(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022189300
(43)【公開日】2022-12-22
(54)【発明の名称】溶鉄への加炭方法
(51)【国際特許分類】
C21C 7/00 20060101AFI20221215BHJP
C21C 5/52 20060101ALI20221215BHJP
【FI】
C21C7/00 101A
C21C5/52
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021097811
(22)【出願日】2021-06-11
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】宗岡 均
(72)【発明者】
【氏名】坂元 基紘
(72)【発明者】
【氏名】田村 鉄平
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 強
【テーマコード(参考)】
4K013
4K014
【Fターム(参考)】
4K013BA17
4K013CA01
4K013CC02
4K013CD02
4K013CF13
4K014CB01
4K014CB05
(57)【要約】
【課題】加炭材としての炭素材料中の灰分含有量が12質量%以上であっても、高い加炭速度を実現することができる、溶鉄への加炭方法を提供する。
【解決手段】電気炉または取鍋において、ガス吹き込み攪拌を行いつつ、固体炭素材料(炭材)を溶鉄の上方から添加して加炭を行う方法において、灰分含有量ASHが12質量%以上となる炭素材料を使用し、ガス吹き込みによる攪拌動力密度ε(kW/m
3)として、溶鉄温度T(℃)が炭材中灰分の溶融点温度Tm(℃)以下の場合は下記式(1)、以上の場合は下記(2)式を満たす攪拌動力密度εを採用する。
ε>(0.178×ASH-1.696)×{(Tm-T)/(Tm-1400)×0.75+0.25} 式(1)
ε>(0.178×ASH-1.696)×0.25 式(2)
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気炉または取鍋において、ガス吹き込み攪拌を行いつつ、固体炭素材料(以下「炭材」ともいう。)を溶鉄の上方から添加して加炭を行う方法において、灰分含有量ASHが12質量%以上となる炭素材料を使用し、ガス吹き込みについては、下記式(3)により算出される攪拌動力密度εを、
溶鉄温度Tが炭材中灰分の溶融点温度Tm以下の場合は下記式(1)を満たす攪拌動力密度εとし、溶鉄温度Tが炭材中灰分の溶融点温度Tm以上の場合は下記式(2)を満たす攪拌動力密度εとすることを特徴とする、溶鉄への加炭方法。
ε>(0.178×ASH-1.696)×{(Tm-T)/(Tm-1400)×0.75+0.25} 式(1)
ε>(0.178×ASH-1.696)×0.25 式(2)
ただし、ε:攪拌動力密度(kW/m3)、ASH:炭材中灰分含有量(質量%)、Tm:炭材中灰分の溶融点温度(℃)である。
ε=371×Q×(T+273)/V×{ln(1+ρ×g×L/P)+1-(Tn+273)/(T+273)} 式(3)
ただし、Q:底吹きガス合計流量(Nm3/s)、T:溶鉄温度(℃)、V:溶鉄体積(m3)、ρ:溶鉄密度(kg/m3)、g:重力加速度(m/s2)、L:吹き込みガスの浮上高さ(m)、P:雰囲気の圧力(Pa)、Tn:吹込みガス温度(℃)である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気炉または取鍋において固体炭素材料を溶鉄の上方から添加して加炭を行う際に、加炭を効率よく行うための、溶鉄への加炭方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電気炉では鉄スクラップ、冷銑、直接還元鉄などの冷鉄源を溶解精錬して、建材などに使われる鋼材を生産している。このアーク炉の主なエネルギー源はアーク熱であるが、溶解精錬の促進と高価な電気エネルギー節減とを目的として、酸素ガス(鉄の酸化溶解用)、気体燃料、液体燃料、粉コークスなどの補助熱源が使用されている。また、溶鉄中に固体炭素材料を加炭材として添加して溶鉄を加炭し、溶鉄中の炭素を酸素ガスで燃焼して補助熱源とすることが行われている。加炭材として人造黒鉛質、土状黒鉛、各種コークス、無煙炭、木材やこれらを原料として生成された加炭材が使用されてきた。
