(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022190762
(43)【公開日】2022-12-27
(54)【発明の名称】アークスタッド溶接方法およびアークスタッド溶接装置
(51)【国際特許分類】
B23K 9/20 20060101AFI20221220BHJP
【FI】
B23K9/20 A
B23K9/20 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021099172
(22)【出願日】2021-06-15
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000028
【氏名又は名称】弁理士法人明成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】野村 浩二
(72)【発明者】
【氏名】松岡 祐介
(72)【発明者】
【氏名】木俣 裕貴
(57)【要約】
【課題】良好な溶接品質となるアークスタッド溶接方法を提供すること。
【解決手段】スタッドと母材との間に流れる溶接電流を第1電流値に設定し、パイロットアークを発生させる第1工程と、溶接電流を第1電流値よりも大きい第2電流値に設定し、メインアークを発生させる第2工程と、第2工程の後に、溶接電流を第2電流値よりも小さい第3電流値であって、メインアークを継続して発生させる第3電流値に切り替え、予め定められた期間、第3電流値の溶接電流を流す第3工程と、第3工程の後、スタッドを母材に押し込む第4工程と、を備えるアークスタッド溶接方法。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アークスタッド溶接方法であって、
スタッドと母材との間に流れる溶接電流を第1電流値に設定し、パイロットアークを発生させる第1工程と、
前記溶接電流を前記第1電流値よりも大きい第2電流値に設定し、メインアークを発生させる第2工程と、
前記第2工程の後に、前記溶接電流を前記第2電流値よりも小さい第3電流値であって、前記メインアークを継続して発生させる第3電流値に切り替え、予め定められた期間、前記第3電流値の前記溶接電流を流す第3工程と、
前記第3工程の後、前記スタッドを前記母材に押し込む第4工程と、を備えるアークスタッド溶接方法。
【請求項2】
請求項1に記載のアークスタッド溶接方法であって、
前記第2電流値をIm、前記第3電流値をIaとした場合、前記Iaは、次の式(1)を満たす、アークスタッド溶接方法。
Ia=α×Im・・・式(1)
ただし、0.1≦α≦0.3
【請求項3】
請求項1または2に記載のアークスタッド溶接方法であって、
前記予め定められた期間は、2ms以上10ms以下である、アークスタッド溶接方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載のアークスタッド溶接方法であって、
前記第4工程は、
第1速度で前記スタッドを前記母材に近づける第1移動工程と、
前記第1速度よりも小さい第2速度で前記スタッドを前記母材に押し込む第2移動工程と、を備える、アークスタッド溶接方法。
【請求項5】
請求項4に記載のアークスタッド溶接方法であって、
前記第1速度をV0、前記第2速度をV1とした場合、前記V1は、次の式(2)を満たす、アークスタッド溶接方法。
V1=β×V0・・・式(2)
ただし、0.1≦β≦0.5、かつV1≦0.1mm/ms
【請求項6】
アークスタッド溶接装置であって、
把持したスタッドを母材に押し込む溶接ガンと、
前記スタッドと前記母材とに溶接電流を供給する電源装置と、
前記溶接ガンと、前記電源装置とを制御する制御装置と、を備え、
前記制御装置は、
前記溶接電流を第1電流値に設定し、パイロットアークを発生させる第1工程と、
前記溶接電流を前記第1電流値よりも大きい第2電流値に設定し、メインアークを発生させる第2工程と、
前記第2工程の後に、前記溶接電流を前記第2電流値よりも小さい第3電流値であって、前記メインアークを継続して発生させる第3電流値に切り替え、予め定められた期間、前記第3電流値の前記溶接電流を流す第3工程と、
