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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022184385
(43)【公開日】2022-12-13
(54)【発明の名称】酸化多糖の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08B 37/08 20060101AFI20221206BHJP
   C08B 15/04 20060101ALI20221206BHJP
【FI】
C08B37/08 A
C08B15/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021092195
(22)【出願日】2021-06-01
(71)【出願人】
【識別番号】000002820
【氏名又は名称】大日精化工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100168033
【弁理士】
【氏名又は名称】竹山 圭太
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(72)【発明者】
【氏名】一宮 洋介
(72)【発明者】
【氏名】小林 誠幸
【テーマコード(参考)】
4C090
【Fターム(参考)】
4C090AA05
4C090BA34
4C090BA46
4C090CA34
(57)【要約】
【課題】酸化反応の進行(例えば、一級水酸基のカルボキシ基への変化など)に伴う膨潤物の生成を抑制し、良好な分散性を保ちながらハンドリング性をも向上させた酸化多糖の製造方法を提供する。
【解決手段】αキチンや天然セルロース等の多糖、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(TEMPO)等のN-オキシル化合物、N-オキシル化合物の再酸化剤、及び極性溶媒を含有する反応液中で多糖を酸化して酸化多糖を形成する工程を有し、反応液が、20℃における飽和濃度の1/10以上の濃度の、一価の金属イオンを有する中性塩等の塩類をさらに含有する酸化多糖の製造方法である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多糖、N-オキシル化合物、前記N-オキシル化合物の再酸化剤、及び極性溶媒を含有する反応液中で前記多糖を酸化して酸化多糖を形成する工程を有し、
前記反応液が、20℃における飽和濃度の1/10以上の濃度の塩類をさらに含有する酸化多糖の製造方法。
【請求項2】
下記式(A)より算出される前記酸化多糖のWRV比が、0.50以下である請求項1に記載の酸化多糖の製造方法。
WRV比=WRV1/WRV2 ・・・(A)
WRV1:下記式(1)より算出される酸化多糖の保水値(%)
WRV2:下記式(2)より算出される、塩類を含有しない反応液中で酸化したこと以外は同一の条件で得た対照酸化多糖の保水値(%)
WRV1=100×(Ww1-Wd1)/Wd1 ・・・(1)
Ww1:含水溶媒で膨潤後に遠心分離及びろ過して得た、膨潤した酸化多糖の質量(g)
Wd1:凍結乾燥した酸化多糖の質量(g)
WRV2=100×(Ww2-Wd2)/Wd2 ・・・(2)
Ww2:含水溶媒で膨潤後に遠心分離及びろ過して得た、膨潤した対照酸化多糖の質量(g)
Wd2:凍結乾燥した対照酸化多糖の質量(g)
【請求項3】
前記多糖が、αキチン、βキチン、部分脱アセチル化キチン、天然セルロース、マーセル化セルロース、及び再生セルロースからなる群より選択される少なくとも一種である請求項1又は2に記載の酸化多糖の製造方法。
【請求項4】
前記塩類が、中性塩である請求項1~3のいずれか一項に記載の酸化多糖の製造方法。
【請求項5】
前記塩類が、一価の金属イオンを有する塩である請求項1~4のいずれか一項に記載の酸化多糖の製造方法。
【請求項6】
前記N-オキシル化合物が、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシルである請求項1~5のいずれか一項に記載の酸化多糖の製造方法。
【請求項7】
前記再酸化剤が、次亜塩素酸又は次亜塩素酸塩である請求項1~6のいずれか一項に記載の酸化多糖の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化多糖の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の環境に対する意識の高まりとともに、環境資源の使用量削減、二酸化炭素削減、及び循環型社会の構築等を目指す一環として、バイオマス原料の有効活用が求められている。化石燃料と異なり、バイオマス原料の使用は環境中の炭素循環量に対して中立である。そして、生物生産量と使用量とのバランスが取れている限り、バイオマス原料は人類にとって持続的な材料であると言える。
