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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022186342
(43)【公開日】2022-12-15
(54)【発明の名称】機械学習装置
(51)【国際特許分類】
   B23Q 15/18 20060101AFI20221208BHJP
   G05B 19/404 20060101ALI20221208BHJP
   G05B 19/4155 20060101ALI20221208BHJP
【FI】
B23Q15/18
G05B19/404 K
G05B19/4155 V
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021094508
(22)【出願日】2021-06-04
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-10-20
(71)【出願人】
【識別番号】000146847
【氏名又は名称】DMG森精機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104662
【弁理士】
【氏名又は名称】村上 智司
(74)【代理人】
【識別番号】100184631
【弁理士】
【氏名又は名称】大久保 隆
(72)【発明者】
【氏名】成松 宏一郎
(72)【発明者】
【氏名】入野 成弘
【テーマコード(参考)】
3C001
3C269
【Fターム(参考)】
3C001KA05
3C001KB01
3C001TC06
3C269AB02
3C269BB11
3C269CC01
3C269JJ10
3C269KK08
3C269MN07
3C269MN14
3C269MN16
3C269MN27
3C269MN28
3C269MN44
(57)【要約】      (修正有)
【課題】温度センサの故障に対してロバストな変位推定モデルを少ない労力で容易に生成可能な機械学習装置を提供する。
【解決手段】機械学習装置は、正常温度データ群と熱変位データ群とを含むデータセットを取得するデータセット取得部と、温度センサに故障がある場合に温度センサにより測定される故障波形データを擬似的に生成する故障データ生成部と、正常温度データ群を構成する一部の正常温度データのデータ値の一部若しくは全部、又は、正常温度データ群を構成する全ての正常温度データのデータ値の一部を前記故障波形データのデータ値に置換することで正常温度データ群を入力データに変換する入力データ生成部と、前記データセットに含まれる熱変位データ群を正解データとして抽出する正解データ抽出部と、入力データと正解データとを基に機械学習を行い変位推定モデルを生成する推定モデル生成部とを備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
工作機械の所定部位の温度を温度センサにより測定して得られる時系列の温度データを基に該工作機械に生じる熱変位量を推定する変位推定モデルを学習する機械学習装置であって、
前記工作機械の運転中の所定時間区間において、故障がない正常な温度センサにより前記所定部位の温度を時系列に測定した正常温度データの複数個からなる正常温度データ群と、該各正常温度データの測定毎に前記所定時間区間の終了時点における前記工作機械の前記熱変位量を測定した熱変位データの複数個からなる熱変位データ群と、を含むデータセットを取得するデータセット取得部と、
前記温度センサに故障がある場合に当該温度センサにより測定される時系列の温度データに生じる故障波形データを擬似的に生成する故障データ生成部と、
前記データセット取得部が取得したデータセットに含まれる前記正常温度データ群を抽出する温度データ群抽出部と、
前記温度データ群抽出部により抽出された正常温度データ群を構成する一部の正常温度データに対して、該正常温度データのデータ値の一部若しくは全部を前記故障データ生成部にて生成された前記故障波形データのデータ値に置換する第1置換処理を実行するか、又は、前記正常温度データ群を構成する全ての正常温度データに対して、該正常温度データのデータ値の一部を前記故障データ生成部にて生成された前記故障波形データのデータ値に置換する第2置換処理を実行することで、前記正常温度データ群を機械学習用の入力データに変換する入力データ生成部と、
前記データセット取得部により取得されたデータセットに含まれる前記熱変位データ群を機械学習用の正解データとして抽出する正解データ抽出部と、
前記入力データ生成部により生成された前記入力データと、前記正解データ抽出部により抽出された前記正解データとを用いて機械学習を行うことで前記変位推定モデルを生成する推定モデル生成部とを備えていることを特徴とする機械学習装置。
【請求項2】
前記入力データ生成部にて実行される前記故障波形データの置換処理は、前記第1置換処理であり、
前記入力データ生成部は、前記第1置換処理を実行する際には、前記正常温度データ群を構成する全ての正常温度データの中から所定の抽出割合でランダムに前記一部の正常温度データを抽出し、抽出した該一部の正常温度データに対して前記故障波形データの置換処理を実行するように構成されていることを特徴とする請求項1記載の機械学習装置。
【請求項3】
前記入力データ生成部は、前記第1置換処理又は前記第2置換処理の実行に際して、前記正常温度データのデータ値の一部を前記故障波形データのデータ値に置換する場合には、前記正常温度データの時系列における前記故障波形データが占める時間割合が所定割合になるように、該正常温度データにおける該故障波形データに置換する時間帯をランダムに決定するように構成されていることを特徴とする請求項1又は2記載の機械学習装置。
【請求項4】
前記所定部位の数は複数であり、
前記温度センサは、前記各所定部位のそれぞれに対応して複数設けられており、
前記正常温度データ群を構成する各正常温度データは、複数の前記温度センサのそれぞれに対応する複数の温度データ列からなり、
前記入力データ生成部は、前記第1置換処理又は前記第2置換処理の実行に際して、前記正常温度データのデータ値を前記故障波形データのデータ値に置換するときには、前記複数の温度センサの中からランダムに抽出した温度センサに対応する温度データ列を置換対象とするように構成されていることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の機械学習装置。
【請求項5】
前記温度センサは、複数の故障モードを有しており、
前記複数の故障モードと、それぞれの故障モードに対応する故障波形データを疑似的に生成するための生成アルゴリズムとを対応付けて予め記憶しておく記憶部をさらに備え、
