(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022189286
(43)【公開日】2022-12-22
(54)【発明の名称】円二色性分光測定装置およびこれに用いる偏光素子
(51)【国際特許分類】
G01N 21/21 20060101AFI20221215BHJP
G01N 21/27 20060101ALI20221215BHJP
G01J 3/447 20060101ALI20221215BHJP
【FI】
G01N21/21
G01N21/27 Z
G01J3/447
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021097787
(22)【出願日】2021-06-11
(71)【出願人】
【識別番号】304020292
【氏名又は名称】国立大学法人徳島大学
(72)【発明者】
【氏名】江本 顕雄
(72)【発明者】
【氏名】前川 優貴
(72)【発明者】
【氏名】木本 匠
【テーマコード(参考)】
2G020
2G059
【Fターム(参考)】
2G020BA04
2G020BA20
2G020CA15
2G020CB05
2G020CB42
2G020CB43
2G020CB44
2G020CC02
2G020CD03
2G020CD06
2G020CD15
2G059AA06
2G059BB08
2G059BB12
2G059CC16
2G059EE01
2G059EE02
2G059EE05
2G059EE12
2G059HH02
2G059JJ01
2G059JJ05
2G059JJ19
2G059KK04
(57)【要約】 (修正有)
【課題】高速で正確な円二色性分光測定装置を実現する。
【解決手段】本発明の円二色性分光測定装置は、測定対象に右回り円偏光と左回り円偏光を照射し、その透過光または反射光を偏光方向ごとに分光測定する円二色性分光測定装置であって、複数の波長成分を含む光束を発する光源と、前記光束を空間的に分割してそれぞれ右回り円偏光と左回り円偏光に変換する偏光素子と、前記測定対象を透過または反射した右回り円偏光と左回り円偏光をそれぞれ受光して分光測定を行う分光測定ユニットを具備した。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象に右回り円偏光と左回り円偏光を照射し、その透過光または反射光を偏光方向ごとに分光測定する円二色性分光測定装置であって、
複数の波長成分を含む光束を発する光源と、
前記光束を空間的に分割してそれぞれ右回り円偏光と左回り円偏光に変換する偏光素子と、
前記測定対象を透過または反射した右回り円偏光と左回り円偏光をそれぞれ受光して分光測定を行う分光測定ユニットを具備した、円二色性分光測定装置。
【請求項2】
前記偏光素子による1次回折光の波長ごとの光路を補正して測定対象に照射する補正部材をさらに具備した、請求項1に記載の円二色性分光測定装置。
【請求項3】
前記偏光素子は、格子ベクトル方向に連続的に回転する局所光軸を有する第1の偏光回折格子と、前記第1の偏光回折格子と等しい周期で前記格子ベクトル方向と逆方向に連続的に回転する局所光軸を有する第2の偏光回折格子を、同一平面上に対向して設けたものであることを特徴とする請求項1または請求項2のいずれか一項に記載の円二色性分光測定装置。
【請求項4】
前記光束は直線偏光であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の円二色性分光測定装置。
【請求項5】
前記第1の偏光回折格子および前記第2の偏光回折格子における局所光軸の回転の周期は0.2μm以上100μm以下であることを特徴とする、請求項1乃至請求項4のいずれか一項に記載の円二色性分光測定装置。
【請求項6】
前記第1の偏光回折格子および前記第2の偏光回折格子の厚みは0.1μm以上300μm以下であることを特徴とする、請求項1乃至請求項5のいずれか一項に記載の円二色性分光測定装置。
【請求項7】
前記補正部材は前記1次回折光の波長に依存する回折角の差を逆補正する色分散材料により構成されることを特徴とする、請求項1乃至請求項6のいずれか一項に記載の円二色性分光測定装置。
【請求項8】
