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特開2022-188325疲労強度に優れた回し溶接継手および回し溶接方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022188325
(43)【公開日】2022-12-21
(54)【発明の名称】疲労強度に優れた回し溶接継手および回し溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/02 20060101AFI20221214BHJP
   B23K 31/00 20060101ALI20221214BHJP
   B23K 9/04 20060101ALI20221214BHJP
【FI】
B23K9/02 D
B23K31/00 F
B23K9/04 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021096245
(22)【出願日】2021-06-09
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】平出 隆志
(72)【発明者】
【氏名】半田 恒久
【テーマコード(参考)】
4E081
【Fターム(参考)】
4E081AA08
4E081BA05
4E081BB05
4E081CA01
4E081CA07
4E081DA10
4E081DA12
4E081FA14
4E081FA15
(57)【要約】      (修正有)
【課題】疲労強度を安価に且つ安定して向上することができる回し溶接継手および回し溶接方法を提供する。
【解決手段】ガセット2を主板に回し溶接して得られる溶接継手であって、ガセット2と主板とを隅肉溶接によってガセット2の長辺の一方の側から短辺を通過し、ガセット2の長辺の他方の側に至るよう連続的に盛られた第1溶接ビード3を有し、さらにガセット長辺の一方の側の第1溶接ビード3に沿って主板上に延伸して形成された第2溶接ビード4と、ガセット長辺の他方の側の第1溶接ビード3に沿って主板上に延伸して形成された第3溶接ビード5とを有し、第2溶接ビード4の延伸部と第3溶接ビード5の延伸部との間隔Mがガセットの短辺の長さW以下であり、2つの延伸部に挟まれ第1溶接ビード3の溶接止端部から主板の表面に至る領域に間隔Mの50%以上の範囲にわたり打撃痕9を有することを特徴とする回し溶接継手である。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガセットを主板に回し溶接して得られる溶接継手であって、前記ガセットと前記主板とを隅肉溶接によって前記ガセットの長辺の一方の側から前記ガセットの短辺を通過し、前記ガセットの長辺の他方の側に至るよう連続的に盛られた第1溶接ビードを有し、さらに前記ガセット長辺の一方の側の前記第1溶接ビードに沿って前記主板上に延伸して形成された第2溶接ビードと、前記ガセット長辺の他方の側の前記第1溶接ビードに沿って前記主板上に延伸して形成された第3溶接ビードとを有し、前記第2溶接ビードの延伸部と前記第3溶接ビードの延伸部との間隔Mが前記ガセットの短辺の長さW以下(M≦W)であり、前記2つの延伸部に挟まれ前記第1溶接ビードの溶接止端部から前記主板の表面に至る領域に前記間隔Mの50%以上の範囲にわたり打撃痕を有することを特徴とする回し溶接継手。
【請求項2】
前記ガセットの短辺の長さWが30.0mm以下であり、前記間隔Mが10.0mm以下であることを特徴とする請求項1に記載の回し溶接継手。
【請求項3】
前記間隔Mが1.0mm~4.0mmであることを特徴とする請求項1または2に記載の回し溶接継手。
【請求項4】
前記打撃痕の最大深さが0.03mm以上0.50mm未満であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか一項に記載の回し溶接継手。
【請求項5】
