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  • 特開-ピストンリングの寿命評価方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022186897
(43)【公開日】2022-12-15
(54)【発明の名称】ピストンリングの寿命評価方法
(51)【国際特許分類】
   F04B 39/00 20060101AFI20221208BHJP
【FI】
F04B39/00 107J
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022170706
(22)【出願日】2022-10-25
(62)【分割の表示】P 2019085660の分割
【原出願日】2019-04-26
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100162765
【弁理士】
【氏名又は名称】宇佐美 綾
(72)【発明者】
【氏名】大塚 友裕
(72)【発明者】
【氏名】兼井 直史
(57)【要約】
【課題】PPSを含まなくても長期の運転期間に亘ってシール性を維持することが可能なピストンリングの寿命を評価可能な方法を提供する。
【解決手段】往復動圧縮機に用いられるピストンリングの寿命を評価する方法は、前記往復動圧縮機の運転時間と、前記ピストンリングとシリンダ体との間の隙間を通じた圧縮ガスの漏出によって圧力上昇の影響を受ける空間内の圧力と、の相関関係を調査することと、前記空間内の圧力が予め定められた閾値に到達する時の前記運転時間を前記相関関係に基づいて決定し、決定された前記運転時間を前記ピストンリングの寿命として評価すること、とを含む。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
往復動圧縮機に用いられるピストンリングの寿命を評価する方法であって、
前記往復動圧縮機の運転時間と、前記ピストンリングとシリンダ体との間の隙間を通じた圧縮ガスの漏出によって圧力上昇の影響を受ける空間内の圧力と、の相関関係を調査することと、
前記空間内の圧力が予め定められた閾値に到達する時の前記運転時間を前記相関関係に基づいて決定し、決定された前記運転時間を前記ピストンリングの寿命として評価すること、とを含む、ピストンリングの寿命評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストンリングの寿命評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、往復動圧縮機において、ピストンの外周部とシリンダの内壁面との間の隙間を通じた圧縮室からのガス漏れを防ぐために、ピストンリングが用いられている。特許文献1には、このようなピストンリングの一例として、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE:polytetrafluoroethylene)又はポリフェニレンサルファイド(PPS:polyphenylenesulfide)の材料から形成されたピストンリングが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003-49945号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者等は、PPSを含むピストンリングを水素ステーション用の往復動圧縮機に用いた場合に、以下の問題が生じることに着目した。すなわち、水素ガスの圧縮動作中にピストンリングに含まれるPPSの硫黄成分がガス化し、ガス化した硫黄成分が圧縮ガス中に混入し、当該圧縮ガスが硫黄成分を含んだ状態で燃料電池自動車(FCV:Fuel Cell Vehicle)に充填される場合がある。この場合、ガス中の硫黄成分が、燃料電池の正常な作動に悪影響を及ぼす可能性がある(例えば、発電効率の低下)。
【0005】
