(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022184648
(43)【公開日】2022-12-13
(54)【発明の名称】電動車両の制御方法及び電動車両の制御装置
(51)【国際特許分類】
B60W 40/11 20120101AFI20221206BHJP
B60L 15/20 20060101ALI20221206BHJP
B60L 9/18 20060101ALN20221206BHJP
【FI】
B60W40/11
B60L15/20 S
B60L9/18 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021092619
(22)【出願日】2021-06-01
(71)【出願人】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】特許業務法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 唯
(72)【発明者】
【氏名】澤田 彰
【テーマコード(参考)】
3D241
5H125
【Fターム(参考)】
3D241BA24
3D241BA54
3D241BB06
3D241CA08
3D241CC03
3D241CC18
3D241DA61Z
3D241DB16Z
5H125AA01
5H125AC12
5H125BA05
5H125CA02
5H125EE42
5H125EE51
5H125EE53
(57)【要約】
【課題】ピッチング振動を抑制しつつ所望の加速度が得られる電動車両の制御方法及び制御装置を提供する。
【解決手段】電動車両1に対する目標駆動力に基づいて、前輪14の駆動力を定める第1前輪駆動力指令値F
f1
*と、後輪16の駆動力を定める第1後輪駆動力指令値F
r1
*と、を演算し、第1前輪駆動力指令値F
f1
*及び第1後輪駆動力指令値F
r1
*に基づいて、ピッチ角速度λ′またはピッチ角λの規範値を演算する。一方、ピッチ角速度λ′またはピッチ角λの検出値が取得される。そして、ピッチ角速度λ′またはピッチ角λの規範値と検出値の差分に基づいて、ピッチング振動を抑制するために前輪14と後輪16の間で移動させるべき駆動力の大きさを表す駆動力移動量T
dが演算され、この駆動力移動量T
dに基づいて第1前輪駆動力指令値F
f1
*及び第1後輪駆動力指令値F
r1
*が補正される。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
前輪を駆動する第1モータと、後輪を駆動する第2モータと、を有する電動車両の制御方法であって、
前記電動車両に対する目標駆動力を定める目標駆動力指令値に基づいて、前記前輪の駆動力を定める前輪駆動力指令値と、前記後輪の駆動力を定める後輪駆動力指令値と、を演算し、
前記前輪駆動力指令値及び前記後輪駆動力指令値に基づいて、前記電動車両に生じるピッチング振動の角速度または角度の規範値を演算し、
前記ピッチング振動を検出するセンサを用いて前記角速度または前記角度の検出値を取得し、
前記角速度または前記角度の前記規範値と前記検出値の差分に基づいて、前記ピッチング振動を抑制するために前記前輪と前記後輪の間で移動させるべき駆動力の大きさを表す駆動力移動量を演算し、
前記駆動力移動量に基づいて前記前輪駆動力指令値及び前記後輪駆動力指令値を補正する、
電動車両の制御方法。
【請求項2】
請求項1に記載の電動車両の制御方法であって、
前記角速度または前記角度の前記規範値は、前記前輪及び前記後輪で生じる駆動力と、慣性力と、サスペンションの作動状態と、によって予め決定される前記前輪及び前記後輪の瞬間回転角によって表される上下力に基づいて算出される、
電動車両の制御方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の電動車両の制御方法であって、
前記角速度または前記角度の前記規範値は、前記前輪駆動力指令値及び前記後輪駆動力指令値から前記前輪及び前記後輪で生じる駆動力までの無駄時間と、前記第1モータ及び前記第2モータの応答遅れと、に基づいて演算される、
電動車両の制御方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の電動車両の制御方法であって、
前記駆動力移動量は、定常特性がゼロであるフィルタを用いて演算される、
電動車両の制御方法。
【請求項5】
請求項4に記載の電動車両の制御方法であって、
前記フィルタが、前記角速度または前記角度の共振周波数を通過させるバンドパスフィルタである、
電動車両の制御方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の電動車両の制御方法であって、
前記駆動力移動量は、前記前輪駆動力指令値及び前記後輪駆動力指令値の符号が互いに同一となる範囲でとり得る値に制限される、
電動車両の制御方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の電動車両の制御方法であって、
前記駆動力移動量に基づいて補正された前記前輪駆動力指令値及び/または前記後輪駆動力指令値の動特性及び位相を調整する、
電動車両の制御方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の電動車両の制御方法であって、
前記前輪駆動力指令値及び前記後輪駆動力指令値を算出し、
前記前輪駆動力指令値及び前記後輪駆動力指令値に基づいて、前記角速度または前記角度の前記規範値を演算し、
前記前輪駆動力指令値及び前記後輪駆動力指令値に基づいて、前記角速度または前記角度の推定値を演算し、
前記規範値と前記推定値の差分に基づいて、前記駆動力移動量である第1駆動力移動量を演算し、
前記第1駆動力移動量に基づいて、前記前輪駆動力指令値及び前記後輪駆動力指令値を補正する第1補正を実行することにより、前記第1補正後の前記前輪駆動力指令値、及び、前記第1補正後の前記後輪駆動力指令値を演算し、
前記規範値と前記検出値の差分に基づいて、前記駆動力移動量である第2駆動力移動量を演算し、
前記第2駆動力移動量に基づいて、前記第1補正後の前記前輪駆動力指令値、及び、前記第1補正後の前記後輪駆動力指令値を補正する第2補正を実行することにより、最終的な前記前輪駆動力指令値及び最終的な前記後輪駆動力指令値を演算する、
電動車両の制御方法。
【請求項9】
前輪を駆動する第1モータと、後輪を駆動する第2モータと、を有する電動車両の制御装置であって、
前記制御装置は、
前記電動車両に対する目標駆動力に基づいて、前記前輪の駆動力を定める前輪駆動力指令値と、前記後輪の駆動力を定める後輪駆動力指令値と、を演算し、
前記前輪駆動力指令値及び前記後輪駆動力指令値に基づいて、前記電動車両に生じるピッチング振動の角速度または角度の規範値を演算し、
前記ピッチング振動を検出するセンサを用いて前記角速度または前記角度の検出値を取得し、
前記角速度または前記角度の前記規範値と前記検出値の差分に基づいて、前記ピッチング振動を抑制するために前記前輪と前記後輪の間で移動させるべき駆動力の大きさを表す駆動力移動量を演算し、
前記駆動力移動量に基づいて前記前輪駆動力指令値及び前記後輪駆動力指令値を補正する、
電動車両の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動車両の制御方法及び制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、電動車両におけるピッチング運動に起因した車体振動を抑制する車両の制御装置を開示している。この制御装置では、ピッチング運動の中心から所定の距離離れた位置における力学的な変動を推定する。そして、推定された変動に応じて、モータの出力トルクに対してフィルタリング処理を実行することによって、車体振動が抑制されるようにトルク指令値が補正される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記の制御装置では、モータの出力トルクに対して、所定の周波数領域のゲインを小さくするフィルタリング処理が行われる。このため、実際のトルク応答は、本来の駆動力指令値に基づくトルク応答とは異なるトルク応答となる。その結果、モータの出力トルクに対してフィルタリング処理を実行する方法では、ピッチング運動に起因した車体振動(以下、ピッチング振動という)を抑制することができるものの、所望の加速度が得られないという問題がある。
