(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022185605
(43)【公開日】2022-12-15
(54)【発明の名称】新規イソフラボン化合物
(51)【国際特許分類】
A61K 8/60 20060101AFI20221208BHJP
A61K 31/7048 20060101ALI20221208BHJP
A61K 36/48 20060101ALI20221208BHJP
C07H 17/07 20060101ALI20221208BHJP
A61P 17/00 20060101ALI20221208BHJP
A61Q 19/00 20060101ALI20221208BHJP
A23L 33/105 20160101ALI20221208BHJP
A23L 2/52 20060101ALI20221208BHJP
【FI】
A61K8/60
A61K31/7048
A61K36/48
C07H17/07 CSP
A61P17/00
A61Q19/00
A23L33/105
A23L2/00 F
A23L2/52
【審査請求】有
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021093328
(22)【出願日】2021-06-03
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-08-18
(71)【出願人】
【識別番号】390010124
【氏名又は名称】株式会社ナボカルコスメティックス
(74)【代理人】
【識別番号】100205914
【弁理士】
【氏名又は名称】堀越 総明
(74)【代理人】
【識別番号】100162189
【弁理士】
【氏名又は名称】堀越 真弓
(72)【発明者】
【氏名】セン カ キョウ
(72)【発明者】
【氏名】矢代 卓也
(72)【発明者】
【氏名】トウ テイ カ
(72)【発明者】
【氏名】ホウ チ テン
(72)【発明者】
【氏名】オウ カイ ユウ
(72)【発明者】
【氏名】リ ヨン
【テーマコード(参考)】
4B018
4B117
4C057
4C083
4C086
4C088
【Fターム(参考)】
4B018MD08
4B018MD57
4B018ME14
4B018MF01
4B117LC04
4B117LG11
4B117LK06
4B117LP01
4C057AA06
4C057AA12
4C057BB02
4C057DD01
4C057KK08
4C083AA111
4C083AA112
4C083AC471
4C083AC472
4C083AD201
4C083AD202
4C083BB51
4C083CC02
4C083CC31
4C083EE11
4C086AA01
4C086AA02
4C086AA03
4C086AA04
4C086EA11
4C086GA02
4C086GA17
4C086ZA89
4C086ZB11
4C088AB59
4C088AC04
4C088BA10
4C088BA14
4C088BA23
4C088BA32
4C088CA08
4C088NA14
4C088ZA89
4C088ZB11
(57)【要約】 (修正有)
【課題】イナゴマメ由来の新規な活性成分及びその用途を提供する。
【解決手段】イナゴマメ莢果の含水アルコール抽出物を石油エーテル、酢酸エチルの順に液液抽出を行い、酢酸エチル画分から分離される新規イソフラボン配糖体、若しくはその塩又はそれらの溶媒和物を提供する。該化合物はアクアポリン3産生促進作用及びフィラグリン2産生促進作用を備え、皮膚バリア機能改善効果を有すると共に抗炎症作用を有する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物。
【化1】
【請求項2】
下記式(I)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物を含有する皮膚バリア機能改善剤。
【化2】
【請求項3】
下記式(I)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物を含有するアクアポリン3産生促進剤。
【化3】
【請求項4】
下記式(I)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物を含有するフィラグリン2産生促進剤。
【化4】
【請求項5】
下記式(I)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物を含有する抗炎症剤。
【化5】
【請求項6】
前記式(I)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物の濃度が0.001mM~1mMである請求項2~5のいずれか1項に記載の剤。
【請求項7】
皮膚外用剤である請求項2~6のいずれか1項に記載の剤。
【請求項8】
化粧料である、請求項2~7のいずれか1項に記載の剤。
【請求項9】
下記式(I)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物を含有する皮膚バリア機能改善用飲食品組成物。
【化6】
【請求項10】
下記式(I)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物を含有する抗炎症用飲食品組成物。
【化7】
【請求項11】
イナゴマメ(Ceratonia siliqua)の莢果の含水アルコール抽出物を得る工程、
前記含水アルコール抽出物を、石油エーテル、酢酸エチルの順に液液抽出を行い、酢酸エチル画分を回収する工程、及び、
前記酢酸エチル画分から式(I)で表される化合物を分離する工程、を有することを特徴とする該化合物の製造方法。
