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  • 特開-微生物を含有する鋼材防食用組成物 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022187957
(43)【公開日】2022-12-20
(54)【発明の名称】微生物を含有する鋼材防食用組成物
(51)【国際特許分類】
   C23F 11/00 20060101AFI20221213BHJP
【FI】
C23F11/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】書面
(21)【出願番号】P 2021117446
(22)【出願日】2021-06-08
(71)【出願人】
【識別番号】514267814
【氏名又は名称】株式会社京都マテリアルズ
(72)【発明者】
【氏名】山下 正人
【テーマコード(参考)】
4K062
【Fターム(参考)】
4K062AA01
4K062BA08
4K062BC30
4K062CA05
4K062FA08
(57)【要約】
【課題】鋼材等に対して塗布するなどにより高い耐食性を付与することができる微生物を含有する鋼材防食用組成物及びこれを用いて得られる被覆鋼材を提供する。
【解決手段】鋼材防食用組成物は微生物と、水溶性の金属の化合物と、必要に応じ当該金属の化合物を溶解することができる溶媒等を含む。微生物は金属還元細菌などの細胞外電子伝達能を有する微生物であり、Shewanella属、Geobacter属、Desulfuromonas属、Rhodoferax属、Sulfurospirillum属、またはPseudomonas属の細菌が例示できる。金属の化合物は5℃で0.01g以上の溶解度を有する化合物であり、硫酸ニッケル、硫酸アルミニウム、硫酸銅、硫酸スズ、硫酸クロム、硫酸カルシウム、硫酸コバルト、及び、硫酸亜鉛などの硫酸塩が例示できる。溶媒は金属の化合物を溶解させるとともに当該微生物が活動できる液体であり、代表例としては水である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞外電子伝達能を有する微生物と、水100cmに5℃で0.01g以上の溶解度を有する金属の化合物、を含む鋼材防食用組成物。
【請求項2】
細胞外電子伝達能を有する微生物と、水100cmに5℃で0.01g以上の溶解度を有する金属の化合物と、当該金属の化合物を溶解することができる溶媒を含む鋼材防食用組成物。
【請求項3】
前記金属の化合物は、水100cmに5℃で0.01g以上の溶解度を有する金属の硫酸塩を少なくとも1種以上を含むことを特徴とする請求項1及び2に記載の鋼材防食用組成物。
【請求項4】
前記金属の化合物は、硫酸ニッケル、硫酸アルミニウム、硫酸銅、硫酸スズ、硫酸クロム、硫酸カルシウム、硫酸コバルト、及び、硫酸亜鉛からなる群から選択される少なくとも1種以上を含むことを特徴とする請求項1及び2に記載の鋼材防食用組成物。
【請求項5】
前記溶媒は、少なくとも水を含むことを特徴とする請求項2~4のいずれか1項に記載の鋼材防食用組成物。
【請求項6】
前記微生物の鋼材防食用組成物中の数が、鋼材防食用組成物の1cmあたりに、1×10個体以上1×1010個体以下であることを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の鋼材防食用組成物。
【請求項7】
前記金属の化合物の鋼材防食用組成物中の濃度が、0.1~40.0質量%であることを特徴とする請求項1~6のいずれか1項に記載の鋼材防食用組成物。
【請求項8】
前記微生物は、鉄還元細菌であることを特徴とする請求項1~7のいずれか1項に記載の鋼材防食用組成物。
【請求項9】
前記鉄還元細菌は、Shewanella属、Geobacter属、Desulfuromonas属、Rhodoferax属、Sulfurospirillum属、またはPseudomonas属の細菌の少なくとも1種以上を含むことを特徴とする請求項8に記載の鋼材防食用組成物。
