(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022189077
(43)【公開日】2022-12-22
(54)【発明の名称】複合体、複合体の製造方法、防汚システム、及び、構造物
(51)【国際特許分類】
C08L 83/04 20060101AFI20221215BHJP
C08K 3/01 20180101ALI20221215BHJP
C09K 3/18 20060101ALI20221215BHJP
【FI】
C08L83/04
C08K3/01
C09K3/18 104
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021097433
(22)【出願日】2021-06-10
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】内藤 昌信
(72)【発明者】
【氏名】天神林 瑞樹
(72)【発明者】
【氏名】ウェン ウェイ
【テーマコード(参考)】
4H020
4J002
【Fターム(参考)】
4H020BA32
4J002CP031
4J002CP032
4J002CP051
4J002CP061
4J002CP121
4J002DE106
4J002FA026
4J002FA066
(57)【要約】 (修正有)
【課題】優れた液滴除去性能を有する複合体の提供。
【解決手段】硬化性シリコーンゴム成分と、充填材と、を含む組成物を硬化させて得られる多孔性硬化物と、上記多孔性硬化物に含浸されたシリコーンオイルと、を含み、上記硬化性シリコーンゴム成分の含有量に対する、上記シリコーンオイルの含有量の含有質量比が0.20~0.90であり、上記充填材は、核部と、上記核部から異なる4軸方向に伸びた針状部と、を有する立体形状を有する、複合体。
【選択図】
図14
【特許請求の範囲】
【請求項1】
硬化性シリコーンゴム成分と、充填材と、を含む組成物を硬化させて得られる多孔性硬化物と、前記多孔性硬化物に含浸されたシリコーンオイルと、を含み、
前記硬化性シリコーンゴム成分の含有量に対する、前記シリコーンオイルの含有量の含有質量比が0.20~0.90であり、
前記充填材は、核部と、前記核部から異なる4軸方向に伸びた針状部と、を有する立体形状を有する、複合体。
【請求項2】
前記含有質量比が、0.64未満である、請求項1に記載の複合体。
【請求項3】
前記含有質量比が、0.61未満である、請求項1又は2に記載の複合体。
【請求項4】
前記含有質量比が、0.50以上である、請求項1~3のいずれか1項に記載の複合体。
【請求項5】
前記組成物中における前記硬化性シリコーンゴム成分と前記充填材の含有量の合計に対する、前記充填材の含有量の含有質量比が0.40~0.99である、請求項1~4のいずれか1項に記載の複合体。
【請求項6】
前記硬化性シリコーンゴム成分が、ケイ素原子に結合した加水分解性基を有するオルガノポリシロキサンを含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の複合体。
【請求項7】
前記シリコーンオイルの25℃における動粘度が1.0×100~1.0×104mm2/sである、請求項1~6のいずれか1項に記載の複合体。
【請求項8】
前記シリコーンオイルがジメチルポリシロキサンを含む、請求項1~7のいずれか1項に記載の複合体。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか1項に記載の複合体を製造する、複合体の製造方法であって、
前記硬化性シリコーンゴム成分と、前記充填材とを含む組成物を硬化させて、多孔性硬化物を得ることと、
前記多孔性硬化物にシリコーンオイルを含浸させることと、を含む、複合体の製造方法。
【請求項10】
前記硬化性シリコーンゴム成分の含有量に対する、前記シリコーンオイルの含有量の含有質量比が0.20~0.90である、請求項9に記載の複合体の製造方法。
【請求項11】
前記硬化性シリコーンゴム成分と前記充填材の含有量の合計に対する、前記充填材の含有量の含有質量比が0.40~0.99である、請求項9又は10に記載の複合体の製造方法。
【請求項12】
請求項1~8のいずれか1項に記載の複合体と、
前記複合体に前記シリコーンオイルを供給するためのリザーバと、を備える防汚システム。
【請求項13】
請求項12に記載の防汚システムを備える構造物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合体、複合体の製造方法、防汚システム、及び、構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
気液分離膜等に使用される優れた撥水部材として、特許文献1には、「硬化性シリコーンゴム成分と、充填材と、を含有する組成物を硬化させて得られる部材であって、前記充填材は、核部と、前記核部から異なる4軸方向に伸びた針状部と、を有する立体形状を有し、前記組成物中における、前記硬化性シリコーンゴム成分と前記充填材の含有量の合計に対する、前記充填材の含有量の含有質量比rが0.70以上である、部材。」が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載された部材は、従来の部材とは比較にならない程の優れた撥水性を有しており、気液分離膜等への応用が期待されている。
しかしながら、表面に付着した液滴、特に水よりも表面張力の低い液滴の除去性能に関しては改善の余地があった。
【0005】
そこで、本発明は優れた液滴除去性能を有する複合体を提供することを課題とする。
また、本発明は、複合体の製造方法、防汚システム、及び、構造物を提供することも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、以下の構成により上記課題を達成することができることを見出した。
【0007】
[1] 硬化性シリコーンゴム成分と、充填材と、を含む組成物を硬化させて得られる多孔性硬化物と、上記多孔性硬化物に含浸されたシリコーンオイルと、を含み、上記硬化性シリコーンゴム成分の含有量に対する、上記シリコーンオイルの含有量の含有質量比が0.20~0.90であり、上記充填材は、核部と、上記核部から異なる4軸方向に伸びた針状部と、を有する立体形状を有する、複合体。
[2] 上記含有質量比が、0.64未満である、[1]に記載の複合体。
[3] 上記含有質量比が、0.61未満である、[1]又は[2]に記載の複合体。
[4] 上記含有質量比が、0.50以上である、[1]~[3]のいずれかに記載の複合体。
[5] 上記組成物中における上記硬化性シリコーンゴム成分と上記充填材の含有量の合計に対する、上記充填材の含有量の含有質量比が0.40~0.99である、[1]~[4]のいずれかに記載の複合体。
