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特開2022-190683水性インク、インクカートリッジ、及びインクジェット記録方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022190683
(43)【公開日】2022-12-26
(54)【発明の名称】水性インク、インクカートリッジ、及びインクジェット記録方法
(51)【国際特許分類】
   C09D 11/326 20140101AFI20221219BHJP
   B41M 5/00 20060101ALI20221219BHJP
   B41J 2/01 20060101ALI20221219BHJP
【FI】
C09D11/326
B41M5/00 120
B41J2/01 501
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022092856
(22)【出願日】2022-06-08
(31)【優先権主張番号】P 2021098473
(32)【優先日】2021-06-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126240
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 琢磨
(74)【代理人】
【識別番号】100124442
【弁理士】
【氏名又は名称】黒岩 創吾
(72)【発明者】
【氏名】堀内 貴行
【テーマコード(参考)】
2C056
2H186
4J039
【Fターム(参考)】
2C056FC01
2H186BA08
2H186DA14
2H186FB11
2H186FB15
2H186FB16
2H186FB17
2H186FB25
2H186FB29
2H186FB48
2H186FB55
2H186FB58
4J039AD12
4J039BE01
4J039BE22
4J039EA44
4J039EA46
4J039GA24
(57)【要約】
【課題】 保存安定性及び吐出安定性に優れたインクジェット用の水性インクなどの提供。
【解決手段】 有機顔料、及びポリエチレンイミン構造を有する樹脂を有するインクジェット用の水性インクである。ポリエチレンイミン構造を有する樹脂は、(i)第1の連結基を介して前記ポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合するアニオン性基、及び、(ii)第2の連結基を介して前記ポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合する、又は、ポリエチレンイミン構造の窒素原子とともに環状イミドを形成する、環式化合物基を有し、第1の連結基及び第2の連結基の分子量がいずれも、10以上300以下である。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機顔料、及びポリエチレンイミン構造を有する樹脂を含有するインクジェット用の水性インクであって、
前記ポリエチレンイミン構造を有する樹脂が、(i)第1の連結基を介して前記ポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合するアニオン性基、並びに、(ii)第2の連結基を介して前記ポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合する、又は、前記ポリエチレンイミン構造の窒素原子とともに環状イミドを形成する、環式炭化水素基及び複素環式化合物基からなる群より選ばれる環式化合物基を有し、
前記第1の連結基及び前記第2の連結基の分子量がいずれも、10以上300以下であることを特徴とする水性インク。
【請求項2】
前記第1の連結基及び第2の連結基がそれぞれ独立に、アルキレン基、アリーレン基、カルボニル基、エステル基、及びアミド基からなる群より選ばれる少なくとも1種の基である請求項1に記載の水性インク。
【請求項3】
前記アニオン性基が、カルボン酸基及びスルホン酸基の少なくとも一方である請求項1に記載の水性インク。
【請求項4】
前記ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の窒素原子に前記第1の連結基を介して結合される前記アニオン性基の導入率(%)が、前記ポリエチレンイミン構造の窒素原子の数を基準として、1.0%以上40.0%以下である請求項1に記載の水性インク。
【請求項5】
前記ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の窒素原子に前記第2の連結基を介して結合される前記環式化合物基の導入率(%)が、前記ポリエチレンイミン構造の窒素原子の数を基準として、1.0%以上40.0%以下である請求項1に記載の水性インク。
【請求項6】
前記ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の重量平均分子量が、1,500以上70,000以下である請求項1に記載の水性インク。
【請求項7】
前記ポリエチレンイミン構造が、分岐鎖状である請求項1に記載の水性インク。
【請求項8】
前記ポリエチレンイミン構造を有する樹脂が、前記有機顔料を分散するための樹脂分散剤である請求項1に記載のインク。
【請求項9】
前記有機顔料が、キナクリドン骨格又はジケトピロロピロール骨格を有する有機顔料である請求項1に記載の水性インク。
【請求項10】
前記ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の含有量(質量%)が、前記有機顔料の含有量(質量%)に対する質量比率で、0.05倍以上0.50倍以下である請求項1に記載の水性インク。
【請求項11】
前記ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の含有量(質量%)が、前記有機顔料の含有量(質量%)に対する質量比率で、0.10倍以上0.30倍以下である請求項1に記載の水性インク。
【請求項12】
前記ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の含有量(質量%)が、インク全質量を基準として、0.1質量%以上5.0質量%以下である請求項1に記載の水性インク。
【請求項13】
前記有機顔料の含有量(質量%)が、インク全質量を基準として、0.1質量%以上15.0質量%以下である請求項1に記載の水性インク。
【請求項14】
インクと、前記インクを収容するインク収容部とを備えたインクカートリッジであって、
前記インクが、請求項1乃至13のいずれか1項に記載の水性インクであることを特徴とするインクカートリッジ。
【請求項15】
インクをインクジェット方式の記録ヘッドから吐出して記録媒体に画像を記録するインクジェット記録方法であって、
