(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022190571
(43)【公開日】2022-12-26
(54)【発明の名称】溶接構造体および溶接構造体の仕上方法
(51)【国際特許分類】
B23K 31/00 20060101AFI20221219BHJP
C23G 5/00 20060101ALI20221219BHJP
C25F 1/14 20060101ALI20221219BHJP
C21D 1/773 20060101ALI20221219BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20221219BHJP
C22C 38/44 20060101ALI20221219BHJP
C23G 1/08 20060101ALI20221219BHJP
【FI】
B23K31/00 A
C23G5/00
C25F1/14
C21D1/773 Z
C22C38/00 302H
C22C38/44
B23K31/00 G
C23G1/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021098954
(22)【出願日】2021-06-14
(71)【出願人】
【識別番号】507250427
【氏名又は名称】日立GEニュークリア・エナジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】馬渕 勝美
(72)【発明者】
【氏名】岩佐 淳司
(72)【発明者】
【氏名】浅野 隆
(72)【発明者】
【氏名】小林 慶鑑
【テーマコード(参考)】
4K053
【Fターム(参考)】
4K053PA03
4K053QA01
4K053RA15
4K053RA16
4K053RA17
4K053SA03
4K053SA04
4K053SA06
4K053YA02
4K053YA03
4K053YA04
(57)【要約】
【課題】二相ステンレス鋼の溶接部の耐食性が向上し、溶接部を備えた製品の信頼性が高められる溶接構造体、および、これを得るための溶接構造体の仕上方法を提供する。
【解決手段】溶接構造体は、二相ステンレス鋼が溶接された溶接構造体であって、二相ステンレス鋼で形成された母材が溶接金属を介して接合された溶接部を有し、酸素および炭素を除いた質量%で、溶接金属の表面におけるCr量が、母材の1.5倍以上である。溶接構造体の仕上方法は、二相ステンレス鋼が溶接された溶接構造体の仕上方法であって、二相ステンレス鋼で形成された母材が溶接金属を介して接合された溶接部の酸化スケールを除去する工程を含み、酸化スケールを除去する工程は、酸素および炭素を除いた質量%で、溶接金属の表面におけるCr量が、母材の1.5倍以上となるように、溶接金属の表面の酸化スケールを除去する工程である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
二相ステンレス鋼が溶接された溶接構造体であって、
前記溶接構造体は、二相ステンレス鋼で形成された母材が溶接金属を介して接合された溶接部を有し、
酸素および炭素を除いた質量%で、前記溶接金属の表面におけるCr量が、前記母材の1.5倍以上である溶接構造体。
【請求項2】
請求項1に記載の溶接構造体であって、
酸素および炭素を除いた質量%で、前記溶接金属の表面におけるNi量が、前記母材の0.4倍以上であり、前記溶接金属の表面におけるMo量が、前記母材の1.5倍以上である溶接構造体。
【請求項3】
請求項2に記載の溶接構造体であって、
酸素および炭素を除いた質量%で、前記溶接金属の表面におけるMn量が、前記母材以下である溶接構造体。
【請求項4】
請求項1に記載の溶接構造体であって、
前記溶接金属は、表面の酸化スケールが除去された状態である溶接構造体。
【請求項5】
請求項1に記載の溶接構造体であって、
前記溶接金属は、前記母材、相手材および溶加材が一体化して形成されている溶接構造体。
【請求項6】
二相ステンレス鋼が溶接された溶接構造体の仕上方法であって、
二相ステンレス鋼で形成された母材が溶接金属を介して接合された溶接部の酸化スケールを除去する工程を含み、
前記酸化スケールを除去する工程は、酸素および炭素を除いた質量%で、前記溶接金属の表面におけるCr量が、前記母材の1.5倍以上となるように、前記溶接金属の表面の酸化スケールを除去する工程である溶接構造体の仕上方法。
【請求項7】
請求項6に記載の溶接構造体の仕上方法であって、
前記酸化皮膜を除去する工程は、酸素および炭素を除いた質量%で、前記溶接金属の表面におけるNi量が、前記母材の0.4倍以上、前記溶接金属の表面におけるMo量が、前記母材の1.5倍以上となるように、前記溶接金属の表面の酸化スケールを除去する工程である溶接構造体の仕上方法。
【請求項8】
請求項6に記載の溶接構造体の仕上方法であって、
前記酸化皮膜を除去する工程は、酸素および炭素を除いた質量%で、前記溶接金属の表面におけるMn量が、前記母材以下となるように、前記溶接金属の表面の酸化スケールを除去する工程である溶接構造体の仕上方法。
【請求項9】
請求項6に記載の溶接構造体の仕上方法であって、
前記酸化スケールを除去する工程は、前記溶接金属の表面を、硝酸、硫酸、フッ酸、または、これらのうちの一種以上を混合した混合酸で酸洗処理する工程である溶接構造体の仕上方法。
【請求項10】
請求項6に記載の溶接構造体の仕上方法であって、
前記酸化スケールを除去する工程は、前記溶接金属の表面を、2%以上50%以下の硝酸、2%以上50%以下の硫酸、または、2%以上50%以下の硝酸と0.2%以上10%以下のフッ酸とを混合したフッ硝酸で酸洗処理する工程である溶接構造体の仕上方法。
【請求項11】
請求項6に記載の溶接構造体の仕上方法であって、
前記酸化スケールを除去する工程は、前記溶接金属の表面を、中性塩の溶液中で電解処理する工程である溶接構造体の仕上方法。
【請求項12】
請求項11に記載の溶接構造体の仕上方法であって、
前記中性塩は、硫酸ナトリウム、硝酸ナトリウム、または、硫酸アンモニウムである溶接構造体の仕上方法。
【請求項13】
請求項11に記載の溶接構造体の仕上方法であって、
前記電解処理における前記溶接金属の電流密度は、2A/dm2以上20A/dm2以下である溶接構造体の仕上方法。
【請求項14】
請求項6に記載の溶接構造体の仕上方法であって、
前記酸化スケールを除去する工程は、前記溶接金属の表面を、減圧雰囲気下で熱処理する工程である溶接構造体の仕上方法。
【請求項15】
請求項6に記載の溶接構造体の仕上方法であって、
前記酸化スケールを除去する工程は、前記溶接金属の表面を、10×-2Torr以下の減圧雰囲気下、400℃以上で1時間以上にわたって熱処理する工程である溶接構造体の仕上方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二相ステンレス鋼が溶接された耐食性が高い溶接構造体、および、これを得るための溶接構造体の仕上方法に関する。
【背景技術】
【0002】
強度や靭性に優れ、耐食性が高いステンレス鋼として、二相ステンレス鋼が知られている。二相ステンレス鋼は、フェライト相とオーステナイト相とが略等比に形成された材料であり、水分存在下における耐孔食性等に優れている。そのため、水処理プラント、化学プラント等のタンク、配管等の材料や、石油・天然ガスの採掘プラントの油井管、送油管等の材料として用いられている。
