(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022018947
(43)【公開日】2022-01-27
(54)【発明の名称】イオンスラスタ
(51)【国際特許分類】
F03H 1/00 20060101AFI20220120BHJP
H05H 1/54 20060101ALI20220120BHJP
【FI】
F03H1/00 A
H05H1/54
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020122409
(22)【出願日】2020-07-16
(71)【出願人】
【識別番号】305027401
【氏名又は名称】東京都公立大学法人
(71)【出願人】
【識別番号】520265077
【氏名又は名称】八田・山本宇宙推進機製作所株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】中野 正勝
(72)【発明者】
【氏名】山本 直嗣
(72)【発明者】
【氏名】井上 純武
(72)【発明者】
【氏名】大川 恭志
(72)【発明者】
【氏名】船木 一孝
【テーマコード(参考)】
2G084
【Fターム(参考)】
2G084AA02
2G084AA12
2G084AA22
2G084DD39
(57)【要約】
【課題】オフ状態での推力がゼロに近づくように、高い精度で制御することが可能なイオンスラスタを提供する。
【解決手段】本発明のイオンスラスタ100は、イオン源101と、イオン源101からイオンを引き出し、イオンを貫通させる第一貫通孔105を有する第一電極板102と、第一電極板102を貫通したイオンを加速させ、貫通させる第二貫通孔106を有する第二電極板103と、第二電極板103を貫通したイオンに対し、電荷を中和する電子を供給する電子源104と、を備え、イオンの進行方向において、第二貫通孔106が第一貫通孔105より長く、イオンの進行方向からの平面視において、第二貫通孔106が第一貫通孔105の中に入る。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン源と、
前記イオン源からイオンを引き出し、前記イオンを貫通させる第一貫通孔を有する第一電極板と、
前記第一電極板を貫通した前記イオンを加速させ、貫通させる第二貫通孔を有する第二電極板と、
前記第二電極板を貫通した前記イオンに対し、電荷を中和する電子を供給する電子源と、を備え、
前記イオンの進行方向において、前記第二貫通孔が前記第一貫通孔より長く、
前記イオンの進行方向からの平面視において、前記第二貫通孔が前記第一貫通孔の中に入ることを特徴とするイオンスラスタ。
【請求項2】
前記第二貫通孔の長さが、前記第二貫通孔の内半径の1.5倍より大きく、5倍より小さいことを特徴とする請求項1に記載のイオンスラスタ。
【請求項3】
前記第二貫通孔の長さが、前記第二貫通孔の内半径の1.8倍より大きく、
前記第二貫通孔の内半径が、前記第一貫通孔の内半径の0.5倍より小さいことを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載のイオンスラスタ。
【請求項4】
前記第一電極板と前記第二電極板との距離が、前記第一貫通孔の内半径の0.8倍より大きいことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のイオンスラスタ。
【請求項5】
前記電子が、前記第一電極板、前記第二電極板に引き寄せられるのをブロックする第三電極板を、さらに備えることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載のイオンスラスタ。
【請求項6】
前記第二貫通孔の長さが、前記第二貫通孔の内径の1.5倍以上より大きいことを特徴とする請求項5に記載のイオンスラスタ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンスラスタに関する。
【背景技術】
【0002】
静電気力による加速の原理を用いた電気推進機の代表例として、イオンスラスタ(イオンエンジン)が知られている。イオンスラスタは、推進剤をプラズマ化し、第一電極(スクリーングリッド)の電位で引き出したイオンを、第二電極(アクセルグリッド)の電位で加速噴射することにより、推力を得る推進機である。第二電極の電位が第一電極の電位より低いとき、イオンが外部に排出(噴出)されるオン状態となり、第二電極の電位が第一電極の電位と同じであるとき、イオンの排出が抑えられたオフ状態となる。例えば非特許文献1には、イオンスラスタを構成するイオン源からイオンを引き出す際に、オン状態とオフ状態とを短時間で切り替え、外部に排出されるイオンの数のデューティ比を調整することにより、得られる推力の大きさを高精度で制御する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】I.Takasue etal.,Trans. Japan Soc.Aero Space Sci.,16(2018),pp.388-391
