(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022188445
(43)【公開日】2022-12-21
(54)【発明の名称】シリンダライナ
(51)【国際特許分類】
B22D 19/08 20060101AFI20221214BHJP
F02F 1/00 20060101ALI20221214BHJP
B22D 19/00 20060101ALI20221214BHJP
B22D 13/02 20060101ALI20221214BHJP
B22D 13/10 20060101ALI20221214BHJP
【FI】
B22D19/08 E
F02F1/00 C
B22D19/00 G
B22D13/02 502T
B22D13/10 502H
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021096477
(22)【出願日】2021-06-09
(71)【出願人】
【識別番号】000215785
【氏名又は名称】TPR株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】591206120
【氏名又は名称】TPR工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】東海林 康智
(72)【発明者】
【氏名】川合 清行
【テーマコード(参考)】
3G024
【Fターム(参考)】
3G024AA25
3G024AA26
3G024BA09
3G024GA03
3G024HA02
3G024HA07
(57)【要約】
【課題】シリンダライナ基体の外周面とシリンダブロックとの接合部分に生じる空隙を抑制することで、シリンダライナとシリンダブロックとの間の接合強度を向上させる。
【解決手段】基体12と、該基体12の外周面たる基底面12Sに形成された複数の突起とを有する鋳包み用のシリンダライナ10であって、下記の数式(5)で定義される抵抗係数CDが10~35%である(S
pは円筒状突起領域の断面積、S
0は突起が無い円筒状外側領域の断面積、S1は仮想流路面積、P
1は溶湯の動圧、ρは溶湯密度、Uは可視化実験にて計測した円筒状外側領域における溶湯の流速、PDは動圧力、SAは突起の投影面積、SBは障害面積、R
1は抗力)。
S
p+S
0=S1 ・・・(1)
P
1=ρU
2/2 ・・・(2)
PD=P
1×S1 ・・・(3)
R
1=P
1×SB ・・・(4)
CD=R
1/PD ・・・(5)
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体と、該基体の外周面たる基底面に形成された複数の突起とを有する鋳包み用のシリンダライナであって、下記の数式(5)で定義される抵抗係数CDが10~35%である、シリンダライナ。
・当該シリンダライナを輪切りにした横断面における、前記突起が形成されている領域である円筒状突起領域の断面積Spと、該円筒状突起領域の外側に存在する円筒状外側領域の断面積S0との和を仮想流路面積S1とする。
Sp+S0=S1 ・・・(1)
・鋳包みされる際の流体である溶湯の動圧P1を、ρU2/2(ただし、ρは溶湯密度、Uは可視化実験にて計測した前記円筒状外側領域における前記溶湯の流速)とする。
P1=ρU2/2 ・・・(2)
・動圧P1と仮想流路面積S1の積を動圧力PDとする。
PD=P1×S1 ・・・(3)
・前記突起の投影面積SAを換算して障害面積SBを求め、動圧P1と障害面積SBの積を抗力R1とする。
R1=P1×SB ・・・(4)
・抗力R1を動圧力PDで割って抵抗係数CDとする。
CD=R1/PD ・・・(5)
【請求項2】
前記突起の投影面積SAは、円柱状と仮定した当該突起の、当該シリンダライナの中心軸に平行な軸方向または周方向の接線方向から見た際の面積としたものである、請求項1に記載のシリンダライナ。
【請求項3】
前記仮想流路面積S1から実流路面積S2へと流路面積が縮小することに伴い導出される流体の収縮抵抗から算出される損失係数が0.03~0.14である、請求項1または2に記載のシリンダライナ。
