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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022184067
(43)【公開日】2022-12-13
(54)【発明の名称】衛生陶器
(51)【国際特許分類】
   C04B 41/86 20060101AFI20221206BHJP
【FI】
C04B41/86 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021091695
(22)【出願日】2021-05-31
(71)【出願人】
【識別番号】000010087
【氏名又は名称】TOTO株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094640
【弁理士】
【氏名又は名称】紺野 昭男
(74)【代理人】
【識別番号】100103447
【弁理士】
【氏名又は名称】井波 実
(74)【代理人】
【識別番号】100111730
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 武泰
(74)【代理人】
【識別番号】100180873
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 慶政
(72)【発明者】
【氏名】小林 知貴
(72)【発明者】
【氏名】川上 克博
(72)【発明者】
【氏名】岩澤 亜希
(72)【発明者】
【氏名】山口 英明
(72)【発明者】
【氏名】植木 京子
(72)【発明者】
【氏名】徳留 弘優
(72)【発明者】
【氏名】川崎 拓真
(57)【要約】      (修正有)
【課題】実用的な抗ウイルス性と汚れの難付着性・易除去性とを兼ね備えた衛生陶器の提供。
【解決手段】陶器素地と、当該陶器素地の表面に形成された釉薬層とを備える衛生陶器であって、前記釉薬層は、抗ウイルス剤として金属元素を含み、当該金属元素は、前記釉薬層の少なくとも表面においてスピノーダル分相状態で存在していることを特徴とする衛生陶器は、実用的な抗ウイルス性をと汚れの難付着性・易除去性とを兼ね備える。
【選択図】図3B
【特許請求の範囲】
【請求項1】
陶器素地と、当該陶器素地の表面に形成された釉薬層とを備える衛生陶器であって、
前記釉薬層は、抗ウイルス剤として金属元素を含み、
当該金属元素は、前記釉薬層の少なくとも表面においてスピノーダル分相状態で存在していることを特徴とする、衛生陶器。
【請求項2】
前記抗ウイルス剤は、前記釉薬層の表面から前記陶器素地の方向に深さ10nmの領域においてスピノーダル分相状態で存在していることを特徴とする、請求項1または2に記載の衛生陶器。
【請求項3】
前記抗ウイルス剤は、希土類の金属元素である、請求項1または2に記載の衛生陶器。
【請求項4】
前記抗ウイルス剤の融点が800℃~1300℃より高いことを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載の衛生陶器。
【請求項5】
前記陶器素地と前記釉薬層との間にベース釉薬層をさらに備えることを特徴とする、請求項1~4のいずれか一項に記載の衛生陶器。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の衛生陶器の製造方法であって、
陶器素地を用意する工程と、
抗ウイルス剤である金属元素と、当該抗ウイルス剤以外の釉薬材料とを含む釉薬スラリーを調製する工程と、
前記釉薬スラリーを前記陶器素地の表面に適用する工程と、
釉薬スラリーが適用された陶器素地を焼成し、釉薬層を形成する工程と
を少なくとも含むことを特徴とする、方法。
【請求項7】
前記焼成が、前記抗ウイルス剤の融点よりも低い温度で行われることを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記抗ウイルス剤の平均粒径と、前記釉薬材料の平均粒径がほぼ同じであることを特徴とする、請求項6または7に記載の方法。
【請求項9】
前記陶器素地の表面にベース釉薬層を形成する工程をさらに含み、当該ベース釉薬層の表面に前記釉薬スラリーを適用することを特徴とする、請求項6~8のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は衛生陶器に関し、さらに詳しくは抗ウイルス性と汚れの難付着性・易除去性とを兼ね備えた衛生陶器に関する。
【背景技術】
【0002】
衛生陶器には、衛生的な表面を確保するために、また外観意匠性を確保するために、釉薬層がその最表面に形成されている。衛生面の向上を図るため、釉薬層に抗菌剤を添加する技術が提案されている。例えば、CN111393188A号公報(特許文献1)には、ベース釉薬層と、ナノ銀抗菌剤を含むトップ釉薬層とを備える衛生陶器が開示されている。
【0003】
また、複合酸化物に抗ウイルス性を付与した例が報告されており、WO2020/017493A1号公報(特許文献2)には、希土類元素と、それ以外の特定金属元素とを含む複合酸化物セラミックスが、撥水性と抗菌・抗ウイルス性とを併せ持つことが示唆され、具体的には、ランタン(La)とモリブデン(Mo)とを含む複合酸化物セラミックス(LMO)の仮焼粉末(500℃)が、単一酸化物(La粒子)に比べて、バクテリオファージQβ、Φ6に対し高い活性を示すことが開示されている(段落0067、0069-0071、図8)。
【0004】
特許文献2において、単一酸化物との比較は確認されていないが、ランタン(La)と、モリブデン(Mo)および/またはタングステン(W)とを含む複合酸化物セラミックス(LMO、LWO、LCMO(LMOのLaの一部をセリウム(Ce)で置換したもの)、LMWO(LMOのMoの一部をWで置換したもの))の仮焼粉末(500℃、400℃、または550℃)が、バクテリオファージQβ、Φ6に対し活性を示すことが開示されている(図11、14-17、20)。
【0005】
また、特許文献2の発明者により執筆された、コスメトロジー研究報告 Vol.28,2020,p43-52(非特許文献1)にも、特許文献2と同様の内容が開示され、バクテリオファージQβ、Φ6に対し、CeOはほとんど活性を示さないのに対し、Laは一定の活性を示すこと、その一方で、Laの抗Qβ、Φ6活性は、LMOの抗Qβ、Φ6活性に比べて低いことが開示されている(47頁右欄第2段落、図7)。
【0006】
他方、液体組成物に抗ウイルス性を付与した例が報告されており、特開2020-111546号公報(特許文献3)には、希土類塩と亜鉛塩と水とを含む抗ウイルス組成物が提案され、具体的には、塩化ランタン、塩化セリウム、塩化ネオジムまたは酢酸イッテルビウムと、グルコン酸亜鉛とを含む水溶液が、希土類塩または亜鉛塩のいずれかを欠く水溶液に比べ、ウイルス感染価(Log(PFU))が低い、つまり抗ウイルス性が高いことが開示されている。特許文献3には、抗ウイルス組成物を繊維に加工することが開示され、また塗料等のコーティング剤に加工することが示唆されているが、セラミックス材料さらには釉薬材料に加工することは記載されていない。
【0007】
