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特開2022-191754物品、シャッタ、光学装置、物品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022191754
(43)【公開日】2022-12-28
(54)【発明の名称】物品、シャッタ、光学装置、物品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G02B 1/113 20150101AFI20221221BHJP
   G03B 9/28 20210101ALI20221221BHJP
【FI】
G02B1/113
G03B9/28 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021100185
(22)【出願日】2021-06-16
(71)【出願人】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003133
【氏名又は名称】弁理士法人近島国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】荒井 一浩
【テーマコード(参考)】
2H081
2K009
【Fターム(参考)】
2H081AA19
2H081AA43
2K009AA02
2K009CC03
2K009DD03
(57)【要約】
【課題】開閉動作時に薄板である遮光羽根に動的な弾性変形(撓み)が生じて遮光羽根どうしが互いに接触や摺接する場合でも、長期にわたり安定に高速動作が可能で、しかも迷光の発生が抑制されたシャッタが求められていた。
【解決手段】基材と、前記基材の少なくとも一部を被覆するDLC層と、前記DLC層の少なくとも一部を被覆する反射防止層と、を備える、ことを特徴とする物品である。また、基材の少なくとも一部にDLC層を形成する工程と、前記DLC層の少なくとも一部に、反射防止層を形成する工程と、を備える、ことを特徴とする物品の製造方法である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材の少なくとも一部を被覆するDLC層と、
前記DLC層の少なくとも一部を被覆する反射防止層と、を備える、
ことを特徴とする物品。
【請求項2】
前記反射防止層は、前記DLC層よりも屈折率の小さな材料を含む、
ことを特徴とする請求項1に記載の物品。
【請求項3】
前記反射防止層は、前記DLC層よりも屈折率の小さな材料から成る第1層と、前記第1層よりも屈折率が小さな材料から成る第2層を含む、
ことを特徴とする請求項1または2に記載の物品。
【請求項4】
前記物品は、前記DLC層を被覆する前記反射防止層が露出した部位と、前記DLC層が露出した部位と、を有する、
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の物品。
【請求項5】
前記基材は凹凸面を有し、前記凹凸面に前記DLC層が設けられている、
ことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の物品。
【請求項6】
前記DLC層は、前記基材の前記凹凸面の形状に倣って設けられている、
ことを特徴とする請求項5に記載の物品。
【請求項7】
前記反射防止層は、前記基材の前記DLC層が設けられた表面の形状に倣って設けられている、
ことを特徴とする請求項6に記載の物品。
【請求項8】
前記反射防止層は、前記基材の凹部のみに設けられている、
ことを特徴とする請求項5または6に記載の物品。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれか1項に記載の物品を、羽根部材として備える、
ことを特徴とするシャッタ。
【請求項10】
前記羽根部材は、少なくとも他の羽根部材と接触する部位に、前記DLC層を有する、
ことを特徴とする請求項9に記載のシャッタ。
【請求項11】
請求項9乃至10のいずれか1項に記載のシャッタを備える、
ことを特徴とする光学装置。
【請求項12】
前記羽根部材は、少なくとも映像光が入射する側の表面に、前記反射防止層を有する、
ことを特徴とする請求項11に記載の光学装置。
【請求項13】
基材の少なくとも一部にDLC層を形成する工程と、
前記DLC層の少なくとも一部に、反射防止層を形成する工程と、を備える、
ことを特徴とする物品の製造方法。
【請求項14】
前記反射防止層を形成する工程は、前記DLC層よりも屈折率の小さな材料を積層する工程を含む、
ことを特徴とする請求項13に記載の物品の製造方法。
【請求項15】