【化8】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マメ科植物であるイナゴマメ(Ceratonia siliqua L.)から分離、精製して得られる新規なイソフラボン化合物及びその用途に関し、さらに、この化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イナゴマメ(Ceratonia siliqua L.)は、主に地中海地方を原産とするマメ科植物である。イナゴマメの莢果、すなわち、イナゴマメの莢及び果肉はキャロブ(carob)と呼ばれ、古くから食用又は食品原料として利用されてきた。成熟した莢果は長さ10~25cm程度で、甘味を呈する。イナゴマメの莢果には、多糖類、セルロース及びミネラル類が多く含まれ、タンパク質や非炭水化物系の低分子化合物等が少量含まれている。近年、イナゴマメの新たな機能に関する研究が進められており、イナゴマメの莢果(pod)の水抽出物が、消化管における止瀉、抗酸化、抗菌、抗潰瘍及び抗炎症作用等の複数の薬理作用を有しており、潰瘍性大腸炎や胃潰瘍などの消化器疾患の予防及び治療効果を有することが報告されている(非特許文献1、2)。また、特許文献1には、イナゴマメの種子抽出物にα-グルコシダーゼ阻害活性があり、体重増加の抑制効果を有することが記載され、特許文献2には、イナゴマメの種子から抽出されたペプチドがアクアポリンの発現を活性化することが記載されている。
【0003】
炎症は非常に一般的で重要な病理学的プロセスであり、神経変性疾患、癌、心血管疾患、関節リウマチ、呼吸器疾患、糖尿病、筋肉や軟部組織の損傷等のほとんどの病気と密接に関連し、多くの急性及び慢性疾患の重要な病原性因子の1つとされている。IL-6(インターロイキン-6)は、分子量が21~28kDaの糖タンパク質であり、急性炎症、組織損傷や免疫応答等の生物学的プロセスに関与する炎症性サイトカインの一つである。IL-6は、主にTNF-αとIL-1が単球を誘導した際に産生され、炎症細胞を活性化するだけでなく、急性期タンパク質の発現を誘導し、炎症反応と毒性作用を触媒・増幅させ、組織細胞に損傷を与える。それゆえ、IL-6産生抑制アッセイが抗炎症剤をスクリーニングする手段として用いられている。多くの炎症性疾患の臨床治療薬にはさまざまな副作用と薬剤耐性があることから、臨床での適用には制限がある。そのため、治療効果が高く、副作用は少なく、高い安全性をも備えた新たな抗炎症剤が依然として期待されている。
【0004】
他方、アクアポリン3(Aquaporin 3:AQP3)は、人間の皮膚で最も発現しているアクアポリンのアイソフォームの一つである。アクアポリン3は細胞膜上に存在し、膜を通して水等の小分子を輸送するトランスポーターであり、細胞膜に「細孔(pore)」を形成することにより、生体内の水、グリセロール、尿素等の小分子の膜輸送を仲介し、水のバランスを調整する作用を有している。アクアポリン3は、肌のうるおい、肌のバリア機能、創傷治癒に関与し、皮膚の形態や機能を正常に維持する機能を有し、ケラチノサイトの増殖や遊走、さらには初期分化、アトピー性皮膚炎、白斑、皮膚腫瘍、乾癬などの多くの皮膚疾患に関連している。また、アクアポリン3の発現量が低下(ダウンレギュレーション)することにより、非露光部皮膚の自然老化を引き起こすことが知られている。
【0005】
また、フィラグリン2(Filaggrin-2:FLG2)は、S100 fused-typeタンパク質ファミリーのメンバーであり、表皮分化複合体(EDC)に存在する。フィラグリン2タンパク質及びフィラグリン2のmRNAは、主に角質化した上皮、特に皮膚に局在している。フィラグリン2の発現パターンは顆粒層の上側と角質層に限定されており、フィラグリンの発現パターンと類似し、構造的にもフィラグリンと密接に関連している。フィラグリン2は上皮の恒常性に関与しているほか、皮膚の角化に必要であり、肌バリアを保護する機能も有する。また、フィラグリン2遺伝子の欠陥は皮膚疾患の発症にも関連している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005-119999号公報
【特許文献2】特表2013-515704号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Rtibi K, Jabri M A, Selmi S, et al., “Preventive effect of carob (Ceratonia siliqua L.) in dextran sulfate sodium-induced ulcerative colitis in rat”, RSC Advances, 2016年, Vol. 6, p.19992-20000.
【非特許文献2】Rtibi K, Selmi S, Grami D, et al., “Chemical constituents and pharmacological actions of carob pods and leaves (Ceratonia siliqua L.) on the gastrointestinal tract: A review“, Biomedicine & Pharmacotherapy, 2017年, Vol. 93, p.522-528.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述した非特許文献1,2では、イナゴマメの莢果抽出物が、消化管における止瀉、抗酸化、抗菌、抗潰瘍及び抗炎症作用等の薬理作用を有し、消化器疾患の治療効果を有すること、並びに特許文献1,2では、イナゴマメの種子抽出物に体重増加の抑制効果を有すること、及びアクアポリンの発現を活性化するペプチドが含まれていることが報告されているが、具体的な活性成分の特定にはまだ至っていない。
【0009】
また、イナゴマメの種子(豆)ではなく、イナゴマメの莢果をアクアポリン3遺伝子又はフィラグリン2遺伝子の発現亢進を介した皮膚のバリア機能改善のために用いることについての検討はこれまでなされておらず、その有効性はまったく不明であった。
【0010】
したがって、本発明は上述した点に鑑みてなされたもので、その目的は、イナゴマメ由来の新規な活性成分及びその用途を提供することにある。
【0011】
また、本発明の他の目的は、IL-6産生を抑制することができる、新たな抗炎症剤であって、イナゴマメ由来のものを提供することにある。さらに、この抗炎症剤を含む皮膚外用剤、化粧料及び抗炎症用飲食品組成物を提供することを目的とする。
【0012】