【0005】
本発明は、ピッチング振動を抑制しつつ所望の加速度が得られる電動車両の制御方法及び制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のある態様は、前輪を駆動する第1モータと、後輪を駆動する第2モータと、を有する電動車両の制御方法である。この制御方法においては、電動車両に対する目標駆動力に基づいて、前輪の駆動力を定める前輪駆動力指令値と、後輪の駆動力を定める後輪駆動力指令値と、を演算し、前輪駆動力指令値及び後輪駆動力指令値に基づいて、電動車両に生じるピッチング振動の角速度または角度の規範値を演算する。一方、ピッチング振動を検出するセンサを用いて、ピッチング振動の角速度または角度の検出値が取得される。そして、ピッチング振動の角速度または角度の規範値と検出値の差分に基づいて、ピッチング振動を抑制するために前輪と後輪の間で移動させるべき駆動力の大きさを表す駆動力移動量が演算され、この駆動力移動量に基づいて前輪駆動力指令値及び後輪駆動力指令値が補正される。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、ピッチング振動を抑制しつつ所望の加速度が得られる電動車両の制御方法及び制御装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、電動車両の構成を示すブロック図である。
【
図2】
図2は、電動車両の制御態様を示すフローチャートである。
【
図3】
図3は、アクセル開度と駆動力の関係を示すグラフである。
【
図4】
図4は、駆動力配分処理のブロック線図である。
【
図5】
図5は、加速時に電動車両に生じる力を示す説明図である。
【
図6】
図6は、ピッチ角制御演算のブロック線図である。
【
図7】
図7は、規範ピッチ角速度モデルのブロック線図である。
【
図8】
図8は、駆動力移動量からピッチ角速度までの逆モデルを示すブロック線図である。
【
図9】
図9は、駆動力移動量制限処理のブロック線図である。
【
図10】
図10は、フロントモータトルク、リアモータトルク、ピッチ角、ピッチ角速度、及び、前後加速度の推移を示すグラフである。
【
図11】
図11は、第2実施形態に係るピッチ制御演算処理のブロック線図である。
【
図13】
図13は、規範ピッチ角モデルのブロック線図である。
【
図15】
図15は、駆動力移動量からピッチ角までの逆モデルを示すブロック線図である。
【
図16】
図16は、第2実施形態における規範ピッチ角速度モデルを示すブロック線図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0010】
[第1実施形態]
図1は、電動車両1の構成を示すブロック図である。電動車両1は、電気自動車、ハイブリッド自動車、または、燃料電池自動車等、駆動力の一部または全部に電動モータの動力を利用する車両である。また、本実施形態の電動車両1は、いわゆる四輪駆動車両である。
【0011】
図1に示すように、電動車両1は、フロント駆動システム2、リア駆動システム3、バッテリ4、及び、モータコントローラ5等を備える。
【0012】
フロント駆動システム2は、電動車両1の前輪14を駆動するための電気的及び機械的機構であり、モータコントローラ5によって制御される。具体的には、フロント駆動システム2は、前輪14の他に、第1モータであるフロントモータ10、フロントインバータ20、及び、フロント減速機30を備える。フロントモータ10は、フロントインバータ20のスイッチング動作に応じて、フロント減速機30に駆動トルクを生じさせる。これにより、前輪14は、フロント減速機30から伝達される駆動トルクに応じて回転し、電動車両1に駆動力を生じさせる。なお、ここでいう駆動トルクには、いわゆる回生トルクが含まれる。
【0013】
リア駆動システム3は、電動車両1の後輪16を駆動するための電気的及び機械的機構であり、モータコントローラ5によって制御される。また、リア駆動システム3は、フロント駆動システム2と電気的及び機械的に対称に構成される。したがって、具体的には、リア駆動システム3は、後輪16の他に、第2モータであるリアモータ12、リアインバータ22、及び、リア減速機32を備える。そして、リアモータ12は、リアインバータ22のスイッチング動作に応じて、リア減速機32に駆動トルクを生じさせる。これにより、後輪16は、リア減速機32から伝達される駆動トルクに応じて回転し、電動車両1に駆動力を生じさせる。
【0014】
バッテリ4は、フロントインバータ20とリアインバータ22に電力を供給する。直流電源ラインに設けられた電圧センサ(図示しない)、またはバッテリコントローラ(図示しない)から送信される電源電圧値によって、モータコントローラ5は、バッテリ4の直流電圧Vdcを、車両情報の1つとして任意に取得可能である。
【0015】
モータコントローラ5は、フロントモータ10及びリアモータ12を制御するように構成された1または複数のコンピュータであり、後述の各種演算を実行する演算器等として機能するようにプログラムされている。すなわち、モータコントローラ5は、電動車両1の制御装置である。これにより、モータコントローラ5は、フロントモータ10もしくはリアモータ12を動作させ、または、フロントモータ10及びリアモータ12を協働させることで、電動車両1の動作を制御する。
【0016】
モータコントローラ5には、電動車両1の状態(車両状態)を示す各種の車両情報を、図示しないセンサ等を用いて任意に取得可能である。例えば、モータコントローラ5は、車速Vやアクセルの操作量を表すアクセル開度θを適宜取得し得る。また、モータコントローラ5は、フロント駆動システム2あるいはフロントモータ10の動作状態を示す車両情報として、例えば、フロントモータ10の回転子の電気角(以下、フロント回転子位相という)αf、及び、フロントモータ10に流れる電流Ifを取得する。同様に、モータコントローラ5は、リア駆動システム3あるいはリアモータ12の動作状態を示す車両情報として、リアモータ12の回転子の電気角(以下、リア回転子位相という)αr、及び、リアモータ12に流れる電流Irを取得する。この他、モータコントローラ5は、電動車両1に生じるピッチング振動の角速度(以下、ピッチ角速度λ′という)または、ピッチング振動の角度(以下、ピッチ角λという)を取得し得る。本実施形態においては、モータコントローラ5は、ピッチ角速度λ′を取得する。なお、モータコントローラ5は、必要に応じて、直接的に取得する車両情報から他の車両情報を演算により求めることができる。
【0017】
車速Vは、例えば、メータやブレーキコントローラ等の図示しないコントローラ等から取得される。また、車速Vは、フロントモータ10(またはリアモータ12)の回転数ωm、前輪14(または後輪16)の動半径R、及び、ファイナルギアのギア比を用いて、演算により求めてもよい。アクセル開度θ[%]は、図示しないアクセル開度センサを用いて検出される。
【0018】
フロント回転子位相αfは、フロントモータ10に取り付けられた回転センサ11によって検出される。同様に、リア回転子位相αrは、リアモータ12に取り付けられた回転センサ13によって検出される。また、本実施形態においては、ピッチ角速度λ′は、ピッチレートセンサ17によって検出される。但し、ピッチ角λ及びピッチ角速度λ′は、一方を微分または積分することにより他方を演算により求めることできるので、ピッチ角速度λ′を検出する代わりにピッチ角λを検出してもよい。この他、ピッチレートセンサ17の代わりに、電動車両1の前後方向の加速度を検出する加速度センサを設ける場合、モータコントローラ5等のコントローラは、その出力値に基づいて、ピッチ角λ及び/またはピッチ角速度λ′を演算により求めることができる。
【0019】
モータコントローラ5は、上記各種車両情報を表す入力信号に基づいて、フロントモータ10及びリアモータ12を制御するためのPWM(Pulse Width Modulation)信号を生成する。そして、モータコントローラ5は、生成したPWM信号に基づいて、フロントインバータ20及びリアインバータ22の駆動信号を生成する。
