(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022187241
(43)【公開日】2022-12-19
(54)【発明の名称】基盤形状の推定方法
(51)【国際特許分類】
G01V 1/00 20060101AFI20221212BHJP
E02D 1/02 20060101ALI20221212BHJP
【FI】
G01V1/00 B
E02D1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021095162
(22)【出願日】2021-06-07
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(71)【出願人】
【識別番号】000173784
【氏名又は名称】公益財団法人鉄道総合技術研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000115463
【氏名又は名称】ライト工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002321
【氏名又は名称】弁理士法人永井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】盛川 仁
(72)【発明者】
【氏名】飯山 かほり
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】坂井 公俊
(72)【発明者】
【氏名】荒木 豪
【テーマコード(参考)】
2D043
2G105
【Fターム(参考)】
2D043AA03
2D043AB07
2D043AC01
2G105AA02
2G105BB01
2G105DD02
2G105EE01
2G105LL04
2G105LL05
2G105LL06
2G105LL08
(57)【要約】
【課題】多種多様な基盤の形状を高い精度で推定することができる方法を提供する。
【解決手段】対象地域において常時微動観測を行い、この常時微動観測で得られた応答波形からFDD法によって観測固有振動モードを求め、他方、基盤形状モデルを複数作成し、各基盤形状モデルに対応する計算固有振動モードをFDM及びFDD法によって求め、複数の前記計算固有振動モードの中から前記観測固有振動モードに近似する計算固有振動モードを選択し、この選択した計算固有振動モードに対応する前記基盤形状モデルを対象地域の基盤形状と推定する、ことを特徴とする基盤形状の推定方法である。
【選択図】
図11
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象地域において常時微動観測を行い、この常時微動観測で得られた応答波形からFDD法によって観測固有振動モードを求め、
他方、基盤形状モデルを複数作成し、各基盤形状モデルに対応する計算固有振動モードをFDM及びFDD法によって求め、
複数の前記計算固有振動モードの中から前記観測固有振動モードに近似する計算固有振動モードを選択し、
この選択した計算固有振動モードに対応する前記基盤形状モデルを前記対象地域の基盤形状と推定する、
ことを特徴とする基盤形状の推定方法。
【請求項2】
前記計算固有振動モードの選択にあたり、
各基盤形状モデルのTMAC
iを下記式(1)に示す評価関数によって計算し、この計算値が大きい計算固有振動モードを1又は複数選出し、この選出した計算固有振動モードに対応する前記基盤形状モデルを対象地域の基盤形状と推定する、
請求項1に記載の基盤形状の推定方法。
【数1】
ここで、modal assurance criterion(MAC)は下記式(2)で定義される。
【数2】
ここで、φはモードベクトル、添字Tは転置を表す。
【請求項3】
前記対象領域内においてボーリング調査を行い、
このボーリング調査で得られた基盤の深度に基づいて前記推定された基盤形状を補正する、
請求項1又は請求項2に記載の基盤形状の推定方法。
【請求項4】
前記対象領域内において弾性波速度試験を行い、
この弾性波速度試験で得られたせん断波速度(S波速度)に基づいて前記推定された基盤形状を補正する、
請求項1~3のいずれか1項に記載の基盤形状の推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、地盤改良に先立って実施する基盤形状の推定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
構造物を建設する際には、支持地盤(基盤)の深度や地盤特性を事前に推定するのが好ましい。しかしながら、ボーリング調査のような掘削を伴う調査は時間及び金銭的なコストが大きいため、掘削することなく地盤構造を推定する手法の開発によって工事の低コスト化が期待される。
