(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022190377
(43)【公開日】2022-12-26
(54)【発明の名称】シール付軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/78 20060101AFI20221219BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20221219BHJP
F16J 15/3204 20160101ALI20221219BHJP
F16J 15/324 20160101ALI20221219BHJP
【FI】
F16C33/78 D
F16C19/06
F16J15/3204 201
F16J15/324
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021098669
(22)【出願日】2021-06-14
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100127340
【弁理士】
【氏名又は名称】飛永 充啓
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 克明
(72)【発明者】
【氏名】和久田 貴裕
(72)【発明者】
【氏名】深間 翔平
【テーマコード(参考)】
3J006
3J043
3J216
3J701
【Fターム(参考)】
3J006AE04
3J006AE15
3J006AE30
3J006AE41
3J006AF01
3J006CA01
3J043AA16
3J043CA02
3J043CA04
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3J043DA01
3J043HA01
3J216AA02
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3J216AB29
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3J216CC33
3J216CC40
3J216DA01
3J216GA03
3J216GA04
3J701AA03
3J701AA32
3J701AA42
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3J701AA62
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3J701GA11
3J701GA29
3J701XB03
3J701XB23
3J701XB26
(57)【要約】
【課題】シールしゅう動面とシール部材のシールリップ間をシールリップの複数の突起によって流体潤滑状態にすることが可能なシール付軸受において、シールリップの成形と、突起同士の間の隙間をより小さくすることの両立を図る。
【解決手段】突起12は、シールしゅう動面11に直交しかつ周方向に沿った断面で曲率半径Rが0.009mm以上0.15mm未満の凸円弧状の表面をもつように設けられている。周方向に隣り合う突起12同士の間の周方向ピッチは、0.010mm以上0.3mm未満に設けられている。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受の内部空間を外部に対して密封するシール部材と、前記シール部材に対して周方向にしゅう動するシールしゅう動面とを備え、
前記シール部材は、弾性材により環状に形成されたシールリップを有し、前記シールリップは、周方向に並んだ複数の突起を有し、前記複数の突起は、周方向に隣り合う前記突起同士の間に隙間を生じさせ、かつ軸受回転に伴って前記隙間から前記突起と前記シールしゅう動面間に引きずり込まれる潤滑油の油膜によって前記シールリップ及び前記シールしゅう動面間を流体潤滑状態にすることが可能な態様で形成されているシール付軸受において、
前記突起は、前記シールしゅう動面に直交しかつ周方向に沿った断面で曲率半径が0.009mm以上0.15mm未満の凸円弧状の表面をもつように設けられており、
