(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022189213
(43)【公開日】2022-12-22
(54)【発明の名称】超塑性ジルコニアセラミックス
(51)【国際特許分類】
C04B 35/488 20060101AFI20221215BHJP
【FI】
C04B35/488
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021097672
(22)【出願日】2021-06-11
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】平賀 啓二郎
(72)【発明者】
【氏名】金 炳男
(72)【発明者】
【氏名】森田 孝治
(72)【発明者】
【氏名】目 義雄
(57)【要約】
【課題】 1350℃以下で1×10
-2/sの高ひずみ速度域において200%以上の引張伸びを達成する超塑性ジルコニアセラミックスを提供すること。
【解決手段】 本発明の超塑性ジルコニアセラミックスは、正方晶ジルコニア(ZrO
2)を90vol%以上含有し、Y
2O
3換算で1mol%以上4mol%以下の範囲のYと、MgO換算で1mol%以上14mol%以下の範囲のMgと、TiO
2換算で5mol%以上10mol%以下の範囲のTiと、Al
2O
3換算で0.1mol%以上3mol%以下の範囲のAlとを含有し、モル比率TiO
2/MgOは、0.7以上5.6以下を満たし、モル比率Al
2O
3/MgOは、0.1以上0.3以下の範囲を満たし、固溶体MO
Xの酸素原子数Xは、1.84以上1.97以下の範囲を満たす。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
正方晶ジルコニア(ZrO2)を90vol%以上含有し、
酸化イットリウム(Y2O3)換算で1mol%以上4mol%以下の範囲のイットリウム(Y)と、
酸化マグネシウム(MgO)換算で1mol%以上14mol%以下の範囲のマグネシウム(Mg)と、
酸化チタン(TiO2)換算で5mol%以上10mol%以下の範囲のチタン(Ti)と、
酸化アルミニウム(Al2O3)換算で0.1mol%以上3mol%以下の範囲のアルミニウム(Al)と
を含有し、
酸化マグネシウムに対する酸化チタンのモル比率(T/M)は、0.7以上5.6以下を満たし、
酸化マグネシウムに対する酸化アルミニウムのモル比率(A/M)は、0.1以上0.3以下の範囲を満たし、
前記正方晶ジルコニアの固溶体MOX(ただし、Mは、少なくとも、Zr、Y、Mg、TiおよびAlである)の生成を仮定した際の酸素原子数Xは、1.84以上1.97以下の範囲を満たす、超塑性ジルコニアセラミックス。
【請求項2】
酸化ハフニウム(HfO2)換算で0mol%より大きく1mol%以下の範囲のハフニウム(Hf)をさらに含有する、請求項1に記載の超塑性ジルコニアセラミックス。
【請求項3】
酸化ケイ素(SiO2)換算で0mol%より大きく3mol%以下の範囲のケイ素(Si)をさらに含有する、請求項1または2に記載の超塑性ジルコニアセラミックス。
【請求項4】
前記Siは、酸化ケイ素換算で0.1mol%以上0.3mol%以下の範囲を満たす、請求項3に記載の超塑性ジルコニアセラミックス。
【請求項5】
酸化セリウム(CeO2)および/または酸化カルシウム(CaO)換算で0mol%より大きく5mol%以下の範囲のセリウム(Ce)および/またはカルシウム(Ca)をさらに含有する、請求項1~4のいずれかに記載の超塑性ジルコニアセラミックス。
【請求項6】
ガリウム(Ga)、ゲルマニウム(Ge)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、および、ニッケル(Ni)からなる群から選択される少なくとも1種の元素を、金属または半金属換算で0mol%より大きく2mol%以下の範囲でさらに含有する、請求項1~5のいずれかに記載の超塑性ジルコニアセラミックス。
【請求項7】
正方晶ジルコニア(ZrO2)以外の相は、Zrを除く含有される金属元素の酸化物、ケイ化物、炭化物、窒化物、および、ホウ化物からなる群から少なくとも1種選択される相である、請求項1~6のいずれかに記載の超塑性ジルコニアセラミックス。
【請求項8】
前記Yは、酸化イットリウム換算で2mol%以上3mol%以下の範囲を満たし、