【0003】
常時微動を用いて地下構造を推定するにはSPAC法やCCA法などによって推定された位相速度を用いる手法が広く使われているが、これらの手法は地盤構造の同定において水平成層構造を仮定しているため、傾斜基盤のような不整形地盤に適用することは適切でない。また、微動の水平動と上下動の比を用いる手法も広く使われているが、不整形地盤への適用性については今なお議論されている。さらに、Zhang and Morikawa(2016)は拡散波動場の理論をもとに傾斜基盤深度を推定する手法を提案しているが、局所的な堆積盆地などでは拡散波動場が成り立たない可能性が示唆されている。したがって、埋積谷のような局所的な不整形基盤を有する地盤の地下構造推定手法の開発が望まれる。
【0004】
一方、山間部にしばしばみられる谷が堆積物によって埋められた平地で発生する2次元共振現象の重要性は古くから数値解析で示されている。例えば、Bard and Bouchon(1985)は盆地の2次元共振が2つのパラメータ(谷幅と深さの比であるshape ratioと堆積層と基盤層のインピーダンスコントラスト)に支配されると指摘した。また、critical shape ratioと呼ばれる値を定義し、盆地のshape ratioがそれよりも大きいと2次元共振が、それよりも低いと1次元共振と横方向の表面波が支配的となるという関係を示した。さらに、SH(谷軸方向)、SV(谷軸直交方向)、P(垂直方向)の3種類の基本モードを示し、SVの基本モードのcritical shape ratioが最も低く(浅い谷でもSVモードが発生)、Pの基本モードが最も高い(深くえぐれた谷でのみPモードは発生する)ことを示した。
【0005】
近年では実観測記録から埋積谷の振動モードを同定した例も報告されている。特にスイスアルプスの谷で一連の研究が行われている。Ermertら(2014)は、スイスアルプスの埋積谷にFrequency domain decomposition(FDD)法を適用することで埋積谷の固有振動数と対応する固有モード形状をある程度精度良く同定し、SHとSVの基本モード形状が基盤形状を反映していることを指摘している。さらに、有限要素モデルの固有値解析から基盤形状や堆積層のポアソン比、層構造を変えたパラメトリックスタディを行っている。埋積谷の堆積層が均質媒質の場合は谷全体で振動するが、速度の異なる層構造を有している場合は下層(基盤形状)の影響が弱まることが報告されている。
【0006】
Poggiら(2014)は堆積層の幅2500m、厚さ900mほどの埋積谷の谷軸方向の観測記録にFDD法を適用し0.29Hzから0.81Hzまでの谷軸方向のモード形状SH0n(n=0~5、1つ目の添字は水平方向の節の数を、2つ目の添字は鉛直方向の節の数を表す)を推定し、差分モデルによって得られたモード形状と比較することで、FDD法の有効性を示した。これらの結果は、大規模な谷状地形において、微動観測記録にFDD法を適用することで振動モード特性を同定できることと、谷で発生する2次元振動モード形状は基盤形状と何らかの対応関係があることを示唆している。
【0007】
また、本発明者等は、小規模かつ堆積層が一層構造を有している埋積谷における振動モード形状の同定方法を提案している(特許文献1参照)。
【0008】
しかしながら、地盤改良の精度に影響が及ぶ以上、現在でも、多種多様な基盤に対して推定の精度をより向上することができないか、特に基盤形状の推定精度をより向上することができないか、日々模索がなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明が解決しようとする主たる課題は、多種多様な基盤の形状を高い精度で推定することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前述した従来の技術からすると、堆積層のモード形状と基盤形状の関係を評価できれば、埋積谷のモード特性からその未知の基盤形状を推定できると考えられる。そして、このためには、埋積谷のような不整形地盤のモード特性が実観測記録から精度良く同定できることとモード特性から基盤形状の推定ができることの2つの問題を解決しなければならない。そこで、後述するようにこれらの問題を解決し、もって想到するに至ったのが次に示す手段である。
【0012】
(請求項1に記載の手段)
対象地域において常時微動観測を行い、この常時微動観測で得られた応答波形からFDD法によって観測固有振動モードを求め、
他方、基盤形状モデルを複数作成し、各基盤形状モデルに対応する計算固有振動モードをFDM及びFDD法によって求め、
