すなわち、例えば時刻tに燃焼速度が変わっても、その影響が炉内温度に表れる時刻はt+10であり、蒸気流量の変動に表れる時刻はt+300である。したがって、この場合、燃焼速度の変動について炉内温度と蒸気流量には290秒の応答の時間差がある。それが分かっているならば、両者には290秒の時間差をつけて計測値ベクトルyを構成すべきである。例えば、計測値ベクトルyが蒸気流量と炉内温度を含むとすると、時刻tの計測値ベクトルの要素には、時刻tの蒸気流量と、時刻t-290の炉内温度とを用いる。遅れ時間の値が不明な場合は、遅れ時間の値を変えて複数設定してもよい。例えば、前述の例では、計測値ベクトルyの要素は、時刻tの蒸気流量と、時刻t-290の炉内温度とした。これに、時刻t-350の炉内温度、時刻t-320の炉内温度、時刻t-260の炉内温度、などを計測値ベクトルyの要素として加えてもよい。
【0053】
図9は、第四実施形態に係る外乱推定装置の要部の機能構成の一例を示す図である。
図9に第二実施形態と組み合わせた場合の第四実施形態の構成を示す。第四実施形態の推定部12Cは、第二実施形態の構成に加え、遅れ時間補正手段129を備える。遅れ時間補正手段129は、計測値ベクトルyの各要素について、過去に計測された計測値と、遅れ時間とを対応付けて記憶している。例えば、計測値ベクトルyが蒸気流量と炉内温度を含む場合、遅れ時間補正手段129は、時刻tにおいて、取得部11によって取得された290秒前の炉内温度の計測値と、炉内温度が蒸気流量よりも290秒の遅れがあることと、を対応付けて記憶している。遅れ時間補正手段129は、計測値ベクトルyを取得し、内部に記憶した遅れ時間の値により計測ベクトルの一つ一つの要素の遅れ時間を補正して、遅れ時間補正後の計測値ベクトルy
~を出力する。第四実施形態では、推定部12Cは、計測ベクトルyの代わりに遅れ時間補正後の計測ベクトルy
~に基づいて外乱を推定する。
【0054】
時間補正について、
図10を用いてさらに具体的に説明する。
図10は、外乱の発生時刻とその影響が計測値に現れるまでの時間差の一例を示す図である。計測ベクトルyにはm個の要素があり、要素ごとの遅れ時間をτ
i(i=1,2,…,m)とすると、外乱が発生してから計測ベクトルyの要素に応答が表れるまでの時間は
図10のように表される。ここで、説明を簡単にするために、計測ベクトルy
~の要素は遅れ時間の大きい順に並んでいるものとする。制御量は、ゴミ焼却炉などの設備の最終的な出力であるので、遅れ時間が計測ベクトルy
~の要素のなかで最大であることは一般的である。制御量の変動を補償するための外乱推定だから、外乱の推定に制御量より応答が遅いものを使うことは意味がない。したがって、計測ベクトルyの要素のなかで、制御量が最も遅れ時間が大きくなるのは当然である。時刻tにおいて式(6A)のξを算出することを考える。ξの算出に用いるのは、
図10に示すように時刻t以前の情報である。一方、制御量y
1に外乱の影響が表れるのは、なお、τ
Δ=τ
2-τ
1後になる。遅れ時間補正後の計測ベクトルy
~は、遅れ時間を用いて次式(15)のように表すことができる。
【0055】
【0056】
この、遅れ時間補正後の計測ベクトルy~を用いて分散共分散行列Q0を求め、さらにその特異ベクトルuを計算する。推定部12Cは、時刻tの時点で{y~
2,y~
3,…,y~
m}は現在値または過去値であるので、これらを用いて式(11)により、ξ|ρ1を算出し、式(13)を用いて外乱qy^1|ξを算出する。外乱qy^1|ξは、時刻tの時点で予測した時刻t+τΔにおける制御量(例えば、蒸気流量)の変動の予測である。将来の値が分かるので、ゴミ焼却炉の運転操作盤などに表示すれば運転操作の助けになる。
【0057】
(動作)
上記の手順を
図11に示す。
図11は、第四実施形態に係る外乱推定処理の一例を示す図である。まず、取得部11が、ゴミ焼却炉に設けられたセンサが計測した蒸気流量、燃焼室温度、排ガスの酸素濃度などの計測値を取得する(ステップS1)。次に推定部12Cの手段121が、計測ベクトルyを構成する(ステップS2)。次に、推定部12Cの遅れ時間補正手段129が、計測ベクトルyを取得し、各要素の遅れ時間を補正した、遅れ時間補正後の計測ベクトルy
~を出力する(ステップS7)。以降は、第二実施形態と同様である。つまり、推定部12Cの手段122は、式(2)により分散共分散行列Q
