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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022190833
(43)【公開日】2022-12-27
(54)【発明の名称】表面処理装置及び表面処理方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/12 20060101AFI20221220BHJP
   B01J 3/02 20060101ALI20221220BHJP
【FI】
C23C8/12
B01J3/02 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021099291
(22)【出願日】2021-06-15
(71)【出願人】
【識別番号】000005197
【氏名又は名称】株式会社不二越
(74)【代理人】
【識別番号】100176072
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 功
(74)【代理人】
【識別番号】100169225
【弁理士】
【氏名又は名称】山野 明
(72)【発明者】
【氏名】園部 勝
(72)【発明者】
【氏名】越前 哲司
(72)【発明者】
【氏名】上田 志津代
(57)【要約】
【課題】酸化処理を通じて金属表面を硬質化させる際、硬質層の厚みがより増した被処理物を取得可能な表面処理装置及び表面処理方法を提供する。
【解決手段】表面処理装置10は、ワークWが収容されるチャンバ12と、チャンバ12内に酸化性ガスを供給する第一ガス供給機構14と、チャンバ12内の気体を真空排気により排出する真空排気機構18と、チャンバ12内を減圧状態にして温度を管理範囲内に保ちながら、酸化性ガスのパルス状の供給及びチャンバ12内のパルス状の真空排気を繰り返すように、第一ガス供給機構14及び真空排気機構18の制御を行うコントローラ20と、を備える。
【選択図】図1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被処理物の金属表面を処理する表面処理装置であって、
前記被処理物が収容されるチャンバと、
前記チャンバ内に酸化性ガスを供給する第一ガス供給機構と、
前記チャンバ内の気体を真空排気により排出する真空排気機構と、
前記チャンバ内を減圧状態にして温度を管理範囲内に保ちながら、前記酸化性ガスのパルス状の供給及び前記チャンバ内のパルス状の真空排気を繰り返すように、前記第一ガス供給機構及び前記真空排気機構を制御するコントローラと、
を備えることを特徴とする表面処理装置。
【請求項2】
前記コントローラは、前記真空排気のパルス時間幅又は前記酸化性ガスの供給停止のパルス時間幅が、前記酸化性ガスの供給のパルス時間幅よりも長くなるように前記第一ガス供給機構及び前記真空排気機構を制御する
ことを特徴とする請求項1に記載の表面処理装置。
【請求項3】
前記コントローラは、時間が経過するにつれて前記酸化性ガスのパルス状の供給の実行間隔が長くなるように前記第一ガス供給機構を制御する
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の表面処理装置。
【請求項4】
前記チャンバ内に還元性ガスを供給する第二ガス供給機構をさらに備え、
前記コントローラは、前記第一ガス供給機構が前記酸化性ガスのパルス状の供給を停止し、かつ前記真空排気機構が前記パルス状の真空排気を行うタイミングで前記還元性ガスを供給するように前記第二ガス供給機構を制御する
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の表面処理装置。
【請求項5】
前記チャンバ内に不活性ガスを供給する第二ガス供給機構をさらに備え、
前記コントローラは、前記第一ガス供給機構が前記酸化性ガスのパルス状の供給を停止し、かつ前記真空排気機構が前記パルス状の真空排気を行うタイミングで前記不活性ガスを供給するように前記第二ガス供給機構を制御する