また、本発明の他の目的は、アクアポリン3遺伝子及び/又はフィラグリン2遺伝子の発現を亢進することができる、新たな皮膚のバリア機能改善剤であって、イナゴマメ由来のものを提供することにある。さらに、この皮膚のバリア機能改善剤を含む皮膚外用剤、化粧料及び皮膚バリア機能改善用飲食品組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、イナゴマメの莢果抽出物から新規なイソフラボン化合物を分離し、この新規化合物が抗炎症作用及び、アクアポリン3遺伝子及びフィラグリン2遺伝子の発現促進作用を有することを見出した。この知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0014】
上記課題を解決するため、本発明は、下記式(I)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物である。
【0015】
【0016】
式(I)で表される化合物は、イナゴマメ(Ceratonia siliqua)の莢果抽出物から分離、精製された新規イソフラボン化合物であり、アクアポリン3産生促進作用及びフィラグリン2産生促進作用を備え、皮膚バリア機能改善効果を有すると共に抗炎症作用を有する。
【0017】
また、本発明の皮膚バリア機能改善剤は、上述した式(I)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物を含有する。式(I)で表される化合物を投与することにより、アクアポリン3遺伝子及びフィラグリン2遺伝子の発現が促進され、皮膚のバリア機能を適切な状態に保つ機能を担うアクアポリン3及びフィラグリン2の産生が促進されるため、皮膚バリア機能の改善効果が発揮される。
【0018】
また、本発明のアクアポリン3産生促進剤は、上述した式(I)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物を含有する。式(I)で表される化合物を投与することにより、アクアポリン3遺伝子の発現が促進され、アクアポリン3の産生が促進される。
【0019】
また、本発明のフィラグリン2産生促進剤は、上述した式(I)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物を含有する。式(I)で表される化合物を投与することにより、フィラグリン2遺伝子の発現が促進され、フィラグリン2の産生が促進される。
【0020】
また、本発明の抗炎症剤は、上述した式(I)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物を含有する。式(I)で表される化合物を投与することにより、炎症因子であるIL-6の産生が抑制され、炎症反応が低減される。
【0021】
また、本発明の皮膚バリア機能改善剤、アクアポリン3産生促進剤、フィラグリン2産生促進剤及び抗炎症剤は、上述した式(I)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物の濃度が0.001mM~1mMであることも好ましい。これにより、効果に優れる活性成分の濃度が選択される。
【0022】
また、本発明の皮膚バリア機能改善剤、アクアポリン3産生促進剤、フィラグリン2産生促進剤及び抗炎症剤は、皮膚外用剤又は化粧料であることも好ましい。これにより、皮膚バリア機能の改善効果、アクアポリン3産生促進作用、フィラグリン2産生促進作用及び抗炎症作用を有する皮膚外用剤又は化粧料が得られる。
【0023】
また、本発明の皮膚バリア機能改善用飲食品組成物は、上述した式(I)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物を含有する。アクアポリン3遺伝子及びフィラグリン2遺伝子の発現が亢進し、アクアポリン3及びフィラグリン2の産生が促進されることにより、皮膚バリア機能の改善効果が発揮される飲食品組成物が得られる。
【0024】
また、本発明の抗炎症用飲食品組成物は、上述した式(I)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物を含有する。炎症因子であるIL-6産生が抑制されることにより、抗炎症作用が発揮される飲食品組成物が得られる。
【0025】
また、本発明の上述した式(I)で表される化合物の製造方法は、イナゴマメ(Ceratonia siliqua)の莢果の含水アルコール抽出物を得る工程、この含水アルコール抽出物を石油エーテル、酢酸エチルの順に液液抽出を行い、酢酸エチル画分を回収する工程、及び、回収された酢酸エチル画分から式(I)で表される化合物を分離する工程、を有している。これにより、アクアポリン3産生促進作用及びフィラグリン2産生促進作用を備え、皮膚バリア機能改善効果を有すると共に抗炎症作用を有する、新規なイソフラボン化合物が得られる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、以下のような優れた効果を有する新規イソフラボン化合物並びにこれを含有する皮膚バリア機能改善剤、アクアポリン3産生促進剤、フィラグリン2産生促進剤、抗炎症剤、皮膚外用剤、化粧料及び飲食品組成物を提供することができる。
(1)アクアポリン3遺伝子の発現を亢進させ、アクアポリン3の産生を促進することができる。
(2)フィラグリン2遺伝子の発現を亢進させ、フィラグリン2の産生を促進することができる。
(3)アクアポリン3産生促進作用及びフィラグリン2産生促進作用を備え、相乗的な皮膚バリア機能改善効果を有する。
(4)IL-6産生を抑制し、抗炎症作用を有する。
(5)古来から食用とされているイナゴマメの莢果由来の化合物を有効成分とするものであるため、人体に対する安全性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】本発明の化合物の高分解能ESIマススペクトルを示す図である。
【
図2】本発明の化合物の紫外吸収スペクトルを示す図である。
【
図3】本発明の化合物の赤外吸収スペクトルを示す図である。
【
図4】本発明の化合物の
1H-NMRスペクトル(CD
3OD、600MHz)を示す図である。
【
図5】本発明の化合物の
13C-NMRスペクトル(CD
3OD、150MHz)を示す図である。
【
図6】本発明の化合物のHSQCスペクトルを示す図である。
【
図7】本発明の化合物のHMBCスペクトルを示す図である。
【
図8】本発明の化合物のNOESYスペクトルを示す図である。
【
図9】本発明の化合物の
1H-NMRシグナル及び
13C-NMRシグナルを一覧にまとめた図である。