前記故障データ生成部は、前記故障波形データを生成する際には、前記複数の故障モードの中から一の故障モードをランダムに選択し、選択した当該一の故障モードに対応する前記故障波形データの生成アルゴリズムを前記記憶部に記憶された記憶情報を基に特定し、特定した生成アルゴリズムを基に前記故障波形データを生成するように構成されていることを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の機械学習装置。
【請求項6】
前記故障モードは、前記温度センサの種類と前記温度センサの故障原因とによって定まるモードであることを特徴とする請求項5記載の機械学習装置。
【請求項7】
前記推定モデル生成部にて実行される前記機械学習は、ディープラーニングであることを特徴とする請求項1から6のいずれか一項に記載の機械学習装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械の所定部位の温度を温度センサにより測定して得られる時系列の温度データを基に該工作機械に生じる熱変位量を推定する変位推定モデルを学習する機械学習装置に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械の分野では、当該工作機械が設置される雰囲気の温度変化や、各運動機構部が動作することで生じる熱、例えば主軸が回転することで、これを支持するベアリングにおいて生じる熱、各駆動モータが動作することで、当該駆動モータにおいて生じる熱や各摺動部において生じる熱などにより、工作機械に配置される各部材に熱変形(熱変位を含む)が生じることが知られている。
【0003】
そして、このようにして部材に熱変形が生じると、例えば、熱変形を生じる部材が移動体を駆動するボールねじである場合には、その熱変形によって、当該移動体の位置決め精度が悪化し、これに伴って加工精度が悪化するという問題を生じ、或いは、熱変形を生じる部材がワークや工具を保持して回転させる主軸の場合には、その熱変形により工具とワークとの間の相対的な位置関係が変動して、即ち、熱変位して加工精度が悪化するという問題を生じる。
【0004】
そこで、従前より、工作機械に配置される前記部材の熱変位量を推定し、推定された熱変位量に応じて、例えば、ワークと工具との間の位置決め位置を補正する対応が取られている。そして最近では、機械学習手法を用いてこのような熱変位量を推定する変位推定モデルを学習する機械学習装置が提案されている(例えば、特許文献1参照。)
この機械学習装置では、工作機械において、機械要素の動作状態データ(入力データ)と機械要素の熱変位量の実測値(正解データ)とが関連付けられた教師データを用いて、機械学習を繰り返すことで前記変位推定モデルを学習するように構成されている。動作状態データは、温度センサにより測定した工作機械の機械要素の温度等により構成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-111145号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した機械学習の学習手法として、例えば、多層の中間層(隠れ層)を有するニューラルネットワークをモデルとした教師あり学習によるディープラーニングなど、様々な手法が存在する。
【0007】
いずれの学習手法を採用したとしても、機械学習においては入力データと正解データとのセットである教師データの性質が、学習済みモデルによる推定精度に大きな影響を及ぼす。すなわち、学習実績の無い入力データを用いる場合、言い換えれば、入力データが学習実績のあるデータと大きく異なる場合には、推定値に誤差を生じる。具体的には、例えば特許文献1に示すように、温度センサによって測定された温度データが入力データである場合に、当該温度センサの故障等に起因してその測定温度が正常温度から極端にかけ離れていると、変位推定モデルによって推定される熱変位量に大きな誤差を生じる。この熱変位量の推定値の誤差が大きい場合には、この推定値に基づいた補正量は正確(適正)なものではなく、このような補正量をもって補正を実行すると、加工精度を却って悪化させることになりかねない。
【0008】
この問題を回避するべく、機械学習に使用する入力データに、故障した温度センサによる測定データである故障波形データを含めることが考えられる。しかし、故障波形データを得るには、温度センサを故意に故障させた状態で工作機械を運転する必要があり、また、温度センサの故障パターンも1つではないため、このような故障パターンを全て網羅して実際に工作機械を運転させるとなると多大な労力と時間が必要とされる。特に、温度センサが複数設けられている場合には、各温度センサを順次故障させて故障波形データを取得する必要があるため、この問題が特に顕著になる。
【0009】
本発明は以上の実情に鑑みなされたものであって、温度センサの故障に対してロバストな変位推定モデルを少ない労力で容易に生成可能な機械学習装置を提供することを、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するための本発明の一局面は、
工作機械の所定部位の温度を温度センサにより測定して得られる時系列の温度データを基に該工作機械に生じる熱変位量を推定する変位推定モデルを学習する機械学習装置であって、
前記工作機械の運転中の所定時間区間において、故障がない正常な温度センサにより前記所定部位の温度を時系列に測定した正常温度データの複数個からなる正常温度データ群と、該各正常温度データの測定毎に前記所定時間区間の終了時点における前記工作機械の前記熱変位量を測定した熱変位データの複数個からなる熱変位データ群と、を含むデータセットを取得するデータセット取得部と、
前記温度センサに故障がある場合に当該温度センサにより測定される時系列の温度データに生じる故障波形データを擬似的に生成する故障データ生成部と、
前記データセット取得部が取得したデータセットに含まれる前記正常温度データ群を抽出する温度データ群抽出部と、
前記温度データ群抽出部により抽出された正常温度データ群を構成する一部の正常温度データに対して、該正常温度データのデータ値の一部若しくは全部を前記故障データ生成部にて生成された前記故障波形データのデータ値に置換する第1置換処理を実行するか、又は、前記正常温度データ群を構成する全ての正常温度データに対して、該正常温度データのデータ値の一部を前記故障データ生成部にて生成された前記故障波形データのデータ値に置換する第2置換処理を実行することで、前記正常温度データ群を機械学習用の入力データに変換する入力データ生成部と、
前記データセット取得部により取得されたデータセットに含まれる前記熱変位データ群を機械学習用の正解データとして抽出する正解データ抽出部と、