前記第3工程の後、前記スタッドを前記母材に押し込む第4工程と、を実行する、アークスタッド溶接装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、アークスタッド溶接方法およびアークスタッド溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
アークスタッド溶接では、まず、スタッドと母材との間にパイロットアークを発生させた後、パイロットアークにて流す電流よりも大きい電流を流してメインアークを発生させて母材の表面付近を溶融する。次に、溶融している母材表面に向かってスタッドを押し込むことにより、母材にスタッドを溶接する(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
母材が薄板である場合、メインアークにおいて、溶融が母材の裏面にまで達する、いわゆる裏抜けが発生する場合がある。裏抜けした状態で、スタッドが押し込まれると、母材裏面に亀裂が生じるおそれがある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示は、以下の形態として実現することが可能である。
【0006】
(1)本開示の一形態によれば、アークスタッド溶接方法が提供される。このアークスタッド溶接方法は、スタッドと母材との間に流れる溶接電流を第1電流値に設定し、パイロットアークを発生させる第1工程と、前記溶接電流を前記第1電流値よりも大きい第2電流値に設定し、メインアークを発生させる第2工程と、前記第2工程の後に、前記溶接電流を前記第2電流値よりも小さい第3電流値であって、前記メインアークを継続して発生させる第3電流値に切り替え、予め定められた期間、前記第3電流値の前記溶接電流を流す第3工程と、前記第3工程の後、前記スタッドを前記母材に押し込む第4工程と、を備える。この形態によれば、スタッドを母材に押し込む第4工程の前の第3工程において、メインアークが発生する程度に電流値が小さく設定されることで、入熱が抑えられる。これにより、母材裏面が溶融していた場合にも、冷えて固まるため、その後の第4工程にてスタッドが押し込まれても母材裏面における亀裂の発生が抑制される。
(2)上記形態のアークスタッド溶接方法において、前記第2電流値をIm、前記第3電流値をIaとした場合、前記Iaは、次の式(1)を満たしてもよい。
Ia=α×Im・・・式(1)
ただし、0.1≦α≦0.3
この形態によれば、メインアークを発生させつつ、入熱を抑えることができるため、母材の溶接面に形成された溶融池を維持しつつ、母材裏面を固めることができる。よって、母材裏面における亀裂の発生を抑制しつつ、スタッドを溶接することができる。
(3)上記形態のアークスタッド溶接方法において、前記予め定められた期間は、2ms以上10ms以下としてもよい。この形態によれば、母材裏面が溶融していた場合にも、母材裏面を確実に固めることができる。
(4)上記形態のアークスタッド溶接方法において、前記第4工程は、第1速度で前記スタッドを前記母材に近づける第1移動工程と、前記第1速度よりも小さい第2速度で前記スタッドを前記母材に押し込む第2移動工程と、を備えてもよい。この形態によれば、第1速度よりも小さい第2速度でスタッドを母材に押し込むことで、母材がスタッドから受ける運動エネルギーは小さくなるため、亀裂の発生をさらに抑制することができる。また、スタッドを母材に近づける速度は、第2速度よりも大きい第1速度とすることで、第4工程の所要時間の増加を抑制することができる。
(5)上記形態のアークスタッド溶接方法において、前記第1速度をV0、前記第2速度をV1とした場合、前記V1は、次の式(2)を満たす、アークスタッド溶接方法。
V1=β×V0・・・式(2)
ただし、0.1≦β≦0.5、かつV1≦0.1mm/ms
この形態によれば、第4工程における亀裂の発生を確実に抑制することができる。