前記主板の応力拡大係数範囲ΔKが15MPa・m1/2である場合に、前記主板の板幅または板厚方向の疲労亀裂伝播速度が1.75×10-8m/cycle以下であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか一項に記載の回し溶接継手。
【請求項6】
前記主板の応力拡大係数範囲ΔKが15MPa・m1/2である場合に、前記主板の板厚方向への疲労亀裂伝播速度が1.00×10-8m/cycle以下であることを特徴とする請求項1ないし5のいずれか一項に記載の回し溶接継手。
【請求項7】
ガセットを主板に回し溶接して接合する溶接方法において、前記ガセットと前記主板とを隅肉溶接によって前記ガセットの長辺の一方の側から前記ガセットの短辺を通過し、前記ガセットの長辺の他方の側に至るよう連続的に盛られた第1溶接ビードを形成し、前記ガセット長辺の一方の側の前記第1溶接ビードに沿って前記主板上に延伸する第2溶接ビードを形成し、前記ガセット長辺の他方の側の前記第1溶接ビードに沿って前記主板上に延伸する第3溶接ビードを形成し、前記第2溶接ビードの延伸部と前記第3溶接ビードの延伸部との間隔Mを前記ガセットの短辺の長さW以下(M≦W)とし、前記2つの延伸部に挟まれ前記第1溶接ビードの溶接止端部から前記主板の表面に至る領域に前記間隔Mの50%以上の範囲にわたり打撃痕を設けることを特徴とする回し溶接方法。
【請求項8】
前記打撃痕を設けるにあたり、前記ガセットの短辺に平行な方向の長さTが1mm~10mmであり、前記短辺に垂直な断面における曲率半径Rが1mm~10mmである打撃用端子を用いることを特徴とする請求項7に記載の回し溶接方法。
【請求項9】
前記打撃用端子が空気圧または高周波電流で駆動することを特徴とする請求項8に記載の回し溶接方法。
【請求項10】
前記ガセットの短辺の長さWが30.0mm以下であり、前記間隔Mを10.0mm以下とすることを特徴とする請求項7ないし9のいずれか一項に記載の回し溶接方法。
【請求項11】
前記間隔Mを1.0mm~4.0mmとすることを特徴とする請求項7ないし10のいずれか一項に記載の回し溶接方法。
【請求項12】
前記打撃痕の最大深さDを0.03mm以上0.50mm未満とすることを特徴とする請求項7ないし11のいずれか一項に記載の回し溶接方法。
【請求項13】
前記回し溶接を行うにあたって、前記主板の応力拡大係数範囲ΔKが15MPa・m1/2である場合に、前記主板の板幅または板厚方向の疲労亀裂伝播速度が1.75×10-8m/cycle以下であることを特徴とする請求項7ないし12のいずれか一項に記載の回し溶接方法。
【請求項14】
前記回し溶接を行うにあたって、前記主板の応力拡大係数範囲ΔKが15MPa・m1/2である場合に、前記主板の板厚方向への疲労亀裂伝播速度が1.00×10-8m/cycle以下であることを特徴とする請求項7ないし13のいずれか一項に記載の回し溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼構造物を建造する際に広く採用される主板とガセットとの回し溶接継手および溶接方法に関し、特に、優れた疲労特性が要求される鋼橋や船舶等の鋼構造物に好適な回し溶接継手および回し溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、鋼構造物では、図8に示すように、ガセット2の周囲を主板1に隅肉溶接(いわゆる角回し溶接)した回し溶接継手が多数存在する。この回し溶接継手においては、溶接ビード3がガセット2を取り囲んでおり、その溶接ビード3に欠陥、例えば、割れなどが発生して、溶接ビード3と主板1との溶接止端部3aの形状が円滑に形成されなかった場合、その溶接止端部3aにおいて応力集中が生じ易くなる。
【0003】
これに対し、溶接止端部から主板の表面に至る境界領域を変形させることで応力集中の程度を減少させる技術が実用化されている。その変形は、高硬度の端子を境界領域に打撃することで形成され、一般にピーニングと呼称される。ピーニングによって外力に起因する溶接継手の疲労亀裂の発生を抑制することができる。なお、外力とは、鋼構造物に外部から繰り返し作用する荷重であり、鋼構造物が鋼橋である場合は、風などの自然の気象状況や車両の通行によって繰り返し生じる荷重であり、鋼構造物が船舶である場合は、風や波によって繰り返し生じる荷重である。