【0020】
フロントインバータ20及びリアインバータ22は、モータコントローラ5から入力される駆動信号にしたがって動作し、バッテリ4から供給される直流電流を交流電流に変換して、フロントモータ10及びリアモータ12に出力する。フロントインバータ20がフロントモータ10に出力する電流Ifは電流センサ26によって検出される。また、リアインバータ22がリアモータ12に出力する電流Irは、電流センサ28によって検出される。なお、フロントモータ10及びリアモータ12は、例えば三相交流モータであり、二相分の電流値から残りの一相の電流は演算によって求めることができる。このため、電流センサ26,28は、フロントモータ10及びリアモータ12に流れる電流If,Irのうち任意の二相の電流を検出し、残り一相の電流はモータコントローラ5等のコントローラが演算により求めてもよい。
【0021】
<電動車両の全体制御>
図2は、電動車両1の制御態様を示すフローチャートである。
図2に示すように、ステップS201においては、モータコントローラ5は、入力処理を実行する。入力処理は、以下で説明する各種処理の演算等において必要な車両情報等を取得する処理である。
【0022】
ステップS202においては、モータコントローラ5は、基本目標駆動力演算処理を実行する。基本目標駆動力演算処理は、目標駆動力指令値F
*(
図4参照)を演算し、かつ、この目標駆動力指令値F
*を第1前輪駆動力指令値F
f1
*(
図4参照)と第1後輪駆動力指令値F
r1
*(
図4参照)に分配する処理である。すなわち、モータコントローラ5は、目標駆動力演算器及び駆動力分配器として機能する。
【0023】
目標駆動力指令値F
*は、電動車両1に要求される駆動力、すなわち電動車両1に全体として生じさせるべき駆動力(以下、目標駆動力という)を定める指令値であり、アクセル開度θ及び車速Vに基づいて演算される。
図3は、アクセル開度θと駆動力(目標駆動力)との関係を示すグラフである。
図3に示すように、モータコントローラ5は、アクセル開度θに応じて目標駆動力を定めたテーブル(アクセル開度-駆動力テーブル)を予め保有しており、これを参照することにより、アクセル開度θ及び車速Vに応じた目標駆動力指令値F
*を演算する。なお、
図3のグラフにおける横軸の回転数は、車速Vに基づいて演算により求められる。
【0024】
第1前輪駆動力指令値Ff1
*は、目標駆動力のうち、前輪14で生じさせるべき駆動力(以下、前輪14の駆動力という)を定める指令値である。同様に、第1後輪駆動力指令値Fr1
*は、目標駆動力のうち、後輪16で生じさせるべき駆動力(以下、後輪16の駆動力という)を定める指令値である。モータコントローラ5は、目標駆動力指令値F*を駆動力分配処理によって第1前輪駆動力指令値Ff1
*と第1後輪駆動力指令値Fr1
*に分配する。
【0025】
図4は、駆動力配分処理S401のブロック線図である。
図4に示すように、駆動力配分処理S401は、前輪駆動力演算処理S402と後輪駆動力演算処理S403とを含む。前輪駆動力演算処理S402は、目標駆動力指令値F
*に前輪14用の分配比K
fを乗算することにより、目標駆動力指令値F
*から第1前輪駆動力指令値F
f1
*を演算する処理である。後輪駆動力演算処理S403は、目標駆動力指令値F
*に後輪16用の分配比「1-K
f」を乗算することにより、第1後輪駆動力指令値F
r1
*を演算する処理である。前輪14用の分配比K
fは例えば電動車両1の動作状態等に応じて、ゼロから1の間の値に予め設定される。また、後輪16用の分配比「1-K
f」は前輪14用の分配比K
fによって自動的に決定される。
【0026】
このように基本目標駆動力演算処理が実行されると、ステップS203(
図2参照)では、モータコントローラ5は、ピッチ角制御演算処理を実行する。すなわち、モータコントローラ5は、ピッチ角制御演算部として機能する。ピッチ角制御演算処理は、電動車両1に生じる(または電動車両1に生じた)ピッチング振動を抑制するための演算を行う処理である。具体的には、ピッチ角制御演算処理では、第1前輪駆動力指令値F
f1
*及び第1後輪駆動力指令値F
r1
*をピッチング振動の程度に応じて補正することにより、第2前輪駆動力指令値F
f2
*及び第2後輪駆動力指令値F
r2
*が演算される。ピッチ角制御演算処理については、詳細を後述する。
【0027】
ステップS204では、モータコントローラ5は、制振制御演算処理を実行する。制振制御演算処理は、いわゆるねじり振動等の駆動力伝達系で生じる振動を抑制するための演算を行う処理である。制振制御演算処理においては、モータコントローラ5は、第2前輪駆動力指令値Ff2
*及び第2後輪駆動力指令値Fr2
*を、前輪14及び後輪16の各ギア比及びタイヤ径に基づいて、モータトルク相当の値に変換することにより、前輪14に対するモータトルク指令値Tf
*及び後輪16に対するモータトルク指令値Tr
*を演算する。また、モータコントローラ5は、フロント回転子位相αf等に基づいてフロントモータ10の回転角速度ωf(図示しない)を演算する。同様に、モータコントローラ5は、リア回転子位相αr等に基づいてリアモータ12の回転角速度ωr(図示しない)を演算する。そして、モータコントローラ5は、前輪14及び後輪16の各モータトルク指令値Tf
*,Tr
*と、フロントモータ10及びリアモータ12の各回転角速度ωf,ωrと、に基づいて、最終的なモータトルク指令値(以下、制振制御後モータトルク指令値という)を、フロントモータ10及びリアモータ12についてそれぞれ演算する。この制振制御後モータトルク指令値に基づいて、フロントモータ10及びリアモータ12が駆動されることにより、駆動軸トルクの応答を犠牲にすることなく、ドライブシャフトのねじり振動等の駆動力伝達系で生じる振動が抑制される。なお、電動車両1がドライブシャフトを有しない場合や、機械的機構によりねじり振動等を抑制している場合には、ステップS204の制振制御演算処理は省略され得る。
【0028】
ステップS205では、モータコントローラ5は、電流指令値演算処理を実行する。電流指令値演算処理は、フロントモータ10及びリアモータ12についてそれぞれd軸電流の目標値id
*とq軸電流の目標値iq
*(以下、dq軸電流目標値id
*,iq
*という)を演算する処理である。具体的には、モータコントローラ5は、制振制御後モータトルク指令値と、回転角速度ωf,ωrと、バッテリ4の直流電圧Vdcと、に基づいて、フロントモータ10及びリアモータ12についてそれぞれdq軸電流目標値id
*,iq
*を演算する。なお、モータコントローラ5は、制振制御後モータトルク指令値、回転角速度ωf,ωr、及び、バッテリ4の直流電圧Vdcと、dq軸電流目標値id
*,iq
*と、を対応付けるテーブルを予め保有している。このため、モータコントローラ5は、このテーブルを参照することにより、フロントモータ10及びリアモータ12のdq軸電流目標値id
*,iq
*を演算する。
【0029】
ステップS206では、モータコントローラ5は電流制御演算処理を実行する。電流制御演算処理は、dq軸電流目標値id
*,iq
*に基づいて、フロントインバータ20及びリアインバータ22のスイッチング素子をそれぞれ開閉制御させるためのPWM信号を演算する処理である。
【0030】
具体的には、モータコントローラ5は、電流If,Irと、フロント回転子位相αf及びリア回転子位相αrと、を用いて、フロントモータ10及びリアモータ12のd軸電流id及びq軸電流iq(以下、dq軸電流id,iqという)をそれぞれ算出する。次いで、モータコントローラ5は、dq軸電流id,iqとdq軸電流目標値id
*,iq