[6] 上記硬化性シリコーンゴム成分が、ケイ素原子に結合した加水分解性基を有するオルガノポリシロキサンを含む、[1]~[5]のいずれかに記載の複合体。
[7] 上記シリコーンオイルの25℃における動粘度が1.0×100~1.0×104mm2/sである、[1]~[6]のいずれかに記載の複合体。
[8] 上記シリコーンオイルがジメチルポリシロキサンを含む、[1]~[7]のいずれかに記載の複合体。
[9] [1]~[8]のいずれかに記載の複合体を製造する、複合体の製造方法であって、上記硬化性シリコーンゴム成分と、上記充填材とを含む組成物を硬化させて、多孔性硬化物を得ることと、上記多孔性硬化物にシリコーンオイルを含浸させることと、を含む、複合体の製造方法。
[10] 上記硬化性シリコーンゴム成分の含有量に対する、上記シリコーンオイルの含有量の含有質量比が0.20~0.90である、[9]に記載の複合体の製造方法。
[11] 上記硬化性シリコーンゴム成分と上記充填材の含有量の合計に対する、上記充填材の含有量の含有質量比が0.40~0.99である、[9]又は[10]に記載の複合体の製造方法。
[12] [1]~[8]のいずれかに記載の複合体と、上記複合体に上記シリコーンオイルを供給するためのリザーバと、を備える防汚システム。
[13] [12]に記載の防汚システムを備える構造物。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、優れた液滴除去性能を有する複合体が提供できる。
また、本発明によれば、複合体の製造方法、防汚システム、及び、構造物も提供できる。
【0009】
本発明の複合体は、硬化性シリコーンゴム成分と、充填材と、を含む組成物を硬化させて得られる多孔性硬化物と、その多孔性硬化物に含浸されたシリコーンオイルと、を含み、硬化性シリコーンゴム成分の含有量に対する、シリコーンオイルの含有量の含有質量比(オイル/ゴム)が0.20~0.90であり、充填材は、核部と、核部から異なる4軸方向に伸びた針状部と、を有する立体形状を有する、複合体である。
【0010】
上記多孔性硬化物は、充填材の嵩高い形状に起因して、硬化性シリコーンゴムの硬化時の収縮によって、硬化物内に多数、かつ、粒径の比較的揃った連通孔のネットワークを有する。この連通孔に所定量のシリコーンオイルが含浸されることにより、優れた液滴除去性能が得られるものと推測される。
【0011】
なお、本明細書における液滴除去性能とは、20℃における表面張力が22.5mN/m以上であって、水よりも表面張力の低い流体の液滴について、後述する実施例に記載の実験方法において、傾斜角が15°以下で滑落させられることを意味し、10°以下が好ましく、5°以下がより好ましい。
【0012】
また、本発明の複合体におけるオイル/ゴム比が0.64未満であると、接触角ヒステリシスが大きくなりやすく、結果としてより優れた液滴除去性能が得られやすい。また、オイル/ゴム比が0.64未満であるとこの傾向は顕著である。
【0013】
また、本発明の複合体におけるオイル/ゴム比が0.50以上であると、20℃における表面張力が22.5mN/mを超える、水より表面張力が低い有機溶媒に対してのより低い接触角ヒステリシスを有し、結果として更に優れた防汚性、セルフクリーニング性を発揮する。
【0014】
また、本発明の複合体における硬化性シリコーンゴム成分と充填剤の含有量の合計に対する、充填剤の含有量の含有質量比が0.40~0.99である場合、硬化物の連通孔の孔径がより均一になるものと推測され、結果としてより優れた液滴除去性能を有する複合体が得られる。
【0015】
また、硬化性シリコーンゴム成分が、ケイ素原子に結合した加水分解性基を有するオルガノポリシロキサンを含む場合、シリコーンオイルとの優れた親和性を有し、結果としてより優れた液滴除去性能を有する複合体が得られる。
【0016】
また、シリコーンオイルの25℃における動粘度が1.0×100~1.0×104mm2/sである場合、より優れた液滴除去性能を有する複合体が得られる。
この傾向は、動粘度が1.0×101mm2/s以上である場合により顕著であり、1.0×102mm2/s以上である場合に更に顕著である。
【0017】
また、シリコーンオイルがジメチルポリシロキサンを含む場合、より優れた液滴除去性能を有する複合体が得られる。
【0018】
本発明の複合体の製造方法は、硬化性シリコーンゴム成分と、充填剤とを含む組成物を硬化させて、多孔性硬化物を得ることと、多孔性硬化物にシリコーンオイルを含浸させることと、を含む。
上記製造方法によれば、優れた撥液性を有する複合体を簡便に製造できるうえ、シリコーンオイルを含浸しなおすことによって複合体を再生することもできる。
【0019】
また、複合体中における硬化性シリコーンゴム成分の含有量に対する、シリコーンオイルの含有量の含有質量比が0.20~0.90である場合、より優れた液滴除去性能を有する複合体が得られる。
【0020】
本発明の防汚システムは、複合体と、複合体にシリコーンオイルを供給するためのリザーバと、を備える。上記複合体は、充填剤の形状に起因して、微細な連通孔を内部に有しており、毛細管現象によってシリコーンオイルを吸収することができる。従って、シリコーンオイルを供給するためのリザーバを備える上記システムは、優れた防汚性とともに、自己修復性をも有する。
【0021】
本発明の構造物は、上記防汚システムを備える構造物である。本構造物は、自己修復性を有する防汚システムを備えるため、メンテナンスフリーで長期間にわたって防汚性を発揮できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】回転速度によるシリコーンオイルの含有量の調整結果を表す図である。
【
図2】動粘度の異なるシリコーンオイルの含有量を略同一(2.80~2.90mg)に調整した試験片についての25℃における水の静的接触角(左側縦軸)と、接触角ヒステリシス(右側縦軸)を表す図である。
【
図3】複合体におけるシリコーンオイルの含有量(右側縦軸)と水の静的接触角(25℃、左側縦軸)の関係を表す図である。
【
図4】複合体におけるシリコーンオイルの含有量(右側縦軸)と水の接触角ヒステリシス(左側縦軸)の関係を表す図である。
【
図5】複合体におけるシリコーンオイルの含有量(右側縦軸)とプロピレングリコールの静的接触角(25℃、左側縦軸)の関係を表す図である。
【
図6】複合体におけるシリコーンオイルの含有量(右側縦軸)とプロピレングリコールの接触角ヒステリシス(左側縦軸)の関係を表す図である。
【
図7】複合体におけるシリコーンオイルの含有量(右側縦軸)とエタノールの静的接触角(25℃、左側縦軸)の関係を表す図である。
【
図8】複合体におけるシリコーンオイルの含有量(右側縦軸)とエタノールの接触角ヒステリシス(25℃、左側縦軸)の関係を表す図である。