前記Mgは、酸化マグネシウム換算で1mol%以上12mol%以下の範囲を満たし、
前記Tiは、酸化チタン換算で5mol%以上9mol%以下の範囲を満たし、
前記Alは、酸化アルミニウム換算で0.1mol%以上2.5mol%以下の範囲を満たす、請求項1~7のいずれかに記載の超塑性ジルコニアセラミックス。
【請求項9】
前記Yは、酸化イットリウム換算で2.5mol%以上2.7mol%以下の範囲を満たし、
前記Mgは、酸化マグネシウム換算で4mol%以上8mol%以下の範囲を満たし、
前記Tiは、酸化チタン換算で6mol%以上7.5mol%以下の範囲を満たし、
前記Alは、酸化アルミニウム換算で0.5mol%以上1.5mol%以下の範囲を満たす、請求項8に記載の超塑性ジルコニアセラミックス。
【請求項10】
前記酸化マグネシウムに対する前記酸化チタンのモル比率(T/M)は、0.9以上1.6以下を満たし、
前記酸化マグネシウムに対する前記酸化アルミニウムのモル比率(A/M)は、0.15以上0.18以下の範囲を満たす、請求項9に記載の超塑性ジルコニアセラミックス。
【請求項11】
前記酸素原子数Xは、1.89以上1.93以下の範囲を満たす、請求項1~10のいずれかに記載の超塑性ジルコニアセラミックス。
【請求項12】
前記セラミックスは、焼結体または半焼結体であり、
平均結晶粒径は、50nm以上300nm以下の範囲である、請求項1~11のいずれかに記載の超塑性ジルコニアセラミックス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超塑性ジルコニアセラミックスに関する。さらに詳しくは、緻密焼結すると、強度、靱性、対摩耗性、耐熱性に優れる正方晶ジルコニアよりなるセラミックスであって、高ひずみ速度域でも優れた超塑性引張延性を発現する超塑性ジルコニアセラミックスに関する。
【背景技術】
【0002】
モノリシックなセラミックスでは最も強靱とされるイットリア(Y2O3)安定化型正方晶ジルコニア(Y-TZP)で金属材料と同様の超塑性現象が見出されて以降、これを金属材料のようなニアネット成形する技術的な展開が期待されてきた。しかしながら、Y-TZPの超塑性の発現には、1350~1550℃の温度と10-5~10-4/s域の低ひずみ速度の組合せが必要である。
【0003】
このことは、ひずみ速度が低速度域の1.0×10-4/sの場合を例にとってみると、初期長さ10mmの材料を20mmまで延伸加工するために170分もの加工時間を要すことを意味する。産業応用には、中速度域の1.0×10-3/s(加工時間17分)、より望ましくは金属系材料で実現されている1.0×10-2/s(同加工時間1.7分)以上の高速度域において引張伸びが200%以上に達する特性(高速超塑性(JIS H 7007:2002)が求められる。
【0004】
なお、本願明細書では、1.0×10-2/s以上1.0×10-1/s未満の範囲のひずみ速度を高ひずみ速度域、1.0×10-3/s以上1.0×10-2/s未満の範囲のひずみ速度を中ひずみ速度域、1.0×10-3/s未満の範囲のひずみ速度を低ひずみ速度域と称する。
【0005】
産業応用を目的として、種々の改良されたY-TZPが提案されている(例えば、特許文献1~3、非特許文献1~2を参照)。特許文献1および非特許文献1によれば、酸化イットリウムを含む部分安定ジルコニアに、酸化マグネシウムと、酸化チタニウムとを添加したことを特徴とする超塑性ジルコニア系焼結体が開示される。しかしながら、特許文献1および非特許文献1の超塑性ジルコニア系焼結体であっても、高ひずみ速度域1.0×10-2/sにおいて超塑性の発現する下限温度は1350℃にとどまる。
【0006】
特許文献2は、ジルコニア母相中に、一般式MgAl2O4、MnAl2O4またはTiMn2O4で表される1種または2種以上のスピネル相が均一に分散された焼結体であって、ジルコニア相とスピネル相の合計が80体積%以上で、平均結晶粒径が各々2.0μm以下であり、1300℃以上の温度範囲における1×10-4/s以上のひずみ速度での引張延性が200%以上であるジルコニア系超塑性セラミックを開示する。しかしながら、特許文献2のジルコニア系超塑性セラミックであっても、高ひずみ速度1.0×10-2/sにおいて超塑性の発現する下限温度は1400℃である。
【0007】