【0004】
また近年、鋼構造物の老朽化に伴って、疲労に起因する損傷に関する報告が増加している。そのような損傷を防止するためには、鋼構造物を定期的に検査して、損傷の進行状況を管理し、さらに、損傷の進行に応じて対策を講じる必要がある。とりわけ疲労に起因する損傷が鋼橋に発生した場合は、車両の通行を規制することによって鋼橋に作用する外力を軽減することは可能であるが、交通の渋滞や物流の遅延等を引き起こすので社会活動に多大な悪影響を及ぼす。そこで、鋼構造物の回し溶接継手を健全化することにより、溶接継手の疲労特性を改善する技術が検討されている。
【0005】
特許文献1には、ガセットが主板に当接する矩形の当接面(以下、矩形当接面という)の短辺周囲を回した溶接部の止端に対してピーニング処理を施すことによって、溶接部の疲労強度を向上する技術が開示されている。この技術によれば、回し溶接部の全長に渡ってピーニング処理を行うことで疲労強度を向上するものであり、前記の通り継手の溶接長の多くをピーニングする必要があり、施工コストについて課題を有する。
【0006】
特許文献2には、回し溶接にあたり短辺ビードを形成し、次いで矩形当接面の長辺に沿って2本の長辺ビード形成し、かつその長辺ビードに間隔を設け、さらにその範囲内の溶接止端を打撃することにより疲労強度を向上させる方法が開示されている。この技術はガセットの矩形当接面の短辺に沿って形成される溶接ビードが短いため、回し溶接継手の応力集中箇所に溶接始終端が存在する。溶接始終端の溶接ビードには空隙等が生じやすく、ピーニング処理を施した箇所以外が疲労亀裂の発生起点となることが懸念される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006-175512号公報
【特許文献2】特開2018-171647号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、従来の技術の問題点を解消し、疲労強度を安価に且つ安定して向上させることができる回し溶接継手および回し溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、回し溶接継手の疲労強度を高めるために、疲労亀裂の発生およびその伝播を抑制する技術について検討した。その結果、短辺ビードが短い、いわゆるショートビードとならないようガセットと主板とを隅肉溶接によってガセットの長辺から短辺を通過し、反対側のガセット長辺に至るよう連続的に溶接ビードを形成し、その後にガセット長辺の溶接ビード沿って主板上に延伸して第2溶接ビードならびに第3溶接ビードを形成し、かつ第2溶接ビードの延伸部と第3溶接ビードの延伸部との間の溶接止端部から主板表面に至る領域にピーニング処理を施すことで、溶接部からの疲労亀裂の発生を抑制できることを見出した。
【0010】
さらに、疲労亀裂が発生した場合には、疲労亀裂の起点が2本の延伸された溶接ビードの間のみに存在し、主板側に発生する疲労亀裂の伝播が2本のビードの間に制限され、ひいては疲労亀裂が広範囲に伝播するのを防止できることを知見した。
【0011】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものであって、本発明の要旨は、次のとおりである。
〔1〕ガセットを主板に回し溶接して得られる溶接継手であって、前記ガセットと前記主板とを隅肉溶接によって前記ガセットの長辺の一方の側から前記ガセットの短辺を通過し、前記ガセットの長辺の他方の側に至るよう連続的に盛られた第1溶接ビードを有し、さらに前記ガセット長辺の一方の側の前記第1溶接ビードに沿って前記主板上に延伸して形成された第2溶接ビードと、前記ガセット長辺の他方の側の前記第1溶接ビードに沿って前記主板上に延伸して形成された第3溶接ビードとを有し、前記第2溶接ビードの延伸部と前記第3溶接ビードの延伸部との間隔Mが前記ガセットの短辺の長さW以下(M≦W)であり、前記2つの延伸部に挟まれ前記第1溶接ビードの溶接止端部から前記主板の表面に至る領域に前記間隔Mの50%以上の範囲にわたり打撃痕を有することを特徴とする回し溶接継手。
