(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022189215
(43)【公開日】2022-12-22
(54)【発明の名称】水素センサ及び水素濃度の検出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/407 20060101AFI20221215BHJP
G01N 27/416 20060101ALI20221215BHJP
C04B 35/488 20060101ALI20221215BHJP
【FI】
G01N27/407
G01N27/416 371G
C04B35/488
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021097680
(22)【出願日】2021-06-11
(71)【出願人】
【識別番号】000220767
【氏名又は名称】東京窯業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504224153
【氏名又は名称】国立大学法人 宮崎大学
(74)【代理人】
【識別番号】100140671
【弁理士】
【氏名又は名称】大矢 正代
(72)【発明者】
【氏名】常吉 孝治
(72)【発明者】
【氏名】岩井 翔
(72)【発明者】
【氏名】奥山 勇治
【テーマコード(参考)】
2G004
【Fターム(参考)】
2G004ZA01
(57)【要約】
【課題】基準ガスとして大気を使用することができると共に、水素濃度を安定的に検出できる状態となるまでの所要時間が短い水素センサを、提供する。
【解決手段】化学式AB
1-bM
bO
3-αで表される第一固体電解質の焼結体11と化学式AB
1-cN
cO
3-αで表される第二固体電解質の焼結体12(Aはアルカリ土類金属、Bは価数が+4価の金属、Mは+4価以下の複数の価数を取り得る遷移金属、Nは+4価より小さい価数のみを取る金属)を接触させることによりセンサ素子とし、焼結体11に基準電極21を設けると共に、焼結体12に測定電極22を設ける。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロトン伝導性を有する固体電解質で形成されたセンサ素子、該センサ素子の表面に設けられた基準電極、及び、該基準電極が接している第一空間と区画されている第二空間において前記センサ素子の表面に設けられた測定電極を備える水素センサであり、
前記センサ素子は、
ペロブスカイト型の結晶構造を有する金属複酸化物であって、化学式AB1-bMbO3-αで表され、Aはアルカリ土類金属、Bは価数が+4価の金属、Mは+4価以下の複数の価数を取り得る遷移金属である第一固体電解質の焼結体と、
ペロブスカイト型の結晶構造を有する金属複酸化物であって、化学式AB1-cNcO3-αで表され、Aはアルカリ土類金属、Bは価数が+4価の金属、Nは+4価より小さい価数のみを取る金属である第二固体電解質の焼結体と、を接触させたものであり、
前記第一固体電解質の焼結体に前記基準電極が設けられていると共に、前記第二固体電解質の焼結体に前記測定電極が設けられており、
前記第一空間が大気中に開放されている、または、前記第一空間に基準ガスとして大気を導入する大気導入管を備えている
ことを特徴とする水素センサ。
【請求項2】
金属Aはストロンチウムである
ことを特徴とする請求項1に記載の水素センサ。
【請求項3】
プロトン伝導性を有する固体電解質で形成されたセンサ素子、該センサ素子の表面に設けられた基準電極、及び、該基準電極が接している第一空間と区画されている第二空間において前記センサ素子の表面に設けられた測定電極を備える水素センサを使用する水素濃度の検出方法であり、
前記センサ素子は、
ペロブスカイト型の結晶構造を有する金属複酸化物であって、化学式AB1-bMbO3-αで表され、Aはアルカリ土類金属、Bは価数が+4価の金属、Mは+4価以下の複数の価数を取り得る遷移金属である第一固体電解質の焼結体と、
ペロブスカイト型の結晶構造を有する金属複酸化物であって、化学式AB1-cNcO3-αで表され、Aはアルカリ土類金属、Bは価数が+4価の金属、Nは+4価より小さい価数のみを取る金属である第二固体電解質の焼結体と、を接触させたものであり、
