(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022191020
(43)【公開日】2022-12-27
(54)【発明の名称】酸化抑制剤、酸化抑制作用増強剤、酸化抑制方法、及び酸化抑制作用の増強方法
(51)【国際特許分類】
C09K 15/18 20060101AFI20221220BHJP
【FI】
C09K15/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021099623
(22)【出願日】2021-06-15
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002631
【氏名又は名称】弁理士法人イイダアンドパートナーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100076439
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 敏三
(74)【代理人】
【識別番号】100161469
【弁理士】
【氏名又は名称】赤羽 修一
(72)【発明者】
【氏名】高橋 厚
(72)【発明者】
【氏名】香取 卓
(72)【発明者】
【氏名】廣森 浩祐
(72)【発明者】
【氏名】北川 尚美
【テーマコード(参考)】
4H025
【Fターム(参考)】
4H025AA32
4H025AC01
(57)【要約】
【課題】
優れた酸化抑制作用を実現し、臭気の問題を生じにくく、コスト面でも有利な酸化抑制剤、酸化抑制作用増強剤、酸化抑制方法、及び酸化抑制作用の増強方法を提供する。
【解決手段】
ポリアルキレンイミン化合物を有効成分として含む酸化抑制剤、ポリアルキレンイミン化合物を有効成分として含む酸化抑制作用増強剤、酸化抑制対象物中にポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質とを共存させることを含む酸化抑制方法、及び、ポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質とを共存させることを含む該酸化抑制物質の酸化抑制作用を増強する方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアルキレンイミン化合物を有効成分として含む、酸化抑制剤。
【請求項2】
酸化抑制物質を含む、請求項1に記載の酸化抑制剤。
【請求項3】
酸化抑制物質との共存下で用いる、請求項1に記載の酸化抑制剤。
【請求項4】
前記酸化抑制物質がフェノール性化合物を含む、請求項2又は3に記載の酸化抑制剤。
【請求項5】
不飽和脂質の酸化を抑制する、請求項1~4のいずれか1項に記載の酸化抑制剤。
【請求項6】
ポリアルキレンイミン化合物を有効成分として含む、酸化抑制作用増強剤。
【請求項7】
酸化抑制物質との共存下で用いる、請求項6に記載の酸化抑制作用増強剤。
【請求項8】
酸化抑制対象物中にポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質とを共存させることを含む、酸化抑制方法。
【請求項9】
ポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質とを共存させることを含む、該酸化抑制物質の酸化抑制作用を増強する方法。
【請求項10】
酸化抑制対象物をポリアルキレンイミン化合物の存在下で保存することを含む、酸化抑制対象物の保存方法。
【請求項11】
酸化抑制物質の共存下で保存することを含む、請求項10に記載の酸化抑制対象物の保存方法。
【請求項12】
基材にポリアルキレンイミン化合物を固定化してなる、酸化抑制材。
【請求項13】
酸化抑制物質との共存下で用いる、請求項12に記載の酸化抑制材。
【請求項14】
基材にポリアルキレンイミン化合物を固定化してなる、酸化抑制作用増強材。
【請求項15】
酸化抑制物質との共存下で用いる、請求項14に記載の酸化抑制作用増強材。
【請求項16】
内壁の少なくとも一部にポリアルキレンイミン化合物を固定化してなる、酸化抑制対象物の保存容器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化抑制剤、酸化抑制作用増強剤、酸化抑制方法、及び酸化抑制作用の増強方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食用油を始めとする脂質の酸化は、古くから加工、保存の分野で問題とされてきた。これは、脂質を構成する不飽和脂肪酸成分が、脂質ペルオキシラジカルを介したラジカル連鎖酸化反応を生じ、その結果、過酸化物、さらに二次的にアルデヒドなどのカルボニル化合物を生成し、不快な匂いを発したり、毒性を示したりするためである。最近の健康志向の高まりに伴い、機能性油と呼ばれる食用油が強く関心を持たれている。特に、オメガ6系の脂肪酸成分が豊富でフェノール性の抗酸化成分も豊富に含む米油、オメガ3系の脂肪酸成分が豊富なアマニ油やエゴマ油などは、生活習慣病予防等の視点から注目度が高い。これらの食用油は、構成脂肪酸として不飽和脂肪酸成分を多量に含み、それゆえ酸化劣化が速く、長期に亘り安定保存することが難しい。また、この酸化劣化で生じる化学物質の健康リスクも指摘されており、不飽和脂肪酸成分を有する脂質(不飽和脂質)の効果的な酸化防止策が求められている。
【0003】
不飽和脂質のラジカル連鎖酸化反応は次のように進行することが知られている。まず、不飽和脂質(LH)と酸素(O2)が反応する開始反応によって反応性の高い脂質ペルオキシラジカル(LOO・)が生成する。この反応は次のように表すことができる。
LH+O2→L・+HO2