(6)本開示の一形態によれば、アークスタッド溶接装置が提供される。このアークスタッド制御装置は、把持したスタッドを母材に押し込む溶接ガンと、前記スタッドと前記母材とに溶接電流を供給する電源装置と、前記溶接ガンと、前記電源装置とを制御する制御装置と、を備え、前記制御装置は、前記溶接電流を第1電流値に設定し、パイロットアークを発生させる第1工程と、前記溶接電流を前記第1電流値よりも大きい第2電流値に設定し、メインアークを発生させる第2工程と、前記第2工程の後に、前記溶接電流を前記第2電流値よりも小さい第3電流値であって、前記メインアークを継続して発生させる第3電流値に切り替え、予め定められた期間、前記第3電流値の前記溶接電流を流す第3工程と、前記第3工程の後、前記スタッドを前記母材に押し込む第4工程と、を実行する。この形態によれば、スタッドを母材に押し込む第4工程の前の第3工程において、メインアークが発生する程度に電流値が小さく設定されることで、入熱が抑えられる。これにより、母材裏面が溶融していた場合にも、冷えて固まるため、その後の第4工程にてスタッドが押し込まれても母材裏面における亀裂の発生が抑制される。
本開示は、アークスタッド溶接方法およびアークスタッド溶接装置以外の種々の形態で実現することも可能である。例えば、アークスタッド溶接装置の制御方法、その制御方法を実現するコンピュータプログラム、そのコンピュータプログラムを記録した一時的でない記録媒体等の形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】アークスタッド溶接装置の構成を示す模式図である。
【
図2】アークスタッド溶接工程を示すフローチャートである。
【
図3】アークスタッド溶接工程における、溶接電流、溶接電圧、およびスタッド位置と、時間との関係を示す図である。
【
図4】比較例におけるスタッドと母材との溶融状態を示す模式図である。
【
図5】第2実施形態に係る第4工程におけるスタッドの位置と時間との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
A.第1実施形態:
A1.アークスタッド溶接装置の構成
図1は、アークスタッド溶接装置100の構成を示す模式図である。アークスタッド溶接装置100は、スタッド10と母材20との間にアーク放電を発生させ、発生させたアーク放電により母材20を溶融した後、スタッド10を母材20に押し込んで溶接する。スタッド10は、具体的には、例えば、スタットボルトや丸棒である。母材20は、スタッド10が溶接される溶接面20aと、溶接面20aと対向する裏面20bとを有する。母材20としては、例えば、鋼、アルミニウム、アルミニウム合金などの種々の金属材料を用いることができる。本実施形態では、母材20として、車両のボデーに用いられる鋼板が用いられ、スタッド10としてスタッドボルトが用いられる。アークスタッド溶接装置100は、溶接ガン40と、電源装置60と、制御装置70とを備える。
【0009】
溶接ガン40は、チャック41と、移動機構42と、レッグ43とを有する。チャック41は、導電体で形成されており、スタッド10を把持する。溶接ガン40は、チャック41により把持されるスタッド10の軸が母材20の溶接面20aに対して略垂直となるように設置される。チャック41は、移動機構42によって、スタッド10の軸方向に進退移動する。本実施形態では、移動機構42は、図示しないコイルばねと、コイルとを有するソレノイドとして構成されている。コイルばねは、チャック41を母材20に向かって付勢する。そして、コイルが通電されている場合には、チャック41およびスタッド10は、電磁吸引により、
図1に実線にて示す離隔位置P1に位置する。チャック41およびスタッド10が、離隔位置P1に位置している場合、コイルばねは、圧縮されている。コイルの通電が解除されると、磁気吸引は解除され、コイルばねの付勢力により、チャック41およびスタッド10は、母材20に向かって移動する。
図1では、スタッド10が母材20と接触する接触位置P0におけるスタッド10およびチャック41を破線で示している。なお、移動機構42は、例えばリニアモータを用いてチャック41を進退させる構成としてもよい。レッグ43は、溶接工程において、母材20を押さえるために設けられている。
【0010】
電源装置60とチャック41とは、第1電力ケーブル82により通電可能に接続されている。電源装置60と母材20とは、第2電力ケーブル83により通電可能に接続されている。電源装置60は、第1電力ケーブル82および第2電力ケーブル83を通じて、チャック41と導通するスタッド10と母材20とに直流電力を供給する。