複数の前記計算固有振動モードの中から前記観測固有振動モードに近似する計算固有振動モードを選択し、
この選択した計算固有振動モードに対応する前記基盤形状モデルを前記対象地域の基盤形状と推定する、
ことを特徴とする基盤形状の推定方法。
【0013】
(請求項2に記載の手段)
前記計算固有振動モードの選択にあたり、
各基盤形状モデルのTMACiを下記式(1)に示す評価関数によって計算し、この計算値が大きい計算固有振動モードを1又は複数選出し、この選出した計算固有振動モードに対応する前記基盤形状モデルを対象地域の基盤形状と推定する、
請求項1に記載の基盤形状の推定方法。
【0014】
【数1】
ここで、modal assurance criterion(MAC)は下記式(2)で定義される。
【数2】
ここで、φはモードベクトル、添字Tは転置を表す。
【0015】
(請求項3に記載の手段)
前記対象領域内においてボーリング調査を行い、
このボーリング調査で得られた基盤の深度に基づいて前記推定された基盤形状を補正する、
請求項1又は請求項2に記載の基盤形状の推定方法。
【0016】
(請求項4に記載の手段)
前記対象領域内において弾性波速度試験を行い、
この弾性波速度試験で得られたせん断波速度(S波速度)に基づいて前記推定された基盤形状を補正する、
請求項1~3のいずれか1項に記載の基盤形状の推定方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によると、多種多様な基盤の形状を高い精度で推定することができる方法になる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】常時微動観測の対象とした領域の航空写真である。
【
図4】SH方向及びSV方向の基本モード形状を示す。
【
図5】基盤深度調査の結果に基づく三次元有限要素モデルを示す。
【
図7】
図6のFDMモデルの波形にFDD法を適用した特異値スペクトル(a)と基本モード形状(b)を示す。
【
図8】特異値スペクトルと基本モード形状とを示す(基盤形状の影響)。
【
図9】特異値スペクトルと基本モード形状とを示す(深さの影響)。
【
図10】特異値スペクトルと基本モード形状とを示す(S波速度の影響)。
【
図11】基本振動モード形状から基盤形状を推定する手法のフロー図である。
【
図14】観測記録から求めた基本モード形状とモデルのTMACの値が大きいものの上位5つを示す。
【
図15】特異値と振動数との関係を表した図である。
【
図16】固有振動数に対する地盤全体のモード形状を示す図である(絶対値)。
【
図17】固有値解析による結果とFDD法による結果とを比較する図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
次に、発明を実施するための形態を説明する。なお、本実施の形態は本発明の一例である。本発明の範囲は、本実施の形態の範囲に限定されない。
【0020】
本形態の基盤形状の推定方法においては、
(1)対象地域(推定の対象となる領域)において常時微動観測を行い、この常時微動観測で得られた応答波形からFDD法によって固有振動モード(観測固有振動モード)を求める。
(2)また、基盤形状モデルを複数作成し、各基盤形状モデルに対応する固有振動モード(計算固有振動モード)をFDM及びFDD法によって求める。
(3)そして、複数の計算固有振動モードの中から観測固有振動モードに近似する計算固有振動モードを選択し、この選択した計算固有振動モードに対応する基盤形状モデルを対象地域の基盤形状と推定する。
ここで、上記基盤形状モデルとは、基盤形状関数ζ(x)のコントロールパラメータに種々の値を代入して生成された関数形を意味し、例えば、式(3)のb、c、d、hに表2に示す値を与えることで288種類の基盤形状モデルを作成(決定)することができる。
【0021】
また、上記計算固有振動モードの選択にあたっては、次式(6)のとおり各基盤形状モデルのTMACiを下記式(1)に示す評価関数によって計算し、この計算値が大きい計算固有振動モードを1又は複数(例えば、2~10。)選出し、この選出した計算固有振動モードに対応する基盤形状モデルを対象地域の基盤形状と推定する。
【0022】
【0023】
【0024】
ここで、modal assurance criterion(MAC)は下記式(2)で定義される。
【0025】
【0026】
ここで、φはモードベクトル、添字Tは転置を表す。
【0027】
また、上記基盤形状モデルの作成にあたっては、下記式(3)~(5)に示す基盤形状関数ζ(x)を設定することができる。
