(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022188956
(43)【公開日】2022-12-22
(54)【発明の名称】環状部材及び環状部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C21D 9/40 20060101AFI20221215BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20221215BHJP
C21D 9/32 20060101ALI20221215BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20221215BHJP
C22C 38/18 20060101ALN20221215BHJP
【FI】
C21D9/40 A
C21D1/06 A
C21D9/32 A
C22C38/00 301N
C22C38/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021097262
(22)【出願日】2021-06-10
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104444
【弁理士】
【氏名又は名称】上羽 秀敏
(74)【代理人】
【識別番号】100174285
【弁理士】
【氏名又は名称】小宮山 聰
(72)【発明者】
【氏名】吉田 春香
(72)【発明者】
【氏名】河原木 雄介
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA18
4K042AA23
4K042BA04
4K042BA10
4K042DA01
4K042DA06
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
4K042DD02
4K042DD05
4K042DE02
4K042DE03
(57)【要約】
【課題】真円度の悪化が抑制された環状部材の製造方法を提供する。
【解決手段】環状部材の製造方法は、環状の素材30を浸炭焼入れして環状部材を製造する方法であって、素材30は、一定の内径を有する第1部分31と、第1部分31の内径よりも内径が小さい箇所を含む第2部分32とを有し、第1部分31の内周面の一部31a、及び第2部分32の外周面の一部32aの少なくとも一方に非浸炭部を設けて浸炭焼入れする。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状の素材を浸炭焼入れして環状部材を製造する方法であって、
前記素材は、一定の内径を有する第1部分と、前記第1部分の内径よりも内径が小さい箇所を含む第2部分とを有し、
前記第1部分の内周面の一部、及び前記第2部分の外周面の一部の少なくとも一方に非浸炭部を設けて浸炭焼入れする、環状部材の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の環状部材の製造方法であって、
前記第2部分は、全体にわたって内径が前記第1部分の内径以下である、環状部材の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の環状部材の製造方法であって、
前記第2部分の内周面に複数の歯が形成されている、環状部材の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の環状部材の製造方法であって、
前記第2部分は、全体にわたって内径が前記第1部分の内径よりも小さい、環状部材の製造方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の環状部材の製造方法であって、
前記第1部分の内周面の一部に前記非浸炭部を設ける場合には前記非浸炭部の面積が前記第1部分の内周面の面積の1/8以下であり、前記第2部分の外周面の一部に前記非浸炭部を設ける場合には前記非浸炭部の面積が前記第2部分の外周面の面積の1/8以下であり、前記第1部分の内周面の一部及び前記第2部分の外周面の一部の両方に前記非浸炭部を設ける場合には(前記第1部分の内周面の一部に設けた前記非浸炭部の面積)/(前記第1部分の内周面の面積)+(前記第2部分の外周面の一部に設けた前記非浸炭部の面積)/(前記第2部分の外周面の面積)が1/8以下である、環状部材の製造方法。
【請求項6】
内周面及び外周面に浸炭層を有する環状部材であって、
