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特開2022-185420蛍光プローブ、液相の極性及び粘性を評価する方法、並びに化合物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022185420
(43)【公開日】2022-12-14
(54)【発明の名称】蛍光プローブ、液相の極性及び粘性を評価する方法、並びに化合物
(51)【国際特許分類】
   C08G 65/28 20060101AFI20221207BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20221207BHJP
【FI】
C08G65/28
G01N33/48 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021093100
(22)【出願日】2021-06-02
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)発行物名:第43回日本分子生物学会年会のオンライン要旨、掲載ウェブサイトのアドレス:ttps://www2.aeplan.co.jp/mbsj2020/、掲載年月日:令和2年11月19日 (2)集会名:第43回日本分子生物学会年会のオンライン年会、掲載ウェブサイトのアドレス:ttps://www2.aeplan.co.jp/mbsj2020/、掲載年月日:令和2年12月4日
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100139686
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 史朗
(72)【発明者】
【氏名】羽澤 勝治
(72)【発明者】
【氏名】雨森 翔悟
(72)【発明者】
【氏名】西山 嘉男
(72)【発明者】
【氏名】伊賀 祥紘
(72)【発明者】
【氏名】水野 元博
(72)【発明者】
【氏名】高橋 憲司
(72)【発明者】
【氏名】ウォング ウィン チェン リチャード
【テーマコード(参考)】
2G045
4J005
【Fターム(参考)】
2G045AA24
2G045BA13
2G045BB25
2G045CB01
2G045FB12
4J005AA12
(57)【要約】
【課題】細胞内の液-液相分離の動態又は物性を評価可能な蛍光プローブ、前記蛍光プローブを用いた液相の極性及び粘性を評価する方法、及び前記蛍光プローブに用いられる化合物を提供する。
【解決手段】下記一般式(p)で表される化合物(P)からなる、液相の極性及び粘性を評価するための蛍光プローブ。Pyはピレンから(n+1)個の水素原子を除いた基を表し、Pyはピレンから(n+1)個の水素原子を除いた基を表し、Lは2価の有機基を表し、R及びRは、それぞれ独立に、1価の有機基を表す。n及びnは、それぞれ独立に、1~9の整数を表す。
[化1]
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(p)で表される化合物(P)からなる、液相の極性及び粘性を評価するための蛍光プローブ。
【化1】
[式中、Pyはピレンから(n+1)個の水素原子を除いた基を表し、Pyはピレンから(n+1)個の水素原子を除いた基を表し、Lは2価の有機基を表し、R及びRは、それぞれ独立に、1価の有機基を表す。n及びnは、それぞれ独立に、1~9の整数を表す。]
【請求項2】
前記化合物(P)が、下記一般式(p-1)で表される化合物である、請求項1に記載の蛍光プローブ。
【化2】
[式中、Lは2価の有機基を表し、R11及びR12は、それぞれ独立に、1価の有機基を表す。]
【請求項3】
前記化合物(P)が、下記式(Pyr-A)で表される化合物である、請求項2に記載の蛍光プローブ。
【化3】
[式中、PEGは、ポリエチレングリコール基を表す。]
【請求項4】
前記液相が、細胞内に存在する液相である、請求項1~3のいずれか一項に記載の蛍光プローブ。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の蛍光プローブを用いて、液相の極性及び粘性を評価する方法であって、
対象試料中で、前記蛍光プローブのモノマー発光による蛍光(m)を測定する工程(i)と、
前記対象試料中で、前記蛍光プローブのエキシマー発光による蛍光(e)を測定する工程(ii)と、
を含む、液相の極性及び粘性を評価する方法。
【請求項6】
前記工程(i)で測定された蛍光(m)と、前記工程(ii)で測定された蛍光(e)との蛍光強度比に基づいて、前記液相の極性及び粘性を評価する工程(iii)をさらに含む、請求項5に記載の液相の極性及び粘性を評価する方法。
【請求項7】
前記液相が、細胞内に存在する液相である、請求項5又は6に記載の液相の極性及び粘性を評価する方法。
【請求項8】
下記式(Pyr-A)で表される化合物。
【化4】
[式中、PEGは、ポリエチレングリコール基を表す。]
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光プローブ、液相の極性及び粘性を評価する方法、並びに化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
多くの細胞内コンパートメントは、生体分子の液-液相分離(liquid-liquid phase separation:LLPS)によって形成される。LLPSにより生じる凝集体は、脂質二重膜を有さないため、膜のないオルガネラ(membraneless organelle)とも呼ばれる。膜のないオルガネラとしては、コアクチベーター凝縮体、中心体、ストレス顆粒、核小体等が挙げられる。原理的には、相分離した凝集体は、タンパク質合成の制御を伴うことなく、生体分子を局所的に高濃度に存在させることができる。LLPSは、細胞内における動的な生命反応場を提供する。
【0003】
LLPSの動態または物性を評価する方法としては、明視野イメージング又は蛍光顕微鏡を用いた相分離アッセイ、マイクロレオロジーを用いた粒子トラッキング、NMR解析による方法等が提案されている。しかしながら、これらの方法には、バックグラウンドの高さ、操作の煩雑さ、試料調製の困難さ、データ処理の困難さ等の様々な技術的課題が存在する。また、細胞内のLLPSの動態及び物性の評価に適用することは難しい。
【0004】
ピレンは、4個のベンゼン環が縮合した多環芳香族炭化水素である。ピレンは、溶媒環境によって変調される二重の蛍光活性を有する。ピレンは、励起状態のピレンモノマーが基底状態の別のピレンモノマーと濃度依存的に相互作用することで、エキシマーを形成することができる(非特許文献1)。このようなピレンの性質を利用して、脂質ラベル(非特許文献1)、テロメアリピートRNAの検出プローブ(非特許文献2)、相補鎖DNA配列検出用プローブ(特許文献1)等に適用した例が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005-080637号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Pentti Somerharju, Pyrene-labeled lipids as tools in membrane biophysics and cell biology. Chem Phys Lipids. 2002 Jun; 116(1-2):57-74.