【0003】
例えば、特許文献1では、灰分12質量%未満の土状黒鉛を焼成することによって得られる製鉄、製鋼用加炭材の技術が開示されており、特許文献2には土状黒鉛を添加することを特徴とする加炭技術が開示されており、特許文献3にはコークス代替としてココナツヤシまたはアブラヤシのヤシガラを乾留して得られる加炭材の技術が開示されている。また、特許文献4では脱リン処理中の加炭技術としてバイオマス由来の炭素源を添加する技術が開示されている。また、溶融還元法では一般に鉄鉱石や酸化性ガスと共に多量の石炭を投入し鉄鉱石の還元を行う。取鍋で高炭素鋼の製造のために補助的な加炭を行うことがある。
【0004】
電気炉において冷鉄源として鉄スクラップを使用時、カーボンインジェクションおよび酸素富化操業を行うことが一般的であり、粉粒状の加炭材は吹き込みガスに搬送されて溶鉄中に吹き込まれる。これに対し、加炭材を炉の上方より重力落下で投入できれば、気体搬送に関連する設備を省くことができるほか、加炭材の制限が緩和され、コストが低減する。また、冷鉄源としてスクラップ以外に直接還元鉄を使用する場合であって、金属化率の低い低品位な直接還元鉄を利用する場合には、熱源としての炭素源以外に還元のための炭素源も必要となり、多量の加炭が必要となる。さらに、低N高級鋼の製造のためには、脱炭時の脱Nを行うために加炭が必要となり、炭素材料を上方投入で高速で多量に加炭することができれば、高級鋼の製造を安価に行うことが期待される。
【0005】
一般的に、灰分が多く混じった炭素材料の価格は低廉であるが、炭素材料中の灰分は多くの利用方法において好ましからざるものであり、灰分含有量が高い場合には加炭速度が著しく遅くなることが一部文献において報告されている。ここで加炭速度とは、炭素源を炉内に添加した状態において、溶鉄中の炭素濃度が上昇する速度を意味する。例えば、特許文献1では、灰分12質量%未満の土状黒鉛では人造黒鉛質と同等の加炭性(加炭速度)が実現されるものの、それを上回る灰分量の加炭材では著しく遅くなることが示されており、灰分から生成される成分が炭素質にコーティングするためと考えられている。また、特許文献4では灰分含有量が高いほど加炭速度が低下することが示され、9%以下の灰分含有量であるバイオマス由来の加炭材に関する技術が開示されている。一方で、加炭速度を評価する際に灰分の影響について言及のない文献が多く、知見が充分に蓄積されているとは言えない。さらに、加炭速度と灰分濃度の関係について、攪拌強度や溶鉄温度や灰分の性状の影響に着目した文献は見当たらない。
【0006】
電気炉における製鋼プロセスでは、通電時に底吹きガス攪拌を実施することは一般的であるが、溶解時の温度分布是正等が主目的であり、その攪拌動力密度は0.05kw/トン(約0.4kW/m3)を超えることは一般的でない。さらに、スクラップや直接還元鉄などの冷鉄源の溶解では多量の加炭が必要とされず、加炭時に攪拌強化が主たる問題とはこれまでなっていない。特許文献5では、アーク式電気炉における底吹きガス攪拌の攪拌方法について、安定操業のためには攪拌動力密度は0.1kW/トン以上1kW/トン以下とすることが開示されており、1kW/トン以上においては操業安定性が格段に低下することが知見されている。また、取鍋ではガス攪拌による攪拌強度の上限は0.4kW/トン程度以下であり、例えば特許文献6では適切な攪拌動力密度の範囲として0.18kW/トン以上0.37kW/トン以下であることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭55-38975号公報
【特許文献2】特開平1-247527号公報
【特許文献3】特開2009-46726号公報
【特許文献4】特開2013-72111号公報
【特許文献5】特開2016-151036号公報
【特許文献6】特許第5803824号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】日本鉄鋼協会・第100・101回西山記念技術講座「攪拌を利用した最近の製鋼技術の動向」1984年、P.71
