(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022188934
(43)【公開日】2022-12-22
(54)【発明の名称】圧粉磁心および電子部品
(51)【国際特許分類】
H01F 1/26 20060101AFI20221215BHJP
H01F 27/255 20060101ALI20221215BHJP
H01F 17/04 20060101ALI20221215BHJP
H01F 1/24 20060101ALI20221215BHJP
H01F 1/33 20060101ALI20221215BHJP
【FI】
H01F1/26
H01F27/255
H01F17/04 F
H01F1/24
H01F1/33
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021097228
(22)【出願日】2021-06-10
(71)【出願人】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】谷口 友祐
(72)【発明者】
【氏名】関 淳一
(72)【発明者】
【氏名】島村 淳一
【テーマコード(参考)】
5E041
5E070
【Fターム(参考)】
5E041AA02
5E041BB05
5E041BC01
5E041NN06
5E070AA01
5E070BB03
(57)【要約】 (修正有)
【課題】優れた比透磁率、強度及び耐熱性を有する圧粉磁心並びに当該圧粉磁心を用いた電子部品を提供する。
【解決手段】エポキシ樹脂を含むバインダ2と、バインダ中に分散した磁性粒子4と、を有する圧粉磁心110であって、圧粉磁心110中のエポキシ樹脂は、分子鎖に沿って近接している2つのエポキシ結合間において、少なくとも2以上のメソゲン骨格を有する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
エポキシ樹脂を含むバインダと、前記バインダ中に分散した磁性粒子と、を有し、
前記エポキシ樹脂は、分子鎖に沿って近接している2つのエポキシ結合間において、少なくとも2以上のメソゲン骨格を有する圧粉磁心。
【請求項2】
前記磁性粒子が、金属磁性粒子であり、
前記金属磁性粒子100質量部に対する前記バインダの含有率が、1.0質量部以上、4.0質量部以下である請求項1に記載の圧粉磁心。
【請求項3】
前記メソゲン骨格が、下記(I)式で表される構造を有する請求項1または2に記載の圧粉磁心。
【化1】
((I)式におけるYは、-H、アルキル基(炭素数が4以下の脂肪族炭化水素)、アセチル基およびハロゲンの中から選ばれ、メソゲン骨格中のYが全て同一でも異なっていてもよい。*は、隣接する原子との結合部位を表す。)
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載の圧粉磁心を備えるインダクタ。
【請求項5】
前記インダクタを175℃で100時間貯蔵した後の体積抵抗をRAとし、貯蔵前の体積抵抗をRBとして、
RA/RB>0.001を満たす請求項4に記載のインダクタ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧粉磁心、および、当該圧粉磁心を備える電子部品に関する。
【背景技術】
【0002】
インダクタやリアクトルなどの磁気応用電子部品の磁心として、特許文献1に示すような圧粉磁心が知られている。この圧粉磁心は、たとえば、磁性粒子をバインダ(結着材)と共に混練し、圧縮成形することで製造できる。
【0003】
ここで、バインダは、成形過程で溶融流動し磁性粒子の間に充填されることで、磁性粒子間を接合しつつ電気的に絶縁する役割を果たす。そのため、バインダの特性は、圧粉磁心の密度や強度、比透磁率などの特性に影響を及ぼし、圧粉磁心における重要な設計事項の一つとなっている。
【0004】
