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  • 特開-菌根性きのこの菌床栽培方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022188323
(43)【公開日】2022-12-21
(54)【発明の名称】菌根性きのこの菌床栽培方法
(51)【国際特許分類】
   A01G 18/69 20180101AFI20221214BHJP
【FI】
A01G18/69
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021096237
(22)【出願日】2021-06-09
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-09-29
(71)【出願人】
【識別番号】000203656
【氏名又は名称】多木化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100122574
【弁理士】
【氏名又は名称】吉永 貴大
(72)【発明者】
【氏名】秋津 教雄
(72)【発明者】
【氏名】金城 裕行
(72)【発明者】
【氏名】山口 勇
【テーマコード(参考)】
2B011
【Fターム(参考)】
2B011AA06
2B011GA08
2B011GA09
(57)【要約】
【課題】一空間内での栽培個数を1個とする栽培方法によるマツタケ又はバカマツタケの菌床栽培において、子実体の発生及び形成の確実性を高めるための効率的な栽培方法の提供を課題とする。
【解決手段】栽培容器内への空気の供給時期が、菌根性きのこが少なくとも原基形成段階から子実体の傘形成段階までの生育段階にあるときであり、栽培容器内への無菌空気の供給によって、培地表面の直上部の雰囲気を、CO2濃度3000ppm以下、かつ、相対湿度80%以上に制御することを特徴とする、菌根性きのこの菌床栽培方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
空気供給源(A)から密閉型の栽培容器(B)の複数個のそれぞれに対して接続した配管(C)を通して、栽培容器(B)のそれぞれの内部に、水蒸気は通過するが菌は通過しないフィルター(D)によってろ過した相対湿度80%以上の空気(E)を供給する環境制御システムを用いて、
栽培容器(B)内において、その下部に敷き詰めた1本相当の子実体形成に必要な量の菌床培地に種菌を接種した後から、菌糸体生長段階及び原基形成段階を経て、子実体の傘形成段階に至るまでの期間中、菌根性きのこを無菌的に栽培する、菌根性きのこの菌床栽培方法であって、
菌根性きのこの種類が、マツタケ又はバカマツタケであり、
栽培容器(B)が、前記種菌を接種した菌床培地の上部に、形成した子実体を収容しうる上部空間(F)を有する大きさのものであり、
上部空間(F)を取り囲む部分の栽培容器(B)のボディの任意の場所に、フィルター(D)を備えた通気口(G)が設置され、
栽培容器(B)内への空気(E)の供給時期が、菌根性きのこが少なくとも原基形成段階から子実体の傘形成段階までの生育段階にあるときであり、
前記供給時期における栽培容器(B)内における配管(C)の出口の位置が、培地表面から上部空間(F)の最も高い位置までの高さをhとしたときに、培地表面から高さh以下の位置であり、
栽培容器(B)内への空気(E)の供給によって、培地表面の直上部の雰囲気を、CO2濃度3000ppm以下、かつ、相対湿度80%以上に制御することを特徴とする、
菌根性きのこの菌床栽培方法。
【請求項2】
空気(E)の供給量が、栽培容器(B)の内部空気量1000mLに対し100~1500mL/分の範囲内である、請求項1に記載の菌根性きのこの菌床栽培方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、菌根性きのこ、特にマツタケ又はバカマツタケの菌床栽培方法に関する。
【背景技術】
【0002】
きのこの菌床栽培の概略を説明すると、きのこの種菌を培地に接種し、菌糸体の生長から原基の形成、子実体の形成までの段階を人工環境下において実施するものである。特に、植物との共生処理をおこなうことなく、全栽培工程を屋内の人工環境下でおこなう栽培は、完全人工栽培と称される。なお、種菌とは、きのこの菌糸体を液体培地又は固体培地で培養して、取り扱いを容易にしたものである。菌根性きのこ(菌根菌)においては、液体培地における培養により作製した液体種菌を固体培地で培養し、これにより作製した固体種菌を種菌として用いることが一般である。
