(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022186254
(43)【公開日】2022-12-15
(54)【発明の名称】定量分析装置、方法およびプログラムならびに製造管理システム
(51)【国際特許分類】
G01N 23/2055 20180101AFI20221208BHJP
G01N 23/207 20180101ALI20221208BHJP
【FI】
G01N23/2055 320
G01N23/207
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021094383
(22)【出願日】2021-06-04
(71)【出願人】
【識別番号】000250339
【氏名又は名称】株式会社リガク
(74)【代理人】
【識別番号】100114258
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 武雄
(74)【代理人】
【識別番号】100125391
【弁理士】
【氏名又は名称】白川 洋一
(74)【代理人】
【識別番号】100208605
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 龍一
(72)【発明者】
【氏名】葛巻 貴大
(72)【発明者】
【氏名】小澤 哲也
(72)【発明者】
【氏名】笠利 実希
(72)【発明者】
【氏名】姫田 章宏
(72)【発明者】
【氏名】大渕 敦司
(72)【発明者】
【氏名】紺谷 貴之
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA23
2G001CA01
2G001FA03
2G001FA06
2G001FA17
2G001HA01
2G001JA15
2G001KA01
2G001LA03
2G001MA04
(57)【要約】
【課題】製造工程の管理への応用が容易であり、高精度で正確な定量値を得ることができる定量分析装置、方法およびプログラムならびに製造管理システムを提供する。
【解決手段】解析対象のX線回折プロファイルに対し、全パターンフィッティングを行うことで理論回折強度のパラメータを決定するWPPF部320と、決定されたパラメータのうち、被検成分のスケール因子を取得するスケール因子取得部325と、標準試料に対して取得された被検成分のスケール因子と標準試料における被検成分の含有率との相関を示す検量線を記憶する検量線記憶部350と、記憶された検量線を用いて分析対象試料に対して取得された被検成分のスケール因子を分析対象試料における被検成分の含有率に変換する変換部370と、を備える。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
解析対象のX線回折プロファイルに対し、全パターンフィッティングを行うことで理論回折強度のパラメータを決定するWPPF部と、
前記決定されたパラメータのうち、被検成分のスケール因子を取得するスケール因子取得部と、
標準試料に対して取得された前記被検成分のスケール因子と前記標準試料における前記被検成分の含有率との相関を示す検量線を記憶する検量線記憶部と、
前記記憶された検量線を用いて分析対象試料に対して取得された前記被検成分のスケール因子を前記分析対象試料における前記被検成分の含有率に変換する変換部と、を備えることを特徴とする定量分析装置。
【請求項2】
前記分析対象試料の前記解析対象のX線回折プロファイルとして、測定対象となる全角度範囲のX線回折プロファイルに対し追加測定された角度範囲のX線回折プロファイルを部分積算した合成プロファイルを用いることを特徴とする請求項1記載の定量分析装置。
【請求項3】
条件の指定を受け付ける指定受付部を更に備え、
前記検量線記憶部は、条件に応じた複数の検量線を記憶し、
前記変換部は、前記記憶された検量線のうち、前記指定された条件に適合する検量線を用いて前記分析対象試料に対して取得された前記被検成分のスケール因子を、前記分析対象試料における前記被検成分の含有率に変換することを特徴とする請求項1または請求項2記載の定量分析装置。
【請求項4】
前記条件は、前記分析対象試料の種類であることを特徴とする請求項3記載の定量分析装置。
【請求項5】
前記標準試料の測定で前記解析対象のX線回折プロファイルを取得する際の測定条件を記憶する標準試料情報記憶部を更に備え、
前記標準試料情報記憶部から、前記条件に適合する検量線の作成に用いた前記解析対象のX線回折プロファイルを取得した際の前記標準試料の測定条件を制御装置に送出し、前記送出された測定条件に従って、前記制御装置に前記分析対象試料の測定制御を行わせることを特徴とする請求項3または請求項4記載の定量分析装置。
【請求項6】
前記変換された被検成分の含有率は、前記分析対象試料の抽出元である製品の品質指標成分の含有率であることを特徴とする請求項1から請求項5のいずれかに記載の定量分析装置。
【請求項7】
前記標準試料における前記被検成分の含有率は、滴定法で得られたことを特徴とする請求項1から請求項6のいずれかに記載の定量分析装置。
【請求項8】
前記スケール因子取得部は、前記標準試料に対して取得された前記被検成分のスケール因子を前記解析対象のX線回折プロファイルにおける最大のピークの積分強度によって規格化することを特徴とする請求項1から請求項7のいずれかに記載の定量分析装置。
【請求項9】
請求項1から請求項8のいずれかに記載の定量分析装置と、
前記分析対象試料の抽出元である製品の製造条件を制御する制御装置と、を備えることを特徴とする製造管理システム。
【請求項10】
解析対象のX線回折プロファイルに対し、全パターンフィッティングを行うことで理論回折強度のパラメータを決定するステップと、
前記決定されたパラメータのうち、被検成分のスケール因子を取得するステップと、
標準試料に対して取得された前記被検成分のスケール因子と前記標準試料における前記被検成分の含有率との相関を示す検量線を記憶するステップと、
前記記憶された検量線を用いて分析対象試料に対して取得された前記被検成分のスケール因子を前記分析対象試料における前記被検成分の含有率に変換するステップと、を含むことを特徴とする定量分析方法。