圧粉磁心で用いられる代表的なバインダとしては、たとえば、シリコーン樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリシラザン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂、水ガラス、低融点ガラスなどが知られている。これらバインダのなかでもエポキシ樹脂は、接着力、電気絶縁性、寸法安定性、耐溶剤性などの特性が優れていること、200℃以下の低温で硬化が可能であること、低価格で工業的に容易に入手できること、などの利点があり、広く一般的に用いられている。特に、特許文献1では、所定のメソゲン骨格を有するエポキシ樹脂を使用することにより、高比透磁率、高強度、かつ、高熱伝導率の圧粉磁心が得られることを開示している。
【0005】
ただし、従来のエポキシ樹脂を使用した場合、成形条件によっては、成形体の金型への張り付きなどの成形不良が生じることがある。特に、磁心密度をより向上させるために温間成形を実施した場合には、上記のような張り付き不良が生じ易くなる。そのため、温間成形にも対応でき、高比透磁率、高強度、および高耐熱性をより効果的に実現できる技術の開発が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の実情を鑑みてなされ、その目的は、優れた比透磁率、強度、および耐熱性を有する圧粉磁心と、当該圧粉磁心を用いた電子部品と、を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明に係る圧粉磁心は、
エポキシ樹脂を含むバインダと、前記バインダ中に分散した磁性粒子と、を有し、
前記エポキシ樹脂は、分子鎖に沿って近接している2つのエポキシ結合間において、少なくとも2以上のメソゲン骨格を有する。
【0009】
本発明者等は、鋭意検討した結果、エポキシ樹脂におけるメソゲン骨格の数が、温間成形における張り付き不良に影響することを見出した。具体的に、本発明者等の実験によれば、メソゲン骨格を有していないエポキシ樹脂や、エポキシ結合間のメソゲン骨格数が1つのみであるエポキシ樹脂を使用した場合には、温間成形時に成形体が金型へ張り付き易く、成形不良が生じ易い。そのため、これら従来のエポキシ樹脂では、強度低下に繋がりかねない潤滑剤を使用したり、温間ではなく冷間成形で製造したりする必要があった。一方で、エポキシ結合間に少なくとも2以上のメソゲン骨格を有するエポキシ樹脂を使用した場合には、温間成形時の張り付き不良を防止できる。その結果、本発明に係る圧粉磁心は、従来のエポキシ樹脂を使用した場合よりも高い強度、比透磁率、および耐熱性を示す。
【0010】
好ましくは、前記磁性粒子が、金属磁性粒子であり、前記金属磁性粒子100質量部に対する前記バインダの含有率が、1.0質量部以上、4.0質量部以下である。
【0011】
また、好ましくは、前記メソゲン骨格が、下記(I)式で表される構造を有する。
【化1】
(I)式におけるYは、-H、アルキル基(炭素数が4以下の脂肪族炭化水素)、アセチル基およびハロゲンの中から選ばれ、メソゲン骨格中のYが全て同一でも異なっていてもよい。*は、隣接する原子との結合部位を表す。
【0012】
本発明の圧粉磁心は、インダクタ、リアクトル、トランス、非接触給電コイル、磁気シールド部品等の各種電子部品に適用することができ、特に、インダクタの磁心として利用することが好ましい。
【0013】
本発明の圧粉磁心を有するインダクタにおいて、
175℃で100時間貯蔵した後の体積抵抗をRAとし、貯蔵前の体積抵抗をRBとすると、好ましくは、RA/RB>0.001である。
本発明のインダクタでは、エポキシ結合間に2以上のメソゲン骨格を有するエポキシ樹脂が圧粉磁心中に含まれることで、上記のRA/RB>0.001を実現することができる。その結果、本発明のインダクタでは、エネルギー損失を低減でき、インダクタの小型化や大電流化を好適に実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係るインダクタ素子を示す概略断面図である。
【
図2】
図2は、
図1に示す圧粉磁心の一部を拡大した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を、図面に示す実施形態に基づき詳細に説明する。
【0016】