【非特許文献2】Yan Xu, Yuta Suzuki, Kenichiro Ito, and Makoto Komiyama. Telomeric repeat-containing RNA structure in living cells. Proc Natl Acad Sci U S A. 2010 Aug 17;107(33):14579-84.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
細胞内のLLPSの動態及び物性は、細胞内の生命反応の理解に重要である。近年、神経変性疾患及びがん等の疾患においても、相転移及び/又は相転移の制御異常が関連していると考えられている。そのため、LLPSの動態及び物性を簡易に検出可能な技術の開発が求められている。
【0008】
そこで、本発明は、細胞内のLLPSの動態又は物性を評価可能な蛍光プローブ、前記蛍光プローブを用いた液相の極性及び粘性を評価する方法、並びに前記蛍光プローブに用いられる化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は以下の態様を含む。
[1]下記一般式(p)で表される化合物(P)からなる、液相の極性及び粘性を評価するための蛍光プローブ。
【0010】
【化1】
[式中、Pyはピレンから(n+1)個の水素原子を除いた基を表し、Pyはピレンから(n+1)個の水素原子を除いた基を表し、Lは2価の有機基を表し、R及びRは、それぞれ独立に、1価の有機基を表す。n及びnは、それぞれ独立に、1~9の整数を表す。]
[2]前記化合物(P)が、下記一般式(p-1)で表される化合物である、[1]に記載の蛍光プローブ。
【0011】
【化2】
[式中、Lは2価の有機基を表し、R11及びR12は、それぞれ独立に、1価の有機基を表す。]
[3]前記化合物(P)が、下記式(Pyr-A)で表される化合物である、[2]に記載の蛍光プローブ。
【0012】
【化3】
[式中、PEGは、ポリエチレングリコール基を表す。]
[4]前記液相が、細胞内に存在する液相である、[1]~[3]いずれか1つに記載の蛍光プローブ。
[5][1]~[4]いずれか1つに記載の蛍光プローブを用いて、液相の極性及び粘性を評価する方法であって、対象試料中で、前記蛍光プローブのモノマー発光による蛍光(m)を測定する工程(i)と、前記対象試料中で、前記蛍光プローブのエキシマー発光による蛍光(e)を測定する工程(ii)と、を含む、液相の極性及び粘性を評価する方法。
[6]前記工程(i)で測定された蛍光(m)と、前記工程(ii)で測定された蛍光(e)との蛍光強度比に基づいて、前記液相の極性及び粘性を評価する工程(iii)をさらに含む、[5]に記載の液相の極性及び粘性を評価する方法。
[7]前記液相が、細胞内に存在する液相である、[5]又は[6]に記載の液相の極性及び粘性を評価する方法。
[8]下記式(Pyr-A)で表される化合物。
【0013】
【化4】
[式中、PEGは、ポリエチレングリコール基を表す。]
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、細胞内のLLPSの動態又は物性を評価可能な蛍光プローブ、前記蛍光プローブを用いた液相の極性及び粘性を評価する方法、並びに前記蛍光プローブに用いられる化合物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】液相の粘性及び極性と、化合物(P)のモノマー発光及びエキシマー発光との関係を示す模式図である。
図2】各種溶媒中での化合物(Pyr-A)の蛍光スペクトルを示す。励起波長358nm。
図3】各種溶媒のE(30)に対して、モノマー発光(検出波長400nm)の蛍光強度とエキシマー発光(検出波長470nm)の蛍光強度との合計値に対するエキシマー発光の蛍光強度の割合を示す値[I470(I400/I470)]をプロットしたグラフである。
図4】メタノールとポリエチレングリコール4000(PEG4000)との混合溶媒(PEG4000濃度:0gL-1、25gL-1、50gL-1、100gL-1)中での化合物(Pyr-A)の蛍光スペクトルを示す。励起波長358nm。
図5】化合物(Pyr-A)の存在下(+)及び非存在下(-)で、BRD4-IDR-mEGFPの液滴を形成させて撮像した蛍光顕微鏡画像を示す。
図6】BRD4-IDR-mEGFPの液滴サイズに対して、エキシマー発光(蛍光(e))とモノマー発光(蛍光(m))との蛍光強度比(蛍光(e)/蛍光(m))をプロットしたグラフである。Pearson r=-0.83、p=0.011。
図7A】化合物(Pyr-A)で処理した細胞の蛍光顕微鏡画像を示す。間期(上段)及び有糸分裂期(下段)の細胞を用いた。
図7B】有糸分裂期における中心体の成熟を模式的に示す図である。
図8】中心体におけるエキシマー発光(蛍光(e))とモノマー発光(蛍光(m))との蛍光強度比(蛍光(e)/蛍光(m))を解析した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
「芳香族炭化水素基」は、芳香環を少なくとも1つ有する炭化水素基を意味する。芳香環は、4n+2個のπ電子をもつ環状共役系であれば特に限定されず、単環式でもよいし、多環式でもよい。
「脂肪族炭化水素基」とは、芳香環を含まない炭化水素基を意味する。
「置換基を有してもよい」と記載する場合、水素原子(-H)を1価の基で置換する場合と、メチレン基(-CH-)を2価の基で置換する場合との両方を含む。
本明細書及び本特許請求の範囲において、化学式で表される構造によっては、不斉炭素が存在し、エナンチオ異性体(enantiomer)やジアステレオ異性体(diastereomer)が存在し得るものがある。その場合は一つの化学式でそれら異性体を代表して表す。それらの異性体は単独で用いてもよいし、混合物として用いてもよい。
【0017】
[蛍光プローブ]
本発明の第1の態様は、下記一般式(p)で表される化合物(P)からなる、液相の極性及び粘性を評価するための蛍光プローブ(以下、「蛍光プローブ(P)」ともいう)である。
【0018】
【化5】
[式中、Pyはピレンから(n+1)個の水素原子を除いた基を表し、Pyはピレンから(n+1)個の水素原子を除いた基を表し、Lは2価の有機基を表し、R及びRは、それぞれ独立に、1価の有機基を表す。n及びnは、それぞれ独立に、1~9の整数を表す。]
【0019】
前記式(p)中、Pyは、ピレンから(n+1)個の水素原子を除いた基を表す。Pyは、ピレンから(n+1)個の水素原子を除いた基を表す。
及びnは、それぞれ独立に、1~9の整数を表す。n及びnは、1~5の整数が好ましく、1~3の整数がより好ましく、1又は2がさらに好ましく、1が特に好ましい。n及びnは、同じであってもよく、異なっていてもよい。合成容易性の観点から、n及びnは、同じであることが好ましい。
【0020】
前記式(p)中、R及びRは、それぞれ独立に、1価の有機基を表す。前記1価の有機基としては、置換基を有してもよい炭化水素基が挙げられる。前記炭化水素基は、脂肪族炭化水素基であってもよく、芳香族炭化水素基であってもよい。
【0021】
