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特開2022-185810精度の高い注液を実現する方法、システムおよびプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022185810
(43)【公開日】2022-12-15
(54)【発明の名称】精度の高い注液を実現する方法、システムおよびプログラム
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20221208BHJP
【FI】
C12M1/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021093666
(22)【出願日】2021-06-03
(71)【出願人】
【識別番号】502245118
【氏名又は名称】学校法人国士舘
(71)【出願人】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102842
【弁理士】
【氏名又は名称】葛和 清司
(72)【発明者】
【氏名】神野 誠
(72)【発明者】
【氏名】野々山 良介
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 圭一
(72)【発明者】
【氏名】頼 紘一郎
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA09
4B029AA27
4B029BB01
4B029CC01
4B029CC02
4B029DG06
4B029GA02
4B029HA05
4B029HA09
(57)【要約】      (修正有)
【課題】単純な構成でかつ精度の高い注液を実現するシステムを提供する。
【解決手段】注液容器を回転させて注液作業を行うロボットを制御するためのシステムであって、所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始制御、回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液制御、および所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了制御、を実行し、所定時間が、リアルタイムで測定された注液量の傾き[ml/s]および切片に基づいて算出されることを特徴とする、前記システムの提供。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
注液容器を回転させて注液作業を行うロボットを制御するためのシステムであって、所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始制御、回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液制御、および所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了制御、を実行し、所定時間が、リアルタイムで測定された注液量の傾き[ml/s]および切片に基づいて算出されることを特徴とする、前記システム。
【請求項2】
所定時間が、さらに逆回転において液体が注液されなくなるまでの時間ΔTに基づいて算出されることを特徴とする、請求項1に記載のシステム。
【請求項3】
所定時間が、さらに注液終了ステップを行わなかった場合の注液量に対する注液終了ステップを行った場合の最終注液比率X%に基づいて算出されることを特徴とする、請求項1または2に記載のシステム。
【請求項4】
所定時間が、さらに注液終了制御開始時の注液量を補正することで算出されることを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項5】
所定時間が、さらに目標注液量を補正することで算出されることを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項6】
所定時間が、注液量の傾き[ml/s]、切片および目標注液量をパラメータとした線形回帰モデルを用いることでリアルタイムに算出される、請求項1に記載のシステム。
【請求項7】
線形回帰モデルの構築が、機械学習により行われる、請求項6に記載のシステム。
【請求項8】
