(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022184021
(43)【公開日】2022-12-13
(54)【発明の名称】皮膚モデルおよびその製造方法、ならびに皮膚の色素沈着を治療または予防するための因子の評価方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20221206BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20221206BHJP
【FI】
C12N5/071
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021091621
(22)【出願日】2021-05-31
(71)【出願人】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100197169
【弁理士】
【氏名又は名称】柴田 潤二
(72)【発明者】
【氏名】小池 咲綾
(72)【発明者】
【氏名】岸本 治郎
(72)【発明者】
【氏名】中沢 陽介
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 敬
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼木 雅哉
(72)【発明者】
【氏名】山田 章子
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA07
4B063QQ08
4B063QR90
4B063QS40
4B063QX02
4B065AA93X
4B065BC41
4B065BC48
4B065CA44
4B065CA50
(57)【要約】
【課題】本発明の目的は、安定的に長期間培養可能な新たな皮膚モデルおよびそれを製造する方法を提供することである。
【解決手段】本発明は、第1細胞培養基材の上に播種されたケラチノサイト及び/又はメラノサイトを含む第1細胞群と;前記第1細胞群の上方に配置され、多孔膜を有する第2細胞培養基材に播種された線維芽細胞を含む第2細胞群と;を含む、皮膚モデルを提供する。また、本発明は、皮膚モデルを製造する方法、および、皮膚モデルを用いた、皮膚の色素沈着を治療または予防するための因子の評価方法を提供する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1細胞培養基材の上に播種されたケラチノサイト及び/又はメラノサイトを含む第1細胞群と;
前記第1細胞群の上方に配置され、多孔膜を有する第2細胞培養基材に播種された線維芽細胞を含む第2細胞群と;
を含む、皮膚モデルであって、
前記線維芽細胞は、光照射により損傷が与えられた線維芽細胞であり、
前記多孔膜を介して、前記第1細胞群を培養する第1培地と、前記第2細胞群を培養する第2培地との間で可溶性成分が交換される、
皮膚モデル。
【請求項2】
前記光照射により損傷が与えられた線維芽細胞が、光増感剤の存在下で、紫外光の照射により損傷が与えられた線維芽細胞である、請求項1に記載の皮膚モデル。
【請求項3】
前記光増感剤が、ソラレン、NAD、リボフラビン、トリプトファン、葉酸、ポルフィリン、メチレンブルー、チオール基で保護された金ナノクラスター(AUxSRy)からなる群から選択される、請求項2に記載の皮膚モデル。
【請求項4】
前記光照射が、UVAの光照射である、請求項1~3のいずれか1項に記載の皮膚モデル。
【請求項5】
前記第2細胞群は、さらに、評価対象の線維芽細胞を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の皮膚モデル。
【請求項6】
前記第1細胞群は、色素取込評価物質が添加されたものである、請求項1~5のいずれか1項に記載の皮膚モデル。
【請求項7】
皮膚モデルの製造方法であって、
ケラチノサイト及び/又はメラノサイトを含む第1細胞群が播種された第1細胞培養基材の上方に、光照射により損傷が与えられた線維芽細胞を含む第2細胞群が播種された多孔膜を有する第2細胞培養基材を配置して、前記第1細胞群と前記第2細胞群とを共培養する工程であって、
前記多孔膜を介して、前記第1細胞群を培養する第1培地と、前記第2細胞群を培養する第2培地との間で可溶性成分が交換される、工程
を含む、方法。
【請求項8】
前記光照射により損傷が与えられた線維芽細胞が、光増感剤の存在下で、紫外光の照射により損傷が与えられた線維芽細胞である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記光増感剤が、ソラレン、NAD、リボフラビン、トリプトファン、葉酸、ポルフィリン、メチレンブルー、チオール基で保護された金ナノクラスター(AUxSRy)からなる群から選択される、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記光照射が、UVAの光照射である、請求項7~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記第2細胞群は、さらに、評価対象の線維芽細胞を含む、請求項7~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記第1細胞群は、色素取込評価物質が添加されたものである、請求項7~11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
皮膚の色素沈着を治療または予防するための因子の評価方法であって、
(1)ケラチノサイト及び/又はメラノサイトを含む第1細胞群が播種された第1細胞培養基材の上方に、光照射により損傷が与えられた線維芽細胞を含む第2細胞群が播種された多孔膜を有する第2細胞培養基材を配置して、前記第1細胞群と前記第2細胞群とを共培養し、皮膚モデルを作製する工程であって、
前記多孔膜を介して、前記第1細胞群を培養する第1培地と、前記第2細胞群を培養する第2培地との間で可溶性成分が交換される、工程;