及びRにおける1価の有機基が、置換基を有してもよい脂肪族炭化水素基である場合、前記脂肪族炭化水素基は、飽和であってもよく、不飽和であってもよい。前記脂肪族炭化水素基は、直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基であってもよく、環構造(脂肪族環)を含む脂肪族炭化水素基であってもよい。
【0022】
直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基は、炭化水素鎖を構成するメチレン基(-CH-)の一部が2価の置換基で置換されてもよい。前記2価の置換基としては、例えば、-O-、-O-C(=O)-、-C(=O)-、-O-C(=O)-O-、-C(=O)-NH-、-NH-、-NH-C(=NH)-(Hはアルキル基、アシル基等の置換基で置換されていてもよい。)、-S-、-S(=O)-、-S(=O)-O-等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0023】
環構造を含む脂肪族炭化水素基が含む脂肪族環は、単環式基であってもよく、多環式基であってもよい。前記脂肪族環は、炭化水素環であってもよく、ヘテロ原子を含む複素環であってもよい。前記ヘテロ原子としては、例えば、酸素原子、窒素原子、硫黄原子等が挙げられる。前記脂肪族環は、炭素原子数3~10が好ましく、炭素原子数3~8がより好ましく、炭素原子数3~6がさらに好ましい。脂肪族環の炭素原子数には、置換基の炭素原子数を含まないものとする。
環構造を含む脂肪族炭化水素基としては、脂肪族炭化水素環又は脂肪族複素環から1個の水素原子を除いた基;脂肪族炭化水素環又は脂肪族複素環から1個の水素原子を除いた基の水素原子の一部が直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基に置換された基;脂肪族炭化水素環又は脂肪族複素環が直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基の末端に結合した基;脂肪族炭化水素環又は脂肪族複素環が直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基の途中に介在する基等が挙げられる。直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基としては、上記と同様のものが挙げられる。
【0024】
及びRにおける1価の有機基が、置換基を有してもよい芳香族炭化水素基である場合、前記芳香族炭化水素基が含む芳香環は、芳香族炭化水環であってもよく、芳香族複素環であってもよい。芳香族複素環が含むヘテロ原子としては、酸素原子、窒素原子、硫黄原子等が挙げられる。芳香環は、単環であってもよく、多環であってもよい。
芳香環の炭素原子数は5~30であることが好ましく、炭素原子数5~20がより好ましく、炭素原子数6~15がさらに好ましく、炭素原子数6~12が特に好ましい。芳香環の炭素原子数には、置換基の炭素原子数を含まないものとする。
芳香族炭化水素基として、芳香族炭化水素環又は芳香族複素環から1個の水素原子を除いた基;芳香族炭化水素環又は芳香族複素環から1個の水素原子を除いた基の水素原子の一部が直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基に置換された基;芳香族炭化水素環又は芳香族複素環が直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基の末端に結合した基;芳香族炭化水素環又は芳香族複素環が直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基の途中に介在する基等が挙げられる。直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基としては、上記と同様のものが挙げられる。
【0025】
前記脂肪族炭化水素基及び前記芳香族炭化水素基は、水素原子の一部が1価の置換基で置換されてもよい。前記1価の置換基は、特に限定されない。前記1価の置換基としては、例えば、アミノ基、ヒドロキシ基、ニトロ基、ニトリル基、カルボキシ基、オキソ基、チオール基、アルコキシ基、アシル基等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0026】
及びRは、同じであってもよく、異なっていてもよい。合成容易性の観点から、R及びRは、同じであることが好ましい。
【0027】
及びRは、上記の直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基、環構造を脂肪族炭化水素基、及び芳香族炭化水素基が組み合わされたものであってもよい。
及びRは、置換基を有してもよい、直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基を含むことが好ましい。前記直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基は、炭化水素鎖を構成するメチレン基(-CH-)の一部が、親水性を付与する2価の置換基で置換されていることが好ましい。前記2価の置換基としては、例えば、-O-、-C(=O)-O-、-C(=O)-、-O-C(=O)-O-、-C(=O)-NH-、-NH-、-NH-C(=NH)-(Hはアルキル基、アシル基等の置換基で置換されていてもよい。)、-S-、-S(=O)-、又は-S(=O)-O-等が挙げられる。前記2価の置換基としては、-O-、-C(=O)-O-、-C(=O)-、-O-C(=O)-O-、-C(=O)-NH-が好ましく、-O-、-C(=O)-O-、-C(=O)-NH-がより好ましく、-O-がさらに好ましい。直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基は、直鎖状の脂肪族炭化水素基であることが好ましい。
【0028】
及びRは、下記一般式(r)で表される基が好ましい。
【0029】
【化6】
[式中、Yは置換基を有してもよい炭化水素基を表し、Rは親水性基を表す。*はPy又はPyに結合する結合手を表す。]
【0030】
式(r)中、Yは置換基を有してもよい炭化水素基を表す。前記炭化水素基は、脂肪族炭化水素基であってもよく、芳香族炭化水素基であってもよい。脂肪族炭化水素基及び芳香族炭化水素基としては、上記R及びRにおける脂肪族炭化水素基及び芳香族炭化水素基とそれぞれ同様のものが挙げられる。
【0031】
における炭化水素基は、炭素原子数1~20が好ましく、炭素原子数3~15がより好ましく、炭素原子数6~10がより好ましい。Yは、芳香族炭化水素基が好ましく、芳香環と直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基が結合した基がより好ましく、芳香環と直鎖状の脂肪族炭化水素基が結合した基がより好ましい。Yが芳香族炭化水素基である場合、Yが含む芳香環の数は特に限定されないが、1~3個が好ましく、1又は2個がより好ましく、1個がさらに好ましい。Yが芳香環と直鎖状の脂肪族炭化水素基が結合した基である場合、Yが含む直鎖状の脂肪族炭化水素基は、炭素原子数1~6が好ましく、炭素原子数1~3がより好ましく、炭素原子数1又は2がさらに好ましい。