上記文献の中には、ある種の金属元素(または金属塩)と他の金属元素(または他の金属塩)との組み合わせが抗ウイルス性を有することを開示するものがあるが、これまで金属元素が単独で実用に耐え得る抗ウイルス性を有することを報告した例は知られておらず、また上記文献のいずれにも衛生陶器の釉薬層に抗ウイルス性を付与することは考慮されていない。他方、近年の新型コロナウイルス禍などにより、実用的な抗ウイルス性を有するトップ釉薬層を備えた衛生陶器のニーズが高まっている。さらに、一般に、釉薬に添加剤を入れると衛生陶器の表面が粗くなり、防汚性または意匠性の観点から望ましくないことがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】CN111393188A号公報
【特許文献2】WO2020/017493A1号公報
【特許文献3】特開2020-111546号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】コスメトロジー研究報告 Vol.28,2020,p43-52
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明者らは、今般、衛生陶器の釉薬層中に金属元素が特定の状態で存在することにより、金属元素が、単独で、実用的な抗ウイルス性を発揮すること、さらに汚れの難付着性・易除去性(汚れが付きにくく、落ちやすい性質)に優れた表面性状を実現することを実験により確認した。本発明は斯かる知見に基づくものである。
【0011】
したがって、本発明は、実用的な抗ウイルス性と、汚れの難付着性・易除去性とを併せ持つ釉薬層を備えた衛生陶器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
そして、本発明による衛生陶器は、
陶器素地と、当該陶器素地の表面に形成された釉薬層とを備え、
前記釉薬層は、抗ウイルス剤として金属元素を含み、
当該金属元素は、前記釉薬層の少なくとも表面においてスピノーダル分相状態で存在していることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、実用的な抗ウイルス性と、汚れの難付着性・易除去性とを併せ持つ釉薬層を備えた衛生陶器が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1A】本発明による衛生陶器の模式図である。
図1B】本発明の一つの態様による衛生陶器の模式図である。
図2】本発明による衛生陶器の釉薬層のXRDパターンを示す。
図3A】本発明による衛生陶器の釉薬層の表面SEM画像であり、釉薬層の表面にランタン(La)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図3B】本発明による衛生陶器の釉薬層の断面SEM画像であり、釉薬層の表面付近にランタン(La)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図4A】本発明による衛生陶器の釉薬層の表面SEM画像であり、釉薬層の表面にネオジム(Nd)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図4B】本発明による衛生陶器の釉薬層の断面SEM画像であり、釉薬層の表面付近にネオジム(Nd)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図5A】本発明による衛生陶器の釉薬層の表面SEM画像であり、釉薬層の表面にプラセオジム(Pr)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図5B】本発明による衛生陶器の釉薬層の断面SEM画像であり、釉薬層の表面付近にプラセオジム(Pr)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図6A】本発明による衛生陶器の釉薬層の表面SEM画像であり、釉薬層の表面にサマリウム(Sm)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図6B】本発明による衛生陶器の釉薬層の断面SEM画像であり、釉薬層の表面付近にサマリウム(Sm)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図7A】本発明による衛生陶器の釉薬層の表面SEM画像であり、釉薬層の表面にガドリニウム(Gd)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図7B】本発明による衛生陶器の釉薬層の断面SEM画像であり、釉薬層の表面付近にガドリニウム(Gd)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図8A】本発明による衛生陶器の釉薬層の表面SEM画像であり、釉薬層の表面にジスプロシウム(Dy)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図8B】本発明による衛生陶器の釉薬層の断面SEM画像であり、釉薬層の表面付近にジスプロシウム(Dy)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図9A】本発明による衛生陶器の釉薬層の表面SEM画像であり、釉薬層の表面にホルミウム(Ho)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図9B】本発明による衛生陶器の釉薬層の断面SEM画像であり、釉薬層の表面付近にホルミウム(Ho)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図10A】本発明による衛生陶器の釉薬層の表面SEM画像であり、釉薬層の表面にエルビウム(Er)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図10B】本発明による衛生陶器の釉薬層の断面SEM画像であり、釉薬層の表面付近にエルビウム(Er)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図11A】本発明による衛生陶器の釉薬層の表面SEM画像であり、釉薬層の表面にイッテルビウム(Yb)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図11B】本発明による衛生陶器の釉薬層の断面SEM画像であり、釉薬層の表面付近にイッテルビウム(Yb)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図12A】本発明による衛生陶器の釉薬層の表面SEM画像であり、釉薬層の表面にイットリウム(Y)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図12B】本発明による衛生陶器の釉薬層の断面TEM画像であり、釉薬層の表面付近にイットリウム(Y)がスピノーダル分相状態で存在する様子を示す。
図13A】ランタンの酸化ランタン換算量と、ランタンの釉薬層表面への溶出量との関係を示す。
図13B】ランタンの溶出量と抗ウイルス活性値との関係を示す。
図14A】ランタンの酸化ランタン換算量(重量%)と、ランタンのXRFにより測定した原子存在量(質量%)との関係を示す。
図14B】ランタンのXRFにより測定した原子存在量(質量%)と、抗ウイルス活性値との関係を示す。