【
図9】基材上に形成された複合体と、複合体上に滴下された水滴の状態を示す画像である。
【
図10】300mm×300mmのガラス基板上に実施例2と同様の方法により作製した多孔性硬化物を、鉛直方向に立てた状態で、シリコーンオイルが満たされたシリコーンオイルリザーバーに基端部を収容した状態で保持し、毛細管現象によってシリコーンオイルが多孔性硬化物に吸収されていく様子を時間経過ごとに表した図である。
【
図11】時間-シリコーンオイル上昇の高さの関係を示す曲線である。
【
図12】基端部をシリコーンオイルリザーバーに収容した状態で、複合体を回転させてせん断力を負荷したり、布で表面をふき取ったり、シャワーで水をかけたりして、シリコーンオイルの少なくとも一部を失わさせた後、自己修復する様子を調べた結果である。
【
図13】自己修復の前後における、水の滑落角(Sliding angle)、と、その接触角ヒステリシスを表す図である。
【
図14】基端部をシリコーンオイルリザーバーに水密に収容した状態で、毎分6Lの水量のシャワーを6時間当てた後(t=0)、その2日後(t=2days)、6日後(t=6days)、12日後(t=12days)の複合体の状態を表す画像である。
【
図15】本発明の実施形態に係る防汚システムを備える構造物の模式図である。
【
図16】複合体5-1、及び、複合体5-2の水、プロピレングリコール、及び、エタノールに対する静的接触角の測定結果である。
【
図17】複合体5-1、及び、複合体5-2の水、プロピレングリコール、及び、エタノールの滑落角の測定結果である。
【
図18】各種流体に対する滑落角の測定結果である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明について詳細に説明する。
以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施形態に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に制限されるものではない。
なお、本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0024】
[複合体]
本発明の実施形態に係る複合体は、硬化性シリコーンゴム成分と、充填材と、を含む組成物を硬化させて得られる多孔性硬化物と、多孔性硬化物に含浸されたシリコーンオイルと、を含み、硬化性シリコーンゴム成分の含有量に対する、シリコーンオイルの含有量の含有質量比(オイル/ゴム比)が0.20~0.90であり、充填材は、核部と、前記核部から異なる4軸方向に伸びた針状部と、を有する立体形状を有する。以下では、複合体が含む各成分について詳述する。
【0025】
(硬化性シリコーンゴム成分)
硬化性シリコーンゴム成分は硬化して充填剤を固定するためのバインダとなる成分であり、本明細書においては溶媒を含まない固形分を意味し、硬化することで複合体のマトリクスを形成する。
【0026】
硬化性シリコーンゴム成分は、特に制限されないが、例えば、反応硬化型のシリコーンゴム組成物が使用できる。反応硬化型のシリコーンゴム組成物は、例えば、縮合型のシリコーンゴム組成物、及び、付加重合型のシリコーンゴム組成物等が挙げられ、公知のシリコーンゴム組成物を特に制限なく使用できる。
【0027】
なかでも、より優れた本発明の効果を有する部材が得られやすい点で、縮合型のシリコーンゴム組成物が好ましく、常温硬化型のシリコーンゴム組成物がより好ましい。
【0028】
反応硬化型のシリコーンゴム組成物の具体例としては、反応性官能基を有するオルガノポリシロキサンを含むシリコーンゴム組成物が挙げられる。
反応性官能基としては、例えば、ヒドロキシ基(シラノール基)、アルコキシ基(アルコキシシリル基)、メルカプト基、エポキシ基、及び、エチレン性不飽和基(ビニル基、(メタ)アクリル基等)等が挙げられる。
【0029】
なかでも、より優れた本発明の効果を有する部材が得られる点で、硬化性シリコーンゴム成分は、ケイ素原子に結合した加水分解性基を有するオルガノポリシロキサンを含むことが好ましい。
【0030】
ケイ素原子に結合した加水分解性基を有するオルガノポリシロキサンは、縮合反応により硬化し、硬化の際に水、及び/又は、アルコール等が脱離するため、一般に硬化収縮がより大きいことが多い。このようなケイ素原子に結合した加水分解性基を有するオルガノポリシロキサンを用いると、硬化収縮によって充填材同士が十分に接触しやすい。
【0031】
一方で、充填材は嵩高い立体形状を有しているので、硬化性シリコーンゴム成分の硬化収縮時にも、その立体構造に起因して互いに一定以上に近づくことはできず、言い換えれば、互いに一定の距離が保たれるため、より均一な連通孔が形成されやすい。
【0032】
例えば、オルガノポリシロキサンがアルコキシシリル基を有する場合には、上記オルガノポリシロキサンを含有する硬化性シリコーンゴム組成物としては、上記アルコキシシリル基の一部が加水分解した部分加水分解物、全部が加水分解した加水分解物、及び、それらの一部が縮合した縮合物を含んでいてもよい。
より具体的には、オルガノポリシロキサンとしては、例えば、分子鎖両末端に水酸基を有するジオルガノポリシロキサン等が挙げられる。
【0033】
複合体における硬化性シリコーンゴム成分の含有量としては特に制限されないが、より優れた本発明の効果を有する複合体が得られる点で、一般に複合体のの全質量に対して、1~50質量%が好ましい。なお、複合体は、硬化性シリコーンゴム成分の1種を単独で含有してもよく、2種以上を含有していてもよい。複合体が、2種以上の硬化性シリコーンゴム成分を含有する場合には、その合計含有量が上記数値範囲内であることが好ましい。
【0034】
詳細は後述するが、複合体は、シリコーンオイルを含む。このシリコーンオイルと硬化性シリコーンゴム成分の量的関係としては、硬化性シリコーンゴム成分の含有量に対する、シリコーンオイルの含有量の含有質量比(オイル/ゴム比)が0.20~0.90であり、0.50以上が好ましく、0.55以上、0.57以上、0.61以上、0.64以上、0.65以上、0.67以上、及び、0.69以上の順により好ましい。
【0035】
オイル/ゴム比が0.20未満であると、複合体は表面張力のより低い流体(例えば、エタノール等)に対する十分な撥液性を有さず、一方、0.90を超えると、オイル成分が多すぎて、複合体の表面の状態が不均一となりやすい。
【0036】
オイル/ゴム比は、接触角ヒステリシスがより小さくなりやすい観点からは、0.61以上が好ましく、0.64以上がより好ましく、0.65以上が更に好ましく、0.67以上が特に好ましい。
【0037】