【請求項10】
前記鉄還元細菌は、Shewanella loihica、Shewanella oneidensis、Shewanella putrefaciens、Shewanella algae、Geobacter sulfurreducens、Geobacter metallireducens、の少なくとも1種以上を含むことを特徴とする請求項8に記載の鋼材防食用組成物。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか1項に記載の鋼材防食用組成物を塗布した被覆鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材を防食するための組成物(以下、鋼材防食用組成物という)、及び鋼材防食用組成物を塗布した鋼材に関する。本発明は、より具体的には、鋼材、さび層に覆われた鋼材、有機層若しくは無機層に覆われた鋼材(以下、まとめて単に鋼材という)に適用することで、鋼材の耐食性を高めるための防食組成物に関し、さらに、鋼材防食用組成物を塗布した鋼材(以下、被覆鋼材という)に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼材料は、橋梁や鉄塔など様々な社会インフラ構造物を構成する基盤材料であるが、乾湿繰り返しを伴う大気腐食環境中で容易に腐食する。腐食に伴って生成するさび(鉄の酸化物から構成される)は湿潤過程でカソード反応を担うことで鉄鋼材料対し酸化剤として作用するため、さらに腐食を加速させる。通常赤褐色を呈する大気腐食環境中の乾燥したさびは湿潤過程で酸化剤として作用する際に還元され一般に黒色を呈するようになるが、乾燥過程において空気酸化するため、再び酸化剤として作用する赤褐色のさびに戻り、乾湿繰り返しに伴いこのような還元と酸化サイクルが繰り返されるため、さびは無限に酸化剤として作用し鉄鋼材料を大きな速度で腐食させる。したがって、鉄鋼材料が腐食を開始すると、さびの生成を伴いながら加速度的に腐食が進行するため、鋼材の腐食とさびの生成は構造物などの破損や破壊を招く重大な問題である。
【0003】
一方、鋼材の耐食性を確保するための一般的な手段として鋼材表面に対し塗料を塗布する塗装が挙げられる。しかしながら、塗装は、塗膜の劣化や塗膜欠陥を回避することができないことから、中長期的には腐食を防ぐことはできない。例えば、亜鉛粉末による犠牲防食作用を利用したジンクリッチペイント等の高防食性を謳う塗装手段においても、その効果を発揮できるのは比較的短期間に限られ、塗膜の劣化や塗膜欠陥からの腐食の開始を本質的には防げない。
【0004】
このような問題に対し、特開2017-35877号公報では、鋼材に無機ジンクリッチペイントを塗布し、塗膜の表面にマグネシウム化合物を含む溶液を塗布する処理で、耐食性能を向上することができると開示されている。しかしながら、このような処理を行っても、処理を行わない場合に比べ耐食性向上の改善比は大きくても約2倍程度にすぎず、塩化物を含むような厳しい腐食環境においては、十分な耐食性を付与しているとはいえなかった。
【0005】
また、このようなジンクリッチペイントをはじめとする高防食性塗装は、ショットブラスト処理を施すなどにより得られた清浄な鉄鋼材料表面へ適用するものであり、酸化・腐食によるさび層に覆われた鋼材に適用して高い防食性を示すものではない。
【0006】
