(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022186096
(43)【公開日】2022-12-15
(54)【発明の名称】ステアリング制御装置
(51)【国際特許分類】
B62D 6/00 20060101AFI20221208BHJP
B62D 5/04 20060101ALI20221208BHJP
B62D 101/00 20060101ALN20221208BHJP
B62D 119/00 20060101ALN20221208BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D5/04
B62D101:00
B62D119:00
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021094147
(22)【出願日】2021-06-04
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110003214
【氏名又は名称】弁理士法人服部国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】片岡 資章
【テーマコード(参考)】
3D232
3D333
【Fターム(参考)】
3D232CC08
3D232DA15
3D232DA23
3D232DC01
3D232DC02
3D232DC03
3D232DC08
3D232DD01
3D232DD02
3D232DD17
3D232DE02
3D232EA01
3D232EB11
3D232EC22
3D232GG01
3D333CB02
3D333CB13
3D333CC06
3D333CE16
(57)【要約】
【課題】推定負荷トルクと目標操舵トルクとのマップ折れ点での勾配変化が大きくても、パルスノイズの発生によるラトル音を防止するステアリング制御装置を提供する。
【解決手段】サーボ制御器400は、操舵トルクTsを目標操舵トルクTs
*に追従させるように、アシストトルクの基本指令値であるベースアシスト指令Tb
*を演算する。推定負荷トルク演算部20は、推定負荷トルクTxを演算する。目標操舵トルク演算部30は、推定負荷トルクTxと目標操舵トルクTs
*との関係を規定したマップ33を用いて目標操舵トルクTs
*を演算する。推定負荷トルク演算部30は、操舵トルクTsもしくは目標操舵トルクTs
*と、サーボ制御器400における制御演算のうち比例積分制御演算のみの演算結果に相当する推定負荷演算用アシスト指令Tbx
*と、に基づき、推定負荷トルクTxを演算する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
操舵トルク(Ts)を発生する操舵系メカ(100)に接続されたモータ(80)が出力するアシストトルクを制御するステアリング制御装置であって、
操舵トルクを目標操舵トルク(Ts*)に追従させるように、アシストトルクの基本指令値であるベースアシスト指令(Tb*)を演算するサーボ制御器(400、40B)と、
前記操舵系メカの操舵軸(95)に作用し操舵に応じて変化する負荷トルクである推定負荷トルク(Tx)を演算する推定負荷トルク演算部(20)と、
前記推定負荷トルクと前記目標操舵トルクとの関係を規定したマップ(33)を用いて前記目標操舵トルク(Ts*)を演算する目標操舵トルク演算部(30)と、
を備え、
前記推定負荷トルク演算部は、
操舵トルクもしくは前記目標操舵トルクと、前記サーボ制御器における制御演算のうち比例積分制御演算のみの演算結果に相当する推定負荷演算用アシスト指令(Tbx*)と、に基づき、前記推定負荷トルクを演算するステアリング制御装置。
【請求項2】
前記サーボ制御器は、
比例積分制御演算により前記推定負荷演算用アシスト指令を演算し、且つ、微分制御演算による演算結果と前記推定負荷演算用アシスト指令とを加算して前記ベースアシスト指令を演算する請求項1に記載のステアリング制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステアリング制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、モータが出力するアシストトルクを制御するステアリング装置において、推定負荷トルクに基づいて目標操舵トルクを演算し、操舵トルクを目標操舵トルクに追従させるように、サーボ制御器によりベースアシスト指令を演算する技術が知られている。
