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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022189424
(43)【公開日】2022-12-22
(54)【発明の名称】転がり軸受の製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/64 20060101AFI20221215BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20221215BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20221215BHJP
   C21D 9/40 20060101ALI20221215BHJP
   C23C 8/32 20060101ALI20221215BHJP
   C23C 8/22 20060101ALI20221215BHJP
   F16C 33/62 20060101ALI20221215BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20221215BHJP
   C22C 38/22 20060101ALN20221215BHJP
【FI】
F16C33/64
F16C19/06
C21D1/06 A
C21D9/40 A
C23C8/32
C23C8/22
F16C33/62
C22C38/00 301Z
C22C38/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021097988
(22)【出願日】2021-06-11
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】石神 隼人
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 博史
(72)【発明者】
【氏名】名取 理嗣
(72)【発明者】
【氏名】小俣 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】飛鷹 秀幸
【テーマコード(参考)】
3J701
4K028
4K042
【Fターム(参考)】
3J701AA03
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701BA69
3J701BA70
3J701DA02
3J701DA03
3J701EA03
3J701EA10
3J701FA15
3J701FA31
3J701FA33
3J701GA01
3J701XE01
3J701XE03
3J701XE12
3J701XE14
3J701XE17
3J701XE19
3J701XE30
4K028AA03
4K028AB01
4K028AC07
4K042AA22
4K042BA03
4K042BA04
4K042CA06
4K042CA08
4K042DA02
4K042DA06
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
(57)【要約】
【課題】耐焼付き性に優れるとともに、耐圧痕性を向上させるための転がり軸受の製造方法を提供する。
【解決手段】転がり軸受の製造方法は、軌道面を有する軌道輪の間に、複数の転動体を転動自在に保持してなる転がり軸受の製造方法であって、軌道輪を構成する材料が、質量%で、C:0.2~1.2%、Si:0.5~1.5%、Mn:0.1~1.5%、Cr:2.5%以下、含有し、Mo:1.5%以下(0%を含む)であり、残部はFe及び不可避的不純物からなり、該材料に浸炭窒化処理又は浸炭処理を行い、250℃以上での焼戻しを施した後、機械加工により軌道面に加工硬化処理を施す工程を備える。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軌道面を有する軌道輪の間に、複数の転動体を転動自在に保持してなる転がり軸受の製造方法であって、
前記軌道輪を構成する材料が、質量%で、C:0.2~1.2%、Si:0.5~1.5%、Mn:0.1~1.5%、Cr:2.5%以下、含有し、Mo:1.5%以下(0%を含む)であり、残部はFe及び不可避的不純物からなり、