【請求項11】
解析対象のX線回折プロファイルに対し、全パターンフィッティングを行うことで理論回折強度のパラメータを決定する処理と、
前記決定されたパラメータのうち、被検成分のスケール因子を取得する処理と、
標準試料に対して取得された前記被検成分のスケール因子と前記標準試料における前記被検成分の含有率との相関を示す検量線を記憶する処理と、
前記記憶された検量線を用いて分析対象試料に対して取得された前記被検成分のスケール因子を前記分析対象試料における前記被検成分の含有率に変換する処理と、をコンピュータに実行させることを特徴とする定量分析プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線回折を用いた検量線による試料の定量分析に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、製造工程管理のため粉末製品の成分の定量分析が行われている。例えば、セメント製造工程において、クリンカの焼成後に残っている未反応の遊離石灰(酸化カルシウム)であるフリーライム(f.CaO)の管理が行われている。管理値としては、滴定法で測定した定量値が用いられている。滴定法は、JCASI-01「遊離酸化カルシウムの定量方法」などの標準試験方法として採用されている。クリンカに含まれる主要鉱物やフリーライムは、時間が経つと空気中の水分との反応により水酸化カルシウムに変化する。
【0003】
フリーライムの含有量を求める試験方法にはエチレングリコール法(A法)やグリセリン-アルコール法(B法)がある。これらの方法では、遊離酸化カルシウムの溶出工程で、フリーライム以外に水酸化カルシウムも溶出される。そのため、定量操作を迅速に行わないと、フリーライムの定量値に誤差が生じる。また、滴定の終点を目視判断する場合は、測定者による誤差が生じやすく、結果の再現が難しい。そのため、測定作業の質を変えずに記録を残すには手間がかかる。
【0004】
このような定量分析方法に対し、X線回折強度を用いた粉末試料の定量分析方法も知られている。例えば、検量線法は、結晶相の含有量とX線回折強度との間の相関関係を利用し、定量分析を行う手法である(特許文献1参照)。一般的には、共存する他の成分とピークの重なりのない、被検成分の最大のピークの積分強度を用いて定量を行うため、誤差要因が少なく、精度が高い。しかし、被検成分のピークに共存する他の成分のピークが重なると、被検成分のピークを正確に分離して、積分強度を算出することが難しい。そのため、結晶相の回折ピークが複雑に重なり合う試料へ適用することが難しかった。
【0005】
クリンカのマトリックス成分であるビーライト(C2S)のピーク位置とクリンカ中のフリーライムの最強線のピーク位置は重なる。そのため、X線回折法を用いてフリーライムの定量を正確に行うには、ビーライト由来のピークとフリーライムのピークを正確に分離することが必須となる。
【0006】
また、計算された理論回折強度のプロファイルを実測強度のプロファイルにフィッティングすることによる定量分析方法もある。その場合には、最適化された個々の結晶相の理論回折強度を計算するためのパラメータを用いて複数の結晶相の重量比を計算する。例えば、同定した結晶相の化学組成に関係する物質パラメータを用いて計算する定量(特許文献2参照)や結晶構造パラメータを用いて計算するリートベルト(Rietveld)定量などが知られている。プロファイルフィッティングには、全パターンフィッティング(WPPF:Whole-Powder Pattern Fitting)法が利用されている。全パターンフィッティングでは、回折パターン全体から仮定した結晶相ごとの理論回折プロファイルやパラメータを取得できる。
【0007】
しかし、これらの方法では、計算の際に定量値を与えようとする成分の正確な化学組成や結晶構造の情報を必要とする。そして、設定した成分の合計が100%となるように定量値が計算される。したがって、未同定物質が存在する試料の場合は、それらの成分を考慮して定量値を算出できないため、定量値に未同定成分量の誤差が生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009-168584号公報
【特許文献2】再表2019-031019号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来のX線回折強度を用いた個々の定量分析方法では、解析の誤差要因となるピークの重なりや、未同定物質の量比を考慮して定量値を算出することができなかった。
【0010】
また、セメント製造プラントで行われるような製造工程では、多検体の評価が求められており、検体の測定や分析をなるべく簡便かつ迅速に行うことが要求される。
【0011】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、製造工程の管理への応用が容易であり、高精度で正確な定量値を得ることができる定量分析装置、方法およびプログラムならびに製造管理システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(1)上記の目的を達成するため、本発明の定量分析装置は、解析対象のX線回折プロファイルに対し、全パターンフィッティングを行うことで理論回折強度のパラメータを決定するWPPF部と、前記決定されたパラメータのうち、被検成分のスケール因子を取得するスケール因子取得部と、標準試料に対して取得された前記被検成分のスケール因子と前記標準試料における前記被検成分の含有率との相関を示す検量線を記憶する検量線記憶部と、前記記憶された検量線を用いて分析対象試料に対して取得された前記被検成分のスケール因子を前記分析対象試料における前記被検成分の含有率に変換する変換部と、を備えることを特徴としている。
【0013】
(2)また、本発明の定量分析装置は、前記分析対象試料の前記解析対象のX線回折プロファイルとして、測定対象となる全角度範囲のX線回折プロファイルに対し追加測定された角度範囲のX線回折プロファイルを部分積算した合成プロファイルを用いることを特徴としている。