【0003】
キチンは地球上で2番目に多いバイオマスであり、産業用資材として普及している。キチンは、甲殻類や節足動物の外骨格、無脊椎動物の体表、及びキノコ等の菌類の細胞壁に多く含まれる生物資源由来の物質であり、枯渇の恐れがほとんどない。キチンは、結晶型によってα型とβ型に分類される。結晶内の隣接する分子鎖が逆平行構造をとるα型のキチン(αキチン)が自然界に圧倒的に多く存在しており、分子鎖が平行構造をとるβ型のキチン(βキチン)の存在量は比較的少ない。キチンは生体内で容易に分解するために安全性が高く、免疫強化や高脂血症の改善等に効果があると報告されている。工業的には、水産物として漁獲される甲殻類の殻を塩酸にて脱灰処理した後、アルカリ類にて脱タンパク処理し、次いで、アルコール抽出や漂白処理することで製造される。キチンを高濃度のアルカリ類で処理して脱アセチル化したものがキトサンである。なお、バイオマス原料としては、植物細胞壁に多く存在するセルロースも知られている。
【0004】
キチンやセルロース等の多糖の酸化には、N-オキシル化合物の一種である2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(TEMPO)が広く使用されている。多糖にTEMPO等を作用させると、繊維表面の一級水酸基が選択的に酸化され、アルデヒド基を経てカルボキシ基へと変化する。これにより、繊維表面にマイナス電荷が高密度に生成されることになる。一般的には、TEMPO/臭化ナトリウム(NaBr)/次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)の構成で多糖を酸化させることが多い。TEMPOは触媒として、NaBrはTEMPOの補触媒として、NaClOはTEMPOの再酸化剤としてそれぞれ機能する。
【0005】
多糖のTEMPO酸化は、ナノファイバー化のための化学的な前処理と位置付ける場合が多く、TEMPO酸化した多糖(酸化多糖)は低解繊エネルギーで結晶性のミクロフィブリルにまで分散することができる点で注目を集めている(特許文献2)。また、ミクロフィブリル内部の結晶構造、結晶化度、及び結晶幅サイズの変化を伴わない点、並びに有機溶媒を使用せず水系反応が可能であるとともに常温常圧で反応が進行するグリーンケミストリープロセスである点でも注目されている。
【0006】
関連する従来技術としては、例えば、キチンを酸化する方法(特許文献1)や、セルロースを酸化する方法(特許文献2)等が提案されている。また、天然セルロースを加圧脱水する工程を含む酸化方法も提案されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009-68014号公報
【特許文献2】特開2008-1728号公報
【特許文献3】特開2017-160396号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1~3で提案された酸化方法の場合、反応の進行(カルボキシ基の導入率の増加など)によって原料、中間体、及び生成物等の一部が膨潤状態となる。このため、生成物である酸化多糖を反応系から回収する際のハンドリング性が低下するといった課題があった
【0009】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、酸化反応の進行(例えば、一級水酸基のカルボキシ基への変化など)に伴う膨潤物の生成を抑制し、良好な分散性を保ちながらハンドリング性をも向上させた酸化多糖の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
すなわち、本発明によれば、以下に示す酸化多糖の製造方法が提供される。
[1]多糖、N-オキシル化合物、前記N-オキシル化合物の再酸化剤、及び極性溶媒を含有する反応液中で前記多糖を酸化して酸化多糖を形成する工程を有し、前記反応液が、20℃における飽和濃度の1/10以上の濃度の塩類をさらに含有する酸化多糖の製造方法。
[2]下記式(A)より算出される前記酸化多糖のWRV比が、0.50以下である前記[1]に記載の酸化多糖の製造方法。
WRV比=WRV1/WRV2 ・・・(A)
WRV1:下記式(1)より算出される酸化多糖の保水値(%)