一方、静的接触角がより大きくなりやすい観点からは、0.65以下が好ましく、0.64以下がより好ましく、0.64未満がより好ましく、0.61未満が更に好ましい。
【0038】
本複合体は、20℃における表面張力が22.5mN/m以上の流体であって、水よりも表面張力の低い流体の液滴に対して、優れた液滴除去性能を発揮する。このような流体としては、例えば、エタノール、メタノール、アセトン、1-プロパノール、1-ブタノール、1-ヘキサノール、1-オクタノール、ベンゼン、トルエン、アニリン、ドデカン、酢酸エチル、酢酸ブチル、エチレングリコール、プロピレングリコール、N、N-ジメチルホルムアミド、及び、グリセロール等が挙げられる。
【0039】
本複合体が優れた液滴除去性能を発揮し得るのは、以下の3つの条件が満たされるからだと推測される。
【0040】
(1)シリコーンオイルと多孔性硬化物の界面張力とシリコーンオイルの表面張力の合計(シリコーンオイルが下地層を濡らしているときのエネルギー)が、多孔性硬化物と液滴の界面張力と水の表面張力の合計(液滴が下地層を濡らしているときのエネルギー)よりも小さいこと。(2)シリコーンオイルと多孔性硬化物の界面張力とシリコーンオイルと液滴の界面張力と液滴の表面張力の合計(シリコーンオイルが多孔性硬化物を濡らしてさらに液滴が上に乗っているときのエネルギー)が、多孔性硬化物と液滴の界面張力と水の表面張力の合計(液滴が下地層を濡らしているときのエネルギー)よりも小さいこと。(3)液滴とシリコーンオイルが混ざらないこと。
【0041】
なお、複合体においては、硬化性シリコーンゴム成分の大部分は既に硬化して硬化物のマトリクスを形成している。そのため、上記オイル/ゴム比は、硬化前の組成物中に含まれる硬化性シリコーンゴム成分と複合体に含まれるシリコーンオイルの質量比として計算される。
複合体の状態からオイル/ゴム比を計算する場合、複合体に含まれる硬化物の質量から、硬化反応の物質収支を勘案して、組成物中の硬化性シリコーンゴム成分の含有量を求めたうえで、計算すればよい。
【0042】
また、後述する充填材との関係では硬化性シリコーンゴム成分(固形分)と充填材の含有量の合計に対する、充填材の含有量の含有質量比(充填材/硬化性シリコーンゴム成分+充填材)が0.40~0.99であることが好ましく、0.45~0.80がより好ましく、含有質量比が上記数値範囲内であると、複合体は、より優れた液滴除去性能を有する。
【0043】
まお、「硬化性シリコーンゴム成分」は、固形分を意味している。市販のシリコーンゴム分散液を用いて複合体を調製する場合、分散液に含まれる硬化性シリコーンゴム成分以外の成分、例えば、溶媒、及び、触媒等は、本明細書でいう「硬化性シリコーンゴム成分」には含まれない。
【0044】
このような市販の分散液に由来して組成物、多孔性硬化物、及び、複合体に含まれてもよいその他の成分については、後述する。
【0045】
(充填材)
複合体は、核部と、核部から異なる4軸方向に伸びた針状部と、を有する立体形状を有する充填材を含有する。充填材の含有量としては特に制限されないが、より優れた本発明の効果を有する複合体が得られる点で、複合体の全質量を100質量%としたとき、1~50質量%が好ましい。
【0046】
なお、複合体は、充填材の1種を単独で含有してもよく、2種以上を併せて含有してもよい。複合体が2種以上の特定充填材を含有する場合には、その合計含有量が上記範囲内であることが好ましい。
また、すでに説明した硬化性シリコーンゴム成分との関係では、含有質量比は0.20~0.90であり、0.50以上が好ましく、0.55以上がより好ましく、0.57以上が更に好ましい。
【0047】
充填材は、核部と、核部から異なる4軸方向に伸びた針状部と、を有する立体形状を有していれば特に制限されないが、より優れた本発明の効果を有する複合体が得られる点で、上記核部を重心とする正四面体を観念したとき、各針状部が、上記核部を重心とする正四面体の4つの頂点方向に延在する形状であることが好ましい。
【0048】
充填材は、外観上は、消波ブロック「テトラポッド(登録商標)」の立体形状(核部と、核部から異なる4軸方向に伸びた針状部と、を有する立体形状)に類似した形状を有するものが好ましい。なお、消波ブロック「テトラポッド」の場合、截頭円錐体の4本脚で構成されているが、上記充填剤において「脚」に相当する針状部は、先端が尖っていてもよい。すなわち、円錐、及び、角錐等であってよい。
【0049】
針状部のアスペクト比は、3以上であることが好ましい。また、4つの針状部の長さとしては特に制限されないが、略同一であることが好ましい。
【0050】
針状部の長さとしては特に制限されないが、平均長さとして、1~50μmが好ましく、5~30μmがより好ましい。
【0051】
充填材の材質としては特に制限されず、有機物、無機物、及び、これらの複合体が挙げられる。複合体としては、例えば、無機物を含有する基材上に、有機物を含有する被覆層を有する複合体が挙げられる。
【0052】
無機物としては、アルミナ、チタン酸カリウム、ウォラストナイト、酸化亜鉛、及び、ホウ酸アルミニウム等の金属酸化物;クロム、銅、鉄、及び、ニッケル等の金属単体;炭化ケイ素、黒鉛、及び、窒化ケイ素等の金属以外の無機酸化物、並びに、上記の複合体が挙げられる。
なかでもより優れた本発明の効果を有する部材が得られる点で、無機物としては、金属酸化物が好ましく、特に、上記針状部のそれぞれが、金属酸化物の単結晶であることがより好ましい。
このような充填剤としては、酸化亜鉛ウィスカの「パナテトラ(登録商標)」が挙げられる。
【0053】
(シリコーンオイル)
複合体はシリコーンオイルを含有する。複合体がシリコーンオイルを含有する形態ととしては特に制限されないが、硬化性シリコーンゴム成分と充填材とを含む組成物を硬化して得られた多孔性硬化物が有する連通孔にシリコーンオイルが浸透し、保持されている形態が好ましい。
多孔性硬化物は、硬化性シリコーンゴム成分が硬化して得られたシリコーンゴムをマトリクスとしており、シリコーンオイルとの親和性が高く、上記のような保持形態をとりやすい。
【0054】
複合体におけるシリコーンオイルの含有量としては、オイル/ゴム比が所定の範囲内であれば、特に制限されないが、より優れた液滴除去性能を有する複合体が得られる点で、一般に複合体の全質量に対して、10~99質量%が好ましい。なお、複合体は、シリコーンオイルの1種を単独で含有してもよく、2種以上を含有していてもよい。複合体が、2種以上のシリコーンオイルを含有する場合には、その合計含有量が上記数値範囲内であることが好ましい。
【0055】
シリコーンオイルの25℃における動粘度としては特に制限されないが、より優れた本発明の効果を有する複合体が得られる観点では、1.0×100~1.0×104mm2/s(cSt)が好ましい。なかでも、動粘度が1.0×101mm2/s以上であると、複合体はより優れた液滴除去性能を有し、1.0×102mm2/s以上である、複合体は更に優れた液滴除去性能を有する。