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の表面処理装置。
【請求項6】
前記被処理物は、純チタン又はチタン合金から構成され、
前記管理範囲は、600℃以上かつ940℃以下である
ことを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の表面処理装置。
【請求項7】
被処理物が収容されるチャンバと、前記チャンバ内に酸化性ガスを供給するガス供給機構と、前記チャンバ内の気体を真空排気により排出する真空排気機構と、を備える表面処理装置を用いて、前記被処理物の金属表面を処理する表面処理方法であって、
前記チャンバ内を減圧状態にして温度を管理範囲内に保ちながら前記ガス供給機構及び前記真空排気機構を制御して、前記酸化性ガスのパルス状の供給及び前記チャンバ内のパルス状の真空排気を繰り返す工程を含む
ことを特徴とする表面処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被処理物の金属表面を処理する表面処理装置及び表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、被処理物の金属表面上に物理的又は化学的な処理を施すことで、被処理物の基材とは異なる機能を被処理物の表面に付与できる様々な表面処理技術が知られている。
【0003】
特許文献1には、チタンの表面から酸素、炭素及び窒素などの侵入型原子を拡散・浸透させることで、チタン表面上に硬質層を形成する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2015-519470号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、特許文献1に記載される方法を用いて酸化処理を行う場合、酸化性ガスの濃度が高くなると、最表面近傍の位置で酸化膜が形成されるので、この酸化膜によって酸素原子の拡散・浸透が進みにくくなる傾向がある。その結果、被処理物に形成される硬質層の厚みが十分に得られないという問題がある。
【0006】
本発明はこのような問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、酸化処理を通じて金属表面を硬質化させる際、硬質層の厚みがより増した被処理物を取得可能な表面処理装置及び表面処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第一態様における表面処理装置は、被処理物の金属表面を処理する装置であって、前記被処理物が収容されるチャンバと、前記チャンバ内に酸化性ガスを供給する第一ガス供給機構と、前記チャンバ内の気体を真空排気により排出する真空排気機構と、前記チャンバ内を減圧状態にして温度を管理範囲内に保ちながら、前記酸化性ガスのパルス状の供給及び前記チャンバ内のパルス状の真空排気を繰り返すように、前記第一ガス供給機構及び前記真空排気機構を制御するコントローラと、を備える。
【0008】
本発明の第二態様における表面処理装置では、前記コントローラは、前記真空排気のパルス時間幅又は前記酸化性ガスの供給停止のパルス時間幅が、前記酸化性ガスの供給のパルス時間幅よりも長くなるように前記第一ガス供給機構及び前記真空排気機構を制御する。
【0009】
本発明の第三態様における表面処理装置では、前記コントローラは、時間が経過するにつれて前記酸化性ガスのパルス状の供給の実行間隔が長くなるように前記第一ガス供給機構を制御する。
【0010】
本発明の第四態様における表面処理装置は、前記チャンバ内に還元性ガスを供給する第二ガス供給機構をさらに備え、前記コントローラは、前記第一ガス供給機構が前記酸化性ガスのパルス状の供給を停止し、かつ前記真空排気機構が前記パルス状の真空排気を行うタイミングで前記還元性ガスを供給するように前記第二ガス供給機構を制御する。
【0011】