前述したように、下地にすでにさび層が存在すると、その上に塗装を施しても、下地のさび層が酸化剤として作用するため、さび層の存在により腐食が進行し、塗装による塗膜の劣化を早めるため、塗装を施す際には鋼材表面に存在するさび層を全て除去する必要がある。しかしながら、現実には鋼材のさび層を完全に除去することは極めて困難であり、腐食した鋼構造物を補修する際には、一定量のさび層が残存したまま塗装を施しているのが実情であり、したがって塗膜の寿命もさらに短くなることがインフラメンテナンスを効率よく進めるためには大きな問題である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2017-35877号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、その後の腐食によりさび層を形成するあるいは既にさび層が形成している鋼材に対して、さび層を防食的にすることにより高い耐食性を付与することができる鋼材防食用組成物及びこれを用いて得られる被覆鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明にかかる鋼材防食用組成物は、金属還元細菌などの細胞外電子伝達能を有する微生物(以下、単に当該微生物と呼ぶ)と、一定の水溶性を有する金属の化合物を含む。さらに、当該金属の化合物を溶解することができる溶媒を含むことができるが、溶媒を含まない場合でも鋼材防食用組成物を鋼材に塗布後にその鋼材が降雨や結露にさらされる腐食環境にあれば降雨や結露により溶媒としての水が供給される。ここで、溶媒は当該微生物が活発に活動できる液体であることが望ましく、代表例としては水である。また、当該微生物は鉄還元細菌であってよい。金属の化合物は、例えば金属の硫酸塩や硝酸塩あるいは酸化物であってよい。
【0010】
本発明では、鋼材防食用組成物を鋼材表面に塗布あるいは鋼材表面のさび層に注入するなどの種々の手段で作用させることで、鋼材に生成するさび層あるいは既に生成しているさび層が当該微生物から電子を受け還元されるとともに、同時に添加している水溶性の金属の化合物が溶解して生成する金属カチオンが、当該微生物の作用と相まって、還元されたさび層の中に多く取り込まれ、還元されたさび層が空気により再酸化されにくくなるため、酸化還元されにくい安定なさび層が形成する。このことにより、さび層が鋼材に対し酸化剤として作用し腐食に関与しなくなるとともに、さび層の環境遮断機能が向上し、鋼材の耐食性を著しく高める。すなわち、本発明の鋼材防食用組成物を用いると、当該微生物と金属カチオンの効果により、防食性の高いさび層が形成するため、鋼材の耐食性を高めるばかりでなく、さらに鋼材防食用組成物を作用させた後に塗装を施す場合でもこのような防食性の高いさび層が存在している場合は塗装による塗膜の寿命も長期化することができる。
【0011】
本発明はこのような知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0012】
[1]当該微生物と、水100cmに5℃で0.01g以上の溶解度を有する金属の化合物を含む鋼材防食用組成物。
[2]当該微生物と、水100cmに5℃で0.01g以上の溶解度を有する金属の化合物と、当該金属の化合物を溶解することができる溶媒を含む鋼材防食用組成物。
[3]前記金属の化合物は、水100cmに5℃で0.01g以上の溶解度を有する金属の硫酸塩を少なくとも1種以上を含むことを特徴とする上記[1]~[2]に記載の鋼材防食用組成物。
[4]前記金属の化合物は、硫酸ニッケル、硫酸アルミニウム、硫酸銅、硫酸スズ、硫酸クロム、硫酸カルシウム、硫酸コバルト、及び、硫酸亜鉛からなる群から選択される少なくとも1種以上を含むことを特徴とする上記[1]~[2]に記載の鋼材防食用組成物。
[5]前記溶媒は、少なくとも水を含むことを特徴とする上記[2]~[4]のいずれかに記載の鋼材防食用組成物。
[6]前記当該微生物は、鉄還元細菌であることを特徴とする上記[1]~[5]に記載の鋼材防食用組成物。