前記材料に浸炭窒化処理又は浸炭処理を行い、250℃以上での焼戻しを施した後、機械加工により前記軌道面に加工硬化処理を施す工程を備えることを特徴とする、転がり軸受の製造方法。
【請求項2】
前記浸炭窒化処理又は前記浸炭処理により、前記軌道面の表面層にSi炭窒化物又はSi炭化物を分散析出させることを特徴とする、請求項1に記載の転がり軸受の製造方法。
【請求項3】
前記Si炭窒化物又は前記Si炭化物は、Si-Mn、Si-Mo及びSi-Crの少なくとも一つを含有することを特徴とする、請求項2に記載の転がり軸受の製造方法。
【請求項4】
前記機械加工がバニシング加工であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の転がり軸受の製造方法。
【請求項5】
前記軌道面に前記機械加工が施される前の状態における、前記軌道面の深さ方向の降伏せん断応力を示す第1の曲線と、
前記軌道面に前記機械加工が施されている状態における、前記軌道面の深さ方向の静的せん断応力を示す第2の曲線と、
前記軌道面に前記転動体が接触して静的荷重が負荷された状態における、前記軌道面の深さ方向の静的せん断応力を示す第3の曲線と、を求めるとともに、
前記第1の曲線と前記第2の曲線を上回り、かつ前記第3の曲線を下回ることにより囲まれる領域を面積Aとし、
前記第1の曲線を上回り、かつ前記第3の曲線を下回ることにより囲まれる領域を面積Sとするとき、
前記面積A<前記面積Sを満足する加工条件にて前記機械加工を行うことを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の転がり軸受の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受では、嵌め込み時や静止中に過大な静的荷重が加わった時、外輪軌道輪及び内輪軌道輪と転動体との間にヘルツ接触が生じることで、この接触部に永久変形(圧痕)が形成されることが知られている。このような圧痕が軌道輪に存在すると、玉軸受の使用時に音響や振動特性に影響を及ぼす。例えば、高温条件高速回転下で使用される工作機械では、1μm程度の微小な圧痕でも、異音や振動で大きな問題となる。このため、転がり軸受を設計する際には基本静定格荷重を接触応力で定めており、JIS B 1519より、例えば、スラスト玉軸受や自動調心玉軸受を除くラジアル玉軸受の接触応力は4.2GPaにすることが定められている。
【0003】
また、自動車での燃費など性能向上を背景として、軸受の小型化に対する要求が高まっており、過大な静的荷重に耐え得る塑性変形抵抗能が求められている。軸受の塑性変形抵抗能を向上させるためは、軸受の外輪及び内輪の材料硬さと残留オーステナイト量のバランスが重要となってくる。そのため、外輪及び内輪の硬さを向上させたり、軟質な残留オーステナイトを減少させることで、耐圧痕性を向上させる取り組みがなされてきた。例えば、特許文献1では、サブゼロ処理と高温焼戻しにより残留オーステナイトを低減させることで軸受の耐圧痕性を向上させている。また、特許文献2では、高炭素クロム鋼に浸炭窒化処理を施すことで耐圧痕性を向上させている。
【0004】
さらに、工作機械の高温・高速回転下のような使用環境においては、油膜形成が不十分になり、外輪及び内輪と、転動体とが金属接触を引き起こすことで、焼付きが生じることが考えられる。そのため、軸受に使用される材料の耐圧痕性以外にも耐焼付き性を考慮する必要がある。例えば、特許文献3では、成分調整により、浸炭窒化処理後に高温焼戻しを施してもそれによる硬さなどの機能は低下せず、潤滑不良な条件においても耐焼付き性を確保させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000-274440号公報
【特許文献2】特開2015-200351号公報
【特許文献3】特許第3873741号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、耐圧痕性の更なる向上への要求は高く、上記したような熱処理や組成調整のみでは耐圧痕性の更なる向上には限度がある。また一方で、耐焼付き性の十分な確保も要求されている。
【0007】
本発明は、上記の課題に着目してなされたものであり、耐焼付き性に優れるとともに、耐圧痕性を向上させるための転がり軸受の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