本発明の第五態様における表面処理装置は、前記チャンバ内に不活性ガスを供給する第二ガス供給機構をさらに備え、前記コントローラは、前記第一ガス供給機構が前記酸化性ガスのパルス状の供給を停止し、かつ前記真空排気機構が前記パルス状の真空排気を行うタイミングで前記不活性ガスを供給するように前記第二ガス供給機構を制御する。
【0012】
本発明の第六態様における表面処理装置では、前記被処理物は、純チタン又はチタン合金から構成され、前記管理温度は、600℃以上かつ940℃以下である。
【0013】
本発明の第七態様における表面処理方法は、被処理物が収容されるチャンバと、前記チャンバ内に酸化性ガスを供給するガス供給機構と、前記チャンバ内の気体を真空排気により排出する真空排気機構と、を備える表面処理装置を用いて、前記被処理物の金属表面を処理する方法であって、前記チャンバ内を減圧状態にして温度を管理範囲内に保ちながら前記ガス供給機構及び前記真空排気機構を制御して、前記酸化性ガスのパルス状の供給及び前記チャンバ内のパルス状の真空排気を繰り返す工程を含む。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、酸化処理を通じて金属表面を硬質化させる際、硬質層の厚みがより増した被処理物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の一実施形態における表面処理装置の概略構成図である。
図2図1の表面処理装置を用いて行われる熱酸化処理の一例を示すタイムチャートである。
図3図2の熱酸化処理により得られる効果を示す図である。
図4】チタン-酸素系の部分的な相図である。
図5】金属表面部にて酸素原子が拡散・浸透する過程を模式的に示す図である。
図6図1のコントローラによる酸化性ガスのパルス供給制御の具体例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、添付図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては可能な限り同一の符号を付して、重複する説明を省略する。
【0017】
[表面処理装置10の構成]
図1は、本発明の一実施形態における表面処理装置10の概略構成図である。表面処理装置10は、熱酸化処理を通じてワークWの表面を改質可能に構成される。ワークWは、例えば、チタン、クロム又はこれらの合金などの金属材料から構成される。この表面処理装置10は、具体的には、チャンバ12と、第一ガス供給機構14と、第二ガス供給機構15と、第三ガス供給機構16と、真空排気機構18と、コントローラ20と、を含んで構成される。
【0018】
第一ガス供給機構14は、チャンバ12内に酸化性ガスを供給可能に構成される。酸化性ガスは、酸素を主成分とするガスであり、炭素が添加されてもよい。この第一ガス供給機構14は、具体的には、酸化性ガスの供給源22と、供給源22とチャンバ12とを接続する配管P1と、配管P1の途中に設けられる制御弁V1と、を備える。
【0019】
第二ガス供給機構15は、チャンバ12内に還元性ガスを供給可能に構成される。還元性ガスは、例えば、水素、エチレン、アセチレン、一酸化炭素を含むガスである。この第二ガス供給機構15は、具体的には、還元性ガスの供給源23と、供給源23とチャンバ12とを接続する配管P1と、配管P1の途中に設けられる制御弁V2と、を備える。
【0020】
第三ガス供給機構16は、チャンバ12内を冷却するための冷却ガスを供給可能に構成される。この第三ガス供給機構16は、具体的には、冷却ガスの供給源24と、供給源24とチャンバ12とを接続する配管P2と、配管P2の途中に設けられる制御弁V3と、を備える。
【0021】
真空排気機構18は、チャンバ12内の気体を真空排気により排出可能に構成される。この真空排気機構18は、具体的には、真空ポンプ26と、チャンバ12と真空ポンプ26とを接続する配管P3と、配管P3の途中に設けられる制御弁V4と、を備える。
【0022】
