(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022186017
(43)【公開日】2022-12-15
(54)【発明の名称】固相窒素吸収用Fe基合金及びFe基合金部材
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221208BHJP
C22C 38/34 20060101ALI20221208BHJP
C23C 8/26 20060101ALI20221208BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20221208BHJP
H01F 7/06 20060101ALI20221208BHJP
C21D 1/06 20060101ALN20221208BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20221208BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/34
C23C8/26
H01F1/147
H01F7/06 D
C21D1/06 A
C21D9/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021094009
(22)【出願日】2021-06-04
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 誉将
(72)【発明者】
【氏名】宮本 寛幸
(72)【発明者】
【氏名】古庄 千紘
(72)【発明者】
【氏名】小柳 禎彦
【テーマコード(参考)】
4K028
4K042
5E041
5E048
【Fターム(参考)】
4K028AA02
4K028AB01
4K028AC03
4K042AA25
4K042BA03
4K042BA12
4K042CA05
4K042CA07
4K042CA10
4K042CA12
4K042DA01
4K042DA06
4K042DB07
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
4K042DD02
4K042DD05
4K042DE02
5E041AA11
5E041AA19
5E041CA01
5E041NN01
5E041NN06
5E048AB01
5E048CA09
(57)【要約】
【課題】高透磁率、高電気抵抗、高飽和磁束密度、及び、高硬度を実現することが可能な固相窒素吸収用Fe基合金、及び、これを用いた部材を提供すること。
【解決手段】固相窒素吸収用Fe基合金は、C≦0.020mass%、N≦0.030mass%、及び、5.0≦Cr≦18.0mass%を含有し、さらに0.5≦Si≦3.0mass%、0.1≦Al≦3.0mass%、及び、0.05≦Ti≦3.0mass%の1種又は2種以上の元素を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、23℃におけるフェライト相の面積率が95%以上である。Fe基合金部材は、固相窒素吸収用Fe基合金からなる基部と、前記基部の表面に形成された窒素吸収層とを備え、前記窒素吸収層の硬さが400HV以上であり、23℃における前記基部のフェライト相の面積率が95%以上である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
C≦0.020mass%、
N≦0.030mass%、及び、
5.0≦Cr≦18.0mass%
を含有し、さらに、
0.5≦Si≦3.0mass%、
0.1≦Al≦3.0mass%、及び、
0.05≦Ti≦3.0mass%
の1種又は2種以上の元素を含有し、
残部がFe及び不可避的不純物からなり、
23℃におけるフェライト相の面積率が95%以上である
固相窒素吸収用Fe基合金。
【請求項2】
次の式(1)を満たす請求項1に記載の固相窒素吸収用Fe基合金。
([Cr]+2.6[Si]+7[Al]+7[Ti])/(5[C]+5[N]+0.35)≧33 …(1)
