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特開2022-187346化学感覚受容体の探索器具、化学感覚受容体の探索方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022187346
(43)【公開日】2022-12-19
(54)【発明の名称】化学感覚受容体の探索器具、化学感覚受容体の探索方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/34 20060101AFI20221212BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20221212BHJP
   C12Q 1/66 20060101ALI20221212BHJP
   C12Q 1/68 20180101ALI20221212BHJP
   G01N 33/00 20060101ALI20221212BHJP
【FI】
C12M1/34 A
C12M1/34 Z
C12Q1/02
C12Q1/66
C12Q1/68 100Z
G01N33/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021095333
(22)【出願日】2021-06-07
(71)【出願人】
【識別番号】000102544
【氏名又は名称】エステー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100161506
【弁理士】
【氏名又は名称】川渕 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100152146
【弁理士】
【氏名又は名称】伏見 俊介
(74)【代理人】
【識別番号】100220836
【弁理士】
【氏名又は名称】堂前 里史
(72)【発明者】
【氏名】江口 諒
(72)【発明者】
【氏名】田澤 寿明
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
4B029AA07
4B029AA08
4B029BB11
4B029CC02
4B029CC08
4B029FA12
4B029GA03
4B063QA18
4B063QA20
4B063QQ08
4B063QQ13
4B063QQ22
4B063QQ43
4B063QQ79
4B063QR33
4B063QR41
4B063QR42
4B063QR48
4B063QR77
4B063QR80
4B063QS05
4B063QS36
4B063QS38
4B063QS39
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】常温常圧で気体の匂い分子に応答する化学感覚受容体の探索を可能とし、匂い分子に反応する化学感覚受容体の検出もれが少なくなる化学感覚受容体の探索器具;探索方法を提供する。
【解決手段】気体の匂い分子の供給口2が形成された密閉容器3と、密閉容器3内に封入され、かつ、匂い分子に応答可能な化学感覚受容体を収容した1以上のウェルを有する培養プレート4と、を備える化学感覚受容体の探索器具1;前記探索器具1を用い、密閉容器3内で化学感覚受容体と気体の匂い分子とを接触させることを含む、化学感覚受容体の探索方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
気体の匂い分子の供給元を備える密閉容器と、
前記密閉容器内に封入され、かつ、前記匂い分子に応答可能な化学受容体を収容した1以上のウェルを有する培養プレートと、
を備える、化学感覚受容体の探索器具。
【請求項2】
前記化学感覚受容体がGタンパク質共役型受容体である、請求項1に記載の探索器具。
【請求項3】
前記Gタンパク質共役型受容体が嗅覚受容体である、請求項2に記載の探索器具。
【請求項4】
前記気体の匂い分子の供給元が前記密閉容器に形成された供給口である、請求項1~3のいずれか一項に記載の探索器具。
【請求項5】
前記密閉容器に空気の供給口がさらに形成されている、請求項1~4のいずれか一項に記載の探索器具。