一定の内径を有する第1部分と、
前記第1部分の内径よりも内径が小さい箇所を含む第2部分とを備え、
前記第1部分の内周面の一部、及び前記第2部分の外周面の一部の少なくとも一方に前記浸炭層が形成されていない非浸炭部を有する、環状部材。
【請求項7】
請求項6に記載の環状部材であって、
前記第2部分は、全体にわたって内径が前記第1部分の内径以下である、環状部材。
【請求項8】
請求項6又は7に記載の環状部材であって、
前記第2部分の内周面に複数の歯が形成されている、環状部材。
【請求項9】
請求項6又は7に記載の環状部材であって、
前記第2部分は、全体にわたって内径が前記第1部分の内径よりも小さい、環状部材。
【請求項10】
請求項6~9のいずれか一項に記載の環状部材であって、
前記第1部分の内周面の一部に前記非浸炭部がある場合には前記非浸炭部の面積が前記第1部分の内周面の面積の1/8以下であり、前記第2部分の外周面の一部に前記非浸炭部がある場合には前記非浸炭部の面積が前記第2部分の外周面の面積の1/8以下であり、前記第1部分の内周面の一部及び前記第2部分の外周面の一部の両方に前記非浸炭部がある場合には(前記第1部分の内周面の一部にある前記非浸炭部の面積)/(前記第1部分の内周面の面積)+(前記第2部分の外周面の一部にある前記非浸炭部の面積)/(前記第2部分の外周面の面積)が1/8以下である、環状部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環状部材及び環状部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品等に用いられる鋼部材には、摩耗や疲労に対し高い耐性を持つことが求められる。そのため、これらの部材には浸炭焼入れが施される。浸炭焼入れにより、表面の耐摩耗性と耐疲労特性とが向上する。一方、焼入れにおいては温度変化による熱応力や、相変態による体積変化に伴う応力が発生することで、部材内に歪みが生じる。この歪みは焼入れ後の変形や変寸として現れる。これを修正するために後加工を施すと、コストや工期の増加につながる。そのため、熱処理変形を低減することが課題である。
【0003】
特開2010-174289号公報には、熱処理歪みによる変形を防止すべく、焼入れ対象の部材において冷却が進行しやすい部位には熱伝達率低減手段を設け、及び/又は、焼入れ対象の部材において冷却が遅れる部位には熱伝達率促進手段を設けて、焼入れ対象の部材の焼入れ処理を行う熱処理歪み防止焼入れ方法が開示されている。
【0004】
特開2019-143211号公報には、シャフトを固定するための貫通孔が形成された環状の歯車を製造する方法であって、軸方法における位置によって内径に大きな差が生じることを抑制する方法が開示されている。この製造方法は、鋼からなりかつ貫通孔を有する環状の歯車素材に浸炭抑制材を設ける抑制工程と、抑制工程において浸炭抑制材が設けられた歯車素材に浸炭焼入れ処理を施す工程と、を備える。歯車素材は、一対の端面、内周面及び外周面を有する円筒部と、円筒部の外周面に設けられた複数の歯とを備える。抑制工程では、一対の端面に浸炭抑制材が設けられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010-174289号公報
【特許文献2】特開2019-143211号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
自動車部品に用いられるスリーブでは、熱処理変形によって真円度が悪化すると、内部にシャフト等を通せなくなり問題となる。特開2019-143211号公報には、軸方向における位置によって内径に大きな差が生じることを抑制する方法が開示されているが、真円度の悪化の抑制には触れられていない。
【0007】
本発明の課題は、真円度の悪化が抑制された環状部材の製造方法を提供することである。本発明の他の課題は、真円度の悪化が抑制された環状部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一実施形態による環状部材の製造方法は、環状の素材を浸炭焼入れして環状部材を製造する方法であって、前記素材は、一定の内径を有する第1部分と、前記第1部分の内径よりも内径が小さい箇所を含む第2部分とを有し、前記第1部分の内周面の一部、及び前記第2部分の外周面の一部の少なくとも一方に非浸炭部を設けて浸炭焼入れする。
【0009】