図15A】抗ウイルス剤の原料として酸化ランタンを10重量%含む釉薬を、焼成条件1(1200℃で短時間)で焼成したときの、釉薬層におけるランタンの存在状態を示すSEM断面画像である。
図15B】抗ウイルス剤の原料として酸化ランタンを10重量%含む釉薬を、焼成条件2(1200℃で中時間)で焼成したときの、釉薬層におけるランタンの存在状態を示すSEM断面画像である。
図15C】抗ウイルス剤の原料として酸化ランタンを10重量%含む釉薬を、焼成条件3(1200℃で長時間)で焼成したときの、釉薬層におけるランタンの存在状態を示すSEM断面画像である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
定義
本発明において、「衛生陶器」とは、トイレおよび洗面所周りで用いられる陶器製品を意味し、具体的には大便器、小便器、便器の目皿、便器タンク、洗面台の洗面器、手洗い器などを意味する。また、「陶器」とは、陶磁器のうち、素地の焼き締まりがやや吸水性のある程度で、かつ表面に釉薬を施したものを意味する。
【0016】
また本発明に関し、金属元素が「単独で」実用的な抗ウイルス性を発揮するとは、特許文献2に開示される複合酸化物がランタンと他の金属元素(Mo、W)からなることで抗ウイルス性を発揮するのに対し、また特許文献3に開示される液体組成物が希土類塩と他の金属塩(亜鉛塩)を含むことで抗ウイルス性を発揮するのに対し、金属元素自体が実用的な抗ウイルス性を発揮するという意味である。
【0017】
衛生陶器
本発明による衛生陶器は、図1Aに示すように、陶器素地10と、その表面に形成された、抗ウイルス剤を含む釉薬層20とを少なくとも備える。
【0018】
本発明による衛生陶器1は、陶器素地10と抗ウイルス剤を含む釉薬層20との間に、1つまたは2つ以上の別の釉薬層をさらに備えていてもよい。例えば、本発明の一つの態様によれば、図1Bに示すように、衛生陶器1は、陶器素地10と、陶器素地10の表面に形成された釉薬層30と、釉薬層30の表面に形成された、抗ウイルス剤を含む釉薬層20とを備える。本発明において、釉薬層30をベース釉薬層、釉薬層20を抗ウイルス釉薬層ということもある。ベース釉薬層30は、特に限定されず、陶器素地に通常施釉される釉薬層であってよい。
なお、本発明において、釉薬層20の「表面」とは、図1Aまたは図1Bに矢印で示される深さ方向において、深さ0μmの面をいう。また、釉薬層20の「表面付近」とは、釉薬層20の表面から、図1Aまたは図1Bに矢印で示される深さ方向に釉薬層20の厚みの例えば1/10、1/15程度の深さまでの領域をいう。
【0019】
陶器素地
陶器素地10は、特に限定されず、従来知られている陶器素地であってよい。すなわち、ケイ砂、長石、粘土等を原料として調製された衛生陶器素地泥漿を適宜成形したものであってよい。
【0020】
釉薬層
本発明において、釉薬層20は、その成分として、抗ウイルス剤として金属元素、および後述する釉薬材料を含む。そして、抗ウイルス剤である金属元素は、釉薬層20の少なくとも表面においてスピノーダル分相状態で存在している。
【0021】
抗ウイルス剤の釉薬層20における存在状態
本発明において、抗ウイルス剤は、釉薬層20の少なくとも表面において、アモルファス(非晶質)状態で存在している。具体的には、抗ウイルス剤は、釉薬層20の少なくとも表面において、ガラス化された状態で存在している。より具体的には、抗ウイルス剤は、釉薬層20において、スピノーダル分相状態で存在している。本発明において、「スピノーダル分相」とは、概して、釉薬層において結晶化による粒子の析出が抑制された状態をいい、その結果、抗ウイルス剤が釉薬層の表面に安定して溶出しやすくなるとともに、釉薬層の表面に抗ウイルス剤が存在してしても釉薬層の表面性状への影響が抑えられるとの作用効果を奏する。
抗ウイルス剤が釉薬層20の少なくとも表面においてスピノーダル分相状態で存在することにより、抗ウイルス剤は、釉薬層20の表面から化学的に安定してイオン化して溶出することができ、釉薬層20の表面に付着したウイルスを効率的に不活化することが可能となる。このようにして、釉薬層20は良好な抗ウイルス性を発揮することが可能となる。加えて、釉薬層20の少なくとも表面に抗ウイルス剤がスピノーダル分相状態で存在していることにより、当該表面に抗ウイルス剤がリッチな相が均一に存在するため、安定して抗ウイルス剤が溶出することができ、その結果、高い抗ウイルス性を備えることができる。
【0022】
本発明において、抗ウイルス剤は、釉薬層20の表面から、図1Aまたは図1Bに矢印で示される深さ方向に深さ10nmまでの領域においてスピノーダル分相状態で存在していることが好ましい。このような領域に抗ウイルス剤がスピノーダル分相状態で存在していることにより、抗ウイルス剤の溶出が促進され、釉薬層20はより良好な抗ウイルス性を発揮することが可能となる。また、釉薬層表面の表面性状への影響をより一層抑えることができる。
【0023】
釉薬層20の少なくとも表面における抗ウイルス剤のスピノーダル分相状態での存在は、後述するように、陶器素地10と釉薬層20を形成する釉薬とを一体的に1回焼成し、その後冷却することにより実現される。具体的には、陶器素地10と釉薬層20形成用釉薬とを一体的に1回焼成し冷却することにより、ガラスの分相現象を誘発することが可能となる。ガラスの分相とは、単一相のガラスが複数の相に分離する現象のことである。複数の成分からなるガラスが均一な液相(ガラス融液)として存在している場合に、温度の低下にともない、単一相状態よりも2相の混合物状態の方が、自由エネルギーが低くなる領域が存在する。このような領域におかれたガラス融液は、2相に分離した方が熱力学的に安定な状態となるため分相する。
【0024】
本発明において、釉薬層20に含まれる抗ウイルス剤(金属元素)の出発原料である金属化合物、および後述するSiO、抗ウイルス剤原料化合物以外の金属酸化物などの複数成分からなる釉薬は、焼成により、均一(単一)なガラスの液相(ガラス融液)となる。このガラス融液は、ガラスの相平衡図における液相線以下の温度まで冷却することにより、準安定不混和領域におかれる。準安定不混和領域には、(i)核が発生しそれが成長する核生成-成長機構によって、ガラス融液が分相するバイノーダル領域と、(ii)ガラス融液が熱力学的に不安定となり、核生成を伴うことなく分相(スピノーダル分解機構)するスピノーダル領域とが存在する。バイノーダル領域では、分相により形成される二つの相の一方が他方と絡み合いのない球形粒子状に分散して存在し、スピノーダル領域では、分相により形成される二つの相の一方が他方と絡み合いの程度が高い非球形状に分散して存在する。理論的には、抗ウイルス剤は釉薬層中で、スピノーダル分相している状態およびバイノーダル分相している状態の双方をとりうるものと考えられるところ、本発明においては、陶器素地10と釉薬層20形成用釉薬とを一体的に1回焼成し冷却することにより、メカニズムの詳細は定かではないが、抗ウイルス剤を釉薬層の表面付近にリッチに存在させることができるとともに、釉薬層の表面付近に存在する抗ウイルス剤がバイノーダル分相状態で存在している割合よりもスピノーダル分相状態で存在している割合の方を高くすることができる。このことは、後述するとおり、実験により確認されており、例えば図3~12に示すように、釉薬層20表面付近において、抗ウイルス剤はリッチに存在し、かつ、この抗ウイルス剤はスピノーダル分相状態で存在している。