【請求項4】
前記障害面積SBが下記により規定されている、請求項1から3のいずれか一項に記載のシリンダライナ。
・単位面積あたりの前記突起の数をNAとする。
・前記突起の配置は一様であり、各突起間の中心間距離pは同ピッチであり、各突起は前記基体の径方向に突出していると仮定する。
・突起の中心間距離pと同じピッチで、前記基底面の同一円周上に前記突起が整列していると仮定する。
・前記基底面の直径Dbと前記突起の中心間距離pとから、周方向に沿って前記基底面上に配置される突起数NBを算出する。
NB=πDb/p ・・・(6)
・前記突起の平均高さhavと平均直径davと突起数NBの積を前記障害面積SBとする。
SB=hav×dav×NB ・・・(7)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダライナに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用エンジンに用いられるシリンダブロックにおいて、シリンダの内周側には、エンジンの内部を構成する重要機能部品の一つであるシリンダライナが配置される。シリンダライナが配置されたシリンダブロックを製造するための手法のひとつには、シリンダブロック用の鋳型内にあらかじめシリンダライナを配置し、鋳型内に鋳造材料を流し込んで、シリンダライナの外周を鋳造材料で鋳包むというものがある。
【0003】
このような、シリンダブロックの製造において鋳型内にあらかじめ配置されるシリンダライナとしては、シリンダブロックとの間の接合強度を向上させるため、シリンダライナの外周面に複数の突起を有するものが知られている(例えば特許文献1,2参照)。また、シリンダライナ基体(シリンダライナのうち突起部分を除いた略円筒形状のシリンダライナ本体部をいう。以下、単に「基体」という場合がある)の外周面に突起を設け、さらにその突起の形状を括れたものとすることで、シリンダライナとシリンダブロックとの間の接合強度を向上させる試みがされている。(例えば特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005-194983号公報
【特許文献2】特開2009-264347号公報
【特許文献3】特許第6340148号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、シリンダブロックを製造するにあたり、シリンダライナを配置したシリンダブロックの鋳型内に鋳造材料を流し込みシリンダライナの外周を鋳造材料で鋳包む際に、鋳造材料がシリンダライナ基体の外周面の突起間領域に十分に行き渡らないことがある。特に、砂型重力鋳造や低圧金型鋳造を用いる場合にこうした事象が起こりやすく、また、高圧金型鋳造を用いる場合においても、シリンダライナと隣り合うシリンダライナとの間など溶湯が回りにくい部位にてこうした事象が散見される。このようにしてシリンダライナ外周面とシリンダブロックとの接合部分に空隙が生じると、接合強度が十分に得られない場合がある。
【0006】
そこで、本発明は、シリンダライナ基体の外周面とシリンダブロックとの接合部分に生じる空隙を抑制することで、シリンダライナとシリンダブロックとの間の接合強度を向上させ得る鋳包み用のシリンダライナを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる課題を解決するべく、本発明者らは当該シリンダライナの特性を表現するための形態や数式などについて種々の検討をし、その結果、円筒状突起領域の断面積Sp、円筒状外側領域の断面積S0、これらの和である仮想流路面積S1、溶湯の動圧P1、動圧力PD、突起の投影面積SA、障害面積SBといった各要素に着目した場合に、特性が極めて良好なシリンダライナを画定することが可能になるという知見を得るに至った。
【0008】