【0003】
例えば特許文献1に開示されたステアリング制御装置では、目標生成部は、目標操舵トルク(Ts*)とベースアシスト指令(Tb*)とを加算して推定負荷トルク(特許文献1では路面反力)を算出する。目標生成部のトルク変換器は、推定負荷トルクに対する目標操舵トルクの値を規定したマップを用いて目標操舵トルクを演算する。
【0004】
また、特許文献2に開示されたステアリング制御装置では、サーボ制御器(特許文献2ではアシストコントローラ)は、操舵トルクを目標操舵トルクに追従させるように、PID制御によりベースアシスト指令を生成する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第6314752号公報
【特許文献2】特許第6252027号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
目標操舵トルクは、マップを用いた補間演算により求められる。マップ入力である推定負荷トルクが操舵時に変化すると、補間区間内では入力変化に対する出力変化は一定であるが、マップの折れ点を通過するときに勾配が変化することにより、出力の時間変化率が急変する。
【0007】
例えば操舵感や所望の挙動を得るためにマップを適合させた場合、特に推定負荷トルクが0に近い小信号領域でマップ折れ点での勾配変化が大きくなる場合がある。マップ折れ点での勾配変化が大きいと、その点を通過する時、サーボ制御器の微分演算出力が変化し、その結果、ベースアシスト指令が変化する。そして、帰還されたベースアシスト指令を用いて次の演算周期での目標操舵トルクが演算される過程でパルスノイズが発生し、モータを加振することになり、ラトル音を生じる可能性がある。
【0008】
本発明は、このような点に鑑みて創作されたものであり、その目的は、推定負荷トルクと目標操舵トルクとのマップ折れ点での勾配変化が大きくても、パルスノイズの発生によるラトル音を防止するステアリング制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、操舵トルク(Ts)を発生する操舵系メカ(100)に接続されたモータ(80)が出力するアシストトルクを制御するステアリング制御装置であって、サーボ制御器(400、40B)と、推定負荷トルク演算部(20)と、目標操舵トルク演算部(30)と、を備える。
【0010】
サーボ制御器は、操舵トルクを目標操舵トルク(Ts*)に追従させるように、アシストトルクの基本指令値であるベースアシスト指令(Tb*)を演算する。
【0011】
推定負荷トルク演算部は、操舵系メカの操舵軸(95)に作用し操舵に応じて変化する負荷トルクである推定負荷トルク(Tx)を演算する。目標操舵トルク演算部は、推定負荷トルクと目標操舵トルクとの関係を規定したマップ(33)を用いて目標操舵トルク(Ts*)を演算する。
【0012】
推定負荷トルク演算部は、操舵トルクもしくは目標操舵トルクと、サーボ制御器における制御演算のうち比例積分制御演算のみの演算結果に相当する推定負荷演算用アシスト指令(Tbx*)と、に基づき、推定負荷トルクを演算する。
【0013】
これにより本発明では、特に小信号領域においてマップ折れ点での勾配変化が大きくても、ベースアシスト指令に急峻なパルスが重畳されない。そのため、ラトル音などの操舵振動を防止でき、低振動で滑らかな動作が得られる。したがって、適合における自由度が大きくなる。また、推定負荷トルク演算部のローパスフィルタを二次フィルタから一次フィルタにすることができ、演算処理が簡素化する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】電動パワーステアリングシステムの概略構成図。
【
図2】第1実施形態のECU(ステアリング制御装置)の概略構成図。
【
図3】推定負荷トルク-目標操舵トルクマップの小信号領域の拡大図。
【
図4】マップ演算における問題現象の発生原理を説明する図。
【
図7】比較例(通常のPID制御)の実車挙動を示すタイムチャート。
【
図8】本実施形態の実車挙動を示すタイムチャート。
【