【0025】
なお、釉薬層の表面付近に特定ランタノイドがスピノーダル分相状態で存在している態様には、抗ウイルス剤がリッチな相が、抗ウイルス剤がリッチではない相(-Si-O-構造)と絡み合って存在している状態や、抗ウイルス剤がリッチな部分が、抗ウイルス剤がリッチではない部分とより絡み合って存在(つまり、より高解像度に均一に存在)している状態など、釉薬層表面のガラスのマトリクス構造中で抗ウイルス剤がリッチな部分が他の部分と共同して、全体として絡み合い構造をなす状態も含まれると考える。このような状態で抗ウイルス剤が釉薬層の表面付近に存在することにより、抗ウイルス剤が釉薬層表面からマクロ的に見て均一に溶出することが可能とされ又は促進され、その結果、高い抗ウイルス性が発揮されるものと考えられる。
【0026】
なお、本発明は、本発明の効果を奏する範囲において抗ウイルス剤がスピノーダル分相している領域が釉薬層20の表面に存在していればよく、本発明の効果を阻害しない範囲において、例えば釉薬層20を製造する過程における不可避的な事情等により、抗ウイルス剤がバイノーダル分相している領域がスピノーダル分相している領域に比べて低い割合で存在する態様を除外するものではない。
【0027】
抗ウイルス剤の釉薬層20における存在状態の確認
XRD測定
抗ウイルス剤が、釉薬層20の少なくとも表面において、アモルファス(非晶質)状態で、具体的にはガラス化された状態で存在していることは、釉薬層20の表面をXRD測定して確認することができる。例えば、XRD装置:パナリティカル製<X’Pert PRO>を用い、以下の条件で測定を行い、ピークが観察されないことをもって、結晶質ではないこと、すなわちアモルファス(非晶質)状態、好ましくはガラス化された状態であることが確認される。
XRD測定条件
測定範囲:3°~60°
スキャンレート:4°/min
印加電圧:45V、印加電流:40mA
【0028】
SEM測定、TEM測定
抗ウイルス剤が、釉薬層20の少なくとも表面において、スピノーダル分相状態で存在していることは、釉薬層20の表面を含む領域をSEM観察またはTEM観察して確認することができる。例えば、SEM観察は、装置:S4800(日立ハイテクノロジーズ製)を用い、条件:倍率50000倍、印加電圧2.0kV、印加電流20mAにて行うことができる(2.0mm×50.0k SE(U,LA100))。TEM観察は、装置:H-9500(日立ハイテクノロジーズ製)を用い、条件:倍率100,000倍、印加電圧200kVにて行うことができる。
【0029】
抗ウイルス剤
本発明において、抗ウイルス剤は、希土類元素、すなわちランタノイドならびにスカンジウム(Sc)およびイットリウム(Y)であることが好ましい。
ランタノイドは、ランタン(La)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、およびルテチウム(Lu)の12種の元素からなる群から選択される少なくとも一種のランタノイドであることが好ましい。言い換えると、抗ウイルス剤は、セリウム(Ce)、ユウロピウム(Eu)およびプロメチウム(Pm)を除くランタノイドであることが好ましい(以下、Ce、EuおよびPmを除く上記12種のランタノイドを「特定ランタノイド」ということもある)。本発明の好ましい態様によれば、特定ランタノイドは、La、Gd、DyおよびYbからなる群から選択される少なくとも一種である。
【0030】
ランタノイドからCeおよびEuを除く理由は、ランタノイドのうちこれら2つの原子だけが安定的に二つの価数を有しているからである。すなわち、Ce原子は+3価と+4価の二種類の価数を安定的に取り、Eu原子は+2価と+3価の二種類の価数を安定的に取るため、釉薬層20のSi-O結合に電子を供与することで、Si-O結合を伸長するなど、Si-O結合に影響を与え、つまり釉薬層20のガラス化構造に影響を与え、その結果、釉薬層20の表面が粗くなってしまう。このため、後述する表面性状を実現することができず、釉薬層20に含まれる成分としては不適切である。言い換えると、衛生陶器の釉薬層に抗ウイルス性を付与する場合は、抗ウイルス剤として好適にはSi-O結合への影響が少ないものを採用すると良いということである。
本発明において、ランタノイドからPmを除く理由は、ランタノイドのうちこの原子は安定的に存在しておらず、放射性を有しており他のランタノイドと大きく物性が異なるからである。
【0031】
本発明において、その少なくとも表面にスピノーダル分相状態で存在する金属元素を含む釉薬層20を備える衛生陶器の抗ウイルス性は、バクテリオファージQβに対する抗ウイルス活性値を指標として表すことができる。抗ウイルス活性値は、例えば、ISO 21702に準拠した下記試験方法により求めることができる。
【0032】
<抗ウイルス性試験方法>
・ 試験片(抗ウイルス剤を含む釉薬層を備える衛生陶器の試験片、およびコントロール(抗ウイルス剤を含んでいない釉薬層を備える衛生陶器の試験片))に0.4mLのウイルス液を滴下し、フィルムで被覆する。
・ 試験片を25℃で24時間静置する。
・ 静置後、試験片上のウイルスを洗い出して回収した後、ウイルス感染価を測定する。
・ 次式により、抗ウイルス活性値を算出し、抗ウイルス性を評価する。
R=Ut-At
R:抗ウイルス活性値
Ut:コントロールの24時間静置後のウイルス感染価(PFU/cm)の常用対数
At:抗ウイルス剤を含む釉薬層を備える衛生陶器の試験片の24時間静置後のウイルス感染価(PFU/cm)の常用対数
【0033】
本発明において、抗ウイルス剤を含む釉薬層を備える衛生陶器の抗ウイルス活性は、JIS R1756 可視光B条件 明所に従って求められる抗ウイルス活性値(V)を指標として表すことができる。具体的には、JIS R1756 可視光B条件に従って、バクテリオファージQβを用いて、抗ウイルス試験を実施する。20Wの白色蛍光灯(東芝ライテック株式会社製、「ネオライン」FL20S・W)を光源として用い、紫外線カットフィルター(日東樹脂工業株式会社製、N-169)を通して、380nm以上の可視光を、照度500ルクスで照射する。照度は、照度計:株式会社トプコン製、IM-5を用いて測定する。可視光の照射時間を4時間として、明所の抗ウイルス活性値(V)を下式により算出した。
【0034】
抗ウイルス活性値:V=Log10(UV/TV)
TV:光照射後の抗ウイルス剤を含む釉薬層を備える衛生陶器のバクテリオファージ感染価(pfu)
UV:光照射後のコントロールあたりのバクテリオファージ感染価(pfu)
なお、コントロールとして、抗ウイルス剤を含んでいない釉薬層を備える衛生陶器を用いる。
【0035】
本発明において、抗ウイルス剤を含む釉薬層20は、2~6の抗ウイルス活性値を有することが好ましい。2以上の抗ウイルス活性値は衛生陶器において実用的な抗ウイルス性能基準を満たすものである。
【0036】
本発明において、実用的なウイルス活性を発揮するための、釉薬層20の表面における希土類元素の溶出量は好ましくは少なくとも以下に示すとおりである。
スカンジウム(Sc):約0.02ppm
イットリウム(Y):約0.03ppm
ランタン(La):約0.05ppm
プラセオジム(Pr):約0.052ppm