【0003】
きのこの完全人工栽培においては、温度、湿度及び二酸化炭素濃度の管理が要請されることが多く、さらに雑菌混入の防止が必要となることもある。きのこは、乾燥耐性が低いため、菌糸体表面の湿潤状態を保つことは重要である。また、きのこは、呼吸により二酸化炭素を排出する一方、二酸化炭素濃度が高い環境下では生育不良を起こすので、二酸化炭素濃度を一定以下に保つために換気することが一般に行われている。
【0004】
特許文献1には、育成室内でエリンギを人工栽培するための方法として、育成室内に導入する空気をプレ・フィルター、エアコンディショナー及びヘパ・フィルターを設けて滅菌・温度調整し、加湿器を用いて湿度調整し、排気装置により一定間隔で排気する方法が開示されている。
【0005】
特許文献2には、室内の空間全体を恒温、恒湿、無菌状態に制御する自動化空調技術を用いたマツタケの多段栽培用装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003-23861号公報
【特許文献2】韓国公開特許第10-2016-0132613号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
マツタケとバカマツタケは、雑菌汚染に弱く、また伝染により罹患しやすいため、リスク管理の観点からは一空間内で栽培する栽培個数は可能な限り低減することが好ましい。ここで、栽培個数の数え方は、1本相当の子実体の形成に必要な量の菌床培地が1個の培養瓶に充填されていると仮定し、この培養瓶の個数を以って栽培個数とする。また、1本相当の子実体とは、子実体が2本や3本の複数本で形成されたとしても、1本の子実体が枝分かれしたと見なせる場合の子実体をいう。
【0008】
特許文献1の実施例1には、一空間内での栽培個数(特許文献1の表記では「育成瓶」)が16個であることが記載されている。また、特許文献2の多段栽培用装置は、一空間内で多数の栽培個数を栽培できる装置である。
【0009】
特許文献1と2に開示された一空間内での多数栽培方法は、マツタケ又はバカマツタケでは1株でも雑菌汚染されると同じ空間内で栽培している他のマツタケ又はバカマツタケも雑菌汚染されて全滅するおそれがあるため、リスクを伴う方法である。そこで、最も好ましくは個別隔離栽培法、すなわち、一空間内での栽培個数を1個とする栽培方法である。しかし、個別隔離栽培法では栽培個数分だけの栽培容器が必要となり、例えば特許文献1の方法に従えば、栽培容器1個につき加湿器を1個取り付けることになるため、経済的ではないという課題があった。
【0010】
そこで本発明は、個別隔離栽培法によるマツタケ又はバカマツタケの菌床栽培において、子実体の発生及び形成の確実性を高めるための効率的な栽培方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討し、栽培容器内の環境制御を効率的に実施できる方法の開発に注力した。その結果、特に原基形成段階から子実体の傘形成段階までの生育段階にあるときに、相対湿度80%以上の無菌空気を各栽培容器に接続した配管を通して栽培容器内に供給することによって上記課題が解決されることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
本発明は以下のとおりである。
[1]空気供給源(A)から密閉型の栽培容器(B)の複数個のそれぞれに対して接続した配管(C)を通して、栽培容器(B)のそれぞれの内部に、水蒸気は通過するが菌は通過しないフィルター(D)によってろ過した相対湿度80%以上の空気(E)を供給する環境制御システムを用いて、栽培容器(B)内において、その下部に敷き詰めた1本相当の子実体形成に必要な量の菌床培地に種菌を接種した後から、菌糸体生長段階及び原基形成段階を経て、子実体の傘形成段階に至るまでの期間中、菌根性きのこを無菌的に栽培する、菌根性きのこの菌床栽培方法であって、菌根性きのこの種類が、マツタケ又はバカマツタケであり、栽培容器(B)が、前記種菌を接種した菌床培地の上部に、形成した子実体を収容しうる上部空間(F)を有する大きさのものであり、上部空間(F)を取り囲む部分の栽培容器(B)のボディの任意の場所に、フィルター(D)を備えた通気口(G)が設置され、栽培容器(B)内への空気(E)の供給時期が、菌根性きのこが少なくとも原基形成段階から子実体の傘形成段階までの生育段階にあるときであり、前記供給時期における栽培容器(B)内における配管(C)の出口の位置が、培地表面から上部空間(F)の最も高い位置までの高さをhとしたときに、培地表面から高さh以下の位置であり、栽培容器(B)内への空気(E)の供給によって、培地表面の直上部の雰囲気を、CO2濃度3000ppm以下、かつ、相対湿度80%以上に制御することを特徴とする、菌根性きのこの菌床栽培方法。