前記反射防止層を形成する工程は、前記DLC層よりも屈折率の小さな材料から成る第1層を形成する工程と、前記第1層よりも屈折率が小さな材料から成る第2層を形成する工程を含む、
ことを特徴とする請求項13または14に記載の物品の製造方法。
【請求項16】
さらに、前記反射防止層の一部を除去して前記DLC層の一部を露出させる工程を備える、
ことを特徴とする請求項13乃至15のいずれか1項に記載の物品の製造方法。
【請求項17】
前記基材は凹凸面を有し、前記DLC層を形成する工程において、前記DLC層が前記凹凸面の形状に倣うように前記DLC層を形成する、
ことを特徴とする請求項13乃至16のいずれか1項に記載の物品の製造方法。
【請求項18】
前記反射防止層を形成する工程において、前記反射防止層が前記基材の前記DLC層が設けられた表面の形状に倣うように前記反射防止層を形成する、
ことを特徴とする請求項17に記載の物品の製造方法。
【請求項19】
前記反射防止層を形成する工程において、前記基材の前記凹凸面の凹部のみに前記反射防止層を形成する、
ことを特徴とする請求項17に記載の物品の製造方法。
【請求項20】
前記反射防止層を形成する工程において、液相塗布技術により多孔質の低屈折率層を形成する、
ことを特徴とする請求項19に記載の物品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物品に関し、例えば、デジタルカメラなどの光学機器に用いられるシャッタを構成する遮光羽根に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、カメラなどの光学機器に用いられるフォーカルプレーンシャッタは、例えば図5に示すような羽根機構部を有している。
羽根機構部51は、遮光羽根52を駆動する羽根アーム53a、53bと、遮光羽根52を固定するかしめピン54により構成される。複数の遮光羽根52が高速に往復運動することで、光路の開閉、すなわち露光時間の制御が行われる。
【0003】
図5に例示したもの以外にも、さまざまな構造の羽根機構部が構成され得るが、高速なシャッタ動作を可能にするためには、どのような構造を採用するとしても、遮光羽根には軽量性が求められる。そのため、遮光羽根は厚さの小さな軽量の板材により構成されるのが一般的である。係る遮光羽根は、互いに接触して摩擦が生じるのを抑制するために、静止時には互いに離間するように組み立てられている。しかし、高速な開閉動作にともない、薄板である遮光羽根に動的な弾性変形(撓み)が生じ、互いに接触や摺接が発生する場合があった。
【0004】
特許文献1には、地板と板部材とで羽根を挟む構造を有し、板部材の羽根側の面にはDLCコーティングまたはダイヤモンドコーティングを施したフォーカルプレーンシャッタが記載されている。また、羽根と対向する中間板に、DLCコーティングまたはダイヤモンドコーティングを施してもよいことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-200448号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1は、羽根と板部材、あるいは羽根と中間板の摩擦により羽根が摩耗することを課題とし、板部材あるいは中間版の羽根側の面にDLCまたはダイヤモンド等によるコーティングを施すことが記載されている。
しかし、特許文献1では、薄板である遮光羽根に動的な弾性変形(撓み)が生じ、遮光羽根どうしが互いに接触や摺接する問題については、検討されていない。遮光羽根どうしによる接触や摺接が繰り返されると、遮光羽根の表面状態が劣化して高速なシャッタ動作に支障が生じたり、摩耗粉が発生してカメラ内の光学フィルタ等の光学部材表面に付着する可能性がある。
【0007】
発明者は、この問題に対処するため、遮光羽根の遮光面のどの部分が接触や摺接するのかを正確に特定しようと試みた。しかし、現実のシャッタ装置では、個々の遮光羽根の製造誤差や、個々の羽根機構部の組立誤差などが存在する。このため、シャッタ開閉動作時の動的な弾性変形(撓み)にはばらつきがあり、個別の遮光羽根について接触や摺接が発生する部分を予め正確に特定するのは困難であることを発明者は見いだした。
【0008】
また、遮光羽根には、単に光を透過させないだけでなく、遮光面(羽根の主面)で光を反射させないことが求められる。遮光面(羽根の主面)で光が反射してしまうと、カメラ筐体内で迷光が発生し、撮影画像にゴーストが生じる可能性があるからである。
【0009】
そこで、開閉動作時に薄板である遮光羽根に動的な弾性変形(撓み)が生じて遮光羽根どうしが互いに接触や摺接する場合でも、長期にわたり安定に高速動作が可能で、しかも迷光の発生が抑制されたシャッタが求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1の態様は、基材と、前記基材の少なくとも一部を被覆するDLC層と、前記DLC層の少なくとも一部を被覆する反射防止層と、を備える、ことを特徴とする物品である。