非特許文献2は、非晶質SiO2を5mass%(13vol%相当)添加した正方晶ジルコニア焼結体が、1×10-3/s以下の低ひずみ速度域での超塑性の促進を報告する。しかしながら、非特許文献2の正方晶ジルコニア焼結体であっても、1.0×10-2/sの高ひずみ速度域において超塑性の発現する下限温度は1400℃にとどまる。
【0008】
また、特許文献3は、アルミニウム、マグネシウム、カリウム、リチウム、ナトリウム、カルシウム、亜鉛、イットリウム、スカンジウム、サマリウム、インジウム、ウラン、クロム、ジルコニウム、錫、タングステン、タンタル、鉄、ニッケル、コバルト、銅、ニオブ、バナジウム、マンガン、モリブデン、ランタンから選ばれる1種又は2種以上の酸化物であるセラミックスナノ結晶粒子の集合体よりなるセラミックスバルク材を開示する。しかしながら、超塑性の発現する温度については調べられておらず、高速超塑性の発現する好適な組成条件には至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001-146469号公報
【特許文献2】特開2004-107156号公報
【特許文献3】特開2004-143039号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Y.Sakkaら,Advanced Engineering Materials,vol.5,2003,130-133
【非特許文献2】K.Kajiharaら,Acta metall.mater.,Vol.43,1995,1235-1242
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
以上より、本発明の課題は、1350℃以下で1×10-2/sの高ひずみ速度域において200%以上の引張伸びを達成する超塑性ジルコニアセラミックスを提供することである。詳細には、1200℃以上1350℃以下の温度範囲で1×10-2/s以上の高ひずみ速度域において200%以上の引張伸びを達成する超塑性ジルコニアセラミックスを提供することである。本発明のさらなる課題は、低ひずみ速度域~中ひずみ速度域において、従来よりも低温側で超塑性を発現する超塑性ジルコニアセラミックスを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の超塑性ジルコニアセラミックスは、正方晶ジルコニア(ZrO2)を90vol%以上含有し、酸化イットリウム(Y2O3)換算で1mol%以上4mol%以下の範囲のイットリウム(Y)と、酸化マグネシウム(MgO)換算で1mol%以上14mol%以下の範囲のマグネシウム(Mg)と、酸化チタン(TiO2)換算で5mol%以上10mol%以下の範囲のチタン(Ti)と、酸化アルミニウム(Al2O3)換算で0.1mol%以上3mol%以下の範囲のアルミニウム(Al)とを含有し、酸化マグネシウムに対する酸化チタンのモル比率(T/M)は、0.7以上5.6以下を満たし、酸化マグネシウムに対する酸化アルミニウムのモル比率(A/M)は、0.1以上0.3以下の範囲を満たし、前記正方晶ジルコニアの固溶体MOX(ただし、Mは、少なくとも、Zr、Y、Mg、TiおよびAlである)の生成を仮定した際の酸素原子数Xは、1.84以上1.97以下の範囲を満たし、これにより上記課題を解決する。
酸化ハフニウム(HfO2)換算で0mol%より大きく1mol%以下の範囲のハフニウム(Hf)をさらに含有してもよい。
酸化ケイ素(SiO2)換算で0mol%より大きく3mol%以下の範囲のケイ素(Si)をさらに含有してもよい。
前記Siは、酸化ケイ素換算で0.1mol%以上0.3mol%以下の範囲を満たしてもよい。
酸化セリウム(CeO2)および/または酸化カルシウム(CaO)換算で0mol%より大きく5mol%以下の範囲のセリウム(Ce)および/またはカルシウム(Ca)をさらに含有してもよい。
ガリウム(Ga)、ゲルマニウム(Ge)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、および、ニッケル(Ni)からなる群から選択される少なくとも1種の元素を、金属または半金属換算で0mol%より大きく2mol%以下の範囲でさらに含有してもよい。
正方晶ジルコニア(ZrO2)以外の相は、Zrを除く含有される金属元素の酸化物、ケイ化物、炭化物、窒化物、および、ホウ化物からなる群から少なくとも1種選択される相であってもよい。