[7]上記[1]~[6]の鋼材防食用組成物を塗布した鋼材。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、鋼材等に対して、塩化物を含むなどの厳しい腐食環境においても、当該微生物と金属の化合物の効果により、防食性の高いさび層が形成するため、鋼材の耐食性を高めるばかりでなく、さらに塗装を施す場合に、塗装による塗膜の寿命も長期化することができるため、高い耐食性を付与することができる鋼材防食用組成物及びこれを用いて得られる被覆鋼材を提供することができる。したがって、本発明は、鉄鋼インフラ構造物の補修時に、腐食している鋼材のさび層除去過程において、完全に除去できずに残存したさび層にも防食性を付与することができるため、補修時に残存さび層を完全に除去する必要がなくなり、塗装前の下地処理の軽減に効果を発揮することもでき、産業上の貢献が極めて顕著である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1の(a)は本発明の一実施形態に係る鋼材の断面図、図1の(b)は本発明の一実施形態に係る被覆鋼材の断面図、図1の(c)は本発明の一実施形態に係るさび層を有する鋼材に鋼材防食用組成物を塗布した被覆発錆鋼材の断面図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。
【0016】
(鋼材防食用組成物)
鋼材防食用組成物は、細胞外電子伝達能を有する微生物と、水溶性の金属の化合物を含み、必要に応じて当該金属の化合物を溶解することができる溶媒を含む。このような鋼材防食用組成物を、鋼材の表面の一部あるいは全部に塗布するなどにより、さび層の構造を防食的にする機能を有しており、防食的に変化したさび層(以下、単に防食さび層と呼ぶ)は、上述したような酸化剤として作用することはなく、むしろ鋼材を防食する。したがって、塗装の下地処理としても効果を発揮するとともに、鋼材防食用組成物自体を塗料として用いることもできる。また、鋼材防食用組成物を、例えばスポンジなどの多孔質体に保持して鋼材表面に押し付けることや、塗布後にその上から何らかの被覆材で被覆することなど、様々な方法で作用させることでも効果を得ることができる。
【0017】
(細胞外電子伝達能を有する微生物)
細胞外電子伝達能を有する微生物である当該微生物は、さび層の構造を防食的なものに変化させる役割を果たす。具体的には、さび層を構成する鉄酸化物に電子を与え還元するとともに、共存する金属カチオンをさび層中に注入する役割を有する。このような当該微生物の代表例は、鉄還元細菌である。このような作用を得るために有効な鉄還元細菌は鉄酸化物に電子を与える細菌であればよく、例えば、Aeromonas属、Archaeoglobus属、Deferribacter属、Desulfovibrio属、Desulfuromonas属、Ferrimonas属、Geobacter属、Geothrixfermentans属、Geovibrio属、Pelobacter属、Pyrobaculum属、Pyrococcus属、Shewanella属、Sulfurospirillum属、Thermotoga属、Wolinella属、などが例示できる。当該微生物はこれらの例示した細菌に限定されるものでは無く、例えば種類を特定できないミックスカルチャーであってもよく、あるいは水田土壌などに生息する鉄還元細菌であることができる。
【0018】
鋼材防食用組成物中の、鉄還元細菌に例示される当該微生物の濃度は、鋼材防食用組成物中の当該微生物以外の成分による光吸収に起因するバックグラウンドを除いた、当該微生物による光路長を1cmとした光学濃度(OD(600nm)値)で0.1であってもよく、1.0であってもよく、2.0であってもよい。OD(600nm)値の下限は0.01であってもよく、上限は7.0であってもよいが、0.03以上であることが望ましい。また、上限は3.0であることが供給安定性からは好適である。当該微生物の濃度を鋼材防食用組成物の1cmあたりの細菌数(個体数)で表示すると、1×10個体であってもよく、1×10個体あってもよく、1×10個体であってもよく、1×1011個体であってもよいが、高い効果を得るには1×10個体以上であることが望ましく、さらに1×10個体以上が好ましく、さらには1×10個体以上が好ましく、1×10個体以上であってもよい。なお、当該微生物の濃度が高くなりすぎると当該微生物の作用効率が低下するため、1×1010個体以下であることが望ましく、さらには1×10個体以下であってもよい。いずれにしても、鋼材防食用組成物中の当該微生物濃度が適用前に低くても、鋼材防食用組成物を鋼材に適用後に増殖により増加すると考えられる。