【0003】
二相ステンレス鋼は、高温割れや低温割れの感受性が低く、溶接性が良好であるため、多くの場合、溶接によって接合されている。二相ステンレス鋼には、強度の向上、耐食性の向上、高価なNiの節約等のために、窒素が添加されている。母材に添加された窒素は、溶接によって形成される熱影響部に、クロム窒化物を析出させる。その結果、溶接部には、クロム欠乏層が生じるため、溶接部の耐食性に課題がある。
【0004】
ステンレス鋼を溶接した溶接部の表面には、酸化スケールが形成されることが知られている。酸化スケールは、Crではなく、Feの酸化物を主体としている。酸化スケールが形成されると、溶接部の表面が所謂溶接焼けを呈し、褐色ないし紫色に変色して外観が損なわれるだけでなく、溶接部の耐食性が低下することが知られている。下地との間にすき間が生じたり、クロム欠乏層が生じたりするため、特に、孔食、すき間腐食等の局部腐食に対する感受性が高くなるとされている。
【0005】
二相ステンレス鋼を溶接する方法としては、一般に、TIG溶接が用いられている。TIG溶接等では、酸素や窒素を遮断するために、アルゴンガス等のシールドガスが用いられている。しかし、シールドガスを用いた場合であっても、溶接部の表面に形成される酸化スケールを完全に防ぐことは難しい現状がある。
【0006】
二相ステンレス鋼は、塩化物濃度が高い環境でも用いられている。海水淡水化プラント等の水処理プラントでは、次亜塩素酸等の塩素系殺菌剤が使用されている。塩素系殺菌剤は高い酸化還元電位を持つため、二相ステンレス鋼の溶接部の電位が高くなる。このような電位の上昇が、局部腐食に対する感受性を高くするため、更なる耐食性の向上が求められている。
【0007】
特許文献1には、酸化性物質を含む流体の環境で優れた耐食性を有する二相ステンレス鋼が記載されている。特許文献1では、熱影響部の耐食性を高くするために、被溶接材自体の化学組成等を規定している。
【0008】
特許文献2には、耐食性に優れた二相ステンレス鋼の酸洗に用いる酸洗浄剤が記載されている。特許文献2の酸洗浄剤は、硝酸と、フッ酸と、フッ硝酸以外の無機酸と、有機酸と、マグネシウム化合物と、界面活性剤を含有している。この酸洗浄剤は、二相ステンレス鋼の溶接部に用いられる、とされている。
【0009】
特許文献3には、二相ステンレス鋼について記載されていないが、一般的なステンレス鋼の溶接部の耐食性を向上させる改質方法が記載されている。特許文献3では、ステンレス鋼からなる溶接部を、10-4~10-2Torrの真空雰囲気中、400~600℃で1時間以上加熱して、溶接部表面のCr比率を増加せしめている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2018-168461号公報
【特許文献2】特開2007-297697号公報
【特許文献3】特開平9-13124号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
二相ステンレス鋼の溶接部の耐食性を高くするためには、溶接部に形成された酸化スケールを除去することや、溶接部を耐食性が高い化学組成にすることが重要である。しかし、酸化スケールを除去する処理を行った場合であっても、酸化スケールが十分に除去されず、局部腐食に対する感受性が十分に下がらない場合がある。また、酸化スケールを除去する処理自体が要因となり、下地に局部腐食の起点が形成される場合もある。
【0012】
特許文献1~3には、ステンレス鋼やその溶接部の耐食性を向上させる技術が記載されている。しかし、特許文献1~3では、溶接部の溶接金属に関して、化学組成が明らかにされていない。特許文献3は、酸化皮膜中のクロム欠乏層が耐食性を劣化させるため、溶接部を研磨および酸洗する方法が有効であることを開示している。しかし、酸化スケールがどの程度まで除去されるべきかや、酸化スケールを除去する処理自体が腐食の要因となる可能性について開示されていない。
【0013】
そこで、本発明は、二相ステンレス鋼の溶接部の耐食性が向上し、溶接部が形成された製品の信頼性が高められる溶接構造体、および、これを得るための溶接構造体の仕上方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記課題を解決するために本発明に係る溶接構造体は、二相ステンレス鋼が溶接された溶接構造体であって、前記溶接構造体は、二相ステンレス鋼で形成された母材が溶接金属を介して接合された溶接部を有し、酸素および炭素を除いた質量%で、前記溶接金属の表面におけるCr量が、前記母材の1.5倍以上である。
【0015】
また、本発明に係る溶接構造体の仕上方法は、二相ステンレス鋼が溶接された溶接構造体の仕上方法であって、二相ステンレス鋼で形成された母材が溶接金属を介して接合された溶接部の酸化スケールを除去する工程を含み、前記酸化スケールを除去する工程は、酸素および炭素を除いた質量%で、前記溶接金属の表面におけるCr量が、前記母材の1.5倍以上となるように、前記溶接金属の表面の酸化スケールを除去する工程である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によると、二相ステンレス鋼の溶接部の耐食性が向上し、溶接部が形成された製品の信頼性が高められる溶接構造体、および、これを得るための溶接構造体の仕上方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】直接通電法で電解処理を行う装置の構成を示す図である。
【
図2】間接通電法で電解処理を行う装置の構成を示す図である。
【
図3】二相ステンレス鋼を互いに溶接した溶接材の脱スケール前の外観を示す画像である。
【
図4】二相ステンレス鋼を互いに溶接した溶接材の脱スケール後の外観を示す画像である。
【
図5A】溶接材にすき間を付与する方法を示す図である。
【
図5B】溶接材にすき間を付与する方法を示す図である。
【
図5C】溶接材にすき間を付与する方法を示す図である。
【
図5D】溶接材にすき間を付与する方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施形態に係る溶接構造体、および、溶接構造体の仕上方法について、図を参照しながら説明する。なお、以下の各図において、共通する構成については同一の符号を付して重複した説明を省略する。
【0019】
本実施形態に係る溶接構造体は、二相ステンレス鋼が溶接された構造体である。この溶接構造体は、二相ステンレス鋼で形成された被溶接材料である母材と、被溶接材料である相手材とが、互いに溶接されて形成される。溶接構造体は、母材が溶接金属を介して相手材と接合された溶接部を、母材と相手材との間に有する。
【0020】
溶接構造体の溶接部は、溶接金属と熱影響部(Heat-Affected Zone:HAZ)によって構成される。溶接金属は、母材、相手材および溶着金属が一体化して形成された部位であり、母材と相手材や、溶接に用いられる溶加材が、溶融後に凝固することによって形成される。熱影響部は、非溶融であるが熱で変質した部位であり、溶接金属に隣接する母材や相手材の境界付近に形成される。
【0021】
被溶接材料である母材としては、SUS327系等のスーパー二相ステンレス鋼、SUS329系等の汎用二相ステンレス鋼、SUS321系、SUS323系等のリーン二相ステンレス鋼等、適宜の耐孔食性指数の二相ステンレス鋼を用いることができる。二相ステンレス鋼の耐食性指数や、オーステナイト相やフェライト相の分率は、特に限定されるものではない。