L・+O2→LOO・
生成したLOO・は不飽和脂質と反応して過酸化脂質(LOOH)を生じる。
LOO・+LH→L・+LOOH
このようにして脂質の酸化が連鎖的に進行し、過酸化脂質の急激な生成が生じる。
【0004】
上記の連鎖的酸化反応の抑制には、従来、フェノール性水酸基を有する化合物(フェノール性化合物)の添加が有効とされてきた。フェノール性化合物は脂質ペルオキシラジカルを捕捉し、自身が安定なラジカルとなることで油脂の酸化を抑制する。この反応を、脂質の酸化抑制剤として多用されるビタミンE(VEH)を例にとって次に示す。
VEH+LOO・→VE・+LOOH
【0005】
高度不飽和脂質である魚油の酸化を抑制するために、天然の多価アミン化合物であるスペルミンを用いることが提案されている(非特許文献1)。非特許文献1は、スペルミンが魚油の酸化抑制に有効であること、この酸化抑制作用が、スペルミン単独で直に脂質に作用しているのではなく、魚油に本来的に含まれているトコフェロール(ビタミンE)と協奏的に作用し、魚油の酸化抑制作用を促進していることを示している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】日本油化学会誌、1996年、第45巻、第12号、p.1327-1332
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
スペルミンのようなポリアミン化合物は特有の臭気があり、食用油などへ配合する場合、その使用量等には制約がある。また、ポリアミン化合物は比較的高価であり、コスト面からも汎用的な利用には制約がある。
【0008】
本発明は、優れた酸化抑制作用を実現し、臭気の問題を生じにくく、コスト面でも有利な酸化抑制剤、酸化抑制作用増強剤、酸化抑制方法、及び酸化抑制作用の増強方法を提供することを課題とする。
【0009】
本発明の上記課題は下記手段により解決される。
〔1〕
ポリアルキレンイミン化合物を有効成分として含む酸化抑制剤。
〔2〕
酸化抑制物質を含む、〔1〕に記載の酸化抑制剤。
〔3〕
酸化抑制物質との共存下で用いる、〔1〕に記載の酸化抑制剤。
〔4〕
前記酸化抑制物質がフェノール性化合物を含む、〔2〕又は〔3〕に記載の酸化抑制剤。
〔5〕
不飽和脂質の酸化を抑制する、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の酸化抑制剤。
〔6〕
ポリアルキレンイミン化合物を有効成分として含む、酸化抑制作用増強剤。
〔7〕
酸化抑制物質との共存下で用いる、〔6〕に記載の酸化抑制作用増強剤。
〔8〕
酸化抑制対象物中にポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質とを共存させることを含む、酸化抑制方法。
〔9〕
ポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質とを共存させることを含む、該酸化抑制物質の酸化抑制作用を増強する方法。
〔10〕
酸化抑制対象物をポリアルキレンイミン化合物の存在下で保存することを含む、酸化抑制対象物の保存方法。
〔11〕
酸化抑制物質の共存下で保存することを含む、〔10〕に記載の酸化抑制対象物の保存方法。
〔12〕
基材にポリアルキレンイミン化合物を固定化してなる、酸化抑制材。
〔13〕
酸化抑制物質との共存下で用いる、請求項12に記載の酸化抑制材。
〔14〕
基材にポリアルキレンイミン化合物を固定化してなる、酸化抑制作用増強材。
〔15〕
酸化抑制物質との共存下で用いる、〔14〕に記載の酸化抑制作用増強材。
〔16〕
内壁の少なくとも一部にポリアルキレンイミン化合物を固定化してなる、酸化抑制対象物の保存容器。
【発明の効果】
【0010】
本発明の酸化抑制剤、酸化抑制作用増強剤、酸化抑制方法、及び酸化抑制作用の増強方法は、優れた酸化抑制作用を実現し、臭気の問題を生じにくく、コスト面でも有利である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本発明の酸化抑制剤による不飽和脂質の持続的な酸化抑制機構の一例を示す説明図である。
【
図3】
図3は、ポリエチレンイミンの分子量が酸化抑制作用に与える影響を示すグラフである。
【
図4】
図4は、ポリエチレンイミンの塗布量が酸化抑制作用に与える影響、及びα-トコフェロールが酸化抑制作用に与える影響を示すグラフである。
【
図5】
図5は、酸化を抑制している期間である誘導期(IP)の長さの決定方法を説明する説明図である。
【
図6】
図6は、ポリエチレンイミンのIPと、二級アミノ基(-NH-)の数との関係をプロットしたグラフである。
【
図7】
図7は、ポリエチレンイミンと、α-トコフェロール濃度と、IPとの関係を示すグラフである。
【
図8】
図8は、α-トコフェロールの共存下、ポリエチレンイミンのグレープシードオイルに対する酸化抑制作用を示すグラフである。
【
図9】
図9は、α-トコフェロールの共存下又は非共存下にける、ポリエチレンイミンのエゴマ油に対する酸化抑制作用を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の好ましい実施形態について以下に説明するが、本発明は、本発明で規定すること以外は、下記に記載する実施形態や作用機序等に限定して解釈されるものではない。
【0013】
[酸化抑制剤]
本発明の酸化抑制剤は、ポリアルキレンイミン化合物を有効成分として含有する。本発明の酸化抑制剤を適用する酸化抑制対象物は特に制限されず、例えば、ラジカルによる酸化劣化を生じやすいものは酸化抑制対象物として好適である。本発明の酸化抑制剤の有効成分であるポリアルキレンイミン化合物の主な作用機序は、酸化抑制対象物に直接的に作用して酸化抑制効果を示す物質(酸化抑制物質)の共存下において、当該酸化抑制物質の酸化抑制作用を増強するものと考えられる。しかし、本発明の酸化抑制剤は、ポリアルキレンイミン化合物が酸化抑制対象物の酸化抑制に関与していれば、その作用機序は上記に限定されるものではない。