【0014】
(3)また、本発明の定量分析装置は、条件の指定を受け付ける指定受付部を更に備え、前記検量線記憶部は、条件に応じた複数の検量線を記憶し、前記変換部は、前記記憶された検量線のうち、前記指定された条件に適合する検量線を用いて前記分析対象試料に対して取得された前記被検成分のスケール因子を、前記分析対象試料における前記被検成分の含有率に変換することを特徴としている。
【0015】
(4)また、本発明の定量分析装置は、前記条件が、前記分析対象試料の種類であることを特徴としている。
【0016】
(5)また、本発明の定量分析装置は、前記標準試料の測定で前記解析対象のX線回折プロファイルを取得する際の測定条件を記憶する標準試料情報記憶部を更に備え、前記標準試料情報記憶部から、前記条件に適合する検量線の作成に用いた前記解析対象のX線回折プロファイルを取得した際の前記標準試料の測定条件を制御装置に送出し、前記送出された測定条件に従って、前記制御装置に前記分析対象試料の測定制御を行わせることを特徴としている。
【0017】
(6)また、本発明の定量分析装置は、前記変換された被検成分の含有率が、前記分析対象試料の抽出元である製品の品質指標成分の含有率であることを特徴としている。
【0018】
(7)また、本発明の定量分析装置は、前記標準試料における前記被検成分の含有率は、滴定法で得られたことを特徴としている。
【0019】
(8)また、本発明の定量分析装置は、前記スケール因子取得部が、前記標準試料に対して取得された前記被検成分のスケール因子を前記解析対象のX線回折プロファイルにおける最大のピークの積分強度によって規格化することを特徴としている。
【0020】
(9)また、本発明の製造管理システムは、上記(1)から(8)のいずれかに記載の定量分析装置と、前記分析対象試料の抽出元である製品の製造条件を制御する制御装置と、を備えることを特徴としている。
【0021】
(10)また、本発明の方法は、解析対象のX線回折プロファイルに対し、全パターンフィッティングを行うことで理論回折強度のパラメータを決定するステップと、前記決定されたパラメータのうち、被検成分のスケール因子を取得するステップと、標準試料に対して取得された前記被検成分のスケール因子と前記標準試料における前記被検成分の含有率との相関を示す検量線を記憶するステップと、前記記憶された検量線を用いて分析対象試料に対して取得された前記被検成分のスケール因子を前記分析対象試料における前記被検成分の含有率に変換するステップと、を含むことを特徴としている。
【0022】
(11)また、本発明のプログラムは、解析対象のX線回折プロファイルに対し、全パターンフィッティングを行うことで理論回折強度のパラメータを決定する処理と、前記決定されたパラメータのうち、被検成分のスケール因子を取得する処理と、標準試料に対して取得された前記被検成分のスケール因子と前記標準試料における前記被検成分の含有率との相関を示す検量線を記憶する処理と、前記記憶された検量線を用いて分析対象試料に対して取得された前記被検成分のスケール因子を前記分析対象試料における前記被検成分の含有率に変換する処理と、をコンピュータに実行させることを特徴としている。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の定量分析システムを示す概略図である。
【
図3】検量線の作成方法を示すフローチャートである。
【
図4】本発明の定量分析の方法を示すフローチャートである。
【
図5】(a)、(b)それぞれ部分積算測定における結果の積算および規格化の方法を示す概略図である。
【
図7】(a)、(b)それぞれ全パターンおよび一部のX線回折プロファイルを示す図である。
【
図8】(a)~(c)それぞれ実施例におけるスケール因子、検量線および変換後の定量値を示す表およびグラフである。
【
図9】(a)~(c)それぞれ検量線法によるスケール因子、検量線および変換後の定量値を示す表およびグラフである。
【
図10】リートベルト法による定量値を示す表である。
【
図11】(a)、(b)それぞれ検量線とは異なるマトリックスを用いたときの実施例におけるスケール因子、その検量線を用いた変換後の定量値を示す表である。
【
図12】(a)、(b)それぞれ検量線とは異なるマトリックスを用いたときの積分強度(counts)、その検量線を用いた変換後の定量値を示す表である。
【
図13】部分積算測定および通常測定(単一測定)を用いたときの実施例における定量値を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
次に、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては同一の参照番号を付し、重複する説明は省略する。
【0025】
[原理]
試料が複数の結晶相の混合物である場合、その試料の粉末回折パターンは、試料に含まれる複数の結晶相それぞれの粉末回折パターンを、含有量に基づいて足し合わせた粉末回折パターンになる。WPPF法は、プロファイルパラメータ、格子定数、配向のパラメータなどから計算される回折パターンを非線形最小二乗法により試料の粉末回折パターンにフィッティングする解析方法である。個々のピークプロファイルに対してフィッティングするのではなく、粉末回折パターン全体に対してフィッティングするため、被検成分の回折ピークが共存する他の成分の回折ピークと重なりがあっていても、その重なりを分離できる。
【0026】
本発明は、全パターンフィッティングにより被検成分の結晶相のスケール因子を取得し、検量線に適用している。この検量線を利用して、分析対象試料に含まれる被検成分のスケール因子を含有率へ変換することで被検成分の定量ができる。
【0027】
試料の粉末回折パターンy(2θ)が、バックグラウンド強度y(2θ)backとK個の結晶相それぞれの粉末回折パターンy(2θ)kとの重ね合わせとみなすことができる場合、試料の粉末回折パターンy(2θ)は、次に示す数式(1)で表される。数式(1)は、全パターンフィッティングの理論回折強度の算出に用いられる。
【0028】
【0029】