〔2〕〔1〕において、前記ガセットの短辺の長さWが30.0mm以下であり、前記間隔Mが10.0mm以下であることを特徴とする回し溶接継手。
〔3〕〔1〕または〔2〕において、前記間隔Mが1.0mm~4.0mmであることを特徴とする回し溶接継手。
〔4〕〔1〕ないし〔3〕のいずれか一つにおいて、前記打撃痕の最大深さが0.03mm以上0.50mm未満であることを特徴とする回し溶接継手。
〔5〕〔1〕ないし〔4〕のいずれか一つにおいて、前記主板の応力拡大係数範囲ΔKが15MPa・m1/2である場合に、前記主板の板幅または板厚方向の疲労亀裂伝播速度が1.75×10-8m/cycle以下であることを特徴とする回し溶接継手。
〔6〕〔1〕ないし〔5〕のいずれか一つにおいて、前記主板の応力拡大係数範囲ΔKが15MPa・m1/2である場合に、前記主板の板厚方向への疲労亀裂伝播速度が1.00×10-8m/cycle以下であることを特徴とする回し溶接継手。
〔7〕ガセットを主板に回し溶接して接合する溶接方法において、前記ガセットと前記主板とを隅肉溶接によって前記ガセットの長辺の一方の側から前記ガセットの短辺を通過し、前記ガセットの長辺の他方の側に至るよう連続的に盛られた第1溶接ビードを形成し、前記ガセット長辺の一方の側の前記第1溶接ビードに沿って前記主板上に延伸する第2溶接ビードを形成し、前記ガセット長辺の他方の側の前記第1溶接ビードに沿って前記主板上に延伸する第3溶接ビードを形成し、前記第2溶接ビードの延伸部と前記第3溶接ビードの延伸部との間隔Mを前記ガセットの短辺の長さW以下(M≦W)とし、前記2つの延伸部に挟まれ前記第1溶接ビードの溶接止端部から前記主板の表面に至る領域に前記間隔Mの50%以上の範囲にわたり打撃痕を設けることを特徴とする回し溶接方法。
〔8〕〔7〕において、前記打撃痕を設けるにあたり、前記ガセットの短辺に平行な方向の長さTが1mm~10mmであり、前記短辺に垂直な断面における曲率半径Rが1mm~10mmである打撃用端子を用いることを特徴とする回し溶接方法。
〔9〕〔8〕において、前記打撃用端子が空気圧または高周波電流で駆動することを特徴とする回し溶接方法。
〔10〕〔7〕ないし〔9〕のいずれか一つにおいて、前記ガセットの短辺の長さWが30.0mm以下であり、前記間隔Mを10.0mm以下とすることを特徴とする回し溶接方法。
〔11〕〔7〕ないし〔10〕のいずれか一つにおいて、前記間隔Mを1.0mm~4.0mmとすることを特徴とする回し溶接方法。
〔12〕〔7〕ないし〔11〕のいずれか一つにおいて、前記打撃痕の最大深さDを0.03mm以上0.50mm未満とすることを特徴とする回し溶接方法。
〔13〕〔7〕ないし〔12〕のいずれか一つにおいて、前記回し溶接を行うにあたって、前記主板の応力拡大係数範囲ΔKが15MPa・m1/2である場合に、前記主板の板幅または板厚方向の疲労亀裂伝播速度が1.75×10-8m/cycle以下であることを特徴とする回し溶接方法。
〔14〕〔7〕ないし〔13〕のいずれか一つにおいて、前記回し溶接を行うにあたって、前記主板の応力拡大係数範囲ΔKが15MPa・m1/2である場合に、前記主板の板厚方向への疲労亀裂伝播速度が1.00×10-8m/cycle以下であることを特徴とする回し溶接方法。
【0012】
本発明においては、どのような材質の主板やガセットを用いても効果が発揮されるが、疲労破壊の初期段階である、主板において発生した疲労亀裂の進展を制限できることから、疲労亀裂伝播速度の低い(疲労亀裂が進展しにくい)主板およびガセットに適用することによって、より一層の長寿命化が期待できる。
【0013】
なお本発明は、鋼構造物を新たに建造する場合のみならず、老朽化した鋼構造物を補修する場合にも適用できる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、鋼構造物を新たに建造する場合や老朽化した鋼構造物を補修する場合に、回し溶接継手の疲労強度を安価に且つ安定して向上することが可能となり、産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明に係る回し溶接継手を模式的に示す概略斜視図である。