図1に示すように、本発明の一実施形態に係るインダクタ素子100は、圧粉磁心110と、当該圧粉磁心110の内部に埋設してあるコイル120と、を有する。
【0017】
圧粉磁心110の形状は、特に限定されず、たとえば、円柱状、楕円柱状、角柱状等の形状とすることができる。そして、圧粉磁心110は、
図2に示すように、結着材としてのバインダ2と、バインダ2中に分散している磁性粒子4とを含んでおり、その他、非磁性の無機粒子などが含まれていてもよい。すなわち、圧粉磁心110は、複数の磁性粒子4がバインダ2を介して結合することにより、所定の形状に成形されている。以下、圧粉磁心110を構成しているバインダ2と磁性粒子4について詳述する。
【0018】
バインダ2は、主として硬化したエポキシ樹脂およびフェノール樹脂からなり、その他、微量の有機成分が含まれ得る。ここで、「微量の有機成分」とは、潤滑剤、硬化促進剤、可撓化剤、可塑剤、分散剤、着色剤、沈降防止剤等に起因する成分であって、バインダ2の主成分であるエポキシ樹脂100質量部に対して、1.0質量部以下程度含まれていてもよい。
【0019】
本実施形態では、バインダ2のエポキシ樹脂が、所定の分子構造を有することを特徴とする。具体的に、バインダ2のエポキシ樹脂は、分子鎖に沿って近接している2つのエポキシ結合間において、複数のメソゲン骨格を有する。
【0020】
ここで、本実施形態における「エポキシ結合」とは、プレポリマーに存在するエポキシ基が重合反応(硬化反応)によって開環することで形成される分子配列を意味する。また、「メソゲン骨格」とは、多環芳香族炭化水素または2つ以上の芳香環を含むと共に、剛直性および配向性を有する原子団の総称である。
【0021】
より具体的に、メソゲン骨格は、以下の式(J)式に示す部分構造であることが好ましい。
【化2】
上記の(J)式において、Xは、単結合、または、下記の群(A)より選択される少なくとも1種の連結基である。
【化3】
また、上記の(J)式において、Yは、-H(水素)、アルキル基(炭素数が4以下の脂肪族炭化水素)、アセチル基およびハロゲンの中から選ばれ、メソゲン骨格中のYが全て同一でも異なっていてもよい。さらに、(J)式における*は、隣接する原子との結合部位を表す。
【0022】
特に、本実施形態では、メソゲン骨格が、以下の(I)式に示す部分構造であることがより好ましい。
【化4】
上記の(I)式におけるYおよび*は、(J)式と同様である。すなわち、(I)式で示すメソゲン骨格では、(J)式におけるXを単結合としており、官能基(アルキル基、アセチル基、ハロゲンなどの側鎖)が配置可能なYの数を(J)式よりも限定している。
【0023】
上記のようなメソゲン骨格は、成形過程において磁性粒子4間の潤滑性を高め、磁性粒子4の再配列を効率的に促す働きを示すと考えられる。また、硬化後のメソゲン骨格間にはスタッキング(分子重なり)が形成されやすく、このスタッキングがバインダ2および圧粉磁心110の機械的強度の向上に寄与すると考えられる。さらに、メソゲン骨格は、磁性粒子4間の熱抵抗を低減する働きも示すと考えられる。そのため、メソゲン骨格を含むエポキシ樹脂で圧粉磁心110を形成することで、密度、強度、比透磁率、熱伝導率などの向上が期待できる。なお、上記において「磁性粒子4の再配列」とは、粒子が加圧により動き最密充填状態に近づくことを意味する。
【0024】
本実施形態におけるバインダ2のエポキシ樹脂では、上述したようなメソゲン骨格が、分子鎖に沿って近接している2つのエポキシ結合間において、少なくとも2以上(好ましくは10以下、より好ましくは3以下)存在する。エポキシ結合間に存在するメソゲン骨格の上限値は、特に限定されず、たとえば100個以下とすることができる。なお、近接するエポキシ結合間に存在する複数のメソゲン骨格は、それぞれ異なっていてもよいし、全て同一の構造であってもよい。また、近接する2つのエポキシ結合間において、複数のメソゲン骨格は、単結合で連なり連続して存在していてもよいし、単数または複数の連結基を介して連なっていてもよい。
【0025】
ここで、「近接している2つのエポキシ結合」について、より詳細に説明しておく。上述したような複数のメソゲン骨格を有する分子構造は、たとえば、以下の(K)式に示すようなプレポリマーを有するエポキシ樹脂を硬化させることで実現できる。