数式(1)に記載されるk番目の結晶相のフィッティング関数y(2θ)kは、数式(2)または数式(3)の関数を使用することが好ましい。被検成分の結晶相と共存する他の結晶相について、それぞれ適切なフィッティング関数を設定する。
【0030】
【0031】
ここで、いずれの式においてもSckはスケール因子である。P(2θ)jkは、k番目の結晶相のj番目のピークにおけるプロファイル形状を表す規格化されたプロファイル関数である。Ijkは、Ijk=Sck×I’jkで定義される。積分強度のセットであ
る{I’jk}は、k番目の結晶相の単相試料に対して別途測定(又は計算)された積分
強度のセットであってもよく、結晶構造パラメータの関数であってもよい。
【0032】
y(2θ)kはk番目の結晶相の単相試料に対して別途測定(又は計算)されたプロファイル強度であってよく、結晶構造パラメータに基づいてフィッティングの時にその場で計算されてもよい。
【0033】
理論回折パターンを計算するためのパラメータに、結晶構造パラメータを含んでいる解析方法を、特にリートベルト(Rietveld)法という。一般に、リートベルト法では、各ピークの積分強度比は、結晶構造パラメータにより決まる。
【0034】
観測パターンを個々のブラッグ反射成分に分解する場合には、スケール因子を各成分の積分強度に対して乗じることで、積分強度の代わりにパターン全体の強度を変化させることができる。また、個々の単成分試料に対して積分強度パラメータのセットをあらかじめ精密化して求めておけば、積分強度パラメータをその値で固定しておき、その代わりにスケール因子を精密化することでフィッティングを実行することができる。
【0035】
スケール因子は、相対計算強度を絶対観測強度に合わせるためのパラメータであるため、各結晶相の積分強度に比例して増減する。また、スケール因子は、該当する成分の重量にも比例する。WPPF法により最適化されたスケール因子は、ピーク分離後の積分強度とみなすことができるため、検量線法に使用される積分強度を、スケール因子に置き換えることができる。
【0036】
被検成分の定量分析では、標準試料について被検成分のスケール因子と被検成分の含有率との関係から検量線を作成して使用する。標準試料の被検成分の含有率は、混合した被検成分の秤量値から計算した重量分率(wt%)を用いることが好ましい。2軸のうち片方をスケール因子、もう一方を秤量値として検量線を作成することで、絶対値として定量値が得られる。また、秤量値に限らず、被検成分の含有量を定量できる分析方法によって取得した標準試料の被検成分の含有率を用いてもよい。この含有率で、スケール因子を変換する場合、含有量を定量した分析手法の精度の影響を受けるが、継続的にデータを集積することで検量線の精度が向上し、管理値として使用することができる。
【0037】
その検量線を用いて、分析対象試料の被検成分のスケール因子を、被検成分の含有率へ変換する。その場合、分析対象試料中の被検成分の定量値が検量線で規定する範囲内であれば、理論回折強度を計算するためのパラメータを用いて重量比を計算する定量方法で誤差要因となる未同定物質の影響を織り込んで被検成分を定量できる。その結果、高精度かつ正確に定量値が得られる。
【0038】
多検体の評価が求められる製品の製造工程では、なるべく簡便で迅速な測定が要求される。正確な定量値を取得しようとすると、X線強度を校正するために、分析対象試料に強度標準物質を混合して、内部標準試料のピーク強度で補正を行うことが必要となる。しかし、このような標準試料の混合作業は、手間や時間がかかる。そのため、検量線を作成する際に、被検成分における最大のピークの強度で規格化した相対スケール因子を使用することが好ましい。被検成分の定量時に標準物質の混合が必要ないので短時間での評価が可能であり、作業者の負担が軽減される。
【0039】
また、正確な定量値を取得するためには、分析対象試料と外部標準試料の測定条件や解析条件を同一にする必要がある。例えば、標準試料の測定と解析に使用した最適な条件をテンプレートとして保存して、利用できるようにしておくことが好ましい。分析対象試料の定量に適用する検量線を決めると、分析対象試料の測定条件や解析条件は自動的に決定することができる。これにより、作業者による測定条件や解析条件のパラメータの設定作業が不要になり、製造工程の管理への応用が容易になる。
【0040】
以下に、本発明を実現するための具体的な実施形態について説明する。
【0041】
[第1の実施形態]
(定量分析システム)
定量分析システム100は、X線回折プロファイルを測定し、試料に含まれる被検成分の含有率を定量分析する。
図1は、定量分析システム100を示す概略図である。定量分析システム100は、X線回折装置200および処理装置300を備える。X線回折装置200と処理装置300とは、通信ケーブルやネットワーク等により接続されており、データの送受信が可能である。
【0042】
(X線回折装置)
X線回折装置200は、X線照射部210および検出器220を備える。X線照射部210は、保持された多結晶の試料Sに向けてX線を照射し、検出器220は、試料Sで回折されたX線回折ビームを検出する。X線照射部210および検出器220は回折角度を変えながらスキャン測定を行うことが可能である。検出器220で検出されたX線回折プロファイルは、処理装置300(定量分析装置、制御装置)に送信される。
【0043】
(処理装置)
図2は、処理装置300を示すブロック図である。処理装置300は、CPU(Central Processing Unit/中央演算処理装置)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、メモリをバスに接続してなるコンピュータによって構成されており、例えばPCであり、クラウド上に置かれたサーバであってもよい。処理装置300は、X線回折装置200からX線回折プロファイルのデータを受け取る。処理装置300は、入力装置A1および表示装置A2と接続されており、ユーザとの間で入出力が可能となっている。入力装置A1は、キーボードやポインティングデバイス等の入力機器であり、表示装置A2は、ディスプレイ等の出力機器である。各機能はプログラムの実行により実現される。なお、