このため、水素ステーション用の往復動圧縮機では、PPSを含むピストンリングの使用を避ける必要があるが、PPSを含まないピストンリングでは、PPSを含むピストンリングに比べて寿命が大幅に低下する。したがって、PPSを含まないピストンリングを用いた場合には、FCVへの硫黄成分の混入を抑制し得る一方で、ピストンリングのシール性を長期の運転期間に亘って維持するのが困難になる。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、PPSを含まなくても長期の運転期間に亘ってシール性を維持することが可能なピストンリング、当該ピストンリングを備えた往復動圧縮機、当該ピストンリングを選定する方法及び当該ピストンリングの寿命を評価可能な方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一局面に係るピストンリングは、往復動圧縮機に用いられるピストンリングであって、ポリテトラフルオロエチレンと、ポリエーテルエーテルケトン及びポリイミドのうち一方の樹脂との合計量が全体の50質量%以上であり、かつ、ポリフェニレンサルファイドを含まず、かつ、引張強度が15MPaよりも大きく且つ100MPa未満の範囲内である。
【0008】
本発明者等は、PPSを含まないピストンリングの寿命を改善するために鋭意研究を行った。その結果、本発明者等は、ピストンリングの種々の特性のうち引張強度に着目し、これを適切な範囲内に調整することにより、PPSを添加しない場合であってもピストンリングの高いシール性を長期間に亘って維持可能になることを見出した。
【0009】
本発明は、上述の観点に基づいてなされたものである。すなわち、本発明の一局面に係るピストンリングは、引張強度が15MPaよりも大きく且つ100MPa未満の範囲内に調整されており、引張強度が上記範囲外(15MPa以下又は100MPa以上)であるピストンリングに比べて寿命が大幅に改善されている。したがって、このピストンリングを往復動圧縮機のピストンに装着して使用することにより、PPS由来の硫黄成分が圧縮ガス中に混入するのを抑制すると共に、長期の運転期間に亘って圧縮室からのガス漏れを抑制することが可能になる。
【0010】
上記ピストンリングにおいて、引張強度が55MPa以下であってもよい。
【0011】
これにより、ピストンリングの寿命を改善すると共に、55MPaよりも大きい場合と比べて引張強度が大きい(ピストンリングが硬い)ことによるシール性の低下を防ぐことが可能となる。
【0012】
本発明の他の局面に係る往復動圧縮機は、水素ステーションにおいて水素ガスを所定の圧力まで昇圧する往復動圧縮機であって、水素ガスが吸入される圧縮室が形成されたシリンダ体と、前記シリンダ体内に配置され、前記圧縮室の容積が変わるように前記シリンダ体内を往復運動するピストンと、前記ピストンの外周部に装着され、前記ピストンの外周部と前記シリンダ体の内壁面との間の隙間をシールする上記ピストンリングと、を備えている。
【0013】
この往復動圧縮機においては、PPSを含まないピストンリングが用いられているため、PPS由来の硫黄成分が水素ガス中に混入するのを防ぐことができる。これにより、PPS由来の硫黄成分が、FCVに搭載された燃料電池の正常な作動に悪影響を及ぼすのを防ぐことができる。しかも、引張強度を適切な範囲内に調整することによってピストンリングの寿命が改善されているため、長期の運転期間に亘って高いシール性を維持することが可能であり、圧縮室からのガス漏れを効果的に抑制することができる。
【0014】
本発明のさらに他の局面に係るピストンリングの選定方法は、往復動圧縮機に用いられるピストンリングを選定する方法であって、ポリテトラフルオロエチレンと、ポリエーテルエーテルケトン及びポリイミドのうち一方の樹脂との合計量が全体の50質量%以上であり、かつ、ポリフェニレンサルファイドを含まず、かつ、引張強度が15MPaよりも大きく且つ100MPa未満の範囲内であるものを、ピストンの外周部に装着されるピストンリングとして選定する。
【0015】
この方法によれば、PPSを含まず且つ寿命が改善されたピストンリングを選定することができる。このピストンリングをピストンに装着して往復動圧縮機を運転することにより、PPS由来の硫黄成分が圧縮ガス中に混入するのを抑制すると共に、圧縮室からのガス漏れを長期間に亘って抑制することができる。
【0016】
本発明のさらに他の局面に係るピストンリングの寿命評価方法は、往復動圧縮機に用いられるピストンリングの寿命を評価する方法であって、前記往復動圧縮機の運転時間と、前記ピストンリングとシリンダ体との間の隙間を通じた圧縮ガスの漏出によって圧力上昇の影響を受ける空間内の圧力と、の相関関係を調査することと、前記空間内の圧力が予め定められた閾値に到達する時の前記運転時間を前記相関関係に基づいて決定し、決定された前記運転時間を前記ピストンリングの寿命として評価すること、とを含む。
【0017】