空間的に分割された右回り円偏光と左回り円偏光の光束が測定対象の内部または反射面において全部または一部が重なるように、前記右回り円偏光の光束または前記左回り円偏光の光路を光束のいずれか一方または両方の光路を変更する集光素子をさらに具備した、請求項1乃至請求項7のいずれか一項に記載の円二色性分光測定装置。
【請求項9】
請求項1に記載の円二色性分光測定装置に用いられる偏光素子であって、格子ベクトル方向に連続的に回転する局所光軸を有する第1の偏光回折格子と、前記第1の偏光回折格子と等しい周期で前記格子ベクトル方向と逆方向に連続的に回転する局所光軸を有する第2の偏光回折格子を、同一平面上に対向して設けたものであることを特徴とする偏光素子。
【請求項10】
前記第1の偏光回折格子および前記第2の偏光回折格子における局所光軸の回転の周期は0.2μm以上100μm以下であることを特徴とする、請求項9に記載の偏光素子。
【請求項11】
前記第1の偏光回折格子および前記第2の偏光回折格子の厚みは0.1μm以上300μm以下であることを特徴とする、請求項9または請求項10のいずれか一項に記載の偏光素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キラル化学や不斉化学等の分野における分析に用いられる円二色性分光測定装置およびこれに用いる偏光素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、アルツハイマー病やパーキンソン病といったコンフォーメーション病と呼ばれるたんぱく質変性に基づく神経疾患に対する治療法の確立が急がれている。当分野においては、たんぱく質変性を的確に把握するため、キラル分子の光学活性を分析することが必須であり、そのために円二色性分光(円二色性スペクトル)測定技術が用いられている。
【0003】
円二色性分光測定技術は、3次元的な異方性や高次構造が重要となる不斉合成の解析、たんぱく質の構造解析、および分子の自己組織化の解析、といった分野では特に欠かせない。この技術は物質の左右の円偏光に対する吸光度の差の波長分散を測定するものであり、深紫外からテラヘルツ領域に至るまで、いずれの波長帯においても、物質や分子の構造におけるキラリティや螺旋構造を反映した情報を得ることができる。
【0004】
現在普及している円二色性スペクトルメータは、モノクロメータによる前分光方式を採用しており、波長毎に左右円偏光を生成する。このため、スペクトルデータの取得に長い時間(数分から10数分程度)を必要とし、測定対象に秒単位の比較的緩やかな変化が生じた場合であっても看過されてしまうことがある。そこで、パルス励起を利用した高速時間分解に基づく単一波長による円二色性測定が検討されている。しかしこの方法では、1回のパルス光による熱励起状態において単一の波長でしか円二色性が測定されないため、測定条件において大きな制約が生じる。
【0005】
一方で、近年、波長分散と偏光調整を同時に生じる偏光回折格子を利用した円二色性スペクトルメータの研究開発が進められている。例えば、白色光を試料に照射し、その透過光を、偏光回折格子を用いて右回り円偏光と左周り円偏光に分離して、それぞれのスペクトルを分析する方法がある(特許文献1、非特許文献1、2)。さらに精度を高めるためプリズムを用いてそれぞれの円偏光の波長分散性を調整する技術も検討されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公報2008/142723号
【特許文献2】国際公報2019/111800号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】C.Provenzano, P.Pagliusi, A.Mazzulla and G.Cipparrone, “Method for artifact-free circular dichroism measurements”, OPTICS LETTERS / Vol. 35, No. 11 / June 1, 2010based on polarization grating