(2)前記皮膚モデルに、候補因子を適用して培養する工程;
(3)前記工程(2)で得られる第1細胞群の色素沈着の指標を解析し、前記候補因子の治療または予防効果を評価する工程、
を含む、方法。
【請求項14】
前記工程(1)の前に、色素取込評価物質を前記第1細胞群に添加する工程をさらに含み、前記工程(3)において、前記色素取込評価物質を前記第1細胞群へ取り込む度合いを前記色素沈着の指標とする、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記工程(2)の後に、色素取込評価物質を前記第1細胞群に添加する工程をさらに含み、前記工程(3)において、前記色素取込評価物質を前記第1細胞群へ取り込む度合いを前記色素沈着の指標とする、請求項13に記載の方法。
【請求項16】
前記候補因子が、線維芽細胞であり、前記第2細胞群に適用される、請求項13~15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
前記光照射により損傷が与えられた線維芽細胞が、光増感剤の存在下で、紫外光の照射により損傷が与えられた線維芽細胞である、請求項13~16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
前記光増感剤が、ソラレン、NAD、リボフラビン、トリプトファン、葉酸、ポルフィリン、メチレンブルー、チオール基で保護された金ナノクラスター(AUxSRy)からなる群から選択される、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記光照射が、UVAの光照射である、請求項13~18のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚モデルおよびそれを製造する方法に関する。また、本発明は、皮膚モデルを用いた皮膚の色素沈着を治療または予防するための因子の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚は生体内と生体外の環境を分ける体表を覆う器官である。皮膚は、物理的なバリアとして働き、乾燥や有害物質が生体内へ侵入することから守り、生命の維持に不可欠な役割を果たしている。
【0003】
高等脊椎動物の皮膚は、最外層から大別すると表皮、真皮、皮下組織の層から形成されている。表皮は、主にケラチノサイト(角化細胞)と呼ばれる細胞から構成されており、表皮の最深部(基底層)でケラチノサイトが分裂しながら、上層に向かって有棘層、顆粒層、そして角層へと分化しながら表面へと移動し、やがて垢となって脱落する。
【0004】
表皮の基底層にはメラノサイト(色素細胞)が存在し、メラノサイト内のメラノソームにおいてメラニンが生成される。生成されたメラニンは、周囲のケラチノサイトに取り込まれる。取り込まれたメラニンはケラチノサイトのターンオーバーとともに角層まで移行し約40日かけて生体外へと排出される。
【0005】
皮膚のしみ・そばかすなどの色素沈着は、ホルモンの異常や紫外線曝露、局所の炎症等により、メラノサイトでメラニンが過剰に形成されることや、メラニン顆粒が表皮基底層のケラチノサイト内に沈着することなどが原因であると考えられている。色素沈着、例えば、加齢による老人性色素斑などを治療または予防する方法や、治療剤(美白剤)が開発されているが、期待された効果が得られなかったり、一時的な効果が得られるが、効果が持続せず再発するなどの課題があり、新たな治療法または予防法や、治療剤を開発するニーズが存在し続けている。
【0006】
そのような状況の下、新たな治療法を開発するために、従来の動物モデルに代わって、近年では皮膚の構造およびその機能を模倣した皮膚モデルが開発されており、利用されている(例えば、特許文献1及び2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第6113393号公報
【特許文献2】国際公開第2020/111265号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、安定的かつ品質にばらつきが少なく、短期~中長期(例えば、3日~21日程度)の実験系においても評価可能な新たな皮膚モデルおよびそれを製造する方法を提供することである。また、本発明の目的は、新たな皮膚モデルを用いた皮膚の色素沈着を治療または予防するための候補因子を評価する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らが鋭意検討を行った結果、第1細胞培養基材の上に播種されたケラチノサイト及び/又はメラノサイトを含む第1細胞群と;
前記第1細胞群の上方に配置され、多孔膜を有する第2細胞培養基材に播種された線維芽細胞を含む第2細胞群と;を含む、皮膚モデルが、安定的かつ品質にばらつきが少なく、短期~中長期(例えば、3日~21日程度)の実験系においても評価可能な皮膚モデルとなり得ることを見出した。すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
【0010】
[1] 第1細胞培養基材の上に播種されたケラチノサイト及び/又はメラノサイトを含む第1細胞群と;
前記第1細胞群の上方に配置され、多孔膜を有する第2細胞培養基材に播種された線維芽細胞を含む第2細胞群と;
を含む、皮膚モデルであって、
前記線維芽細胞は、光照射により損傷が与えられた線維芽細胞であり、
前記多孔膜を介して、前記第1細胞群を培養する第1培地と、前記第2細胞群を培養する第2培地との間で可溶性成分が交換される、
皮膚モデル。
[2] 前記光照射により損傷が与えられた線維芽細胞が、光増感剤の存在下で、紫外光の照射により損傷が与えられた線維芽細胞である、項目1に記載の皮膚モデル。
[3] 前記光増感剤が、ソラレン、NAD、リボフラビン、トリプトファン、葉酸、ポルフィリン、メチレンブルー、チオール基で保護された金ナノクラスター(AUxSRy)からなる群から選択される、項目2に記載の皮膚モデル。