但し、[X]は、前記固相窒素吸収用Fe基合金に含まれる元素Xの質量割合(mass%)を表す。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の固相窒素吸収用Fe基合金からなる基部と、
前記基部の表面に形成された窒素吸収層と
を備え、
前記窒素吸収層の硬さが400HV以上であり、
23℃における前記基部のフェライト相の面積率が95%以上である
Fe基合金部材。
【請求項4】
前記基部の結晶粒径が150μm以上である請求項3に記載のFe基合金部材。
【請求項5】
電磁式燃料噴射装置の可動コアからなる請求項3又は4に記載のFe基合金部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固相窒素吸収用Fe基合金及びFe基合金部材に関し、さらに詳しくは、固相窒素吸収法による表面硬化処理に適した固相窒素吸収用Fe基合金、及び、これを用いたFe基合金部材に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関を有する車両の燃料噴射装置を構成する部品(例えば、インジェクタ等)には、燃料に対する耐食性能に加えて、高精度な燃料噴射制御を可能とするための良好な磁気特性が要求される。電磁ステンレス鋼は、優れた耐食性と軟磁性とを有しているため、燃料噴射装置を構成する多くの部品に用いられている。
【0003】
このような燃料噴射装置を構成する部品、あるいは、これに適した材料に関し、従来から種々の提案がなされている。例えば、特許文献1には、固定コアと、固定コアの外周に巻装されたコイルと、固定コアに対抗するように配置された可動コアと、可動コアを収容する弁ハウジングとを備えた電磁式燃料噴射弁が開示されている。
同文献には、弁ハウジングの内周面に設けられた環状ガイド部(可動コアが弁ハウジングの内面に沿って往復運動するときに、可動コアが摺動する部分)の表面には、ショットピーニングやクロムメッキ処理による硬化層が形成される点が記載されている。
【0004】
特許文献2には、燃料噴射装置を構成する部品への適用を意図したものではないが、所定量のC、Si、Mn、P、S、Cr、N、Al、及びTiを含有し、表層部に窒化物が析出しているフェライト系ステンレス鋼材が開示されている。
同文献には、
(A)N2とH2を含む混合ガス雰囲気中においてフェライト系ステンレス鋼を焼鈍(光輝焼鈍)すると、窒素原子が表面から0.05mm程度まで浸透し、固溶限を超える窒素が拡散した時には表層部に微細な窒化物が分散析出する点、
(B)窒化物を分散析出させると、耐食性を低下させることなく、鋼材の表面硬さを向上させることができる点、及び、
(C)光輝焼鈍によって表層部のみ硬さが高くなり、内部は柔らかいフェライト組織であるため、プレス加工性が良好である点
が記載されている。
【0005】
さらに、特許文献3には、燃料噴射装置を構成する部品への適用を意図したものではないが、所定量のC、Si、Mn、Cr、N、及び、Niを含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる強磁性鋼材と、強磁性鋼材の表層部に形成された非磁性部とを備えた複合材料が開示されている。
同文献には、
(A)強磁性鋼材に対して窒素原子の拡散処理(固相窒素吸収法)を行うと、表層部にNが固溶富化した非磁性部を形成することができる点、及び、
(B)このような複合材料は、電磁アクチュエータ等に用いられる磁気回路部品として好適である点が記載されている。
【0006】
特に、インジェクターにおいては、従来より燃料の精密な噴射制御によって省エネ化が図られていた。近年では、さらなる燃料効率向上のため、インジェクターの駆動圧力を高める傾向にある。そのため、これらの部品に使用される材料には、
(a)燃料の精密制御のための高い透磁率と高い電気抵抗、
(b)高圧駆動(≒高負荷トルク)のための高い飽和磁束密度、及び、
(c)摺動運動に伴う衝突による材料劣化を抑制するための高い硬度
が求められている。
【0007】