【0011】
制御装置70は、CPUおよびメモリを有するコンピュータとして構成されている。メモリには、後述するアークスタッド溶接工程を実行するためのプログラムおよびアークスタッド溶接工程にて使用される第1電流値Ipなどの電流値および溶接時間Tmなどの時間が記憶されている。制御装置70は、機能部として、位置制御部71と、電力制御部72とを有する。位置制御部71および電力制御部72は、メモリに記憶されたプログラムを実行することにより実現される。なお、制御装置70と、位置制御部71および電力制御部72とは、ハードウエア回路により実現されてもよく、コンピュータとハードウエア回路との併用により実現されてもよい。位置制御部71と移動機構42とは、通信可能に接続されている。位置制御部71は、移動機構42を制御する。電力制御部72と電源装置60とは、通信可能に接続されている。電力制御部72は、電源装置60から出力される電力の電流値が目標電流値となるように電源装置60を制御する。
【0012】
A2.アークスタッド溶接工程:
図2は、本実施形態に係るアークスタッド溶接工程のフローチャートである。
図3は、アークスタッド溶接工程における、溶接電流、溶接電圧、およびスタッド位置と、時間との関係を示す図である。
図3の上段は、時間と溶接電流との関係を示す図である。
図3の中段は、時間と溶接電圧との関係を示す図である。
図3の下段は、時間とスタッド位置との関係を示す図である。
図3の上段、中段、下段にて示されている各時間は、互いに同じ時間を示しており、単位は[ms]である。溶接電流とは、電源装置60から出力される電流であり、スタッド10と母材20との間に流れる電流と同等である。溶接電圧とは、電源装置60から出力される電圧である。上記のように、電源装置60は、溶接電流の電流値が目標電流値となるように制御される。溶接電流が一定の期間において、実際には、溶接電圧の電圧値は、スタッド10と母材20との間の電気抵抗値に応じて変動するが、
図3および以下の説明では、便宜上、平坦な電圧値であるとみなして説明する。
図3におけるスタッド位置は、スタッド10と溶接面20aとが接触する接触位置P0を基準として、スタッド10が溶接面20aから離れる方向をプラス方向、溶接面20aから、さらに押し込まれる方向をマイナス方向として表している。
【0013】
アークスタッド溶接では、まず、スタッド10と母材20との間にパイロットアークを発生させた後、パイロットアークにて流す電流よりも大きい電流を流してメインアークを発生させて母材20の溶接面20a付近を溶融する。次に、溶融している母材20の溶接面20aに向かってスタッド10を押し込むことにより、母材20とスタッド10とを溶接する。ここで、母材20が薄板である場合、メインアークにおいて、溶融池が母材の裏面20bにまで達する、いわゆる裏抜けが発生する場合がある。裏抜けが発生した状態で、スタッド10が押し込まれると、母材20の裏面20bの溶融金属の一部が飛散し、裏面20bに亀裂が生じるおそれがある。そこで、本実施形態では、メインアークにおける溶接電流の制御に工夫が施されている。これにより、母材20の裏面20bにおける亀裂の発生を抑制することができる。本実施形態に係るアークスタッド溶接工程について、次に説明する。
【0014】
例えば、制御装置70が備えるアークスタッド溶接工程の開始を受け付ける開始スイッチが押下されると、アークスタッド溶接工程が開始される。
図2に示す工程P10において、溶接ガン40のチャック41にスタッド10が把持される。
図3に示すように、工程P10では、移動機構42により、スタッド10は、母材20の溶接面20aから離れている離隔位置P1に位置される。
図2に示す工程P20において、移動機構42により、チャック41が母材20に近づくように移動され、スタッド10は母材20と接触する。スタッド10と母材20とが接触した状態で、電源装置60により、溶接電圧の出力が開始される。本実施形態では、溶接電流の電流値は、パイロットアーク発生時と同じ電流値に設定される。