[4] 前記光照射が、UVAの光照射である、項目1~3のいずれか1項に記載の皮膚モデル。
[5] 前記第2細胞群は、さらに、評価対象の線維芽細胞を含む、項目1~4のいずれか1項に記載の皮膚モデル。
[6] 前記第1細胞群は、色素取込評価物質が添加されたものである、項目1~5のいずれか1項に記載の皮膚モデル。
【0011】
[7] 皮膚モデルの製造方法であって、
ケラチノサイト及び/又はメラノサイトを含む第1細胞群が播種された第1細胞培養基材の上方に、光照射により損傷が与えられた線維芽細胞を含む第2細胞群が播種された多孔膜を有する第2細胞培養基材を配置して、前記第1細胞群と前記第2細胞群とを共培養する工程であって、
前記多孔膜を介して、前記第1細胞群を培養する第1培地と、前記第2細胞群を培養する第2培地との間で可溶性成分が交換される、工程
を含む、方法。
[8] 前記光照射により損傷が与えられた線維芽細胞が、光増感剤の存在下で、紫外光の照射により損傷が与えられた線維芽細胞である、項目7に記載の方法。
[9] 前記光増感剤が、ソラレン、NAD、リボフラビン、トリプトファン、葉酸、ポルフィリン、メチレンブルー、チオール基で保護された金ナノクラスター(AUxSRy)からなる群から選択される、項目8に記載の方法。
[10] 前記光照射が、UVAの光照射である、項目7~9のいずれか1項に記載の方法。
[11] 前記第2細胞群は、さらに、評価対象の線維芽細胞を含む、項目7~10のいずれか1項に記載の方法。
[12] 前記第1細胞群は、色素取込評価物質が添加されたものである、項目7~11のいずれか1項に記載の方法。
【0012】
[13] 皮膚の色素沈着を治療または予防するための因子の評価方法であって、
(1)ケラチノサイト及び/又はメラノサイトを含む第1細胞群が播種された第1細胞培養基材の上方に、光照射により損傷が与えられた線維芽細胞を含む第2細胞群が播種された多孔膜を有する第2細胞培養基材を配置して、前記第1細胞群と前記第2細胞群とを共培養し、皮膚モデルを作製する工程であって、
前記多孔膜を介して、前記第1細胞群を培養する第1培地と、前記第2細胞群を培養する第2培地との間で可溶性成分が交換される、工程;
(2)前記皮膚モデルに、候補因子を適用して培養する工程;
(3)前記工程(2)で得られる第1細胞群の色素沈着の指標を解析し、前記候補因子の治療または予防効果を評価する工程、
を含む、方法。
[14] 前記工程(1)の前に、色素取込評価物質を前記第1細胞群に添加する工程をさらに含み、前記工程(3)において、前記色素取込評価物質を前記第1細胞群へ取り込む度合いを前記色素沈着の指標とする、項目13に記載の方法。
[15] 前記工程(2)の後に、色素取込評価物質を前記第1細胞群に添加する工程をさらに含み、前記工程(3)において、前記色素取込評価物質を前記第1細胞群へ取り込む度合いを前記色素沈着の指標とする、項目13に記載の方法。
[16] 前記候補因子が、線維芽細胞であり、前記第2細胞群に適用される、項目13~15のいずれか一項に記載の方法。
[17] 前記光照射により損傷が与えられた線維芽細胞が、光増感剤の存在下で、紫外光の照射により損傷が与えられた線維芽細胞である、項目13~16のいずれか一項に記載の方法。
[18] 前記光増感剤が、ソラレン、NAD、リボフラビン、トリプトファン、葉酸、ポルフィリン、メチレンブルー、チオール基で保護された金ナノクラスター(AUxSRy)からなる群から選択される、項目17に記載の方法。
[19] 前記光照射が、UVAの光照射である、項目13~18のいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によって、安定的かつ品質にばらつきが少なく、短期~中長期(例えば、3日~21日程度)の実験系においても、疑似シミ部位の形成を確認することが可能な皮膚モデルが提供される。また本発明により提供される皮膚モデルを用いることによって、皮膚の色素沈着を治療または予防するための候補因子の探索や、評価が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、一実施態様の皮膚モデルの製造方法を示す概略図である。各構成要素は、主に断面を表している。
【
図2】
図2は、一実施態様の皮膚モデルの製造方法を示す概略図である。各構成要素は、主に断面を表している。
【
図3】
図4は、一実施態様の皮膚モデルの製造方法を示す概略図である。各構成要素は、主に断面を表している。
【
図4】
図4は、
図1の皮膚モデルを用いて、PVUA未処理の線維芽細胞を添加した場合の、ケラチノサイトの増殖・分化抑制効果を調べた結果を示す。(A)増殖マーカーであるKi67(緑)および核(青)を蛍光染色したケラチノサイトの蛍光顕微鏡像。(B)分化マーカーであるp63(緑)および核(青)を蛍光染色したケラチノサイトの蛍光顕微鏡像。各画像の右下の数値は、各マーカーの陽性細胞の割合を示す。
【
図5】
図5は、
図1の皮膚モデルを用いて、PVUA未処理の線維芽細胞を添加した場合のケラチノサイトの増殖・分化抑制効果を調べた結果を示す。PVUA未処理の線維芽細胞を添加後のケラチノサイトにおけるKi67(A)又はP63(B)の遺伝子発現をRT-PCRアッセイにより解析した。内部標準としてGAPDHの遺伝子発現を測定し、標準化した。各グラフはPVUA未処理の線維芽細胞と共培養していないケラチノサイト(「PVUA」に相当)における各遺伝子発現量を1とした場合の相対値として表している。*:p<0.05、**:p<0.01。
【
図6】
図6は、
図2の皮膚モデルを用いて評価対象の線維芽細胞(non-PUVA-Fb)を添加した場合の、ケラチノサイトによる0.5μmビーズ又はメラノソームの取り込み効果を調べた結果を示す。(A)ケラチノサイトにおける0.5μmビーズ(赤)及び核(青)の位置を示す蛍光顕微鏡像を示す。(B)ケラチノサイトにおけるメラノソームの取り込み状態を示すフォンタナマッソン染色を示す。
【
図7】
図7は、