前記Yは、酸化イットリウム換算で2mol%以上3mol%以下の範囲を満たし、前記Mgは、酸化マグネシウム換算で1mol%以上12mol%以下の範囲を満たし、前記Tiは、酸化チタン換算で5mol%以上9mol%以下の範囲を満たし、前記Alは、酸化アルミニウム換算で0.1mol%以上2.5mol%以下の範囲を満たしてもよい。
前記Yは、酸化イットリウム換算で2.5mol%以上2.7mol%以下の範囲を満たし、前記Mgは、酸化マグネシウム換算で4mol%以上8mol%以下の範囲を満たし、前記Tiは、酸化チタン換算で6mol%以上7.5mol%以下の範囲を満たし、前記Alは、酸化アルミニウム換算で0.5mol%以上1.5mol%以下の範囲を満たしてもよい。
前記酸化マグネシウムに対する前記酸化チタンのモル比率(T/M)は、0.9以上1.6以下を満たし、前記酸化マグネシウムに対する前記酸化アルミニウムのモル比率(A/M)は、0.15以上0.18以下の範囲を満たしてもよい。
前記酸素原子数Xは、1.89以上1.93以下の範囲を満たしてもよい。
前記セラミックスは、焼結体または半焼結体であり、平均結晶粒径は、50nm以上300nm以下の範囲であってもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の超塑性ジルコニアセラミックスは、正方晶ジルコニア(ZrO2)を90vol%以上含有し、それぞれ酸化物換算で1mol%以上4mol%以下の範囲のイットリウム(Y)と、1mol%以上14mol%以下の範囲のマグネシウム(Mg)と、5mol%以上10mol%以下の範囲のチタン(Ti)と、0.1mol%以上3mol%以下の範囲のアルミニウム(Al)とを含有することにより、ジルコニアの結晶構造を正方晶に維持し、超塑性の発現を促進できる。
【0014】
さらに、本発明の超塑性ジルコニアセラミックスは、酸化マグネシウムに対する酸化チタンのモル比率(T/M)は、0.7以上5.6以下を満たし、酸化マグネシウムに対する酸化アルミニウムのモル比率(A/M)は、0.1以上0.3以下の範囲を満たすことにより、1350℃以下の温度で1×10-2/s以上の高ひずみ速度域における超塑性の発現の下限温度を低減できる。
【0015】
さらに、本発明の超塑性ジルコニアセラミックスは、正方晶ジルコニアの固溶体MOX(ただし、Mは、少なくとも、Zr、Y、Mg、TiおよびAlである)の生成を仮定した際の酸素原子数Xは、1.84以上1.97以下の範囲を満たすことにより、超塑性の発現を阻害する異種化合物や異種酸化相が低減でき、1350℃以下の温度で1×10-2/s以上の高ひずみ速度域における超塑性を発現できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】例2の焼結体(A)および例4の焼結体(B)のSEM像を示す図
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の超塑性ジルコニアセラミックスは、正方晶ジルコニアを主成分とし、後述する組成を満たすものであれば、形態は問わないが、焼結体、半焼結体、圧粉成形体あるいは粉体を意図する。
【0018】
主成分とする量は、90vol%以上である。正方晶ジルコニア(ZrO2)が90vol%以上であれば、引張変形により超塑性を発現し得る。対象とするジルコニアセラミックス中に正方晶ジルコニアが90vol%以上あることは、X線回折測定装置を用いたX線回折パターンの各ピークの積分強度の概算値をピーク強度と半値幅の積から、全ピークの積分強度の和に対する正方晶ジルコニア相のピークの積分強度の比から確認できる。
【0019】
本発明の超塑性ジルコニアセラミックスは、少なくとも、以下の元素を含有する。
・酸化イットリウム(Y2O3)換算で1mol%以上4mol%以下の範囲のイットリウム(Y)
・酸化マグネシウム(MgO)換算で1mol%以上14mol%以下の範囲のマグネシウム(Mg)
・酸化チタン(TiO2)換算で5mol%以上10mol%以下の範囲のチタン(Ti)
・酸化アルミニウム(Al2O3)換算で0.1mol%以上3mol%以下の範囲のアルミニウム(Al)
【0020】
これらの元素が、上記範囲よりも少ないと、ジルコニアが正方晶を保持できず、斜方晶を生じ得る。また、正方晶が保持されても、超塑性の促進効果が失われ、1350℃以下の温度で1×10-2/s以上の高ひずみ速度域において200%以上の引張伸びを達成できない。また、これらの元素が、上記範囲よりも多いと、立方晶、さらには異種酸化相の生成・混在を招くために、上述の超塑性特性を得られなくなるとともに、正方晶ジルコニアとしての強靭性が得られなくなる。