【0011】
また、本発明の第2の態様は、基材の少なくとも一部にDLC層を形成する工程と、前記DLC層の少なくとも一部に、反射防止層を形成する工程と、を備える、ことを特徴とする物品の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、開閉動作時に薄板である遮光羽根に動的な弾性変形(撓み)が生じて遮光羽根どうしが互いに接触や摺接する場合でも、長期にわたり安定に高速動作が可能で、しかも迷光の発生が抑制されたシャッタを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】(a)実施形態1に係る遮光部品の模式的な断面図。(b)実施形態1に係る遮光部品に慣らし動作を実施した状態を説明するための模式的な断面図。(c)実施形態1に係る遮光部品に慣らし動作を実施した状態を説明するための模式的な平面図。
図2】カーボン膜の膜質を表す3元状態図。
図3】実施形態に係るフォーカルプレーンシャッタの構成を示す斜視図。
図4】実施形態に係るカメラの概略構成を示す模式図。
図5】羽根機構部の構成を示す図。
図6】(a)実施形態2に係る遮光部品の模式的な断面図。(b)実施形態2に係る遮光部品に慣らし動作を実施した状態を説明するための模式的な断面図。(c)実施形態2に係る遮光部品に慣らし動作を実施した状態を説明するための模式的な平面図。
図7】反射防止材料の屈折率と、フレネル反射の関係を示すグラフ。
図8】(a)実施形態3に係る遮光部品の模式的な断面図。(b)実施形態3に係る遮光部品の一部を拡大した模式的な断面図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図面を参照して、本発明の実施形態であるフォーカルプレーンシャッタについて説明する。
尚、以下の実施形態の説明において参照する図面では、特に但し書きがない限り、同一の参照番号を付して示す要素は、同様の機能を有するものとする。
【0015】
以下に複数の実施形態を示すが、各々の実施形態では遮光部品の遮光面に異なる表面処理がなされており、微視的には異なる表面構造を有している。各実施形態の遮光部品は、例えば図5に示す羽根機構部の遮光羽根として用いることができるが、それ以外の構造を有する羽根機構部の遮光羽根や、他の装置の遮光部品として用いることもできる。
【0016】
[実施形態1]
図1(a)~図1(c)を参照して、本発明の実施形態1について説明する。図1(a)は、物品としての遮光部品(遮光羽根)の表面に本実施形態に特有の表面コーティング処理を行った状態を示すための模式的な断面図である。図1(b)は、本実施形態の遮光部品をシャッタ装置に組み込み、慣らし動作を実施した段階における遮光部品(遮光羽根)の状態を説明するための模式的な断面図である。また、図1(c)は、同じくシャッタ装置の慣らし動作を実施した段階における遮光部品(遮光羽根)の状態を説明するための模式的な平面図である。
【0017】
図1(a)に示すように、本実施形態の遮光部品11は、薄板状の基部12(基材)の上に、DLC膜13(DLC層)と反射防止膜14(反射防止層)が積層されている。
【0018】
基部12は、マグネシウム合金を圧延法により薄板化した板材が好適に用いられる。圧延法によれば、0.03~1.2mm程度の厚さの板材に加工することができ、本実施形態では強度と重量のバランスを考慮して、基部12の厚さとして0.1mmを採用した。ただし、シャッタ装置の仕様に応じて、基部12の厚さは0.03~1.2mmの間で適宜変更することができる。
【0019】
次に、基部12の上に積層されたDLC膜13について説明する。本実施形態では、シャッタ装置の繰り返し使用による基部12の摩耗を抑制するため、基部12の上にDLC膜13が積層されている。前述したように、隣接する遮光羽根どうしが動的に接触や摺接する部分を予め正確に特定するのは困難であることから、本実施形態では、実質的には遮光羽根の主面(遮光面)の全域にDLC膜13が被覆されている。
【0020】
DLC膜13は、十分な摩耗抑制機能(基部を保護する機能)を担保するために、1μm以上の厚さにするのが好ましい。ただし、10μm以上となると、成膜時や成膜後のシャッタ使用時(動的な撓みの発生時)にクラックが生じる可能性が高くなる。このため、本実施形態では、DLC膜13の膜厚を8μmとしたが、1μm以上かつ10μm未満の範囲内で、適宜変更することが可能である。
【0021】