図2に示す例では、処理装置300が、単独で定量分析装置および制御装置の各装置として機能するが、それぞれが別体の処理装置であってもよい。いずれにしても各装置間は、情報の送受信が可能に接続されている。
【0044】
処理装置300は、回折データ記憶部310、WPPF部320、スケール因子取得部325、標準試料情報記憶部330、検量線生成部340、検量線記憶部350、指定受付部360、変換部370および装置制御部380を備えている。回折データ記憶部310、WPPF部320、スケール因子取得部325、標準試料情報記憶部330、検量線生成部340、検量線記憶部350、指定受付部360および変換部370は、定量分析装置を構成し、装置制御部380は、制御装置を構成する。
【0045】
回折データ記憶部310は、各試料に対応付けてX線回折装置200から受け取ったX線回折プロファイルのデータを記憶する。X線回折プロファイルは適宜読み出され、フィッティング等に用いられる。
【0046】
WPPF部320は、測定された試料のX線回折プロファイルに対し、仮定したフィッティング関数のプロファイルフィッティングを行い、各結晶相の理論回折強度を計算するためのパラメータを最適化する。スケール因子だけが精密化されるように、フィッティングの条件をあらかじめ設定することもできる。
【0047】
スケール因子取得部325は、WPPF部320によって最適化されたパラメータのうち、被検成分のスケール因子を取得する。取得したスケール因子は、標準試料か分析対象試料かを判別して、検量線生成部340もしくは変換部370に送る。フィッティングおよびスケール因子の算出の詳細については後述する。
【0048】
標準試料情報記憶部330は、標準試料の被検成分の含有率を標準試料の種類に対応付けて記憶する。標準試料の被検成分の含有率は、ユーザから入力されたものを記憶する。標準試料の被検成分の含有率は、検量線の作成の際には、適宜読み出される。また、検量線を作成するために標準試料を測定した条件やWPPFに使用した解析条件を合わせて記憶する。分析対象試料の分析の際には、適用する検量線が決まると、適宜読み出されて、各処理に使用される。
【0049】
検量線生成部340は、含有率の異なる複数の標準試料の被検成分の含有率とそれらの標準試料に対しX線回折プロファイルからWPPF法で最適化されたスケール因子のプロットをもとに最小二乗法等の直線近似で、検量線を作成する。条件に応じた種類の異なる複数の標準試料に対し検量線を作成することもできる。
【0050】
検量線記憶部350は、作成された検量線のデータを記憶する。検量線は、例えば1次関数またはその他の関数を表す係数等のデータで特定される。検量線記憶部350は、条件に応じた複数の検量線のデータを記憶することもできる。
【0051】
指定受付部360は、条件の指定を受け付ける。条件の指定は、ユーザによる入力やAIによって選択決定されることによって行われる。例えば、出力装置A1のディスプレイに、条件の指定をユーザに入力させるためのユーザインターフェース(UI)画面を表示し、ユーザは当該画面にて入力を求められている項目に対して、入力装置を操作して情報を入力する。これにより、あらかじめ複数の条件で被検成分の定量が想定される場合でも、指定された条件に応じて準備された適切な検量線が選択され、高精度な定量が可能になる。
【0052】
条件は、分析対象試料の種類であることが好ましい。製品の種類は、製品を構成する成分の種類や重量比の違い、特定の成分の結晶性や粒径などの物性の違いに相関づけて決められることが多い。分析対象試料の種類は、製品の種類によって決まる。分析対象試料と標準試料の回折パターンが類似している場合に、その標準試料で作成した検量線を適用できる。そのため、分析対象試料の種類と適用できる標準試料の種類もしくは適用できる検量線をあらかじめ関連付けて保存しておくことが好ましい。また、分析対象試料中に被検成分が複数含まれる場合、被検成分の種類も選択できるようにしておくことが好ましい。
【0053】
変換部370は、記憶された検量線を用いて分析対象試料の被検成分のスケール因子を被検成分の含有率に変換する。変換部370は、記憶された検量線のうち、指定された条件に適合する検量線のデータを用いることも可能である。
【0054】
変換された被検成分の含有率は、分析対象試料の抽出元である製品の品質指標成分の含有率であることが好ましい。含有量によって製品の品質がどのように変化するか予め傾向が把握されている成分を品質指標成分として、それを被検成分として定量できるようにしておく。ユーザが管理する被検成分の含有量の規定方法に合わせて定量値を変換したり、製造条件を制御する制御装置に定量値の情報を送ることができる。例えば、クリンカの焼成後の品質指標成分としてフリーライムが挙げられる。
【0055】
装置制御部380は、測定条件に従ってX線回折装置で測定を行い、X線回折プロファイルを取得する。例えば、条件に適合する検量線の作成に用いた解析対象のX線回折プロファイルを取得した際の標準試料の測定条件を標準試料情報記憶部330から読み出し、読み出された測定条件に従って、分析対象試料の測定を行う。
【0056】
(検量線の作成方法)
次に、上記のように構成された定量分析システム100を用いた検量線の作成方法および定量分析の方法を説明する。
図3は、検量線の作成方法を示すフローチャートである。まず、被検成分の含有率が異なる複数の標準試料を準備する(ステップS101)。例えば、セメント協会の研究用セメント等のマトリックスに、被検成分であるライムを添加する。その場合には、検量線が規定する範囲に5~9点のデータ点がのるように、必要なデータ点に合わせて被検成分の含有率の異なる標準試料を作製する。例えば、ライムの含有率が0.1%、0.3%、0.5%、0.7%、1.0%、2.0%および3.0%の標準試料を準備する。このように、検量線で規定する範囲が数wt%以下であれば、直線性の高い検量線が取得できる。
【0057】
そして、試料をX線回折装置200で測定し、全パターン(例えば、2θ=10~65°)の回折プロファイルを取得する(ステップS102)。準備した標準試料の全ての回折プロファイルを取得後、WPPF解析によって被検成分のスケール因子を算出する。
【0058】