【請求項6】
前記密閉容器内の気体を循環させる循環機をさらに備える、請求項1~5のいずれか一項に記載の探索器具。
【請求項7】
前記ウェルには、前記化学感覚受容体を発現した細胞、前記化学感覚受容体を発現した組織及び前記化学感覚受容体を担持した膜からなる群から選ばれる少なくとも一以上が収容されている、請求項1~6のいずれか一項に記載の探索器具。
【請求項8】
化学感覚受容体の探索方法であって、
請求項1~7のいずれか一項に記載の探索器具を用い、前記密閉容器内で前記化学感覚受容体と前記匂い分子とを接触させることを含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学感覚受容体の探索器具、化学感覚受容体の探索方法に関する。
【背景技術】
【0002】
嗅覚は、化学感覚受容体の一つであり、嗅上皮の嗅神経細胞に存在する嗅覚受容体が匂い分子に応答することで認識されている。そこで嗅覚受容体の応答を指標として嗅覚受容体を探索することが提案されている(例えば、特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2012-50411号公報
【特許文献2】国際公開第2018/081588号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の実施例では嗅覚受容体の発現細胞の培養物に匂い物質を含む溶液を直接添加している。そのためこの方法では、常温常圧において気体であり、かつ水溶性が低い匂い物質に応答する嗅覚受容体の探索を行うことが困難である。また、嗅上皮の嗅覚受容体は空気中に漂う匂い分子に対して応答することから、特許文献1の実施例では、匂い分子の知覚メカニズムが実際の鼻における嗅覚受容体の反応と異なる。そのため、本来であれば匂い分子に反応するべき嗅覚受容体が検出されない恐れ、過剰応答の恐れ、匂い分子に反応しないはずの嗅覚受容体が検出される恐れがある。
特許文献2には、嗅覚受容体の発現細胞と気体の匂い分子とを接触させるための器具について何ら開示がない。
本発明は、常温常圧で気体の匂い分子に応答する化学感覚受容体の探索を可能とし、匂い分子に反応する化学感覚受容体の検出もれ及び偽検出が少なくなる化学感覚受容体の探索器具;探索方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、下記の態様を有する。
[1] 気体の匂い分子の供給元を備える密閉容器と;前記密閉容器内に封入され、かつ、前記匂い分子に応答可能な化学感覚受容体を収容した1以上のウェルを有する培養プレートと;を備える、化学感覚受容体の探索器具。
[2] 前記化学感覚受容体がGタンパク質共役型受容体である、[1]の探索器具。
[3] 前記Gタンパク質共役型受容体が嗅覚受容体である、[2]の探索器具。
[4] 前記気体の匂い分子の供給元が前記密閉容器に形成された供給口である、[1]~[3]のいずれかの探索器具。
[5] 前記密閉容器に空気の供給口がさらに形成されている、[1]~[4]のいずれかの探索器具。
[6] 前記密閉容器内の気体を循環させる循環機をさらに備える、[1]~[5]のいずれかの探索器具。
[7] 前記ウェルには、前記化学感覚受容体を発現した細胞、前記化学感覚受容体を発現した組織及び前記化学感覚受容体を担持した膜からなる群から選ばれる少なくとも一以上が収容されている、[1]~[6]のいずれかの探索器具。
[8] 化学感覚受容体の探索方法であって、[1]~[7]のいずれかの探索器具を用い、前記密閉容器内で前記化学感覚受容体と前記匂い分子とを接触させることを含む、方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、常温常圧で気体の匂い分子に応答する化学感覚受容体の探索を可能とし、匂い分子に反応する化学感覚受容体の検出もれが少なくなる化学感覚受容体の探索器具;探索方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】化学感覚受容体の探索器具の一例を説明するための図である。