【
図10】本発明の化合物のHMBC相関及びNOESY相関を示す図である。
【
図11】実施例4における、LPS誘発IL-6の産生量を示すグラフである。
【
図12】実施例5における、アクアポリン3遺伝子(AQP3)のmRNA発現量を示すグラフである。
【
図13】実施例5における、フィラグリン2遺伝子(FLG2)のmRNA発現量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の新規イソフラボン化合物及びこれを含む皮膚バリア機能改善剤、アクアポリン3産生促進剤、フィラグリン2産生促進剤、抗炎症剤、皮膚外用剤、化粧料、皮膚バリア機能改善用飲食品組成物、抗炎症用飲食品組成物並びにこの化合物の製造方法について説明する。
【0029】
本発明に係る下記式(I)で表される新規イソフラボン化合物は、イソフラボン化合物とグルコースとがエステル結合したイソフラボン配糖体である。
【0030】
【0031】
本発明に係る新規イソフラボン化合物は塩であってもよく、薬理学的に許容される塩であることが好ましい。この新規イソフラボン化合物の薬理学的に許容される塩としては、酸又は塩基と形成される塩であればよく、特に限定されない。また、この新規イソフラボン化合物又はその塩は、溶媒和物であってもよく、特に限定されないが、例えば、水和物、エタノール等の有機溶媒和物が挙げられる。
【0032】
本発明に係る新規イソフラボン化合物は、優れたアクアポリン3産生促進作用と、フィラグリン2産生促進作用とを併せ持つことから、複数のメカニズムによる皮膚バリアの正常化・バリア機能の保持効果が得られる皮膚バリア機能改善剤として用いることができる。さらに、本発明の化合物は、IL-6産生抑制活性を有しており、抗炎症剤として用いることができる。
【0033】
本発明において、アクアポリン3産生促進とは、アクアポリン3遺伝子の発現促進又はアクアポリン3(タンパク質)の発現促進のことをいい、本発明の新規イソフラボン化合物を添加又は投与されない状態のコントロールと比較して、アクアポリン3遺伝子又はアクアポリン3の発現が亢進していることを意味する。より具体的には、アクアポリン3遺伝子の発現レベルがコントロールの1.5倍以上であることが好ましく、1.7倍以上であることがより好ましく、2倍以上であることが特に好ましい。また、フィラグリン2産生促進とは、フィラグリン2遺伝子の発現促進又はフィラグリン2(タンパク質)の発現促進のことをいい、本発明の新規イソフラボン化合物を添加又は投与されない状態のコントロールと比較して、フィラグリン2遺伝子又はフィラグリン2の発現が亢進していることを意味する。より具体的には、フィラグリン2遺伝子の発現レベルがコントロールの1.1倍以上であることが好ましく、1.2倍以上であることがより好ましく、1.3倍以上であることが特に好ましい。これらの遺伝子の発現レベルは、例えば、リアルタイムPCR(QPCR)やマイクロアレイ等の公知の方法で測定でき、タンパク質の発現レベルは、例えば、免疫染色、ウエスタンブロッティング等の公知の方法で測定され得る。
【0034】
また、本発明において、抗炎症作用とは、本発明の新規イソフラボン化合物を添加又は投与されない状態のコントロールと比較して、例えば、LPSにより誘発されたIL-6産生量を低減させる作用を意味する。
【0035】
本発明の新規イソフラボン化合物は、イナゴマメの莢果から分離、精製することにより得ることができる。本発明で用いられるイナゴマメとは、学名をCeratonia siliquaといい、マメ科ジャケツイバラ亜科イナゴマメ属の植物である。地中海沿岸地方を原産とする植物であるが、本発明においては、産地や栽培環境は特に限定されず、あらゆる産地及び栽培環境のイナゴマメを用いることができる。
【0036】
本発明の新規イソフラボン化合物のイナゴマメからの分離方法について説明する。まず、イナゴマメの莢果から含水アルコール抽出物を得る。本発明におけるイナゴマメ莢果の含水アルコール抽出物とは、イナゴマメの莢果に抽出溶媒として含水アルコールを加え、抽出処理を施すことによって得られた抽出物をいう。イナゴマメの莢果とは、イナゴマメの莢付果実の莢と果肉のことを意味し、莢又は果肉のいずれか一方を抽出材料として用いることも可能であるが、莢及び果肉を用いることがより好ましい。抽出処理は、採取された状態、すなわち、生の状態のイナゴマメ莢果、又は乾燥状態のイナゴマメ莢果に対して行われるが、抽出効率の向上を図るため、又は取り扱いを容易とするために種々の前処理が施されたイナゴマメ莢果に対して抽出処理を施すことも可能である。前処理としては、特に限定されないが、乾燥処理、破砕処理又は粉砕処理等が挙げられ、これら前処理が施されたイナゴマメの莢果に抽出処理を施して抽出物を得てもよい。
【0037】
抽出溶媒として用いられる含水アルコールを構成するアルコールとしては、本発明のイソフラボン化合物を抽出できるものであれば特に限定されず、例えば、エタノール、メタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール又はイソブタノール等が挙げられる。このうち、人体への安全性及び抽出効率等の観点から、抽出溶媒としては、含水エタノールが好適に選択される。また、含水アルコールのアルコール濃度としては、50~99%が好ましく、60~97%がより好ましく、70~95%が特に好ましい。また、抽出溶媒には、本発明の化合物の抽出を妨げない範囲において、他の成分を含有させることも可能である。
【0038】
含水アルコールによる抽出方法としては、イナゴマメの莢果に抽出溶媒である含水アルコールを加えて浸漬させ、抽出を行う。例えば、イナゴマメ莢果を含水率10%未満の乾燥破砕物とした場合には、植物体1重量部に対し、抽出溶媒を5~10重量部用いることが好ましい。また、抽出方法としては、室温での抽出、加熱抽出、加圧加熱抽出又は亜臨界抽出等のいずれの方法でも行うことが可能であるが、抽出効率の観点から、還流操作による加熱抽出が好ましい。また、抽出効率を高めるため、抽出操作は複数回行うことが好ましく、抽出溶媒中のアルコール濃度を変えて複数回の抽出操作を行うことがさらに好ましい。特に限定されないが、具体的には、95%エタノールによる還流抽出を1~5回行い、引き続いて、70%エタノールによる還流抽出を1~5回行うといった抽出方法が挙げられる。抽出時間は、抽出方法、抽出材料の態様、抽出溶媒の種類又は抽出温度等に応じて種々設定されるが、例えば、70~95%のエタノールを用いて還流抽出を行う場合には、1回の抽出時間として1~3時間程度とすることが好ましく、1.5時間程度とすることが特に好ましい。上述した抽出処理後、残渣をデカンテーション、遠心分離又はろ過等により取り除くことによりイナゴマメの莢果の含水アルコール抽出物が得られる。得られた抽出物には減圧蒸留等の処理を施すことにより、濃縮液や固形物としたものも含まれる。