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
実際には、オフ状態にしても、引き出されて第一電極付近に残留するイオンの流れがすぐに止まることはなく、外部に排出され続ける。このように意図せず排出されてしまうイオンの数は、オン状態で排出されるイオンの数の10%程度もあり、オフ状態での推力が安定しないことが、オフ状態とオン状態の間での推力変動の制御性向上を阻む一つの要因になっている。
【0005】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、オフ状態でのイオンの排出を抑え、オフ状態とオン状態の間での推力変動を、高い精度で制御することが可能なイオンスラスタを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明は以下の手段を採用している。
【0007】
(1)本発明の一態様に係るイオンスラスタは、イオン源と、前記イオン源からイオンを引き出し、前記イオンを貫通させる第一貫通孔を有する第一電極板と、前記第一電極板を貫通した前記イオンを加速させ、貫通させる第二貫通孔を有する第二電極板と、前記第二電極板を貫通した前記イオンに対し、電荷を中和する電子を供給する電子源と、を備え、前記イオンの進行方向において、前記第二貫通孔が前記第一貫通孔より長く、前記イオンの進行方向からの平面視において、前記第二貫通孔が前記第一貫通孔の中に入る。
【0008】
(2)上記(1)に記載のイオンスラスタにおいて、前記第二貫通孔の長さが、前記第二貫通孔の内半径の1.5倍より大きく、5倍より小さいことが好ましい。
【0009】
(3)上記(1)または(2)のいずれかに記載のイオンスラスタにおいて、前記第二貫通孔の長さが、前記第二貫通孔の内半径の1.8倍より大きく、前記第二貫通孔の内半径が、前記第一貫通孔の内半径の0.5倍より小さいことが好ましい。
【0010】
(4)上記(1)~(3)のいずれか一つに記載のイオンスラスタにおいて、前記第一電極板と前記第二電極板との距離が、前記第一貫通孔の内半径の0.8倍より大きいことが好ましい。
【0011】
(5)上記(1)~(4)のいずれか一つに記載のイオンスラスタにおいて、前記電子が、前記第一電極板、前記第二電極板に引き寄せられるのをブロックする第三電極板を、さらに備えることが好ましい。
【0012】
(6)上記(5)に記載のイオンスラスタにおいて、前記第二貫通孔の長さが、前記第二貫通孔の内径の1.5倍以上より大きいことが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明のイオンスラスタは、イオンを加速させる第二電極板において、イオンが通過する第二貫通孔が、「イオンの進行方向において、第一電極板に設けられた第一貫通孔より長く、イオンの進行方向からの平面視において第一貫通孔の中に入る」ような細長い構造を有し、イオンのコンダクタンスが小さくなっている。残留イオンが存在している場合でも、イオンを引き出す第一電極板と第二電極板の電位が揃ったオフ状態では、残留イオンを動かす電場がほとんど存在しないため、コンダクタンスが小さい第二貫通孔を残留イオンが通過することは難しい。したがって、本発明のイオンスラスタでは、オフ状態に第二貫通孔から排出される残留イオンを低減させることができ、オフ状態での推力を安定させることができ、その結果として、オフ状態とオン状態の間での推力変動を、高い精度で制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の第一実施形態に係るイオンスラスタの断面斜視図である。
【
図2】
図1のイオンスラスタの一部分の拡大断面図である。
【
図3】
図2の第二電極板に印加する電圧の時間変化を示す図である。
【
図4】本発明の第二実施形態に係るイオンスラスタの一部分の拡大断面図である。
【
図5】
図3の第二電極板に印加する電圧の時間変化を示す図である。
【
図6】実施例および比較例のイオンスラスタにおける、推力(力積)の時間変化について、シミュレーションした結果を示すグラフである。
【
