(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022186272
(43)【公開日】2022-12-15
(54)【発明の名称】被膜除去方法
(51)【国際特許分類】
H05B 6/10 20060101AFI20221208BHJP
B23K 26/36 20140101ALI20221208BHJP
B05D 3/12 20060101ALI20221208BHJP
B29B 17/02 20060101ALI20221208BHJP
【FI】
H05B6/10 381
B23K26/36
B05D3/12 E
B29B17/02 ZAB
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021094411
(22)【出願日】2021-06-04
(71)【出願人】
【識別番号】521244879
【氏名又は名称】森野 幸長
(74)【代理人】
【識別番号】110003177
【氏名又は名称】弁理士法人旺知国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森野 幸長
【テーマコード(参考)】
3K059
4D075
4E168
4F401
【Fターム(参考)】
3K059AA08
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3K059CD72
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4F401CB04
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4F401FA06Z
(57)【要約】
【課題】使用済みの研削材のような副産物を生成せずに、被膜を除去する被膜除去方法を提供すること。
【解決手段】基材の表面に設けられた被膜層を除去する被膜除去方法であって、前記被膜層が軟化する前に、前記被膜層のうち前記表面に当接する領域を破壊する破壊工程と、前記領域が破壊された前記被膜層を前記表面から剥離する剥離工程と、前記剥離工程により露出した前記表面に残存する残存物を除去する除去工程と、を具備する。
【選択図】
図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に設けられた被膜層を除去する被膜除去方法であって、
前記被膜層が軟化する前に、前記被膜層のうち前記表面に当接する領域を破壊する破壊工程と、
前記領域が破壊された前記被膜層を前記表面から剥離する剥離工程と、
前記剥離工程により露出した前記表面に残存する残存物を除去する除去工程と
を具備する被膜除去方法。
【請求項2】
前記基材は、鋼材であり、
前記破壊工程では、前記鋼材の表面に流す誘導電流の位置を連続的に移動させることにより、前記領域を破壊する
請求項1に記載の被膜除去方法。
【請求項3】
前記破壊工程では、前記被膜層の表面に対向しつつ当該表面に対して連続的に移動する誘導加熱装置が発生する交流磁界によって、前記鋼材の表面に流れる前記誘導電流の位置を連続的に移動させる
請求項2に記載の被膜除去方法。
【請求項4】
前記破壊工程では、
前記誘導加熱装置の進行方向における上端が前記被膜層の表面上の所定箇所に到達した時刻から、前記誘導加熱装置の前記進行方向における下端が前記所定箇所に到達した時刻までの期間は、0.5秒以上0.9秒以下である
請求項3に記載の被膜除去方法。
【請求項5】
前記破壊工程では、前記鋼材の表面を150℃以上230℃以下に誘導加熱する
請求項4に記載の被膜除去方法。
【請求項6】
前記被膜層は、塗膜層、FRP層、または、ライニング層である
請求項1から請求項5のいずれか1つに記載の被膜除去方法。
【請求項7】
前記基材は、鋼材と前記鋼材の表面に設けられた溶射層またはメッキ層であり、
前記破壊工程では、前記鋼材の表面に流す誘導電流の位置を連続的に移動させることにより、前記領域を破壊する
請求項1に記載の被膜除去方法。
【請求項8】
前記除去工程では、前記剥離工程により露出した、前記溶射層または前記メッキ層の表面を粗面化する
請求項7に記載の被膜除去方法。
【請求項9】
前記除去工程では、前記剥離工程により露出した、前記基材の表面に対してレーザーを照射する
請求項1から請求項8のいずれか1つに記載の被膜除去方法。
【請求項10】
前記除去工程では、前記剥離工程により露出した、前記基材の表面を清浄化する
請求項1から請求項9のいずれか1つに記載の被膜除去方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被膜除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
橋などの鉄製の構造物に形成された塗膜などの被膜を除去する被膜除去方法が従来から行われている。これまでの被膜除去方法の一例としては、砂などの研削材を被膜に吹き付けることで、被膜を除去するサンドブラスト処理が知られている。例えば、特許文献1には、高圧空気と研削材とを混合してノズルから研削材を噴出させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
サンドブラスト処理は、構造物の形状や大きさに依存せずに迅速に被膜を除去できる一方、被膜を除去する際に発生する屑や錆などの異物を含む大量の使用済みの研削材が産業廃棄物となってしまい、当該産業廃棄物の処理に苦慮する課題がある。また、サンドブラスト処理を行う作業者が、大量の使用済みの研削材が空気中に舞う環境に曝されることで、当該作業者の健康が損なわれる課題もある。
【0005】
以上のような事情に鑑み、本発明は、使用済みの研削材のような副産物を生成させずに、被膜を除去する被膜除去方法を提供することを解決課題の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様に係る被膜除去方法は、基材の表面に設けられた被膜層を除去する被膜除去方法であって、前記被膜層が軟化する前に、前記被膜層のうち前記表面に当接する領域を破壊する破壊工程と、前記領域が破壊された前記被膜層を前記表面から剥離する剥離工程と、前記剥離工程により露出した前記表面に残存する残存物を除去する除去工程と、を具備する。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】被膜除去システムの構成例を示す模式図である。
【
図2】誘導加熱装置の構成例を簡略的に示す図である。
【
図3】レーザー装置の構成例を簡略的に示す図である。
【
図9】実施形態に係る被膜除去方法の一例を示すフローチャートである。
【
図10】操作者が誘導加熱装置のヘッド部を移動させる様子を示す図である。
【
図11】操作者が誘導加熱装置のヘッド部を移動させる他の態様を示す図である。
【
図12】変形例に係る検証結果をまとめた表である。
【
図13】第2実施形態に係る被膜層の構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