【0028】
【0029】
【0030】
【0031】
なお、基盤形状モデルの作成にあたっては、少数のパラメータで関数の形状をコントロール可能な関数を用いて基盤形状関数ζ(x)を設定する。その例として上記式(3)~(5)に示す関数を用いることができる。また、地質学的情報等により事前に基盤形状の概形が予想される場合は、その形状に近い関数形を有する関数を作成することで、より良い精度で基盤形状を推定可能である。
【0032】
さらに、対象領域内においてボーリング調査を行い、このボーリング調査で得られた基盤の深度に基づいて推定された基盤形状を補正するとより好適である。
【0033】
また、対象領域内において弾性波速度試験を行い、この弾性波速度試験で得られたせん断波速度(S波速度)に基づいて推定された基盤形状を補正するのも好適である。なお、弾性波速度試験には、ボーリング孔を用いて、地盤内を伝播する弾性波の速度を測定する方法「地盤工学会基準 地盤の弾性波速度検査方法 JGS 1122」や、ボーリング等により採取した試料を用い、パルス伝播法による弾性波速度を測定する方法「地盤改良工学会基準 岩石の弾性波速度計測方法 JGS 2564」などの方法がある。
【0034】
さらに、以上の他、例えば、ある程度まで基盤形状を絞り込んだ後に、差分モデルのメッシュサイズを細かくしたり、基盤形状関数の関数形を調整したりする(補正)ことで高精度化することができる。
【0035】
本形態によると、多種多様な基盤の形状を高い精度で推定することができる方法になるが、その詳細については、後述する実施例で説明することとし、以下では、念のためにFDD法に関して、簡単な説明を加えておく。
【0036】
(FDD法)
以下、常時微動観測で得られた応答波形からFDD(Frequency Domain Decomposition)法によって固有振動モードを求める方法について説明する。
【0037】
まず、FDD法とは、多点で測定されたシステムの応答波形のパワースペクトル行列(応答パワースペクトル行列)を特異値分解することで、システムのモード特性を同定する手法のことである。本発明においては、この手法を、地盤に適用するものである。FDD法は、振動理論に基づいて展開された応答パワースペクトル行列の近似式が特異値分解式と同形であることから説明される。
【0038】
計測対象システム(地盤)の応答パワースペクトル行列[Gyy]は、次式で定義される。
【0039】
【0040】
ここで、jは虚数単位、ωは円振動数、y(jω)は計測対象システムからの出力のFourier係数を表す。
【0041】
計測対象システムへの入力がホワイトノイズで、かつ減衰が小さいとき、[Gyy]は、次式に示す近似が成り立つ。
【0042】
【0043】
ここで、iは特異値の次数、Si(ω)は第i特異値、{ui(ω)}は第i特異ベクトル、*は複素共役、Tは転置、dkは定数、λkは極、Kはn以下の自然数、{φk}は固有モードベクトルを表す。
【0044】
特異値分解で得られた特異値は、
図15に示すように、振動数との関係で表し(プロットし)、更に同図に示すようにピークピッキングして卓越振動数を抽出する(図示例では、a[Hz])。卓越振動数a[Hz]における第1特異ベクトル{u
1(a)}と卓越振動数近傍a+δ[Hz]における第1及び第2特異ベクトル{u
1(a+δ)}、{u
2(a+δ)}を求める。
【0045】
これらの相関係数γ1、γ2を、
【0046】
【0047】
により算出する。
【0048】
γ1及びγ2の値を基準として{u1(a)}を固有モードとして選定する(または選定しない)。選定された固有モードに対応する卓越振動数を固有振動数とし、複数の卓越振動数ごとに同様の選定を繰り返す。
【0049】
この結果、
図16や
図17に示すように複数次数の固有振動数及び固有振動モードを同定する(図示例ではa[Hz]及びb[Hz])。
【0050】
(その他)
【0051】
2次元FDM+FDD法によってモード特性を決定する方法は、3次元FEMによって固有値解析を行うよりも容易である。その理由として、1つは、大量の基盤形状モデルに対して3次元のメッシュ切りを適切に行うにはそれなりの技術が必要である一方で、2次元のメッシュならより簡単に行えることにある。もう1つは、2次元FDMは面外振動(SH波)を扱えるが、FEMでは3次元モデルが必要で、3次元FEMの計算コストがかなり大きいということが挙げられる。ただし、3次元FEMで固有値解析をするのは可能ではあるので、2次元FDMだけに限定されるわけではない。
【実施例0052】