【非特許文献2】P.Pagliusi, E.Leperaa, C.Provenzanoa,” Polarization gratings allow for real-time and artifact-free circular dichroism measurements”, Proc. of SPIE Vol. 8069 806910-1, 2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、前記円二色性分光測定技術は、高速性という点からは従来技術の課題を解決しているとも言えるが、試料に入射する光は円偏光ではなく直線偏光にならざるを得ず、そのため測定に誤差が生じるといった課題があった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様に係る円二色性分光測定装置は、測定対象に右回り円偏光と左回り円偏光を照射し、その透過光または反射光を偏光方向ごとに分光測定する円二色性分光測定装置であって、複数の波長成分を含む光束を発する光源と、前記光束を空間的に分割してそれぞれ右回り円偏光と左回り円偏光に変換する偏光素子と、前記測定対象を透過または反射した右回り円偏光と左回り円偏光をそれぞれ受光して分光測定を行う分光測定ユニットを具備した。
【0010】
前記偏光素子による1次回折光の波長ごとの光路を補正して測定対象に照射する補正部材をさらに具備してもよい。
【0011】
前記円二色性分光測定装置において、前記偏光素子は、格子ベクトル方向に連続的に回転する局所光軸を有する第1の偏光回折格子と、前記第1の偏光回折格子と等しい周期で前記格子ベクトル方向と逆方向に連続的に回転する局所光軸を有する第2の偏光回折格子を、同一平面上に対向して設けたものであってもよい。
【0012】
前記光束は直線偏光であってもよい。
【0013】
前記円二色性分光測定装置において、前記第1の偏光回折格子および前記第2の偏光回折格子における局所光軸の回転の周期は0.2μm以上100μm以下であってもよい。
【0014】
前記円二色性分光測定装置において、前記第1の偏光回折格子および前記第2の偏光回折格子の厚みは0.1μm以上300μm以下であってもよい。
【0015】
前記円二色性分光測定装置において、前記補正部材は前記1次回折光の波長に依存する回折角の差を逆補正する色分散材料により構成されてもよい。
【0016】
前記円二色性分光測定装置において、空間的に分割された右回り円偏光と左回り円偏光の光束が測定対象の内部または反射面において全部または一部が重なるように、前記右回り円偏光の光束または前記左回り円偏光の光路を光束のいずれか一方または両方の光路を変更する集光素子をさらに具備してもよい。
【0017】
本発明の一態様に係る偏光素子は、前記円二色性分光測定装置に用いられる偏光素子であって、格子ベクトル方向に連続的に回転する局所光軸を有する第1の偏光回折格子と、前記第1の偏光回折格子と等しい周期で前記格子ベクトル方向と逆方向に連続的に回転する局所光軸を有する第2の偏光回折格子を、同一平面上に対向して設けたものである。
【0018】
前記偏光素子において、前記第1の偏光回折格子および前記第2の偏光回折格子における局所光軸の回転の周期は0.2μm以上100μm以下であってもよい。
【0019】
前記偏光素子において、前記第1の偏光回折格子および前記第2の偏光回折格子の厚みは0.1μm以上300μm以下であってもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明の一態様によれば、測定対象に右回り円偏光と左回り円偏光を同時にしかも空間分離された状態で照射することができ、さらに右回り円偏光および左回り円偏光それぞれの分光分布を空間的に分離した状態で測定することができる。その結果、高速で正確な円二色性分光測定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の一実施形態の円二色性分光測定装置のブロック図である。
【
図2】本発明の一実施形態における偏光回折格子周辺の動作を示す説明図である。
【
図3】本発明の一実施形態の偏光素子の構成を示す概念図である。
【
図4】局所光軸と複屈折の関係を示す概念図である。
【
図5】本発明の一実施形態の偏光素子の作用を示す説明図である。
【
図6】本発明の一実施形態の円二色性分光測定装置の作用を示す概念図である。
【
図7】本発明の一実施形態における集光素子の作用を示す説明図である。
【