<第1実施形態>
図1は、本実施形態に係る被膜除去システム1の構成例を示す模式図である。被膜除去システム1は、誘導加熱装置100と、レーザー装置200と、を備える。被膜除去システム1は、誘導加熱装置100と、レーザー装置200とを利用して被膜層20を除去する。誘導加熱装置100は、被膜層20のうち基材10の表面S1に当接する領域である接着層21を破壊する。基材10は、例えば橋梁の主桁であり、鋼製である。レーザー装置200は、接着層21が破壊された被膜層20が剥離することにより露出した基材10の表面S1(以下、露出表面という)に存在する残存物を除去する。
【0009】
図2は、誘導加熱装置100の構成例を簡略的に示す図である。誘導加熱装置100は、ヘッド部110と、高周波電源装置125と、冷却水循環装置138と、接続箱147と、を有する。
【0010】
ヘッド部110は、磁界を発生する。ヘッド部110は、基材10の表面S1を誘導加熱する加熱コイルと、高周波トランスと、を有する。高周波トランスは加熱コイルに接続され、ケーブルC1、接続箱147および高周波ケーブルC2を介して高周波電源装置125に接続される。高周波トランスは、高周波電源装置125からの高周波電流を加熱コイルに供給するのに適した高周波電流に変換する。加熱コイルに高周波電流が流れることによって、交流磁界が発生する。交流磁界が基材10に作用することによって、基材10には誘導電流が発生する。誘導電流の周波数は、加熱コイルに流れる高周波電流の周波数と略一致する。誘導電流の周波数は高周波であるので、誘導電流は基材10の表面S1を流れる。基材10は、等価的に抵抗を有するので、誘導電流により基材10の表面S1が誘導加熱される。ヘッド部110は、冷却水ホースH1を介して接続箱147に接続される。ヘッド部110は、誘導加熱装置100の操作者により把持され、操作者に把持されながら扱われる。なお、加熱コイルおよび高周波トランスの図示は省略する。
【0011】
高周波電源装置125は、低周波の交流電圧を高周波の交流電圧に変換する装置である。高周波電源装置125には、交流の商用電源から電力が供給されてもよく、発電機などの仮設電源から電力が供給されてもよい。高周波電源装置125への入力の交流電圧は200V以上220V以下であり、3相である。また、当該交流電圧の周波数は、50Hzまたは60Hzである。高周波電源装置125の出力電圧の周波数は、例えば、20kHz以上30kHz以下である。高周波電源装置125は、冷却水ホースH1を介して接続箱147に接続される。また、高周波電源装置125は、高周波ケーブルC2を介して接続箱147に接続される。
【0012】
接続箱147は、高周波電源装置125に接続された高周波ケーブルC2と、ヘッド部110に接続されたケーブルC1とを連結する。また、接続箱147は、高周波電源装置125に接続された冷却水ホースH1と、ヘッド部110に接続された冷却水ホースH1とを連結する。
【0013】
冷却水循環装置138は、冷却水ホースH2を介して高周波電源装置125に接続されるチラーである。誘導加熱装置100では、冷却水循環装置138から出力された冷却水が、高周波電源装置125、接続箱147およびヘッド部110を経由した後、冷却水循環装置138に戻るように循環することで、高周波電源装置125、高周波トランスおよび加熱コイルが冷却される。なお、加熱コイルは交流磁界を発生させるが、それ自体の発熱によって接着層21を破壊するものではない。加熱コイルの冷却は、加熱コイルの抵抗成分に高周波電流が流れることによって発生する熱を除熱するために実施される。冷却水循環装置138は、高周波電源装置125およびヘッド部110を経由して温まった冷却水を冷却する。
【0014】
図3は、レーザー装置200の構成例を簡略的に示す図である。レーザー装置200は、レーザー発生装置210と、冷却水循環装置225と、コンプレッサー230と、レーザーヘッド240と、吸引装置250と、を有する。
【0015】
レーザー発生装置210は、ファイバーケーブルを介してレーザーヘッド240に接続する。レーザー発生装置210は、制御部211を有する。制御部211は、レーザー発生装置210およびレーザーヘッド240の動作の一部または全部を制御する。具体的には、制御部211は、例えば、後述するレーザー光源の出力エネルギーを調整する。制御部211は、例えばCPU(Central Processing Unit)、DSP(Digital Signal Processor)、またはASIC(Application Specific Integrated Circuit)などの処理回路により実現される。レーザー発生装置210の種類は特に限定されず、市販のレーザー発生装置210を用いることができる。
【0016】
レーザーヘッド240は、レーザー光源と光学系とを有する。当該光学系は、光の光路および焦点を調整するためのミラーおよびレンズなどを含む。本実施形態のレーザーヘッド240は、レーザー装置200の操作者により把持される。すなわち、本実施形態のレーザー装置200は、レーザーヘッド240が操作者により把持される手持ち式のレーザー装置である。
【0017】
冷却水循環装置225は、レーザー発生装置210に接続されるチラーである。冷却水循環装置225から出力された冷却水は、レーザー発生装置210とレーザーヘッド240とを経由した後、冷却水循環装置225に戻るように循環する。
【0018】
コンプレッサー230は、レーザー発生装置210に接続され、レーザー発生装置210に圧縮空気を送る圧縮機である。レーザー発生装置210に供給された圧縮空気は、レーザーヘッド240に送られる。レーザーヘッド240に供給された圧縮空気は、レーザーヘッド240のレンズに付着した塵およびほこりなどを除去する。
【0019】
吸引装置250は、後述する除去工程St3および表面処理工程St4において発生した煙、または、露出表面上の基材10由来の塵屑などを吸引する装置である。吸引装置250は、例えば、ヒュームコレクターまたはダストコレクターである。なお、本実施形態のレーザー装置200は、レーザーヘッド240にアシストガスを供給するアシストガス発生源(図示略)を有する構成であってもよい。当該アシストガスとしては、例えば、圧縮空気、窒素ガスまたは希ガスなどが採用される。
【0020】
本実施形態に係る被膜除去システム1の除去対象である被膜層20は、例えば、塗膜層120、FRP(Fiber Reinforced Plastics)層130、または、ライニング層140である。
【0021】
図4は、塗膜層120の構成例を示す図である。塗膜層120は、樹脂材料と顔料とを含む塗料からなる層である。塗膜層120は、第1下塗り層121と、第2下塗り層122と、中塗り層123と、上塗り層124と、を有する。第1下塗り層121は、基材10の表面S1に塗膜層120が密着する密着性を向上させる。また、第1下塗り層121および第2下塗り層122は、基材10の表面S1が錆びるのを抑制する。