前記入力データ生成部により生成された前記入力データと、前記正解データ抽出部により抽出された前記正解データとを用いて機械学習を行うことで前記変位推定モデルを生成する推定モデル生成部とを備えている機械学習装置に係る。
【0011】
この構成によれば、機械学習に際して、先ず、データセット取得部にて正常温度データ群と熱変位データ群とを含むデータセットが取得される。正常温度データ群は、工作機械の運転中の所定時間区間において故障がない正常な温度センサにより工作機械の所定部位の温度を時系列に測定した正常温度データの複数個からなる。正常温度データ群は、温度データ群抽出部により抽出された後、入力データ生成部に入力され、該入力データ生成部において機械学習用の入力データに変換される。一方、熱変位データ群は、各正常温度データの測定毎に前記所定時間区間の終了時点での工作機械の熱変位量を測定した熱変位データの複数個かなる。データセットに含まれる熱変位データ群は、正解データ抽出部により機械学習用の正解データとして抽出される。そして、入力データ生成部にて生成された前記入力データと、前記正解データ抽出部により抽出された正解データとが推定モデル生成部に入力され、推定モデル生成部において該入力データと正解データとを基に機械学習が行われることで変位推定モデルが生成される。
【0012】
ここで、前記入力データ生成部において正常温度データ群を機械学習用の入力データに変換する際には、正常温度データ群を構成する一部の正常温度データに対して、該正常温度データのデータ値の一部又は全部を故障波形データのデータ値に置換する第1置換処理、又は、正常温度データ群を構成する全ての正常温度データに対して、該正常温度データのデータ値の一部を故障波形データのデータ値に置換する第2置換処理が実行される。したがって、推定モデル生成部にて機械学習を行う際に、入力データとして故障波形データが必ず含まれることとなるので、入力温度データを正常温度データのみで構成した場合に比べて、温度センサの故障に対する変位推定モデルのロバスト性を向上させることができる。しかも、正常温度データにて置換される故障波形データは、故障データ生成部によって擬似的に、換言すると、温度センサの故障を模擬したシミュレーションにより生成されるので、従来のように温度センサを実際に故障させる場合に比べて、故障波形データの取得に要する労力及び時間を格段に低減することができる。
【0013】
前記入力データ生成部にて実行される前記故障波形データの置換処理は、前記第1置換処理であり、前記入力データ生成部は、前記第1置換処理を実行する際には、前記正常温度データ群を構成する全ての正常温度データの中から所定の抽出割合でランダムに前記一部の正常温度データを抽出し、抽出した該一部の正常温度データに対して前記故障波形データの置換処理を実行するように構成されていることが好ましい。
【0014】
この構成によれば、入力データ生成部において第1置換処理が実行されることにより、正常温度データ群を構成する全ての正常温度データの中から所定の抽出割合でランダムに一部の正常温度データが抽出され、この一部の正常温度データに対して故障波形データの置換処理が実行される。一方、この一部の正常温度データ以外の他の正常温度データにおいては、故障波形データの置換処理が実行されず正常なデータ値が維持される。したがって、入力データ全体として見たときに、正常温度データの特徴波形を極力崩さずに故障波形データの特徴波形を適度に組込むことができる。よって、推定モデル生成部にて生成(学習)される変位推定モデルの変位推定精度を十分に確保しつつ、温度センサの故障に対するロバスト性を向上させることができる。
【0015】
前記入力データ生成部は、前記第1置換処理又は前記第2置換処理の実行に際して、前記正常温度データのデータ値の一部を前記故障波形データのデータ値に置換する場合には、前記正常温度データの時系列における前記故障波形データが占める時間割合が所定割合になるように、該正常温度データにおける該故障波形データに置換する時間帯をランダムに決定するように構成されていることが好ましい。
【0016】
この構成によれば、入力データ生成部において正常温度データのデータ値の一部を故障波形データのデータ値に置換する際には、該正常温度データの時系列における故障波形データの占める時間割合が所定割合になるように、正常温度データにおける故障波形データに置換される時間帯がランダムに決定される。したがって、正常温度データにおける故障波形データが置換される時間帯が特定の時間帯に偏るのを防止することができる。よって、置換処理後の入力データを使用して機械学習を行うことで得られる変位推定モデルの前記温度センサの故障に対するロバスト性、より詳しくは、温度センサの故障が発生する時間帯の変化に対するロバスト性を向上させることができる。
【0017】
前記所定部位の数は複数であり、前記温度センサは、前記各所定部位のそれぞれに対応して複数設けられており、前記正常温度データ群を構成する各正常温度データは、複数の前記温度センサのそれぞれに対応する複数の温度データ列からなり、前記入力データ生成部は、前記第1置換処理又は前記第2置換処理の実行に際して、前記正常温度データのデータ値を前記故障波形データのデータ値に置換するときには、前記複数の温度センサの中からランダムに抽出した温度センサに対応する温度データ列を置換対象とするように構成されていることが好ましい。
【0018】
この構成によれば、入力データ生成部において、前記正常温度データのデータ値を故障波形データのデータ値に置換する処理を実行する際には、複数の温度センサの中からランダムに抽出した温度センサに対応する温度データ列に対して該置換処理が実行される。したがって、置換処理の実行対象となる温度データ列が特定の温度センサに対応する温度データ列に偏るのを防止することができる。よって、置換後の入力データを基に機械学習を行うことで得られる変位推定モデルの前記温度センサの故障に対するロバスト性、より詳しくは、故障が発生する温度センサの数や部位の変化に対するロバスト性を向上させることができる。
【0019】
前記温度センサは、複数の故障モードを有しており、前記複数の故障モードと、それぞれの故障モードに対応する故障波形データを疑似的に生成するための生成アルゴリズムとを対応付けて予め記憶しておく記憶部をさらに備え、前記故障データ生成部は、前記故障波形データを生成する際には、前記複数の故障モードの中から一の故障モードをランダムに選択し、選択した当該一の故障モードに対応する前記故障波形データの生成アルゴリズムを前記記憶部に記憶された記憶情報を基に特定し、特定した生成アルゴリズムを基に前記故障波形データを生成するように構成されていることが好ましい。
【0020】