DLC膜13は、例えば、プラズマCVD法により成膜することができる。成膜条件の一例を挙げれば、アルゴンガス流量50sccm、トルエンガス流量2.5sccm、圧力5Pa、RFパワー300W/13.56MHz、成膜時間9.6時間とすることができる。成膜したDLC膜13を、エリプソメトリー法により測定したところ、屈折率は1.9であった。また、ナノインデンター法により硬度を測定したところ、約7GPaであった。
【0022】
尚、DLC膜13は、所謂ダイヤモンドライクカーボン膜である。図2に示す3元状態図は、水素含有量およびsp2結合-sp3結合の比率を用いてカーボン膜の膜質を表しているが、一般に、ta-C,ta-C:H,a-C,a-C:Hを総称してダイヤモンドライクカーボン(DLC)と呼ぶことが多い。本実施形態のDLC膜13は、こうした一般的な定義と同様のダイヤモンドライクカーボン(DLC)を積層した膜である。ta-C(テトラヘドラルアモルファスカーボン)は、ダイヤモンドの結晶構造である正四面体を形成するsp3構造の含有比率が高い炭素膜であり、ta-C:H(水素化テトラヘドラルアモルファスカーボン)は、水素を含有したta-C膜である。a-C(アモルファスカーボン)は、sp3構造を含有しているが、ta-Cよりもsp2構造(グラファイト)の比率が高い炭素膜であり、a-C:H(水素化アモルファスカーボン)は、水素を含有したa-C膜である。
【0023】
ところで、DLC膜は、1.9から2.4の屈折率を有しており、中でも屈折率が2.1程度の膜は摩耗抑制機能に優れている。このようにDLC膜は大きな屈折率を有するため、基部12の遮光面の全面にDLC膜13を積層すれば、DLC膜13と空気との界面にてフレネル反射が発生し、シャッタ装置として使用する際に迷光を発生させてしまう。
しかし、本実施形態によれば、DLC膜13の上に反射防止膜14を形成することにより、DLC膜13と空気の界面にて発生するフレネル反射を大幅に低減させることが可能である。
【0024】
本実施形態に係る反射防止膜14は、所定の膜厚の高屈折率材料と低屈折率材料を交互に積層させた多層膜であり、図1の例では2層膜が示されているが、多層膜の層数は2に限られるわけではない。尚、ここでいう高屈折率材料と低屈折材料とは、ともにDLC膜13よりも小さな屈折率を有するが、互いに屈折率が異なる材料である。
【0025】
図1(a)に示す例では、DLC膜13側から順に、第1層として30nmのアルミナ膜(屈折率1.77)と、第2層として85nmの酸化シリコン膜(屈折率1.457)が積層された反射防止膜14が、スパッタ法により形成されている。アルミナ膜は、アルミニウムターゲットを用いて、例えばアルゴンガス流量8sccm、酸素流量2SCCM、圧力0.3Pa、RFパワー200w/13.56MHz、成膜時間33分の成膜条件により形成することができる。また、酸化シリコン膜は、シリコンターゲットを用い、例えばアルゴンガス流量8sccm、酸素流量2SCCM、圧力0.5Pa、RFパワー200w/13.56MHz、成膜時間24分の成膜条件により形成することができる。
【0026】
反射防止膜14により被覆された本実施形態の遮光部品11の反射率を、分光光度計(日本分光社製V-7300DS)を用いて測定した。実施形態1の遮光部品11の反射率は、0.8%であった。比較のため、DLC膜13のみが形成された遮光部品について測定してみると、波長400から700nmの平均反射率が12.8%と大きかった。DLC膜13と空気との界面にてフレネル反射が生じているためと考えられる。本実施形態によれば、多層膜からなる反射防止膜14を形成することにより、波長400から700nmの平均反射率において、約12%の反射率低減効果が得られることが確認された。
【0027】
尚、反射防止膜14の構成を変更し、DLC膜13側から順に、50nmのTiO膜(屈折率2.49)、30nmのアルミナ膜、75nmの酸化シリコン膜を積層した3層構成とした場合には、反射率は、0.9%であった。また、反射防止膜14の構成を、DLC膜13側から順に、30nmのアルミナ膜、75nmの酸化シリコン膜を積層した2層構成とした場合には、反射率は、0.6%であった。いずれも、DLC膜13のみが形成された場合と比較して、大幅に反射率を低下させることができた。
【0028】
次に、本実施形態の遮光部品11(光学部品)を、例えばカメラ(光学装置)に実装する好適な方法を説明する。まず、図1(a)に示した本実施形態の遮光部品11を用いて、例えば図5に示す羽根機構部を組み立てる。そして、光学装置に実装する前に、慣らし動作として所定回数のシャッタ開閉動作を行う。
【0029】