【0022】
中塗り層123は、第2下塗り層122と上塗り層124との付着力を向上させる。上塗り層124は、塗膜層120の耐候性を向上させる。当該耐候性とは、塗膜層120が屋外におかれた場合に、日光または風雨などの自然の作用に対する耐性を意味する。被膜層20が塗膜層120である場合、接着層21は、第1下塗り層121のうち基材10の表面S1に当接する領域である。
【0023】
第1下塗り層121および第2下塗り層122となる塗料としては、例えば、ウォッシュプライマー、有機系ジンクリッチプライマー、有機系ジンクリッチペイント、油性系さび止め塗料、合成樹脂系さび止め塗料、合成樹脂調合さび止め塗料、塩化ゴム系塗料、塩化ビニル樹脂系塗料、エポキシ樹脂系塗料、変性エポキシ樹脂塗料、タールエポキシ樹脂塗料、ノンブリード形タールエポキシ樹脂塗料、フェノール樹脂系塗料、ポリウレタン樹脂系塗料、または、フッ素樹脂系塗料などが挙げられる。
【0024】
中塗り層123および上塗り層124となる塗料としては、例えば、塩化ゴム系塗料、塩化ビニル樹脂系塗料、エポキシ樹脂系塗料、変性エポキシ樹脂塗料、タールエポキシ樹脂塗料、ノンブリード形タールエポキシ樹脂塗料、フェノール樹脂系塗料、ポリウレタン樹脂系塗料、フッ素樹脂系塗料、または、シリコン樹脂系塗料などが挙げられる。
【0025】
第1下塗り層121、第2下塗り層122、中塗り層123および上塗り層124に含まれる顔料としては、例えば、鉛丹、亜酸化鉛、弁柄(黄)、弁柄(赤または紫)、黄鉛、塩基性クロム酸鉛、紺青、群青、シャニンブルー、酸化クロム緑、鉛白、チタン白、亜鉛華、シンカシャレッド、カーボンブラック、または、シアナミド鉛などが挙げられる。
【0026】
図5は、FRP層130の構成例を示す図である。FRP層130は、プライマー層131と、第1樹脂層132と、第1繊維マット層133と、第2樹脂層134と、第2繊維マット層135と、第3樹脂層136と、トップコート層137と、を有する。
【0027】
プライマー層131は、基材10の表面S1にFRP層130が密着する密着性を向上させる。被膜層20がFRP層130である場合、接着層21は、プライマー層131のうち基材10の表面S1に当接する領域である。
【0028】
プライマー層131は、例えば、密着性を向上させるための塗料が基材10の表面S1に塗布されることにより形成される。第1樹脂層132、第2樹脂層134および第3樹脂層136は、例えば、ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、または、熱可塑性樹脂からなる。
【0029】
第1繊維マット層133は、第1樹脂層132の強度を向上させる。第2繊維マット層135は、第2樹脂層134の強度を向上させる。第1繊維マット層133および第2繊維マット層135は、繊維材料と接着剤との混合物からなるシートである。当該繊維材料は、例えば、ガラス繊維、カーボン繊維(炭素繊維)、アラミド繊維(ケブラー繊維)、ポリエチレン繊維(ダイニーマ)、ザイロン繊維、または、ボロン繊維である。
【0030】
トップコート層137は、FRP層130の耐候性を向上させることを目的として形成された最表層の樹脂層である。当該耐候性とは、FRP層130が屋外におかれた場合に、日光または風雨などの自然の作用に対する耐性を意味する。トップコート層137は、例えば、ポリエステル樹脂、または、アクリルウレタン樹脂からなる。
【0031】
図6~
図8は、ライニング層140の構成例を示す図である。ライニング層140は、
図6に示されるように、基材10の表面S1に形成された単一の層である。ライニング層140は、例えば、弾性材料、フェノール樹脂、ポリエチレン、エポキシ樹脂または塩化ビニルなどからなる。当該弾性材料は、例えば、天然硬質ゴム、特殊天然硬質ゴム、天然軟質ゴム、クロロプレン系合成ゴム、または、ブチル系合成ゴムである。
【0032】
ライニング層140は、
図7に示されるように、プライマー層141および被覆層142を含む構成であってもよい。プライマー層141は、例えば、密着性を向上させるための塗料が基材10の表面S1に塗布されることにより形成される。被覆層142は、例えば、弾性材料、フェノール樹脂、ポリエチレン、エポキシ樹脂または塩化ビニルなどからなる。当該弾性材料は、例えば、天然硬質ゴム、特殊天然硬質ゴム、天然軟質ゴム、クロロプレン系合成ゴム、または、ブチル系合成ゴムである。
【0033】
ライニング層140は、
図8に示されるように、プライマー層143、第1ガラスフレーク層144、第2ガラスフレーク層145および第3ガラスフレーク層146を含む構成であってもよい。プライマー層143は、例えば、有機系ジンクリッチプライマー、または、有機系ジンクリッチペイントなどの塗料が基材10の表面S1に塗布されることにより形成される。第1ガラスフレーク層144、第2ガラスフレーク層145および第3ガラスフレーク層146に含まれるガラスは、例えば、CガラスまたはEガラスである。被膜層20がライニング層140である場合、接着層21は、ライニング層140、プライマー層141またはプライマー層143のうち基材10の表面S1に当接する領域である。
【0034】
次に、本実施形態の被膜除去方法について説明する。本実施形態の被膜除去方法は、基材10の表面S1に設けられた被膜層20を除去する方法であり、破壊工程St1と、剥離工程St2と、除去工程St3と、表面処理工程St4と、再被覆工程St5と、を具備する。
図9は、本実施形態に係る被膜除去方法の一例を示すフローチャートである。以下、当該被膜除去方法について、
図9を適宜参照しながら説明する。
【0035】
[St1:破壊工程]
図10は、操作者が誘導加熱装置100のヘッド部110を移動させる様子を示す図である。破壊工程St1は、被膜層20のうち、基材10の表面S1に当接する領域である接着層21を破壊する工程である。具体的には、誘導加熱装置100を利用して、基材10の表面S1を誘導加熱することにより、接着層21を破壊する工程である。誘導加熱は、基材10の表面S1に誘導電流を誘起することによって実施される。破壊工程St1では、ヘッド部110を被膜層20の表面S2に当接させる。そして、誘導加熱装置100に交流電源を供給し、基材10の表面S1を誘導加熱しながら、
図10に示されるように、表面S2に沿ってヘッド部110を止まらないように連続的に移動させる。ヘッド部110の連続的な移動に伴って、基材10の表面S1に流れる誘導電流の位置が連続的に移動する。
【0036】
図11は、操作者が誘導加熱装置100のヘッド部110を移動させる他の態様を示す図である。基材10の表面S1を誘導加熱する方法の一例としては、ヘッド部110を被膜層20の表面S2に所定時間だけ押し当てた後、ヘッド部110を被膜層20の表面S2から離して所定距離だけ移動して被膜層20の表面S2に再び所定時間だけ押し当てる方法も考えられる。しかしながら、この方法には、以下の問題がある。
【0037】