この構成によれば、故障データ生成部による故障波形データの生成に際して、先ず、複数の故障モードの中から一の故障モードが選択され、選択された故障モードに対応する故障波形データの生成アルゴリズムが記憶部に記憶された情報を基に特定され、特定された生成アルゴリズムに基づいて置換処理用の故障波形データが生成される。したがって、置換処理に使用される故障波形データが、特定の故障モードに起因する温度波形に偏るのを防止することができる。延いては、温度センサの故障モードの変化に対する変位推定モデルのロバスト性を向上させることができる。
【0021】
前記故障モードは、前記温度センサの種類と前記温度センサの故障原因とによって定まるモードであることが好ましい。
【0022】
これによれば、故障要因のみでなく温度センサの種類も考慮して故障モードが定められている。よって、故障波形データの生成に使用する故障モードのバリエーションを十分に確保することができる。延いては、温度センサの故障に対する変位推定モデルのロバスト性を可及的に向上させることができる。
【0023】
前記推定モデル生成部にて実行される前記機械学習は、ディープラーニングであることが好ましい。
【0024】
このように機械学習の手法としてディープラーニング(深層学習)を採用することで、推定モデル生成部における変位推定モデルの学習精度を格段に高めることができる。
【発明の効果】
【0025】
以上のように、本発明に係る機械学習装置よれば、温度センサに故障がある場合に当該温度センサにより測定される時系列の温度データに生じる故障波形データを擬似的に生成し、正常温度データ群を構成する一部の正常温度データに対して、該正常温度データのデータ値の一部若しくは全部を故障波形データのデータ値に置換する第1置換処理を実行するか、又は、正常温度データ群を構成する全ての正常温度データに対して、該正常温度データのデータ値の一部を前記故障波形データのデータ値に置換する第2置換処理を実行することで、前記正常温度データ群を機械学習用の入力データに変換する一方、正常温度データ群の各正常温度データに対応する熱変位データからなる熱変位データ群を機械学習用の正解データとして抽出して、前記入力データと前記正解データとを基に機械学習を行うことにより変位推定モデルを生成するようにしたことで、温度センサの故障に対してロバストな変位推定モデルを少ない労力で容易に生成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明の実施形態に係る機械学習装置を示すブロック図である。
図2】機械学習装置により生成された変位推定モデルが適用される工作機械を示す正面図である。
図3】機械学習装置により生成された変位推定モデルが適用される工作機械を示す、主軸の軸線方向(Z軸方向)から見た側面図である。
図4】機械学習装置にて学習された変位推定モデルを利用して工作機械の熱変位を補正する変位補正装置の制御ブロック図である。
図5】温度データ及び熱変位データのデータ形式を説明するための説明図である。
図6A】正常温度データ群及び熱変位データ群を含むデータセットと、データセットを基に生成される入力データ及び正解データとの説明図である。
図6B】入力データを構成する置換後温度データの説明図である。
図7】故障データ生成部において故障波形データを生成する際に使用する4つの故障モードの説明図である。
図8】変位推定モデルの機械学習時に使用するニューラルネットワークモデルの一例を示す概略図である。
図9】実施形態の機械学習装置により算出した変位推定モデルと、従来例の機械学習装置により生成した変位推定モデルとを用いて変位推定精度の比較実験を行った結果を示すグラフである。
図10】他の実施形態に係る機械学習装置において、入力データ生成部により実行される入力用温度データ群(入力データ)の生成処理の内容を説明するための説明図であって図6Aに相当する図である。
図11】別の他の実施形態に係る機械学習装置において、正常温度データの温度データ列に対して実行される故障波形データの置換処理の内容を説明するため説明図である。
図12】別の他の実施形態に係る機械学習装置において、故障波形データの置換処理が実行された温度データ列の波形イメージを説明するためのグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の具体的な実施の形態について、図面を参照しながら説明する。
【0028】
(実施形態)
図1は、本発明の実施形態に係る機械学習装置100を示すブロック図である。この機械学習装置100は、工作機械1(図2及び図3参照)に搭載された変位補正装置200(図4参照)で使用される変位推定モデルを機械学習により生成する。
【0029】
変位補正装置200は、機械学習装置100にて生成された変位推定モデルを基に、工作機械1の温度変化により生じる主軸4及び工具G間の相対的な熱変位量を推定し、推定した熱変位量に応じた補正制御を実行する。
【0030】
尚、言うまでもなく、ここで取り扱う工作機械1はあくまでも一例に過ぎないものであって、これに限定されるものではない。また、本例では、主軸4及び工具G間の相対的な変位量を取り扱うが、これはあくまでも一例であって、推定対象となる熱変位量はこれに限られるものではない。
【0031】
[工作機械]
まず、本例の工作機械1の概略構成について簡単に説明する。図2及び図3に示すように、本例の工作機械1は所謂NC旋盤であり、ベッド2、このベッド2上に設けられた主軸台3、同じくベッド2上に矢示Z軸方向に移動可能に設けられた往復台6及び心押台9などを備えて構成され、NC(Numerical Control)装置10(後述する図4参照)によってその運動機構部が制御される。
【0032】
前記主軸台3は、中心軸が前記Z軸に沿って配設された主軸4を前記中心軸回りに回転自在に支持しており、この主軸4の先端にはワークWを把持するチャック5が装着されている。尚、主軸4は、主軸台3に内蔵された主軸モータ(図示せず)によって駆動され、中心軸回りに回転する。前記往復台6は図示しないZ軸送り装置によって前記Z軸方向に移動可能に配設されており、この往復台6上には刃物台7が配設されている。刃物台7は工具Gが装着されるタレット8を備えており、図示しないX軸送り装置によって矢示X軸方向に移動可能となっている。
【0033】
斯くして、この工作機械1では、前記NC装置10による制御の下で、前記主軸モータ、X軸送り装置及びZ軸送り装置が適宜駆動されることにより、工具GがワークWに対してX軸-Z軸平面内で相対的に移動し、このような工具Gの相対的な移動によって、ワークWが所望の形状に加工される。
【0034】
[変位補正装置]