注液容器を回転させて注液作業を行うための方法であって、所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始ステップ、回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液ステップ、および所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了ステップ、を含み、所定時間が、リアルタイムで測定された注液量の傾き[ml/s]および切片に基づいて算出されることを特徴とする、前記方法。
【請求項9】
注液容器を回転させて注液作業を行うロボットを制御するためのプログラムであって、所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始制御、回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液制御、および所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了制御、をコンピュータに実行させ、所定時間が、リアルタイムで測定された注液量の傾き[ml/s]および切片に基づいて算出されることを特徴とする、前記プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精度の高い注液を実現する方法、システムおよびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、損傷した組織等の修復のために、種々の細胞を移植する試みが行われている。例えば、狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患により損傷した心筋組織の修復のために、胎児心筋細胞、骨格筋芽細胞、間葉系幹細胞、心臓幹細胞、ES細胞、心筋細胞等の利用が試みられている。このような試みの一環として、スキャフォールドを利用して形成した細胞構造物や、細胞をシート状に形成したシート状細胞培養物が開発されてきた。
【0003】
これらの細胞培養物は、従来、細胞培養センター(CPC : Cell Processing Center)と呼ばれるクリーンルームにおいて専門の知識を有する作業者による手作業で製造されており、このような細胞培養物の製造費用および製造にかかる労力は大きく、その効率化が望まれている。そこで、これらの細胞の培養に関する作業を多関節型ロボットにより行う自動細胞培養装置が提案されている(特許文献1)。しかしながら、細胞培養において作業者の手技に依存するような高度な作業を自動化することは困難であるなどの問題がある。
【0004】
細胞培養において、廃液作業、注液作業などを含む培地交換プロセスは、作業者の手技に依存するプロセスであり、例えば、注液作業には、ピペットによる培養液の吸引・注液作業、液だれした培養液を拭き取る作業、ピペットの交換作業などの高度な作業が含まれている。特に、ピペットで注液ボトル内の培養液を吸引して、培養フラスコなどに注液する場合は、複雑なピペット操作に時間がかかることや、ピペット先端からの液だれリスクが高いという問題がある。
【0005】
本発明者らは、注液容器に装着して注液量を一定に保つデバイス、デバイスを装着した注液容器を回転させて液体を注液する方法、注液開始制御、注液制御および注液終了制御を自動実行するロボットシステムなどを提案した(特許文献2)。かかるロボットシステムでは、主に、注液制御における注液量の傾きから、目標とする注液量に達するまでの時間を算出することによって、注液制御の所定時間を設定することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開2016/104666
【特許文献2】国際公開2019/230922
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このような中、本発明者らは、注液作業を効率よく行うための手段を開発するにあたり、特に、作業者の高度な手技に依存する注液作業を、高い精度で実施することは困難であるなど問題に直面した。したがって、本発明の目的は、そのような問題を解決し、単純な構成でかつ精度の高い注液を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を進める中で、注液作業を行う場合に、注液作業開始から注液量が安定する迄に、ある程度の時間を要することに着眼した。さらに研究を進めた結果、注液時間の算出に、注液量の傾きに対応する切片を使用することで、上記問題が解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち本発明は、以下に関する。