前記第一固体電解質の焼結体に前記基準電極を設けると共に、前記第二固体電解質の焼結体に前記測定電極を設け、
前記第一空間に導入される基準ガスとして大気を使用する
ことを特徴とする水素濃度の検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体電解質をセンサ素子とする水素センサ、及び、該水素センサを使用する水素濃度の検出方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
化学式ABO3で表されるペロブスカイト型の金属複酸化物において、金属Bの一部を、それより低い原子価の金属Mで置換することにより、プロトン伝導性を発現する固体電解質(プロトン伝導性セラミックス)が知られており、これをセンサ素子として高温の環境下で水素分圧(水素濃度)を検出する水素センサが提案されている。また、水素濃度が分かれば、例えば検出対象ガスがアンモニアの場合、その分解により生じた水素ガスの濃度の検出に基づいて、測定雰囲気に残存するアンモニアの濃度を算出することができる。
【0003】
プロトン伝導性セラミックスをセンサ素子とする水素センサは、同一イオンの濃度差により電位差が生じる濃淡電池の原理を利用している。プロトン伝導性セラミックスのセンサ素子で、水素濃度の異なる二つの相を隔てたとき、それぞれの相に接するようにセンサ素子に設けた二つの電極間に生じる起電力と、二つの相それぞれの水素分圧は、ネルンストの式に従う。従って、二つの相のうち一方の相の水素分圧が既知であれば、起電力と温度を測定することにより、他方の相の水素分圧を算出することができる。
【0004】
水素分圧が既知である基準ガスとしては、一般的にアルゴンと水素の混合ガスが使用されている。ところが、水素ガスは、これを供給するためのガスボンベの運搬や保管にスペースを要し、センサ装置全体が大型化する、航空機で水素ガスの輸送ができないため海外で入手しにくい場合はセンサの使用が制限される、水素は酸素の存在下で燃焼・爆発するため取り扱いに細心の注意を払う必要がある、高価である、等の種々の難点があった。
【0005】
基準ガスとして大気を使用することができれば、水素ガスボンベの必要がないばかりか、基準ガスそのものを用意する必要がなく、便利であると共にセンサ装置が簡易な構成となる。しかしながら、大気中の水素分圧は水蒸気分圧の影響を受けて変動し、その水素分圧の変動範囲内で、従来のプロトン伝導性セラミックスではプロトンの輸率が変化する。そのため、従来のプロトン伝導性セラミックスをセンサ素子とした場合は、大気中の水素分圧の変動に起因して測定される起電力が変動してしまい、測定雰囲気の水素濃度を正確に測定することができない。
【0006】
本出願人はこのような問題を解決し、基準ガスとして大気を使用することができる水素センサ、及び、そのセンサ素子となる固体電解質を提案している(例えば、特許文献1参照)。これは、化学式AB1-bMbO3-αで表される金属複酸化物において、Aはアルカリ土類金属、Bは価数が+4価の金属、Mを金属Bの価数以下の複数の価数を取り得る遷移金属とし、これをセンサ素子としたときに測定電極側となる端部において金属Mの価数を金属Bより小さくプロトン伝導性を示す価数に偏らせると共に、基準電極側となる端部において金属Mの価数を、測定電極側の価数より大きくプロトン伝導性を示さない価数に偏らせたものである。
【0007】
このように金属Mの価数を偏らせたセンサ素子は、測定電極側の端部ではプロトン伝導性を示す一方、基準電極側の端部では大気における水素分圧下でプロトン伝導性を示さないため、基準ガスとして大気を使用することができる。
【0008】
ところが、このセンサ素子は、起電力が安定し水素センサとして使用できるようになるまでに非常に時間がかかる点で、改善の余地があった。具体的には、上記の化学式AB1-bMbO3-αで表される金属複酸化物をセンサ素子とする場合、酸化雰囲気で焼成することによって金属Mの価数を全体的にプロトン伝導性を示さない価数とした後、基準電極側の端部を基準ガスである大気に接触させる一方、測定電極側の端部を水素を含む還元雰囲気に置いて加熱する処理を行う。このような処理を行うことにより、センサ素子の測定電極側の端部において、金属Mの価数が金属Bより小さくプロトン伝導性を示す価数に変化するのであるが、このように金属Mの価数が変化するまでに、数十時間という長時間を要するものであった。