[2]空気(E)の供給量が、栽培容器(B)の内部空気量1000mLに対し100~1500mL/分の範囲内である、前記[1]に記載の菌根性きのこの菌床栽培方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の菌根性きのこの菌床栽培方法によれば、雑菌汚染と共に感染による罹患を防ぎながら、マツタケ又はバカマツタケの子実体形成に適した環境に制御することができるため、子実体の形成率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例1で得られた子実体の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、好ましい実施形態に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。
なお、本発明において、数値範囲に関する「数値1~数値2」という表記は、数値1を下限値とし数値2を上限値とする、両端の数値1及び数値2を含む数値範囲を意味し、「数値1以上数値2以下」と同義である。
【0016】
本発明の菌根性きのこの菌床栽培方法(以下「本発明の栽培方法」という)は、空気供給源(A)から密閉型の栽培容器(B)の複数個のそれぞれに対して接続した配管(C)を通して、栽培容器(B)のそれぞれの内部に、水蒸気は通過するが菌は通過しないフィルター(D)によってろ過した相対湿度80%以上の空気(E)を供給する環境制御システムを用いて、栽培容器(B)内において、その下部に敷き詰めた1本相当の子実体形成に必要な量の菌床培地に種菌を接種した後から、菌糸体生長段階及び原基形成段階を経て、子実体の傘形成段階に至るまでの期間中、菌根性きのこを無菌的に栽培する、菌根性きのこの菌床栽培方法であって、さらに以下の条件を満たすものである。
(1)菌根性きのこの種類が、マツタケ又はバカマツタケである。
(2)栽培容器(B)が、前記種菌を接種した菌床培地の上部に、形成した子実体を収容しうる上部空間(F)を有する大きさのものである。
(3)上部空間(F)を取り囲む部分の栽培容器(B)のボディの任意の場所に、フィルター(D)を備えた通気口(G)が設置されたものである。
(4)栽培容器(B)内への空気(E)の供給時期が、菌根性きのこが少なくとも原基形成段階から子実体の傘形成段階までの生育段階にあるときである。
(5)前記供給時期における栽培容器(B)内における配管(C)の出口の位置が、培地表面から上部空間(F)の最も高い位置までの高さをhとしたときに、培地表面から高さh以下の位置である。
(6)栽培容器(B)内への空気(E)の供給によって、培地表面の直上部の雰囲気を、CO2濃度3000ppm以下、かつ、相対湿度80%以上に制御する。
【0017】
ここで、上記(5)と(6)における「培地表面」とは、外見的に培地と認識できるものの表面を指す。具体的には、種菌が固体種菌である場合、菌床培地とこれに接種した固体種菌の固体培地とを総称したものが「培地」であり、その表面を指す。また、種菌が液体種菌である場合、菌床培地の表面を指す。ところで、菌根性きのこが上記(4)の生育段階にあるときは、培地表面が菌糸体に覆われているのが通常であるが、一般に培地表面の菌糸体の厚みはあまり厚くないので、培地表面を基準面とすることに支障はない。また、培地表面が培地構成物の形状に由来する程度の凹凸を有する場合には、最上部を培地表面とすればよい。
【0018】
(菌根性きのこの種類)
本発明の栽培方法が適用される菌根性きのこの種類は、マツタケ又はバカマツタケである。以下、「マツタケ又はバカマツタケ」は、「マツタケ類」と称する。
【0019】
(菌床栽培)