次に、本発明の実施例について説明する。なお、以下では、まず、小規模かつ堆積層が一層構造を有している埋積谷における振動モード形状の同定に関して要約する。その後、差分法(FDM)によって波動伝播計算を行い地表面の波形にFDD法を用いることで埋積谷の振動モード形状を推定する方法について要約する。その後、基盤形状や堆積層のS波速度構造を変えたパラメトリックスタディを実施し、基盤形状と基本モード形状の定性的な関係について調べた結果を説明する。そして、最後にパラメトリックスタディの結果を踏まえ、基本モード形状から基盤形状を推定するための本発明の手法について示し、数値解析と観測記録の結果に適用することで、本推定手法の有効性を明らかにする。
【0053】
(微動観測記録から小規模な埋積谷の2次元モードの推定)
小規模な埋積谷で行われた微動観測記録にFDD法を適用することで、谷の2次元振動モードを推定した。幅83mほどの小さな谷であったため谷の固有振動数近傍の特異値スペクトルが複雑であったが、基盤露頭部のスペクトルと比較しピークピッキングすることで、基本モードを推定した。
【0054】
(1)対象地盤について
常時微動観測は、某所の小規模な埋積谷を対象に実施された。
図1に示す延長約83mの測線AA’を対象とし、側線AA’の南北側は標高が急激に変化し風化岩が露頭しており、十分な剛性・支持力が期待される地盤である。測線AA’の東側は徐々に標高が高くなっており、西側は海岸に向かって平坦な地形が続いている。この対象領域内では微動観測後に地盤改良工事が実施されており、測線AA’上では1.6m間隔で工学的基盤(
図3中では基盤層と表現)の深度が既知となっている。工事の際に得られた測線AA’の詳細な基盤形状を
図3に示す。また
図3中に示されている位置で地盤改良前にボーリング調査が、地盤改良後には弾性波速度試験が行われている。
【0055】
図2に示す各調査結果によれば、ボーリング調査による堆積層のN値は3~7程度、弾性波速度試験に基づく支持層のせん断波速度Vsは2.8km/sであった。当該地盤は堆積層と支持層とのインピーダンスコントラストが非常に大きく、堆積層は層構造を持たないといえる。
【0056】
(2)観測方法について
某日の夜間に各アレイごとに約50分の微動観測を実施した。観測には200Hzサンプリング、24bit量子化分解能で記録が可能なデータロガーと三成分一体型のフォースバランス型高感度加速度計(Nanometrics 社製、Titan加速度計)を7台使用し、測線AA’に沿ってArray1~3の計3回の観測が行われた。加速度計の設置位置は
図3に示されている。各データロガーの絶対時刻はGPSに同期しており、データの時間分解能に対して十分な同期精度で観測が実施されている。先行研究の表現方法に習い、谷軸方向(
図3の紙面奥行き方向)をaxial(SH)、測線AA’方向(谷軸直交方向)をperpendicular(SV)、鉛直方向をverticalと表す。
【0057】
(3)観測記録の整理
観測された常時微動記録は次の手順で整理した。観測記録にカットオフ周波数が0.2 Hzおよび20Hzのバンドパスフィルターを適用した後、自動車の通過などに伴う外乱を避け、長さ20秒のブロックを抽出した。各観測で解析に用いたブロックの個数はArray1、2、3でそれぞれ51、97、39個である。それらの各ブロックに対してフーリエ変換を行い、Hanning windowを3回適用して平滑化した。その後それぞれのブロックごとにクロススペクトルおよびパワースペクトルを求め、それらのアンサンブル平均を取ることでクロス・パワースペクトル行列を求めた。求めたクロス・パワースペクトル行列を特異値分解し、得られた特異値とそれに対応する特異ベクトルを用いて検討を行った。Array1~Array3は個別に観測されているため各アレイ毎にFDD法を適用した。そのため得られた特異ベクトルは位相と大きさを合わせてつなぎ合わせ、測線全体のモード形状とした。求めた基本モード形状を
図4に示す。axial 方向の基本モード形状はSH
00、perpendicular方向(面内せん断モード)の基本モード形状はSV
0と表す。
【0058】
(4)有限要素モデルについて
基盤深度調査の結果をもとに三次元有限要素モデル(
図5)を作成し、伊藤忠テクノソリューションズ社のFINAS/STARを用いて固有値解析を実施した。地盤物性はボーリング調査と弾性波速度探査の結果(
図2)をもとに、堆積層でせん断波速度Vs=0.16km/s、単位体積重量γ=18kN/m
3、基盤層でVs=2.8km/s、γ=25kN/m
3とした。ポアソン比は全層に渡ってν=0.33を設定した。基盤形状は