図9】第2実施形態のECU(ステアリング制御装置)の概略構成図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明のステアリング制御装置の複数の実施形態を、図面に基づいて説明する。「ステアリング制御装置」としてのECUは、車両の電動パワーステアリングシステム、又はステアバイワイヤシステムに適用され、モータの出力指令を演算する。以下の実施形態では、主に電動パワーステアリングシステムに適用される例を示す。電動パワーステアリングシステムにおいてステアリング制御装置は、操舵アシストモータにアシストトルク指令を出力する。以下の第1、第2実施形態を包括して「本実施形態」という。
【0016】
[電動パワーステアリングシステムの構成]
図1を参照し、電動パワーステアリングシステムの構成について説明する。なお、アシストトルクTa及びベースアシスト指令Tb
*の記号については
図2を参照する。電動パワーステアリングシステム1は、モータ80の駆動トルクにより、ドライバによるハンドル91の操作をアシストするシステムである。ステアリングシャフト92の一端にはハンドル91が固定されており、ステアリングシャフト92の他端側にはインターミディエイトシャフト93が設けられている。ステアリングシャフト92とインターミディエイトシャフト93とはトルクセンサ94のトーションバーにより接続されており、これらにより操舵軸95が構成される。トルクセンサ94は、トーションバーの捩れ角に基づいて操舵トルクTsを検出する。
【0017】
インターミディエイトシャフト93のトルクセンサ94と反対側の端部には、ピニオンギア961及びラック962を含むギアボックス96が設けられている。ドライバがハンドル91を回すと、インターミディエイトシャフト93とともにピニオンギア961が回転し、ピニオンギア961の回転に伴って、ラック962が左右に移動する。ラック962の両端に設けられたタイロッド97は、ナックルアーム98を介してタイヤ99と接続されている。タイロッド97が左右に往復運動し、ナックルアーム98を引っ張ったり押したりすることで、タイヤ99の向きが変わる。
【0018】
モータ80は、例えば3相交流ブラシレスモータであり、ECU10から出力された駆動電圧Vdに応じて、ハンドル91の操舵力をアシストするアシストトルクTaを出力する。3相交流モータの場合、駆動電圧Vdは、U相、V相、W相の各相電圧を意味する。モータ80の回転は、ウォームギア86及びウォームホイール87等により構成される減速機構85を経由して、インターミディエイトシャフト93に伝達される。また、ハンドル91の操舵や、路面からの反力によるインターミディエイトシャフト93の回転は、減速機構85を経由してモータ80に伝達される。
【0019】
なお、
図1に示す電動パワーステアリングシステム1は、モータ80の回転が操舵軸95に伝達されるコラムアシスト式であるが、本実施形態のECU10は、ラックアシスト式の電動パワーステアリングシステムにも同様に適用可能である。また、他の実施形態では、操舵アシストモータとして、3相以外の多相交流モータや、ブラシ付DCモータが用いられてもよい。
【0020】
ここで、ハンドル91からタイヤ99に至る、ハンドル91の操舵力が伝達される機構全体を「操舵系メカ100」という。ECU10は、操舵系メカ100に接続されたモータ80が出力するアシストトルクTaを制御することにより、操舵系メカ100が発生する操舵トルクTsを制御する。また、ECU10は、車両の所定の部位に設けられた車速センサ11が検出した車速Vを取得する。
【0021】
ECU10は、図示しない車載バッテリからの電力によって動作し、トルクセンサ94により検出された操舵トルクTsや車速センサ11により検出された車速V等に基づき、アシストトルクの基本指令値であるベースアシスト指令Tb*を演算する。本実施形態では、ベースアシスト指令Tb*に対して補正トルクは加算されず、ベースアシスト指令Tb*がそのままアシストトルクTaの指令値として出力される。
【0022】
ベースアシスト指令Tb*に基づいて演算した駆動電圧Vdがモータ80に印加されることによりモータ80がアシストトルクTaを出力し、操舵系メカ100に操舵トルクTsを発生させる。なお、ECU10における各種演算処理は、ROM等の実体的なメモリ装置に予め記憶されたプログラムをCPUで実行することによるソフトウェア処理であってもよいし、専用の電子回路によるハードウェア処理であってもよい。