基材10の表面S1の誘導加熱は誘導電流に定まり、誘導電流は基材10に対する鎖交磁束によって定まる。ヘッド部110を表面S2上の任意の第1位置P1に所定時間だけ押し当てた場合、所定時間中、鎖交磁束は変化しない。鎖交磁束が変化するのは、ヘッド部110を表面S2上の第1位置P1から離し、表面S2上の任意の第2位置P2にヘッド部110を押し当てた時である。このため、基材10の表面S1を一様に誘導加熱できないといった問題がある。
【0038】
また、ヘッド部110を一箇所に滞在させたり、ヘッド部110の移動時間が長すぎたりすると、過加熱によって基材10の表面S1が焼き付くことがある。焼き付きを抑制するためには、誘導電流の大きさを小さくして、表面S1の熱伝導によって表面S1の全体を加熱する必要がある。この場合、被膜層20は徐々に加熱される。被膜層20が徐々に加熱されると、被膜層20が軟化してしまう。被膜層20が軟化すると、後述する剥離工程St2において剥離作業性が著しく低下するといった不都合がある。具体的には、ヘッド部110の移動時間が1秒以上であったり、ヘッド部110が表面S2に対して1秒以上滞在したりしてしまうと、被膜層20が軟化してしまい、剥離作業性が著しく低下する。一方、ヘッド部110の移動時間が短すぎると、加熱不足によって接着層21の破壊が不完全となり、後述する剥離工程St2において、基材10の表面S1から被膜層20を剥離することが困難となる。例えば、ヘッド部110の移動時間が0.2秒以下であると、接着層21の破壊が不完全となり、後述する剥離工程St2において表面S1から被膜層20を剥離することが困難となる。
【0039】
そこで、本実施形態では、基材10の表面S1に流す誘導電流の位置を連続的に移動させることによって、基材10の表面S1を一様に誘導加熱する。しかも、ヘッド部110の移動時間を0.2秒より長く、且つ、1秒未満とし、大きな誘導電流を基材10の表面S1に対して急速に誘起することによって、被膜層20が軟化する前に、被膜層20のうち表面S1に当接する領域である接着層21を破壊する。具体的には、ヘッド部110の移動時間を0.5秒以上0.9秒以下とし、基材10の表面S1を急速に誘導加熱することによって被膜層20が軟化する前に接着層21を破壊する。これにより、表面S1から被膜層20を剥離することが容易となる。この結果、後述する剥離工程St2後の露出表面に存在する残存物が減り、後述する除去工程St3においてレーザー装置200の出力を小さくすることができる。このため、基材10の表面S1に過剰なダメージを与えずに、当該残存物を除去することができる。なお、前述の「移動時間」とは、ヘッド部110の進行方向における上端E1が、表面S2上の任意の所定箇所Pに到達した時刻から、ヘッド部110の進行方向における下端E2が当該所定箇所Pに到達した時刻までの期間を意味する。ヘッド部110は、
図10および
図11に示す構成に限定されない。
【0040】
基材10の表面S1が誘導加熱される温度(以下、誘導加熱温度という)は、被膜層20の耐熱温度以上とするのが好ましい。例えば、被膜層20が塗膜層120である場合、塗膜層120に含まれる樹脂材料の耐熱温度以上とするのが好ましい。具体的には、誘導加熱温度は、140℃以上240℃以下とすることが好ましく、150℃以上230℃以下とするのがより好ましい。誘導加熱温度が240℃を超えると、過加熱により、基材10の表面S1が変色するおそれがある。また、基材10の厚さによっては過加熱により基材10が変形してしまうおそれもある。一方、誘導加熱温度が140℃未満では、加熱不足により、接着層21の破壊が不完全になり、後述する剥離工程St2において、基材10の表面S1から被膜層20を十分に剥離できないおそれがある。なお、誘導加熱温度は、被膜層20を構成する材質、気温、湿度、被膜層20の厚み、基材10の厚み、または、被膜層20の経年劣化の度合いなどに応じて適宜決定してよい。
【0041】
次に、接着層21が破壊される原理について簡単に説明する。被膜層20は、基材10の活性化(清浄化)された表面S1とファンデルワールス結合することによって、当該表面S1に付着する。ファンデルワールス結合とは、活性化された表面S1を構成する金属原子と、被膜層20を構成する分子とのファンデルワールス引力(分子間力)に起因する結合を意味する。ここで、表面S1に形成された被膜層20には、自身を収縮させようとする内部応力が働くが、表面S1と被膜層20との間に働くファンデルワールス引力が当該内部応力よりも大きいと、表面S1に被膜層20が付着する状態が維持される。一方、表面S1と被膜層20との間に働くファンデルワールス引力が当該内部応力よりも小さくなると、被膜層20が収縮することに伴い接着層21が破壊する。そこで、本実施形態の破壊工程St1では、表面S1を急速に誘導加熱し、表面S1付近の接着層21を構成する分子の運動エネルギーを急速に上昇させることによって、ファンデルワールス引力を上回る内部応力を発生させる。これにより、被膜層20が収縮又は膨張することに伴って接着層21が破壊され、被膜層20を軟化させることなく容易に表面S1から剥離することが可能となる。換言すれば、被膜除去システム1は、誘導電流の位置を連続的に移動させながら、基材10の表面S1に対して誘導電流を急速に誘起することで、内部応力がファンデルワース引力より高くなるように表面S1を一様に、且つ、急速に誘導加熱する。これにより、被膜層20が軟化する前に接着層21が一様に破壊され、被膜層20を軟化させることなく容易に表面S1から剥離することが可能となる。
【0042】
[St2:剥離工程]
剥離工程St2は、接着層21が破壊された被膜層20を基材10の表面S1から剥離する工程である。被膜層20の接着層21は、先の破壊工程St1によって破壊された状態である。このため、被膜層20は、基材10の表面S1から分離している。したがって、接着層21が破壊された被膜層20は、スクレーパー、カワスキまたはエアブローなどを利用することによって表面S1から剥離することができる。当該被膜層20が剥離された後の露出表面には、被膜層20由来の残存物が若干存在する。
【0043】
[St3:除去工程]
除去工程St3は、露出表面に存在する残存物を除去する工程である。除去工程St3では、レーザー装置200を利用したレーザー処理により残存物が除去される。残存物や異物などが除去された結果、基材10の表面S1は清浄化される。具体的には、露出表面にレーザーを照射するアブレーション加工(非熱加工)によって、残存物を蒸発させる。この際、レーザーの出力は、露出表面上の残存物を除去できるのであれば、特に限定されない。例えば、レーザーの出力は、30W以上2000W以下が好ましく、基材10への熱影響を考慮すると、200W以上300W以下がより好ましい。レーザー装置200の種類は特に限定されないが、例えば、パルスレーザー装置が採用される。
【0044】