【0022】
被溶接材料である相手材としては、スーパー二相ステンレス鋼、汎用二相ステンレス鋼、リーン二相ステンレス鋼等の二相ステンレス鋼や、オーステナイト系ステンレス鋼や、フェライト系ステンレス鋼や、炭素鋼、ニッケル基合金等の溶接可能な適宜の材料を用いることができる。好ましい相手材は、二相ステンレス鋼である。
【0023】
本実施形態に係る溶接構造体は、溶接金属の表面において、耐食性に関係する所定の元素の量が所定の範囲に制限されたものである。溶接金属の表面を対象として元素量・化学組成を測定したとき、溶接金属の表面における所定の元素の量が所定の範囲に制限されていることによって、溶接部の表面の酸化スケールが十分に除去されていることや、溶接部の表層の化学組成が耐食性に優れた組成であることが担保される。そのため、溶接部の耐食性、特に、耐すき間腐食性が高められる。
【0024】
溶接金属の表面における耐食性に関係する元素の量は、溶接部の表面に形成された酸化スケールを除去する処理が施された後に測定される。酸化スケールは、CrではなくFeの酸化物を主体とする酸化皮膜等の生成物である。耐食性に関係する元素としては、耐食性の向上に寄与するクロム(Cr)、ニッケル(Ni)、モリブデン(Mo)や、耐食性の低下の指標となるマンガン(Mn)が挙げられる。
【0025】
溶接金属の表面における元素量・化学組成は、X線光電子分光(X-ray photoelectron spectroscopy:XPS)分析によって測定することができる。測定位置は、溶接構造体の外部に露出する溶接金属の表面である限り、特に制限されるものではない。例えば、溶接金属の表面の中心等にX線を照射して測定することができる。なお、溶接金属の表面には、Crの酸化物を主体とする酸化皮膜が形成されていてもよい。
【0026】
XPS分析によると、測定位置の数十nm程度の深さまでの定性的・定量的な情報が得られる。そのため、酸化スケールを除去する処理が施された後に、溶接金属の表面に酸化スケールが残存していない場合には、溶接金属の表層についての測定結果が得られる。一方、溶接金属の表面に酸化スケールが残存している場合には、酸化スケールと溶接金属の表層とを合わせた測定結果が得られる。
【0027】
このように、酸化スケールを除去する処理が施された後に、溶接金属の表面における元素量を測定すると、溶接部の耐食性を、より実用時に近い状態で正確に評価することができる。酸化スケールがどの程度まで除去されているかや、酸化スケールを除去する処理自体の影響が、加味された測定結果が得られる。そのため、母材、相手材ないし溶加材についての適切な化学組成の選定や、酸化スケールを除去する処理についての適切な条件の選定によって、溶接部の耐食性を従来よりも向上させることができる。
【0028】
溶接金属の表面におけるCr量は、酸素および炭素を除いた質量%で、二相ステンレス鋼で形成された母材のCr量に対して、1.5倍以上であることが好ましく、1.6倍以上であることがより好ましく、1.7倍以上であることが更に好ましく、1.8倍以上であることが更に好ましい。
【0029】
このようなCr量であると、測定によって検出されたCrが多く、厚い酸化スケールが測定されていないことを意味する。すなわち、溶接金属の表面の酸化スケールが十分に除去された状態である。また、溶接金属の表層のCrが欠乏していない状態である。そのため、Crによって、不動態皮膜を形成して耐食性を向上させる効果等が得られる。また、酸化スケールが十分に除去された状態によって、高い耐局部腐食性が確保される。
【0030】
溶接金属の表面におけるMn量は、酸素および炭素を除いた質量%で、二相ステンレス鋼で形成された母材のMn量に対して、同等以下であることが好ましい。
【0031】
このようなMn量であると、測定によって検出されたMnが少なく、厚い酸化スケールが測定されていないことを意味する。すなわち、溶接金属の表面の酸化スケールが十分に除去された状態である。Mnは、Feの酸化物を主体とする酸化スケール中に濃化したり、酸洗等が施された場合に溶接金属の表層から溶出したりするためである。そのため、酸化スケールが十分に除去された状態によって、高い耐局部腐食性が確保される。
【0032】
溶接金属の表面におけるNi量は、酸素および炭素を除いた質量%で、二相ステンレス鋼で形成された母材のNi量に対して、0.4倍以上であることが好ましく、0.5倍以上であることがより好ましい。また、溶接金属の表面におけるMo量は、二相ステンレス鋼で形成された母材のMo量に対して、1.5倍以上であることが好ましく、1.6倍以上であることがより好ましい。
【0033】
このようなNi量やMo量であると、測定によって検出されたNiやMoが多く、厚い酸化スケールが測定されていないことを意味する。すなわち、溶接金属の表面の酸化スケールが十分に除去された状態である。また、溶接金属の表層のNiやMoが欠乏していない状態である。そのため、Niによって、局部腐食の進展を抑制する効果等が得られる。また、Moによって、不動態皮膜を強化して耐食性を向上させる効果等が得られる。また、酸化スケールが十分に除去された状態によって、高い耐局部腐食性が確保される。
【0034】
なお、溶接金属の表面における各元素の量は、溶接金属に含まれる酸素および炭素を除いた他の元素の合計100質量%当たりの質量分率で制限される。酸素は、主に酸化スケール中や、Crの酸化物を主体とする酸化皮膜中に存在するが、酸化スケールや大気中から溶接金属の表層に混入することがあるためである。炭素は、酸化スケールを除去する処理を減圧条件下で行う場合に、真空ポンプのオイル等から混入することがあるためである。
【0035】
本実施形態に係る溶接構造体は、溶接金属の表面について、少なくともCr量が制限されていることが好ましく、Cr量およびMo量が制限されていることがより好ましく、Cr量、Mo量およびNi量が制限されていることが更に好ましく、Cr量、Mo量、Ni量およびMn量が制限されていることが更に好ましい。CrやMoは、基本的な耐食性に関わるのに対し、Niは、局部腐食の進展に従属的に関わるためである。Mnは、酸化スケールによる耐局部腐食性の低下の指標として関わるためである。
【0036】
本実施形態に係る溶接構造体の用途は、特に限定されるものではない。本実施形態に係る溶接構造体は、例えば、水処理システム、海水淡水化システム、海水濃縮システム、放射性汚染水処理システム、放射性廃液処理システムや、化学プラント、石油採掘プラント、天然ガス採掘プラント等で用いることができる。これらの設備における配管や、ポンプ、バルブ、センサ、タンク等の配管機器の接合部、特に、水分濃度や塩化物濃度が高い接液部等に好ましく用いることができる。
【0037】
このような溶接構造体によると、XPS分析によって測定される溶接金属の表面において、耐食性に関係する元素の量が所定の範囲に制限されているため、溶接部について酸化スケールが十分に除去された状態が確保されると共に、溶接金属の表層を含む全体について耐食性に優れた化学組成が確保される。そのため、酸化スケールが要因となる孔食、すき間腐食等の局部腐食の感受性を低くし、また、溶接金属自体の耐食性を向上させることができる。よって、溶接部の耐食性を向上させて、溶接部を備えた溶接構造体の製品の信頼性を高めることができる。
【0038】