【0032】
式(r)中、Rは親水性基を表す。親水性基は、特に限定されない。親水性基としては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリ(2-オキサゾリン)、ポリビニルピロリドン、ポリ乳酸、ポリカプロラクトン、ポリアミノ酸、ポリサッカライド等の親水性ポリマーを含む基が挙げられる。Rは、細胞透過性ペプチド(ポリアルギニン、ポリリジン、Tatペプチド等)を含む基であってもよい。蛍光プローブ(P)を細胞に適用する場合、Rは、生体適合性が高い基であることが好ましく、細胞膜透過性を有する基がより好ましい。細胞膜透過性を有する基としては、ポリエチレングリコール基が好ましい。
【0033】
前記式(p)中、Lは2価の有機基を表す。前記2価の有機基は、炭素原子数5~50が好ましく、炭素原子数6~40がより好ましく、炭素原子数8~30がさらに好ましい。前記2価の有機基としては、置換基を有してもよい2価の炭化水素基が挙げられる。前記炭化水素基は、脂肪族炭化水素基であってもよく、芳香族炭化水素基であってもよい。
【0034】
Lにおける2価の有機基が、置換基を有してもよい脂肪族炭化水素基である場合、前記脂肪族炭化水素基は、飽和であってもよく、不飽和であってもよい。前記脂肪族炭化水素基は、直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基であってもよく、環構造(脂肪族環)を含む脂肪族炭化水素基であってもよい。
【0035】
直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基は、炭化水素鎖を構成するメチレン基(-CH-)の一部が2価の置換基で置換されてもよい。前記2価の置換基としては、上記と同様のものが挙げられる。
【0036】
環構造を含む脂肪族炭化水素基が含む脂肪族環は、単環式基であってもよく、多環式基であってもよい。前記脂肪族環は、炭化水素環であってもよく、ヘテロ原子を含む複素環であってもよい。前記ヘテロ原子としては、例えば、酸素原子、窒素原子、硫黄原子等が挙げられる。前記脂肪族環は、炭素原子数3~10が好ましく、炭素原子数3~8がより好ましく、炭素原子数3~6がさらに好ましい。脂肪族環の炭素原子数には、置換基の炭素原子数を含まないものとする。
環構造を含む脂肪族炭化水素基としては、脂肪族炭化水素環又は脂肪族複素環から2個の水素原子を除いた基;脂肪族炭化水素環又は脂肪族複素環から1個の水素原子を除いた基の水素原子の一部が直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基に置換された基;脂肪族炭化水素環又は脂肪族複素環が直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基の途中に介在する基等が挙げられる。直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基としては、上記と同様のものが挙げられる。
【0037】
Lにおける2価の有機基が、置換基を有してもよい芳香族炭化水素基である場合、前記芳香族炭化水素基が含む芳香環は、芳香族炭化水環であってもよく、芳香族複素環であってもよい。芳香族複素環が含むヘテロ原子としては、酸素原子、窒素原子、硫黄原子等が挙げられる。芳香環は、単環であってもよく、多環であってもよい。
芳香環の炭素原子数は5~30であることが好ましく、炭素原子数5~20がより好ましく、炭素原子数6~15がさらに好ましく、炭素原子数6~12が特に好ましい。芳香環の炭素原子数には、置換基の炭素原子数を含まないものとする。
芳香族炭化水素基として、芳香族炭化水素環又は芳香族複素環から2個の水素原子を除いた基;芳香族炭化水素環又は芳香族複素環から1個の水素原子を除いた基の水素原子の一部が直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基に置換された基;芳香族炭化水素環又は芳香族複素環が直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基の途中に介在する基等が挙げられる。直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基としては、上記と同様のものが挙げられる。
【0038】
前記脂肪族炭化水素基及び前記芳香族炭化水素基は、水素原子の一部が1価の置換基で置換されてもよい。前記1価の置換基としては、上記と同様のものが挙げられる。
【0039】
Lは、上記の直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基、環構造を脂肪族炭化水素基、及び芳香族炭化水素基が組み合わされたものであってもよい。
Lは、置換基を有してもよい、直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基を含むことが好ましい。前記直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基は、炭化水素鎖を構成するメチレン基(-CH-)の一部が、親水性を付与する2価の置換基で置換されていることが好ましい。前記2価の置換基としては、上記と同様のものが挙げられる。前記2価の置換基としては、-O-、-C(=O)-O-、-C(=O)-、-O-C(=O)-O-、-C(=O)-NH-が好ましく、-O-、-C(=O)-O-、-C(=O)-NH-がより好ましく、-O-がさらに好ましい。
【0040】
化合物(P)は、下記一般式(p-1)で表される化合物が好ましい。
【0041】
【化7】
[式中、Lは2価の有機基を表し、R11及びR12は、それぞれ独立に、1価の有機基を表す。]
【0042】
式中、R11及びR12は、それぞれ独立に、1価の有機基を表す。前記1価の有機基としては、前記R及びRにおける1価の有機基と同様のものが挙げられる。
【0043】
式中、Lは2価の有機基を表す。前記2価の有機基としては、前記Lにおける2価の有機基と同様のものが挙げられる。
【0044】
化合物(P)の具体例を以下に示すが、これに限定されない。
【0045】
【化8】
[式中、PEGは、ポリエチレングルコール基を表す。]
【0046】
前記式(Pyr-A)中、PEGは、ポリエチレングリコール基を表す。PEGで表されるポリエチレングリコール基は、ポリエチレングリコールから誘導される。前記ポリエチレングリコール基を誘導するポリエチレングリコールの数平均分子量(Mn)は、特に限定されないが、200~4000が好ましく、400~2000がより好ましく、600~1500がさらに好ましく、800~1000が特に好ましい。
【0047】
<化合物(P)の合成方法>
化合物(P)は、公知の化学反応を組み合わせて合成することができる。化合物(P)の合成方法の一例を以下に示す。下記反応式中、Py、R、n、Py、R、及びnは、前記式(p)におけるものと同様である。
【0048】