【化5】
(K)式に示すプレポリマーにおいて、端部に位置するE1およびE2は、いずれも、エポキシ基である。また、(K)式におけるM1,M3が、メソゲン骨格である。(K)式のプレポリマーを有するエポキシ樹脂を硬化させると、E1およびE2のエポキシ基が開環して高分子鎖が形成される。この場合、開環したE1とE2の間が、「分子鎖に沿って近接している2つのエポキシ結合間」に該当し、このエポキシ結合間に、「1個(M1)+n個(M3)」のメソゲン骨格が存在することとなる。
【0026】
近接している2つのエポキシ結合間に単一のメソゲン骨格しか存在しない場合には、温間成形時に成形体が金型に張り付く成形不良が発生しやすい。一方で、上記のように、近接しているエポキシ結合間に複数のメソゲン骨格を有する場合、張り付き不良を抑制でき、冷間成形のみならず温間成形でも圧粉磁心110の製造が可能となる。すなわち、本実施形態の圧粉磁心110では、エポキシ結合間に2以上のメソゲン骨格を有するエポキシ樹脂を含むことで、単一のメソゲン骨格のみ有するエポキシ樹脂を使用する場合よりも高い強度、比透磁率、および耐熱性が得られる。
【0027】
なお、エポキシ結合間に存在するメソゲン骨格の数は、バインダ2の分子構造を解析することで特定できる。たとえば、核磁気共鳴スペクトル測定(NMR)、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)、ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC/MS)、液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS)などを適宜併用してバインダ2の分子構造を解析すればよい。また、測定用サンプルは、
図1に示す圧粉磁心110からバインダ2を採取することで準備すればよい。
【0028】
本実施形態において、磁性粒子4は、ソフトフェライトなどの酸化物磁性粒子であってもよいが、軟磁性金属磁性粒子であることが好ましい。軟磁性金属磁性粒子としては、たとえば、純鉄、Fe-Si系合金(鉄-シリコン)、Fe-Al系合金(鉄-アルミニウム)、パーマロイ系合金(Fe-Ni)、センダスト系合金(Fe-Si-Al)、Fe-Si-Cr系合金(鉄-シリコン-クロム)、Fe-Si-Al-Ni系合金、Fe-Ni-Si-Co系合金、Fe系アモルファス合金、Fe系ナノ結晶合金等が例示される。
【0029】
上記のような軟磁性金属磁性粒子の表面には、絶縁被覆を形成することが好ましい。絶縁被覆としては、たとえば、粒子表層の酸化により被膜(酸化物膜)、リン酸塩被膜、ケイ酸塩被膜、ガラスコーティング、BN、SiO2、MgO、Al2O3などを含む無機物系被膜、もしくは有機物被膜などが挙げられる。これらの絶縁被覆は、熱処理、リン酸塩処理、メカニカルアロイング処理、シランカップリング処理、水熱合成などの表面処理により形成できる。軟磁性金属磁性粒子に絶縁被覆を形成することで、圧粉磁心110の高周波損失を抑制することができる。
【0030】
磁性粒子4の平均粒径(D50)は、特に限定されず、たとえば、50μm以下とすることができ、20μm~40μmの範囲内とすることが好ましい。なお、磁性粒子4の平均粒径は、
図2に示すような圧粉磁心110の断面を画像解析することで測定すればよい。具体的に、
図2に示すような断面に含まれる各粒子の面積を測定し、当該面積値から各粒子の円相当径を算出することで、磁性粒子4の粒度分布が得られる。当該測定において、測定視野の寸法は、観測される磁性粒子4の粒度に合わせて適宜調整すればよく、少なくとも5視野以上で解析を実施して粒度分布を得ることが好ましい。
【0031】
なお、圧粉磁心110に含まれる磁性粒子4は、全て同一の材質で構成してもよく、材質が異なる複数の粒子群で構成してもよい。また、
図2に示すように、粒度の異なる複数の粒子群で磁性粒子4を構成してもよい。たとえば、Fe-Si系合金からなる大粒子4aと、当該大粒子4aよりも平均粒径が小さい純鉄からなる小粒子4bと、を混ぜ合わせて磁性粒子4を構成することができる。
【0032】