図3に示すように、工程P20では、移動機構42により、スタッド10は、母材20の溶接面20aと接触する接触位置P0に移動される。スタッド10が接触位置P0に位置している状態で、溶接電流の電流値が第1電流値Ipとなるように、第1電圧値Epの溶接電圧が電源装置60から出力される。
【0015】
図2に示す第1工程P30において、移動機構42により、スタッド10は母材20から離される。また、電力制御部72の制御により、溶接電流は第1電流値Ipに設定される。
図3に示すように、スタッド10と母材20とが通電している状態で、スタッド10が母材20から離れる方向に移動すると、スタッド10と母材20との間に、小電流が流れるアーク放電であるパイロットアークが発生する。
【0016】
図2に示す第2工程P40において、電力制御部72の制御により、溶接電流が第2電流値Imに設定される。第2電流値Imは、第1電流値Ipよりも大きく、メインアークを発生させる程度に大きい電流値である。
図3に示すように、第2工程P40では、スタッド10が離隔位置P1に位置している状態で、溶接電流の電流値が第2電流値Imとなるように、第2電圧値Emの溶接電圧が電源装置60から出力される。これにより、スタッド10と母材20との間に、大電流が流れるアーク放電であるメインアークが発生する。メインアークが発生することにより、母材20は溶融し、溶融池が形成される。
【0017】
図2に示す工程P50において、電力制御部72の制御により、溶接電流の設定値が、第2電流値Imよりも小さい第3電流値Iaに切り替えられる。第3電流値Iaは、メインアークが継続して発生する程度に大きい電流値であり、式(3)を満たす電流値である。
Ia=α×Im・・・式(3)
ただし、0.1≦α≦0.3
上記式(3)を満たすことで、メインアークを安定して維持しつつ、裏面20bを十分に冷却し、凝固することができる。工程P60において、予め定められた時間としての後述する第3電流供給時間Ta、第3電流値Iaの溶接電流の供給が継続されるため、メインアークは継続して発生する。工程P50および工程P60を第3工程とも呼ぶ。
図3に示すように、工程P50では、溶接電流の電流値が第3電流値Iaとなるように、第2電圧値Emより小さい第3電圧値Eaの溶接電圧が電源装置60から出力される。工程P50において、溶接電流の電流値が小さく設定されることにより、裏面20bまで母材20が溶融していた場合にも、母材20への入熱が抑えられえるため、母材20の裏面20b付近を凝固させることができる。よって、次の第4工程P70において、スタッド10が母材20に押し込まれても、亀裂の発生を抑制することができる。
【0018】
図2に示す第4工程P70において、移動機構42により、スタッド10が母材20に押し込まれ、電源装置60による溶接電圧の出力が停止され、溶接工程は終了する。
図3に示すように、第4工程P70では、スタッド10は、接触位置P0からさらに母材20へ向かう方向に移動される。これにより、母材20に形成された溶融池にスタッド10が押し込まれる。溶接電圧の出力は、スタッド10の移動が開始される時期と同時期に停止される。溶接電圧の出力が停止されると、入熱は停止されるため、溶融金属は冷却されて凝固し、スタッド10と母材20とが接合される。
【0019】
図3に示す溶接時間Tm、具体的には、溶接電流の電流値を第1電流値Ipから第2電流値Imに切り替える時から、スタッド10の押し込みを開始する時までの時間は、母材20の材料や板厚などにより調整される。溶接時間Tmは、母材20の材料および板厚に応じて予め実験などにより定められており、予め制御装置70のメモリに記憶されている。そして、制御装置70は、記憶されている溶接時間Tmを用いて、電源装置60を制御する。本実施形態では、溶接時間Tmは、40ms程度である。第3電流供給時間Ta、具体的には、溶接電流の電流値を第2電流値Imから第3電流値Iaに切り替える時から、スタッド10の押し込みを開始する時までの期間は、溶接時間Tmの3割以下程度が好ましい。本実施形態では、第3電流供給時間Taは、2ms以上10ms以下である。第3電流供給時間Taを上記の範囲とすることで、裏面20bを十分に冷却して、裏面20bの溶融金属を凝固しつつ、母材20に形成される溶融池を十分に成長させることができる。スタッド10の押し込みを開始する前に、溶接電流の電流値を小さくすることにより、裏面20bまで母材20が溶融していた場合にも、母材20への入熱が抑えられえるため、母材20の裏面20b付近を凝固させることができる。よって、裏面20bにおける亀裂の発生を抑制することができる。