本発明の酸化抑制剤の好ましい実施形態を詳説する。
【0014】
<ポリアルキレンイミン化合物>
ポリアルキレンイミンは、主鎖がアルキレン基とイミノ基とにより構成されるポリマーないしオリゴマーである。ポリアルキレンイミンは直鎖でもよく、分岐構造を有することも好ましい。ポリアルキレンイミンはアルキレンイミンを開環重合して得ることができる。本発明において「ポリアルキレンイミン化合物」という場合、ポリアルキレンイミンそのものの他、本発明の効果を損なわない範囲で、水素原子の一部が置換された形態も包含する意味である。
【0015】
ポリアルキレンイミン化合物のアルキレン基の炭素数は1~10の整数が好ましく、1~6の整数がより好ましく、2~4の整数がさらに好ましく、2又は3がさらに好ましい。ポリアルキレンイミン化合物はポリエチレンイミン化合物を含むことが好ましく、ポリエチレンイミン化合物であることがより好ましい。
【0016】
ポリアルキレンイミン化合物の分子量は特に制限されず、比較的低分子量のものから高分子量のものまで広く用いることができる。後述するように、分子量の差は本発明の効果の発現には実質的に影響しない。ポリアルキレンイミン化合物の分子量は、平均分子量として、例えば300~500000とすることができ、400~100000とすることも好ましく、400~50000とすることも好ましく、500~30000とすることも好ましい。当該平均分子量は600以上でもよく、1000以上でもよく、2000以上でもよく、3000以上でもよい。本発明ないし明細書において平均分子量は数平均分子量であり、市販品についてはカタログに記載された分子量を意味する。
【0017】
ポリアルキレンイミン化合物は通常の方法により合成したり、市場から入手したりすることができる。ポリアルキレンイミン化合物の市販品として、例えば、エポミン(登録商標、日本触媒社製)、ルパゾール(登録商標、BASF社製)、ポリエチレンイミン、富士フイルム和光純薬社製)、PEI MAX、Polysciences社製などが挙げられる。
ポリアルキレンイミンは、スペルミンのような酸化抑制作用が知られた低分子アミン化合物に比べて、100分の1ほどの試薬価格で入手することができる。
【0018】
<酸化抑制対象物>
本発明の酸化抑制剤が標的とする酸化抑制対象物としては、ラジカルによる酸化劣化を生じやすいものが好ましい。例えば、不飽和脂質(不飽和脂肪酸を構成成分として有する脂質(不飽和脂肪酸そのものであってもよい))、炭化水素、アルコール、アルデヒド、ケトン等の1種又は2種以上を含むものが挙げられる。酸化抑制対象物は常温(25℃)で液状であることが好ましい。酸化抑制対象物は、空気に触れると酸化が進行しやすい化学的物性を有するものが好適である。
本発明において「脂質」とは、油脂(グリセリド)、複合脂質(リン脂質、糖脂質等)、誘導脂質(脂肪酸等)等を含む意味で用いている。また、不飽和脂質とは、脂質のうち、当該脂質を構成する脂肪酸成分が、不飽和結合(典型的には炭素-炭素二重結合)を有するものを意味する。
不飽和脂質を構成し得る、不飽和結合(典型的には炭素-炭素二重結合)を有する脂肪酸(不飽和脂肪酸)として、ω(オメガ)-3系脂肪酸、ω-6系脂肪酸、ω-7系脂肪酸、ω-9系脂肪酸、ω-10系脂肪酸などが挙げられる。当該不飽和脂肪酸の具体例として、α-リノレン酸、エイコサテトラエン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸、リノール酸、γ-リノレン酸、アラキドン酸、ドコサテトラエン酸、ドコサペンタエン酸、パルミトレイン酸、バクセン酸、パウリン酸、オレイン酸、エライジン酸、エルカ酸、ネルボン酸、サピエン酸などが挙げられる。
【0019】
不飽和脂質は、上述のように、空気に触れるとラジカル連鎖酸化反応を生じることが知られており、不飽和脂質を含むものは酸化抑制対象物として好ましい。酸化抑制対象物が不飽和脂質を含む場合、当該不飽和脂質を構成する全構成脂肪酸に占める不飽和脂肪酸の割合が、20質量%以上が好ましく、30質量%以上がより好ましく、40質量%以上であることも好ましく、50質量%以上であることも好ましく、60質量%以上であることも好ましく、70質量%以上であることも好ましく、80質量%以上であることも好ましい。この割合は100質量%でもよく、通常は99質量%以下であり、95質量%以下であることも好ましい。
酸化抑制対象物が不飽和脂質を含む場合、この不飽和脂質は構成脂肪酸として、上記のα-リノレン酸、エイコサテトラエン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸、リノール酸、γ-リノレン酸、アラキドン酸、ドコサテトラエン酸、ドコサペンタエン酸、パルミトレイン酸、バクセン酸、パウリン酸、オレイン酸、エライジン酸、エルカ酸、ネルボン酸及びサピエン酸の1種又は2種以上を有することが好ましく、オレイン酸、リノール酸、α-リノレン酸、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸及びドコサヘキサエン酸の1種又は2種以上を有することがより好ましく、α-リノレン酸、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸及びドコサヘキサエン酸の1種又は2種以上を有することが好ましい。