[1]注液容器を回転させて注液作業を行うロボットを制御するためのシステムであって、所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始制御、回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液制御、および所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了制御、を実行し、所定時間が、リアルタイムで測定された注液量の傾き[ml/s]および切片に基づいて算出されることを特徴とする、前記システム。
[2]所定時間が、さらに逆回転において液体が注液されなくなるまでの時間ΔTに基づいて算出されることを特徴とする、[1]に記載のシステム。
[3]所定時間が、さらに注液終了ステップを行わなかった場合の注液量に対する注液終了ステップを行った場合の最終注液比率X%に基づいて算出されることを特徴とする、[1]または[2]に記載のシステム。
【0010】
[4]所定時間が、さらに注液終了制御開始時の注液量を補正することで算出されることを特徴とする、[1]~[3]のいずれか一項に記載のシステム。
[5]所定時間が、さらに目標注液量を補正することで算出されることを特徴とする、請求項[1]~[3]のいずれか一項に記載のシステム。
[6]所定時間が、注液量の傾き[ml/s]、切片および目標注液量をパラメータとした線形回帰モデルを用いることでリアルタイムに算出される、[1]に記載のシステム。
[7]線形回帰モデルの構築が、機械学習により行われる、[6]に記載のシステム。
【0011】
[8]注液容器を回転させて注液作業を行うための方法であって、所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始ステップ、回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液ステップ、および所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了ステップ、を含み、所定時間が、リアルタイムで測定された注液量の傾き[ml/s]および切片に基づいて算出されることを特徴とする、前記方法。
[9]注液容器を回転させて注液作業を行うロボットを制御するためのプログラムであって、所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始制御、回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液制御、および所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了制御、をコンピュータに実行させ、所定時間が、リアルタイムで測定された注液量の傾き[ml/s]および切片に基づいて算出されることを特徴とする、前記プログラム。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、注液作業において、注液量の傾きに対応する切片を用いることで、注液精度を高めることができる。本発明によれば、注液精度を高めることで、効率よく迅速で精度の高い注液作業が可能であり、特に、高い注液精度が求められる細胞培養物の製造などに適している。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本発明のシステムで制御するロボットの動作を説明する模式図を示す。
図2図2は、注液終了動作開始後の注液量の予測方法を示す。
図3図3は、従来の所定時間算出のためのフローチャートを示す。
図4図4は、1回目とn回目の注液量と時間のグラフを示す。
図5図5は、切片と注液量の相関性のグラフを示す。
図6図6は、切片と注液量誤差の相関性のグラフを示す。
図7図7は、本発明の注液アルゴリズムのフローチャートを示す。
図8図8は、本発明の注液アルゴリズムのフローチャートを示す。
図9図9は、y=0の時刻と注液量の相関性のグラフを示す。
図10図10は、注液終了動作開始時の残量と注液量の相関性のグラフを示す。
図11図11は、線形回帰モデルの概念図を示す。
図12図12は、検証実験結果のグラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明における液体を構成する成分は、例えば、水、生理食塩水、生理緩衝液(例えば、HBSS、PBS、EBSS、Hepes、重炭酸ナトリウム等)、培地(例えば、DMEM、MEM、F12、DMEM/F12、DME、RPMI1640、MCDB、L15、SkBM、RITC80-7、IMDM等)、糖液(スクロース溶液、Ficoll-paque(登録商標)PLUS等)、海水、血清含有溶液、レノグラフィン(登録商標)溶液、メトリザミド溶液、メグルミン溶液、グリセリン、エチレングリコール、アンモニア、ベンゼン、トルエン、アセトン、エチルアルコール、ベンゾール、オイル、ミネラルオイル、動物脂、植物油、オリーブ油、コロイド溶液、流動パラフィン、テレピン油、アマニ油、ヒマシ油などが挙げられる。