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
溶鉄への加炭材として、灰分を多く含み安価な炭素材料を使用すると、前述のように、加炭速度の低下が引き起こされる可能性がある。さらに、炭材を重力落下により上方投入する場合、インジェクションや底吹きによる粉体供給と異なり、溶鉄と加炭材の接触面積が小さく、加炭速度が遅くなり、溶解する前にスラグに取り込まれたり飛散したりするなどして加炭効率が低減する。これに対して、高灰分の炭素材料を利用する際の効率(加炭速度)を従来の知見以上に上昇させることができれば、安価な炭素材料を高効率で用いることができるので好ましい。そのためには、加炭材中の灰分による炭素質の表面の膜を除去し、加炭を促進する方策が必要である。
【0010】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、攪拌強度を適切に管理することで炭材の灰分から生成される成分が炭素質にコーティングすることを防ぎ、高灰分の炭素材料をより効率よく使用することのできる、溶鉄への加炭方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、攪拌強度を従来の電気炉や取鍋で一般的に行われてきた以上に強化することにより炭素質の表面の灰分膜の影響を無害化できることを見出した。また、この灰分膜の無害化は高灰分の石炭においても有効であり、例えば特許文献1で加炭速度の低下が起きる基準として開示されているASH(灰分含有量)=12%を上回る石炭においても有効であることを知見した。さらに、加炭速度向上に必要な攪拌強度が温度に依存することを知見し、灰分の性状によって定まる溶融点温度および軟化温度との関係性を見出した。
【0012】
本発明はこれらの知見に基づくものであって、その要旨は、以下のとおりである。
電気炉または取鍋において、ガス吹き込み攪拌を行いつつ、固体炭素材料(以下「炭材」ともいう。)を溶鉄の上方から添加して加炭を行う方法において、灰分含有量ASHが12質量%以上となる炭素材料を使用し、ガス吹き込みについては、下記式(3)により算出される攪拌動力密度εを、
溶鉄温度Tが炭材中灰分の溶融点温度Tm以下の場合は下記式(1)を満たす攪拌動力密度εとし、溶鉄温度Tが炭材中灰分の溶融点温度Tm以上の場合は下記式(2)を満たす攪拌動力密度εとすることを特徴とする、溶鉄への加炭方法。
ε>(0.178×ASH-1.696)×{(Tm-T)/(Tm-1400)×0.75+0.25} 式(1)
ε>(0.178×ASH-1.696)×0.25 式(2)
ただし、ε:攪拌動力密度(kW/m3)、ASH:炭材中灰分含有量(質量%)、Tm:炭材中灰分の溶融点温度(℃)である。
ε=371×Q×(T+273)/V×{ln(1+ρ×g×L/P)+1-(Tn+273)/(T+273)} 式(3)
ただし、Q:底吹きガス合計流量(Nm3/s)、T:溶鉄温度(℃)、V:溶鉄体積(m3)、ρ:溶鉄密度(kg/m3)、g:重力加速度(m/s2)、L:吹き込みガスの浮上高さ(m)、P:雰囲気の圧力(Pa)、Tn:吹込みガス温度(℃)である。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、灰分を12質量%以上含み、通常では加炭速度が遅くなるような炭素材料を上方投入により溶解する際に、高い加炭速度を実現し、極めて効率よく加炭することが可能となった。これにより、低コストな操業方法において低品位の加炭材のさらなる利用促進が可能となり、加炭材コストを著しく削減できるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の加炭方法について、アーク式電気炉を用いて炭素材料を上方投入により加炭するプロセスを説明するための図である。
【
図2】複数の灰分割合の炭素材料を用いて加炭する際の攪拌動力密度と反応速度定数との関係を示す図である。
【
図3】加炭反応速度が急上昇する攪拌動力密度ε
aと炭材中灰分濃度の関係を示す図である。
【
図4】加炭反応速度が急上昇する攪拌動力密度ε