【0023】
[ECUの構成]
(第1実施形態)
図2を参照し、第1実施形態のECU10の構成について説明する。ECU10は、推定負荷トルク演算部20、目標操舵トルク演算部30、偏差算出器39、サーボ制御器400、及び電流フィードバック(図中「FB」)部70等を備える。
【0024】
推定負荷トルク演算部20は、目標操舵トルクTs
*及び推定負荷演算用アシスト指令Tbx
*に基づき、推定負荷トルクTxを演算する。つまり、特許文献1の
図3の構成に対し、ベースアシスト指令Tb
*に代えて推定負荷演算用アシスト指令Tbx
*が用いられる。推定負荷トルクTxは、操舵系メカ100の操舵軸95に作用し操舵に応じて変化する負荷トルクである。推定負荷トルクTxや操舵トルクTsの正負は、操舵軸95の回転方向に応じて、一方の回転方向のトルクが正、反対方向のトルクが負となるように定義されている。
【0025】
推定負荷トルク演算部20は、加算器21及びローパスフィルタ(図中「LPF」)22を含む。加算器21は、サーボ制御器400から帰還された推定負荷演算用アシスト指令Tbx
*と、目標操舵トルク演算部30から帰還された目標操舵トルクTs
*とを加算する。推定負荷演算用アシスト指令Tbx
*は、サーボ制御器400における制御演算のうち比例積分制御演算のみの演算結果、つまり微分制御演算を含まない演算結果に相当する。推定負荷演算用アシスト指令Tbx
*についての詳細は
図6を参照して後述する。
【0026】
ローパスフィルタ22は、加算されたトルクから、所定の周波数、例えば10Hz以下の帯域の成分を抽出する。推定負荷トルク演算部20は、ローパスフィルタ22により抽出された周波数成分を推定負荷トルクTxとして出力する。
【0027】
目標操舵トルク演算部30は、推定負荷トルクTxと目標操舵トルクTs*との関係が規定されたマップ33を用いて目標操舵トルクTs*を演算する。目標操舵トルク演算部30は、符号判定部(図中「sgn」)31、絶対値判定部(図中「|u|」)32、マップ33、及び乗算器34を含む。符号判定部31は、推定負荷トルクTxの正負、すなわち操舵軸95の回転方向に応じた符号を判定する。絶対値判定部32は、入力u、すなわち推定負荷トルクTxの絶対値を演算する。
【0028】
マップ33は、推定負荷トルクTxが正領域でのマップ、すなわち絶対値のマップとして示される。推定負荷トルクTxの負領域では、正領域に対し原点対称のマップとなる。目標操舵トルクTs*は推定負荷トルクTxに対し正の相関を有しており、推定負荷トルクTxの増加に伴って対数関数的に増加する。
【0029】
具体的にマップ33は、車速Vごとに、推定負荷トルクTxの特定値に対する目標操舵トルクTs*の値を示す複数の点をつなぐ折れ線で表され、任意の推定負荷トルクTxに対する目標操舵トルクTs*はマップ33の補間演算により求められる。車速Vが大きいほど、同じ推定負荷トルクTxに対する目標操舵トルクTs*は大きくなる。マップ33の横軸である推定負荷トルクTxの範囲は0~30[Nm]程度、目標操舵トルクTs*の範囲は0~6[Nm]程度である。
【0030】
図2のマップ33において推定負荷トルクTxが0に近い小信号領域の拡大を
図3に示す。このマップ33は、操舵感や所望の挙動を得るために小信号領域での適合が実施されている。適合の結果、推定負荷トルクTxが0.3[Nm]の折れ点では目標操舵トルクTs
*の変化率が増加しており、屈曲が大きい。他の折れ点では二階微分値が負であるのに対し、この折れ点では二階微分値が正である。また、推定負荷トルクTxが1[Nm]の折れ点では、目標操舵トルクTs
*の変化率が急に減少し、屈曲が大きい。このように折れ点での屈曲が大きいことによる影響について、
図4、
図5を参照して後述する。
【0031】
図2に戻り、推定負荷トルクTxの絶対値に基づいてマップ演算された目標操舵トルクTs
*の絶対値に対し、推定負荷トルクTxの符号に応じた符号が乗算器34で乗算される。目標操舵トルク演算部30が出力した目標操舵トルクTs
*は、偏差算出器39に入力されるとともに推定負荷トルク演算部20に帰還される。
【0032】
偏差算出器39は、目標操舵トルクTs
*と操舵トルクTsとの差分である操舵トルク偏差ΔT(=Ts
*-Ts)を算出する。サーボ制御器400には操舵トルク偏差ΔTが入力される。サーボ制御器400は、操舵トルクTsを目標操舵トルクTs