磁気特性と耐食性を高い次元で両立させた既存材料としては、例えば、13%クロム電磁ステンレス鋼が存在する。しかし、13%クロム電磁ステンレス鋼は、単体では硬度が低く、高圧駆動によるバルブの衝突に対する耐久性に課題がある。この問題を解決するために、インジェクター用途では、材料表面をクロムメッキ処理することで表面硬度を確保するのが一般的である(特許文献1参照)。しかし、クロムは非磁性であるため、クロムメッキ処理により磁気特性の悪化は免れない。
【0008】
一方、特許文献3には、固相窒素吸収法を用いて、強磁性鋼材の表層部に非磁性部を形成する方法が記載されている。ここで、「固相窒素吸収法」とは、鋼材を高温の窒素中に保持することにより、窒素原子を材料表面から材料内部に拡散させ、材料表面近傍又は材料全体の窒素濃度を高める熱処理法をいう。固相窒素吸収法は、窒化物を形成させない点において、窒化法とは異なる。
固相窒素吸収法を用いて材料表面に窒素を固溶させると、材料表面を固溶強化することができる。しかしながら、固相窒素吸収法により表層部に非磁性層が形成された場合には、クロムメッキ処理と同様に磁気特性の悪化は免れない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2002-081356号公報
【特許文献2】特開平11-350088号公報
【特許文献3】特開2013-028825号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、高透磁率、高電気抵抗、高飽和磁束密度、及び、高硬度を実現することが可能な固相窒素吸収用Fe基合金を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、このような固相窒素吸収用Fe基合金からなる部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために本発明に係る固相窒素吸収用Fe基合金は、
C≦0.020mass%、
N≦0.030mass%、及び、
5.0≦Cr≦18.0mass%
を含有し、さらに、
0.5≦Si≦3.0mass%、
0.1≦Al≦3.0mass%、及び、
0.05≦Ti≦3.0mass%
の1種又は2種以上の元素を含有し、
残部がFe及び不可避的不純物からなり、
23℃におけるフェライト相の面積率が95%以上である。
【0012】
本発明に係るFe基合金部材は、
本発明に係る固相窒素吸収用Fe基合金からなる基部と、
前記基部の表面に形成された窒素吸収層と
を備え、
前記窒素吸収層の硬さが400HV以上であり、
23℃における前記基部のフェライト相の面積率が95%以上である。
【発明の効果】
【0013】
所定量のCrを含むFe基合金において、オーステナイト形成能の高いC及びNを極力低減し、かつ、フェライト形成能の高いTiを微量添加すると、フェライト相が安定化する。また、適量のAl及びSiをさらに添加すると、電気抵抗や磁気異方性などの磁気特性が改善される。その結果、室温だけでなく、高温(固相窒素吸収処理が行われる温度域)においてもフェライト相が安定であり、かつ、室温において高透磁率、高電気抵抗、及び、高飽和磁束密度を示すFe基合金が得られる。
【0014】
このようなFe基合金からなる部材に対して固相窒素吸収処理を行うと、表層部の窒素濃度が高くなり、やがて表層部のみがオーステナイト相となる。この状態から急冷すると、表層部のオーステナイト相がマルテンサイト変態する。その結果、芯部が磁気特性の高いフェライト相からなり、表層部が硬度の高いマルテンサイト相からなる部材を得ることができる。表層部のマルテンサイト相は、芯部のフェライト相に比べて磁気特性は劣るが、軟磁性を示す。そのため、本発明に係るFe基合金部材は、表層部に非磁性層が形成された従来の部材に比べて、高い磁気特性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 固相窒素吸収用Fe基合金]
[1.1. 主構成元素]