図7】実施例および比較例のイオンスラスタにおける、オフ状態の推力の電極形状依存性について、シミュレーションした結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を適用した実施形態に係るイオンスラスタについて、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。また、以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0016】
<第一実施形態>
(イオンスラスタの構成)
図1は、本発明の第一実施形態に係るイオンスラスタ100の断面斜視図である。イオンスラスタ100は、主に、イオン源101と、第一電極板102と、第二電極板103と、電子源104とを備え、所定の方向においてこの順に並んで配置される。
図2は、
図1のイオンスラスタ100のうち、破線で囲む領域Rに含まれる部分を拡大した図である。
【0017】
イオン源100は、主に、プラズマ生成室と、プラズマ生成室内にプラズマの原料ガスを供給する原料ガス供給源と、プラズマ生成室内にイオン電離用の第一電子を供給する第一電子供給源と、第一電子を加速して原料ガスに衝突させる電圧源と、を備えている。電圧源で加速した第一電子が、原料ガスに衝突し、原料ガスを電離させることにより、プラズマ状態のイオンが生成される。第一電子は、原料ガスとの衝突により、低エネルギーの熱電子になる。第一電子の加速方式としては、様々なものが考案されているが、いずれの方式を用いてもよい。
【0018】
第一電極板102は、その一方の主面102aが、イオン源101のイオン放出部(開口部)101aに対し、所定の距離D1で近接し、好ましくは当接するように配置される。第一電極板102は、モリブデン、カーボン/カーボン複合材、またはチタン、パイロリティックカーボン、パイロリティックグラファイト、等方性黒鉛等の炭素材料等、またはこれらの材料にコーティング等の表面処理がなされた導電材料からなり、所定の電圧を印加できるように構成されている。第一電極板102は、印加された電圧によって、イオン源101から生成されたイオンPを引き出し、そのイオン(イオンビーム)Pを厚み105b方向に貫通させる第一貫通孔105を有する。イオンPを均一に加速させる観点から、第一貫通孔105の形状および大きさは、第一電極板102の全体で揃っていることが好ましい。イオン源101と第一電極板102との距離D1は、第一貫通孔102の内半径105aの二倍以内であれば好ましく、当接していればより好ましい。
【0019】
第二電極板103は、その一方の主面103aが、第一電極板の他方の主面102bと対向し、同主面102bからイオンPの進行方向に離間した位置に配置される。第一電極板102と第二電極板103との距離D2は、第一貫通孔の内半径(孔半径)105aの0.8倍より大きく、かつ5倍より小さいことが好ましい。第二電極板103は、モリブデン、カーボン/カーボン複合材、またはチタン、パイロリティックカーボン、パイロリティックグラファイト、等方性黒鉛等の炭素材料等、またはこれらの材料にコーティング等の表面処理がなされた導電材料からなり、所定の電圧を印加できるように構成されている。第二電極板103は、印加された電圧によって、第一電極板102を貫通したイオンPを加速させ、厚みD2方向に貫通させる第二貫通孔106を有する。イオンPを均一に加速させる観点から、第二貫通孔106の形状および大きさは、第二電極板103の全体で揃っていることが好ましい。
【0020】
第一貫通孔105、第二貫通孔106は、それぞれ、イオンPの進行を妨げない位置に、好ましくは、イオンPの進行方向(加速方向)において、第一貫通孔103と第二貫通孔104とが互いに連通する位置に設けられている。
【0021】
電子源(第二電子供給源)104は、第二電極板の他方の主面103b側に配置され、イオンスラスタ100が負に帯電するのを防ぐため、第二電極板103を貫通したイオンPに対し、電荷を中和する電子(第二電子)Nを供給(照射)するように構成されている。
【0022】
イオンPの進行方向からの平面視において、複数の第一貫通孔105のそれぞれに対し、第二貫通孔106が一つずつ重なる(対向する)ように配置されている。第二貫通孔の中心軸106cは、同平面視において重なる第一貫通孔105に含まれることが好ましく、
図2に示すように、対向する第一貫通孔105cの中心軸と一致すればより好ましい。
【0023】
上記平面視における第二貫通孔106は、第一貫通孔105よりも小さく、第一貫通孔105の中に入るように配置されている。したがって、第一貫通孔105と第二貫通孔106の中心軸同士が一致する場合には、第二貫通孔の内半径106aは、第一貫通孔の内半径105aより小さい。この場合、より具体的には、第二貫通孔の内半径106aが、第一貫通孔の内半径105aの0.5倍より小さいことが好ましい。