aと溶鉄温度の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施の形態を、
図1を参照しながら説明する。
図1に示す底吹き羽口4付きの交流電気炉1において、電極2とは別のランス3を用いて溶鉄5の上方から炭素材料を供給し、底吹きガス攪拌を行う。
【0016】
電気炉又は取鍋に収容された溶鉄中に炭素材料を投入した後、炭素材料の温度が上昇し、炭素材料の表面から炭素質が溶解する一方、溶け残った灰分が炭素質の表面に灰分膜を形成し、炭素質と溶鉄の接触を妨害する作用があると考えられている。この際に、底吹きガス攪拌による攪拌動力密度を上昇させることによって、灰分膜を洗い流す効果と、炭材の膜の隙間から溶鉄をしみこませて炭素質を溶解し、表面に形成された灰分膜を瓦解させる効果と、単純に炭材を回転させて他の覆われていない面を露出させる効果が期待される。
【0017】
本発明の実験で用いた加炭材について、表1にまとめて性状を示す。
【0018】
【0019】
まず、本発明者らは、2kg規模の小型溶解炉を用い、底吹きガス攪拌の底吹き流量を制御し、所定の溶鉄温度を保持しながら加炭材を添加し、加炭材添加後の加炭速度の測定試験を行った。小型溶解炉内で電解鉄を溶解後、表1に示す炭素材料を上方より投下し、底吹きガス攪拌を行い、適当な時間ごとにサンプリングを行い、溶鉄中炭素濃度の時間変化を求めた。加炭速度の挙動は、飽和C濃度と溶鉄中C濃度の差を駆動力とする一次反応であると仮定し、以下の式(4)におけるkが一定値(反応速度定数k)となるものとして、反応速度定数k(cm/s)を算出した。溶解する溶鉄温度としては、使用する加炭材の軟化温度Tsにほぼ等しい温度として、1400℃を選択した。ここで、C
S、Ct、C
0はいずれも溶鉄中のC濃度(質量%)であり、C
Sは飽和C濃度、Ctは時刻t(s)におけるC濃度、C
0は時刻t=0のC濃度を意味する。また、Aは反応界面積(cm
2)、Vは溶鉄体積(cm
3)である。小型溶解炉の試験において、Aは小型溶解炉における溶鉄表面積を意味する。
(V/A)ln((C
S-C
0)/(C
S-Ct))=k×t 式(4)
底吹きガス攪拌については、下記(3)式によって攪拌動力密度ε(kW/m
3)を算出し、
図2の横軸に示す範囲でεを変化させ、それぞれのεにおける反応速度定数kを計測した。2種類の石炭(表1の石炭B、石炭C)を用いて実験を行った。
ε=371×Q×(T+273)/V×{ln(1+ρ×g×L/P)+1-(Tn+273)/(T+273)} 式(3)
ただし、Q:底吹きガス合計流量(Nm
3/s)、T:溶鉄温度(℃)、V:溶鉄体積(m
3)、ρ:溶鉄密度(kg/m
3)、g:重力加速度(m/s
2)、L:吹き込みガスの浮上高さ(m)、P:雰囲気の圧力(Pa)、Tn:吹込みガス温度(℃)である。小型溶解炉の試験において、Lは小型溶解炉の溶鉄深さを意味する。
【0020】
結果を
図2に示す。なお、
図2において縦軸は、反応速度定数kの単位をcm/sにした場合の常用対数の値である。
図2は、加炭材として2種の石炭(石炭B、石炭C)を用いた場合について、溶鉄温度Tを1400℃としたときに、反応速度定数kと攪拌動力密度εの関係を示した図である。石炭Bと石炭Cの両者ともに、攪拌動力密度εが小さいときにはlog(k)が-1.5未満の小さい値であるが、加炭材毎に異なるある攪拌動力密度を境として反応速度定数が急激かつ臨界的に上昇し、log(k)が-1以上の大きな値となることが知見された。そこで、反応速度定数が臨界的に上昇する際の攪拌動力密度を示す指標として、log(k)が-1.5を超えるεをε
aとして定めた。
【0021】
石炭Bの灰分含有量ASH=12.1%、石炭CのASH=18.09%であることから、
図2より、ε
aより高い攪拌動力密度では、高ASHの石炭Cでも低ASHの石炭Bと同等のkが得られることがわかる。さらに、ε
aは低ASH石炭においては低く、高ASH石炭においては高いことが知見された。
【0022】
そこで、種々の灰分濃度ASH[%]を有する炭素材料を用いて、kが急激に変化する攪拌動力密度ε
aとの関係を調査した。炭素材料は、表1に示す黒鉛材料、石炭A、石炭B、石炭C、および石炭BとCの2種類の混合比の混合炭を使用し、粒径は篩分けにより1.0±0.4mmに揃えた。溶鉄温度は1400℃であり、各炭素材料の軟化点温度との差は50℃以内であった。結果を