【0039】
上述のようにして得られたイナゴマメの莢果の含水アルコール抽出物については、イナゴマメの莢果に多量に含まれている糖類等が存在すると考えられるため、これら不要な成分を除去することを目的として、イオン交換樹脂による分離操作を行ってもよい。具体的には、イナゴマメの莢果の含水アルコール抽出物1重量部に対し、1~10重量部の水を加えて分散させ、マクロポーラス吸着樹脂等のイオン交換樹脂を詰めたカラムに通し、本発明のイソフラボン化合物を吸着させて、糖類などの不要成分を流出除去させる。その後、95%エタノール等で溶出させることにより、本発明のイソフラボン化合物を含む画分が回収される。
【0040】
引き続いて、イナゴマメの莢果の含水アルコール抽出物又は上述したイオン交換樹脂により分離された回収画分のさらなる分離操作について説明する。含水アルコール抽出物又は回収画分を水系溶媒に分散させ、石油エーテル、酢酸エチルの順に溶媒抽出を行う。水系溶媒としては、本発明のイソフラボン化合物を分散できるものであれば特に限定されないが、50%含水メタノールが好適に用いられる。石油エーテル/水系溶媒での液液抽出を複数回行った後、酢酸エチル/水系溶媒での液液抽出を複数回行う。この溶媒抽出操作により回収された酢酸エチル画分に本発明の新規なイソフラボン化合物が含まれる。各溶媒系での液液抽出の回数は2~10回程度が好ましく、5回程度が特に好ましい。
【0041】
上述のようにして得られた酢酸メチル画分から常法に基づき精製することにより、本発明の新規イソフラボン化合物が単離され得る。精製方法としては、順相クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー及び高速液体クロマトグラフィー等を挙げることができ、これらのうちの1種又は複数を組み合わせて精製することが可能である。各種クロマトグラフィーに用いられる担体や溶出溶媒等は、各種クロマトグラフィーに対応して適宣選択することができる。
【0042】
なお、上述のようにしてイナゴマメの莢果から分離、精製された本発明のイソフラボン化合物は、完全な純物質として単離されていなくてもよく、イナゴマメ原料由来の他の成分が一部含まれていてもよい。
【0043】
さらに、本発明の新規イソフラボン化合物は、公知の方法で合成して得られた合成品であってもよい。
【0044】
本発明の新規イソフラボン化合物は、優れたアクアポリン3産生促進作用と、フィラグリン2産生促進作用とを併せ持つことから、複数のメカニズムによる皮膚バリア機能改善剤として用いることができる。また、本発明の新規イソフラボン化合物は、アクアポリン3産生促進剤又はフィラグリン2産生促進剤として用いることができる。さらに、本発明の新規イソフラボン化合物は、IL-6産生抑制活性を有していることから、抗炎症剤として用いることができる。また、本発明の新規イソフラボン化合物はIL-6産生抑制剤として用いることができる。
【0045】
本発明の新規イソフラボン化合物を含有する皮膚バリア機能改善剤、アクアポリン3産生促進剤及びフィラグリン2産生促進剤は、皮膚細胞に含まれるアクアポリン3及びフィラグリン2を増加させ、皮膚バリア機能を改善し、皮膚の老化を改善し、皮膚を安定した状態に保つための皮膚外用剤として用いることができる。また、本発明の皮膚バリア機能改善剤、アクアポリン3産生促進剤及びフィラグリン2産生促進剤は、皮膚細胞に含まれるアクアポリン3及びフィラグリン2を増加させ、皮膚のうるおいを保ち、皮膚を健やかに保つ作用を有する化粧料として用いることができる。さらに、本発明の新規イソフラボン化合物を含有する抗炎症剤は、炎症因子の産生を抑制し、皮膚における炎症を予防又は改善し、皮膚を安定した状態に保つための皮膚外用剤として用いることができる。また、本発明の抗炎症剤は、炎症因子の産生を抑制し、皮膚を健やかに保つ作用を有する化粧料として用いることができる。
【0046】
本発明の皮膚バリア機能改善剤、アクアポリン3産生促進剤、フィラグリン2産生促進剤及び抗炎症剤の投与量は、目標とする効果、予防又は治療効果、投与方法又は年齢などによって変化するので一概には規定できないが、外用剤として用いた場合における、通常一日の非経口的な投与量は、本発明のイソフラボン化合物として、0.2μg~30mgとすることが好ましく、1μg~3mgとすることがより好ましく、5μg~500μgとすることがさらに好ましい。また、内用剤として用いた場合における、経口的な投与量としては、本発明のイソフラボン化合物として、通常一日1μg~1000mgとすることが好ましく、5μg~500mgとすることがより好ましい。
【0047】
本発明の皮膚バリア機能改善剤、アクアポリン3産生促進剤、フィラグリン2産生促進剤及び抗炎症剤並びに皮膚外用剤及び化粧料の剤形は、特に限定されず、例えば、低粘度液体、ローション等の液剤、乳液、ゲル、ペースト、クリーム、フォーム、パック、軟膏、粉剤、エアゾール又は貼付剤等、並びに錠剤、顆粒剤、カプセル剤又は内服用液剤等が挙げられる。なお、本発明に係る皮膚バリア機能改善剤、アクアポリン3産生促進剤、フィラグリン2産生促進剤及び抗炎症剤は、化粧品、医薬部外品又は医薬品のいずれにも適用することができる。具体的な製品としては、特に限定されないが、化粧水、化粧クリーム、化粧乳液、美容液、化粧パック、化粧洗浄料、石鹸、ヘアケア剤、浴用剤又はメーキャップ化粧料、抗ニキビスキンケア化粧料等が挙げられる。
【0048】
本発明の皮膚バリア機能改善剤、アクアポリン3産生促進剤、フィラグリン2産生促進剤及び抗炎症剤並びに皮膚外用剤及び化粧料中において、本発明の新規イソフラボン化合物の配合濃度は、好ましくは0.001mM~1mMであり、より好ましくは5μM~100μMであり、さらに好ましくは10μM~30μMである。新規イソフラボン化合物の配合量をこの範囲内とすることにより、本化合物を安定に配合することができ、皮膚への安全性も高く、高い皮膚バリア機能改善効果、アクアポリン3産生促進効果、フィラグリン2産生促進効果及び抗炎症効果を発揮することができる。