図4に示すように、変位補正装置200は、温度データ取得部201、補正量算出部202及び推定モデル記憶部203を有している。変位補正装置200は、CPU、RAM、及びROMなどを含むコンピュータから構成され、温度データ取得部201及び補正量算出部202は、コンピュータプログラムによってその機能が実現され、後述する処理を実行する。また、推定モデル記憶部203はRAMなどの適宜記憶媒体から構成される。
【0035】
推定モデル記憶部203には、機械学習装置100にて生成された変位推定モデルが予め記憶されている。変位推定モデルは、工作機械1に設けられた複数の温度センサE~Eによる測定温度を基に、主軸4及び工具G間の相対変位量d~dを推定する計算式である。尚、機械学習装置100から推定モデル記憶部203への変位推定モデルの移行は、例えば無線LAN等のネットワークを介して行われる。
【0036】
前記各温度センサE~Eは、例えば工作機械1のベッド2、主軸台3、往復台6及び刃物台7(所定部位の一例)の温度を測定可能に配置されている。各温度センサE~Eによる測定対象部位は、例えば、工作機械1の熱感度解析に基づいて主軸4及び工具G間の相対変位量d~dに与える影響が大きい部位を含むことが好ましい。
【0037】
温度データ取得部201は、工作機械1の運転中における現時点から遡った所定時間区間δa内に各温度センサE~Eにより時系列に測定された温度データTを取得する。図5の上段に示すように、温度データTは、例えばj行k列の行列データであって、j×k個のデータ値t1,1~tj,kからなる。温度データTは、各温度センサE~Eに対応する複数の温度データ列R~Rが互いに異なる行に配置して構成されている。この温度データTの列数kは、各温度センサE~Eのサンプリング間隔によって決まる時間サンプリング数であり、行数jは、温度センサE~Eの個数に一致している。尚、後述する機械学習装置100による機械学習にて使用される温度データも、同様のデータ形式であり、特に断らない限り同じ符号Tを使用するものとする。
【0038】
補正量算出部202は、温度データ取得部201により取得した温度データTを、前記変位推定モデル(計算式)に入力して得られる主軸4及び工具G間の熱変位データD(図5の下段参照)を算出し、算出した熱変位データDに含まれる相対変位量d~dを補正量A~Aとして算出する。そして、補正量算出部202は、算出した補正量A~AをNC装置10に出力する。尚、後述する機械学習装置100による機械学習にて使用する熱変位データDについても同様のデータ形式を採用し、特に断らない限り同じ符号Dを使用する。
【0039】
NC装置10は、受信した補正量A~Aに基づいて、工作機械1における主軸4及び工具G間の相対的な位置決め位置を補正する。
【0040】
[機械学習装置]
図1に戻って機械学習装置100の詳細を説明する。機械学習装置100は、データセット取得部101、データ加工部102、推定モデル生成部103及び推定モデル記憶部104を有している。機械学習装置100は、CPU、RAM、及びROMなどを含むコンピュータから構成され、データセット取得部101、データ加工部102及び推定モデル生成部103は、コンピュータプログラムによってその機能が実現され、後述する処理を実行する。また、推定モデル記憶部104はRAMなどの適宜記憶媒体から構成される。
【0041】
データセット取得部101は、機械学習装置100に接続された入力装置150から入力されたデータセットM0を取得する。入力装置150は、例えばPC端末等により構成される。データセットM0は、図6Aに示すように、正常温度データ群M1と熱変位データ群M2とを含んでいる。図6Aでは、各データ群を構成するデータ同士を区別するために添字1~Vを使用しているが、以下の説明においてデータ同士を区別する必要がない場合には添字1~Vを適宜省略する。
【0042】
正常温度データ群M1は、工作機械1の運転中の所定時間区間δaにおいて、故障がない正常な温度センサE~Eにより時系列に測定した正常温度データTの複数個(V個)からなる。熱変位データ群M2は、各正常温度データTの測定毎に前記所定時間区間δaの終了時点における工作機械1の主軸4及び工具G間の相対変位量d~dを測定した熱変位データDの複数個(V個)からなる。ここで、熱変位データDは、例えば、工作機械1の運転中に変位センサを用いて測定される。尚、変位箇所が作業者の立ち入れる場所にあれば、例えば変位量を作業者が手動で測定するようにしてもよい。
【0043】
そして、データセット取得部101は、取得したデータセットM0をデータ加工部102に出力する。この出力処理は、機械学習装置100においてバッチ学習、ミニバッチ学習及びオンライン学習のいずれの学習手法を採用するかによってデータの処理の仕方が異なる。すなわち、バッチ学習を採用した場合、データセット取得部101は、データセットM0を、所定個数(ミニバッチ数)の正常温度データTとそれぞれに対応する熱変位データDとからなる複数のミニバッチに区分けし、区分けしたミニバッチをデータ加工部102に出力する処理を繰り返す。バッチ学習を採用した場合には、データセット取得部101は、全データセットM0をデータ加工部102に一回で出力する。オンライン学習を採用した場合には、1つの正常温度データTとこれに対応する1つの熱変位データDとを一組ずつデータ加工部102に出力する。いずれの学習手法を採用した場合にも最終的に、データセットM0を構成する正常温度データ群M1とこれに対応する熱変位データ群M2とがデータ加工部102に入力される。
【0044】
前記データ加工部102は、温度データ群抽出部102a、故障データ生成部102b、故障モード記憶部102c、入力データ生成部102d、及び、正解データ抽出部102eを有している。
【0045】
温度データ群抽出部102aは、データセット取得部101から出力されたデータセットM0の中から正常温度データTを1つずつ順次抽出し、最終的には正常温度データ群M1全体を抽出する。
【0046】
入力データ生成部102dは、温度データ群抽出部102aにて抽出された各正常温度データT(本例では全ての温度データT)に対して、温度センサE~Eの故障を模擬した故障波形データBの置換処理を実行することで入力用温度データ群M3(機械学習用の入力データ)に変換生成する。そして、入力データ生成部102dは、生成した入力用温度データ群M3を推定モデル生成部103へと出力する。
【0047】
図6Aに示すように、入力用温度データ群M3は、正常温度データTの一部を故障波形データBに置換した置換後温度データT’の複数個(V個)からなる。置換後温度データT’~T’は、置換処理前の正常温度データT1~に対応している。添字1~Vを見て分かるように、各置換後温度データT’~T’に対応する熱変位データD~Dは置換処理前と同じである。
【0048】