WRV2:下記式(2)より算出される、塩類を含有しない反応液中で酸化したこと以外は同一の条件で得た対照酸化多糖の保水値(%)
WRV1=100×(Ww1-Wd1)/Wd1 ・・・(1)
Ww1:含水溶媒で膨潤後に遠心分離及びろ過して得た、膨潤した酸化多糖の質量(g)
Wd1:凍結乾燥した酸化多糖の質量(g)
WRV2=100×(Ww2-Wd2)/Wd2 ・・・(2)
Ww2:含水溶媒で膨潤後に遠心分離及びろ過して得た、膨潤した対照酸化多糖の質量(g)
Wd2:凍結乾燥した対照酸化多糖の質量(g)
[3]前記多糖が、αキチン、βキチン、部分脱アセチル化キチン、天然セルロース、マーセル化セルロース、及び再生セルロースからなる群より選択される少なくとも一種である前記[1]又は[2]に記載の酸化多糖の製造方法。
[4]前記塩類が、中性塩である前記[1]~[3]のいずれかに記載の酸化多糖の製造方法。
[5]前記塩類が、一価の金属イオンを有する塩である前記[1]~[4]のいずれかに記載の酸化多糖の製造方法。
[6]前記N-オキシル化合物が、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシルである前記[1]~[5]のいずれかに記載の酸化多糖の製造方法。
[7]前記再酸化剤が、次亜塩素酸又は次亜塩素酸塩である前記[1]~[6]のいずれかに記載の酸化多糖の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、酸化反応の進行(例えば、一級水酸基のカルボキシ基への変化など)に伴う膨潤物の生成を抑制し、良好な分散性を保ちながらハンドリング性をも向上させた酸化多糖の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<酸化多糖の製造方法>
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。本発明の酸化多糖の製造方法の一実施形態は、多糖、N-オキシル化合物、N-オキシル化合物の再酸化剤、及び極性溶媒を含有する反応液中で多糖を酸化して酸化多糖を形成する工程(酸化工程)を有する。そして、反応液が、20℃における飽和濃度の1/10以上の濃度の塩類をさらに含有する。
【0013】
(酸化工程)
酸化工程は、反応液中で多糖を酸化して酸化多糖を形成する工程である。この反応液は、多糖、N-オキシル化合物、N-オキシル化合物の再酸化剤、及び極性溶媒を含有する。
【0014】
[多糖]
原料として用いられる多糖としては、αキチン、βキチン、部分脱アセチル化キチン、キトサン、天然セルロース、マーセル化セルロース、及び再生セルロース等を挙げることができる。αキチンとしては、例えば、カニ殻由来のαキチン等を用いることができる。βキチンとしては、例えば、イカ甲由来のβキチン等を用いることができる。αキチンを部分的に脱アセチル化した部分脱アセチル化キチンも使用できる。セルロースは、植物、動物、及びバクテリアのいずれに由来するセルロースであってもよい。多糖はそのまま用いてもよく、乾式粉砕処理、湿式粉砕処理、及び化学処理等を施したものを用いてもよい。さらには、叩解等の表面積を高める処理を施したものを用いることもできる。
【0015】
反応液中の多糖の含有量は、反応液中で多糖が流動しうる量であればよい。具体的には、反応液中の多糖の含有量は5質量%以下であることが好ましい。
【0016】
[N-オキシル化合物]
N-オキシル化合物が、酸化反応の触媒として機能する成分である。N-オキシル化合物としては、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(TEMPO)、4-ヒドロキシTEMPO、4-アセトアミドTEMPO、及び4-カルボキシTEMPO等を用いることが、常温での反応性が良好であるために好ましい。なかでも、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(TEMPO)が特に好ましい。
【0017】
反応液中のN-オキシル化合物の含有量は、酸化反応を進行しうる量であればよい。具体的には、多糖(乾燥質量)1gに対して、0.01~5.0mmolとすることが好ましく、0.01~1.0mmolとすることがさらに好ましい。
【0018】
[再酸化剤]