シャッタ開閉動作時に遮光部品に生じる動的な弾性変形(撓み)により、遮光部品どうしが部分的に接触や摺接すると、当該部分の反射防止膜14は摩耗してDLC膜13が露出する。慣らし動作完了時における遮光部品11の状態を説明するため、図1(b)に模式的な断面図を示し、図1(c)に模式的な平面図を示す。図中、EXは遮光部品どうしの接触や摺接により反射防止膜14が摩耗してDLC膜13が露出した部位であり、ARは接触や摺接が生じなかった為、反射防止膜14が被覆された状態が維持されている部位である。
【0030】
慣らし動作が完了すると、必要に応じて例えばエアブロー処理などを行い、反射防止膜14の摩耗により生じた粉体を除去した後、羽根機構部をカメラに装着する。
【0031】
遮光羽根の製造誤差や羽根機構部の組立誤差などにより、シャッタ開閉動作時の遮光羽根の動的な弾性変形(撓み)にはばらつきがあるため、個々の羽根機構部ごとにEXやARの位置や大きさは異なり得る。しかし、本実施形態によれば、個々の羽根機構部で実際に接触や摺接が発生する部位において、基部12は露出したDLC膜13により保護されるため、耐久性が極めて優れたシャッタを提供することができる。一方、個々の羽根機構部で実際に接触や摺接が発生しない部位では、DLC膜13は反射防止膜14により被覆されているため、迷光のもととなる反射が抑制されている。
【0032】
本実施形態によれば、開閉動作時に薄板である遮光羽根に動的な弾性変形(撓み)が生じて遮光羽根どうしが互いに接触や摺接する場合でも、長期にわたり安定に高速動作が可能で、しかも迷光の発生が抑制されたシャッタを提供することができる。
【0033】
図3は、実施形態に係るフォーカルプレーンシャッタ100の構成を示す斜視図である。フォーカルプレーンシャッタ100は、露光窓102を有し間隔をあけて対向する地板101aとカバー板101bと、地板101aとカバー板101bとの間に配置された羽根機構部51(図5)を有している。図3では、地板101aの露光窓102から、羽機機構部の遮光羽根52の一部が見えている。地板101aには、図5に示した羽根アーム53aを駆動させるための羽根駆動機構104aと、図5に示した羽根アーム53bを駆動させるための羽根駆動機構104bが設けられている。羽根駆動機構104aは、羽根駆動ピン103aを介して図5に示した羽根アーム3aに接続されており、羽根駆動機構104aの動きに連動して羽根アーム3aを回動させることができる。同様に、羽根駆動機構104bは、羽根駆動ピン103bを介して図5に示した羽根アーム3bに接続されており、羽根駆動機構104bの動きに連動して羽根アーム3bを回動させることができる。羽根アーム3a、羽根アーム3bの回動によって、遮光羽根52による露光窓102の開閉動作が行われる。
【0034】
図4は、実施形態に係る光学装置の概略構成を示す模式図である。光学装置は、例えばデジタル一眼レフカメラシステムであり、撮像装置本体であるカメラ本体700と、カメラ本体700に着脱可能な交換レンズ800(レンズ鏡筒)と、を備えている。図4では、交換レンズ800は、カメラ本体700に装着されている。
【0035】
カメラ本体700は、筐体701と、実施形態に係るシャッタ702、および撮像素子703を備えている。
交換レンズ800は、交換レンズ筐体である筐体801と、筐体801の内部に配置され、筐体801(交換レンズ800)が筐体701に装着されたときに撮像素子732の受光面に光像を結像させる撮像光学系802とを有する。
筐体801は、開口が形成されたレンズ側マウント801aを有しており、筐体701は開口が形成されたカメラ側マウント701aを有している。レンズ側マウント801aとカメラ側マウント701aとを嵌合させることで、交換レンズ800(筐体801)がカメラ本体700(筐体701)に装着される。
【0036】
シャッタ702のレリーズ回数が25,000回、50,000回、100,000回毎に、シャッタ702の状態を検査した。本実施形態においては、レリーズ回数を経ても遮光羽根52の損耗が抑制されているとともに、遮光羽根52における光反射も反射防止膜14により抑制されていることが確認された。その結果、DLC膜13および反射防止膜14が被覆されていない遮光羽根で構成された従来のシャッタを装着した場合と比較して、本実施形態ではカメラの耐久性および画質(迷光抑制)を向上することができた。
【0037】
[実施形態2]
本発明の実施形態2について説明する。尚、実施形態1と共通する事項については、説明を簡略化ないし省略する。
図6(a)は、本実施形態に係る遮光部品(遮光羽根)の構造を示すための模式的な断面図である。本実施形態の遮光部品21は、薄板状の基部22(基材)の上に、DLC膜23(DLC層)と反射防止膜24(反射防止層)が積層されている。
【0038】