この方法によれば、ピストンリングの摩耗量を直接測定しなくても、圧縮ガスの漏出によって圧力上昇の影響を受ける空間内の圧力を監視することにより、ピストンリングの寿命を正確に評価することができる。したがって、ピストンリングの摩耗量を直接測定する場合と異なり、圧縮機を都度分解する必要もないため、簡単にリング寿命を評価することが可能になる。
【発明の効果】
【0018】
以上の説明から明らかなように、本発明によれば、PPSを含まなくても長期の運転期間に亘ってシール性を維持することが可能なピストンリング、当該ピストンリングを備えた往復動圧縮機、当該ピストンリングを選定する方法及び当該ピストンリングの寿命を評価可能な方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の実施形態に係る往復動圧縮機の構成を模式的に示す図である。
図2】本発明の実施形態に係る往復動圧縮機における各圧縮部の構成を模式的に示す図である。
図3】往復動圧縮機の運転時間と、圧縮室と反対側の空間内の圧力の閾値到達率と、の関係を示すグラフである。
図4】ピストンリングの引張強度とピストンリングの目標寿命到達率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面に基づいて、本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0021】
(往復動圧縮機)
まず、本実施形態に係る往復動圧縮機1(レシプロ圧縮機)の構成を、図1及び図2を参照して説明する。
【0022】
本実施形態に係る往復動圧縮機1は、水素ステーションにおいて水素ガスを所定の圧力まで(例えば、0.7MPaから82MPaまで)昇圧するものである。往復動圧縮機1により圧縮された水素ガスは、蓄圧器(図示しない)において貯留され、プレクーラ(図示しない)においてブライン等との熱交換を介して冷却された後、ディスペンサ(図示しない)によりFCVへ燃料として充填される。
【0023】
往復動圧縮機1は、クランクシャフト(図示しない)と、クランクケース20と、水素ガスを圧縮する第1圧縮部100及び第2圧縮部200と、接続部300と、ピストンリング2と、を主に備えている。本実施形態に係る往復動圧縮機1は、5つの圧縮室が直列に設けられた5段の圧縮機であり、第1圧縮部100及び第2圧縮部200が重力方向(図1中の上下方向)に延びる姿勢で設置されている。しかし、圧縮室の段数は特に限定されず、また第1圧縮部100及び第2圧縮部200が水平方向に延びる姿勢で往復動圧縮機1が設置されていてもよい。以下、往復動圧縮機1の各構成要素をそれぞれ説明する。
【0024】
クランクケース20は、クランクシャフトを保持すると共に図1中の上向きに開口する箱状の本体22と、本体22の開口を塞ぐ形状を有する蓋部24と、を有している。
【0025】
第1圧縮部100は、第1往復動変換部110と、第1シリンダ体120と、第1加圧部130と、を有している。第1往復動変換部110は、クランクシャフトに接続されており、クランクシャフトの回転に伴ってクランクシャフトの軸方向に対して直交する方向(図1中の上下方向)に沿って直線的に往復運動する。
【0026】
第1シリンダ体120は、第1低段シリンダ121と、第1高段シリンダ124と、を有している。第1低段シリンダ121及び第1高段シリンダ124の内部は、例えば円筒状に加工されており、水素ガスが吸入される圧縮室が形成されている。
【0027】
第1低段シリンダ121は、蓋部24の上部に接続されている。図2に示すように、第1低段シリンダ121の内部には、最も低段の圧縮室である第1圧縮室121Sと、第1圧縮室121Sよりも1つ高段側の圧縮室である第2圧縮室122Sと、がそれぞれ設けられている。
【0028】
第1高段シリンダ124は、第1低段シリンダ121の上部に接続されている。第1高段シリンダ124の内径は、第1低段シリンダ121の内径よりも小さく設定されている。第1高段シリンダ124の内部には、第2圧縮室122Sよりも2つ高段側の圧縮室である第4圧縮室124Sが設けられている。
【0029】
第1加圧部130は、第1低段ピストン132と、第1高段ピストン134と、を有している。第1低段ピストン132は円柱状に形成され、第1往復動変換部110の第1ピストンロッド116の上端部に接続されている。第1低段ピストン132は、第1低段シリンダ121内に配置され、第1圧縮室121S及び第2圧縮室122Sの容積が変わるように第1低段シリンダ121内を上下方向に往復運動する。
【0030】