コントローラ20は、プロセッサ28及びメモリ30を有し、表面処理装置10の各部を動作制御する装置である。コントローラ20は、具体的には、[1]制御弁V1,V2,V3を用いたガス供給制御、[2]制御弁V4を用いたチャンバ12内の圧力制御、及び[3]後述する加熱機構40を用いたチャンバ12内の温度制御、を同期的又は並列的に実行する。これらの制御を行うため、流量センサ、圧力センサ及び温度センサ(いずれも不図示)がコントローラ20に接続される。
【0023】
チャンバ12は、内部空間32を有するチャンバ本体34と、チャンバ本体34の開口を覆うように設けられる開閉扉36と、を含んで構成される。作業者は、開閉扉36の開閉により、処理前のワークWを内部空間32に搬入できるとともに、処理後のワークWを内部空間32から搬出することができる。また、チャンバ12のチャンバ本体34には、ワークWを保持するための保持台38と、内部空間32を加熱する加熱機構40と、複数の断熱部材44,46と、が設けられる。
【0024】
加熱機構40は、チャンバ12の高さ方向に延びる複数本のバーヒータ42から構成される。各々のバーヒータ42は、保持台38の外周を囲むように略等間隔に配置される。これにより、ワークWは、保持台38により保持された状態にて全方位から加熱される。
【0025】
断熱部材44は、チャンバ本体34の内壁に沿って配置されるとともに、断熱部材46は、開閉扉36の裏面に取り付けられる。ワークWを囲むように断熱部材44、46を設けることで、ワークWの金属表面を効率よく加熱することができる。
【0026】
ところで、配管P1,P2の供給口はそれぞれ、断熱部材44,46の内側であってワークWの周辺に設けられる。これにより、ワークWの金属表面は、第一ガス供給機構14からの酸化性ガス及び第二ガス供給機構15からの還元性ガスにそれぞれ晒される。また、配管P3の排出口は、内部空間32に臨む位置に設けられる。これにより、内部空間32に残留する気体は、真空排気機構18により外部に排出される。
【0027】
[表面処理装置10を用いた熱酸化処理]
この実施形態における表面処理装置10は、以上のように構成される。続いて、表面処理装置10を用いた熱酸化処理の一例について、図2のタイムチャートを参照しながら説明する。
【0028】
時間t<0において、処理前のワークWが保持台38の上に載置された後、コントローラ20は、目標値をP0とする定圧制御を開始する。この場合、コントローラ20は、真空排気機構18の真空ポンプ26を作動させながら、制御弁V3を「閉」状態から「開」状態に移行させる。その結果、チャンバ12の内部空間32が減圧状態(例えば、P0≦100[Pa])になる。
【0029】
時間t=0において、コントローラ20は、目標値をT2とする定温制御を開始する。この場合、コントローラ20は、加熱機構40を作動させて、内部空間32の加熱を開始する。その結果、チャンバ12内の温度がT1(常温)から徐々に上昇し、目標温度T=T2に到達する(0<t<t1)。
【0030】
時間t=t1において、コントローラ20は、チャンバ12内を減圧状態にして温度を管理範囲内に保ちながら、[1]酸化性ガスのパルス状の供給(流量Fr1)、[2]チャンバ12内のパルス状の真空排気、を交互に繰り返すように第一ガス供給機構14及び真空排気機構18を制御する。また、コントローラ20は、第一ガス供給機構14がパルス状の供給を停止し、かつ真空排気機構18がパルス状の真空排気を行うタイミングで還元性ガスをパルス状に供給(流量Fr2)するように第二ガス供給機構15を制御する。
【0031】
これにより、時間t1<t<t2において、チャンバ12内の圧力を一定に保つべく、真空ポンプ26側の制御弁V3が周期的に開閉される。また、圧力は、[1]P1を超える一時的な増加、[2]P2を超える一時的な増加、を繰り返すように変化する。ここで、P1は酸素分圧、P2は水素分圧にそれぞれ相当し、P1>P2の大小関係を満たす。
【0032】
時間t=t2において、酸化処理が終了した後、コントローラ20は、加熱機構40の作動を停止させて、内部空間32の徐冷を開始する。その結果、チャンバ12内の温度がT=T2から徐々に低下する(t2<t<t3)。
【0033】