基部22は、実施形態1と同様に、例えば、厚さ0.8mmのマグネシウム合金板を用いることができる。ただし、実施形態1では、撮影光が入射する側の主面が平坦な薄板を用いたが、本実施形態では、撮影光が入射する側の主面が凹凸面となった薄板を用いる。具体的には、圧延法により形成した板材にブラスト加工を行い、算術平均粗さRaの値が約0.1μmの凹凸面を形成するよう粗面化処理を実施した。
係る粗面化処理された基部22を用いれば、シャッタの開閉動作において遮光部品(遮光羽根)同士が接触するのは、微視的には凸部の頂点のみとなり、摺接する面積が小さくなるため、シャッタを開閉するのに要する駆動力を低減することができる。
【0039】
本実施形態では、粗面化処理された基部22にDLC膜23を被覆している。本実施形態においても、例えばプラズマCVD法によりDLC膜23を被覆することができるが、摺接面積が小さいため実施形態1よりも硬質な膜を形成することと、粗面の凸部が確実に被覆されることを考慮して、成膜条件を設定した。すなわち、アルゴンガス流量50sccm、トルエンガス流量2.5sccm、圧力5Pa、RFパワー500W/13.56MHz、成膜時間2時間として、厚さが1μmのDLC膜23を形成した。DLC膜23の表面が基部22(基材)の凹凸面にならった凹凸形状を有するようにDLC膜23を成膜した。尚、DLC膜23の膜厚は、均一であることが望ましいが、例えば基部22の凹凸の斜面を被覆する膜厚に比べて凸部頂面や凹部底面を被覆する膜厚が大きくなってもよい。すなわち、DLC膜23の表面形状は、基部22の凹凸形状と厳密に一致していなくともよく、概ね形が倣うように被覆されていればよい。DLC膜23をエリプソメトリー法により測定したところ、屈折率は2.1であった。また、ナノインデンター法により測定したところ、硬度は約15GPaであった。
【0040】
次に、反射防止膜24について説明する。本実施形態に係る反射防止膜24は、所定の膜厚の低屈折率材料により構成され、例えば、90nmの酸化シリコン膜が好適に用いられる。係る酸化シリコン膜は、スパッタ法により、例えば、シリコンターゲットを用いて、アルゴンガス流量8sccm、酸素流量2SCCM、圧力0.5Pa、RFパワー200w/13.56MHz、成膜時間25分の成膜条件により形成することができる。形成した酸化シリコン膜の屈折率は、1.457であった。尚、反射防止膜24の膜厚は、均一であることが望ましいが、例えばDLC膜23の凹凸の斜面を被覆する膜厚に比べて、凹部底面や凸部頂点を被覆する膜厚が大きくなってもよい。すなわち、反射防止膜24の表面形状は、DLC膜23の凹凸形状と厳密に一致していなくともよく、概ね形が倣うように被覆されていればよい。
【0041】
ここで、屈折率が例えば2.1であるDLC膜23の表面に、DLC膜23よりも屈折率が小さな反射防止膜24を設けることにより、フレネル反射を低減できる効果について検証する。表面の反射率は下記の数式1から求められる。
R={(N-N)/(N+N)}+{(N-N)/(N+N)}・・(数式1)
R:反射率
:空気の屈折率
:反射防止材料の屈折率
:DLC膜の屈折率
【0042】
図7に示すのは、数式1にN=1、N=2.1を代入し、Nを変数にした場合の反射率のグラフである。尚、図7の縦軸は垂直入射時の反射率となる。図7から、最も反射率低減効果が大きいN(反射防止材料の屈折率)の値は、約1.45であることがわかる。本実施形態では、上述したように屈折率が1.457の酸化シリコン膜をDLC膜に被覆することにより、大きな反射率低減効果を得ている。
【0043】
反射防止膜24により被覆された本実施形態の遮光部品21の全反射率を、分光測色計(コニカミノルタ製CM-26d)により測定した。DLC膜23のみが形成されている場合と比較して、反射防止膜24を形成することにより、波長400から700nmの平均反射率において、3.5%の全反射率低減効果が得られることが確認された。また、粗面化により摺接面積が小さくなったため、遮光部品を駆動するのに要する力を低減することができた。
【0044】
実施形態1と同様に、本実施形態の遮光部品21も、羽根機構部を組み立てた後に慣らし動作(所定回数のシャッタ開閉動作)を行い、その後光学装置(カメラシステム)に実装するのがよい。
【0045】
慣らし動作完了時における遮光部品21の状態を説明するため、図6(b)に模式的な断面図を示し、図6(c)に模式的な平面図を示す。図中、EXPは遮光部品どうしの接触や摺接により反射防止膜24の一部が摩耗してDLC膜23の一部が露出した部位であり、ARは接触や摺接が生じなかった為、反射防止膜24が表面に被覆されたままになっている部位である。本実施形態では、EXPの部位において、粗面の頂点付近の反射防止膜24は摩滅してDLC膜23が露出しているが、粗面の谷部付近では反射防止膜24が残存している。このため、微視的に見て接触が生じる部分のみDLC膜23が露出し、他の部分は反射防止膜24で被覆された構成になっている。