図3に示す。灰分濃度ASHが10%未満では、実験した最も低い攪拌動力密度εでもlog(k)が-1.5以上であり、ε
aが存在しなかった。それに対し、灰分濃度が10%程度以上でε
aが存在し、ε
a[kW/m
3]はASH[%]の増大とともにほぼ直線的に変化し、関係を表す式は以下の式(5A)で得られた。
ε
a=(0.178×ASH-1.696) 式(5A)
ε
a1400=(0.178×ASH-1.696) 式(5)
【0023】
以上の実験は、加炭材の軟化温度Tsにほぼ等しい温度として溶鉄温度を1400℃に設定して、ε
aを評価する実験を行った。溶鉄温度を1400℃としたときのε
aであることから、当該ε
aをε
a1400とし、上記式(5)とする。次に、溶鉄温度を種々変更し、ε
aに及ぼす影響について調査した。
図4は、石炭Bおよび石炭Cについて溶鉄温度とε
aの関係を示した図である。石炭B中の灰分の溶融点温度Tmは1575℃、石炭C中の灰分の溶融点温度Tmは1560℃である。石炭B、石炭Cいずれも、溶鉄温度が上昇するにつれてε
aが直線的に低下し、それぞれの炭素材料中の灰分の溶融点温度Tmにおけるε
aは、溶鉄温度が1400℃におけるε
a1400に比較して1/4に減少した。そして、溶鉄温度が溶融点温度Tm以上では温度に依存せずに一定となることを知見した。
【0024】
石炭Bおよび石炭Cともに、溶鉄温度Tが灰分の溶融点温度Tm以下においては、溶鉄温度が1400℃におけるεがεa1400、灰分の溶融点温度Tmでのεがεa1400/4、そして温度によってεが直線的に変化することから、εaのT依存性は以下の式(1A)で表される。また、溶鉄温度が灰分の溶融点温度Tm以上におけるεaはεa1400/4で一定であるから、以下の式(2A)で表されることを知見した。灰分膜の無害化のされやすさは灰分膜の軟化の度合いが大きいほど大きく、溶融点以上の温度では大きく変化しなくなるため、このような温度依存性を持つと考えられる。
εa=εa1400×{(Tm-T)/(Tm-1400)×0.75+0.25}
=(0.178×ASH-1.696)×{(Tm-T)/(Tm-1400)×0.75+0.25} 式(1A)
εa=εa1400×0.25
=(0.178×ASH-1.696)×0.25 式(2A)
【0025】
そして、攪拌動力密度εがεaよりも大きいときに、高い反応速度定数kが得られるのであるから、ε>εaとすることにより、本発明の効果が発揮される。即ち、溶鉄温度Tが灰分の溶融点温度Tm以下においては下記式(1)に基づいて、溶鉄温度Tが灰分の溶融点温度Tm温度以上においては下記式(2)に基づいて、それぞれ攪拌動力密度εを定めることにより、加炭材の灰分含有量ASHが12%以上であっても、良好な加炭速度を実現できることが判明した。
ε>(0.178×ASH-1.696)×{(Tm-T)/(Tm-1400)×0.75+0.25} 式(1)
ε>(0.178×ASH-1.696)×0.25 式(2)
【0026】
特許文献1で灰分12%未満の加炭材製造技術が開示されており、灰分割合が12%以上の場合は反応速度が遅くなる知見が得られている。同文献に攪拌動力密度および炭素材料の灰分の溶融点等に関する情報はないものの、典型的な灰分組成の場合の値を仮定すると、上記式(1A)において灰分12%で必要攪拌動力密度εaはおよそ0.4kW/m3となり、このような攪拌動力密度は一般的な攪拌条件で得られることから、上記式(1)の基準を上回ったため、特許文献1の灰分12%未満では必要な反応速度が得られていたと考えられる。これに対し、12%以上の灰分濃度では、上記(1A)式で算出される必要攪拌動力密度εaが実験時の基準を上回ったため、反応速度が低下したと考えられる。
【0027】
電気炉において底吹きガス攪拌を適用する場合、通常の攪拌動力密度は大きくても0.4kW/m3程度である。通常のガス攪拌より攪拌動力密度を大きくすることによりはじめて、本発明の上記効果が発現し、12%以上の高い灰分濃度の石炭を加炭材として用いた場合でも、12%未満の低い灰分濃度の石炭と同等の加炭速度までの高速化が実現される。