より具体的には、第1低段シリンダ121内において、第1低段ピストン132よりも図2中下側の空間が第1圧縮室121Sとなっており、第1低段ピストン132よりも図2中上側の空間が第2圧縮室122Sとなっている。つまり、第1圧縮室121Sと第2圧縮室122Sとは、第1低段ピストン132を挟んで隔離されている。第1シリンダ体120では、第1低段ピストン132が摺動方向における一方側(図2中の下側)に変位した時に第1圧縮室121S内で水素ガスが圧縮される。一方、第1低段ピストン132が摺動方向における他方側(図2中の上側)に変位した時に第2圧縮室122S内で水素ガスが圧縮される。
【0031】
第1高段ピストン134は、円柱状に形成されると共に、第1低段ピストン132の上部に接続されている。第1高段ピストン134は、第1高段シリンダ124内に配置され、第4圧縮室124Sの容積が変わるように第1高段シリンダ124内を上下方向に往復運動する。具体的には、第1高段ピストン134は、摺動方向における他方側(図2中の上側)に変位した時に、第4圧縮室124S内で水素ガスを圧縮する。
【0032】
第1低段ピストン132及び第1高段ピストン134は、同時に同じ方向に摺動するため、第2圧縮室122S及び第4圧縮室124Sでは水素ガスが同時に圧縮される。また第1圧縮室121S及び第2圧縮室122Sは、第1低段ピストン132の両側に形成されているため、第1圧縮室121Sの吸込タイミングが第2圧縮室122Sの吐出タイミングと同じになり、第1圧縮室121Sの吐出タイミングが第2圧縮室122Sの吸込タイミングと同じになる。
【0033】
第2圧縮部200は、第2往復動変換部210と、第2シリンダ体220と、第2加圧部230と、を有している。第2往復動変換部210は、第1往復動変換部110と180度位相がずれた状態でクランクシャフトに接続されており、クランクシャフトの回転に伴ってクランクシャフトの軸方向に対して直交する方向(図1中の上下方向)に沿って直線的に往復運動する。なお、第2往復動変換部210の第1往復動変換部110に対する位相のずれは、厳密に180度である必要はなく、数度ないし十数度ずれていてもよい。第2往復動変換部210の構造は、基本的に第1往復動変換部110の構造と同じである。
【0034】
第2シリンダ体220は、第2低段シリンダ223と、第2高段シリンダ225と、を有している。第2低段シリンダ223及び第2高段シリンダ225の内部は、例えば円筒状に加工されており、水素ガスが吸入される圧縮室が形成されている。
【0035】
第2低段シリンダ223は、第1低段シリンダ121と並んで蓋部24の上部に接続されている。図2に示すように、第2低段シリンダ223の内部には、第2圧縮室122Sよりも1つ高段側の圧縮室である第3圧縮室223Sが設けられている。
【0036】
第2高段シリンダ225は、第2低段シリンダ223の上部に接続されている。第2高段シリンダ225の内径は、第2低段シリンダ223の内径よりも小さく設定されている。第2高段シリンダ225の内部には、第4圧縮室124Sよりも1つ高段側の圧縮室である第5圧縮室225Sが設けられている。
【0037】
第2加圧部230は、第2低段ピストン233と、第2高段ピストン235と、を有している。第2低段ピストン233は円柱状に形成され、第2往復動変換部210の第2ピストンロッド216の上端部に接続されている。第2低段ピストン233は、第2低段シリンダ223内に配置され、第3圧縮室223Sの容積が変わるように第2低段シリンダ223内を上下方向に往復運動する。第2高段ピストン235は、円柱状に形成されると共に、第2低段ピストン233の上部に接続されている。第2高段ピストン235は、第2高段シリンダ225内に配置され、第5圧縮室225Sの容積が変わるように第2高段シリンダ225内を上下方向に往復運動する。
【0038】
第2低段ピストン233は、摺動方向における他方側(図2中の上側)に変位した時に、第3圧縮室223S内で水素ガスを圧縮する。第2高段ピストン235も、摺動方向における他方側(図2中の上側)に変位した時に、第5圧縮室225S内で水素ガスを圧縮する。第3圧縮室223S及び第5圧縮室225Sでは、水素ガスが同時に圧縮される。また上述の通り、第2往復動変換部210の位相が第1往復動変換部110の位相と180度ずれているため、第2加圧部230が第3圧縮室223S及び第5圧縮室225Sにおいて水素ガスを圧縮するのと同時に、第1加圧部130が第1圧縮室121Sにおいて水素ガスを圧縮する。
【0039】