本発明の一実施形態による環状部材は、内周面及び外周面に浸炭層を有する環状部材であって、一定の内径を有する第1部分と、前記第1部分の内径よりも内径が小さい箇所を含む第2部分とを備え、前記第1部分の内周面の一部、及び前記第2部分の外周面の一部の少なくとも一方に前記浸炭層が形成されていない非浸炭部を有する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、真円度の悪化が抑制された環状部材が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、環状部材の一例である歯付き環状部材の構成を模式的に示す断面図である。
【
図2】
図2は、熱処理シミュレーションによって得られた、浸炭焼入れの前後の歯付き環状部材の形状の変化を変形倍率70倍で示す図である。
【
図3A】
図3Aは、浸炭を行った場合における、焼入れ中の歯有部の外側半径の変位量、欠歯部の外側半径の変位量、及び楕円率γの時間変化を示すグラフである。
【
図3B】
図3Bは、浸炭を行わなかった場合における、焼入れ中の歯有部の外側半径の変位量、欠歯部の外側半径の変位量、及び楕円率γの時間変化を示すグラフである。
【
図4】
図4は、欠歯部の内周に温度上昇を与える解析によって得られた、温度変化を与える前後の歯付き環状部材の形状の変化を、変形量を強調して示す図である。
【
図5】
図5は、歯付き環状部材の表面の一部に非浸炭部を設ける場合のパターンを示す図である。
【
図6】
図6は、環状部材の他の例である段付き環状部材の構成を模式的に示す断面図である。
【
図7】
図7は、浸炭を行った場合における、焼入れ中の厚肉部の外側半径の変位量、薄肉部の外側半径の変位量、及び楕円率γの時間変化を示すグラフである。
【
図8】
図8は、本発明の第1の実施形態による環状部材の製造方法で用いる環状の素材の一例の構成を模式的に示す断面図である。
【
図9】
図9は、本発明の第2の実施形態による環状部材の製造方法で用いる環状の素材の一例の構成を模式的に示す断面図である。
【
図10】
図10は、解析例1で用いた部材の寸法を示す図である。
【
図11】
図11は、解析例で用いた熱処理の履歴を示す図である。
【
図12】
図12は、解析例で用いた焼入れ時の熱伝達係数を示す図である。
【
図13】
図13は、歯有部の外周面に非浸炭部を設ける場合(パターンA)、及び欠歯部の内周面に非浸炭部を設ける場合(パターンB)の模式図である。
【
図14】
図14は、円周に対する非浸炭部の割合と楕円率との関係を示すグラフである。
【
図15】
図15は、解析例2で用いた部材の寸法を示す図である。
【
図16】
図16は、円周に対する非浸炭部の割合と楕円率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
焼入れ中の部材には、冷却による熱収縮や相変態による体積膨張が発生する。焼入れにおいて部材を油中に浸漬した際、部材の表面付近では冷却が速く進行し、内部では冷却が遅く進行する。そのため、部材内に現れる体積変化は場所により異なり、形状の影響を受ける。
【0013】
本発明者は、環状の素材を浸炭焼入れした際に起こる変形について熱処理シミュレーションによる解析を行い、以下の知見を得た。熱処理シミュレーションの詳しい条件は後述する。
【0014】
[歯付き環状部材の解析]
図1は、環状部材の一例である歯付き環状部材10の構成を模式的に示す断面図である。歯付き環状部材10は、内周面に歯を持たない欠歯部11と、内周面に複数の歯を持つ歯有部12とを有している。
【0015】
図2は、熱処理シミュレーションによって得られた、浸炭焼入れの前後の歯付き環状部材10の形状の変化を変形倍率70倍で示す図である。歯付き環状部材10は、浸炭焼入れを行うと、歯有部12の方向を長軸方向とする楕円状に変形する。
【0016】
この変形の原因を調べるため、歯付き環状部材10に浸炭を施さずに焼入れを行った場合の解析を行った。その結果、楕円変形は起こらなかった。このことから、歯付き環状部材10の楕円変形の原因は浸炭と関係していると考えられる。
【0017】
ここで、楕円変形の評価のための指標として楕円率γを導入する。楕円率γは、歯有部12の中央の外径をa、欠歯部11の中央の外径をbとして、下記で与えられる。
γ=(1-a/b)×100 (%)
【0018】
楕円率γが正の値であることは、歯付き環状部材10が欠歯部11の方向を長軸方向とする楕円状になっていることを意味する。楕円率γが負の値であることは、歯付き環状部材10が歯有部12の方向を長軸方向とする楕円状になっていることを意味する。