前記インクが、請求項1乃至13のいずれか1項に記載の水性インクであることを特徴とするインクジェット記録方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水性インク、インクカートリッジ、及びインクジェット記録方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ビジネス文書などの画像を普通紙などの記録媒体に鮮明に記録するために顔料インクを用いたインクジェット記録方法が利用されており、その利用頻度が格段に高まってきている。このような用途では、インクジェット記録装置を長期間にわたって使用しても、安定して画像を記録することができるよう、これまで以上に高いレベルのインクの保存安定性及び吐出安定性が要求される。特に、有機顔料は、カーボンブラックのような無機顔料に比べて、保存安定性及び吐出安定性が低いことが多く、上記の性能の向上がより必要とされている。顔料インクに添加する樹脂により、保存安定性及び吐出安定性などのインクジェット適性を向上させるための技術が検討されてきた。例えば、顔料、及び特定の官能基を有するポリアルキレンポリイミンを含有し、インクジェット用のインクの調製にも用いることができる顔料調合物が提案されている(特許文献1参照)。また、非水性インクに適用するための、ポリエステル基を有するポリアルキレンイミン系ポリマーが提案されている(特許文献2参照)。さらに、特定の官能基又はポリマーがそれぞれ顔料に結合した自己分散顔料を2種類含むインクが提案されている(特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005-206797号公報
【特許文献2】特表2019-512037号公報
【特許文献3】特開2006-117938号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者らは、特許文献1、2、及び3で提案された樹脂を用いた顔料インクの保存安定性について検討した。特許文献1では、ポリアルキレンポリイミンの窒素原子に、長い連結基を介して特定の官能基を結合させた樹脂を用いているが、インクの保存安定性及び吐出安定性は不十分であった。また、特許文献2に記載の樹脂は、非水系インクを想定した樹脂であり、水性インクに適用した場合の性能は不明であることに加え、カーボンブラックの具体例しかなく、有機顔料における性能は不明である。さらに、特許文献3の実施例では、用いられている顔料種が不明であり、上述の通り、有機顔料における保存安定性や吐出安定性の性能が低くなりやすいことから、その性能は不明であると言わざるを得ない。そのため、近年要求される高いレベルに対して、有機顔料を含有する水性インクの保存安定性及び吐出安定性を向上する必要があることが判明した。
【0005】
したがって、本発明の目的は、保存安定性及び吐出安定性に優れたインクジェット用の水性インク、前記水性インクを用いたインクカートリッジ、及びインクジェット記録方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的は、以下の本発明によって達成される。すなわち、本発明にかかるインクは、有機顔料、及びポリエチレンイミン構造を有する樹脂を含有するインクジェット用の水性インクであって、前記ポリエチレンイミン構造を有する樹脂が、(i)第1の連結基を介して前記ポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合するアニオン性基、並びに、(ii)第2の連結基を介して前記ポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合する、又は、前記ポリエチレンイミン構造の窒素原子とともに環状イミドを形成する、環式炭化水素基及び複素環式化合物基からなる群より選ばれる環式化合物基を有し、前記第1の連結基及び前記第2の連結基の分子量がいずれも、10以上300以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、保存安定性及び吐出安定性に優れたインクジェット用の水性インク、前記水性インクを用いたインクカートリッジ、及びインクジェット記録方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明のインクカートリッジの一実施形態を模式的に示す断面図である。
図2】本発明のインクジェット記録方法に用いられるインクジェット記録装置の一例を模式的に示す図であり、(a)はインクジェット記録装置の主要部の斜視図、(b)はヘッドカートリッジの斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に、好ましい実施の形態を挙げて、さらに本発明を詳細に説明する。本発明においては、化合物が塩である場合は、インク中では塩はイオンに解離して存在しているが、便宜上、「塩を含有する」と表現する。樹脂の「ユニット」とは、樹脂を構成する最小の繰り返し単位をいい、1の単量体の(共)重合により形成される構造を意味する。また、インクジェット用の水性インクのことを、単に「インク」と記載することがある。物性値は、特に断りのない限り、常温(25℃)における値である。
【0010】
本発明者らは、インクに含有させる樹脂によって、保存安定性及び吐出安定性を向上させることについて種々検討した。その結果、有機顔料と、ポリエチレンイミン構造の窒素原子に所定の様式でアニオン性基及び環式化合物基を結合させた樹脂を用いることで、インクの保存安定性及び吐出安定性が向上することを見出した。このポリエチレンイミン構造を有する樹脂(以降、単に「樹脂」と記載することがある)は、以下の特徴を有する。すなわち、樹脂は、(i)第1の連結基を介してポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合するアニオン性基を有する。加えて、樹脂は、(ii)第2の連結基を介してポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合する、又は、ポリエチレンイミン構造の窒素原子とともに環状イミドを形成する環式化合物基を有する。上記構成の有機顔料及び樹脂を用いることによって、インクの保存安定性及び吐出安定性が向上するメカニズムを、本発明者らは以下のように推測している。
【0011】
顔料は本質的に疎水性(非極性)の物質であるが、カーボンブラックなどの無機顔料に比して、有機顔料はその粒子表面にヒドロキシ基やカルボニル基などの水素結合を形成しやすい極性基を多く有する。-CHCH-N<で表されるエチレンイミン構造を繰り返し単位とするポリエチレンイミン構造は、窒素原子の非共有電子対に起因してプロトン化し、顔料の粒子表面の極性基と水素結合を形成する。しかし、有機顔料の粒子表面には極性基があったとしても、全体としては疎水性であり、置換基を有していないポリエチレンイミン樹脂は有機顔料との相互作用が不足するため、保存安定性が得られない。
【0012】
アニオン性基をポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合させた樹脂は、アニオン性基と、プロトン化によりカチオン性を示す樹脂の窒素原子と、がイオン結合するため、分子内や分子間で架橋構造を形成する。このような樹脂が有機顔料と共存すると、有機顔料の粒子表面の近傍に架橋構造に基づく樹脂層が形成されるため、インクの保存安定性が向上すると予想された。しかし、このような樹脂は、本質的に疎水性である有機顔料との相互作用が、置換基を有していないポリエチレンイミン樹脂と同様に不足するため、保存安定性が得られない。
【0013】