不飽和脂質を含む酸化抑制対象物は食用油であることも好ましい。このような食用油として、例えば、エゴマ油、アマニ油、サフラワー油、ブドウ油、大豆油、ヒマワリ油、コーン油、綿実油、ゴマ油、ナタネ油、米油、オリーブ油、パーム油、魚油、キャノーラ油、シソ油、チアシード油、サチャインチ油、ローズヒップ油などが挙げられ、これらの1種又は2種以上の混合油であってもよい。また、エステル交換反応などによって構成脂肪酸組成を人工的に改変した脂質や、グリセリン等のアルコールと脂肪酸とのエステル化反応により人工的に作り出した脂質も、酸化抑制対象物として好ましい。
また、不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として有するリン脂質も酸化抑制対象物として好ましい。
【0020】
酸化抑制対象物は、酸化抑制物質を含むことが好ましい。例えば、酸化抑制物質として知られるビタミンEは、多くの食用油に含まれている。このような食用油に本発明の酸化抑制剤を共存させることにより、後述するように、自らが酸化されてラジカルとなったビタミンEがポリアルキレンイミン化合物から水素を引き抜き酸化抑制物質として再生し、その結果、ビタミンEの酸化抑制作用を持続的に発現させることが可能になる。
【0021】
<酸化抑制物質>
本発明の酸化抑制剤は上述のように、酸化抑制物質の共存下において、酸化抑制対象物に対する酸化抑制作用を高めることができる。酸化抑制物質は通常、自らが酸化されることにより酸化抑制対象物の酸化を防ぐことにより、あるいは自らが酸化されることにより、酸化された酸化抑制対象物を還元することにより、酸化抑制対象物の酸化を抑制する。酸化抑制物質としては、ラジカル捕捉能を有する化合物が好ましい。このような化合物としてフェノール性化合物、カロテノイド、アスコルビン酸化合物(塩の形態を含む)、チオール化合物などが挙げられ、これらの1種又は2種以上を用いることができる。なかでも酸化抑制物質はフェノール性化合物を含むことが好ましい。フェノール性化合物はフェノール性水酸基を有する化合物であれば特に制限されない。例えば、ビタミンE(トコフェロール又はトコトリエノール)、オリザノール、ヒドロキノン、ブチルヒドロキシアニソール、ジブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキノン、レスベラトロール、クェルセチン、フェルラ酸、カテキンなどが挙げられ、これらの1種又は2種以上をフェノール性化合物として用いることができる。
【0022】
酸化抑制対象物が不飽和脂質を含み、当該酸化抑制対象物が酸化抑制物質であるビタミンEを含む場合(あるいはビタミンEを別途添加した場合)を例にとって、本発明の酸化抑制剤を酸化抑制対象物に作用させることによる不飽和脂質の持続的な酸化抑制機構を
図1に示す。
図1では、本発明の酸化抑制剤の有効成分としてポリエチレンイミン(PEI、
図1ではAHと表記)を用いた例を示している。なお、
図1は推定を含むものであり、本発明は、本発明で規定すること以外は、
図1に示す機構に限定されるものではない。
図1に示すように、不飽和脂質の連鎖的酸化反応において、脂質ペルオキシラジカル(LO
2・)に対してビタミンE(V
EH)が作用し、自らが酸化されて安定なラジカル(V
E・)となることで不飽和脂質の酸化(過酸化脂質の生成)を抑制する。しかし、ビタミンEがすべて酸化されてしまえば、もはや酸化抑制作用を発現することはできず、過酸化脂質の急激な生成が生じてしまう。ポリエチレンイミンはビタミンEのラジカル(V
E・)に作用し、ポリエチレンイミンの-NH-基から水素原子が引き抜かれて自らがラジカル(A・)となることにより、ビタミンEを還元して(V
E・をV
EHに戻して)酸化抑制物質としての機能を取り戻させるものと考えられる。
上記は一例であり、酸化抑制対象物が酸化抑制物質としてビタミンE以外のもの(例えば、上述した、ビタミンE以外のフェノール性化合物)を含む場合にも、同様の作用機序により、ポリアルキレンイミン化合物は酸化抑制作用を発現し得る。
【0023】
本発明の酸化抑制剤の一使用形態では、本発明の酸化抑制剤を酸化抑制対象物中に添加したり、本発明の酸化抑制剤を、酸化抑制対象物を入れる容器内壁に固定化して酸化抑制対象物と接触させた状態としたり、本発明の酸化抑制剤を基材に固定化した材を酸化抑制対象物中に投入したりして、当該酸化抑制対象物とポリアルキレンイミン化合物とを共存させることにより、酸化抑制対象物に本来的に含まれる酸化抑制物質と本発明の酸化抑制剤に含まれるポリアルキレンイミン化合物とを協奏的に酸化抑制対象物に作用させて、当該酸化抑制対象物に対する酸化抑制効果を発現させる形態とすることができる。
また、本発明の酸化抑制剤の別の一使用形態では、本発明の酸化抑制剤を酸化抑制対象物中に添加したり、本発明の酸化抑制剤を、酸化抑制対象物を入れる容器内壁に固定化して酸化抑制対象物と接触させた状態としたり、本発明の酸化抑制剤を基材に固定化した材を酸化抑制対象物中に投入したりして、当該酸化抑制対象物と本発明の酸化抑制剤に含まれるポリアルキレンイミン化合物とを共存させるとともに、本発明の酸化抑制剤とは別に、当該酸化抑制対象物に酸化抑制物質を添加し、ポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質とを協奏的に酸化抑制対象物に作用させ、酸化抑制対象物に対する酸化抑制効果を発現させる形態とすることができる。
本発明の酸化抑制剤の各使用形態において、ポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質との量比は、例えば、ポリアルキレンイミン化合物/酸化抑制物質(質量比)を1/10~1000/1とすることができ、1/5~500/1とすることも好ましく、1/3~100/1とすることも好ましく、1/1~25/1とすることも好ましい。