図8】本発明の実施例1の実験結果を示す写真である。
【
図9】本発明の実施例2の実験結果を示す写真である。
【
図10】本発明の実施例2の実験結果を示すグラフである。
【
図11】本発明の実施例3のSEM画像写真である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一態様に係る実施の形態(以下、本実施の形態)について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0023】
図1に、本実施の形態の円二色性分光測定装置のブロック図を示す。光路の特徴をより明確に示すため、偏光素子の格子方向(Y軸)から見たブロック図(同図(a))と、格子ベクトル方向(X軸)方向から見たブロック図(同図(b))を併記する。
【0024】
図1において、1は光源であり、複数の波長成分を含む光束を発するデバイスである。光源1は可視光領域のすべての波長の光を均等に含む白色光源であってもよい。また、一部の帯域においてガウシアンのような波長分布を有する光源であってもよい。また、特定の波長の複数の単色光を合成したものであってもよい。さらに、紫外光や赤外光、さらにはテラヘルツ波等、可視光領域外の光を含む光源であってもよい。また、本実施の形態において、前記光束は直線偏光であるとする。
【0025】
2は偏光素子であり、前記光束に対し、図中X軸方向に波長分散を有する回折光を生じさせ、Y軸方向に右回りと左回りとを分けて円偏光に変換する機能を有する素子である。なお、偏光素子2の詳細な構成と動作については後述する。
【0026】
本実施の形態では、偏光素子2を透過した光束の1次回折光の一方のみが最終的に円二色性分光測定に用いられる。ただ、偏光素子2の回折格子の周期が一定であるため、光束を構成する波長(λ1>λ2>・・>λn)によって回折角が異なる。つまり、長波長ほど回折角が大きくなる。ここで生じる波長分散は後述の分光測定に利用される。その一方で、回折角に差があると分光測定ユニット6a、6bに到達する前に、長波長と短波長で光路にずれが生じる。このずれが大きいと分光分析に誤差が生じるおそれがある。そこで補正部材を用いて波長毎の光路を平行化するなどして、すべての波長の光が 分光測定ユニット6a、6bに到達するようにそれぞれの光路を補正する。
【0027】
補正部材は、回折角の差を逆補正する色分散材料により構成されたプリズム等の光学部材よりなる補正部材3であってもよい。また、偏光素子2と分光測定ユニット6a、6bとの距離が比較的短ければ、
図2に示すような可変スリット構造の補正部材30を用いて部分的に光路を揃えてもよい。つまりスリット幅を狭めれば波長分解能は得られるが、長波長および短波長側の回折光がある程度拡がると周辺にケラレが発生することがある。最悪、波長分布精度が低下する。スリット幅を拡げれば、中央部に各波長の光が重なる(白色化する)部分ができ、ケラレによる影響を軽減することができる。しかし一方で波長分解能は低下する。このように波長分解能と波長分布精度はトレードオフの関係にあるので、測定対象の性質に応じてスリット幅の最適値を適宜調整できるようにしてもよい。さらに、補正部材は、前記プリズム等を併用する構成であってもよい。
【0028】
補正部材3によって光路が揃えられた光束は、試料ホルダ4に保持された測定対象40に照射される。
図1において、測定対象40を透過した光束は分離ユニット5によって右回り円偏光の光束と左回り円偏光の光束に分離され、それぞれが分光測定ユニット6a、6bに到達する。分光測定ユニット6a、6bはそれぞれの偏光に含まれるスペクトルを分析するマルチチャネル分光計であってもよい。
【0029】
分光測定ユニット6aには波長λ1~λnで分散が発生した右回り円偏光が、分光測定ユニット6bには同様に分散が発生した左回り円偏光が、それぞれ入射する。分光測定ユニット6a、6bはそれぞれの円偏光におけるスペクトルを測定し、コンピュータ7にその情報を転送する。コンピュータ7は、これらの情報から左右の円偏光に対する吸光度の差の波長分散を明らかにし、円二色性を算出する。
【0030】
以下に具体的な算出手段を示す。まず、試料ホルダ4に測定対象40を収めない状態で、右回り円偏光のスペクトル強度I
R(λ)と左回り円偏光のスペクトル強度I