菌床栽培は、種菌接種後に始まり、菌糸体生長段階、原基形成段階、子実体の傘形成段階を経て、子実体形成段階に至るまで栽培するものである。本発明の栽培方法は、とりわけ完全人工栽培に適用することができる方法である。無菌的栽培は、種菌接種後から子実体の傘形成段階までの期間に適用するものであるが、子実体形成段階にも適用することを排除するものではない。すなわち、種菌接種後から子実体形成段階までの期間を無菌的栽培としてもよい。
【0020】
種菌接種では、菌根性きのこの種菌を栽培容器(B)の下部に敷き詰めた1本相当の子実体形成に必要な量の菌床培地に接種する。種菌の接種方法に特に限定はなく、例えば、シイタケの菌床栽培などの種菌接種手段を用いて実施することもできる。本発明は個別隔離栽培法を用いるものであるため、菌床培地の量は、1本相当の子実体形成に必要な量とする。菌床培地を栽培容器(B)の下部に敷き詰めることによって、栽培容器(B)の側壁の下部と底面は菌床培地と接する。
【0021】
菌糸体生長段階は、接種された種菌の菌糸体が生長して原基形成段階に至るまでの段階である。
【0022】
原基形成段階は、2mm以上の菌糸塊が形成された時点から幼子実体が発生する前までの段階である。菌糸塊は、菌糸体が塊状になったものであり、2mm以上であれば肉眼でも確認することができる。菌糸塊が生育することにより原基が形成される。幼子実体は、原基が生育したものであり、その頭部にまだ開いていない傘様組織を備えたものである。この傘様組織を切断したときに、ヒダ様構造を確認することができれば、幼子実体である。よって、幼子実体が発生する前までの時点における原基は、その頭部を切断してもヒダ様構造を確認することはできない。
【0023】
子実体の傘形成段階は、幼子実体が発生した時点から子実体の柄に傘ができたことが最初に確認されるまでである。
【0024】
子実体形成段階は、子実体の傘形成が確認された後、収穫可能な子実体に生長するまでの段階である。
(菌床培地)
【0025】
菌床培地は、種菌が接種された後、菌糸体生長段階、原基形成段階、子実体の傘形成段階を経て、子実体形成段階まで、培養基材としての役割を果たすものである。菌床培地は、基材、栄養分及び水分を培地構成要素として含むものであり、栽培対象とするマツタケ類に応じてその原料、配合比等が適切に設計されることが好ましい。
【0026】
基材の好例として、鉱物質、植物質等が挙げられる。鉱物質の例は、鹿沼土、赤玉土、桐生砂、日向土、さつま土、軽石、バーミキュライト、パーライト等である。植物質の例は、大鋸屑、稲ワラ、バーク等である。
【0027】
栄養分は、マツタケ類が資化し得る炭素源及び窒素源の他、有機酸、ミネラル類、ビタミン類等が好例である。炭素源及び/又は窒素源の例は、トウモロコシ、フスマ、小麦粉、オカラ、米ヌカ、大豆粕、大麦(押麦)、ビール粕、グルコース、グリセリン、ショ糖、デキストリン、デンプン、ペプトン、脱脂乳、大豆粉、乾燥酵母、肉エキス、Yeast Extract、Malt Extract、カゼイン、アミノ酸類等である。有機酸の例は、クエン酸、酒石酸、乳酸等である。トウモロコシ、大麦(押麦)等については、粒状のものを用いても構わない。
【0028】
基材及び栄養分の組成の一例として、鉱物質、大鋸屑、米ヌカ、大麦(押麦)、グルコース、Yeast Extract、Malt Extract、クエン酸、ミネラル類及びビタミン類等を混合したものが挙げられる。
【0029】
水分の含有割合(含水率)は、培地構成要素の保水量を考慮して適宜設定することが好ましく、例えば、水分を含む培地構成要素すべての総質量に対して概ね45~65質量%の範囲内とすることが好ましい。
【0030】
バカマツタケ用の菌床培地の好例は、特許第6756069号公報に記載された菌床培地であり、当該特許に開示された技術は参照により本発明に取り込まれる。
【0031】
菌床培地は、雑菌汚染防止のために、滅菌されたものを用いることが好ましい。その滅菌方法は、特に限定されることはないが、常法による高圧蒸気滅菌が好例である。
【0032】
(栽培方法)
本発明の栽培方法では、栽培容器(B)内において、種菌接種後から子実体の傘形成段階に至るまでの期間中、マツタケ類を無菌的に栽培する。無菌的栽培を実現するためには、上記期間中は配管(C)と通気口(G)による外部との物質交換を除いて、栽培容器(B)を密閉し続けることが好ましい。特にバカマツタケにおいては、菌掻き、覆土等の人為的操作をおこなわなくとも子実体を得ることができるため、密閉し続けても子実体を発生させることができる。