図2】本発明に係る回し溶接方法の溶接施工手順を模式的に示す概略平面図である。
図3】本発明に係る回し溶接継手のガセット長辺側から見た概略断面図である。
図4】本発明に係る回し溶接継手の溶接ビード延伸部周辺を示す概略平面図である。
図5】本発明に係る回し溶接継手の溶接ビード延伸部周辺の打撃痕を示す概略平面図である。
図6】本発明に係る回し溶接方法に用いる打撃用端子を模式的に示す概略斜視図である。
図7】本発明に係る回し溶接継手の試験片を示す概略平面図および概略右側面図である。
図8】従来の回し溶接継手を模式的に示す概略斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
まず、本発明の対象となるガセットおよび主板について説明する。
【0017】
[ガセット]
ガセットの板厚は、前述したガセットの短辺の長さWのことであり、具体的には、5.0mm~30.0mmが好ましい。また、ガセットの板長がガセットの長辺の長さであり、具体的には、30.0mm~1,000.0mmが好ましい。さらに、ガセットの板幅がガセットの高さであり、具体的には、50.0mm~1,000.0mmが好ましい。
ガセットの鋼種としては、SM400、SM490などが挙げられ、引張強度は400MPa~720MPaの範囲が好ましい。
【0018】
[主板]
主板の形状としては、特に規定されるものではなく、どのような形状であっても適用することができるが、一般的には、板状であれば、板厚は、9.0mm~80.0mmが好ましい。
【0019】
主板の鋼種としては、SM400、SM490などが挙げられる。特に、耐疲労亀裂伝播特性が必要な鋼材としては、SM490、SM570などが挙げられ、引張強度は400MPa~720MPaの範囲が好ましい。
【0020】
この耐疲労亀裂伝播特性は、後述するように、ASTM E647に規格に準拠した疲労亀裂伝播試験により、応力拡大係数範囲(ΔK)に対応する疲労亀裂伝播速度(da/dN)を求めて評価している。
【0021】
次に、図面を用いて本発明の溶接継手および施工手順を具体的に説明する。
【0022】
[回し溶接継手の施工手順および構造]
図1は、本発明に係る回し溶接継手の例を模式的に示す概略斜視図であり、図2の(a)~(d)は、その回し溶接継手を得るための溶接施工の手順を模式的に示す概略平面図である。以下に、図2(a)~(d)により本発明に係る回し溶接継手の施工手順を説明する。
【0023】
まず、図2(a)に示すように、ガセット2の全周に亘って第1溶接ビード3を形成する。第1溶接ビード3は、ガセット2の周囲を回り込むように形成されているので、ガセット2の短辺よりも長くなり、短辺の周辺領域における溶接ビードの健全性を確保している。
【0024】
なお、図3に示すように、第1溶接ビード3の幅Sは、第1溶接ビード3の高さHと、ほぼ等しくすることが好ましい。具体的には、幅と高さの割合〔S/H〕を0.9~1.2の範囲とすることが当該領域の応力集中を軽減する観点から好ましい。
【0025】
次いで、図2(b)に示すように、ガセット2に形成された第1溶接ビード3の長辺の一方の側に沿って第2溶接ビード4を形成する。そして、第2溶接ビード4を第1溶接ビード3から更に主板1上に延伸して延伸部4aを形成する。
【0026】
続けて、図2(c)に示すように、ガセット2に形成された第1溶接ビード3の長辺の他方の側に沿って第3溶接ビード5を形成する。そして、第3溶接ビード5を第1溶接ビード3から更に主板1上に延伸して延伸部5aを形成する。
【0027】
このようにして、第1溶接ビード3に第2溶接ビード4および第3溶接ビード5を形成することによって、第1溶接ビード3内部の空隙等の欠陥が生じるのを防ぎ、かつ、溶接ビード3、4、5と主板1との間に物理的な隙間が生じるのを防止でき、その結果、第1溶接ビード3の溶接止端部3aの形状に関わらず疲労亀裂が発生するのを防止できる。