また、環式化合物基をポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合させた樹脂は、ファンデルワールス力、π-π相互作用、及び疎水性相互作用の少なくともいずれかの作用により、その環式化合物基が有機顔料の粒子表面に吸着する。これにより、有機顔料の分散状態が安定化されやすくなって、インクの保存安定性を向上することができる。
【0014】
上述の通り、ポリエチレンイミン構造の窒素原子に環式化合物基を結合させた樹脂は、有機顔料の分散状態を安定化することができる。但し、一般的なインクジェット用の水性インクのpHは中性からアルカリ性(pH7.0以上)であり、前記樹脂は、中性からアルカリ性において、脱プロトン化が進行し親水性が低下しやすいため、吐出安定性は高まらない。
【0015】
そこで、ポリエチレンイミン構造の窒素原子にアニオン性基を結合させた樹脂に、さらに、環式化合物基を導入した。このような樹脂は、上記の環式化合物基による有機顔料の粒子表面への吸着、及び、アニオン性基とプロトン化によりカチオン性を示す窒素原子とのイオン結合によって保存安定性が向上する。さらに、環式化合物基とアニオン性基とが反発しあうため、環式化合物基による有機顔料の粒子表面への吸着がより強まるとともに、アニオン性基とプロトン化によりカチオン性を示す窒素原子のイオン結合が、より安定に保たれる。前述の通り、有機顔料は無機顔料に比べ極性基を多く有するため、極性基と、樹脂のアミノ基やイミノ基、アニオン性基とが水素結合を形成し、樹脂が有機顔料に強く吸着する。そのため、エチレンイミン構造を有するポリエチレンイミン樹脂に、アニオン性基及び環式化合物基が結合されることで、インクの保存安定性がより一層高まり、近年要求される高いレベルの保存安定性を満足することができる。
【0016】
上記構成とすることで、樹脂が有機顔料に吸着しやすくなり、インクの保存安定性を向上することができるだけでなく、吐出安定性も向上することが判明した。詳細を以下に述べる。インクを連続して吐出すると、微小なインク滴が記録ヘッドの吐出口が形成された面(吐出口面)に付着することがある。吐出口面に付着したインク滴から液体成分が蒸発すると、有機顔料が急激に凝集する。吐出口面において、凝集した有機顔料が付着した部分には、凝集した有機顔料が付着していない部分と比較して、インクがより付着しやすくなる。この過程が繰り返されると、インクの付着量が多くなり、正常なインクの吐出が妨げられるようになる。本発明のインクは、樹脂が有機顔料に吸着しやすいとともに、有機顔料の分散状態を安定に維持することができるため、有機顔料の凝集を有効に抑制することができる。これにより、インクの吐出安定性を高めることができる。
【0017】
アニオン性基及び環式化合物基は、それぞれ、連結基を介してポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合させる必要がある。本明細書において「連結基」は、ポリエチレンイミン構造の窒素原子と、置換基である環式化合物基又はアニオン性基と、の間の2価以上の部分構造を意味する。連結基の分子量は、10以上300以下である必要がある。アニオン性基や環式化合物基と、窒素原子と、の間に所定の分子量を持つ連結基が存在することで、樹脂の分子運動の自由度が増して、有機顔料の粒子表面への吸着及びイオン結合に最適なコンフォメーションをとりやすくなる。一方、連結基が存在しない場合や、分子量が10未満又は300超である場合、樹脂の有機顔料の粒子表面への吸着又はイオン結合に最適なコンフォメーションがとれず、保存安定性及び吐出安定性が得られない。環式化合物基は、ポリエチレンイミン構造の窒素原子とともに五員、又は、六員の環状イミドを形成してもよい。本明細書において「環状イミド」とは、環にイミド基(-CO-NH-CO-)を有する化合物を意味する。イミド基の窒素原子の部分は、ポリエチレンイミン構造の窒素原子であり、イミド基の水素原子の部分はポリエチレンイミン構造の炭素原子であってもよい。この場合は、環状イミドの部分が有機顔料の粒子表面に吸着して、上記の効果を得ることができる。
【0018】
<インク>
本発明のインクは、有機顔料、及び特定の構造を有する樹脂を含有するインクジェット用のインクである。以下、本発明のインクを構成する成分やインクの物性などについて詳細に説明する。
【0019】
(有機顔料)
インクは色材として有機顔料を含有する。インク中の有機顔料の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上15.0質量%以下であることが好ましく、1.0質量%以上10.0質量%以下であることがさらに好ましい。
【0020】
有機顔料の具体例としては、アゾ、フタロシアニン、キナクリドン、イソインドリノン、イミダゾロン、ジケトピロロピロール、ジオキサジンなどが挙げられる。なかでも、有機顔料は、キナクリドン骨格又はジケトピロロピロール骨格を有する有機顔料であることが好ましい。これらの骨格を有する有機顔料は、カルボニル基及びイミノ基などの水素結合を形成しやすい官能基を構造中に特に多く有し、ポリエチレンイミン構造を有する樹脂のアミノ基やイミノ基、アニオン性基と水素結合を多く形成する。このため、樹脂が有機顔料により強く吸着して、保存安定性及び吐出安定性をさらに向上することができる。
【0021】
ジケトピロロピロール骨格を有する有機顔料としては、C.I.ピグメントオレンジ:71、73など;C.I.ピグメントレッド:254、255、264などが挙げられる。キナクリドン骨格を有する有機顔料としては、C.I.ピグメントバイオレット19(無置換キナクリドン)、C.I.ピグメントレッド122(2,9-ジメチルキナクリドン)、C.I.ピグメントレッド202(2,9-ジクロロキナクリドン)などが挙げられる。キナクリドン骨格を有する有機顔料として、2種以上のキナクリドン顔料で形成される、キナクリドン固溶体顔料を用いることもできる。なかでも、C.I.ピグメントレッド202とC.I.ピグメントバイオレット19との固溶体顔料;C.I.ピグメントレッド122とC.I.ピグメントバイオレット19との固溶体顔料;が好ましい。
【0022】
顔料の分散方式としては、分散剤として樹脂(樹脂分散剤)を用いた樹脂分散顔料や、顔料の粒子表面に親水性基が結合している自己分散顔料などを用いることができる。また、顔料の粒子表面に樹脂を含む有機基を化学的に結合させた樹脂結合型顔料や、顔料の粒子の表面を樹脂などで被膜したマイクロカプセル顔料などを用いることができる。
【0023】
なかでも、樹脂分散剤によって顔料を分散させる樹脂分散顔料が好ましい。特に、ポリエチレンイミン構造を有する樹脂を、顔料を分散するための樹脂分散剤として用いた樹脂分散顔料が好ましい。但し、ポリエチレンイミン構造を有する樹脂とは異なる樹脂を樹脂分散剤として用いる場合、樹脂分散剤としては、アニオン性基やエチレンオキサイド基などの親水性基の作用によって顔料を液媒体中に分散させる、親水性基を有する樹脂を用いることが好ましい。
【0024】
本発明の効果が損なわれない限り、インクには、有機顔料に加えて、その他の顔料を含有させてもよい。インク中のその他の顔料の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として0.1質量%以上15.0質量%以下であることが好ましく、1.0質量%以上10.0質量%以下であることがさらに好ましい。その他の顔料としては、カーボンブラック、酸化チタンなどの無機顔料が挙げられる。
【0025】
(ポリエチレンイミン構造を有する樹脂)