ここで、圧痕の形成は軌道輪の塑性変形であり、単純な材料の降伏現象と捉えることができ、加工硬化という手法が存在する。本発明者らは、耐焼付き性に優れるとともに、耐圧痕性を向上させるためには、軌道輪を構成する材料として、耐焼付き性に優れた材料である所定の化学組成を有する鋼材を採用し、該鋼材に特定の熱処理、すなわち浸炭窒化処理又は浸炭処理を行った後、軌道輪の軌道面に機械加工による加工硬化処理を施すことが有効であることを見出した。
【0009】
本発明はこのような知見に基づくものであり、上記の課題を解決するために下記(1)に示す転がり軸受の製造方法を提供する。
【0010】
軌道面を有する軌道輪の間に、複数の転動体を転動自在に保持してなる転がり軸受の製造方法であって、
前記軌道輪を構成する材料が、質量%で、C:0.2~1.2%、Si:0.5~1.5%、Mn:0.1~1.5%、Cr:2.5%以下、含有し、Mo:1.5%以下(0%を含む)であり、残部はFe及び不可避的不純物からなり、
前記材料に浸炭窒化処理又は浸炭処理を行い、250℃以上での焼戻しを施した後、機械加工により前記軌道面に加工硬化処理を施す工程を備えることを特徴とする、転がり軸受の製造方法。
【0011】
また、転がり軸受の製造方法に係る本発明の好ましい実施形態は、以下の(2)~(5に関する。
【0012】
(2)前記浸炭窒化処理又は前記浸炭処理により、前記軌道面の表面層にSi炭窒化物又はSi炭化物を分散析出させることを特徴とする、上記(1)に記載の転がり軸受の製造方法。
(3)前記Si炭窒化物又は前記Si炭化物は、Si-Mn、Si-Mo及びSi-Crの少なくとも一つを含有することを特徴とする、上記(2)に記載の転がり軸受の製造方法。
(4)前記機械加工がバニシング加工であることを特徴とする、上記(1)~(3)のいずれか1つに記載の転がり軸受の製造方法。
(5)前記軌道面に前記機械加工が施される前の状態における、前記軌道面の深さ方向の降伏せん断応力を示す第1の曲線と、
前記軌道面に前記機械加工が施されている状態における、前記軌道面の深さ方向の静的せん断応力を示す第2の曲線と、
前記軌道面に前記転動体が接触して静的荷重が負荷された状態における、前記軌道面の深さ方向の静的せん断応力を示す第3の曲線と、を求めるとともに、
前記第1の曲線と前記第2の曲線を上回り、かつ前記第3の曲線を下回ることにより囲まれる領域を面積Aとし、
前記第1の曲線を上回り、かつ前記第3の曲線を下回ることにより囲まれる領域を面積Sとするとき、
前記面積A<前記面積Sを満足する加工条件にて前記機械加工を行うことを特徴とする、上記(1)~(4)のいずれか1つに記載の転がり軸受の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の製造方法によれば、例えば、工作機械主軸などの、軌道輪に過大な静的荷重が負荷され、圧痕がされやすい軸受において、軌道面に生じる1μm程度の微小な圧痕形成を抑制でき、高速回転下においても焼付きが生じにくい、すなわち耐焼付き性に優れるとともに、耐圧痕性が向上した転がり軸受を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、転がり軸受の一例であるラジアル玉軸受を示す一部切欠斜視図である。
図2図2は、面積Sの算出方法を説明するための模式図である。
図3図3は、面積Aの算出方法を説明するための模式図である。
図4図4は、実施例で用いた鋼材(当該軸受材料)及びSUJ2鋼(標準軸受鋼)の焼付きが生じるまでの限界PV値を示すグラフである。
図5図5は、実施例で用いた鋼材(当該軸受材料)及びSUJ2鋼(標準軸受鋼)の焼戻し軟化抵抗性能を示すグラフである。
図6図6は、実施例1~4及び比較例における最大面圧と圧痕深さとの関係を示すグラフである。
図7図7は、実施例1~4及び比較例における最大面圧と変形抵抗向上指数Rとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。しかしながら、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において適宜変更して適用することができる。
【0016】
本発明において、得られる転がり軸受の種類や構成に制限はなく、例えば図1に示すラジアル玉軸受を示すことができる。図示されるように、ラジアル玉軸受1は、内周面に外輪軌道面2を有する外輪3と、外周面に内輪軌道面4を有する内輪5と、これら外輪軌道面2と内輪軌道面4との間に設けた、それぞれが転動体である複数個の玉6とを備える。これら各玉6は、円周方向に等間隔に配置された状態で、保持器7により、転動自在に保持されている。