【0019】
(金属の化合物)
本発明の作用を得るためには、鉄還元細菌に例示される当該微生物とともに、水溶性の金属の化合物の添加が必要である。金属の化合物の溶解度は水100cmに5℃で0.001gでも0.1gでも1gでも10gでも良いが、0.01g以上であることが効果的である。金属の化合物が水などの溶媒中で溶解、電離し生成する非鉄金属カチオンは、鉄還元細菌に例示される当該微生物の作用と相まって、さびを構成する鉄酸化物が還元され生成するスピネル型などの鉄酸化物に取り込まれることで、防食性の高いさび層を形成することができる。
【0020】
金属の化合物は、例えば金属の硫酸塩や硝酸塩、酸化物などが例示できる。硫酸塩は、硫酸ニッケル、硫酸アルミニウム、硫酸銅、硫酸スズ、硫酸クロム、硫酸カルシウム、硫酸コバルト、及び、硫酸亜鉛からなる群から選択される少なくとも1種を用いることが効果的である。
【0021】
金属の化合物の添加量は特に制限がないが、鋼材防食用組成物の質量に対して0.1~40.0質量%であることが効果的である。下限は0.5質量%、1質量%、2質量%、3質量%、又は、4質量%であってもよい。上限は、35質量%、30質量%、25質量%、20質量%であってもよい。
【0022】
(溶媒)
溶媒は金属の化合物を溶解するとともに当該微生物が活発に活動できる環境を与えるものが望ましく、水が代表例であるが、それらの条件を満足するものであれば水に限定されるものではない。また、鋼材防食用組成物が溶媒を含まない場合でも、鋼材防食用組成物を鋼材に塗布するなどにより作用させた後に、降雨や結露などにより水が供給される腐食環境であれば、供給された水が溶媒の役割を果たす。この場合、当該微生物は凍結乾燥状態などで塗布前の鋼材防食用組成物に添加すれば良く、塗布後に降雨や結露により水が供給されると培養され適度な濃度の個体数に増加する。
水などの溶媒の添加量は特に制限がないが、防食組成物の質量に対して1~95.0質量%であることが効果的である。下限は3質量%、15質量%、25質量%であってもよい。上限は、90質量%、80質量%、70質量%であってもよい。
【0023】
(その他の成分)
鋼材防食用組成物は、当該微生物の増殖に効果的な培地成分などを含んでいても良い。培地成分の添加量は特に制限がないが、防食組成物の質量に対して1~80.0質量%であることができる。下限は2質量%、3質量%、5質量%、8質量%、又は、10質量%であってもよい。上限は、70質量%、50質量%、40質量%、30質量%、20質量%であってもよい。また、当該微生物が電子を取り出すことができる乳酸やクエン酸などを添加することもできる。
【0024】
さらに、鋼材防食用組成物を鋼材表面に保持するために、水溶性の樹脂などの結着剤を含んでいても良い。結着剤を用いると、鋼材防食用組成物を鋼材表面に保持しやすくなるとともに鋼材等の基材との密着を向上することができる。結着剤を用いる場合の結着剤の添加量は特に制限がないが、防食組成物の質量に対して3~80.0質量%であることができる。下限は4質量%、8質量%、12質量%であってもよい。上限は、70質量%、50質量%、30質量%であってもよい。
【0025】
また、各種顔料を添加することも可能であり、顔料の例は、着色顔料、体質顔料、防錆顔料、及び、特殊機能顔料である。顔料の添加割合に特に制限はないが、鋼材防食用組成物の合計質量に対して、30質量%以下であってもよく、20質量%以下であっても良い。なお、pH調整のためpH緩衝剤やアルカリ性を示す化合物を添加することもできる。
【0026】
(作用)