L(λ)を測定する。これをバックグラウンドスペクトル強度と呼ぶ。次に、測定対象40を試料ホルダ4に収め、右回り円偏光の透過スペクトル強度I
R’(λ)と左回り円偏光の透過スペクトル強度I
L’(λ)を測定する。これら4つのスペクトルが測定されれば、右回り円偏光および左回り円偏光の吸光度A
R(λ)およびA
L(λ)はそれぞれ以下の計算式により計算される。
【数1】
【0031】
円二色性スペクトル測定においては、この左右円偏光の吸光度の差を楕円率角θで表すのが一般的である。すなわち、上式で求めた左右円偏光の吸光度から楕円率角θを、各波長λ(=λ
1、λ
2・・・λ
n)において、下記の式を用いて計算することで、円二色性スペクトルを導出することができる。
【数2】
【0032】
コンピュータ7は、分光測定ユニット6a、6bの出力を受け、予め設定したスペクトル更新時間毎に、予め設定した左右円偏光のスペクトル強度積分時間だけ分光測定を行う。この測定により得られた積算スペクトル強度から、予め測定および保存されていたバックグラウンドスペクトル強度を用いて、円二色性スペクトルを算出する。その結果をモニターに表示し、さらにデータを保存する。以上の処理により、逐次的に円二色性スペクトルの変化を高速に測定して記録することができる。
【0033】
なお、光源1の出力の時間的揺らぎを補正するために、光源1から放射される光を二分し、一方を分光測定に用い、もう一方を時間的揺らぎの補正を行う参照光として用いる、いわゆる「ダブルビーム方式」を適用することもできる。この場合、後述の
図5において使用していない反対側の回折光(+1次光)を参照光として用いることで、精度の高い高速測定を実施できる。
【0034】
ここで、本実施の形態における偏光素子2の構成と作用について詳しく説明する。
図3に本実施の形態における偏光素子2の構成を示す。
図3において、偏光素子2は、X軸(格子ベクトルk)方向に連続的に回転する局所光軸20aを有する(第1の)偏光回折格子2aと、偏光回折格子2aと等しい周期でX軸逆方向(格子ベクトルxk方向)に連続的に回転する局所光軸20bを有する(第2の)偏光回折格子2bとが、同一平面上に対向して設けられたものである。いずれの偏光回折格子においても局所光軸が360°回転する距離が回折格子の間隔に相当する。ここで、
図3において楕円で示された局所光軸20a、20bは、屈折率の一軸異方性を表しており、この楕円の長軸は遅相軸を、短軸は進相軸をそれぞれ意味する。
【0035】
一般に、互いに逆回りの円偏光の干渉電界は、大きさの等しい直線偏光の偏光方位角が連続的に回転した周期性を有する。光配向性の液晶薄膜の表面上にこのような干渉電界が生じたとすると、この電界分布に沿って局所光軸が配向する。このとき、大きさが同じで複屈折(Δn)の向きが格子ベクトル(k)方向に連続的に回転した回折格子となる。このような回折格子は直交円偏光による偏光ホログラムとして知られている。
【0036】
この格子内の屈折率変調(Δn)を
図4のように成分分解すると、左右円偏光に対するブレーズド格子が対向して重畳していることと等価であると考えられる。従って、
図5に示すように、入射光に含まれる左右の円偏光成分が、±1次回折光にそれぞれ分離して回折される特性(偏光分離特性)を有している。直線偏光は振幅が等しい左右円偏光の足し合わせであると考えられるので、この直線偏光を入射した場合、±1次回折光とも等しい効率で正確な左右円偏光が同時に生じる。
【0037】
この回折特性を結合波理論に基づいて説明すると次のようになる。すなわち、入射光の回転電界成分(円偏光成分)が、回折格子を形成する周期的に回転した複屈折変調(局所光軸の変調)に結合するため、±1次回折光は純粋な左右円偏光成分のみがそれぞれ回折したものとなり、非調和成分は高次光として回折される。このような理由から、この±1次回折光を円二色性スペクトルの測定に適用している。しかしながら、±1次回折光は空間的に離れているため、左右円偏光を同一スポット内に得ることはできない。
【0038】
そこで本実施の形態においては、
図3に示すように、互いに逆方向の格子ベクトルを有する偏光回折格子2a、2bを対向して配置することにより、この課題を解決している。すなわち、
図5に示されるように、回折角の波長分散(λ
1~λ