接続部300は、往復動圧縮機1における各圧縮室同士を接続している。具体的には、接続部300は、第1圧縮室121Sと第2圧縮室122Sとを接続する第1接続流路301と、第2圧縮室122Sと第3圧縮室223Sとを接続する第2接続流路302と、第3圧縮室223Sと第4圧縮室124Sとを接続する第3接続流路303と、第4圧縮室124Sと第5圧縮室225Sとを接続する第4接続流路304と、を有している。これにより、往復動圧縮機1内において、第1圧縮室121Sから、第2圧縮室122S、第3圧縮室223S、第4圧縮室124S、第5圧縮室225Sへと順に続く水素ガスの流路が形成されている。第3圧縮室223Sと第5圧縮室225Sとの間の圧力差は、40MPa以上90MPa以下であり、一例として約60MPaである。また図2に示すように、第2接続流路302には、当該第2接続流路302内における水素ガスの圧力を検知する圧力センサ3が設けられている。
【0040】
往復動圧縮機1の駆動時には、第1圧縮室121Sに吸い込まれた水素ガスは圧縮された後、第1圧縮室121Sから吐出されるのと同じタイミングで第2圧縮室122Sに吸い込まれる。第2圧縮室122Sに吸い込まれた水素ガスは圧縮された後、第2圧縮室122Sから吐出されるのと同じタイミングで第3圧縮室223Sに吸い込まれる。さらに、第3圧縮室223S内の水素ガスは吐出されるのと同じタイミングで第4圧縮室124Sに吸い込まれる。第4圧縮室124S内の水素ガスは吐出されるのと同じタイミングで第5圧縮室225Sに吸い込まれる。
【0041】
(ピストンリング)
次に、ピストンリング2について詳細に説明する。ピストンリング2は、各ピストン(第1低段ピストン132、第1高段ピストン134、第2低段ピストン233、第2高段ピストン235)の外周部に装着され、当該ピストンの外周部とシリンダ体(第1低段シリンダ121、第1高段シリンダ124、第2低段シリンダ223、第2高段シリンダ225)の内壁面との間の隙間をシールする円環状の部品である。ピストンリング2を装着することにより、各圧縮室からのガス漏れを抑制することができる。ピストンリング2は、各ピストンの外周面に沿って環状に形成された凹溝(図示しない)内に装着されている。
【0042】
図2に示すように、第2高段ピストン235の外周部に複数のピストンリング2が装着されており、当該複数のピストンリング2によって第2高段ピストン235の外周部と第2高段シリンダ225の内壁面との間の隙間がシールされることにより、第5圧縮室225Sから第3圧縮室223S及び第2接続流路302側への水素ガスの漏れが抑制されている。また他のピストン(第1低段ピストン132、第1高段ピストン134及び第2低段ピストン233)の外周部にもピストンリング2が同様に装着されており、各圧縮室(第2圧縮室122S、第3圧縮室223S及び第4圧縮室124S)からの水素ガスの漏れが抑制されている。なお、各ピストンに装着されるピストンリング2の個数は特に限定されないが、本実施形態では、第2高段ピストン235に約20個のピストンリング2が装着されている。
【0043】
ピストンリング2は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)と、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)との合計量が全体の50質量%以上であり、かつ、ポリフェニレンサルファイド(PPS)を含まないものである。またピストンリング2は、PTFEと、ポリイミド(PI:polyimide)との合計量が全体の50質量%以上であり、かつ、PPSを含まないものであってもよい。「PTFE及びPEEK」又は「PTFE及びPI」が、ピストンリング2の「ベースレジン」である。
【0044】
このように、PPSを含まないピストンリング2を用いることにより、PPS由来の硫黄成分が圧縮ガス(水素ガス)中に混入するのを抑制することができる。これにより、燃料(水素ガス)の充填時にFCV内に硫黄成分が混入するのを抑制し、硫黄成分が燃料電池の正常な作動に影響を与えるのを抑制することができる。
【0045】
ここで、通常、PPSを含まないピストンリングではシール寿命が大幅に低下するのに対し、本実施形態に係るピストンリング2によれば、引張強度を適切な範囲内に調整することにより、水素ガス中への硫黄成分の混入を抑制すると共に、シール寿命の低下を抑制することも可能である。具体的には、本実施形態に係るピストンリング2は、引張強度が15MPaよりも大きく且つ100MPa未満の範囲内となっている。これにより、FCVへの硫黄成分の混入を抑制可能になると共に、引張強度が上記範囲外である場合に比べてシール寿命を長くすることができる。その結果、長期に亘る往復動圧縮機1の運転中においても十分なシール性を維持し、各圧縮室からのガス漏れを抑制することが可能になる。ピストンリング2の引張強度は、55MPa以下であることが好ましく、また45MPa以上であることが好ましく、44.8MPa以上55MPa以下であることがより好ましい。