*に追従させるように、ベースアシスト指令Tb
*を演算する。本実施形態のサーボ制御器400の詳細な構成は、
図6を参照して後述する。
【0033】
電流フィードバック部70は、ベースアシスト指令Tb*に応じたアシストトルクが、特にトルクセンサ94よりもタイヤ99側の操舵軸95に付与されるように、モータ80へ駆動電圧Vdを印加する。電流フィードバック制御の技術は、モータ制御分野における周知技術であるため、詳細な説明を省略する。
【0034】
次に
図4、
図5を参照し、目標操舵トルク演算部30のマップ演算における問題現象の発生原理を説明する。
図4に、推定負荷トルクTxと目標操舵トルクTs
*とのマップを模式化した図を示す。破線矢印で示すように、推定負荷トルクTxが単調増加し、マップ上の動作点がA点からB点に進む場合を考える。ここでは、ベースアシスト指令Tb
*が推定負荷トルク演算部20に帰還されるものとする。
【0035】
仮に推定負荷トルクTxが直線的に増加した場合、目標操舵トルクTs
*、及び、目標操舵トルクの微分D(Ts
*)の変化は、
図5に示す時間波形のようになる。この場合、目標操舵トルクの微分D(Ts
*)、すなわちマップの勾配変化は、パルスではなくステップ的な変化となる。しかし、サーボ制御器400から操舵トルク偏差ΔTの微分制御成分を含んだベースアシスト指令Tb
*が推定負荷トルク演算部20に帰還する閉ループが形成されると、次のような現象が発生する。
【0036】
図4で時刻nから次の時刻(n+1)に進むように推定負荷トルクTxが変化したとき、サーボ制御器400を通過した信号は、主に微分制御成分が相対的に大きくステップ変化する。このとき、推定負荷トルクTxが増加すると操舵トルク偏差ΔTは増加し、操舵トルク偏差微分D(ΔT)は正になる。また、後述のようにPID制御の式における微分ゲインKdは負であるため、ベースアシスト指令Tb
*は減少に向かう。
【0037】
すると、次の時刻(n+2)では、減少したベースアシスト指令Tb*に基づいて演算される推定負荷トルクTxが減少する。そして、その推定負荷トルクTxに基づいて演算される目標操舵トルクTs*は、時刻(n+1)の前回値よりも小さくなる。そのため、目標操舵トルクの微分D(Ts*)の微分は、前回までステップ変化していたものが逆方向ステップで変化し、結果的にパルスになる。それがベースアシスト指令Tb*のパルスノイズとして現れる。
【0038】
このように、特に小信号領域においてマップ折れ点での勾配変化が大きいと、ベースアシスト指令Tb*に現れるパルスノイズによってモータ80を加振することになり、ラトル音を生じる可能性がある。ここで、マップの点数を多く取り、滑らかに変化するように適合することで音振は解消される可能性がある。しかし、適合と音振評価とを繰り替えしながら試行錯誤する必要があり、適合に制約が課されることとなる。そこで本実施形態では、推定負荷トルクTxと目標操舵トルクTs*とのマップ折れ点での勾配変化が大きくても、パルスノイズの発生によるラトル音を防止することを目的とする。
【0039】
この課題を解決するための第1実施形態のサーボ制御器400の構成を
図6に示す。サーボ制御器400は、比例積分制御演算部420、微分制御演算部50、最終加算器58及び最終制限演算器59を含む。
図6は、サーボ制御演算を離散の式で等価変換した構成を表している。第1実施形態のサーボ制御器400は、比例積分制御演算により推定負荷演算用アシスト指令Tbx
*を演算し、且つ、微分制御演算による演算結果と推定負荷演算用アシスト指令Tbx
*とを加算してベースアシスト指令Tb
*を演算する。つまり、一つのサーボ制御器400により、推定負荷演算用アシスト指令Tbx
*及びベースアシスト指令Tb
*の両方を一括して演算する。
【0040】
比例積分制御演算部420は、比例制御演算部430、積分制御演算部440、加算器48及び累積演算部490を含む。比例制御演算部430及び積分制御演算部440は、特許文献2の
図4に開示されたアシストコントローラの構成と同様に、操舵トルク偏差ΔTに基づき比例及び積分制御演算を行う。
【0041】
遅延素子45は操舵トルク偏差ΔTの前回値を取り出す。比例制御演算部430では、減算器463で前回値が減算された操舵トルク偏差ΔTに対し、ゲイン乗算器473で比例ゲインKpが乗算される。積分制御演算部440では、加算器464で前回値が加算された操舵トルク偏差ΔTに対し、ゲイン乗算器474で積分ゲインKiが乗算される。