標準試料の測定と解析に使用した最適な条件をテンプレートとして保存しておくことが好ましい。測定テンプレートは、測定範囲、ステップ、スキャン速度等の情報が含まれる。なお、被検成分の特定のピークを部分積算した場合は、積算範囲、積算回数等がわかるようにしておくことが好ましい。部分積算測定については、後述する。
【0059】
解析テンプレートの作成では、標準試料を構成する結晶相の同定と同定した結晶相ごとにWPPF解析における各解析パラメータの初期値と解析手順の設定を行う。結晶相の同定では、クリンカの場合には、最低限、主要4成分(エーライト、ビーライト、アルミネート、フェライト)、ライムを同定する。このとき、同定に用いるデータベースは、ICDD、ICSD、COD、装置メーカー作成のセメントデータベース等がある。
【0060】
また、添加した被検成分のパターンがデータベースの情報から計算された理論回折プロファイルと相違する場合は、添加した被検成分のみの回折プロファイルを取得して、解析パラメータの初期値に変えてもよい。被検成分のスケール因子は、被検成分の含有量によって異なるため、検量線が規定する範囲の中間に位置する被検試料の含有率の試料の解析条件をテンプレートにしておくことが好ましい。
【0061】
解析テンプレートに設定されたパラメータの初期値から計算された理論回折プロファイルと、測定により取得したX線回折プロファイルのフィッティングを行い(ステップS103)、被検成分のスケール因子を精密化する(ステップS104)。各結晶相のスケール因子を精密化することにより、測定により取得したX線プロファイルに一致する各結晶相の計算プロファイルを取得することができる。
【0062】
なお、WPPF法の結果得られた各結晶相のスケール因子は、ピーク分離後の各結晶相の積分強度とみなすことができる。そのため、検量線の縦軸(積分強度)をスケール因子に置き換えて使用することができる。
【0063】
精密化されたスケール因子は、対応する標準試料の被検成分の含有率に対してプロットし、直線近似により検量線を作成し(ステップS105)、記憶部に記憶させる。このとき、標準試料の種類ごとに検量線を作成し、分析対象試料の種類または製品の種類と相関づけて記憶することが好ましい。分析対象試料の種類が異なる場合でも、同一の標準試料で作成した検量線で解析できることが確認された場合については、使用することができる。また、分析対象試料中に被検成分が複数含まれる場合は、同一のマトリックス成分に対して混合する被検成分の種類を変えた標準試料を用いて、被検成分の種類が異なる複数の検量線を作成しておくことが好ましい。
【0064】
(定量分析の方法)
図4は、定量分析の方法を示すフローチャートである。この定量分析の方法は、プログラムの実行により行われる。ソフトウェアが起動された処理装置300では、事前に検量線をした標準試料ごとに最適な測定および解析の条件が設定されている。まず、処理装置300は、ユーザによる分析対象試料の種類の選択および測定開始の指示を受け付ける(ステップS111)。分析対象試料の種類は、予め製品の種類に応じて標準試料情報記憶部330に入力候補として記憶されており、ユーザはいずれかを選択することにより設定できる。これを受け、用いられる測定条件のテンプレート、WPPF解析のテンプレートおよび被検成分の検量線が設定される。そして、分析に使用する検量線を作成するために測定した標準試料と同じ条件で測定するために、測定条件のテンプレートの情報が装置制御部へ転送され、分析対象試料の測定が開始される。
【0065】
次に、分析対象試料の測定データを取得する(ステップS112)。得られた測定データに対して、事前に設定したテンプレートを用いて計算プロファイルを算出し、WPPF法によりX線回折プロファイルへプロファイルのフィッティングを実行する(ステップS113)。この解析は、測定データ取得と同時に自動で行う。プロファイルフィッティングにより最適化された被検成分のスケール因子を取得する(ステップS114)。取得するスケール因子は、適用する検量線の被検成分の情報に基づいて、同じ結晶相を被検成分と判断して自動的に取得される。もしくは、ユーザが指定した被検成分の情報に基づいて取得してもよい。
【0066】
そして、測定開始時に設定された検量線を用いてスケール因子を被検成分の含有率に変換する(ステップS115)。この検量線では、被検成分の秤量値から算出した含有率を使用しているため、定量値は被検成分の絶対値として変換される。そのため、未同定物質が存在する状態でフィッティングをして、精密化されたスケール因子を使用しても、正確な定量が可能となる。検量線は、分析対象試料の種類が同じであれば、他の分析対象試料へも使用することができるため、再現性があり、高精度で正確な定量値を得ることができる。なお、被検成分の定量分析は自動で実行されることが好ましい。
【0067】
[第2の実施形態(部分積算測定)]
上記の実施形態では、測定の全範囲を単一のスキャンによりX線回折測定をしているが、注目するピークが含まれる範囲について複数回のスキャンを行ってもよい(部分積算測定)。
図5(a)、(b)は、それぞれ部分積算測定における結果の積算および規格化の方法を示す概略図である。
【0068】
X線の計数には統計的な変動があり、統計変動σは強度(counts)をIとしたとき、σ=√Iとなる。単一のスキャンにより結晶相のプロファイルを取得すると、観測されるピークの強度によって統計変動が異なる。特に、微小ピークは統計変動が大きくなる。そのため、単一スキャンで取得できる強度が低いピークについては、部分的にスキャンを繰り返し、高強度のデータにすることで、統計変動の強度に対する比率σ/Iを抑制できる。部分積算測定では、全パターンを測定後に被検成分由来のピークのみ(範囲A)を別途測定し、検出されたX線強度を積算して強度を稼ぐ。これにより、被検成分の分析精度を効率よく向上することができる。特に、微小ピークに適用することで統計変動を低下させることができるため、微量成分のプロファイルフィッティングの精度が向上する。
【0069】
具体的には、