かかる知見に基づく本発明の一態様は、基体と、該基体の外周面たる基底面に形成された複数の突起とを有する鋳包み用のシリンダライナであって、下記の数式(5)で定義される抵抗係数CDが10~35%である、シリンダライナである。
・当該シリンダライナを輪切りにした横断面における、突起が形成されている領域である円筒状突起領域の断面積Spと、該円筒状突起領域の外側に存在する円筒状外側領域の断面積S0との和を仮想流路面積S1とする。
Sp+S0=S1 ・・・(1)
・鋳包みされる際の流体である溶湯の動圧P1を、ρU2/2(ただし、ρは溶湯密度、Uは可視化実験にて計測した円筒状外側領域における溶湯の流速)とする。
P1=ρU2/2 ・・・(2)
・動圧P1と仮想流路面積S1の積を動圧力PDとする。
PD=P1×S1 ・・・(3)
・突起の投影面積SAを換算して障害面積SBを求め、動圧P1と障害面積SBの積を抗力R1とする。
R1=P1×SB ・・・(4)
・抗力R1を動圧力PDで割って抵抗係数CDとする。
CD=R1/PD ・・・(5)
【0009】
上記のごとき態様は、突起が湯流れの抵抗となることに着目し、好適な突起分布を「抵抗係数」で定義するという着眼点から導出されている。突起密度から、注湯中の湯流れ(湯廻り)に際しての「抵抗係数」(あるいは「抵抗指数」)を試算することで、その好適範囲が見いだされる。また、突起が存在しない領域から突起が存在する領域に溶湯が流れ込む際に生ずる流路面積縮小に伴う収縮抵抗から損失係数を算出することで、その好適範囲が見いだされる。また、溶湯が流れる際の動圧から動圧力を算出することで、それに対する抗力(動圧×障害投影面積)の比率を規定することができる。これらをふまえた種々の可視化実験の結果、抵抗係数が大きいと湯流れが阻害され、小さいと湯温低下が早く湯流れを阻害するという知見が得られた。これらの結果から、好適には抵抗係数CDが10~35%の場合に、砂型重力鋳造や低圧鋳造時の湯廻り改善がより顕著となり、シリンダライナとシリンダブロックとの界面の空隙が低減して接合強度が向上することがわかった。言うまでもないが、高圧ダイキャストにおいても、同様な効果が得られる。
【0010】
上記のごとき態様のシリンダライナにおいて、突起の投影面積SAは、円柱状と仮定した当該突起の、当該シリンダライナの中心軸に平行な軸方向投影面積であってもよいし、周方向の接線方向から見た周方向投影面積であってもよい。
【0011】
上記のごとき態様のシリンダライナにおいて、仮想流路面積S1から実流路面積S2へと流路面積が縮小することに伴い導出される流体の収縮抵抗から算出される損失係数が0.03~0.14であることが好ましい。
【0012】
上記のごとき態様のシリンダライナにおいて、障害面積SBが下記により規定されていてもよい。
・単位面積あたりの突起の数をNAとする。
・突起の配置は一様であり、各突起間の中心間距離pは同ピッチであり、各突起は基体の径方向に突出していると仮定する。
・突起の中心間距離pと同じピッチで、基底面の同一円周上に突起が整列していると仮定する。
・基底面の直径Dbと突起の中心間距離pとから、周方向に沿って基底面上に配置される突起数NBを算出する。
NB=πDb/p ・・・(6)
・突起の平均高さhavと平均直径davと突起数NBの積を障害面積SBとする。
SB=hav×dav×NB ・・・(7)
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、シリンダライナ基体の外周面とシリンダブロックとの接合部分に生じる空隙を抑制することで、シリンダライナとシリンダブロックとの間の接合強度を向上させ得る鋳包み用のシリンダライナを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】シリンダライナとシリンダブロックとの接合部を模式的に示す軸方向に垂直な断面図である。
【
図2】本発明の一実施形態におけるシリンダライナの本体部、突起領域、円筒状外側領域などについて模式的に説明する横断面図である。
【
図3】仮想流路面積S1から、障害(面積SB)を差し引いた実流路面積S2へ溶湯が流れる際の流路面積の変化を模式的に表した図である。
【