【0019】
図3A及び
図3Bは、浸炭を行った場合(
図3A)と浸炭を行わなかった場合(
図3B)とにおける、焼入れ中の歯有部12の外側半径の変位量(mm)、欠歯部11の外側半径の変位量(mm)、及び楕円率γ(%)の時間変化を示すグラフである。横軸は焼入れ開始(冷却開始)からの経過時間(s)を表す。歯有部12及び欠歯部11の外側半径の変位量はそれぞれ、加熱前(20℃)の歯有部12及び欠歯部11の外側半径を基準とする値である。なお、焼入れ開始直後に楕円率γが一時的に大きく減少しているのは、歯有部12と欠歯部11とで急冷の始まるタイミングが異なり、一時的に温度差が大きくなるためである。
【0020】
浸炭を行った場合(
図3A)、焼入れ開始の約200秒後から楕円率γが減少し、最終的な楕円率γが負の値になる。一方、浸炭を行わなかった場合(
図3B)にはこの傾向は見られず、焼入れ開始の約30秒後から楕円率は0に近い値になる。この時刻は浸炭部の相変態の発生と対応していることから、浸炭部における相変態が楕円変形をもたらす原因と考えられる。
【0021】
浸炭が施されることで、表面は炭素濃度が高く、内部は炭素濃度が低いといった勾配が生じる。この炭素濃度の違いにより、焼入れ後の組織にも違いが現れる。表1に、熱処理シミュレーションによって得られた、歯付き環状部材10の各部分の炭素濃度及び組織を示す。表1において、「非浸炭部」の欄には、浸炭の影響を殆ど受けていない領域として歯付き環状部材10の厚さ方向中央部分の炭素濃度及び組織を示している。「歯有部の浸炭部」及び「欠歯部の浸炭部」の欄にはそれぞれ、歯有部12及び欠歯部11の内周面の最表層の炭素濃度及び組織を示している。組織の「F」、「P」、「B」、「M」、及び「A」はそれぞれ、フェライト、パーライト、ベイナイト、マルテンサイト、及びオーステナイトを表す。
【0022】
【0023】
表1に示すとおり、歯有部12の浸炭部は欠歯部11の浸炭部と比較して高い炭素濃度を有している。組織に着目すると、歯有部12の浸炭部は欠歯部11の浸炭部と比較してマルテンサイトが少なく、オーステナイトが多くなっている。このため、歯有部12の浸炭部は欠歯部11の浸炭部と比較して密度が大きく、体積膨張量は小さくなる。この体積膨張量の差によって、歯付き環状部材10は歯有部12の方向を長軸方向とする楕円状に変形すると考えられる。
【0024】
このメカニズムを確認するため、欠歯部11の内周に相当する部分に相変態を起こさない程度の温度上昇を与える解析を行った。温度上昇により、歯付き環状部材10の内周のうち歯有部12と欠歯部11とで体積膨張量が異なる状況を模擬している。ここで、温度上昇を伴わない歯有部12は密度が大きく体積膨張量が小さいのに対し、温度上昇を伴う欠歯部11は密度が小さく体積膨張量が大きいといった条件を与えている。
【0025】
図4は、この解析によって得られた、温度変化を与える前後の歯付き環状部材10の形状の変化を、変形量を強調して示す図である。
図4に示すとおり、温度上昇による体積変化の差によっても、歯付き環状部材10が歯有部12を長軸方向とする楕円状に変形する結果が得られた。これにより、歯有部12と欠歯部11との体積膨張量の差が、楕円変形をもたらしていることが示された。
【0026】
本発明者は、部材の表面をすべて浸炭させるのではなく、浸炭を施す領域(浸炭部)と浸炭を施さない領域(非浸炭部)とを設けることにより、部材の楕円変形を低減できることに着想した。浸炭部と非浸炭部とでは、炭素濃度に加えて焼入れに伴って発生する組織が異なることから、焼入れに伴う体積膨張量に差が現れる。表1に示した解析例では、浸炭部は非浸炭部と比較して密度が小さく、したがって体積が大きい。非浸炭部は密度が大きく、体積が小さい。これらが同一の部材内で互いに拘束を受けているために変形が発生する。適切な領域に非浸炭部を設けることにより、楕円変形を抑制して最終的な形状を真円に近づけられると考えられる。
【0027】
表面の一部に非浸炭部を設けることによる効果を考える。
図5は、歯付き環状部材10の表面の一部に非浸炭部を設ける場合のパターンを示す図である。
図5は具体的には、歯有部12の外周面の全面(パターンA)、欠歯部11の内周面の全面(パターンB)、欠歯部11の外周面の全面(パターンC)、及び歯有部12の内周面の全面(パターンD)に非浸炭部を設けた場合を示している。
【0028】