【0028】
本発明は、加炭を行う精錬容器として電気炉又は取鍋に限定している。それに対して、特許文献2や特許文献4では転炉型精錬設備を用いて強攪拌条件で実施しており、本発明とは対象が異なる。
また、前記式(4)で規定する反応速度定数kは、溶鉄の飽和C濃度(CS)と時刻tにおけるC濃度(Ct)の差を駆動力とする一次反応の反応速度定数であり、溶鉄C濃度に依らないが、反応速度(dC/dt)で考えるとC濃度に依存する。
【0029】
なお、加炭材中の水分、灰分(ASH)、揮発分、固定炭素分はJIS M 8812によって定義されるものであり、具体的には下記の方法によって測定されるものである。
水分:250μm以下の粒径に粉砕した試料5gを107±2℃で恒量になるまで乾燥した時の減量。
灰分(ASH):試料1gを815±10℃で加熱灰化したときの残渣。試料1gに対しての割合(質量%)。
揮発分:試料1gを蓋つき白金坩堝に入れ、900±20℃で7分間空気を遮断して加熱した時の減量から水分を除いたもの。
固定炭素分:固定炭素分[質量%]=100-(水分[質量%]+灰分[質量%]+揮発分[質量%])。
【0030】
加炭材中の灰分の軟化点温度、溶融点温度はJIS M 8801によって定義されるものであり、具体的には下記の方法によって測定されるものである。試料を灰化して微小試料粒を作製し、高さ8mm,底辺の長さは2辺が2.7mm,他の1辺が3mm,りょう面の一つが,3mmの底辺において底面に直立する三角すいの試験すい試料を製作し,所定の電気炉で規定の条件のもとに連続的に加熱し,試験すい形状に特定の変化が起こったときの温度をもって,灰の溶融性を表す。
軟化点:試験すいの頂部が溶けて丸くなり始めた温度。
溶融点:試験すいが溶融して,その高さが底部の見掛け上の幅のほぼ1/2に等しくなったときの温度。
なお、雰囲気として酸化性および還元性の2種類が存在するが、適用する電気炉又は取鍋内のガス状況に対応した雰囲気で測定を行った値を採用し、仮に炉内の雰囲気が不明の場合は還元性雰囲気における測定値を採用する。
【0031】
加炭材としての炭素材料の粒径は、溶鉄との接触面積を確保し、反応速度を確保するため、20mm以下とすることが望ましい。ただし、揮発分を例えば10%以上と多く含む石炭を使用する際は、溶鉄との接触までの加熱により揮発分が揮発し、粉々となるため、粒径は20mm以下に限らず、100mmのものまで使用可能である。また、炭素材料を上方添加する際に小粒径では溶鉄に到達せず、排ガスと共に炉外に排出されてロスとなるため、炭素材料の粒径の下限は0.2mmとすることが望ましい。
【0032】
加炭材としての炭素材料のASH(灰分含有量)の上限は特に限定するものではないが、安定操業を実施する観点から、電気炉においては攪拌動力密度は最大でも1kW/m3程度であることを踏まえて、現実的な最大ASHが決定される。現実的な最大ASHの値は灰分の組成に依存する溶融点温度と、溶鉄温度の関係性により変化し、本発明の請求範囲のεで灰分膜の無害化を達成することができる灰分濃度は、溶鉄温度が軟化点温度に等しい場合はASH≦16%、溶鉄温度が溶融点温度以上においてはASH≦30%となる。
【0033】
溶鉄温度は操業性の観点から1300℃以上1650℃以下が望ましいが、アークスポットや上吹き酸素ランスによる火点等の局所的高温場があっても良い。本発明における溶鉄温度としては、原理上は反応部の温度を使用すべきであるが、実際には温度分布の測定性や一様性に課題があるため、全体の平均溶鉄温度を代用しても良い。
【0034】
溶鉄中S濃度[S]は脱S時の操業性の観点から最大0.5%以下とするのが望ましい。
【0035】
底吹きガス種は問わず、炭素材料の供給時にガス搬送を行うかも問わない。炭素材料投入時に溶け残りの冷鉄源が存在しても良く、溶融メタルの上層に溶融スラグ層が存在しても良く、該当溶融スラグ層に固体成分が存在していても良く、炭素材料供給ランスが複数本でも良く、交流電気炉に限らず直流電気炉でも良く、電極本数は何本でも良く、ガス攪拌の方法として底吹きではなくインジェクションでも良い。また、溶融メタル面より上方から炭材を供給する点およびガス攪拌が存在する点が共通であれば電気炉でなくても良く、取鍋であっても良い。
【実施例0036】