特に、溶接構造体が、海水等のように塩化物濃度が2×104ppmを超えるような腐食環境におかれる場合であっても、酸化スケールが適切に除去された状態によって、局部腐食の起点を生じ難くすることができる。溶接部では、オーステナイト相が成長し難く、クロム窒化物が析出してクロム欠乏層を生じ易いが、溶接金属の表層のCr量等を適正化できるため、溶接部における局部腐食の発生・進展を長期間にわたって抑制することができる。
【0039】
次に、前記の溶接構造体を得るための溶接構造体の仕上方法について説明する。
【0040】
溶接金属の表面において、耐食性に関係する元素の量が所定の範囲に制限されている前記の溶接構造体は、二相ステンレス鋼で形成された被溶接材料である母材と、被溶接材料である相手材とを、溶加材を用いて互いに溶接する工程と、二相ステンレス鋼で形成された母材が溶接金属を介して接合された溶接部の酸化スケールを除去する工程と、を含む方法によって得ることができる。
【0041】
溶接方式としては、開先溶接、隅肉溶接、シーム溶接等の適宜の溶接方式を用いることができる。被溶接材料としては、板材、管材、棒材、成形材等の適宜の材料を溶接することができる。溶接方法としては、TIG溶接、MIG溶接、MAG溶接、被覆アーク溶接、レーザ溶接等、いずれの溶接方法を用いてもよい。溶接方式は、単層溶接および積層溶接のいずれであってもよい。開先形状、積層パス条件、入熱条件等は、特に制限されるものではない。
【0042】
溶接構造体を形成する溶接時には、被溶接材料に応じて、適宜の溶加材を用いることができる。溶加材としては、溶接方法に応じて、フラックス入り溶接材料を用いてもよいし、フラックス無し溶接材料を用いてもよい。適切な化学組成の溶加材を用いると、溶接金属についての耐食性に関係する元素の量を、母材に対して調整することができる。
【0043】
溶加材としては、耐食性に関係する元素の量が母材よりも富化された材料を用いることが好ましい。すなわち、母材や溶加材が一体化したとき、Cr量や、Mo量、Ni量等が、母材よりも多くなる化学組成の溶加材を用いることが好ましい。このような溶加材を用いると、溶接金属における耐食性に関係する元素の量を調整して、溶接部の耐食性を高くすることができる。
【0044】
溶加材としては、酸素および炭素を除いた質量%で、Cr量が母材の1.5倍以上である材料がより好ましい。また、Cr量が母材の1.5倍以上、且つ、Mo量が母材の1.5倍以上である材料が更に好ましい。また、Cr量が母材の1.5倍以上、且つ、Mo量が母材の1.5倍以上、且つ、Ni量が母材の0.4倍以上である材料が更に好ましい。
【0045】
溶接部の酸化スケールを除去する工程においては、溶接金属の表面におけるCr量が、二相ステンレス鋼で形成された母材の1.5倍以上となるように、溶接金属の表面の酸化スケールを除去する。Feの酸化物を主体とする酸化スケールを十分に除去すると、溶接部の耐食性を向上させて、耐局部腐食性が高い溶接部を有する溶接構造体に仕上げることができる。
【0046】
溶接部の酸化スケールを除去する工程においては、溶接金属の表面におけるCr量が、母材の1.5倍以上、且つ、溶接金属の表面におけるMn量が、母材以下や、溶接金属の表面におけるNi量が、母材の0.4倍以上や、溶接金属の表面におけるMo量が、母材の1.5倍以上となるように、溶接金属の表面の酸化スケールを除去することが好ましい。
【0047】
溶接金属の表面の酸化スケールを除去する方法としては、(1)溶接金属の表面を酸洗処理する方法や、(2)溶接金属の表面を中性塩の溶液中で電解処理する方法や、(3)溶接金属の表面を還元熱処理する方法を用いることができる。
【0048】
(1)溶接金属の表面を酸洗処理する方法は、溶接部に酸を接触させることによって行うことができる。溶接構造体の溶接部に酸を接触させて酸洗処理した後、水洗、乾燥を行う。酸洗処理は、溶接部を酸溶液に浸漬させる処理、溶接部に酸溶液をスプレー等で吹き付ける処理、溶接部に酸溶液をブラシ等で塗布する処理等のいずれであってもよい。
【0049】
酸としては、硝酸、硫酸、フッ酸等の無機酸や、これらのうちの一種以上を混合した混合酸を用いることができる。混合酸としては、硝酸とフッ酸とを混合したフッ硝酸等を用いることができる。酸溶液には、酸洗促進剤、酸洗抑制剤等を添加することができる。塩酸は、酸化スケールがあっても溶接金属の表層に作用し易い点等から、高濃度等で用いないことが好ましい。
【0050】
硝酸の濃度は、酸洗速度を適切にする観点から、2%以上50%以下であることが好ましい。硫酸の濃度は、酸洗速度を適切にする観点から、2%以上50%以下であることが好ましい。フッ硝酸の濃度は、例えば、硝酸が2%以上50%以下、フッ酸が0.2%以上10%以下であることが好ましい。
【0051】
酸の温度は、50℃以上80℃以下であることが好ましい。温度が50℃以上であると、比較的短時間の処理であっても、酸化スケールを十分に除去することができる。温度が80℃以下であると、大きい酸洗速度による処理のムラや下地の肌荒れを抑制することができる。
【0052】
酸洗処理の時間は、酸の種類、酸溶液の温度等にもよるが、3分以上10分以下であることが好ましい。酸洗処理の時間が短すぎると、酸化スケールを十分に除去できず、処理のムラが生じ易くなる。一方、酸洗処理の時間が長すぎると、下地の肌荒れが生じ易くなる。
【0053】
溶接金属の表面における耐食性に関係する元素の量は、酸化スケールの除去の度合や、溶接金属の表層の元素の溶出等に影響されるため、酸の種類、酸の温度、酸洗処理の時間等によって、適正な範囲に調整することができる。
【0054】
(2)溶接金属の表面を中性塩の溶液中で電解処理する方法は、溶接部を中性塩の電解液に浸漬し、溶接部に電流を流して電気化学的に反応させることによって行うことができる。溶接構造体の溶接部を中性塩の電解液に浸漬して電解研磨した後、水洗、乾燥を行う。
【0055】
電解液としては、無機酸や有機酸の中性塩を溶解した水溶液を用いることができる。中性塩としては、硫酸ナトリウム、硝酸ナトリウム、硫酸アンモニウムや、これらのうちの一種以上を混合した混合物等を用いることができる。中性塩を用いると、酸溶液を用いる電解研磨と比較して、溶接金属の表層の元素の溶出を抑制できる。また、廃液の発生量を削減できる。硝酸ナトリウムを用いると、酸化スケールを除去しつつ、溶接部の表面にCrの酸化物を主体とする酸化皮膜を効率的に形成できる。
【0056】
硫酸ナトリウムの濃度は、電流密度や電位を維持する観点等から、10%以上30%以下であることが好ましい。硝酸ナトリウムの濃度は、電流密度や電位を維持する観点等から、10%以上30%以下であることが好ましい。硫酸アンモニウムの濃度は、電流密度や電位を維持する観点等から、10%以上30%以下であることが好ましい。
【0057】
電解処理における被処理材の電流密度は、2A/dm2以上20A/dm2以下であることが好ましい。電流密度が2A/dm2未満であると、酸化スケールを十分に除去することが難しい。電流密度が20A/dm2を超えると、被処理材に変色を生じると共に、耐食性を向上させるCr、Mo等が過度に溶出して、溶接金属の表層が耐食性に劣る化学組成になる。電流密度が2A/dm2以上20A/dm2以下であると、酸化スケールを除去しつつ、下地の耐食性を適切に向上させることができる。
【0058】
電解処理における通電時間は、電流密度等にもよるが、3分以上10分以下であることが好ましい。通電時間が短すぎると、酸化スケールを十分に除去できず、処理のムラが生じ易くなる。一方、通電時間が長すぎると、下地の肌荒れが生じ易くなる。
【0059】