*の偏差に基づいて、フロントモータ10及びリアモータ12についてそれぞれd軸電圧指令値vd及びq軸電圧指令値vq(以下、dq軸電圧指令値vd,vqという)を演算する。その後、モータコントローラ5は、dq軸電圧指令値vd,vqと、フロント回転子位相αf及びリア回転子位相αrと、に基づいて、フロントモータ10及びリアモータ12についてそれぞれ三相電圧指令値を演算する。そして、モータコントローラ5は、この三相電圧指令値とバッテリ4の直流電圧Vdcに基づいて、フロントインバータ20及びリアインバータ22に入力するPWM信号をそれぞれ演算する。フロントインバータ20及びリアインバータ22は、このように算出されたPWM信号にしたがって内蔵するスイッチング素子を開閉する。その結果、フロントモータ10及びリアモータ12は、制振制御後モータトルク指令値で定められた所望のトルクでそれぞれに駆動される。
【0031】
以下、ピッチ角制御演算処理について詳細を説明する。
【0032】
<ピッチ角制御演算処理で使用する伝達特性>
図5は、加速時に電動車両1に生じる力を示す説明図である。ここでは、電動車両1の車体(以下、単に車体という)のばね上(サスペンションよりも上の部分)を剛体と仮定する。この場合、電動車両1には、電動車両1の駆動力の反力(以下、駆動力反力という)、慣性力、及び、サスペンションの作動状態によって定まる瞬間回転角θ
f,θ
rに応じた上下力が、車体のばね上に作用する。瞬間回転角θ
f,θ
rに応じた上下力とは、いわゆるアンチダイブ力及びアンチスカット力、または、これらによって生じるピッチングモーメントM
yである。
【0033】
なお、以下で説明する運動方程式等で用いるパラメータは以下のとおりである。
重心高[m] Hg
前輪及び後輪の動半径[m] Ra
前輪の中心から重心までの距離[m] Lf
後輪の中心から重心までの距離[m] Lr
前輪サスペンションのばね係数[N/m] Kf
後輪サスペンションのばね係数[N/m] Kr
前輪のダンパ係数[N/(m/s)] Cf
後輪のダンパ係数[N/(m/s)] Cr
重心回りのピッチング慣性モーメント[kg/m2] Iy
ピッチ角[rad] λ
ピッチ角速度[rad/s] λ′
前輪の瞬間回転角[rad] θf
後輪の瞬間回転角[rad] θr
前輪の駆動力[N] Ff
後輪の駆動力[N] Fr
【0034】
ピッチングモーメントMyは、上記各パラメータを用いて、下記の式(1)で表される。なお、瞬間回転角θf,θrは、ストローク時の変化が微小であるから、ここでは既知の固定値として扱う。すなわち、瞬間回転角θf,θrは、電動車両1の具板的構成に基づくシミュレーションまたは実験等によって予め定められる。
【0035】
【0036】
したがって、ピッチングの回転中心回りの運動方程式は、下記の式(2)で表される。また、式(2)における係数Cλ及び係数Kλは、下記の式(3)で表される。
【0037】
【0038】
【0039】
そして、上記の式(2)をラプラス変換し、かつ、前輪14の駆動力Ffが第1前輪駆動力指令値Ff1
*に等しく、後輪16の駆動力Frが第1後輪駆動力指令値Fr1
*に等しいとする。これにより、下記の式(4)に示すように、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*の入力から、ピッチ角λの出力までの伝達特性Gpλ(s)が得られる。式(4)に示すとおり、伝達特性Gpλ(s)は2次系の応答である。
【0040】
【0041】
同様に、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*からピッチ角速度λ′までの伝達特性Gpλ′(s)は、下記の式(5)で表される。
【0042】
【0043】
第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*からピッチ角速度λ′までの規範応答に係る伝達特性Grλ′(s)は、ピッチング振動が最も低減された理想状態における伝達特性である。したがって、規範応答の伝達特性Grλ′(s)は、上記の伝達特性Gpλ′(s)において減衰係数ζλを1とすることにより求められ、下記の式(6)で表される。
【0044】
【0045】
ピッチ角速度λ′の規範値(以下、規範ピッチ角速度という)λr′は、式(5)の第1式において、伝達特性Gpλ′(s)の代わりに上記の式(6)を用いることによって求められる。すなわち、規範ピッチ角速度λr′は下記の式(7)で表される。ピッチ角速度λ′の規範値(規範ピッチ角速度λr′)とは、ピッチング振動が最も低減された理想状態において、ピッチング外乱d等に起因して生じるピッチ角速度λ′の値をいう。
【0046】
【0047】
本実施形態のピッチ角制御演算処理では、後述するように、目標駆動力指令値F*、すなわち第1前輪駆動力指令値Ff1
*と第1後輪駆動力指令値Fr1
*の和を一定に保つ。したがって、下記の式(8)に示すように、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*に対して駆動力移動量Fdを加算または減算されることにより、第2前輪駆動力指令値Ff2
*及び第2後輪駆動力指令値Fr2
*が演算される。駆動力移動量Fd
*は、ピッチング振動を抑制するために前輪14と後輪16の間で移動させるべき駆動力の大きさを表す。
【0048】
【0049】
なお、駆動力移動量Fdの符号は、後輪16から前輪14に移動させる方向を正とする。すなわち、後輪16から前輪14に駆動力を移動させる場合に駆動力移動量Fdは正であり、逆に前輪14から後輪16に駆動力を移動させる場合には駆動力移動量Fdは負である。
【0050】
以下では、第1前輪駆動力指令値Ff1
*に駆動力移動量Fdを加算し、かつ、第1後輪駆動力指令値Fr1
*から駆動力移動量Fdを減算することを前提として、ピッチ角λの動特性を、任意の規範応答となるように導出する。
【0051】
駆動力移動量Fdを適用した場合のピッチ角速度λ′の応答は、伝達特性Gpλ′(s)を用いて、下記の式(9)で表される。よって、駆動力移動量Fdからピッチ角速度λ′までの伝達特性の逆モデルは、下記の式(10)で表される。
【0052】
【0053】
【0054】
また、規範ピッチ角速度λr′に対するピッチング振動を生じる外乱(以下、ピッチング外乱という)を「d」とする。このとき、ピッチング外乱dから規範ピッチ角速度λr′への規範応答に係る伝達特性(以下、規範外乱応答という)Grd(s)は、下記の式(11)で表される。
【0055】
【0056】
また、式(9)と、ピッチング外乱dに対する応答特性を決定する外乱応答フィルタHd(s)と、を用いて、駆動力移動量Fdの演算式とピッチング外乱dを下記の式(12)のように定義する。この場合、ピッチング外乱dからピッチ角速度λ′までの伝達特性は、下記の式(13)で表される。
【0057】
【0058】
【0059】
これらを用いて、式(10)のとおり、伝達特性Gpλ′(s)とゲインが同様でオーバーシュートがない伝達特性Grd(s)が得られるように、ピッチング外乱dからの応答を解くと、外乱応答フィルタHd(s)は下記の式(14)で表される。式(14)に示すとおり、外乱応答フィルタHd(s)は、伝達特性Gpλ′(s)の固有振動数におけるバンドパスフィルタである。したがって、外乱応答フィルタHd(s)の定常特性、すなわち、伝達特性Gpλ′(s)の固有振動数近傍以外の振動数帯における特性はゼロである。
【0060】
【0061】
<ピッチ角制御演算処理>
図6は、ステップS203で実行するピッチ角制御演算処理のブロック線図である。
図6に示すように、ピッチ角制御演算処理は、規範ピッチ角速度演算処理S601、差分演算処理S602、駆動力移動量演算処理S603、駆動力移動量制限処理S604、駆動力指令値補正処理S605、及び、位相調整処理S606を含む。なお、ピッチ角制御演算処理は、ピッチ角速度λ′の検出値をフィードバックすることにより、ピッチ角λの変動を補償するフィードバック補償処理(以下、FB補償処理という)である。
【0062】
規範ピッチ角速度演算処理S601は、規範ピッチ角速度モデルにしたがって、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*に基づき、規範ピッチ角速度λr′を演算する処理である。規範ピッチ角速度モデルの具体的内容については、詳細を後述する。
【0063】
差分演算処理S602(
図6参照)は、ピッチレートセンサ17からピッチ角速度λ′の検出値を得て、規範ピッチ角速度λ
r′との差分(λ
r′-λ′)を演算する処理である。
【0064】