時間t=t3において、コントローラ20は、目標値をP0とする定圧制御を終了するとともに、チャンバ12内に冷却ガスを供給する制御を行う。その結果、チャンバ12内の温度が徐々に低下する(t>t3)。冷却の終了後、処理後のワークWがチャンバ12から取り出される。
【0034】
図3は、図2の熱酸化処理により得られる効果を示す図である。グラフの横軸はワークWの最表面からの深さ(単位:μm)を示すととともに、グラフの縦軸はビッカース硬度(単位:HV)を示している。
【0035】
比較例1,2及び実施例の処理条件では、温度が850℃、酸化性ガスの流量を20リットル/分とした点が共通する。「比較例1」の処理条件では、酸素分圧を2.7kPa、連続供給時間を60分間とした。「比較例2」の処理条件では、酸素分圧を0.4kPa、連続供給時間を60分間とした。「実施例」の処理条件では、酸素分圧を2.7kPa、パルス幅を90秒間、デューティ比を1:1、繰り返し回数を20回(つまり、通算供給時間を30分間)とした。
【0036】
本図から理解されるように、実施例(パルス状のガス供給)により得られるワークWは、比較例1,2と比べて、酸化性ガスの通算供給時間が半分であるにもかからず、より厚い硬質層が形成された。なお、酸素分圧を下げた「比較例2」では、ワークWの最表面の硬さが最大であるが、深さが増すにつれて硬さが急激に低下する傾向がみられた。
【0037】
[硬質化メカニズムの説明]
続いて、酸化性ガスのパルス状供給による硬質化メカニズムについて、図4及び図5を参照しながら詳細に説明する。
【0038】
図4は、チタン-酸素系の部分的な相図である。相図の横軸は酸素の重量百分率(単位:%)を示すとともに、相図の縦軸は温度(単位:℃)を示している。物質が純チタンである場合には重量百分率が0%となり、値が大きくなるにつれて酸素の含有比率が高くなる。
【0039】
点Q1,Q2,Q3,Q4はそれぞれ、純チタン、アルファチタン(αTi)、一酸化二チタン(TiO)、二酸化三チタン(Ti)の状態を示す。「アルファチタン」は、稠密六方格子構造を有し、酸素原子が隙間に固溶している相状態である。「一酸化二チタン」及び「二酸化三チタン」は、チタン原子と酸素原子とが共有結合し、酸素原子が隙間に入り込みにくい相状態である。
【0040】
ここで、チタンの金属表面において酸素原子の拡散・浸透を促進するため、アルファチタン相に属する状態を保つように酸素濃度及び温度の両方を制御することが望ましい。そして、高硬度である二酸化三チタンを主成分とする硬質層を形成するためには、一点鎖線で図示する酸化促進領域の境界線にて、アルファチタンと一酸化二チタンとの間で相互に相転移しやすくなるように温度を制御することが望ましい。
【0041】
温度の管理範囲の上限値は、一酸化二チタン相の最高温度をカバー可能な範囲にあればよく、例えば、940℃以下が好ましく、920℃以下がより好ましい。また、温度範囲の下限値は、一酸化二チタン相のうち酸素濃度がより高い範囲にあればよく、例えば、600℃以上が好ましい。酸素濃度が高いほど濃度勾配が大きくなり、フィックの第二法則に従って酸素の拡散・浸透が早くなるからである。
【0042】
図5は、金属表面部60にて酸素原子64が拡散・浸透する過程を模式的に示す図である。本図の上段は「比較例」における状態遷移、本図の中段は「実施例」における状態遷移、本図の下段はビッカース硬さの深さ依存性(図3参照)をそれぞれ示している。ここで、比較例は酸化性ガスの「連続供給」を、実施例は酸化性ガス及び還元性ガスの「パルス状供給」をそれぞれ意味する。
【0043】
初期状態において、金属表面部60の最表面62には、酸素原子64がまだ付着していない。酸化性ガスの供給に伴って、酸素原子64が最表面62上に付着し、酸素原子64の拡散・浸透が始まる。
【0044】