【0015】
本発明における収容容器は、とくに限定されないが、例えば、細胞培養容器、接着細胞用の細胞培養フラスコ、浮遊細胞用の細胞培養フラスコなどが挙げられる。細胞培養フラスコとは、略矩形の本体部分を有し、本体部分の平坦な面の少なくとも1つに細胞培養に必要となる表面処理が施されており、細胞培養面を下にして複数個重ねることで、多段培養が可能な容器をいう。
本発明における注液容器は、収容容器に注液する液体(培地)などを収容できる容器であれば、とくに限定されないが、例えば、シェイカーフラスコ、三角フラスコ、ローラーボトル、注液ボトル、ビーカー、培地瓶、角型培地瓶、滅菌瓶、滅菌ボトルなどが挙げられる。
【0016】
本発明においてロボットは、とくに限定されないが、例えば、直動・回転装置、マニピュレータ、多関節ロボットなどが挙げられる。多関節ロボットとしては、2軸多関節ロボット、3軸多関節ロボット、4軸多関節ロボット、5軸多関節ロボット、6軸多関節ロボット、7軸多関節ロボットなどが挙げられる。
【0017】
本発明において「所定の軸」とは、注液容器を回転する際の回転中心となる軸をいい、注液容器が一般的な縦長の容器の場合は、所定の軸は容器の長軸に垂直な軸として設定される。
本発明において「TCP」とは、ツールセンターポイント(Tool Center Point)をいい、ロボット先端部に位置するツール、グリッパ、作業対象物などの制御対象物の位置、姿勢を表現するための座標系をいう。TCPは、例えば、エンドエフェクタ(グリッパ、ツールなど)や作業対象物(フラスコ、ボトルなど)などの任意の位置、姿勢(動作、制御に都合の良い位置、姿勢)に設定でき、6軸多関節ロボットであれば、通常、ロボット第6軸の座標系に対して定義する。
【0018】
本発明において、「所定の軸周りに回転させる」とは、対象物を所定の軸を中心に回転させることをいう。例えば、所定の軸を注液容器の開口部の一端に設定した場合は、かかる一端を中心にした回転動作だけで、注液容器内の液体の排出を行うことができる。また、例えば、所定の軸を注液容器の中心(重心)に設定した場合であっても、注液容器の中心軸まわりの回転動作と、円弧軌道の並進動作とを組み合わせて、上記のように注液容器の開口部の一端を中心に注液容器を回転させることもできる。
【0019】
また、例えば、ロボットが、多関節ロボットである場合は、所定の軸と、TCPとを対応させることで、ロボット制御を効率化することができる。ロボットが、例えば6軸多関節ロボットである場合は、第6軸の回転軸と、TCPの回転軸とを平行にすることで、第6軸の回転動作と、第1~5軸の少しの動作で、上記のように注液容器を回転させることができ、さらに、第6軸の回転軸と、TCPの回転軸とを一致させた場合は、第6軸の回転動作だけで上記のように注液容器を回転させることができる。
【0020】
本発明における細胞の例としては、限定されずに、接着細胞(付着性細胞)を含む。接着細胞は、例えば、接着性の体細胞(例えば、心筋細胞、線維芽細胞、上皮細胞、内皮細胞、肝細胞、膵細胞、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞、滑膜細胞、軟骨細胞など)および幹細胞(例えば、筋芽細胞、心臓幹細胞などの組織幹細胞、胚性幹細胞、iPS(induced pluripotent stem)細胞などの多能性幹細胞、間葉系幹細胞等)などを含む。体細胞は、幹細胞、特にiPS細胞から分化させたものであってもよい。シート状細胞培養物を形成し得る細胞の非限定例としては、例えば、筋芽細胞(例えば、骨格筋芽細胞など)、間葉系幹細胞(例えば、骨髄、脂肪組織、末梢血、皮膚、毛根、筋組織、子宮内膜、胎盤、臍帯血由来のものなど)、心筋細胞、線維芽細胞、心臓幹細胞、胚性幹細胞、iPS細胞、滑膜細胞、軟骨細胞、上皮細胞(例えば、口腔粘膜上皮細胞、網膜色素上皮細胞、鼻粘膜上皮細胞など)、内皮細胞(例えば、血管内皮細胞など)、肝細胞(例えば、肝実質細胞など)、膵細胞(例えば、膵島細胞など)、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞等が挙げられる。本発明においては、単層の細胞培養物を形成するもの、例えば、筋芽細胞または心筋細胞などが好ましく、とくに好ましくは骨格筋芽細胞またはiPS細胞由来の心筋細胞である。本発明における細胞の例としては、限定されずに、浮遊系細胞を含む。浮遊系細胞は、単核球や、造血幹細胞、リンパ球由来細胞(Tリンパ球、Bリンパ球)等の血液細胞などを含む。