【0056】
シリコーンオイルとしては、例えば、アミノ変性シリコーンオイル、エポキシ変性シリコーンオイル、カルボキシ変性シリコーンオイル、カルビノール変性シリコーンオイル、メタクリル変性シリコーンオイル、メルカプト変性シリコーンオイル、フェノール変性シリコーンオイル、ポリエーテル変性シリコーンオイル、メチルスチリル変性シリコーンオイル、アルキル変性シリコーンオイル、脂肪酸変性シリコーンオイル、アルコキシ変性シリコーンオイル、フッ素変性シリコーンオイル、ジメチルシリコーンオイル、メチルフェニルシリコーンオイル、ジフェニルシリコーンオイル、及び、メチルハイドロジェンシリコーンオイル等が挙げられ、ジメチルシリコーンオイルが好ましい。
【0057】
(その他の成分)
複合体は、本発明の効果を奏する範囲内において、上記以外の成分を含んでいてもよい。上記以外の成分としては、例えば、溶媒、及び、触媒等が挙げられる。
【0058】
溶媒は、典型的には、複合体の製造工程において、組成物の成分であったものが複合体に移行する形態で複合体の成分となる場合がある。
複合体中における溶媒の含有量としては特に制限されないが、複合体の全質量に対して、0~30質量%が好ましく、溶媒を含有しないことが好ましい。
【0059】
溶媒としては、特に制限されないが、水、有機溶媒、及び、これらの混合溶媒が使用できる。有機溶媒としては、メタノール、エタノール、イソプロパノール、ブタノール、及び、n-プロパノール等のアルコール;
アセトン、メチルエチルケトン、及び、メチルイソブチルケトン等のケトン;
ベンゼン、トルエン、及び、キシレン等の芳香族炭化水素;
ヘプタン、ヘキサン、及び、オクタン等の脂肪族炭化水素;
プロピレングリコールメチルエーテル、ジプロピレングリコールメチルエーテル、プロピレングリコールn-ブチルエーテル、プロピレングリコールn-プロピルエーテル、及び、エチレングリコールn-ブチルエーテル等のグリコールエーテル;
ジクロロメタン、1,1,1-トリクロロエタン、及び、塩化メチレン等のハロゲン化炭化水素;等が挙げられる。
【0060】
触媒は、典型的には、複合体の製造工程において、組成物の成分であったものが複合体に移行する形態で複合体の成分となる場合がある。
複合体中における溶媒の含有量としては、特に制限されないが、硬化性シリコーンゴム成分の含有量を100質量部としたとき、例えば、0.01~100質量部であることが好ましく、0.1~10質量部がより好ましい。
なお、後述するように、複合体の製造方法は、触媒を除去する工程を有していてもよく、その場合には、複合体における触媒の含有量は、上記と比較してより少ないことが好ましく、具体的には、シリコーンゴム成分の含有量を100質量部としたとき、1質量部以下が好ましい。
【0061】
触媒は、シラノールの縮合反応を触媒する化合物を用いることが好ましく、このような化合物としては、例えば、スズ触媒、チタン触媒、ジルコン酸触媒、及び、ジルコニウム触媒等が挙げられる。
【0062】
具体的なスズ触媒としては、スズの原子価が+4又は+2のいずれかである有機スズ化合物が挙げられる。スズ(IV)化合物としては、の具体例には、ジブチルスズジラウレート、及び、ジラウリン酸ジメチルスズ等が挙げられる。
スズ(II)化合物としては、スズ(II)ジラウレート、及び、ステアリン酸第一スズ等が挙げられる。
【0063】
チタン触媒としては、ジイソプロポキシジ(エトキシアセトアセチル)チタン、及び、チタン(lV)ビス(アセチルアセトナート)ジイソプロポキシド等が挙げられる。
【0064】
(複合体の製造方法)
複合体の製造方法としては特に制限されないが、より簡便に複合体を製造でき、得られる複合体がより優れた液滴除去性能を有する観点から、以下の工程をこの順に有する製造方法が好ましい。
(1)硬化性シリコーンゴム成分と、充填材とを含む組成物を硬化させて、多孔性硬化物を得る工程(硬化工程)
(2)多孔性硬化物にシリコーンオイルを含浸させる工程(含侵工程)
【0065】
・硬化工程
硬化工程で用いる組成物はすでに説明した硬化性シリコーンゴムと、充填材とを含む組成物であって、必要に応じて溶媒、及び、触媒等を含んでもよい。
組成物は、すでに説明した各成分を混合することによって得ることもできるし、市販の硬化性シリコーンゴム組成物に所定量の充填材を添加して分散して得られたものであってもよい。
【0066】
組成物中における硬化性シリコーンゴム成分と充填材の含有量質量比としては特に制限されないが、既に説明した充填材/(硬化性シリコーンゴム成分+充填材)が、0.40~0.99となるよう、調整されることが好ましい。
【0067】
また、組成物中における溶媒の含有量は、硬化性シリコーンゴム成分の粘性、溶媒の揮発性、及び、成膜方法等に応じて適宜調整されればよいが、組成物全体の固形分が、0.01~0.99質量%となるよう調整されることが好ましい。
なお、使用される溶媒としては、複合体が含有してもよい溶媒として説明したものと好適形態を含めて同様であるため、説明を省略する。
【0068】
また、組成物中における触媒の含有量は特に制限されないが、硬化性シリコーンゴム組成物の含有量を100質量部としたとき、0.01~100質量部であることが好ましく、0.1~10質量部がより好ましい。
なお、使用される触媒としては、複合体が含有してもよい触媒として説明したものと好適形態を含めて同様であるため、説明を省略する。
【0069】
多孔性硬化物を得るには、組成物を硬化させればよい。組成物を硬化させるには、例えば、基材上に上記組成物を塗布して組成物層を得て、上記組成物層に対して、必要に応じてエネルギー(典型的には熱エネルギー)を加えて硬化させる方法等が使用できる。また、組成物が常温硬化型であれば、常温下で、必要に応じて加湿して、維持することにより硬化させることができる。
【0070】
また、厚みのある膜や、塊状物(モノリス)を製造する場合、組成物を鋳型内に注入して、その後、鋳型内で組成物を硬化する方法も使用できる。
なお、鋳型に注入した組成物を減圧状態で維持することによって、組成物から脱気してもよい。
【0071】
なお、組成物が溶媒を含有する場合、更に多孔性硬化物又は組成物中の溶媒を除去する工程を有してもよい。組成物中の溶媒を除去する方法としては特に制限されないが、例えば、組成物の硬化と合わせて、溶媒を除去する(蒸発させる)方法が挙げられる。
【0072】
得られる硬化物は、充填材の嵩高い形状に由来して、シャープな孔径分布を有する連通孔を有する多孔性硬化物である。
【0073】
本工程は更に、硬化物から溶媒、及び/又は、触媒を除去する工程を更に有していてもよい。触媒を除去する方法としては特に制限されないが、硬化物を有機溶媒等によって洗浄する方法が挙げられる。また、溶媒を除去する方法としては特に制限されないが、多孔性降下物を必要に応じて減圧下で加熱する方法等が挙げられる。
