(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022185763
(43)【公開日】2022-12-15
(54)【発明の名称】模擬血管
(51)【国際特許分類】
G09B 23/28 20060101AFI20221208BHJP
【FI】
G09B23/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021093584
(22)【出願日】2021-06-03
(71)【出願人】
【識別番号】390030731
【氏名又は名称】朝日インテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001911
【氏名又は名称】特許業務法人アルファ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】二見 聡一
【テーマコード(参考)】
2C032
【Fターム(参考)】
2C032CA03
(57)【要約】
【課題】簡便かつ安定的に、模擬血管の潤滑性を向上させる。
【解決手段】模擬血管は、カルボキシル基またはその塩の基である特定基を含有するポリビニルアルコールのゲルにより形成されている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
模擬血管であって、
カルボキシル基またはその塩の基である特定基を含有するポリビニルアルコールのゲルにより形成された、
模擬血管。
【請求項2】
請求項1に記載の模擬血管であって、
前記ポリビニルアルコールのゲルにおける水酸基と酢酸基と前記特定基との合計数に対する前記特定基の合計数の割合は、0.2モル%以上である、
模擬血管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書に開示される技術は、模擬血管に関する。
【背景技術】
【0002】
血管の狭窄部や閉塞部(以下、「病変部」という。)における血流を回復させるために、経皮的血管形成術(以下、「PTA」という。)や、経皮的冠動脈形成術(以下、「PTCA」という。)が広く行われている。PTAやPTCA(以下、「PTA等」という。)では、例えば、バルーン拡張法等の種々の手技が採用されている。
【0003】
バルーン拡張法による手技は、例えば、以下の手順により行われる。すなわち、ガイドワイヤを血管内に挿入し、ガイドワイヤが血管内の病変部を通過するまでガイドワイヤを押し進める。次に、ガイドワイヤをレールにして、バルーンカテーテルを病変部まで進める。その後、バルーンカテーテルのバルーンを拡張させることにより、病変部の血管壁を内側から押し広げる。このような手技により、血液の通路が確保され、血流が回復する。
【0004】
PTA等による手技では、手技者に繊細な操作が求められる上に、血管における病変部の位置や状態は患者毎に種々異なるため、PTA等の手技を習得することは容易ではない。そのため、PTA等の手技を向上させるためのトレーニング用として、血管を模した模擬血管が種々提案されている。例えば、ポリビニルアルコール(以下、「PVA」という。)のゲル(以下、「PVAゲル」という。)により形成された模擬血管が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
PVAゲルにより形成された従来の模擬血管は、実際の血管と比べて潤滑性が不足しており、実際の血管との近似性の点で向上の余地がある。
【0007】
なお、PVAゲルにより形成された模擬血管の潤滑性を向上させるために、PVAゲルに熱水処理を行ったり、PVAゲルの微結晶を均一にしたりする方法も考えられる。しかしながら、熱水処理を行う方法では、潤滑性向上の効果の持続時間が短い上に、潤滑性向上の効果にムラがあるため、安定的に高い潤滑性を有する模擬血管を得ることができない。また、微結晶を均一にする方法では、キャストドライゲル法により作製したPVAゲルを一般的なPVAゲルにハイブリッド化するという複雑な工程が必要であり、簡便に高い潤滑性を有する模擬血管を得ることができない。
【0008】
このように、従来は、簡便かつ安定的に、実際の血管と近似する高い潤滑性を有する模擬血管を得ることができないという課題がある。なお、このような課題は、PTA等の手技を向上させるためのトレーニングに用いられる模擬血管に限らず、模擬血管一般に共通の課題である。
【0009】
本明細書では、上述した課題を解決することが可能な技術を開示する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本明細書に開示される技術は、例えば、以下の形態として実現することが可能である。