【0009】
そこで、本出願人は更に、化学式AB1-b-cMbNcO3-αで表され、Aはアルカリ土類金属、Bは価数が+4価の金属、Mは+4価以下の複数の価数を取り得る遷移金属、Nは+4価より小さい価数のみを取る金属とする金属複酸化物を、センサ素子とする水素センサを提案している(特許文献2参照)。このような固体電解質をセンサ素子とした場合、基準ガスとして大気を使用することができると共に、基準電極及び測定電極間に生じる起電力が安定して測定できるようになるまでの所要時間を、特許文献1のセンサ素子に比べて大きく短縮することができる。そして、このような固体電解質をセンサ素子として基準ガスを大気とした場合、測定ガス(測定雰囲気)の水素分圧(水素濃度)と起電力とは相関関係を有するため、測定ガスにおける水素濃度を正確に測定することができる。
【0010】
本出願人はその後も、特許文献2の技術とは異なる手段を採用することによって、起電力が安定して水素濃度を正確に検出できる状態となるまでの所要時間を短縮することを課題として、研究を続けて来ている。本発明は、その過程でなされたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第6494023号公報
【特許文献2】特開2019-113500号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記のように、本発明は、基準ガスとして大気を使用することができると共に、水素濃度を安定的に検出できる状態となるまでの所要時間が短い水素センサ、及び、該水素センサを使用する水素濃度の検出方法の提供を、課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するため、本発明にかかる水素センサは、
「プロトン伝導性を有する固体電解質で形成されたセンサ素子、該センサ素子の表面に設けられた基準電極、及び、該基準電極が接している第一空間と区画されている第二空間において前記センサ素子の表面に設けられた測定電極を備える水素センサであり、
前記センサ素子は、
ペロブスカイト型の結晶構造を有する金属複酸化物であって、化学式AB1-bMbO3-αで表され、Aはアルカリ土類金属、Bは価数が+4価の金属、Mは+4価以下の複数の価数を取り得る遷移金属である第一固体電解質の焼結体と、
ペロブスカイト型の結晶構造を有する金属複酸化物であって、化学式AB1-cNcO3-αで表され、Aはアルカリ土類金属、Bは価数が+4価の金属、Nは+4価より小さい価数のみを取る金属である第二固体電解質の焼結体と、を接触させたものであり、
前記第一固体電解質の焼結体に前記基準電極が設けられていると共に、前記第二固体電解質の焼結体に前記測定電極が設けられており、
前記第一空間が大気中に開放されている、または、前記第一空間に基準ガスとして大気を導入する大気導入管を備えている」ものである。
【0014】
「アルカリ土類金属である金属A」としては、ストロンチウム(Sr)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、バリウム(Ba)を例示することができる。「+4価の金属である金属B」としては、ジルコニウム(Zr)、セリウム(Ce)を例示することができる。
【0015】
「+4価以下の複数の価数を取り得る遷移金属M」は、それぞれ+4価、+3価、及び+2価を取り得るマンガン(Mn)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)や、+2価及び+3価を取り得る鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)を例示することができる。この金属Mは、金属Bと置換した状態で、プロトン伝導性を示す価数と、プロトン伝導性を示さない価数の双方を取るものであり、その価数は金属A,Bによる。例えば、金属MがMnである場合、金属AがSrで金属BがZrのとき、プロトン伝導性を示さない価数は+4価であり、プロトン伝導性を示す価数は+3価及び+2価である。また、金属Mが同じくMnであっても、金属AがCaで金属BがZrのとき、プロトン伝導性を示さない価数は+3価であり、プロトン伝導性を示す価数は+2価である。Mnは価数が減少すると体積膨張するため、結晶構造が異なり格子間の空間の大きさが異なれば、安定して存在できる価数が異なるためである。