周方向に隣り合う前記突起同士の間の周方向ピッチは、0.010mm以上0.3mm未満に設けられていることを特徴とするシール付軸受。
【請求項2】
前記突起は周方向と直交する方向に延びている請求項1に記載のシール付軸受。
【請求項3】
前記突起の高さは0.05mm未満に設けられている請求項1又は2に記載のシール付軸受。
【請求項4】
前記シールリップがゴム材によって形成されている請求項1から3のいずれか1項に記載のシール付軸受。
【請求項5】
車両のモータ用、トランスミッション、ディファレンシャル、等速ジョイント、プロペラシャフト、ターボチャージャ、工作機械、風力発電機、ホイール軸受、及び電動垂直離着陸機の中のいずれか一つの回転部を支持する請求項1から4のいずれか1項に記載のシール付軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、転がり軸受及びシール部材を備えるシール付軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受の早期破損を防止するため、シール部材が利用されている。例えば、自動車、各種建設用機械等の車両に搭載されたトランスミッション内にはギアの摩耗粉等の異物が混在するため、シール部材により、摩耗粉等の軸受内部への侵入を防止している。
【0003】
一般に、シール部材は、ゴム状材料等の弾性材で環状に形成されたシールリップを有する。軌道輪、スリンガ等、軸受回転に伴ってシール部材に対して周方向に相対回転する相手部品には、シールリップと摺接するシールしゅう動面が形成されている。
【0004】
一般的なシール部材は、シールリップとシールしゅう動面が全周で滑り接触し、微視的には境界潤滑~混合潤滑領域を伴っている。シールリップの引きずり抵抗(シールトルク)は、軸受トルクの上昇を招く。また、その滑り接触は、転がり軸受の温度上昇の一因となる。また、軸受内部が外部に対してシール部材で閉塞されるので、軸受内部と外部間の圧力差によってシールリップがシールしゅう動面に押し付けられる吸着作用が生じてシールトルクが増大することがある。これらのことから、一般的なシール部材では、軸受の高速運転に限界がある。
【0005】
シール部材のシールリップを相手部品と非接触に配置し、ラビリンスシールを形成すれば、シールトルクを無くすことは可能だが、シール部材及び相手部品間の隙間の大きさについて所定粒径の異物侵入を防止できるような各種誤差の管理が難しい。
【0006】
これに対し、シールリップが周方向に並んだ複数の突起を有し、これら複数の突起が周方向に隣り合う突起同士の間を通じて軸受内部と外部に連通する隙間を生じさせ、かつ軸受回転に伴って隙間から突起とシールしゅう動面間に引きずり込まれる潤滑油の油膜によってシールリップ及びシールしゅう動面間を流体潤滑状態にすることができるシール付軸受が提案されている(特許文献1)。
【0007】
特許文献1のシール付軸受は、所定粒径の異物侵入を防ぐことが可能な隙間を通じて転がり軸受の内部空間と外部間での潤滑油の流通を許すことにより、シールしゅう動面上での潤滑油を潤沢とし、軸受回転に伴って潤滑油を突起とシールしゅう動面間に引きずり込ませる際のくさび効果により、油膜を厚く形成して各突起とシールしゅう動面を油膜で完全に分離させ、シールリップとシールしゅう動面間を流体潤滑状態にすることができる。このため、特許文献1のシール付軸受によれば、所定粒径の異物侵入を防ぎつつ軸受の高速運転に対応可能でありながら、シールトルクを著しく低減することができる。
【0008】
特に、特許文献1のシール付軸受では、シールリップの突起が、シールしゅう動面に直交しかつ周方向に沿った断面で曲率半径が0.15mm以上2.0mm未満の凸円弧状の表面をもち、突起の高さが0.07mm以下、周方向に隣り合う突起同士の間の周方向ピッチが0.3~2.6mmに設けられている。これら突起の寸法の採用により、前述の流体潤滑状態を実現可能でありながら、シールリップを成形する金型の製造が困難にならない、すなわち金型の加工で一般的なボールエンドミル加工を用いて突起の転写面を形成することが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1のシール付軸受では、シールリップを成形する金型の加工性に優れる反面、突起に関する寸法を小さくすることが制限されるため、隙間を小さくすることに限界がある。