本発明に係る固相窒素吸収用Fe基合金(以下、単に「Fe基合金」ともいう)は、以下のような元素を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。添加元素の種類、その成分範囲、及び、その限定理由は、以下の通りである。
【0016】
(1)C≦0.020mass%:
Cは、Fe基合金の磁気特性を悪化させ、母相のオーステナイト化を促進する。そのため、C量は、少ないほど良い。磁気特性の悪化と母相のオーステナイト化を抑制するためには、C量は、0.020mass%以下である必要がある。C量は、好ましくは、0.010mass%以下、さらに好ましくは、0.00510mass%以下である。
【0017】
(2)N≦0.030mass%:
Nは、母相のオーステナイト化を促進する。そのため、固相窒素吸収処理を行う前のN量は、少ないほど良い。母相のオーステナイト化を抑制するためには、N量は、0.030mass%以下である必要がある。N量は、好ましくは、0.010mass%以下、さらに好ましくは、0.00510mass%以下である。
【0018】
(3)5.0≦Cr≦18.0mass%:
Crは、Fe基合金の耐食性を向上させる効果、及び、固相窒素吸収時の平衡窒素濃度を向上させる効果がある。このような効果を得るためには、Cr量は、5.0mass%以上である必要がある。Cr量は、好ましくは、6.0mass%以上、さらに好ましくは、11.0mass%以上である。
一方、Cr量が過剰になると、最大磁束密度が低下する。従って、Cr量は、18.0mass%以下である必要がある。Cr量は、好ましくは、15.0mass%以下、さらに好ましくは、13.0mass%以下である。
【0019】
(4)0.5≦Si≦3.0mass%:
Siは、母相のフェライト化を促進する効果、並びに、母相の硬さ及び電気抵抗を増加させる効果がある。このような効果を得るためには、Si量は、0.5mass%以上である必要がある。
一方、Si量が過剰になると、最大磁束密度及び加工性が低下する。従って、Si量は、3.0mass%以下である必要がある。Si量は、好ましくは、2.30mass%以下、さらに好ましくは、1.55mass%以下である。
【0020】
(5)0.1≦Al≦3.0mass%:
Alは、母相のフェライト化を促進する効果、及び、母相の電気抵抗を増加させる効果がある。このような効果を得るためには、Al量は、0.1mass%以上である必要がある。Al量は、好ましくは、0.3mass%以上である。
一方、Al量が過剰になると、固相窒素吸収後の焼入れにおいて表層部がマルテンサイト化せず、表層部の硬さが低下する。従って、Al量は、3.0mass%以下である必要がある。Al量は、好ましくは、2.5mass%以下、さらに好ましくは、1.1mass%以下である。
【0021】
(6)0.05≦Ti≦3.0mass%:
Tiは、少量の添加で母相のフェライト化を促進する効果がある。このような効果を得るためには、Ti量は、0.05mass%以上である必要がある。Ti量は、好ましくは、0.10mass%以上である。
一方、Ti量が過剰になると、固相窒素吸収後の焼入れにおいて表層部がマルテンサイト化せず、表層部の硬さが低下する。従って、Ti量は、3.0mass%以下である必要がある。Ti量は、好ましくは、2.5mass%以下、さらに好ましくは、0.5mass%以下である。
【0022】
なお、本発明に係るFe基合金は、少なくとも
(a)Crと、
(b)0.5≦Si≦3.0mass%、0.1≦Al≦3.0mass%、及び、0.05≦Ti≦3.0mass%の1種又は2種以上の元素と
を含有していれば良い。
ここで、「0.5≦Si≦3.0mass%、0.1≦Al≦3.0mass%、及び、0.05≦Ti≦3.0mass%の1種又は2種以上の元素を含有」とは、Si、Al、及び、Tiの少なくとも1つの元素の含有量が上述した下限値以上である場合、残りの元素の含有量は、上述した下限値未満であっても良く、あるいは、下限値以上であっても良いことを意味する。
【0023】
[1.2. 不可避的不純物]
「不可避的不純物」とは、Fe基合金を製造する際に、原料や耐火物から混入する微量成分をいう。不可避的不純物としては、例えば、