触媒として用いるN-オキシル化合物の再酸化剤としては、亜ハロゲン酸、次亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸、及びこれらの塩、並びに過酸化水素等を用いることができる。なかでも、生産コスト等の観点から、次亜塩素酸又は次亜塩素酸塩が好ましく、次亜塩素酸ナトリウムがさらに好ましい。反応液中のN-オキシル化合物の含有量は、酸化反応の度合いに対して適正な範囲内で選択すればよい。具体的には、多糖(乾燥質量)1gに対して、0.1~100mmolとすることが好ましく、0.5~50.0mmolとすることがさらに好ましい。
【0019】
[極性溶媒]
極性溶媒としては、水、アルコール類、エーテル類、ケトン類、酢酸エチル、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキサイド、N-メチル-2-ピロリドン等を挙げることができる。これらの極性溶媒は、1種単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。アルコール類としては、メタノール、エタノール、イソプロパノール、イソブタノール、sec-ブタノール、tert-ブタノール、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、エチレングリコール、グリセリン等を挙げることができる。エーテル類としては、エチレングリコールジメチルエーテル、1,4-ジオキサン、テトラヒドロフラン等を挙げることができる。ケトン類としては、アセトン、メチルエチルケトン等を挙げることができる。極性溶媒としては、水を用いることが好ましい。
【0020】
[塩類]
反応液は、20℃における飽和濃度の1/10以上の濃度の塩類を含有する。所定濃度の塩類を含有する反応液中で多糖を酸化することで、反応の進行に伴う原料(多糖)や生成物(酸化多糖)の膨潤が抑制され、反応液から酸化多糖を回収する際のハンドリング性を向上させることができる。
【0021】
塩類としては、反応液のpHに影響を及ぼしにくい中性塩を用いることが好ましく、一価の金属イオンを有する塩を用いることがさらに好ましい。塩類としては、塩化ナトリウム、臭化ナトリウム、塩化カリウム、硫酸ナトリウム、硝酸ナトリウム、臭化カリウム等を挙げることができる。
【0022】
反応液中の塩類の濃度は、その塩類の20℃における飽和濃度の1/10以上とする。塩類が高濃度であるほど、膨潤抑制効果をより高めることができる。このため、反応液中の塩類の濃度は、その塩類の20℃における飽和濃度の1/5以上とすることが好ましく、1/3以上とすることがさらに好ましく、1/2以上とすることが特に好ましく、実質的な飽和濃度とすることが最も好ましい。
【0023】
極性溶媒中に繊維状の多糖を分散させると、電荷を帯びた多糖の繊維表面は、液中に存在する反対符号の電荷のイオンを引き付けようとする。反対符号の電荷のイオンは、多糖の繊維表面に引き付けられるとともに、極性溶媒中にも拡散しようとする。その結果、固液界面には反発力が生ずることになる。繊維どうしが引き付けあう力に比して、繊維どうしが反発する力のほうが大きければ、繊維は凝析しにくい。また、繊維の表面電荷密度が高いほど、分散系は安定する。酸化工程では、多糖の分子構造中の一級水酸基を選択的にアルデヒド基及びカルボキシ基へと酸化すると考えられる。すなわち、酸化反応の進行によって繊維表面の電荷密度が増大するので、繊維間反発力によって多糖が繊維表面から解れたり、水を抱え込んで膨れたり、一部が溶解したりする。
【0024】
一方、繊維間に生じた反対符号の電荷のイオンによる反発力は、イオンの濃度によって作用する距離が異なることが知られている。一般的に、反対符号の電荷のイオン濃度が大きいほど繊維表面に引き付けられるので、拡散距離は小さくなる。反対符号の電荷のイオンが特定の濃度を超えると、反対符号の電荷のイオンによる反発力よりも、繊維間距離にセンシティブなvan der Waals引力のほうが大きくなり、凝析を起こす。すなわち、酸化反応の進行によって生ずる繊維間反発力及び反対符号の電荷のイオンの拡散距離は、反対符号の電荷のイオン濃度によって調整することができる。
【0025】
20℃における飽和濃度の1/10以上の濃度の塩類を含有する反応液中で生ずる、多糖の繊維間反発力に対する抵抗力は、多糖の繊維間反発力を抑制するのに十分であると考えられる。そして、塩類の濃度が高いほど抑制効果をより高めることができる。
【0026】
[補触媒]
反応液には、酸化反応をより効率的に進行させるための補触媒である臭化物をさらに含有させることが好ましい。臭化物としては、臭化ナトリウム、臭化カリウム等を挙げることができる。反応液中の臭化物の含有量は、多糖(乾燥質量)1gに対して、0.1~50.0mmolとすることが好ましく、0.1~10.0mmolとすることがさらに好ましい。なお、補触媒として用いる臭化ナトリウム等の臭化物が、前述の塩類の概念に包含される場合における「反応液中の塩類の濃度」には、補触媒として用いた臭化物の濃度も含まれる。