【0046】
本実施形態の遮光部品21は、カメラに実装した後に多数回のレリーズ動作を経ても損耗が抑制されているとともに、光反射は反射防止膜24により抑制されていることが確認された。その結果、DLC膜23および反射防止膜24が被覆されていない遮光羽根で構成された従来のシャッタを装着する場合と比較して、本実施形態ではカメラの耐久性および画質(迷光抑制)を向上することができた。
【0047】
[実施形態3]
本発明の実施形態3について説明する。尚、実施形態1あるいは実施形態2と共通する事項については、説明を簡略化ないし省略する。
本実施形態は、遮光部材の基部表面を粗面化する点では実施形態2と共通するが、粗面化の度合い(凹部の深さ、凸部の高さ)を実施形態2よりも大きくする。粗面化された基部表面の上にDLC膜を形成し、さらに基部の粗面形状を反映したDLC膜の凹凸表面の凹部内のみに低屈折率材料(反射防止膜)を被覆する。また、好ましい態様としては、低屈折率材料(反射防止膜)の被覆を液相塗布技術により行い、酸化シリコンを主成分とする多孔質の低屈折率層(反射防止膜)をDLC膜の凹部内に形成する。
【0048】
図8(a)は、本実施形態に係る遮光部品(遮光羽根)の構造を示すための模式的な断面図であり、図8(b)は、図8(a)の一部を拡大した模式的断面図である。本実施形態の遮光部品31は、薄板状の基部32(基材)の上に、DLC膜33(DLC層)と反射防止膜34(反射防止層)が積層されている。
【0049】
基部32は、実施形態1や実施形態2と同様に、軽量材を用いることができる。例えば、厚さ1.0mmのマグネシウム合金板を用い、実施形態2と同様にブラスト加工によって表面が粗面化処理されているが、実施形態2よりも粗面化の度合いを大きくし、算術平均粗さRaの値が0.8μmとなるように構成されている。すなわち、実施形態2よりも深い凹部が基部32に形成されている。
【0050】
本実施形態では、粗面化処理された基部32にDLC膜33を被覆している。DLC膜33は、実施形態1や実施形態2と同様の成膜方法で被覆することができるが、摺接面積が小さいため実施形態1よりも硬質な膜を形成することと、粗面の凸部が確実に被覆されることを考慮して、成膜条件を設定した。
成膜したDLC膜33をエリプソメトリー法により測定したところ、屈折率は2.1であった。また、ナノインデンター法により硬度を測定したところ、約15GPaであった。尚、DLC膜33の膜厚は、均一であることが望ましいが、例えば基部32の凹凸の斜面を被覆する膜厚に比べて凸部頂面や凹部底面を被覆する膜厚が大きくなってもよい。すなわち、DLC膜33の表面形状は、基部32の凹凸形状と厳密に一致していなくともよく、概ね形が倣うように被覆されていればよい。
【0051】
次に、反射防止膜34について説明する。図8に示すように、本実施形態に係る反射防止膜34は、DLC膜33により被覆された基部32の凹部内に形成されている。
反射防止膜34は、好適には、無機粒子がバインダーで結合された多孔質材料より成り、屈折率は1.19以上かつ1.30以下である。多孔質材料の空隙率は、30%以上かつ50%以下であることが好ましい。空隙率が30%未満だと屈折率が高くなり、高い反射防止効果が得られない場合がある。空隙率が50%を超えると、反射防止膜34の機械的な強度が低下し、シャッタ開閉動作時の動的な弾性変形(撓み)に対する機械的な耐性が低くなる。無機粒子の形状は、真円状、楕円上、円盤状、棒状、針状、鎖状、角型のいずれであっても良く、粒子内部に空孔を有する中空粒子であっても良い。無機粒子を構成する材質としては、低屈折率のものが好ましく、SiO、MgF、フッ素、シリコーンなどの有機樹脂が挙げられるが、粒子の製造が容易であるSiOが特に好ましい。
【0052】
無機粒子の平均粒子径は、10nm以上かつ100nm以下であることが好ましく、15nm以上かつ60nm以下であることが更に好ましい。ここで無機粒子の平均粒子径とは、平均フェレ径である。この平均フェレ径は、透過電子顕微鏡による観察像を画像処理することによって測定することができる。画像処理は、例えばimage Pro PLUS(メディアサイバネティクス社製)などの画像処理ソフトを用いて行うことができる。所定の画像領域において、必要であれば適宜コントラスト調整を行い、粒子測定によって各粒子の平均フェレ径を測定し、平均値を算出して求めることができる。
【0053】
粒子を結合するバインダーは、反射防止膜34が備えるべき機械的強度、密着力、環境信頼性等に応じて適宜選択することが可能である。無機粒子として酸化ケイ素粒子を用いる場合には、酸化ケイ素粒子との親和性が高く、多孔質膜の機械的強度を確保できる酸化ケイ素バインダーを用いることが好ましい。酸化ケイ素バインダーの中でも、シリケート加水分解縮合物を用いることが好ましい。