【0011】
しかしながら、今後、転がり軸受に対する省エネルギ性や環境負荷の低減性の要求は一層厳しくなっていくことが考えられるので、これらの要求に対して特許文献1のシール付軸受では不利になる可能性がある。例えば、軸受外部から機械油を潤滑油として供給する場合、隙間からの過剰な潤滑油の流入を抑制して攪拌抵抗の低減を図ることに十分に対応できない可能性がある。また、一層小さな粒径の異物侵入を抑制して、機械油や軸受内部に封入したグリースの長寿命化を図ることに十分に対応できない可能性がある。
【0012】
上述の背景に鑑み、この発明が解決しようとする課題は、シールしゅう動面とシール部材のシールリップ間をシールリップの複数の突起によって流体潤滑状態にすることが可能なシール付軸受において、シールリップの成形と、突起同士の間の隙間をより小さくすることの両立を図ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を達成するため、この発明は、転がり軸受の内部空間を外部に対して密封するシール部材と、前記シール部材に対して周方向にしゅう動するシールしゅう動面とを備え、前記シール部材は、弾性材により環状に形成されたシールリップを有し、前記シールリップは、周方向に並んだ複数の突起を有し、前記複数の突起は、周方向に隣り合う前記突起同士の間に隙間を生じさせ、かつ軸受回転に伴って前記隙間から前記突起と前記シールしゅう動面間に引きずり込まれる潤滑油の油膜によって前記シールリップ及び前記シールしゅう動面間を流体潤滑状態にすることが可能な態様で形成されているシール付軸受において、前記突起は、前記シールしゅう動面に直交しかつ周方向に沿った断面で曲率半径が0.009mm以上0.15mm未満の凸円弧状の表面をもつように設けられており、周方向に隣り合う前記突起同士の間の周方向ピッチは、0.010mm以上0.3mm未満に設けられている構成を採用した。
【0014】
上記構成のように、突起の凸円孤面状の曲率半径が0.009mm以上、突起同士の間の周方向ピッチが0.010mm以上であれば、レーザ加工を活用して金型に突起の転写面を形成することが可能なため、シールリップを成形することができる。また、突起の凸円孤面状の曲率半径が0.15mm未満、突起間の周方向ピッチが0.3mm未満であれば、突起同士の間の隙間をより小さくすることが可能である。
【0015】
具体的には、前記突起は周方向と直交する方向に延びているとよい。このようにすると、前述のような小さな曲率半径及び周方向ピッチであっても、各突起を一様な精度に設けることができる。
【0016】
また、前記突起の高さは0.05mm未満に設けられているとよい。上述の突起の曲率半径及び周方向ピッチの範囲では、突起の高さを0.05mm未満にすることが可能であり、これにより、突起同士の間の隙間を特に突起の高さ方向に小さくすることができる。
【0017】
例えば、前記シールリップは、ゴム材によって形成されている。
【0018】
この発明に係るシール付軸受は、例えば、車両のモータ用、トランスミッション、ディファレンシャル、等速ジョイント、プロペラシャフト、ターボチャージャ、工作機械、風力発電機、ホイール軸受、及び電動垂直離着陸機の中のいずれか一つの回転部を支持する用途に好適である。
【発明の効果】
【0019】
この発明は、上記構成の採用により、シールしゅう動面とシール部材のシールリップ間をシールリップの複数の突起によって流体潤滑状態にすることが可能なシール付軸受において、シールリップの成形と、突起同士の間の隙間をより小さくすることの両立を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】この発明の実施形態に係るシール付軸受を示す断面図
【
図2】
図1のシールリップの内部空間側の側面の一部を自然状態で示す拡大側面図
【
図3】
図1の突起がシールしゅう動面に対してしゅう動する様子を示す断面図
【
図4】実施形態に係るシール付軸受の様々な仕様の回転トルクを示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0021】
この発明の一例として、実施形態に係るシール付軸受を添付図面の
図1~
図4に基づいて説明する。
【0022】