図3の形状を忠実に再現し、谷軸方向に同一の構造が連続するモデルとした。メッシュは30Hzまでの振動を適切に保証できるサイズで分割した。境界条件はx方向の側面(yz平面)・底面を固定境界とし、y方向の側面(xz平面)・上面を自由境界とした。同モデルでの解析は堆積層部分のxz平面面外・面内解析を行っていることに等しく、3次元効果は考慮されない。固有値解析によって求めた基本モード形状を
図4に示す。観測によって求めた基本モード形状とFEMによるモード形状は非常によく一致している。
【0059】
(FDM+FDD法の妥当性について)
谷のモーダルパラメータを求めるだけであれば有限要素モデルを用いた固有値解析を行えば十分であるが、2次元の有限要素モデルではaxial(SH)方向をモデル化するのが難しい。一方、差分法(FDM)を用いて波動伝播計算をし、地表面の出力波形にFDD法を適用することでモデルの振動モードを同定することで、観測記録と同じ手法で解析でき、埋積谷の2次元共振現象をより現実に近い形で再現することができるという利点がある。
【0060】
(1)差分モデルの作成とモードの同定
SH波、P-SV波のそれぞれについて空間2次精度のスタッガードグリッド中央差分を用いて、対象地盤のFDMモデルを作成した(
図6)。モデルサイズは100m×30mで、メッシュの幅は0.2mとした。モデルで使用した物性は表1に示す。堆積層と基盤層のS波速度コントラストは7と十分に大きくなるように設定した。地表面以外の境界には吸収境界としてperfectly matched layer(PML)を4m付与した。中心振動数が1~15Hzのリッカーウェーブレットを
図6の星の位置にランダムに入力した。FDMの時間刻み幅は0.00005sで1つのデータセットは16.384秒間計算し、地表面の95箇所にて0.002sごとに出力した。クロス-パワースペクトルは50個のデータセットでアンサンブル平均をとった後、FDD法を適用して、モデルのモード形状と固有振動数を求めた。
【0061】
【0062】
(2)アンサンブル平均の影響
FDモデルで計算する際は、十分なアンサンブル平均を取ることが理想的だが、少ないアンサンブル平均で正確なモード形状を求めることができれば、より効率的である。
図7 は
図6のFDMモデルで出力したperpendicular方向の波形に直接FDD 法を適用したものと、50回のアンサンブル平均をとった後にFDD法を適用したものを図示したものである。特異値スペクトル(
図7(a))を見ると、50回のアンサンブル平均をとった一点鎖線はなだらかな形状をしており、ピーク周辺も相対的に大きなパワーを持っている。一方、1つのデータセットに直接FDD法を適用した実線は、ピークの振動数のみが卓越しており、ピーク振動数も0.06Hzずれている。モード形状を見るとアンサンブル平均をとった一点鎖線は、卓越振動数である4.03Hz周辺で安定しており、ほとんど同じモード形状をしている。一方、アンサンブル平均をとっていない実線は、モード形状が不安定であるが、4.09Hz(ピーク振動数)のモード形状に限ってみれば、アンサンブル平均をとったモード形状と一致している。アンサンブル平均を取らないと不安定ではあるが、ピークあるいはその周辺で正しいモード形状を示すものが存在することがわかる。したがって、詳細な検討が必要な場合はアンサンブル平均を取り、多数(好適には100以上、より好適には1000以上)のモデルを作成する場合は少ないアンサンブル平均で計算するといったように目的に応じてアンサンブル平均の回数を変えることで効率的に計算をすることができる。後述するパラメトリックスタディでは50回のアンサンブル平均を取り、後述するモデルデータベースを多数作成する際は1つのデータセットを用いて、特異値スペクトルのピーク周辺で最も安定しているモード形状を固有モードとみなした。
【0063】
ここで、少ないアンサンブル平均の「少ない」について説明を加える。経験則的には、統計的に安定するのはサンプル数が100個程度からと考えられる。ばらつきがあまり大きくない場合は50個程度のサンプルでも安定する。したがって、特異値スペクトルが安定したデータの場合は多くて50個、特異値スペクトルが不安定な場合でも多くて100個で充分可能である。また、いずれの場合も1個以上で可能だと思われるが、特異値スペクトルが不安定な場合は10個以上が好ましい。なお、本実施例の計算例は50個の場合と1個の場合とを比較して、少ないサンプル数(1個だけ)でも大きくはずさないことを示すものである。
【0064】
(3)観測記録・FEM・FDMによるモード形状の比較
図4に観測記録とFEM、FDM(50回のアンサンブル平均)を用いて推定した気仙沼地盤のモード形状を重ねて表す。SH
00、SV
0ともに非常によく一致している。小規模な埋積谷であっても微動観測記録にFDD法を用いることで地盤の振動特性は同定可能であり、FDMによって埋積谷の2次元共振現象を十分に再現可能であることが示された。