【0016】
「+4価より小さい価数のみを取る金属N」としては、Y(イットリウム)、Yb(イッテルビウム)、Al(アルミニウム)、In(インジウム)など、+3価のみを取る金属を例示することができる。この金属Nが金属Bと置換することにより、プロトン伝導性が発現する。
【0017】
金属A、金属B、金属M及び金属Nの何れも、単一の元素からなるものであっても、複数の元素からなるものであってもよい。なお、化学式AB1-bMbO3-α、及び、化学式AB1-cNcO3-αにおいて、当然ながら0<b<1、0<c<1であり、b及びcはそれぞれ0.01以上0.3以下とすることができる。また、αは酸素欠陥であり、金属A、金属B、金属M及び金属Nそれぞれの原子種、b及びcの値、雰囲気温度と酸素分圧等に応じて変化する値である。
【0018】
本構成の水素センサは、金属Mの価数変化によってプロトン伝導性が生じる第一固体電解質の焼結体と、プロトン伝導性を有している第二固体電解質の焼結体とを接触させてセンサ素子とし、第一固体電解質側に基準電極を設け、第二固体電解質側に測定電極を設けたものである。このような構成とすることにより、詳細は後述するように、基準ガスとして大気を使用しても、基準電極及び測定電極間に生じる起電力と第二空間における水素濃度との間に相関関係があるため、第二空間に導入された測定ガス(水素濃度が未知であるガス)の水素濃度を検出することができる。また、特許文献1のセンサ素子とは異なり、水素センサとしての使用に先立って金属Mの価数を変化させるための処理を長時間行う必要がなく、水素センサとしての使用を開始してから短時間で、測定ガスにおける水素濃度を安定的に検出できる状態となる。
【0019】
なお、本構成では、センサ素子を第一固体電解質と第二固体電解質との二層構造としているが、それぞれを焼結体としてから接触させることが必要である。第一固体電解質の成形体と第二固体電解質の成形体とを積層してから焼成すると、一方の成分が他方に拡散してしまい、二層構造とならない。また、第二固体電解質の焼結体に第一固体電解質の原材料のスラリーを塗布して焼成した場合は、第一固体電解質が多孔質層となってしまい、センサ素子としての挙動は第二固体電解質の焼結体の単層をセンサ素子とした場合と同じであった。
【0020】
本発明にかかる水素センサは、上記構成に加え、
「金属Aはストロンチウムである」ものとすることができる。
【0021】
後述するように、第一固体電解質及び第二固体電解質において金属Aをストロンチウムとすると、測定ガスの水素濃度に対する起電力の値が大きいため、高い精度で水素濃度を検出することができる。
【0022】
次に、本発明にかかる水素濃度の検出方法は、
「プロトン伝導性を有する固体電解質で形成されたセンサ素子、該センサ素子の表面に設けられた基準電極、及び、該基準電極が接している第一空間と区画されている第二空間において前記センサ素子の表面に設けられた測定電極を備える水素センサを使用する水素濃度の検出方法であり、
前記センサ素子は、
ペロブスカイト型の結晶構造を有する金属複酸化物であって、化学式AB1-bMbO3-αで表され、Aはアルカリ土類金属、Bは価数が+4価の金属、Mは+4価以下の複数の価数を取り得る遷移金属である第一固体電解質の焼結体と、
ペロブスカイト型の結晶構造を有する金属複酸化物であって、化学式AB1-cNcO3-αで表され、Aはアルカリ土類金属、Bは価数が+4価の金属、Nは+4価より小さい価数のみを取る金属である第二固体電解質の焼結体と、を接触させたものであり、
前記第一固体電解質の焼結体に前記基準電極を設けると共に、前記第二固体電解質の焼結体に前記測定電極を設け、
前記第一空間に導入される基準ガスとして大気を使用する」ものである。
【0023】
これは、上記構成の水素センサを使用する水素濃度の検出方法である。
【発明の効果】
【0024】
以上のように、本発明によれば、基準ガスとして大気を使用することができると共に、水素濃度を安定的に検出できる状態となるまでの所要時間が短い水素センサ、及び、該水素センサを使用する水素濃度の検出方法を、提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】実施例1の水素センサについて、第二空間に導入するガスにおける水素濃度を変化させた時の起電力の変化を、(a)温度800℃で測定した場合のグラフ、(b)温度700℃で測定した場合のグラフである。