(a)0.10mass%以下のMn、
(b)0.010mass%以下のP、
(c)0.005mass%以下のS、
(d)0.05mass%以下のCu、
(e)0.10mass%以下のNi、
(f)0.005mass%以下のO、
などがある。
【0024】
特に、Ni及びMnは、いずれも、母相のオーステナイト化を促進する効果がある。そのため、Ni及びMnは、少ないほど良い。母相のオーステナイト化を抑制するためには、Ni量及びMn量は、それぞれ、0.01mass%以下が好ましい。
【0025】
[1.3. 金属組織]
本発明に係るFe基合金は、成分が最適化されているために、固相窒素吸収処理を行う前の23℃におけるフェライト相の面積率が95%以上である。「フェライト相の面積率」については、後述する。
なお、本発明に係るFe基合金は、通常、室温だけでなく、高温(固相窒素吸収処理が行われる温度域)においても金属組織のマトリックス(介在物を除いた領域)はフェライト相単相となる。但し、組成によっては、高温において、微量のオーステナイト相が生成する場合がある。
【0026】
[1.4. フェライト安定化指数]
本発明に係るFe基合金は、次の式(1)を満たしているものが好ましい。
([Cr]+2.6[Si]+7[Al]+7[Ti])/(5[C]+5[N]+0.35)≧33 …(1)
但し、[X]は、前記固相窒素吸収用Fe基合金に含まれる元素Xの質量割合(mass%)を表す。
【0027】
式(1)の左辺の変数は、「フェライト安定化指数」を表す。フェライト安定化指数が小さくなりすぎると、固相窒素吸収処理を行う温度域(900~1100℃)において芯部のマトリックスがフェライト単相とならず、オーステナイト相が生成する場合がある。この状態から急冷を行うと、芯部にもマルテンサイト相が形成され、磁束密度が低下する。
【0028】
これに対し、フェライト安定化指数が大きくなるほど、高温でフェライトが安定化しやすくなる。固相窒素吸収処理を行う温度域において芯部のマトリックスをフェライト相単相に近づけるためには、フェライト安定化指数は、33以上が好ましい。
一方、フェライト安定化指数が大きくなりすぎると、窒素吸収層が高温でオーステナイト相とならず、焼入れによって表面硬さが得られない場合がある。従って、フェライト安定化指数は、80以下が好ましい。
【0029】
[2. Fe基合金部材]
本発明に係るFe基合金部材は、
本発明に係る固相窒素吸収用Fe基合金からなる基部と、
前記基部の表面に形成された窒素吸収層と
を備えている。
【0030】
[2.1. 基部]
[2.1.1. 材料]
基部は、固相窒素吸収用Fe基合金からなる。Fe基合金の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0031】
[2.1.2. フェライト相の面積率]
「フェライト相の面積率(%)」とは、23℃におけるFe基合金の断面の面積に占めるフェライト相の面積の割合をいう。
換言すれば、「フェライト相の面積率(%)」とは、
(a)固相窒素吸収処理後のFe基合金部材を表面に対して垂直方向に切断し、断面を研磨及びエッチングし、
(b)断面の中心付近の領域(窒素吸収層を含まない領域)を室温において光学顕微鏡で観察し、視野面積(S0)、及び、視野に含まれるフェライト相の面積(S)をそれぞれ算出し、
(c)SをS0で除すことにより得られる値(=S×100/S0)
をいう。
本発明において、S0は、1mm×4mmとする。
【0032】
本発明に係るFe基合金は、組成が最適化されているために、基部のフェライト相の面積率は95%以上となる。Fe基合金の組成を最適化すると、フェライト相の面積率は、98%以上となる。
【0033】
[2.1.3. 結晶粒径]
「結晶粒径」とは、光学顕微鏡写真からJIS G0551に記載の直線試験線を用いた切断法によって結晶粒度を測定し、JIS G0551附属書A中の表A.1を用いて結晶粒度より換算することにより得られる値をいう。
【0034】