図5(a)に示すように、全パターン測定時のピーク強度P1と範囲Aの測定時のピーク強度P2とを合成してピーク強度P3を得る。合成では、複数回で測定された強度を足し合わせ、測定時間の合計で規格化することが好ましい。強度の表示単位をcountsから、cpsに変換すると、
図5(b)のように積算部分が滑らかにつながったプロファイルが得られる。
【0070】
このとき、2回目の部分測定を行うピークは、少なくとも2つ必要であり、それらは最強のピークと第2のピークであることが好ましい。ただし、ピークの重なりがある場合は、重なりのないピークを用いることが好ましい。
【0071】
このようにして、分析対象試料の解析対象のX線回折プロファイルとして、測定対象となる全角度範囲のX線回折プロファイルに対し追加測定された角度範囲のX線回折プロファイルを部分積算した合成プロファイルを用いる。
【0072】
[第3の実施形態(応用例)]
(セメント製造プロセスへの応用)
上記のように構成された定量分析システム100は、例えばセメント製造プラントに応用できる。セメントは、クリンカに石膏や添加物を混ぜて生成される。クリンカは、セメント原料(石灰石、粘土、珪酸原料、酸化鉄原料など)をキルンなどで焼成して得られた焼塊である。クリンカの主要鉱物として、エーライト、ビーライト、アルミネート、フェライトがある。
【0073】
フリーライム(f.CaO)は、生成されたクリンカ中で、二酸化ケイ素や酸化アルミニウムなどと反応せずに残ったカルシウムである。焼成直後は、酸化カルシウム(CaO)という形で生じる。フリーライムは、時間がたつと水酸化カルシウム(Ca(OH)2)や炭酸カルシウム(CaCO3)に変質してコンクリートの劣化を引き起こすおそれがある。そのため、フリーライムには、高精度かつ正確な定量分析が求められている。セメントの製造現場においては、クリンカの焼成度を示す指標として管理される。
【0074】
図6は、セメント製造プラント400を示す概略図である。セメント製造プラント400は、原料粉砕機410、プレヒータ420、ロータリーキルン430、冷却機440、セメント粉砕機450、定量分析システム100および制御装置485を備えている。
【0075】
定量分析システム100には処理装置300が含まれており、処理装置300および制御装置485が、製造管理システム480を構成している。制御装置485は、フリーライムの含有率が分析対象試料の抽出元であるクリンカの製造条件を制御する。これにより、高精度で定量した成分の含有率をクリンカの製造条件にフィードバックし、製造条件を自動で好適な状態に調整することができる。なお、クリンカの製造条件としては、セメント原料の配合条件や焼成条件が挙げられる。
【0076】
上記のように構成されたセメント製造プラント400の動作を説明する。まず、原料粉砕機410が、塊状のセメント原料を粉砕する。プレヒータ420には、粉体のセメント原料が、継続的に供給される。プレヒータ420は、ロータリーキルン430の前段に設けられ、多段サイクロンで構成され、粉砕されたセメント原料を予熱する。
【0077】
ロータリーキルン430は、プレヒータ420から排出されたセメント原料を1450℃程度で焼成し、クリンカを生成する。冷却機440は、いわゆるクリンカクーラーであり、ロータリーキルン430で生成されたクリンカを冷却する。クリンカには、石こう等が添加された混合材料がセメント粉砕機450に投入され、セメント粉砕機450は混合材料を粉砕してセメントを排出する。
【0078】
このようなセメント製造工程において、冷却されたクリンカを定量分析システム100で分析する。制御装置485は、得られた含有率に応じて原料の調整または焼成条件の調整を行う。例えば、フリーライムの増加の原因として焼成温度不足が推定される場合には、ロータリーキルンの焼成温度を高くすることができる。また、特定の不純物の含有率が高い場合にはその不純物の由来となる原料の混合割合を減少させることができる。なお、定量分析システム100で得られたフリーライムの含有率は、工場ごとの管理法に則って、管理される。
【0079】
(滴定法への応用)
検量線の作成時に、標準試料の秤量値から算出したフリーライムの含有率として滴定法で得られたものを用いてもよい。すなわち、得られたスケール因子と滴定法により取得した定量値をプロットして検量線を作成する。これにより、滴定法による数値を標準とする現場では、それに応じたフリーライムの含有率の管理が可能になる。
【0080】
セメント製造プラントで生産されたクリンカに対しては、標準試験方法として滴定法によるフリーライムを定量が採用されている。あらかじめ滴定法で評価した後、滴定法にて評価を行った試料に対して、X線回折装置200および処理装置300で測定および解析を行う。
【0081】
解析の際には、処理装置300が、分析対象試料の種類の選択および測定開始の指示を受け付ける。このとき、標準試料の被検成分の含有量の規定方法が選択できるようにしておくことが好ましい。例えば、規定方法に滴定法を選択すると、滴定法によって規定した含有率を用いた検量線の中から適切な検量線が分析に適用される。そして、得られた測定データに対して、事前に設定したテンプレートを用いてWPPF解析を行い、被検成分のスケール因子を算出する。そして、事前に作成した検量線を用いて、自動で被検成分の定量分析を実行する。この解析は、測定データ取得と同時に自動で行われることが好ましい。
【0082】
滴定法およびX線回折測定の両分析に用いる試料の状態を合わせるため、測定のタイミングは合わせることが好ましい。また、定期的に(月一程度)滴定法を実施し、検量線の最適化を実施するのが好ましい。このようにして、X線回折以外の測定方法で評価した結果との相関関係を管理できる。
【0083】
なお、以上のセメント製造プラントへの応用において、分析対象試料は、クリンカに限らず、製品のセメントであってもよい。また、定量分析の対象となる被検成分はフリーライムに限らず、その他の管理指標となりうる成分であってもよい。
【0084】