図2】実施例においてメチルメルカプタンに対する嗅覚受容体の応答強度(fold increase)を測定した結果を示す図である。
図3】実施例においてメチルメルカプタンに対するOR2T11の応答を測定した結果を示す図である。
図4】実施例においてメチルメルカプタンに対するOR2T1の応答を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本明細書における以下の用語の意味は、下記の通りである。
「化学感覚受容体」とは、細胞外において分子を感知し、細胞応答に変換する感覚受容体をいう。
「Gタンパク質共役型受容体」とは、細胞外において分子を感知し、細胞内においてシグナル伝達経路および最終的には細胞応答を活性化する受容体の属するタンパク質ファミリーをいう。
「嗅覚受容体」とは、Gタンパク質共役型受容体に分類され、嗅細胞(嗅覚受容神経)に存在する受容体をいう。
「嗅覚受容体と同等の機能を有するポリペプチド」とは、細胞膜上に発現可能なポリペプチドであって、匂い分子の結合し、細胞内のcAMPの産生を引き起こすポリペプチド、又は細胞外から細胞内へのカルシウムイオンなどの流入を促進するポリペプチドをいう。
本明細書および特許請求の範囲において数値範囲を示す「~」は、その前後に記載された数値を下限値および上限値として含むことを意味する。
【0009】
以下、図面を参照しながら一実施形態に係る化学感覚受容体の探索器具を説明する。以下の説明で使用する図面の寸法比は、説明の便宜上実際の寸法比と異なっている場合があり、本発明はこれに限定されない。
【0010】
図1は、化学感覚受容体の探索器具の一例を説明するための図である。図1に示す化学感覚受容体の探索器具1は、気体の匂い分子の供給口2が形成された密閉容器3と;密閉容器3内に封入された培養プレート4と;密閉容器3内の気体を循環させる循環機5と;を備える。
【0011】
密閉容器3は、容器本体3aと封止具3bとを有する。容器本体3aは、一方の端部が開口した袋である。容器本体3aは、例えば、気密性の素材で構成できる。封止具3bは、容器本体3aの開口部を封止する着脱可能な部材である。密閉容器3は、封止具3bによって容器本体3aの開口部を封止することで、容器本体3a内に密閉環境を提供する。一実施形態において、封止具3bは、容器本体3aの開口部を封止するチャックでもよい。
【0012】
密閉容器3の容器本体3aには気体の匂い分子の供給元として供給口2と、空気の供給口6が形成されている。気体の匂い分子の供給口2、空気の供給口6は、封止具3bによって容器本体3aの開口部を封止した状態において、容器本体3aの気密性、密閉環境を損なわないように形成されている。気体の匂い分子の供給口2、空気の供給口6から、匂い分子、空気をそれぞれ供給することで、密閉容器3内の匂い分子の濃度を調整できる。
一実施形態において、匂い分子の供給元は密閉容器3内に気化または反応により気体の匂い分子を発生させる物体としてもよい。
一実施形態において、気体の匂い分子の供給口2および空気の供給口6は、別体であっても共通であってもよい。
一実施形態において、気体の匂い分子の供給口2、空気の供給口6は、セプタムでもよい。
【0013】
培養プレート4は、気体の匂い分子に応答可能な化学感覚受容体を収容した1以上のウェルを有する。培養プレート4のウェルの数は1つでもよく、複数でもよいが、複数の方が好ましい。同一種類の化学感覚受容体に対する応答測定を一度に行い測定結果の補正に用いること、一度の匂い分子の刺激によって複数種類の化学受容体を匂い分子と気相接触させることができるからである。
【0014】
化学感覚受容体は特に限定されない。1又は2以上の匂い分子に対する応答の試験を所望する任意の化学受容体が適用される。化学感覚受容体は、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)、酵素関連受容体、イオンチャネル型受容体に分類される。
Gタンパク質共役型受容体としては、例えば嗅覚受容体(OR)、微量アミン関連受容体(TAAR)、鋤鼻受容体(V1R,V2R)、ホルミルペプチド受容体(FPR)、うま味受容体(T1R1/T1R3)、甘味受容体(T1R2/T1R3)、苦味受容体(T2R)、昆虫の甘味受容体(Gr5a、Gr64a、Gr64f)、昆虫の苦味受容体(Gr66a、Gr93a、Gr33a)等が挙げられる。