基部の結晶粒径は、Fe基合金部材の磁気特性に影響を与える。一般に、基部の結晶粒径が大きくなるほど、Fe基合金部材の磁気特性は高くなる。本発明に係るFe基合金部材は、固相窒素吸収処理が施されるので、処理時に粒成長が起こる。製造条件を最適化すると、基部の結晶粒径は、150μm以上となる。製造条件をさらに最適化すると、基部の結晶粒径は、300μm以上となる。
一方、基部の結晶粒径を必要以上に大きくすると、Fe基合金部材の機械的特性が悪化する場合がある。従って、基部の結晶粒径は、1000μm以下が好ましい。
【0035】
[2.2. 窒素吸収層]
「窒素吸収層」とは、基材に対して固相窒素吸収処理を施すことにより、基材の表層部に窒素が固溶することにより形成される層をいう。
【0036】
[2.2.1. 固相窒素吸収処理及び焼入れ]
固相窒素吸収処理は、基材を所定の窒素雰囲気中において、所定の温度に加熱することにより行われる。
【0037】
加熱温度は、基材表面の窒素濃度に影響を与える。そのため、加熱温度は、基材の組成に応じて最適な温度を選択するのが好ましい。一般に、加熱温度が低くなるほど、基材表面の平衡窒素濃度が高くなる。しかしながら、加熱温度が低くなりすぎると、Cr2Nが析出し、磁気特性が悪化する場合がある。従って、加熱温度は900℃以上が好ましい。
一方、加熱温度が高くなりすぎると、基材表面の平衡窒素濃度が低下し、硬さが低下する場合がある。従って、加熱温度は1100℃以下が好ましい。
【0038】
窒素分圧は、基材表面の窒素濃度に影響を与える。そのため、窒素分圧は、基材の組成に応じて最適な値を選択するのが好ましい。一般に、窒素分圧が高くなるほど、基材表面の平衡窒素濃度が高くなる。このような効果を得るためには、窒素分圧は、0.035MPa以上が好ましい。特に、表層部のマトリックスがマルテンサイト単相になりにくい組成(例えば、Crが少ない組成)である場合、窒素分圧を高くして窒素をより多く固溶させ、表層部をオーステナイト化するのが好ましい。
一方、窒素分圧が高くなりすぎると、窒素濃度が過度に増加し、マルテンサイト変態開始温度が低下する。その結果、焼入れ後にオーステナイト相が残留しやすくなり、硬さが低下する場合がある。従って、窒素分圧は、0.7MPa以下が好ましい。
【0039】
基材表面の窒素濃度は、加熱温度及び窒素分圧で決まる。一方、処理時間は、窒素吸収層の厚みに影響する。そのため、処理時間は、要求される窒素吸収層の厚さに応じて最適な時間を選択するのが好ましい。処理時間は、通常1分~300分程度である。
【0040】
表層部に所定量の窒素を拡散させた後、部材を焼入れする。これにより、表層部のオーステナイト相がマルテンサイト変態する。焼入れ条件は、表層部をマルテンサイト変態させることが可能な条件である限りにおいて、特に限定されない。
例えば、固相窒素吸収処理において、処理温度から基材を急冷することで焼入れを行っても良い。あるいは、固相窒素吸収処理を行った後に、焼入れ温度に加熱し、急冷することで焼入れを行っても良い。急冷は、ガス冷却、水冷、氷水冷、油冷等を用いることができる。
【0041】
また、焼入れを行う前に、部材内部に窒素を拡散させる窒素拡散処理を行っても良い。具体的には、固相窒素吸収処理に続いて、アルゴンガス等の不活性雰囲気中、900~1100℃程度の高温で部材を保持することで部材内部に窒素を拡散させる。窒素拡散処理を行うと、窒素吸収層が厚くなるため、焼入れ後の部材表面の硬さを安定して得ることができる。但し、窒素吸収層が厚くなりすぎると、磁気特性(磁束密度)が低下する。そのため、部材に要求される磁気特性(磁束密度)を考慮して窒素拡散処理の保持温度や保持時間を設定すれば良い。
また、焼入れ後に0℃以下に材料を保持するサブゼロ処理を行っても良い。
【0042】
[2.2.2. 窒素吸収層の硬さ]
「窒素吸収層の硬さ」とは、
(a)固相窒素吸収処理後のFe基合金部材を表面に対して垂直方向に切断し、断面を研磨し、
(b)部材の表面から深さ20μm±5μmの位置にある任意の5箇所において、ビッカース硬さを測定し、
(c)5点のビッカース硬さの平均値を算出する
ことにより得られる値をいう。
【0043】