なお、定量分析システム100はセメント製造プラントに応用されることが好ましいが、製品の品質管理指標の成分がX線で定量できるその他の分野にも応用が可能である。このような分野としては、例えば、製薬、食品、製鉄、セラミックス粉末、触媒等の製造プラントが挙げられる。例えば、製薬業界では、医薬品の中に結晶構造の相違する成分(結晶多形)が存在すると、溶解速度に差が生じ薬効に影響を及ぼすことが知られている。結晶多形を被検成分として検量線を作成し、定量値を取得することができる。取得した定量値は、品質管理指標として製造工程へのフィードバックすることで、結晶化条件の変更や調整を行うことができる。
【0085】
[実施例]
実際にマトリックスとして標準のセメントに標準試料のライムを混合し、上記の定量分析(実施例)、検量線法およびWPPF法のそれぞれによりライムの含有率を算出することで、本発明によりライムの定量値の精度と正確さが向上することを確認した。実施例およびWPPF法の解析には、SmartLab StudioII(リガク製、以下SLSII)を用いた。
また、検量線法での積分強度の算出には、積分強度計算(リガク製)を用いた。
【0086】
まずは、マトリックスとしてセメント協会が提供する研究用セメントを用い、これにライムを所定の含有率になるように混合して試料1~7を作製した。そして、それぞれの試料に対してX線回折測定を行った。ライムの含有率が1.0mass%の試料5のデータを図示する。
図7(a)は、全パターンのX線回折プロファイルを示す図である。
図7(b)は、ライムのピークを観察するために、
図7(a)における枠7bを拡大した図である。また、
図7(b)中の実線は、それぞれX線回折プロファイルとWPPF法から得られた各結晶相の計算プロファイルを示したものである。
図7(b)に示すようにライムのピークは、セメントに含まれる他の成分のピークと重複している。
【0087】
(同一のマトリックスを用いたときの実施例、検量線法、WPPF法の対比)
まず、同一のマトリックスを用いたときの分析手法の違いによる定量結果の比較を行った。実施例では、WPPF法によりライムのスケール因子(繰り返し測定結果)を算出し、得られたスケール因子の平均値を用いて検量線を作成した。そして、スケール因子検量線法による定量分析を行ったところ、添加量通りの定量結果が得られた。
図8(a)~(c)は、それぞれ実施例におけるスケール因子、含有率の変換に用いた検量線および変換後の定量値を示す表およびグラフである。なお、繰り返し測定結果は、同一の試料を5回連続で測定した結果を指す。
【0088】
一方、従来の検量線法により試料1~7中のライムを定量した。積分強度を算出(繰り返し測定)し、得られた積分強度の平均値を用いて検量線を作成した。そして、この検量線を用いて試料1~7の定量分析を行った。
図9(a)~(c)は、それぞれ検量線法によるスケール因子、含有率の変換に用いた検量線および変換後の定量値を示す表およびグラフである。いずれの結果においてもマトリックス成分が同一の場合は添加量通りの定量結果が得られている。
【0089】
また、リートベルト法で試料1~7についてライムの含有率を算出した。
図10は、リートベルト法による定量値を示す表である。リートベルト法では、未同定物質などの影響により、添加量と定量値の差が大きいことから、ライムの含有率を正しく評価することが困難であることがわかる。
【0090】
(異なるマトリックスを用いたときの実施例と検量線法との対比)
セメント工場での運用に本手法を適用するため、マトリックス成分が異なる試料でも正確な定量分析が可能であるかの確認を行った。ここでは、異なるマトリックスを用いたときの実施例、検量線法の分析結果を対比した。セメント協会頒布の元素分析用のセメント標準試料601A-1、601A-2をマトリックスとして、ライムを内割1%になるように混合して試料8、9を作製し、これらの試料に対して、
図8(b)および
図9(b)で作成した検量線を用いて定量分析を行った。
【0091】
まず、実施例として、WPPF法を用いて得た検量線を用いて、WPPF法で得られたスケール因子を定量値に変換した。スケール因子は、いずれも繰り返し測定結果によるものである。
図11(a)、(b)は、試料8、9から得られたスケール因子、その検量線を用いて変換後の定量値を示す表である。
【0092】
また、比較例として、検量線法により各試料のライムの定量分析を行った。
図12(a)、(b)は、試料8、9から得られた積分強度(counts)、その検量線を用いて変換後の定量値を示す表である。これらの結果から、実施例ではマトリックスが異なる場合でも正確な定量分析が可能であった。一方、検量線法では、マトリックスが異なると定量値が正確でなくなった。
【0093】
(部分積算測定と通常測定との対比)
効率的に微量成分の定量値の精度を向上させるため、全範囲(2θ=10~65°)と注目するピークが含まれる範囲の測定をそれぞれ行い、X線回折プロファイルを得た(部分積算測定)。また、比較として全範囲に対する単一の条件での測定(通常測定)によりX線回折プロファイルを得た。そして、それぞれに基づく定量分析結果を比較した。いずれも合計の測定時間は8分である。部分積算測定では、全範囲の測定に4分、ライムの(200)および(220)面のピークの測定に4分をかけた。通常測定では、8分で全範囲の測定を行った。
【0094】
図13は、部分積算測定および通常測定の測定結果を示す表である。
図13に示すように、同一の測定時間の場合、通常測定より部分積算測定の方が、微量成分の定量精度を効率よく向上できた。用いたソフトウェア(SLSII)では、最小二乗法の計算時に、σも
加味して計算をしている。そのため、微小ピークの統計変動を低減することにより、微量相の精度を向上できる。上記の実験により、部分積算測定の効果を実証できた。
【符号の説明】
【0095】
100 定量分析システム
200 X線回折装置
210 X線照射部
220 検出器
300 処理装置
310 回折データ記憶部
320 WPPF部
325 スケール因子取得部
330 標準試料情報記憶部
340 検量線生成部
350 検量線記憶部
360 指定受付部
370 変換部
380 装置制御部
A1 入力装置
A2 表示装置
400 セメント製造プラント
410 原料粉砕機
420 プレヒータ
430 ロータリーキルン
440 冷却機
450 セメント粉砕機
480 製造管理システム
485 制御装置
S 試料
P1 ピーク強度
P2 ピーク強度
P3 ピーク強度