【0042】
加算器48は、制御周期毎に比例制御及び積分制御の成分を加算した処理対象トルクTMを出力する。ここで、比例制御量のみでは推定負荷として不十分であり、積分制御量のみでは路面反力に対する遅れが大きいため使用できない。累積処理部490は、処理対象トルクTMを累積処理し、推定負荷演算用アシスト指令の今回値Tbx*
nを演算する。累積処理は積分処理と同義であるが、ここでは積分制御との区別のため「累積」の用語を用いる。なお、比例積分制御演算部の演算構成によって差異はあれども、要は比例積分制御された信号を出力する。
【0043】
累積処理部490は、加算器491、遅延素子492及び制限演算器494を含む。加算器491は、処理対象トルクTMの今回値に、遅延素子492を介して入力される推定負荷演算用アシスト指令の前回値Tbx*
n-1を加算する。制限演算器494は、加算器491の加算結果に対してアシストトルクとして出力可能な制限値で制限する。これにより、ワインドアップ問題、すなわち、偏差が出続けるときに積分によって許容出力以上に大きな値を取った後、偏差の符号が逆方向になったときに出力の低減が遅れてしまう現象に対応している。
【0044】
微分制御演算部50は、疑似微分演算部54及びゲイン乗算器57を含む。疑似微分演算部54は、操舵トルク偏差微分D(ΔT)を疑似微分により演算する。離散値の疑似微分「D」は、連続系の伝達関数でいうと(s/(τs+1)2)(ただし、s:ラプラス演算子、τ:時定数)の演算関数に該当する。ゲイン乗算器57では、操舵トルク偏差微分D(ΔT)に微分ゲインKdが乗算される。
【0045】
最終加算器58は、推定負荷演算用アシスト指令の今回値Tbx*
nに微分制御演算部50の出力の今回値Kd・D(ΔT)nを加算する。最終制限演算器59は、最終加算器58の加算結果に対して制限演算器494と同様に制限する。この制限はワインドアップとは関係ないが、過熱保護やフェイルセーフ時の制限に対応している。
【0046】
サーボ制御の式を以下に示す。操舵トルク偏差ΔTは、式(1)で表される。
ΔT=Ts*-Ts ・・・(1)
【0047】
ベースアシスト指令Tb
*は式(2)で表される。
図6の構成では、比例ゲインKp、積分ゲインKi、微分ゲインKdはいずれも負の値に設定される。
【0048】
【0049】
式(2)を離散化するために、式(3)で表される双一次変換の式を式(2)に代入して整理すると、式(4.1)、(4.2)が得られる。式(3)のtsは演算周期を示す。また
図6では、(ts/2)Kiをまとめて「Ki」として記す。
【0050】
【0051】
以上のように本実施形態では、サーボ制御器400から推定負荷トルク演算部20に、微分制御成分を含まない推定負荷演算用アシスト指令Tbx*が帰還される。そのため、目標操舵トルクTs*の勾配変化に伴うステップ変化は、ベースアシスト指令Tb*が帰還される場合に比べて小さくなる。したがって、ステップ変化が閉ループを循環しにくくなり、パルスノイズとして現れにくくなる。よって、モータ80の加振が抑制される。
【0052】
また、ベースアシスト指令Tb*が帰還される場合、推定負荷トルク演算部20のローパスフィルタ22は、サーボ制御の高周波成分を除去するため二次フィルタであったが、微分制御成分を含まないため一次フィルタを用いることができ、演算処理が簡素化する。
【0053】
次に
図7、
図8のタイムチャートを参照し、比較例及び本実施形態において操舵トルクTsが正から負、及び、負から正に変わるようにハンドルを左右に切ったときの実車挙動を対比しつつ説明する。比較例では、通常のPID制御を行うサーボ制御器から推定負荷トルク演算部20にベースアシスト指令Tb
*が帰還される。通常のPID制御の離散式を式(5)に示す。
【0054】
【0055】
図7、
図8には上から順に、操舵角速度ω、操舵トルクTs、目標操舵トルクTs
*、操舵トルク偏差微分D(ΔT)、及びベースアシスト指令Tb
*を示す。さらに本実施形態では、最下段に推定負荷演算用アシスト指令Tbx
*を示す。
【0056】
図7に示す比較例では、目標操舵トルクTs
*が0付近の小信号領域において、マップ(
図3)の屈曲大ポイントを通過するとき、目標操舵トルクTs