n)はそれぞれの偏光回折格子において格子ベクトルに沿って平行(X軸方向)に生じる。このとき、偏光方向で分離されている垂直(Y軸)方向には影響を与えない。結果として、分光された左右円偏光を4象限同時に生成できる。この光を測定対象40に照射し、出射光を後分光することで、先述のように円二色性スペクトルを得ることができる。
【0039】
偏光回折格子2a、2bは、複屈折を有する回折格子であれば特に限定されない。実施例3で示すようなパターンのナノインプリントを施した樹脂によって構成された構造複屈折を利用したものであってもよい。また、ガラス、石英、サファイア等を光学基板として、これに微細加工を施して構造複屈折を発現させたものであってもよい。また、高分子が配向することで生じる複屈折を用いたものであってもよい。好ましくは液晶分子の配向分布を利用したものであってもよい。
【0040】
以上、本実施の形態において、特殊な偏光回折格子2a、2bの格子ベクトル(k)を
図3のように対向させて配置することで、波長毎に展開された左右円偏光を同時に空間的に展開することが可能となる。なお、空間展開した光束を実際に観測した実験結果は後述の実施例1に示す。
【0041】
回折格子の周期は0.2μm以上100μm以下であるのが好ましい。先述のように、偏光回折格子2aおよび偏光回折格子2bにおける局所光軸(液晶分子等)の回転の周期(360°回転)は回折格子の周期(Λ)に相当する。回折格子の周期が長いと回折角が小さくなり、分光分析の精度が落ちる。逆に短いと、長波長側が回折限界を超えることがある。
【0042】
偏光回折格子2aおよび偏光回折格子2bの厚みは、回折効率すなわち1次光の強度に関係する。しかし厚すぎると光束の透過率に影響する。厚みとしては、0.1μm以上300μm以下であることが好ましい。
【0043】
図6に、分光測定ユニット6a、6bに到達する光束の概念図を示す。分光測定ユニット6aには偏光回折格子2aで回折された波長λ
1~λ
nの光束が分散して入射する。また、分光測定ユニット6bには偏光回折格子2bで回折された波長λ
1~λ
nの光束が分散して入射する。
【0044】
以上、本実施の形態によれば、偏光回折格子2aおよび偏光回折格子2bで構成される偏光素子2を用いることで測定対象40に右回り円偏光と左回り円偏光を同時にしかも空間分離された状態で照射することができ、さらに右回り円偏光および左回り円偏光それぞれの分光分布を空間的に分離した状態で測定することができる。その結果、高速で正確な円二色性分光測定が可能となる。
【0045】
なお、本実施の形態において、分光の光路の補正のために補正部材3または補正部材30を用いたが、装置全体の仕様によっては、これらを省略してもよい。例えば、偏光回折格子2自体も、後述の実施例1(
図8)に示す様に、ある程度の分光能力を有しているため、対象物の均質性が高く白色スポット化が不要で且つ波長分解能が多少低くてもよい場合には、積極的にこの偏光回折格子による波長分散作用を利用することができる。このとき補正部材は用いなくてもよい。また、分光測定ユニット6a、6bはCCD撮像素子のような民生機器用の部品でもよく、装置のコストを大幅に低減することができる。
【0046】
また、本実施の形態において、測定対象40は溶液や懸濁液等の透過性の液体やゲルであってもよい。このとき試料ホルダ4は透明な石英や樹脂で形成された容器であってもよい。測定対象40が固体の場合あるいは金属薄膜等のように鏡面を有する場合は、試料ホルダ4はクランプ機能を有した機構部品であってもよい。
【0047】
さらに、
図7に示すように、右回り円偏光と左回り円偏光の光束が、測定対象40の内部で重なるように、集光素子31を設けてもよい。本実施の形態においては、集光素子30は屋根型のプリズムにより構成されている。この集光素子31をプリズムの稜線が両偏光の分割線と一致するように配置すれば、右回り円偏光の光束は図面上で下側に、左回り円偏光の光束は上側に、それぞれ屈折し、これらの円偏光は測定対象の位置でほぼ重なり合う。その結果、サイズの小さい測定対象や、均一性が低い測定対象に対する測定の精度を高めることができる。一旦重なり合った両偏光の光束は測定対象40を離れた後、再び発散し、分離ユニット5によってそれぞれの円偏光に分けられる。両偏光の重なり方であるが、全部が重なり合ってもよく、一部が重なり合ってもよい。また、