鋼材防食用組成物を鋼材表面全体あるいは一部に塗布するなどの手段で、鋼材に生成するさび層あるいは既に生成しているさび層に作用させると、当該微生物によりさび層が還元されるとともに、同時に添加している水溶性の金属の化合物が溶解して生成した金属カチオンが還元されたさび層の中に多量に取り込まれ、酸化還元されにくい防食さび層が形成する。一般に、さび層を還元するためには電気化学的分極装置を用い鋼材をカソード分極するが、その場合は母材の金属鉄に近接するさびのみが還元されるが、当該微生物はさび層全体に直接的に電子を与えて還元するためその効果が非常に大きく、カソード分極を行う必要はなく分極装置も不要である。したがって、インフラ鋼構造物のように大面積を有する鋼材で構成されている構造体に対して、カソード分極を行うことは大電流の発生を伴うため現実的ではないが、鋼材防食用組成物であれば大面積でも適用できる。
以上により、さび層が酸化剤として作用せず腐食に関与しなくなるとともに、さび層の環境遮断機能が向上し、鋼材の耐食性を著しく高める。すなわち、本発明の鋼材防食用組成物を用いると、当該微生物と金属カチオンの効果により、防食さび層が形成するため、鋼材の耐食性を高めるばかりでなく、さらに塗装を施す場合は、塗装により形成される塗膜の寿命も長期化することができる。
【0027】
防食さび層が酸化剤として作用しないのは、当該微生物がさび層を構成する鉄酸化物に電子を与えることにより還元され生成するスピネル型などの鉄酸化物に多くの金属カチオンが取り込まれるためである。すなわち、当該微生物の効果によりさび層中のFe3+からなる鉄酸化物に電子が与えられるが、その結果得られる鉄酸化物はFe3+とFe2+を化学量論的には2:1の原子数で含むことになる。一般にこのようなFe3+とFe2+を含む鉄酸化物は乾湿繰り返しを伴う大気腐食環境で乾燥過程において容易にFe2+が空気酸化するため、再び酸化剤として作用するFe3+のみからなる鉄酸化物からなるさび層に戻るが、当該微生物の効果により金属カチオンが還元された鉄酸化物中に、分極装置などを用いてカソード分極してさび層を還元する場合に比べると非常に多く取り込まれることにより還元された鉄酸化物の空気酸化が著しく阻害されるので、さび層が酸化剤として作用することがなくなる。また、金属カチオンが還元された鉄酸化物中に多量に取り込まれることにより、さび層が緻密になり環境遮断機能も著しく向上する。すなわち、防食さび層が形成する。
【実施例0028】
以下、本発明の実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲での種々の変更が可能である。
【0029】
(被覆鋼材の作製)
70mm×150mm×3mmの寸法を有する、鉄以外の成分を表1示す、ブラスト鋼材を準備した。この鋼材を1年間大気中(小浜市、飛来塩分量1.0mgNaCl/dm/日)に暴露し、表面にさび層を自然形成させた後、ナイロンたわしで容易に除去できるさびを除去した供試鋼材を得た。この供試鋼材には、容易に剥離できないさび層が残存しており、色調は赤褐色であった。
【0030】
【表1】
【0031】
(鋼材防食用組成物の調製)
当該微生物として、凍結乾燥された鉄還元細菌であるShewanella oneidensis(ATCC/American Type Culture Collectionのコード700550、以下SOと略称)とGeobacter sulfurreducens(ATCC コード51573、以下GSと略称)を用いた。SOあるいはGSをATCC Medium(18 Tryptic Soy Agar/Broth)を用いてATCC推奨の方法で無菌環境において培養した後、コロニーを単離してATCC推奨の#18 Broth Medium(組成は、Triptone 17.0g+Soytone 3.0g+Dextrose 2.5g+NaCl
遠心分離し沈殿したSOあるいはGSを採取した。次に、蒸留水に各種金属の化合物を加
溶液を作製し、さらにそれらの水溶液にSOあるいはGSの生育を補助するTriptic Soy Broth(組成は、Triptone 17.0g+Soytone 3.0g+Dextrose 2.5g+NaCl 5.0g+KHPO 2.5g)を1質量%となるように添加した水溶液に、採取したSOあるいはGSを加えて鋼材防食用組成物(以下、硫酸ニッケル(NiSO)水溶液、硫酸アルミニウム(Al(SO)水溶液、硫酸亜鉛(ZnSO)水溶液、を基本水溶液としたものに対しSOを加えたものをそれぞれ組成物NSO,ASO,ZSO、GSを加えたものをそれぞれ組成物NGS,AGS,ZGS、と略称)を作製して試験に用いた。