【
図2】実施例1の水素センサについて、第二空間に導入するガスにおける水素濃度を変化させた時の起電力の変化を、(a)温度600℃で測定した場合のグラフ、(b)温度500℃で測定した場合のグラフである。
【
図3】実施例2の水素センサについて、第二空間に導入するガスにおける水素濃度を変化させた時の起電力の変化を、(a)温度800℃で測定した場合のグラフ、(b)温度600℃で測定した場合のグラフである。
【
図4】実施例3の水素センサについて、第二空間に導入するガスにおける水素濃度を変化させた時の起電力の変化を、(a)温度800℃で測定した場合のグラフ、(b)温度600℃で測定した場合のグラフである。
【
図5】実施例1の水素センサについて、第二空間の水素分圧に対して起電力をプロットしたグラフである。
【
図6】実施例2の水素センサについて、第二空間の水素分圧に対して起電力をプロットしたグラフである。
【
図7】実施例3の水素センサについて、第二空間の水素分圧に対して起電力をプロットしたグラフである。
【
図8】本発明の一実施形態である水素センサの概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の一実施形態である水素センサ1、及び、水素センサ1を使用する水素濃度の検出方法について、図面を用いて説明する。
【0027】
まず、水素センサ1の構成について、
図8を用いて説明する。水素センサ1は、固体電解質で形成されたセンサ素子10と、センサ素子10の表面に設けられた基準電極21と、基準電極21が接している第一空間S1と区画されている第二空間S2においてセンサ素子10の表面に設けられた測定電極22と、基準電極21及び測定電極22間の起電力を測定する電位計30と、を備えている。
【0028】
センサ素子10は、第一固体電解質の焼結体11と、第二固体電解質の焼結体12とを接触させることにより形成されている。ここでは、基準電極21が接している第一空間S1と測定電極22が接している第二空間S2とが区画されている態様として、それぞれディスク状の焼結体11と焼結体12とを重ね合わせたセンサ素子10が、筒状のホルダ51の一端を封止していると共に、他の筒状のホルダ52の一端を封止している態様、すなわち、ホルダ51,52によって形成されるホルダ50の中途をセンサ素子10が閉塞している態様を例示している。この例では、焼結体11と焼結体12とは、ホルダ51,52によって挟み込まれることにより圧接されている。
【0029】
第一固体電解質は、化学式AB1-bMbO3-αで表されるペロブスカイト型の結晶構造を有する金属複酸化物であり、Aはアルカリ土類金属、Bは価数が+4価の金属、Mは+4価以下の複数の価数を取り得る遷移金属である。このような第一固体電解質の焼結体11は、金属A、金属B、金属Mそれぞれの酸化物等の原料粉末を、目的のモル比となるようにバインダ等の添加剤と共に混合した混合原料を成形し、成形体を焼成することにより得ることができる。焼成の際の雰囲気を、大気等の酸化雰囲気とすることにより、金属Mの価数は固体電解質の全体において、プロトン伝導性を示さない価数となる。
【0030】
第二固体電解質は、化学式AB1-cNcO3-αで表されるペロブスカイト型の結晶構造を有する金属複酸化物であり、Aはアルカリ土類金属、Bは価数が+4価の金属、Nは+4価より小さい価数のみを取る金属である。このような第二固体電解質の焼結体12は、金属A、金属B、金属Nそれぞれの酸化物等の原料粉末を、目的のモル比となるようにバインダ等の添加剤と共に混合した混合原料を成形し、成形体を酸化雰囲気で焼成することにより得ることができる。第二固体電解質の焼結体12は、プロトン伝導性を有している。
【0031】
なお、水素センサ1を組み立てる際に、第一固体電解質の焼結体11と第二固体電解質の焼結体12とが接触している状態を安定させるために、両者を有機接着剤で接着しておいてもよい。有機接着剤は、数百度以上である水素センサ1の使用温度で焼失するため、最初に使用温度まで昇温した後は、焼結体11と焼結体12とは互いに物理的に圧接されている状態となる。