インクは、アニオン性基、及び、特定の環式化合物基が結合した、ポリエチレンイミン構造を有する樹脂(以下、ポリエチレンイミン構造を有する樹脂、と記載することがある)を含有する。本明細書において「アニオン性基」とは、プロトン解離によりアニオン性になる酸性の官能基を指す。ポリエチレンイミン構造を有する樹脂は、-CHCH-N<で表されるエチレンイミン構造を繰り返し単位とする樹脂である。ポリエチレンイミン構造を有する樹脂は、第1、2、3級のアミノ窒素いずれを含んでいてもよい。
【0026】
ポリエチレンイミン構造を有する樹脂としては、分岐鎖状及び直鎖状のいずれのものも用いることができる。なかでも、分岐鎖状のポリエチレンイミン構造を有する樹脂を用いることが好ましい。つまり、ポリエチレンイミン構造は、分岐鎖状であることが好ましい。分岐鎖状のポリエチレンイミンは、第1、2、3級のアミノ窒素を有するエチレンイミン構造を含み、ランダムな枝分かれ構造を有するものである。直鎖状のポリエチレンイミンは、両末端以外は、第2級アミノ窒素を有するエチレンイミン構造を有するものである。
【0027】
ポリエチレンイミン構造に導入するアニオン性基は、プロトンが結合した遊離酸型でもよいし、金属イオンやアンモニウムイオンなどのカチオンと結合した塩型でもよい。また、インク中でイオン解離してアニオン型でもよい。アニオン性基としては、遊離酸型で示すと、カルボン酸基(-COOH)、スルホン酸基(-SOH)、リン酸基(-OPO)、ホスホン酸基(-PO)などが挙げられ、それぞれ同じであっても異なっていてもよい。加水分解に対する安定性を考慮すると、ポリエチレンイミン構造に導入するアニオン性基は、カルボン酸基及びスルホン酸基の少なくとも一方であることが好ましい。
【0028】
ポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合させる環式化合物基は、環式炭化水素基及び複素環式化合物基からなる群より選ばれる。環式化合物基の炭素数は1乃至10であることが好ましく、炭素数1乃至3程度のアルキル基、アニオン性基などの置換基を有してもよい。環式炭化水素基としては、脂環式炭化水素基及び芳香族炭化水素基などが挙げられる。脂環式炭化水素基としては、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基などの単環のシクロアルキル基、イソボルニル基、ジシクロペンテニル基、ジシクロペンタニル基、アダマンチル基などの多環のシクロアルキル基が挙げられる。芳香族炭化水素基としては、フェニル基、トリル基、ナフチル基、フェナントリル基、アントリル基、フルオレニル基などのアリール基が挙げられる。複素環式化合物基としては、その安定性から五員環又は六員環が好ましい。五員環の複素環式化合物基としては、ピロリジン基、ピロール基、フラン基、イミダゾール基などが挙げられる。六員環の複素環式化合物基としては、ピペリジン基、ピリジン基、ピラン基、ピペラジン基などが挙げられる。
【0029】
(i)アニオン性基は第1の連結基を介して、また、(ii)環式化合物基は第2の連結基を介して、それぞれ、ポリエチレンイミン構造の窒素原子と結合する。環式化合物基は、ポリエチレンイミン構造の窒素原子とともに五員、又は、六員の環状イミドを形成してもよい。環式化合物基及びアニオン性基を結合させる窒素原子はそれぞれ同一でも、異なっていてもよい。合成のし易さなどの観点から、アニオン性基及び環式化合物基はそれぞれ異なる窒素原子に結合させることが好ましい。以下、第1の連結基及び第2の連結基をまとめて「連結基」と表現する。連結基は、2価以上5価以下であることが好ましく、樹脂を合成する際の導入のし易さの観点から2価の連結基であることがさらに好ましい。アニオン性基及び環式化合物基の連結基はそれぞれ同一の構造であってもよいし、異なる構造でもよい。連結基は、炭素原子、水素原子、酸素原子、窒素原子、硫黄原子などで構成される原子団が挙げられ、水素原子は、アルキル基、ヒドロキシ基、ハロゲン原子で置換されていてもよい。連結基の分子量は、10以上300以下であることが必要である。
【0030】
2価の連結基としては、例えば、アルキレン基、アリーレン基、アルキレンオキサイド基、カルボニル基(-CO-)、エステル基(-COO-)、及びアミド基(-CONH-)からなる群より選ばれる少なくとも1種の基が挙げられる。アルキレン基としては、メチレン基、エチレン基などが挙げられる。アリーレン基としては、フェニレン基、ナフチレン基などが挙げられる。アルキレンオキサイド基としては、エチレンオキサイド基、プロピレンオキサイド基などが挙げられる。置換基は、上記の各基の2つ以上を組み合わせた基であってもよい。なお、本発明においては、エステル基(-COO-)、及びアミド基(-CONH-)はカルボニル基(-CO-)とは異なる官能基であるものとする。これらのなかでも、第1の連結基及び第2の連結基は、それぞれ独立に、アルキレン基、アリーレン基、カルボニル基、エステル基、及びアミド基からなる群より選ばれる少なくとも1種の基であることがさらに好ましい。これらの連結基は、親水性と疎水性のバランスを容易に調節可能である。
【0031】
連結基を介して、アニオン性基や環式化合物基をポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合させる方法について説明する。例えば、連結基の一方の末端に反応性官能基を有し、他方の末端に環式化合物基やアニオン性基を有する試薬を用いることが簡便である。以下、このような試薬をそれぞれ、アニオン性基導入試薬、環式化合物基導入試薬とも記す。具体的には、酸塩化物又は酸無水物などを用いたアミド化、アクリル酸などを用いたMichael反応、ハロゲン化アルキル又はエポキシ化合物などを用いたアミンのアルキル化などが挙げられる。
【0032】
ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の窒素原子に連結基を介して結合されるアニオン性基及び環式化合物基の導入率(%)は、ポリエチレンイミン構造の窒素原子の数を基準として、それぞれ、0.5%以上50.0%以下であることが好ましい。なかでも、前記導入率(%)はそれぞれ、1.0%以上40.0%以下であることがさらに好ましく、2.0%以上30.0%以下であることが特に好ましい。
【0033】
環式化合物基を有するジカルボン酸無水物とポリエチレンイミン構造の第1級アミンを80℃以上で反応させると、ジカルボン酸とポリエチレンイミン構造の窒素原子によって五員、又は、六員の環状イミドを形成することができる。また、ジカルボン酸無水物とポリエチレンイミン構造の第1級アミンを50℃以下で反応させると、第1級アミンと一方のカルボン酸によってアミドを形成し、他方のカルボン酸は未反応のまま残ってアニオン性基となる。さらに、ジカルボン酸無水物とポリエチレンイミン構造の第2級アミンを反応させると、一方のカルボン酸はアミドを形成し、他方のカルボン酸は未反応のまま残ってアニオン性基となる。
【0034】
ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の重量平均分子量は、500以上100,000以下であることが好ましい。なかでも、保存安定性及び吐出安定性をより高めることができるため、ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の重量平均分子量は、1,500以上70,000以下であることがさらに好ましい。