まず、化合物(a1)を化合物(c1)と反応させて、化合物(b1)を得る(Reaction 1)。反応は、例えば、トルエン/エタノールの混合溶媒中で、KCO等による塩基性条件下、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(Pd(PPh)等の触媒を用いて行うことができる。
【0049】
【化9】
【0050】
同様に、化合物(a2)を化合物(c2)と反応させて、化合物(b2)を得る(Reaction 2)。反応は、例えば、トルエン/エタノール混合溶媒等の有機溶媒中で、炭酸カリウム等による塩基性条件下Pd(PPh等のパラジウム触媒を用いて行うことができる。
【0051】
【化10】
【0052】
化合物(d)を化合物(e)と反応させて、化合物(f)を得る(Reaction 3)。反応は、例えば、ジオキサン等の有機溶媒中で、酢酸カリウム等による塩基性条件下、[1,1’-ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセン]ジクロロパラジウム(II)(Pd(dppf)Cl)等のパラジウム触媒を用いて行うことができる。
【0053】
【化11】
【0054】
次に、化合物(f)を、化合物(b1)及び化合物(b2)と反応させることにより、一般式(p)で表される化合物(P)を得ることができる(Reaction 4)。反応は、例えば、トルエン/エタノール混合溶媒等の有機溶媒中で、炭酸カリウム等による塩基性条件下、Pd(PPh等のパラジウム触媒を用いて行うことができる。
【0055】
【化12】
【0056】
式(p)中、(Rn1-Py-と(Rn2-Py-とが、同一の基である場合、Reaction 1とReaction 2とは同一の反応となる。
【0057】
式(p)中のRに、ポリエチレングリコール基等の親水性ポリマーを導入する場合、Reaction 1において、化合物(c1)に替えて化合物(c1’)を用いてもよい。同様に、式(p)中のRに、ポリエチレングリコール基等の親水性ポリマーを導入する場合、Reaction 2において、化合物(c2)に替えて化合物(c2’)を用いてもよい。
【0058】
【化13】
[式中、Y01及びY02は、それぞれ独立に、置換基を有してもよい炭化水素基を表し、Xは官能基を表す。]
【0059】
前記式(c1’)及び(c2’)中のY01及びY02は、前記式(r)中のYと同様である。
前記式(c1’)及び(c2’)中、Xは、官能基である。Xにおける官能基は、親水性ポリマーの導入に使用され得る。Xの具体例としては、例えば、ヒドロキシ基、アミノ基、カルボキシ基、アジド基、アルキニル基、チオール基等が挙げられる。
【0060】
Reaction 4の後、前記式(c1’)及び(c2’)中のXで表される官能基を利用して、式(p)で表される化合物(P)に親水性ポリマーを導入することができる。
【0061】
化合物(P)は、ピレン環を含む2個の原子団((Rn1-Ry-、及び(Rn2-Ry-)が、リンカー(L)で結合した構造を有している。化合物(P)は、液相中において、液相の物性に応じて、分子内の2個のピレン環が会合してエキシマーを形成した状態と、2個のピレン環が解離した状態とに変化する。「エキシマー発光」は、化合物(P)の2個のピレン環がエキシマーを形成した状態で発生する蛍光である。「モノマー発光」は、化合物(P)の2個のピレン環がエキシマーを形成していない状態(2個のピレン環が解離した状態)で発生する蛍光である。
【0062】
図1に示すように、液相中に存在する化合物(P)は、液相の粘性が高くなるとエキシマーを形成しない分子の割合が高くなる。そのため、粘性の高い液相では、モノマー発光の蛍光強度が大きくなる。一方、液相中に存在する化合物(P)は、液相の粘性が低くなると、エキシマーを形成する分子の割合が高くなる。そのため、粘性の低い液相では、エキシマー発光の蛍光強度が大きくなる。
液相中に存在する化合物(P)は、液相の極性が低くなるとエキシマーを形成しない分子の割合が高くなる。そのため、極性の低い液相では、モノマー発光の蛍光強度が大きくなる。一方、液相中に存在する化合物(P)は、液相の極性が高くなると、エキシマーを形成する分子の割合が高くなる。そのため、極性の高い液相では、エキシマー発光の蛍光強度が大きくなる。
化合物(P)は、上記のような性質を有することから、化合物(P)からなる蛍光プローブは、液相の粘性及び極性を評価するために使用することができる。
【0063】
化合物(P)は、前記式(p)中のR及びRに親水性基(好ましくは、親水性ポリマーを含む基)を導入することにより、細胞膜透過性を向上させることができる。そのため、R及びRに親水性基が導入された化合物(P)からなる蛍光プローブ(P)は、細胞内に存在する液相の粘性及び極性を評価するために用いることができる。
LLPSは、溶液中の溶質が均一に混ざり合わず、熱力学的な安定性に従って溶液が2相に分離する現象である。LLPSにより溶質が濃縮されると、溶液の粘性及び極性が変化する。このようなLLPSによる溶液特性の変化についても、蛍光プローブ(P)のエキシマー発光及びモノマー発光を測定することにより、評価することができる。
細胞内では、LLPSは細胞膜のないオルガネラの形成に関与し、様々な生命反応の足場を提供している。蛍光プローブ(P)を細胞に取り込ませ、蛍光プローブ(P)のエキシマー発光及びモノマー発光を測定することにより、細胞内LLPSの動態及び物性を簡易に評価することができる。
【0064】
[液相の極性及び粘性を評価する方法]
本発明の第2の態様は、前記第1の態様の蛍光プローブを用いて、液相の極性及び粘性を評価する方法である。本態様の方法は、対象試料中で、前記蛍光プローブのモノマー発光による蛍光(m)を測定する工程(i)と、前記対象試料中で、前記蛍光プローブのエキシマー発光による蛍光(e)を測定する工程(ii)と、を含む。
【0065】
(工程(i))
工程(i)では、対象試料中で、蛍光プローブ(P)のモノマー発光による蛍光(m)を測定する。
【0066】
対象試料は、極性及び粘性の評価対象となる試料である。対象試料は、液相を含む試料であれば、特に限定されない。対象試料としては、例えば、細胞、高分子化合物溶液等が挙げられる。前記細胞は、由来する生物種は特に限定されない。細胞は、動物細胞、植物細胞、真菌細胞、原生生物細胞、及び細菌細胞のいずれであってもよい。前記高分子化合物溶液が含む高分子化合物としては、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖などの生体高分子;合成ポリマー等が挙げられる。対象試料は、LLPSが生じる試料が好ましい。
【0067】
蛍光プローブ(P)を対象試料に添加し、蛍光プローブ(P)のモノマー発光による蛍光(m)を測定する。対象試料が細胞である場合、蛍光プローブ(P)を含む培地で培養することにより、蛍光プローブ(P)を細胞に取り込ませる。培養時間は、特に限定されないが、例えば、15分以上、30分以上、45分以上、又は60分以上が挙げられる。培養時間の上限は、特に限定されないが、例えば、180分以下、150分以下、120分以下、又は100分以下等が挙げられる。
【0068】