図3の皮膚モデルを用いて評価対象の線維芽細胞(non-PUVA-Fb)を添加した場合の、ケラチノサイトによる色素顆粒(メラノソーム)の分布差検討を行った結果を示す。ケラチノサイトにおけるメラノソームの取り込み状態をフォンタナマッソン染色を行い、観察した。
【
図8】
図8は、
図3の皮膚モデルを用いて評価対象の線維芽細胞(non-PUVA-Fb)を添加した場合の、ケラチノサイトの老化マーカーを調べた結果を示す。β-gal(緑)および核(青)を蛍光染色したケラチノサイトを蛍光顕微鏡で観察した。
【
図9】
図9は、
図3の皮膚モデルを用いて評価対象の線維芽細胞(non-PUVA-Fb)を添加した場合の、ケラチノサイトの老化マーカーを調べた結果を示す。PVUA未処理の線維芽細胞を添加後のケラチノサイトにおけるp16(A)又はp21(B)の遺伝子発現をRT-PCRアッセイにより解析した。内部標準としてGAPDHの遺伝子発現を測定し、標準化した。各グラフはPVUA未処理の線維芽細胞と共培養していないケラチノサイト(「PVUA」に相当)における各遺伝子発現量を1とした場合の相対値として表している。*:p<0.05、**:p<0.01。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について図面等を参照しつつ詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は下記の形態のみに限定されない。
【0016】
本明細書において、「第1」「第2」等の用語は、1つの要素をもう1つの要素と区別するために用いており、例えば、第1の要素を第2の要素と表現し、同様に第2の要素を第1の要素と表現してもよく、これによって本発明の範囲を逸脱するものではない。
【0017】
特段の定義がない限り、本明細書で使用する用語(技術的用語および科学的用語)は、当業者が一般に理解している用語と同一の意味を有する。
【0018】
<皮膚モデルおよびその製造方法>
図1は、一実施形態における、皮膚モデル1およびそれを製造する方法を説明する概略図である。一実施態様において、皮膚モデル1は、
第1細胞培養基材の上に播種されたケラチノサイト及び/又はメラノサイトを含む第1細胞群と;
前記第1細胞群の上方に配置され、多孔膜を有する第2細胞培養基材に播種された線維芽細胞を含む第2細胞群と;
皮膚モデルであって、
前記線維芽細胞は、光照射により損傷が与えられた線維芽細胞であり、
前記多孔膜を介して、前記第1細胞群を培養する第1培地と、前記第2細胞群を培養する第2培地との間で可溶性成分が交換される、皮膚モデルである(例えば、
図1(C)参照)。
【0019】
また、一実施態様における皮膚モデル1は、
ケラチノサイト及び/又はメラノサイトを含む第1細胞群が播種された第1細胞培養基材の上方に、光照射により損傷が与えられた線維芽細胞を含む第2細胞群が播種された多孔膜を有する第2細胞培養基材を配置して、前記第1細胞群と前記第2細胞群とを共培養する工程であって、
前記多孔膜を介して、前記第1細胞群を培養する第1培地と、前記第2細胞群を培養する第2培地との間で可溶性成分が交換される、工程を含む方法によって提供することができる。
【0020】
ケラチノサイト(角化細胞)とは、表皮を構成する細胞の一つであり、生体の表皮組織においては、最深部(基底層)で分裂しながら上層に向かって有棘層、顆粒層、そして角層へと分化しながら表面へ移動し、やがて垢となって脱落する細胞である。
【0021】
メラノサイト(色素細胞)とは、表皮組織を構成する細胞の一つであり、生体においては表皮の基底層に存在し、メラニンを形成する細胞である。
【0022】
本発明に用いられる線維芽細胞、ケラチノサイトおよびメラノサイトは、それぞれ、生体組織から採取された初代培養細胞であってもよく、予め単離および/または増殖され市販または頒布されている細胞であってもよく、株化された細胞であってもよく、ES細胞、iPS細胞、又はMuse細胞等の多能性幹細胞から分化誘導された細胞であってもよい。
【0023】
皮膚モデル1は、ケラチノサイト及び/又はメラノサイトを含む第1細胞群10が第1細胞培養基材11に播種される。第1細胞培養基材11は、公知の培養基材であればよく、特に限定されない。
【0024】
一実施態様において、本発明の皮膚モデル1に用いられる、ケラチノサイト及び/又はメラノサイトを含む第1細胞群10は、ケラチノサイトおよびメラノサイト以外の細胞が含まれていてもよく、例えば表皮組成に含まれるランゲルハンス細胞や、メルケル細胞が含まれていてもよい。第1細胞群10は、例えば、ケラチノサイトのみが含まれてもよく、メラノサイトのみが含まれてもよく、ケラチノサイトとメラノサイトとが含まれてもよい。両者が含まれる場合、例えば、ケラチノサイト:メラノサイトが、1:1~1000:1、好ましくは3:1~30:1の比の細胞が含まれてもよい。第1細胞群10の播種細胞数は特に限定されないが、例えば、1×102~106個/cm2、好ましくは1.0~10×104個/cm2、より好ましくは約4~8×104個/cm2を含むものであってもよい。
【0025】
本発明の皮膚モデル1は、多孔膜22を有する第2細胞培養基材21に播種された線維芽細胞を含む第2細胞群20が、第1細胞群10の上方に配置されている。第2細胞群20と第1細胞群10との間に培地が存在する空間が設けられている。従って、前記多孔膜22を介して、前記第1細胞群10を培養する第1培地12と、前記第2細胞群20を培養する第2培地23との間で可溶性成分が交換される。
【0026】
皮膚モデル1において、第2細胞群20が播種される、多孔膜22を有する第2細胞培養基材21は、線維芽細胞を培養可能である公知の培養基材を用いることができるが、例えば、セルカルチャーインサートであることが好ましい。
【0027】
多孔膜22の平均孔径は、適宜選択することができ、例えば、約0.01μm~約100μmの平均孔径(例えば、0.01μm~100μm、0.01μm~50μm、0.01μm~10μm、0.1μm~50μm、または0.1μm~10μm)であってもよい。また、多孔膜22の細孔の密度も適宜選択することができるが、例えば、1×104/cm2以上、1×105/cm2以上、5×105/cm2以上、10×105/cm2以上、50×105/cm2以上、または100×105/cm2以上の細孔の密度であってもよく、1×104/cm2~100×108/cm2、1×105/cm2~100×108/cm2であってもよい。