【0021】
本発明の超塑性ジルコニアセラミックスは、さらに、酸化マグネシウム(MgO)に対する酸化チタン(TiO2)のモル比率(T/M)は、0.7以上5.6以下を満たし、酸化マグネシウム(MgO)に対する酸化アルミニウム(Al2O3)のモル比率(A/M)は、0.1以上0.3以下の範囲を満たす。この範囲から外れると、高ひずみ速度域において超塑性発現の下限温度が上昇し、1350℃以下で超塑性特性が得られない。
【0022】
本発明の超塑性ジルコニアセラミックスは、さらに、正方晶ジルコニアの固溶体MOX(ただし、Mは、少なくとも、Zr、Y、Mg、TiおよびAlである)の生成を仮定した際の酸素原子数Xは、1.84以上1.97以下の範囲を満たす。Xが1.84を下回ると、立方晶ジルコニアや1種以上の異種酸化物が組織内に10vol%以上生じ、超塑性発現を阻害し得る。Xが1.97を上回ると、超塑性発現の下限温度が上昇して、1350℃以下の温度で高ひずみ速度域において超塑性特性が得られない。
【0023】
正方晶ジルコニアの固溶体MOxのX値は、金属原子1個に対して結合(配位)している酸素原子の平均個を表しており、次のようにして求められる。
X=(酸素原子総数)/(金属原子総数)
=(酸素原子総モル分率×アボガドロ数)/(金属原子総モル分率×アボガドロ数)
=(Σ各酸化物中の酸素原子モル数Ot)/(Σ各酸化物中の金属元素モル数Mt)
【0024】
本発明の超塑性ジルコニアセラミックスは、上述の特定の組成および組成指標を満たすことによって、1350℃以下の温度で1×10-2/s以上の高ひずみ速度域で超塑性を発現できる。さらに、本発明の超塑性ジルコニアセラミックスは、低ひずみ速度域~中ひずみ速度域においても従来よりも低温側、例えば、1150℃以上1200℃以下の温度範囲で超塑性を発現できる。
【0025】
本発明の超塑性ジルコニアセラミックスは、酸化ハフニウム(HfO2)換算で0mol%より大きく1mol%以下の範囲のハフニウム(Hf)をさらに含有してもよい。これにより、正方晶ジルコニアが安定化されるので、超塑性の発現を促進できる。
【0026】
本発明の超塑性ジルコニアセラミックスは、酸化ケイ素(SiO2)換算で0mol%より大きく3mol%以下の範囲のケイ素(Si)をさらに含有してもよい。これにより、正方晶ジルコニアが安定化されるので、超塑性の発現をさらに促進できる。SiO2換算で3mol%を超えるケイ素を含有すると、非晶質シリカ相が生成し、超塑性延性が損なわれる虞がある。
【0027】
Siは、好ましくは、酸化ケイ素換算で0.1mol%以上0.3mol%以下の範囲を満たす。これにより、超塑性の発現がさらに促進し、1350℃以下の温度で高ひずみ速度域で超塑性を発現できる。
【0028】
本発明の超塑性ジルコニアセラミックスは、酸化セリウム(CeO2)および/または酸化カルシウム(CaO)換算で0mol%より大きく5mol%以下の範囲のセリウム(Ce)および/またはカルシウム(Ca)をさらに含有してもよい。この範囲でCeおよび/またはCaを含有することにより、立方晶ジルコニアや異種酸化物相の生成が抑制され、焼結過程あるいは超塑性変形児における粒成長の加速が抑制され、強靭性を維持しつつ、優れた超塑性特性が得られる。
【0029】
本発明の超塑性ジルコニアセラミックスは、ガリウム(Ga)、ゲルマニウム(Ge)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、および、ニッケル(Ni)からなる群から選択される少なくとも1種の元素を、金属または半金属換算で0mol%より大きく2mol%以下の範囲でさらに含有してもよい。この範囲で上述の元素を含有することにより、立方晶ジルコニアや異種酸化物相の生成が抑制され、焼結過程あるいは超塑性変形児における粒成長の加速が抑制され、強靭性を維持しつつ、優れた超塑性特性が得られる。
【0030】
なお、本発明の超塑性ジルコニアセラミックスが、主成分である正方晶ZrO2、Y、Mg、TiおよびAlに加えて、上述のHf、Si、Ce、Ca、Ga、Ge、Cr、Mn、Fe、CoおよびNiからなる群から少なくとも1種選択される元素をさらに含む場合には、正方晶ジルコニアの固溶体MOxを仮定した場合のMは、Zr、Y、Mg、TiおよびAlに加えて、さらに含有される元素であり、X値は、これらすべてのMに対して算出される値が、1.84以上1.97以下の範囲を満たせばよい。