酵素関連受容体としては、例えば受容体型グアニル酸シクラーゼ(GC-D,GC-G)等が挙げられる。
イオンチャネル型受容体としては、例えば酸味受容体(PKD2L1/PKD1L3)、塩味受容体(ENaC)、カプサイシン受容体(TRPV1)、昆虫の揮発性物質受容体(Orcо)、昆虫の二酸化炭素受容体(Gr21a/Gr63a)、昆虫のアンモニア・アミン受容体(IR/IR8a、IR76a/IR76b/IR2a)、昆虫の塩受容体(PPK11/PPK19)、昆虫の水受容体(PPL28)等が挙げられる。
なかでも匂い分子に対して特異的な応答を示し、実際の鼻における匂い分子の知覚メカニズムに対する関与が大きい、嗅覚受容体を用いることが有用である。
嗅覚受容体の一例を表1、表2に例示する。ただし、ウェル内に収容された嗅覚受容体は、これらの例示に限定されない。
【0015】
【表1】
【0016】
【表2】
【0017】
表1、2に例示した嗅覚受容体の分子情報はGenBank(NCBI)に登録されている。表1、2に例示した各嗅覚受容体は、同等の機能を有するポリペプチドとそれぞれ代替可能である。
【0018】
化学感覚受容体は、匂い分子に対する応答性を失わない範囲内であれば、任意の態様で使用され得る。例えば、化学感覚受容体は、化学感覚受容体を天然に発現する細胞又は組織及びこれらの培養物;化学感覚受容体を担持した化学感覚受容細胞の膜;化学感覚受容体を発現する遺伝子組換え細胞及びその培養物;化学感覚受容体が発現した遺伝子組換え細胞の膜;化学感覚受容体が発現した脂質二重膜等の態様での使用が想定され得る。また、化学感覚受容体として細胞粘液を有する組織(化学感覚受容体として嗅覚受容体を用いる場合には、嗅上皮、嗅粘膜等)を用いてもよい。
【0019】
一実施形態において、培養プレート4のウェル内の化学感覚受容体は、化学感覚受容体を発現した細胞でもよく、化学感覚受容体を発現した組織でもよく、化学感覚受容体を担持した膜でもよい。
一実施形態において化学感覚受容体としては、化学感覚受容体を天然に発現する細胞、化学感覚受容体を発現する遺伝子組換え細胞及びこれらの培養物の使用が好ましい。特に、嗅覚受容体を発現するヒト由来の遺伝子組換え細胞の使用が好ましい。ヒト由来の遺伝子組換え細胞は、例えば、嗅覚受容体をコードする遺伝子を組み込んだベクターを用いてヒト培養細胞を形質転換することで調製できる。
形質転換に際しては、細胞膜における嗅覚受容体の発現の促進のために、嗅覚受容体をコードする遺伝子の使用に加えて、RTP(receptor-transporting protein)をコードする遺伝子の使用が好ましい。ヒトRTP1Sをコードする遺伝子を、嗅覚受容体をコードする遺伝子とともに細胞に導入できるからである。
RTP1Sの例としては、ヒトRTP1Sが挙げられる。ヒトRTP1Sは、GeneID:132112としてGenBankに登録されている。
【0020】
循環機5は、容器本体3a内に配置されている。一実施形態において、循環機5はファンでもよく、サーキュレーターでもよい。
【0021】
探索器具1は、例えば、容器本体3a内に、培養プレート4、循環機5を収容し、次いで容器本体3aの開口部を封止具3bによって封入することで製造できる。
容器本体3a内に培養プレート4を封入する前に、培養プレート4のウェルに収容された化学感覚受容体の応答を予め測定し、基準データとして記録してもよい。基準データは、後述の試験データとの比較に利用できる。
化学感覚受容体の応答の測定の具体的手法は、化学感覚受容体の応答を評価できれば特に限定されない。例えば、細胞内cAMP量の測定が挙げられる。細胞内cAMP量を化学感覚受容体の応答の指標とすることで、化学感覚受容体の応答を評価できる。細胞内のcAMP量を測定する方法としては、例えば、ELISA法、レポータージーンアッセイ等が挙げられる。
他にも、カルシウムイメージング法、電気生理学的手法による測定が挙げられる。電気生理学的測定では、例えば、化学感覚受容体を他のイオンチャネルとともに共発現させた試験細胞(例えば、アフリカツメガエル卵母細胞等)を調製し、当該試験細胞上のイオンチャネルの活動電位をパッチクランプ法、二電極膜電位固定法等で測定してもよい。