【0027】
[酸化反応]
酸化工程では、反応液中、酸化反応によって多糖を酸化して酸化多糖を形成する。酸化反応は温和な条件にて進行させることができるため、グリーンケミストリープロセスの観点からも有用である。具体的には、反応温度は常温とすればよく、例えば15~35℃といった一般的な実験室内の温度範囲であればよい。また、反応系を加圧する必要もなく、常圧条件下で酸化反応を進行させることができる。
【0028】
多糖の酸化が進行するのに伴い、形成されるカルボキシ基の影響によって反応液のpHが徐々に低下する。このため、酸化反応を効率的に進行させる観点から、反応液のpHを9.0~12.0の範囲に維持することが好ましく、9.5~11.0の範囲に維持することがさらに好ましい。反応液のpHを所望とする範囲内とするには、例えば、水酸化ナトリウム水溶液等のアルカリ水溶液を反応液に添加すればよい。
【0029】
上記の酸化反応によって得られる酸化多糖は、反応の進行に伴う膨潤が抑制されているので、回収時のハンドリング性が良好である。また、得られる酸化多糖の分散性は、本実施形態の製造方法以外の製造方法によって得られる酸化多糖の分散性と同等又は同等以上である。
【0030】
本実施形態の酸化多糖の製造方法によって製造される酸化多糖のWRV(Water Retention Value)比は、好ましくは0.50以下であり、さらに好ましくは0.25以下である。このWRV比は、酸化多糖の膨潤度の指標となる物性値(保水値)であり、下記式(A)より算出される。
WRV比=WRV1/WRV2 ・・・(A)
WRV1:下記式(1)より算出される酸化多糖の保水値(%)
WRV2:下記式(2)より算出される、塩類を含有しない反応液中で酸化したこと以外は同一の条件で得た対照酸化多糖の保水値(%)
【0031】
WRV1=100×(Ww1-Wd1)/Wd1 ・・・(1)
Ww1:含水溶媒で膨潤後に遠心分離及びろ過して得た、膨潤した酸化多糖の質量(g)
Wd1:凍結乾燥した酸化多糖の質量(g)
【0032】
WRV2=100×(Ww2-Wd2)/Wd2 ・・・(2)
Ww2:含水溶媒で膨潤後に遠心分離及びろ過して得た、膨潤した対照酸化多糖の質量(g)
Wd2:凍結乾燥した対照酸化多糖の質量(g)
【0033】
得られる酸化多糖の膨潤の度合いや、カルボキシ基量及びアルデヒド基量は、酸化工程で使用する酸化剤の量によって変動する。得られる酸化多糖のカルボキシ基量及びアルデヒド基量が多いほど、酸化多糖の分散体を調製する際(分散工程時)に投入するエネルギーを減ずることができる。また、本実施形態の酸化多糖の製造方法は、さらに、アルデヒド基を実質的に有しない酸化多糖を得るための酸化工程や、生成したアルデヒド基を酸化する酸化剤を用いて再酸化する工程を有してもよい。アルデヒド基を実質的に有しない酸化多糖を得るための酸化工程の条件は、例えば、X.Sang, C.Qin, Z.Tong, S.Kong, Z.Jia, G.Wan, X.Liu, 「Mechanism and kinetics studies of carboxyl group formation on the surface of cellulose fiber in a TEMPO-mediated system」, Cellulose, Vol.24, P2415-2425, 2017年等の文献に記載されている。
【0034】
酸化多糖のカルボキシ基量は、例えば、S.Ifuku, T.Hori, H.Izawa, M.Morimoto, H.Saimoto, 「Preparation of zwitterionically charged nanocrystals by surfaceTEMPO-mediated oxidation and partial deacetylation of α-chitin」, Carbohydrate Polymers, Vol.122, P1-4, 2015年に記載されている方法にしたがって定量することができる。また、酸化多糖のアルデヒド基量は以下のようにして測定及び算出することができる。まず、亜塩素酸ナトリウムによって測定対象である酸化多糖を追酸化処理して得た追酸化物のカルボキシ基量を定量する。そして、追酸化前の酸化多糖のカルボキシ基量と、追酸化物のカルボキシ基量との差分を、酸化多糖のアルデヒド基量とすることができる。
【0035】
(精製工程)