図4】障害面積SBを算出する際の単位面積あたりの突起数、突起の配置、突起の整列などの考え方について説明する図である。
【
図5】本発明の実施例1~6、比較例1~2に係るシリンダライナに関する各数値と接合強度判定の結果を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の構成を図面に示す実施の形態の一例に基づいて詳細に説明する(
図1~
図4参照)。
【0016】
図1にシリンダライナとシリンダブロックとの接合部を模式的に表す断面図を示す。図中の下部がシリンダライナ10、上部がシリンダブロック20である。 シリンダライナ10は、シリンダライナ基体12と複数の突起14とを含む(
図1参照)。また、
図2にシリンダライナとシリンダブロックの横断面図(輪切りにした図)を示す。
【0017】
シリンダライナ基体12は、シリンダライナ10のうち突起14を除いた略円筒形状のシリンダライナ本体部を構成する部分である。本実施形態では、シリンダライナ基体12の外周面を基底面12Sと呼び、その直径をD
bとして以下の説明をする(
図2参照)。
【0018】
基底面12Sには、複数の突起14が形成されている。突起14の多くは括れた形状であり、これら複数の括れた突起14間にシリンダブロック20を構成する鋳造材料が入り込む(鋳込まれる)ことで、シリンダライナ10の基底面12Sに存在する括れた突起14の頂部(括れ部分から先端までの部分)とシリンダブロック20とがアンカー効果により、強固な接合を実現する。なお、
図2では、突起14の高さをhとしたうえで、複数の突起14が存在する円筒状の領域を「円筒状突起領域」とし、符号A1で示している。円筒状突起領域A1の外径D
pは、基底面12Sの直径D
bに、突起高さhの2倍の値を足した大きさ(D
p=D
b+2h)となる。なお、突起14の高さhの平均(突起の平均高さh
av、mm)は特に限定されないが、通常0.3以上であり、0.4以上であってもよく、また通常0.9以下であり、0.7以下であってもよい。突起の高さ方向に垂直な断面の面積率S
t、突起の平均直径d
av、および突起の平均高さh
avは、三次元測定機などにより測定することができる。円筒状突起領域A1の外径D
pは、例えばノギス等を用いて測定することができる。その際、突起の先端部で測定するようにする。
【0019】
また、円筒状突起領域A1の周囲に、円筒状外側領域A2を想定し、その外周の直径をD
0とする(
図2参照)。円筒状外側領域A2は、複数の突起14が存在する円筒状の領域の外(周)側に位置する。
図3は、仮想流路(面積S1(=S
p+S
o))から、障害(面積SB)を差し引いた実流路(面積S2)へシリンダブロック20の溶湯が流れる様子を模式的に示した図である。ここでの考え方を示すと以下のとおりである。まず、円筒状外側領域A2の流路幅(突起14の先端からの大きさ)をα(一例として、本実施形態では0.5mm)とした場合、円筒状外側領域A2の外径D
0の大きさは、D
0=D
p+2αとなる(
図2参照)。このとき仮想流路面積は、直径D
pなる円の面積-直径D
bなる円の面積と、直径D
0なる円の面積-直径D
pなる円の面積との和である。一方、実流路面積は、仮想流路面積から障害面積SBを引いた面積となる(別言すれば、突起が存在するぶん、流路面積が縮小したとみなす)。この際、仮想流路面積と実流路面積をそれぞれ同面積の「管」に見立てるとするならばそのイメージは
図3に示すようになる。
【0020】
さて、シリンダライナ10とシリンダブロック20との接合は、鋳型内に配置したシリンダライナ10の外周面に溶湯を流し込むことで実現される。この際に、シリンダライナ基体12の基底面12Sに存在する複数の括れた突起14の形成状況によっては、溶湯が突起14間に行き渡らない場合が生じ得る。この点に関し、本実施形態では下記のごとき指標を導入し、それらのうちの抵抗係数CDが所定範囲内、好適には10~35%となるようにすることで、とくに低圧鋳造時の湯廻りが改善されて接合強度を向上させることが可能なシリンダライナ10を実現する。抵抗係数CDなどは、下記のようにして定められる。