【0022】
基準データの取得に際しては、金属イオンの存在下で化学感覚受容体の応答を測定することもできる。金属イオンとしては、銅イオン、銀イオン等が挙げられるが、銅イオンが好ましい。金属イオンの濃度は特に限定されず、10~100μMでもよく、1~1000μMでもよい。
金属イオンの使用態様、存在態様は特に限定されない。例えば、金属イオン含有液中で化学感覚受容体と匂い分子とを混合する方法;化学感覚受容体を担持した膜又は化学感覚受容体が発現した細胞もしくは組織を、金属イオン含有液に浸漬した状態で匂い分子と混合する方法;嗅覚受容体が発現した細胞、組織を培養する培地に金属イオンを添加し、次いで匂い分子を添加する方法;嗅覚受容体が発現した細胞、組織を培養する培地に、匂い分子とともに金属イオン含有液を混合する方法が挙げられる。
【0023】
(使用方法)
一実施形態によれば、探索器具1を用い、密閉容器3内で化学感覚受容体と匂い分子とを接触させることを含む、化学感覚受容体の探索方法が提供される。化学感覚受容体と匂い分子とを接触させた後、化学感覚受容体の応答を測定することで、化学感覚受容体が匂い分子に応答したか否かを検出できる。
例えば、気体の匂い分子と接触した後の化学感覚受容体の応答を測定したデータを、試験データとして利用し、上述の基準データと比較してもよい。試験データと基準データとの比較において、気体の匂い分子との接触後にその化学感覚受容体の匂い分子に対する応答が何らかの変化(例えば、上昇、低下)を示せば、化学感覚受容体が匂い分子に応答したと考えられる。
一実施形態においては金属イオンの存在下で、匂い分子と化学感覚受容体とを接触させることもできる。金属イオンの詳細及び好ましい態様は、基準データの測定について説明した内容と同様である。
【0024】
匂い分子は、特に制限されない。匂い分子は天然由来の物質でも、合成した物質でもよい。また、匂い分子は単一の物質でもよく、二以上の物質を含む混合物でもよい。例えば、単一物質の香料を用いてもよく、複数種の物質を調合した香料を用いてもよい。
【0025】
(作用効果)
以上説明した一実施形態に係る探索器具は、気体の匂い分子の供給元を備える密閉容器と;密閉容器内に封入され、匂い分子に応答可能な化学感覚受容体を収容した1以上のウェルを有する培養プレートと;を備える。そのため、気体の匂い分子の供給元から密閉容器内に匂い分子の気体を供給することで、培養プレートの化学感覚受容体と匂い分子の気体とを気相接触させることができる。
したがって、空気中に漂う匂い分子の挙動を密閉容器内で再現できるとともに、化学感覚受容体として嗅覚受容体を用いた場合には、嗅覚受容体による匂い分子の知覚メカニズムを実際の鼻における嗅覚受容体の反応に近づけることができる。その結果、常温常圧で気体の匂い分子に応答する化学感覚受容体の探索を可能とし、匂い分子に反応する嗅覚受容体の検出もれ及び偽検出が少なくなる。
【実施例0026】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳しく説明する。ただし、本発明は以下の実施例の記載に限定されない。
【0027】
<ヒト嗅覚受容体発現細胞の調製>
(pCI-ヒト嗅覚受容体ベクター、pCI-RTP1Sベクター)
GenBankに登録されている配列情報を基に、表1、2に記載のヒト嗅覚受容体をコードする遺伝子をクローニングした。各遺伝子は、human genomic DNA Human mixed(G3041:Promega)を鋳型としたPCR法によりクローニングした。PCR法により増幅した各遺伝子をpCIベクター(Invitrogen)に製品プロトコルにしたがって組み込んだ。具体的には、pCIベクター上に存在するNheI制限酵素サイト、BamHI制限酵素サイトを利用してRhoタグ配列が組み込み、その下流のMul1制限酵素サイト、NotI制限酵素サイトを利用してRhoタグ配列の下流に嗅覚受容体遺伝子を組み込んだ。次いで、ヒトRTP1Sをコードする遺伝子をpCIベクターのMul1制限酵素サイト、NotI制限酵素サイトへ組み込んだ。