【0035】
インク中の、ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.05質量%以上10.0質量%以下であることが好ましく、0.1質量%以上5.0質量%以下であることがさらに好ましい。インク中の、ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の含有量(質量%)は、有機顔料の含有量(質量%)に対する質量比率で、0.05倍以上0.50倍以下であることが好ましい。前記質量比率がこの範囲内であると、各成分の含有量のバランスがよいため、より優れたレベルの保存安定性及び吐出安定性を得ることができる。前記質量比率は、0.10倍以上0.30倍以下であることがさらに好ましい。
【0036】
ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の窒素原子に連結基を介してアニオン性基及び環式化合物基が結合していることは、例えば以下の手法によってこれらの官能基の導入率を算出することで確認できる。まず、アニオン性基又は環式化合物基を導入するために、ポリエチレンイミンと導入試薬を反応させて、樹脂を合成する。その後、樹脂を精製し、分析を行うことで、ポリエチレンイミン構造の窒素原子の数を基準とした導入率を測定する。
【0037】
樹脂を精製するために、透析を行うことができる。透析を行う場合、透析膜としては、分画分子量が0.1~1kDa程度の半透膜を用いることが好ましい。例えば、商品名「Biotech CE」(分画分子量0.1~0.5kDaタイプ、REPLIGEN製)、商品名「Spectra/Por」(分画分子量1kDaタイプ、REPLIGEN製)などを用いることができる。イオン交換水の使用量や静置する時間は、不純物の量や種類に応じて適宜調整できる。具体的には、イオン交換水の使用量は、樹脂を溶解した溶液の10~100倍程度(質量基準)とすることができる。また、静置する時間は、12~48時間とすることができる。
【0038】
アニオン性基及び環式化合物基の導入率を測定するための分析手法としては、公知の手法を用いることができる。例えば、以下のようなものが挙げられる。
H又は13C(逆ゲート付きデカップリング)を対象とした核磁気共鳴(NMR)分光分析法
・芳香族基を対象とした紫外可視吸収(UV-Vis-NIR)分光分析法
・カルボニル基などを対象とした赤外吸収(FT-IR)分光分析法
・SOH基の硫黄原子を対象とした誘導結合プラズマ発光(ICP)分光分析法
【0039】
(その他の樹脂)
インクには、ポリエチレンイミン構造を有する樹脂とは異なる樹脂(その他の樹脂)を含有させることができる。インク中のその他の樹脂の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上5.0質量%以下であることが好ましい。
【0040】
その他の樹脂は、(i)顔料の分散状態を安定にする、すなわち顔料の樹脂分散剤やその補助として、(ii)記録される画像の各種特性を向上させる、などの用途でインクに含有させることができる。樹脂の形態としては、ブロック共重合体、ランダム共重合体、グラフト共重合体、及びこれらの組み合わせなどが挙げられる。また、樹脂は、水性媒体に溶解しうる水溶性樹脂であってもよく、水性媒体中に分散する樹脂粒子であってもよい。樹脂粒子は、色材を内包する必要はない。
【0041】
本明細書において「樹脂が水溶性である」とは、その樹脂を酸価と等量のアルカリで中和した場合に、動的光散乱法により粒子径を測定しうる粒子を形成しない状態で液媒体中に存在することを意味する。樹脂が水溶性であるか否かについては、以下に示す方法にしたがって判断することができる。まず、酸価相当のアルカリ(水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなど)により中和された樹脂を含む液体(樹脂固形分:10質量%)を用意する。次いで、用意した液体を純水で10倍(体積基準)に希釈して試料溶液を調製する。そして、試料溶液中の樹脂の粒子径を動的光散乱法により測定した場合に、粒子径を有する粒子が測定されない場合に、その樹脂は水溶性であると判断することができる。この際の測定条件は、例えば、SetZero:30秒、測定回数:3回、測定時間:180秒、とすることができる。粒度分布測定装置としては、動的光散乱法による粒度分析計(例えば、商品名「UPA-EX150」、日機装製)などを使用することができる。勿論、使用する粒度分布測定装置や測定条件などは上記に限られるものではない。
【0042】
その他の樹脂の酸価は、0mgKOH/g以上250mgKOH/g以下であることが好ましい。有機顔料を分散するための樹脂分散剤として「その他の樹脂」を用いることもできる。この場合、ポリエチレンイミン構造を有する樹脂を効率よく有機顔料に吸着させるために、その他の樹脂の酸価は、15mgKOH/g以下であることが好ましく、0mgKOH/gであることがさらに好ましい。その他の樹脂の重量平均分子量は、1,000以上30,000以下であることが好ましく、5,000以上15,000以下であることがさらに好ましい。樹脂の重量平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により測定されるポリスチレン換算の値である。
【0043】
その他の樹脂としては、アクリル系樹脂、ウレタン系樹脂、ウレア系樹脂などが挙げられる。なかでも、アクリル系樹脂が好ましい。アクリル系樹脂としては、親水性ユニット及び疎水性ユニットを構成ユニットとして有するアクリル系樹脂が好ましい。なかでも、(メタ)アクリル酸に由来する親水性ユニットと、脂肪族基又は芳香族基を有する単量体に由来する疎水性ユニットとを有するアクリル系樹脂が好ましい。
【0044】
(水性媒体)
インクは、水性媒体として水を含有する水性のインクである。インクには、水、又は水及び水溶性有機溶剤の混合溶媒である水性媒体を含有させることができる。ポリエチレンイミン構造を有する樹脂は、プロトン化によりカチオン性を示す窒素原子、及びアニオン性基を有するため、両性イオンの性質を持ち、親水性が高い。このため、インクのpH変化や、液体成分の蒸発などによる成分の濃度変化が生じたとしても、有機顔料の分散状態を安定に維持することができる。
【0045】
水としては、脱イオン水(イオン交換水)を用いることが好ましい。インク中の水の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、50.0質量%以上95.0質量%以下であることが好ましい。水溶性有機溶剤としては、水溶性(好ましくは、25℃において水に任意の割合で溶解するもの)であれば特に制限はない。具体的には、1価又は多価のアルコール類、アルキレングリコール類、グリコールエーテル類、含窒素極性化合物類、含硫黄極性化合物類などを用いることができる。インク中の水溶性有機溶剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、5.0質量%以上90.0質量%以下であることが好ましく、10.0質量%以上50.0質量%以下であることがさらに好ましい。
【0046】
(その他の添加剤)