溶接金属の表面における耐食性に関係する元素の量は、Feの酸化物を主体とする酸化スケールの除去の度合や、溶接金属の表層の元素の溶出等に影響されるため、電流密度、電解処理の時間等を変えて調整することができる。
【0060】
図1は、直接通電法で電解処理を行う装置の構成を示す図である。
図2は、間接通電法で電解処理を行う装置の構成を示す図である。
図1および
図2において、符号1は電解槽、符号2は電解液、符号3は電極、符号4は被処理材である溶接構造体、符号5は直流電源を示す。
【0061】
図1および
図2に示すように、溶接金属の表面を電解処理する方法は、溶接部に直接的に電流を流す直接通電法、および、溶接部に間接的に電流を流す間接通電法のうち、いずれによって行うこともできる。
【0062】
図1に示す直接通電法では、電解槽1内に、被処理材である溶接構造体4と、対極としての電極3とが配置される。溶接構造体4は、直流電源5の正極と電気的に接続される。電極3は、直流電源5の負極と電気的に接続される。電極3は、カーボン、タンタル等で形成することができる。電解槽1内には、中性塩を溶解した電解液2が入れられて、溶接構造体4と電極3が電解液2に浸漬される。
【0063】
直接通電法では、溶接構造体4を陽極、電極3を陰極として、直流電源5から直流電流を流す。通電によって、溶接構造体4の溶接部の表面に形成された酸化スケールに電気化学反応を生じさせて、酸化スケールを除去することができる。
【0064】
図2に示す間接通電法では、電解槽1内に、被処理材である溶接構造体4と、少なくとも一対の電極3とが配置される。電極3としては、複数個がタンデム状等に配置されてもよい。各電極3は、直流電源5の正極ないし負極と電気的に接続される。電解槽1内には、中性塩を溶解した電解液2が入れられて、溶接構造体4と電極3が電解液2に浸漬される。
【0065】
間接通電法では、溶接構造体4に近接した電極3同士の間に、直流電源5から直流電流を流す。通電によって、溶接構造体4に分極を発生させて、溶接構造体4の溶接部の表面に形成されたFeの酸化物を主体とする酸化スケールに電気化学反応を生じさせて、酸化スケールを除去することができる。中性塩の溶液中で電解処理を行うため、溶接構造体4の表面ではアノード反応がカソード反応よりも優勢になる。
【0066】
図1に示す直接通電法によると、電力効率に優れた電解処理が可能である。一方、
図2に示す間接通電法によると、電力効率に劣るが、処理のムラを低減できる。
図2において、被処理材である溶接構造体4は、電極3に対して固定されているが、電極3に対して相対運動させることもできる。電極3を溶接構造体4に対して移動走査式に設けたり、溶接構造体4を電極3に対して搬送させたりすることができる。
【0067】
(3)溶接金属の表面を還元熱処理する方法は、溶接部を、減圧雰囲気下、高温で熱処理することによって行うことができる。
【0068】
熱処理の温度は、400℃以上であることが好ましい。また、熱処理の温度は、600℃以下であることが好ましい。熱処理の時間は、1時間以上であることが好ましい。また、熱処理の時間は、熱処理の温度や圧力条件等にもよるが、3時間以下であることが好ましい。熱処理の圧力条件は、10×-2Torr以下であることが好ましい。10×-2Torr以下の減圧雰囲気下、400℃以上で1時間以上にわたって熱処理すると、Feの酸化物を主体とする酸化スケールを十分に除去することができる。
【0069】
溶接金属の表面における耐食性に関係する元素の量は、Feの酸化物を主体とする酸化スケールの除去の度合等に影響されるため、熱処理の温度、熱処理の時間、熱処理の圧力条件等を変えて調整することができる。真空度が低い条件では、熱処理の温度が低い処理や、熱処理の時間が短い処理を行うことが好ましい。一方、真空度が高い条件では、熱処理の温度が高い処理や、熱処理の時間が短い処理を行うことができる。
【0070】
このような溶接構造体の仕上方法によると、XPS分析によって測定される溶接金属の表面における耐食性に関係する元素の量が所定の範囲に制限された溶接構造体を得ることができる。溶接構造体の溶接部は、CrではなくFeの酸化物を主体とする酸化スケールが十分に除去された状態であり、且つ、溶接金属の表層を含む全体が耐食性に優れた化学組成になる。そのため、酸化スケールを要因とする孔食、すき間腐食等の局部腐食の感受性が低くなる。また、溶接金属自体の耐食性が確保される。よって、溶接部の耐食性を向上させて、溶接部を備えた溶接構造体の製品の信頼性を高めることができる。
【実施例0071】
以下、実施例を示して本発明について具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
【0072】
二相ステンレス鋼を互いに溶接した溶接材の溶接部について、溶接金属の表面の酸化スケールを除去する処理を施し、溶接金属の表面の化学組成と耐すき間腐食性との関係を評価した。
【0073】
被溶接材としては、スーパー二相ステンレス鋼であるS32750の板材、または、汎用二相ステンレス鋼であるS32205の板材を用いた。同種の二相ステンレス鋼で形成された板材同士を、二相ステンレス鋼用の溶加材を用いて、TIG溶接によって突合せ溶接した。
【0074】
溶加材としては、Cr、MoおよびNiが二相ステンレス鋼で形成された母材よりも富化されており、Mn、Fe、SiO2系フラックス等を含む二相ステンレス鋼用の溶接ワイヤを用いた。溶接時のシールドガスとしては、アルゴンガスと窒素ガスとの混合ガスを用いた。
【0075】
図3は、二相ステンレス鋼を互いに溶接した溶接材の脱スケール前の外観を示す画像である。
図4は、二相ステンレス鋼を互いに溶接した溶接材の脱スケール後の外観を示す画像である。
図3および
図4には、スーパー二相ステンレス鋼であるS32750の板材同士を突合せ溶接した溶接材を示す。
図3は、Feの酸化物を主体とする酸化スケールを除去する脱スケール処理を施す前の状態である。
図4は、脱スケール処理を施した後の状態であり、後記する実施例1の溶接材を示している。
【0076】
図3に示すように、溶接部の溶接金属の表面は、溶接によって褐色に変色し、Feの酸化物を主体とする酸化スケールが確認された。
図4に示すように、適切な脱スケール処理を施すと、酸化スケールが除去されるため、溶接金属の表面の金属光沢が回復する。
【0077】
溶接金属の表面の化学組成と耐すき間腐食性との関係の評価には、このような二相ステンレス鋼の板材同士を突合せ溶接した溶接材を用いた。酸化スケールを除去する脱スケール処理を施した後、溶接金属の表面の化学組成をXPS分析した。また、酸化スケールを除去する脱スケール処理を施した後、すき間腐食試験を行って、耐すき間腐食性を評価した。
【0078】
溶接金属の表面の酸化スケールを除去する脱スケール処理の方法としては、(1)溶接金属の表面を酸洗処理する方法、(2)溶接金属の表面を中性塩の溶液中で電解処理する方法、(3)溶接金属の表面を還元熱処理する方法のいずれかを用いた。
図3に示す丸囲み線は、XPS分析における測定位置を示す。
【0079】
耐すき間腐食性は、すき間を付与した溶接材を調整液に3ヶ月間浸漬させた後に、最大浸食深さを観察して評価した。調整液としては、塩酸でpH3.0に調整した3.5%の塩化ナトリウム水溶液を45℃で用いた。最大浸食深さが、40μmの臨界すき間腐食深さを超えた場合は、すき間腐食が発生した(「×」)と評価した。最大浸食深さが、40μmの臨界すき間腐食深さを超えていない場合は、すき間腐食が発生していない(「〇」)と評価した。