ネオジム(Nd):約0.052ppm
サマリウム(Sm):約0.054ppm
ガドリニウム(Gd):約0.056ppm
テルビウム(Tb):約0.057ppm
ジスプロシウム(Dy):約0.057ppm
ホルミウム(Ho):約0.058ppm
エルビウム(Er):約0.059ppm
ツリウム(Tm):約0.059ppm
イッテルビウム(Yb):約0.060ppm
ルテチウム(Lu):約0.061ppm
また、本発明の好ましい態様において、希土類元素の溶出量は、釉薬層の表面から陶器素地の方向(図1に示す矢印方向)に深さ10nmの領域に含まれる希土類元素の含有量の1~2%程度である。
【0037】
本発明の好ましい態様において、釉薬層20に含まれる抗ウイルス剤の含有量は、釉薬層を構成する抗ウイルス剤と後述する他の釉薬材料の合計を100重量%としたとき、抗ウイルス剤の酸化物換算で、1.0重量%以上25重量%以下であることが好ましく、5重量%以上12重量%以下であることがより好ましく、5重量%以上9重量%以下であることがさらにより好ましい。なお、抗ウイルス剤の酸化物の量から化学量論的に抗ウイルス剤の重量%に変換できることは言うまでもない。
【0038】
また、釉薬層20に好ましく含まれる抗ウイルス剤の好ましい含有量(酸化物換算)を希土類元素ごと示すと以下のとおりである。
スカンジウム(Sc):0.4重量%~8.0重量%、上限は、好ましくは約5.6重量%、より好ましくは4.4~4.8重量%、さらにより好ましくは約3.6重量%であり、下限は、好ましくは2重量%以上である。
イットリウム(Y):0.7重量%~14.0重量%、上限は、好ましくは約9.8重量%、より好ましくは7.7~8.4重量%、さらにより好ましくは約6.3重量%であり、下限は、好ましくは3.5重量%以上である。
ランタン(La):1.0重量%~20.0重量%、上限は、好ましくは約14重量%、より好ましくは11~12重量%、さらにより好ましくは約9重量%であり、下限は、好ましくは5重量%以上である。
プラセオジム(Pr):1.0重量%~20.0重量%、上限は、好ましくは約14重量%、より好ましくは11~12重量%、さらにより好ましくは約9重量%であり、下限は、好ましくは5重量%以上である。
ネオジム(Nd):1.0重量%~20.0重量%、上限は、好ましくは約14重量%、より好ましくは11~12重量%、さらにより好ましくは約9重量%であり、下限は、好ましくは5重量%以上である。
サマリウム(Sm):1.1重量%~22.0重量%、上限は、好ましくは約15.4重量%、より好ましくは12.1~13.2重量%、さらにより好ましくは約9.9重量%であり、下限は、好ましくは5.5重量%以上である。
ガドリニウム(Gd):1.1重量%~22.0重量%、上限は、好ましくは約15.4重量%、より好ましくは12.1~13.2重量%、さらにより好ましくは約9.9重量%であり、下限は、好ましくは5.5重量%以上である。
テルビウム(Tb):1.1重量%~22.0重量%、上限は、好ましくは約15.4重量%、より好ましくは12.1~13.2重量%、さらにより好ましくは約9.9重量%であり、下限は、好ましくは5.5重量%以上である。
ジスプロシウム(Dy):1.1重量%~22.0重量%、上限は、好ましくは約15.4重量%、より好ましくは12.1~13.2重量%、さらにより好ましくは約9.9重量%であり、下限は、好ましくは5.5重量%以上である。
ホルミウム(Ho):1.2重量%~24.0重量%、上限は、好ましくは約16.8重量%、より好ましくは13.2~14.4重量%、さらにより好ましくは約10.8重量%であり、下限は、好ましくは6重量%以上である。
エルビウム(Er):1.2重量%~24.0重量%、上限は、好ましくは約16.8重量%、より好ましくは13.2~14.4重量%、さらにより好ましくは約10.8重量%であり、下限は、好ましくは6重量%以上である。
ツリウム(Tm):1.2重量%~24.0重量%、上限は、好ましくは約16.8重量%、より好ましくは13.2~14.4重量%、さらにより好ましくは約10.8重量%であり、下限は、好ましくは6重量%以上である。
イッテルビウム(Yb):1.2重量%~24.0重量%、上限は、好ましくは約16.8重量%、より好ましくは13.2~14.4重量%、さらにより好ましくは約10.8重量%であり、下限は、好ましくは6重量%以上である。
ルテチウム(Lu):1.2重量%~24.0重量%、上限は、好ましくは約16.8重量%、より好ましくは13.2~14.4重量%、さらにより好ましくは約10.8重量%であり、下限は、好ましくは6重量%以上である。
【0039】
釉薬層20は、上述した範囲の量の希土類元素を含むことにより、さらに良好な抗ウイルス性を発揮することができる。
【0040】
本発明において、釉薬層20に含まれる抗ウイルス剤の含有量は、釉薬層20を蛍光X線分析法(XRF)により分析することにより、定量することもできる。本発明においては、走査型蛍光X線分析装置(Rigaku ZSX PrimusIV(株式会社リガク製))を用い、下記測定条件および分析条件にて、釉薬層20に含まれる抗ウイルス剤の原子存在量(質量%)を求めることができる。
(測定条件)
管電圧:60kV
管電流:50mA
測定深さ:数十μm(0~50μm程度)
測定面積:Φ20mm
(分析条件)
La検出線:La Lα(アルファ)線、2θ=82.88
分光結晶:LiF(200)
検出器:SC
なお、上記走査型蛍光X線分析装置は、釉薬層20の最表面(0μm)から陶器素地の方向(図1に示す矢印方向)に深さ約50μmの領域がその測定限界であるため、本発明において、上記走査型蛍光X線分析装置を用いた抗ウイルス剤の定量は、釉薬層20の最表面から約50μmの深さ領域における抗ウイルス剤の含有量(質量%)をもって、釉薬層20を特定するものである。
【0041】
蛍光X線分析法(XRF)により測定される抗ウイルス剤の原子存在量は、釉薬層20の最表面(0μm)から陶器素地の方向に深さ約50μmの領域、すなわち釉薬層20の表面付近に含まれる抗ウイルス剤の含有量を正確に測定することができるとの利点を有する。
すなわち、既に説明した抗ウイルス剤酸化物換算での抗ウイルス剤の含有量は、釉薬層20全体における抗ウイルス剤の含有割合(百分率)を表すものであり、蛍光X線分析法(XRF)により測定される抗ウイルス剤の含有量は、釉薬層20の表面付近における抗ウイルス剤の含有割合をピンポイントで且つ正確に表すものである。
また、蛍光X線分析法(XRF)により測定される特定ランタノイドの含有量は、抗ウイルス剤の出発原料としての特定ランタノイドの酸化物、塩化物等の種々の化合物の添加量を化学量論に基づき正確に把握することに役立つ。
【0042】
本発明において、抗ウイルス剤は、800℃~1300℃の温度よりも高い融点を有することが好ましい。このような融点を有することで、抗ウイルス剤は、釉薬層20の少なくとも表面においてスピノーダル分相状態で存在しやすくなる。
【0043】
他の釉薬材料
釉薬層20は、抗ウイルス剤とともに、通常釉薬に使用される材料、例えばSiO、Al、2価金属酸化物および1価金属酸化物などを含む。
本発明の好ましい態様によれば、SiOのガラス成分に対する重量%が52~76%であり、Alのガラス成分に対する重量%が6~14%であり、2価金属酸化物のガラス成分に対する重量%が11.4~27.6%であり、1価金属酸化物のガラス成分に対する重量%が1.5~6.5%である。