インクには、必要に応じて、界面活性剤、pH調整剤、防腐剤、防黴剤、酸化防止剤、還元防止剤、蒸発促進剤、及びキレート化剤などの種々の添加剤を含有させることができる。なかでも、インクは界面活性剤を含有することが好ましい。インク中の界面活性剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上5.0質量%以下であることが好ましく、0.1質量%以上2.0質量%以下であることがさらに好ましい。界面活性剤としては、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤などが挙げられる。
【0047】
(インクの物性)
インクは、インクジェット方式に適用するインクであるので、その物性を適切に制御することが好ましい。25℃におけるインクの表面張力は、10mN/m以上60mN/m以下であることが好ましく、20mN/m以上40mN/m以下であることがさらに好ましい。また、25℃におけるインクの粘度は、1.0mPa・s以上10.0mPa・s以下であることが好ましい。25℃におけるインクのpHは、5.0以上10.0以下であることが好ましく、7.0以上8.5以下であることがさらに好ましい。
【0048】
<インクカートリッジ>
本発明のインクカートリッジは、インクと、このインクを収容するインク収容部とを備える。そして、このインク収容部に収容されているインクが、上記で説明した本発明のインクである。図1は、本発明のインクカートリッジの一実施形態を模式的に示す断面図である。図1に示すように、インクカートリッジの底面には、記録ヘッドにインクを供給するためのインク供給口12が設けられている。インクカートリッジの内部はインクを収容するためのインク収容部となっている。インク収容部は、インク収容室14と、吸収体収容室16とで構成されており、これらは連通口18を介して連通している。また、吸収体収容室16はインク供給口12に連通している。インク収容室14には液体のインク20が収容されており、吸収体収容室16には、インクを含浸状態で保持する吸収体22及び24が収容されている。インク収容部は、液体のインクを収容するインク収容室を持たず、収容されるインク全量を吸収体により保持する形態であってもよい。また、インク収容部は、吸収体を持たず、インクの全量を液体の状態で収容する形態であってもよい。さらには、インク収容部と記録ヘッドとを有するように構成された形態のインクカートリッジとしてもよい。
【0049】
<インクジェット記録方法>
本発明のインクジェット記録方法は、上記で説明した本発明のインクをインクジェット方式の記録ヘッドから吐出して記録媒体に画像を記録する方法である。インクを吐出する方式としては、インクに力学的エネルギーを付与する方式や、インクに熱エネルギーを付与する方式が挙げられる。本発明においては、インクに熱エネルギーを付与してインクを吐出する方式を採用することが特に好ましい。本発明のインクを用いること以外、インクジェット記録方法の工程は公知のものとすればよい。
【0050】
図2は、本発明のインクジェット記録方法に用いられるインクジェット記録装置の一例を模式的に示す図であり、(a)はインクジェット記録装置の主要部の斜視図、(b)はヘッドカートリッジの斜視図である。インクジェット記録装置には、記録媒体32を搬送する搬送手段(不図示)、及びキャリッジシャフト34が設けられている。キャリッジシャフト34にはヘッドカートリッジ36が搭載可能となっている。ヘッドカートリッジ36は記録ヘッド38及び40を具備しており、インクカートリッジ42がセットされるように構成されている。ヘッドカートリッジ36がキャリッジシャフト34に沿って主走査方向に搬送される間に、記録ヘッド38及び40から記録媒体32に向かってインク(不図示)が吐出される。そして、記録媒体32が搬送手段(不図示)により副走査方向に搬送されることによって、記録媒体32に画像が記録される。記録媒体32としては、どのようなものを用いてもよいが、普通紙などのコート層を有しない記録媒体、光沢紙、アート紙、マット紙などのコート層を有する記録媒体などの、浸透性を有するような、紙を基材とした記録媒体を用いることが好ましい。
【実施例0051】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、下記の実施例によって何ら限定されるものではない。成分量に関して「部」及び「%」と記載しているものは特に断らない限り質量基準である。
【0052】
<ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の分析>
ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の窒素原子に連結基を介してアニオン性基及び環式化合物基が結合していることを、以下の手法によってこれらの官能基の導入率を算出することで確認した。
【0053】
まず、ポリエチレンイミンと導入試薬を反応させて合成した樹脂をイオン交換水に溶解させ、溶液を調製した。この溶液を透析膜(商品名「Spectra/Por」、分画分子量1kDa、REPLIGEN製)中に密封して、低分子量成分及び塩を除去した。溶液の入った透析膜を、溶液の100倍程度(質量基準)のイオン交換水にいれ、48時間程度静置した。その後、透析膜を取り出し、外側をイオン交換水で洗浄した後、透析膜の内容物(精製後の溶液)を取り出した。得られた精製後の溶液から減圧蒸留により水を除去した後、100℃の真空加熱乾燥器で12時間乾燥し、試料(樹脂)を得た。得られた試料を用いて、アニオン性基及び環式化合物基の導入率を求めた。
【0054】
アニオン性基及び環式化合物基の導入率を測定するための分析手法としては、以下のようなものが挙げられる。
H又は13C(逆ゲート付きデカップリング)を対象とした核磁気共鳴(NMR)分光分析法
・芳香族基を対象とした紫外可視吸収(UV-Vis-NIR)分光分析法
・カルボニル基などを対象とした赤外吸収(FT-IR)分光分析法
・SOH基の硫黄原子を対象とした誘導結合プラズマ発光(ICP)分光分析法
【0055】
ポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合したフェニル基(環式化合物基)の導入率は以下のように算出した。合成した樹脂のうち少量をサンプリングして、前述の精製及びH-NMR分析(DO、内部標準:3-(トリメチルシリル)-1-プロパンスルホン酸ナトリウム)を行った結果、7.2~7.6ppmにフェニル基のプロトンに由来するピークが観測された。さらに、フェニル基のプロトン及びポリエチレンイミン構造におけるエチレン基のプロトンの積分値をそれぞれ求め、ポリエチレンイミン構造の窒素原子の数を基準としたフェニル基の導入率(%)を次式により計算した。その他の官能基の導入率についても、上記の分析手法の中から適宜選択して算出した。
(導入率、%)=(4/5)×(IPh/IPEI)×100
Ph:フェニル基のプロトンの積分値
PEI:ポリエチレンイミン構造のプロトンの積分値
【0056】
<ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)の測定条件>
以下に示す条件にしたがって、GPCにより重量平均分子量を測定した。
GPC装置:商品名「HLC-8320GPC EcoSEC」(東ソー製)
検出器:示差屈折率検出器
カラム:商品名「OHpak SB-802.5 HQ」、「SB-803 HQ」、「SB-804 HQ」(いずれも、Shodex製)
カラム温度:40℃