【0046】
ピストンリング2は市販品であり、その「引張強度(引張強さ)」はピストンリングのカタログ等に記載された公称値である。しかし、「引張強度(引張強さ)」は、JIS K7161(プラスチック-引張特性の試験方法 第1部:通則)に基づいて測定される値であってもよい。
【0047】
またピストンリング2は、上記ベースレジンの他に、例えばカーボンファイバーやグラファイト等の添加剤をさらに含んでいてもよい。カーボンファイバーとしては、PAN(polyacrylonitrile)系やピッチ(PITCH)系のものがある。グラファイトとしては、人工グラファイトや天然グラファイトがある。しかし、これらの添加剤は本発明のピストンリングにおいて必須の成分ではなく、含まれなくてもよい。
【0048】
(ピストンリングの選定方法)
次に、本発明の実施形態に係るピストンリングの選定方法を説明する。
【0049】
本実施形態に係るピストンリングの選定方法は、上述した往復動圧縮機1の製造前において、各ピストン(第1低段ピストン132、第1高段ピストン134、第2低段ピストン233、第2高段ピストン235)に装着されるピストンリングを選ぶ方法である。
【0050】
具体的には、上述した本実施形態に係るピストンリング2、すなわちPTFEと、PEEK及びPIのうち一方の樹脂と、をベースレジンとして含むと共に、PPSを含まず、引張強度が15MPaよりも大きく且つ100MPa未満の範囲内であるものを、往復動圧縮機1の製造工程において上記各ピストンの外周部に装着されるピストンリングとして選定する。
【0051】
(ピストンリングの寿命評価方法)
次に、本実施形態に係るピストンリングの寿命評価方法を説明する。
【0052】
上述した本実施形態に係る往復動圧縮機1では、第2高段ピストン235に装着されたピストンリング2の摩耗が進行すると、第5圧縮室225Sから第2高段ピストン235の外周部と第2高段シリンダ225の内壁面との間の隙間を通じて第3圧縮室223Sへ漏出する水素ガスの量が増加する。これにより、第3圧縮室223Sにおける水素ガスの処理能力を超えてしまう結果、第2接続流路302内における水素ガスの圧力(以下、「第3段吸込圧」とも称する)が上昇する。本実施形態に係るピストンリングの寿命評価方法では、以下のように、往復動圧縮機1の運転中において第3段吸込圧を圧力センサ3によって継続的に監視することにより、第2高段ピストン235に装着されたピストンリング2の寿命を評価する。
【0053】
まず、往復動圧縮機1の運転時間と、第3段吸込圧と、の相関関係を調査する。具体的には、往復動圧縮機1の運転を所定期間継続し、その間に、圧力センサ3による第3段吸込圧の測定を継続する。
【0054】
第3段吸込圧は、ピストンリング2と第2高段シリンダ225との間の隙間を通じた圧縮ガスの漏出によって圧力上昇の影響を受ける空間内の圧力、すなわち第2接続流路302内の圧力である。
【0055】
これにより、図3に例示的に示すように、往復動圧縮機1の運転期間(横軸)と、第3段吸込圧(縦軸)と、の関係を示すグラフが得られる。同グラフの横軸は、往復動圧縮機1の通算の運転時間を5時間(水素ステーションの1日当たりの規定の運転時間)で除した値である。また同グラフの縦軸は、第3段吸込圧の閾値(ピストンリング2の寿命が到来したと見做す時の第3段吸込圧の値)に対する第3段吸込圧の実際の測定値の比率(寿命到達率(%))を示している。また同グラフ中の(1)は、プロットデータに基づいて最小二乗法により算出した回帰直線である。なお、(1)は回帰直線に代えて回帰曲線であってもよい。
【0056】
次に、第3段吸込圧が予め定められた閾値に到達する時、すなわち図3のグラフの縦軸値である寿命到達率が100(%)になる時の往復動圧縮機1の運転時間を、上記相関関係に基づいて決定し、決定された運転時間をピストンリング2の寿命として評価する。具体的には、図3中の回帰直線(1)を示す式にy値として100(%)を代入した時のx値(図3中の点P1におけるx値)を、ピストンリング2の寿命として推定する。
【実施例0057】
下記の表1の実施例1,2及び比較例1~5の各ピストンリングの寿命を、上記実施形態に係るピストンリングの寿命評価方法に従って評価した。なお、実施例1,2及び比較例1~5の各々において、同じピストンリングを第2高段ピストン235に20個装着した。