【0017】
本実施形態に係る転がり軸受の製造方法において、まず、軌道輪(外輪3及び内輪5)を構成する材料として、後述する所定の化学組成を有する鋼材に浸炭窒化処理又は浸炭処理を施して、軌道面の表面層にSiを含有する炭窒化物(以下、「Si炭窒化物」という。)又はSiを含有する炭化物(以下、「Si炭化物」という。)を分散析出させる。Si炭窒化物やSi炭化物は自己潤滑効果を有しており、転動寿命を損なうことなく、焼付き性や耐摩耗性を大幅に向上させる。これは、二流化モリブデンを始めとする自己潤滑作用と同様の効果を示し、金属接触を防止して焼付き寿命及び摩耗寿命を向上させることができるためである。
【0018】
上記表面層におけるSi炭窒化物又はSi炭化物の含有量は、自己潤滑効果を十分に発揮させるために1~30質量%とすることが好ましい。これらの含有量が1質量%未満であると潤滑効果が不十分であり、一方で30質量%を超えると潤滑効果が飽和するだけでなく、靱性の低下を引き起こし、転がり寿命が低くなるおそれがある。
【0019】
また、上記表面層におけるSi炭窒化物やSi炭化物としては、例えばSi-Mn、Si-Mo又はSi-Crであり、これらのうち少なくとも一つを含有することが好ましい。
【0020】
さらに、上記表面層におけるSi炭窒化物やSi炭化物は、その大きさ(円相当径)が10μmを超えると応力集中が大きくなり、転がり寿命の低下を引き起こすおそれがある。なお、上記表面層におけるSi炭窒化物やSi炭化物の大きさの実質的な下限は0.5μmである。
【0021】
上記浸炭窒化処理や浸炭処理は常法に従って行うことができ、熱処理温度や熱処理時間を調整して、上記した適量のSi炭窒化物やSi炭化物を析出させることができる。なお、熱処理の条件として、例えば850~950℃の範囲で、時間を1~24時間の間で変化させることができる。
【0022】
なお、軌道輪を構成する鋼材におけるその他の元素の化学成分としては、それぞれ下記に示す数値範囲であることが好ましい。
【0023】
[C:0.2~1.2質量%]
転がり軸受として要求される清浄度を得るためには、C(炭素)は0.2質量%以上が必要である。また、Cが1.2質量%を超えると、残留オーステナイトが増加して軸受の寸法安定性を低下させたり、共晶炭化物を形成して短寿命になったりする。よって、C含有量は、0.2~1.2質量%であることが好ましい。なお、清浄度を向上し、残留オーステナイトの過多防止及び共晶炭化物の形成防止のためには、C含有量は0.35~1.1質量%であることがより好ましい。
【0024】
[Si:0.5~1.5質量%]
Si(珪素)は、焼付き、摩擦摩耗に効果のあるSi炭窒化物やSi炭化物を形成する上で必要不可欠である。製鋼時の脱酸のために必要なSi濃度:0.15~0.35質量%では、耐焼付き、耐摩耗性を向上させるのは困難であり、0.5質量%以上の添加が必要である。しかし、その添加量が多すぎると、Si炭窒化物やSi炭化物の耐焼付き、耐摩耗性効果が低下するため、Si含有量は1.5質量%以下であることが好ましい。
【0025】
[Mn:0.1~1.5質量%]
Mn(マンガン)は、Siと同様に製鋼時の脱酸のために必要な元素であり、0.1質量%以上添加される。また、Mnは焼入性を高め、熱処理後の強度や転動疲労寿命の向上にも寄与する。しかし、その添加量が多すぎると、寸法安定性に有害な残留オーステナイトが生成したり、加工性も劣化したりするため、Mn含有量は1.5質量%以下であることが好ましい。
【0026】
[Cr:2.5質量%以下]
Cr(クロム)は、焼入性を高め、熱処理後の強度や転動疲労強度の向上に寄与する。ただし、その添加量が多いと、加工性が低下したり、共晶炭化物が生成したりするため、Cr含有量は2.5質量%以下であることが好ましい。
【0027】
[Mo:1.5質量%以下(0質量%を含む)]
Mo(モリブデン)は、焼入性を高め、熱処理後の強度及び転動疲労寿命の向上に寄与するので選択的に添加されるが、多量に炭化されると素材コストが高くなり、加工性も低下するため、Mo含有量は1.5質量%以下であることが好ましい。なお、Mo含有量は選択的に添加されるものであるため、その含有量が0質量%の場合も含む。
【0028】
[残部:Fe及び不可避的不純物]
軌道輪を構成する鋼材における上記化学成分を除く残部は、Fe(鉄)及び不可避的不純物である。不可避的不純物としては、S(硫黄)、P(リン)、O(酸素)、Cu(銅)、Ti(チタン)等が挙げられる。