【0032】
そして、第一固体電解質の焼結体11と第二固体電解質の焼結体12とが接触している状態であるセンサ素子10について、焼結体11において焼結体12と接触している側とは反対側の端面に基準電極21を設けると共に、焼結体12において焼結体11と接触している側とは反対側の端面に測定電極22を設ける。
【0033】
このような構成の水素センサ1では、基準電極21及び測定電極22の間に生じる起電力と、第二空間S2における水素濃度との関係はネルンストの式に従わないが、第一空間S1に導入される基準ガスが大気のとき、第二空間S2における水素分圧(水素濃度)と起電力とは相関関係にある。より具体的には、第二空間S2における水素分圧(水素濃度)の対数と起電力とは、線形の関係にある。
【0034】
そこで、水素センサ1を用いて測定ガスにおける水素濃度を検出する際は、予め、第一空間S1に基準ガスとして大気を導入すると共に、第二空間S2に水素濃度の異なる複数種類のガスをそれぞれ導入したときの起電力を測定することにより、第二空間S2における水素濃度と起電力との関係を示す検量線を作成しておく。これにより、第一空間S1に基準ガスとして大気を導入すると共に、第二空間S2に水素濃度が未知である測定ガスを導入したときの起電力を測定し、作成しておいた検量線における、その起電力値のときの水素濃度として、測定ガスにおける水素濃度を求めることができる。
【0035】
本実施形態の水素センサ1では、特許文献1の水素センサとは異なり、第二空間S2に導入された測定ガスにおける水素濃度の検出を開始するのに先立ち、金属Mの価数を偏らせるための処理を長時間行う必要がなく、上記のように製造された水素センサ1の使用を直ちに開始しても、非常に短い時間で起電力が安定する。
【0036】
これは、測定電極22側の固体電解質(第二固体電解質)が、そもそも最初からプロトン伝導性を有していることが大きく影響していると考えられる。金属Nは、金属Bより小さい価数のみを取る金属であるため、金属Bとの置換により電気的な中性を保つために酸素イオン空孔が導入され、プロトン伝導性が発現している。そして、基準電極21側の固体電解質(第一固体電解質)において、第二固体電解質との境界付近では、第二固体電解質からプロトンが移動して来ることにより、金属Mの価数が低下する。その結果、第一固体電解質では、水素センサ1の使用に伴い、第二固体電解質との境界から基準電極21側の端部に向かって減少するように、プロトンの輸率が傾斜する。
【0037】
一方、第一固体電解質において基準電極21側の端部では、金属Mがプロトン伝導性を示さない価数を取っており、大気における水素分圧下でプロトンの輸率がほぼゼロである。そのため、基準ガスとして大気を使用し、大気における水素分圧が変動したとしても、測定される起電力はその変動の影響を受けない。ここで、「大気における水素分圧」は、水と、水素及び酸素との平衡反応の平衡定数から算出することができる。平衡定数は温度依存性を示し、平衡は高温であるほど水から水素及び酸素が生成される側に傾く。本実施形態の水素センサ1の使用温度範囲として想定される温度400℃~800℃まで、室温において水蒸気が飽和した大気が加熱されたものとして計算すると、大気における水素分圧は1×10-18atm~5×10-11atm(1×10-13Pa~5×10-6Pa)である。
【0038】
更に、測定ガスには必ずしも水素が含まれているとは限らない。そのため、特許文献1の固体電解質では、金属Mの価数を偏らせる処理によって測定電極側にプロトン伝導層が形成されていても、水素を含まない測定ガスとの接触により、金属Mの価数が変化して非プロトン伝導性の表層ができてしまうことがあった。更にその後、水素を含有する測定ガスに接触すると、再び金属Mの価数が変化してプロトン伝導性の表層が形成されるなど、固体電解質において測定電極側がプロトン伝導性層と非プロトン伝導性層との積層状態となることがあり、正確に水素濃度を検出できないおそれがあった。これに対し、本実施形態の水素センサ1では、測定電極22側の第二固体電解質は、価数が変化しない金属Nを金属Bと置換することによってプロトン伝導性を発現させたものであるため、仮に測定ガスに水素が含まれていないことがあっても、測定電極22側に非プロトン伝導性層が形成されることがなく、安定的に水素ガス濃度を検出することができる。