また、圧粉磁心110の断面における磁性粒子4の平均円形度は、特に限定されないが、直流重畳特性を考慮すると、磁性粒子4の平均円形度は、0.9以上と高いことが好ましく、0.95以上であることがより好ましい。磁性粒子4の平均円形度は、
図2に示すような圧粉磁心110の断面を画像解析することで測定できる。具体的に、断面画像に含まれる各磁性粒子4の面積Sと、輪郭線の長さLとを測定し、以下の計算式に基づいて円形度を算出する。当該測定を少なくとも50個以上の磁性粒子4に対して実施し円形度分布を得て、累積度数50%の円形度を平均円形度として算出すればよい。
円形度=4πS/L
2
【0033】
ここで、磁性粒子4の平均円形度と圧粉磁心110の強度との関係性について補足しておく。上記のように平均円形度が高い球状の磁性粒子の場合、隣接する粒子間で投錨効果と呼ばれる粒子同士の絡み合いが生じ難くなり、一般的には圧粉磁心の強度が低下する。本実施形態の圧粉磁心110では、高い円形度の磁性粒子4を使用した場合であっても、エポキシ結合間に複数のメソゲン骨格を有するエポキシ樹脂が含まれることで、高い強度を得ることが可能である。
【0034】
また、磁性粒子4が金属磁性粒子である場合、圧粉磁心110におけるバインダ2の含有量は、磁性粒子100質量部に対して、4.0質量部以下であることが好ましく、1.0質量部~4.0質量部とすることがより好ましい。本実施形態の圧粉磁心110では、エポキシ結合間に複数のメソゲン骨格を有するエポキシ樹脂を使用することで、磁性粒子4に対するバインダ2の比率を少なくしても保形性を確保でき、高い強度を得ることができる。また、バインダ2の含有率を上記範囲内とすることで、高強度と高い磁気特性とを両立して向上させることができる。
【0035】
なお、バインダの含有量は、圧粉磁心を誘導結合プラズマ発光分光解析装置(ICP-AES)で解析することで概算することができる。この際、圧粉磁心を、たとえば塩酸などで溶解させて分析用サンプルを作製し、ICP-AESで検出された元素の強度を概算することでバインダ含有量を算出する。
【0036】
上述したバインダ2と磁性粒子4とを含む圧粉磁心110を有するインダクタ素子100は、優れた耐熱性を有する。具体的に、インダクタ素子100を175℃で100時間貯蔵した後の体積抵抗をRAとし、貯蔵前の体積抵抗をRBとすると、RA/RB>0.001を満たすことが好ましく、RA/RB≧0.01を満たすことがより好ましい。このRA/RBは、貯蔵後の体積抵抗の変化率を表しており、RA/RBが大きく1.0に近いほど、体積抵抗の変化が少なくインダクタ素子の耐熱性が優れることを意味する。
【0037】
なお、貯蔵前の体積抵抗RBは、1×1012Ω・cm以上であることが好ましく、貯蔵後の体積抵抗RAは、1×109Ω・cm以上であることが好ましい。また、体積抵抗は、ハイレジスタンスメータ(たとえば、HP社4339Bなど)を用いて測定すればよい。
【0038】
本実施形態のインダクタ素子100では、エポキシ結合間に2以上のメソゲン骨格を有するエポキシ樹脂が圧粉磁心中に含まれることで、上記の耐熱性を実現できる。その結果、インダクタ素子100では、エネルギー損失を低減でき、インダクタの小型化や大電流化を好適に実現できる。
【0039】
次に、
図1に示すインダクタ素子100の製造方法の一例について説明する。
【0040】
まず、バインダ2の原料である樹脂材料と、磁性粒子4の原料粉末と、を準備する。磁性粒子4の原料粉末は、公知の粉末製造方法により作製できる。粉末製造方法としては、たとえば、ガスアトマイズ法、水アトマイズ法、回転ディスク法、カルボニル法などが挙げられる。もしくは、もしくは、単ロール法により得られる薄帯を機械的に粉砕して、原料粉末を製造してもよい。なお、上記の製法で磁性粒子4の原料粉末を得た後、篩分級や気流分級などを実施することで、磁性粒子4の粒度を制御することができる。また、磁性粒子4の表面に絶縁被覆を形成する場合には、上記で得られた原料粉末に、熱処理、もしくは、リン酸塩処理、メカニカルアロイング処理、シランカップリング処理、水熱合成などの表面処理を施せばよい。
【0041】