【0031】
本発明の超塑性ジルコニアセラミックスにおいて、Y、Mg、TiおよびAlは、好ましくは、それぞれ、酸化イットリウム換算で2mol%以上3mol%以下の範囲、酸化マグネシウム換算で1mol%以上12mol%以下の範囲、酸化チタン換算で5mol%以上9mol%以下の範囲、酸化アルミニウム換算で0.1mol%以上2.5mol%以下の範囲を満たす。これにより、ジルコニアは正方晶を保持し、異種酸化相の生成・混在が抑制されるので、強靭性を有し、超塑性の発現をさらに促進し得る。
【0032】
本発明の超塑性ジルコニアセラミックスにおいて、Y、Mg、TiおよびAlは、より好ましくは、それぞれ、酸化イットリウム換算で2.5mol%以上2.7mol%以下の範囲、酸化マグネシウム換算で4mol%以上8mol%以下の範囲、酸化チタン換算で6mol%以上7.5mol%以下の範囲、酸化アルミニウム換算で0.5mol%以上1.5mol%以下の範囲を満たす。これにより、ジルコニアは正方晶を保持し、異種酸化相の生成・混在がさらに抑制されるので、強靭性を有し、超塑性の発現をさらに促進し得る。
【0033】
本発明の超塑性ジルコニアセラミックスにおいて、好ましくは、モル比率(T/M)、0.9以上1.6以下を満たし、モル比率(A/M)は、0.15以上0.18以下の範囲を満たす。これにより、1350℃以下の温度で1×10-2/s以上の高ひずみ速度域において200%以上の引張伸びを効率的に達成できる。
【0034】
正方晶ジルコニアの固溶体MOxのX値は、好ましくは、1.89以上1.93以下の範囲を満たす。これにより、1350℃以下の温度で1×10-2/s以上の高ひずみ速度域においても200%以上の引張伸びを効率的に達成できる。この場合も、本発明の超塑性ジルコニアセラミックスが主成分である正方晶ZrO2、Y、Mg、TiおよびAlに加えて、上述のHf、Si、Ce、Ca、Ga、Ge、Cr、Mn、Fe、CoおよびNiからなる群から少なくとも1種選択される元素をさらに含む場合には、正方晶ジルコニアの固溶体MOxを仮定した場合のMは、Zr、Y、Mg、TiおよびAlに加えて、さらに含有される元素であり、X値は、これらすべてのMに対して算出される値が、1.89以上1.93以下の範囲を満たせばよい。
【0035】
正方晶ジルコニア(ZrO2)以外の相は、Zrを除く含有される金属元素(Y、Al、Ti、Mgに加えて、必要に応じて、Hf、Si、Ce、Ca、Ga、Ge、Cr、Mn、Fe、CoおよびNiからなる群から選択される元素を含む)の酸化物、ケイ化物、炭化物、窒化物、および、ホウ化物からなる群から少なくとも1種選択される相であってよい。
【0036】
上述してきたように、本発明の超塑性ジルコニアセラミックスは、特定の組成を満たすことにより、1200℃以上1350℃以下の温度で高ひずみ速度域において200%以上の引張伸びを達成できる。本発明の超塑性ジルコニアセラミックスは、低ひずみ速度域~中ひずみ速度域においても従来よりも低温側、例えば、1150℃以上1200℃以下の温度範囲で超塑性を発現できる。
【0037】
このような超塑性ジルコニアセラミックスを、例えば、緻密焼結体とした後に超塑性精密加工、緻密化を中断した半焼結体を用いた精密焼結鍛造、また焼結前の粉体や成形体の焼結型鍛造等が可能である。
【0038】
なお、本発明の超塑性ジルコニアセラミックスが焼結体または半焼結体である場合、平均結晶粒径は、好ましくは、10nm以上300nm以下の範囲を満たす。これにより、1350℃以下の温度で中ひずみ速度域において200%以上の超塑性の発現を促進できる。平均結晶粒径は、好ましくは、50nm以上150nm以下の範囲を満たす。これにより、1350℃以下の温度で高ひずみ速度域においても超塑性の発現をさらに促進できる。本明細書において、平均結晶粒径(d)は、研磨した焼結体または半焼結体を走査電子顕微鏡などの電子顕微鏡像において平均切片長さLに対して次式で定義した値である。
d=1.56L
【0039】
またこれらの手法を組み合わせて、異種のセラミックスや金属材料との接合、複合材化、積層材化などが可能である。これより、強度、靱性、耐熱性、耐酸化性に優れたエネルギー発生器機や高温駆動器機等のエンジン部材、産業および民生用の各種加熱器機類の耐熱精密部品、電気・電子機器の基盤や精密部材の製造に適用できる。