【0058】
実施例1,2及び比較例1~5の各ピストンリングの材料及び引張強度(MPa)は、下記の表1に示す通りである。表1中において、「○」印は該当する材料がピストンリングに含まれていることを意味し、「×」印は該当する材料がピストンリングに含まれていないことを意味する。実施例1ではPTFEとPIとの合計量が全体の50質量%以上であり、実施例2ではPTFEとPEEKとの合計量が全体の50質量%以上であった。「CF」はカーボンファイバー、「GP」はグラファイト、「TPI」は熱可塑性ポリイミドをそれぞれ意味する。また「目標寿命到達率(%)」は、各ピストンリングについて寿命到達率を100%とした時に回帰直線から得られる運転期間を、比較例1のピストンリングについて寿命到達率を100%とした時に回帰直線から得られる運転期間により除して100を乗じた値(%)である。図4は、表1のデータに基づくグラフであり、各ピストンリングの引張強度(横軸)と、目標寿命到達率(縦軸)と、の関係を示している。
【0059】
【表1】
【0060】
表1及び図4に示す結果に基づいて、以下の通り考察することができる。
【0061】
まず、比較例1と同様にベースレジンをPTFEとし、且つPPSを添加しなかった比較例3では、比較例1に比べてピストンリングの寿命が大きく悪化した。また比較例2では、ピストンリングの強度を上げるためにベースレジンをPTFE+PEEKとしたが、リング寿命は改善されなかった。この理由として、比較例2では、ピストンリングの引張強度が100MPa以上であり(103MPa)、PEEKの含有量が多いためにピストンリングが硬くなり過ぎてしまい、十分なシール性を確保することができなかったと考えられる。また比較例4,5においても、比較例2と同様にピストンリングの引張強度が100MPa以上であり(195MPa、140MPa)、リング寿命は改善されなかった。
【0062】
これに対し、ベースレジンがPTFE+PIであり且つ引張強度が15MPaより大きく且つ100MPa未満の範囲内(44.8MPa)である実施例1、及びベースレジンがPTFE+PEEKであり且つ引張強度が15MPaより大きく且つ100MPa未満の範囲内(55MPa)である実施例2では、比較例1を基準とする寿命低下の割合が比較例2~5に比べて小さくなった(目標寿命到達率が比較例2~5に比べて高くなった)。以上より、本発明のピストンリングによれば、PPSを含まなくても所望のシール寿命が達成されることが明らかとなった。また引張強度を指標として用いることにより、複数種のピストンリングの予測寿命の比較が可能であることも分かった。
【0063】
今回開示された実施形態及び実施例は、全ての点で例示であって、制限的なものではないと解されるべきである。本発明の範囲は、上記した説明ではなくて特許請求の範囲により示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【0064】
ここで、本発明のその他実施形態について説明する。
【0065】
上記実施形態では、複数段(5段)の圧縮室が設けられた往復動圧縮機1を説明したが、本発明の往復動圧縮機は、圧縮室が1つのみ設けられた単段の往復動圧縮機にも適用することができる。
【0066】
上記実施形態では、第2高段ピストン235に装着されたピストンリング2の寿命を評価する場合を説明したが、他のピストンに装着されたピストンリングの寿命も同様に評価することが可能である。具体的には、ピストンリングと第1低段シリンダ121との間の隙間を通じた圧縮ガスの漏出によって圧力上昇の影響を受ける空間内の圧力に基づいて第1低段ピストン132に装着されたピストンリングの寿命を評価し、ピストンリングと第1高段シリンダ124との間の隙間を通じた圧縮ガスの漏出によって圧力上昇の影響を受ける空間内の圧力に基づいて第1高段ピストン134に装着されたピストンリングの寿命を評価し、ピストンリングと第2低段シリンダ223との間の隙間を通じた圧縮ガスの漏出によって圧力上昇の影響を受ける空間内の圧力に基づいて第2低段ピストン233に装着されたピストンリングの寿命を評価することができる。
【符号の説明】
【0067】
1 往復動圧縮機
2 ピストンリング
120 第1シリンダ体
121S 第1圧縮室
122S 第2圧縮室
124S 第4圧縮室
132 第1低段ピストン
134 第1高段ピストン
220 第2シリンダ体
223S 第3圧縮室
225S 第5圧縮室
233 第2低段ピストン
235 第2高段ピストン
図1
図2
図3
図4