【0033】
(環境制御システム)
本発明の栽培方法に用いる環境制御システムは、密閉型の栽培容器(B)の複数個のそれぞれに対して、空気供給源(A)から配管(C)を接続し、水蒸気は通過するが菌は通過しないフィルター(D)によってろ過した相対湿度80%以上の空気(E)を配管(C)を通して栽培容器(B)のそれぞれの内部に供給するものである。栽培容器(B)の個数は、2個以上であればよい。上限については特に限定されないが、例えば、10000個である。栽培容器(B)の個数の具体例として、3個、5個、10個、15個、20個、30個、50個、100個、500個、1000個、3000個、5000個等が挙げられる。
【0034】
栽培容器(B)は、種菌を接種した菌床培地を収容し、その上部には形成した子実体を収容しうる上部空間(F)を有する大きさのものである。栽培容器(B)の高さは、形成しうる子実体の高さに応じて適宜設定することが好ましく、好例は、10~70cmの範囲である。当該範囲の上限値は、より好ましくは60cmであり、さらに好ましくは50cmである。また、栽培容器(B)の底面積は、例えば、30~800cm2の範囲であることが好ましい。当該範囲の上限値は、より好ましくは700cm2であり、さらに好ましくは600cm2である。当該範囲の下限値は、より好ましくは50cm2であり、さらに好ましくは70cm2である。
【0035】
栽培容器(B)の形状は特に制限されず、例えば、円柱、立方体、直方体等の各種形状が挙げられる。
【0036】
栽培容器(B)の代表的な構造例は、収容部と蓋部からなるものである。外部からの雑菌混入を防止するため、収容部と蓋部は隙間ができないように常法により密閉する。また、栽培容器(B)の材質は特に限定されず、例えば、ガラス、金属、プラスチック等が挙げられる。また、少なくとも収容部の側壁は、透明であることが好ましい。
【0037】
通気口(G)は、フィルター(D)を備えたものであり、上部空間(F)を取り囲む部分の栽培容器(B)のボディの任意の場所に設置される。収容部と蓋部からなる栽培容器(B)では、通気口(G)は蓋部に設置されることが好ましい。通気口(G)の数や大きさは特に限定されないが、培地表面の直上部の雰囲気及び栽培容器(B)内への空気(E)の供給量を勘案して設定することが好ましい。例えば、通気口(G)の数は、1~5個の範囲であることが好ましい。また、通気口(G)の大きさ(面積)は、例えば、0.5~15cm2の範囲であることが好ましい。当該範囲の上限値は、10cm2であることが好ましく、より好ましくは5cm2である。
【0038】
フィルター(D)は、水蒸気は通過するが菌は通過しないものである。よって、空気はフィルター(D)を通過する。フィルター(D)としては公知のものを用いればよく、例えば、HEPAフィルター、ポアサイズが0.45μm以下のメンブレンフィルター等が好例である。
【0039】
空気供給源(A)は、空気を送り出すことができる装置であれば特に限定されず、例えば、ブロワ、プロペラファン、エアーポンプ、エアーコンプレッサー等が挙げられる。空気供給源(A)は、栽培容器(B)の個数等の条件に応じた空気供給能力を有する装置を選択することが好ましい。空気供給源(A)から複数個の栽培容器(B)に対する配管(C)の接続方法は、並列であることが好ましい。
【0040】
空気供給源(A)によって送り出された空気は、フィルター(D)によってろ過されることにより、相対湿度80%以上の無菌の空気(E)となる。ここで、フィルター(D)は、通気口(G)が備えるフィルター(D)と同じ機能を有するもの、すなわち、水蒸気は通過するが菌は通過しないものであり、その好例は前記のとおりである。無菌的に加湿できるのであれば、フィルター(D)の設置場所は、空気供給源(A)の出口から配管(C)の出口までの間の任意の場所とすることができる。ただし、リスク低減の観点からは、加湿場所以降であって配管(C)の出口までの場所とすることが好ましい。フィルター(D)の設置場所の例は、栽培容器(B)のボディ、配管(C)の出口等である。また、加湿には、加湿器等による公知の加湿方法を用いればよい。空気(E)の相対湿度は、85%以上であることが好ましく、より好ましくは90%以上であり、さらに好ましくは95%以上である。
【0041】