【0040】
次に、本発明の超塑性ジルコニアセラミックスの例示的な製造方法を説明する。
【0041】
例えば、本発明の超塑性ジルコニアセラミックスとして、焼結体または半焼結体を製造する場合、金属化合物の混合物であって、焼成することにより、上述の組成を構成しうる原料混合物を、1000℃以上1400℃以下の温度範囲で焼成することによって得られる。
【0042】
出発原料として、正方晶ZrO2粉末、Yを含有する粉末、Mgを含有する粉末、Tiを含有する粉末、必要に応じて、Hf、Si、Ce、Ca、Ga、Ge、Cr、Mn、Fe、CoおよびNiからなる群から少なくとも1種選択される元素を含有する粉末を用いることができる。Yを含有する粉末やHfを含有する粉末に変えて、あらかじめ、YあるいはHfが添加された正方晶ZrO2粉末を用いることができる。
【0043】
Yを含有する粉末は、Yを含有する金属、ケイ化物、酸化物、炭酸塩、窒化物、酸窒化物、塩化物、フッ化物、または酸フッ化物から選ばれる単体または2種以上の混合物であってもよい。
【0044】
Mgを含有する粉末は、Mgを含有する金属、ケイ化物、酸化物、炭酸塩、窒化物、酸窒化物、塩化物、フッ化物、または酸フッ化物から選ばれる単体または2種以上の混合物であってもよい。
【0045】
Tiを含有する粉末は、Tiを含有する金属、ケイ化物、酸化物、炭酸塩、窒化物、酸窒化物、塩化物、フッ化物、または酸フッ化物から選ばれる単体または2種以上の混合物であってもよい。
【0046】
必要に応じて、Hf、Si、Ce、Ca、Ga、Ge、Cr、Mn、Fe、CoおよびNiからなる群から選択される元素を含有する粉末も、同様に、これら選択された元素の金属、ケイ化物、酸化物、炭酸塩、窒化物、酸窒化物、塩化物、フッ化物、または酸フッ化物から選ばれる単体または2種以上の混合物であってもよい。あるいは、Siとしてポリシリカを用いてもよい。
【0047】
このような出発原料を上述の組成を満たすように混合した原料混合物を、成形し、焼成すれば、例えば、焼結体または半焼結体である超塑性ジルコニアセラミックスが得られる。成形には金型プレス、冷間静水圧(等方圧)加工法等を採用できる。焼結は、高周波加熱、放電プラズマ焼結(SPS)、常圧焼結、ホットプレス(HP)焼結、および、熱間静水圧加圧(HIP)焼結からなる群から選択される手法によって焼成してよい。常圧焼結を採用した場合、大気中、2段階で焼結してもよい。高周波加熱、放電プラズマ焼結(SPS)等を採用した場合、微細粒化が可能となるため、高ひずみ速度域における限界温度をさらに低下(例えば、1150℃まで)させることが可能である。
【0048】
例えば、本発明の超塑性ジルコニアセラミックスとして粉体を製造する場合、上述の組成を満たすように混合した原料混合物であってよく、圧粉成形体を製造する場合、原料混合物を圧粉成形すればよい。
【0049】
次に具体的な実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
【実施例0050】
[例1~例15]
例1~例15では、MgO粉末(宇部マテリアルズ製)、Al2O3粉末(大明化学製)、TiO2粉末(昭和電工製)、2~3モルY2O3安定化ZrO2(Y-TZP、東ソー製)、コロイド状ポリシリカ(日産化学製)を適宜用いて、焼結体を製造した。
【0051】
詳細には、表1に示す組成および組成指標となるように、原料粉末を適宜秤量し、ボールミル混合し、乾燥および篩い分けした粉体を圧縮成形し、静水圧プレス(圧力:400Pa)を施した。例1~例9の圧粉成形体を大気中で、表1に示す温度にて2段階焼結した(常圧焼結)。例10~例15の圧粉成形体は、1050℃~1250℃の大気中加熱した。表1において、T/M比は、酸化マグネシウムに対する酸化チタンのモル比率であり、A/M比は、酸化マグネシウムに対する酸化アルミニウムのモル比率である。
【0052】
【0053】
このようにして得られた焼結体は、いずれも、幅15mm、長さ40mmおよび厚さ5mmの大きさを有し、98%以上の相対密度(アルキメデス法)を有する緻密焼結体であった。例1~例15の焼結体についてX線回折装置(リガク製、型番RINT-2200)を用いて正方晶ジルコニアの含有量を調べたところ、いずれも90vol%以上であった。正方晶ジルコニア以外の相は、いずれも酸化物相であった。