【0021】
本発明において、「注液作業」は、所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始動作、回転を所定時間停止させて、液体を収容容器に注液する注液動作、および所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了動作を含む。注液作業は、例えば、直動・回転装置に設置された注液容器を手動で回転させることで行うこともできる。所定の軸は、注液容器の長軸に垂直であり、所定の軸上に、ロボットシステムの位置・姿勢制御の座標系(TCP)を設定することもできる。本発明において、注液作業に関わる一連の動作を(ロボット)制御と表現する場合がある。
【0022】
本発明において、注液作業は、注液容器を回転して液体を排出することで行われる。注液容器は、注液量が安定的な容器、すなわち、注液量の傾き[ml/s]が、所定の範囲の時間でほぼ直線となる区間ができる容器であれば、どのような容器を使用してもよい。例えば、注液容器に着脱自在に装着可能な蓋体と、蓋体に設けられた第1貫通孔に嵌入可能な注液チューブと、蓋体に設けられた第2貫通孔に嵌入可能な吸気チューブとを含むデバイス(特許文献2参照)を注液容器に取り付けて使用することもできる。本発明において、注液量の傾き[ml/s]とは、注液量[ml]と時間[s]との関係をグラフにしたときの所定の範囲の時間(ほぼ直線となる区間)の注液量の縦の長さと横の長さの比を意味する。
【0023】
本発明において、「システム」は、注液作業を行うロボットを制御することができるコンピュータシステムをいう。システムは、ロボット制御に関わるパラメータ(例えば、位置、回転角度、回転角速度、注液量、時間、切片、目標注液量、所定時間など)に基づいて、ロボットによる注液容器の位置・姿勢決めや、回転、回転停止、逆回転などを自動的に制御することができる。また、システムは、収容容器をリアルタイムで測定する測定器からの情報に基づいて、パラメータ(例えば、所定時間)を補正することもできる。
【0024】
システムは、ロボットの制御手順を記述したプログラムや各種パラメータを記憶する記憶部、かかるプログラムを処理してロボットを制御する制御部、ロボットの制御に関わるパラメータを算出する算出部、ロボットや測定器などの外部機器と通信する通信部、パラメータを最適化する機械学習部、パラメータを表示する表示部などを含むことができる。注液作業を手動で行う場合、作業者は、表示部に表示されたパラメータにしたがって注液容器の回転動作を行うこともできる。算出部および機械学習部の機能を実現するプログラムを、ネットワークや各種の記憶媒体を介してロボットに読み込ませ、ロボットに内蔵された処理部(CPUやMPUなど)がプログラムを実行することもできる。
【0025】
以下、本発明の好適な実施態様について、図面を参照しつつ詳細に説明する。
〔第1実施態様〕
本発明の一側面は、注液容器を回転させて注液作業を行うロボットを制御するためのシステムであって、所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始制御、回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液制御、および所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了制御、を実行し、所定時間が、リアルタイムで測定された注液量の傾き[ml/s]および切片に基づいて算出されることを特徴とする、前記システムに関する。
【0026】
図1に示されるように、注液動作は、所定の軸周りに、(1)注液容器(注液ボトル)を回転させる注液開始動作、(2)回転を所定時間停止させて、液体(培養液、培地)を収容容器(培養フラスコ)に注液する注液動作、および(3)所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了動作を含む。注液開始動作は、注液容器を上向きに水平から30deg傾いた初期姿勢から、下向きに水平から45deg傾けた注液姿勢(注液動作)まで回転させ、注液動作中は、注液容器を下向きに水平から45deg傾けた姿勢を保ち、注液終了動作は、注液容器を上向きに水平から30deg傾いた初期姿勢まで逆回転させて初期姿勢に戻す。