【0080】
図5は、溶接材にすき間を付与する方法を示す図である。
図5Aは、被溶接材を互いに溶接した溶接材を示す図である。
図5Bは、溶接金属の表面を印象材で型採りした状態を示す図である。
図5Cは、溶接金属の表面を調整液に浸漬させる操作を示す図である。
図5Dは、溶接金属の表面にすき間を付与した状態を示す図である。
図5において、符号4は被処理材である溶接材、符号6は溶接金属、符号7は印象材、符号8はケーブルタイ、符号9は調整液を示す。
【0081】
図5Aに示すように、板材同士を突合せ溶接した溶接材4の両面側には、溶接金属6が露出している。すき間は、溶接材4の両面側に露出する溶接金属6の表面のそれぞれに、印象材7を用いて形成した。溶接材4の表面は、受け入れままとして、研磨、不動態化処理等は行わず、アセトンによる洗浄のみを施した。印象材7としては、ビニルシリコーン製の歯科用印象材(ジーシー社製)を用いた。
【0082】
図5Bに示すように、溶接金属6の両面に印象材7を押し付けて、溶接金属6の表面を型採りし、印象材7を溶接材4から一旦剥がした。溶接材4から剥がした印象材7の周囲を除去して、長さ20mm×幅20mmの型採り部分のみを切り出した。そして、
図5Cに示すように、溶接金属6の表面に調整液を滴下した後、型採りした印象材7を元の位置に戻して型合わせした。
【0083】
続いて、
図5Dに示すように、溶接材4を挟んだ両面側の印象材7の周囲に、フッ素樹脂製のケーブルタイ8を巻き付け、印象材7を溶接材4に対して固定した。印象材7によってすき間を形成した溶接材4を、調整液に接触させた状態で3ヶ月間放置した後に、溶接金属6の表面の浸食深さを観察した。
【0084】
表1および表2に、目視によって確認された酸化スケールの残存の度合、XPS分析によって測定された溶接金属の表面の化学組成、溶接金属の表面に施した酸化スケールを除去する脱スケール処理の方法、耐すき間腐食性の評価結果を示す。表1は、被溶接材料がS32750の結果である。表2は、被溶接材料がS32205の結果である。
【0085】
【0086】
【0087】
表1および表2において、元素欄の左側には、XPS分析によって溶接金属の表面で検出された各元素の質量分率を示す。質量分率は、溶接金属に含まれる酸素および炭素を除いて、溶接金属に含まれる金属元素の合計100質量%当たりの分率に換算した数値である。
【0088】
表1および表2において、元素欄の右側には、溶接金属の表面で検出された各元素の母材に対する質量比率を示す。質量分率は、溶接金属の表面で検出された元素量[質量%]を母材に含まれる元素量[質量%]で除算した数値である。例えば、実施例1のCrの場合、溶接金属の表面では44質量%、母材では25.73質量%であるため、質量比率は、44/25.73=1.71となる。
【0089】
[実施例1]
実施例1では、S32750を用いた溶接材の溶接金属の表面を中性塩の溶液中で電解処理した。電解液としては、10%の硫酸ナトリウムの水溶液を用いた。30℃の電解液中で、溶接材に対し、電流密度を10A/dm2として5分間にわたって通電した。
【0090】
実施例1では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、44.00質量%であり、母材の1.71倍であった。Mnは、検出されなかった。Ni量は、3.45質量%であり、母材の0.54倍であった。Mo量は、5.63質量%であり、母材の1.65倍であった。耐すき間腐食性は、良好であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが十分に除去されたためと考えられる。
【0091】
[実施例2]
実施例2では、S32750を用いた溶接材の溶接金属の表面を中性塩の溶液中で電解処理した。電解液としては、10%の硫酸アンモニウムの水溶液を用いた。30℃の電解液中で、溶接材に対し、電流密度を10A/dm2として5分間にわたって通電した。
【0092】
実施例2では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、46.50質量%であり、母材の1.81倍であった。Mnは、検出されなかった。Ni量は、3.15質量%であり、母材の0.49倍であった。Mo量は、5.63質量%であり、母材の1.65倍であった。耐すき間腐食性は、良好であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが十分に除去されたためと考えられる。電解液の成分を変更しても、良好な結果が得られた。
【0093】
[実施例3]
実施例3では、S32750を用いた溶接材の溶接金属の表面を酸洗処理した。酸としては、硝酸が20%、フッ酸が0.5%であるフッ硝酸を用いた。溶接材を50℃の酸溶液に5分間にわたって浸漬させた。
【0094】
実施例3では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、39.00質量%であり、母材の1.52倍であった。Mnは、検出されなかった。Ni量は、3.25質量%であり、母材の0.51倍であった。Mo量は、5.72質量%であり、母材の1.67倍であった。耐すき間腐食性は、良好であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが十分に除去されたためと考えられる。
【0095】
[実施例4]
実施例4では、S32750を用いた溶接材の溶接金属の表面を酸洗処理した。酸としては、硝酸が10%、フッ酸が0.3%であるフッ硝酸を用いた。溶接材を50℃の酸溶液に10分間にわたって浸漬させた。
【0096】
実施例4では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、43.50質量%であり、母材の1.69倍であった。Mnは、検出されなかった。Ni量は、3.65質量%であり、母材の0.57倍であった。Mo量は、5.75質量%であり、母材の1.68倍であった。耐すき間腐食性は、良好であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが十分に除去されたためと考えられる。酸濃度を低下させても、処理時間を長くすると、良好な結果が得られた。
【0097】
[実施例5]
実施例5では、S32750を用いた溶接材の溶接金属の表面を還元熱処理した。溶接材を、10×-2Torrの減圧条件下、400℃で2時間にわたって熱処理した。
【0098】
実施例5では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、39.60質量%であり、母材の1.54倍であった。Mnは、検出されなかった。Ni量は、3.05質量%であり、母材の0.48倍であった。Mo量は、5.33質量%であり、母材の1.56倍であった。耐すき間腐食性は、良好であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが十分に除去されたためと考えられる。
【0099】
[実施例6]
実施例6では、S32750を用いた溶接材の溶接金属の表面を還元熱処理した。溶接材を、10×-4Torrの減圧条件下、600℃で0.5時間にわたって熱処理した。
【0100】