除去工程St3では、露出表面に存在する残存物が除去されると共に、露出表面が表面処理される。当該表面処理では、露出表面に付着する汚れ、油分、塩分および錆などが除去される。汚れとは、例えば、露出表面が大気環境下に暴露されることによって、露出表面に付着するスス、塵埃、または、動物の糞尿などである。油分とは、基材10が設置される設置環境、または、人為的な要因により露出表面に付着する油分である。塩分とは、海風または融雪剤由来の塩分である。本実施形態の除去工程St3では、露出表面に存在する残存物が除去される共に、露出表面に付着した汚れ、油分、塩分または錆などの異物が除去されることによって、露出表面が清浄化される。清浄化とは、露出表面を活性化させ、露出表面に汚れ、塩分、油分または錆などが付着している場合と比較して、露出表面の表面自由エネルギーを上昇させることを意味する。
【0045】
[St4:表面処理工程]
表面処理工程St4では、先の除去工程St3において残存物が除去された露出表面に対して再被覆等の後処理が要求する表面性状を与える工程である。表面処理工程St4では、例えば、露出表面がレーザー装置200によりレーザーブラストされる。このように露出表面の表面性状を整えることによって、付随的に、先の除去工程St3において清浄化された露出表面に形成された戻り錆又は塩分が除去される。戻り錆とは、清浄化された露出表面が大気環境下に暴露されることによって、当該露出表面が酸化されることにより形成される酸化膜である。本実施形態の表面処理工程St4では、露出表面に形成された戻り錆が除去されることによって、露出表面が再度清浄化される。なお、表面処理工程St4は、先の除去工程St3が実行された後、露出表面に戻り錆が形成される前に、後述する再被覆工程St5が実施される場合は、必要に応じて省略されてもよい。
【0046】
[St5:再被覆工程]
再被覆工程St5では、先の表面処理工程St4において適切に表面処理された露出表面に新たな被膜層20を形成する工程である。本実施形態では、先の除去工程St3または表面処理工程St4により清浄化された露出表面が規定の清浄度を満たす場合に、再被覆工程St5が実施される。露出表面が規定の清浄度を満たしているか否かの判断は、例えば、スウェーデン規格(ISO8501-1またはSIS055900など)に準じて目視により判断される。あるいは、露出表面が規定の特性を満たしているかを、粗さ測定機等による数値により判断してもよい。
【0047】
本実施形態の被膜除去方法では、破壊工程St1によって接着層21が破壊された後に剥離工程St2が実施されることで、基材10の表面S1から被膜層20の大部分が除去される。さらに、除去工程St3において露出表面に対してレーザーブラストが施されることによって、露出表面に存在する被膜層20由来の残存物が除去され、基材10の表面S1から被膜層20が完全に除去される。この際、破壊工程St1および剥離工程St2により、表面S1から被膜層20の大部分が除去されているため、当該残存物を除去する上でのレーザー装置200の出力は高出力である必要がない。したがって、除去工程St3では、基材10の表面S1に黒皮などが生成するようなダメージを与えずに、残存物を除去することができる。
ここで、基材10の表面S1から被膜層20を除去する上で、破壊工程St1が実施されるだけでは、前述したように、剥離工程St2後の露出表面に残存物が残存してしまい、表面S1から被膜層20を完全に除去することができない。一方、レーザーブラストだけで表面S1から被膜層20を完全に除去するには、レーザー装置200の出力を高出力にしなければならず、被膜層20の除去に伴って表面S1の温度が過剰に上昇する。基材10の表面S1の温度が過剰に上昇してしまうと表面S1に黒皮などが生成し、後の再被覆工程St5において、基材10の表面S1に新たな被膜層20が形成しづらくなるなどの大きな問題が生じる。
これに対し、本実施形態の被膜除去方法では、前述したように、破壊工程St1と、剥離工程St2と、除去工程St3とが実施されることによって、基材10の表面S1に黒皮などが生成するようなダメージを与えることなく、表面S1から被膜層20を完全に除去することができるという顕著な効果が得られる。すなわち、本実施形態の被膜除去方法では、破壊工程St1と剥離工程St2と除去工程St3とが組み合わされることによって、破壊工程St1またはレーザーブラストのみだけでは得ることができない、本願特有の有利な効果が得られる。
【0048】
前述の説明から理解される通り、本実施形態の被膜除去方法は、基材10の表面S1に設けられた被膜層20を除去する被膜除去方法であって、被膜層20が軟化する前に、被膜層20のうち表面S1に当接する接着層21を破壊する破壊工程St1と、接着層21が破壊された被膜層20を表面S1から剥離する剥離工程St2と、剥離工程St2により露出した表面S1に残存する残存物を除去する除去工程St3と、を具備する。この態様によれば、研削材を使用せずとも被膜層20が除去される。したがって、使用済みの研削材のような副産物が生成されない。また、当該副産物が生成されないので、従来の研削材を利用した被膜除去方法と比較して、環境負荷が大幅に軽減される。このため、前述の態様の被膜除去方法を実施する作業者が、大量の使用済みの研削材が空気中に舞う環境に曝されずにすむので、当該作業者の健康が損なわれることが防止される。
また、前述の態様の被膜除去方法では、研削材が使用されないので、ノズルから研削材が噴射される噴射音、および、研削材が除去対象物に衝突する打撃音が生じない。したがって、前述の態様の被膜除去方法は、従来の研削材を利用した被膜除去方法よりも騒音が大幅に低減される。
【0049】
さらに、前述したように、基材10は、鋼材であり、破壊工程St1では、鋼材の表面S1に流す誘導電流の位置を連続的に移動させることにより、接着層21を破壊する。この態様によれば、被膜層20のうち接着層21が局所的に破壊されることによって、被膜層20の大部分を破壊することなく、基材10の表面S1から被膜層20を剥離することができる。したがって、被膜層20の大部分を破壊するよりも、表面S1から剥離した被膜層20を回収することが容易となる。
【0050】
加えて、前述したように、破壊工程St1では、誘導加熱装置100(ヘッド部110)の進行方向における上端E1が被膜層20の表面S2上の所定箇所Pに到達した時刻から、誘導加熱装置100(ヘッド部110)の進行方向における下端E2が当該所定箇所Pに到達した時刻までの期間は、0.5秒以上0.9秒以下である。この態様によれば、接着層21が破壊され、被膜層20を表面S1から剥離することができる。
【0051】
また、前述したように、破壊工程St1では、鋼材の表面S1を150℃以上230℃以下に誘導加熱するのが好ましい。この態様によれば、接着層21が十分に破壊され、剥離工程St2おいて、基材10の表面S1から被膜層20を十分に剥離することができる。
【0052】