【0021】
まず、シリンダライナ10を輪切りにした横断面において(
図2参照)、突起14が形成されている領域である円筒状突起領域A1の断面積S
pと、該円筒状突起領域A1の外側に存在する円筒状外側領域A2の断面積S
0との和を仮想流路面積S1とする(数式(1))。
S
p+S
0=S1 ・・・(1)
【0022】
また、鋳包みされる際の流体である溶湯の動圧P1を、ρU2/2(ただし、ρは溶湯密度、Uは可視化実験にて計測した円筒状外側領域A2における溶湯の流速)とする(数式(2))。なお、本実施形態では流速を1m/sとしたが、流速自体は鋳造方法で変わる。溶湯の密度ρは、たとえばアルミニウム合金の場合であればおよそ2500kg/m3である。
P1=ρU2/2 ・・・(2)
【0023】
動圧P1と仮想流路面積S1の積を動圧力PDとする(数式(3))。
PD=P1×S1 ・・・(3)
【0024】
突起14の投影面積SAを換算して障害面積SBを求め、動圧P1と障害面積SBの積を抗力R1とする(数式(4))。
R1=P1×SB ・・・(4)
【0025】
上記の抗力R1を動圧力PDで割って抵抗係数CDとする(数式(5))。
CD=R1/PD ・・・(5)
【0026】
ここで、突起14の投影面積SAの求め方(考え方)の例を挙げると以下のとおりである。すなわち、突起14を円柱状と仮定し、その場合における当該突起14の、シリンダライナ10の中心軸X(
図2参照)に平行な軸方向または周方向(
図2と
図4において符号Wで示す)の接線方向に沿って投影した際の面積とすることができる。測定は、例えばマイクロスコープを用いて行うことができる。このとき突起14の幅は、括れた突起14においては頂部付近の最も幅が広い箇所の寸法とし、括れていない突起14においては突起高さの中央付近の寸法とする。あるいは、突起14の投影面積SAとして「三次元測定機で測定した突起14の高さ方向に垂直な断面の面積率S
tから演算した突起14の直径d」×「三次元測定機で測定した突起14の高さh」から算出した値とすることができる。なお、三次元測定機で測定した突起14の断面積や直径は任意の位置で測ることできる。例えば、「0.3mm位置」を測定する場合は「しきい値」を調整して「表示レンジ中心+しきい値=0.3mm」となるようにすればよい。突起14の高さ方向に垂直な断面の面積率S
t(%)は、シリンダライナ10の外周側から突起14の高さ方向に見た突起14の投影面積率に相当する。括れのある突起14においては、突起先端付近の径極大部に相当する箇所の面積率とすることができる。三次元測定機としては、キーエンス製VR-3000を用いることができる。
【0027】
また、障害面積SBの求め方の具体例は以下のとおりである。まず、単位面積あたり(一例として、10mm×10mm)の突起14の数をN
Aとする。ここでは、突起14の配置は6配位のように一様であり、各突起14どうしの間の中心間距離pは同ピッチであり、各突起14はシリンダライナ基体12の径方向に突出していると仮定する(
図4参照)。また、突起14の中心間距離pと同じピッチで、基底面12Sの周方向Wに沿って突起14が整列していると仮定し(
図4中で矩形の枠で示す部分を参照)、並行にならぶ一並び分の突起14のみを考慮することとする。なお、中心間距離pは、たとえば√(200/(√3×N
A))により算出することができる。そうしたら、基底面12Sの直径D
bと突起14の中心間距離pとから、周方向Wに沿って基底面12S上に配置される突起14の数(突起数)N
Bを算出する(数式(6))。突起の平均高さh
avと平均直径d
avと突起数N
Bの積を求め、障害面積SBとする(数式(7))。なお、突起数N
Aと突起数N
Bは計算で求めるので、整数でなくても良い。
N
B=πD
b/p ・・・(6)
SB=h
av×d
av×N
B ・・・(7)
【0028】
なお、上記の単位面積あたりの突起の数NAを、視野内に存在する突起数(境界部に掛かる突起を含む)-視野の境界部に掛かる突起数×1/2個として求めた突起数を視野面積で除することにより算出することとしてもよい。