【0011】
(1)本明細書に開示される模擬血管は、カルボキシル基またはその塩の基である特定基を含有するポリビニルアルコールのゲルにより形成されている。本模擬血管によれば、簡便かつ安定的に、模擬血管の潤滑性を向上させることができ、実際の血管と近い高い潤滑性を有する模擬血管を実現することができる。
【0012】
(2)上記模擬血管において、前記ポリビニルアルコールのゲルにおける水酸基と酢酸基と前記特定基との合計数に対する前記特定基の合計数の割合は、0.2モル%以上である構成としてもよい。本模擬血管によれば、模擬血管の潤滑性を効果的に向上させることができ、実際の血管と非常に近い潤滑性を有する模擬血管を実現することができる。
【0013】
なお、本明細書に開示される技術は、種々の形態で実現することが可能であり、例えば、模擬血管、模擬血管を備える生体モデル、生体モデルを備えるトレーニングキット、生体モデルを備えるシミュレータ、それらの製造方法等の形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本実施形態における模擬血管10の外観構成を概略的に示す説明図
【発明を実施するための形態】
【0015】
A.実施形態:
A-1.模擬血管10の構成:
図1は、本実施形態における模擬血管10の外観構成を概略的に示す説明図である。模擬血管10は、実際の血管を模した装置である。模擬血管10は、単独で、他の模擬血管や模擬病変と組み合わせて、または、トレーニングキットやシミュレータの一部として、例えば、PTA等の手技を向上させるためのトレーニングや、PTA等に用いるガイドワイヤ等の医療機器の性能評価等に使用される。
【0016】
図1に示すように、模擬血管10は、中空部12を有する略円管状の部材である。模擬血管10の外径は、例えば、10~50mm程度であり、模擬血管10の内径は、例えば、5~45mm程度である。
【0017】
模擬血管10は、ポリビニルアルコール(PVA)をゲル化させたポリビニルアルコールのゲル(PVAゲル)により形成されている。より具体的には、模擬血管10は、PVAを物理架橋によりゲル化させた物理架橋ゲルにより形成されている。ここで、本明細書において、「ゲル」とは、常温または模擬血管10の使用温度(例えば、20℃~50℃)においてゲル状である物体を意味している。また、物理架橋ゲルは、水素結合やイオン結合等の非共有結合により架橋されたゲルであり、共有結合により架橋された化学架橋ゲルと区別される。本実施形態の模擬血管10は、PVAゲルにより形成されているため、実際の血管に近い良好な可撓性を有している。
【0018】
なお、PVAは、例えば、酢酸ビニルモノマーを重合したポリ酢酸ビニルをケン化することにより得られる。本実施形態において模擬血管10の形成に用いられるPVAのケン化度は、90モル%以上であることが好ましく、98モル%以上であることがさらに好ましい。
【0019】
本実施形態では、模擬血管10の形成材料であるPVAゲルは、カルボキシル基またはその塩の基を含有する。以下、カルボキシル基またはその塩の基を「特定基」ともいう。PVAゲルが特定基を含有するとは、PVAゲルの形成材料であるPVAに含まれるヒドロキシル基の一部が、特定基によって置換されていることを意味する。特定基は親水性が高いため、特定基を含有するPVAゲルにより形成されている本実施形態の模擬血管10は、実際の血管に近い高い潤滑性を有する。なお、PVAに含まれるカルボキシル基の塩の基としては、例えば、カルボン酸ナトリウムの基が挙げられる。カルボン酸ナトリウムの基を含有するPVAは、下記の構造式(1)により表される。
【化1】
【0020】
模擬血管10の形成材料であるPVAゲルにおける特定基の含有量は、模擬血管10の潤滑性を向上させて模擬血管10を実際の血管により近いものにするという観点から、0.2モル%以上であることが好ましく、0.3モル%以上であることがさらに好ましく、0.4モル%以上であることが一層好ましい。一方、PVAゲルにおける特定基の含有量が過大となると、物理架橋を構成する水酸基同士の水素結合が特定基によって阻害され、PVAゲルの強度(弾性)が低下する。そのため、模擬血管10の形成材料であるPVAゲルにおける特定基の含有量は、PVAゲルの強度を確保して模擬血管10として自立した形状を維持するという観点から、0.7モル%以下であることが好ましく、0.6モル%以下であることがさらに好ましい。なお、本明細書において、PVAゲルにおける特定基の含有量は、水酸基と酢酸基と特定基との合計数に対する特定基の合計数の割合(モル%)を意味する。
【0021】