さらに、前述したように、除去工程St3では、剥離工程St2により露出した、基材10の表面S1に対してレーザーを照射する。この態様によれば、露出表面に残存する残存物がレーザーにより蒸発するので、粉塵を発生させずに、残存物を除去することができる。加えて、この態様では、接着層21が破壊されることで、表面S1から被膜層20を剥離することが容易となる。この結果、剥離工程St2後の露出表面に存在する残存物が減り、当該残存物を除去する除去工程St3においてレーザー装置200の出力を大きくせずにすむ。このため、基材10の表面S1に過剰なダメージを与えずに、当該残存物を除去することができる。
【0053】
また、前述したように、除去工程St3では、剥離工程St2により露出した、基材10の表面S1を清浄化する。この態様によれば、露出表面に残存する残存物のみならず、露出表面に付着した汚れ、油分、塩分または錆なども除去される。したがって、露出表面が清浄化されない場合と比較して、後の再被覆工程St5において露出表面に新たに形成された被膜層20と、基材10の表面S1との接着力が向上する。
【0054】
<実施例>
本発明の被膜除去方法の実施例を、
図9を適宜参照しながら説明する。この実施例は、前述の実施形態に記載の被膜除去方法を実施する場合の例である。
(1):誘導加熱装置100のヘッド部110を、除去対象である被膜層20の表面S2にあてがう。
(2):ヘッド部110を表面S2にあてがった状態で、誘導加熱装置100に交流電源を供給し、誘導加熱により基材10の表面S1を誘導加熱する。そして、表面S1を誘導加熱しながら、ヘッド部110を表面S2に沿って連続的に移動させる(
図10参照)。
(3):誘導加熱装置100による誘導加熱によって表面S1を誘導加熱すると、その熱によって接着層21が破壊され、表面S1から被膜層20が分離する。(1)~(3)は、前述の実施形態の破壊工程St1に相当する。
(4):表面S1から分離した被膜層20を、カワスキやスクレーパーなどで剥離する。次に、表面S1から剥離された被膜層20を回収する。(4)は、前述の実施形態の剥離工程St2に相当する。
(5):被膜層20の剥離によって露出した露出表面にレーザーブラストを施し、露出表面に残存する残存物を除去する。この際、露出表面が清浄化される。(5)は、前述の実施形態の除去工程St3に相当する。
(6):(5)により清浄化された露出表面に再度レーザーブラストを施し、戻り錆を除去する。(6)は、必要に応じて省略される。(6)は、前述の実施形態の表面処理工程St4に相当する。
(7):(5)または(6)により清浄化された露出表面に新たな被膜層20を形成する。(7)は、前述の実施形態の再被覆工程St5に相当する。
【0055】
本実施例では、ヘッド部110の移動時間と、表面S1を誘導加熱する誘導加熱温度を変化させて、前述の(4)において表面S1から被膜層20が十分に剥離されるか否かを検証した。
図12は、その結果をまとめた表である。なお、本実施例における「移動時間」とは、ヘッド部110の進行方向における上端E1が、表面S2上の任意の所定箇所Pに到達した時刻から、当該進行方向におけるヘッド部110の下端E2が当該所定箇所Pに到達した時刻までの期間を意味する。
【0056】
実施例1および実施例6では、接着層21が破壊され、(4)において、基材10の表面S1から被膜層20を剥離できることを確認した。ただし、実施例1および実施例6では、(4)の後の露出表面に被膜層20由来の残渣が若干確認された。実施例1および実施例6の「△」は、露出表面に被膜層20由来の微量の残渣が確認されたことを意味する。
【0057】
実施例5および実施例10では、実施例1および実施例6と同様に、接着層21が破壊され、(4)において、基材10の表面S1から被膜層20を剥離できることを確認した。ただし、実施例5および実施例10では、(4)の後の露出表面に若干の変色が確認された。実施例5および実施例10の「△」は、露出表面が若干変色したことを意味する。
【0058】
実施例2~実施例4、実施例7~実施例9では、接着層21が十分に破壊され、(4)において、基材10の表面S1から被膜層20を十分に剥離できることを確認した。実施例2~実施例4、実施例7~実施例9の「〇」は、基材10の表面S1から被膜層20が十分に剥離され、露出表面に被膜層20由来の残渣と、変色が確認されなかったことを意味する。
【0059】
一方、比較例1~比較例5では、加熱不足により接着層21の破壊が不完全であり、(4)において、基材10の表面S1から被膜層20を剥離することができなかった。比較例1~比較例5の「×」は、基材10の表面S1から被膜層20を剥離することができなかったこと意味する。
【0060】
比較例6~比較例10では、過加熱により被膜層20が軟化することで、(4)において被膜層20が千切れてしまい、基材10の表面S1から被膜層20を剥離することができなかった。比較例6~比較例10の「×」は、軟化した被膜層20が千切れたり、機材に再付着したことで、基材10の表面S1から被膜層20を剥離することができなかったことを意味する。
【0061】
以上の結果から、ヘッド部110の移動時間が0.5秒以上0.9秒以下であれば、接着層21が破壊され、(4)において、基材10の表面S1から被膜層20を剥離できることが確認された。特に、ヘッド部110の移動時間が0.5秒以上0.9秒以下であり、且つ、誘導加熱温度が150℃以上230℃以下であれば、接着層21が十分に破壊され、(4)において、基材10の表面S1から被膜層20を十分に剥離できることを確認した。
【0062】
<第2実施形態>
図13は、第2実施形態に係る被膜層20の構成例を示す図である。以降の説明では、第1実施形態と同様の構成および機能については、その説明を省略または簡略化する。
【0063】
第2実施形態の基材10は、鋼材30の表面S3に設けられた溶射層またはメッキ層である。溶射層は、溶融した金属が鋼材30の表面S3に吹き付けられることにより形成される。溶射層は、微細な鱗片状の金属の集合体であり、細かな気孔を有する。溶射層は、例えば、亜鉛、アルミニウム、亜鉛とアルミニウムとの合金、または、アルミニウムとマグネシウムとの合金などからなる。メッキ層は、鋼材30の表面S3に形成された金属層であり、銀、金、銅、亜鉛、クロム、ニッケル、または、錫などからなる。
【0064】
第2実施形態の被膜層20は、塗膜層260である。塗膜層260は、樹脂材料と顔料とを含む塗料からなる層である。塗膜層260は、
図13に示されるように、第1下塗り層121と、中塗り層123と、上塗り層124と、を有する。第2実施形態に係る第1下塗り層121は、基材10の表面S1に塗膜層260が密着する密着性を向上させる。第2実施形態に係る上塗り層124は、塗膜層260の耐候性を向上させる。当該耐候性とは、塗膜層260が屋外におかれた場合に、日光または風雨などの自然の作用に対する耐性を意味する。
【0065】
第2実施形態の被膜除去方法は、溶射層またはメッキ層の表面S1に設けられた被膜層20を除去する方法であり、第1実施形態と同様に、破壊工程St1と、剥離工程St2と、除去工程St3と、表面処理工程St4と、再被覆工程St5と、を具備する。なお、以降の説明では、第1実施形態と同様の方法については、その説明を省略または簡略化する。
【0066】