図1に示すこのシール付軸受は、転がり軸受1と、転がり軸受1の両側に配置された二つのシール部材2と、を備える。
【0023】
転がり軸受1は、内輪3と、外輪4と、内輪3と外輪4との間に介在する複数の転動体5と、複数の転動体5を保持する保持器6とで構成されている。シール部材2は、転がり軸受1の内部空間7を外部に対して密封する。この密封の目的は、このシール付軸受の周囲である外部の異物が内外輪3、4間の内部空間7に侵入することを抑制して転がり軸受1の早期損傷を防止することであり、内部空間7を液密に密封することではない。
【0024】
内輪3及び外輪4は、転動体5に対応の軌道面を有する。内輪3は、回転軸Sに取り付けられ、回転軸Sと一体に回転する。外輪4は、ハウジング、ギア等、回転軸からの荷重を負荷させる部材に取り付けられる。転動体5は、内輪3及び外輪4間に介在しながら公転する。
【0025】
転動体5として、玉が採用されている。このシール付軸受は、深溝玉軸受となっている。
【0026】
内部空間7は、外部から供給される潤滑油(図示省略。以下、同じ。)によって潤滑される。潤滑方式としては、例えば、潤滑油をシール付軸受に掛けるはね掛け方式、又はシール付軸受の下部をオイルバスに漬ける油浴方式が挙げられる。初期潤滑剤として内部空間7に適量のグリースが封入されていてもよい。また、内部空間7に封入するグリースの基油を潤滑油とし、これのみで潤滑を行うグリース潤滑方式にしてもよい。
【0027】
回転軸Sは、例えば、車両のモータ用、トランスミッション、ディファレンシャル、等速ジョイント、プロペラシャフト、ターボチャージャ、工作機械、風力発電機、ホイール軸受及び垂直電動離着陸機の中のいずれか一つに備わる回転部として設けられる。
【0028】
なお、以下では、シール付軸受の軸受中心軸(図示省略、以下、同じ。)に沿った方向を「軸方向」という。軸方向に直交する方向を「径方向」という。軸受中心軸回りの円周に沿った方向を「周方向」という。
図1において、軸受中心軸は、回転輪とする内輪3の中心軸である。
図1は、軸受中心軸を含む仮想平面の断面を示す。軸方向は、
図1において左右方向に相当し、径方向は、
図1、3において上下方向に相当する。
【0029】
外輪4の内周の端部に、シール部材2を保持するシール溝8が形成されている。シール部材2は、その外周縁をシール溝8に圧入することにより、外輪4に取り付けられる。
【0030】
このシール付軸受を囲む外部には、ギアの摩耗粉、クラッチの摩耗粉、微小砕石等、このシール付軸受の組み込み先に応じた異物が存在する。このような粉状の異物は、潤滑油や雰囲気の流れによってシール部材2付近に到達し得る。シール部材2は、外部から内部空間7への異物侵入を抑制するためのものである。
【0031】
シール部材2は、金属板製の芯金9と、環状に形成されたシールリップ10とを有する。芯金9は、周方向に連なる環状に形成されたプレス加工部品になっている。
【0032】
シールリップ10は、弾性材により形成されている。弾性材としては、例えば、加硫成形されたゴム材、ゴム材相当のエラストマ等が挙げられる。ゴム材として、例えば、ニトリルゴム(NBR)、アクリルゴム(ACM)、フッ素ゴム(FKM)等が挙げられる。
【0033】
内輪3の外周には、シールリップ10に対して周方向にしゅう動するシールしゅう動面11が形成されている。シールしゅう動面11は、周方向全周に連続する円筒面状になっている。
【0034】
シールリップ10は、一定の幅で径方向に連続する円環状に形成された腰部と、腰部から外部側へ曲がる突片状に形成された頭部とを有する。図示例のシールリップ10は、ラジアルリップになっている。ここで、ラジアルリップは、軸方向に沿ったシールしゅう動面又は軸方向に対して45°以内の鋭角の勾配をもったシールしゅう動面と密封作用を奏するシールリップであって、当該シールしゅう動面との間に径方向の締め代をもったもののことをいう。
【0035】
図2は、シールリップ10が単独で自然な状態のとき(成形時の形状)の側面視を示し、
図3は、
図1のシールリップ10をシールしゅう動面11に直交しかつ周方向に沿った方向に切断した断面を示す。
【0036】
シールリップ10の頭部は、
図2の状態のときにシールリップ10の内径を規定する先端縁を有する。シール部材2を