【0027】
システムは、通信部でロボットと通信し、記憶部に記憶されているプログラムとパラメータにしたがって、制御部でロボットを制御して、上記の注液動作を実行させることができる。システムは、収容容器内の注液量をリアルタイムで測定する測定器(ロードセル)からの情報を用いて、算出部で注液量Qの傾き[ml/s]を算出することができる。
【0028】
一態様において、本発明のシステムの算出部は、回転を停止させる所定時間を単純な一次関数(y軸:注液量、x軸:時間、傾き:注液量Q/時間、切片:0)と、目標注液量Vt[ml]から算出することができる。一方で、注液終了動作中(逆回転中)に注液チューブ内の液体が排出(注液)される場合があるため、システムの算出部は、注液終了動作中に注液される可能性のある液体の注液量も考慮に入れた上で、注液動作における所定時間を設定することもできる。
【0029】
図2に示されるように、例えば、事前に、注液開始動作、注液動作および注液終了動作を行い、注液終了動作区間(図2下図)において、注液チューブ内の液体がすべて排出(注液)されるまでの時間ΔT[s]を測定する。そして、かかる時間ΔTを記憶部に記憶しておき、実際の注液動作において、上記のように、注液量Qに基づいて算出された所定時間から、時間ΔTを差し引いた時間を所定時間として設定することもできる。
【0030】
また一方で、注液終了動作における逆回転速度(角速度)が遅い場合は、注液量は徐々に小さく、すなわち、図2に示されるように、注液終了動作中の時間ΔTにおける注液量は、注液量Qの様な比例関係ではなく、緩やかな曲線を描き、時間ΔTにおいて、注液終了動作を行わなかった場合の注液量と、注液終了動作を行った場合の注液量とに差が生じることがある。時間ΔTとは、すなわち、注液終了動作を開始してから注液量が増加しなくなるまでの時間をいう。
【0031】
したがって、一態様において、注液終了動作を行わなかった場合の注液量に対する注液終了動作を行った場合の注液量の比率(最終注液比率X%)を事前に測定して記憶部に記憶しておき、実際の注液動作において、注液量Q、時間ΔTおよび最終注液比率X%から、時間ΔT経過後の注液量Vx[ml]を算出する。そして、目標とする注液量から注液量Vxを差し引いた注液量Ve[ml]に達する時間を所定時間として設定することもできる。所定時間の算出は、例えば、図3に示されるフローチャートにしたがって行うことができる(特許文献2参照)。
【0032】
本発明者らは、上記の手法により注液作業の精度を高めていく過程で、図4に示されるように、注液開始動作(1回目)の開始直後には注液量が安定せず、収容容器への注液量が安定する迄(注液量の傾き[ml/s]がほぼ直線になる注液動作の開始迄)に時間を要することに着眼した。また、注液作業を繰り返すと、注液容器内の液体残量が減っていくため、例えば、n回目の注液開始動作の開始から注液量が安定する迄の時間が、1回目よりさらに増加することにも着眼した。
【0033】
すなわち、本発明は、上記の各所定時間の算出において、さらに注液量Qの傾き[ml/s]に対応する切片を加えることで、より精度の高い注液を実現する。切片は、注液量Qの直線がy軸と交わる点を基準として、注液量[ml]を単位として表現することも(Y切片)、注液量Qの直線がx軸と交わる点を基準として、時間[s]を単位として表現することも(X切片)できる。すなわち、まず所定の範囲の時間(ほぼ直線となる区間)の注液量から注液流量(傾き)[ml/s]を計算する。そして、その注液流量(傾き)を直線とした場合の時刻0[s]における注液量が、Y切片[ml]となり、注液量=0[ml]となる時刻t[s]が、X切片[s]となる。一態様において、上記の様に、所定時間を単純な一次関数で算出する場合、目標注液量VtをY切片(注液量[ml])で補正したり、所定時間をX切片(時間[s])で補正したりすることができる。
【0034】
また、注液動作を繰り返すと、図4でn回目の注液として示されるように、(1)切片は、マイナス方向に移動(注液回数を重ねても傾きはほぼ変わらないので、y=0の時刻は遅くなる)し、これに伴って、注液終了動作中の液体残量(残液量)も減少する(残液量が少ないので、注液終了動作の早い段階で、注液がすぐ途切れる)結果、(2)注液量が減少することが分かる。
【実施例0035】
以下に、本発明を実施例を参照してより詳細に説明するが、これは本発明の特定の具体例を示すものであり、本発明はこれに限定されるものではない。
補正(1)
補正(1)においては、切片(またはy=0の時刻)を用いて注液終了動作のタイミングを補正した。つまり(1)の情報で(2)の影響の補正を行った(ただし、これは限定した注液量の場合に限る)。