0を算出する(ステップS3)。次に推定部12Cの手段123は、式(3)により、分散共分散行列を特異値分解して最大特異値の特異ベクトルを算出する(ステップS4)。次に推定部12Cの手段125は、式(13)により、制御量の変動に換算した外乱q
y^1|ξを推定する(ステップS6)。推定部12Aは、外乱の推定値(予測値)q
y^1|ξを制御装置20へ出力する。
【0058】
第四実施形態によれば、第二実施形態の効果に加え、一つ一つの計測値において外乱の影響が表れるまでの遅れ時間を補正する為、外乱推定精度を向上することができる。第四実施形態は、第二実施形態だけではなく、第一実施形態や第三実施形態と組み合わせることができる。また、第二実施形態、第三実施形態と組み合わせた場合、第四実施形態によれば、将来の制御量を予測することができる。
【0059】
<第五実施形態>
図12~
図13を用いて第五実施形態の外乱推定装置10Dについて説明する。
第四実施形態では、外乱による制御量の変動の予測値を推定した。第五実施形態では、第四実施形態と第三実施形態を組み合わせて予測の精度を判定する。予測精度が悪いことがわかれば、誤差が悪影響を及ぼさないように、制御装置20は、外乱を相殺する調節を取りやめる。例えば、ゴミ焼却炉の例では、予測した蒸気流量の変動と実際の蒸気流量との差が小さければ、制御装置20は、予測した蒸気流量の変動に基づき燃焼空気やごみ供給を調節して変動を相殺する。一方、予測した蒸気流量の変動と実際の蒸気流量との差が大きければ、制御装置20は、調節を取りやめる。
【0060】
(構成)
図12は、第五実施形態に係る外乱推定装置の要部の機能構成の一例を示す図である。
第五実施形態に係る外乱推定装置10Dは、推定部12に代えて推定部12Dを備える。推定部12Dは、以下で述べる第四実施形態の説明に類似の処理により推定値q
y^1|ξを算出し、実際の制御量(例えば、蒸気流量)y
1との差の分散に基づいて、推定値q
y^1|ξの精度を判定する。推定部12Dは、第四実施形態に係る推定部12Cの構成と、第三実施形態に係る手段126~128と、に加え、制御量に外乱の影響が表れるまでの遅れ時間と外乱の予測値とに基づく制御量の変動から制御量を推定する手段130と、を備える。第二実施形態の取得部11が取得する計測値には、制御量が含まれる。第五実施形態の出力部13は、制御量の予測値y
^
1と制御量の予測値の予測精度の判定結果(調整制限指令)を出力する。
【0061】
第5の実施形態では、第4の実施形態で説明した遅れ時間補正後の計測値ベクトルを式(16)のように構成する。
【0062】
【0063】
計測ベクトルz~は、計測ベクトルy~の第2要素に制御量y1(t)を追加している。計測ベクトルz~の分散共分散行列Q0を求め、さらに、その特異ベクトルuを計算する。時刻tにおいて、{z~2,z~3,…,z~m+1}は現在値または過去値であるので、これらを用いて式(17)を用いてξを計算する。
【0064】
【0065】
ξから、式(18)のように、z~1すなわち時刻t+y1の予測値が得られる。
【0066】
【0067】
外乱の予測値qz~1|ξ(t)はqy^1|ξ(t)であり、時刻tにおける制御量y1(t+τΔ)の予測値である。y1(t+τΔ)は予測値だから、実際の計測値と区別するためにy^1(t+τΔ)と記し、時刻tと時刻t+τΔの間での予測値の増分をτΔ×予測値の時間微分で近似すると(19)式が導かれる。
【0068】
【0069】
式(19)から、式(20)のように、予測値の時間的な変化を表す微分方程式が得られる。
【0070】
【0071】
式(20)を時間について数値積分することにより、外乱の予測値qy^1|ξ(t)を基に現時刻tの制御量の推定値y^1(t)が分る。実際の計算では、式(20)は次式(21)のように時定数がτΔ,ゲインが1の1次遅れフィルタにより簡便に演算できる。
【0072】
【0073】
手段130は、式(21)により、時刻tにおいて時刻t+τΔにおける外乱を予測した値qy^1|ξ(t)に基づき時刻tの制御量を推定する。手段127は、式(21)によって算出されたy^1(t)と実際の制御量の計測値y1(t)とに基づいて、第三実施形態と同様に次式(22)を用いて推定値と計測値(実測値)の差の分散を計算する。
J = Var(y1(t)-y^1(t)) ・・・(22)
【0074】
(動作)