【0049】
本発明の皮膚バリア機能改善剤、アクアポリン3産生促進剤、フィラグリン2産生促進剤及び抗炎症剤は、従来慣用されている方法により種々の形態に調製することができる。この場合、通常製剤用の担体や賦形剤など、医薬品の添加剤として許容されている添加剤を用いて製剤化することができる。また、本化合物のバイオアベイラビリティーや安定性を向上させるために、マイクロカプセル、微粉末化、シクロデキストリン等を用いた包接化などの製剤技術を含むドラッグデリバリーシステムを用いることもできる。
【0050】
また、本発明の皮膚バリア機能改善剤、アクアポリン3産生促進剤、フィラグリン2産生促進剤及び抗炎症剤並びに皮膚外用剤及び化粧料には、皮膚外用剤及び化粧料に通常用いられる成分である水、油脂類、ロウ類、炭化水素類、脂肪酸類、高級アルコール類、エステル類、植物抽出エキス類、ビタミン類、水溶性高分子、界面活性剤、金属石鹸、アルコール、多価アルコール、pH調整剤、防腐剤、香料、粉体、増粘剤、色素又はキレート剤等の成分を適宜配合することができる。さらに、本発明の作用効果を損なわない範囲において、通常用いられる各種の機能性成分、例えば、保湿剤、美白剤、抗酸化剤、細胞賦活剤、紫外線防御剤、血行促進剤及び他の抗炎症剤等から選ばれる機能性成分の一種または二種以上と併用することができる。
【0051】
さらに、本発明の皮膚バリア機能改善用飲食品組成物及び抗炎症用飲食品組成物は、本発明の新規イソフラボン化合物を活性成分として含有している。本発明に係る飲食品組成物は、錠剤やカプセル剤、顆粒剤、シロップ剤などのサプリメント形態、清涼飲料、果汁飲料、アルコール飲料などの飲料、アメやガム、クッキー、ビスケット、チョコレート等の菓子、パン、粥、シリアル、麺類、ゼリー、スープ、乳製品、調味料等のあらゆる形態とすることができる。このように飲食品として用いる際には、本発明の有効成分の効能に影響を与えない範囲において、他の有効成分や、ビタミン、ミネラル若しくはアミノ酸等の栄養素等を種々組み合わせることも可能である。本発明の飲食品には、サプリメント、健康食品、機能性食品、特定保健用食品等が含まれる。また、本発明の飲食品の1日あたりの摂取量は、本発明のイソフラボン化合物として、通常一日1μg~1000mgとすることが好ましく、5μg~200mgとすることがより好ましい。
【0052】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【実施例0053】
[実施例1]
1.イナゴマメ莢果の含水アルコール抽出物の調製
採取後、乾燥処理されたイナゴマメ(Ceratonia siliqua)の莢付果実から種を取り除いた。このイナゴマメの莢果を粉砕機で粉砕して粒径2mm以下の粉砕物を得た。20kgの粉砕物に対し、140kg(7倍量)の含水95%エタノールを加え、1.5時間還流抽出する操作を2回行った後、残渣をさらに140kg(7倍量)の含水70%エタノールで1.5時間還流抽出した。得られた還流抽出液を合わせた後、溶媒を減圧留去してイナゴマメ莢果の含水エタノール抽出物12.4kgを得た。
【0054】
[実施例2]
2.イナゴマメ莢果の含水アルコール抽出物の分離及び精製
実施例1で得られたイナゴマメ莢果の含水エタノール抽出物を1~10倍量の水に分散させ、イオン交換樹脂(マクロポーラス吸着樹脂D101、Cangzhou Bon Adsorber Technology Co., Ltd.)に吸着させた。カラム容量の3倍量の蒸留水で溶出して糖類等の不純物を除去した後、カラム容量の3倍量の含水95%エタノールで溶出させ、溶媒を減圧留去し、462.7gのエタノール溶出画分(非炭水化物系低分子化合物画分)を得た。次に、得られたエタノール溶出画分を1.0Lの含水50%メタノールに分散させ、石油エーテル、酢酸エチルの順に、それぞれ5回ずつ液液抽出を行った。各溶媒を減圧留去して、石油エーテル画分28.4g、酢酸エチル画分139.4g及び水系画分290.2gをそれぞれ得た。
【0055】
次に、135.0gの酢酸エチル画分について、順相シリカゲルカラムクロマトグラフィー(カラム充填材:200~300メッシュ、青島海洋化工場製品)に供し、石油エーテル(P)/酢酸エチル(E)及びジクロロメタン(C)/メタノール(M)の2つの展開溶媒を用いて溶出させ、分画を行った。この結果、108個の溶出画分が得られた。得られた108個の溶出画分について、薄層クロマトグラフィー(シリカゲルGF254プレート、青島海洋化工場製品)による同定を行い、類似する画分を合わせて10個の溶出画分A~Jを得た。
【0056】
次に、溶出画分I(20.0g)について、逆相ODSカラムクロマトグラフィー(カラム充填材:40~63μm、メルク社製品)に供し、メタノール:水=15:85→100:0の勾配溶出により分画を行った。得られた溶出画分について、薄層クロマトグラフィー(シリカゲルGF254プレート、青島海洋化工場製品)による同定を行い、類似する画分を合わせて5つの溶出画分I1~I5を得た。
【0057】
次に、溶出画分I5(2.7g)について、ゲルろ過クロマトグラフィー(カラム充填材:Sephadex LH-20)に供し、ジクロロメタン:メタノール=1:1で溶出させ、5つの溶出画分I5a~I5eを得た。
【0058】
次に、溶出画分I5c(0.3g)をセミ分取HPLC(カラムI:YMC-Pack ODS-A、250×20mm、5μm)に供し、メタノール:水=55:45、検出波長267nmで分離し、画分I5c1を得た。この画分I5c1をセミ分取HPLC(カラムII:YMC-Pack ODS-A、250×10mm、5μm)に供し、メタノール:水=49:51、検出波長267nmで分離して、本発明の化合物(以下、「Ceratonia siliqua C」という。)3.3mgを得た(保持時間tR=56.42分)。
【0059】
[実施例3]
3.化合物(Ceratonia siliqua C)の構造解析
実施例2で得られた化合物、「Ceratonia siliqua C」の構造解析を行った。構造解析にあたり、高分解能質量分析(HR-ESI-MS;正イオンモード)、紫外吸収スペクトル分析、赤外吸収スペクトル分析、1H-NMR、13C-NMR、HMBC、HSQC及びNOESY分析を行った。これらの分析に用いた装置は次のとおりである。