図1の所定配置に取り付けると、シールリップ10は、シールしゅう動面11に対する締め代により、シールしゅう動面11に押し付けられて、
図1に示すように外部側へ曲がったゴム状弾性の変形を生じ、シールリップ10の緊迫力を生む。シール部材2の取り付け誤差、製造誤差等は、シールリップ10のたわみ具合の変化によって吸収される。
【0037】
図2、
図3に示すように、シールリップ10は、周方向に並んだ複数の突起12を有する。突起12は、その全長に亘って周方向と直交する方向に延びている。突起12は、周方向に一定のピッチPで並んでいる。突起12の全長は、シールしゅう動面11との間に径方向の締め代をもった範囲の全域に亘っている。シールリップ10の全体的な形状は、突起12のピッチに対応した回転対称形になっている。
【0038】
図2の状態のとき、突起12は、径方向の直線Lrに沿った方向に延びている。従い、複数の突起12は、軸受中心軸上に放射中心をおいた放射状に延びている。
【0039】
突起12は、
図3に示すような断面において、曲率半径Rが0.009mm以上0.15mm未満とした凸円弧状の表面をもっている。なお、実際には、前述の緊迫力による突起12の極僅かな弾性変形が生じるが、無視できる程度であるので、
図3では成形時の突起12の断面形状を示している。
【0040】
周方向に隣り合う突起12同士の間の周方向ピッチPは、0.010mm以上0.3mm未満に設けられている。
【0041】
突起12の高さは、0.05mm未満に設定されている。突起12の高さは、その全長に亘って一定になっている。前述の周方向ピッチPが0.010mm以上0.3mm未満、かつ曲率半径Rが0.009mm以上0.15mm未満の範囲である場合、突起12の高さを0.05mm未満に設定することが可能である。粒径0.05mmを超える大きな異物が内部空間7に侵入すると、軸受寿命に悪影響を及ぼすと考えられる。突起12の高さを0.07mm以下に設定すれば、そのような大きな異物が容易に通過できない隙間13を生じさせることは可能だが、突起12の高さを0.05mm未満にすることにより、より小さな粒径の異物も隙間13を容易に通過しないようにすることができ、また、外部の潤滑油が隙間13を通じて内部空間7へ流入することをより抑制することができる。
【0042】
図1のようにシール部材2を転がり軸受1に取り付ける際、複数の突起12の各頂上部がシールしゅう動面11に接触する。
図3に示すように、突起12は、シールしゅう動面11に対して直角な方向に高さをもつため、シールリップ10の緊迫力に抗して突っ張る。これにより、周方向に隣り合う突起12同士の間かつシールしゅう動面11とシールリップ10との間において、内部空間7と外部に連通する隙間13が生じさせられる。シールリップ10は、複数の突起12上でのみシールしゅう動面11としゅう動し、周方向に隣り合う突起12同士を繋ぐリップ部分は、シールしゅう動面11と非接触の状態に保たれるようになっている。
【0043】
突起12は、シールしゅう動面11との間に隙間13側で大、突起12側で小となるくさび状隙間を形成する。また、突起12は、
図1に示す仮想平面上において、概ねシールしゅう動面11に沿った領域をもつ。この領域は、シールしゅう動面11に沿った方向(図示例においては軸方向に相当)に幅をもって存在する。このため、軸受回転に伴う突起12とシールしゅう動面11のしゅう動部、すなわち、突起12が隙間13内の潤滑油をシールしゅう動面11との間に周方向に引きずり込む際のくさび効果によって油膜形成が促進され、突起12とシールしゅう動面11との間に油膜が介在させられる領域は、前述の仮想平面上においてシールしゅう動面11に沿った方向に所定以上の有限長Laで生じる。このような突起12とシールしゅう動面11のしゅう動部は、Hertzの弾性接触理論に基づく接触楕円状に生じると考えられるので、その接触楕円状の長軸が有限長Laに相当する。
【0044】
軸受回転の停止時、突起12の頂上部は、前述のように、シールリップ10の緊迫力により、シールしゅう動面11に押し付けられている。このため、突起12の頂上部には、全面的にシールしゅう動面11との固体接触領域が分布している。
【0045】
その停止時状態から軸受回転が始まると、突起12とシールしゅう動面11が周方向に相対回転する。ここで、突起12に対してシールしゅう動面11が相対的に回転することにより、潤滑油が引きずられる周方向を