【0028】
本発明において用いられる細胞は、いずれの動物由来であってもよいが、脊椎動物由来が好ましく、哺乳動物由来がより好ましく、ヒト由来であることが最も好ましい。
【0029】
線維芽細胞とは、結合組織を構成する細胞の一つであり、多くの臓器および組織に存在している細胞である。線維芽細胞は、皮膚においては、主に真皮組織に含まれている。本発明の皮膚モデル1に用いられる線維芽細胞は、好ましくは真皮由来の線維芽細胞である。
【0030】
第2細胞群20に含まれる線維芽細胞は、光照射によって損傷が与えられた線維芽細胞が用いられる。光照射によって損傷が与えられた線維芽細胞は、好ましくは光増感剤の存在下で光照射され、損傷が与えられたものである。用いられる光増感剤としては、例えば、ソラレン、NAD、リボフラビン、トリプトファン、葉酸、ポルフィリン、メチレンブルー、チオール基で保護された金ナノクラスター(AUxSRyなどが挙げられる。光増感剤を用いることにより、照射された光が増感され、効率よく線維芽細胞に損傷を与えることができる。
【0031】
線維芽細胞に損傷を与える時に用いられる光は、細胞内の核酸、例えばDNAやRNAに損傷を与えるが、全ての細胞が死滅しない程度の波長であればよく、紫外光(約200nm~約400nm)であることが好ましく、より好ましくはUVA(約320nm~約400nm)である。照射する光の強さは、細胞内の核酸、例えばDNAやRNAに損傷を与えるが、アポトーシス等が誘導されて全ての細胞が死滅しない程度であればよく、波長や照射する時間、細胞密度などによって適宜調整すればよい。例えば、UVAを照射する場合、0.01J/cm2~100J/cm2、好ましくは0.1J/cm2~20J/cm2、より好ましくは0.5J/cm2~10J/cm2を照射すればよい。
【0032】
光照射した線維芽細胞を一定期間培養することによって、アポトーシス等が誘導されず、生存した線維芽細胞のみを増殖させることができる(
図1の(B)に相当)。光照射によって損傷を受けた線維芽細胞は、例えば、細胞の形態が伸長し、増殖能力が低下し、メラニン生成因子(例えば幹細胞増殖因子(SCF))の産生量が増加するなど、細胞の老化レベルが増加した特徴を示す。細胞の老化レベルは、一般に知られる細胞老化マーカー、例えば、老化関連酸性β-ガラクトシダーゼ(SA-βgal)の発現量、p21/p53経路やp16経路など細胞周期チェック機構の恒常的な活性化、IL-6などの細胞老化関連分泌現象(Senescence-associated secretory phenotype(SASP))因子の発現量などを測定することによって調べることができる。光照射量を調節することよって、所望の老化レベルの線維芽細胞を得ることができる。
【0033】
皮膚モデル1を構成する第2細胞群20に含まれる線維芽細胞は、光照射によって損傷を有するが、死滅することなく生存した線維芽細胞である。そのため、本発明の皮膚モデル1には、概ね均質な線維芽細胞が含まれることとなり、活性のばらつきが少ない安定した系を提供することができる。
【0034】
一実施態様において、第1細胞群10に含まれる細胞としては、例えば、市販もされている、TESTSKIN(商標)LSE-melano(TOYOBO)、MelanoDerm(商標)(MatTek)などに含まれる細胞、例えばケラチノサイトを用いても良い。
【0035】
皮膚モデル1は、例えば培養液として通常のケラチノサイト培養に用いられる培養液、例えばKG培地、EpilifeKG2(クラボウ)、Humedia-KG2(クラボウ)、アッセイ培地(TOYOBO)などを用い、約37℃で0~14日間かけて行うことができる。培地としては、その他にDMEM培地(GIBCO)又はアスコルビン酸含有KGMとDMEMを1:1混合した培地などが使用できる。
【0036】
一実施態様において、皮膚モデル1の培地には、アスコルビン酸、アスコルビン酸誘導体またはその塩の存在下が含まれてもよい。アスコルビン酸、アスコルビン酸誘導体またはその塩が存在すると、線維芽細胞の増殖やコラーゲン産生が促進されることにより真皮の構造のように重層化が促進される。本明細書において、「アスコルビン酸誘導体」とは、例えば、アスコルビン酸2リン酸、アスコルビン酸1リン酸、L-アスコルビン酸ナトリウム、L-アスコルビン酸2-グルコシド等をいい、さらに、その塩(ナトリウム塩、マグネシウム塩等)も含まれる。
【0037】
他の実施態様において、本発明の皮膚モデル1は、第1細胞群10には、さらに色素取込評価物質が添加されたものであってもよい(例えば、
図2(F)の30a、又は
図3(A)の30b)。色素取込評価物質は、ケラチノサイト及び/又はメラノサイトを含む第1細胞群10を第1細胞培養基材11に播種した後に、添加するものであってもよく(例えば、
図3(A))、皮膚モデル1を作製後に、第1細胞群10が播種された第1細胞培養基材11に後から添加するものであってもよい(例えば、
図2(F))。
【0038】
本発明において適用し得る色素取込評価物質は、例えばビーズや、メラノソームなどの色素顆粒を用いることができる。ビーズの素材は、色素顆粒の取り込み評価に用いられるものであれば特に限定されず、例えばポリスチレンまたはラテックス製の市販の蛍光ビーズを用いることができる。また、ビーズのサイズは、色素顆粒、例えばメラノソームを模倣するサイズであればよく、例えば0.01μm~10μm、好ましくは0.1μm~5μm、より好ましくは0.5μm~2μm(例えば、約1μm)のものを用いることができる。これにより、第1細胞群による、ビーズの取り込み作用(食作用)を評価することが可能となる。
【0039】