模擬血管10を形成するPVAゲルにおける特定基の含有量は、NMR(核磁気共鳴)、FT-IR(フーリエ変換赤外分光光度計)、元素分析、蛍光X線分析、中和滴定を適宜組み合わせることにより特定することができる。例えば、特定基としてカルボン酸ナトリウム基を含有するPVAの場合、FT-IRにより水酸基、酢酸基及びカルボン酸基の量を定量することができる。また、必要に応じて、EDX(エネルギー分散型X線分析)のような元素分析によりナトリウム原子量を同定してもよい。例えば、EDX元素分析を用いてナトリウムの含有量を検出し、形成するユニットの元素量と相対比較することにより、間接的にPVAゲルにおけるカルボン酸ナトリウム基の含有量を算出することができる。
【0022】
A-2.模擬血管10の製造方法:
本実施形態の模擬血管10は、例えば以下の方法により製造することができる。
【0023】
模擬血管10の形成材料であるPVAゲルは、PVAを、例えば凍結解凍法といった公知の方法によりゲル化させることにより、物理架橋ゲルとしてのPVAゲルとして得ることができる。なお、凍結解凍法は、水にPVAを加えて熱処理を行うことにより所定の濃度のPVA水溶液を作製し、該PVA水溶液に対して、凍結処理と解凍処理とを所定の回数繰り返すことにより物理架橋ゲルを得る方法である。このとき、ゲル形成のためのPVAとして、所定の含有量で特定基を含有するPVAを用いる。なお、ゲル形成のためのPVAとして、特定基を有するPVAと特定基を有さないPVAとの混合物を用いてもよい。
【0024】
上述したPVAゲルの生成の際に、アクリル樹脂等で形成された中空の型枠に熱水等に溶解させたPVA樹脂を流し込んで成型することにより、模擬血管10を作製することができる。モデル型枠は、例えば、実際の血管構造の情報から3Dプリンタ等で出力して作製することができ、型枠に合わせて自由にPVA模擬血管の形状を作製することができる。
【0025】
A-3.本実施形態の効果:
以上説明したように、本実施形態の模擬血管10は、カルボキシル基またはその塩の基である特定基を有するポリビニルアルコールのゲルにより形成されている。そのため、本実施形態の模擬血管10によれば、簡便かつ安定的に、模擬血管10の潤滑性を向上させることができ、実際の血管と近い高い潤滑性を有する模擬血管10を実現することができる。
【0026】
また、本実施形態の模擬血管10の形成材料であるポリビニルアルコールのゲルにおける、水酸基と酢酸基と特定基との合計数に対する特定基の合計数の割合は、0.2モル%以上であることが好ましい。このような構成とすれば、模擬血管10の潤滑性を効果的に向上させることができ、実際の血管と非常に近い潤滑性を有する模擬血管10を実現することができる。
【0027】
A-4.性能評価:
PVAゲルにより形成された模擬血管10の強度および潤滑性について性能評価を行った。
図2は、性能評価結果を示す説明図である。
【0028】
図2に示すように、本性能評価では、PVAゲルにより形成された模擬血管10の6つのサンプル(サンプルS1~S6)を作製し、各サンプルについて、強度(弾性)の指標値としての貯蔵弾性率(G’)と、潤滑性の指標値としての静摩擦係数とを測定し、各測定値に基づき評価を行った。
【0029】
各サンプルは、模擬血管10の形成材料であるPVAゲルにおける特定基(本性能評価では、カルボン酸ナトリウムの基)の含有量が互いに異なっている。すなわち、サンプルS1では、PVAゲルが特定基を含有しておらず、サンプルS2~S6では、PVAゲルが特定基を含有している。サンプルS2~S6では、サンプル番号が大きいほど、PVAゲルにおける特定基の含有量が多くなっている。なお、本性能評価では、サンプルS2~S6の作製にあたり、特定基を含まないPVA(分子量:1700、ケン化度:98モル%以上)に、特定基(カルボン酸ナトリウムの基)を所定の割合(4モル%)で含むPVA(分子量:1800、ケン化度:99モル%)を、サンプル毎に定められた特定基の含有量が実現されるような割合で混合した混合物を用いることにより、各サンプルにおける特定基の含有量を調整した。
【0030】
強度(弾性)の指標値としての貯蔵弾性率は、次のように測定した。まず、φ150×25mmのガラスシャーレを用いてカルボン酸含有PVAの含有率を変えたPVAゲルシートを作成した。作成したゲルシートを10mm(高さ)×10mm(幅)×5mm(厚さ)の形状に成型し、動的粘弾性測定装置DMA7100(株式会社日立ハイテク製)で測定を行った。測定には、ずり測定治具を用い、温度30℃、振幅幅10μmで5回繰り返し測定を行い、その平均値を測定値とした。貯蔵弾性率が1.0×104Pa以上である場合に、強度は「極めて高い(A)」と評価し、貯蔵弾性率が5.0×103Pa以上、1.0×104Pa未満である場合に、強度は「十分に高い(B)」と評価し、貯蔵弾性率が1.0×103Pa以上、5.0×103Pa未満である場合に、強度は「高い(C)」と評価し、貯蔵弾性率が1.0×103Pa未満である場合に、強度は「低い(D)」と評価した。