図7のように両円偏光を互いに反対方向に屈折させてもよいが、一方を直進させてもよい。
【0048】
以下、本発明の実施例について説明する。
(実施例1)
本実施例では、試作した偏光素子による回折光を実際に測定した実験と結果について説明する。本実施例において、偏光素子は、縦×横×厚みが12mm×24mm×250μmの液晶板2枚から試作されたものである。それぞれの液晶板に格子ベクトルが互いに逆方向となるように液晶分子配向分布を持たせ偏光回折格子とした。これらの偏光回折格子を、格子ベクトルが互いに対向した配置で、同一平面上で貼り合わせて偏光素子とした。各偏光回折格子において、格子周期(液晶分子の360°回転周期)は2.5μmとした。光源はオーシャンオプティクス社製の白色光源(品番DH-2000-BAL)を用いた。この白色光を、試作した偏光素子に照射し、その透過光をCCDカメラで撮影した。結果を
図8に示す。
【0049】
図8(a)は偏光素子によって生じた回折光を撮影したものである。中心に0次光が、右にそれぞれ色分散を有する1次回折光(+1次光と-1次光)が確認される。この写真からは偏光の違いは分からないので、さらに偏光フィルターを通して回折光を撮影した。結果を同図(b)に示す。左側の回折光(-1次光)に着目すると、右回り円偏光が上半分に、左回りの円偏光が下半分に分割されていることが確認された。
【0050】
(実施例2)
本実施例では、本実施の形態の円二色性分光測定装置の時間応答性について検証を行った実験と、その結果について説明する。本実施の形態において、光源および偏光素子は実施例1と同じ構成のものを用いた。1次回折光(-1次光)の右回り円偏光と左回り円偏光にそれぞれ対応する分光測定ユニット(6a、6b)にはオーシャンオプティクス社製のマルチチャネル分光計(品番FLAME-S-UV-VIS-ES)を使用した。
【0051】
測定対象として520nmから560nmの波長帯に選択的円偏光反射を生じるカイラルネマチック液晶セルを用いた。この液晶セルを試料ホルダ4に固定し、ヒーター付きのファンで約40℃の熱風を吹き付けながら加熱した。加熱前後の外観写真を
図9に示す。当初緑色に目視できた液晶セルは加熱後に脱色した。加熱中、300msec間隔で実施例1の装置を用いて円二色性(CD)分光特性を測定した。これを間引いて、4.2sec毎のスペクトルの変化をグラフ化した。1回の測定に要する時間は20sec程度であった。測定結果を
図10に示す。なお、同図において、横軸は波長を、縦軸は円二色性(CD)値を示す。なお、スペクトルの時間変化を分かりやすく示すため、縦軸は任意単位(arb unit)としている。
【0052】
約20secの間に、計6回のCD分光特性を図ることができたが、
図10より明らかなように、この間CDスペクトル特性は大きく変化している。言い換えれば、本実施の形態の円二色性分光測定装置を用いれば、このように急激に変化する円二色性(CD)分光特性がリアルタイムで測定できることが実証された。
【0053】
(実施例3)
図11に、構造複屈折を有する偏光回折格子(格子間隔6.4μm)のナノインプリント用SiマスターモールドのSEM画像写真を示す。左側の写真の倍率は5000であり、右側の写真の倍率は60000である。左側の写真は、局所光軸が互いに逆方向に回転する偏光回折格子(2a、2bに相当)の境界付近を撮影したものである。右側の拡大画像において、おおむね200nmピッチの溝が形成されていることが確認された。このマスターモールドに形成されたパターンを樹脂材料に転写すれば、偏光回折格子を多数複製することができる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明を用いれば、円二色性分光特性を迅速かつ正確に測定することでキラル分子の光学活性をリアルタイムで分析することができる。この機能は、アルツハイマー病やパーキンソン病等のコンフォーメーション病と呼ばれるたんぱく質変性に基づく神経疾患の診断や治療に活用することができる。
【符号の説明】
【0055】
1 光源
2 偏光素子
2a、2b 偏光回折格子
20a、20b 局所光軸
3 補正部材
30 補正部材(可変スリット構造)
31 集光素子
4 試料ホルダ
40 測定対象
5 分離ユニット
6a、6b 分光測定ユニット
7 コンピュータ