一般的に、基材10上の被膜層20が塗膜層120である場合、塗膜層120は紫外線などで劣化してしまうので、メンテナンス時に劣化した塗膜層120を除去する必要がある。一方、溶射層は、大気環境下に暴露されると、大気中の水分、塩分または風雨により多少消耗するが、紫外線を受けても劣化することがない。このため、鋼材30の表面S3に設けられた溶射層は、塗膜層120と比較して、防蝕性能(表面S3が錆びるのを防ぐ能力)が高く、メンテナンス時に表面S3から除去される必要がない。このため、溶射層は、塗膜層120よりもライフサイクルコストの低減効果が高い。したがって、鋼材30の表面S3に溶射層を形成する技術は、公共事業などで広く利用される。
近年では、溶射層の防蝕性能をさらに向上させるために、
図13に示されるように、溶射層の表面S1に塗膜層260を形成することが度々行われる。この場合、メンテナンス時に、紫外線などにより劣化した塗膜層260を除去し、溶射層をできるだけ残存させることが望まれる。しかしながら、砂などの研削材を利用する従来の被膜除去方法では、溶射層上に形成された塗膜層260のみを除去することは事実上不可能であり、結果として、研削材により溶射層が切削され、溶射層の厚みが薄くなることで防蝕性能が低下する課題がある。
これに対し、第2実施形態の被膜除去方法では、接着層21が破壊されることで、溶射層の表面S1から被膜層20を剥離することが容易となる。この結果、剥離工程St2後の露出表面に存在する残存物が減り、当該残存物を除去する除去工程St3においてレーザー装置200の出力を大きくせずにすむ。このため、溶射層の表面S1に過剰なダメージを与えずに、溶射層の表面S1から塗膜層260を完全に除去することができる。したがって、従来の研削材を利用する被膜除去方法よりも溶射層の厚みが薄くならないので、防蝕性能が低下することが抑制される。
【0067】
前述したように、第2実施形態の基材10は、鋼材30の表面S3に設けられた溶射層またはメッキ層である。第2実施形態の破壊工程St1では、鋼材30と共に溶射層またはメッキ層の表面S1に流す誘導電流の位置を連続的に移動させることにより、接着層21を破壊する。この態様において、誘導電流は、溶射層またはメッキ層よりも鋼材30に多く流れる。したがって、鋼材30に発生する熱が溶射層またはメッキ層に伝わることによって、被膜層20のうち接着層21が局所的に破壊される。この結果、被膜層20の大部分を破壊することなく、溶射層またはメッキ層の表面S1から被膜層20を剥離することができる。したがって、被膜層20の大部分を破壊するよりも、当該表面S1から剥離した被膜層20を回収することが容易となる。
【0068】
また、第2実施形態に係る除去工程St3では、剥離工程St2により露出した、基材10の表面S1を粗面化する。このため、後の再被覆工程St5において新たに形成された被膜層20と、溶射層またはメッキ層の表面S1との間においてアンカー効果が生じる。したがって、露出表面が粗面化されない場合と比較して、新たな被膜層20と表面S1との接着力が向上する。なお、前述した「粗面化」とは、露出表面に微細な凹凸を付けることを意味する。
【0069】
さらに、第2実施形態の除去工程St3では、剥離工程St2により露出した、基材10の表面S1にレーザーを照射する。この態様によれば、露出表面に残存する残存物がレーザーにより蒸発するので、粉塵を発生させずに、残存物を除去することができる。加えて、この態様では、接着層21が破壊されることで、溶射層またはメッキ層の表面S1から被膜層20を剥離することが容易となる。この結果、剥離工程St2後の露出表面に存在する残存物が減り、当該残存物を除去する除去工程St3においてレーザー装置200の出力を大きくせずにすむ。このため、溶射層またはメッキ層の表面S1に過剰なダメージを与えずに、当該残存物を除去することができる。
【0070】
また、第2実施形態の除去工程St3では、剥離工程St2により露出した、基材10の表面S1を清浄化する。この態様によれば、露出表面に残存する残存物のみならず、露出表面に付着した汚れ、油分、塩分または錆なども除去される。したがって、露出表面が清浄化されない場合と比較して、後の再被覆工程St5において露出表面に新たに形成された被膜層20と、溶射層またはメッキ層の表面S1との接着力が向上する。
【0071】
<変形例>
以上に例示した形態に付加される具体的な変形の態様を以下に例示する。以下の例示から任意に選択された2以上の態様を、相互に矛盾しない範囲で適宜に併合してもよい。
【0072】
[変形例1]
前述の態様の被膜除去方法では、剥離工程St2と除去工程St3との間に、露出表面上の錆をハンマーまたは動力式タガネにより除去する工程が介在してもよい。
【0073】
[変形例2]
前述の態様に被膜除去方法では、除去工程St3と表面処理工程St4との間に、基材10を各種検査等する工程と、基材10を修理する工程と、修理後の基材10を検査する工程とが介在してもよい。
【0074】
[変形例3]
前述の態様のレーザー装置200のレーザーヘッド240は、操作者により把持されるがこれに限られない。レーザーヘッド240は、動力付走行装置または多軸ロボットに設置されてもよく、任意の筐体内または自動化ラインなどに固定されてもよい。
【0075】
<補足>
前述の態様の被膜除去方法は、各種鋼構造物、溶射層、またはメッキ層に形成された被膜を除去する方法である。ただし、本発明の用途は特に限定されず、例えば、鋼橋の鋼桁、橋脚、橋梁、海洋構造物、タンク、トンネル、水門、プラント、各種鉄塔、煙突、または汚水処理槽に形成された被膜を除去する用途に利用されてもよい。
【0076】
また、本明細書に記載された効果は、あくまで説明的または例示的なものであって限定的ではない。つまり、本発明は、上記の効果とともに、または上記の効果に代えて、本明細書の記載から当業者には明らかな他の効果を奏しうる。
【0077】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の技術分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0078】
<付記>
以上に例示した形態から、例えば、以下の構成が把握される。
【0079】
本開示のひとつの態様(態様1)に係る被膜除去方法は、基材の表面に設けられた被膜層を除去する被膜除去方法であって、前記被膜層が軟化する前に、前記被膜層のうち前記表面に当接する領域を破壊する破壊工程と、前記領域が破壊された前記被膜層を前記表面から剥離する剥離工程と、前記剥離工程により露出した前記表面に残存する残存物を除去する除去工程と、を具備する。
態様1の被膜除去方法によれば、研削材を使用せずとも被膜層が除去される。したがって、使用済みの研削材のような副産物が生成されない。また、当該副産物が生成されないので、従来の研削材を利用した被膜除去方法と比較して、環境負荷が大幅に軽減される。このため、態様1の被膜除去方法を実施する作業者が、大量の使用済みの研削材が空気中に舞う環境に曝されずにすむので、当該作業者の健康が損なわれることが防止される。