駆動力移動量演算処理S603は、駆動力移動量Fdからピッチ角速度λ′の逆モデルを用いて、規範ピッチ角速度λr′とピッチ角速度λ′の検出値の差分λr′-λ′から、駆動力移動量Fdを演算する処理である。駆動力移動量Fdからピッチ角速度λ′の逆モデルについては、詳細を後述する。
【0065】
駆動力移動量制限処理S604は、駆動力移動量演算処理S603で算出された駆動力移動量Fdに対して、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*に基づく制限を施し、制限後駆動力移動量FdLを算出する処理である。
【0066】
例えば、駆動力移動量Fdが正の値であるとき、すなわち、ピッチング振動を低減するために後輪16から前輪14に駆動力を移動させる場合、駆動力移動量Fdを後輪16の有する駆動力よりも小さくすることが望ましい。これは、駆動力移動量Fdが後輪16の有する駆動力以上の値とすると、前輪14は正の駆動力が生じて力行駆動されるが、後輪16には負の駆動力が生じて回生駆動される状況が生じるからである。このように前輪14と後輪16で互いに逆向きの駆動力を生じさせる場合、揺り返しが発生し、あるいは、車体への負荷が大きくなるので、所望の運転が実現されない場合がある。したがって、駆動力移動量制限処理S604では、後輪16の有する駆動力の範囲内に、後輪16から前輪14への駆動力移動量Fdを制限する。前輪14から後輪16に駆動力を移動させる場合、すなわち駆動力移動量Fdが負の値であるときも、これと同様である。駆動力移動量制限処理S604の具体的な処理内容については、詳細を後述する。
【0067】
駆動力指令値補正処理S605は、制限後駆動力移動量FdLに基づいて、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*を補正することにより、第2前輪駆動力指令値Ff2
*及び第2後輪駆動力指令値Fr2
*を演算する処理である。具体的には、第1前輪駆動力指令値Ff1
*に制限後駆動力移動量FdLを加算することによって第2前輪駆動力指令値Ff2
*が算出される。一方、第1後輪駆動力指令値Fr1
*から制限後駆動力移動量FdLを減算することによって第2後輪駆動力指令値Fr2
*が算出される。
【0068】
位相調整処理S606は、第2前輪駆動力指令値Ff2
*及び/または第2後輪駆動力指令値Fr2
*に対して、伝達特性Gr(s)及び伝達特性Grr(s)で構成されるフィルタ(以下、位相調整フィルタという)によってフィルタリング処理を施す処理である。この位相調整フィルタは、第2前輪駆動力指令値Ff2
*から前輪14までの動特性や位相と、第2後輪駆動力指令値Fr2
*から後輪16までの動特性や位相と、の相違がなくなるように、第2前輪駆動力指令値Ff2
*及び/または第2後輪駆動力指令値Fr2
*を調整する。伝達特性Gr(s)は、フロントモータ10に対するモータトルク指令値(制振制御後モータトルク指令値)からフロントモータ10の回転数への伝達特性であり、フロントモータ10の応答遅れを表す。伝達特性Grr(s)は、リアモータ12に対するモータトルク指令値(制振制御後モータトルク指令値)からリアモータ12の回転数への伝達特性であり、リアモータ12の応答遅れを表す。本実施形態においては、Grr(s)/Gr(s)で表される位相調整フィルタによって、第2前輪駆動力指令値Ff2
*がフィルタリング処理され、第2後輪駆動力指令値Fr2
*はそのまま出力される。
【0069】
<規範ピッチ角速度モデル>
図7は、規範ピッチ角速度モデルのブロック線図である。
図7に示すように、規範ピッチ角速度演算処理S601で用いる規範ピッチ角速度モデルは、式(7)に基づくものである。但し、本実施形態においては、規範ピッチ角速度モデルは、無駄時間フィルタリング処理と、伝達特性G
r(s)及び伝達特性G
rr(s)を用いたフィルタリング処理と、をさらに含む。
【0070】
具体的には、第1前輪駆動力指令値Ff1
*は、第2前輪駆動力指令値Ff2
*から前輪14の駆動力までの無駄時間τを持つオールパスフィルタe-sτによってフィルタリングされる。次いで、伝達特性Gr(s)によってフィルタリングされ、フロントモータ10の応答遅れが考慮される。これらにより、規範ピッチ角速度λr′の位相とピッチ角速度λ′の検出値の位相が特に正確に一致する。なお、第2前輪駆動力指令値Ff2
*から前輪14の駆動力までの無駄時間τは、モータコントローラ5等として機能するECU(Electronic Control Unit)等の演算時間や通信時間等である。
【0071】
同様に、第1後輪駆動力指令値Fr1
*は、第2後輪駆動力指令値Fr2
*から後輪16の駆動力までの無駄時間τを持つオールパスフィルタe-sτによってフィルタリングされる。次いで、伝達特性Grr(s)によってフィルタリングされ、リアモータ12の応答遅れが考慮される。これにより、規範ピッチ角速度λr′の位相とピッチ角速度λ′の検出値の位相が特に正確に一致する。
【0072】
上記フィルタリング処理を施された第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*は、式(7)にしたがって、瞬間回転角θf,θrに基づく係数Mf,Mr(式(4)参照)がそれぞれ乗算された後、加算される。その後、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*からピッチ角速度λ′までの規範応答に係る伝達特性Grλ′(s)によって、これらの和から規範ピッチ角速度λr′が算出される。
【0073】
<駆動力移動量からピッチ角速度の逆モデル>
図8は、駆動力移動量F
dからピッチ角速度λ′までの逆モデルを示すブロック線図である。
図8に示すように、駆動力移動量演算処理S603で用いる「駆動力移動量F
dからピッチ角速度λ′までの逆モデル」は、式(12)に基づくものである。すなわち、駆動力移動量演算処理S603では、ピッチ角速度λ′の規範値(規範ピッチ角速度λ
r′)と検出値の差分λ
r′-λ′に対して、伝達特性G
pλ′(s)の逆モデル1/G
pλ′(s)と外乱応答フィルタH
d(s)によるフィルタリング処理が施される。その後、瞬間回転角θ
f,θ
rに基づく係数M
f,M
rによって定まる所定の係数1/(M
f-M
r)が乗じられることにより、駆動力移動量F
dが算出される。
【0074】
これにより、ピッチ角速度λ′が規範ピッチ角速度λr′に一致または漸近して、ピッチング振動が抑制される駆動力移動量Fdが算出される。
【0075】
<駆動力移動量制限処理>
図9は、駆動力移動量制限処理S604のブロック線図である。
図9に示すように、駆動力移動量制限処理S604では、第1後輪駆動力指令値F
r1
*と駆動力移動量F
dが比較される。そして、これらのうち小さい方の値と、第1前輪駆動力指令値F
f1
*の符号反転値が比較され、これらのうち大きい方の値が制限後駆動力移動量F
dLとして出力される。これにより、駆動力移動量F
dは、前輪14または後輪16のうち、駆動力が減少する車輪が有する駆動力を超えない範囲に制限される。その結果、駆動力移動量制限処理S604では、第1前輪駆動力指令値F
f1
*及び第1後輪駆動力指令値F
r1
*の符号を同一に保持するように制限された制限後駆動力移動量F
dLが出力される。
【0076】
例えば、駆動力移動量Fdが正の値であり、後輪16から前輪14に駆動力を移動させるとする。このとき、駆動力移動量Fdが第1後輪駆動力指令値Fr1
*よりも小さい場合には、駆動力移動量Fdがそのまま制限後駆動力移動量FdLとして出力される。すなわち、駆動力移動量Fdが第1後輪駆動力指令値Fr1
*よりも小さい範囲内であれば、駆動力移動量Fdに実質的な制限は生じない。一方、駆動力移動量Fdが後輪16の第1後輪駆動力指令値Fr1
*よりも大きい場合には、第1後輪駆動力指令値Fr1
*が制限後駆動力移動量FdLとして出力される。すなわち、駆動力移動量Fdは、第1後輪駆動力指令値Fr1
*が上限となるように制限される。
【0077】
これは、駆動力移動量Fdが負の値であり、前輪14から後輪16に駆動力を移動させるときも同様である。すなわち、駆動力移動量Fdが第1前輪駆動力指令値Ff1