次に、本発明の作用効果を確認するために行った実施例について説明する。
ここでは、
図1に示すような、90トンの溶鉄を溶製できる実機のアーク式底吹き電気炉(電気炉1)を用い、底吹き羽口4からガス吹き込みを行いつつ、黒鉛電極(電極2)からのアーク加熱により、鉄スクラップの溶解を行い、温度測定後にランス3を用いて炭素材料を上方投入し、攪拌強度を制御しながら一定時間ごとに測温およびサンプリングを行い、溶鉄温度およびC濃度の測定を行い、式(4)より反応速度定数kを算出した。加炭中に一部の条件においてアーク通電を実施した。底吹き羽口の数は6箇所であり、各羽口からのガス流量は均等として調整した。炭素材料は表1に示す石炭B、石炭Cを用い、参考例として土状黒鉛を使用した。主な操業条件を表2に示す。反応速度定数kの評価については、
図2において灰分膜無効化後はlog(k)≧-1.0となっていること、また現状において土状黒鉛および低ASHの高品質炭での加炭速度が概ねlog(k):-0.8以上-0.6未満であり、-0.8以上の場合、「◎」と判断した。また、log(k):-1.2以上-0.8未満であれば操業上大きな問題が発生しないことから「○」と判断した。また、log(k):-1.6以上-1.2未満で「△」、log(k):-1.6未満で「×」と判断した。
【0037】
【0038】
表2に示す実施例1~4はいずれも、ガス攪拌条件が、前記した(1)式または(2)式を満足した条件である。この場合、反応速度定数は、全て○又は◎を達成しており、アーク通電有無等の条件にかかわらず操業安定性に大きな支障は無かった。但し、実施例3は他の条件と比較して攪拌強度が大きく、アーク電圧の変動が大きかったが、操業に支障をきたすものではなかった。参考例5は比較的低ASH(7.41%)の土状黒鉛を炭素材料として用いた場合の結果であり、現行の実操業条件に最も近い条件であるが、低攪拌強度条件で充分な反応速度が得られており、高ASHの炭素材料における目標となる数値である。
【0039】
実施例1は攪拌動力密度εをεaの1.8倍程度に設定した条件であるが、この場合、実施例2、3、4と比較して反応速度定数が大きく、評価が◎であり、参考例5の土状黒鉛と同等であり、より良好な結果が得られた。
【0040】
一方、比較例6は、参考例5の土状黒鉛使用時と同程度の攪拌強度で石炭Bを使用した条件である。また実施例2と比較し、攪拌強度を低下させた条件であり、攪拌動力密度εはεa未満である。この場合、操業安定性は良好であるが、灰分膜を無害化するに十分なだけの攪拌強度がなく、反応速度が小さい結果であり、判定は×であった。
【0041】
また、比較例7は、実施例2と同一の炭素材料および攪拌強度の条件において、温度が異なる条件である。実際には、比較例7は実施例2の直後に実施した例であり、実施例2においてアーク通電がOFFであったため、比較例7において追加加炭を行う際に溶鉄温度が低下しており、アーク通電をONにして徐々に昇温を行うとともに追加加炭を行った例である。この際、実施例2と攪拌強度を変更せず、またアークスポットでは無い場所に炭素材料を投入した。本条件では、攪拌強度は実施例2と同一であるが、温度が低下したためεaが上昇し、攪拌動力密度εはεa未満であり、本発明の条件を満たさなくなった。これにより、灰分膜の無害化に至らず、反応速度が小さい結果であり、判定は△となった。
【0042】
そして、比較例8は、実施例1と同じ攪拌強度、溶鉄温度において投入する炭素材料の種類を変化させた条件である。また、比較例8は、実施例3と同じ溶鉄温度、炭素材料において攪拌強度を低下させた条件でもある。本条件においても攪拌動力密度εがεa未満であり、反応速度が小さい結果であり、判定は×となった。
【0043】
したがって、本発明の攪拌強度の基準を用いることで、難溶解性の高ASHの炭素材料であっても、低ASHの炭素材料と同等の速さで溶解し、加炭することが可能であることがわかった。
【0044】
以上、本発明を、実施の形態を参照して説明してきたが、本発明は何ら上記した実施の形態に記載の構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載されている事項の範囲内で考えられるその他の実施の形態や変形例も含むものである。