・高分解能質量分析:エレクトロスプレーイオン化四重極飛行時間型質量分析装置(Bruker Daltonics社製品)
・紫外吸収スペクトル分析:紫外可視分光光度計(UV-2401PC、株式会社島津製作所製品)
・赤外吸収スペクトル分析:FT-IR(NEXUS470、Thermo nicolet社製品)
・NMR分析:600MHz核磁気共鳴装置(AVANCE III 600、Bruker社製品)
【0060】
Ceratonia siliqua Cの物理的性質は以下のとおりである。高分解能質量分析(HR-ESI-MS)のスペクトルを
図1に、紫外吸収スペクトル分析の結果を
図2に、赤外吸収スペクトル分析の結果を
図3にそれぞれ示す。
・性状:黄色粉末
・HR-ESI-MS(positive) m/z:499.1266[M+Na]
+
・紫外吸収スペクトル:λmax(MeOH)nm (logε):204.6(4.07),264.2(4.02)
・赤外吸収スペクトル(KBr、cm
-1):νmax:3422.30,1651.40,1613.95,1587.91,1516.46,1494.55,1441.21,1366.52,1323.41,1279.56,1265.05,1253.99,1219.53,1182.66,1112.36,1071.83,1055.90,1029.91,1012.41,830.57
【0061】
高分解能質量分析(
図1)の結果、準分子イオンピークが、m/z 499.1266[M+Na]
+であることから、組成式はC
23H
24O
11、不飽和度は12と推定された。また、紫外吸収スペクトル(
図2)からは、204nm及び264nmに最大吸収があることから、Ceratonia siliqua Cはフラボノイド系化合物である可能性が示唆された。また、赤外吸収スペクトル(
図3)からは、分子構造に、水酸基(3422.30cm
-1)、ベンゼン環(1613.95cm
-1、1494.55cm
-1)及びケトカルボニル基(1651.40cm
-1)等の官能基が含まれることが示された。
【0062】
さらに、
1H-NMR分析(溶媒:CD
3OD、観測周波数:600MHz)により得られたスペクトル(
図4)からは、2つの芳香族シングレットシグナル[δ
H:8.24(1H,s,H-2),6.69(1H,s,H-5]、1組のAABB系プロトンシグナル[δ
H:7.50(2H,d,J=8.4Hz,H-2′,H-6′),7.00(2H,d,J=8.4Hz,H-3′,H-5′)]、2つのメトキシ基シグナル[δ
H:3.91(3H,s,OCH
3-8)、3.83(3H,s,OCH
3-4′)]、1組のグルコース残基のプロトンシグナル[δ
H:5.09(1H,d,J=7.8Hz,H-1″)、3.91(1H,dd,J=12.0Hz,J=2.4Hz,H-6α″)、3.73(1H,dd,J=12.0Hz,J=5.4Hz,H-6β″)、3.55(1H,m,H-2″)、3.50(2H,m,H-3″,H-5″)、3.43(1H,m,H-4″)]が確認された(
図9)。また、
13C-NMR分析(溶媒:CD
3OD、観測周波数:150MHz)により得られたスペクトル(
図5)からは、1つのケトカルボニル基の炭素シグナル(δ
C:182.5)、14個の芳香族又はオレフィンの炭素シグナル(δ
C:161.4,158.7,157.7,155.5,151.4,131.4×2,130.7,124.7,124.2,114.9×2,107.7,100.2)、2つのメトキシ基シグナル(δ
C:62.4、55.8)、1組のグルコース残基の炭素シグナル(δ
C:102.0,78.4,78.0,74.8,71.1,62.3)を含む23個の炭素シグナルが観察された(
図9)。これらの解析結果より、本化合物は、フラボノイド配糖体であると推定された。
加えて、
1H-NMRスペクトルの低磁場領域に、イソフラボンに特徴的な芳香族プロトンシグナル[δ
H:8.24(1H,s,H-2)]が認められることから、本化合物はイソフラボン化合物であることが推定された。
【0063】
そして、HMBC分析により得られたスペクトル(
図7)からは、H-2とC-4/C-9/C-1′及びH-2′/H-6′とC-3のロングレンジ相関シグナルが観察された。この結果より、本化合物はイソフラボン化合物であることが示された。H-2′/H-6′とC-4′、OCH
3-4′のロングレンジ相関シグナルは、OCH
3-4′がC-4′位に結合していることを示しており、このことは、NOESYスペクトル(
図8)で観察されたH-3′/H-5′とOCH
3-4′の相関シグナルによっても確認された。また、HMBCスペクトルからは、H-5とC-4/C-6/C-7/C-8/C-9のロングレンジ相関シグナルが観察され、H-5位は置換基で置換されていないことが明らかとなった。一方、H-1″とC-6のロングレンジ相関シグナルはグルコース残基がC-6位に結合していることを示しており、このことは、NOESYスペクトルのH-1″とH-5の相関シグナルによっても確認された。また、HMBCスペクトルからは、OCH
3-8及び化学シフト値δ
C:130.7の炭素にロングレンジ相関シグナルが観察されたが、H-5とC-7/C-8にもロングレンジ相関シグナルが観察された。それゆえ、HMBCスペクトルではOCH
3-8の結合位置は確認できなかった。そこで、フラボノイド化合物に関する文献(Yang G Y, Miao M M, Wang Y, et al., “Flavonoids from the leaves of Sun Cured Tobacco and their anti‐tobacco mosaic virus activity”, Cheminform., 2015年, Vol.46, No.6, p.1198-1203)を参照し、本化合物の構造とNMRデータを検討したところ、フラボノイド化合物のC-8位をメトキシ基で置換した場合の化学シフト値δ
Cは約130.0であり、C-7位をメトキシ基で置換した場合の化学シフト値δ
Cは150.0より大きいことがわかった。したがって、OCH