*よりも小さいときには駆動力移動量Fdがそのまま制限後駆動力移動量FdLとなる。一方で、駆動力移動量Fdが第1前輪駆動力指令値Ff1
*よりも大きいときには、駆動力移動量Fdは第1前輪駆動力指令値Ff1
*が上限となるように制限される。
【0078】
<作用>
以下、本実施形態に係る電動車両1の制御方法の作用を説明する。
図10は、(A)フロントモータトルク、(B)リアモータトルク、(C)ピッチ角、(D)ピッチ角速度、及び、(E)前後加速度の推移を示すグラフである。なお、
図10において、実線は本実施形態に係る制御方法を実施した場合を表す。一方、破線は、モータの出力トルクに対してフィルタリング処理を施すことにより、ピッチング振動を抑制する比較例の推移を表す。また、
図10においては、電動車両1が停車した状態から時刻t1にアクセルが急峻に踏み込まれ、目標駆動力指令値F
*がステップで増加し、その後、時刻t2においてピッチング外乱dが生じたシーンを表している。
【0079】
図10(C)に示すように、時刻t1において電動車両1が急発進する際にも、ピッチ角λにオーバーシュートは生じない。これは比較例においてもほぼ同様である。すなわち、本実施形態及び比較例の制御はともに急発進時のピッチング振動を抑制し得る。
【0080】
しかし、
図10(E)に示すように、本実施形態の制御では、アクセルの踏み込みに応じた急峻な前後加速度が得られるが、比較例の制御では十分な前後加速度の上昇が得られない。
【0081】
すなわち、比較例の制御では、モータの出力トルクに対してフィルタリング処理を施してピッチング振動を抑制するので、目標駆動力指令値F*の一部が必ず低減される。このため、比較例の制御では、ピッチング振動が抑制される代わりに、アクセル操作に対応する所望の加速が得られない。
【0082】
これに対し、本実施形態の制御では、ピッチ角速度λ′の検出値を用いたフィードバック制御によって第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*の分配を調整することで、目標駆動力指令値F*を変えずにピッチング振動を抑制する。このため、本実施形態の制御によれば、ピッチング振動が抑制され、かつ、アクセル操作に対応する所望の加減速が得られる。
【0083】
また、時刻t2においてピッチング外乱dが生じると、
図10(C)に示すように、比較例の制御ではピッチ角λが大きくオーバーシュートする。これに対し、本実施形態の制御では、比較例よりもピッチング外乱dのオーバーシュートが小さい。すなわち、本実施形態の制御は、比較例の制御よりも、外乱によるピッチング振動(例えば揺り返し)を低減できる。
【0084】
なお、上記第1実施形態においては、ピッチレートセンサ17によってピッチ角速度λ′を検出し、ピッチ角速度λ′の規範値(規範ピッチ角速度λr′)と検出値の差分に基づいて駆動力移動量Fdを算出しているが、これに限らない。例えば、ピッチ角λを直接的に検出し、または、ピッチ角速度λ′を用いてピッチ角λを算出することにより、ピッチ角λを間接的に検出してもよい。この場合も、モータコントローラ5は、ピッチ角λの規範値及び検出値を用いることで、ピッチ角速度λ′を用いる上記第1実施形態と同様にして駆動力移動量Fdを算出できる。具体的には、モータコントローラ5は、ピッチ角λの規範値(規範ピッチ角λr)とその検出値の差分λr-λに基づいて、駆動力移動量Fdを算出できる。
【0085】
以上のように、第1実施形態に係る制御方法は、前輪14を駆動する第1モータであるフロントモータ10と、後輪16を駆動する第2モータであるリアモータ12と、を有する電動車両1の制御方法である。この制御方法では、電動車両1に対する目標駆動力を定める目標駆動力指令値F*に基づいて、前輪14の駆動力を定める前輪駆動力指令値(第1前輪駆動力指令値Ff1
*)と、後輪16の駆動力を定める後輪駆動力指令値(第1後輪駆動力指令値Fr1
*)と、が演算される。また、前輪駆動力指令値及び後輪駆動力指令値に基づいて、電動車両1に生じるピッチング振動の角速度(ピッチ角速度λ′)または角度(ピッチ角λ)の規範値(規範ピッチ角速度λr′または規範ピッチ角λr)が演算される。一方、ピッチング振動を検出するセンサを用いてピッチ角速度λ′またはピッチ角λの検出値が取得される。そして、ピッチ角速度λ′またはピッチ角λの規範値と検出値の差分に基づいて、ピッチング振動を抑制するために前輪14と後輪16の間で移動させるべき駆動力の大きさを表す駆動力移動量Fdが演算され、この駆動力移動量Fdに基づいて前輪駆動力指令値及び後輪駆動力指令値が補正される。
【0086】
このように、第1実施形態に係る制御方法では、ピッチ角速度λ′またはピッチ角λを用いてピッチング振動を抑制するための駆動力移動量Fdを演算し、この駆動力移動量Fdに基づいて前輪駆動力指令値及び後輪駆動力指令値が補正する。このため、第1実施形態に係る制御方法によれば、前輪14及び後輪16で生じる駆動力の和、すなわち、電動車両1に全体として生じさせる駆動力が保たれる。その結果、電動車両1のピッチング振動が抑制され、同時に、アクセル開度θ等に応じて定まる所望の加減速が得られる。すなわち、第1実施形態に係る制御方法によれば、運転者の運転操作に応じて要求される加減速と、ピッチング振動を低減するピッチ角λの制御が両立する。また、路面等から電動車両1にピッチング振動を生じさせるピッチング外乱dが加わったときには、ピッチ角λの変化が低減される。
【0087】
また、第1実施形態に係る制御方法では、ピッチ角速度λ′またはピッチ角λの規範値が、前輪14及び後輪16で生じる駆動力と、慣性力と、サスペンションの作動状態と、によって予め決定される前輪14及び後輪16の瞬間回転角θf,θrによって表される上下力に基づいて算出される。すなわち、電動車両1について予め定まる物理的なパラメータによってピッチ角速度λ′またはピッチ角λの規範値が算出される。このため、ピッチ角速度λ′またはピッチ角λの規範値は、電動車両1の具体的な構成に応じた実際的かつ正確な規範応答を表す値となる。その結果、第1実施形態に係る制御方法によれば、特に正確にピッチング振動が抑制される。
【0088】
第1実施形態に係る制御方法では、ピッチ角速度λ′またはピッチ角λの規範値は、前輪駆動力指令値(第2前輪駆動力指令値Ff2
*)及び後輪駆動力指令値(第2後輪駆動力指令値Fr2
*)から前輪14及び後輪16で生じる駆動力までの無駄時間τと、フロントモータ10及びリアモータ12の応答遅れと、に基づいて演算される。すなわち、ピッチ角速度λ′またはピッチ角λの規範値は、オールパスフィルタe-sτと伝達特性Gr(s),Grr(s)で第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*をフィルタリング処理することによって演算される。これにより、規範ピッチ角速度λr′または規範ピッチ角λrの位相と、ピッチ角速度λ′またはピッチ角λの検出値の位相と、が特に正確に一致する。その結果、余分な駆動力移動量Fdの発生が抑えられ、特に正確にピッチング振動が抑制される。
【0089】
第1実施形態に係る制御方法では、駆動力移動量Fdは、定常特性がゼロである外乱応答フィルタHd(s)を用いて演算される。これにより、第1実施形態に係る制御方法は、ピッチ角λの制御に関して、過渡応答にだけ作用する制御系となっている。したがって、定常応答の範囲内においては、駆動力移動量Fdはゼロとなり、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*で定められるとおりの出力が実現される。すなわち、過渡的または一時的に必要となる場合を除いて、前輪14及び後輪16の間で駆動力が無駄に移動されることがない。その結果、車体への負担が低減される。
【0090】
第1実施形態に係る制御方法では、外乱応答フィルタHd(s)は、具体的に、ピッチ角速度λ′またはピッチ角λの共振周波数を通過させるバンドパスフィルタとなっている。このため、ピッチング外乱dによって生じるピッチング振動の共振周波数のゲインを低減するような駆動力移動量Fdが算出される。その結果、ピッチング外乱dによって生じるピッチング振動が特に良く低減される。
【0091】