【0032】
この場合のSOあるいはGSの濃度は、SOあるいはGSを添加する前に測定しておいたSO,GS以外の成分に起因するバックグラウンドを除去した後の光路長を1cmとした光学濃度(OD(600nm)値)で、SOを加えた場合で2.0、GSを加えた場合で0.5、であった。また、各組成物を希釈した後微量を採取し、ATCC推奨の#18 Tryptic Soy Agar Medium(組成は、Triptone 17.0g+Soytone 3.0g+Dextrose 2.5g+NaCl
時間培養後、コロニー数と希釈率から算出した各組成物中の当該微生物濃度は、
OD(600nm)値が2.0を示したSOの個体数で5×10個体/cmであり、OD(600nm)値が0.5を示したGSの個体数で8×10個体/cmであった。
【0033】
A,Zと略称)、およびSOを加えた鋼材防食用組成物作製時に金属の化合物を添加しなかったもの(すなわち鋼材防食用組成物から金属の化合物を抜いたもの)(以下、混合液と略称)も準備して試験に用いた。さらに、SOを加えた鋼材防食用組成物にいずれの水溶液も添加しなかったものも準備した。この場合は、シンナーで溶解したポリビニルブチラール樹脂液(エスレック B、積水化学(株)製、分子量25,000)に、凍結乾燥状態のSOと硫酸亜鉛粉末を添加することにより鋼材防食用組成物(以下、無溶媒組成物と略称)を準備した。
【0034】
(鋼材防食用組成物の適用)
容易に剥離できないさび層が残存している発錆鋼材である供試鋼材の表面に、厚さ0.5mmの液膜になるように、組成物NSO,ASO,ZSO,NGS,AGS,ZGS、水溶液N,A,Z、混合液をそれぞれ塗布し、各塗布鋼材を得た。この際、液膜が流れ落ちないように塗布鋼材の4つの側面全域には表面から高さ1cmのアクリル製の堰を設けた。また、乾燥を防ぐために、堰で囲まれた液膜を有する表面空間をPETフィルムで覆った。塗布した後、30℃に保ち、24時間静置した。その後、塗布鋼材表面の液膜を蒸留水で軽く洗浄し、30℃、相対湿度30%で24時間乾燥させた。また、無溶媒組成物を乾燥時の膜厚が0.2mmとなるように供試鋼材に塗布し乾燥させた無溶媒組成物塗布鋼材も作製し、この塗布鋼材についてTriptic Soy Broth粉末を0.5質量%添加した30℃の水を5
30%で24時間乾燥させた。各塗布鋼材について、表2に示すように試験番号を付した。なお、前述の寒天平板培地を用いた培養による方法と同様の方法により、塗布乾燥後の無溶媒組成物中のSO濃度は1×10個体/cm、硫酸亜鉛の濃度は20質量%であった。また、ブチラール樹脂塗膜は連続膜を形成したおらずSOと硫酸亜鉛粉末を供試鋼材の表面に保持する役割はあるものの鋼材表面への水の透過を抑制する機能は有していなかった。
【0035】
24時間静置後の各塗布鋼材外観色調は、試験前の供試鋼材に何も塗布しなかった試験番号1では赤褐色のままであり、試験番号2,3,4,5,6,7,8の組成物NSO,ASO,ZSO,NGS,AGS,ZGS、無溶媒組成物の場合は黒色を、試験番号9,10,11の水溶液N,A,Zの場合は茶褐色を、試験番号12の混合液では黒色を呈していた。
【0036】
24時間乾燥後の各塗布鋼材外観色調は、試験前の供試鋼材に何も塗布しなかった試験番号1では赤褐色のままであり、試験番号2,3,4,5,6,7,8の組成物NSO,ASO,ZSO,NGS,AGS,ZGSは黒色を、試験番号9,10,11の水溶液N,A,Zの場合はオレンジ色を、試験番号12の混合液では赤褐色を呈していた。すなわち、試験前の供試鋼材に何も塗布しなかった場合は色調に変化がなく、水溶液N,A,Zでは24時間静置後には供試鋼材の赤褐色が茶褐色に変化し、さび層がやや還元されているように思われたが、24時間乾燥後には空気酸化され明るいオレンジ色になった。混合液では、24時間静置後には供試鋼材の赤褐色が黒色に変化し当該微生物の作用でさび層の還元が進行したと思われるが、24時間乾燥後には赤褐色に戻りさび層が空気酸化されたと考えられる。