*の変化が大きくなる。そのとき、式(5)の第4項の微分制御成分はステップ的に変化する。ステップ的な変化は、式(5)で累積されて得られるベースアシスト指令Tb
*にも反映される。
【0057】
このベースアシスト指令Tb*が推定負荷トルク演算部20に帰還されると、次回演算時の目標操舵トルクTs*に影響して変化を止めに掛かる。結果的に、目標操舵トルクTs*の変化に段が生じ、(*1)、(*2)で示すように、操舵トルク偏差微分D(ΔT)、更にはベースアシスト指令Tb*はパルス状となり、モータ80を加振してしまう。
【0058】
パルス電流による加振の影響はモータ回転角から換算された操舵角速度ωにも影響し、(*3)で示すように、波形に変動が発生する。また加振方向に着目すると、モータ80を本来回そうとする方向とは逆である。そのため、ギアのバックラッシュやガタを通過して逆に詰められるような作用をし、ラトル音を招きやすい。
【0059】
図8に示す本実施形態では、目標操舵トルクTs
*がマップの屈曲大ポイントを通過して目標操舵トルクTs
*の変化が大きくなっても、推定負荷演算用アシスト指令Tbx
*は微分制御成分を含まないため、ステップ的な変化は小さい。
【0060】
したがって、式(4.1)で累積されて得られる推定負荷演算用アシスト指令Tbx*はパルスノイズのないものとなる。更には、その推定負荷演算用アシスト指令Tbx*から演算された推定負荷トルクTxに基づいて目標操舵トルクTs*が演算される循環系において決まるベースアシスト指令Tb*はパルスノイズのないものとなる。これにより、本実施形態ではラトル音が発生することなく、低騒音で滑らかなアクチュエータ動作が実現される。
【0061】
(第2実施形態)
図9を参照し、第2実施形態のECU10xの構成について、主に第1実施形態と異なる点を説明する。第1実施形態と実質的に同一の構成には同一の符号を付して説明を省略する。第2実施形態のECU10xでは、第1実施形態のサーボ制御器400に代えて、サーボ制御器40Bと、PI制御器40Xとが分離して設けられている。
【0062】
サーボ制御器40Bは、PID制御演算によりベースアシスト指令Tb
*を演算する。サーボ制御器40Bの構成は、例えば特許文献2の
図4と同様でよい。PI制御器40Xは、微分制御演算を含まない比例積分制御演算により、推定負荷演算用アシスト指令Tbx
*を演算する。推定負荷演算用アシスト指令Tbx
*は、サーボ制御器40Bにおける制御演算のうち比例積分制御演算のみの演算結果に相当する。PI制御器40Xの構成は、
図6の比例積分制御演算部420と同様である。このような分離構成でも第1実施形態と同様の効果が得られる。
【0063】
(その他の実施形態)
(a)推定負荷トルク演算部20は、目標操舵トルクTs*に代えて操舵トルクTsに基づいて推定負荷トルクTxを演算してもよい。
【0064】
(b)目標操舵トルクTs*は、推定負荷トルクTxに基づき演算されるもののみでなく、操舵角や操舵角速度など他の状態量に応じた操舵トルクが加算されたり、他の状態量に応じて補正されたりしてもよい。例えば特許第6387657号公報には、推定負荷トルクに舵角基準補正トルクが加算される構成例が開示されている。
【0065】
本発明はこのような実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において、種々の形態で実施することができる。
【0066】
本開示に記載の制御器及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載の制御器及びその手法は、一つ以上の専用ハードウェア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載の制御器及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウェア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。
【符号の説明】
【0067】
10 ・・・ECU(ステアリング制御装置)、
20 ・・・推定負荷トルク演算部、
30 ・・・目標操舵トルク演算部、 33 ・・・マップ、
400、40B・・・サーボ制御器、
80 ・・・モータ、
95 ・・・操舵軸、 100・・・操舵系メカ。