図3に矢線Aで示す方向に仮定する。その突起12とシールしゅう動面11のしゅう動部では、潤滑油が突起12とシールしゅう動面11との間のくさび状隙間に引きずり込まれる(
図3に潤滑油の流れを小矢線で概念的に示す)。このとき、前述の突起12の凸円孤状の表面により、突起12による油膜切りが防止され、くさび効果によって油膜形成が効果的に促される。
【0046】
シールリップ10とシールしゅう動面11間の相対回転の周速が一定未満のとき、微視的には境界潤滑状態ないし混合潤滑状態となる。軸受回転が速くなり、突起12とシールしゅう動面11の相対回転の周速が一定以上になると、突起12とシールしゅう動面11間の油膜厚さは、突起12とシールしゅう動面11間の合成粗さσを余裕で上回り、各突起12とシールしゅう動面11が油膜で完全に分離させられた流体潤滑状態になる。これにより、シールリップ10とシールしゅう動面11間を油膜で完全に分離させた流体潤滑状態にすることができる。このような流体潤滑状態になれば、シール部材2によるシールトルクを非接触式のシールと同等まで低減し、ひいてはシール付軸受の温度上昇を抑制し、シールリップ10の吸着作用を防止することができる。
【0047】
ここで、油膜パラメータΛ≧3であれば、しゅう動部の潤滑モードは流体潤滑状態であると考えられる。油膜パラメータΛは、しゅう動部での最小油膜厚さhに対する合成粗さσの比であり、Λ=h/σである。最小油膜厚さhは、弾性流体潤滑理論に基づいて求められる。合成粗さσ=√((Rq1
2+Rq2
2)/2)である。Rq1は、前述のしゅう動部を成すシールしゅう動面11の二乗平均平方根粗さである。Rq2は、突起12の表面における二乗平均平方根粗さとすると、二乗平均平方根粗さは、JIS(B0601:2013)に規定された二乗平均平方根粗さRqの値(μm)である。
【0048】
油膜パラメータΛは合成粗さσに依存し、合成粗さσが小さいほど油膜を厚くすることができる。前述の周速が極低速のときから突起12とシールしゅう動面11のしゅう動部を流体潤滑状態とするため、そのしゅう動部における合成粗さσをなるべく小さくすることが好ましい。
【0049】
例えば、合成粗さσが0.22μm、突起12の凸円弧状の曲率半径Rを0.009mm、シールしゅう動面11と突起12間の相対回転の周速を1.4m/s、潤滑油をミッション油(100℃)と仮定した計算条件において、最小油膜厚が1.359μmとなり、油膜パラメータΛが3以上となった。また、この計算条件においてGreenwood-Johnsonの決めた無次元数である粘性パラメータgv、弾性パラメータgeを計算すると、粘性パラメータgvが1.59E-03となり、弾性パラメータgeが2.41E-01となり、潤滑領域図(Johnsonチャート)による油潤滑モードを判定したところ、等粘度-剛体領域(R-Iモード)に該当したので、このことからも流体潤滑状態になると考えられる。
【0050】
また、
図3に示す突起12の曲率半径Rを0.009mm以上0.15mm未満の範囲で変更し、複数の突起12の数を変更して
図2に示す突起12の周方向ピッチPを0.010mm以上0.3mm未満の範囲で変更した様々な仕様において、シール付軸受の回転トルクがどのようになるかを実測した。その結果を
図4に示す。
【0051】
ここで、実施形態に係るシール仕様A~Cのうち、シール仕様Aは、シール仕様Bに対し、曲率半径Rを比較的大きくし、かつ周方向ピッチPを比較的小さくしたものである。また、シール仕様Bは、シール仕様Aに対し、曲率半径Rを比較的小さくし、かつ周方向ピッチPを比較的大きくしたものである。また、シール仕様Cは、シール仕様Aに対し、曲率半径Rを比較的小さくし、かつ周方向ピッチPを同等とし、シール仕様Bに対し、周方向ピッチPを比較的小さくしたものである。なお、シール仕様A~Cにおいて、突起12の高さを0.05mm未満としている。
【0052】
図4に示すように、シール仕様A~Cの回転トルクは、いずれも従来の接触シールよりも明らかに小さく、従来の非接触シールと殆ど差のない大きになった。すなわち、前述の突起12の曲率半径Rが0.009mm以上0.15mm未満、前述の周方向ピッチPが0.010mm以上0.3mm未満、かつ突起12の高さが0.05mm未満の範囲において、曲率半径Rの大小、周方向ピッチPの大小を変更しても、流体潤滑状態を実現可能であることが示唆された。