本例では、入力データ生成部102dは、複数の温度センサE~Eの中から故障を模擬する温度センサE~Eをランダムに選択して、選択した温度センサE~Eに対応する温度データ列R~Rに対してのみ故障波形データBの置換処理を実行する。すなわち、例えば故障を模擬する温度センサE~Eが第1温度センサとEと第3温度センサEとの2つである場合には、図6Bに示すように、正常温度データTにおける1行目と3行目の温度データ列R,Rに対してのみ故障波形データBの置換処理が実行され、他の温度データ列R,R~Rについては置換処理が実行されずに元のデータ値が維持される。尚、図6B中において、故障波形データBの時系列のデータ値には正常なデータ値と区別するために符号tに「’」を付している。
【0049】
入力データ生成部102dにおいて、置換処理対象となる温度センサE~Eを選択する際には、予め定めた上限個数以下の範囲内でランダムに選択するようにしてもよい。この場合、上限個数は、正常温度データTの波形をある程度維持しつつ故障波形データBの特徴を適度に組入れる観点から、例えば温度センサE~Eの総数の1/5以上1/2以下であることが好ましい。
【0050】
故障データ生成部102bは、入力データ生成部102dにて前記置換処理を実行する際に使用する故障波形データBを擬似的に生成する。具体的には、故障データ生成部102bは、故障波形データBを生成する際には、先ず、正常温度データTにおける故障を模擬する温度センサE~Eに対応する温度データ列R~Rを特定する。そして、故障データ生成部102bは、特定した温度データ列のデータ値と、後述する4つの故障モードからランダムに選択した一の故障モードに対応する生成アルゴリズムとを基に故障波形データBを疑似的に生成する。
【0051】
故障モード記憶部102cには、故障データ生成部102bにて温度センサE~Eを疑似的に故障させる際の選択肢となる複数の故障モードと、各故障モードにて生じると想定される故障波形データBの生成アルゴリズムとを対応付けた故障モード情報が予め記憶されている。
【0052】
具体的には、故障モード記憶部102cには、故障モードの選択肢として、図7に示す4つの故障モードが記憶されている。故障モードは、温度センサE~Eの種類と故障要因とによって定まる。本例では、温度センサE~Eの種類は抵抗出力方式と電圧出力方式との二種類とされ、故障の発生要因は接触不良と断線との2つとされている。図中のグラフは、各故障モードにおける故障波形データBの生成アルゴリズムを説明するためのグラフであり、太破線が正常温度データTのデータ値(以下、正常温度データ値という)に相当し、実線が故障波形データBのデータ値(以下、故障温度データ値という)に相当する。
【0053】
第1故障モードは、故障が生じる温度センサE~Eの種類が抵抗出力方式であり且つ故障要因として接触不良が生じるモードである。第1故障モードにおける故障波形データBの生成アルゴリズムは、正常温度データTにおける置換処理の対象となる温度データ列R~Rを抽出し、抽出した温度データ列R~Rに対して、正常温度データ値と故障温度データ値(本例では-128℃)との比率が所定比率(例えば50%)になるように、正常温度データ値を故障温度データ値にランダムに変更する処理を実行するというものである。
【0054】
第2故障モードは、故障が生じる温度センサE~Eの種類が抵抗出力方式であり且つ故障要因として断線が生じるモードである。第2故障モードにおける故障波形データBの生成アルゴリズムは、正常温度データTにおける置換処理の対象となる温度データ列R~Rに対して、全時間帯の温度データ値を故障温度データ値(本例では-128℃)に変更する処理を実行するというものである。
【0055】
第3故障モードは、故障が生じる温度センサE~Eの種類が電圧出力方式であり且つ故障要因として接触不良が生じるモードである。第3故障モードにおける故障波形データBの生成アルゴリズムは、正常温度データTにおける置換処理の対象となる温度データ列R~Rを抽出し、抽出した温度データ列R~Rに対して、正常温度データ値と故障温度データ値(本例では0℃)との比率が所定比率(例えば50%)になるように、正常温度データ値を故障温度データ値にランダムに変更する処理を実行するというものである。
【0056】
第4故障モードは、故障が生じる温度センサE~Eの種類が電圧出力方式であり且つ故障要因として断線が生じるモードである。第4故障モードにおける故障波形データBの生成アルゴリズムは、正常温度データTにおける置換処理の対象となる温度データ列R~Rに対して、全時間帯の温度を故障温度データ値(本例では0℃)に変更する処理を実行するというものである。
【0057】
正解データ抽出部102eは、データセット取得部101にて取得されたデータセットM0に含まれる熱変位データ群M2を機械学習用の正解データとして抽出する。
【0058】
推定モデル生成部103は、入力データ生成部102dより生成された入力データとしての入力用温度データ群M3と、正解データ抽出部102eにより抽出された正解データとしての熱変位データ群M2とを基に機械学習を行うことで変位推定モデルを生成する。
【0059】
本例では、この変位推定モデルの機械学習手法としてディープラーニング(深層学習)を採用している。ディープラーニングの手法自体は周知であるため、以下ではその概略を簡単に説明する。
【0060】
図8は、ディープラーニングに用いる典型的なニューラルネットワークモデル(学習モデル)を示している。このニューラルネットワークモデルは、入力層L1と、中間層L2と、出力層L3とからなり、各層L1~L3を構成する各ノードが重みを持つエッジで結ばれた構造となっている。各ノードでは活性化関数(例えばシグモイド関数)が設定され、各ノードの入力値を活性化関数に入力することで各ノードの出力値が算出される。そして、各ノードの出力値に重み係数を掛け合わせた一次元の線形和と各ノードのバイアスとの和が次層の各ノードに対する入力となる。ディープラーニングでは、入力データと正解データとのセットを教師データとして学習させることで各ノードの重み係数及びバイアスを決定する。具体的には、入力層L1の各ノードに入力データを入力して得られる出力層L3の各ノードからの出力値と、正解データとの差分値を含む損失関数を算出し、算出した損失関数が最小化されるように前記重み係数及びバイアスを決定する。尚、ミニバッチ学習では、ミニバッチごとの損失関数の平均値を最小化するように該決定処理を実行し、バッチ学習では、全ての教師データの損失関数の平均値を最小化するように該決定処理を実行する。
【0061】