【0065】
(基盤形状とモード特性の関係について)
基盤形状や堆積層のS波速度構造を変え、FDM+FDD法を用いてパラメトリックスタディを行なった。Bard and Bouchon(1985)はインピーダンスコントラストやポアソン比・減衰が増幅率に対しては影響を与えるが固有振動数には影響が少ないことを数値解析によって示した。Ermertら(2014)は均質媒質の谷と層構造を持つ谷を比較すると層構造を持つ谷の方が基盤の影響が弱まることを報告している。しかし、基盤形状とモード形状の関係やS波速度とモード形状の関係については報告がない。そこで、FDM+FDD法を用いて、基盤形状や堆積層の速度構造を変更し、基本モード形状や固有振動数への影響を調べた。
【0066】
(1)基盤形状の影響
図8は特異値スペクトル(上図)と基本モード形状(下図)を表す。同じ基盤形状のSV
0とSH
00の固有振動数を比較するとSV
0はSH
00よりも7~11%ほど高くなっている。また、堆積層の面積が大きいほど基本振動数は低くなる傾向が見られる。
図8の中央の図と右の図を比較するとSH
00は基盤が非対称になることにより4.88Hzから5.07Hzに変化しているのに対して、SV
0はどちらも5.55Hzと変化が見られなかった。モード形状に関しては、矩形基盤ではSH
00とSV
0で形状にほとんど差が見られないのに対して、三角形基盤ではSH
00の方がSV
0よりも鋭い凸形状を示している。また、右図をみると、モード形状の頂点はSV
0よりもSH
00の方が移動しており非対称性の影響についてもSH
00の方が影響を受けやすいことがわかる。これらのことから、SH
00とSV
0の基本モード形状は矩形基盤では差がないが、基盤傾斜が存在すると両者に差が生じ、SV
0よりもSH
00の方が基盤傾斜に対する感度が高いという性質が見られた。
【0067】
(2)基盤深さの影響
図9は基盤の深さの影響について示した図である。堆積層が厚いほど固有振動数が低くなることがわかる。モード形状に関して、SH
00とSV
0どちらも堆積層が厚くなるとモード形状がなだらかになる傾向が見られる。左右非対称に関しても、SH
00とSV
0どちらも堆積層が厚くなるほどモード形状のピークが中心にずれており、堆積層が厚いほど基盤形状の影響が弱まる傾向がある。
【0068】
(3)堆積層のS波速度の影響
図10は堆積層のS波速度の影響を表している。非対称な三角形基盤形状のモデルの堆積層のS波速度を80m/s、160m/s、320m/sと変化させ、それぞれSH
00とSV
0のモード形状を図示した。振動数に関して、固有振動数はSH
00、SV
0ともに堆積層のS波速度が遅いほど低く、速いほど高くなる。また、320m/sでは、基盤層との速度コントラストが3.5と低く地盤増幅率が低くなるため、特異値スペクトルに明瞭なピーク形状が現れにくくなっている。モード形状に関して、堆積層の速度構造にかかわらず、モード形状はSH
00とSV
0ともにほとんど変わらない。均質媒質の場合、埋積谷の2次元共振の基本モード形状は基盤形状のみによって変化し、堆積層の速度構造にはよらないことが示唆されている。Ermertら(2014)による層構造の速度コントラストを変化させたパラメトリックスタディの結果と合わせると、二次元共振のモード形状は基盤形状のみに依存するが、層構造がある場合には中間層によって基盤形状の影響が弱まると解釈することができる。以上より均質媒質の埋積谷では、固有振動数は堆積層の速度構造や基盤形状など複数のパラメータの影響を受けるが、基本モード形状は基盤形状にのみ影響を受けることを示唆する結果となった。さらに、SH
00とSV
0の両者が堆積層の厚さや基盤傾斜に対して異なる感度を持っており、この結果はSH
00とSV
0のモード形状のみを用いて基盤形状を推定できることを示唆している。
【0069】
(基盤形状推定手法と適用)
(1)基盤形状推定手法
以上の結果をふまえ、埋積谷の基本振動モード形状から基盤形状を推定するための手法を
図11に示す。対象地点の基盤形状ζ
targetは次のように推定する。
【0070】
まず、常時微動観測及びFDD法を使用してSH00
obs、SV0
obsを同定する。なお、SH00はaxial方向の基本モード形状を、SV0はperpendicular方向(面内せん断モード)の基本モード形状を表す。また、多様な基盤形状ζi(x)をもつモデルをN個作成する(i=1,…,N)。そして、FDM及びFDD法を使用してζi(x)に対応するSH00
modeli、SV0