【0029】
また、上記のごとき求め方を導入するにあたっては、以下を考慮に含めてもよい。
・仮想流路、実流路はそれぞれ管状に置き換え、その直径を試算する(D1、D2)。
・収縮係数Cc =0.582+0.0418/(1.1-D2/D1)
・損失係数ζ = (1/Cc-1)2
(損失係数ζの好適範囲は0.03~0.14、より好ましくは0.05~0.13)
【0030】
上記のごときシリンダライナ10の製造方法の一例を以下に説明する。
【0031】
シリンダライナ10の素材となる鋳鉄の組成は、特に限定されるものではなく、典型的には、耐摩耗性、耐焼き付き性及び加工性を考慮したJIS FC250相当の片状黒鉛鋳鉄の組成として、以下に示す組成を例示できる。
C :3.0~3.7質量%
Si:2.0~2.8質量%
Mn:0.5~1.0質量%
P :0.25質量%以下
S :0.15質量%以下
Cr:0.5質量%以下
残部:Fe及び不可避的不純物
【0032】
シリンダライナ10の製造方法は特段限定されず、重力鋳造法であっても遠心鋳造法であってもよいが、遠心鋳造法によることが好ましく、典型的には以下の工程A~Eを含む。
【0033】
<工程A:懸濁液調製工程>
工程Aは、耐火基材、粘結剤、及び水を所定の比率で配合して懸濁液を作成する工程である。耐火基材としては、典型的には珪藻土が用いられるが、これに限られない。懸濁液中の珪藻土の含有量は、通常15質量%以上、35質量%以下であり、珪藻土の平均粒径は通常0.015mm以上、0.035mm以下である。粘結剤としては、典型的にベントナイトが用いられるが、これに限られない。懸濁液中のベントナイトの含有量は、通常3質量%以上、9質量%以下である。懸濁液中の水の含有量は、通常62質量%以上、80質量%以下である。
【0034】
<工程B:塗型剤調製工程>
工程Bは、工程Aで調製した懸濁液に所定量の界面活性剤を添加して、塗型剤を作成する工程である。界面活性剤の種類は特に限定されず、カチオン界面活性剤、アニオン界面活性剤、ノニオン界面活性剤、両性界面活性剤等の既知の界面活性剤を1種、又は2種以上を組み合わせて用いられる。界面活性剤の配合量は、通常0.003質量%以上、0.04質量%以下である。
【0035】
<工程C:塗型剤塗布工程>
工程Cは、鋳型となる円筒状金型の内周面に塗型剤を塗布する工程である。塗布方法は特段限定されないが、典型的には噴霧塗布が用いられる。塗型剤の塗布時には、塗型剤の層が金型の内周面全周に渡って略均一の厚さに形成されるように塗型剤が塗布されることが好ましい。また、塗型剤を塗布し、塗型剤層を形成する際に、円筒状金型を回転させることで、適度な遠心力を付与することが好ましい。このとき、界面活性剤が作用することにより、塗型剤層に括れた突起を形成するための凹穴が形成される。
【0036】
塗型剤層の厚みは、突起14の高さの1.3~1.8倍の範囲内で選択することが好ましいが、これに限られない。塗型剤層をこの厚みとする場合には、鋳型の温度を300℃以下とすることが好ましい。
【0037】
<工程D:鋳鉄鋳込み工程>
工程Dは、乾燥した塗型剤層を有する回転状態にある鋳型内へ、鋳鉄を鋳込む工程である。この際に、前工程で説明した塗型剤層の括れた形状を有する凹穴に溶湯が充填されることで、シリンダライナ10の表面に括れた突起14が形成される。なお、この際にも適度な遠心力を付与することが好ましい。
【0038】
<工程E:取り出し、仕上げ工程>
工程Eは、製造したシリンダライナ10を鋳型から取り出し、シリンダライナ表面の塗型剤層を例えばブラスト処理によりシリンダライナ10から除去することである。
【0039】
上記工程を経てシリンダライナ10が完成する。
【0040】
本実施形態のシリンダライナ10は、シリンダライナ基体12の基底面12Sに形成された複数の突起の中心間距離及び突起面積率が適切な範囲となるため、これを用いてシリンダブロック20との複合体を砂型重力鋳造や低圧金型鋳造により製造することで、シリンダブロック20の溶湯が、シリンダライナ10の突起14の間に行き渡る。そのため、シリンダライナ10とシリンダブロック20との界面の空隙が低減され、シリンダライナ10とシリンダブロック20との接合力が改善する。