蛍光プローブ(P)を含む対象試料に、励起光を照射し、モノマー発光による蛍光(m)を測定する。励起光の波長は、化合物(P)の構造に応じて設定することができる。励起光の波長としては、例えば、300~400nmが挙げられる。励起光の波長は、340~380nmが好ましい。励起光の波長の具体例としては、358nmが挙げられる。
モノマー発光による蛍光(m)の測定に用いる波長は、化合物(P)の構造に応じて設定することができる。蛍光(m)の測定に用いる波長としては、例えば、380~420nmが挙げられ、390~410nmが好ましい。蛍光(m)の測定に用いる波長の具体例としては、400nmが挙げられる。
【0069】
(工程(ii))
工程(ii)では、対象試料中で、蛍光プローブ(P)のエキシマー発光による蛍光(e)を測定する。
【0070】
対象試料は、工程(i)の試料と同じである。対象試料の液相中に蛍光プローブ(P)を存在させた後、工程(i)の前、工程(i)の後、又は工程(i)と同時に、工程(ii)を行うことができる。
【0071】
蛍光プローブ(P)を含む対象試料に、励起光を照射し、エキシマー発光による蛍光(e)を測定する。励起光は、工程(i)と同じ波長を用いることができる。
エキシマー発光による蛍光(e)の測定に用いる波長は、化合物(P)の構造に応じて設定することができる。蛍光(e)の測定に用いる波長としては、例えば、450~490nmが挙げられ、460~480nmが好ましい。蛍光(e)の測定に用いる波長の具体例としては、470nmが挙げられる。
【0072】
蛍光プローブ(P)は、液相の粘度が高くなると蛍光(m)の蛍光強度が高くなり、液相の粘度が低くなると蛍光(e)の蛍光強度が高くなる。蛍光プローブ(P)は、液相の極性が高くなると蛍光(e)の蛍光強度が高くなり、液相の極性が低くなると蛍光(m)の蛍光強度が高くなる。
したがって、モノマー発光による蛍光(m)及びエキシマー発光による蛍光(e)の蛍光強度に基づいて、液相の粘性及び極性を評価することができる。
【0073】
(任意工程)
本態様の方法は、上記工程(i)及び工程(ii)に加えて、他の工程を含んでもよい。他の工程としては、例えば、前記工程(i)で測定された蛍光(m)と、前記工程(ii)で測定された蛍光(e)との蛍光強度比に基づいて、液相の極性及び粘性を評価する工程(iii)が挙げられる。
【0074】
蛍光(m)と蛍光(e)との蛍光強度比を算出することにより、液相の極性及び粘性をより的確に把握することができる。蛍光強度比は、蛍光(m)に対する蛍光(e)の比(蛍光(e)/蛍光(m))であってもよく、蛍光(e)に対する蛍光(m)の比(蛍光(m)/蛍光(e))であってもよい。例えば、「蛍光(e)/蛍光(m)」の値が大きくなる場合、液相は低粘性、高極性であると評価することができる。「蛍光(e)/蛍光(m)」の値が小さくなる場合、液相は高粘性、低極性であると評価することができる。
例えば、「蛍光(m)/蛍光(e)」の値が大きくなる場合、液相は高粘性、低極性であると評価することができる。「蛍光(m)/蛍光(e)」の値が小さくなる場合、液相は低粘性、高極性であると評価することができる。
【0075】
対象試料の液相に蛍光プローブ(P)を存在させた状態で、モノマー発光による蛍光(m)及びエキシマー発光による蛍光(e)を経時的に測定することで、液相の極性及び粘性の特性変化を経時的に追跡することができる。また、細胞に蛍光プローブ(P)を取り込ませて、蛍光(m)及び蛍光(e)を経時的に測定することで、細胞内のLLPSの動態を経時的に追跡することができる。
【0076】
[化合物]
本発明の第3の態様は、下記式(Pyr-A)で表される化合物(化合物(Pyr-A))である。
【化14】
[式中、PEGは、ポリエチレングリコール基を表す。]
【0077】
化合物(Pyr-A)は、実施例に記載した方法により合成することができる。
化合物(Pyr-A)は、蛍光プローブ(P)として用いることができる。
【実施例0078】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0079】
[合成例]
(化合物(1)の合成)
1,6-ジブロモピレン(1.80g,5.0mmol)、4-(ヒドロキシメチル)フェニルボロン酸(0.76g,5.0モmmol)、炭酸カリウム(2M水溶液,13mL)及びトルエン(80mL)の混合物を、窒素ガスで40分間バブリングして脱酸素化した。混合物に、Pd(Pph(208mg,0.18mmol)を添加し、窒素ガスで10分間バブリングして脱酸素化し、N下で100℃に加熱した。加熱中、脱酸素化したエタノール(10mL)を混合物に添加した。20時間加熱した後、得られた混合物を室温に冷却し、水中に滴下し、CHClの混合物で抽出した。有機層を水で洗浄し、無水NaSO上で乾燥させ、次いで蒸発乾燥固した。残留物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製し、淡黄色固体として化合物(1)を得た(1.05g,2,7mmol,54%)。
【0080】
H NMRにより、化合物(1)の構造を同定した。
H NMR(400MHz,CDCl,TMS standard):δ(ppm)1.77(t,J=5.9Hz,1H,OH),4.86(t,J=5.9Hz,2H,CH),7.58(d,J=8.3Hz,2H,ArH),7.63(d,J=8.3Hz,2H,ArH),7.98(d,J=9.3Hz,1H,ArH),8.00(d,J=8.3Hz,1H,ArH),8.01(d,J=7.9Hz,1H,ArH),8.18(d,J=9.3Hz,1H,ArH),8.21(d,J=9.2Hz,1H,ArH),8.25(d,J=8.3Hz,1H,ArH),8.27(d,J=7.9Hz,1H,ArH),8.48(d,J=9.2Hz,1H,ArH).
【0081】
【化15】
【0082】
(化合物(2)の合成)
下、THF(70mL)中の2,2-ジブチル-1,3-プロパンジオール(3.85g,20.5mmol)を、THF(15mL)中のNaH(60% dispersion in oil,2.45g,61.4mmol)に、0℃でゆっくりと添加した。混合物を0℃で1時間撹拌した後、THF(15mL)中の4-ブロモベンジルブロミド(15.36g,61.4mmol)を0℃でゆっくりと添加した。次いで、室温まで温めた。混合物に、脱水DMF(50mL)を添加し、室温で1週間撹拌した。得られた混合物を氷水に滴下し、ヘキサンおよび酢酸エチルの混合溶媒(ヘキサン:酢酸エチル=3:1)で抽出した。有機層を水で洗浄し、無水NaSO上で乾燥させ、次いで蒸発乾固した。残留物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(CHCl/ヘキサン=5/95)で精製し、白色固体として化合物(2)を得た(6.81g,12.9mmol,63%)。
【0083】
H NMRにより、化合物(2)の構造を同定した。
HNMR(400MHz,CDCl,TMS standard):δ(ppm)0.88(t,J=7.2Hz,6H,CH),1.08-1.32(m,12H,CH),3.25(s,4H,CH2),4.40(s,4H,CH),7.15(d,J=8.3Hz,4H,ArH),7.43(d,J=8.3Hz,4H,ArH).