【0028】
なお、第2溶接ビード4、第3溶接ビード5について、図2(b)~(c)では、ガセット2の長辺の左側に沿って形成した溶接ビードを第2溶接ビード4とし、長辺の右側に沿って形成した溶接ビードを第3溶接ビード5としたが、左右を逆にしても問題はない。つまり、ガセット2の長辺の右側に沿って形成した溶接ビードを第2溶接ビード4とし、長辺の左側に沿って形成した溶接ビードを第3溶接ビード5としても、本発明を適用することができる。
【0029】
このような手順で各溶接ビード3、4、5を形成した後、さらに、図2(d)に示した第2溶接ビード4の延伸部4aと第3溶接ビード5の延伸部5aとに挟まれ第1溶接ビードの溶接止端部3aから主板1の表面に至る領域(以下、「境界領域」ともいう。)8を、打撃(ピーニング)して、図5(a)~(b)に示す打撃痕9を設ける。その範囲は、第2溶接ビード4の延伸部4aと第3溶接ビード5の延伸部5aとの間隔Mの50%以上の範囲とする。50%以上の範囲を打撃することによって、打撃痕9とその周囲の主板表面に圧縮残留応力を導入し、溶接止端部からの疲労亀裂発生を防止でき、また、疲労亀裂が発生した場合に、その亀裂の伝播を抑制することができる。この範囲が間隔Mの50%未満では、圧縮残留応力の導入範囲が小さく、溶接止端からの疲労亀裂防止効果を発揮しない。
【0030】
[延伸部の間隔M、長さN]
以上のような手順で、各溶接ビード3、4および5を形成し、さらに境界領域8を形成した例を拡大して示したのが図4である。主板1上に延伸して形成された第2溶接ビード4の延伸部4aと第3溶接ビード5の延伸部5aとの間隔Mがガセット2の短辺の長さWよりも大きくなると、第2溶接ビード4と第3溶接ビード5の間の第1溶接ビード3の溶接止端部に起点を持つ疲労亀裂が発生し易くなる。したがって、上記の間隔Mは、短辺の長さW以下(M≦W)とする。ここで、間隔Mは、第2溶接ビード4の延伸部4aと第3溶接ビード5の延伸部5aとの間の最も短い距離を指す。
【0031】
さらに、短辺の長さWは、一般的な例としては30.0mm以下であり、したがって、短辺の長さWが10.0mm~30.0mmの場合には、間隔Mを10.0mm以下とすることが好ましい。当然ながら、短辺の長さWが10.0mm以下の場合には、間隔M≦Wとする。さらに、短辺の長さWがいずれの場合であっても、間隔Mを1.0mm~4.0mmとすることにより、耐疲労特性がより優れる(疲労寿命向上効果が大きい)ことからより好ましい。なお、間隔M=0mm、すなわち間隔が存在しない場合は、従来の回し溶接継手において回し溶接部が延伸された状態となり、本発明の形態を実施することができなくなる。したがって、間隔Mは、M>0mmを満たすこととする。また、間隔Mが短辺の長さWよりも大きくなったとしても、通常の溶接継手に比べて若干の疲労寿命向上の効果が見込まれることを付記しておく。
【0032】
次に、第2溶接ビード4と第3溶接ビード5の延伸部4aと5aの長さNは、図4に示すように、第1溶接ビード端部から延伸部先端までの長さを言い、その長さNが10.0mmを超えると、溶接施工効率および施工コストの観点から好ましくないので、Nは10.0mm以下であることが好ましい。より好ましくは、Nは、4.0mm~8.0mmである。
【0033】
[打撃痕]
図5は、打撃痕9によって圧縮残留応力が導入される範囲を示す概略平面図である。図5に記載された符号Qは、ガセット2の短辺に平行な方向の打撃痕9の長さ(幅)である。図5(a)に示すように、打撃痕の幅Qと間隔Mが、Q≧0.5Mを満たす場合は、第2溶接ビード4の延伸部4aと第3溶接ビード5の延伸部5aと第1溶接ビードの溶接止端部に挟まれた範囲全体に圧縮残留応力が導入され、疲労亀裂発生が抑制され、溶接継手の疲労寿命を向上させることができる。なお、図5(a)は、Q=Mの例である。しかしながら、図5(b)に示すように、Q<0.5Mの場合には、圧縮残留応力の導入される範囲が狭く、圧縮残留応力の導入されていない溶接止端部から疲労亀裂が発生し易い状態となる。ただし、Q<0.5Mの場合であったとしても、打撃を行っていない状態に比べ疲労寿命向上効果があることを付記しておく。