本実施形態の酸化多糖の製造方法は、上述の酸化工程で形成した酸化多糖を反応液から回収して精製する工程(精製工程)をさらに有してもよい。精製工程では、塩類、副生成物、及び未反応の再酸化剤等を反応液から除去して、目的とする酸化多糖を回収して精製する。具体的には、遠心分離を利用した連続デカント等の通常の方法によって実施することができる。また、フィルターろ過等によっても酸化多糖を回収及び精製することができる。本実施形態の酸化多糖の製造方法では、精製工程で塩類を除去しても酸化多糖が実質的に膨潤することがなく、回収時のハンドリング性が損なわれる恐れがほとんどない。
【0036】
<酸化多糖の分散体>
本実施形態の酸化多糖の製造方法によって製造された酸化多糖を水等の分散媒体中に分散させることで、分散性の良好な分散体を得ることができる。出発原料として用いる多糖の種類によって、分散体中の酸化多糖の繊維形状が異なる。例えば、カニ殻由来のαキチン、マーセル化セルロース、及び再生セルロースを酸化して得た酸化多糖の場合、得られる分散体中の酸化多糖の繊維形状はウィスカー状になりやすい。また、天然セルロースを酸化して得た酸化多糖の場合、得られる分散体中の酸化多糖の繊維形状はウィスカー状になりやすい。
【0037】
水等の分散媒体中に酸化多糖を分散させるための手段(分散手段)は特に限定されず、目的に応じて適宜選択することができる。例えば、ディスパー型ミキサー、タービン型ミキサー、高速回転式ホモミキサー、高圧ホモジナイザー、二重円筒型ホモジナイザー、超音波ホモジナイザー、水流対向衝突型分散機、コニカル型リファイナー、グラインダー、二軸混錬機、ボールミル、サンドミル等を使用することができる。なかでも、微細化効率の面で、高速回転下でのホモミキサー、高圧ホモジナイザー、超音波ホモジナイザーを使用することが好ましい。
【実施例0038】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0039】
<酸化多糖の製造>
(実施例1)
カニ殻由来のαキチン1.25g(乾燥質量)(6.2mmol)、TEMPO0.016g(0.016mmol)、臭化ナトリウム0.1g(1mmol)、及び塩化ナトリウム2.93g(50mmol)を密閉可能な三角フラスコに入れ、20℃に調整した精製水89.47gを加えて撹拌した。12%次亜塩素酸ナトリウム水溶液6.25g(NaOCl 10mmol)を加えて反応を開始した。反応中はカルボキシ基の生成に伴ってpHが低下するため、0.5mol/L水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHを10.0に保った。また、反応中の反応液の液温を20℃に保った。pHが低下しなくなった時点で反応終了とした。遠心分離機を使用した沈殿、デカント、及び水分散を5回繰り返して精製した。上澄み液のpHが7~8であり、上澄み液に硝酸銀水溶液を数滴滴下しても白濁しなくなった時点を精製終了と判断し、酸化多糖を得た。得られた酸化多糖は遠心分離後の湿潤状態で保管し、官能基量及びWRV比を測定する際、及び分散性を評価する際にその都度サンプリングした。
【0040】
(実施例2~16)
表1に示す配合としたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、酸化多糖を得た。
【0041】
(比較例1)
カニ殻由来のαキチン1.25g(乾燥質量)(6.2mmol)、TEMPO0.016g(0.016mmol)、及び臭化ナトリウム0.1g(1mmol)を密閉可能な三角フラスコに入れ、20℃に調整した精製水92.4gを加えて撹拌した。12%次亜塩素酸ナトリウム水溶液6.25g(NaOCl 10mmol)を加えて反応を開始した。反応中はカルボキシ基の生成に伴ってpHが低下するため、0.5mol/L水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHを10.0に保った。また、反応中の反応液の液温を20℃に保った。pHが低下しなくなった時点で反応終了とした。遠心分離機を使用した沈殿、デカント、及び水分散を5回繰り返して精製した。上澄み液のpHが7~8であり、上澄み液に硝酸銀水溶液を数滴滴下しても白濁しなくなった時点を精製終了と判断し、酸化多糖を得た。得られた酸化多糖は遠心分離後の湿潤状態で保管し、官能基量及びWRV比を測定する際、及び分散性を評価する際にその都度サンプリングした。
【0042】
(比較例2~8)
表2に示す配合としたこと以外は、前述の比較例1と同様にして、酸化多糖を得た。
【0043】