【0029】
続いて、本実施形態に係る転がり軸受の製造方法においては、上記浸炭処理又は浸炭窒化処理を行った後、250℃以上での焼戻しを施す必要がある。焼戻し温度は、270℃以上であることが好ましく、290℃以上であることがより好ましい。また、焼戻し温度の上限は、軸受機能の確保や処理効率を考慮すると350℃以下であることが好ましい。なお、特に好ましいのは、300℃近傍であり、数値範囲で規定すると290~310℃である。
【0030】
転がり軸受に用いられる軸受用鋼に浸炭窒化処理を行うと、軌道輪の表面層(表層部分)の組織は、マルテンサイトと呼ばれる強固な組織と残留オーステナイトと呼ばれる軟質な組織を有する複合組織となる。その後、その複合組織を安定化させるため、上記所定の焼戻しを行うものとする。なお、上記所定の熱処理、すなわち上記浸炭処理又は浸炭窒化処理を行った後、250℃以上での焼戻しを施すことで、軌道輪の表面層(深さ100μm程度)は硬さHV700前後となり、また残留オーステナイト量は5%以下となる。
【0031】
ここで、本発明において対象となる軸受鋼(すなわち、質量%で、C:0.2~1.2%、Si:0.5~1.5%、Mn:0.1~1.5%、Cr:2.5%以下、含有し、Mo:1.5%以下(0%を含む)であり、残部はFe及び不可避的不純物からなる鋼材)は、JIS G 4805の高炭素クロム軸受鋼SUJ2(以下、「SUJ2鋼」という。)と比較して、はるかに高い焼戻し軟化抵抗性を有するため、焼戻しを行っても硬さが大きく低下しない特徴がある。すなわち、該鋼材に、浸炭窒化処理又は浸炭処理を行い、その後所定の高温焼戻しを施すことで、優れた耐圧痕性を持たせることが可能となる。
【0032】
さらに、本実施形態に係る転がり軸受の製造方法においては、上記所定の焼戻しを施した後、軌道輪の軌道面に、機械加工による加工硬化処理を施す必要がある。機械加工を実施する場合、加工荷重が与える静的せん断応力分布が大きくかつ深いほど塑性変形抵抗能が高まると想定される。そのため、使用する材料に対して、熱処理と機械加工を適切な条件で施すことで大きな塑性変形抵抗能が得られるのが好ましい。
【0033】
機械加工の方法の種類は特に制限はないが、バニシング加工やショットピーニング加工が好ましい。バニシング加工とは、加工治具である先端が球状で高硬度の部品が設けられた装置を外輪軌道面2や内輪軌道面4に押し当てて、外輪3や内輪5を自身の軸線を中心にして回転させて、外輪軌道面2や内輪軌道面4に圧縮応力を作用させる加工方法である。また、ショットピーニング加工とは、高硬度で略球状の投射材を外輪軌道面2や内輪軌道面4に噴射する加工方法である。略球状の投射材の大きさや材質、噴射速度などの処理条件を調整し、バニシング加工と同等の品質に調整することができる。なお、バニシング加工はショットピーニングのような表面性状の悪化が抑えられ、後工程で必要に応じて実施する仕上げ加工時の取り代を抑制できるため、機械加工としてバニシング加工を採用することが好ましい。
【0034】
加工硬化処理により、外輪軌道面2及び内輪軌道面4には、外輪3及び内輪5の形成材料の降伏せん断応力を上回る静的せん断応力が導入される。加工条件は、例えば次のように求めることができる。
【0035】
図2において、軌道面の深さ方向における鋼材(転がり軸受の形成材料)の降伏せん断応力を示す「曲線a」と、ある一定の最大面圧(静的荷重)が負荷された場合の、軌道輪の内部に生じる軌道面の深さ方向における静的せん断応力を示す「曲線b」を示す。図示されるように、曲線bで示される静的せん断応力が、曲線aで示される転がり軸受の形成材料の降伏せん断応力を上回る領域(図中、ハッチング部分)が形成されており、その「面積S」の大きさによって軌道面の塑性変形量を推定することができる。この面積Sが小さいほど、塑性変形し難く、軌道面に圧痕が付き難いといえる。
【0036】
同様に、軌道面に加工硬化処理を施した場合も、加工治具(バニシング加工であれば先端部が球状部品、ショットピーニング加工であれば略球状の投射材)と、軌道面とが接触するため、Hertz接触と考えることができる。また、静的荷重が負荷される前にあらかじめ、転がり軸受の形成材料の降伏せん断応力を上回る静的せん断応力が導入されたと考えることができる。
【0037】