【0054】
得られた例1~例15の焼結体について走査型電子顕微鏡(SEM、日立ハイテク生、型番SEM-SU8000)を用いて観察した。結果を
図1に示す。
図1は、例2の焼結体(A)および例4の焼結体(B)のSEM像を示す図である。
【0055】
図1によれば、例2および例4の焼結体は、ボイドなどがなく、緻密焼結体であることが分かった。また、平均結晶粒径を算出したところ、いずれも、130nmであり、50nm以上150nm以下の範囲内であった。図示しないが、他の焼結体も同様の様態を示した。
【0056】
例1~例15の焼結体から平行部が幅3.5mm、厚さ3mm、長さ20mmの平板型引張試験片を切り出し、大気中、種々の温度において種々のひずみ速度で高温引張試験を行った。結果を表2に示す。
【0057】
【0058】
表2に示すように、正方晶ジルコニア(ZrO2)を90vol%以上含有し、酸化イットリウム(Y2O3)換算で1mol%以上4mol%以下の範囲のイットリウム(Y)と、酸化マグネシウム(MgO)換算で1mol%以上14mol%以下の範囲のマグネシウム(Mg)と、酸化チタン(TiO2)換算で5mol%以上10mol%以下の範囲のチタン(Ti)と、酸化アルミニウム(Al2O3)換算で0.1mol%以上3mol%以下の範囲のアルミニウム(Al)とを含有し、モル比率(T/M)は、0.7以上5.6以下を満たし、モル比率(A/M)は、0.1以上0.3以下の範囲を満たし、正方晶ジルコニアの固溶体MOX(ただし、Mは、少なくとも、Zr、Y、Mg、TiおよびAlである)の生成を仮定した際の酸素原子数Xは、1.84以上1.97以下の範囲を満たす、例1~例5の焼結体は、いずれも、1350℃以下の温度で1×10-2/s以上の高ひずみ速度域において200%以上の破断伸び(引張伸び)を達成し、高速超塑性の発現が確認された。
【0059】
特に、例2~例4の焼結体では、従来技術の限界温度(1350℃)から100℃~250℃低温側の1225℃以上1250℃以下において、高速超塑性が発現することが分かった。驚くべきことに、例4の焼結体では、従来技術の限界温度(1350℃)において、2×10-1/sの超高ひずみ速度域(この値は、従来技術の高速限界ひずみ速度の10倍以上である)においても高速超塑性が発現した。
【0060】
さらに、例2と同じ組成の原料混合物を圧粉成形し、1225℃で短時間加熱後1050℃で焼結したところ、平均結晶粒径が100nmの焼結体が得られた。この焼結体に対して、同様に高温引張試験を行ったところ、1200℃において高速超塑性の発現を確認した。このことから、焼結体または半焼結体のセラミックスの場合、均結晶粒径は、50nm以上150nm以下の範囲が好ましいことが示された。
【0061】
一方、例1~例5の焼結体と同じ構成元素であるが、組成あるいは組成指標が異なる例6~例9の焼結体に着目すると、1350℃あるいは1400℃においても、1×10-2/s以上の高ひずみ速度域において超塑性の発現が確認されなかった。
【0062】
また、例1~例5の焼結体と異なる組成であるが、類似の正方晶ジルコニアである例10~例15の焼結体に着目すると、いずれも、1350℃において1×10-2/s以上の高ひずみ速度域において超塑性の発現が確認されなかった。
【0063】
図示しないが、例1~例5の焼結体は、従来よりも極めて低温側である1150℃以上1200℃以下の温度範囲において、1×10-4/s以上1×10-3/s以下の範囲の低ひずみ速度域~中ひずみ速度域において超塑性の発現が確認された。
【0064】
以上説明してきたように、正方晶ジルコニア(ZrO2)を主相とし、特定の組成比でY、Mg、Ti、Alを含有し、モル比率(T/M)が0.7以上5.6以下を満たし、モル比率(A/M)が0.1以上0.3以下の範囲を満たし、正方晶ジルコニアの固溶体MOX(ただし、Mは、少なくとも、Zr、Y、Mg、TiおよびAlである)の生成を仮定した際の酸素原子数Xが1.84以上1.97以下の範囲を満たすことが、高速超塑性の発現に有効であることが示された。
本発明のジルコニアセラミックスは既往技術よりもより低い温度域で、中速から高速までのひずみ速度域においてで超塑性を発現できる。このため、ジルコニアセラミックスの超塑性ニアネット成形や他種セラミックスや金属材料との高温塑性接合への産業応用が期待できる。