第1実施形態に係る制御方法では、駆動力移動量Fdは、駆動力移動量制限処理S604によって、前輪駆動力指令値(第1前輪駆動力指令値Ff1
*)及び後輪駆動力指令値(第1後輪駆動力指令値Fr1
*)の符号が互いに同一となる範囲でとり得る値に制限される。これにより、ピッチング振動を抑制するために駆動力が移動されても、前輪14が力行駆動され、後輪16が回生駆動されるような状況は生じない。その結果、車体への負担が低減される。また、燃費性能への跳ね返り(燃費の悪化)を防止できる。
【0092】
第1実施形態に係る制御方法では、位相調整処理S606において、駆動力移動量Fdに基づいて補正された前輪駆動力指令値(第2前輪駆動力指令値Ff2
*)及び/または後輪駆動力指令値(第2後輪駆動力指令値Fr2
*)の動特性及び位相が調整される。第2前輪駆動力指令値Ff2
*及び第2後輪駆動力指令値Fr2
*から前輪14及び後輪16の駆動力までの各動特性や位相が異なる場合、規範応答どおりのピッチ角応答が実現されない場合がある。しかし、第2前輪駆動力指令値Ff2
*及び第2後輪駆動力指令値Fr2
*から前輪14及び後輪16の駆動力までの各動特性や位相が調整されると、規範応答どおりのピッチ角応答を実現しやすい。
【0093】
[第2実施形態]
上記第1実施形態においては、ステップS203で実行するピッチ角制御演算処理が、ピッチ角速度λ′の検出値をフィードバックするFB補償処理によって構成されているが、これに限らない。ピッチ角制御演算処理は、ピッチ角速度λ′を推定し、その推定値を用いるフィードフォワード制御による補償処理(以下、FF補償処理という)によって構成することができる。また、ピッチ角制御演算処理は、FF補償処理とFB補償処理の組み合わせによって構成されていてもよい。以下、本第2実施形態においては、ピッチ角制御演算処理が、FF補償処理と第1実施形態のFB補償処理の組み合わせによって構成されている例を説明する。
【0094】
図11は、第2実施形態に係るピッチ角制御演算処理のブロック線図である。
図11に示すように、ステップS203のピッチ角制御演算処理が第1前輪駆動力指令値F
f1
*及び第1後輪駆動力指令値F
r1
*を入力とすること、及び、ピッチ角制御演算処理によってこれらを補正した第2前輪駆動力指令値F
f2
*及び第2後輪駆動力指令値F
r2
*が出力されることは、第1実施形態と同様である。但し、本第2実施形態においては、ピッチ角制御演算処理は、FF補償処理S1101とFB補償処理S1102を含む。
【0095】
FF補償処理S1101は、フィードフォワード制御によってピッチ角λの変動を補償することにより、電動車両1に生じる(または電動車両1に生じた)ピッチング振動を抑制する処理である。FF補償処理S1101では、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*をピッチング振動の程度に応じて補正される。FF補償処理S1101で補正された第1前輪駆動力指令値Ff1
*(以下、FF補償後前輪駆動力指令値Fλf
*という)、及び、FF補償処理S1101で補正された第1後輪駆動力指令値Fr1
*(以下、FF補償後後輪駆動力指令値Fλr
*という)を出力する。FF補償後前輪駆動力指令値Fλf
*及びFF補償後後輪駆動力指令値Fλr
*は、FB補償処理S1102の入力となる。
【0096】
なお、第1実施形態のピッチ角制御演算処理では、ピッチ角速度λ′の規範値と検出値が使用されているが、以下に詳述するように、本第2実施形態のFF補償処理S1101では、ピッチ角速度λ′ではなく、ピッチ角λの規範値と推定値が使用される。但し、本実施形態のFF補償処理S1101では、ピッチ角λの規範値及び推定値の代わりに、ピッチ角速度λ′の規範値及び推定値が使用されてもよい。
【0097】
図12は、FF補償処理S1101のブロック線図である。
図12に示すように、規範ピッチ角応答演算処理S1201、ピッチ角推定処理S1202、差分演算処理S1203、駆動力移動量演算処理S1204、駆動力移動量制限処理S1205、駆動力指令値補正処理S1206、及び、位相調整処理S1207を含む。
【0098】
規範ピッチ角応答演算処理S1201は、規範ピッチ角モデルにしたがって、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*に基づき、規範ピッチ角λrを演算する処理である。
【0099】
図13は、規範ピッチ角モデル(規範ピッチ角応答演算処理S1201)のブロック線図である。
図13に示すように、規範ピッチ角モデルは、下記の式(15)に基づくものである。この規範ピッチ角モデルは、規範ピッチ角速度モデル(式(7)参照)と同様に導出される。また、規範ピッチ角モデルで使用される伝達特性G
rλ(s)は、第1前輪駆動力指令値F
f1
*及び第1後輪駆動力指令値F
r1
*からピッチ角λまでの規範応答に係る伝達特性であり、式(4)の伝達特性G
pλ(s)において減衰係数ζ
λを1としたものである。
【0100】
【0101】
ピッチ角推定処理S1202は、実ピッチ角モデルにしたがって、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*に基づき、ピッチ角λの推定値であるピッチ角推定値λ^を演算する処理である。
【0102】
図14は、実ピッチ角モデル(ピッチ角推定処理S1202)のブロック線図である。
図14に示すように、実ピッチ角モデルは、下記の式(16)に基づくものである。この実ピッチ角モデルは、式(4)のピッチ角λをピッチ角推定値λ^に置き換えたものである。
【0103】
【0104】
差分演算処理S1203は、規範ピッチ角λrとピッチ角推定値λ^の差分(λr-λ^)を演算する処理である。
【0105】
駆動力移動量演算処理S1204は、駆動力移動量TdFFからピッチ角λの逆モデルを用いて、規範ピッチ角λrとピッチ角推定値λ^の差分λr-λ^から、駆動力移動量TdFFを演算する処理である。駆動力移動量演算処理S1204で演算する駆動力移動量TdFFは、第1実施形態における駆動力移動量Fd及びFB補償処理S1102で演算する駆動力移動量FdFB(図示しない)と同様のものであるが、区別のためにFFの添字を付している。
【0106】
図15は、駆動力移動量F
dFFからピッチ角λまでの逆モデル(駆動力移動量演算処理S1204)を示すブロック線図である。
図15に示すように、駆動力移動量F
dFFからピッチ角λまでの逆モデルは、下記の式(17)に基づくものである。すなわち、駆動力移動量F
dFFからピッチ角λまでの逆モデルは、式(12)において、外乱応答フィルタH
d(s)を「1」に、規範ピッチ角速度λ
r′を規範ピッチ角λ
rに、ピッチ角速度λ′をピッチ角λに、それぞれ置き換えたものである。外乱応答フィルタH
d(s)を「1」に置き換えるのは、本実施形態においてはFB補償処理S1102でピッチング外乱dの応答が考慮されるので、FF補償処理S1101の段階ではピッチング外乱dを考慮する必要がないからである。
【0107】
【0108】
駆動力移動量制限処理S1205は、駆動力移動量演算処理S1204で演算された駆動力移動量FdFFに対して、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*に基づく制限を施し、制限後駆動力移動量FdFFLを算出する処理である。駆動力移動量制限処理S1205において、駆動力移動量FdFFを制限する目的、及び、制限後駆動力移動量FdFFLの具体的な算出方法は、第1実施形態の駆動力移動量制限処理S604と同様である。
【0109】
駆動力指令値補正処理S1206は、制限後駆動力移動量FdFFLに基づいて、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*を補正することにより、FF補償後前輪駆動力指令値Fλf
*及びFF補償後後輪駆動力指令値Fλr
*を演算する処理である。具体的には、第1前輪駆動力指令値Ff1
*に制限後駆動力移動量FdFFLを加算することによってFF補償後前輪駆動力指令値Fλf
*が算出される。一方、第1後輪駆動力指令値Fr1
*から制限後駆動力移動量FdFFLを減算することによってFF補償後後輪駆動力指令値Fλr
*が算出される。
【0110】