バインダ2の樹脂原料としては、硬化前のプレポリマーからなるエポキシ樹脂を準備する。このエポキシ樹脂は、プレポリマーの端部に位置する2つのエポキシ基間に、少なくとも2以上のメソゲン骨格を有する。
【0042】
そして、上記エポキシ樹脂と、硬化剤とを、溶媒に溶解させることで塗料を作製する。この際、分子量が500~10000程度のフェノール樹脂を使用することが好ましく、たとえば、ビフェニルアラルキル型の硬化剤もしくはp-キシリレン型の硬化剤を使用することが好ましい。また、溶媒についても、特に限定されず、アセトン、イソプロピルアルコール(IPA)、メチルエチルケトン(MEK)、ブチルジグリコールアセテート(BCA)、メタノールなどを用いることができる。さらに、上記塗料には、硬化促進剤(硬化触媒)、潤滑剤、可撓化剤、可塑剤、分散剤、着色剤、沈降防止剤等を適宜添加してもよい。なお、硬化剤の添加量は、エポキシ樹脂の配合量に応じて適宜決定すればよい。
【0043】
次に、磁性粒子4の原料粉末と、エポキシ樹脂を含む塗料とを、ニーダや二軸押出機などの各種混練機に投入し、混練することで、圧粉磁心用の前駆体を作製する。この際、磁性粒子100質量部に対してバインダ2が1~4質量部となるように、原料粉末と塗料とを配合することが好ましい。なお、当該混練工程では、インダクタ素子の用途に応じて、適宜、非磁性セラミック粒子などを添加してもよい。
【0044】
次に、上記の前駆体を用いて圧粉磁心を製造する。
図1に示すインダクタ素子100の場合、前駆体を、インサート部材としての空芯コイルとともに金型内に充填し、圧縮成形する。これにより作製すべき圧粉磁心の形状を有する成形体が得られ、この成形体に適宜熱処理を施すことで、成形体中のエポキシ樹脂を硬化させる。この際の熱処理条件は、特に限定されず、エポキシ樹脂が十分に硬化する条件とすればよい。たとえば、熱処理温度を150℃~200℃とし、処理時間を1時間~5時間とする。熱処理時の雰囲気は特に限定されず、大気雰囲気(air)でもよい。
【0045】
以上の工程により、圧粉磁心110の内部にコイル120が埋設してあるインダクタ素子100が得られる。
【0046】
(本実施形態のまとめ)
本実施形態の圧粉磁心110は、エポキシ樹脂およびフェノール樹脂を含むバインダ2と、バインダ2中に分散した磁性粒子4と、を有する。そして、バインダ2に含まれるエポキシ樹脂は、分子鎖に沿って近接している2つのエポキシ結合間において、少なくとも2以上のメソゲン骨格を有する。
【0047】
本発明者等は、鋭意検討した結果、エポキシ結合間に存在するメソゲン骨格の数が、温間成形における張り付き不良に影響することを見出した。具体的に、本発明者等の実験によれば、メソゲン骨格を有していないエポキシ樹脂や、エポキシ結合間のメソゲン骨格数が1つのみであるエポキシ樹脂を使用した場合には、温間成形時に成形体が金型へ張り付き易く、成形不良が生じ易い。そのため、これら従来のエポキシ樹脂では、強度低下に繋がりかねない潤滑剤を使用したり、温間ではなく冷間成形で製造したりする必要があった。一方で、エポキシ結合間に少なくとも2以上のメソゲン骨格を有するエポキシ樹脂を使用した場合には、温間成形時の張り付き不良を防止できる。その結果、本実施形態に係る圧粉磁心110は、従来のエポキシ樹脂を使用した場合よりも高い強度、比透磁率、および耐熱性を示す。
【0048】
上記の効果が得られる理由は、必ずしも明らかではないが、複数のメソゲン骨格による立体障害が関係していると考えられる。
【0049】
圧粉磁心110を有するインダクタ素子100では、175℃で100時間貯蔵した後の体積抵抗をRAとし、貯蔵前の体積抵抗をRBとすると、RA/RB>0.001を満たす。その結果、本実施形態のインダクタ素子100では、エネルギー損失を低減でき、インダクタの小型化や大電流化を好適に実現できる。
【0050】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内で種々に改変することができる。
【0051】
たとえば、インダクタ素子などの電子部品は、複数の圧粉磁心を組み合わせて構成してもよい。また、圧粉磁心の形状も特に限定されず、たとえば、トロイダル型、FT型、ET型、EI型、UU型、EE型、EER型、UI型、ドラム型、ポット型、カップ型の形状としてもよい。さらに、上記実施形態では、圧粉磁心中にコイルが埋設してあるが、コイルの配置は