配管(C)の出口の位置は、培地表面から上部空間(F)の最も高い位置までの高さをhとしたときに、培地表面から高さh以下の位置である。培地表面の直上部を所定の雰囲気に制御する観点から、配管(C)の出口の位置は培地表面に近い方が好適であり、例えば、培地表面から高さ0.8h以下であることが好ましく、より好ましくは0.7h以下であり、さらに好ましくは0.5h以下であり、さらにより好ましくは0.3h以下である。高さhは、菌床培地量や栄養分等の設計条件により形成しうる子実体の大きさを勘案した上で適宜設定すればよいが、例えば、6cm以上の任意の値とすることが好ましい。そのような値として、6.5cm、7cm、7.5cm、8cm、8.5cm、9cm、9.5cm、10cm、11cm、12cm、15cm、20cm、25cm、30cm、40cm、50cm、60cm等を挙げることができる。配管(C)の出口の位置の下限値は特に限定されないが、例えば、1cmが好ましく、より好ましくは2cmである。よって、配管(C)の出口の位置の好適な範囲として、培地表面から高さ1cm以上h以下、1cm以上0.8h以下、1cm以上0.7h以下、1cm以上0.5h以下、1cm以上0.3h以下、2cm以上h以下、2cm以上0.8h以下、2cm以上0.7h以下、2cm以上0.5h以下、2cm以上0.3h以下を挙げることができる。なお、上記例示した範囲において、上限値は下限値よりも大きい値をとるものとする。
【0042】
配管(C)の出口の向きは、下方、すなわち培地表面に向いていることが好ましい。配管(C)の内径は、例えば、1~20mmの範囲が好ましいが、1~10mmや1~5mmの範囲であっても構わない。配管(C)の出口の形状及び個数並びに配管(C)の本数は、適切な生育が得られるように適宜設定することが好ましい。配管(C)の出口部分の形状は特に限定されることはなく、丸形、矩形、星形等を例示でき、スリット状であってもよい。また、市販のスプレーノズルを取り付けたものであってもよい。配管(C)の出口の個数は1個に限定されず、複数個であっても構わない。例えば、配管(C)の末端部は閉塞させ、末端部から所定の長さを培地表面に対し平行とし、その平行部分に複数個の穴を設けてこの穴を出口としてもよい。また、配管(C)の本数は1本に限定されず、複数本であっても構わない。例えば、栽培容器(B)内に配管(C)が2本導入されたものであってもよいし、1本の配管(C)が栽培容器(B)内で枝分かれしたものであってもよい。
【0043】
配管(C)が栽培容器(B)のボディを通る位置は特に限定されないが、好ましくは上部空間(F)を取り囲む部分の栽培容器(B)のボディである。例えば、栽培容器(B)が収容部と蓋部からなる場合、蓋部を通ってもよいし、収容部を通ってもよい。収容部を通る場合の一例は、上部空間(F)に接する収容部の任意の場所で配管(C)を通し、栽培容器(B)内では培地表面と平行になるように配管(C)を配置する。栽培容器(B)のボディと配管(C)との接合部には、栽培容器(B)の密閉性の観点から隙間がないようにすることが好ましい。
【0044】
配管(C)の材質は特に限定されず、金属、プラスチック、ガラス等を例示できる。また、配管(C)は、空気供給源(A)から配管(C)の出口までの間に接ぎ部を有していてもよい。
【0045】
(空気(E)の供給時期)
栽培容器(B)内への空気(E)の供給時期は、マツタケ類が少なくとも原基形成段階から子実体の傘形成段階までの生育段階にあるときである。原基形成段階に空気(E)を供給しない場合には、原基の生育が損なわれやすくなる。一方、子実体の傘形成段階に空気(E)を供給しない場合には、幼子実体の生育が不十分となりやすい。空気(E)の供給時期は、原基形成段階から子実体の傘形成段階までに限定されることはなく、必要に応じて、菌糸体生長段階及び/又は子実体形成段階にも供給してもよい。マツタケ類は、菌床培地に種菌を接種してから子実体が発生するまでに長期間を要するため、原基形成段階以降の水分が必要な時期に水分不足になりやすい。そこで、個々の栽培容器(B)にスプリンクラーのような散水装置を取り付ける方法も考えられるが、この方法は高コスト化の原因となるだけでなく、菌糸体は撥水性が強いために散水した水が菌糸体に利用されることなく容器底部に水溜まりとして溜まる可能性がある。水溜まりは腐敗の原因となるため、排水を考慮した装置設計が必要となり、装置の複雑化・高コスト化を招くため好ましくない。これに対し、本発明の栽培方法は、密閉状態を維持した上で、水蒸気の形態で菌糸体表面に簡便に水分供給できるため、水溜まりの発生を抑止しながら、菌糸体表面の湿潤状態を保つのに好都合である。空気(E)の供給は、水分供給だけでなく、CO2濃度の低減にも効果を発揮する。