これらを用いて熱処理シミュレーションを行い、浸炭焼入れ後の楕円率γを求めた。非浸炭部の設定は、該当する領域には炭素濃度の変化を与えないことにより行った。この解析では、特性の異なる2種類の焼入れ油(「Hot油」及び「Cold油」と称する。)から得た熱伝達係数を使用した。結果を表2に示す。
【0029】
【0030】
表2に示すように、焼入れ油の種類によらず、内周面を非浸炭部にした領域は外径が大きくなり、外周面を非浸炭部にした領域は外径が小さくなる傾向が得られた。具体的には、歯有部12の外周面を非浸炭部にしたパターンAでは、歯有部12の外径aが小さくなることで楕円率γが大きくなった。同様に、パターンBでは欠歯部11の外径bが大きくなることで楕円率γが大きくなり、パターンCでは欠歯部11の外径bが小さくなることで楕円率γが小さくなり、パターンDでは歯有部12の外径aが大きくなることで楕円率γが小さくなった。
【0031】
前述のとおり、非浸炭部を設けない場合、歯付き環状部材10は歯有部12の方向を長軸方向とする楕円状に変形する。そのため、歯有部12の外周面の一部、及び欠歯部11の内周面の一部の少なくとも一方に適切な大きさの非浸炭部を設けることにより、変形を打ち消して、楕円変形を低減できると考えられる。
【0032】
[段付き環状部材の解析]
図6は、環状部材の他の例である段付き環状部材20の構成を模式的に示す断面図である。段付き環状部材20は、薄肉部21と、薄肉部21よりも内径の小さい厚肉部22とを有している。
【0033】
段付き環状部材20についても、歯付き環状部材10の場合と同様に、熱処理シミュレーションを行って浸炭焼入れ後の楕円率γを求めた。段付き環状部材20の楕円率γの計算では、厚肉部22の中央の外径をa、薄肉部21の中央の外径をbとした。
【0034】
図7は、浸炭を行った場合における、焼入れ中の厚肉部22の外側半径の変位量(mm)、薄肉部21の外側半径の変位量(mm)、及び楕円率γ(%)の時間変化を示すグラフである。段付き環状部材20においても、歯付き環状部材10の場合(
図3A)と同様に、最終的な楕円率γが負の値になった。また、図示は省略するが、浸炭を行わなかった場合には楕円変形は起こらなかった。このことから、段付き環状部材20においても、楕円変形の原因は浸炭と関係していると考えられる。
【0035】
段付き環状部材20においても、歯付き環状部材10の場合と同様に、非浸炭部の配置を変えて熱処理シミュレーションを行い、浸炭焼入れ後の楕円率γを求めた。具体的には、厚肉部22の外周面の全面(パターンA)、薄肉部21の内周面の全面(パターンB)、薄肉部21の外周面の全面(パターンC)、及び厚肉部22の内周面の全面(パターンD)を非浸炭部にして熱処理シミュレーションを行い、浸炭焼入れ後の楕円率γを求めた。結果を表3に示す。
【0036】
【0037】
段付き環状部材20においても、歯付き環状部材10の場合(表2)と同様に、内周面を非浸炭部にした領域は外径が大きくなり、外周面を非浸炭部にした領域は外径が小さくなる傾向が得られた。
【0038】
このことから、段付き環状部材20においても、歯付き環状部材10の場合と同様に、厚肉部22の外周面の一部、及び薄肉部21の内周面の一部の少なくとも一方に適切な大きさの非浸炭部を設けることにより、変形を打ち消して、楕円変形を低減できると考えられる。
【0039】
本発明は、以上の知見に基づいて完成された。以下、図面を参照し、本発明の実施の形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。各図に示された構成部材間の寸法比は、必ずしも実際の寸法比を示すものではない。
【0040】
[第1の実施形態]
本発明の第1の実施形態による環状部材の製造方法は、環状の素材を浸炭焼入れして環状部材を製造する方法である。
【0041】
図8は、本実施形態による環状部材の製造方法で用いる環状の素材の一例である素材30の構成を模式的に示す断面図である。素材30は、一定の内径を有する第1部分31と、第1部分31の内径よりも内径が小さい箇所を含む第2部分32とを有している。
【0042】
第2部分32の内周面には、第1部分31の内周面から所定の高さだけ突出した複数の歯が形成されている。すなわち本実施形態では、この歯の部分が、「第1部分31の内径よりも内径が小さい箇所」に相当する。なお、
図8の例では、第2部分32の歯と歯との間の箇所の内径は第1部分31の内径と同じであるが、これらは同じでなくてもよい。なお、第2部分32の歯と歯との間の箇所の内径は、第1部分31の内径以下であることが好ましい。すなわち、第2部分32は、全体にわたって内径が第1部分31の内径以下であることが好ましい。