次に、推定モデル生成部103における上述したディープラーニングの具体的な適用例を説明する。推定モデル生成部103では、入力データ生成部102dにて生成された入力用温度データ群M3の各置換後温度データT’(図6A参照)を入力層L1に入力する。このとき、入力層L1の各ノードには、置換後温度データT’の行列データに含まれるj×k個のデータ値t’1,1~t’j,kが入力される。上述したように、jは温度センサE~Eの個数であり、kは時間サンプリング数である。そして、推定モデル生成部103では、入力層L1の各ノードに、各置換後温度データT’のj×k個の温度値を入力することで出力層L3の各ノードから出力される相対変位量d~dを仮算出する。一方、推定モデル生成部103は、正解データ抽出部102eが抽出した熱変位データ群M2の各熱変位データDを正解データとして順次取得し、この熱変位データDに含まれる各相対変位量d~dと、前記仮算出した相対変位量d~dとの差分を含む損失関数を算出し、該損失関数が最小になるように重み係数及びバイアスを決定(更新)することで変位推定モデルを生成する。
【0062】
推定モデル記憶部104には、推定モデル生成部103にて一回の学習が終了する度に、学習後の変位推定モデルが上書きして記憶される。推定モデル記憶部104に記憶された変位推定モデルは、通信ネットワークを介して前記変位補正装置200に適宜送信される。
【0063】
尚、図8に示すニューラルネットワークモデルはあくまでも一例であり、中間層L2の個数は1つに限ったものではなく、2つ以上であってもよく、また、中間層L2としてプーリング層をさらに追加するようにしてもよい。また、入力層L1と中間層L2との間に、畳込み層及びプーリング層を配置した畳込みニューラルネットワーク(Convolutional Neural Network)を採用することもできる。
【0064】
以上の構成を備えた本例の機械学習装置100の機械学習処理では、先ず、入力装置150から入力されたデータセットM0がデータセット取得部101にて取得され、取得されたデータセットM0がデータ加工部102へと出力される。データ加工部102では、前記データセットM0に含まれる正常温度データ群M1が温度データ群抽出部102aにより抽出され、抽出された正常温度データ群M1の各正常温度データTに対する置換処理用の故障波形データBが故障データ生成部102bにより生成され、生成された故障波形データBを使用した各正常温度データTに対する置換処理が入力データ生成部102dにより実行される。そうして、入力データ生成部102dにて故障波形データBの置換処理を実行することで正常温度データ群M1が入力用温度データ群M3に変換され、該入力用温度データ群M3が機械学習用の入力データとして推定モデル生成部103に入力される。一方、データ加工部102の正解データ抽出部102eでは、前記データセットM0に含まれる熱変位データ群M2が機械学習用の正解データとして抽出され、抽出された熱変位データ群M2が推定モデル生成部103に入力される。そして、推定モデル生成部103では、入力データである入力用温度データ群M3と正解データである熱変位データ群M2とを教師データとする機械学習を行うことで変位推定モデルを生成する。
【0065】
このように、本実施形態では、機械学習装置100による変位推定モデルの機械学習を行う際に、入力データとして、正常温度データ群M1をそのまま使用するのではなく、各正常温度データTのデータ値の一部を故障波形データBのデータ値に置換する置換処理を実行するようにしたことで、温度センサE~Eの故障に対する変位推定モデルのロバスト性を高めることができる。また、前記置換処理で使用する故障波形データBは、故障データ生成部102bにおいて擬似的に(コンピュータプログラムに基づくシミュレーションより)生成される。したがって、故障波形データBを得るために温度センサE~Eを実際に故障させる必要がないので、故障波形データBを取得するための時間及び労力を格段に低減することができる。また、故障波形データBを故障データ生成部102bにて疑似的に生成することで、様々なバリエーションの故障波形データBを大量に且つ容易に取得することができる。したがって、前記置換処理に使用する故障波形データBが一定のパターンに偏るのを防止し、延いては、温度センサE~Eの故障に対する変位推定モデルのロバスト性を可及的に向上させることができる。
【0066】
また、入力データ生成部102dは、各正常温度データTのデータ値を前記故障波形データBのデータ値に置換する際には、前記複数の温度センサE~Eの中からランダムに抽出した温度センサE~Eに対応する温度データ列にR~Rを置換対象とするように構成されている。
【0067】
この構成によれば、故障を模擬する温度センサE~Eが特定の一部に偏るのを防止することができる。よって、故障が発生する温度センサE~Eの位置及び数の変化に対する変位推定モデルのロバスト性を向上させることができる。
【0068】
また、故障データ生成部102bは、故障波形データBを生成する際には4つの故障モードの中からランダムに一の故障モードを選択し、選択した当該一の故障モードに対応する故障波形データBの生成アルゴリズムを、故障モード記憶部102cに記憶された記憶情報を基に特定し、特定した生成アルゴリズムを基に前記置換処理に使用する故障波形データBを生成するように構成されている。
【0069】
この構成によれば、複数の温度センサE~Eの故障を模擬する際に、複数(本例では4つ)の故障モードの中から一の故障モードをランダムに選択して故障波形データBを生成することで、故障モードが特定のモードに偏るのを防止することができる。延いては、温度センサE~Eの故障に対する変位推定モデルのロバスト性を可及的に向上させることができる。
【0070】
そして、前記各故障モードは、温度センサE~Eの種類と故障原因とによって定まるものとされている。これにより、温度センサE~Eの種類や故障要因の変化に対する変位推定モデルのロバスト性を向上させることができる。
【0071】
また、推定モデル生成部103における機械学習は、ディープラーニングとされている。これによれば、ニューラルネットワークを多層に結合して変位推定モデルの学習を行うことで、例えば、単相のニューラルネットワークを用いた場合に比べて、変位推定モデルの学習精度を格段に向上させることができる。
【0072】
(実施例)
次に実施例について説明する。実施例では、合計12個の温度センサE~E12により30分間(所定時間区間δaの一例)の間、サンプリング間隔を1分として時系列に測定した正常温度データTの複数個(2~3万個)からなる正常温度データ群M1と、温度センサE~Eによる測定毎にその終了時点(前記30分の終了時点)で測定した工作機械1の熱変位データDからなる熱変位データ群M2とを含むデータセットM0を使用してミニバッチ学習を行った。
【0073】
12個の温度センサE~E12の内訳は、機械構造温度の測定用に6個と、主軸温度及び送り系温度の測定用にそれぞれ1個ずつと、環境温度の測定用に2個と、切削油の流体温度の測定用に2個となっている。