【0024】
イオンPの進行方向において、第二貫通孔106は、少なくとも上記平面視で重なる第一貫通孔105より長い。より具体的には、第二貫通孔106の長さ106bが、第二貫通孔の内半径106aの1.5倍より大きく、かつ5倍より小さいことが好ましく、第二貫通孔の内半径106aの1.8倍より大きく、かつ5倍より小さければより好ましい。
【0025】
(イオンスラスタの制御方法)
イオン源101において、プラズマ状態のイオンを生成し、第一電極板102、第二電極103のそれぞれに対し、所定の電位φ1、φ2になるように電圧を印加する。第一電極板102に対しては、正の高い第一電圧V1(500~2000V程度、好ましくは500~1500V程度)を印加する。第二電極103に対しては、第一電極板102への印加電圧と同じ高電圧、またはこれより低い負の第二電圧V2(-50~-400V程度、好ましくは-100~-400V程度)を印加する。
【0026】
図3は、オン状態とオフ状態とを交互に繰り返すように、第二電極板103に印加する第二電圧V
2の時間変化を示す図である。第二電圧V
2として、第一電圧V
1と同じ大きさの電圧V
2offを第二電極板103に印加した場合、第一電極板102と第二電極板103とが同電位(φ
1=φ
2)になるため、第一電極板102と第二電極板103の間でのイオンの加速が止まり、イオンの排出が止まることになる。この場合のイオンスラスタ100は、推力の発生が抑えられるオフ状態となる。
【0027】
第二電圧V2として、第一電圧V1より小さい電圧V2onを第二電極板103に印加した場合、第二電極板103の電位が、第一電極板102の電位より低くなる(φ1>φ2)ため、第一電極板102と第二電極板103の間でのイオンの加速が生じ、イオンの排出が行われることになる。この場合のイオンスラスタ100は、推力が発生するオン状態となる。オン状態とオフ状態とで、第二電極板103に印加する電圧の切り替えは、MOSFET等のスイッチ素子を用いて行うことができる。
【0028】
第二電極板103に印加する電圧の切り替えによって、オン状態のデューティー比を細かく変動させることができ、その結果として、様々な大きさの推力を高い精度で実現することができる。
【0029】
オン状態からオフ状態に切り替えた場合でも、第一電極板102には、イオン源101から引き出されたイオンが残留している。しかしながら、イオンPの通過経路となる第二貫通孔106は、第一貫通孔105より細長い形状を有しており、コンダクタンスが小さくなっているため、オフ状態における、これらのイオンPの漏れを抑えることができる。
【0030】
以上のように、本実施形態のイオンスラスタ100は、イオンPを加速させる第二電極板103において、イオンPが通過する第二貫通孔106が、「イオンPの進行方向において、第一電極板102に設けられた第一貫通孔105より長く、イオンPの進行方向からの平面視において第一貫通孔105の中に入る」ような細長い構造を有し、イオンPのコンダクタンスが小さくなっている。残留イオンが存在している場合でも、イオンPを引き出す第一電極板102と第二電極板103の電位が揃ったオフ状態では、残留イオンを動かす電場がほとんど存在しないため、コンダクタンスが小さい第二貫通孔106を残留イオンが通過することは難しい。したがって、本実施形態のイオンスラスタ100では、オフ状態に第二貫通孔106から排出される残留イオンを低減させることができ、オフ状態での推力を安定させることができ、その結果として、オフ状態とオン状態の間での推力変動を、高い精度で制御することができる。
【0031】
<第二実施形態>
図4は、本発明の第二実施形態に係るイオンスラスタのうち、第一実施形態のイオンスラスタ100の領域Rに含まれる部分に対応する、一部分の拡大断面図である。本実施形態のイオンスラスタは、第一実施形態のイオンスラスタ100の構成に加え、第三電極板107をさらに備える。その他の構成は、第一実施形態のイオンスラスタ100と同様であり、イオンスラスタ100と対応する箇所については、形状の違いによらず、同じ符号で示している。本実施形態のイオンスラスタでは、第一実施形態のイオンスラスタ100で得られる、推力変動を高精度で制御できる効果とともに、次に述べる効果を得ることができる。
【0032】
第三電極板107は、その一方の主面107aが、第二電極板の他方の主面103bと対向し、同主面103bからイオンPの進行方向に離間した位置に配置される。第二電極板103と第三電極板107との距離D3は、第一貫通孔の内半径の0.2倍より大きく、かつ5倍より小さいことが好ましい。また、第二貫通孔の長さ103bは、第二貫通孔の内径103aの1.5倍以上より大きく、かつ5倍より小さいことが好ましい。第三電極板107は、モリブデン、カーボン/カーボン複合材、またはチタン、パイロリティックカーボン、パイロリティックグラファイト、等方性黒鉛等の炭素材料等、またはこれらの材料にコーティング等の表面処理がなされた導電材料からなり、所定の電圧(第三電圧V3)を印加できるように構成されている。