【0053】
図2に示す突起12の周方向ピッチPが0.3mm未満、
図3に示す曲率半径Rが0.15mm未満であると、突起12を成形するための転写面をボールエンドミル加工で金型に形成することはできない。その曲率半径Rが0.009mm以上、その周方向ピッチPが0.010mm以上であれば、その転写面をレーザ加工によって金型に形成することができる。例えば、フェムト秒レーザ加工機を用いると、パルス幅がフェムト秒と極短く、その間での被加工材(金型の表面部)のアブレーション効果により、熱影響なしに10μm程度の正確な除去加工が可能である。このため、突起12の転写面に熱的損傷を与えることがなく、さらに除去加工用の工具を用いないため、10μm程度の微細なパターンをバリ、だれなしで形成することができ、各突起12の寸法精度や表面粗さを流体潤滑状態の実現に支障のない程度に整えることができる。
【0054】
上述のように、
図1~
図3に示すこのシール付軸受は、転がり軸受1の内部空間7を外部に対して密封するシール部材2と、シール部材2に対して周方向にしゅう動するシールしゅう動面11とを備え、シール部材2が弾性材により環状に形成されたシールリップ10を有し、シールリップ10が周方向に並んだ複数の突起12を有し、複数の突起12が周方向に隣り合う突起12同士の間に隙間13を生じさせ、かつ軸受回転に伴って隙間13から突起12とシールしゅう動面11間に引きずり込まれる潤滑油の油膜によってシールリップ10及びシールしゅう動面11間を流体潤滑状態にすることが可能な態様で形成されているものであって、その突起12がシールしゅう動面11に直交しかつ周方向に沿った断面で曲率半径が0.009mm以上0.15mm未満の凸円弧状の表面をもつように設けられており、周方向に隣り合う突起12同士の間の周方向ピッチPが0.010mm以上0.3mm未満に設けられていることにより、レーザ加工を活用して金型によるシールリップ10の成形を実現しながら、隙間13を特許文献1のものより小さくすることが可能である。このため、このシール付軸受は、シールリップ10の成形と、隙間13をより小さくすることの両立を図ることができ、ひいては、隙間13からの過剰な潤滑油の流入を抑制して内部空間7内での攪拌抵抗の低減を図ることができ、また、一層小さな粒径の異物侵入を抑制することもできる。
【0055】
また、このシール付軸受は、突起12が周方向と直交する方向に延びていることにより、前述のような小さな曲率半径R及び周方向ピッチPであっても、各突起12を一様な精度に設けることができる。すなわち、複数の突起12を一定ピッチの放射線状に成形するので、レーザ加工に際し、各突起12に対応の転写面を同様の直線状の除去加工で形成して、精度を均一化することができる。
【0056】
また、このシール付軸受は、突起12の高さが0.05mm未満に設けられていることにより、隙間13を特に突起12の高さ方向に小さくすることができる。
【0057】
上述の実施形態では、シール部材を芯金と加硫ゴム材とから構成したものを例示したが、この発明は、金型で成形された単材の弾性材からなるシール部材に適用することも可能である。
【0058】
また、上述の実施形態では、ラジアルリップを例示したが、この発明は、軸方向に対して45°を超える勾配をもったシールしゅう動面と密封作用を奏するシールリップ(アキシアルリップ)に適用することも可能である。
【0059】
また、上述の実施形態では、内輪回転のラジアル玉軸受を例示したが、この発明は、外輪回転の軸受、スラスト軸受、ころ軸受等の適宜の形式にも適用することも可能である。また、シールしゅう動面を回転輪に形成した例を示したが、固定輪に形成する場合にこの発明を適用することも可能である。
【0060】
今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。したがって、本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0061】
1 転がり軸受
2 シール部材
3 内輪
4 外輪
5 転動体
7 内部空間
10 シールリップ
11 シールしゅう動面
12 突起
13 隙間