【0074】
熱変位データDは、主軸4に保持したテストバー(図示省略)の変位を、タレット8に装着した非接触変位センサ(図示省略)により測定することで取得した。非接触変位センサは、テストバーのZ軸方向に離間する二箇所において、X軸方向及びY軸方向の二方向の変位を測定するための4つのセンサと、Z軸方向の変位を測定するための1つのセンサとの合計5つ配置した。そして、各非接触変位センサにより測定された5つの相対変位量d~dを熱変位データDとして取得した。
【0075】
そして、前記データセットM0を使用して、実施形態の機械学習装置100により算出した変位推定モデル(以下、実施形態の変位推定モデルという)と、温度センサE~Eの故障を模擬せずに機械学習を行う従来の機械学習装置により算出した変位推定モデル(以下、従来の変位推定モデルという)との推定精度の比較実験を行った。図9は、この比較実験の結果を示すグラフである。
【0076】
この比較実験では、温度センサE~Eの1つに接触不良が発生したと想定した温度データをシミュレーションにより予め作成しておき、作成した温度データを、実施形態の変位推定モデルと従来の変位推定モデルとにそれぞれ入力して熱変位データDを算出した。熱変位データDには上述したように5つの相対変位量d~dが含まれるが、本例では分かり易いように、5つの変位量のうちX軸方向の一の変位量にのみ着目した。図9のグラフの縦軸がこのX軸方向の一の変位量に相当し、横軸が時間軸に相当する。グラフに示されたラインg1は、従来の変位推定モデルによる推定変位量であり、ラインg2は実施形態の変位推定モデルによる推定変位量であり、ラインg3が実測値である。
【0077】
このグラフによれば、従来の変位推定モデルでは実測値と推定値との最大誤差σ1が0.5mm生じているのに対し、実施形態の変位推定モデルでは、実測値と推定値との最大誤差σ2が0.014mm程度と格段に低減されていることが分かる。
【0078】
(他の実施形態)
前記実施形態では、入力データ生成部102dは、正常温度データ群M1を構成する全ての正常温度データTに対して故障波形データBの置換処理を実行することで正常温度データ群M1を入力用温度データ群M3に変換するように構成されているが、これに限ったものではなく、例えば、図10に示すように、正常温度データ群M1を構成する一部の正常温度データTに対してのみ故障波形データBの置換処理を実行するようにしてもよい。この場合、正常温度データ群M1の中から置換処理の対象となる正常温度データTを所定の抽出割合(例えば3割~5割)でランダムに抽出すればよい。そうして生成される入力用温度データ群M3においては、正常温度データTと置換後温度データT’とが混在することとなる。したがって、入力データ全体として見たときに、正常温度データTの特徴を極力維持しつつ故障波形データBを適宜組み込むことができる。よって、この入力用温度データ(入力データ)を使用して推定モデル生成部103にて機械学習を行うことで、温度センサE~Eの故障に対する変位推定モデルのロバスト性をより一層向上させることができる。
【0079】
前記実施形態では、入力データ生成部102dは、正常温度データTにおける置換処理の対象となる温度データ列R~Rの時系列の全体を故障波形データBに置換するように構成されているが(図6B参照)、これに限ったものではなく、置換対象である温度データ列R~Rの時系列の一部のみを故障波形データBに置換するようにしてもよい。図11は、一例として、1行目と3行目の温度データ列R1,に対して、時系列の一部を故障波形データBに置換した置換後温度データT’を示している。図12は、置換処理を実行した温度データ列R,Rの波形イメージである。この図に示すように、入力データ生成部102dは、全時間区間(所定時間区間δa)に対する故障波形データBが占める時間割合(δb/δa)が所定割合(例えば50%)になるように、故障波形データBに置換する時間帯δbをランダムに決定するように構成されている。これにより、故障波形データBに置換される時間帯δbが特定の時間帯に偏るのを防止し、延いては、温度センサE~Eの故障発生時間帯の変化に対する変位推定モデルのロバスト性を向上させることができる。
【0080】
前記実施形態では、温度センサE~Eは複数設けられているが、これに限ったものではなく、1つであってもよい。
【0081】
前記実施形態では、変位推定モデルによって複数の相対変位量d~dを推定するようにしているが、推定する変位量は1つであってもよい。
【0082】
前記実施形態では、変位推定モデルによる推定対象は、主軸4及び工具G間の相対変位量d~dとされているが、これに限ったものではなく、絶対変位量であってもよい。
【0083】
前記実施形態では、推定モデル生成部103における機械学習手法として多層のニューラルネットワークの結合であるディープラーニングを採用しているが、これに限ったものではなく、例えば、一般線形モデルの重回帰に基づき変位推定モデルを生成してもよい。
【0084】
尚、本発明は上述した実施形態の任意の組み合わせを含む。すなわち、入力データ生成部102dにて実行される置換処理は、正常温度データ群M1に含まれる全ての正常温度データTに対して、該正常温度データTのデータ値の一部を故障波形データBのデータ値に置換する第1置換処理に限ったものではなく、正常温度データ群M1に含まれる一部の正常温度データTに対して、該正常温度データTのデータ値の一部又は全部を故障波形データBのデータ値に置換する第2置換処理であってもよい。
【0085】
繰り返しになるが、上述した実施形態の説明は、すべての点で例示であって、制限的なものではない。当業者にとって変形および変更が適宜可能である。本発明の範囲は、上述の実施形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。さらに、本発明の範囲には、特許請求の範囲内と均等の範囲内での実施形態からの変更が含まれる。
【符号の説明】
【0086】
M0 データセット
M1 正常温度データ群
M2 熱変位データ群(正解データ)
M3 入力用温度データ群(入力データ)
B 故障波形データ
~d 熱変位量
~E 温度センサ
~R 温度データ列
1,1~tj,k 正常温度データのデータ値
t’1,1~t’j,k 故障波形データのデータ値
δa 所定時間区間
δb 時間帯
1 工作機械
100 機械学習装置
101 データセット取得部
102a 温度データ群抽出部
102b 故障データ生成部
102c 故障モード記憶部(記憶部)
102d 入力データ生成部
102e 正解データ抽出部
103 推定モデル生成部

図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図7
図8
図9
図10
図11
図12