図13は、第五実施形態に係る外乱推定処理の一例を示す図である。
第四実施形態で説明した処理により、推定部12Dは、時刻t+τΔにおける制御量に換算した外乱q
y^1|ξを予測する(ステップS20)。次に手段130が、時刻tにおける制御量を推定する(ステップS21)。上述のように、外乱の予測値q
y^1|ξ(t)は、時刻t+τΔの制御量y^1(t+τΔ)を表している。手段130は、式(21)によって、時間を巻き戻す計算を行い、制御量y^1(t+τΔ)から時刻tにおける制御量y^
1(t)を推定する。次に手段126が、時刻tにおける制御量の推定値と実際の制御量との誤差を算出する(ステップS22)。次に手段127が、ステップS22で算出された誤差の分散Jを算出する(ステップS23)。手段127は、式(22)によって分散Jを算出する。次に手段128が、ステップS23で算出された誤差の分散Jに基づいて、制御量y^
1(t)の推定の確からしさを判定する(ステップS24)。手段128は、分散Jが所定の閾値よりも大きい場合、推定は不確であると判定し、分散Jが所定の閾値よりも小さい場合、推定は確かであると判定する。
図12に示すように、この判定にはヒステリシス幅が設けられていてもよい。ヒステリシス幅を設けることで、制御量y
1の計測誤差や変動を吸収し、安定した制御を行うことができる。手段128は、予測が不確であると判定すると、調整制御指令にONを設定し、推定は確かであると判定すると、調整制御指令にOFFを設定する。推定部12Dは、制御量の予測値y^
1と調整制限指令(ON又はOFF)を制御装置20へ出力する(ステップS25)。
【0075】
ステップS24で、調整制限指令がONとなる状況が続くような場合、推定部12Dは、
図4を用いて説明したQ
0やu
1の更新頻度を上げる等して、精度の向上を試みてもよい。それでも精度が向上しない場合には、推定値q
y^1|ξの算出に用いた計測値ベクトルz
~の第二要素以下として用いる計測値を選定し直したり、その遅れ時間を設定し直したりしてもよい。
【0076】
本実施形態によれば、第四実施形態の効果に加え、外乱の予測値qy^1|ξの予測精度を確認しながら制御対象30の制御を行うことができる。また、調整制限指令の値に基づいて、外乱の予測値qy^1|ξに基づく調整の実行と停止を自動的に切り替える機能を制御装置20に組み込むことにより、制御装置20の制御精度を確保することができる。
【0077】
<第六実施形態>
図14を用いて第六実施形態の外乱推定装置10Eについて説明する。
本開示の外乱の推定では、特異ベクトルu
1∈R
mが重要である。特異ベクトルu
1は、予め指定した遅れ時間{τ
1,τ
2,・・・,τ
m}に従って周期T
Bごとに更新する。特異ベクトルの値は更新の度に変化する。変化した値をそのまま利用しても良いが、例えば、特異ベクトルを複数通り計算して、そのなかで最も望ましいものを利用する多数決方式にすれば、外乱推定の信頼度は一つだけのときよりも高まると期待される。遅れ時間委ついても同様である。また、例えば、制御対象30の運転形態(起動時、定格運転時、低出力運転時)に応じて、外乱の影響が反映される計測値の種類が変化すること等が考えられる。従って、第六実施形態では、特異ベクトルの更新タイミング、遅れ時間、計測ベクトルyを構成する計測値などを様々に異ならせて、それぞれについて第五実施形態の方法で制御量の予測精度を判定し、最も精度の高い制御量を用いて、制御対象30の制御を行う。
【0078】
(構成)
図14は、第六実施形態に係る外乱推定装置の要部の機能構成の一例を示す図である。
第六実施形態に係る外乱推定装置10Eは、第五実施形態に係る推定部12Dを複数と、複数の推定部12Dがそれぞれに算出した分散Jの中から最も小さなものを選ぶ選択手段131と、選択手段131が選択した分散Jに対応する制御量の予測値y^
1を選択する選択手段132と、選択手段131が選択した分散Jに対応する調整制御指令を選択する選択手段133と、を備える。第六実施形態の出力部13は、選択手段132が選択した制御量の予測値y^
1と選択手段133が選択した調整制限指令を出力する。
【0079】
例えば、
図14のように、推定部12D-1~12D-2を備え、それぞれが推定した外乱による制御量の変動を考慮した制御量の予測値と実際の制御量の差の分散[J]
1、[J]