【0020】
図4を用いて、本実施形態に係るアークスタッド溶接工程における効果を説明する。
図4は、比較例における、パイロットアーク発生時、メインアーク発生時、および溶接終了時におけるスタッド10と母材20との溶融状態を示す模式図である。
図4の(a)は、パイロットアーク発生時における溶融状態を示す。
図4の(b)は、メインアーク発生時における溶融状態を示す。
図4の(c)は、溶接終了時における溶融状態を示す。比較例におけるアークスタッド溶接工程では、メインアーク発生時における溶接電流が、
図3の破線で示すように、第2電流値Imに維持される。
【0021】
図4の(a)に示すように、パイロットアークは、スタッド10の軸線付近に発生する。このため、スタッド10の軸線と溶接面20aとの交点である、母材20の中央部20cに発熱が集中する。これにより、中央部20c付近に溶融池200が形成される。次のメインアーク発生時では、スタッド10の母材20と対向する対向面の全面からアーク放電が発生する。メインアークにより、パイロットアークにて形成された溶融池200は成長する。このため、中央部20c付近の溶融池200は、中央部20cの周囲の溶融池200よりも、裏面20bに近づく。
図4の(b)に示す状態から、さらに溶融池200の成長が進むと、中央部20c付近の溶融池200が裏面20bから露出する裏抜け状態となる。
図4の(c)に示すように、裏抜けした状態でスタッド10が押し込まれると、スタッド10が与える運動エネルギーにより、裏面20bの溶融金属の一部が飛散する。その後、裏面20bが冷却され凝固すると、溶融金属が飛散した部分付近に亀裂が生じる。この点、本実施形態では、スタッド10が母材20に押し込まれる前に、溶接電流が第3電流値Iaに設定され、入熱が抑えられるため、裏面20b付近の溶融金属は凝固し、溶融池200は、概ね
図4の(c)の破線で示す位置まで縮まる。よって、その後、スタッド10が押し込まれても、裏抜けが抑制されているため、亀裂の発生を抑制することができる。
【0022】
以上、説明した第1実施形態に係るアークスタッド溶接方法は、パイロットアークを発生させる第1工程P30と、メインアークを発生させる第2工程P40と、第2工程P40の後に、溶接電流を第3電流値Iaに切り替える工程P50と、第3電流供給時間Ta経過するまで第3電流値Iaの溶接電流を流す工程P60とを含む第3工程と、スタッド10を母材20に押し込む第4工程P70とを備える。第3工程では、溶接電流は、第2工程P40における溶接電流である第2電流値Imよりも小さい第3電流値Iaに切り替えられる。よって、母材20への入熱が抑えられ、母材20の裏面20bが溶融していた場合にも、裏面20bの溶融金属は冷えて固まるため、その後の第4工程P70にてスタッド10が押し込まれても裏面20bにおける亀裂の発生が抑制される。
【0023】
第3電流値Iaは、上記の式(3)を満たす。よって、工程P60において、メインアークを発生させつつ、入熱を抑えることができるため、母材20の溶接面20aに形成された溶融池200を維持しつつ、裏面20bを固めることができる。よって、裏面20bにおける亀裂の発生を抑制しつつ、スタッド10を溶接することができる。また、第3電流供給時間Taは、2ms以上10ms以下に設定される。よって、母材20の裏面20bが溶融していた場合にも、裏面20bを確実に冷えて固めることができる。
【0024】
B.第2実施形態:
図5は、第2実施形態に係る第4工程P70におけるスタッド10の位置と時間との関係を示す図である。第2実施形態では、第1実施形態に対して、アークスタッド溶接工程の第4工程P70において、さらに工夫が施されている。第4工程P70を除く工程は、第1実施形態と同じであるため、説明を省略する。また、本実施形態では、移動機構42は、ソレノイドではなく、リニアモータを用いて構成されており、チャック41の移動速度は、位置制御部71の指令によって制御される。