【実施例0039】
金属Aをストロンチウム、金属Bをジルコニウム、金属Mをマンガンとし、それぞれの化合物としてSrCO3、ZrO2、MnCO3を使用し、SrZr1-bMnbO3-αにおいてb=0.1となるモル比で混合し、第一の出発原料を調製した。第一の出発原料を1200℃でか焼し、か焼後の粉末を粉砕した後、バインダと混合してディスク状に成形した。焼成炉に成形体を収容し、温度1500℃の酸化雰囲気下で焼成することにより、第一固体電解質の焼結体11を得た。一方、金属Aをストロンチウム、金属Bをジルコニウム、金属Nをイットリウムとし、それぞれの化合物としてSrCO3、ZrO2、Y2O3を使用し、SrZr1-cYcO3-αにおいてc=0.1となるモル比で混合し、第二の出発原料を調製した。第二の出発原料を1200℃でか焼し、か焼後の粉末を粉砕した後、バインダと混合してディスク状に成形した。焼成炉に成形体を収容し、温度1500℃の酸化雰囲気下で焼成することにより、第二固体電解質の焼結体12を得た。焼結体11と焼結体12とを重ね合わせて圧接させ、実施例1のセンサ素子10とした。
【0040】
金属Aをストロンチウム、金属Bをジルコニウム、金属Mをマンガンとし、それぞれの化合物としてSrCO3、ZrO2、MnCO3を使用し、SrZr1-bMnbO3-αにおいてb=0.05となるモル比で混合し、第一の出発原料を調製した。実施例1と同様の工程により、第一固体電解質の焼結体11を得た。一方、金属Aをストロンチウム、金属Bをジルコニウム、金属Nをイットリウムとし、それぞれの化合物としてSrCO3、ZrO2、Y2O3を使用し、SrZr1-cYcO3-αにおいてc=0.1となるモル比で混合し、第二の出発原料を調製した。実施例1と同様の工程により、第二固体電解質の焼結体12を得た。焼結体11と焼結体12とを重ね合わせて圧接させ、実施例2のセンサ素子10とした。
【0041】
金属Aをカルシウム、金属Bをジルコニウム、金属Mをマンガンとし、それぞれの化合物としてCaO、ZrO2、MnCO3を使用し、CaZr1-bMnbO3-αにおいてb=0.05となるモル比で混合し、第一の出発原料を調製した。実施例1と同様の工程により、第一固体電解質の焼結体11を得た。一方、金属Aをカルシウム、金属Bをジルコニウム、金属Nをインジウムとし、それぞれの化合物としてCaO、ZrO2、In2O3を使用し、CaZr1-cIncO3-αにおいてc=0.1となるモル比で混合し、第二の出発原料を調製した。実施例1と同様の工程により、第二固体電解質の焼結体12を得た。焼結体11と焼結体12とを重ね合わせて圧接させ、実施例3のセンサ素子10とした。
【0042】
実施例1~3のセンサ素子10それぞれにおいて、市販の電極用白金ペーストを塗布し焼き付けることにより、第一固体電解質の焼結体11の端部に基準電極21を形成すると共に、第二固体電解質の焼結体12の端部に測定電極22を形成した。
【0043】
実施例1~3それぞれのセンサ素子を使用し、上記構成とした水素センサについて、第一空間に基準ガスとして大気を導入し、第二空間に水素濃度の異なる複数のガスをそれぞれ導入したときの起電力を、800℃~500℃の範囲における所定温度で測定した。起電力は、同一のセンサ素子について温度800℃で測定してから、温度700℃での測定、温度600℃での測定、温度500℃での測定と、順に行った。
【0044】
また、実験室の環境では大気中の水素分圧はあまり変化しない。そこで、自然環境下で基準ガスとしての大気において水素分圧が変動したときに起電力に及ぼす影響の有無を調べる目的で、第一空間に導入する基準ガスを、一時的に大気(酸素濃度20%)から酸素1%を含むアルゴンガスに切り替え、再び大気に戻す操作を行った。このような基準ガスの切り替えによって生じる水素分圧の変動は、自然環境下で生じる大気中の水素分圧の変動に比べて非常に大きい。
【0045】
実施例1~3のセンサ素子を使用した水素センサの何れについても、温度800℃での起電力の測定を開始してから300秒~500秒で起電力が安定した。これは、特許文献1の水素センサで、起電力が安定して正常な測定ができるようになるまで数十時間を要していたのに比べると、非常に短い時間である。このように短時間で起電力が安定した後は、第二空間における水素濃度の変化に応じて起電力は応答性良く変化し、水素濃度が一定に保持されている間の起電力は安定して一定であった。また、第二空間に水素を含まないアルゴンガスを導入した後で、水素濃度が98.1%と高濃度であるガスを導入することにより、水素濃度を大きく変化させたときも、非常に応答性良く起電力が変化した。