【0054】
反射防止膜34を被覆するには、少なくとも無機粒子と、バインダーと、溶剤を含有した塗料を液相で塗布することにより行う。塗料は、全固形分のうち、無機粒子の含有量が50wt%以上かつ85wt%以下で、バインダーの含有量が15wt%以上かつ40wt%以下であるように調整する。
【0055】
塗料を基体上に塗工した後、乾燥する処理を行う。塗工方法は、特に限定されることはなく、ディップコート法、スピンコート法、スプレーコート法、ロールコート法など液状塗工液の一般的な塗工方法を用いることができる。例えばレンズのような曲面を有する基体であっても均一に成膜できる観点や、DLC膜の微細な凹部内にのみ塗料を付与しやすい観点から、塗料をスピンコートで成膜することが好ましい。
乾燥は、乾燥機、ホットプレート、電気炉などを用いて行うことができる。乾燥条件は、基板に影響を与えず、且つ塗膜に含まれる有機溶媒を蒸発できる程度に温度と時間を設定する。一般的には、300℃以下の温度を用いることが好ましい。
【0056】
具体的には、例えば、酸化シリコンからなる無機粒子を5wt%含有する塗工液を、液供給量10g/min、スプレイガン移動速度20m/min、霧化圧力0.1MPaの条件でスプレーコートすることにより、反射防止膜34を形成できる。形成した酸化シリコンを主成分とする多孔質な反射防止膜34を、エリプソメトリー法により測定したところ、屈折率は1.25であった。
【0057】
本実施形態に係る遮光部品31の全反射率を、分光測色計(コニカミノルタ製CM-26d)により測定した。DLC膜33のみが形成されている場合と比較して、反射防止膜34を形成することにより、波長400から700nmの平均反射率において、4.5%の全反射率低減効果が得られることが確認された。
【0058】
本実施形態では、図8(b)に示すように、反射防止膜34はDLC膜33の凹部(谷部)内に形成されており、DLC膜33の凸部(山部)の頂点近傍には形成されていない。このため、シャッタ開閉動作時に遮光部品が動的に弾性変形(撓み)した際に、他の遮光部品と接触や摺接が生じる部分、すなわち凸部(山部)の頂点近傍においてはDLC膜33が露出している。したがって、本実施形態では、接触や摺接が生じる部分に被覆された反射防止膜を除去して清浄化するための目的で慣らし動作を行うことは、必ずしも必要ではない。
【0059】
本実施形態の遮光部品31は、カメラに実装した後に多数回のレリーズ動作を経ても損耗が抑制されているとともに、光反射は反射防止膜34により抑制されていることが確認された。その結果、DLC膜33および反射防止膜34が被覆されていない遮光羽根で構成された従来のシャッタを装着する場合と比較して、本実施形態ではカメラの耐久性および画質(迷光抑制)を向上することができた。
【0060】
[他の実施形態]
なお、本発明は、以上説明した実施形態や実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で多くの変形が可能である。
例えば、上述した実施形態では、DLC膜および反射防止膜を羽根部材の映像光(撮影光)が入射する側の主面に被覆したが、あわせて羽根部材の撮影光が入射しない側の主面にDLC膜を被覆してもよい。あるいは、撮影光が入射しない側の主面にも、DLC膜および反射防止膜の両方を被覆してもよい。
【0061】
また、遮光部品の基部にはマグネシウム合金の薄板を用いたが、これ以外の材料を用いてもよい。例えば、超ジュラルミン(黒アルマイト処理をしたものでもよい)、カーボンファイバーを含有した複合材、あるいはマイラー等の軽量材料を用いてもよい。
【符号の説明】
【0062】
11・・・遮光部品/12・・・基部/13・・・DLC膜/14・・・反射防止膜/21・・・遮光部品/22・・・基部/23・・・DLC膜/24・・・反射防止膜/31・・・遮光部品/32・・・基部/33・・・DLC膜/34・・・反射防止膜/51・・・羽根機構部/52・・・遮光羽根/53a、53b・・・羽根アーム/54・・・かしめピン/100・・・フォーカルプレーンシャッタ/101a・・・地板/101b・・・カバー板/102・・・露光窓/700・・・カメラ本体/701・・・筐体/701a・・・カメラ側マウント/702・・・シャッタ/732・・・撮像素子/800・・・交換レンズ/801a・・・レンズ側マウント/AR・・・反射防止膜が表面に被覆されたままになっている部位/EX、EXP・・・DLC膜が露出した部位
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8