2のうち最小のものを選択手段131によって選出し、分散が最小となる番号を選出しi
*とする(式(23))。
【0080】
【0081】
そして、番号i*の推定部12Dからの出力を、選択手段132、133がそれぞれ制御量の変動の推定値y^i*、調整制限指令*として選択し、出力部13がこれらを制御装置20へ出力する。
【0082】
本実施形態によれば、外乱推定の信頼度を向上することができる。推定部12Eは、計測ベクトルyの分散共分散行列Q0の特異ベクトルを更新する周期TBについて異なる値を設定した複数の推定部12Dを備えていてもよいし、外乱が制御量の値に変動として現れるまでの制御量の遅れ時間について異なる値を設定した複数の推定部12Dを備えていてもよいし、異なる種類の計測ベクトルyに基づいて外乱推定を行う複数の推定部12Dを備えていてもよいし、これら3つのパラメータのうちの2つまたは3つを様々に異ならせた複数の推定部12Dを備えていてもよい。
【0083】
図15は、各実施形態に係る外乱推定装置のハードウェア構成の一例を示す図である。
コンピュータ900は、CPU901、主記憶装置902、補助記憶装置903、入出力インタフェース904、通信インタフェース905を備える。
上述の外乱推定装置10~10Eは、コンピュータ900に実装される。そして、上述した各機能は、プログラムの形式で補助記憶装置903に記憶されている。CPU901は、プログラムを補助記憶装置903から読み出して主記憶装置902に展開し、当該プログラムに従って上記処理を実行する。また、CPU901は、プログラムに従って、記憶領域を主記憶装置902に確保する。また、CPU901は、プログラムに従って、処理中のデータを記憶する記憶領域を補助記憶装置903に確保する。
【0084】
なお、外乱推定装置10~10Eの全部または一部の機能を実現するためのプログラムをコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して、この記録媒体に記録されたプログラムをコンピュータシステムに読み込ませ、実行することにより各機能部による処理を行ってもよい。ここでいう「コンピュータシステム」とは、OSや周辺機器等のハードウェアを含むものとする。また、「コンピュータシステム」は、WWWシステムを利用している場合であれば、ホームページ提供環境(あるいは表示環境)も含むものとする。また、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、CD、DVD、USB等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶装置のことをいう。また、このプログラムが通信回線によってコンピュータ900に配信される場合、配信を受けたコンピュータ900が当該プログラムを主記憶装置902に展開し、上記処理を実行しても良い。また、上記プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであっても良く、さらに前述した機能をコンピュータシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるものであってもよい。
【0085】
以上のとおり、本開示に係るいくつかの実施形態を説明したが、これら全ての実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することを意図していない。これらの実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これらの実施形態及びその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【0086】
<付記>
各実施形態に記載の外乱推定装置10~10E、外乱推定方法およびプログラムは、例えば以下のように把握される。
【0087】
(1)第1の態様に係る外乱推定装置10~10Eは、制御対象が備えるセンサが計測した計測値を取得する取得部11と、前記計測値を要素とする計測ベクトルの分散共分散行列を算出し、前記分散共分散行列を特異値分解して最大特異値の特異ベクトルを算出し、前記特異ベクトルと前記計測ベクトルとに基づいて、前記制御対象に生じる外乱を推定する推定部12と、を備える。
これにより、制御対象が備えるセンサが計測した計測値に基づいて、制御対象に生じる外乱を推定することができる(第一実施形態)。