【0044】
釉薬層20は、SiOとAlと2価金属酸化物および1価金属酸化物を主成分とするが、他にFe、TiO、V等を含んでいてもよい。2価金属酸化物として、CaO、MgO等のアルカリ土類金属酸化物、ZnO、CuO等が利用できる。1価金属酸化物として、NaO、KO、LiO等が利用できる。
【0045】
本発明において、抗ウイルス剤以外の、他の釉薬材料の好ましい組成は、例えば下記表1に示すとおりである。
【0046】
【表1】
【0047】
表面性状
本発明による衛生陶器1の釉薬層20は、抗ウイルス剤が釉薬層20の少なくとも表面においてスピノーダル分相状態で存在しているため、上述した抗ウイルス性を発揮するとともに、釉薬層の表面性状への影響が抑えられるため以下に示す衛生陶器に好適な表面性状を実現することができる。
【0048】
平均粗さ(Ra)
本発明において、釉薬層20は、その表面粗さ(Ra)が0.07μm未満であることが好ましい。表面粗さ(Ra)が0.07μm未満であることにより、衛生陶器に尿石、黴、黄ばみ、その他の汚れが付着しにくくなり、たとえ付着したとしても弱い水流により容易に除去することができる。その結果、衛生陶器の表面を、頻繁な洗浄操作を要することなく、長期間に亘り清浄な状態に維持することが可能となる。
【0049】
本発明の好ましい態様によれば、Raは0.068μm以下であり、0.05μm以下であることがより好ましく、0.04μm以下であることがより好ましい。この場合、汚れの難付着性・易除去性はより向上する。
【0050】
本発明において、「表面粗さ(Ra)」とは、触針式表面粗さ測定装置(JIS-B0651)により測定され、JIS-B0601(1994)により定義される中心線平均粗さ(μm)をいう。
【0051】
DOI値
本発明において、釉薬層20は、その表面のウェーブスキャンDOI測定装置によるDOI値が80以上であることが好ましい。本発明において、「DOI値」とは、ウェーブスキャンDOI測定装置、例えばBYK Gardner社製(ドイツ国) Wave-ScanDIO(オレンジピール測定装置)により測定されるDOI値をいう。本発明において、DOI値は、本発明による衛生陶器が備える釉薬層の表面の写像性を表す指標として用いられる。「写像性」とは、ものの映り込みの鮮明さを表し、この外観品質は、釉薬層の表面形状により光の反射が異なることによって決定され、人間の視覚で認められる。
【0052】
釉薬層20の表面のDOI値が80以上であることにより、写像性に優れた印象を見る者に与え、その結果、衛生陶器は高級感を持つものとなる。また、良好な写像性は、衛生陶器に付着した汚れを目立ちやすくし、ウイルスを含む汚物等の付着を早期に確認することができるため、汚物等の付着が放置されることを抑制することができる。本発明においては、釉薬層20の表面に抗ウイルス剤がスピノーダル分相状態で存在しているため、二相の界面による散乱により白色を呈し、写像性に優れた釉薬層表面を実現することが可能となる。本発明の好ましい態様によれば、釉薬層20の表面のDOI値は85以上である。
【0053】
上記ウェーブスキャンDOI測定装置は、レーザーの点光源を釉薬層の表面上を移動させてスキャンすることで、人間の目のように、反射光の明/暗を決められた間隔で一点ずつ測定し、釉薬層の表面の光学的プロファイルを検出し、さらにこの光学的プロファイルを、周波数フィルターを通してスペクトル解析して、釉薬層の表面のストラクチャーを解析することができる。上記装置によるマイクロウェーブスキャンは、レーザーの点光源が釉薬層表面に対する垂線から60°傾いた角度でレーザー光を照射し、検出器が前記垂線に対して反対の同角度の反射光を測定する。上記装置の特性スペクトルは次のとおりである。
du:波長0.1mm以下
Wa:波長0.1~0.3mm
Wb:波長0.3~1mm
Wc:波長1~3mm
Wd:波長3~10mm
We:波長10~30mm
Sw:波長0.3~1.2mm
Lw:波長1.2~12mm
DOI:波長0.3mm以下
ここで、DOIはdu、Wa、Wbからなるパラメータで、DOI=f(du,Wa,Wb)で表わされる。
【0054】
色差:ΔE*値
本発明において、釉薬層20は、その表面の色差:ΔE*値が1.20以下であることが好ましい。釉薬層20の表面のΔE*値が1.20以下であることにより、耐光性に優れた衛生陶器を得ることができる。ΔE*値は、JIS K5400(1990)の9章8節に記載のサンシャインカーボンアーク灯式に準拠して、サンシャインカーボンアーク灯式耐候性試験機(スガ試験機社製、S-300)にて耐候性試験を実施する。試験時間は8時間とし、試験前後における光触媒塗装体のL*、a*、b*値をSCE方式にて測色し、色差:ΔE*=[(ΔL*)+(Δa*)+(Δb*)1/2を求める。色差計として、色彩色差計(コニカミノルタ社製、CR―400)を用いることができる。
釉薬層20の表面の色差:ΔE*値は、0.8以下であることがより好ましく、0.7以下であることがさらにより好ましい。
【0055】
膜厚
本発明において、釉薬層20の膜厚は、好ましくは50~1200μmであり、より好ましくは100~800μmであり、さらにより好ましくは150μm~400μmである。このような厚みの釉薬層20により、上述した表面性状が実現できる。
【0056】
製造方法
本発明による衛生陶器は、以下のような方法により好ましく製造することができる。
【0057】
まず、陶器素地10を用意する。陶器素地10は、ケイ砂、陶石、粘土等を原料として調製した従来知られた衛生陶器素地泥漿を適宜成形したものであってよい。
【0058】
釉薬層20を形成する釉薬スラリー、つまり抗ウイルス剤の出発材料としての抗ウイルス剤化合物と、それ以外の釉薬材料とを含む釉薬スラリーを調製する。抗ウイルス剤以外の釉薬材料の組成は、例えば上記表1に記載のものである。
また、抗ウイルス剤化合物として、例えば、抗ウイルス剤の酸化物などの沸点が1000℃以上のもの、より好ましくは沸点が1300℃以上のものであり、融点が1000℃以上のものを用いることができる。さらにより好ましくは、融点が1000℃以上であり、非水溶性の化合物が好ましい。
【0059】
釉薬層20形成用釉薬スラリーは、例えば次のように調製することができる。
実施形態1
表1に記載の組成からなる釉薬材料と水および分散メディア(例えばアルミナボール)を陶器製ポット中に入れ、例えばボールミルにより粉砕して、釉薬スラリー前駆体を得る。この釉薬スラリー前駆体に抗ウイルス剤化合物を添加して混合、粉砕し、釉薬層20形成用釉薬スラリーを得る。
実施形態2
表1に記載の組成からなる釉薬材料を所定の温度にて溶融し、冷却してフリット原料を得る。このフリット原料に抗ウイルス剤化合物を添加し、さらに水、および分散メディア、必要に応じてその他の原料(例えば、陶石やZnOなど)を添加し、陶器製ポット中に入れ、例えばボールミルにより粉砕して、釉薬層20形成用釉薬スラリーを得る。なお、本実施形態の好ましい態様において、釉薬スラリーに含まれる抗ウイルス剤化合物の含有量は、上記フリット原料および上記その他の原料の合計を100重量%としたときの、抗ウイルス剤化合物の重量割合とする。
【0060】