【0041】
なお、上述の実施形態は本発明の好適な実施の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。
【実施例0042】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、以下の実施例により本発明の範囲が限定されないことはいうまでもない。たとえば、本実施形態では、突起14は括れた形状であるとの説明をしたがこれは好適な一例にすぎない。実際、複数の突起14の一部または全部に括れがない場合があり得るが、そのことは本発明の適用を妨げない。
【0043】
本実施例で用いたシリンダライナ10の各種物性の測定方法は以下のとおりである。
【0044】
<突起の高さ方向に垂直な断面の面積率St、突起の平均直径dav>
1)三次元測定機キーエンス製VR-3000により、倍率25倍で、測定視野(12mm×9mm)中の突起14を計測した。
2)計測したデータを付属の解析ソフトで開き、曲率補正を行った。補正条件は、二次曲面補正とした。
3)基準面を設定した。基準面は、領域指定により装置側で自動的に設定されるようにした。基準面を設定すると表示レンジ中心が決定される。表示レンジ中心は測定するシリンダライナ10の性状に応じ自動的に決まる値である。
4)しきい値を設定した。しきい値の目安は突起高さの1/2から1/4程度とし、例えば0.1mmから0.3mmの値を設定する。今回は、表示レンジ中心+しきい値が0.3となるようしきい値を設定した。
5)計測結果を閲覧した。表示レンジ中心+しきい値を超える高さ、すなわち基底表面から0.3mmを超える領域が突起14と見なされ、その数量から突起数量を計測することができる。このとき、突起数量は視野内に存在する突起数(境界部に掛かる突起を含む)-視野の境界部に掛かる突起数×1/2個とした。
6)計測した三次元データより、各突起14の表示レンジ中心+しきい値における突起の横断面積(本例でいう「横断面積」とは、この例でいえば上記の0.3mm位置での断面積が相当する)を算出する。なお、突起14の軸方向投影面積は長方形と仮定するのに対し、ここでは径方向投影面積(略円形)に相当したものが導出され、これらを合計した突起の横断面積の合計を計測面積で除することにより、突起の高さ方向に垂直な断面の面積率Stを算出し、突起の横断面積の合計を突起数量で除することにより、突起1つあたりの平均面積を算出し、そこから突起の平均直径davを求めた。
【0045】
<突起の平均高さhav>
1)各突起高さhは、表示レンジ中心+しきい値+計測された最大高さの合計値である。その視野における各突起高さhの平均値を突起の平均高さhavとした。なお、表示レンジ中心は測定するシリンダライナ10の性状に応じ自動的に決まる値であり、突起14のシリンダライナ基体12の基底表面から基準面までの高さを表し、基底表面を基底面12Sとみなす。しきい値は基準面からの高さを表し、最大高さは表示レンジ中心+しきい値から突起14の先端までの高さを表している。
【0046】
なお、突起14の高さ方向に垂直な断面の面積率St、平均直径dav、平均高さhavは、1本のシリンダライナ10につき4カ所(4視野)測定した平均値とした。4カ所とは、シリンダライナ10の両端部から約20mm位置において対向する位置にてそれぞれ2カ所ずつとし、両端部においては互いに約90°ずらした位置とすることが好ましいが、これに限定はされない。
【0047】
実験:
・塗型剤の調製
以下に示す原料を用い、塗型剤を調製した。
【0048】
耐火材:珪藻土 17~25質量%
珪藻土平均粒径:0.018~0.034mm
粘結剤:ベントナイト 4~7質量%
界面活性剤:0.003~0.02質量%
水:68~79質量%
【0049】
・シリンダライナの作製
以下の組成の溶湯を用いて遠心鋳造により各実施例及び比較例のシリンダライナを作製した。鋳造されたシリンダライナの組成は、