【0043】
素材30は、これに限定されないが、外径が一定であることが好ましい。
【0044】
素材30の材質は、例えば鋼であり、これに限定されないが、JIS G 4051の機械構造用炭素鋼鋼材やJIS G 4053の機械構造用合金鋼鋼材等が好適に用いられる。
【0045】
本実施形態では、第1部分31の内周面の一部31a、又は第2部分32の外周面の一部32aに非浸炭部を設けて浸炭焼入れする。第1部分31の内周面の一部31a及び第2部分32の外周面の一部32aの両方に非浸炭部を設けてもよい。
【0046】
より具体的には、第1部分31の内周面の一部31a、及び第2部分32の外周面の一部32aの少なくとも一方に浸炭抑制材や治具を配置した状態で浸炭を行なった後、焼入れをする。浸炭抑制材は、非浸炭部を設ける箇所に塗布してもよく、シート状のものを貼り付けても良い。浸炭抑制材は、これに限定されないが、例えばホウ酸系化合物を主成分とする浸炭防止剤を用いることができる。
【0047】
第1部分31の内周面の一部31aに非浸炭部を設ける場合、非浸炭部の面積は、第1部分31の内周面の面積の1/8以下にすることが好ましい。この場合の非浸炭部の面積は、より好ましくは、第1部分31の内周面の面積の1/16以下である。この場合、非浸炭部がわずかでもあれば効果が得られるが、非浸炭部の面積の下限は、好ましくは第1部分31の内周面の面積の1/128であり、より好ましくは第1部分31の内周面の面積の1/64である。
【0048】
第2部分32の外周面の一部32aに非浸炭部を設ける場合、非浸炭部の面積は、第2部分32の外周面の面積の1/8以下にすることが好ましい。この場合の非浸炭部の面積は、より好ましくは、第2部分32の外周面の面積の1/16以下である。この場合、非浸炭部がわずかでもあれば効果が得られるが、非浸炭部の面積の下限は、好ましくは第2部分32の外周面の面積の1/128であり、より好ましくは第2部分32の外周面の面積の1/64である。
【0049】
第1部分31の内周面の一部31a及び第2部分32の外周面の一部32aの両方に非浸炭部を設ける場合、(第1部分31の内周面の一部31aに設けた非浸炭部の面積)/(第1部分31の内周面の面積)+(第2部分32の外周面の一部32aに設けた非浸炭部の面積)/(第2部分32の外周面の面積)を1/8以下にすることが好ましい。(第1部分31の内周面の一部31aに設けた非浸炭部の面積)/(第1部分31の内周面の面積)+(第2部分32の外周面の一部32aに設けた非浸炭部の面積)/(第2部分32の外周面の面積)は、より好ましくは1/16以下である。(第1部分31の内周面の一部31aに設けた非浸炭部の面積)/(第1部分31の内周面の面積)+(第2部分32の外周面の一部32aに設けた非浸炭部の面積)/(第2部分32の外周面の面積)の下限は、好ましくは1/128であり、さらに好ましくは1/64である。
【0050】
以上の工程によって、環状部材が製造される。浸炭焼入れによって、非浸炭部を除いた内周面及び外周面に浸炭層が形成される。すなわち、本実施形態による環状部材は、内周面及び外周面に浸炭層を有する環状部材であって、一定の内径を有する第1部分31と、第1部分31の内径よりも内径が小さい箇所を含む第2部分32とを備え、第1部分31の内周面の一部31a、及び第2部分32の外周面の一部32aの少なくとも一方に浸炭層が形成されていない非浸炭部を有する。
【0051】
本実施形態によれば、真円度の悪化が抑制された環状部材が得られる。
【0052】
[第2の実施形態]
本発明の第2の実施形態による環状部材の製造方法では、第1の実施形態による環状部材の製造方法で用いた素材と異なる形状の素材を使用する。
【0053】
図9は、本実施形態による環状部材の製造方法で用いる環状の素材の一例である素材40の構成を模式的に示す断面図である。素材40は、素材30と同様に、一定の内径を有する第1部分41と、第1部分41の内径よりも内径が小さい箇所を含む第2部分42とを有している。本実施形態では、第2部分42は、全体にわたって内径が第1部分41の内径よりも小さい。第2部分42の内径は、一定であることが好ましい。
【0054】
本実施形態においても、第1部分41の内周面の一部41a、又は第2部分42の外周面の一部42aに非浸炭部を設けて浸炭焼入れする。第1部分41の内周面の一部41a及び第2部分42の外周面の一部42aの両方に非浸炭部を設けてもよい。非浸炭部の好ましい面積は、第1の実施形態の場合と同様である。