【0031】
また、潤滑性の指標値としての静摩擦係数は、次のように測定した。φ150×25mmのガラスシャーレを用いてカルボン酸含有PVAの含有率を変えたPVAゲルシートを作成し、表面が平滑であるガラス接触面を上にして、その上にポータブル摩擦計 TYPE:94i-II(新東科学株式会社製)を設置して静摩擦係数を測定した。ポータブル摩擦計の接触面はステンレスであり、以後の静摩擦係数は全てステンレスとの相対的な摩擦係数となっている。PVAゲルシートの乾燥による影響が出ないように、測定の直前まで蒸留水に浸漬しておき、取り出し後5分以内に静摩擦係数を10回続けて測定し、その平均値を測定値とした。なお、
図2における「0.000」との表示は、静摩擦係数が測定不能であったことを意味する。静摩擦係数が0.005以下である場合に、潤滑性は「極めて高い(A)」と評価し、静摩擦係数が0.005超、0.007以下である場合に、潤滑性は「十分に高い(B)」と評価し、静摩擦係数が0.007超、0.009以下である場合に、潤滑性は「高い(C)」と評価し、静摩擦係数が0.009超である場合に、潤滑性は「低い(D)」と評価した。
【0032】
総合評価として、強度および潤滑性の一方において「極めて高い(A)」と評価され、かつ、他方において「十分に高い(B)」以上と評価された場合に、総合性能が「極めて高い(A)」と評価し、総合性能A評価を除き、強度および潤滑性の両方において「十分に高い(B)」以上と評価された場合に、総合性能が「十分に高い(B)」と評価し、総合性能A評価およびB評価を除き、強度および潤滑性の両方において「高い(C)」以上と評価された場合に、総合性能が「高い(C)」と評価し、強度および潤滑性のいずれかにおいて「低い(D)」と評価された場合に、総合性能が「低い(D)」と評価した。
【0033】
サンプルS1では、潤滑性が「低い(D)」と評価されたため、総合性能が「低い(D)」と評価された。サンプルS1では、PVAゲルが特定基を含んでいないため、PVAゲルの潤滑性が非常に低くなり、潤滑性が「低い(D)」と評価されたものと考えられる。
【0034】
一方、サンプルS2~S6では、強度および潤滑性の両方において「高い(C)」以上の評価が得られたため、総合性能は「高い(C)」以上と評価された。サンプルS2~S6では、PVAゲルが特定基を含んでいるため、PVAゲルの潤滑性が高くなり、潤滑性が「高い(C)」以上と評価されたものと考えられる。そのため、本性能評価によれば、模擬血管10の形成材料であるPVAゲルが特定基を含有すれば、模擬血管10の潤滑性を向上させることができ、実際の血管と近い高い潤滑性を有する模擬血管10を実現できることが確認されたと言える。
【0035】
なお、本性能評価によれば、模擬血管10の潤滑性をさらに高めて実際の血管にさらに近い模擬血管10を得るという観点から、模擬血管10の形成材料であるPVAゲルにおける特定基の含有量は、0.2モル%以上であることが好ましいと言える。また、模擬血管10の強度と潤滑性とをバランスよく向上させるという観点から、模擬血管10の形成材料であるPVAゲルにおける特定基の含有量は、0.3モル%以上、0.7モル%以下であることがさらに好ましく、0.4モル%以上、0.6モル%以下であることが一層好ましいと言える。
【0036】
B.変形例:
本明細書で開示される技術は、上述の実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の形態に変形することができ、例えば次のような変形も可能である。
【0037】
上記実施形態における模擬血管10の構成は、あくまで一例であり、種々変形可能である。例えば、上記実施形態では、模擬血管10が略円管状であるが、模擬血管10が他の形状、例えば、横断面が多角形や楕円形の筒状であってもよい。また、上記実施形態では、模擬血管10は単層構成であるが、模擬血管10が複数層構成であってもよい。この場合において、模擬血管10の各層を形成するためのPVAゲルの組成は、互いに異なっていてもよい。
【0038】
上記実施形態では、模擬血管10は、PVAを物理架橋によりゲル化させた物理架橋ゲルにより形成されているが、模擬血管10は、PVAを化学架橋によりゲル化させた化学架橋ゲルを含んでいてもよい。
【0039】
上記実施形態の模擬血管10の製造方法は、一例であり、他の方法により模擬血管10が製造されてもよい。
【符号の説明】
【0040】
10: 模擬血管
12:中空部