C :3.4質量%、
Si:2.4質量%、
Mn:0.7質量%、
P :0.12質量%、
S :0.035質量%、
Cr:0.25質量%、
残部Fe及び不可避的不純物(JIS FC250相当)であった。
【0050】
図5中の表に示す実施例1~6、並びに比較例1~2に係るシリンダライナを作製した。なお、いずれの実施例においても、工程Cにおける円筒状金型の温度は220~280℃の範囲で適宜変更し、且つGno(ライニング)を40~70Gとして塗型剤層を形成した。但し、塗型剤層の厚みについては、0.6~1.0mmの範囲で適宜変更することで、適宜突起の高さを変更させた。また、工程D以降については、Gno(鋳込み)を100~130G、金型温度を200~260℃として鋳鉄の鋳込みを行った。その後得られた鋳鉄製円筒部材を切断し、内周面を切削加工して、肉厚を調整した。
このようにして得られた鋳鉄製円筒部材の寸法は、外径D
p(突起の高さを含む外径)85mm、内径77mm、全長130mmであった。
なお、表中の「接合強度判定」は、シリンダライナとシリンダブロックの上死点付近の界面から、シリンダ周方向に沿って略8等分した箇所から、略10×10mmのテストピースをそれぞれ切り出した際の、シリンダライナとシリンダブロックの界面における剥離有無で判定した。シリンダライナとシリンダブロックの界面に空隙が多い場合、接合強度が不足し剥離が発生する。ここで、判定A:剥離したテストピースの数は2個以下、判定B:剥離したテストピースの数は3個~6個、判定C:剥離したテストピースの数は7個以上をそれぞれ示す。
【0051】
上記のごとき実施例とその結果物は、突起が湯流れの抵抗となることに着目し、好適な突起分布を「抵抗係数」で定義するという着眼点から導出されたものである。突起密度から、注湯中の湯流れ(湯廻り)に際しての「抵抗係数」を試算することで、その好適範囲が見いだされた。また、突起が存在しない領域から突起が存在する領域に溶湯が流れ込む際に生ずる流路面積縮小に伴う収縮抵抗から損失係数を算出することで、その好適範囲が見いだされた。また、溶湯が流れる際の動圧から動圧力を算出することで、それに対する抗力(動圧×障害投影面積)の比率を規定することができた。これらをふまえた種々の可視化実験の結果、抵抗係数が大きいと湯流れが阻害され、小さいと湯温低下が早く湯流れを阻害するという知見が得られた。これらの結果から、抵抗係数CDが10~35%の場合、好適には14~31%の場合、重力鋳造などの低圧鋳造時の湯廻り改善がより顕著となり、シリンダライナとシリンダブロックとの界面の空隙が低減して接合強度が向上することがわかった。
基体と、該基体の外周面たる基底面に形成された複数の突起とを有する鋳包み用のシリンダライナであって、下記の数式(5)で定義される抵抗係数CDが10~35%である、シリンダライナ。
・当該シリンダライナを輪切りにした横断面における、前記突起が形成されている領域である円筒状突起領域の断面積Spと、該円筒状突起領域の外側に存在する円筒状外側領域の断面積S0との和を仮想流路面積S1とする。
Sp+S0=S1 ・・・(1)
・鋳包みされる際の流体である溶湯の動圧P1を、ρU2/2(ただし、ρは溶湯密度、Uは可視化実験にて計測した前記円筒状外側領域における前記溶湯の流速)とする。
P1=ρU2/2 ・・・(2)
・動圧P1と仮想流路面積S1の積を動圧力PDとする。
PD=P1×S1 ・・・(3)
・障害面積SBを求め、動圧P1と障害面積SBの積を抗力R1とする。
R1=P1×SB ・・・(4)
・抗力R1を動圧力PDで割って抵抗係数CDとする。
CD=R1/PD ・・・(5)
前記突起の投影面積SAは、円柱状と仮定した当該突起の、当該シリンダライナの中心軸に平行な軸方向または周方向の接線方向から見た際の面積としたものである、請求項1に記載のシリンダライナ。
前記仮想流路面積S1から実流路面積S2へと流路面積が縮小することに伴い導出される流体の収縮抵抗から算出される損失係数が0.03~0.14である、請求項1または2に記載のシリンダライナ。