本発明において適用し得る色素取込評価物質、例えばメラノソームは、メラノサイトから調製することができる。例えば、メラノサイトの培養上清に分泌されるものであってもよく、メラノサイトをホモジナイズし、メラノソームに富む画分を回収することによって調製し得る。これらの方法によって回収したメラノソームを第1細胞群に適用し、メラノソームの取り込み作用(食作用)を評価することができる。
【0040】
本発明によって提供される皮膚モデル1は、光照射により損傷が与えられた線維芽細胞が直接または間接的に作用し、皮膚の色素沈着を形成する要因、例えば、ケラチノサイトの過増殖、過剰分化、又は色素取込評価物質の取り込みや、メラノサイトによるメラニンの産生など、様々な要因を評価することができる。また、皮膚モデル1において、「色素沈着の指標」を測定し、解析することによって、色素沈着に影響を及ぼす因子についても評価することができる。
【0041】
本発明の皮膚モデル1を用いることによって、例えば、皮膚の色素沈着を治療または予防するための評価対象としての候補因子を評価することが可能となる。
【0042】
<皮膚の色素沈着を治療または予防するための因子の評価方法>
本発明は、皮膚モデルを用いた、皮膚の色素沈着を治療または予防するための因子の評価方法を提供することができる。一実施態様において、本発明の方法は、
(1)ケラチノサイト及び/又はメラノサイトを含む第1細胞群が播種された第1細胞培養基材の上方に、光照射により損傷が与えられた線維芽細胞を含む第2細胞群が播種された多孔膜を有する第2細胞培養基材を配置して、前記第1細胞群と前記第2細胞群とを共培養し、皮膚モデルを作製する工程であって、
前記多孔膜を介して、前記第1細胞群を培養する第1培地と、前記第2細胞群を培養する第2培地との間で可溶性成分が交換される、工程;
(2)前記皮膚モデルに、候補因子を適用して培養する工程;
(3)前記工程(2)で得られる第1細胞群の色素沈着の指標を解析し、前記候補因子の治療または予防効果を評価する工程、
を含んでいる。
【0043】
一実施態様において、候補因子は、例えば、低分子化合物、ペプチド、核酸、タンパク質、哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ブタ、ウシ、ヒツジ、サル、ヒトなど)の細胞、組織抽出物又は細胞培養上清、植物由来の化合物又は抽出物(例えば、生薬エキス、生薬由来の化合物)、及び微生物由来の化合物若しくは抽出物又は培養産物などであってもよい。
【0044】
一実施態様において、候補因子CAは、
図1(D)、
図2(D)および
図3(D)で示されるように、任意の細胞、例えば、間葉系幹細胞を含む線維芽細胞の前駆細胞、線維芽細胞(例えば、光照射による損傷を受けていない線維芽細胞、または光照射による損傷が低い線維芽細胞)等であってもよい。本明細書において、「光照射による損傷を受けていない線維芽細胞」または「光照射による損傷が低い線維芽細胞」とは、上記の光照射工程が実施されていない線維芽細胞であり、上記の「光照射による損傷が与えられた線維芽細胞」よりも、老化レベルが低い線維芽細胞をいう。
【0045】
候補物質を皮膚モデル1に添加し、所望の期間培養後、皮膚モデル1における色素沈着の指標を解析することによって、候補物質による色素沈着の治療または予防効果を評価することができる。例えば、候補物質を非添加、または色素沈着の治療または予防効果を有しない任意の物質を添加した皮膚モデル1の色素産生および/または色素沈着の度合いと比較し、候補物質を添加した皮膚モデル1における色素沈着の指標が改善した場合、その候補物質は、色素沈着の治療または予防効果を有するものと評価することができる。
【0046】
「色素沈着の指標」としては、例えば、含有色素量の違い、ターンオーバーレベル(例えば、分化マーカーの発現の変化)、色素取込評価物質の凝集若しくは拡散、細胞形質の不均一性、メラニン合成因子(例えば、メラノサイトにおけるチロシナーゼ(TYR);チロシナーゼ関連タンパク質1(TYRP1);ドーパクロムトートメラーゼ(DCT);又は小眼球症関連転写因子(MITF))、あるいはケラチノサイトにおけるエンドセリン1(ET1);又は幹細胞因子(SCF1))の発現、分化又は増殖能の増進(例えば、Ki67など)、色素顆粒の分布差発現、あるいはケラチノサイトの食作用増進などを指標とすることができるが、これに限定されない。
【0047】
本明細書において「色素産生」とは、皮膚モデル1がメラノサイトを含む場合、メラノサイトが産生する色素、例えば、メラニン色素の産生をいう。色素産生量は、例えば皮膚モデル、特に第1細胞群(ケラチノサイトおよびメラノサイト)からメラニン色素を抽出して、405nmの吸光度を測定することによってメラニン量を求めることができる。また、色素産生量は、例えば皮膚モデル、特に第1細胞群(ケラチノサイトおよびメラノサイト)に含まれるメラニンまたはそれをコードする核酸量(例えばmRNA量)を、ELISA法、フローサイトメーター法、ウエスタンブロット法、免疫組織化学法、qPCR法等の方法を用いることによって測定することができるが、これに限定されない。
【0048】
本明細書において、「色素沈着の度合い」とは、可視光下における皮膚モデル、特に第1細胞群の色の明度をいう。本発明の皮膚モデル1がメラノサイトを含む場合、メラノサイトが産生するメラニン量に依存して明度が変化する。そのため、メラニン量が多くなると明度が低下し、皮膚モデル1の第1細胞群10は濃い色を呈する。逆にメラニン量が低下すると明度が上昇し、皮膚モデル1の第1細胞群10は淡い色を呈する。すなわち、皮膚モデル1の色の明度を比較することによって、添加される候補物質による色素沈着の治療または予防効果を評価することができる。明度は、皮膚モデル1の第1細胞群10を画像として記録し、公知の画像測定手段を用いることによって定量することができる。
【0049】
一実施態様において、本発明の方法は、前記工程(1)の前に、色素取込評価物質を前記第1細胞群に添加する工程をさらに含み、前記工程(3)において、前記色素取込評価物質を前記第1細胞群へ取り込む度合いを前記色素沈着の指標とすることにより、皮膚の色素沈着を治療または予防するための因子を評価するものであってもよい(例えば、
図3(A))。
【0050】