【0046】
空気(E)の供給によって、培地表面の直上部の雰囲気を、CO2濃度3000ppm以下、かつ、相対湿度80%以上に制御する。菌糸体は、二酸化炭素濃度が高くなったり表面が乾燥したりすると生育に支障を来す傾向にあるので、培地表面の直上部のCO2濃度と相対湿度を制御することには大いに意義がある。
【0047】
培地表面の直上部の雰囲気である{CO2濃度、相対湿度}は、相対湿度に着目すれば、好ましくは{3000ppm以下、85%以上}であり、より好ましくは{3000ppm以下、90%以上}であり、さらに好ましくは{3000ppm以下、95%以上}である。また、CO2濃度に着目すれば、好ましくは{2500ppm以下、80%以上}であり、より好ましくは{2000ppm以下、80%以上}であり、さらに好ましくは{1500ppm以下、80%以上}である。これら以外の好ましい組み合わせとして、{2500ppm以下、85%以上}、{2500ppm以下、90%以上}、{2500ppm以下、95%以上}、{2000ppm以下、85%以上}、{2000ppm以下、90%以上}、{2000ppm以下、95%以上}、{1500ppm以下85%以上}、{1500ppm以下、90%以上}、{1500ppm以下、95%以上}が挙げられる。なお、CO2濃度と相対湿度の測定には、作業性の観点から、培地表面から高さ5cmまでの空間で測定した値を培地表面の直上部での測定値として取り扱ってもよい。
【0048】
空気(E)の流量は、上記雰囲気に制御できるように設定することが好ましい。好適な一例は、空気(E)の供給量が、栽培容器(B)の内部空気量1000mLに対し100~1500mL/分の範囲内である。空気(E)の供給は、間欠的であってもよいが、好ましくは連続的である。
【0049】
空気(E)の温度は、マツタケ類の生育に適した温度に設定することが好ましい。そのような温度として、20~24℃を例示できる。
【0050】
本発明の栽培方法の好適な一形態は、栽培容器(B)内に空気(E)を導入することによって、容器内の圧を正圧とするものである。正圧とすることの利点は、通気口(G)からの排気が容易となることである。
【実施例0051】
以下に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに制限されるものではない。
【0052】
(菌床培地)
菌床培地は、特許第6756069号公報の実施例に記載のものを用いた。すなわち、菌床培地組成物として、菌床培地組成物Aを用いた。菌床培地組成物Aは、基本組成(日向土600g、桐生砂1000g、大麦(押麦)200g)100質量部に対して、コナラ大鋸屑を20質量部、栄養剤(グルコース:20g/L、Yeast Extract:2g/L、Malt Extract:2g/L、クエン酸:0.2g/L、酒石酸NH4:0.5g/L、KH2PO4:0.2g/L、CaCl2・2H2O:50mg/L、FeCl3・6H2O:100mg/L、ZnSO4・7H2O:0.1mg/L、MnSO4・4H2O:0.1mg/L、CuSO4・5H2O:0.1mg/L、CoSO4・7H2O:0.01mg/L、NiSO4・H2O:0.1mg/L、チアミン塩酸塩:5mg/L、ニコチン酸:0.05mg/L、ビオチン:0.15mg/L、葉酸:0.015mg/L、硫酸アデニン:0.015mg/L)を120質量部混合したものである。なお、日向土と桐生砂は、主として小粒として市販されているものを用い、粒径が2.36mm~8mmの範囲内に入るように篩分けしたものである。
【0053】
水分含量を50質量%に設定した菌床培地組成物Aを高圧蒸気滅菌(121℃、60分間)した後、スパチュラを用いた人手によって解砕処理を行った。解砕の程度は、解砕処理物を栽培容器に入れたときに、培地構成物間に肉眼視で隙間が確認できる程度とした。隙間を取り囲む培地構成物として、1~5個程度の粒状物によって形成された塊も確認することができた。この解砕処理物を菌床培地とした。
【0054】
〔実施例1〕