modeliのデータベースを作成する。次いで、各モデルの評価関数TMACiを計算する。ここで評価関数TMACiは次式(1)とする。
【0071】
【0072】
また、modal assurance criterion(MAC)は次式(2)で定義される。
【0073】
【0074】
ここで、φはモードベクトル、添字Tは転置を表す。
【0075】
そして、次式(6)のとおり評価関数TMACiの計算値が大きい(上位の)固有振動モードを1又は複数選出し、この選出した固有振動モードに対応する基盤形状モデルを対象地域の基盤形状と推定する。
【0076】
【0077】
なお、必要に応じて、TMACiの値が上位のモデルをいくつかを選出するとともに、探索に用いていない固有振動数やボーリング調査地点の基盤深度情報などを参考にして候補を絞り込むことも可能である。
【0078】
(2)データベースの作成
本例では、現実的で多様な基盤形状を作成するために、次の3つの基盤形状関数ζ(x)を設定した。
【0079】
【0080】
【0081】
【0082】
ここで、h、lはそれぞれ谷の最大深さと谷幅を表し、aは0<x<lの範囲のz(x)の深さを正規化するための定数である。lは対象とする谷によって決定され、h、b、c、dはそれぞれ表2に示すように変化させ、式(3)~(5)で表される基盤形状を有する864モデルをデータベースとした。
【0083】
【0084】
(3)数値計算へのアプリケーション
図12は中央が深さ10mの三角形基盤を目的として探索した結果である。参考のために探索結果の上位3つを載せている。MACの値を見るとSH
00とSV
0どちらも0.99以上であるが、SV
0の形状が上から2、3番目のモデルでは少しずれていることが確認できる。右図は目標とした基盤形状(実線)と推定されたモデルの基盤形状(破線)、その差(点線)を表している。MACの値が最も大きかった一番上のモデルでは、目標とする基盤形状との差が1m以下に収まっている。
【0085】
図13は左右非対称な台形基盤を目的として探索した結果である。基盤傾斜に関して特に近い形状を探索できていることがわかる。差分モデルのメッシュサイズが0.2mであることを考慮に入れる必要があるが、段階的に詳細なモデルを作成していくことで、更に近い形状を絞り込むことも可能だと考えられる。
【0086】
(4)観測記録へのアプリケーション
図14は観測記録から求めた基本モード形状とモデルのTMACの値が大きいものの上位5つである。モデルの基盤形状(破線)を見ると、上から三番目の基盤形状以外は谷の傾斜を非常によくとらえていることがわかる。深さ方向に関しては上から5番目のモデルが特に実際の基盤形状をよく表せており、その差は2.5m以下に収まっている。また、堆積層の最大深さは固有振動数に大きく影響するため、固有振動数を比較することは大いに有効である。ただし、固有振動数は基盤形状の他に堆積層のS波速度に大きく影響を受けるため、堆積層の速度構造をうまくモデル化するとより好適である。現実的には、少なくとも1点のボーリング調査をする場合が多いため、その1点を拘束条件とし、さらにその結果から妥当なS波速度を設定することができれば、この上位の候補からさらに絞ることも可能だと考えられる。
【0087】
(その他)
以上では、小規模で均質媒質の埋積谷で行われた微動観測記録にFDD法を適用することでSH00とSV0の基本振動モードを同定した。また、差分モデルを用いて波動伝播計算をし、その地表面の出力波形にFDD法を適用することで、埋積谷の2次元共振現象を数値解析によって再現した。作成した差分モデルを用いて基盤形状やS波速度構造を変えたパラメトリックスタディを行い、以下の三つの定性的な性質を示した。
(1)SH00とSV0は矩形基盤では差がないのに対し、傾斜基盤ではその感度が異なり、SH00の方がより影響を受けやすい(鋭い凸形状を示す)。
(2)堆積層が厚いほど(基盤が深いほど)基盤傾斜の影響が弱くなる。
(3)堆積層が均質な谷では堆積層のS波速度はモード形状に影響しない。
【0088】
これらの性質は埋積谷が均質媒質であれば基本モード形状のみから基盤形状を推定できることを示唆するものであった。この結果を踏まえ、埋積谷のSH00とSV0の2つのモード形状を用いて基盤形状の推定手法を提案した。基盤形状と対応する基本モード形状のデータベースの中から対象地域のモード形状と最も近いモデルをmodal assuarance criterion(MAC)の値を用いて探索した。数値解析と観測記録の結果に対して、提案した手法を適用することでその有効性を確かめた。特に、モード形状は基盤の傾斜角に対して感度があった。最大深さに関しては、上位いくつかの候補から固有振動数やボーリング調査の結果を参考にさらに絞り込むことも可能であると考えられる。