【0074】
・含侵工程
多孔性硬化物にシリコーンオイルを含浸させる方法としては特に制限されず、スピンコート法、バーコート法、ディップコート法、スクリーン印刷法、フレキソ印刷法、及び、ノズルコート法等が使用できる。これらの方法によって、多孔性硬化物の表面にシリコーンオイルを塗布すると、塗布されたシリコーンオイルが連通孔を介して浸透し、複合体が得られる。
【0075】
(複合体の用途)
本複合体は表面張力が水より低い流体に対しても優れた撥液性、及び、液滴除去性能を有する。このため、このような流体と気体とを分離する気液分離膜等として用いることができる。上記気液分離膜を含む分離装置によれば、表面張力の低い流体であっても気液分離(例えば、脱気等)を効率よく行うことができる。
【0076】
また、本複合体を構造物の屋根材や壁材に用いれば、本複合体は優れた液滴除去性能を有するので、防汚性、及び、セルフクリーニング性に優れた屋根材や壁材とすることができる。
【0077】
更に、本複合体の撥液性、及び、液滴除去性能は、シリコーンオイルを再度含浸させることで容易に再生することができる。また、本複合体はシャープな孔径分布を有する連通孔を有しているため、キャピラリーフォースによってシリコーンオイルを自ら吸い上げることができる。
【0078】
この性質を利用すれば、シリコーンオイルを供給するリザーバと、上記複合体とを有する防汚システムが得られる。上記防汚システムを屋根材、及び、壁材等に用いれば、防汚・セルフクリーニング性に加えて、自己修復性を併せ持つ、金材、及び、壁材等が得られる。
【0079】
(防汚システム)
図15は、本発明の実施形態に係る防汚システムを備える構造物の模式図である。
構造物10は四方が壁11に囲まれた屋根12を有する建築物であって、屋根12の表面にすでに説明した複合体が配置されている。また、屋根12のそれぞれの基端部には、シリコーンオイルを供給するためのシリコーンオイルリザーバ13が配置されている。
シリコーンオイルリザーバ13内にはシリコーンオイルが収容されており、シリコーンオイルと屋根12の基端部とが接触した状態に保たれている。
【0080】
本発明の実施形態に係る防汚システムは、シリコーンオイルリザーバ13を有している。シリコーンオイルは必要に応じ、複合体に吸収される。何らかの原因によって複合体に保持されていた一部又は全部のシリコーンオイルが除去、流出した場合に毛細管現象によってシリコーンオイルが吸い上げられ、複合体が自発的に修復される。
【0081】
上記は、複合体が有する自己修復性を利用したものである。自己修復性は、上記複合体のマトリクスは硬化性シリコーンゴム成分の硬化物であり、含浸される液体が上記硬化物と親和性の高いシリコーンオイルであること、及び、複合体には、充填材の嵩高い形状と硬化性シリコーンゴム成分の硬化収縮によって緻密な連通孔が形成されていること等の複合的な要因が関連し、発言していると推測される。後段の実施例には種々の実験によって上記自己修復性が実証されている。
【0082】
なお、構造物10は、屋根12の表面に複合体が配置されているが、本発明の実施形態に係る構造物としては、上記に制限されず、他の箇所に複合体が配置されていてもよい。
例えば、壁11の表面に複合体が配置され、壁の基端部にリザーバが更に配置される形態であってもよい。
【0083】
なお、上記防汚システムは、複合体が有する優れた液滴除去性能によって、セルフクリーニング性を有するうえ、更に、汚れた部分をふき取るなどしてシリコーンオイルの一部が失われた場合でも、リザーバから自発的にシリコーンオイルが補充されるため、メンテナンスフリーで、優れた防汚性と、優れたセルフクリーニング性とが維持される。
【実施例0084】
以下に実施例に基づいて本発明をさらに詳細に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す実施例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0085】
[実施例1]
エタノールの80mL、充填材であるテトラポッド形状酸化亜鉛単結晶(商品名「パナテトラ」、型番:WZ-0501、パナソニック株式会社製)の20gと、室温硬化型のシリコーンゴム成分(商品名「DOWSIL」、型番:HC 2100、東レ株式会社製)の20gを混合し、マグネチックスターラーで攪拌して分散液を得た。
次に、基材(ソーダ石灰ガラス、武藤化学株式会社製、大きさ26mm×76mm、厚み1.2~1.5mm)を上記分散液に2回浸漬し(浸漬速度50mm/s、引き上げ速度5mm/s)、基板上に組成物膜を形成させた。
【0086】
次に、上記組成物膜を有する基板を常温で一夜静置し、溶媒であるエタノールを蒸発させるとともに、硬化性シリコーンゴム成分を硬化させ、基材上に多孔性硬化物層(344μm)を有する積層体を得た。
【0087】
次に、上記積層体を、動粘度(25℃)の異なるシリコーンオイル(商品名「KF-96-10cs」(10cSt)、「KF-96-100cs」(100cSt)、「KF-96-1000cs」(1000cSt))に12時間浸漬させたあと、引き上げ、シリコーンオイルの含浸量を調整するために、異なるせん断速度で回転させた。その後、積層体を鉛直方向に立てた状態として12時間静置して試験片を得た。
【0088】
なお、上記試験条件では、シリコーンオイル「KF-96-100cs」を含浸させた後、回転させない状態で、複合体の1cm2あたりに、シリコーンオイルの2.85mg/cm2が含浸された状態であることがわかった。なお、この際、1cm2あたりの硬化性シリコーンゴム成分の含有量は4.05mg/cm2だった。
【0089】
図1は、回転速度によるシリコーンオイルの含有量の調整結果を表す図である。横軸が回転速度(rpm)であり、右側の縦軸は、複合体の単位面積あたりのシリコーンオイルの含有量(mg/cm
2)であり、左の縦軸は、回転させない場合(2.85mg/cm
2)を100質量%としたときの複合体中ののシリコーンオイルの含有量(%)を表している。
【0090】
【0091】
表1中、「Shear rate(rpm)」とあるのは、回転速度を表し、「Oil retention(%)」とあるのは、例1の複合体におけるシリコーンオイルの含有量を100質量%としたときの、各複合体におけるシリコーンオイルの含有量(質量%)を表し、「Area oil loading(mg/cm2)」とあるのは、複合体の単位面積当たりのシリコーンオイルの含有量(mg/cm2)であり、「オイル/ゴム比」とあるのは、硬化性シリコーンゴム成分の含有量に対する、シリコーンオイルの含有量の含有質量比である。なお、各図中では「Area oil loading」を、「Areal oil loading」ということがあるがいずれも同義である。