溶離液:(0.5mol/Lの酢酸及び0.2mol/Lの硝酸ナトリウムを含有する水溶液)/アセトニトリル=50/50(体積基準)
分子量標準物質:ポリエチレングリコール
【0057】
<樹脂の合成>
(樹脂1~31)
撹拌装置、還流冷却装置、温度計、及び表1及び表2に示すガス導入管を備えたフラスコに、ポリエチレンイミン、塩基、アニオン性基の導入反応の際の副反応を抑制するための重合禁止剤、及び溶媒を入れ、25℃で撹拌して溶解させた。その後、導入試薬を添加して、表1に示す反応条件でさらに撹拌して、アニオン性基をポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合させた。この時点で、上記の方法でアニオン性基の導入率を測定した。必要に応じて、この反応容器の導入管を表3及び表4に示すものに付け替えた。
【0058】
次いで、この反応容器に、表3及び表4に示す導入試薬、塩基、環式化合物基の導入反応の際の副反応を抑制するための重合禁止剤、及び溶媒を添加した。表3及び表4に示す反応条件でさらに撹拌して、環式化合物基をポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合させた。必要に応じて25℃まで冷却した後、反応容器に50.0部のイオン交換水を添加して、樹脂を含む溶液を調製した。得られた溶液を浸透膜(商品名「Spectra/Por」、分画分子量1kDa、REPLIGEN製)に入れて密封した。2,000部のイオン交換水を入れたビーカーに、溶液が密閉された浸透膜を浸漬し、ビーカー内をスターラーで24時間撹拌して、溶液から不純物を除去した。その後、溶液が密閉された透析膜を取り出し、外側をイオン交換水で洗浄した後、透析膜の内容物を取り出した。浸透膜の内容物を減圧蒸留で液体成分を除去して、固体の樹脂を得た。上記のGPCによる分析により、重量平均分子量を求めた。さらに、合成した樹脂の一部を用いて上記の方法で環式化合物基の導入率を測定した。樹脂8~10、及び、15においては、上述した五員、又は、六員の環状イミドの形成が確認された。樹脂23においては、3価の連結基を介して、2つのカルボン酸基がポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合していることが確認された。
【0059】
(樹脂32)
樹脂32として、特許文献1の例1(硫酸化されたアルコキシル化ポリエチレンイミンの製造)に準じて合成し、-(CHCHO)(CHCH(CH)O)-で連結されたスルホン酸基を有するポリエチレンイミンを得た。スルホン酸基の連結基の分子量は、300を超えていた。
【0060】
(樹脂33)
樹脂33を、特許文献1の例6(アルコキシル化ポリエチレンイミンとフェニルイソシアネートとの反応及び引き続き無水コハク酸での官能化)に準じて合成した。その結果、-(CHCHO)(CHCH(CH)O)-で連結されたフェニル基、及び-(CHCHO)(CHCH(CH)O)-COCHCH-で連結されたカルボン酸基を有するポリエチレンイミンを得た。フェニル基、及びカルボン酸基の連結基の分子量はそれぞれ300を超えていた。
【0061】
(樹脂34)
樹脂34として、特開2017-160289号公報の製造例1~6に準じて、重合体1を合成した。これは-CHCH(OH)CHO-で連結された2-エチルヘキシル基を有するポリエチレンイミンである。2-エチルヘキシル基の連結基の分子量は74であった。
【0062】
(樹脂35)
樹脂35を、特許文献2の分散剤1の記載に準じて合成した。得られた樹脂35は、主にカルボキサミド及びカルボキシミド基を介してポリエチレンイミンに結合した、下記構造式(1)の基をそれぞれ有し、ε-カプロラクトン、γ-バレロラクトン及びラウリン酸のコポリエステル側鎖を有していた。構造式(1)中、右側の基は、ポリエチレンイミン構造の窒素原子とともに六員の環状イミドを形成していた。カルボン酸基の連結基の分子量は154であった。
【0063】
【化1】
【0064】
(樹脂36)
樹脂36として、市販の分岐鎖状のポリエチレンイミン(商品名「エポミン SP-200」、樹脂分98%以上、日本触媒製)を用いた。これは、アニオン性基及び環式化合物基が結合していないポリエチレンイミン構造を有する樹脂であった。
【0065】
表5及び表6に合成した樹脂の特性を示す。樹脂の合成に利用した試薬(ポリエチレンイミン、導入試薬)は以下のものである。
・SP-200、SP-003、SP-006(いずれも樹脂分98%以上)、HM-2000(樹脂分93%~95%)、P-1000(樹脂分30%水溶液):いずれも、商品名「エポミン」、分岐鎖状のポリエチレンイミン、日本触媒製
・PEI 2500:直鎖状のポリエチレンイミン、Polysciences製
・アクリル酸エステル化合物1:下記構造式(2)で表される化合物
【0066】
【化2】
【0067】
本化合物は、以下の製造例にしたがい合成した。ナスフラスコに、コハク酸モノ(2-アクリロイルオキシエチル)3.00部、国際公開第2002/051836号に準じて合成したN-(2-アミノエチル)ベンズアミドを2.28部、エタノールを30部加えて25℃で撹拌して溶解させた。その後、縮合剤として4-(4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン-2-イル)-4-メチルモルホリニウムクロリド3.84部を加え、25℃で2時間撹拌した。そして、エタノールを減圧留去し、生じた残渣をクロロホルムに溶解した。二相抽出により有機相を1mol/L塩酸、次いで1mol/L炭酸ナトリウム水溶液の順に洗浄した後、無水硫酸マグネシウムで乾燥した。引き続きろ過を行い、得られたろ液からクロロホルムを減圧留去することでアクリル酸エステル化合物1を3.02部(収率60%)得た。
・アクリル酸エステル化合物2:下記構造式(3)で表される化合物
【0068】
【化3】
【0069】
本化合物は、アクリル酸エステル化合物1の製造例において、N-(2-アミノエチル)ベンズアミドを1-ベンゾイルピペラジンに変更する以外は同様にして合成した。
・EX-145:商品名「デナコール」、エポキシ化合物、ナガセケムテックス製、下記構造式(4)で表される化合物
【0070】
【化4】
【0071】
【表1】
【0072】
【表2】
【0073】
【表3】
【0074】
【表4】
【0075】
【表5】
【0076】
【表6】
【0077】
<顔料分散液の調製>
表7に示す顔料、樹脂、及び液媒体を混合して、混合物を調製した。得られた混合物をバッチ式縦型サンドミル(アイメックス製)に入れ、0.3mm径のジルコニアビーズ150.0部を充填し、水冷しながら5時間分散した。遠心分離して粗大粒子を除去した後、必要に応じて表7に示すものと同種の液媒体を適量添加して、各顔料分散液を得た。表7に記載の顔料及び樹脂の量は、いずれも固形分としての量である。表7中の各成分の詳細を以下に示す。
・Cab-o-jet 260M:顔料(C.I.ピグメントレッド122)の粒子表面にベンゼンスルホン酸基が結合した自己分散顔料を含有する市販の顔料水分散液(商品名「Cab-o-jet 260M」、キャボット製、顔料の含有量:10.0%)の液体成分を蒸発させて、顔料の含有量を20.0%にしたもの
・Cab-o-jet 200:顔料(カーボンブラック)の粒子表面にベンゼンスルホン酸基が結合した自己分散顔料を含有する市販の顔料水分散液(商品名「Cab-o-jet 200」、キャボット製、顔料の含有量:20.0%)