【0084】
【化16】
【0085】
(化合物(3)の合成)
化合物(2)(1.05g,2.0mmol)、ビス(ピナコラート)ジボロン(1.12g,4.4mmol)、酢酸カリウム(1.30g,13.2mmol)、及びジオキサン(14mL)の混合物を、窒素ガスで40分間バブリングして脱酸素化した。混合物に、[1,1’-ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセン]ジクロロパラジウム(II)ジクロロメタン付加物(50mg)を添加し、窒素ガスで20分間バブリングして脱酸素化し、N下で80℃に加熱した。追加のPd触媒(50mg)及びビス(ピナコラート)ジボロン(67mg)を混合物に添加した。30分間加熱した後、得られた混合物を室温に冷却し、水中に滴下し、ヘキサン及び酢酸エチルの混合溶媒(ヘキサン:酢酸エチル=4:1)で抽出した。有機層をブラインで洗浄し、無水NaSO上で乾燥させ、次いで蒸発乾固した。残留物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(酢酸エチル/ヘキサン=5/95)で精製し、透明オイルとして化合物(3)を得た(0.56g,0.9mmol,45%)。
【0086】
H NMRにより、化合物(3)の構造を同定した。
HNMR(400MHz,CDCl,TMS standard):δ(ppm)0.87(t,J=7.3Hz,6H,CH),1.08-1.30(m,12H,CH),1.34(s,24H,CH),3.26(s,4H,CH),4.48(s,4H,CH2),7.31(d,J=8.1Hz,4H,ArH),7.77(d,J=8.1Hz,4H,ArH).
【0087】
【化17】
【0088】
(化合物(4)の合成)
化合物(3)(400mg,0.64mmol)、化合物(1)(548mg,1.41mmol)、炭酸カリウム(2Mの水溶液,2mL)エタノール(2mL)、及びトルエン(4mL)の混合物を、窒素ガスで30分間バブリングして脱酸素化した。混合物に、Pd(PPh(45mg,0.04mmol)を添加し、窒素ガスで20分間バブリングして脱酸素化し、N下で15時間還流した。得られた混合物を室温に冷却し、ろ過した。残留物を水、メタノール及びCHClで洗浄し、真空乾燥し、淡黄色固体として化合物(4)を得た(531mg,0.54mmol,84%)。
【0089】
H NMRにより、化合物(4)の構造を同定した。
HNMR(400MHz,DMSO-d6,TMS standard):δ(ppm)0.92(br-t,6H,CH),1.20-1.38(m,12H,CH),3.42(s,4H,CH),4.63-4.70(br-m,8H,CH),5.36(br-t,3H,OH),7.52-8.73(m,32H,ArH).
【0090】
【化18】
【0091】
(化合物((Pyr-A))の合成)
NaH(60% dispersion in oil,20mg,0.29mmol)を、化合物(4)(36mg,0.06mmol)、脱水THF(0.5mL)、及び脱水DMF(0.6mL)の混合物に、N下、0℃で、ゆっくりと添加した。0℃で2時間撹拌した後、混合物に、ポリ(エチレングリコール)メチルエーテルトシラート(Mn=900gmol-1,156mg,0.24mmol)を添加し、室温まで温めて、35時間撹拌した。得られた混合物を、飽和NHCl aq.に滴下し、CHClで抽出した。有機層を水で洗浄し、無水NaSO上で乾燥させ、次いで蒸発乾固した。残留物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(メタノール/CHCl=2/98~5/95)及びサイズ排除クロマトグラフィーで精製し、淡黄色固体として化合物(Pyr-A)を得た(48mg,0.019mmol,32%)。
【0092】
H NMRにより、化合物(Pyr-A)の構造を同定した。
HNMR(400MHz,CDCl3,TMS standard):δ(ppm)0.96(t,J=7.1Hz,6H,CH),1.24-1.45(m,12H,CH),3.36-3.78(m,CH,CH),4.69(s,4H,CH),4.72(s,4H,CH),7.53-7.57(m,8H,ArH),7.59-7.63(m,8H,ArH),7.90-7.99(m,8H,ArH),8.08-8.20(m,8H,ArH).