【0037】
一方、組成物NSO,ASO,ZSO,NGS,AGS,ZGS、無溶媒組成物の場合では、24時間静置後に当該微生物の作用で黒色に変化しさび層が還元されたと考えられるが、24時間乾燥後にも黒色を呈しておりさび層が空気酸化されなかったと考えられる。
【0038】
24時間乾燥後にオレンジ色あるいは赤褐色を呈した水溶液N,A,Zおよび混合液のさびはFe3+から構成されるさび層であり、鋼材に対し酸化剤として作用すると考えられる。一方、24時間乾燥後にも黒色を呈したままであった組成物NSO,ASO,ZSO,NGS,AGS,ZGS、無溶媒組成物の場合のさび層はFe3+とFe2+を含んだ状態に維持されており、酸化剤として作用し難いと思われる。
【0039】
(耐食性評価)
24時間乾燥後の各塗布鋼材(試験番号1は何も塗布していない)の耐食性を評価するため京都府京都市西京区御陵大原1-39において水平姿勢で6か月間の大気暴露試験を行った。当該環境は内陸部であり腐食環境としてはマイルドであるため、腐食反応を加速する目的で一週間に1回1質量%のNaCl水溶液を各塗布鋼材表面全体に10秒間噴霧した。なお、試験前に各塗布鋼材の側面と裏面は防食塗料を厚く塗布して評価対象外とした。試験終了後、鋼材の平均腐食深さを測定した。
【0040】
以上の結果をまとめて表2に示す。
【0041】
【表2】
【0042】
試験結果から以下のことが明らかとなった。試験番号1の試験前の供試鋼材の平均腐食深さは85.0μmであり、はやい腐食速度である。組成物NSOを用いた試験番号2の平均腐食深さは0.2μmであり、鋼材の腐食速度が著しく低下している。組成物ASOを用いた試験番号3の平均腐食深さは0.3μmであり、やはり鋼材の腐食速度が低下している。組成物ZSOを用いた試験番号4の平均腐食深さは0.3μmであり、腐食速度は低い。組成物NGSを用いた試験番号5の平均腐食深さは0.4μmであり、腐食速度は低い。組成物AGSを用いた試験番号6の平均腐食深さは0.6μmであり、鋼材の腐食速度が低下している。組成物ZGSを用いた試験番号7の平均腐食深さは0.6μmであり、腐食速度は低い。無溶媒組成物を用いた試験番号8の平均腐食深さは0.2μmであり、腐食速度は低い。水溶液Nを用いた試験番号9の平均腐食深さは68.5μmであり、腐食速度は高い。水溶液Aを用いた試験番号10の平均腐食深さは71.3μmであり、高い腐食速度である。水溶液Zを用いた試験番号11の平均腐食深さは75.9μmであり、腐食速度は高い。混合液を用いた試験番号12の平均腐食深さは81.1μmであり、腐食速度は高い。
【0043】
すなわち、試験前の供試鋼材(試験番号1)においては、表面に残存していたさび層の還元反応が速く、鋼材が早期に酸化されるため、腐食速度が高くなった。また、この供試鋼材に対し、NiSO,Al(SO,ZnSOの水溶液を作用させた場合(試験番号9,10,11)や、金属の化合物を添加せずSOを添加した場合(試験番号12)においても、24時間乾燥後には外観がオレンジ色あるいは赤褐色を呈していたことからも、さび層の特性は変化せず、同様に腐食速度が高くなったと考えられる。
【0044】
一方、鋼材防食用組成物を用いた場合(試験番号2,3,4,5,6,7,8)は、酸化還元されにくく環境遮断機能が向上した防食さび層が形成したため、平均腐食深さが非常に低い値となり、鋼材の耐食性が著しく向上したと考えられる。このことは、鋼材防食用組成物を用いた塗布鋼材では、24時間乾燥後にもさび層の色調が黒色系を保っておりさび層の空気酸化がほとんど生じていないと考えられたことと矛盾するものでは無い。以上より、鋼材防食用組成物の効果が明確である。
【符号の説明】
【0045】
10…鋼材、20…鋼材防食用組成物、30…さび層、100…被覆鋼材、200…被覆発錆鋼材。
図1