【0028】
(嗅覚受容体発現細胞)
Hana3A細胞を50%コンフルエントになるように96ウェルプレート(コーニング、BioCoat)で培養した。表3に示す組成の反応液を調製し、クリーンベンチ内で15分静置した後、96ウェルプレート(コーニング、BioCoat)の各ウェルに50μLずつ添加した。37℃、5%CO雰囲気保持したインキュベータ内で24時間培養し、化学感覚受容体としてヒト嗅覚受容体392種のそれぞれを発現させたHana3A細胞を調製した。
【0029】
【表3】
【0030】
<匂い分子>
以下の化合物を匂い分子として使用した。
・メチルメルカプタン(2%ガス/窒素)(相互産業株式会社)
【0031】
<GloSensorアッセイ>
嗅覚受容体の応答の測定には、GloSensorアッセイを行った。Hana3A細胞に発現した嗅覚受容体は、細胞内在性のGαsおよびGαоlfと共役し、アデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させる。細胞内cAMP量の増加をホタルルシフェラーゼ遺伝子由来の発光値として測定し、嗅覚受容体の応答を測定した。
ルシフェラーゼの活性測定には、GloSensor cAMP Reagent(Promega)を用い、製品プロトコルにしたがって測定を行った。各種刺激条件について、臭気刺激前のルシフェラーゼ由来の発光値に対して、臭気刺激後のルシフェラーゼ由来の発光値で除した値、(刺激後の発光値)/(刺激前の発光値)を算出した。匂い分子の刺激により誘導された(刺激後の発光値)/(刺激前の発光値)を応答強度の測定値とした。
【0032】
<匂い分子に応答する嗅覚受容体の探索>
(OR2T11、OR2T1の同定)
探索器具1を用いて匂い分子に応答する嗅覚受容体を探索した。まず、嗅覚受容体発現細胞の培養物から培地を取り除き、10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈したGloSensor cAMP Reagentを96ウェルプレートの各ウェルに25μLずつ添加し、培養プレート4を調製した。細胞を遮光環境で2~3時間培養して細胞内にcAMP Reagentを導入した後、5Lのフレックサンプラーバック(密閉容器3)内に96ウェルプレートと空気循環用のファンを入れ純空気で満たした。最後に匂い分子としてメチルメルカプタンガスを気相終濃度が所定の値になるように供給口2を介してシリンジで注入した。10分間、嗅覚受容体発現細胞と匂い分子を接触させ、その後、GloSensorアッセイを行い、匂い分子に対する嗅覚受容体の応答強度(fold increase)を測定した。結果を図2に示す。
結果は、銅イオン存在下での各受容体発現細胞における、匂い刺激なしの条件での応答強度を1としたときの、匂い刺激に対する相対応答強度で表す(図2)。
392種類の嗅覚受容体それぞれを発現させた細胞について、銅イオン存在下でメチルメルカプタンに対する応答を測定した結果、メチルメルカプタンに対して最も高い応答性を示した嗅覚受容体としてOR2T11が同定された。他にも、メチルメルカプタンに対して応答性を示した嗅覚受容体としてOR2T1が同定された。
【0033】
(OR2T11、OR2T1の応答の匂い分子に対する濃度依存性)
異なる濃度のメチルメルカプタンに対するOR2T11、OR2T1の応答を測定した。結果を図3、4に示す。
その結果、OR2T11及びOR2T1はメチルメルカプタン濃度依存的な応答を示し、メチルメルカプタン受容体であることが確認された。このうち、OR2T11が最も応答性が高くメチルメルカプタンに特に高感度な受容体であることが分かった(図3)。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明によれば、常温常圧で気体の匂い分子に応答する化学感覚受容体の探索を可能とし、匂い分子に反応する嗅覚受容体の検出もれ及び偽検出が少なくなる。
【符号の説明】
【0035】
1…探索器具、2…気体の匂い分子の供給口、3…密閉容器、4…培養プレート、5…循環機、7…空気の供給口。
図1
図2
図3
図4