【0034】
さらに、打撃痕9の深さとしては、その最大深さが0.03mm以上0.50mm未満であることが好ましい。0.03mm未満では、疲労亀裂発生の抑制する効果が乏しく、0.50mmを超えると、局所的な板厚減少に伴う応力集中が疲労亀裂発生を促進する点で好ましくないからである。
【0035】
[打撃用端子]
打撃用端子10は、図6に示すように、四角柱の下端部を半円弧状に湾曲した曲面を呈するものを使用し、その円弧状の曲面で前述の境界領域8を打撃することが好ましい。
【0036】
図6に示す打撃用端子10を使用する場合は、打撃用端子10の厚さTの方向とガセット2の短辺とが平行になるように配置し、境界領域8を打撃することが好ましい。打撃用端子10の厚さTが小さいと、打撃痕9を起点として疲労亀裂が発生し易くなる。厚さTが大きすぎると、前記の適切な打撃痕9を得ることが困難となる。したがって、打撃用端子10の厚さTは、1mm~10mmの範囲が好ましい。
【0037】
また、打撃用端子10の厚さTの方向とガセット2の短辺とが平行になるように配置すると、打撃用端子10の幅Lは、ガセット2の長辺と平行になる。その幅Lで規定される面の下端は、曲率半径Rの半円形とすることが好ましい。曲率半径Rが小さすぎると、打撃痕9の幅Qが小さくなり、疲労亀裂の発生起点となりやすい。曲率半径Rが大きすぎると、前記の適当な打撃痕9を得ることが困難となる。したがって、打撃用端子10の幅Qは、1mm~10mmの範囲が好ましい。
【0038】
打撃痕9の形成方法は、上記の打撃用端子10を空気圧または高周波電流で駆動させて行うことが好ましい。例えば、前述の半円柱形の先端を空気圧で作動させて溶接止端部を狙って打撃する方法が好ましい。また、前述の方法に限らず、打撃用端子10の先端は、球形、矩形状、あるいはそれに準じた形状のものを用いても構わず、打撃箇所も溶接部の母材側を打撃しても良い。さらに、打撃装置についても、高周波電流、超音波など他の駆動力の装置も使用できる。
【0039】
なお、上記の説明では、ガセット2の一方の短辺の周辺に第2溶接ビード4および第3溶接ビード5を形成した例について説明したが、図1に示すように、ガセット2の反対側の短辺周辺に第2溶接ビード6および第3溶接ビード7を形成する場合も、同様に本発明を適用することができる。
【0040】
以上に説明した本発明によって得られる回し溶接継手は、溶接止端部の形状に関わらず疲労亀裂の発生を防止できる。そして、疲労亀裂が発生した場合には、その疲労亀裂が広範囲に伝播するのを防止できる。しかも、従来の溶接装置、溶接材料を用いて得ることが可能であるから、施工コストの上昇を抑制できる。
【0041】
[溶接方法]
回し溶接を行なう溶接方法は、被覆アーク溶接法、ガスメタルアーク溶接法が主であるが、それ以外の手段についても適宜用いることができ、手動溶接または自動溶接いずれを採用しても良い。
本発明は、鋼構造物を新たに建造する場合のみならず、老朽化した鋼構造物を補修する場合にも適用できる。
【0042】
[耐疲労亀裂伝播特性]
溶接継手および鋼板(ガセット、主板)の耐疲労亀裂伝播特性は、ASTM E647の規格に準拠した疲労亀裂伝播試験により、応力拡大係数範囲ΔKに対応する疲労亀裂伝播速度(da/dN)を求めて評価している。この応力拡大係数範囲ΔKとは、ΔK=Kmax-Kminであり、応力拡大係数の最大値と最小値の差を表している。また、疲労亀裂伝播速度(da/dN)は、試験片に一定荷重が繰り返し負荷されると疲労亀裂が伝播し、そのときの速度(疲労亀裂伝播速度)は、亀裂長さaと繰り返し数Nの関係を表す曲線の接線(da/dN)として求められる。
【0043】
ここで、本発明において、耐疲労亀裂伝播特性に優れた溶接継手および鋼板としては、応力拡大係数範囲ΔKが15MPa・m1/2である場合に、板幅または板厚方向への疲労亀裂伝播速度が1.75×10-8m/cycle以下となるものをいい、さらに優れた特性を示す溶接継手および鋼板としては、応力拡大係数範囲ΔKが15MPa・m1/2である場合に、板厚方向への疲労亀裂伝播速度が1.00×10-8m/cycle以下となるものをいう。