【0025】
図5に示すように、本実施形態では、第4工程P70において、スタッド10を母材20に押し込む速度が2段階に調整される。具体的には、時刻t1から時刻t2までの期間は、第1速度V0で移動され、時刻t2から時刻t3までの期間は、第1速度V0よりも小さい第2速度V1で移動される。時刻t1から時刻t2までの期間における、第1速度V0でスタッド10を母材20に近づける工程を第1移動工程とも呼ぶ。第1速度V0よりも小さい第2速度V1でスタッド10を母材20に押し込む工程を第2移動工程とも呼ぶ。ここで、第2速度V1は、次の式(4)で示される。
V1=β×V0・・・式(4)
ただし、0.1≦β≦0.5、かつV1≦0.1mm/ms
つまり、スタッド10が母材20に接触する時の第2速度V1は、スタッド10の押し込み開始時の第1速度V0に対して小さく設定される。これにより、母材20がスタッド10から受ける運動エネルギーを小さくすることができる。よって、亀裂の発生をさらに、抑制することができる。第2速度V1が、上記式(4)を満たすことで、溶融金属の飛散を抑制しつつ、スタッド10を十分な力で母材20へ押し込み、十分な溶接強度とすることができる。
【0026】
以上、説明した第2実施形態によれば、第4工程P70は、第1速度V0でスタッド10を母材20に近づける第1移動工程と、第1速度V0よりも小さい第2速度V1でスタッド10を母材20に押し込む第2移動工程とを備える。第1速度V0よりも小さい第2速度V1でスタッド10を母材20に押し込むことで、母材20がスタッド10から受ける運動エネルギーは小さくなるため、さらに、亀裂の発生を抑制することができる。スタッド10を母材20に近づける速度は、第2速度V1よりも大きい第1速度V0とすることで、第4工程P70の所要時間の増加を抑制することができる。また、第2速度V1は、上記の式(4)を満たす。これにより、第4工程P70における亀裂の発生を確実に抑制することができる。
【0027】
C.他の実施形態:
(C1)上記第1実施形態では、第4工程P70において、溶接電圧の出力は、スタッド10の移動が開始される時期と同時期に停止される。つまり、溶接電圧の出力停止の時期と、スタッド10の移動が開始される時期とは同じ時期である。これに対して、溶接電圧の出力停止の時期と、スタッド10の移動が開始される時期とが異なっていてもよい。具体的には、例えば、スタッド10の移動が開始された後に、溶接電圧の出力が停止されてもよい。スタッド10の移動が開始される時期に対する溶接電圧の出力停止の時期に拘わらず、工程P50と、その後の第3電流供給時間Ta経過するまで、第3電流値Iaの溶接電流が流される工程P60とが行われることにより、母材20への入熱を抑えることができる。
【0028】
(C2)上記第2実施形態では、移動機構42は、リニアモータを用いて構成されている。移動機構42の構成の別例として、ボールねじとモータとを用いた構成としてもよい。
【0029】
本開示は、上述の実施形態に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する実施形態の技術的特徴は、上述の課題の一部又は全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部又は全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。
【符号の説明】
【0030】
10…スタッド、20…母材、20a…溶接面、20b…裏面、20c…中央部、40…溶接ガン、41…チャック、42…移動機構、43…レッグ、60…電源装置、70…制御装置、71…位置制御部、72…電力制御部、82…第1電力ケーブル、83…第2電力ケーブル、100…アークスタッド溶接装置、200…溶融池、Ep…第1電圧値、Em…第2電圧値、Ea…第3電圧値、Ip…第1電流値、Im…第2電流値、Ia…第3電流値、P0…接触位置、P1…離隔位置、P10,P20,P50,P60…工程、P30…第1工程、P40…第2工程、P70…第4工程、Tm…溶接時間、Ta…第3電流供給時間、V0…第1速度、V1…第2速度