本発明に係るFe基合金部材において、基材の組成、並びに、固相窒化処理及び焼入れの条件を最適化すると、窒素吸収層の硬さは、400HV以上となる。基材の組成及び製造条件を最適化すると、窒素吸収層の硬さは、500HV以上となる。
【0044】
[2.2.3. 窒素吸収層の厚さ]
芯部のフェライト相と表層部の窒素吸収層との間の界面は、通常、平坦ではなく、凹凸の激しい形状を有している。本発明において、「窒素吸収層の厚さ」とは、
(a)固相窒素吸収処理後のFe基合金部材を表面に対して垂直方向に切断し、断面を研磨し、
(b)幅(基材の表面に対して平行方向の距離)が約500μmの領域を観察可能な倍率で、任意の3箇所において断面の表面近傍を観察し、
(c)各視野において部材の表面からフェライト相までの最短距離を算出し、
(d)合計3箇所の最短距離の平均値を算出する
ことにより得られる値をいう。
【0045】
本発明において、窒素吸収層の厚さは、特に限定されない。一般に、窒素吸収層の厚さが厚くなるほど、耐摩耗性が向上する。一方、窒素吸収層の厚さが厚くなりすぎると、部材の磁気特性が低下する場合がある。従って、窒素吸収層の厚さは、これらの点を考慮して、最適な厚さを選択するのが好ましい。
上述したように、窒素吸収層の厚さは、主として、固相窒素吸収処理の処理時間に依存する。製造条件を最適化すると、窒素吸収層の厚さは、20~200μm程度となる。
【0046】
[2.3. 用途]
本発明に係るFe基合金部材は、種々の用途に適用できる。本発明が適用される部材としては、例えば、
(a)電磁式燃料噴射装置の可動コア、
(b)電動自動車用モータのロータコア
などがある。
【0047】
[3. 作用]
所定量のCrを含むFe基合金において、オーステナイト形成能の高いC及びNを極力低減し、かつ、フェライト形成能の高いTiを微量添加すると、フェライト相が安定化する。また、適量のAl及びSiをさらに添加すると、電気抵抗や磁気異方性などの磁気特性が改善される。その結果、室温だけでなく、高温(固相窒素吸収処理が行われる温度域)においてもフェライト相が安定であり、かつ、室温において高透磁率、高電気抵抗、及び、高飽和磁束密度を示すFe基合金が得られる。
【0048】
このようなFe基合金からなる部材に対して固相窒素吸収処理を行うと、表層部の窒素濃度が高くなり、やがて表層部のみがオーステナイト相となる。この状態から急冷すると、表層部のオーステナイト相がマルテンサイト変態する。その結果、芯部が磁気特性の高いフェライト相からなり、表層部が硬度の高いマルテンサイト相からなる部材を得ることができる。表層部のマルテンサイト相は、芯部のフェライト相に比べて磁気特性は劣るが、軟磁性を示す。そのため、本発明に係るFe基合金部材は、表層部に非磁性層が形成された従来の部材に比べて、高い磁気特性を示す。
【0049】
部材表層部のマルテンサイト相は、フェライト相と同様に磁性を有するため、非磁性のメッキ処理よりも磁気特性の劣化が少ない。また、本発明に係るFe基合金は、成分が最適化されているので、高い硬度が得られ、しかも、従来材と同等以上の磁気特性が得られる。
【実施例0050】
(実施例1~21、比較例1~8)
[1. 試料の作製]
真空誘導炉にて、表1に示す組成の鋼50kgを溶解し、造塊した。その後、スタート温度1100℃、終止温度900℃の条件下でφ35mmの丸棒を鍛造し、その後空冷した。さらに、得られた丸棒から外径28mm×内径20mm×厚み3mmのリング試験片と、3mm×3mm×50mmの角棒試験片を切り出した。
【0051】
【0052】
次に、各試験片に対して、固相窒素吸収処理及び焼入れを行った。すなわち、まず、試験片を処理室内に設置し、その後、減圧手段により処理室内を真空にした。次に、処理室内に窒素ガスを導入し、処理室内の圧力を所定の値に維持した。処理室内の圧力は、
(a)0.1MPa(実施例1~2、実施例4~19、比較例3~5)、又は、
(b)0.7MPa(実施例3、実施例20、比較例1~2)
とした。