表1及び2中、「天然セルロース」、「マーセル化セルロース」、及び「再生セルロース」の詳細を以下に示す。
・天然セルロース:針葉樹晒クラフトパルプ(NBKP、大王製紙社製)
・マーセル化セルロース:カットメンを5mol/L水酸化ナトリウム水溶液で1日間膨潤させた後、徹底的に水洗してマーセル化したもの
・再生セルロース:商品名「ベンコットM-3II」(旭化成社製)
【0044】
<評価>
(官能基量の測定)
酸化多糖を用いて調製した1%スラリー50mLに0.1mol/L 塩酸を添加して、pH2.5の測定用試料を調製した。調製した測定用試料に0.05mol/L水酸化ナトリウム水溶液を滴下して電気伝導度を測定した。電気伝導度の測定は、測定用試料のpHが約11になるまで続けた。電気伝導度の変化が緩やかな弱酸のpH域で消費された水酸化ナトリウム水溶液の体積(V)を測定し、下記式(3)よりカルボキシ基の量を算出した。
カルボキシ基の量(mmol/g)
={V(mL)×0.05}/酸化多糖の質量(g) ・・・(3)
【0045】
また、酢酸を添加してpHを4に調整した2%亜塩素酸ナトリウム水溶液に酸化多糖を入れ、常温(20℃)で48時間酸化して追酸化物を得た。上記と同様の方法で追酸化物のカルボキシ基の量を測定及び算出し、酸化多糖(追酸化前)のカルボキシ基の量と、追酸化物(追酸化後)のカルボキシ基の量との差分を、酸化多糖のアルデヒド基の量として算出した。
【0046】
(WRV比の測定)
凍結乾燥した酸化多糖0.1g及び含水溶媒(リン酸系バッファー(pH6.86))2mLを、PTFE膜(ポアサイズ0.45μm)を備えたフィルターユニット(商品名「ウルトラフリー-CL遠心式フィルターユニット」、merc社製)に入れ、30分間静置した。その後、高速冷却遠心機(商品名「コンパクトタイプ6000」、KUBOTA社製)を使用し、相対遠心力(RCF)3,000×gで30分間遠心分離処理して、フィルターを通過しなかった膨潤物(膨潤した酸化多糖)の質量を測定した。そして、測定した膨潤物の質量と、凍結乾燥した酸化多糖の質量とから、下記式(1)よりWRV1(%)を算出した。
WRV1=100×(Ww1-Wd1)/Wd1 ・・・(1)
Ww1:含水溶媒で膨潤後に遠心分離及びろ過して得た、膨潤した酸化多糖の質量(g)
Wd1:凍結乾燥した酸化多糖の質量(g)
【0047】
また、塩類を含有しない反応液中で酸化したこと以外は同一の条件で得た対照酸化多糖を用意した。そして、用意した対照酸化多糖を用い、上記のWRV1(%)と同様にして、下記式(2)よりWRV2(%)を算出した。
WRV2=100×(Ww2-Wd2)/Wd2 ・・・(2)
Ww2:含水溶媒で膨潤後に遠心分離及びろ過して得た、膨潤した対照酸化多糖の質量(g)
Wd2:凍結乾燥した対照酸化多糖の質量(g)
【0048】
得られたWRV1及びWRV2から、下記式(A)より酸化多糖のWRV比を算出した。そして、WRV比が0.50以下であった場合を「〇」評価、0.25以下であった場合を「◎」評価、0.50を超えた場合を「×」評価とし、ハンドリング性の指標とした。
WRV比=WRV1/WRV2 ・・・(A)
WRV1:下記式(1)より算出される酸化多糖の保水値(%)
WRV2:下記式(2)より算出される、塩類を含有しない反応液中で酸化したこと以外は同一の条件で得た対照酸化多糖の保水値(%)
【0049】
(分散性の評価)
湿潤状態で保管していた酸化多糖に水を加えて0.5%濃度に調整し、0.05mol/L水酸化ナトリウム水溶液を添加してpHを8に調整した。超音波ホモジナイザー(商品名「UP100H」、ヒールッシャー社製、プローブチップ:10mm)を使用し、amplitude50で1分間超音波処理して分散液を得た。得られた分散液を目視にて観察したところ、実施例1~16及び比較例1~8のいずれも沈殿がなく、少し青みを有する分散液であった。実施例で得られた酸化多糖は、カルボキシ基の十分な導入を達成することで比較例1~8で得られた酸化多糖と同等程度の良好な分散性が得られるにもかかわらず、膨潤物の生成を抑制する効果をも得られるものである。
【0050】
【0051】
【0052】
なお、比較例1~7ではWRV1を算出することができず、WRV2しか算出できないため、表2中の「WRV比」の欄には「-」と表示している。比較例1~7では生成物が膨潤しており(一部ブヨブヨに膨らんだ状態のものもあり)、回収しにくい(ハンドリング性に劣る)状態であった。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明の酸化多糖の製造方法は、酸化多糖を工業的に製造するための方法として有用である。