【0088】
(2)第2の態様に係る外乱推定装置10A~10Eは、(1)の外乱推定装置10A~10Eであって、前記取得部は、前記制御対象の制御の目的となる変数である制御量の計測値を取得し、前記推定部は、前記計測ベクトルにおける前記最大特異値の特異ベクトルに基づいて(式(13))、前記外乱を前記制御量の変動として推定する。
これにより、外乱を制御量の変動に換算して推定することができ、支配的な外乱が事前に分からない場合でも外乱の大きさを推定することができる(第二実施形態)。
【0089】
(3)第3の態様に係る外乱推定装置10B~10Cは、(1)~(2)の外乱推定装置10B~10Cであって、前記推定部は、推定した前記外乱の分散の大きさに基づいて、推定した前記外乱の確からしさを判定し、推定した前記外乱とともに前記判定の結果を出力する。
これにより、外乱推定の確からしさを判定することができる。例えば、確からしさが低い場合には、その推定結果を用いないで制御対象を制御することにより、制御の精度を確保できる(第三実施形態)。
【0090】
(4)第4の態様に係る外乱推定装置10C~10Dは、(1)~(3)の外乱推定装置10C~10Dであって、前記推定部は、前記外乱が前記計測値に変動として現れるまでの遅れ時間を補正する補正手段、を備え、前記推定部は、前記取得部が取得した前記計測値の遅れ時間を前記補正手段によって補正し、補正後の前記計測値を要素とする前記計測ベクトルを用いて、前記外乱を推定する。
制御対象に外乱が起きてから制御量や計測値の変動となって表れるまでには一般的に時間遅れがある。第4の態様によれば、時間遅れを考慮して外乱を推定することによって、外乱の推定精度を向上することができる(第四実施形態)。
【0091】
(5)第5の態様に係る外乱推定装置10Dは、(4)の外乱推定装置10Dであって、前記推定部は、推定した前記外乱に基づいて、前記計測値のうちの前記遅れ時間が最も長い前記計測値の推定値を推定し、前記計測値の推定値と前記計測値の実測値の差の分散に基づいて、推定した前記外乱の確からしさを判定し、推定した前記計測値の推定値とともに前記判定の結果を出力する。
これにより、外乱を制御量の変動に換算し、制御量の実測値と比較して外乱推定の精度を判定する。これにより、外乱を用いた制御の精度を確保できる(第五実施形態)。
【0092】
(6)第6の態様に係る外乱推定装置10Eは、(5)の外乱推定装置10Dの前記推定部を複数備え、前記外乱の確からしさが最も高い前記推定部が推定した外乱を選択する。
これにより、最も精度よく推定された外乱を制御に利用することができる(第六実施形態)。
【0093】
(7)第7の態様に係る外乱推定装置10Eは、(6)の外乱推定装置10Eであって、複数の前記推定部のそれぞれは、他の前記推定部と異なる前記計測値に基づいて前記外乱を推定するか、または、他の前記推定部と異なる前記遅れ時間の補正を行って前記外乱を推定するか、または、他の前記推定部と異なる周期で前記分散共分散行列および前記特異値ベクトルを更新して前記外乱を推定する。
様々な条件を与えて外乱を推定することで、精度よく外乱推定ができる可能性を高めることができる。
【0094】
(8)第8の態様に係る外乱推定方法は、制御対象が備えるセンサが計測した計測値を取得するステップと、前記計測値を要素とする計測ベクトルの分散共分散行列を算出し、前記分散共分散行列を特異値分解して最大特異値の特異ベクトルを算出し、前記特異ベクトルと前記計測ベクトルとに基づいて、前記制御対象に生じる外乱を推定するステップと、を有する。
【0095】
(9)第9の態様に係るプログラムは、コンピュータに、制御対象が備えるセンサが計測した計測値を取得するステップと、前記計測値を要素とする計測ベクトルの分散共分散行列を算出し、前記分散共分散行列を特異値分解して最大特異値の特異ベクトルを算出し、前記特異ベクトルと前記計測ベクトルとに基づいて、前記制御対象に生じる外乱を推定するステップと、を実行させる。
【符号の説明】
【0096】
100・・・制御システム、10~10E・・・外乱推定装置、11・・・取得部、12~12E・・・推定部、13・・・出力部、20・・・制御装置、30・・・制御対象、900・・・コンピュータ、901・・・CPU、902・・・主記憶装置、903・・・補助記憶装置、904・・・入出力インタフェース、905・・・通信インタフェース