【0033】
第三電極板107は、印加された第三電圧V3によって、第二電極板102を貫通したイオンPをさらに加速させ、厚みD3方向に貫通させる第三貫通孔108を有する。イオンPを均一に排出させる観点から、第三貫通孔108の形状および大きさは、第三電極板107の全体で揃っていることが好ましい。
【0034】
図5は、オン状態とオフ状態とを交互に繰り返すように、第二電極板103に印加する第二電圧V
2の時間変化を示す図である。第一実施形態では、電子源104から照射される電子Nのブロックを第二電極板103が担うため、オン状態には、第二電極板103に対して負の高い電圧を印加する必要があり、オン状態とオフ状態とで印加電圧の差(切替電位差)が大きくなる。これに対し、本実施形態では、負の高い第三電圧V
3(-150~-400V程度、好ましくは-50~-400V程度)が第三電極板107に印加される。これにより、第三電極板107は、電子源104から照射される電子Nが、オン状態に、正の高い電圧を印加された第一電極板102、第二電極板103に引き寄せられるのをブロックすることができる。
【0035】
したがって、第二電極板103に対して、負の高い電圧を印加する必要がなく、第一電極板102への印加電圧より500V程度低い正の電圧を印加すればよい。そのため、オン状態とオフ状態とで、第二電極板103への印加電圧の差が小さくなり、印加電圧の切り替えに用いるスイッチ素子への制約が少なくなり、例えば、宇宙空間で用いる場合に必要とされる、放射線耐性を有するMOSFETを用いることができる。
【0036】
本実施形態のイオンスラスタは、イオンビーム源として、イオンを衝突させて薄膜をエッチングする技術にも適用することもできる。本実施形態のイオンスラスタでは、排出されるイオンの量を高精度で制御することができ、このイオンをエッチングに用いることにより、エッチング量を原子層レベルで調整することができる。
【実施例0037】
以下、実施例により、本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0038】
第一電極板、第二電極板、第三電極板を備えた、イオンスラスタの推力(力積)の時間変化について、次の表1に示す条件でシミュレーションを行った。オン状態とオフ状態の切り替え時間ΔTを100nsとした。
【0039】
【0040】
図6は、シミュレーション結果を示すグラフである。グラフの横軸は経過時間[s]を示し、グラフの縦軸は、一つの貫通孔における力積(推力×時間)[Ns/hole]を示している。オフ状態において、第二貫通孔を短くした比較例1~3の条件では推力が発生しているのに対し、第二貫通孔を長くした実施例1、2では推力が発生していないことが分かる。また、比較例1と比較例2、3との比較から、第二貫通孔の内半径が大きいほど、オフ状態での推力が大きいことが分かる。これらの結果から、第二貫通孔が、イオンの進行方向において第一貫通孔より長く(細長く)、イオンの進行方向からの平面視において第一貫通孔の中に入る条件を満たせば、オフ状態の推力発生を抑えられることが分かる。
【0041】
第一電極板、第二電極板、第三電極板を備えたイオンスラスタに対し、次に示す条件で、オフ状態の推力の電極形状依存性についてシミュレーションを行った。オン状態とオフ状態の切り替え時間ΔTを100nsとした。
・第一貫通孔:内半系0.9mm、長さ0.2mm
・第二貫通孔:内半径:0.6mm
・第三貫通孔:内半径0.6mm、長さ0.3mm
・第一電圧:1500V
・第二電圧:1000V(オン状態)、1500V(オフ状態)
・第三電圧:-350V
【0042】
図7は、シミュレーション結果を示すグラフである。グラフの横軸は第二貫通孔の内半径rに対する長さtの比(t/r)を示し、グラフの縦軸は、オン状態の推力F
onに対するオフ状態の推力F
offの比(F
off/F
on)を示している。第二貫通孔が長くなるほどオフ状態の推力が低減している。t/r>1.5とした場合、オフ状態の推力が、オン状態の推力20%以下に抑えられており、5倍以上の推力制御が可能であることが分かる。ただし、t/r≧5とした場合、イオンビームの幅が、第二貫通孔を通過する前に第二貫通孔の内径と同程度に広がってしまい、一部のイオンの直進が妨げられてしまう。したがって、第二貫通孔が長さtは、1.5<t/r<5の範囲であれば好ましいことが分かる。