また、本発明の酸化抑制剤の各使用形態において、酸化抑制対象物とポリアルキレンイミン化合物の量比は、例えば、酸化抑制対象物/ポリアルキレンイミン化合物(質量比)を10/1~10000/1とすることができ、50/1~5000/1とすることも好ましく、100/1~3000/1とすることも好ましく、300/1~1000/1とすることも好ましい。
【0024】
本発明の酸化抑制剤の一形態では、本発明の酸化抑制剤を、ポリアルキレンイミン化合物に加え、本発明の酸化抑制剤自体が酸化抑制物質を含有する形態とする。この酸化抑制剤の形態では、本発明の酸化抑制剤を酸化抑制対象物中に添加することにより、酸化抑制対象物が酸化抑制物質を含んでいないものであっても、酸化抑制対象物中にポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質とを共存させた状態を作り出すことができる。この場合、本発明の酸化抑制剤中のポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質の各含有量は、目的に応じて適宜に設定すればよい。例えば、ポリアルキレンイミン化合物/酸化抑制物質(質量比)を1/10~1000/1とすることができ、1/5~500/1とすることも好ましく、1/3~100/1とすることも好ましく、1/1~25/1とすることも好ましい。
【0025】
本発明の酸化抑制剤は、ポリアルキレンイミン化合物からなる形態でもよく、上述のようにポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質とからなる形態でもよい。また、ポリアルキレンイミン化合物や酸化抑制物質の他に、目的に応じて媒体や各種添加剤などを適宜に含んでもよい。
本発明の酸化抑制剤中、ポリアルキレンイミン化合物の含有量は、剤の形態に応じて適宜に設定することができる。例えば、1質量%以上が好ましく、5質量%以上としてもよく、10質量%以上としてもよく、30質量%以上とすることも好ましく、50質量%以上とすることも好ましく、70質量%以上とすることも好ましい。本発明の酸化抑制剤はポリアルキレンイミン化合物からなる形態でもよい。本発明の酸化抑制剤中、ポリアルキレンイミン化合物を除いた残部には、目的に応じて、上述の酸化抑制物質、溶媒などの媒体、各種添加剤などを適宜に含む形態とすることができる。
【0026】
ポリアルキレンイミン化合物は高粘性のポリマーであり、不飽和脂質などには溶解しにくい。したがって、ポリアルキレンイミン化合物を基材に固定化して、この固定化状態で酸化抑制対象物と接触させる形態とすることができる。この固定化は、本発明の酸化抑制剤を基材に塗り付けたり、本発明の酸化抑制剤の成分を基材に化学的に固定化したりして行うことができる。
【0027】
本発明の酸化抑制剤は、各成分が均一に混じり合った組成物の形態であってもよく、各成分が不均一に存在する形態であってもよい。また、ポリアルキレンイミン化合物と、他の成分(例えば酸化抑制物質)とが別に梱包されるなどして、各成分がより分けられた形態(いわゆる酸化抑制剤セット)でもよい。このセットの形態では、剤を構成するより分けられた各成分を、使用時に混合したり、同時あるいは時間差で酸化抑制対象物に添加したり接触させたりして用いる形態とすることができる。
【0028】
[酸化抑制作用増強剤]
本発明の酸化抑制作用増強剤は、ポリアルキレンイミン化合物を有効成分として含有し、酸化抑制物質に作用し、当該酸化抑制物質の酸化抑制作用を増強するための剤である。本発明の酸化抑制作用増強剤の説明において、ポリアルキレンイミン化合物、酸化抑制対象物及び酸化抑制物質は、それぞれ、本発明の酸化抑制剤の項で説明したポリアルキレンイミン化合物、酸化抑制対象物及び酸化抑制物質と同義である。
本発明の酸化抑制作用増強剤は、酸化抑制物質を含有することがない点で本発明の酸化抑制剤と異なり、他の点(剤の形状、使用形態)は、本発明の酸化抑制剤で説明した事項が適宜に適用される。つまり、本発明の酸化抑制作用増強剤は、酸化抑制物質をすでに含んでいる酸化抑制対象物、あるいは酸化抑制物質を配合することが予定されている酸化抑制対象物に対して適用することができる。
また、本発明の酸化抑制作用増強剤は、酸化抑制物質と混合した後に、酸化抑制対象物に作用させることもできる。
本発明の酸化抑制作用増強剤を酸化抑制対象物に添加したり、本発明の酸化抑制作用増強剤を容器内壁に固定化して酸化抑制対象物と接触させた状態としたり、本発明の酸化抑制作用増強剤を基材に固定化した材を酸化抑制対象物中に投入したりして、ポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質とを協奏的に酸化抑制対象物に作用させ、酸化抑制物質の酸化抑制対象物に対する酸化抑制作用を効果的に増強することができる。
本発明の酸化抑制作用増強剤の各使用形態において、ポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質との量比は、例えば、ポリアルキレンイミン化合物/酸化抑制物質(質量比)を1/10~1000/1とすることができ、1/5~500/1とすることも好ましく、1/3~100/1とすることも好ましく、1/1~25/1とすることも好ましい。
また、本発明の酸化抑制作用増強剤の各使用形態において、酸化抑制対象物とポリアルキレンイミン化合物の量比は、例えば、酸化抑制対象物/ポリアルキレンイミン化合物(質量比)を10/1~10000/1とすることができ、50/1~5000/1とすることも好ましく、100/1~3000/1とすることも好ましく、300/1~1000/1とすることも好ましい。