実施例6では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、42.30質量%であり、母材の1.64倍であった。Mnは、検出されなかった。Ni量は、3.23質量%であり、母材の0.50倍であった。Mo量は、5.42質量%であり、母材の1.59倍であった。耐すき間腐食性は、良好であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが十分に除去されたためと考えられる。処理時間を短くしても、真空度や温度を上げると、良好な耐食性が得られた。
【0101】
[比較例1]
比較例1では、S32750を用いた溶接材の溶接金属の表面を酸化スケールを除去することなく評価した。
【0102】
比較例1では、溶接金属の表面が褐色を呈し、金属光沢が視認できなかった。Cr量は、28.41質量%であり、母材の1.10倍であった。Mn量は、41.68質量%であり、母材の83.4倍であった。NiやMoは、検出されなかった。3ヶ月の浸漬で臨界すき間腐食深さを超えており、耐すき間腐食性は、不良であった。NiやMoが検出されなかったのは、酸化スケールが除去されず、X線が透過しなかったためと考えられる。
【0103】
[比較例2]
比較例2では、S32750を用いた溶接材の溶接金属の表面を酸洗処理した。酸としては、1.0%となるようにヘキサメチレンテトラミンを添加した10%の塩酸を用いた。溶接材を30℃の酸溶液に1分間にわたって浸漬させた。ヘキサメチレンテトラミンは、一般的な酸洗液に添加されている腐食抑制剤である。
【0104】
比較例2では、溶接金属の表面の褐色の度合が低下していたが、金属光沢が視認できる程度には至らなかった。Cr量は、32.50質量%であり、母材の1.26倍であった。MnやNiやMoは、検出されなかった。耐すき間腐食性は、不良であった。この結果は、塩酸による酸洗処理の場合、酸化スケールが十分に除去されない可能性があることを示している。
【0105】
[比較例3]
比較例3では、S32750を用いた溶接材の溶接金属の表面を酸洗処理した。酸としては、硝酸が10%、フッ酸が0.5%であるフッ硝酸を用いた。溶接材を30℃の酸溶液に1分間にわたって浸漬させた。比較例3は、実施例4と比較して、フッ酸濃度、酸溶液の温度、酸洗処理の時間が穏和な条件である。
【0106】
比較例3では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、33.10質量%であり、母材の1.29倍であった。MnやNiやMoは、検出されなかった。耐すき間腐食性は、不良であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが十分に除去されたためと考えられる。外観上は酸化スケールが除去されていたが、臨界すき間腐食深さを超える腐食が生じた。Cr量が少なく、NiやMoも検出されていないため、微視的には酸化スケールが残存していると推察される。
【0107】
[比較例4]
比較例4では、S32750を用いた溶接材の溶接金属の表面を中性塩の溶液中で電解処理した。電解液としては、10%の硫酸ナトリウムの水溶液を用いた。溶接材を30℃の電解液中で電流密度を0.5A/dm2として5分間にわたって処理した。
【0108】
比較例4では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、26.30質量%であり、母材の1.02倍であった。MnやNiやMoは、検出されなかった。耐すき間腐食性は、不良であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが十分に除去されたためと考えられる。外観上は酸化スケールが除去されていたが、臨界すき間腐食深さを超えた腐食が生じた。Cr量が少なく、NiやMoも検出されていないため、微視的には酸化スケールが残存していると推察される。
【0109】
[比較例5]
比較例5では、S32750を用いた溶接材の溶接金属の表面を中性塩の溶液中で電解処理した。電解液としては、10%の硫酸ナトリウムの水溶液を用いた。30℃の電解液中で、溶接材に対し、電流密度を50A/dm2として5分間にわたって通電した。比較例5は、実施例1と比較して、電流密度が高い条件である。
【0110】
比較例5では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、19.80質量%であり、母材の0.77倍であった。Mnは、検出されなかった。Ni量は、0.56質量%であり、母材の0.09倍であった。Mo量は、1.56質量%であり、母材の0.46倍であった。耐すき間腐食性は、不良であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが除去されたためと考えられる。外観上は酸化スケールが除去されていたが、臨界すき間腐食深さを超えた腐食が生じた。この結果は、電流密度が高すぎて、溶接金属の表面のCr量、Ni量、Mo量が低下したことによると推察される。
【0111】
[実施例1~6、比較例1~5]
実施例1~6、比較例1~5では、母材と比較して、N量が大きくなった。Nは、オーステナイト安定化元素であり、耐食性の向上等の効果をもたらす。しかし、酸化スケールの除去の度合にかかわらず、N量の違いは確認されなかった。
【0112】
[実施例7]
実施例7では、S32205を用いた溶接材の溶接金属の表面を中性塩の溶液中で電解処理した。電解液としては、10%の硫酸アンモニウムの水溶液を用いた。30℃の電解液中で、溶接材に対し、電流密度を10A/dm2として5分間にわたって通電した。
【0113】
実施例7では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、33.22質量%であり、母材の1.88倍であった。Mnは、検出されなかった。Ni量は、5.62質量%であり、母材の0.46倍であった。Mo量は、5.63質量%であり、母材の1.82倍であった。耐すき間腐食性は、良好であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが十分に除去されたためと考えられる。
【0114】
[実施例8]
実施例8では、S32205を用いた溶接材の溶接金属の表面を中性塩の溶液中で電解処理した。電解液としては、10%の硫酸アンモニウムの水溶液を用いた。30℃の電解液中で、溶接材に対し、電流密度を10A/dm2として5分間にわたって通電した。
【0115】
実施例8では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、34.26質量%であり、母材の1.94倍であった。Mnは、検出されなかった。Ni量は、5.45質量%であり、母材の0.45倍であった。Mo量は、5.23質量%であり、母材の1.69倍であった。耐すき間腐食性は、良好であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが十分に除去されたためと考えられる。電解液の成分を変更しても、良好な結果が得られた。
【0116】
[実施例9]
実施例9では、S32205を用いた溶接材の溶接金属の表面を酸洗処理した。酸としては、硝酸が20%、フッ酸が0.5%であるフッ硝酸を用いた。溶接材を50℃の酸溶液に5分間にわたって浸漬させた。
【0117】