図1に示す構成に限定されず、圧粉磁心の外側に導線を巻回することでコイルを形成してもよい。
【0052】
圧粉磁心の製造方法についても、上述した実施形態に限定されず、シート法や射出成型により圧粉磁心を製造してもよく、2段階圧縮により圧粉磁心を製造してもよい。2段階圧縮による製造方法では、たとえば、前駆体を仮圧縮して複数の予備成形体を作製した後、これら予備成形体と空芯コイルとを組み合わせて本圧縮する。
【0053】
また、上記実施形態では、インダクタ素子100について説明したが、本発明の圧粉磁心は、リアクトル、トランス、非接触給電デバイス、磁気シールド部品などの電子部品にも適用可能である。
【実施例0054】
以下、具体的な実施例に基づいて、本発明をさらに詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0055】
実施例1~16
本実施例では、以下に示す手順で実施例1~16に係るインダクタ試料を製造した。
【0056】
まず、磁性粒子4の原料粉末として、Fe-4.5Si合金粉末を、ガスアトマイズ法にて作製した。この原料粉末の表面には、熱処理により平均厚み100nm程度のSiO2膜を形成した。
【0057】
次に、プレポリマーからなるビフェニル型のエポキシ樹脂を準備した。当該エポキシ樹脂は、プレポリマーの端部に位置するエポキシ基間に複数の(I)式に示すメソゲン骨格を有していた。具体的に、エポキシ基間に存在するメソゲン骨格の数は、実施例1~3で2個、実施例4~7,14で3個、実施例8~10,15で10個、実施例11~13,16で20個とした。
【0058】
上記のエポキシ樹脂および硬化剤を、アセトン溶媒に溶解させることで塗料を得た。この際、実施例1~13では、ビフェニルアラルキル型の硬化剤Aを使用し、実施例14~16では、p-キシリレン型の硬化剤Bを使用した。また、硬化剤の添加量は、いずれの実施例においても、エポキシ樹脂100質量部に対して50質量部とし、その他、硬化促進剤をエポキシ樹脂100質量部に対して1質量部添加した。
【0059】
次に、上記の塗料と、Fe-4.5Si合金粉末とを、ニーダで混練し、実施例1~16に係る圧粉磁心用前駆体を得た。この際、磁性粒子100質量部に対するバインダ2の含有量が1~5質量部の範囲内となるように、塗料と合金粉末との配合比を調整した。
【0060】
次に、上記の前駆体を金型に投入し、圧縮成形することでトロイダル形状の成形体を得た。圧縮成形は、冷間成形と温間成形の両方で実施し、実施例ごとに冷間成形で製造したサンプルと温間成形で製造したサンプルとを得た。冷間成形は、成形圧力8.0MPaで実施し、温間成形は、成形圧力4.0MPa、金型温度110℃の条件で実施した。また、圧縮成形後は、成形体を180℃で3時間加熱することで、成形体中のエポキシ樹脂を硬化させて、実施例1~16に係る圧粉磁心サンプルを得た。なお、作製したトロイダル金型は、外径:17.5mm、内径:10.0mmであり、圧粉磁心サンプルは、重量5.0gを秤量して作製した。作製した圧粉磁心サンプルは厚み(高さ)5mm前後であった。
【0061】
各実施例の圧粉磁心サンプルについては、以下に示す評価を実施した。
【0062】
(メソゲン骨格数の計測)
作製した圧粉磁心サンプルから分子構造解析用の分析サンプルを採取した。そして、NMR、FT-IR、GC/MS、LC/MSを実施することで、バインダ2の分子構造を解析し、近接する2つのエポキシ結合間に存在するメソゲン骨格の数を特定した。
【0063】
(圧粉磁心の解析)
また、圧粉磁心サンプルをICP-AESにより解析し、圧粉磁心に含有されるバインダ量を測定した。そして、測定した元素の強度から磁性粒子100質量部に対するバインダ2の含有量を算出した。その結果、いずれの実施例でも、バインダ2の含有量が製造時の狙い値どおりであり、前駆体におけるエポキシ樹脂の配合比と同程度であることが確認できた。
【0064】