本発明の酸化抑制作用増強剤中、ポリアルキレンイミン化合物の含有量は、剤の形態に応じて適宜に設定することができる。例えば、1質量%以上が好ましく、5質量%以上としてもよく、10質量%以上としてもよく、30質量%以上とすることも好ましく、50質量%以上とすることも好ましく、70質量%以上とすることも好ましく、80質量%以上とすることもこのましく、90質量%以上とすることも好ましい。本発明の酸化抑制作用増強剤はポリアルキレンイミン化合物からなる形態でもよい。本発明の酸化抑制作用増強剤中、ポリアルキレンイミン化合物を除いた残部には、目的に応じて、溶媒などの媒体、各種添加剤などを適宜に含む形態することができる。
【0029】
[酸化抑制方法]
本発明の酸化抑制方法は、酸化抑制対象物中にポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質とを共存させることを含む。すなわち、酸化抑制対象物中に、ポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質とを共存させることにより、ポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質とを協奏的に酸化抑制対象物に作用させ、酸化抑制対象物に対する酸化抑制効果を発現させる方法である。
本発明の酸化抑制方法の説明において、ポリアルキレンイミン化合物、酸化抑制対象物及び酸化抑制物質は、それぞれ、本発明の酸化抑制剤の項で説明したポリアルキレンイミン化合物、酸化抑制対象物及び酸化抑制物質と同義である。
本発明の酸化抑制方法の実施形態は、本発明で規定すること以外は何ら制限されるものではない。本発明の酸化抑制方法の一実施形態では、ポリアルキレンイミン化合物や酸化抑制物質の供給源として、本発明の酸化抑制剤を用いることができる。また、別の一実施形態では、ポリアルキレンイミン化合物の供給源として本発明の酸化抑制作用増強剤を用いることもできる。
本発明の酸化抑制方法において、使用するポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質との量比は、例えば、ポリアルキレンイミン化合物/酸化抑制物質(質量比)を1/10~1000/1とすることができ、1/5~500/1とすることも好ましく、1/3~100/1とすることも好ましく、1/1~25/1とすることも好ましい。
また、本発明の酸化抑制方法において、酸化抑制対象物とポリアルキレンイミン化合物の量比は、例えば、酸化抑制対象物/ポリアルキレンイミン化合物(質量比)を10/1~10000/1とすることができ、50/1~5000/1とすることも好ましく、100/1~3000/1とすることも好ましく、300/1~1000/1とすることも好ましい。
【0030】
[酸化抑制作用を増強する方法]
本発明の酸化抑制作用を増強する方法(本発明の酸化抑制作用の増強方法)は、ポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質とを共存させることを含む。例えば、酸化抑制対象物中に、ポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質とを共存させることにより、ポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質とを協奏的に酸化抑制対象物に作用させ、酸化抑制物質の酸化抑制対象物に対する酸化抑制作用を増強することができる。
本発明の酸化抑制作用の増強方法の説明において、ポリアルキレンイミン化合物、酸化抑制対象物及び酸化抑制物質は、それぞれ、本発明の酸化抑制剤の項で説明したポリアルキレンイミン化合物、酸化抑制対象物及び酸化抑制物質と同義である。
本発明の酸化抑制作用の増強方法の一実施形態では、ポリアルキレンイミン化合物や酸化抑制物質の供給源として、本発明の酸化抑制剤を用いることができる。また、別の一実施形態では、ポリアルキレンイミン化合物の供給源として本発明の酸化抑制作用増強剤を用いることもできる。
本発明の酸化抑制作用の増強方法において、使用するポリアルキレンイミン化合物と酸化抑制物質との量比は、ポリアルキレンイミン化合物/酸化抑制物質(質量比)を1/10~1000/1とすることができ、1/5~500/1とすることも好ましく、1/3~100/1とすることも好ましく、1/1~25/1とすることも好ましい。
また、本発明の酸化抑制作用の増強方法において、酸化抑制対象物とポリアルキレンイミン化合物の量比は、酸化抑制対象物/ポリアルキレンイミン化合物(質量比)を10/1~10000/1とすることができ、50/1~5000/1とすることも好ましく、100/1~3000/1とすることも好ましく、300/1~1000/1とすることも好ましい。
【0031】
本発明の酸化抑制方法、酸化抑制作用増強剤、酸化抑制方法、酸化抑制作用の増強方法は、酸化抑制対象物を容器等に入れて保存する場合に適用することができるだけでなく、生体(ヒト、ヒト以外の哺乳類(家畜、ペット等)、その他の脊椎動物を含む)が機能性油などを摂取するに当たり、機能性油の生理活性を生体内で効果的に発現させるために用いることもできる。例えば、機能性油として注目されている、α-リノレン酸を構成脂肪酸として多く含むエゴマ油等を摂取するとともに、本発明の酸化抑制剤又は酸化抑制作用増強剤を摂取することにより、エゴマ油に含まれる不飽和脂質の消化管内等における酸化を抑え、その生理活性を効果的に発現させることができる。また、本発明の酸化抑制剤又は酸化抑制作用増強剤は、これらを摂取することにより、生体内に存在する不飽和脂質(例えば、細胞膜成分であるリン脂質)の酸化を抑制する効果も期待できる。
【0032】
上述した実施形態に関し、本発明によればさらに次に記載する発明を提供するものである。