本発明の好ましい態様によれば、上記実施形態1、2において、粉砕後の抗ウイルス剤化合物の平均粒径と、粉砕後の釉薬材料の平均粒径がほぼ同じであることが好ましい。例えば、抗ウイルス剤化合物と釉薬材料の平均粒径は、10μm以下、好ましくは6~7μm程度でほぼ同じであることが好ましい。ここで、平均粒径とは、レーザー回析法により測定された粒度分布データにおけるいわゆる50%粒径を意味する。また、平均粒径が「ほぼ同じ」であるとは、抗ウイルス剤化合物の平均粒径と釉薬材料の平均粒径との比(前者/後者)が0.9~1.1の範囲内にあることをいう。
【0061】
このように抗ウイルス剤化合物と釉薬材料の平均粒径をそろえることで、抗ウイルス剤を釉薬層20の少なくとも表面にスピノーダル分相状態で存在させることができるとともに、上述した表面性状(Ra、DOI値、ΔE*値)を実現することができる。
【0062】
次に、釉薬層20形成用釉薬スラリーを陶器素地10の表面に適用する。適用方法は特に限定されず、スプレーコーティング、ディップコーティング等の一般的な方法を適宜選択して利用できる。
【0063】
次いで、釉薬層20形成用釉薬スラリーが適用された陶器素地10を焼成する。すなわち、陶器素地10と釉薬スラリーとを一体焼成する。焼成温度は、衛生陶器素地が焼結し、かつ釉薬が軟化する温度であって、さらに抗ウイルス剤の融点よりも低い温度であることが好ましい。このような焼成温度は、好ましくは1000℃以上1300℃以下、より好ましくは1150℃以上1250℃以下である。一体焼成は1回のみ行うことが好ましい。一体焼成を1回のみとすることで、抗ウイルス剤の結晶化が抑制されることを本発明者らは実験により確認している。具体的には、複数回の焼成を行うと釉薬層の非晶質層から結晶が析出し、例えば1回目の焼成温度よりも低い温度で2回目の焼成を行うと結晶が析出することを確認している。
【0064】
次いで、得られた焼成体を冷却する。冷却条件は、特に限定されず、自然冷却でもよいし、温度および時間を適宜制御してもよい。
【0065】
陶器素地10と、抗ウイルス剤化合物の平均粒径と他の釉薬材料の平均粒径とがほぼ同じ状態に調製された釉薬スラリーとを、抗ウイルス剤の融点よりも低い温度で一体的に1回焼成し、冷却することにより、抗ウイルス剤の結晶化を抑制しつつ、好ましくはガラス化し、より好ましくはガラス液相(ガラス融液)とし、さらにより好ましくはガラス融液を分相し、最も好ましくはスピノーダル分相させ、その結果、抗ウイルス剤がスピノーダル分相した領域がその表面にリッチに存在する釉薬層20を得ることができる。
【実施例0066】
本発明を以下の実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0067】
陶器素地の作製
珪砂、長石、粘土等を原料として調製した陶器素地泥漿を用いて、70mm×150mm板状試験片を作製した。
【0068】
ベース釉薬層形成用釉薬スラリーの調製
下記表2に記載の組成からなる釉薬材料2kgと水1kgおよびアルミナボール4kgを、容積6Lの陶器製ポットに入れ、レーザー回折式粒度分布計を用いた粉砕後の釉薬スラリーの粒度測定結果が、10μm以下が65%、50%粒径が6.5μm程度になるように、ボールミルにより粉砕を行い、ベース釉薬層形成用釉薬スラリーを得た。
【0069】
【表2】
【0070】
抗ウイルス釉薬層形成用釉薬スラリーの調製
下記表3に記載の組成からなる釉薬材料2kgと水1kgおよびアルミナボール4kgを、容積6Lの陶器製ポットに入れ、レーザー回折式粒度分布計を用いた粉砕後の釉薬スラリーの粒度測定結果が、10μm以下が65%、50%粒径(D50)が6.5μmになるように、ボールミルにより粉砕を行い、釉薬スラリー前駆体を得た。この釉薬スラリー前駆体に、表4に記載の金属元素の酸化物5重量%を添加し(すなわち、上記釉薬材料の合計含有量100重量%に対し、金属元素の酸化物5重量%を添加し)、混合し、10μm以下が65%、50%粒径(D50)が6.5μmになるように、ボールミルにより粉砕を行い、粉砕し、実施例1~10および比較例1の衛生陶器用の抗ウイルス釉薬スラリーを調製した。
【0071】
【表3】
【0072】
衛生陶器の作製
上記のとおり調製した各抗ウイルス釉薬スラリーを、上記陶器素地試験片にスプレーコーティング法により塗布した。その後、釜にて1200℃で一体的に1回焼成し、冷却し、実施例1~10および比較例1の衛生陶器を作製した。
【0073】
評価
実施例1~10および比較例1の衛生陶器について、以下の評価を行った。
【0074】
抗ウイルス剤の含有量
実施例1~10および比較例1の衛生陶器の釉薬層に含まれる、希土類元素酸化物換算量に基づく希土類元素含有量は、例えば実施例1の衛生陶器については、表3に示す釉薬材料100重量%と酸化ランタン5重量%の合計(105重量%)に対する酸化ランタン(5重量%)の百分率として、5重量%/(100重量%+5重量%)×100≒4.8%と算出される。その他の実施例2~10、比較例1についても同様である。
【0075】
抗ウイルス性
ISO 21702に準拠した下記試験方法によりバクテリオファージQβに対する抗ウイルス活性値を求めた。
・ 実施例1~10および比較例1の衛生陶器、およびコントロールとして釉薬層が抗ウイルス剤を含んでいない衛生陶器に0.4mLのウイルス液を滴下し、フィルムで被覆した。
・ 各衛生陶器を25℃で24時間静置した。
・ 静置後、各衛生陶器上のウイルスを洗い出して回収した後、ウイルス感染価を測定した。
・ 次式により、抗ウイルス活性値を算出した。
R=Ut-At
R:抗ウイルス活性値
Ut:コントロールの衛生陶器の24時間静置後のウイルス感染価(PFU/cm)の常用対数
At:実施例1~10および比較例1の衛生陶器の24時間静置後のウイルス感染価(PFU/cm)の常用対数
実施例1~10および比較例1の衛生陶器の抗ウイルス活性値は表4に示されるとおりであった。
平均粗さ(Ra)
触針式表面粗さ測定装置(JIS-B0651)を用い、JIS-B0601(1994)により定義される中心線平均粗さ(μm)を求めた。結果は表4に示されるとおりであった。
【0076】
DOI値
ウェーブスキャンDOI測定装置:BYK Gardner社製(ドイツ国) Wave-ScanDIO(オレンジピール測定装置)を用い、DOI値を測定した。結果は表4に示されるとおりであった。
【0077】
抗ウイルス剤の釉薬層表面付近における存在状態の確認
<XRD測定>
XRD装置:パナリティカル製<X’Pert PRO>を用い、以下の条件で測定を行った。
XRD測定条件
測定範囲:3°~60°
スキャンレート:4°/min
印加電圧:45V、印加電流:40mA
図2に示されるように、各金属元素を含む抗ウイルス釉薬層の表面のXRD測定においてピークは観察されず、したがって、抗ウイルス釉薬層の表面において、各金属元素がアモルファス(非晶質)状態またはガラス化された状態で存在していることが確認された。
【0078】
<SEM観察、TEM観察>