図3は、図2に対し、加工治具先端がHertz接触することで軌道輪内部に生じる静的せん断応力を示す「曲線c」を重ねて示すが、線aと線bと線cとで囲まれた領域(図中のハッチング部分)の「面積A」が小さくなれば、耐圧痕性が向上すると考えられる。すなわち、機械加工により、軸受軌道輪の耐圧痕性を向上させるためには、「面積A<面積S」である必要がある。なお、「面積A=面積S」であると、バニシング加工による強化が不十分であり、耐圧痕性の向上に寄与しない。そして、面積Sの減少に寄与する線cが軌道輪内部に加わるような最大接触面圧にて機械加工することが好ましい。
【0038】
なお、線a、線b及び線cは、以下の計算から求めることができる。
【0039】
軌道輪の内部に生じる静的せん断応力τstは、軌道輪と転動体との接触点において、
転動体の接線方向に対して生じる垂直応力σ(単位MPa)、法線方向に対して生じる垂直応力σ(単位MPa)とすると以下の式(1)で表される。
【0040】
【数1】
【0041】
垂直応力σとσは、点接触の場合、例えばHansonの弾性理論解(Hanson,M.T.and Johnson,T.,“The Elastic Field for Spherical Hertzian Contact of Isotropic Bodies Revisited:Some Alternative Expressions”,Transactions of the ASME,Journal of Tribology,Vol.115(1993),pp.327-332)を用いて計算することができる。Hertz接触の最大接触面圧qmax、接触面半径a、
ポアソン比νを用いて、σとσは以下の式(2)~(7)で表される。
【0042】
【数2】
【0043】
【数3】
【0044】
【数4】
【0045】
【数5】
【0046】
【数6】
【0047】
【数7】
【0048】
ここで、x=rcosθ(r>0)であり、x>0のときθ=0、x<0のときθ=πとする。Hertz接触の最大接触面圧qmax、接触面半径aは、例えば「ボールベアリング設計計算入門」(岡本純三.,2011年)などを参考に計算することができる。
なお、線接触の場合は、例えばSmithの弾性理論解(Smith,J.O., Liu,C.K.and Ill U.,“Stress Due to Tangential and Normal Loads on an Elastic Solid With Application to Some Contact Stress Problems“,Transaction of the ASME,Journal of Applied Mechanics,Vol.20(1953),pp.157-166)を用いて計算することができる。
【0049】
また、転がり軸受の形成材料の降伏せん断応力τ(単位MPa)は、0.2%耐力をσ0.2、軌道輪のビッカース硬さをHVとすると、以下の式(8)で表される。
【0050】
【数8】
【0051】
そして、上記式から各線を算出し、表面からの同一深さにおける線aと、線bと、曲線cとの差分を、表面から深さ方向に積分することにより、面積Aを求めることができる。
【0052】
また、計算を容易にするために、区分求積法を用いて近似的に算出することもできる。
すなわち、軌道輪と転動体との接触点を基準として転動体の法線方向に対して、複数の微小区間ΔZに分割し、これら微小区間の面積を合算すればよい。より正確に計算するためには、微小区間ΔZを小さくすることが望ましいが、0.01mmが適当である。これ以上小さくしても、算出される面積Aの差は無視できるほど小さい。
【0053】
上記の加工硬化処理の後、常法に従い仕上げ処理を施し、玉6や保持器7を組み込んで転がり軸受が得られる。
【実施例0054】
以下、実施例及び比較例を挙げて、本発明の効果を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0055】
<1.転がり軸受の製造>
(実施例1~4)
軸受軌道輪である内輪及び外輪のそれぞれに、化学組成が質量%で、C:0.3~0.4%、Si:0.9~1.1%、Mn:0.6~0.8%、Cr:1.5%、Mo;0.9~1.1%の鋼材を用い、890℃×12時間の熱処理で浸炭窒化処理を施した。
なお、処理後の軌道面から深さ100μm位置近傍には、Si炭窒化物が2~5面積%析出していた(上記面積率は、EDS分析を用い、軌道面から深さ100μm位置近傍において5視野で測定した平均値である。)。
そして、上記浸炭窒化処理後に、300℃での高温焼戻しを実施した。
【0056】