また、一実施態様において、本発明の方法は、前記工程(2)の後に、色素取込評価物質を前記第1細胞群に添加する工程をさらに含み、前記工程(3)において、前記色素取込評価物質を前記第1細胞群へ取り込む度合いを前記色素沈着の指標とすることにより、皮膚の色素沈着を治療または予防するための因子を評価するものであってもよい(例えば、
図2(F))。
【実施例0051】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0052】
1.使用した材料及び実験方法
1-1.表皮細胞の培養
【0053】
正常ヒト表皮メラノサイト(Kurabo)は、ヒトメラノサイト増殖サプリメント(HMGS-2)を添加した培地Medium254(Thermo Fisher Scientific)で培養した。正常ヒト表皮ケラチノサイト(Kurabo)は、ケラチノサイト成長サプリメント(EDGS)を添加した60μMカルシウムを含むEpilife(登録商標)培地(Thermo Fisher Scientific)で培養した。
【0054】
1-2.線維芽細胞の培養およびPUVA 処理
【0055】
正常ヒト線維芽細胞(Cell Research Corp)を10%牛胎児血清含有Dulbecco’s Modified Eagle Medium(以下、10%DMEM))で培養し、T25フラスコにそれぞれ3×105 cells播種した。細胞密度が100%コンフルエントになる前に光増感剤・ソラレン(終濃度25ng/mL)を加えた10%DMEMに置換し、培養した。24時間後に4mLのPBSで膨潤させた後、PBSを取り除き、ソラレン(終濃度25ng/mL)を加えた1mL PBSに置換した状態で6J/cm2 UVA照射を行った(以下、「PUVA処理」)。その後、4mLのPBSで膨潤させた後、PBSを取り除き、10%DMEMに置換した後、3日間培養し、培養上清と細胞をそれぞれ回収した。PUVA未処理の同一ドナー由来線維芽細胞を上記PUVA処理線維芽細胞に対するコントロールとして用いた。
【0056】
1-3.表皮細胞及び線維芽細胞二層培養モデルの作製
【0057】
ケラチノサイトもしくはメラノサイトを6wellプレートにそれぞれ1x10
5 cells播種し、24時間ほど培養することで細胞を接着させた(
図1(A))。その後、カルチャーインサート上にPUVA処理3日後もしくは未処理の線維芽細胞を1ウェルあたり1×10
4 cells播種した。表皮細胞にシミ部位様の変化を誘導するため、PUVA処理線維芽細胞と3~5日間共培養した。ケラチノサイトにおける色素顆粒の分布差検討を行う場合は、共培養開始時に蛍光ビーズもしくは色素顆粒を添加した(
図3(A))。疑似シミ部位表皮細胞が誘導された後、カルチャーインサート上に、最初に播種したPUVA処理線維芽細胞の数に対し1/10、1/5、1/2、又は等量の治療用線維芽細胞(
図1(D)、
図2(D)又は
図3(D)の「non-PUVA-FB」に相当)を加え、更に3~5日間培養し、疑似シミ部位表皮細胞における線維芽細胞の治療効果の検討を行った。ケラチノサイトにおける食作用検討を行う場合は、治療用線維芽細胞と同時に蛍光ビーズ(Polysciences Inc.、Cat.#19507)もしくは色素顆粒(30a)を添加した(
図2(F))。培養には、線維芽細胞培養培地である10%DMEM、メラノサイトの培養培地であるM254、ケラチノサイトの培養培地であるEpiLifeを1:1:1で混合したものを用いた。
【0058】
1-4.免疫抗体染色
【0059】
上記二層培養モデルの6wellプレートから培地を除去し、PBS洗浄した後、4%パラホルムアルデヒド(Wako)を添加し、室温で約1時間静置することで細胞を固定した。その後、PBSで3回洗浄後、免疫実験用ブロッキング剤・イムノブロック(登録商標)(DS ファーマバイオメディカル株式会社)を1ウェルあたり1mL添加し、室温に1時間静置した。その後、PBSで3回洗浄後、1次抗体Ki67(Abcam)またはP63(Abcam)を希釈液(1% BSA-PBS)で1:100で希釈し、固定細胞に添加し、4℃に一晩静置した。PBS洗浄を3回行った後、2次抗体Alexa Fluor(登録商標)488(Abcam)を1:1000の比率で希釈後、固定細胞に添加し、室温にて1時間静置した。再度PBSで3回洗浄した後、0.1% Hoechst(登録商標) 33342(Thermo Fisher ScientificInc.)-PBS溶液を500μl加えて、37℃、5% CO2条件下で15分間インキュベートし、細胞核を染色した。その後、PBSで3回洗浄し、顕微鏡による蛍光観察および画像撮影を行った。免疫蛍光染色の結果はLSM700レーザースキャン共焦点顕微鏡で観察し、Zen2011ソフトウェア(Carl Zeiss)で画像を得た。4回の独立した実験を行った後、代表的な写真を結果として示した。
【0060】
β-Galによる老化指標の評価にはCellular Senescence Detection Kit - SPiDER-βGal(株式会社同仁化学研究所)を製造者の指示に従い使用した。上記二層培養モデルの6wellプレートから培地を除去し、HBSSで洗浄した後、Bafilomycin A1 working solutionを1ml加え、37℃の5% CO2インキュベーター内に1時間静置した。続いてSPiDER-βGal working solutionを1ml加え、37℃の5% CO2インキュベーター内に30分静置した。上清を除去し、HBSSで2回洗浄後、蛍光顕微鏡で観察した。4回の独立した実験を行った後、代表的な写真を結果として示した。
【0061】
1-5.フォンタナマッソン染色(FM染色)
【0062】