栽培容器(直径9.5cm、高さ16cmの円柱型)の下部に上記菌床培地を解砕処理の状態が保持されるように敷き詰め、これにバカマツタケの固体種菌を接種した後、蓋を閉めて密閉した。なお、蓋には、通気口として直径が1.3cmでありポアサイズが0.45μmであるメンブレンフィルターを設置した。また、内径1.5mmのステンレス製配管を蓋に貫通させ、配管の出口を培地表面から高さ3.5cmの位置とした。
【0055】
空気供給源としてエアーポンプを用いた。1つの空気供給源から栽培容器5個に空気を供給した。これを1セットとする。なお、空気供給源から各栽培容器への配管接続は並列とした。空気供給源と並列接続部の間に加湿器を設置し、加湿器と並列接続部の間にポアサイズが0.45μmであるメンブレンフィルターを設置した。
【0056】
栽培環境は、温度20~24℃の範囲内に設定した室内とし、生育状態を観察しながら無菌環境下で水分と栄養分(グルコースを含有した水溶液。必要に応じてYeast Extract、Malt Extract等も含有)を適宜添加した。
【0057】
子実体が形成した事例では、種菌接種後2.5ヶ月間程度培養後に原基の形成が確認され、これ以降、栽培容器内に配管を通じて相対湿度95~99%の無菌空気の導入を開始し、子実体の柄に傘の形成が最初に確認された時点で、無菌空気の導入を停止した。また、当該空気の導入量は、栽培容器内の空気量1000mLに対し800mL/分とした。栽培容器内における培地表面の直上部のCO2濃度と相対湿度を測定したところ、CO2濃度は概ね900~1200ppmの範囲内で、相対湿度は概ね85~95%の範囲内で推移した。
【0058】
実施例1では、5セットの栽培を実施し(栽培個数25個)、そのうち4個で子実体が形成した。
【0059】
〔実施例2〕
相対湿度95~99%の無菌空気の導入を固体種菌の接種後から子実体が収穫可能な大きさとなるまでの期間とした以外は、実施例1と同様に栽培した。
【0060】
実施例2では、5セットの栽培を実施し(栽培個数25個)、そのうち4個で子実体が形成した。
【0061】
〔実施例3〕
相対湿度95~99%の無菌空気の導入量を栽培容器内の空気量1000mLに対し500mL/分とした以外は、実施例1と同様に栽培した。このとき、実施例1と同様にして栽培容器内における培地表面の直上部のCO2濃度と相対湿度を測定したところ、CO2濃度は概ね1800~2300ppmの範囲内で、相対湿度は概ね85~95%の範囲内で推移した。
【0062】
実施例3では、5セットの栽培を実施し(栽培個数25個)、そのうち2個で子実体が形成した。
【0063】
〔実施例4〕
配管の出口の位置を栽培容器の蓋の内側とし、相対湿度95~99%の無菌空気の導入量を栽培容器内の空気量1000mLに対し1200mL/分とした以外は、実施例1と同様に栽培した。このとき、実施例1と同様にして栽培容器内における培地表面の直上部のCO2濃度と相対湿度を測定したところ、CO2濃度は概ね1800~2300ppmの範囲内で、相対湿度は概ね85~95%の範囲内で推移した。
【0064】
実施例4では、5セットの栽培を実施し(栽培個数25個)、そのうち1個で子実体が形成した。
【0065】
〔比較例1〕
配管を設けず空気を供給しなかった以外は、実施例1と同様に栽培した。種菌接種後84日経過した時点で培地表面の直上部のCO2濃度と相対湿度を測定したところ、CO2濃度は4700ppm、相対湿度は99%であった。栽培個数は3個としたが、子実体の形成は見られなかった。
【0066】
〔比較例2〕
相対湿度95~99%の無菌空気の代わりに、相対湿度70~75%の無菌空気を用いた以外は、実施例1と同様に栽培した。このとき、実施例1と同様にして栽培容器内における培地表面の直上部のCO2濃度と相対湿度を測定したところ、CO2濃度は概ね900~1200ppmの範囲内で、相対湿度は概ね60~70%の範囲内で推移した。
【0067】
比較例2では、2セットの栽培を実施したが(栽培個数10個)、子実体の形成は見られなかった。
【0068】
〔子実体〕
得られた子実体はいずれのもマツタケと同様の香りを発しており、その香り成分をガスクロマトグラフ質量分析法で同定したところ、マツタケ類に特有のケイ皮酸メチルが含有されていることを確認した。さらに、これらの子実体をITS-5.8SrDNA塩基配列分子系統解析したところ、バカマツタケと同定された。
【0069】
図1に、実施例1で得られた子実体の代表例の写真を示した。この子実体は、重量が10.7g、子実体長(軸方向の長さ)が6.2cmであった。
図1