ここで、図4は、実施例で用いた鋼材(図中、「当該軸受材料」で示す。)及びSUJ2鋼(図中、「標準軸受鋼」で示す。)の焼付きが生じるまでの限界PV値を示すグラフである。また、図5は、実施例で用いた鋼材(当該軸受材料)及びSUJ2鋼(標準軸受鋼)の焼戻し軟化抵抗性能を示すグラフである。図4に示すように「当該軸受材料」は、焼付きや摩耗などの表面損傷が生じる目安となるPV値が、「標準軸受鋼」と比較して約1.5倍の性能を有し、耐焼付き性に優れていることが分かる。また、図5に示すように、高温保持時の軟化抵抗性(焼戻し軟化抵抗性)に優れていることが分かる。なお、図4及び5に示す結果における「当該軸受材料」は、890℃×12時間の熱処理の条件で浸炭窒化処理を行い、その後、300℃での高温焼戻しを施したものである。
【0057】
続いて、高温焼戻しを施した後の軸受軌道輪に加工硬化処理を施し、仕上げ加工を施した。なお、加工硬化処理には、機械加工としてバニシング加工を採用した。
【0058】
バニシング加工条件については、実施例1及び2では、バニシングツールの先端形状はφ6mmであり、周速を150m/min、ツールの送り速度を0.1mm/revとした。また、実施例3及び4では、バニシングツールの先端形状はφ10mmとし、他のパラメータは実施例1及び2と同様とした。なお、加工荷重は、実施例1では6.2GPa、実施例2では6.7GPa、実施例3では5.5GPa、実施例4では5.7GPaとした。
なお、上記バニシング加工条件については、上述したような、「面積A<面積S」を満足する加工条件であり、面積Sの減少に寄与する線cが軌道輪内部に加わるような最大接触面圧を加工条件として採用している。
【0059】
(比較例)
実施例1~4と同じ鋼材を用いて内輪及び外輪とし、上記と同様の熱処理のみを実施し、バニシング加工を施さず、仕上げ加工を施した。
【0060】
<2.圧痕試験>
実施例1~4及び比較例に係る転がり軸受の耐圧痕性を検証するため、インストロンジャパン社製の引張圧縮試験機を用いて圧痕試験を実施した。圧痕形成の試験条件として、ひずみ速度0.2mm/minにて、直径12mmの窒化ケイ素球を実施例1~4及び比較例の軌道輪に押し付けた。また、所定の最大面圧に到達した後、明瞭な圧痕形状を形成するため、30秒間保持した。なお、圧痕形成時の最大面圧は5.00GPa、5.38GPa及び5.75GPaの3条件で行った。その後、テーラーホブソン社製の3次元表面性状測定器タリサーフを用いて、形成した圧痕の深さを測定した。
【0061】
表1及び図6にその結果を示す。これらの結果により、実施例1~4はいずれも、比較例と比べて圧痕深さが浅いことが確認された。また、実施例の中では、実施例4が最も許容できる最大面圧が大きく、圧痕深さが最も浅いことが確認された。なお、図6の各プロットは実測値であり、各曲線はそのプロットを元にした近似曲線である。また、表1の圧痕深さは図6の近似曲線における最大面圧5.00GPa、5.38GPa、5.75GPa時の圧痕深さである。
【0062】
【表1】
【0063】
続いて、実施例1~4のそれぞれについて上述した「面積A」(図3参照)を算出した。また、比較例については、図3に示すバニシング加工に伴う線cがないため、図2に示す「面積S」を算出した。そして、最大面圧5.00GPa、5.38GPa、5.75GPaの3条件にて圧痕形成を実施する際の面積Sから各面積Aを差し引いた差分を求め、この差分を比較例の面積Sで除した値を「変形抵抗向上指数R」として算出した。表2に、これらの算出結果を示す。
【0064】
【表2】
【0065】
さらに、図7に、実施例1~4及び比較例における、各最大面圧と変形抵抗向上指数Rとの関係を示す。変形抵抗向上指数Rは、値が1に近づくにつれバニシング加工により形成される圧痕深さが小さくなることを示している。すなわち、変形抵抗向上指数Rの値が1に近づくほど、優れた塑性変形抵抗能を有するといえる。
【0066】
また、0<R<1の範囲において、バニシング加工による性能向上が確認できる。なお、本試験結果より、実施例1~4はいずれも、変形抵抗向上指数Rが0超の値を有していることが確認された。また、どの最大面圧下においても、変形抵抗向上指数Rが最も高くなる実施例4が最も好適であるといえる。
【符号の説明】
【0067】
1 ラジアル玉軸受
2 外輪軌道面
3 外輪
4 内輪軌道面
5 内輪
6 玉
7 保持器
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7