抗ウイルス釉薬層の表面付近における各金属元素の存在状態をSEM観察およびTEM観察した。SEM観察は、装置:S4800(日立ハイテクノロジーズ製)を用い、条件:倍率50000倍、印加電圧2.0kV、印加電流20mAにて行った(2.0mm×50.0k SE(U,LA100))。TEM観察は、装置:H-9500(日立ハイテクノロジーズ製)を用い、条件:倍率100,000倍、印加電圧200kVにて行った(MST-20-113310 IDNo.4448c)。SEM画像およびTEM画像を図3A~12Aおよび図3B~12Bに示す。SEM画像において、白色部分は各金属元素の存在、黒色部分はSi-O構造を示す。TEM画像(図12B)において、黒色部分は各金属元素の存在、白色部分はSi-O構造を示す。断面SEM画像において、境界線のように見える白色部分は、各金属元素がリッチに存在している様子を示す。TEM画像(図12B)において、境界線のように見える黒色部分は、イットリウムがリッチに存在している様子を示す。断面SEM画像および断面TEM画像において、境界線のように見える部分より上側の画像領域は空気領域であるため、観察対象外である。
図3~12に示される画像より、各金属元素が抗ウイルス釉薬層の表面付近および表面においてリッチに存在し、また各金属元素がスピノーダル分相していること、さらに各金属元素のスピノーダル分相量がリッチであることが確認された。
【0079】
【表4】
【0080】
また、表4に示される結果から、Ceを含む比較例1の衛生陶器にあっては、抗ウイルス活性値が低く、表面性状(Ra値およびDOI値)も不良であるのに対し、特定の希土類元素を含む実施例1~10の衛生陶器にあっては、抗ウイルス活性値が高く、表面性状(Ra値およびDOI値)も良好であることが確認された。つまり、本発明による衛生陶器が、実用的な抗ウイルス性と、汚れに対する優れた難付着性・易除去性とを併せ持ち、これらの性能を相乗的に発揮することが確認された。
【0081】
抗ウイルス剤の含有量に基づく抗ウイルス剤の釉薬層における存在(分布)状態の確認
上述した実施例1の衛生陶器において、ランタンの含有量を様々な量に変化させた例1~15の衛生陶器を、実施例1の作製方法と同様に作製した。
例1~15の衛生陶器の釉薬層に含まれるランタンの酸化ランタン(La)換算量(重量%)およびXRFにより測定した原子存在量(質量%)はそれぞれ表5に示されるとおりであった。
なお、表5に示される各衛生陶器の酸化ランタン(La)換算量に基づくランタン含有量(重量%)は、例えば例4の衛生陶器については、表3に示す釉薬材料100重量%と酸化ランタン5重量%の合計(105重量%)に対する酸化ランタン(5重量%)の百分率として、5重量%/(100重量%+5重量%)×100≒4.8%と算出した。他の例1~3、4~15についても同様である。例4の衛生陶器は実施例1の衛生陶器と同一である。
各衛生陶器の酸化ランタン(La)換算量に基づくランタン含有量(重量%)と、XRFにより測定したランタン含有量(質量%)とを対比すると、後者の方が多いことが確認された。これは、抗ウイルス釉薬層全体に含まれるランタン含有量よりも抗ウイルス釉薬層の表面付近に含まれるランタン含有量の方が多いことを示している。すなわち、ランタンが抗ウイルス釉薬層の表面付近に濃縮されていることを示している。
したがって、本発明によれば、抗ウイルス剤を釉薬層の表面付近に濃縮して存在させることができ、その結果、良好な抗ウイルス性を発揮することができる。また本発明によれば、少ない量の抗ウイルス剤であっても釉薬層の表面付近に抗ウイルス剤を濃縮させることができるため、良好な抗ウイルス性を効率的に発揮するとともに、抗ウイルス剤の量が少ないため釉薬層のSi-O構造に影響を与えない、つまり優れた表面性状が維持された衛生陶器を実現することができる。
【0082】
耐光性(変色抑制能)
また、例1~15の衛生陶器の耐光性(変色抑制能)を評価した。
具体的には、JIS K5400-9-8 サンシャインカーボンアーク式に準拠して、サンシャインカーボンアーク灯式耐候性試験機(米国アトラス社製)にて耐候性試験を実施した。試験時間は8時間とし、試験前後における光触媒塗装体のL*、a*、b*値をSCE方式にて測色し、色差:ΔE*=[(ΔL*)+(Δa*)+(Δb*)1/2を求めた。色差計として、色彩色差計(コニカミノルタ社製、CR―400)を用いた。結果は表5に示されるとおりであった。
【0083】
【表5】
【0084】
抗ウイルス剤の含有量、抗ウイルス剤の溶出量、および抗ウイルス活性値の関係
また、例1~15の衛生陶器における抗ウイルス剤の含有量、抗ウイルス剤の溶出量、および抗ウイルス活性値の関係を確認した。
図13Aに、ランタンの酸化ランタン(La)換算量(重量%)と、ランタンの釉薬層表面への溶出量(ppm)との関係を示す。図13Bに、ランタンの溶出量と抗ウイルス活性値との関係を示す。図14Aに、ランタンの酸化ランタン(La)換算量(重量%)と、XRFにより測定した原子存在量(質量%)との関係を示す。図14Bに、ランタンのXRFにより測定した原子存在量(質量%)と、抗ウイルス活性値との関係を示す。
図13および図14から、ランタンの酸化ランタン(La)換算量(重量%)と、ランタンのXRFにより測定した原子存在量(質量%)との間に比例関係が成立し、ランタンの含有量と、ランタンの釉薬層表面への溶出量との間に比例関係が成立し、ランタンの溶出量と抗ウイルス活性値との間にも比例関係が成立することが確認された。
なお、上記実施例10の衛生陶器(イットリウムの含有量が4.8重量%である釉薬層を備える衛生陶器)について、イットリウムの溶出量は0.051ppmであった。
【0085】
焼成条件と、スピノーダル分相量および抗ウイルス活性値との関係の確認
酸化ランタンの添加量を10重量%とし、上記調製例により調製した抗ウイルス釉薬スラリーを、上記陶器素地試験片にスプレーコーティング法により塗布した。その後、釜にて、下記条件1~3にて焼成し、3種類の衛生陶器A~Cを作製した。
衛生陶器A:焼成条件1(焼成温度:1200℃、総焼成時間:10時間)
衛生陶器B:焼成条件2(焼成温度:1200℃、総焼成時間:15時間)
衛生陶器C:焼成条件3(焼成温度:1200℃、総焼成時間:20時間)
衛生陶器A~Cの抗ウイルス活性値は下記表6に示されるとおりであった。また、衛生陶器A~Cの抗ウイルス釉薬層表面付近のランタンの存在状態は図15A~Cに示されるとおりであった。
【0086】
【表6】
表6、図15A~Cから、酸化ランタンの添加量および焼成温度を同一とした条件下において、焼成時間を短く設定して製造した衛生陶器Aは、高い抗ウイルス性を有し、さらに釉薬層20の表面付近にランタンがスピノーダル分相し、また分相領域がリッチであることが確認された。一方、設定時間を長く設定した衛生陶器Bは、バイノーダル分相とスピノーダル分相が混在しており、衛生陶器Aに比べて低い抗ウイルス性を有し、さらに設定時間を長く設定した衛生陶器Cは、衛生陶器A、Bに比べて低い抗ウイルス性を有することが確認された。なお、釉薬層20の表面付近にランタンなどの特定の希土類元素をスピノーダル分相で存在させる方法は、上述するように粒子径や焼成時間を調整する以外に当業者であれば様々な手法を採用することができる。
【符号の説明】
【0087】
1 衛生陶器、10 陶器素地、20 (トップ)釉薬層、30 ベース釉薬層
図1A
図1B
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図5A
図5B
図6A
図6B
図7A
図7B
図8A
図8B
図9A
図9B
図10A
図10B
図11A
図11B
図12A
図12B
図13A
図13B
図14A
図14B
図15A
図15B
図15C