【0093】
【化19】
【0094】
[化合物(Pyr-A)の蛍光特性]
分光光度計(V-750,日本分光株式会社)を用いて、各種溶媒中での化合物(Pyr-A)の紫外可視吸収スペクトルを測定した。分光蛍光光度計(FP-8300,日本分光株式会社)を用いて、各種溶媒中での化合物(Pyr-A)の蛍光スペクトルを測定した。測定中の温度は、25±1℃に維持した。溶媒中での化合物(Pyr-A)の濃度は、1.0μMとした。化合物(Pyr-A)の蛍光スペクトルは、励起波長358nmで測定した。
【0095】
化合物(Pyr-A)は、320~400nmの範囲に、1,6-ジフェニルピレン誘導体と同様の強い吸収帯を有していた(データは示さず)。
【0096】
図2に、各種溶媒中での化合物(Pyr-A)の蛍光スペクトルを示す。化合物(Pyr-A)の蛍光スペクトルは、400nm付近及び470nm付近に2つのバンドが確認された。これら2つのバンドは、1.6-ジフェニルピレン誘導体のバンドと類似しており、それぞれモノマーとエキシマーの発光に対応していると考えられた(Imai, K., et al., (2012). Polym. Bull. 68, 158-1601.)。
蛍光強度は、溶媒の種類によって異なっていた。極性の高い溶媒では、極性の低い溶媒と比較して、化合物(Pyr-A)のエキシマー発光が増強されていた。一方、極性の低い溶媒では、極性の高い溶媒と比較して、モノマー発光が増強されていた。
【0097】
図3に、モノマー発光(検出波長400nm)の蛍光強度とエキシマー発光(検出波長470nm)の蛍光強度との合計値に対するエキシマー発光の割合を示す値[I470(I400/I470)]を、溶媒の極性パラメータE(30)の関数としてプロットした結果を示す。[I470(I400/I470)]値は、溶媒の極性が高いほど大きくなった。この結果からも、溶媒の極性が高いほど、エキシマー発光が増強されることが確認された。エキシマー発光は、粘度の高いプロトン系の極性溶媒よりも、粘度の低い非プロトン系の極性溶媒で顕著であった。
【0098】
図4は、メタノールとポリエチレングリコール4000(PEG4000)との混合溶媒(PEG4000濃度:0gL-1、25gL-1、50gL-1、100gL-1)中での化合物(Pyr-A)の蛍光スペクトルを示す。PEG4000の濃度が高くなるほど、モノマー発光が増強され、エキシマー発光が抑制された。
【0099】
以上の結果から、化合物(Pyr-A)は、極性が高く粘性が低い環境ではエキシマー発光が優勢となり、極性が低く粘性が高い環境ではモノマー発光が優勢となることが確認された。
【0100】
[液滴アッセイ]
BRD4は、転写制御に関与するコアアクティベーターであり、そのIDRはin vitroで液滴を形成する(Wang, Z.A., and Cole, P.A. (2020). Cell Chem. Biol. 27, 953-969.)。そこで、BRD4のIDR(BRF4-IDR)とmEGFP(monomeric enhanced green fluorescent protein)とを含む組換え融合タンパク質(BRD4-IDR-mEGFP)を作製し、化合物(Pyr-A)の液滴アッセイを行った。
【0101】
組換えmEGFPタンパク質は、ORIGENE(Sku#TP790050)から入手した。組換えmEGFP融合タンパク質(BRF4aa674-1351;BRD4-IDR-mEGFP)を、Amicon Ultra遠心式フィルター(50K MWCO,Millipore)を用いて濃縮した。組換えタンパク質を、液滴バッファー(50mM Tris-Hcl pH7.5,10%グリセロール,1mM DTT,10% PEG)で、最終濃度が10μMとなるように希釈した。希釈に用いた液滴バッファーは、10μMの化合物(Pyr-A)を含むものと、含まないものとを用いた。希釈後直ぐに、ガラス底ディッシュ(松浪硝子工業)に載せ、カバーガラスで覆った。水銀ランプ及びPlan-Apochromat 100×/1.4オイル対物レンズを備えたZeiss LSM5 EXCITER顕微鏡を用いて、液滴を撮像した。モノマー発光は、カスタマイズした蛍光キューブI(Ex365/DM390/Em425,Zeiss)を用いて測定した。エキシマー発光は、蛍光キューブII(Ex365/DM400/Em490,Zeiss)を用いて測定した。画像取得には、Axio Visionソフトウェア(version 4.8)を用いた。
【0102】
図5に、液滴アッセイの結果を示す。BRD4-IDR-mEGFPの液滴内に、化合物(Pyr-A)が取り込まれていることが確認された。
【0103】
図6に、エキシマー発光(蛍光(e))とモノマー発光(蛍光(m))の蛍光強度比(蛍光(e)/蛍光(m))と、液滴サイズとの関係を示す。「蛍光(e)/蛍光(m)」は、液滴サイズと負の相関を示した。この結果は、タンパク質の液滴の成熟に伴い、疎水性と粘性が増大することを示唆する。
【0104】
[細胞アッセイ]
化合物(Pyr-A)を用いて、細胞内の中心体を観察した。中心体は、一対の中心小体と中心小体周辺物質(PCM)により構成される。中心体には、centrin-1及びpericentrinが含まれる。有糸分裂期には、核膜が壊れた後、NUP62等の核膜孔複合体の特定の成分が中心体に局在し、PCMの成熟に関与する。有糸分裂期の中心体は、間期に比べて顕著に大きくなる。有糸分裂期には、間期と比較して、細胞内の粘性が増大し、極性が低下すると考えられる(図7B参照)。
【0105】
(細胞培養)
HeLa細胞は、American Type Culture Collection(ATCC)から入手した。細胞は、10%ウシ胎児血清及びペニシリン/ストレプトマイシンを含むダルベッコ改変イーグル培地(Invitrogen)用いて、加湿雰囲気下、5%CO、37℃で培養した。
【0106】
(cDNA Vector及び形質転換)
KpnI/BamH1制限サイトを用いて、HeLa細胞のcDNAをC1-EGFPベクターにクローニングすることにより、centrin1-EGFPベクターを作製した。HeLa細胞へのDNAの導入は、Lipofectamine 2000(Life Technologies)を用いて行った。形質転換後、G418処理により、Centrin1-EGFPを安定的に発現するHeLa細胞を選抜した。
【0107】
(ライブセル蛍光顕微鏡イメージング)
細胞をガラス底ディッシュ(松浪硝子工業)に播種し、24時間培養して接着させた。次いで、チミジンブロックにより細胞を同期させ、有糸分裂期の細胞密度を高め、10μMの化合物(Pyr-A)を含む培地で培養した。1時間培養後、細胞をPBSで2回洗浄し、新鮮な培地を添加した。次いで、水銀ランプ及びPlan-Apochromat 100×/1.4オイル対物レンズを備えたZeiss LSM5 EXCITER顕微鏡を用いて、細胞を撮像した。画像取得には、Axio Visionソフトウェア(version 4.8)を用いた。中心体の領域を特定するために、約30枚の画像スライス(厚さ0.2mm)を取得した。ラインプロファイル解析のために、centrin1-GFPシグナルが最大となる位置を選択した。
【0108】
図7Aに、間期と有糸分裂期の細胞の蛍光顕微鏡画像を示す。間期及び有糸分裂期のいずれの細胞でも、細胞内でモノマー発光及びエキシマー発光の両方が観察された。この結果から、化合物(Pyr-A)は細胞を透過することが確認された。
【0109】
図8に、中心体におけるエキシマー発光(蛍光(e))とモノマー発光(蛍光(m))のと蛍光強度比(蛍光(e)/蛍光(m))を解析した結果を示す。有糸分裂期の細胞では、間期の細胞と比較して、centrin1-GFPシグナルを中心とする領域の「蛍光(e)/蛍光(m)」の値が有意に低かった。これらの結果は、有糸分裂期には、PCMの拡張により中心体が成熟し、中心体周辺の微小環境を、粘性が高く、極性の低い状態に変化させることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0110】
本発明によれば、細胞内のLLPSの動態又は物性を評価可能な蛍光プローブ、前記蛍光プローブを用いた液相の極性及び粘性を評価する方法、及び前記蛍光プローブに用いられる化合物が提供される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図8