メラニン顆粒の検出には、Fontana-Masson Stain Kit (ScyTek)による組織染色を用いた。Fontana-Masson Stain Kit 付属のSilver Solutionを超純水で4倍希釈した溶液に少量の水酸化アンモニウム(Wako)を滴下した後、60℃まで加温して線維芽細胞により刺激を加えたケラチノサイトに添加し、45分間室温に静置した。その後、添加していたSilver Solution を水で洗い流し、よく水分を除いてから、Kit付属のGold Chloride Solution(塩化金溶液)を添加し室温で30秒間反応させた。さらに、Gold Chloride Solutionを水で洗い流した後、Kit付属のSodiumThiosulfate Solution(チオ硫酸ナトリウム)を添加し2分間室温で静置した。最後にThiosulfate Solutionを水で洗い流した後、Kit付属のNuclear Fast Red Solutionを添加し室温で10分間静置することで核染色を行った。染色後のサンプルはMount-Quickで封入し顕微鏡による観察と写真撮影を行った。撮影した写真からメラニン顆粒の面積を定量する際には画像解析ソフトImageJ(NIH)を用いた。
【0063】
1-6.RT-PCR
【0064】
全てのRNAをRNeasy Mini Kit(Qiagen)を用いて抽出した。total RNA 200ngを、PrimeScript RT Reagent Kit(Takara)を用いて逆転写した。PCRは、PrimeScript RT-PCR Kit(Takara)を用いて実施した。線維芽細胞処理後のケラチノサイトにおけるKi67、P63、P16、P21及びGAPDHの遺伝子発現を、RT-PCRアッセイにより解析した。PCRの結果は3回の独立した実験により得た。
【0065】
1-7.メラニンリッチ画分の精製
【0066】
正常ヒトメラノサイトを、10cmディッシュに、2×106 cells/dishの濃度で播種し、24時間培養した後に培地を回収した。回収した培地は遠心分離(室温、2,000×g、10分間)によって浮遊メラノサイトと色素顆粒を沈殿させ、上清を除去した後に1mlの培地で再懸濁した。懸濁液を再び遠心(室温、20,000×g、5分間)、及び上清除去した後、生じたペレットを1mlの培地で懸濁し、6cm ディッシュに取り付けたハンギングセルカルチャーインサート(6-well ミリセル 8mm PET)(Millipore, Billerica, MA)に加え、フィルターを通して残った浮遊細胞を除去した。集めた培地は遠心(室温、20,000×g、5分間)し、単離メラノソームとして用いた。ペレットは少量の培地に懸濁し、TLR刺激を加えたケラチノサイトの培養培地中に添加し24時間培養した後に、免疫蛍光染色でメラノソーム取り込みを確認した。
【0067】
1-8.単離メラノソームの精製
【0068】
コンフルエント状態のメラノサイトを回収し、ホモジナイゼーションバッファー(0.25Mスクロース、10mM HEPES-KOH(pH 7.2)、1mM 2-メルカプトエタノール、1mM EDTA、EDTAフリープロテアーゼインヒビターカクテル)でホモジナイズした。25Gの針を15回通過させ、遠心分離した(4℃、1000×g、10分間)。上清を回収し、再遠心分離(4℃、10,000×g、10分間)した後、沈殿物をホモジナイゼーションバッファーで2回洗浄し、再度遠心分離した(4℃、10,000×g、10分間)。ペレットをホモジナイゼーションバッファーで再懸濁し、メラノソームに富む画分として直ちに使用した。
【0069】
1-9.統計処理
【0070】
統計処理はGraph Pad Prism 5(Graph Pad Software, La Jolla, CA)を用い、一次元配置分散分析によって行った。p<0.05の時に統計学的優位差があると判断し、その程度はそれぞれ以下のアスタリスク表記により示した。(*p<0.05, **p<0.01, ***p<0.001)すべての実験は3回以上繰り返し、再現性の確認を行った。
【0071】
2.結果
【0072】
2-1.表皮細胞の分化・増殖検討
ケラチノサイトの分化・増殖レベルの変化を確認するため、PUVA FbもしくはPUVA Fbに非照射Fbを加えた細胞群と共培養したケラチノサイトを用い、免疫蛍光染色によって分化マーカーp63と増殖マーカーKi67陽性細胞比率を算出した。その結果、p63及びKi67陽性細胞は治療群で減少を示し(
図4)、それぞれの遺伝子発現もPUVA Fbのみ存在下に対し1~2割ほどの発現量に留まった(
図5)。以上の結果から、シミ部位でしばしば観察されるケラチノサイトの異常増殖や分化細胞の増加による表皮の肥厚が非照射Fbによって抑制されることが示された。
【0073】
2-2.表皮細胞の貪食能検討
ケラチノサイトの貪食能に対するPUVA処理線維芽細胞(PUVA Fb)及び治療用線維芽細胞(非照射Fb)との共培養の影響を検討するため、蛍光ビーズ及びメラノサイトから単離したメラノソームをケラチノサイトに添加した。蛍光測定及びフォンタナマッソン染色で定量化した結果、蛍光ビーズ、単離メラノソーム両方で、非照射Fb容量依存的にケラチノサイト内への取り込み減少が確認された(
図6)。以上の結果により、ケラチノサイトにおいて恒常的に行われている貪食及びメラノソーム特異的な取り込みが非照射Fbによって抑制されることが示された。
【0074】
2-3.表皮細胞内のメラノソーム局在変化検討
ケラチノサイト内に存在するメラノソーム局在を確認するため、等量のメラノソームをケラチノサイトに取り込ませた後にPUVA Fb及びPUVA Fbに非照射Fbを添加した細胞群と共培養を行い、局在変化を確認した。その結果、PUVA Fbのみ存在下では過剰なメラノソームが細胞質内全体に拡散しているケラチノサイトが部分的に局在し、色ムラを生じさせていることが判明した(
図7)。それに対して非照射Fb添加群では、メラノソームは均一に分布し、ムラの形成が抑制されていた。
【0075】
各ケラチノサイトの老化レベルを評価するため、βガラクトシダーゼのタンパク発現や老化マーカーp16、p21の遺伝子発現を測定した結果、非照射Fbの添加がケラチノサイトの老化レベルを低下させることが判明した(
図8、
図9)。また、βガラクトシダーゼの発現量が多いケラチノサイトにおいて、メラノソーム過剰蓄積が観察された。