【0046】
加えて、第二空間に水素濃度が98.1%のガスを導入した状態のまま、第一空間に導入する基準ガスを大気から酸素1%を含むアルゴンガスに切り替えることにより、基準ガスにおける水素分圧を故意に大きく変化させた際も、起電力はほとんど変化しなかった。特に、実施例1センサ素子では、基準ガスにおける水素分圧を変化させても起電力は全く変化しなかった。上述したように、基準ガスを大気から酸素1%を含むアルゴンガスに切り替えたときの水素分圧の変化は、自然環境下で生じる大気中の水素分圧の変動に比べて非常に大きいことから、これら実施例のセンサ素子を使用した水素センサでは、基準ガスとして問題なく大気を使用することができることが確認された。
【0047】
以上のことは、測定温度を変化させても同様であった。例として、実施例1の水素センサについて、測定温度800℃、700℃、600℃、及び500℃で起電力を測定した結果を、それぞれ
図1(a)、
図1(b)、
図2(a)、及び、
図2(b)に示す。また、実施例2の水素センサについて、測定温度800℃及び600℃で起電力を測定した結果を
図3(a)及び
図3(b)に示すと共に、実施例3の水素センサについて、測定温度800℃及び600℃で起電力を測定した結果を
図4(a)及び
図4(b)に示す。これらの図では、基準ガスとして大気を導入した時間帯を「ref:Air」で、基準ガスとして酸素1%を含むアルゴンガスを導入した時間帯を「ref:1%O
2-Ar」で示している。
【0048】
そして、実施例1~3の水素センサの何れにおいても、第二空間に導入したガスにおける水素分圧の対数と起電力とは、線形の関係を示した。実施例1~3の水素センサについて、第二空間のガスにおける水素分圧の対数を横軸にとり起電力を縦軸としたグラフを、それぞれ
図5、
図6、及び、
図7に示す。従って、予め、第二空間に水素濃度の異なる複数種類のガスを導入して起電力を測定し、水素分圧(水素濃度)と起電力との相関関係を調べておくことにより、水素濃度が未知である測定ガスを第二空間に導入したときの起電力から、測定ガスの水素濃度を検出することができる。
【0049】
なお、第二空間に導入したガスの水素分圧に対する起電力の値は、第一固体電解質及び第二固体電解質の金属Aとしてストロンチウムを使用した実施例1,2の方が、金属Aとしてカルシウムを使用した実施例3に比べて大きいものであった。起電力の値が大きい方が、測定ガスの水素濃度を高い精度で検出することができる。また、基準ガスの水素分圧を故意に大きく変化させたときの起電力の変化も、第一固体電解質及び第二固体電解質の金属Aとしてストロンチウムを使用した実施例1,2の方が、金属Aとしてカルシウムを使用した実施例3に比べて小さいものであった。これらのことから、第一固体電解質及び第二固体電解質の金属Aとしては、カルシウムよりストロンチウムの方が望ましいと考えられた。
【0050】
以上、本発明について好適な実施形態を挙げて説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、以下に示すように、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の改良及び設計の変更が可能である。
【0051】
例えば、上記の実施形態では、センサ素子10を構成する第一固体電解質の焼結体11及び第二固体電解質の焼結体12の形状をディスク状とし、ホルダ51,52によって形成されるホルダ50の中途をセンサ素子10が閉塞していることにより、第一空間S1と第二空間S2とが区画されている態様を例示した。第一固体電解質の焼結体及び第二固体電解質の焼結体は、ある程度の面積で接触させることができれば形状はディスク状に限定されず、柱状や筒状とすることができる。また、センサ素子の形状によらず、センサ素子でホルダの一端を封止することにより、或いは、ホルダの中途でその内部空間をセンサ素子で閉塞することにより、第一空間と第二空間とを区画することができる。