(1)酸化抑制対象物をポリアルキレンイミン化合物の存在下で保存することを含む、酸化抑制対象物の保存方法。
(2)酸化抑制物質の共存下で保存することを含む、(1)に記載の酸化抑制対象物の保存方法。
(3)前記酸化抑制対象物が不飽和脂質を含む、(1)又は(2)に記載の酸化抑制対象物の保存方法。
(4)前記酸化抑制対象物が食用油である、(1)~(3)のいずれかに記載の酸化抑制対象物の保存方法。
(5)基材にポリアルキレンイミン化合物を固定化してなる、酸化抑制材。
(6)酸化抑制物質との共存下で用いる、(5)に記載の酸化抑制材。
(7)基材にポリアルキレンイミン化合物を固定化してなる、酸化抑制作用増強材
(8)酸化抑制物質との共存下で用いる、(7)に記載の酸化抑制作用増強材。
(9)内壁の少なくとも一部にポリアルキレンイミン化合物を固定化してなる酸化抑制対象物の保存容器。
(10)前記酸化抑制対象物が不飽和脂質を含む、(9)に記載の酸化抑制対象物の保存容器。
(11)前記酸化抑制対象物が食用油である、(9)又は(10)に記載の酸化抑制対象物の保存容器。
【実施例0033】
実施例に基づき本発明について更に詳細に説明するが、本発明は本発明で規定すること以外は、実施例の形態に限定して解釈されるものではない。
【0034】
[不飽和脂質の酸化抑制試験-1]
<材料>
不飽和脂質のモデルとして、リノール酸メチル(濃度95質量%,東京化成工業社製)を用いた。メチル基は脂肪酸基の酸化には影響を与えないことから、リノール酸メチルは不飽和脂質のモデルとして妥当と考えられる。
酸化抑制物質としてビタミンEであるα-トコフェロール(Wako 1st Grade,富士フイルム和光純薬社製)を用いた。
ポリアルキレンイミン化合物として、分子量の異なるポリエチレンイミン(富士フイルム和光純薬社製)を用意した。1つは平均分子量10000で、アミノ基組成が一級(-NH2)35モル%、二級(-NH-)35モル%、三級(-N(-)-)30モル%のポリエチレンイミンである。もう一つは、平均分子量600で、アミン組成が一級35%、二級35%、三級30%のポリエチレンイミンである。
【0035】
<試験方法>
ランシマット試験を行った。
図2はランシマット装置(743 Rancimat,Metrohm AG,Switzerland)の概略図である。このランシマット装置10は、空気供給用ノズル1と、底部にポリエチレンイミン(PEI)を塗布した反応管2およびその温度を制御するためのブロックヒーター3からなる反応部と、伝導度セル5を備えた測定部からなる。反応部では、反応管2に入れた試料4(リノール酸メチル3.0g、α-トコフェロール7.0μmol)を120℃で保持し、試料4に流量20L/hで空気(Air)を吹き込み、強制的に試料4の酸化を進行させた。測定部では、酸化によって生じた揮発性酸化生成物6を純水7で捕集し、その導電率を測定することで酸化の進行度を評価した。
反応管2の底部へのポリエチレンイミン塗布量は、0.003g(3mg)、0.0065g(6.5nm)、0.01g(10mg)の3種類を用意して比較した。なお、塗布形態が結果に影響しないように、反応管2の底部へポリエチレンイミンを10点以上の多点状に塗布した(
図2中は模式的な説明図のため、10点以上のうち3点のみを示した)。
【0036】
<ポリエチレンイミンの分子量の影響>
平均分子量が10000と600の各ポリエチレンイミンを用いて、反応管2の底部へのポリエチレンイミン塗布量を0.0065gとして多点状に塗布し、上記の条件でランシマット試験を行った。結果を
図3に示す。
図3に示すように、導電率の経時変化に違いはほとんど認められなかった。この結果から、ポリエチレンイミンの分子量による酸化抑制への影響は実質的にないものと判断した。そこで、以降の試験は平均分子量10000のポリエチレンイミンを用いて行った。
【0037】
<ポリエチレンイミンの塗布量の影響>
ポリエチレンイミンの塗布量の影響を、上記の条件でランシマット試験を行い検証した。参考のため、試料がα-トコフェロールを含有しない場合についてもランシマット試験を行った。結果を
図4に示す。
図4に示す通り、試料がα-トコフェロール(V
EH)を含有しないと酸化抑制効果は認められない。つまり、ポリエチレンイミン(PEI)には、試料に対する直接的な酸化抑制効果は認められなかった。また、試料がα-トコフェロールを含有する場合でも、ポリエチレンイミンを共存させていないと、導電率が垂直に増加し始める時間がわずかに遅延するに留まり、その酸化抑制効果はかなり限定的なものであった。
これらに対して、試料において、α-トコフェロールとポリエチレンイミンを共存させた場合には、導電率が垂直に増加し始める時間を大きく遅延させられることがわかる。また、この遅延効果(酸化抑制作用)はポリエチレンイミンの塗布量に比例して高められていた。
以上の結果から、ポリエチレンイミンが、α-トコフェロールのような酸化抑制物質との共存下において、酸化抑制効果を飛躍的に高める効果があることがわかった。
なお、ポリエチレンイミンを添加すると、実験開始後、初期(2分程度経過するまでの間)に導電率の急な増加が見られる。この初期の導電率の増加がポリエチレンイミンによる酸化促進によるものでないことは、過酸化物の量を直接滴定することで確認した。ポリエチレンイミンはCO
2吸収材として用いられており、高温では吸収したCO
2を放出する特性を持つことが知られている。測定初期の導電率上昇は、放出されたCO
2が測定部の超純水に溶け込み炭酸イオンとなったことなどが原因と考えられる。
【0038】
図4に示す結果に関し、ポリエチレンイミンの酸化抑制効果の定量的な評価を行った。酸化抑制効果を比較する指標として、酸化を抑制している期間である誘導期(IP)の長さを決定した。ここで、IPの長さの求め方を、