【0036】
補正式の求め方(補正1―1)
目標注液量を75[ml]として従来のアルゴリズム(特許文献2参照)を実施した場合、切片と注液量との相関性は、図5のようになる。システムはロードセルで測定しているため、注液量は[N]で表している([ml]でも可)。目標注液量75[ml](0.735[N])を中間に、残液量が多い状態から、注液が進むにつれ、切片は負の方向にシフトする。図5から、注液量と切片の関係は直線の相関があることが分かるので、直線近似式を求めることができる。したがって、切片の値が分かれば、目標値に対して、どの程度注液量が増減するか、近似式より計算できる。切片の値から、増減量を計算し、注液動作停止タイミングをずらせば、目標注液量に近づけることができる。
【0037】
図5において、切片がx=-0.217[N](0.277[ml])の時、目標の0.735[N](75[ml])となる。したがって、x=-0.217[N](0.277[ml])とした補正式を求めることができる。
線形近似:y[ml]=a[ml/ml]x[ml]+b[ml]、または、
y[N]=a[N/N]x[N]+b[N]
補正量:c[ml]=-a[ml/ml](x[ml]-x[ml])、または、
[N]=-a[N/N](x[N]-x[N])
補正式:Va[ml]=Vb[ml]+c[ml]、または、Va[N]=Vb[N]+c[N](ここで、Vbは補正前、Vaは補正後)。
【0038】
補正式の求め方(補正1―2)
補正1―1では、目標注液量を75[ml]とした時の従来のアルゴリズムのデータから補正式を求めた。補正1―2の方法として、上記のようなΔTとX%を求めるときのデータを用いることも可能である。
【0039】
補正1―2では、事前にΔT[s]、X%を決定するためにデータを取得した。決定方法としては、所定量の注液量、例えば、68[ml]を超えたら注液終了動作を開始する。結果として注液量は約75[ml]程度になる。その時の注液データからΔT[s]、X%を算出した。残量最大の状態から、残量がなくなるまで繰り返して(500mlボトルの場合、6回=75×6=450[ml])データを取得して、ΔT[s]、X%を求める。何セットか(1セット以上)実施して平均を求めた。
【0040】
図6は、切片と注液量誤差の相関性を示す。なお、図6は補正1―2を説明するための仮想的なデータである。補正式は、以下のステップで求めることができる。
(1)ΔTとX%を計算する。
(2)各データについて、求められたΔTとX%を用いて、68[ml]で注液終了動作を開始したら、制御アルゴリズム的(理論的)には何ml注液されるはずか(仮想の目標注液Vv)を求めることができる。
(3)実際に注液された量Vrと仮想の目標注液量Vvについて注液量誤差Veが求まる。
(4)同様に切片と注液量誤差Veの近似式を求め、補正式を求めることができる。
【0041】
図7は、補正1―1または補正1―2を使用した、第1の注液アルゴリズムのフローチャートを示す。ここでは、補正式:Va[ml]=Vb[ml]+c[ml]をVea[ml]=Veb[ml]+c[ml]と考える。従来のアルゴリズムで算出した注液終了動作開始注液量Veb[ml]を超えた時に注液終了動作を開始した場合、c[ml]分少なくなることが分かった。したがって、注液終了動作開始注液量(補正前)Veb[ml]をc[ml]分だけ増えるまで待ってから、注液終了動作を開始するとc[ml]分多く注液されることになる。つまり、Vea[ml]=Veb[ml]+c[ml]とする。
【0042】
図8は、補正1―1または補正1―2を使用した、第2の注液アルゴリズムのフローチャートを示す。ここでは、補正式:Va[ml]=Vb[ml]+c[ml]をVta[ml]=Vtb[ml]+c[ml]と考える。この場合、元の目標注液量Vt[ml]、ΔT[s]、X%から注液終了動作開始注液量Ve[ml]を算出して、注液終了動作を開始すると、c[ml]少なくなるので、目標注液量Vt[ml]をc[ml]分だけ増やして(目標注液量を修正して)、ΔT[s]、X%から注液終了動作開始注液量Ve[ml]を算出する。つまり、Vta[ml]=Vtb[ml]+c[ml]とする。目標注液量を増やして、注液終了動作開始注液量Ve[ml]を算出するので、c[ml]分多く注液されることになる。
【0043】
図9は、y=0の時刻と注液量の相関性を示す。注液回数を重ねても傾きはほぼ変わらないので、切片(Y切片)を用いた補正とy=0の時刻を用いた補正はほぼ同じ結果が得られた。すなわち、注液回数を重ねても傾きはほぼ変わらず、y=0の時刻は遅くなり、注液量とy=0の時刻の関係は1次の線形の相関があることが分かるので、線形近似式を求めることができる。