「比較例」では、酸化性ガスを連続的に供給することで、構造的に安定な酸化膜66(図4の例では、一酸化二チタン)が最表面62近傍に形成される。酸化膜66が形成されると、最表面62から逐次供給される酸素原子64が酸化膜66を通過しにくくなり、その分だけ酸化膜66における酸素原子64の拡散・浸透が妨げられる。すなわち、供給された酸素原子64のほとんどが安定的な酸化膜66の成長に費やされ、金属表面部60の内部への拡散浸透に寄与しない。その結果、酸化膜66により最表面62近傍が硬くなるものの、酸化膜66よりも深い位置での硬質化が得られにくくなる。
【0045】
一方、「実施例」では、酸化性ガスと還元性ガスをパルス状に供給することで、単位時間当たりの酸素原子64の供給量が相対的に低くなり、その分だけ最表面62近傍に酸化膜66が形成されにくくなる。また、真空排気により最表面62上の酸素原子64を減らし、あるいは、還元化ガスの供給を通じて酸素原子64を置換原子68に置換することで、金属表面部60における酸化の進行度を調整(特に、抑制)することができる。
【0046】
金属表面部60を図4に示す「酸化促進領域」に属する状態を保つことで、チャンバ12内の温度を変更することなく、一酸化二チタンからアルファチタンへの相転移が起きやすくなる。これにより、最表面62近傍での酸化膜66の形成を防ぐとともに、酸素原子64の拡散・浸透が起こりやすくなる効果が得られる。その結果、図面下段のグラフに示す通り、硬質層の厚みがより増したワークWを得ることができる。
【0047】
<パルス供給制御の具体例>
図6は、図1のコントローラ20による酸化性ガスのパルス供給制御の具体例を示す図である。より詳しくは、図6(A)は、制御の繰り返し単位の一例を示すとともに、図6(B)(C)は繰り返し動作の一例を示している。各図のグラフはいずれも、酸化性ガスの流速の時間変化を示している。
【0048】
図6(A)に関して、酸化性ガスの供給「オン」時のパルス幅をTon、酸化性ガスの供給「オフ」時のパルス幅をToffと定義する。ここで、Ton,Toffの大小関係は、[1]Ton=Toff、[2]Ton<Toff、[3]Ton>Toff、のうちのいずれであってもよい。
【0049】
図6(B)は、熱酸化処理の開始直後における供給タイミングの一例に相当する。ここでは、酸化処理を速やかに進行させるため、酸化性ガスの供給のパルス時間幅が、酸化性ガスの供給停止のパルス時間幅と等しくなっている(Ton=Toff)。図6(C)は、熱酸化処理の終了直前における供給タイミングの一例に相当する。ここでは、酸化処理の進行を遅らせるため、酸化性ガスの供給停止のパルス時間幅が、酸化性ガスの供給のパルス時間幅よりも長くなっている(Ton<Toff)。このように、コントローラ20は、酸化処理が円滑に進むように、時間の経過に応じて制御条件を動的に変更してもよい。特に、最表面62から深い位置にあるほど酸素原子64の拡散に時間が掛かるという傾向を考慮することで、より適したタイミングで酸化性ガスを供給できる。
【0050】
[表面処理装置10による効果]
以上のように、表面処理装置10は、被処理物(例えば、ワークW)が収容されるチャンバ12と、チャンバ12内に酸化性ガスを供給する第一ガス供給機構14と、チャンバ12内の気体を真空排気により排出する真空排気機構18と、チャンバ12内を減圧状態かつ所定の管理温度に保ちながら、酸化性ガスのパルス状の供給及びチャンバ12内のパルス状の真空排気を繰り返すように、第一ガス供給機構14及び真空排気機構18の制御を行うコントローラ20と、を備える。
【0051】
また、上記した表面処理装置10を用いた表面処理方法は、チャンバ12内を減圧状態かつ温度を管理範囲内に保ちながら第一ガス供給機構14及び真空排気機構18を制御して、酸化性ガスのパルス状の供給及びチャンバ12内のパルス状の真空排気を繰り返す工程を含む。
【0052】
このように、酸化性ガスのパルス状の供給及びチャンバ12内のパルス状の真空排気を繰り返すことで、繰り返し単位のタイムスパンにて酸化性ガスの供給量をきめ細かく制御可能となる。例えば、酸素原子64の供給量を適切に調整することで、最表面62近傍での酸化膜66の形成を抑えながら、酸素原子64の拡散・浸透を促進させることができる。つまり、酸化処理を通じて金属表面部60を硬質化させる際、硬質層の厚みがより増したワークWを得ることができる。