この状態で試験片を900~1100℃の温度で所定時間加熱した。加熱時間は、焼入れ後の窒素吸収層の厚さが10μm以上となるように調整した。さらに、固相窒素吸収処理が終了した後、試験片の焼入れを行った。焼入れは、ガス冷却により行い、その後、-70℃×2hrのサブゼロ処理を実施した。
【0053】
[2. 試験方法]
[2.1. 窒素吸収層の厚さ]
固相窒素吸収処理後の試験片を切断し、窒素吸収層の厚さを測定した。
[2.2. 表面窒素濃度(窒素吸収層の窒素濃度)]
電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)を用いて、試験片の表層部の窒素濃度を測定した。
【0054】
[2.3. 表面硬さ(窒素吸収層の硬さ)]
固相窒素処理後の試験片を切断し、表面から深さ20μm±5μmの位置において、ビッカース硬さを測定した。
[2.4. 磁束密度B30000]
上記の焼入れ後のリング試験片を樹脂ケースに入れ、磁界印加用コイル500巻、検出用コイル100巻をケース周囲に巻き付け、直流磁化特性アナライザを用いて、磁場が30kA/mであるときの磁束密度B30000を測定した。
【0055】
[2.5. 電気抵抗]
上記の焼入れ後の角棒試験片を用いて、4端子法により、試験片の電気抵抗を測定した。
[2.6. 芯部のフェライト相の面積率]
固相窒素吸収処理後の試験片を切断し、芯部のフェライト相の面積率を算出した。
【0056】
[3. 結果]
表2に結果を示す。表2より、以下のことが分かる。
(1)比較例1は、表面硬さが低い。これは、Al量が過剰であるために、表層部がマルテンサイト化しなかったためと考えられる。
(2)比較例2は、表面硬さが低い。これは、Si量が過剰であるために、表層部がマルテンサイト化しなかったためと考えられる。
(3)比較例3は、B30000が低い。これは、C量が過剰であるために、高温域において芯部にオーステナイトが形成され、室温において芯部のマトリックスがフェライト単相とならなかったためと考えられる。
(4)比較例4は、B30000が低い。これは、Cr量が過剰であるためと考えられる。
【0057】
(5)比較例5は、表面硬さが低く、かつ、B30000も低い。表面硬さが低いのは、Crが少なく、固溶する窒素濃度が低いことに加えて、Si等の硬さを向上させる合金元素を含まないためと考えられる。B30000が低いのは、Al、Si、及びTiを含まないために、焼入れ時に芯部のマトリックスがほぼマルテンサイト化し、室温において芯部のマトリックスがフェライト単相とならなかったためと考えられる。
(6)比較例6は、表面硬さが低く、B30000も低い。表面硬さが低いのは、Ti量が過剰であるために、表層部がマルテンサイト化しなかったためと考えられる。B30000が低いのは、Ti量が過剰であるために、ラーベス相が形成され、室温において芯部のマトリックスがフェライト単相とならなかっためと考えられる。
(7)比較例7は、B30000が低い。これはSi量が少ないために、高温において芯部にオーステナイトが形成され、室温において芯部のマトリックスがフェライト単相とならなかったためと考えられる。
(8)比較例8は、磁気特性が低い。これは、N量が過剰であるために芯部にオーステナイトが生成し、芯部がフェライト単相にならなかったためと考えられる。
【0058】
(9)実施例1~21は、いずれも、表面硬さが400HV以上であり、かつ、室温において芯部のフェライト相の面積率が95%以上となった。
(10)実施例3、20は、成分がほぼ同等である他の材料に比べて表面硬さが高い。これは、窒素分圧を0.7MPaにすることによって、表層部により多くの窒素が固溶したためと考えられる。一方、比較例1、2は、窒素分圧を0.7MPaとしても表面硬さは400HV未満であった。これは、Al量又はSi量が過剰であるために、表層部がマルテンサイト化しなかったためと考えられる。
(11)Al量及び/又はSi量が少なくなるほど、B30000は増加した。一方、Al量及び/又はSi量が多くなるほど、電気抵抗は増加した。
【0059】
【0060】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。