【0092】
図2は、動粘度の異なるシリコーンオイルの含有量を略同一(2.80~2.90mg)に調整した試験片についての25℃における水の静的接触角(左側縦軸)と、接触角ヒステリシス(右側縦軸)を表す図である。
図2の結果から、シリコーンオイルの動粘度が1.0×10
1mm
2/s(cSt)を超える場合、接触角ヒステリシスがより小さくなることがわかった。これは、水に対するより優れた液滴除去性能を有することを表している。
【0093】
(静的接触角の測定方法)
ガラス基板上に形成された複合体の表面に液滴のせ、静的接触角を測定した。接触角は、測定は、接触角計(協和界面化学株式会社製、Drop master-SA-Cs1)を用い、2θ法によって測定された。
【0094】
(接触角ヒステリシスの測定方法)
ガラス基板上に形成された複合体の表面上において、液滴を用いた拡張/収縮法によって、前進/後退接触角を測定した。
前進/後退接触角は、接触角計(協和界面化学株式会社製、Drop master-SA-Cs1)により接線法によって測定された。得られた前進/後退接触角の差が接触角ヒステリシス(CAH)である。CAHが小さいほど液滴は低摩擦で滑落していく。
【0095】
なお、以降の実験は、シリコーンオイル「KF-96-100cs」を含む試験片を用いて行った。
【0096】
図3は、複合体におけるシリコーンオイルの含有量と水の静的接触角(25℃)の関係を表す図である。また、
図4は、複合体におけるシリコーンオイルの含有量と水の接触角ヒステリシスの関係を表す図である。
【0097】
図3の結果から、シリコーンオイルの含有量が少なくなるにつれて、水の静的接触角が上昇する傾向がみられ、特に、オイル/ゴム比が0.64未満の複合体は、例5の複合体と比較して、水に対するより大きな接触角を有していた。また、オイル/ゴム比が0.61未満の例7の複合体は例6の複合体と比較して、水に対する更に大きな接触角を有していた。
【0098】
一方で、
図4の結果からは、シリコーンオイルの含有量が多くなると、水の接触角ヒステリシスが小さくなる傾向がみられた。
オイル/ゴム比が0.61以上である例1の複合体は、例7の複合体と比較して、水に対する接触角ヒステリシスがより小さかった。
また、オイル/ゴム比が0.64以上である例1の複合体は、例6の複合体と比較して、水に対する接触角ヒステリシスがより小さかった。
また、オイル/ゴム比が0.65以上である例1の複合体は、例5の複合体と比較して、水に対する接触角ヒステリシスがより小さかった。
また、オイル/ゴム比が0.67以上である例1の複合体は、例4の複合体と比較して、水に対する接触角ヒステリシスがより小さかった。
また、オイル/ゴム比が0.69以上である例1の複合体は、例6の複合体と比較して、水に対する接触角ヒステリシスがより小さかった。
【0099】
図5は、複合体におけるシリコーンオイルの含有量とプロピレングリコールの静的接触角(25℃)の関係を表す図である。また、
図6は、複合体におけるシリコーンオイルの含有量とプロピレングリコールの接触角ヒステリシスの関係を表す図である。
【0100】
図5の結果から、オイル/ゴム比が0.64未満の例7の複合体は、例5の複合体と比較して、プロピレングリコールに対するより大きな接触角を有していた。また、オイル/ゴム比が0.61未満の例7の複合体は例6の複合体と比較して、水に対する更に大きな接触角を有していた。
【0101】
一方で、
図6の結果からは、シリコーンオイルの含有量が多くなると、プロピレングリコールの接触角ヒステリシスが小さくなる傾向がみられた。
オイル/ゴム比が0.61以上である例1の複合体は、例7の複合体と比較して、プロピレングリコールに対する接触角ヒステリシスがより小さかった。
また、オイル/ゴム比が0.64以上である例1の複合体は、例6の複合体と比較して、プロピレングリコールに対する接触角ヒステリシスがより小さかった。
また、オイル/ゴム比が0.65以上である例1の複合体は、例5の複合体と比較して、プロピレングリコールに対する接触角ヒステリシスがより小さかった。
また、オイル/ゴム比が0.67以上である例1の複合体は、例4の複合体と比較して、プロピレングリコールに対する接触角ヒステリシスがより小さかった。
また、オイル/ゴム比が0.69以上である例1の複合体は、例6の複合体と比較して、プロピレングリコールに対する接触角ヒステリシスがより小さかった。
【0102】
図7は、複合体におけるシリコーンオイルの含有量とエタノールの静的接触角(25℃)の関係を表す図である。また、
図8は、複合体におけるシリコーンオイルの含有量とエタノールの接触角ヒステリシスの関係を表す図である。なお、いずれもシリコーンオイルは「KF-96-100cs」である。
【0103】
図7の結果から、いずれの複合体についてもエタノールに対する優れた撥液性を有し、また、
図8の結果から、接触角ヒステリシスも小さいことがわかった。
【0104】
[実施例2]
エタノールの300mL、充填材の45gと、室温硬化型のシリコーンゴム成分の5gを混合し、マグネチックスターラーで攪拌して分散液を得た。なお使用した各材料は、実施例1で用いたのと同様である。
【0105】
次に、後述する各種の基材に、上記分散液を滴下し、基材上に組成物層を形成した。その後、室温で一夜保持し、硬化性シリコーンゴム成分を硬化させた。次に、上記硬化物を、基材ごとシリコーンオイルに浸漬させ、一夜静置し、複合体を得た。
【0106】
使用した基材の材質は、ステンレス、アルミ、銅、ガラス、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリウレタン、木材、綿、及び、紙である。
【0107】
図9は、各基材上に形成された複合体と、複合体上に滴下された水滴の状態を示す画像である。
図9の結果から、基材によらず複合体を形成することができ、また、いずれも優れた撥水性を有することがわかった。
【0108】
[実施例3]
図10は、300mm×300mmのガラス基板上に実施例2と同様の方法により作製した多孔性硬化物を、鉛直方向に立てた状態で、シリコーンオイルが満たされたシリコーンオイルリザーバーに基端部を収容した状態で保持し、毛細管現象によってシリコーンオイルが多孔性硬化物に吸収されていく様子を時間経過ごとに表した図である。また、
図11は、時間-シリコーンオイル上昇の高さの関係を示す曲線である。
【0109】
図10は、5枚の画像から構成されており、「t=0」とあるのは、シリコーンオイルリザーバーに基端部を収容して直後の状態、「t=2days」とあるのは、2日後の状態、「t=6days」とあるのは、6日後の状態、「t=14days」とあるのは、14日後の状態、「t=28days」とあるのは、28日後の状態を表している。