また、態様1の被膜除去方法によれば、研削材が使用されないので、ノズルから研削材が噴射される噴射音、および、研削材が除去対象物に衝突する打撃音が生じない。したがって、以上の態様の被膜除去方法は、従来の研削材を利用した被膜除去方法よりも騒音が低減される。
【0080】
態様1の具体例(態様2)において、前記基材は、鋼材であり、前記破壊工程では、前記鋼材の表面に流す誘導電流の位置を連続的に移動させることにより、前記領域を破壊する。態様2によれば、被膜層のうち前記領域が局所的に破壊されることによって、被膜層の大部分を破壊することなく、基材の表面から被膜層を剥離することができる。したがって、被膜層の大部分を破壊するよりも、基材の表面から剥離した被膜層を回収することが容易となる。
【0081】
態様2の具体例(態様3)において、前記破壊工程では、前記被膜層の表面に対向しつつ当該表面に対して連続的に移動する誘導加熱装置が発生する交流磁界によって、前記鋼材の表面に流れる前記誘導電流の位置を連続的に移動させる。
【0082】
態様3の具体例(態様4)において、前記破壊工程では、前記誘導加熱装置の進行方向における上端が前記被膜層の表面上の所定箇所に到達した時刻から、前記誘導加熱装置の前記進行方向における下端が前記所定箇所に到達した時刻までの期間は、0.5秒以上0.9秒以下である。態様4によれば、被膜層のうち鋼材の表面に当接する領域が破壊され、被膜層を鋼材の表面から剥離することができる。
【0083】
態様4の具体例(態様5)によれば、前記破壊工程では、前記鋼材の表面を150℃以上230℃以下に誘導加熱する。態様5によれば、被膜層のうち鋼材の表面に当接する領域が十分に破壊され、剥離工程において、鋼材の表面から被膜層を十分に剥離することができる。
【0084】
態様1から態様5のいずれかの具体例(態様6)によれば、被膜層は、塗膜層、FRP層、または、ライニング層である。
【0085】
態様1の具体例(態様7)において、前記基材は、鋼材と前記鋼材の表面に設けられた溶射層またはメッキ層であり、前記破壊工程では、前記鋼材の表面に流す誘導電流の位置を連続的に移動させることにより、前記領域を破壊する。態様7によれば、被膜層のうち、溶射層またはメッキ層の表面に当接する領域が局所的に破壊されることによって、被膜層の大部分を破壊することなく、溶射層またはメッキ層の表面から被膜層を剥離することができる。したがって、被膜層の大部分を破壊するよりも、当該表面から剥離した被膜層を回収することが容易となる。
【0086】
態様7の具体例(態様8)において、前記除去工程では、前記剥離工程により露出した、前記溶射層または前記メッキ層の表面を粗面化する。態様8によれば、再被覆工程St5において溶射層またはメッキ層の表面に新たに形成された被膜層と、当該表面との間にアンカー効果が生じる。したがって、剥離工程により露出した溶射層またはメッキ層の表面が粗面化されない場合と比較して、新たな被膜層と当該表面との接着力が向上する。
【0087】
態様1から態様8の何れかの具体例(態様9)によれば、前記除去工程では、前記剥離工程により露出した、前記基材の表面に対してレーザーを照射する。態様9によれば、剥離工程により露出した基材の表面に残存する残存物がレーザーにより蒸発するので、粉塵を発生させずに、残存物を除去することができる。また、態様9では、接着層が破壊されることで、基材の表面から被膜層を剥離することが容易となる。この結果、剥離工程後の基材の表面に存在する残存物が減り、当該残存物を除去する除去工程においてレーザー装置の出力を大きくせずにすむ。このため、基材の表面に過剰なダメージを与えずに、当該残存物を除去することができる。
【0088】
態様1から態様9のいずれかの具体例(態様10)によれば、前記除去工程では、前記剥離工程により露出した、前記基材の表面を清浄化する。態様10によれば、剥離工程により露出した基材の表面に残存する残存物のみならず、当該表面に付着した汚れ、油分、塩分または錆なども除去される。したがって、当該表面が清浄化されない場合と比較して、当該表面に新たに形成された被膜層と、当該表面との接着力が向上する。
【符号の説明】
【0089】
10…基材、20…被膜層、21…接着層、100…誘導加熱装置、120,260…塗膜層、130…FRP層、140…ライニング層、200…レーザー装置。
【手続補正書】
【提出日】2022-12-01
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に設けられた被膜層を除去する被膜除去方法であって、
前記被膜層が軟化する前に、前記被膜層のうち前記表面に当接する領域を破壊する破壊工程と、
前記領域が破壊された前記被膜層を前記表面から剥離する剥離工程と、
前記剥離工程により露出した前記表面に残存する残存物を除去する除去工程と
を具備する被膜除去方法であって、
前記基材は、鋼材であり、
前記破壊工程では、前記鋼材の表面に流す誘導電流の位置を連続的に移動させることにより、前記領域を破壊する
被膜除去方法。
【請求項2】
前記破壊工程では、前記被膜層の表面に対向しつつ当該表面に対して連続的に移動する誘導加熱装置が発生する交流磁界によって、前記鋼材の表面に流れる前記誘導電流の位置を連続的に移動させる
請求項1に記載の被膜除去方法。
【請求項3】
前記破壊工程では、
前記誘導加熱装置の進行方向における上端が前記被膜層の表面上の所定箇所に到達した時刻から、前記誘導加熱装置の前記進行方向における下端が前記所定箇所に到達した時刻までの期間は、0.5秒以上0.9秒以下である
請求項2に記載の被膜除去方法。
【請求項4】
前記破壊工程では、前記鋼材の表面を150℃以上230℃以下に誘導加熱する
請求項3に記載の被膜除去方法。
【請求項5】
前記被膜層は、塗膜層、FRP層、または、ライニング層である
請求項1から請求項4のいずれか1つに記載の被膜除去方法。
【請求項6】
基材の表面に設けられた被膜層を除去する被膜除去方法であって、
前記被膜層が軟化する前に、前記被膜層のうち前記表面に当接する領域を破壊する破壊工程と、
前記領域が破壊された前記被膜層を前記表面から剥離する剥離工程と、
前記剥離工程により露出した前記表面に残存する残存物を除去する除去工程と
を具備する被膜除去方法であって、
前記基材は、鋼材と前記鋼材の表面に設けられた溶射層またはメッキ層であり、
前記破壊工程では、前記鋼材の表面に流す誘導電流の位置を連続的に移動させることにより、前記領域を破壊する
被膜除去方法。
【請求項7】
前記除去工程では、前記剥離工程により露出した、前記溶射層または前記メッキ層の表面を粗面化する
請求項6に記載の被膜除去方法。
【請求項8】
前記除去工程では、前記剥離工程により露出した、前記基材の表面に対してレーザーを照射する
請求項1から請求項7のいずれか1つに記載の被膜除去方法。
【請求項9】
前記除去工程では、前記剥離工程により露出した、前記基材の表面を清浄化する
請求項1から請求項8のいずれか1つに記載の被膜除去方法。