【0055】
以上の工程によって、環状部材が製造される。本実施形態においても、浸炭焼入れによって、非浸炭部を除いた内周面及び外周面に浸炭層が形成される。すなわち、本実施形態による環状部材は、内周面及び外周面に浸炭層を有する環状部材であって、一定の内径を有する第1部分41と、第1部分41の内径よりも内径が小さい箇所を含む第2部分42とを備え、第1部分41の内周面の一部41a、及び第2部分42の外周面の一部42aの少なくとも一方に浸炭層が形成されていない非浸炭部を有する。
【0056】
本実施形態によっても、真円度の悪化が抑制された環状部材が得られる。
【0057】
[解析例1]
鋼製環状部材を対象として想定し、熱処理シミュレーションを用いて浸炭焼入れを模擬した解析を実施し、浸炭焼入れ後の形状を求めた。
図10に解析に用いた部材の寸法を示す。この部材は、外径120mm、内径105mm、厚さ7.5mmの円筒状で、一部に高さ2.5mmの歯を持つ歯有部及び歯を内周面に有しない欠歯部を持っている。部材の形状の対称性から、
図10に示す1/4のみのモデルを対象として解析を行った。部材の材料としてSCr2を想定し、力学特性は実験値を用い、熱的特性は表4に示す化学組成から導いた計算値を用いた。
【0058】
【0059】
図11に解析で用いた熱処理の履歴を示す。熱処理は、オーステナイト化、浸炭、焼入れ(油冷)、及び空冷からなる。
図12に焼入れ時の熱伝達係数を示す。ここでは特性の異なる2種類の焼入れ油(「Hot油」及び「Cold油」と称する。)から得た熱伝達係数を使用した。非浸炭部の設定は、該当する領域には浸炭工程において炭素濃度の変化を与えないことにより行った。
【0060】
図13は、歯有部の外周面に非浸炭部を設ける場合(パターンA)、及び欠歯部の内周面に非浸炭部を設ける場合(パターンB)の模式図である。部材の外周L1に対する非浸炭部の周長l1の割合l1/L1、及び、部材の内周(欠歯部の内径より算出)L2に対する非浸炭部の周長l2の割合l2/L2(以下、l1/L1及びl2/L2をまとめて「円周に対する非浸炭部の割合」と呼ぶ。)を0(非浸炭部なし)から1/2となる範囲で変化させた。
【0061】
楕円変形の評価は、
図10中の点P1のx方向への変位と点P2のy方向への変位を用いて楕円率γを求めることで行った。
【0062】
図14は、円周に対する非浸炭部の割合と楕円率γとの関係を示すグラフである。非浸炭部を設けない場合(円周に対する非浸炭部の割合が0の場合)、楕円率γは負の値を示しており、歯有部を長軸とする楕円変形が発生している。非浸炭部を設定した場合、焼入れ油の種類によらず、またパターンA及びパターンBのいずれにおいても、円周に対する非浸炭部の割合が増加するにつれて楕円率γが大きくなる。円周に対する非浸炭部の割合が1/16以下のとき(歯有部の外周面に設けた非浸炭部の面積が歯有部の外周面の面積の1/8以下のとき、又は欠歯部の内周面に設けた非浸炭部の面積が欠歯部の内周面の面積の1/8以下のとき)、楕円率γの絶対値は非浸炭部を設けなかった場合よりも小さくなり、真円に近い形状になっている。
【0063】
[解析例2]
図15に示す環状部材を対象として、熱処理シミュレーションを行った。部材寸法、形状以外の条件は解析例1と同様とした。
図15の環状部材は、
図10の環状部材の歯有部及び欠歯部に代えて、厚肉部及び薄肉部を有している。
【0064】
図16は、
図15の部材の場合における、円周に対する非浸炭部の割合と楕円率γとの関係を示すグラフである。この場合においても、円周に対する非浸炭部の割合が1/16以下のとき(厚肉部の外周面に設けた非浸炭部の面積が厚肉部の外周面の面積の1/8以下のとき、又は薄肉部の内周面に設けた非浸炭部の面積が薄肉部の内周面の面積の1/8以下のとき)、楕円率γの絶対値は非浸炭部を設けなかった場合よりも小さくなり、真円に近い形状になっている。
【0065】
以上、本発明の実施形態を説明したが、上述した実施形態は本発明を実施するための例示にすぎない。よって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲で、上述した実施形態を適宜変形して実施することが可能である。
【符号の説明】
【0066】
10 歯付き環状部材
11 欠歯部
12 歯有部
20 段付き環状部材
21 薄肉部
22 厚肉部
30,40 素材
31,41 第1部分
32,42 第2部分