【0044】
ガセットを主板に回し溶接して得られる溶接継手において、疲労亀裂は、図1に示す境界領域8で発生し、板幅方向および板厚方向に伝播し、板幅または板厚を貫通することで継手の破損を引き起こす。したがって、鋼板の板幅または板厚方向への疲労亀裂伝播が遅延されれば、すなわち疲労亀裂伝播速度が遅ければ、継手破断までの期間が延びることが期待される。種々の鋼板で溶接継手を作製し、疲労亀裂伝播特性と溶接継手の破断寿命の関係を検証した。本発明の溶接継手において、板幅または板厚方向への疲労亀裂伝播速度が1.75×10-8m/cycle以下であれば、そうでない鋼板の溶接継手に対して、破断寿命が4%以上向上することが明らかとなった。さらに、板厚方向への疲労亀裂伝播速度が1.00×10-8m/cycle以下となる鋼板が主板である溶接継手は、その特性を満たさない鋼板に対し、破断寿命が20%以上向上することが明らかとなった。
【実施例0045】
図7に示す試験片を用いて、以下の溶接実験を行った。
主板1(板厚:12mm、板幅:80mm、長さ:500mm)にガセット2(板厚:25mm、板幅:75mm、高さ:60mm)をフラックス入り溶接ワイヤを用いたガスシールドアーク溶接によって回し溶接を行い、溶接継手を作製した。フラックス入り溶接ワイヤは、(株)神戸製鋼所製MX-Z200(ワイヤ径1.2mm)を用い、溶接条件は電圧240V、電流36Aを狙いとし、脚長が8mm程度となるよう溶接を行った。ガセット2は、主板1の板幅および長さ方向それぞれの中央に位置するようにした。打撃用端子は、図6に示す形状としてT=3~5mm、L=4mmのものを用い、空気圧6kg/cm2で90Hzの周波数で打撃させた。主板1およびガセット2には、表1に示す成分を有する材料を使用した。
【0046】
【表1】
【0047】
鋼種A~Cを主板1に用い、鋼種Dはガセット2に用いた。また、試験番号3、4、7、8、11、12については、ガセット2は板厚を10mmとなるように加工した。なお、試験番号5~7については、応力拡大係数範囲ΔKが15MPa・m1/2である場合に、板幅方向への疲労亀裂伝播速度が1.75×10-8m/cycle以下となる鋼板Bを主板1として使用した。試験番号8については、応力拡大係数範囲ΔKが15MPa・m1/2である場合に、板厚方向への疲労亀裂伝播速度が1.00×10-8m/cycle以下である鋼板Cを主板1として使用した。鋼板Aの応力拡大係数範囲ΔKが15MPa・m1/2である場合の板幅方向への疲労亀裂伝播速度は、1.92×10-8m/cycleである。
【0048】
上記の通り作製した溶接継手の疲労試験結果を表2に示す。
なお、疲労試験は、油圧サーボパルサを用い、試験片長手両端部を試験機に固定して荷重制御によって実施した。時刻に沿って正弦波状に荷重が変化する負荷を与えた。最小または最大荷重に到達し、再び最小または最大荷重に到達するまでの期間を1回の応力負荷サイクルとする。最小荷重は、最大荷重の0.1倍となるように設定し、最大荷重は、1本の疲労試験において一定とした。応力範囲は、最大荷重から最小荷重を減算した値である。破断寿命は、負荷開始、すなわち0サイクルから、疲労亀裂が主板の板厚および板幅方向を貫通し、試験片が破断するまでのサイクル数と定義した。
【0049】
【表2】
【0050】
表2の結果から、本発明例である試験番号1~8は、いずれも優れた破断寿命、すなわち疲労特性を有することが分かる。板厚方向への疲労亀裂伝播速度に優れた鋼板Bおよび鋼板Cを用いた試験番号5~8は、特に優れた疲労特性を示した。
【符号の説明】
【0051】
1 主板
2 ガセット
3 第1溶接ビード
3a 溶接止端部
4、6 第2溶接ビード
5、7 第3溶接ビード
4a 第2溶接ビードの延伸部
5a 第3溶接ビードの延伸部
8 境界領域
9 打撃痕
10 打撃用端子
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8