3-8がC-7位ではなくC-8位に結合されていることが同定された。グルコース末端のプロトンの結合定数は7.8Hzであり、グルコースの末端の相対配置はβ型であることがわかった。これらの解析結果から本化合物、Ceratonia siliqua Cの構造を以下式(I)のとおり決定した。
図9に、HSQCスペクトル及びHMBCスペクトル分析に基づく、
1H-NMRのδ
H及び
13C-NMRのδ
Cをまとめた帰属表を示す。また、
図10にCeratonia siliqua CのNOESY及びHMBCの解析結果を示す。
【0064】
【0065】
[実施例4]
4.Ceratonia siliqua Cの抗炎症作用
実施例2で得たCeratonia siliqua Cを用いて、Ceratonia siliqua Cが炎症性サイトカインであるIL-6の産生に与える影響を調べた。
【0066】
本試験においては、マウスマクロファージ由来細胞株であるRAW264.7細胞を用いた。RAW264.7細胞は、DMEM培地(10%FBS、100U/mLのペニシリン及び100μM/mLストレプトマイシンを含む)で37℃、5%CO2存在下、飽和湿度条件下で培養した。
【0067】
96ウェルプレートの各ウェルに、8×103個のRAW264.7細胞をそれぞれ播種し、CO2インキュベーターで24時間培養した。これをブランクコントロール群、陽性対照群及び試験群に分け、ブランクコントロール群にはDMEM培地を100μL添加し、陽性対照群にはデキサメタゾン(DXM)をDMEM培地に溶解させた溶液を100μL添加し(デキサメタゾンの最終濃度:20μM)、試験群にはCeratonia siliqua CをDMEM培地で適宜希釈した溶液を異なる濃度(最終濃度:1μM、5μM、10μM、50μM及び100μM)となるように100μLずつ添加した。3時間後、LPS(1μg/mL)を添加して炎症を誘発した。24時間後、上清を回収し、IL-6定量ELISAキットを用いて上清中のIL-6含有量を測定した。試験はブランクコントロール群、陽性対照群及び試験群における各濃度のサンプル液について、3回(3ウェル)ずつ行った(n=3)。
【0068】
結果を
図11に示す。LPSはブランクコントロールを、DXMは陽性対照(デキサメタゾン:20μM)を示している。本発明の化合物であるCeratonia siliqua Cは、濃度依存的にIL-6の産生を抑制することがわかった。このことから、本発明の新規イソフラボン化合物には抗炎症作用を有することが示された。
【0069】
[実施例5]
5.Ceratonia siliqua Cの皮膚バリア機能関連遺伝子の発現促進作用
実施例2で得たCeratonia siliqua Cを用いて、ヒト表皮由来角化細胞株であるHaCaT細胞におけるCeratonia siliqua Cのアクアポリン3(AQP3)及びフィラグリン2(FLG2)の遺伝子発現に与える影響を調べた。
【0070】
まず、HaCaT細胞を、DMEM培地(10%FBS及び100U/mLペニシリン、100μm/mLストレプトマイシンを含む)を用いて、37℃、5%CO2及び飽和湿度条件下で培養した。次に、6ウェル細胞培養プレートの各ウェルに、5×105cells/mLとなるように細胞濃度を調整したHaCaT細胞を播種し、CO2インキュベーター(5%CO2、37℃)で24時間培養した。その後、実施例2で単離したCeratonia siliqua Cを各ウェルに異なる最終濃度となるように添加した。具体的には、HaCaT細胞培養液中のCeratonia siliqua Cの最終濃度がそれぞれ、1μM、5μM、10μM、50μM及び100μMとなるようにした。また、Ceratonia siliqua Cを添加しないウェルを対照(0μM)とした。添加後、24時間培養を行った。
【0071】
培養終了後、各ウェルからHaCaT細胞を回収し、RNA抽出試薬(RNAzol(登録商標)、モレキュラーリサーチセンター社製品)を用いて、total RNAを抽出した。超微量分光光度計(NanoDrop、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製品)を用い、抽出して得られたtotal RNAの濃度を確認した。このtotal RNAに、オリゴdTプライマー、dNTP Mix、5×1stストランドバッファー、RNase阻害剤、DTT及びM-MLV逆転写酵素を添加し、total RNAからcDNAを合成した。このcDNAを用い、リアルタイムPCR(QPCR)によりアクアポリン3遺伝子及びフィラグリン2遺伝子のmRNA発現量を測定した。
【0072】
QPCRは、市販のQPCR試薬キットとQPCR測定装置(LightCycler(登録商標)480、ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社製品)を用いて行い、検出には2本鎖DNA結合蛍光色素であるSYBR(登録商標)Greenを用いた。アクアポリン3のQPCR用プライマーは下記表1に示す配列番号1、2のプライマーを用いた。フィラグリン2のQPCR用プライマーは下記表2に示す配列番号3,4のプライマーを用いた。
【0073】
【0074】
【0075】
アクアポリン3の結果を
図12に、フィラグリン2の結果を
図13に示す。アクアポリン3のmRNA発現量は、対照(コントロール)の発現量を100としたときの相対値として示している。また、フィラグリン2のmRNA発現量は、対照(コントロール)の発現量に対する増加率(%)として示している。
図12及び
図13に示すように、本発明の化合物、Ceratonia siliqua Cを添加することにより、未添加の対照と比較して、アクアポリン3及びフィラグリン2のmRNA発現量が大きく増加することが明らかとなった。Ceratonia siliqua Cの濃度が10μMのときに最も高い発現促進効果が確認され、アクアポリン3のmRNA発現量は2.5倍にまで増加し、フィラグリン2のmRNA発現量も1.35倍に増加した。
【0076】
本発明は、上記の実施形態又は実施例に限定されるものでなく、特許請求の範囲に記載された発明の要旨を逸脱しない範囲内での種々、設計変更した形態も技術的範囲に含むものである。
本発明の新規イソフラボン化合物は、皮膚バリア機能改善剤、アクアポリン3産生促進剤、フィラグリン2産生促進剤、抗炎症剤、皮膚外用剤及び化粧品として使用され、医療や美容の分野において幅広く利用されるものである。