・PGMEA:プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート
・固溶体顔料1:C.I.ピグメントレッド122とC.I.ピグメントバイオレット19との固溶体顔料
・固溶体顔料2:C.I.ピグメントレッド202とC.I.ピグメントバイオレット19との固溶体顔料
・アクリル系樹脂:商品名「DISPERBYK-190」(ビックケミー・ジャパン製、酸価:10mgKOH/g)の液体成分を乾固させて、固形にしたもの
【0078】
【表7】
【0079】
<インクの調製>
表8の左側に示す各成分を混合し、十分に撹拌した後、ポアサイズ2.5μmのミクロフィルタ(富士フイルム製)で加圧ろ過してインクを調製した。アセチレノールE100(商品名)は、川研ファインケミカル製のノニオン性界面活性剤である。表8中、「特定の樹脂の含有量B(%)」の欄には、インク中のポリエチレンイミン構造を有する樹脂の含有量を表記した。
【0080】
<評価>
上記で得られた各インクについて、以下の各項目の評価を行った。本発明においては、以下に示す各項目の評価基準で、「A」、及び「B」を許容できるレベルとし、「C」を許容できないレベルとした。評価結果を表8の右側に示す。
【0081】
(保存安定性)
各インクを密閉容器に入れ、80℃で所定期間保存した。E型粘度計(商品名「RE-80L」、東機産業製)を使用して保存前後のインクの粘度を測定し、保存前の粘度を基準として、保存後に上昇した粘度の差分(粘度変化)が0.1mPa・s未満に収まる保存期間(日数)を測定した。そして、各顔料、並びに、アニオン性基及び環式化合物基が結合していないポリエチレンイミン構造を有する樹脂を含有する比較例のインクの保存期間(日数)を「基準保存期間」とし、以下に示す評価基準にしたがってインクの保存安定性を評価した。
A:保存期間が、基準保存期間の1.5倍以上であった。
B:保存期間が、基準保存期間の1.1倍以上1.5倍未満であった。
C:保存期間が、基準保存期間の1.1倍未満であった。
【0082】
(吐出安定性)
上記で得られた各インクをそれぞれインクカートリッジに充填し、熱エネルギーの作用により記録ヘッドからインクを吐出するインクジェット記録装置(商品名「PIXUS 9500」、キヤノン製)にセットした。本実施例においては、解像度が600dpi×600dpiで、1/600インチ×1/600インチの単位領域に、1滴当たり3.5pLのインク滴を8滴付与する条件で記録したベタ画像の記録デューティを100%と定義する。上記のインクジェット記録装置を用いて、記録デューティが100%である、19cm×26cmのベタ画像を記録媒体(普通紙、商品名「GF-500」、キヤノン製)に1,000枚連続で記録した。以下に示す評価基準にしたがってインクの吐出安定性を評価した。
A:1000枚目にも不吐出がなかった。
B:500~1000枚の間で不吐出があった。
C:500枚に至る前に不吐出があった。
【0083】
【表8】
【0084】
本実施例の開示は、以下の構成及び方法を含む。
【0085】
[構成1]
有機顔料、及びポリエチレンイミン構造を有する樹脂を含有するインクジェット用の水性インクであって、
前記ポリエチレンイミン構造を有する樹脂が、(i)第1の連結基を介して前記ポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合するアニオン性基、並びに、(ii)第2の連結基を介して前記ポリエチレンイミン構造の窒素原子に結合する、又は、前記ポリエチレンイミン構造の窒素原子とともに環状イミドを形成する、環式炭化水素基及び複素環式化合物基からなる群より選ばれる環式化合物基を有し、
前記第1の連結基及び前記第2の連結基の分子量がいずれも、10以上300以下であることを特徴とする水性インク。
【0086】
[構成2]
前記第1の連結基及び第2の連結基がそれぞれ独立に、アルキレン基、アリーレン基、カルボニル基、エステル基、及びアミド基からなる群より選ばれる少なくとも1種の基である構成1に記載の水性インク。
【0087】
[構成3]
前記アニオン性基が、カルボン酸基及びスルホン酸基の少なくとも一方である構成1又は2に記載の水性インク。
【0088】
[構成4]
前記ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の窒素原子に前記第1の連結基を介して結合される前記アニオン性基の導入率(%)が、前記ポリエチレンイミン構造の窒素原子の数を基準として、1.0%以上40.0%以下である構成1乃至3のいずれか1項に記載の水性インク。
【0089】
[構成5]
前記ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の窒素原子に前記第2の連結基を介して結合される前記環式化合物基の導入率(%)が、前記ポリエチレンイミン構造の窒素原子の数を基準として、1.0%以上40.0%以下である構成1乃至4のいずれか1項に記載の水性インク。
【0090】
[構成6]
前記ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の重量平均分子量が、1,500以上70,000以下である構成1乃至5のいずれか1項に記載の水性インク。
【0091】
[構成7]
前記ポリエチレンイミン構造が、分岐鎖状である構成1乃至6のいずれか1項に記載の水性インク。
【0092】
[構成8]
前記ポリエチレンイミン構造を有する樹脂が、前記有機顔料を分散するための樹脂分散剤である構成1乃至7のいずれか1項に記載の水性インク。
【0093】
[構成9]
前記有機顔料が、キナクリドン骨格又はジケトピロロピロール骨格を有する有機顔料である構成1乃至8のいずれか1項に記載の水性インク。
【0094】
[構成10]
前記ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の含有量(質量%)が、前記有機顔料の含有量(質量%)に対する質量比率で、0.05倍以上0.50倍以下である構成1乃至9のいずれか1項に記載の水性インク。
【0095】
[構成11]
前記ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の含有量(質量%)が、前記有機顔料の含有量(質量%)に対する質量比率で、0.10倍以上0.30倍以下である構成1乃至10のいずれか1項に記載の水性インク。
【0096】
[構成12]
前記ポリエチレンイミン構造を有する樹脂の含有量(質量%)が、インク全質量を基準として、0.1質量%以上5.0質量%以下である構成1乃至11のいずれか1項に記載の水性インク。
【0097】
[構成13]
前記有機顔料の含有量(質量%)が、インク全質量を基準として、0.1質量%以上15.0質量%以下である構成1乃至12のいずれか1項に記載の水性インク。
【0098】
[構成14]
インクと、前記インクを収容するインク収容部とを備えたインクカートリッジであって、
前記インクが、構成1乃至13のいずれか1項に記載の水性インクであることを特徴とするインクカートリッジ。
【0099】
[構成15]
インクをインクジェット方式の記録ヘッドから吐出して記録媒体に画像を記録するインクジェット記録方法であって、
前記インクが、構成1乃至13のいずれか1項に記載の水性インクであることを特徴とするインクジェット記録方法。
図1
図2