実施例9では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、32.99質量%であり、母材の1.86倍であった。Mnは、検出されなかった。Ni量は、5.52質量%であり、母材の0.46倍であった。Mo量は、5.46質量%であり、母材の1.76倍であった。耐すき間腐食性は、良好であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが十分に除去されたためと考えられる。
【0118】
[実施例10]
実施例10では、S32205を用いた溶接材の溶接金属の表面を酸洗処理した。酸としては、硝酸が10%、フッ酸が0.3%であるフッ硝酸を用いた。溶接材を50℃の酸溶液に10分間にわたって浸漬させた。
【0119】
実施例10では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、36.21質量%であり、母材の2.04倍であった。Mnは、検出されなかった。Ni量は、5.72質量%であり、母材の0.47倍であった。Mo量は、5.82質量%であり、母材の1.88倍であった。耐すき間腐食性は、良好であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが十分に除去されたためと考えられる。酸濃度を低下させても、処理時間を長くすると、良好な結果が得られた。
【0120】
[実施例11]
実施例11では、S32205を用いた溶接材の溶接金属の表面を還元熱処理した。溶接材を、10×-2Torrの減圧条件下、600℃で1時間にわたって熱処理した。
【0121】
実施例11では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、33.56質量%であり、母材の1.90倍であった。Mnは、検出されなかった。Ni量は、5.66質量%であり、母材の0.47倍であった。Mo量は、5.22質量%であり、母材の1.68倍であった。耐すき間腐食性は、良好であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが十分に除去されたためと考えられる。
【0122】
[実施例12]
実施例12では、S32205を用いた溶接材の溶接金属の表面を還元熱処理した。溶接材を、10×-4Torrの減圧条件下、400℃で1時間にわたって熱処理した。
【0123】
実施例12では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、34.23質量%であり、母材の1.93倍であった。Mnは、検出されなかった。Ni量は、5.55質量%であり、母材の0.46倍であった。Mo量は、5.31質量%であり、母材の1.71倍であった。耐すき間腐食性は、良好であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが十分に除去されたためと考えられる。処理時間を短くしても、真空度や温度を上げると、良好な耐食性が得られた。
【0124】
[比較例6]
比較例6では、S32205を用いた溶接材の溶接金属の表面を酸化スケールを除去することなく評価した。
【0125】
比較例6では、溶接金属の表面が褐色を呈し、金属光沢が視認できなかった。Cr量は、20.14質量%であり、母材の1.14倍であった。Mn量は、28.42質量%であり、母材の24.3倍であった。NiやMoは、検出されなかった。3ヶ月の浸漬で臨界すき間腐食深さを超えており、耐すき間腐食性は、不良であった。NiやMoが検出されなかったのは、酸化スケールが除去されず、X線が透過しなかったためと考えられる。
【0126】
[比較例7]
比較例7では、S32205を用いた溶接材の溶接金属の表面を酸洗処理した。酸としては、1.0%となるようにヘキサメチレンテトラミンを添加した10%の塩酸を用いた。溶接材を30℃の酸溶液に1分間にわたって浸漬させた。
【0127】
比較例7では、溶接金属の表面の褐色の度合が低下していたが、金属光沢が視認できる程度には至らなかった。Cr量は、19.85質量%であり、母材の1.12倍であった。MnやNiやMoは、検出されなかった。耐すき間腐食性は、不良であった。この結果は、塩酸による酸洗処理の場合、酸化スケールが十分に除去されない可能性があることを示している。
【0128】
[比較例8]
比較例8では、S32205を用いた溶接材の溶接金属の表面を酸洗処理した。酸としては、硝酸が10%、フッ酸が0.5%であるフッ硝酸を用いた。溶接材を30℃の酸溶液に1分間にわたって浸漬させた。比較例8は、実施例10と比較して、フッ酸濃度、酸溶液の温度、酸洗処理の時間が穏和な条件である。
【0129】
比較例8では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、20.23質量%であり、母材の1.14倍であった。MnやNiやMoは、検出されなかった。耐すき間腐食性は、不良であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが十分に除去されたためと考えられる。外観上は酸化スケールが除去されていたが、臨界すき間腐食深さを超える腐食が生じた。Cr量が少なく、NiやMoも検出されていないため、微視的には酸化スケールが残存していると推察される。
【0130】
[比較例9]
比較例9では、S32205を用いた溶接材の溶接金属の表面を中性塩の溶液中で電解処理した。電解液としては、10%の硫酸ナトリウムの水溶液を用いた。溶接材を30℃の電解液中で電流密度を0.5A/dm2として5分間にわたって処理した。
【0131】
比較例9では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、18.85質量%であり、母材の1.07倍であった。MnやNiやMoは、検出されなかった。耐すき間腐食性は、不良であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが十分に除去されたためと考えられる。外観上は酸化スケールが除去されていたが、臨界すき間腐食深さを超えた腐食が生じた。Cr量が少なく、NiやMoも検出されていないため、微視的には酸化スケールが残存していると推察される。
【0132】
[比較例10]
比較例10では、S32205を用いた溶接材の溶接金属の表面を中性塩の溶液中で電解処理した。電解液としては、10%の硫酸ナトリウムの水溶液を用いた。30℃の電解液中で、溶接材に対し、電流密度を50A/dm2として5分間にわたって通電した。比較例5は、実施例7と比較して、電流密度が高い条件である。
【0133】
比較例10では、酸化スケールは除去され、下地の金属光沢が視認できた。Cr量は、14.80質量%であり、母材の0.84倍であった。Mnは、検出されなかった。Ni量は、0.42質量%であり、母材の0.03倍であった。Mo量は、1.88質量%であり、母材の0.61倍であった。耐すき間腐食性は、不良であった。Mnが検出されなかったのは、酸化スケールが除去されたためと考えられる。外観上は酸化スケールが除去されていたが、臨界すき間腐食深さを超えた腐食が生じた。この結果は、電流密度が高すぎて、溶接金属の表面のCr量、Ni量、Mo量が低下したことによると推察される。
【0134】
[実施例7~12、比較例6~10]
実施例7~12、比較例6~10では、母材と比較して、N量が大きくなった。Nは、オーステナイト安定化元素であり、耐食性の向上等の効果をもたらす。しかし、酸化スケール除去の度合にかかわらず、N量の違いは確認されなかった。