位相調整処理S1207は、FF補償後前輪駆動力指令値Fλf
*及び/またはFF補償後後輪駆動力指令値Fλr
*に対して、伝達特性Gr(s)及び伝達特性Grr(s)で構成される位相調整フィルタによってフィルタリング処理を施す処理である。すなわち、位相調整処理S1207の目的及び具体的な処理内容は、第1実施形態の位相調整処理S606と同様である。位相が調整されたFF補償後前輪駆動力指令値Fλf
*及びFF補償後後輪駆動力指令値Fλr
*は、FB補償処理S1102で使用される。
【0111】
FB補償処理S1102では、FF補償後前輪駆動力指令値Fλf
*及びFF補償後後輪駆動力指令値Fλr
*をピッチング振動の程度に応じて補正することにより、第2前輪駆動力指令値Ff2
*及び第2後輪駆動力指令値Fr2
*が演算される。
【0112】
FB補償処理S1102の具体的な処理内容は、基本的に、第1実施形態のピッチ角制御演算処理(ステップS203)と同様である。但し、FB補償処理S1102では、入力として、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*の代わりに、FF補償後前輪駆動力指令値Fλf
*及びFF補償後後輪駆動力指令値Fλr
*を用いられる。また、FB補償処理S1102においては、規範ピッチ角速度λr′が伝達特性Gpλ′(s)を用いて算出される。
【0113】
図16は、第2実施形態における規範ピッチ角速度モデル(規範ピッチ角速度演算処理S601)を示すブロック線図である。
図16に示すように、FB補償処理S1102で使用する規範ピッチ角速度モデルでは、オールパスフィルタe
-sτと伝達特性G
r(s)によって、FF補償後前輪駆動力指令値F
λf
*がフィルタリングされる。また、同様に、FF補償後後輪駆動力指令値F
λr
*は、オールパスフィルタe
-sτと伝達特性G
rr(s)によってフィルタリングされる。これらは第1実施形態のピッチ角制御演算処理と同様である。
【0114】
一方、FB補償処理S1102で使用する規範ピッチ角速度モデルは、上記のフィルタリング処理を除く部分が下記の式(18)に基づくものである。すなわち、伝達特性Grλ′(s)の代わりに、伝達特性Gpλ′(s)が用いられる。これは、本実施形態においては、全段階でFF補償処理S1101が行われているので、ここでは伝達特性Gpλ′(s)を用いる方がより正確に規範ピッチ角速度λr′を求められるからである。
【0115】
【0116】
上記のように構成される第2実施形態の制御によれば、第1実施形態の制御と同様に、電動車両1のピッチング振動が抑制され、同時に、アクセル開度θ等に応じて定まる所望の加減速が得られる。
【0117】
さらに、第2実施形態の制御は、無駄時間τのゆらぎに対して特に堅牢である。すなわち、第2実施形態の制御では、FF補償処理S1101を組み合わせたことにより、無駄時間τのゆらぎの影響が低減され、制御性能が向上する。
【0118】
例えば、第1実施形態または第2実施形態のFB補償処理S1102を単独で実行する場合、第2前輪駆動力指令値Ff2
*及び第2後輪駆動力指令値Fr2
*に対するピッチ角速度λ′がフィードバックされるので、同時に、各種の通信、演算、及び、ピッチ角速度λ′の検出等のタイミングのばらつきによって生じる無駄時間τにゆらぎ(微小変化)もフィードバックされる。その結果、この無駄時間τのゆらぎによって制御性能が低下する場合がある。一方、FF補償処理S1101は、フィードフォワード処理であるから、こうした無駄時間τのゆらぎの影響を受けない。このため、第2実施形態の制御のようにピッチ角制御演算処理においてFF補償処理S1101とFB補償処理S1102を実行すると、ピッチング振動を抑制しつつ所望の加減速が得られる上に、無駄時間τのゆらぎが生じたとしても制御性能が維持される。
【0119】
なお、上記第2実施形態では、FF補償処理S1101において、ピッチ角λの規範値(規範ピッチ角λr)と推定値(ピッチ角推定値λ^)に基づいて駆動力移動量TdFFを演算しているが、これに限らない。FF補償処理S1101では、ピッチ角速度λ′の規範値(規範ピッチ角速度λr′)とその推定値(規範ピッチ角速度推定値(図示しない))に基づいて駆動力移動量TdFFを演算することができる。規範ピッチ角速度推定値は、規範ピッチ角推定値λ^と同様にして算出される。また、規範ピッチ角速度λr′と規範ピッチ角速度推定値から駆動力移動量TdFFを算出する方法も、ピッチ角λの規範値及び推定値を用いる場合と同様である。
【0120】
以上のように、第2実施形態に係る電動車両1の制御方法では、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*が算出される。そして、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*に基づいて、ピッチ角速度λ′またはピッチ角λの規範値(例えば規範ピッチ角λr)が演算される。また、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*に基づいて、ピッチ角速度λ′またはピッチ角λの推定値(例えばピッチ角推定値λ^)が演算される。そして、この規範値と推定値の差分(例えばλr-λ^)に基づいて、駆動力移動量である第1駆動力移動量(TdFF)が演算される。その後、第1駆動力移動量(TdFF)に基づいて、第1前輪駆動力指令値Ff1
*及び第1後輪駆動力指令値Fr1
*を補正する第1補正(駆動力指令値補正処理S1206)が実行される。これにより、第1補正後の前輪駆動力指令値(FF補償後前輪駆動力指令値Fλf
*)、及び、第1補正後の後輪駆動力指令値(FF補償後後輪駆動力指令値Fλr
*)が演算される。さらに、ピッチ角速度λ′またはピッチ角λの規範値(例えば規範ピッチ角速度λr′)と検出値(例えばピッチ角速度λ′)の差分(λr′-λ′)に基づいて、駆動力移動量である第2駆動力移動量(FB補償処理S1102の駆動力移動量TdFB)が演算される。そして、第2駆動力移動量(TdFB)に基づいて、第1補正後の前輪駆動力指令値(FF補償後前輪駆動力指令値Fλf
*)、及び、第1補正後の後輪駆動力指令値(FF補償後後輪駆動力指令値Fλr
*)を補正する第2補正(駆動力指令値補正処理S605)が実行される。これにより、最終的な前輪駆動力指令値(第2前輪駆動力指令値Ff2
*)及び最終的な後輪駆動力指令値(第2後輪駆動力指令値Fr2
*)が演算される。
【0121】
この構成により、第2実施形態に係る電動車両1の制御方法によれば、ピッチング振動を抑制しつつ所望の加減速が得られる上に、無駄時間τのゆらぎが生じたとしても制御性能が維持される。
【0122】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態等で説明した構成は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を限定する趣旨ではない。例えば、規範ピッチ角速度λr′を式(6)の伝達特性Grλ′(s)を用いて算出しているが、変化率リミッタ等を用いた任意の応答としてもよい。規範ピッチ角λrについても同様である。
【符号の説明】
【0123】
1:電動車両、2:フロント駆動システム、3:リア駆動システム、4:バッテリ、5:モータコントローラ、10:フロントモータ、11:回転センサ、12:リアモータ、13:回転センサ、14:前輪、16:後輪、17:ピッチレートセンサ、20:フロントインバータ、22:リアインバータ、26:電流センサ、28:電流センサ、30:フロント減速機、32:リア減速機、S401:駆動力配分処理、S402:前輪駆動力演算処理、S403:後輪駆動力演算処理、S601:規範ピッチ角速度演算処理、S602:差分演算処理、S603:駆動力移動量演算処理、S604:駆動力移動量制限処理、S605:駆動力指令値補正処理、S606:位相調整処理、S1101:FF補償処理、S1102:FB補償処理、S1201:規範ピッチ角応答演算処理、S1202:ピッチ角推定処理、S1203:差分演算処理、S1204:駆動力移動量演算処理、S1205:駆動力移動量制限処理、S1206:駆動力指令値補正処理、S1207:位相調整処理