線形近似:y[ml]=-a[ml/s]x[s]+b[ml]
補正量:c[ml]=a[ml/s](x[s]-x[s])
そして、かかる補正量を図7図8の注液アルゴリズムに適応することもできる。
【0044】
補正(2)
上記の切片またはy=0の時刻を用いた補正は、目標注液量75[ml]の注液に対する補正式で、「(2)注液終了動作中の注液量が減少する」の影響の補正も含んでいることになる。しかしながら、目標注液量が75[ml]と異なる場合、注液終了動作開始時の残量は、目標注液量が75[ml]の場合に比べて増減する。すなわち(2)の影響が変化するため、(1)の補正だけでは不十分となる。したがって、補正(2)においては、目標注液量が75[ml]と異なる場合についての補正方法について説明する。
【0045】
まず、終了動作開始時の残量と終了動作開始後の注液量の関係を調べた。図10に示されるように、残量が少ない方が、注液量が減る(すなわち(2)のこと)。終了動作開始時の残量と終了動作開始後の注液量には、直線の相関があることが分かるので、直線近似式を求めることができる。残量が分かれば、終了動作開始後の注液量が計算できる。また、単位残量あたりの注液量の変化(傾き)「a」がわかる。
【0046】
上記(1)の補正式は、75[ml]の時の補正式である。例えば、注液量が50[ml]の場合、切片が同じであっても、終了動作開始時の残量は、75[ml]の時よりも、75-50=25[ml]多くなる。すなわち、残液量が多いため、(1)だけの補正では、多く注液されてしまうことになる。残量が25[ml]多いと、どれだけ多く注液されるかは、上記傾きaから計算でき、その分をcとして補正する。これにより、目標注液量が75[ml]と異なる場合についても適用できる。
【0047】
線形近似:y[ml]=a[ml/ml]x[ml]+b[ml]
補正量:c[ml]=-a[ml/ml](x[ml]-75[ml])
とすることができ、上記の補正量:c[ml]と補正量:c[ml]を組み合わせることで、より精密な補正式:V[ml]=V[ml]+c[ml]+c[ml]を求めることができる。システムの算出部は、上記の各補正式に基づいて所定時間をリアルタイムで補正(算出)することができる。
【0048】
補正(3)
一態様において、本発明のシステムは、以下のステップを含む、機械学習による予測方法を使用して注液作業を自動化することもできる。
(1)注液実験により注液量の傾きx、切片x、目標注液量x、注液停止タイミングyを算出する。
(2)Pythonの機械学習ライブラリ(scikit-learn)を用いて、線形回帰モデルを構築する。
(3)線形回帰モデルを用いて注液作業を自動化し、注液中に注液停止タイミングyをリアルタイムで予測し注液を終了する。
【0049】
図11は、線形回帰モデルの概念図を示す。線形回帰モデルは、次式で表される。
y=w+w+w+e
(y:注液停止タイミング、x:注液量の傾き(Slope)、x:切片(Intercept)x:目標注液量(Target Volume)、e:オフセット)
【0050】
先行実験として、(1)水道水(Water)と培養液(Culture Media)で各100回の訓練データを取得し、(2)訓練データを基に線形回帰モデルを構築し、重みw、w、w、オフセットeなどのパラメータ(Parameter)を算出した。学習結果を表1に示す。
【表1】
【0051】
検証実験として、従来のΔTとXを用いた注液アルゴリズムの検証と、機械学習を用いた注液アルゴリズムの検証とを行った(縦軸を注液量(Volume)、横軸を注液回数(Number of times)とした)結果を、図12に、これらの比較結果を表2に示す。
【表2】
表2において枠内に示されるように、機械学習の方が注液精度が高いことが分かった。
【0052】
以上、本発明によれば、注液作業において、注液量の傾きに対応する切片を用いることで、注液精度を高めることができる。本発明によれば、注液精度を高めることで、効率よく迅速で精度の高い注液作業が可能であり、特に、高い注液精度が求められる細胞培養物の製造などに適している。
本発明を図示の実施態様について説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。本発明においては、各構成は、同様の機能を発揮し得る任意のものと置換することができ、あるいは、任意の構成を付加することもできる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12