なお、SEMによる断面観察時に、磁性粒子4の平均粒径(D50)および平均円形度を測定した。その結果、いずれの実施例においても、平均粒径が20~40μmの範囲内で、平均円形度が0.95以上であった。
【0065】
(圧環強さ試験)
圧粉磁心の強度は、JIS.Z2507に基づいて圧環強さ試験を実施し、圧環強度を算出することで評価した。圧環強度が120MPa以上である場合、そのサンプルの強度特性が良好であると判断した。
【0066】
(比透磁率の測定)
また、製造したトロイダル型の圧粉磁心サンプルに対して導線を30ターン巻き付け、インダクタ素子を作製し、その比透磁率を測定した。比透磁率は以下に示すように測定した。LCRメータと直流バイアス電源とを用いて、周波数100kHz、直流重畳磁界50mTにおけるインダクタンスを測定し、当該インダクタンスから室温における比透磁率を算出した。比透磁率は、25以上を合格とし、26以上を良好、28以上を特に良好と判断した。
【0067】
(耐熱性評価)
耐熱性試験では、インダクタ素子を、175℃で100時間保持させ、試験前後の体積抵抗の変化率を測定した。具体的に、175℃で100時間貯蔵した後の体積抵抗をRAとし、貯蔵前の体積抵抗をRBとして、各実施例におけるRA/RBを算出した。RA/RBが高いほど耐熱性が良好であり、本実施例では、RA/RB>0.001を合格、RA/RB≧0.01を特に良好と判断した。なお、体積抵抗は、ハイレジスタンスメータ(HP社4339B)を使用して、厚み方向に平行にΦ1.0mmのプローブを当てて測定した。
【0068】
比較例1~3
比較例1では、メソゲン骨格を有していないo-クレソールノボラック型のエポキシ樹脂を用いて、圧粉磁心サンプルを製造した。また、比較例2および比較例3では、近接するエポキシ結合間に存在するメソゲン骨格の数が1つのみとなるビフェニル型のエポキシ樹脂を用いて、圧粉磁心サンプルを製造した。なお、比較例2では、ビフェニルアラルキル型の硬化剤Aを使用し、比較例3では、p-キシリレン型の硬化剤Bを使用した。このように、比較例1~3では、使用するエポキシ樹脂の種類を変更したが、エポキシ樹脂の種類以外の実験条件は、上記実施例と同様として、各実施例と同様の評価を実施した。
【0069】
各実施例および各比較例の評価結果を表1に示す。
【表1】
【0070】
表1に示すように、メソゲン骨格を有していない比較例1、および、メソゲン骨格の数が1つのみである比較例2,3では、圧環強度が120MPa未満であり、強度の合否基準を満足できなかった。また、比較例1~3では、RA/RBが0.001以下であり、耐熱性の合否基準も満足できなかった。さらに、比較例1~3では、温間成形時に金型への張り付き不良が発生し、良品の確保が困難であった。すなわち、比較例1~3では、温間成形したサンプルの特性評価を実施できず、冷間成形による製法しか適用できなかった。
【0071】
一方、エポキシ結合間に存在するメソゲン骨格の数が2以上である実施例1~16では、冷間成形で製造した場合において、比較例1~3よりも高い強度が得られ、かつ、耐熱性の合否基準を満足することができた。この結果から、エポキシ結合間に存在するメソゲン骨格の数を、単数ではなく、複数とすることで、高強度、高比透磁率、高耐熱性を並立して達成できることがわかった。
【0072】
また、実施例1~16では、温間成形時の張り付き不良を抑制でき、温間成形により冷間成形よりも高い強度と比透磁率とを有する圧粉磁心が得られた。この結果から、エポキシ結合間に存在するメソゲン骨格の数を、単数ではなく、複数とすることで、成形不良を飛躍的に抑制でき、より効率的に各特性(強度、比透磁率、耐熱性)の向上が図れることがわかった。
【0073】
また、各実施例の評価結果を比較すると、圧粉磁心におけるバインダの含有量が少ないと比透磁率が高くなる傾向が確認でき、バインダの含有率が多いと強度が高くなる傾向が確認できた。そして、バインダの含有量が1~4質量部である場合、強度と磁気特性とをバランスよく向上できることがわかった。さらに、実施例7の結果から、バインダの含有量が4質量部よりも多くなると、透磁率が低下していく傾向が確認できた。以上の結果から、金属磁性粒子100質量部に対するバインダの含有量は、1~4質量部の範囲内であることが好ましいことがわかった。