【0053】
また、コントローラ20は、真空排気のパルス時間幅又は酸化性ガスの供給停止のパルス時間幅が、酸化性ガスの供給のパルス時間幅よりも長くなるように、第一ガス供給機構14及び真空排気機構18を制御してもよい。これにより、最表面62近傍での酸化膜66の形成を抑えやすくなる。
【0054】
また、コントローラ20は、時間が経過するにつれて酸化性ガスのパルス状の供給の実行間隔が長くなるように第一ガス供給機構14を制御してもよい。最表面62から深い位置にあるほど酸素原子64の拡散に時間が掛かるという傾向を踏まえた、より適したタイミングで酸化性ガスを供給できる。
【0055】
また、表面処理装置10がチャンバ12内に還元性ガスを供給する第二ガス供給機構15をさらに備える場合、コントローラ20は、第一ガス供給機構14が酸化性ガスのパルス状の供給を停止し、かつ真空排気機構18がパルス状の真空排気を行うタイミングで還元性ガスを供給するように第二ガス供給機構15を制御してもよい。還元性ガスの供給を通じて、金属表面部60の酸素原子64の量を減らし、安定で強固な酸化膜66の成長を抑制することができる。
【0056】
また、ワークWが純チタン又はチタン合金から構成される場合、温度の管理範囲は、600℃以上かつ940℃以下であってもよい。これにより、金属表面部60にて一酸化二チタンからアルファチタンへの相転移が起きやすくなり、最表面62近傍での酸化膜66の形成を抑制しつつも、酸素原子64の拡散・浸透が起こりやすくなる。
【0057】
[変形例]
なお、本発明は、上記した実施形態に限定されるものではなく、この発明の主旨を逸脱しない範囲で自由に変更できることは勿論である。あるいは、技術的に矛盾が生じない範囲で各々の構成を任意に組み合わせてもよい。
【0058】
上記した実施形態では、第二ガス供給機構15が還元性ガスを供給する場合について説明したが、第二ガス供給機構15は、これと併せて又はこれとは別に、窒素やアルゴンを含む不活性ガスを供給してもよい。不活性ガスの供給によっても、金属表面部60の酸素原子64の量を減らし、安定で強固な酸化膜66の成長を抑制することができる。また、上記した実施形態では、表面処理装置10が第二ガス供給機構15及び第三ガス供給機構16を備える場合について説明したが、これに代えて、第二ガス供給機構15及び第三ガス供給機構16のうちの少なくとも一方が省略されてもよい。
【0059】
上記した実施形態では、酸化性ガスのパルス状の供給及びチャンバ12内のパルス状の真空排気を交互に繰り返す場合を例に挙げて説明したが、繰り返し単位はこれに限られない。繰り返し単位は規則的であればよく、N回の供給及びM回の排気の組み合わせ(N,Mは自然数)であってもよい。また、処理条件の一例として、温度を850℃、酸化性ガスの流量を20リットル/分、酸素分圧を2.7kPa、パルス幅を90秒間、デューティ比を1:1、繰り返し回数を20回とそれぞれ設定したが、この処理条件に限られない。
【0060】
上記した実施形態では、真空排気の時間帯に合わせて還元性ガスをパルス状に供給する場合を例に挙げて説明したが、還元性ガスの供給タイミングはこれに限られない。例えば、還元性ガスは、真空排気の時間帯の一部(例えば、半分の時間帯)で供給されてもよいし、酸化性ガスを供給する時間帯と一部が重なるように供給されてもよい。あるいは、還元性ガスの供給そのものが省略されてもよい。
【0061】
上記した実施形態では、チャンバ12内の定圧制御を利用して、真空排気機構18の制御弁V4を周期的に開閉する場合を例に挙げて説明したが、制御弁V4の制御方法はこれに限られない。例えば、コントローラ20は、チャンバ12内の圧力制御の代わりに、四つの制御弁V1,V2,V4に対して、図2に示すタイムチャートを実現するようにタイミング制御を行ってもよい。
【符号の説明】
【0062】
10…表面処理装置、12…チャンバ、14…第一ガス供給機構、15…第二ガス供給機構、18…真空排気機構、20…コントローラ、W…ワーク(被処理物)
図1
図2
図3
図4
図5
図6