【0110】
2日後の状態では、基端部から1/4程が画像上は濃い灰色に変色しており、シリコーンオイルが浸透していることを表している。以降、6日後では半分程度、14日後では8割程度、28日後には全体にシリコーンオイルが浸透していた。
【0111】
図11からはその詳細が確認できる。横軸が時間で、縦軸はシリコーンオイルが浸透している部分の上端の、基端部からの高さを表している。
図11によれば、時間経過とともに、シリコーンオイルが浸透していき、最終的には、複合体の全体にシリコーンオイルが浸透することがわかった。
【0112】
[実施例4]
次に、複合体の少なくとも一部からシリコーンオイルを除去した場合の、自己修復性について調べた。
【0113】
まず、テトラポッド状酸化亜鉛(実施例1と同様)の45g、硬化性シリコーンゴム成分(硬化前、実施例1と同様)の5g、酢酸エチルの300mLを混合した。混合には攪拌装置(「AS ONE」RS-6DN)を使用した。撹拌溶液をガラス基板(ソーダ石灰ガラス、26mm×76mm)上に滴下し、一晩室温で放置し、多孔性硬化物を得た。
【0114】
続いて得られた多孔性硬化物を、シリコーンオイルを満たした容器に沈め、一晩室温で放置し複合体を得た。なお、得られた複合体は、鉛直方向に立てて、表面の過剰なシリコーンオイルを除去した。
【0115】
図12は、基端部をシリコーンオイルリザーバーに収容した状態で、複合体を回転させてせん断力を負荷したり、布で表面をふき取ったり、シャワーで水をかけたりして、シリコーンオイルの少なくとも一部を失わさせた後、自己修復する様子を調べた結果である。なお、回転、ふき取り、及び、シャワーの条件は以下のとおりである。
【0116】
回転:スライドガラスをスピンコーターにマウントして、6000rpmで1分間回転させる。
ふき取り:複合体の表面を「キムワイプ(商品名)」でふき取った。
シャワー:8L/分の流量の水のシャワーを2時間当てた。
【0117】
図12には、3列(縦)×3行(横)の合計9個の画像が記載されており、いずれも複合体の表面を同一倍率で撮像したものである。なお、スケールバー:250μmは左から1列目の1行目(左上端)の画像に付されている。
【0118】
このうち、上から1行目の、横に並んだ3枚の画像は、左から、複合体(処理前)、基材を回転させてせん断力を負荷した後の状態、及び、シリコーンオイルリザーバーに収容した状態で12時間経過した後の自己修復後の状態をそれぞれ表している。
【0119】
また、上から2行目の、横に並んだ3枚の画像は、左から、複合体(処理前)、複合体表面を布でふき取った後の状態、及び、シリコーンオイルリザーバーに収容した状態で3時間経過した後の自己修復後の状態をそれぞれ表している。
【0120】
また、上から3行目の、横に並んだ3枚の画像は、左から、複合体(処理前)、複合体表面にシャワーを当てた後の状態、及び、シリコーンオイルリザーバーに収容した状態で3時間経過した後の自己修復後の状態をそれぞれ表している。
【0121】
図13は、上記各試験片について、自己修復の前後における、水の滑落角(Sliding angle)、と、その接触角ヒステリシスを表す図である。
【0122】
図13の結果から、処理前の状態(Slippery state)から比較すると、せん断力を与えたり(shear)、ふき取ったり(wiping)、シャワーを当てたり(shower)することによって、シリコーンオイルが除去されると(After lubricant loss)、水の滑落角、及び、水の接触角ヒステリシスのいずれも上昇するが、その後、自己修復後(After self recovery)には、水の滑落角、及び、水の接触角ヒステリシスのいずれも回復している(小さくなっている)ことがわかった。
【0123】
すなわち、上記複合体によれば、水がかかるような環境下や、表面のシリコーンオイルの一部がふき取られてしまうような環境下においも、水より表面張力の小さい流体に対して優れた液滴除去性能が発揮される。
【0124】
(滑落角の測定方法)
複合体表面に2μLの液滴をのせ徐々に基板を傾斜し、液滴が滑落を開始するときの転落角を測定した。転落角は、接触角計(協和界面化学株式会社製、Drop master-SA-Cs1)により測定された。
【0125】
図14は、基端部をシリコーンオイルリザーバーに水密に収容した状態で、毎分6Lの水量のシャワーを6時間当てた後(t=0)、その2日後(t=2days)、6日後(t=6days)、12日後(t=12days)の複合体の状態を表す画像である。
【0126】
シャワー後すぐ(t=0)では、図中、「SHPO base layer exposed」と記載された枠内の複合体の色が周囲と異なっており、シリコーンオイルの一部又は全部が除去されていることが確認できた。
これが2日後、6日後とその領域が徐々に狭くなっていくのが確認できた。シリコーンオイルが除去された領域は、t=2、t=6の画像のうち、中央部のより白く見える領域である。
最終的には12日後には、全体にシリコーンオイルがいきわたり、シャワーを当てる前の状態に修復された。
【0127】
[実施例5]
それぞれ実施例1で使用したの同様の、充填材、硬化性シリコーンゴム成分、及び、シリコーンオイル(質量比で1:1:0.7)を用い、一方は、実施例1と同様の方法で多孔性硬化物を作製した後に、シリコーンオイルを含浸させて複合体5-1を作製し、他方は、上記成分を混合して、すなわち、シリコーンオイルの存在下において、硬化性シリコーンゴム成分を硬化させて、ワンポットで複合体5-2を作製した。
【0128】
図16、及び、
図17は作製した複合体5-1、及び、複合体5-2の水、プロピレングリコール、及び、エタノールに対する静的接触角、及び、滑落角である。
【0129】
図16及び17において、中実点(solid)は、複合体5-1の結果であり、中空点(hollow)は、複合体5-2の結果である。上記の結果から、実施例5-1の複合体は、水、及び、プロピレングリコールに対する滑落角がより小さかった。
【0130】
[実施例6]
例1の複合体について、実施例4と同様にして各種の流体に対する滑落角の測定を行った。
図18はその結果である。
図18の結果から、例1の複合体は、20℃における表面張力が22.5mN以上の流体であって、水よりも表面張力の低い流体(エタノール、メタノール、アセトン、ジメチルホルムアミド、エチレングリコール、及び、グリセロール)の液滴について、傾斜角が5°以下で滑落させられることがわかった。
一方、シリコーンオイルを含浸させなかったことを除いては例1の複合体と同様の方法により作製した比較例の複合体は
図18に記載のエタノール、メタノール、アセトン、ジメチルホルムアミド、エチレングリコール、及び、グリセロールについては、滑落させられなかった。