図5を参照して説明する。
図5のグラフは、
図4において、ポリエチレンイミンの塗布量を0.01gとしたときの結果を示すものである(
図4では便宜上、破線で示したが、
図5では実線で示している)。(I)で示す、酸化の進行が遅く、導電率が緩やかに進行する区間と、(II)で示す、急激に酸化が進行し、導電率が垂直に増加して25μS/cmに到達する区間それぞれに接線を引き、その交点の時間を誘導期(IP)と定義した。
【0039】
図6に、ポリエチレンイミンのIPと、二級アミノ基(-NH-)の数との関係をプロットで示す。このプロットは、二級アミノ基(-NH-)の数はポリエチレンイミンの添加量で調整した。比較のため、低分子ポリアミン化合物であるスペルミン(Spe)及びスペルミジン(Spd)における結果も図中に併せて示す。
図6の結果から、ポリエチレンイミン、スペルミン及びスペルミジンはいずれも、二級アミノ基の数とIPとは線形関係を示した。なかでも特筆すべきは、ポリエチレンイミンにおける二級アミノ基あたりのIPの増加率(傾き)が、スペルミン及びスペルミジンに比べて圧倒的に高いことである。ポリエチレンイミンは、そのポリマー構造に起因する何等かの要素が、α-トコフェロールの酸化抑制作用を格段に高いレベルへと引き上げているものと推察される。
このように、試薬価格が安価なポリエチレンイミンを用いると、その使用量もさらに抑えながら、目的の優れた酸化抑制作用を発現させることが可能になる。
【0040】
上記のポリエチレンイミンの作用は、ラジカルとなったα-トコフェロールを高効率に再生することにより、α-トコフェロールの酸化抑制作用を持続的かつ高効率に発現させることにあると考えられる。このことを、試料中のα-トコフェロール濃度の経時的な変化を捉えることで検証した。
【0041】
<試料中のα-トコフェロールの定量>
試料中のα-トコフェロール濃度の定量は、ヘキサンで希釈した後、0.2μmのフィルター(Sartorius Stedim Biotech社製)でろ過したものを、蛍光検出器を備えた高速液体クロマトグラフシステム(Waters社製)により行った。カラムには、順相のBEH HILIC(Waters社製、粒子径1.6μm,φ2.1mm×100mm)を用いた。溶離液としてヘキサン:酢酸エチル:酢酸を体積比99.5:0.5:0.18とした混合液を用いた。供給流量は0.7cm3/min、カラム温度は323Kとした。分析には蛍光検出器を用い、励起光波長を298nm、蛍光波長を325nmに設定した。
【0042】
図7に、ポリエチレンイミン0.003gを使用した場合のα-トコフェロール濃度の測定結果(■)を示す。参考のため、同条件での導電率の経時変化も載せた。また、ポリエチレンイミンを添加しない場合のα-トコフェロール濃度の測定結果(▲)と導電率の経時変化も併せて示す。ポリエチレンイミンを添加しない場合は、時間とともにα-トコフェロール濃度は急激に減少し、α-トコフェロールが消費された後に酸化が急激に進行していることがわかる。一方、ポリエチレンイミンを添加した場合は、長期化されたIP期間中、α-トコフェロール濃度は横ばいになっている。このことは、ポリエチレンイミンは自らが酸化され、これにより、酸化されたα-トコフェロールを還元して再生することにより、α-トコフェロールの酸化抑制作用を持続的に発現させて長期的な酸化抑制効果を達成していることを示している。
【0043】
[不飽和脂質の酸化抑制試験-2]
実際の食用油に対するポリエチレンイミンの酸化抑制効果を調べた。
図8に、グレープシードオイルに対し、ポリエチレンイミンを添加した場合の導電率の経時変化を示す。グレープシードオイル単体の場合と、α-トコフェロールを添加してポリエチレンイミンを添加しなかった場合とでは、IPに実質的な差異は見られなかった。ポリエチレンイミンとα-トコフェロールの両方を添加した場合には、IPは約3倍に延長された。これより、ポリエチレンイミンはα-トコフェロールを添加した食用油に対して酸化抑制効果を示すことがわかった。また、グレープシードオイルにおける測定結果はモデル系のリノール酸メチルを用いた場合よりも、同じ添加条件におけるIPは短くなった。この理由については定かではないが、グレープシードオイル中の共存物質がIPの長期化に負の影響を及ぼしている可能性が考えられる。
【0044】
また、
図9には、エゴマ油に対し、ポリエチレンイミンを添加した場合の導電率の経時変化を示す。エゴマ油においても、グレープシードオイルと同様に、エゴマ油単体の場合と、α-トコフェロールを添加してポリエチレンイミンを添加しなかった場合とでは、IPに実質的な違いは見られず、酸化が急速に進行した。一方、ポリエチレンイミンとα-トコフェロールの両方を添加した場合では、IPは大幅に延長された。以上の結果より、ポリエチレンイミンはα-トコフェロールを添加した食用油に対して酸化抑制効果を示すことがわかった。食用油単体では、酸化されやすいリノレン酸を豊富に含むエゴマ油がグレープシードオイルよりも速やかに酸化されたが、ポリエチレンイミンとα-トコフェロールを添加した場合では、エゴマ油のほうが長く酸化が抑制された。エゴマ油には、天然の酸化抑制物質も含まれていることが多く、ポリエチレンイミンとその抗酸化物質との協奏的な働きにより、エゴマ油ではグレープシードオイルに比べ、より高い酸化抑制効果を示した可能性が考えられる。
実際に、
図9にはエゴマ油に対し、α-トコフェロールを添加せずに、ポリエチレンイミンを添加した場合にも、十分に長い酸化抑制効果が発現することが示されている。この結果は、α-トコフェロールを添加しなくても、エゴマ油が本来的に有する酸化抑制物質が、ポリエチレンイミンと協奏的に働き、エゴマ油の酸化が効果的に抑制されていることを示唆するものである。